IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 大同特殊鋼株式会社の特許一覧

特許7144719プレハードン鋼材、並びに、金型及び金型部品
<>
  • 特許-プレハードン鋼材、並びに、金型及び金型部品 図1
  • 特許-プレハードン鋼材、並びに、金型及び金型部品 図2
  • 特許-プレハードン鋼材、並びに、金型及び金型部品 図3
  • 特許-プレハードン鋼材、並びに、金型及び金型部品 図4
  • 特許-プレハードン鋼材、並びに、金型及び金型部品 図5
  • 特許-プレハードン鋼材、並びに、金型及び金型部品 図6
  • 特許-プレハードン鋼材、並びに、金型及び金型部品 図7
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-21
(45)【発行日】2022-09-30
(54)【発明の名称】プレハードン鋼材、並びに、金型及び金型部品
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20220922BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20220922BHJP
   B29C 33/38 20060101ALI20220922BHJP
   C21D 8/00 20060101ALN20220922BHJP
   C21D 6/00 20060101ALN20220922BHJP
   C21D 9/00 20060101ALN20220922BHJP
【FI】
C22C38/00 301H
C22C38/60
B29C33/38
C21D8/00 A
C21D6/00 L
C21D9/00 M
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2018077414
(22)【出願日】2018-04-13
(65)【公開番号】P2019116678
(43)【公開日】2019-07-18
【審査請求日】2021-02-16
(31)【優先権主張番号】P 2017083121
(32)【優先日】2017-04-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2018006778
(32)【優先日】2018-01-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110227
【弁理士】
【氏名又は名称】畠山 文夫
(72)【発明者】
【氏名】河野 正道
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-262569(JP,A)
【文献】特開2008-127643(JP,A)
【文献】特開2013-023708(JP,A)
【文献】特開2002-309341(JP,A)
【文献】特開2009-030094(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 6/00- 6/04
C21D 8/00- 8/10
C21D 9/00- 9/44, 9/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の構成を備えたプレハードン鋼材。
(1)前記プレハードン鋼材は、
0.05≦C≦0.25mass%、
0.01≦Si≦1.00mass%、
0.40≦Mn≦1.80mass%、
0.0002≦S≦0.3000mass%、
0.30≦Cu≦1.80mass%、
2.00≦Ni≦3.90mass%、
0.05≦Cr≦3.20mass%、
0.05≦Mo≦0.80mass%、及び、
0.30≦Al≦1.50mass%
を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる。
(2)前記プレハードン鋼材は、
断面サイズが幅350mm以上、かつ高さ350mm以上であり、
硬さが34~43HRCであり、
旧オーステナイト結晶粒径の平均値が85μm以下であり、
衝撃値の平均値が18J/cm2以上である。
但し、
「硬さ」とは、前記プレハードン鋼材の断面全体について測定された硬さをいい、
「旧オーステナイト結晶粒径の平均値」とは、前記プレハードン鋼材の断面全体について測定された旧オーステナイト結晶粒径の平均値をいい、
「衝撃値の平均値」とは、前記プレハードン鋼材の断面全体について測定された衝撃値の平均値をいう。
【請求項2】
0.30<W≦1.00mass%、及び
0.30<Co≦2.00mass%
からなる群から選ばれるいずれか1以上の元素をさらに含む請求項1に記載のプレハードン鋼材。
【請求項3】
0.0001<B≦0.0050mass%
をさらに含む請求項1又は2に記載のプレハードン鋼材。
【請求項4】
0.0005<Ca≦0.2000mass%、
0.03<Se≦0.50mass%、
0.005<Te≦0.100mass%、
0.01<Bi≦0.50mass%、及び
0.03<Pb≦0.50mass%
からなる群から選ばれるいずれか1以上の元素をさらに含む請求項1から3までのいずれか1項に記載のプレハードン鋼材。
【請求項5】
請求項1から4までのいずれか1項に記載のプレハードン鋼材からなり、その縦、横、及び高さの3方向のうち、少なくとも2方向の最大値が350mm以上である金型。
【請求項6】
請求項1から4までのいずれか1項に記載のプレハードン鋼材からなり、その縦、横、及び高さの3方向のうち、少なくとも2方向の最大値が350mm以上である金型部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プレハードン鋼材、並びに、金型及び金型部品に関し、さらに詳しくは、プラスチックの射出成形、ゴムの成形、CFRPの成形などに用いられる金型及び金型部品、並びに、これに用いられるプレハードン鋼材に関する。
【背景技術】
【0002】
プレハードン鋼とは、所定の硬さに調質されており、かつ、切削加工が可能な鋼をいう。プレハードン鋼は、熱処理が不要であり、切削加工後にそのまま金型や金型部品として使用できる。そのため、プレハードン鋼は、プラスチックの射出成形、ゴムの成形、CFRPの成形などに用いられる金型や金型部品に多用されている。このようなプレハードン鋼及びその製造方法に関し、従来から種々の提案がなされている。
【0003】
例えば、特許文献1、2には、所定の組成を有するMn-Ni-Al-Cu-Mo系時効硬化性(快削)プラスチック金型用鋼を肉盛溶接後、500℃×5hr時効処理を施し、さらにフォートエッチング加工を行う方法が開示されている。
同文献には、肉盛溶接後、時効処理することにより、溶着鋼部及び溶接熱影響部が母材部と同様に均一なフォートエッチング加工が可能となる点が開示されている。
【0004】
特許文献3には、所定の組成を有する時効硬化性型用鋼を溶製・鍛造し、溶体化及び時効処理する方法が開示されている。
同文献には、このような方法により、HRC40の硬さレベルを有し、靱性及び被削性に優れている時効硬化性型用鋼が得られる点が開示されている。
【0005】
特許文献4には、所定の組成を有する金型用鋼からなり、かつ、断面寸法が50mm×150mmである鍛伸材を用いて、HRC34を目標に焼入れ焼戻しを行う方法が開示されている。
同文献には、このような方法により、優れた被削性、研磨仕上げ性、及び耐摩耗性を備えた金型用鋼が得られる点が記載されている。
【0006】
特許文献5には、所定の組成を有する析出硬化鋼を通常の溶製方法にて製造し、約4Sに鍛伸後、900℃に加熱保持した後、空冷し、その後550℃若しくは575℃で5時間の時効処理を施す方法が開示されている。
