(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-21
(45)【発行日】2022-09-30
(54)【発明の名称】ダイカスト金型およびダイカスト金型の処理方法
(51)【国際特許分類】
B22D 17/22 20060101AFI20220922BHJP
B22C 9/06 20060101ALI20220922BHJP
C23C 8/18 20060101ALI20220922BHJP
C23C 8/26 20060101ALI20220922BHJP
【FI】
B22D17/22 T
B22D17/22 R
B22C9/06 D
B22C9/06 F
C23C8/18
C23C8/26
(21)【出願番号】P 2020171585
(22)【出願日】2020-10-10
【審査請求日】2020-10-10
【審判番号】
【審判請求日】2022-02-02
(73)【特許権者】
【識別番号】307031253
【氏名又は名称】RTM 株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100136560
【氏名又は名称】森 俊晴
(72)【発明者】
【氏名】中野 昇平
(72)【発明者】
【氏名】滝北 高憲
(72)【発明者】
【氏名】土屋 健二
(72)【発明者】
【氏名】高橋 衛
【合議体】
【審判長】見目 省二
【審判官】中里 翔平
【審判官】田々井 正吾
(56)【参考文献】
【文献】特許第6453427(JP,B1)
【文献】特許第5984126(JP,B1)
【文献】Guidelines for die-casing die-makers-2,Machinery and production engineering ,英国,The Machinery Publishing Company Limited,1976年04月21日,Vol.128, No.3306,p.370-376
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22D17/00-17/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ランナー部を経由してキャビティに溶融金属を圧入してダイカスト製品を鋳造するダイカスト金型であって、
前記ランナー部の内面にピットおよび前記ピットの縁に凸部を有し、
前記ピットにより、前記ランナー部の内面のピット形成領域の表面粗さRzが、50μm以上かつ300μm以下であり、
前記ピットの縁の凸部の高さが10μm以上であ
り、
前記ピットを有するランナー部が、窒化処理されていることを特徴とするダイカスト金型。
【請求項2】
前記ピットを有するランナー部が、窒化処理後に、酸化処理されている請求項1記載のダイカスト金型。
【請求項3】
前記ピット開口面積が、ピット施工領域の60%以上である請求項1または請求項2記載のダイカスト金型。
【請求項4】
ランナー部を経由してキャビティに溶融金属を圧入してダイカスト製品を鋳造するダイカスト金型の処理方法であって、
前記ランナー部の内面にピットおよび前記ピットの縁に凸部を形成し、
前記ピットの形成により、前記ランナー部の内面のピット形成領域の表面粗さRzが、50μm以上かつ300μm以下であり、
前記ピットの縁に凸部の高さが10μm以上であ
り、
前記ピットを有するランナー部を窒化処理することを特徴とするダイカスト金型の処理方法。
【請求項5】
前記ピットを有するランナー部を窒化処理後に、酸化処理する請求項4記載のダイカスト金型の処理方法。
【請求項6】
前記ピット開口面積が、ピット施工領域の60%以上である請求項4または請求項5記載のダイカスト金型の処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ダイカスト金型およびダイカスト金型の処理方法に関し、特に、湯流れ不良、溶湯温度低下による鋳物品質不良の低減等のダイカスト鋳造時の湯流れを改善して、鋳物品質の向上を図るためのダイカスト金型およびダイカスト金型の処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ダイカストは生産性に優れ、高品質の鋳物を提供できることから、現在、アルミ鋳物の大部分はダイカスト製品である。一方、その製法の特質から多くの品質不具合が生じ、現在に至るまで改善が進められている。代表的な不具合としてはガス欠陥、引け(鋳巣)、湯回り不良、湯境、などがある。
【0003】
