(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-21
(45)【発行日】2022-09-30
(54)【発明の名称】チタン合金、その製造方法およびそれを用いたエンジン部品
(51)【国際特許分類】
C22C 14/00 20060101AFI20220922BHJP
C22F 1/18 20060101ALI20220922BHJP
F01D 25/00 20060101ALI20220922BHJP
F01L 3/02 20060101ALI20220922BHJP
F02C 7/00 20060101ALI20220922BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20220922BHJP
【FI】
C22C14/00 Z
C22F1/18 H
F01D25/00 L
F01L3/02 G
F02C7/00 C
C22F1/00 602
C22F1/00 604
C22F1/00 640B
C22F1/00 650A
C22F1/00 651B
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 685Z
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 692A
C22F1/00 694A
C22F1/00 694B
(21)【出願番号】P 2018153475
(22)【出願日】2018-08-17
【審査請求日】2021-07-15
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】御手洗 容子
(72)【発明者】
【氏名】島上 渓
【審査官】岡田 眞理
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第108251695(CN,A)
【文献】特開2007-092535(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第102251145(CN,A)
【文献】特開2014-058740(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第102965541(CN,A)
【文献】特開2010-053419(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第108893652(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 14/00
C22F 1/00
C22F 1/18
F01D 25/00
F01L 3/02
F02C 7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
Al:5%以上8%以下、
Nb:1%以上10%以下、
Zr:1%以上8%以下
、および、
Mo:0%以上8%以
下
を含有し、残部がTiおよび不可避不純物からなり、
α-Ti相とβ-Ti相とが交互に積層した針状組織を有
し、
前記β-Ti相は、前記α-Ti相に対して、体積%で、0.5%以上30%以下の範囲であり、
前記α-Ti相の層の厚さは、100nm以上10μm以下の範囲であり、
前記β-Ti相の層の厚さは、50nm以上5μm以下の範囲であり、
前記α-Ti相の層の厚さは、前記β-Ti相の層の厚さよりも大きい、チタン合金。
【請求項2】
質量%で、
Al:5%以上8%以下、
Nb:1%以上10%以下、
Zr:1%以上8%以下
、および、
Mo:1%以上8%以下、
を含有し、残部がTiおよび不可避不純物からなる、請求項1に記載のチタン合金。
【請求項3】
質量%で、
Al:5%以上7%以下、
Nb:1%以上5%以下、
Zr:1.5%以上6%以下
、および、
Mo:0%以上4%以下、
を含有し、残部がTiおよび不可避不純物からなる、請求項1に記載のチタン合金。
【請求項4】
前記β-Ti相は、前記α-Ti相に対して、体積%で、1%以上5%以下の範囲である、請求項1~3のいずれかに記載のチタン合金。
【請求項5】
前記α-Ti相の層の厚さは、1μm以上6μm以下の範囲であり、
前記β-Ti相の層の厚さは、500nm以上1.5μm以下の範囲である、請求項
1~4のいずれかに記載のチタン合金。
【請求項6】
前記針状組織は、ランダムに位置する、請求項1
~5のいずれかに記載のチタン合金。
【請求項7】
α
2-Ti
3Al相をさらに含有する、請求項1
~6のいずれかに記載のチタン合金。
【請求項8】
質量%で、Al:5%以上8%以下、Nb:1%以上10%以下、Zr:1%以上8%以下