同文献には、このような方法により、靱性及び超硬工具チッピング性に優れた析出硬化鋼が得られる点が記載されている。
【0007】
特許文献6、7には、所定の組成を有するプラスチック成形金型用鋼の鋳造加工を実施し、その後850℃に加熱し、溶体化処理を行い、引き続き500℃に加熱した後、時効硬化処理を行う方法が開示されている。
同文献には、このような方法により、鏡面性及び被削性に優れたプラスチック成形金型用鋼、あるいは、鏡面性、溶接性、及び被削性に優れたプラスチック成形金型用鋼が得られる点が記載されている。
【0008】
特許文献8には、所定の組成を有する快削プラスチック成形金型用鋼を通常の溶製方法により溶製し、鍛造後、熱間加工を実施し、その後1143Kに加熱して溶体化処理を行ない、引続き773Kに加熱して時効硬化処理を行なう方法が開示されている。
同文献には、このような方法により鏡面仕上げ性に優れた快削プラスチック成形金型用鋼が得られる点が記載されている。
【0009】
特許文献9には、所定の組成を有するプレハードン鋼を熱間圧延した後、880℃のオーステナイト領域まで加熱し、半冷5分、半冷15分、半冷30分、半冷70分の冷却条件によりベイナイト生成熱処理(ベイナイト焼入れ)を施し、500~550℃の温度範囲で焼戻しを行い、硬さを38~40HRCに調製する方法が開示されている。
同文献には、このような方法により、 被削性および靭性に優れたプレハードン鋼が得られる点が記載されている。
【0010】
特許文献10には、所定の組成を有するプレハードン鋼を熱間圧延した後、880℃のオーステナイト領域まで加熱後、空冷(放冷)を行い、500~590℃の温度範囲で焼戻しを行う方法が開示されている。
同文献には、このような方法により被削性および靭性に優れたプレハードン鋼が得られる点が記載されている。
【0011】
特許文献11には、所定の組成を有するプレハードン鋼を熱間圧延した後、880℃のオーステナイト領域まで加熱保持して、空冷(放冷)の焼入れを行い、500~590℃の温度範囲で焼戻す方法が開示されている。
同文献には、このような方法により被削性および靭性に優れたプレハードン鋼が得られる点が記載されている。
【0012】
プラスチックの射出成形用金型などに用いられるプレハードン鋼材には、大面積と、結晶粒径の微細さと、衝撃値の高さが強く求められるようになってきた。以下では、プラスチックの射出成形を例に説明する。
(1)大断面化:
製品(自動車のヘッドライトなど)の大型化にともなって、金型用の鋼材も大断面化する傾向にある。従来は、断面サイズが幅300mm以下、かつ高さ300mm以下の鋼材から金型を切削加工で製造していた。しかし、近年では、金型用鋼材として幅350mm以上、かつ高さ350mm以上の大きなサイズが製造されるようになってきた。
【0013】
(2)結晶粒の微細さ:
射出成形では、綺麗に磨いた金型表面を製品に転写させる。しかし、金型の結晶粒が粗大であると、磨いた金型の表面が結晶粒径の影響を受けてムラになりやすい。この場合、プラスチックの射出成形品の表面にムラが転写され、製品の美観を損ねるため、金型用の鋼材には結晶粒の微細さが求められる。結晶粒を微細にするために、金型用鋼材の製造工程中の塑性加工や熱処理の条件を適正化することが行われている。具体的には、塑性加工を低温度化し加工度を大きくする、プレハードン焼入れを低温短時間化する、などである。また、結晶粒の微細さは、以下に述べる衝撃値の高さの観点からも重要である。
【0014】
(3)衝撃値:
射出成形では、金型が使用中に割れないことが求められる。金型が割れると、生産停止によるロスや金型の再作製によるコスト増になるためである。割れを回避するには、金型の衝撃値を高くすれば良い。一般に、鋼材は焼入れ速度が大きいほど高衝撃値となるため、金型用鋼材のプレハードン焼入れにおいては、急冷が採用される。また、鋼材は結晶粒が微細であるほど高衝撃値となるため、先述の通り、鋼材製造工程中の塑性加工や熱処理の適正化は重要である。
【0015】
しかし、大断面(幅350mm以上、かつ高さ350mm以上のサイズ)のプレハードン鋼材を従来の方法で製造すると、結晶粒の微細さと衝撃値の高さが不十分となる。
結晶粒が微細とならない理由は、鋼材製造工程中の塑性加工において、加工を低温度化し、かつ加工度を大きくすることが難しいためである。これは、加工面積と変形抵抗が大きくなることで、両者の積に相当する加工力が大きくなり、加工装置の能力を超えてしまうことによる。
衝撃値が高くならない理由は2つある。1つ目の理由は、上記の通り、結晶粒が微細化され難いことである。2つ目の理由は、プレハードン焼入れにおいて、特に鋼材中心部の焼入れ速度が小さくなることである(mass effect)。
【0016】
以上の経緯から、プラスチックの射出成形用金型などに用いられる大断面(幅350mm以上、かつ高さ350mm以上のサイズ)のプレハードン鋼材において、結晶粒の微細さと衝撃値の高さを両立することは未達である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【文献】特開昭55-28384号公報
【文献】特開昭55-28385号公報
【文献】特開平02-182860号公報
【文献】特開平03-122252号公報
【文献】特開平06-279922号公報
【文献】特開平11-335775号公報
【0018】
【文献】特開2001-152278号公報
【文献】特開2002-309341号公報
【文献】特開2007-262569号公報
【文献】特開2008-038219号公報
【文献】特開2008-127643号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
本発明が解決しようとする課題は、大断面(幅350mm以上、かつ高さ350mm以上のサイズ)の鋼材からなり、結晶粒が微細であり、かつ、高い衝撃値を持つプレハードン鋼材を提供することにある。
また、本発明が解決しようとする他の課題は、このようなプレハードン鋼材を用いた金型及び金型部品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0020】
上記課題を解決するために本発明に係るプレハードン鋼材は、以下の構成を備えていることを要旨とする。
(1)前記プレハードン鋼材は、
0.05≦C≦0.25mass%、
0.01≦Si≦1.00mass%、
0.40≦Mn≦1.80mass%、
0.0002≦S≦0.3000mass%、
0.30≦Cu≦1.80mass%、
2.00≦Ni≦3.90mass%、
0.05≦Cr≦3.20mass%、
0.05≦Mo≦0.80mass%、及び、
0.30≦Al≦1.50mass%
を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる。
(2)前記プレハードン鋼材は、
断面サイズが幅350mm以上、かつ高さ350mm以上であり、
硬さが34~43HRCであり、
旧オーステナイト結晶粒径の平均値が85μm以下であり、
衝撃値の平均値が18J/cm2以上である。
【0021】
本発明に係る金型は、本発明に係るプレハードン鋼材からなり、その縦、横、及び高さの3方向のうち、少なくとも2方向の最大値が350mm以上であることを要旨とする。
さらに、本発明に係る金型部品は、本発明に係るプレハードン鋼材からなり、その縦、横、及び高さの3方向のうち、少なくとも2方向の最大値が350mm以上であることを要旨とする。
【発明の効果】
【0022】
一般に、プレハードン鋼材の焼入れ焼戻しを行う場合において、鋼材の断面積が大きくなるほど、中心部の焼入速度が低下する。そのため、中心部の結晶粒径が大きくなり、かつ、衝撃値も低下する。この問題を解決するために、冷却速度を上げることも考えられる。しかし、鋼材の断面積がある一定の大きさ以上になると、冷却速度の増大にも限界がある。