かかる品質不具合の原因は、鋳造条件、鋳造方案、溶湯処理など多岐にわたるが、基本的な要因の1つに鋳造時(キャビティへの溶湯充填時)の溶湯の温度低下がある。既に良く知られているように、キャビティに溶湯が充填される際に溶湯の温度が低いと、溶湯の粘性が増大し、溶湯の流れが悪くなり、湯回り不良、湯境などの外観不良を生ずるのみならず、ガス欠陥、引け、融合不良などの内部欠陥の原因ともなる(非特許文献1)。従って、キャビティ充填時に溶湯が十分な温度を保っていることは、製品品質を維持するうえで極めて重要である。
【0004】
また、充填時の溶湯温度を保つためには、保持炉の溶湯温度を適切に保つことが必要で、スリーブと金型温度を適切に保つことが必要であるが、同時に溶湯がスリーブに注湯されてからキャビティに入るまでの間、すなわち、溶湯がランナーを通過する間に温度低下を生じないことが重要である。
【0005】
しかしながら、これまで、充填時の溶湯温度を保つため方法としては、上述のように、「保持炉の温度を適切にする」こと、あるいは「スリーブ、金型の温度を高く保つ」ことに留意している。そのため、いずれの方法も「エネルギーコストが高くなる」、「加熱装置が必要になる」等の費用の増加が指摘され、問題となっている。
【0006】
一方、金型表面に凹凸を付けて湯流れを改善する技術あるいは溶湯温度の低下を抑制する技術は、いくつか提案されている。金型表面に凸部を付けて湯流れを改善する技術としては、金型表面に放電被覆により硬い金属間化合物を突起状に付着させる技術があるが、金型を保護すると同時に湯流れを改善する効果はあるものの、鋳造を続けると徐々に突起物が摩耗して減少し、前記効果が低下する問題がある。また、金型に凹部を付けて湯流れを改善する技術としては、エッチングシボがある。しかしながら、エッチングシボは、マスキングを必要とするため、費用と時間を要するという問題がある。そこで、近年は、ショットブラストあるいはショットピーニングによる湯流れ改善が図られる場合が多くなっている。
【0007】
かかる技術としては、非特許文献2には、キャビティ部に特殊なディンプルを形成することにより剥がれ、湯じわなどを改善する技術が、提案されている。また、特許文献1には、金型に規則的に凹凸を形成し、湯流れを均一にする技術が提案されている。さらに、特許文献2には、金型に半球形のディンプルをつけ、溶湯の湯流れを改善するもので、特殊なディンプル形状が必要とするものが、開示されている。さらにまた、特許文献3には、スリーブにピットを形成し、溶湯の温度低下を抑制する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【文献】ダイカスト研究部会、「ダイカストの鋳造欠陥・不良及び対策事例集」、(社)日本鋳造工学会
【文献】平野雅雄 外5名、「ダイカスト製品の鋳造不良を低減する金型ディンプル加工技術の開発」、素形材 2010年、Vol.51、No.12 P38-43
【特許文献】
【0009】
【文献】特開平7-246450号公報
【文献】特許第4775521号公報
【文献】特許第6453427号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、非特許文献2、特許文献1および特許文献2記載の技術は、ショットブラストあるいはショットピーニングによる湯流れ改善によるものではあるものの、キャビティでの湯流れに注目したものであり、ランナーにおける溶湯の温度低下に関しては検討されていなかった。また、キャビティへのショットブラストあるいはショットピーニングは製品の外観品質の点から制約があり、施工できない場合も多く、他の方法が望まれていた。さらに、特許文献3記載の技術は、スリーブに関するものであり、ランナーにおける溶湯の温度低下に関しては検討されていなかった。
【0011】
上記のように、ダイカスト製品の品質不良には多くの種類があり、湯回り不良、湯境などの溶湯の温度低下に起因する不良も多い。これまで、基本的には溶湯がキャビティに到達するまで溶湯の温度を高く保つことが重要であるため、溶湯の温度低下を防止する方法はいくつか考案されてはいるが、スリーブからキャビティまでの間、すなわちランナーでの溶湯の温度低下に注目するものはなかった。そこで、本発明は、従来あまり注目されなかった、スリーブからキャビティまでの間、すなわちランナーでの溶湯の温度低下に注目し、特別な装置を付与することなく比較的安価で耐久性があり、かつ新規金型にも既存金型にも適用できしかもランニングコストのかからない溶湯の温度低下防止のためのランナー部の加工技術を提供しようとするものである。
