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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-21
(45)【発行日】2022-09-30
(54)【発明の名称】金型用鋼及び金型
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20220922BHJP
   C22C 38/24 20060101ALI20220922BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20220922BHJP
   C21D 6/00 20060101ALN20220922BHJP
   C21D 9/00 20060101ALN20220922BHJP
【FI】
C22C38/00 302E
C22C38/24
C22C38/60
C21D6/00 L
C21D9/00 M
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2018071149
(22)【出願日】2018-04-02
(65)【公開番号】P2019183187
(43)【公開日】2019-10-24
【審査請求日】2021-02-16
(73)【特許権者】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100076473
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 昭夫
(74)【代理人】
【識別番号】100112900
【弁理士】
【氏名又は名称】江間 路子
(74)【代理人】
【識別番号】100198247
【弁理士】
【氏名又は名称】並河 伊佐夫
(72)【発明者】
【氏名】河野 正道
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開平06-322483(JP,A)
【文献】特開2003-268486(JP,A)
【文献】特開2016-017200(JP,A)
【文献】特開2011-001572(JP,A)
【文献】特開2015-193867(JP,A)
【文献】米国特許第04853181(US,A)
【文献】中国特許出願公開第102000954(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で
0.35≦C≦0.40
0.003≦Si≦0.20
0.72≦Mn≦0.94
5.71≦Cr≦6.00
1.74≦Mo≦2.00
0.71≦V≦0.90
0.001≦N≦0.080
を含有し、残部がFe及び不可避的不純物の組成を有することを特徴とする金型用鋼。
【請求項2】
請求項1において、質量%で
0.30<W≦5.00
0.30<Co≦4.00
の少なくとも1種を更に含有することを特徴とする金型用鋼。
【請求項3】
請求項1,2の何れかにおいて、質量%で
0.30<Cu≦1.50
0.30<Ni≦1.50
の少なくとも1種を更に含有することを特徴とする金型用鋼。
【請求項4】
請求項1~3の何れかにおいて、質量%で
0.0001<B≦0.0050
を更に含有することを特徴とする金型用鋼。
【請求項5】
請求項1~4の何れかにおいて、質量%で
0.004<Nb≦0.100
0.004<Ta≦0.100
0.004<Ti≦0.100
0.004<Zr≦0.100
の少なくとも1種を更に含有することを特徴とする金型用鋼。
【請求項6】
請求項1~5の何れかにおいて、質量%で
0.10<Al≦1.00
を更に含有することを特徴とする金型用鋼。
【請求項7】
請求項1~6の何れかにおいて、質量%で
0.0080<S≦0.0500
0.0005<Ca≦0.2000
0.03<Se≦0.50
0.005<Te≦0.100
0.01<Bi≦0.50
0.03<Pb≦0.50
の少なくとも1種を更に含有することを特徴とする金型用鋼。
【請求項8】
請求項1~7の何れかに記載の鋼から成ることを特徴とする金型。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、ダイカスト、プラスチックやゴムの射出成形、鍛造等の金型に適用して好適な金型用鋼及び金型に関する。
【背景技術】
【0002】
ダイカスト品の製造に用いられるダイカスト金型の素材として、JIS SKD61に代表される熱間ダイス鋼が用いられてきた。しかしながら、従来の熱間ダイス鋼では、ダイカスト金型の素材に要求される様々な特性を必ずしも充分に満足させることはできていなかった。
【0003】
例えば、ダイカスト金型(金型の一部を構成する部品も含む)は、溶解→精錬→鋳造→均質化熱処理→熱間加工→焼準→焼鈍→大まかな機械加工(粗加工)→焼入れ・焼戻し→仕上げの機械加工、の工程を経て製造される。
また必要に応じて表面改質(PVD、CVD、窒化、ショットピーニングなど)を適用する場合もある。
【0004】
ここで、ダイカスト金型に用いられる素材には「(1)焼鈍性の良さ」が求められる。上記の金型製造工程における焼鈍の役割は、後続の「大まかな機械加工」が容易な硬さに素材を軟化させることである。この焼鈍が短時間で終わるほど、生産性が良く好ましい。
ダイカスト金型用鋼の代表であるSKD61は、870~900℃の温度域から645℃までを時速15℃~時速30℃で冷却する簡単な焼鈍によって85~94HRBに軟化する。このように、SKD61の優れた点の1つは、焼鈍性の良いことである。