これに対し、所定の組成を有し、かつ、大断面のプレハードン鋼材に対して複数回の焼入れを行うと、冷却速度に限界がある場合であっても、中心部の結晶粒径を微細化することができる。しかも、本発明に係るプレハードン鋼材は、ある冷却速度で衝撃値が極大値を取る。そのため、断面積の大きな鋼材であっても、断面全体が微細粒組織となり、かつ、断面全体の硬さ及び衝撃値が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】本発明に係るプレハードン鋼材の焼入れ前(図1(A))、焼入れ1回(図1(B))、及び焼入れ3回(図1(C))の組織である。
図2】焼入れ処理の回数とオーステナイト結晶粒径との関係を示す図である。
図3】オーステナイト結晶粒径が25μmであるときの焼入れ速度と衝撃値との関係を示す図である。
図4】オーステナイト結晶粒径が85μmであるときの焼入れ速度と衝撃値との関係を示す図である。
【0024】
図5】オーステナイト結晶粒径が150μmであるときの焼入れ速度と衝撃値との関係を示す図である。
図6】高さHmmで幅1320mm、長さL(1320mm以上)の鋼材を焼き入れた時の550℃~250℃間の中心部の平均冷却速度(中心部の冷速)を示す図である。
図7】5Cr系ダイス鋼の焼戻しマルテンサイト組織(1回の焼入れ・焼戻しを行った後の組織)(図7(A))、及び再焼入れ後の組織(図7(B))である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下に、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. プレハードン鋼材]
本発明に係るプレハードン鋼材は、以下の構成を備えている。
(1)前記プレハードン鋼材は、
0.05≦C≦0.25mass%、
0.01≦Si≦1.00mass%、
0.40≦Mn≦1.80mass%、
0.0002≦S≦0.3000mass%、
0.30≦Cu≦1.80mass%、
2.00≦Ni≦3.90mass%、
0.05≦Cr≦3.20mass%、
0.05≦Mo≦0.80mass%、及び、
0.30≦Al≦1.50mass%
を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる。
(2)前記プレハードン鋼材は、
断面サイズが幅350mm以上、かつ高さ350mm以上であり、
硬さが34~43HRCであり、
旧オーステナイト結晶粒径の平均値が85μm以下であり、
衝撃値の平均値が18J/cm2以上である。
【0026】
[1.1. 組成]
[1.1.1. 主構成元素]
本発明に係るプレハードン鋼材は、以下のような元素を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる。添加元素の種類、その成分範囲、及び、その限定理由は、以下の通りである。
【0027】
(1)0.05≦C≦0.25mass%:
C量が少ないと、Cu、Ni、Al、及び/又はMoが少ない場合に、34HRC以上を安定して得にくい。従って、C量は、0.05mass%以上である必要がある。C量は、好ましくは、0.06mass%以上、さらに好ましくは、0.07mass%以上である。
一方、C量が過剰になると、硬くなり過ぎて切削加工性が悪くなる。また、C量が過剰になると、溶接性が低下する。従って、C量は、0.25mass%以下である必要がある。C量は、好ましくは、0.23mass%以下、さらに好ましくは、0.021mass%以下である。
【0028】
(2)0.01≦Si≦1.00mass%:
Si量が少ないと、切削加工性、特にエンドミル被削性が大きく低下する。従って、Si量は、0.01mass%以上である必要がある。Si量は、好ましくは、0.02mass%以上、さらに好ましくは、0.03mass%以上である。
一方、Si量が過剰になると、熱伝導率の低下が大きい。射出成型の生産性を高めるには、金型内に射出されたプラスチックの固化時間を短くする必要があり、そのためには高熱伝導率の金型材が求められる。従って、Si量は、1.00mass%以下である必要がある。Si量は、好ましくは、0.90mass%以下、さらに好ましくは、0.80mass%以下である。
【0029】
(3)0.40≦Mn≦1.80mass%:
Mn量が少ないと、焼入れ性が不足し、焼入れ時に初析フェライトが析出し易くなる。初析フェライトは軟質なため、鏡面研磨時の研磨ムラの原因となる。また、軟質な初析フェライトを起点として金型が使用中に割れやすくなる。従って、Mn量は、0.40mass%以上である必要がある。Mn量は、好ましくは、1.20mass%以上、さらに好ましくは、1.37mass%以上である。
一方、Mn量が過剰になると、熱伝導率の低下が著しい。従って、Mn量は、1.80mass%以下である必要がある。Mn量は、好ましくは、1.75mass%以下、さらに好ましくは、1.70mass%以下である。
【0030】
(4)0.0002≦S≦0.3000mass%:
S量が少ないと、MnSを形成して被削性を改善する効果に乏しい。本発明は、高Mnであるため、微量のSでもMnSが形成され、被削性が改善される。このような効果を得るためには、S量は、0.0002mass%以上である必要がある。S量は、好ましくは、0.0003mass%以上、さらに好ましくは、0.0004mass%以上である。
一方、S量が過剰になると、被削性が飽和に近づくだけでなく、MnSが過多となるために衝撃値や鏡面研磨性や溶接性が劣化する。従って、S量は、0.3000mass%以下である必要がある。S量は、好ましくは、0.2250mass%以下、さらに好ましくは、0.1000mass%以下である。
【0031】
(5)0.30≦Cu≦1.80mass%:
Cu量が少ないと、焼戻し時に析出するε-Cuの量が少なくなるため、C、Ni、Al、及び/又はMoが少ない場合に、34HRC以上を安定して得にくくなる。また、Cu量が少ないと、焼入れ性を改善する効果に乏しい。従って、Cu量は、0.30mass%以上である必要がある。Cu量は、好ましくは、0.40mass%以上、さらに好ましくは、0.80mass%以上である。
一方、Cu量が過剰になると、焼戻し時に析出するε-Cuの量が多くなり過ぎて衝撃値が低下する。また、Cu量が過剰になると、熱伝導率の低下と著しいコスト増を招く。従って、Cu量は、1.80mass%以下である必要がある。Cu量は、好ましくは、1.65mass%以下、さらに好ましくは、1.30mass%以下である。
【0032】
(6)2.00≦Ni≦3.90mass%:
Ni量が少ないと、焼戻し時に析出するAlとの金属間化合物の量が少なくなるため、C、Cu、Al、及び/又はMoが少ない場合に、34HRC以上を安定して得にくくなる。また、高Cu鋼の熱間加工における割れを回避する効果にも乏しい。従って、Ni量は、2.00mass%以上である必要がある。Ni量は、好ましくは、2.60mass%以上、さらに好ましくは、2.90mass%以上である。
一方、Ni量が過剰になると、焼戻し時に析出するAlとの金属間化合物の量が多くなり過ぎて、衝撃値が低下する。また、Ni量が過剰になると、コストの著しい増加を招く。従って、Ni量は、3.90mass%以下である必要がある。Ni量は、好ましくは、3.80mass%以下、さらに好ましくは、3.70mass%以下である。
【0033】
(7)0.05≦Cr≦3.20mass%:
Cr量が少ないと、あまりにも耐食性が悪くなる。また、Cu-Crを含有することによって発現される耐候性も不十分である。本鋼種は、高い耐食性が要求される用途には使えないが、金型の製造工程中や使用中における錆を抑制する程度の耐食性は必要である。従って、Cr量は、0.05mass%以上である必要がある。Cr量は、好ましくは、0.08mass%以上、さらに好ましくは、0.24mass%以上である。
一方、Cr量が過剰になると、切削加工性が劣化する。また、Cr量が過剰になると、熱伝導率の低下も顕著となる。従って、Cr量は、3.20mass%以下である必要がある。Cr量は、好ましくは、2.85mass%以下、さらに好ましくは、0.60mass%以下である。
【0034】
(8)0.05≦Mo≦0.80mass%:
Mo量が少ないと、焼戻しで析出する炭化物が少なくなるため、C、Cu、Ni、及び/又はAlが少ない場合に、34HRC以上を安定して得にくくなる。また、Mo量が少ないと、焼入れ時に初析フェライトが析出し易くなる。従って、Mo量は、0.05mass%以上である必要がある。Mo量は、好ましくは、0.07mass%以上、さらに好ましくは、0.10mass%以上である。
一方、Mo量が過剰になると、焼戻し硬さが高くなり過ぎて切削加工性が劣化する。従って、Mo量は、0.80mass%以下である必要がある。Mo量は、好ましくは、、0.70mass%以下、さらに好ましくは、0.50mass%以下である。
【0035】
(9)0.30≦Al≦1.50mass%:
Al量が少ないと、焼戻し時に析出するNiとの金属間化合物の量が少なくなるため、C、Cu、Ni、及び/又はMoが少ない場合に、34HRC以上を安定して得にくくなる。また、Al量が少ないと、窒化した場合の硬さの上昇が小さい。従って、Al量は、0.30mass%以上である必要がある。Al量は、好ましくは、0.60mass%以上、さらに好ましくは、0.80mass%以上である。
一方、Al量が過剰になると、焼戻し時に析出するNiとの金属間化合物の量が多くなり過ぎて、衝撃値が低下する。また、Al量が過剰になると、熱伝導率の低下も大きく、熱間加工時の割れも顕在化する。さらに、Al量が過剰になると、コスト増も問題となる。従って、Al量は、1.50mass%以下である必要がある。Al量は、好ましくは、1.40mass%以下、さらに好ましくは、1.30mass%以下である。
【0036】
(10)不可避的不純物:
本発明に係るプレハードン鋼材は、不可避的不純物として、
P≦0.05mass%、
N≦0.015mass%、
O≦0.01mass%、
W≦0.30mass%、
Co≦0.30mass%、
V≦0.12mass%、
Nb≦0.05mass%、
Ta≦0.05mass%、
Ti≦0.12mass%、
Zr≦0.12mass%、
B≦0.0001mass%、
Ca≦0.0005mass%、
Se≦0.03mass%、
Te≦0.005mass%、
Bi≦0.01mass%、
Pb≦0.03mass%、
Mg≦0.02mass%、又は、
REM≦0.10mass%。
が含まれていても良い。
【0037】
[1.1.2. 副構成元素]
本発明に係るプレハードン鋼材は、上述した主構成元素に加えて、以下のような1又は2以上の元素をさらに含んでいても良い。添加元素の種類、その成分範囲、及び、その限定理由は、以下の通りである。
【0038】
(11)0.30<W≦1.00mass%:
(12)0.30<Co≦2.00mass%:
本発明に係るプレハードン鋼材は、C量が低いため、34HRCの確保が難しいこともある。そのような場合には、WやCoを選択的に添加し、強度確保を図ればよい。このような効果を得るためには、W量及びCo量は、それぞれ、上記の範囲内にあるのが好ましい。W及びCoは、いずれか一方を添加しても良く、あるいは、双方を添加しても良い。
【0039】
(13)0.0001<B≦0.0050mass%:
焼入れ性の改善策として、Bの添加も有効である。Bは、また、被削性の改善にも有効である。被削性を改善する場合には、BNを形成させれば良い。BNは、性質が黒鉛に類似しており、切削抵抗を下げると同時に切屑破砕性を改善する。Nは、本発明の不純物レベル(N≦0.015mass%)で充分である。なお、鋼中にBとBNがある場合、焼入れ性と被削性が同時に改善される。このような効果を得るためには、B量は、上記の範囲内にあるのが好ましい。
【0040】
(14)0.0005<Ca≦0.2000mass%:
(15)0.03<Se≦0.50mass%:
(16)0.005<Te≦0.100mass%:
(17)0.01<Bi≦0.50mass%:
(18)0.03<Pb≦0.50mass%:
被削性の改善には、Ca、Se、Te、Bi、及び/又はPbを選択的に添加することも有効である。これらの元素が形成する快削性の化合物は、MnSより微細で、またMnSほど伸長しないため、衝撃値への悪影響度もMnSほど悪くない。このような効果を得るためには、これらの元素の含有量は、それぞれ、上記の範囲内にあるのが好ましい。これらの元素は、いずれか1種を添加しても良く、あるいは、2種以上を添加しても良い。
【0041】
[1.2. 断面サイズ]
本発明に係るプレハードン鋼材は、断面サイズが幅350mm以上、かつ高さ350mm以上である。
ここで、「幅」及び「高さ」とは、素材を熱間で塑性加工した際に最終的に長さが伸びた方向(いわゆる、ファイバー方向)に対して直交する断面の寸法をいう。どちらを幅とし、どちらを高さとするかについては、小さい方の値を高さと扱う。非常に大きな素材、あるいは長い素材から切り出された鋼材であって、外見上ファイバー方向が不明なものであっても、ファイバー方向は組織から判定できる。具体的には、偏析の向き、介在物の分布、介在物の伸長方向などを評価すれば良い。
【0042】
本発明に係るプレハードン鋼材は、単に断面サイズが大きいだけでなく、後述する硬さ、旧オーステナイト結晶粒径、及び衝撃値の条件が断面全体で満たされている。このようなプレハードン鋼材は、後述するように、所定の成分範囲に調整された鋼材の焼入れを複数回繰り返すことにより得られる。そのため、本発明に係るプレハードン鋼材は、従来の鋼材に比べて断面サイズの制約が少なく、断面サイズは主として1回の溶解・鋳造で得られた溶鋼の量により制約される。但し、断面サイズを必要以上に大きくするのは実益がない。
【0043】
後述する方法を用いると、幅が3000mm以下、2800mm以下、あるいは、2600mm以下である鋼材を製造することができる。
同様に、後述する方法を用いると、高さが1500mm以下、1400mm以下、あるいは、1300mm以下である鋼材を製造することができる。
プレハードン鋼材のファイバー方向の長さは、溶鋼の量と断面サイズにより決まる。後述する方法を用いると、ファイバー方向の長さが200mm以上、1000mm以上、あるいは、2000mm以上である鋼材が得られる。
【0044】
[1.3. 硬さ]
本発明に係るプレハードン鋼材は、硬さが34~43HRCである。この値は、鋼材の断面全体で満たされている。硬さは、好ましくは、34~42HRC、さらに好ましくは、35~42HRCである。
【0045】
[1.4. 旧オーステナイト結晶粒径]
本発明に係るプレハードン鋼材は、旧オーステナイト結晶粒径の平均値が85μm以下である。「平均値」とは、鋼材の断面全体(又は、断面の中の代表的な部位)について測定された旧オーステナイト結晶粒径の平均値をいう。
本発明に係るプレハードン鋼材は、所定の条件下で焼入れを複数回繰り返すことにより製造される。そのため、同一断面サイズの従来の鋼材に比べて、旧オーステナイト結晶粒径の平均値が小さい。製造条件を最適化すると、旧オーステナイト結晶粒径の平均値は、80μm以下、75μm以下、あるいは、70μm以下となる。