【0012】
そこで、本発明の目的は、前記の従来技術の問題点を解決し、ダイカスト金型およびダイカスト金型の処理方法に関し、特に、湯流れ不良、溶湯温度低下による鋳物品質不良の低減等のダイカスト鋳造時の湯流れを改善して、鋳物品質の向上を図るためのダイカスト金型およびダイカスト金型の処理方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、前記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、ランナー部に特殊なピットを設けることによって、前記目的を達成し得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0014】
即ち、本発明のダイカスト金型は、ランナー部を経由してキャビティに溶融金属を圧入してダイカスト製品を鋳造するダイカスト金型であって、前記ランナー部の内面にピットおよび前記ピットの縁に凸部を有し、前記ピットにより、前記ランナー部の内面のピット形成領域の表面粗さRzが、50μm以上かつ300μm以下であり、前記ピットの縁の凸部の高さが10μm以上であることを特徴とするものである。
【0015】
また、本発明のダイカスト金型は、前記ピット開口面積が、ピット施工領域の60%以上であることが好ましい。
【0016】
さらに、本発明のダイカスト金型は、前記ピットを有するランナー部が、窒化処理されていることが好ましく、前記ピットを有するランナー部が、窒化処理後に、酸化処理されていることが好ましい。
【0017】
さらにまた、本発明のダイカスト金型は、前記ピットのアスペクト比が0.2~1.0であることが好ましい。
【0018】
また、本発明のダイカスト金型の処理方法は、ランナー部を経由してキャビティに溶融金属を圧入してダイカスト製品を鋳造するダイカスト金型の処理方法であって、前記ランナー部の内面にピットおよび前記ピットの縁に凸部を形成し、前記ピットの形成により、前記ランナー部の内面のピット形成領域の表面粗さRzが、50μm以上かつ300μm以下であり、前記ピットの縁に凸部の高さが10μm以上であることを特徴とするものである。
【0019】
さらに、本発明のダイカスト金型の処理方法は、前記ピット開口面積が、ピット施工領域の60%以上であることが好ましい。
【0020】
さらにまた、本発明のダイカスト金型の処理方法は、前記ピットを有するランナー部を窒化処理することが好ましく、前記ピットを有するランナー部を窒化処理後に、酸化処理することが好ましい。
【0021】
また、本発明のダイカスト金型の処理方法は、前記ピットのアスペクト比が0.2~1.0であることが好ましい。
【発明の効果】
【0022】
本発明によると、湯流れ不良、溶湯温度低下による鋳物品質不良の低減等のダイカスト鋳造時の湯流れを改善して、鋳物品質の向上を図るためのダイカスト金型およびダイカスト金型の処理方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図8】本発明におけるピットとピット形成領域の一例を示す平面図である。
【
図9】本発明におけるピットが形成されていない状態でのランナー部と溶融金属との接触領域と、ピットとの関係を示す説明図である。
【
図10】振動式機械工具の先端に取り付けるパンチを示す図である。
【
図11】マイクロスコープによる測定結果を示す写真である。
【
図15】電解加工によるピット形状の例を示す写真である。
【
図16】電解加工によるピット形状の他の例を示す写真である。
【
図17】実施例4の底板の表面粗さと湯流れ距離の関係を図示したグラフである。
【
図18】実施例5の底板の表面粗さと湯流れ距離の関係を図示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明のダイカスト金型およびダイカスト金型の処理方法ついて具体的に説明する。