焼鈍材の硬さが97HRBを超えると焼入れ前の大まかな機械加工が困難になる。そこで、焼鈍後の硬さが97HRBを超える鋼種は、焼鈍後に600~750℃における長時間加熱の追加によって硬さを下げなければならない。これによって生産性が低下し、納期遅延やコスト増を招いてしまう。SKD61よりもMnやNiやCuやMoなどを多く含有する5Cr系ダイス鋼は、焼入れ性が高い弊害として焼鈍性が悪くなるため、焼鈍後の長時間加熱の追加による生産性低下の問題が起こる。
【0005】
また、ダイカスト金型に用いられる素材には「(2)焼入れ時の結晶粒度番号が大きくなる(結晶粒が微細になる)こと」が求められる。この理由は、焼入れ・焼戻し後、金型として使用される際の亀裂進展を抑制して割れを防ぐためである。亀裂進展の抵抗となるのは結晶粒界である。従って結晶粒が微細である方が(同じ体積内に多くの結晶粒界がある方が)、同じ外力に対する亀裂の長さが短くなって金型は割れ難い。ある温度に保持された場合の結晶粒は、保持が長時間であるほど成長し粗大になる(結晶粒度番号が小さくなる)。
【0006】
焼鈍性の良さに加えてSKD61のもう1つの優れた点は、焼入れ時の結晶粒度番号が大きい(結晶粒が微細である)ことである。ダイカスト金型は、焼入れ時に1030℃における約5Hrの保持を受けるが、このような長時間保持であってもSKD61のオーステナイト結晶粒の粒度番号は7以上と大きく、オーステナイト結晶粒は微細である。SKD61よりもCやSiやVの含有量が少ない5Cr系ダイス鋼では、焼入れ時にオーステナイト結晶粒界の移動を抑制する炭化物が少ないため、結晶粒が成長し易く、粒度番号が小さくなる問題が起こる。焼入れ時のオーステナイト結晶粒の粒度番号が5未満であると、焼入れ焼戻し後に金型として使用している際に割れが発生し易い。
【0007】
また、ダイカスト金型に用いられる素材には「(3)焼入れ速度が小さくても衝撃値が高いこと」が求められる。この理由は、焼入れ・焼戻し後に金型として使用されている際の亀裂進展を抑制して割れを防ぐためである。金型は25℃における衝撃値(Uノッチ半径1mm、ノッチ下高さ8mm、ノッチ下の横断面積0.8cm2)が32J/cm2以上であると割れ難い。大きな金型(重量が250kg以上)の1030℃からの焼入れでは、400℃以下での焼入れ速度が金型内部で分速3℃程度と非常に小さくなる(マスイフェクトで内部は非常に冷却され難い)。焼入れ性の悪い鋼材で、焼入れ速度が小さい(緩速焼入れという)場合は、マルテンサイト変態ではなくベイナイト変態が高温で起こるようになり、結晶粒内の組織(ラスやブロックやパケット)が粗大化する。この結果、焼入れ時のオーステナイト結晶粒が微細であっても粗大な粒内組織に沿って亀裂が容易に進展するため吸収エネルギーが低くなってしまう。焼入れ性が悪いSKD61は、400℃以下の焼入れ速度が分速3℃であると、高温でベイナイト変態してしまい金型として使われる43HRCに焼き戻した場合の衝撃値が32J/cm2を越え難い。
SKD61の欠点の1つは、焼入れ性が悪いことである。SKD61よりもMnを多く含有する5Cr系ダイス鋼は焼入性が高いために、焼入れ速度が小さくでも高衝撃値が得られる。
【0008】
また、サイクルタイム短縮、鋳造品の品質向上、熱疲労亀裂の軽減、焼付き軽減等を実現するため、ダイカスト用金型には「(4)高熱伝導率であること」が求められる。高熱伝導率の金型は冷却効率が良いうえ、熱衝撃も小さくなる。この結果、サイクルタイム短縮、ダイカスト製品の高品位化、金型損傷軽減のメリットが生まれる。
43HRCに焼戻したSKD61の25℃における熱伝導率(レーザフラッシュ法による測定)は23.0~24.5W/m/Kであり、ダイカスト用金型としては望ましくない低さである。焼入れ性の悪さに加えてSKD61のもう1つの欠点は、熱伝導率が低いことである。SKD61よりもSiの含有量が少ない5Cr系ダイス鋼では、SKD61よりも高い熱伝導率が得られる。
【0009】
下記表1は、上記で述べた従来の5Cr系ダイス鋼の各特性を○,△,×で表したものである。表1で示すように、従来のダイス鋼において、(1)焼鈍性の良いこと、(2)焼入れ時の結晶粒度番号が大きいこと、(3)焼入れ速度が小さい緩速焼入れでも衝撃値が高いこと、(4)高熱伝導率であること、を全て満たすものは無い。
なお、ダイカスト金型に用いる金型用鋼の場合を例にその課題を述べたが、金型用鋼をプラスチック用の射出成形型等の他の分野の金型に用いる場合においても同様である。
【0010】
【表1】
【0011】
なお、下記特許文献1には、SKD61よりも熱伝導率や衝撃値を高めた熱間工具鋼が開示されている。しかしながら特許文献1に記載のものは、V添加量が0.7%未満と低く、本発明とは異なっている。
また、C-Mn-Cr-Moの各元素の組み合わせにおいて、本発明の成分範囲を満たすような実施例は開示されていない。本発明は0.35≦C≦0.40であるが、この範囲を満たす実施例は、発明鋼A11と比較鋼A10のみである。発明鋼A11は、Mn,Mo,Vの各含有量が本発明の成分範囲を外れている。また比較鋼A10は、Si,Mn,Cr,Mo,Vの各含有量が本発明の成分範囲を外れている。
【0012】