旧オーステナイト結晶粒径とは、焼入れ後の組織(マルテンサイトやベイナイト)から判定する「焼入れ時の」オーステナイト結晶粒径を指す。旧オーステナイト結晶粒は、焼入れ材を酸によって腐食し金属組織を現出し、光学顕微鏡の50~200倍の倍率でそれを観察した際に、色調のコントラスト、明確な線状の結晶粒界、によって識別される。結晶粒のコントラストや結晶粒界が不明瞭な場合には、結晶方位の解析を行って結晶粒を識別する。この場合、隣接する結晶粒同士の方位差が15°以上である旧オーステナイト結晶粒界を粒界と扱う。
上記の手法で旧オーステナイト結晶粒界を明瞭にした焼入れ組織を広い範囲で観察し、旧オーステナイト結晶粒径を算出する。算出には、観察視野中の結晶粒の数n(10以上)とその面積の総和Sを画像処理で求め、1つの旧オーステナイト結晶粒の平均面積A(=S÷n)を求め、面積がAとなる真円の直径を旧オーステナイト結晶粒の平均値とする。
旧オーステナイト結晶粒の平均値の算出に結晶粒度Gを用いても良い。所定の観察面積内に存在する旧オーステナイト結晶粒の数がGから算出されるためである。
【0046】
[1.5. 衝撃値]
本発明に係るプレハードン鋼材は、衝撃値の平均値が18J/cm2以上である。「衝撃値」とは、Uノッチ衝撃試験の吸収エネルギーを試験片の断面積で除した値をいう。「平均値」とは、鋼材の断面全体(又は、断面の中の代表的な部位)について測定された衝撃値の平均値をいう。本発明において、衝撃値は、Uノッチ試験片(試験片長さ:55mm、試験片幅:10mm、試験片高さ:10mm、ノッチ下高さ:8mm、ノッチ底半径:1mm)を室温において衝撃的に破断させたときの吸収エネルギー[J]を試験片の断面積:0.8cm2で割った値をいう。試験片10本の平均値を、「衝撃値の平均値」として扱う。
本発明に係るプレハードン鋼材は、所定の条件下で焼入れを複数回繰り返すことにより製造される。そのため、同一断面サイズの従来の鋼材に比べて、衝撃値の平均値が大きい。製造条件を最適化すると、衝撃値の平均値は、19J/cm2以上、20J/cm2以上、あるいは、21J/cm2以上となる。
【0047】
[2. 金型]
本発明に係る金型は、本発明に係るプレハードン鋼材からなり、その縦、横、及び高さの3方向のうち、少なくとも2方向の最大値が350mm以上である。
本発明に係るプレハードン鋼材は、断面サイズが大きいにもかかわらず、硬さ及び衝撃値が相対的に高い。そのため、本発明に係るプレハードン鋼材は、特に大型の金型用の素材として好適である。
【0048】
[3. 金型部品]
本発明に係る金型部品は、本発明に係るプレハードン鋼材からなり、その縦、横、及び高さの3方向のうち、少なくとも2方向の最大値が350mm以上である。
本発明に係るプレハードン鋼材は、断面サイズが大きいにもかかわらず、硬さ及び衝撃値が相対的に高い。そのため、本発明に係るプレハードン鋼材は、特に大型の金型部品用の素材として好適である。
大型の金型部品としては、例えば、分流子、入子、おも型などがある。
【0049】
[4. プレハードン鋼材の製造方法]
本発明に係るプレハードン鋼材は、
(a)所定の成分範囲となるように配合された原料を溶解・鋳造し、
(b)得られた鋳塊に対して均質化処理を行い、
(c)均質化処理後の鋳塊に対して塑性加工を行い、
(d)塑性加工後の素材に対して複数回の焼入れを行い、
(e)焼入れ後の素材に対して焼戻しを行う
ことにより製造することができる。
得られたプレハードン鋼材は、切削加工を施した後、各種の用途に用いられる。
【0050】
[4.1. 溶解鋳造工程]
まず、所定の成分範囲となるように配合された原料を溶解・鋳造する(溶解鋳造工程)。溶解方法及びその条件、並びに、鋳造方法及びその条件については、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な方法及び条件を選択することができる。
【0051】
[4.2. 均質化処理工程]
次に、得られた鋳塊に対して均質化処理を行う(均質化処理工程)。均質化処理は、溶解・鋳造時に生成した偏析を除去するために行われる。均質化処理条件は、このような効果が得られる限りにおいて、特に限定されない。最適な均質化処理の条件は、鋼材の組成や断面サイズにもよるが、通常、1100℃~1350℃で、4時間~100時間の処理を行う。
【0052】
[4.3. 塑性加工工程]
次に、均質化処理後の鋳塊に対して塑性加工を行う。塑性加工は、目的とする形状を得るため、及び鋳造組織を破壊するために行われる。塑性加工の方法及び条件は、このような効果が得られる限りにおいて、特に限定されない。
【0053】
[4.4. 焼入れ工程]
次に、塑性加工後の素材に対して複数回の焼入れを行う(繰り返し焼入れ工程)。繰り返し焼入れを行うことによって、断面サイズが大きな鋼材であっても、旧オーステナイト結晶粒径の平均値を所定の値以下にすることができる。
【0054】
[4.4.1. 焼入れ温度]
焼入れ温度が低すぎると、フェライト相が充分に消失せず、焼入れが不十分となる。従って、焼入れ温度は、Ac3点(フェライト相が消失する温度)-30℃以上が好ましい。焼入れ温度は、好ましくは、Ac3点-25℃以上、さらに好ましくは、Ac3点-20℃以上である。
一方、焼入れ温度が高すぎると、焼入れ温度に加熱した際にオーステナイト結晶粒が粗大化する。従って、焼入れ温度は、Ac3点+60℃以下が好ましい。焼入れ温度は、好ましくは、Ac3点+57℃以下、さらに好ましくは、Ac3点+55℃以下である。
【0055】
[4.4.2. 焼入れ速度]
本発明に係るプレハードン鋼の衝撃値は、焼入れ速度及び旧オーステナイト結晶粒径に依存する。本発明に係るプレハードン鋼は、通常の鋼種と異なり、ある焼入れ速度で衝撃値が極大値を取る。また、旧オーステナイト結晶粒径が細かくなるほど、衝撃値が大きくなる。そのため、焼入れ速度が速すぎる場合、及び遅すぎる場合のいずれも、外周部又は中心部の衝撃値を低下させる原因となる。最適な焼入れ速度は、鋼材の組成、断面サイズ、旧オーステナイト結晶粒径等により異なるので、これらに応じて最適な焼入れ速度を選択するのが好ましい。
【0056】
焼入れ時の冷媒としては、120℃以下の油、95℃以下の水、高圧の不活性ガス、空気などが推奨される。さらに、冷媒を強制的に対流させることも推奨される。表面と内部の焼入れ速度をなるべく近づけるために、焼入れの途中で恒温保持をしたり、冷媒の種類や対流強度を焼入れ中に何回か切り替えても良い。
【0057】
[4.4.3. 焼入れ回数]
本発明に係るプレハードン鋼に対してAc3点付近での焼入れを繰り返し行い、その際の組織変化を詳細に調査した。その結果、焼入れ加熱時には、
(a)初期組織のベイナイトやマルテンサイトから、微細なオーステナイト結晶粒が生成する、
(b)その微細粒の生成箇所は、加熱前のベイナイトやマルテンサイトの旧オーステナイト結晶粒界である、
(c)微細粒は旧オーステナイト結晶粒内を浸食し、組織全面を微細粒に置き換える、
という現象が起こることを見出した。
この現象は、オーステナイト組織が塑性加工を受けて再結晶する挙動に酷似している。
【0058】
初期組織のベイナイトやマルテンサイトの旧オーステナイト結晶粒が非常に粗大であった場合、1回の焼入れでは微細粒による旧オーステナイト結晶粒の浸食が充分に行われない。そのため、焼入れ温度で保持している時のオーステナイト組織は、粗大粒が残存するために、著しい混粒となる。
一方、初期組織のベイナイトやマルテンサイトの旧オーステナイト結晶粒が非常に粗大であった場合でも、Ac3点付近での焼入れを複数回繰り返すと、微細粒による浸食が繰り返される。その結果、徐々に「食われ残った」粗大粒が少なくなり、ついには組織全面が微細粒に置き換わる。
【0059】
このような効果を得るためには、焼入れ回数は、2回以上が好ましい。焼入れ回数は、好ましくは、3回以上、さらに好ましくは、4回以上である。