、および、Mo:0%以上8%以下を含有し、残部がTiおよび不可避不純物である材料を用いて溶解法によりインゴットを溶製するステップと、
前記インゴットを、α+β2相域またはβ相域の温度において溶体化処理するステップと、
前記溶体化処理されたインゴットをα+β2相域またはβ相域の温度において鍛造および/または圧延するステップと、
鍛造または圧延された加工材料をβ相域の温度において熱処理するステップと、
前記熱処理後の加工材料を0.001℃/秒以上100℃/秒以下の範囲の冷却速度で室温まで冷却するステップと
を包含する、請求
項1に記載のチタン合金の製造方法。
【請求項9】
前記溶体化処理するステップは、前記インゴットを800℃以上1100℃以下の温度範囲で溶体化処理する、請求
項8に記載
の製造方法。
【請求項10】
前記溶体化処理するステップは、前記インゴットを30分以上24時間以下の時間範囲で、溶体化処理する、請求
項8または9に記載
の製造方法。
【請求項11】
前記鍛造および/または圧延するステップは、前記インゴットを800℃以上1100℃以下の温度範囲で、変形量が50%以上となるように鍛造および/または圧延する、請求
項8~10のいずれかに記載
の製造方法。
【請求項12】
前記熱処理するステップは、前記加工材料を950℃より大きく1150℃以下の温度範囲で熱処理する、請求
項8~11のいずれかに記載
の製造方法。
【請求項13】
前記熱処理するステップは、前記加工材料を30分以上10時間以下の時間範囲で熱処理する、請求
項8~12のいずれかに記載
の製造方法。
【請求項14】
前記冷却するステップは、前記加工材料を0.1℃/秒以上30℃/秒以下の範囲の冷却速度で冷却する、請求
項8~13のいずれかに記載
の製造方法。
【請求項15】
前記冷却するステップに続いて、時効処理をするステップをさらに包含する、請求
項8~14のいずれかに記載
の製造方法。
【請求項16】
前記時効処理するステップは、前記加工材料を300℃以上800℃以下の温度範囲で30分以上10時間以下の時間時効処理する、請求項
15に記載
の製造方法。
【請求項17】
請求項1
~7のいずれかに記載のチタン合金からなるエンジン部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、従来材よりも優れた耐酸化特性を示し、600℃で優れたクリープ寿命を有する耐熱チタン合金、その製造方法およびそれを用いたエンジン部品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
チタン合金は、合金の中でも特に耐腐食性が優れ、比強度も高いため、この60年間、構造材料として急速に開発が進められてきた。近年、軽量化により高効率化された輸送手段が期待されており、構造材料の重量軽減や性能改善への要求が増している。そのため、航空機分野において、航空機エンジンの重量を軽減し、燃料消費量を抑えるために、より高性能、より軽い材料をエンジンに搭載する必要があり、チタン合金は航空機エンジン圧縮機のディスクやブレードとして使われている。
【0003】
これまで、耐熱チタン合金は主に英国、アメリカ、ロシア、中国で開発されており、高温600℃以下に曝される航空機エンジン内部やエアフレームなど重要部材の必要不可欠な構造材料となっている。従来、航空機エンジンなどに用いられた耐熱チタン合金として、Ti-6242(Ti-6Al-2Sn-4Zr-2Mo-0.1Si,mass%)、Ti-1100(Ti-6Al-2.8Sn-4Zr-0.4Mo-0.45Si)、TIMETAL 834(Ti-5.8Al-4Sn-3.5Zr-0,3Mo-1Nb-0.3Si-0.06C)が知られている。しかし、これらの合金も600℃以上では、酸化やクリープ変形が進み、長時間の使用に耐えられないため、600℃以上で安定に長時間使用に耐えられるチタン合金の開発が求められている。
【0004】
特許文献1には熱間加工性が良好で、高温強度および高温クリープ特性に優れ、しかも高温における耐スケール剥離性に優れた耐熱チタン合金として、mass%で、Al:6.0~8.0%、Mo:1.0~3.0%、Si:0.05~3.0%、C:0.08~0.25%を含み、残部Tiおよび不可避不純物からなる合金が開示されている。760℃28MPa下で100時間後のひずみが2%以下であり、750℃酸化試験で100時間後に酸化皮膜が剥離しない合金組成を見出した。しかし、この場合、実際にどの程度酸化が進んでいるかが示されておらず、酸化が進んで厚い酸化膜が生成した場合でも剥離しなければ、耐酸化特性が優れていると評価される可能性がある。
【0005】