また、下記特許文献2には、SKD61よりも焼入れ性およびクリープ特性が優れた熱間鍛造鋼が開示されている。特許文献2に記載のものは、焼入れ性を高める思想において本発明と類似するものであるが、焼鈍性が考慮されておらず、本願発明のMn-Crの成分範囲を満たす実施例は開示されていない。また、特許文献2に記載のものは、高熱伝導率を志向していないため、実施例1のSi量は0.20%(本発明の上限値)と高く、実施例2のSi量は本発明の上限値を超えている。
【0013】
また、下記特許文献3には、SKD61よりも焼入れ性を高めた熱間加工用工具鋼が開示されている。しかしながら、特許文献3には焼鈍性や熱伝導率についての言及はなく、本発明の成分範囲を満たす実施例の開示はない。特許文献3の実施例では、C,Si,Mn,Cr,Mo,Vの6元素のうち少なくとも4元素が本発明の成分範囲から外れている。また特許文献3に記載の熱間加工用工具鋼は、Niを0.5%以上添加する必須元素としている点でも本発明と異なっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【文献】特開2011-1572号公報
【文献】特開平6-322483号公報
【文献】特開昭62-161942号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は以上のような事情を背景とし、良好な焼鈍性を有し、長時間の焼入れ加熱でも微細なオーステナイト結晶粒が生成可能で、緩速焼入れでも高い衝撃値を発現し得て、且つ高い熱伝導性能を有する金型用鋼及び金型を提供することを目的としてなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
而して請求項1のものは、金型用鋼に関するもので、質量%で0.35≦C≦0.40,0.003≦Si≦0.20,0.72≦Mn≦0.94,5.71≦Cr≦6.00,1.74≦Mo≦2.00,0.71≦V≦0.90,0.001≦N≦0.080を含有し、残部がFe及び不可避的不純物の組成を有することを特徴とする。

【0017】
なお、金型用鋼において、下記に示す成分が下記範囲で不可避的不純物として含まれ得る。
P≦0.050,S≦0.0080,Cu≦0.30,Ni≦0.30,Al≦0.10,W≦0.30,O≦0.01,Co≦0.30,Nb≦0.004,Ta≦0.004,Ti≦0.004,Zr≦0.004,B≦0.0001,Ca≦0.0005,Se≦0.03,Te≦0.005,Bi≦0.01,Pb≦0.03,Mg≦0.02,REM≦0.10などである。
【0018】
請求項2のものは、請求項1において、質量%で0.30<W≦5.00,0.30<Co≦4.00の少なくとも1種を更に含有することを特徴とする。
【0019】
請求項3のものは、請求項1,2の何れかにおいて、質量%で0.30<Cu≦1.50,0.30<Ni≦1.50の少なくとも1種を更に含有することを特徴とする。
【0020】
請求項4のものは、請求項1~3の何れかにおいて、質量%で0.0001<B≦0.0050を更に含有することを特徴とする。
【0021】
請求項5のものは、請求項1~4の何れかにおいて、質量%で0.004<Nb≦0.100,0.004<Ta≦0.100,0.004<Ti≦0.100,0.004<Zr≦0.100の少なくとも1種を更に含有することを特徴とする。
【0022】
請求項6のものは、請求項1~5の何れかにおいて、質量%で0.10<Al≦1.00を更に含有することを特徴とする。
【0023】
請求項7のものは、請求項1~6の何れかにおいて、質量%で0.0080<S≦0.0500,0.0005<Ca≦0.2000,0.03<Se≦0.50,0.005<Te≦0.100,0.01<Bi≦0.50,0.03<Pb≦0.50の少なくとも1種を更に含有することを特徴とする。
【0024】
請求項8のものは、金型に関するものであって、請求項1~7の何れかに記載の鋼から成ることを特徴とする。
なお、本発明において「金型」には金型本体はもとより、これに組み付けられて使用されるピン等の金型部品も含まれる。更に、本発明の鋼からなる金型で、表面処理が施されたものも含まれる。
【0025】
本発明者は、上記課題を解決するため、SKD61に代表される5Cr系ダイス鋼の特性と成分との関係を詳細に再調査した。先述の4つの特性以外にも被削性や破壊靭性値なども十分に考慮した。その結果、各種元素を狭い範囲内に規定した場合に、上記課題が解決されることを見出した。図1では、本発明の金型用鋼における主要元素の成分範囲を、5Cr系ダイス鋼の代表であるSKD61と比較して示している。
【0026】
図1(A)では、C量およびSi量を示している。図1(A)から分るように本発明ではSKD61よりも著しくSi量が少ない。本発明の特徴の1つである「高熱伝導率」は、主にこの低Siによるものである。
【0027】
図1(B)では、Mn量およびCr量を示している。図1(B)から分るように本発明では、高い焼入れ性を確保するため、これら2元素をSKD61よりも多く添加している。
一般に焼入れ性が高いと焼鈍性は劣化する。通常は焼入れ性を高めるためにMnを増量するが、それだけでは焼鈍性の劣化が顕著となる。本発明では、Mnと同様に焼入れ性を高めるCrが、焼鈍性に対してはMnと逆の作用(焼鈍性を高める作用)を有することを見出し、MnとCrを同時に増量した。このように焼入れ性と焼鈍性とを両立させるためには、MnとCrのバランスが重要である。また、後述するように本発明では、Moなどの量を適正化することによっても焼鈍性の確保を図っている。
【0028】
