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特許7144932菌数抑制用組成物ならびにこれを用いる漬物の製造方法および醤油の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-21
(45)【発行日】2022-09-30
(54)【発明の名称】菌数抑制用組成物ならびにこれを用いる漬物の製造方法および醤油の製造方法
(51)【国際特許分類】
   A23L 5/00 20160101AFI20220922BHJP
   A23B 7/10 20060101ALI20220922BHJP
   A23L 3/349 20060101ALI20220922BHJP
   A23L 27/50 20160101ALI20220922BHJP
【FI】
A23L5/00 J
A23B7/10 A
A23L3/349
A23L27/50 A
A23L27/50 105
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2017251783
(22)【出願日】2017-12-27
(65)【公開番号】P2019115311
(43)【公開日】2019-07-18
【審査請求日】2020-12-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000226415
【氏名又は名称】物産フードサイエンス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110766
【弁理士】
【氏名又は名称】佐川 慎悟
(74)【代理人】
【識別番号】100133260
【氏名又は名称】小林 基子
(74)【代理人】
【識別番号】100169340
【弁理士】
【氏名又は名称】川野 陽輔
(74)【代理人】
【識別番号】100195682
【弁理士】
【氏名又は名称】江部 陽子
(74)【代理人】
【識別番号】100206623
【弁理士】
【氏名又は名称】大窪 智行
(72)【発明者】
【氏名】平野 勝紹
(72)【発明者】
【氏名】栃尾 巧
(72)【発明者】
【氏名】茶野 紘範
【審査官】安田 周史
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-018675(JP,A)
【文献】特開2001-226209(JP,A)
【文献】特開昭59-055177(JP,A)
【文献】特開昭58-170431(JP,A)
【文献】東京都農業試験場研究報告,1974年,pp.1-24
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L 5/00
A23B 7/10
A23L 3/349
A23L 27/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ソルビトールまたは還元水飴からなる、漬物由来の耐塩性微生物の菌数抑制用組成物(漬液に浸漬して製造される漬け物における前記漬液の浸透圧が122atm以上の場合を除く)。
【請求項2】
ソルビトールまたは還元水飴からなる、醤油由来の耐塩性微生物の菌数抑制用組成物。
【請求項3】
請求項1に記載の菌数抑制用組成物を、製造途中または製造後の漬物に添加する工程を有する、耐塩性微生物の菌数が抑制された漬物の製造方法。
【請求項4】
請求項2に記載の菌数抑制用組成物を、製造途中または製造後の醤油に添加する工程を有する、耐塩性微生物の菌数が抑制された醤油の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、単糖アルコールまたは還元水飴を有効成分とする菌数抑制用組成物であって、漬物由来もしくは醤油由来の耐塩性微生物、または、サッカロミセス属微生物の菌数を抑制する組成物に関する。また、本発明は、耐塩性微生物の菌数が抑制された、漬物の製造方法および醤油の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
漬物や醤油は多量の塩分を含むことから、従来、保存食として用いられている。しかしながら、近年は、健康の維持ないし疾病予防のために減塩志向が高まっており、漬物や醤油についても塩分含有量を低下させたものの需要が大きくなっている。そこで、減塩醤油や減塩漬物を製造する技術が研究開発されており、例えば、特許文献1および特許文献2には減塩醤油の製造方法が、特許文献3には減塩梅干しが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2016-154503号公報