本発明のダイカスト金型は、ランナー部を経由してキャビティに溶融金属を圧入してダイカスト製品を鋳造するダイカスト金型であって、前記ランナー部の内面にピットおよび前記ピットの縁に凸部を有し、前記ピットにより、前記ランナー部の内面のピット形成領域の表面粗さRzが、50μm以上かつ300μm以下であり、前記ピットの縁に凸部の高さが10μm以上であることを特徴とするものである。また、本発明のダイカスト金型の処理方法は、ランナー部を経由してキャビティに溶融金属を圧入してダイカスト製品を鋳造するダイカスト金型の処理方法であって、前記ランナー部の内面にピットおよび前記ピットの縁に凸部を形成し、前記ピットの形成により、前記ランナー部の内面のピット形成領域の表面粗さRzが、50μm以上かつ300μm以下であり、前記ピットの縁に凸部の高さが10μm以上であることを特徴とするものである。本発明は、アルミダイカストにおいて、鋳造時に溶湯がスリーブからキャビティにいたる経路であるランナー部での溶湯の温度低下を低減しキャビティへの溶湯充填時の溶湯温度を保持し、溶湯温度の低下に起因する湯回り不良、湯境、融合不良、鋳巣などの鋳造不良を低減させるものである。また、特にキャビティに湯流れ改善などのために、キャビティに対して表面処理を施すことが困難な鋳物の品質向上を図るものである。アルミダイカスト金型において、ランナー部に微細なピットを付与することで、ランナー部を流れる溶湯の温度低下を防止することができる。また、溶湯の温度低下を小さくすることにより、鋳型(キャビティ)内での湯回りを改善し、湯回り不良、湯境、融合不良、鋳巣などの鋳造不良を減少させることができる。
【0025】
図1はダイカスト金型の概略図、
図2は可動型の金型平面の模式図を示す。図中、1は、ダイカスト金型、2は可動型、3は固定型、4はキャビティ、5はランナー部、6は射出スリーブ、7は射出プランジャー、8は給湯口、9はプランジャーチップ、10はゲート、11は分流子を示す。ダイカスト鋳造において、射出スリーブ6内に供給された溶湯は、プランジャーチップ9により押し出され、ランナー部5内を充填しながら通過し、ゲート10に到達し、その後、キャビティ4に充填されるが、ランナー部5の表面に微小なピット51および該ピットの縁に凸部51a(以下、「ピットの凹凸」とも称す)を形成することによりランナー部5を通過する際の溶湯の温度低下を抑制することができる。ランナー部5はキャビティ4と同様、一般に、固定型3と可動型2の空間で構成されるが、通常可動型2に彫り込まれる場合が多い。
【0026】
前述のように、金型表面を溶湯が流れていく場合、金型表面にピットの凹凸があると、「溶湯と金型の接触面積が小さくなる」、あるいは「溶湯の流れが乱流になる」等の結果、溶湯から金型への熱移動が減少し、溶湯の温度低下が小さくなり湯流れがよくなる。従来、溶湯の温度低下を防止する方法としては、キャビティ4に凹凸処理を施すことに注目されていたが、キャビティ4へは製品の表面品質から施工に制約のある場合が多い。そこで、本発明者らは、比較的自由に凹凸処理を施すことができるランナー部5に着目して、溶湯の温度低下の防止に効果的な凹凸の付与について鋭意検討を行った結果、溶湯の温度低下防止のためには凹部と同時に凸部を有するピットの凹凸が極めて効果的であることを見出した。
【0027】
本発明において、ピットの凹凸の形成方法としては、ショットブラスト、ショットピーニング、あるいは、放電加工、レーザー加工、機械的な打痕などがあり、本発明ではいずれかのピット形成方法に限定するものではないが、例えば、振動式機械工具(電動式又はエアー式)等を用いることで、機械的な打痕により、ピットの縁が盛り上がったピット51(ピットの凹凸)を作製できる。
図3は、化学的な腐食(エッチングシボ)の凹部断面模式図((a)は平面図、(b)は断面図)であり、
図4は、機械的打痕の凹部断面模式図((a)は平面図、(b)は断面図)である。
図3に示すように、エッチングシボあるいは電解加工によりピット55を作製する場合は、平面から凹部が作製されることが多いが、
図4に示すように、機械的な打痕ではピットの縁が盛り上がったピット51(ピットの凹凸)を作製できる。
【0028】
図4は、先端の角度が60°の円錐形のパンチで機械的打痕によりピットの凹凸を形成した場合の模式図であるが、この場合凹部の物質がすべて塑性変形によりピットの縁にほぼ均等に盛り上がったとすると、ピット51の縁が盛り上がったピット51aの盛りあがりの高さ(H)は30~40μmである。
【0029】
また、機械的にパンチで打痕を形成した場合には、ピット55の縁の盛りあがりの高さ(H)は、かなりばらつき、盛り上がりが必ずしも均等でなく一部分に多く盛り上がったり、盛り上がりがなだらかであったりする。
図4の場合、Hが40μmであるとすると、ピットの粗さとしては127μmとなる。
【0030】