図1(C)では、Mo量およびV量を示している。図1(C)から分るように本発明では、SKD61よりも高Moで低Vである。金型の大割れの原因となる粗大なVCを形成するVを低減し、V+0.5Moの量をSKD61並みとすることで2次硬化能を確保した。V量で比較した場合には、本発明はSKD61と重なる領域を有するが、市販されているSKD61のV量は規格中央値の1%であることがほとんどである。一方、本発明のV量は0.9%以下であることから、SKD61と本発明とはMo量およびV量においても実質的に異質である。
【0029】
このように本発明では、主要元素の成分範囲を、熱間ダイス鋼の代表であるSKD61から大きく異ならせることによって、先述の4つの課題の解決を図っている。もちろんダイス鋼としての基礎特性も損なわれていない。図1が示す通り、各主要元素の含有量が非常に狭い範囲内であれば、諸特性を高い次元で兼備させられることを見出したのが本発明である。
【0030】
以上の本発明は、特にダイカスト金型用鋼として適したものであるが、プラスチックの射出成形金型用鋼、射出成形を含むゴム成形金型用鋼、温間鍛造,熱間鍛造,ホットスタンプ(ホットプレスやプレスクエンチとも言われる)等の金型用鋼としても好適なものである。
【0031】
次に本発明における各化学成分の限定理由を以下に説明する。なお、各化学成分の値は何れも質量%である。
「請求項1の化学成分について」
0.35≦C≦0.40
C<0.35では、Crの含有量が多く、MoやVの含有量が少なく、焼戻し温度が高い、という場合に50HRC以上の高硬度を安定して得にくい。
0.40<Cでは粗大な炭化物が増加し、それが起点となるため靭性が低下する。また0.40<CではMs点が下がり過ぎ、増えた残留オーステナイトが焼戻しで粗大なベイナイトになるため靭性が低下する。さらに0.40<Cでは溶接性が低下する。0.40<Cでは炭化物が多くなるため焼鈍後の硬さが高くなる欠点もある。
【0032】
0.003≦Si≦0.20
Si<0.003では、機械加工時の被削性が著しく劣化する。また、Si量の少ない高価な原材料を使う必要があるためコスト上昇を招く。
一方、0.20<Siでは熱伝導率の低下が大きい。0.20<Siでは、Siの固溶硬化によって焼鈍後の硬さが高くなる欠点もある。
好ましいSiの範囲は、0.005≦Si≦0.18であり、より好ましくは0.01≦Si≦0.16である。
【0033】
図2は、Si量と熱伝導率の関係を示す。
0.40C-0.99Mn-5.99Cr-1.70Mo-0.78V-0.014Nを基本成分とし、Si量を変化させた鋼材を用いた。上記成分の焼鈍材から作製した試験片を、1030℃に加熱し、1030℃で5Hrの保持後1030℃から550℃までを分速20℃で冷却し、550℃から150℃までを分速3℃で冷却して焼き入れた。この焼入れ履歴は、冷え難い大きな金型内部の焼入れを模擬している。さらに上記の焼入れ材を43.3HRCに焼戻した。
この焼戻し材の25℃における熱伝導率をレーザフラッシュ法によって測定した。金型の長寿命化や鋳造品質の向上の観点から、熱伝導率は25.5W/m/K以上と高いほど好ましい。図2に示すように、Si≦0.20で、熱伝導率が25.5W/m/K以上となることから、本発明ではSiの上限を0.20とした。同じ条件で調質したSKD61の熱伝導率は23.0~24.5W/m/Kと低く、本発明鋼はSKD61より高い熱伝導率を有している。
【0034】
0.72≦Mn≦0.94
Mn<0.72では焼入れ性が不足し、ベイナイトの混入による靭性の低下を招く。
一方、0.94<Mnでは焼鈍性が非常に劣化する。高Mn化による焼鈍性の劣化は、低Cr・高Cu・高Ni・高Moの場合に顕著である。また0.94<Mnでは熱伝導率の低下も大きい。0.94<Mnでは、SiやPの含有量が多い場合、焼戻し後の衝撃値が高くならないという問題も起こる。
【0035】
図3は、Mn量と焼鈍硬さとの関係を示す。
0.38C-0.09Si-5.65Cr-1.97Mo-0.76V-0.026Nを基本成分とし、Mn量を変化させた鋼材を用いた。試験片の履歴は以下の通りである。熱間加工ままで非常に結晶粒の粗大な状態を初期組織とし、これを680℃に加熱して6Hr保持した。一旦、室温付近まで冷却した後に870℃へ再加熱し、870で2Hr保持した後に600℃まで時速15℃で冷却した。
機械加工を容易にする観点から、焼鈍硬さは97HRB以下と低い方が好ましい。図3に示すように、Mn≦0.94で97HRB以下となることから、本発明ではMnの上限を0.94とした。同じ条件で調質したSKD61は、88~94HRBであり、本発明鋼はSKD61と同等の良好な焼鈍性を有している。
【0036】
5.65≦Cr≦6.00
Cr<5.65では焼入れ性が不足する。また、Cr<5.65では耐食性が悪くなり、金型の水冷孔の錆を起点として内部から割れ易くなる。Cr<5.65では、高Mnの場合に焼鈍性が非常に劣化する。特に高Cu・高Niの場合に顕著である。
一方、6.00<Crでは熱伝導率の低下が大きい。6.00<Crでは軟化抵抗の低下も顕著で、金型として使用中に表面の硬度が低下し易い。硬度低下は強度の低下を意味し、金型として必要な強度を確保できなくなる。好ましいCrの範囲は、5.67≦Cr≦5.90である。
【0037】
図4は、Cr量と臨界冷却速度との関係と示している。