特許文献2には冷間圧延により薄板を製造可能であり、かつ十分な耐高温酸化性および加工性を有する耐熱チタン合金として、mass%で、Zr:0.1以上5.0%以下、Nb:0.1以上5.0%以下、Fe:0.1%以下および酸素:0.1%以下残部Tiおよび不純物からなる合金が開示されている。これらの合金は冷間加工性が良く、600℃における酸化増量が0.5mg/cm2であることが示されているが、クリープ特性については触れられておらず、高温力学特性に優れているかどうかは判断できない。
【0006】
特許文献3には高温での使用に対応できる高強度で室温延性に優れた耐鉄チタン合金として、mass%で、Alを5から10%,Sn、Zrのうちの1種以上を0.1から10%、Mo、Vのうちの1種以上を0.1から5%、Scを0.01から5%、及び、OをScとのモル比でSc:O=2:3の割合以下に含有し、残部がTiと不可避不純物からなる合金が開示されている。特許文献3は、固溶強化により優れた高温強度を有するα相をメインとし、Sc2O3とα2-Ti3Al化合物により更に強化し、加工性に優れたβ相を5%以下導入することにより、室温延性と高温強度のバランスに優れることを報告する。しかしながら、クリープ特性については触れられていないため、クリープ特性が優れているかどうかは不明である。
【0007】
特許文献4には耐酸化特性に優れたチタン合金として、Al:0.1-12質量%、Sn:0-7質量%、Ga:0.1-10質量%、Zr:0.1-7質量%、Mo:0-5質量%、W:0-4質量%、Nb:0-3質量%、Ta
:0-4質量%、Si:0-2質量%を含有し、残部がTiと不可避的不純物からなる組成を有する合金が開示されている。特に、特許文献4の表1を参照すると、上記組成を満たし、Snを含有しないが、Gaを含有する実施例1~3の合金は、Snを含有するが、Gaを含有しない比較合金1および2の合金に比べて、試験温度750℃での耐酸化特性が優れていることを報告する。
【0008】
さらに、特許文献4は、上記組成を満たすチタン合金が、V:4質量%以下、Hf:2質量%以下、Cu:1質量%以下、B+C:0.2質量%以下、Y:0.2質量%以下、La:0.2質量%以下、Ce:0.2質量%以下の元素のいずれかを単独あるいは複合的に含有してもよいことを開示する。ここでは750℃における酸化試験で240時間後に重量増加が2mg/cm2以下であることが示されているが、クリープ強度については開示されておらず、クリープ特性が優れているかどうかは判断できない。また、提案されている合金は溶解が難しいGaやWを含んでおり、特に、Wは溶解中に介在物を生成するため、製造現場では持ち込みが禁止されている元素である。
【0009】
非特許文献1は、関連する組成の合金(near α型チタン合金)におけるGaとSnとの添加の効果を報告する。詳細には、等軸α相とα相とβ相の2相層状組織で形成されるバイモダル組織を有する試料の600℃310MPa下におけるクリープ特性が示されており、クリープ寿命はGaのみ添加合金は22時間、GaとSnとの同時添加合金は27時間、Snのみ添加合金は45時間と、Sn添加がクリープ特性改善には必須であることが示されている。
【0010】
非特許文献2には、Ti-5.7Al-3.9Nb-3.8Zr(質量%)合金の等軸組織およびバイモダル組織のクリープ特性が示されている。600℃137MPa下において、250時間以下で50%以上の大きな変形後破断し、これらの組織はクリープ寿命が短いことを報告する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2006-283062号公報
【文献】特開2013-087306号公報
【文献】特開2012-251219号公報
【文献】特開2014-208873号公報
【非特許文献】
【0012】
【文献】T. Kitashima, Y. Yamabe-Mitarai, S. Iwasaki, S. Kuroda, Metall. Mater. Trans. A, 47A, (2016) 6394-6403
【文献】島上渓、伊藤勉、戸田佳明、湯本敦史、御手洗容子、「Ti-Al-Nb-Zr合金の熱処理条件による組織変化とクリープ特性」日本金属学会 2018年春期第162回講演大会
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明の課題は、耐酸化特性とクリープ特性とのバランスが取れたチタン合金、その製造方法およびそれを用いたエンジン部品を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明によるチタン合金は、質量%で、
Al:5%以上8%以下、
Nb:1%以上10%以下、
Zr:1%以上8%以下、
Mo:0%以上8%以下、
Sn:0%以上2%以下、および、
Si:0%以上1%以下