さらに、ピット51を形成する他の手法としては、ショットブラストがある。ショットメディアに角がある場合には、パンチでの機械的打痕と同様凹部と同時に凹部の周囲に凸部が生じている。ショットブラストの場合には、パンチでの機械的打痕のように個々のピットの寸法と形状を測定することは極めて困難である。従って、ショットブラストをほどこした場合は、試験片の寸法(厚さ)変化で凹凸を評価した。その結果、比較的細かいメディアを用いた場合は、凸部は計測されず、大きいメディアを用いた場合ほど、試験片の厚さの変化が大きい、すなわち、ピットの縁の凸部51aの盛り上がりが大きいことが確認できた。細かいメディアを用いた場合は、ピットの縁の凸部51aの盛り上がりが少ないため、ブラストによる表面の研掃による厚さの減少と相殺され、試料厚さの測定で厚さの変化が小さな値となるものと思われる。
【0031】
本発明において、凹部と同時に凸部も形成するピット51の形成方法としては、機械的な打痕が最も望ましいが、ショットブラストあるいはショットピーニングまたレーザー加工なども挙げられる。本発明ではいずれかのピット形成方法に限定するものではない。
【0032】
また、ピット51の形状についても、球形、円錐形、四角錐など、特定の形状に限定するものではない。しかしながら、本発明において、ピット51の形状としては、アスペクト比(L/D)が重要である。ここで、ピット開口部の長さDは、開口部が円の場合は直径であり、正方形の場合は一辺の長さであり、Lはピットの深さである。
【0033】
ピット51の形状が、開口部に比べ深さが浅い(アスペクト比が小さい)と、溶湯がピット面に接触し、溶湯の温度低下を抑制する効果が十分に得られないおそれがあり、そのため、アスペクト比は0.2以上であることが好ましい。一方、アスペクト比が1.0より大きいと、製品取り出し時にピット51による凸形状のため、かじりを生じるおそれがある。そのため、ピット51の形状としては、深さが40~290μm、アスペクト比が0.2~1.0であることが好ましい。
【0034】
図5は、円錐のピットを示す模式図((a)は平面図、(b)は断面図)であり、
図6は、球形のピットを示す模式図(断面図)である。
図5に示すように、ピット51が円錐の場合には、アスペクト比は0.87であり、開口部の直径が100μmの場合には深さは87μmである。また、
図6に示すように、球形のピット51の場合には、深さのわりに開口部が大きく、さらにピットの縁の凸部51aの盛り上がりも少ないため、あまり好ましい形状ではない。
【0035】
図5および
図6にピット51の異なる形状の模式的な図を示したが、プログラミングされたレーザー加工のような場合を除いて決まった形状で、規則的にピット51を形成することは困難である。機械的な打痕やショットブラストでピットを形成した場合は、通常ピットが重なり合い単純な形状ではなくなるが、その場合でも、代表的な単独のピット51を用いて上述の計算をすれば適切なピット51の形成が可能である。
【0036】
さらに、本発明において、ピットの縁の凸部51aの盛り上がりの高さも重要である。ピット51の深さが浅くピットの縁の凸部51aの盛り上がりが小さいと、溶湯がピット面に接触し熱伝達面積が大きくなり、溶湯から金型への熱伝達を抑制する効果が十分に得られない。そのため、ピット51の深さとピットの縁の凸部51aの盛り上がり高さの合計、すなわちピット51の全体の凹凸を含めた深さ(粗さの測定値としては「表面粗さRz」)が50μm以上であることが必要であり、上限としては、取り出し時の抵抗を考慮すると300μm以下であることが望ましい。ピットの縁の凸部51aの盛り上がり高さHは、10μm以上必要である。また、高さHは全体の凹凸を含めた深さの二分の一以下であることが望ましい。
図7は、ピットの形状の例を示す模式図((a)は平面図、(b)は断面図)である。
図7に示すように、開口面積、アスペクト比を計算する際にはピットの縁の凸部51aの盛り上がりを考慮した値となる。ここで、表面粗さRzとは、JIS B 0601:2001に規定される方法で測定したものであり、具体的には、この規格に準拠した小形表面粗さ測定機、例えば、株式会社ミツトヨ製のサーフテスト SJ-400(商品名)等を用いて測定を行った。
【0037】
ランナー部5の表面へのピット51の形成に際しては、ランナー部5の大きさ、形状、ランナー部5を通過する溶湯量などの条件に応じて、ピット51の大きさ、アスペクト比を決めることが望ましい。例えば、製品取り出し時にかじりを生じる可能性の高い部位、すなわち、製品取り出し方向に平行に近い角度を持った面については、ピット51の深さを小さくすることが必要である。
【0038】
また、本発明において、溶湯から金型1への熱移動をより抑制するために、ピット形成領域52におけるピット51の開口面積が、ピット形成領域52におけるピット51の開口面積は60%以上であることが好ましく、70%以上であることがより好ましく、また、開口面積の割合の上限は特にないが、99%以下であることがさらにより好ましい。例えば、