一方、焼入れ回数を必要以上に多くするのは、実益がないだでけなく、高コスト化を招く。従って、焼入れ回数は、7回以下が好ましい。焼入れ回数は、好ましくは、6回以下、さらに好ましくは、5回以下である。
【0060】
[4.5. 焼戻し工程]
次に、焼入れ後の素材に対して焼戻しを行う(焼戻し工程)。焼戻し条件は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な条件を選択することができる。最適な焼戻し条件は、鋼材の組成や断面サイズにもよるが、通常、500℃~600℃で、0.5時間~12時間の焼戻しを行う。焼戻しによるオーステナイト分解で生じたマルテンサイトやベイナイトを焼戻して硬さを調整するため、焼戻しは複数回繰り返しても良い。なお、本発明の成分系では、焼戻しを「時効」と呼ぶことがある。
【0061】
[5. 作用]
一般に、プレハードン鋼材の焼入れ焼戻しを行う場合において、鋼材の断面積が大きくなるほど、中心部の焼入速度が低下する。そのため、中心部の結晶粒径が大きくなり、かつ、衝撃値も低下する。この問題を解決するために、冷却速度を上げることも考えられる。しかし、鋼材の断面積がある一定の大きさ以上になると、冷却速度の増大にも限界がある。
これに対し、所定の組成を有しかつ、大断面のプレハードン鋼材に対して複数回の焼入れを行うと、冷却速度に限界がある場合であっても、中心部の結晶粒径を微細化することができる。しかも、本発明に係るプレハードン鋼材は、ある冷却速度で衝撃値が極大値を取る。そのため、断面積の大きな鋼材であっても、断面全体が微細粒組織となり、かつ、断面全体の硬さ及び衝撃値が向上する。
【実施例
【0062】
(実施例1: 旧オーステナイト結晶粒径の焼入れ回数依存性)
[1. 試料の作製]
組成が0.14C-0.45Si-1.5Mn-0.0090S-0.91Cu-3.13Ni-0.25Cr-0.25Mo-1.10Alで表されるプレハードン鋼材(以下、「鋼A」という)を溶解・鋳造した。次いで、得られた鋳塊に対して、1280℃で24時間の均質化処理を施した。さらに、塑性加工により、断面サイズの幅が1050mm、高さが700mmである鋼材を得た。焼入れ前の旧オーステナイト結晶粒径の大きさは、熱間塑性加工のパススケジュールと温度管理により制御した。
次に、得られた鋼材に対し、1~6回の焼入れを繰り返した。焼入れ時の加熱条件は、872℃×30分とした。冷媒には、25~45℃の水を用いた。
【0063】
[2. 試験方法]
焼入れ前後の組織の変化を顕微鏡で観察した。また、組織写真から、旧オーステナイト結晶粒径を測定した。粒径の判定方法は、以下の通りである。
焼入れ前後の組織を酸で腐食し、両者の違いを顕微鏡で観察した。また、そのマルテンサイトあるいはベイナイトの組織写真から、変態する前のオーステナイト組織の結晶粒径(旧オーステナイト結晶粒径)を測定した。旧オーステナイト結晶粒界は、腐食されて線として観察される。粒界が不明な場合は、断続的な線として現出されている旧オーステナイト結晶粒界に加え、マルテンサイトやベイナイトのブロックの境界も考慮し、総合的に判定した。また、EBSDによる結晶方位の解析によって粒界を判別しても良い。この場合は、隣接する結晶粒との方位差が15°以上の旧オーステナイト結晶粒界を「粒界」として扱った。
【0064】
[3. 結果]
[3.1. 組織]
図1に、本発明に係るプレハードン鋼(鋼A)の焼入れ前(図1(A))、焼入れ1回(図1(B))、及び焼入れ3回(図1(C))の組織を示す。焼入れ前の鋼Aは、図1(A)に示すように、マルテンサイトを主体とした組織であり、その旧オーステナイト結晶粒径の平均値は、195μmであった。
1回の焼入れを行った鋼Aは、図1(B)に示すように、微細化が不十分であり、視野の左下の領域には、微細粒に「食われ残った」粗大粒が観察される。この場合、生成した微細粒の数が不足しているため、872℃での保持時間を延長しても、焼入れが1回である限り、全面が微細粒に置き換わることはない。
これに対し、3回の焼入れを行った鋼Aは、図1(C)に示すように、全面が平均粒径25μm程度の微細粒に置き換わっていた。
【0065】
[3.2. 旧オーステナイト結晶粒径]
図2に、焼入れ処理の回数とオーステナイト結晶粒径との関係を示す。なお、図2中、dγ0は、焼入れ前の初期の旧オーステナイト結晶粒径を表す。図2より、以下のことが分かる。
(a)dγ0が10μmである場合、焼入れ処理を繰り返すことにより、むしろ旧オーステナイト結晶粒径は増加した。これは、焼入れ時の加熱により、粒成長したためと考えられる。
(b)dγ0が40μm以上である場合、焼入れ処理の回数が多くなるほど、旧オーステナイト結晶粒径dγの減少率は大きくなった。特に、dγ0が100μmを超えると、dγの減少率は大きくなった。
(c)dγ0によらず、3回の焼入れ処理によって旧オーステナイト結晶粒径は、焼入れ処理温度でほぼ決まる値(約25μm)に収束した。
【0066】
図1及び図2の評価に用いた鋼AのAc3点(加熱速度:100~200℃/Hr)は、成分や加熱速度によって変化するが、825℃~880℃の範囲にある。すなわち、図1及び図2の実験で採用した焼入れ温度の872℃は、まさにAc3点付近である。鋼Aの場合、870℃<焼入れ温度≦940℃を推奨する。Ac3点は、化学成分の影響を受け、例えば、Cr含有量が増えると、Ac3点も上昇する。なお、この温度域における焼入れの繰り返し数は、2~6回を推奨する。この成分系では、Ac3点をAf点と呼ぶこともあるが、要はフェライト相(マルテンサイトやベイナイト)がなくなる温度である。
【0067】
(実施例2: 衝撃値の焼入れ速度依存性)
[1. 試験方法]
実施例1で作製した焼入れ前の鋼Aから、Uノッチ試験片(幅:10mm、高さ:10mm、ノッチ下高さ:8mm、ノッチ底半径:1mm)を作製した。得られた試験片に対して、焼入れ時のオーステナイト結晶粒径dγが25μm、85μm、又は、150μmとなるように、種々の条件下で焼入れを行った。焼入れ時のオーステナイト結晶粒径dγは、初期粒径dγ0と、焼入れ条件の制御で調整した。試験片の焼入れ速度(550℃→250℃)は、1~100℃/minの範囲内とした。なお、焼入れ速度を制御する温度域の下限を250℃としたのは、鋼Aのマルテンサイト変態の終了温度が250℃~300℃の範囲にあるためである。
焼入れ後、硬さが38HRCとなるように焼戻して衝撃値を評価した。
【0068】
[2. 結果]
図3図5に、オーステナイト結晶粒径が25μm、85μm、又は150μmであるときの焼入れ速度と衝撃値との関係を示す。図3~5中、横軸に平行な破線は、衝撃値=18J/cm2を意味する。
通常、鋼の衝撃値は焼入れ速度が大きくなるほど高くなる。ところが、図3図5に示すように、鋼Aの衝撃値は特定の焼入れ速度の範囲で高くなり、焼入れ速度が大きすぎても衝撃値が低下した。また、Ni-Al-Cu系、Cuが少ないNi-Al系、NiとAlが少ないCu系でもこのような現象が発現することがわかった。また、これらの系でも、特に、高Mn低Crの場合には、このような現象が顕在化することがわかった。
【0069】
[3. 鋼材断面内の全部位で高衝撃値化するための方案]
本発明において見出された、特定の成分系で発現するこの極めて特異な現象を利用すると、鋼Aの鋼材断面内の全部位を高衝撃値にすることができる。以下、その方法を具体的に説明する。
プラスチックの射出成形の金型は、衝撃値が18J/cm2未満の場合に割れやすい。従って、金型用鋼材のプレハードン焼入れにおいては、焼戻し後の衝撃値が「鋼材断面内の全部位で18J/cm2以上」となる方案を確立しなければならない。衝撃値の確保において考慮すべき因子は、焼入れ時のオーステナイト結晶粒径、及び焼入れ速度の2つである。
【0070】