を含有し、残部がTiおよび不可避不純物からなり、α-Ti相とβ-Ti相とが交互に積層した針状組織を有し、これにより上記課題を解決する。
本発明のチタン合金は、質量%で、
Al:5%以上8%以下、
Nb:1%以上10%以下、
Zr:1%以上8%以下、
Mo:1%以上8%以下、
Sn:0.5%以上2%以下、および、
Si:0.1%以上1%以下
を含有し、残部がTiおよび不可避不純物からなってもよい。
本発明のチタン合金は、質量%で、
Al:5%以上7%以下、
Nb:1%以上5%以下、
Zr:1.5%以上6%以下、
Mo:0%以上4%以下、
Sn:0%以上2%以下、および、
Si:0%以上1%以下
を含有し、残部がTiおよび不可避不純物からなってもよい。
前記α-Ti相は、前記β-Ti相よりも多くてもよい。
前記β-Ti相は、前記α-Ti相に対して、体積%で、0.5%以上30%以下の範囲であってもよい。
前記α-Ti相の層の厚さは、100nm以上10μm以下の範囲であり、前記β-Ti相の層の厚さは、50nm以上5μm以下の範囲であり、前記α-Ti相の層の厚さは、前記β-Ti相の層の厚さよりも大きくてもよい。
前記針状組織は、ランダムに位置してもよい。
α2-Ti3Al相をさらに含有してもよい。
シリサイドをさらに含有してもよい。
前記シリサイドは、Ti5Si3相であってもよい。
本発明のチタン合金の製造方法は、質量%で、Al:5%以上8%以下、Nb:1%以上10%以下、Zr:1%以上8%以下、Mo:0%以上8%以下、Sn:0%以上2%以下、および、Si:0%以上1%以下を含有し、残部がTiおよび不可避不純物である材料を用いて溶解法によりインゴットを溶製するステップと、前記インゴットを、α+β2相域またはβ相域の温度において溶体化処理するステップと、前記溶体化処理されたインゴットをα+β2相域またはβ相域の温度において鍛造および/または圧延するステップと、鍛造または圧延された加工材料をβ相域の温度において熱処理するステップと、前記熱処理後の加工材料を0.001℃/秒以上100℃/秒以下の範囲の冷却速度で室温まで冷却するステップとを包含し、これにより上記課題を解決する。
前記溶体化処理するステップは、前記インゴットを800℃以上1100℃以下の温度範囲で溶体化処理してもよい。
前記溶体化処理するステップは、前記インゴットを30分以上24時間以下の時間範囲で、溶体化処理してもよい。
前記鍛造および/または圧延するステップは、前記インゴットを800℃以上1100℃以下の温度範囲で、変形量が50%以上となるように鍛造および/または圧延してもよい。
前記熱処理するステップは、前記加工材料を950℃より大きく1150℃以下の温度範囲で熱処理してもよい。
前記熱処理するステップは、前記加工材料を30分以上10時間以下の時間範囲で熱処理してもよい。
前記冷却するステップは、前記加工材料を0.1℃/秒以上30℃/秒以下の範囲の冷却速度で冷却してもよい。
前記冷却するステップに続いて、時効処理をするステップをさらに包含してもよい。
前記時効処理するステップは、前記加工材料を300℃以上800℃以下の温度範囲で30分以上10時間以下の時間時効処理してもよい。
本発明によるエンジン部品は、上述のチタン合金からなり、これにより上記課題を解決する。
【発明の効果】
【0015】
本発明のチタン合金は、質量%で、Al:5%以上8%以下、Nb:1%以上10%以下、Zr:1%以上8%以下、Mo:0%以上8%以下、Sn:0%以上2%以下、および、Si:0%以上1%以下を含有し、残部がTiおよび不可避不純物からなる。これらの元素はSnを除いていずれも耐酸化特性を向上させる元素であるため、耐酸化特性に優れる。さらに本発明のチタン合金の組織は、α-Ti相とβ-Ti相とが交互に積層した針状組織を有する。本発明のチタン合金は、このような特異な組織によってクリープ特性に優れる。耐酸化特性およびクリープ特性に優れる本発明のチタン合金は、エンジン部品に好適である。
【0016】
本発明のチタン合金の製造方法は、上述の組成を満たす材料を用いて溶解法によりインゴットを溶製するステップと、それをα+β2相域またはβ相域の温度において溶体化処理するステップと、それをα+β2相域またはβ相域の温度において鍛造および/または圧延するステップと、鍛造および/または圧延された加工材料をβ相域の温度において熱処理するステップと、それを室温まで0.001℃/秒以上100℃/秒以下の範囲の冷却速度で冷却するステップとを包含する。熱処理するステップにおける温度をβ相域の温度とし、冷却するステップにおいて冷却速度を制御することにより、上述の特異な組織が形成される。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図2】本発明のチタン合金の製造工程を示すフローチャート
【