【文献】特開2016-208987号公報
【文献】特開2000-139395号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記特許文献1~3に開示されたもののみならず、一般に、減塩漬物や減塩醤油においては、比較的塩濃度が高い環境でも生育可能な耐塩性の微生物が繁殖しやすく、その結果として生じる風味劣化や外観の変化、異臭などの変質が問題になっている。このことから、醤油や漬物における耐塩性微生物の菌数を抑制する技術が求められている。
【0005】
また、サッカロミセス属微生物(Saccharomyces)は、ワインやパン、ビール、清酒などの食品製造において発酵を担う有用菌であるが、一方で、食品に変質をもたらす汚染菌としても知られている。サッカロミセス属微生物による食品汚染としては、例えば、饅頭に石油臭を発生させたり、クッキーに黒色斑点を発生させたり、海苔巻き寿司に白色斑点を発生させたり、ビールの風味を劣化させるといった事例が報告されている(内藤茂三、“酵母による食品の変敗と防止技術”、[online]、2009年2月、財団法人食品分析開発センターSUNATEC、[平成29年11月10日検索]、インターネット、<URL:http://www.mac.or.jp/mail/090201/03.shtml>)。このことから、サッカロミセス属微生物の菌数を抑制する技術も求められている。
【0006】
本発明は、このような課題を解決するためになされたものであって、漬物や醤油の中に存在する耐塩性微生物や、サッカロミセス属微生物の菌数を抑制する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、鋭意研究の結果、単糖アルコールまたは還元水飴が、漬物に付着している耐塩性微生物や醤油中に存在する耐塩性微生物、あるいはサッカロミセス属微生物の菌数を抑制できることを見出した。そこで、この知見に基づいて、下記の各発明を完成した。
【0008】
(1)本発明に係る菌数抑制用組成物は、漬物由来もしくは醤油由来の耐塩性微生物、または、サッカロミセス属微生物の菌数を抑制する組成物であって、単糖アルコールまたは還元水飴を有効成分とする。
【0009】
(2)本発明に係る漬物の製造方法は、耐塩性微生物の菌数が抑制された漬物を製造する方法であって、本発明に係る菌数抑制用組成物を、製造途中または製造後の漬物に添加する工程を有する。
【0010】
(3)本発明に係る醤油の製造方法は、耐塩性微生物の菌数が抑制された醤油を製造する方法であって、本発明に係る菌数抑制用組成物を、製造途中または製造後の醤油に添加する工程を有する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、漬物に付着している耐塩性微生物や醤油中に存在する耐塩性微生物の増殖を抑制することができる。従って、当該耐塩性微生物の増加に起因する漬物や醤油の変質を抑制ないし変質の進行を遅延させ、漬物や醤油の保存性を向上させることができる。
【0012】
また、本発明によれば、サッカロミセス属微生物の増殖を抑制することができる。従って、サッカロミセス属微生物の増加に起因する飲食物の変質を抑制ないし変質の進行を遅延させ、当該飲食物の保存性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】市販の減塩梅干しの表面に発生した微生物の塊を示す写真である。
図2】グルコース、スクロース、異性化糖または各種の糖アルコールを含む培地で、梅干し由来微生物を培養した培地の濁度(OD660)を示すグラフである。
図3】Brix35度のグルコースまたはBrix30度のグルコースとBrix5度のエリスリトールとを含む培地で、梅干し由来微生物を培養した培地の濁度(OD660)を示すグラフである。
図4】奈良漬け由来微生物が増殖した培地を示す写真である。
図5】ぬか漬け由来微生物が増殖した培地を示す写真である。
図6】べったら漬け由来微生物が増殖した培地を示す写真である。
図7】グルコース、ソルビトール、エリスリトールまたは高糖化還元水飴を含む培地で、奈良漬け由来微生物を培養した培地の濁度(OD660)を示すグラフである。
図8】グルコース、ソルビトール、エリスリトールまたは高糖化還元水飴を含む培地で、ぬか漬け由来微生物を培養した培地の濁度(OD660)を示すグラフである。