図6に、高さHmmで幅1320mm、長さL(1320mm以上)の鋼材を焼き入れた時の550℃~250℃間の中心の平均冷却速度(中心部の冷速)を示す。40℃という低温の油で焼入れる急冷であっても、鋼材の高さ(厚さ)が350mm以上になると、鋼材中心部の焼入れ速度は7℃/min以下と小さくなる。水冷の場合には焼入れ速度を更に大きくできるが、それでも大断面鋼材の中心部の焼入れ速度を10℃/min以上にすることは難しい。一方、鋼材の表面部(面中央部や角部)の焼入れ速度は50℃/min以上である。このように、鋼材断面内には非常に大きな冷却速度の差が生じている。
【0071】
次に、このような冷却速度の部位間差と絶対値を把握した上で、焼き入れ時のオーステナイト結晶粒径の微細化との組み合わせによる「鋼材断面内の全部を高衝撃値にする手法」について述べる。
鋼材の断面が幅350mm以上、かつ、高さ350mm以上と大きくなり、かつ焼入れの冷媒が衝風や高温の油や低圧の不活性ガスである場合、図6に示したように、焼入れ速度が特に鋼材中心付近において7℃/min以下と小さくなる。この時、焼入れ時の鋼材中心部のオーステナイト結晶粒径が150μm以上と粗大であると、衝撃値が18J/cm2以上を満たせない。
【0072】
これに対し、本発明は、図1図5に示すように、
(a)繰り返し焼入れによって、オーステナイト結晶粒径(平均値)を85μm以下に微細化し、
(b)焼入れ速度(550℃→250℃)を中心部でも5℃/min以上とし、かつ
(c)焼入れ速度を表面部でも90℃/min以下にする
という焼入れ方案の採用によって、断面内の全部位で安定して18J/cm2以上の衝撃値が得られる。
【0073】
ここで、焼入れ速度の範囲:5~90℃/minは、最終の焼入れでは必ずこれを守る。例えば、合計3回の焼入れを行う場合、1回目及び2回目の焼入れの冷却速度は、上記の範囲内になくても良いが、上記の範囲内にあるのが好ましい。
従来、焼入れ速度が大きいほど衝撃値が高くなるとの認識から、鋼材をできるだけ急速焼入れしていた。しかし、鋼Aの成分系では、急冷により焼入れ速度の大きな表面側の衝撃値を逆に下げていたことが判明した。この傾向は、結晶粒が粗大な場合に顕在化する。
【0074】
なお、結晶粒が非常に微細であれば、中心部の焼入れ速度が1℃/minでも18J/cm2以上の衝撃値が得られ、素材内部における焼入れ速度の低下を過度に気にする必要がなくなる。また、結晶粒が非常に微細であれば、表面部の焼入れ速度が90℃/min以上でも18J/cm2以上の衝撃値が得られ、表面側の急冷を過度に気にする必要がなくなる。このような意味でも、やはり微細化は重要である。
逆に、焼入れ時のオーステナイト結晶粒が非常に粗大な場合は、粒径が本発明の範囲を外れた図5から容易に推測される通り、7℃/min以下と50℃/min以上、すなわち、段落番号「0070」で述べた大断面材の中心部と表面部の焼入れ速度の範囲のいかなる焼入れ速度であっても安定して18J/cm2以上の衝撃値を得られなくなる。
【0075】
焼き入れ時のオーステナイト結晶粒が微細な場合、焼入れ速度は、1℃/minでも18J/cm2以上の衝撃値が得られる。しかし、焼入れ速度は、2℃/min以上が好ましい。この理由は、金属組織を腐食液で現出した時に、光学顕微鏡の100~400倍の倍率では、黒く見える組織が点在するようになるからである。SEMの高倍率で観察すると、この黒く見える部位には炭化物が多く、従って光学顕微鏡では黒く見えるのである。このような組織の不均一性は、金型を鏡面研磨や化学エッチング(いわゆるシボ加工など)をする際にトラブルを起こす可能性が無くはないため、回避しておくのが無難である。
【0076】
(比較例1: 5Cr系ダイス鋼の繰り返し焼入れ)
[1. 試験方法]
5Cr系ダイス鋼を用いて、繰り返し焼入れを行った。鋼材の断面サイズは、高さ:410mm、幅:820mmとした。この鋼材に対し、1030℃で3時間保持した後に80℃の油中に浸漬する焼入れを行い、580℃と610℃で2回焼戻す、という1回目の処理を施した。引き続き、1030℃で3時間保持した後に80℃の油中に浸漬する繰り返し焼入れ処理を施した。
【0077】
[2. 結果]
鋼Aは、焼入れの繰り返しによって焼入れ時のγを細粒化できることを示したが、これは、この成分系に特有の現象である。一般に金型用鋼は、本発明のように焼入れ前の組織がマルテンサイトやベイナイトであると、焼入れ時に微細粒が得られず、粗大粒となる。その一例が、5Cr系ダイス鋼である。図7(A)に、5Cr系ダイス鋼の焼戻しマルテンサイト組織(1回の焼入れ・焼戻しを行った後の組織)を示す。また、図7(B)に、図7(A)5Cr系ダイス鋼を再焼入れした後の組織を示す。
【0078】
図7(A)は、マルテンサイト組織であり、焼入れ時の旧γ粒径は25~30μmと微細であることがわかる。これを再焼入れして焼入れしたものが図7(B)であり、旧γ粒径は100~300μmと著しく粗大化している。
このように、いわゆる「再焼入れ(マルテンサイトやベイナイトを再度焼入れる)」では、結晶粒が粗大化するというのが金型用鋼の一般的な特性である。
【0079】
これに対し、図1及び図2に示した通り、本発明の成分系では、「マルテンサイトを前組織とした焼入れ」であるにも関わらず、焼入れによって結晶粒が微細化していくという極めて特異な性質を有している。
なお、SCやSCRのような構造用鋼では、焼入れ前の組織をフェライト・パーライト組織にでき、粗大なフェライト・パーライト組織を1回の焼入れで微細化できる可能性もある。しかし、γの核生成サイトという意味において、マルテンサイトやベイナイトを前組織とした焼入れとは本質的に異なる。
【0080】
(実施例3、比較例2)
[1. 試料の作製]
表1に示す成分の鋼種を溶解し、それぞれ、10tonのインゴットに鋳込んだ。インゴットを1240℃でソーキングした後、熱間塑性加工し、高さ:410mm、幅:820mmの矩形断面に成形し、100℃付近まで冷却した。なお、表1中、鋼A1~A17は、組成が本発明の範囲内にある鋼材(実施例3)を表す。鋼B1~B5は、組成が本発明の範囲外にある鋼材(比較例2)を表す。
矩形材は、焼きが入ってマルテンサイトやベイナイトの組織になっており、放置すると置き割れの危険がある。置き割れ回避のため、熱間塑性加工後、直ちに矩形材を580℃で8時間加熱して焼き戻し、室温まで冷却した。
【0081】
この矩形材から、焼入れ時の組織変化を基礎的に調査するための小さな角材を作製した。具体的には、矩形材から厚さ50mmの板(410mm×820mm×50mm)を切り出し、その板から15mm×15mm×20mmの角材を機械加工で作製した。
この角材を1160℃で3時間加熱し、熱間塑性加工を模擬した粗大なオーステナイト結晶粒とした後、室温まで冷却した。得られたマルテンサイト組織を観察した結果、1160℃での3時間加熱によって、旧オーステナイト粒径の平均値が223μmであることを確認した。これを初期状態として、繰り返し焼き入れによる組織変化を調査した。
【0082】
【表1】
【0083】
[2. 検証]
[2.1. 検証1: Ac3点付近での繰り返し焼入れ]
[2.1.1. 試験方法]
22種類の角材に対し、表2に示す温度で4回の繰り返し焼入れを施した。表2中のAc3点は、角材から作製したφ4mm×10mmの試験片を時速200℃で加熱した場合に測定されたAc3変態点である。これを基に、角材に対する4回の繰り返し焼入れは、(Ac3点-18℃)≦焼入れ温度≦(Ac3点+52℃)に設定した。焼入れ温度での保持時間は、合金元素をオーステナイト中に充分に固溶させるため、5時間とした。
【0084】
[2.1.2. 結果]
表2に、焼入れ回数が1~4回である時の旧オーステナイト結晶粒径の平均値[μm]を示す。表2より、以下のことが分かる。