図7】例1、例2、例7および例8の試料の200時間酸化後の重量変化を示す図
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、図面を参照しながら本発明の実施の形態を説明する。
本願発明者らは、耐酸化特性を向上させる元素のみを添加したチタン合金に着目し、チタン合金の組成ならびに組織制御により耐酸化特性およびクリープ特性の両方を向上させることに成功した。
【0019】
図1は、本発明のチタン合金の組織を模式的に示す図である。
【0020】
本発明のチタン合金100は、質量%で、
アルミニウム(Al):5%以上8%以下、
ニオブ(Nb):1%以上10%以下、
ジルコニウム(Zr):1%以上8%以下、
モリブデン(Mo):0%以上8%以下、
スズ(Sn):0%以上2%以下、および、
ケイ素(Si):0%以上1%以下
を含有し、残部がチタン(Ti)および不可避不純物からなる。ここで、Mo、SnおよびSiを含まない場合も本発明の範囲内である。なお、不可避不純物の例としては、窒素(N)、イットリウム(Y)、ホウ素(B)、マグネシウム(Mg)、塩素(Cl)、銅(Cu)、水素(H)、炭素(C)等を挙げられ、原料中に含有する不可避不純物である。
【0021】
図1に模式的に示すように、本発明のチタン合金100は、板状のα-Ti相110と板状のβ-Ti相120とが交互に積層した針状組織130を有する。本願発明者らは、上述の組成を満たし、このような特異な組織を有することによって、高い耐酸化特性を維持しつつ、とりわけ600℃以上の高温におけるクリープ特性が向上することを実験的に見いだした。なお、本発明のチタン合金100における針状組織130を、板状(層状とも呼んでもよい)のα-Ti相110と板状(層状)のβ-Ti相120とが交互に積層した様態から層状組織とも解釈できる。
【0022】
Al:Alは、耐酸化特性を向上させるとともに、α-Ti相を安定化させる。5質量%以上であれば、α-Ti相の固溶強化できる。さらに、α2-Ti3Al相が析出し、クリープ特性の向上が期待される。また、8質量%以下であれば、脆性のTi3Alなどの化合物の析出を抑制し、加工性に優れる。好ましくは、Alは、5質量%以上7質量%以下の範囲である。
【0023】
Nb:Nbは、耐酸化特性を向上させる。1質量%以上10質量%以下であれば、耐酸化特性の向上に有利である。10質量%を超えると、耐酸化特性の効果は変わらず、α-Ti相を不安定にする恐れがある。好ましくは、Nbは、1質量%以上5質量%以下の範囲である。より好ましくは、Nbは、1.5質量%以上4.5質量%以下の範囲である。
【0024】
Zr:Zrは、耐酸化特性を向上させるとともに、α-Ti相を安定化させ、強化させる。1質量%以上であれば、耐酸化特性を向上し、α-Ti相の安定化および強化に有利である。また、8質量%以下であれば、優れた耐酸化特性とともに加工性に優れる。8質量%を超えると加工性が悪くなる恐れがある。好ましくは、Zrは、1.5質量%以上6質量%以下の範囲である。
【0025】
Mo:Moは、必須ではないが、耐酸化特性を向上させるとともに、β-Ti相を強化させるため好ましい。このことから、8質量%以下であれば、耐酸化特性を向上し、β-Ti相の強化に有利である。8質量%を超えるとα-Ti相を不安定にする恐れがある。好ましくは、4質量%以下である。これにより少ないMoの添加にてβ-Ti相を強化できる。なお、Moを添加する場合は、1質量%以上であると特にβ-Ti相の強化の効果が大きい。
【0026】
Sn:Snは、必須ではないが、α-Ti相を安定させ、強化させるため好ましい。このことから、2質量%以下であれば、α-Ti相の安定化および強化に有利である。2質量%を超えると耐酸化特性を低下させる恐れがある。なお、Snを添加する場合は、0.5質量%以上であると特にα-Ti相の安定化および強化の効果が大きい。
【0027】
Si:Siは、必須ではないが、耐酸化特性を向上させ、α-Ti相を強化させ、シリサイドが析出するため好ましい。このことから、1質量%以下であれば、耐酸化特性の向上、α-Ti相の強化およびシリサイド析出による強化に有利である。1質量%を超えると、粗大なシリサイドが生成し、強化に有効でない。なお、シリサイドはTi5Si3相であり、チタン合金を強化する。Siを添加する場合は、0.1質量%以上であるとよい。
【0028】
なお、それぞれの元素の組成の組み合わせは上述した範囲から任意に選択できるが、例示的には以下のような組成がある。
本発明のチタン合金100は、好ましくは、質量%で、
Al:5%以上8%以下、
Nb:1%以上10%以下、
Zr:1%以上8%以下、
Mo:1%以上8%以下、
Sn:0.5%以上2%以下、および、
Si:0.1%以上1%以下