0.36C-0.09Si-0.73Mn-1.65Mo-0.81V-0.020Nを基本成分とし、Cr量を変化させた鋼材を用い、臨界冷却速度は、CCT特性を調査する実験によって求めた。上記成分の焼鈍材から作製した試験片を1030℃で保持した後、1030℃から所定の冷却速度で室温まで冷却した。このような一連の実験から推定される臨界冷却速度(それ以上の速度で冷却するとマルテンサイト単相になる速度)をCr量に対して示した。マルテンサイトに近い組織の方が、衝撃値が高く割れ難いことから、臨界冷却速度は小さい方が好ましい。大きな金型の内部では、焼入れ時の冷却速度が分速3℃程度に小さくなるが、鋼材の臨界冷却速度が分速7℃以下であれば、分速3℃の緩速焼入れの場合にもかなり高い衝撃値を確保できる。図4に示すように、5.65≦Crで臨界冷却速度が分速7℃以下となることから、本発明ではCrの下限を5.65%とした。SKD61の臨界冷却速度は、分速12℃程度であり、本発明鋼はSKD61よりも高い焼入れ性を有している。
【0038】
図5は、Mn+Crの量と緩冷材における衝撃値との関係と示している。
0.38C-0.08Si-1.68Mo-0.77V-0.020Nを基本成分とし、Mn量を0.45~1.2で、Cr量を5.2~6.8で変化させた鋼材を用いた。試験片の履歴は以下の通りである。上記成分の焼鈍材を1030℃に加熱し、1030℃で5Hrの保持後、1030℃から550℃までを分速20℃で冷却し、550℃から400℃までを分速10℃で冷却し、400℃から200℃までを分速3℃で冷却して焼入れを行った。さらに、焼入れ材を43±0.5HRCに焼戻した。この状態の25℃における衝撃値を評価した。衝撃値が32J/cm2以上であると、その金型は割れ難い。図5に示すように、衝撃値が32J/cm2以上となるのは、Mn+Crの量が6.37(0.72Mn+5.65Cr)以上である。すなわち、本発明では、Mn量とCr量がいずれも請求範囲の下限となっても、緩冷となる大きな金型の内部から割れる危険性は少ない。
なお、ここで示した衝撃値は、衝撃試験(Uノッチ底半径1mm、ノッチ下高さ8mm、ノッチ下の横断面0.8cm2)における吸収エネルギー[J]を試験片の断面積[0.8cm2]で除した値で、衝撃試験片10本の平均値である。
【0039】
1.65≦Mo≦2.00
Mo<1.65では、Crの含有量が多く、CとVの含有量が少なく、焼戻し温度が高い、という場合に50HRC以上の高硬度を安定して得難い。Mo<1.65では高温強度が不足する欠点もある。
一方、2.00<Moでは破壊靭性の低下が顕著で、金型の割れが懸念される。2.00<Moでは素材コストの上昇も著しい。
ところで、Moはオーステナイトから炭化物の排出を遅延させる効果が大きいため、焼鈍性を悪化させるのであるが、高Mo化で焼鈍性が良くなるMo量の範囲がある。この理由は、オーステナイト結晶粒界から粒内へと反応が進行していく焼鈍はオーステナイト結晶粒が微細であるほど促進される(焼鈍性が良い)こと、固溶したMoにはオーステナイト結晶粒の成長を抑制する効果があること、の2点による。結晶粒の成長を抑制する効果はMo<1.65では小さい。一方、2.00<Moでは結晶粒の成長を抑制する効果は更に大きくなるが、オーステナイトからの炭化物の排出が著しく遅延する影響の方が強く作用し、かえって焼鈍性は悪化する。このようなメカニズムから1.65≦Mo≦2.00がMo添加によって焼鈍性を改善できる(少なくとも劣化させない)範囲なのである。特に好ましい範囲は1.67≦Mo≦1.90である。
【0040】
図6は、Moの量と破壊靭性値との関係と示している。
試験片には0.38C-0.09Si-0.82Mn-5.75Cr-0.78V-0.020Nを基本成分とし、Mo量を変化させた鋼材を用いた。試験片の履歴は以下の通りである。上記成分の焼鈍材を1030℃に加熱し、1030℃で5Hrの保持後、1030℃から550℃までを分速20℃で冷却し、550℃から400℃までを分速10℃で冷却し、400℃から200℃までを分速3℃で冷却して焼入れを行った。さらに、この焼入れ材を43.3HRCに焼戻した。この焼戻し材の25℃における破壊靭性値をASTM E 399に準じて評価した。金型の割れを回避する観点から、破壊靭性値は40MPa・m0.5以上と高いほど好ましい。図6に示すように、Mo≦2.00で40MPa・m0.5以上となることから、本発明ではMoの上限を2.00とした。同条件のSKD61の破壊靭性値は、38MPa・m0.5程度であり、本発明鋼はSKD61よりも高い破壊靭性値を有している。
【0041】
0.71≦V≦0.90
V<0.71では、焼入れ時のVC粒子が少なくなるためオーステナイト結晶が粗大化し(結晶粒度番号が小さくなり)易い。この傾向はCとSiとNの含有量が少ない場合に特に顕著である。V<0.71では、Crの含有量が多く、CとMoの含有量が少なく、焼戻し温度が高いという場合に50HRC以上の高硬度を安定化して得ることが困難となる。
一方、0.90<Vではオーステナイト結晶粒の成長を抑制する効果が飽和に近づくだけでなくコスト増を招く。また粗大な晶出炭化物(凝固時に析出するもの)が増加し、それが亀裂の起点となるため衝撃値が低下する。特に好ましい範囲は0.73≦V≦0.88である。
【0042】
図7は、V量と焼入れ時のオーステナイト結晶粒度番号との関係と示している。