図7における開口部Dが100μmの場合、ピット形成領域52に約7600個/cm
2以上のピット51が形成されていることが好ましい。ここで、
図8は、本発明におけるピットとピット形成領域の一例を示す平面図である。ランナー部5のピット形成領域52とは、
図8に示すように最も外側に位置するピット51を結んでできる領域(
図8中、曲線で囲まれた52の領域)である。
【0039】
また、ピット51の形成は通常ランナー部5の全面に施すことが効果的であるが、ランナー部5の一部分、可動型2のみ、あるいは固定型3のみに施しても効果が期待できる。しかしながら、できれば、本発明の効果をより得るために、ランナー部5の面積の40%以上をピット形成領域とすることが好ましい。ここで、
図9は、本発明におけるピットが形成されていない状態でのランナー部と溶融金属との接触領域と、ピットとの関係を示す説明図である。ピット51が形成されていない状態でのランナー部5と溶融金属との接触領域11の面積とは、
図9(a)に示すようにピット51がない状態でのランナー部5の面積全体であり、
図9(a)では四角形の面積で示している。また、形成されたピット51の開口面積とは、
図9(b)に示すように、ピット51の開口部の面積の合計であり、例えば、
図9(b)では、上部から見たピット51の面積の合計である。ピット51が円の場合は、円の面積での合計であり、正方形の場合は、1つの辺の長さの2乗の合計である。
【0040】
本発明のダイカスト金型は、前記ピットを有するランナー部が、窒化処理されていることが好ましい。ランナー部5は、溶湯の速度がキャビティ4内に比べて低いため磨耗によりピット深さが浅くなるスピードは通常キャビティ4よりは小さいが、ピット形成の後、窒化処理でランナー部5の表面の耐摩耗性をより向上させることができる。かかる窒化処理の条件としては、本発明の効果が得られれば限定されないが、例えば、窒素ガス雰囲気中で480℃~530℃、5時間~7時間加熱して窒化処理することができる。
【0041】
また、本発明のダイカスト金型は、前記ピットを有するランナー部が、窒化処理後に、酸化処理されていることが好ましい。ランナー部5の表面に酸化皮膜などの熱伝導の低い膜を付与することにより、溶湯温度低下を抑制する効果をより増加することができる。かかる酸化処理の条件としては、本発明の効果が得られれば限定されないが、例えば、酸素含有ガス雰囲気中で480℃~530℃、5時間~7時間加熱して酸化処理することができる。
【0042】
本発明において、前記溶融金属としては、本発明の効果が得られれば限定されないが、例えば、JIS ADC12、JIS ADC10、JIS ADC1、JIS ADC3、JIS ADC5、JIS ADC6、JIS ADC14等のアルミニウム合金、マグネシウム合金などを挙げることができ、中でもJIS ADC12、JIS ADC10であることが特に好ましい。
【0043】
さらに、本発明において、前記ダイカスト金型1としては、例えば、アルミニウム合金、マグネシウム合金などの鋳造に用いられるダイカスト金型等を挙げることができる。ダイカスト金型の材質としては、本発明の効果が得られれば特に限定されないが、例えば、JIS G 4404 SKD61等を挙げることができる。
【0044】
以下、本発明について、実施例を用いてさらに詳細に説明するが、本発明は、これらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0045】
(実施例1)
図10は、振動式機械工具の先端に取り付けるパンチを示す図である。振動式機械工具を用い、先端に
図10に示すパンチ13(材質:KH03、先端R:0.5)を取り付けSKD61の鋼材にピット51を形成し、その形状を、デジタルマイクロスコープ(株式会社キーエンス製:VHX-6000(商品名))を用いて、測定した。結果を
図11に示す。
図11において、上左図は3次元画像の横断面、上右図は上面画像、下図は上右図の画像の白色直線部分の断面図である。なお、
図11の下の断面図では横方向の長さのスケールと縦方向の長さのスケールは異なっている。このピット51の場合、ピット51の直径は365μm、深さ143μm、ピットの縁の凸部51aの盛り上がりは28μmであった。アスペクト比は0.39であった。ピット51の縁が盛り上がり、凸部51aを形成していることが確認できた。なお、振動式機械工具としては、日東工器株式会社製の「スーパーハンド SH-100A(商品名)、空気式小型ヤスリ」を使用し、以下の実施例でも同様に使用した。