を含有し、残部がTiおよび不可避不純物からなってもよい。この場合も、上述した針状組織130を有する。
【0029】
あるいは、本発明のチタン合金100は、好ましくは、質量%で、
Al:5%以上7%以下、
Nb:1%以上5%以下、
Zr:1.5%以上6%以下、
Mo:0%以上4%以下、
Sn:0%以上2%以下、および、
Si:0%以上1%以下
を含有し、残部がTiおよび不可避不純物からなってもよい。この場合も、上述した針状組織130を有する。
【0030】
あるいは、本発明のチタン合金100は、好ましくは、質量%で、
Al:5%以上6.5%以下、
Nb:1.5%以上4.5%以下、
Zr:1.5%以上4.5%以下、
Mo:0%以上4%以下、より好ましくは、1%以上4%以下、
Sn:0%以上2%以下、および、
Si:0%以上1%以下
を含有し、残部がTiおよび不可避不純物からなってもよい。この場合も、上述した針状組織130を有する。
【0031】
本発明のチタン合金100は、α-Ti相110とβ-Ti相120とを含有するが、α-Ti相110がβ-Ti相120よりも多い。これにより、本発明のチタン合金100は、優れた耐酸化特性およびクリープ特性を示す。好ましくは、β-Ti相120は、α-Ti相110に対して、体積%で0.5%以上30%以下の範囲を満たす。これにより、本発明のチタン合金100は、優れたクリープ特性を示す。より好ましくは、β-Ti相120は、α-Ti相110に対して、体積%で0.5%以上25%以下の範囲、なお好ましくは、1%以上25%以下の範囲、なお好ましくは、1%以上5%以下の範囲を満たす。なお、α-Ti相110およびβ-Ti相120の割合は、例えば、X線回折測定によるXRDパターンのピーク強度比や、走査型電子顕微鏡等の顕微鏡観察による画像診断によって算出できる。
【0032】
本発明のチタン合金100において、針状組織130におけるα-Ti相110の厚さは、100nm以上10μm以下の範囲であり、β-Ti相120の厚さは、50nm以上5μm以下の範囲である。ただし、α-Ti相110の厚さは、β-Ti相120のそれよりも大きい。これにより、本発明のチタン合金100は、優れたクリープ特性を示す。なお、α-Ti相110およびβ-Ti相120の厚さとは、それぞれ、板状(層状)のα-Ti相の板(層)厚であり、板状(層状)のβ-Ti相の板(層)厚を意図する。
【0033】
さらに好ましくは、α-Ti相110の厚さは、400nm以上8μm以下の範囲であり、β-Ti相120の厚さは、200nm以上2μm以下の範囲である。なおさらに好ましくは、α-Ti相110の厚さは、1μm以上6μm以下の範囲であり、β-Ti相120の厚さは、500nm以上1.5μm以下の範囲である。なお、板(層)の厚さは、走査型電子顕微鏡等の顕微鏡観察による画像中の複数の針状組織に対して、例えば、300層分の厚さを測定し、平均を求めればよい。
【0034】
本発明のチタン合金100において、針状組織130の針の向きはランダムに位置してよい。針状組織130の針の向きが一定となるよう配向している必要はない。これにより、本発明のチタン合金100は、優れたクリープ特性を示す。
【0035】
本発明のチタン合金100は、上述したように、耐酸化特性およびクリープ特性(特に600℃以上における)のバランスに優れるため、コンプレッサブレードやコンプレッサディスクなどの航空機エンジン部品や火力発電所のタービン部材、内燃機関の耐熱性部材に用いられる。
【0036】
図2は、本発明のチタン合金の製造工程を示すフローチャートである。
【0037】
ステップS210:質量%で、Al:5%以上8%以下、Nb:1%以上10%以下、Zr:1%以上8%以下、Mo:0%以上8%以下、Sn:0%以上2%以下、および、Si:0%以上1%以下を含有し、残部がTiおよび不可避不純物である材料を用いて溶解法によりインゴットを溶製する。材料は、上述の組成を満たす限り、スポンジチタンのような単体金属であってもよいし、合金であってもよいし、化合物であってもよい。なお、上述の材料の組成は、
図1を参照して説明した本発明のチタン合金100の組成と同様に選択できる。溶解法は任意の溶解法を採用できるが、例示的には、アーク溶解、電子ビーム溶解、高周波溶解などがある。
【0038】
ステップS220:ステップS210で得られたインゴットを、α+β2相域またはβ相域の温度において溶体化処理する。これにより添加元素が固溶する。好ましくは、インゴットを800℃以上1100℃以下の温度範囲で溶体化処理する。また、溶体化処理の時間は、特に制限はないが、例示的には、30分以上24時間以下の時間である。
【0039】
ステップS230:ステップS220で得られた溶体化処理されたインゴットをα+β2相域またはβ相域の温度において鍛造および/または圧延する。なお、以降では、鍛造および/または圧延加工されたものを意図して加工材料と称する。