試験片には、0.13Si-0.81Mn-5.74Cr-1.68Mo-0.020Nを基本成分とし、C量を0.35と0.40とし、V量を0.40~0.90の範囲で変化させた鋼材を用いた。上記成分の焼鈍材を、1030℃で5Hr保持後、1030℃から550℃までを分速20℃で冷却し、550℃から150℃までを分速3℃で冷却して焼入れを行った。このようにして得られた焼入れ組織を酸で腐食し、変態前のオーステナイト結晶粒(旧オーステナイト結晶粒と言う)の粒界を現出し、結晶粒度番号を評価した。粒度番号の平均値が5以上であれば「好ましい微細な結晶粒」と扱われる。図7に示すように、C量が本発明の下限0.35でも、V量が0.71あれば、粒度番号で5を確保できる。このことから本発明ではVの下限値を0.71としている。
【0043】
0.001≦N≦0.080
N<0.001では、焼入れ時のVC粒子が少なくなるためオーステナイト結晶が粗大化し(結晶粒度番号が小さくなり)やすい。この傾向は、CとSiの含有量が少ない場合に特に顕著である。
0.080<Nでは、N添加に要する精錬の時間とコストが増加し、素材コストの上昇を招く。更に0.080<Nでは、粗大な窒化物や炭窒化物が増加し、それが亀裂の起点となるため衝撃値が低下する。
好適なNの範囲は、諸特性のバランスに優れた0.003≦N≦0.070であり、より好ましくは0.005≦N≦0.060である。
【0044】
「請求項2の化学成分について」
本発明鋼は、WやCoを選択的に添加することで高強度化できる。Wは炭化物の析出によって強度を上げる。Coは母材への固溶によって強度を上げると同時に、炭化物形態の変化を介して析出硬化にも寄与する。
また、これらの元素は焼入れ時のオーステナイト中に固溶して結晶粒界の移動(結晶粒の粗大化)を抑制する効果もある。具体的には、
0.30<W≦5.00
0.30<Co≦4.00
の少なくとも1種(1元素)を含有させれば良い。
いずれの元素も所定量を越えると特性の飽和、熱伝導率の低下、著しいコスト増、などを招く。
【0045】
「請求項3の化学成分について」
0.30<Cu≦1.50
Cu≦0.30では、焼入れ時のγ粒界の移動を抑制するsolute drag効果に乏しく、結晶粒の粗大化を抑制する効果が得られない。また、Cu≦0.30では焼入れ性を改善する効果にも乏しい。さらに時効硬化によって硬さを増す効果にも乏しい。Cu≦0.30では被削性の改善効果も小さい。
一方、1.50<Cuでは熱間加工時の割れが顕在化する。また、焼鈍性が著しく劣化する。1.50<Cuでは熱伝導率の低下も顕著である。さらに、1.50<Cuではコスト上昇も顕著である。1.50<Cuでは被削性の改善効果も飽和に近づく。
好適なCuの範囲は、諸特性のバランスに優れた0.35≦Cu≦1.35であり、より好ましくは0.40≦Cu≦1.20である。
【0046】
0.30<Ni≦1.50
Ni≦0.30では、Cuを多く含む場合の熱間加工時の割れを回避する効果に乏しい。また、Ni≦0.30では焼入れ性を改善する効果にも乏しい。さらに、Ni≦0.30ではAlが存在する場合にAlと結合して金属間化合物を形成し強度を高める効果に乏しい。
一方、1.50<Niでは焼鈍性が著しく劣化する。さらに、1.50<Niでは熱伝導率の低下も顕著である。Niは焼入れ焼戻し後もマトリックス中に固溶しているため、熱伝導率への悪影響がSiと同様に大きい。1.50<NiではAlと結合した金属間化合物の析出による靭性の低下が顕著である。
【0047】
「請求項4の化学成分について」
焼入れ性の改善策として、Bの添加も有効である。具体的には、
0.0001<B≦0.0050
を含有させる。
なお、BはBNを形成すると焼入れ性の向上効果が無くなるため、鋼中にB単独で存在させる必要がある。具体的には、BよりもNとの親和力が強い元素で窒化物を形成させ、BとNを結合させなければ良い。そのような元素の例としては、Nb、Ta、Ti、Zrが挙げられる。これらの元素は不純物レベルで存在してもNを固定する効果はあるが、N量によっては請求項5に規定する範囲で添加する場合もある。
Bが鋼中のNと結合してBNが形成されても、余剰のBが鋼中に単独で存在すればそれが焼入れ性を高める。
Bはまた被削性の改善にも有効である。被削性を改善する場合にはBNを形成させれば良い。BNは性質が黒鉛に類似しており、切削抵抗を下げると同時に切屑破砕性を改善する。なお、鋼中にBとBNがある場合には焼入れ性と被削性が同時に改善される。
【0048】
「請求項5の化学成分について」
予期せぬ設備トラブルなどによって、焼入れ加熱温度が高くなったり焼入れ加熱時間が長くなれば、結晶粒の粗大化が懸念される。そのような場合に備え、Nb-Ta-Ti-Zrを選択的に添加し、これらの元素が形成する微細な析出物でオーステナイト結晶粒界の移動を抑制し、微細な組織を維持することが出来る。具体的には、
0.004<Nb≦0.100
0.004<Ta≦0.100
0.004<Ti≦0.100
0.004<Zr≦0.100
の少なくとも1種を含有させれば良い。
いずれの元素も、所定量を越えると炭化物や窒化物や酸化物が過度に生成し、靭性の低下を招く。
【0049】
「請求項6の化学成分について」
同様に、オーステナイト結晶粒の粗大化を抑制するため
0.10<Al≦1.00
を含有させることができる。AlはNと結合してAlNを形成し、オーステナイト結晶粒界の移動(すなわち粒成長)を抑制する効果を有する。また、AlはNとの親和力が高く、鋼中へのNの侵入を加速する。このためAlを含有する鋼材を窒化処理すると、表面硬さが高くなりやすい。より高い耐摩耗性を求めて窒化処理をする金型には、Alを含む鋼材を使う事が有効である。