【0046】
(実施例2)
SKD61の試験片にショットブラストまたは機械的打痕を施し、試験片の表面粗さRzと試験片の厚さ変化を測定し、表面粗さRzとピットの縁の凸部の盛り上がりの関係を調べた。また、施工方法の差による盛り上がりの大きさについて実験した。ショットブラストによる試験片の作製条件は下記表1に示した。また、機械的打痕は振動式機械工具を用い、下記表2に示す条件で試験片を作製した。下記表3に、ショットブラストと機械的打痕によるピット51の形成後の試験片の表面粗さRzと厚さ変化を示した。本発明では、表面粗さRzは、株式会社ミツトヨ製のサーフテスト SJ-400(商品名)を用いて測定した。
【0047】
【0048】
【0049】
【0050】
(実施例2)
表3の結果から、機械的打痕では、板厚が大きくなっていることがわかる。すなわち、ピットの縁の凸部51aの盛り上がりが大きいことが推測できる。また、ショットブラストでは、ショットメディアが大きい場合には板厚は増えているが、ショットメディアが小さい場合には板厚が減少している。これは、ショットの研掃力により試験片の材質が削り取られているが、その量が縁の凸部の盛り上がり高さより相対的に大きいためと推察される。
【0051】
(実施例3)
図12は、ランナー部を模した金型を示す図((a)は平面図、(b)は断面図)であり、
図13は、底板を示す図((a)は平面図、(b)は断面図)である。図中、111はランナー部5を模した金型、112は湯流れ部底面、113は湯口、114は底板(試験片)、115はピット形成面を示す。ピット51による溶湯の温度低下防止を確認するために、ランナー部5を模した金型111(材質:S50C)を製作し、湯流れ部分に
図13に示す底板(試験片)を敷き、底板の表面にピット51を形成し、湯流れ試験を行った。ピット51はショットブラストと電解加工より形成した。ショットブラストによるピット51は、ピットの縁の凸部51aの盛り上がりのあるピットであり、電解加工によるピットは、ピットの縁の凸部の盛り上がりのないピットであった。
【0052】
(湯流れ試験)
図14は、湯流れ距離の測定図である。
図14中、iの矢印は湯流れ距離を示し、jは溶湯14の流れを示す矢印である。ピット51により溶湯14の温度低下が抑制されるならば、溶湯18は給湯口8から流れる距離が長くなる。そこで、金型の材料はS45C、溶湯18はアルミニウム合金ADC12として、720℃の溶湯14を給湯口8から給湯し、
図14に示す装置を使用して、湯流れ距離を測定した。湯流れ試験結果と試料のピット状態を下記表4に示す。
【0053】
【0054】
アルミナショットの試験片では、表面粗さRz(ピット深さ)が大きくなると湯流れ距離は長くなった。一方、電解加工試験片での湯流れは、電解加工試験片では、ピットの縁の凸部の盛り上がりは測定されず、ショットブラスト試験片の結果から期待される湯流れ長さより非常に短いものとなった。なお、電解加工によるピット形状の例を
図15および
図16に示す。
【0055】
(実施例4)
実施例3と同じ金型111を用い、底板114にピットを形成した後、一部の底板114の表面をフライス盤で平面に切削し、実施例3と同様に湯流れ試験を行った。底板114の作製方法は次の通りである。まず、湯流れ試験における底板114の板厚を測定しておき、ショットスラストでピット51を形成し、表面粗さRzを測定すると共に再度板厚を測定し、板厚変化を確認した。この板厚の寸法変化量をピット51の縁の凸部の盛り上がり量と考え、その盛り上がり量を面削し、面削後の表面粗さRzを測定した。ショットブラストによるピット形成は、下記表5に示したアルミナを用い、0.4MPaのエアー圧で行った。ピット開口面積は90%であり、アスペクト比は0.4であった。これらの底板114を
図14の湯流れ試験金型の湯流れ部分の底に設置し、アルミニウム合金ADC12を溶解し720℃で給湯口8から溶湯14を金型111に流し、湯流れ距離を測定した。また、下記表5に底板のピット成形方法と、表面粗さRzおよび湯流れ試験結果を示した。
【0056】
【0057】
試験片No.13は、試験片No.12と同条件でショットブラストを施した後、板厚の寸法変化0.022mm面削したものである。この面削によりピット縁の盛り上がりが除去されている。また、
図17は、実施例4の底板の表面粗さと湯流れ距離の関係を図示したグラフである。面削によりピットの縁の凸部の盛り上がりを除去した場合は、面削しない場合に比べ、その表面粗さRzに対して湯流れ距離が短いことがわかった。