【0040】
鍛造および/または圧延は、好ましくは、インゴットを800℃以上1100℃以下の温度範囲で、変形量が50%以上となるように鍛造および/または圧延する。上限は特にないが、例示的には、変形量は、300%以下であればよい。鍛造や圧延には特に制限はないが、例示的には、鍛造には、熱間鍛造、冷間鍛造、油圧鍛造等を、圧延には、溝ロール圧延、ひずみ速度制御圧延、冷間圧延等を採用できる。
【0041】
ステップS240:ステップS230で鍛造および/または圧延された加工材料をβ相域の温度において熱処理する。これにより、加工により導入されたひずみや転位を駆動力としてβ相が成長し、これを冷却することで板状のα相が生成し、上述したα-Ti相とβ-Ti相とが交互に積層した針状組織を促進する。好ましくは、加工材料を950℃より大きく1150℃以下の温度範囲で熱処理する。950℃以下の場合、組織は等軸組織となり得、1150℃を超えると、β粒が必要以上に大きくなる虞がある。また、熱処理の時間は、特に制限はないが、例示的には、30分以上10時間以下の時間である。熱処理には、雰囲気炉、電気炉、管状炉等の任意の炉を用いてよい。
【0042】
ステップS250:ステップS240で得られた熱処理後の加工材料を0.001℃/秒以上100℃/秒以下の範囲の冷却速度で室温まで冷却する。この範囲の冷却速度で冷却することにより、α-Ti相とβ-Ti相とが交互に積層した針状組織が形成され、本発明のチタン合金が得られる。好ましくは、加工材料を0.1℃/秒以上30℃/秒以下の範囲の冷却速度で冷却する。この範囲であれば、上述の針状組織の形成が促進される。さらに好ましくは、加工材料を0.5℃/秒以上30℃/秒以下の範囲、なお好ましくは、15℃/秒以上25℃/秒以下の範囲の冷却速度で冷却する。なお、熱処理の雰囲気は、大気、不活性ガス、真空等である。
【0043】
図示しないが、ステップS250に続いて、時効処理を行ってもよい。具体的には、ステップS250で得られた加工材料(または本発明のチタン合金)を300℃以上800℃以下の温度範囲で30分以上10時間以下の時間時効処理する。これにより、α2-Ti3Al相および/またはシリサイド(例えば、Ti5Si3相)を析出させ、α-Ti相が強化し得る。
【0044】
次に具体的な実施例を用いて本発明を詳述するが、本発明がこれら実施例に限定されないことに留意されたい。
【実施例】
【0045】
[例1~例8]
例1~例6の試料は、次のようにして調製された。表1の組成を満たすよう、スポンジTi、Alペレット、Nb粒状原料、Zr粒状原料、Si粒状原料、および、Mo粒状原料を秤量し、高周波溶解によって溶解し、インゴットを溶製した(
図2のステップS210)。次いで、得られたインゴットを1000℃で30分間、溶体化処理した(
図2のステップS220)。その後、溶体化処理したインゴットを、900℃で鍛造および溝ロール圧延した(
図2のステップS230)。このようにして、15mm角の棒状の加工材料を得た。加工材料を表1に示す温度で3時間、大気雰囲気中、熱処理した(
図2のステップS240)。例1~例5については、熱処理後の加工材料を0.2℃/秒または20℃/秒の冷却速度で室温まで冷却した(
図2のステップS250)。例6については、熱処理後の加工材料を水冷した。なお、水冷を冷却速度に換算すると、100℃/秒をはるかに超える。このようにして得た材料を、4mm×4mm×1mmのサイズに切断し、測定用の試料とした。例5および例6の試料の条件は、非特許文献2のそれと同一である。
【0046】
また、例7および例8の試料は、それぞれ、実用合金である、TIMETAL834(TIMETAL株式会社製)およびTi6242(TIMETAL株式会社製)であった。これらの試料も、4mm×4mm×1mmのサイズを有した。表1には、例7および例8の組成として購入元のデータシートの値を示す。
【0047】
【0048】
例1~例6の試料の組成を、走査型電子顕微鏡(SEM)に付属のエネルギー分散型X線分光器(EDS)による元素分析によって確認したところ、表1の組成となっていることを確認した。例1~例6の試料の粉末X線回折測定を行ったところ、XRDパターンからα-Ti相のピークが確認された。さらに、例1~例6の試料をSEMにより観察した。観察結果を
図3~
図6および表2に示す。
【0049】
図3は、例1の試料の組織を示すSEM像である。
図4は、例4の試料の組織を示すSEM像である。
図5は、例5の試料の組織を示すSEM像である。
図6は、例6の試料の組織を示すSEM像である。
【0050】
図3および
図4によれば、例1および例4の試料は、いずれも、針状組織を示した。一方、