但し、Alが所定量を超えると、熱伝導率や靭性の低下を招く。なお、本発明の不純物レベルで規定されるAlであっても、含有されるN量によっては上記の効果が発現する。
【0050】
「請求項7の化学成分について」
被削性の改善には、S-Ca-Se-Te-Bi-Pbを選択的に添加することも有効である。具体的には、
0.0080<S≦0.0500
0.0005<Ca≦0.2000
0.03<Se≦0.50
0.005<Te≦0.100
0.01<Bi≦0.50
0.03<Pb≦0.50
の少なくとも1種を含有させれば良い。
いずれの元素も、所定量を越えた場合は被削性の飽和と熱間加工性の劣化、衝撃値や鏡面研磨性の低下を招く。
【発明の効果】
【0051】
以上のような本発明によれば、良好な焼鈍性を有し、長時間の焼入れ加熱でも微細なオーステナイト結晶粒が生成可能で、緩速焼入れでも高い衝撃値を発現し得て、且つ高い熱伝導性能を有する金型用鋼及びこれを用いた金型を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0052】
図1】本発明鋼の成分範囲をSKD61と比較して示した図である。
図2】Si量と熱伝導率との関係を示した図である。
図3】Mn量と焼鈍硬さとの関係を示した図である。
図4】Cr量と臨界冷却速度との関係を示した図である。
図5】Mn+Cr量と衝撃値との関係を示した図である。
図6】Mo量と破壊靭性値との関係を示した図である。
図7】V量とオーステナイト結晶粒度番号との関係を示した図である。
【実施例
【0053】
表2に示す実施例および比較例(計20鋼種)について、焼鈍性・結晶粒度・衝撃値・熱伝導率を評価する試験を行った。
なお、比較例1は汎用の熱間ダイス鋼SKD61である。比較例2から比較例5はSKD61の改良鋼として市中で販売されていた熱間ダイス鋼である。比較例6と比較例7は、比較例1~比較例5よりは本発明に近い成分の鋼である。
比較例1~比較例5は、C-Si-Mn-Cr-Mo-V-Nの主要7元素のうち4~6元素が本発明の範囲を外れている。比較例6と比較例7は、Mn-Cr-Moの少なくとも1元素が本発明の範囲を外れている。
【0054】
【表2】
【0055】
表2に示す20鋼種をそれぞれ50kgのインゴットに鋳込み、鋼塊を製造した。この鋼塊に1250℃で24時間の均質化処理を施した後、鋼塊を熱間加工で45mm×60mm×2000mmの矩形断面の棒状に成形した。この棒鋼を750℃における6時間の焼戻しによって軟質化させた。そしてこの棒鋼から4種類(焼鈍性・結晶粒度・衝撃値・熱伝導率)の試験片を作製した。
焼鈍性と結晶粒度を評価する試験片は、12mm×12mm×20mmの小ブロックである。衝撃値を評価する試験片は、11mm×11mm×55mmの小角棒である(後に精加工により衝撃試験片に仕上げる)。熱伝導率を評価する試験片は、Φ15mm×55mmの小円柱である(後に精加工により熱伝導率試験片に仕上げる)。
【0056】
<焼鈍性についての評価>
12mm×12mm×20mmの小ブロックの試験片に対し、ダイカスト金型用素材を製造する際の焼鈍条件を与え、軟質化するかどうか調査した。まず熱間加工の粗大な結晶粒を再現するため、小ブロックを1240℃において2時間保持し室温まで冷却した。引き続き670℃における8時間の保持後に870℃へ加熱し、870℃で2時間保持した後、870℃から600℃までを時速15℃で冷却し、以降は放冷する焼鈍を行った。これらの熱処理は、ダイカスト金型用の素材を製造する過程で用いられる条件に準じている。その後、試験片(焼鈍材)のHRB硬さを測定し、97HRB以下であれば焼鈍性は良好で合格「○」、97HRBを超えていれば焼鈍性が悪く不合格「×」と判断した。
【0057】
結果は表3に示す通りである。表中ではこれら○、×の評価と併せて、括弧書きで実際に測定されたHRB硬さも併せて示してある。
比較鋼3と比較鋼7が不合格となった。比較例3の焼鈍性が悪い理由は、Mnが約1.1%と非常に高かったためである。Mnは焼入れ性を高めるが、弊害として焼鈍性を著しく損なわせる。一方、比較例7の焼鈍性が悪い理由は、Mnが約0.9%と多いうえ、Moが多すぎて炭化物の凝集が遅くなっためである。
【0058】
<結晶粒度についての評価>
12mm×12mm×20mmの小ブロックの試験片に対し、ダイカスト金型を焼入れる際の加熱条件を与え、結晶粒度を調査した。具体的には試験片を1030℃に加熱し、5時間の保持後に1030℃から冷却して焼きを入れた。大きな金型の焼入れ加熱に際しては、加熱が遅くなる金型内部まで充分に均熱するため緩速加熱と長時間保持を行なう。この結果、加熱が速い金型表面は、非常に長い時間、高温での保持されることになる。このような過酷な条件でも結晶粒度番号が5以上と大きい(結晶粒は微細である)ことが求められる。実際の金型製造工程では、焼入れ温度1030℃での保持時間が5時間に及ぶこともあるため、本実験では1030℃での保持を5時間とし、その後、金型表面を想定して550℃までを分速50℃で冷却し、そこから400℃までを分速25℃で冷却し、そこから200℃までを分速10℃で冷却した。
【0059】
試験片(焼入れ材)の表面を鏡面研磨し酸で腐食することによって、焼入れ加熱時(1030℃で5時間保持した状態)のオーステナイト結晶粒界を出現させ、顕微鏡で組織を観察し、JIS G0551の規定に準じて旧オーステナイト結晶粒の粒度番号を評価した。