【0058】
(実施例5)
実施例4と同様に、実施例3と同じ金型111を用い、底板114にピット51を形成した後、一部の底板の表面をフライス盤で平面に切削し、実施例4と同様に湯流れ試験を行った。振動式機械工具(エアー式)を使用してピット51を形成すると、板厚が薄い場合には変形する場合がある。そのため、20mmの板材にピット51を形成した後に板厚を5mmに切断し、試験を行った。その他の底板の作製方法は実施例4と同じである。
【0059】
振動式機械工具によるピット51の形成は、
図10に示したパンチを用いた。ピット51の開口面積は60%であり、アスペクト比は0.4であった。溶湯14はアルミニウム合金ADC12を用い、溶湯温度は700℃で給湯口8から溶湯14を金型111に流し、湯流れ距離を測定した。下記表6に底板114のピット成形方法と、表面粗さRzおよび湯流れ試験結果を示す。
【0060】
【0061】
図18は、実施例5の底板の表面粗さと湯流れ距離の関係を図示したグラフである。実施例4と同様、底板114に面削を施した場合は、面削をしない場合に比べ、その表面粗さRzに対する湯流れ距離が短いことがわかる。
【0062】
(実施例6)
350t(トン)ダイカストマシンで製造する自動車部品Aの金型のランナーの可動型2と固定型3にショットブラストでピット51を形成し、鋳造不良に対するピット51の効果を確認した。金型1はSKD61で製作されており、アルミ合金はADC12である。溶湯温度は670℃であり、ピット形成以外のその他の鋳造条件は、すべて同じ条件で比較した。ショットブラストによるピット形成は、F10アルミナを使用し、エアー圧は0,4MPaであった。ピット形成の結果、ピット形成部のRz:78μm、面積率86%であった。鋳造不良の判定は、ダイカスト製品の外観の目視で行った。不良の判定結果を下記表7に示す。
【0063】
【0064】
ピット形成のない場合は、不良率が3~5%であったのに対して、ピット形成後は0.9~1.6%(平均1.2%)となった。
【0065】
(実施例7)
500t(トン)ダイカストマシンで製造する自動車部品Bの金型のランナーの可動型2と固定型3に機械的打痕でピット51を形成し、鋳造不良に対するピット51の効果を確認した。金型1はSKD61で製作されており、アルミ合金はADC12である。溶湯温度は660℃であり、ピット形成以外のその他の鋳造条件は、すべて同じ条件で比較した。機械的打痕によるピット形成は、振動式機械工具(エアー式)を使用し、パンチは
図10に示したものと同じものを使用した。エアー圧は0,4MPaとした。ピット形成の結果、ピット形成部のRz:103μm、面積率74%であった。鋳造不良の判定は、ダイカスト製品の外観の目視および製品の切削面の0.2mm以上の鋳巣の有無の目視検査で判定した。不良の判定結果を下記表8に示す。
【0066】
【0067】
ピット形成のない場合は、不良率が7.2%であったが、ピット形成後は0.9%であった。
【0068】
(実施例8)
800t(トン)ダイカストマシンで製造する自動車部品Cの金型のランナーの可動型2と固定型3に機械的打痕でピットを形成し、鋳造不良に対するピットの効果を確認した。金型1はSKD61で製作されており、アルミ合金はADC12である。溶湯温度は660℃であり、ピット形成以外のその他の鋳造条件は、すべて同じ条件で比較した。機械的打痕によるピット形成は、振動式機械工具(エアー式)を使用し、パンチは
図10に示したものと同じものを使用した。エアー圧は0,5MPaとした。ピット形成の結果、ピット形成部のRz:138μm、面積率67%であった。鋳造不良の判定は、ダイカスト製品の切削面の鋳巣を標準サンプルとの比較で行った。不良の判定結果を下記表9に示す。
【0069】
【0070】
ピット形成のない場合は、不良率が10%であったが、ピット形成後は0.2%と大幅に改善された。
【符号の説明】
【0071】
1 ダイカスト金型
2 可動型
3 固定型
4 キャビティ
5 ランナー部
51 ピット
51a 該ピットの縁に凸部
52 ピット形成領域
55 ピット
6 射出スリーブ
7 射出プランジャー
8 給湯口
9 プランジャーチップ
10 ゲート
11 分流子
12 ピットが形成されていない状態でのランナー部と溶融金属との接触領域(接触領域)
13 パンチ
14 溶湯
111 ランナー部を模した金型
112 湯流れ部底面
113 湯口
114 底板(試験片)
115 ピット形成面