(1)鋼B1~B5は、繰り返し焼入れで細粒化せず、いわゆる「マルテンサイト(やベイナイト)の再焼入れ」では微細化しない、という金型用鋼に一般的な特性を示した。
(2)鋼A1~A17は、いずれも焼入れの繰り返しで細粒化が促進され、3回目の繰り返し焼入れで85μm以下になった。4回目と3回目で粒径の差は小さく、今回の初期粒径223μmであれば、3回の繰り返し焼入れで充分と考えられる。
【0085】
(3)一方、初期粒径が更に大きい場合、例えば、非常に大きな矩形断面材の中心部、表面側のデッドメタルゾーン(熱間塑性加工工具との幾何学的要因や温度低下や高摩擦係数の問題から、拘束されて変形しにくく、従って再結晶による微細化も困難な部位)では、4回以上の繰り返し焼入れが必要と考えられる。
(4)逆に、初期粒径があまり大きくなければ、2回の繰り返し焼入れで充分な可能性が高い。実際に、鋼A15と鋼A17以外は、2回目の焼入れで85μm以下となっている。但し、細粒化が十分とは言いがたい。
【0086】
【表2】
【0087】
[2.2. 検証2: Ac3点-30℃未満での繰り返し焼入れ]
[2.2.1. 試験方法]
c3点付近での繰り返し焼入れによる細粒化が確認できた鋼A1~A17について、焼入れ温度<(Ac3-30℃)での繰り返し焼入れを検証した。角材に対する4回の繰り返し焼入れは、(Ac3点-60℃)≦焼入れ温度≦(Ac3点-42℃)に設定した。焼入れ温度での保持時間は、表2の実験に準じて5時間とした。
【0088】
[2.2.2. 結果]
表3に、焼入れ回数が1~4回である時の旧オーステナイト結晶粒径の平均値[μm]を表す。表3より、以下のことがわかる。
(1)鋼A1~A17のいずれも、旧オーステナイト結晶粒径は85μm以下にはならなかった。成分が同一であり、かつ、焼入れ温度は表2の実験より低いにもかかわらず、初期の粗大粒からの粒径の変化は小さい。ここでは、平均粒径を示しているが、実際には著しい混粒組織である。細粒部は20μm程度の結晶粒であるが、初期の粗大粒に近いサイズの結晶粒が大半を占めている。粗大粒の割合は、焼入れ回数が少ないほど、多い傾向であった。
【0089】
(2)この検証では、オーステナイト化が不十分な状態からの焼入れになることから、いわゆる「メモリー効果」的な現象が発現している可能性もある。いずれにせよ、Ac3点を大きく下回る温度での繰り返し焼入れでは、本発明の成分範囲であっても、85μm以下の整細粒組織は得られない。
【0090】
【表3】
【0091】
[2.3. 検証3: Ac3点+60℃超えでの繰り返し焼入れ]
[2.3.1. 試験方法]
c3点付近での繰り返し焼入れによる細粒化が確認できた鋼A1~A17について、(Ac3点+60℃)<焼入れ温度での繰り返し焼入れを検証した。角材に対する4回の繰り返し焼入れは、(Ac3点+63℃)≦焼入れ温度≦(Ac3点+90℃)に設定した。焼入れでの保持時間は、表2の実験に準じて5時間とした。
【0092】
[2.3.2. 結果]
表4に、焼入れ回数が1~4回である時の旧オーステナイト結晶粒径の平均値[μm]を示す。表4より、以下のことが分かる。
(1)鋼A1~A17のいずれも、旧オーステナイト結晶粒径が85μm以下にはならなかった。表3の実験と異なり、初期の粗大粒は微細化されてゆくが、温度が高いために拡散による粒界の移動(つまり、粒成長)を抑制することが難しい。Ac3点を大きく上回る温度での繰り返し焼入れでは、本発明の成分範囲であっても85μm以下の整細粒組織は得られない。
(2)焼入れ回数を更に増やす手段も考えられる。しかし、3回目と4回目の粒径変化がほとんどないことから、焼入れ回数を5回以上に増やしても、この温度域では85μm以下の結晶粒を安定して得ることは難しいと判断される。
【0093】
【表4】
【0094】
[2.4. 検証4: 繰り返し焼入れによる高衝撃値化の効果確認]
[2.4.1. 試験方法]
c3点付近での焼入れを3回繰り返した場合に、大断面素材の全部位で高衝撃値が得られるかを検証した。素材は、高さ:410mm、幅:820mmの矩形材であり、[2.1.]~[2.3.]で使用した角材を作製するための板(410mm×820mm×50mm)を切り出した残部である。
この素材から、長さ:1400mmの試料を2個切り出した。素材の旧オーステナイト結晶粒径は、表面付近が70μm程度、中心付近は220μm程度であり、断面内で粒径差がある。この理由は、熱間塑性加工時の温度や歪みの履歴が異なるためである。
【0095】
焼入れ時の冷却は、最初の2回の焼入れは衝風冷却(中心部が200℃となるまで)とした。3回目の最後の焼入れは、水冷あるいは油冷とした。3回目の焼入れ方案は、あらかじめ数値解析で焼入れ時の中心部と表面付近の温度推移を見積もり、焼入れ速度の観点から工程を設計した。
【0096】
「焼入れ方案A」は、強制対流を与えた40℃の水中に浸漬する工程であり、中心部が200℃以下になるまで水中冷却した。方案Aによる焼入れ速度(550℃→250℃)は、表面の角側が分速150℃程度で、中心部は分速7℃程度である。
「焼入れ方案B」は、強制対流を与えた80℃の油中に浸漬する工程であるが、途中で何度か油中から素材を引き上げ、表面が復熱してから再度油中に浸漬する手順を繰り返し、中心部が200℃以下になるまで冷却した。方案Bによる焼入れ速度(550℃→250℃)は、表面の角側が分速70℃程度で、中心部は分速4℃程度である。
【0097】
3回目の焼入れ後は、520~560℃の焼戻しで40HRC程度に調質した。その後、表面の角側、素材の中心付近、両者の中間的な部位から、それぞれ、10本の衝撃試験片(前述のUノッチ試験片)を切り出した。室温で衝撃値を評価し、10本の平均値を算出した。
【0098】
[2.4.2. 結果]
表5に、各部位の衝撃値(10本の平均値)を示す。参考のため、表5には、3回焼入れ時の旧オーステナイト結晶粒径を併記した。表5より、以下のことがわかる。
(1)焼入れ方案と部位によって衝撃値に差が生じているが、全水準で平均値は18J/cm2以上を達成した。但し、結晶粒がやや大きい鋼A15と鋼A17の焼入れ方案Aの角付近においては、平均値は18J/cm2であるものの、1~2本が18J/cm2未満となり、安定性という意味では完全ではない。これは、焼入れ速度が過度に大きいと、かえって衝撃値が低下するという本発明の成分系の特徴が発現した結果である。
(2)鋼A15と鋼A17であっても、断面内の冷却速度を狭い範囲に制限する焼入れ方案Bでは、衝撃値が高位安定になっている。通常の金型用鋼では、焼入れ速度の低下によって衝撃値も低下するが、本発明の成分系では冷却速度が分速10~20℃以上の領域では、焼入れ速度の低下によって高衝撃値化するという特性を利用した結果である。
(3)その他の水準では、衝撃値が21J/cm2以上と高位安定であった。
【0099】
【表5】
【0100】
以上のように、Ac3点付近での焼入れを繰り返すことによって、断面内の結晶粒径の分布を均一化し、衝撃値を高位安定化できることを確認した。冷却速度の制御と併せれば、結晶粒がやや大きい場合でも、効果的に衝撃値を高位安定化できる。
【0101】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0102】
本発明に係るプレハードン鋼材は、プラスチックや樹脂の射出成型、ゴムの成型、CFPRの成型などに用いられる金型や金型部品に使用することができる。
さらに、本発明に係るプレハードン鋼材と表面改質(ショットブラスト、サンドブラスト、窒化、PVD、CVD、メッキなど)とを組み合わせることも有効である。
また、本発明に係るプレハードン鋼材は、積層造形に使用される粉末や板にも適用できる。棒線状にして、金型や金型部品の溶接補修に用いることもできる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7