図5によれば、例5の試料は、等軸組織を示した。
図6によれば、例6の試料は、バイモダル組織を示した。図示しないが、
図2の試料は針状組織を示し、例3の試料は等軸組織を示した。
【0051】
さらに、例1、例2および例4の試料において、針状組織の組成をEDSにより調べた。その結果、針状組織において、黒く示される板状(層状)の領域がα-Ti相であり、白く示される板状(層状)の領域がβ-Ti相であり、α-Ti相とβ-Ti相とが交互に積層した針状組織をなしていることを確認した。
【0052】
図3の画像診断によれば、α-Ti相の層の厚さの平均値は、3μmであり、β-Ti相の層の厚さの平均値は、1μmであり、β-Ti相は、α-Ti相に対して、体積%で2%であった。同様に、
図4の画像診断によれば、α-Ti相の層の厚さの平均値は、3μmであり、β-Ti相の層の厚さの平均値は、1μmであり、β-Ti相は、α-Ti相に対して、体積%で20%であった。
【0053】
【0054】
以上の結果から、
図2に示す製造工程によって、質量%で、Al:5%以上8%以下、Nb:1%以上10%以下、Zr:1%以上8%以下、Mo:0%以上8%以下、Sn:0%以上2%以下、および、Si:0%以上1%以下を含有し、残部がTiおよび不可避不純物からなり、板状のα-Ti相と板状のβ-Ti相とが交互に積層した針状組織を有するチタン合金が得られたことが示された。特に、β相域の温度での熱処理(ここでは、950℃より大きく1150℃以下の温度範囲)と、0.5℃/秒以上30℃/秒以下の範囲の冷却速度との組み合わせが有効であることが示された。
【0055】
次に、例1~例8の試料について酸化試験を行った。詳細には、各試料を大気中750℃で200時間、酸化させた。酸化前(0時間)と酸化後(200時間)との試料の重量変化を測定した。結果を
図7に示す。
【0056】
図7は、例1、例2、例7および例8の試料の200時間酸化後の重量変化を示す図である。
【0057】
図7によれば、例1および例2の試料の酸化増量は、実用合金である例7および例8の試料のそれに比べて、顕著に小さく、耐酸化特性に優れることが分かった。図示しないが、例3~例6の試料の酸化増量は、例1および例2のそれと同等であった。
【0058】
このことから、質量%で、Al:5%以上8%以下、Nb:1%以上10%以下、Zr:1%以上8%以下、Mo:0%以上8%以下、Sn:0%以上2%以下、および、Si:0%以上1%以下を含有し、残部がTiおよび不可避不純物からなりチタン合金は耐酸化特性に優れることが分かった。
【0059】
次に、例1~例8の試料についてクリープ試験を行った。詳細には、各試料を、600℃に加熱しながら137MPaで応力を加え、ひずみを測定し、破断時間を測定した。結果を表3に示す。
【0060】
【0061】
表3によれば、例1、例3、例5および例6の試料においてクリープ破断時間(すなわち、クリープ破断寿命)は、いずれも100時間を超えていた。なお、例2の試料は、脆く、クリープ試験片に加工できなかったため、クリープ試験を実施しなかった。特に注目すべきは、例1の試料のクリープ破断寿命は、例1の試料と同一の組成であるが、組織の異なる例5および例6の試料のクリープ破断寿命よりも劇的に向上した。このことから、クリープ破断寿命の向上は、α-Ti相とβ-Ti相とが交互に積層した針状組織に起因することが示唆される。
【0062】
また、いずれも等軸組織である例3と例5とを比較すると、Siを添加した例3の試料のクリープ破断寿命は、Siを添加していない例5の試料のそれよりも長くなっていた。このことは、Siの添加はクリープ特性の向上に有効であることを示す。すなわち、本発明の上記組成を満たし、針状組織を有するチタン合金において、Siを添加すれば、なお一層のクリープ特性の向上が示唆される。
【0063】
以上の結果から、質量%で、Al:5%以上8%以下、Nb:1%以上10%以下、Zr:1%以上8%以下、Mo:0%以上8%以下、Sn:0%以上2%以下、および、Si:0%以上1%以下を含有し、残部がTiおよび不可避不純物からなり、層状のα-Ti相と層状のβ-Ti相とが交互に積層した針状組織を有するチタン合金は、耐酸化特性、および、600℃以上の温度におけるクリープ特性に優れた材料であることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明のチタン合金は、上述の組成および組織を有することにより、耐酸化特性およびクリープ特性に優れるため、コンプレッサブレードやコンプレッサディスクなどの航空機エンジン部品や火力発電所のタービン部材、内燃機関の耐熱性部材に適用される。
【符号の説明】
【0065】
100 チタン合金
110 α-Ti相
120 β-Ti相
130 針状組織