評価する粒度番号は、3視野で得られた結晶粒度番号の平均値とし、粒度番号が5以上であった場合を微細粒で合格「○」、粒度番号が5未満であった場合を粗粒で不合格「×」と判定した。
【0060】
結果は表3に示す通りである。表中ではこれら○、×の評価と併せて、括弧書きで実際に測定された結晶粒度番号も併せて示してある。比較鋼2,比較鋼3,比較鋼4,比較鋼5が不合格となった。これら不合格となった鋼はV量が少ない。従ってVC粒子(焼入れ時に分散してオーステナイト結晶粒界の成長を抑制する役割を果たす粒子)も少なく、結晶粒が成長し易かったためである。
【0061】
<衝撃値についての評価>
11mm×11mm×55mmの小角棒に対し、大きなダイカスト金型の焼入れ履歴を与え、衝撃値を評価した。具体的には小角棒を1030℃で5時間の保持後、550℃までを分速20℃で冷却し、そこから400℃まで分速10℃で冷却し、更にそこから200℃までを分速3℃で冷却した。大きな金型の焼入れ冷却においては、内部の冷却が非常に遅くなる。上記の焼入れ冷却は、250~2000kgの大きなダイカスト金型を衝風や高温油で焼入れた場合の履歴に該当する。このような遅い焼入れ(緩速焼入れ)であっても高衝撃値となることが求められる。
【0062】
焼入れた小角棒を600~620℃における複数回の焼戻しによって43±0.5HRCに調質し、10mm×10mm×55mmの衝撃試験片(Uノッチ底半径1mm、ノッチ下高さ8mm、ノッチ下の横断面0.8cm2)に加工した。衝撃値は衝撃試験における吸収エネルギー[J]を試験片の断面積[0.8cm2]で除した値を意味する。この衝撃値を試験片10本の平均値で評価した。衝撃値が32J/cm2以上あれば金型としての使用中に割れ難いため、平均値で評価した衝撃値が32J/cm2以上であった場合を高衝撃値で合格「○」、32J/cm2未満であった場合を低衝撃値で不合格「×」と判定した。
【0063】
結果は表3に示す通りである。表中ではこれら○、×の評価と併せて、括弧書きで実際に測定された衝撃値(単位:J/cm2)も併せて示してある。
比較鋼1,比較鋼2,比較鋼4,比較鋼5,比較鋼6が不合格となった。比較鋼2と比較鋼4と比較鋼5は、表3に示した通り結晶粒度番号が小さいため、亀裂が進展し易くなっていたことによって衝撃値が低下した。特に比較例5は、MnおよびCrの含有量が低く焼入れ性も低いことが低衝撃値化に拍車をかけている。粒度番号が5以上で充分に大きい(結晶粒が微細である)比較例1と比較例6も、焼入れ性が低いため組織が粗大なベイナイトになり衝撃値が低下した。比較例の中では、比較例3と比較例7が合格であった。比較例3は、粒度番号は小さかったが1.1Mnで焼入れ性が非常に高いため、マルテンサイトに近い微細な組織が得られ、高衝撃値となった。比較例7は合格ではあるが、Moが過度に高いため衝撃値は低めである。図6に示した通りMoの過剰添加は破壊靭性の観点からも好ましくなく、また素材コストを著しく高くする弊害もある。
【0064】
<熱伝導率についての評価>
Φ15mm×55mmの小円柱に、上記衝撃試験片と同じ焼入れ焼戻し履歴を与え、43±0.5HRCに調質した。その後、この小円柱からΦ10mm×2mmの熱伝導率測定用の試験片を作製した。この試験片の25℃における熱伝導率をレーザフラッシュ法によって測定した。金型の長寿命化や鋳造品質の向上の観点から熱伝導率は高いほど好ましく、25.5W/m/K以上であった場合を高熱伝導率で合格「〇」、25.5W/m/K未満であった場合を低熱伝導率で不合格「×」と判定した。
【0065】
結果は表3に示す通りである。表中ではこれら○、×の評価と併せて、括弧書きで実際に測定された熱伝導率(単位:W/m/K)も併せて示してある。
比較鋼1と比較鋼2が不合格となった。比較鋼1はSiが1%と非常に高いため、熱伝導率が特に低い。比較鋼2は合格に近いが、Siが多めであるため熱伝導率を充分に高めることができなかった。比較例4はSiが0.4%と比較的高Siであるが、Crが低めであることから高熱伝導率を確保している。さらにCrとSiの少ない比較例5は非常に高い熱伝導率であった。
【0066】
【表3】
【0067】
表3で示した4つの項目についての評価結果により、以下のことが分かる。
既存の鋼である比較鋼1~比較鋼5は、少なくとも2つの項目に問題がある。
MnおよびCr量が本発明の下限値を下回っている比較例6は、衝撃値に問題がある。
Mo量が本発明の上限値を上回っている比較例7は、焼鈍性に問題がある。
【0068】
これに対し実施例1~実施例13は、何れの項目にも問題はない。実施例の鋼材であれば、その良好な焼鈍性により金型用の素材を早く安く提供することができる。また、実施例の鋼材は長時間の焼入れ加熱でも微細なオーステナイト結晶粒が生成可能で、緩速焼入れでも高い衝撃値が得られるため、大きな金型での割れを良好に防ぐことができる。また、高熱伝導率の金型が得られるため、鋳造サイクルの短縮化や鋳造製品の高品位化が期待できる。
【0069】
以上本発明の実施例を詳述したがこれはあくまで一例示である。例えば、本発明の鋼はショットピーニング,窒化処理,PVD処理,CVD処理,メッキ処理その他の表面改質処理を施して使用することも有効である。また、粉末や板の積層造形による金型作成に使う粉末や板にも適用でき、棒線状として金型の本体や部品の溶接補修に使用することも可能である等、その趣旨を逸脱しない範囲において種々変更を加えた態様で実施可能である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7