図9】グルコース、ソルビトール、エリスリトールまたは高糖化還元水飴を含む培地で、べったら漬け由来微生物を培養した培地の濁度(OD660)を示すグラフである。
図10】醤油由来微生物が増殖した培地を示す写真である。
図11】グルコース、ソルビトール、エリスリトールまたは高糖化還元水飴を含む培地で、醤油由来微生物を培養した培地の濁度(OD660)を示すグラフである。
図12】サッカロミセス セレビシエが増殖した培地を示す写真である。
図13】グルコース、ソルビトール、エリスリトールまたは高糖化還元水飴を含む培地で、サッカロミセス セレビシエを培養した培地の濁度(OD660)を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明に係る菌数抑制用組成物ならびにこれを用いる漬物の製造方法および醤油の製造方法について詳細に説明する。本発明に係る菌数抑制用組成物は、漬物由来の耐塩性微生物、醤油由来の耐塩性微生物、または、サッカロミセス属微生物の菌数を抑制する組成物であって、単糖アルコールまたは還元水飴を有効成分とする。
【0015】
「微生物」とは、肉眼では観察できないような微小な生物をいう(岩波生物学事典第4版;岩波書店発行、2005年)。すなわち、本発明に係る微生物には、細菌や藍色細菌、古細菌などの全ての原核生物、糸状菌や酵母、変形菌、担子菌、単細胞性の藻類、原生動物などの真核生物であって微小なものが含まれる。
【0016】
本発明において、「菌数」とは、微生物の個体数を意味する。
【0017】
本発明において「耐塩性微生物」とは、食塩を1.2%以上含有する培地で増殖可能な微生物をいう(橋本壽夫、“耐塩・好塩微生物の性質と応用-食生活を豊かにする微生物たち-”、[online]、たばこ塩産業 塩事業版 2007.03.25 塩・話・解・題24、[平成29年11月10日検索]、インターネット、<URL:http://www.geocities.jp/t_hashimotoodawara/salt6/salt6-07-03.html>)。
【0018】
本発明において「漬物由来の耐塩性微生物」とは、製造途中または製造後の漬物に付着している耐塩性微生物をいう。漬物由来の耐塩性微生物としては、漬物の変敗の原因として知られている微生物を例示することができ(宮尾茂雄、“漬物と微生物”、日本食品微生物学会雑誌、Vol.22、No.4、p.217-137、2005年)、具体的には、ラクトバチルス属(Lactobacillus)やエンテロコッカス属(Enterococcus)、リューコノストック属(Leuconostoc)などの乳酸菌、大腸菌(Escherichia coli)、シュードモナス属(Pseudomonas)やフラボバクテリウム属(Flavobacterium)、バチルス属(Bacillus)、クロストリジウム属(Clostridium)、ミクロコッカス属(Micrococcus)、アルカリゲネス属(Alcaligenes)などの細菌、ハロバクテリウム属(Halobacterium)やエルウィニア属(Erwinia)などの古細菌、サッカロミセス属やジゴサッカロミセス属(Zygosaccharomyces)、デバリオマイセス属(Debaryomyces)、ピチア属(Pichia)、ハンゼヌラ属(Hansenulla)、ハンセニアスポラ属(Hanseniaspora)などの酵母、カンジダ属(Candida)やロドトルラ属(Rhodotorula)などの不完全酵母、アオカビ属(Penicillium)やクラドスポリウム属(クロカビ、Cladosporium)などのカビ等を例示することができる。
【0019】
「漬物」とは、一般に、野菜や果実、魚介類、肉類、乳製品などの食材を、食塩や酢、酒粕、ぬか、味噌、砂糖、油などの漬け込み材料を含有する漬け床や調味液に漬け込み、貯蔵性や呈味性を加えた加工食品をいう。本発明において、漬物は、特に、漬け込み材料に食塩を含有するものを対象としている。本発明に係る漬物として、具体的には、梅干し、梅漬け、ぬか漬け、奈良漬け、べったら漬け、浅漬け、塩漬け、粕漬け、みりん漬け、味噌漬け、からし漬け、麹付け、醤油漬け、酢漬け、梅酢漬け、福神漬け、野沢菜漬け、らっきょう漬け、たくあん、しば漬け、高菜漬け、すぐき漬け、もろみ漬け、わさび漬け、千枚漬け、ピクルス、キムチ、ザーサイ、ザワークラウトなどを例示することができる。
【0020】
本発明において「醤油由来の耐塩性微生物」とは、製造途中または製造後の醤油中に存在している耐塩性微生物をいう。醤油由来の耐塩性微生物としては、醤油の変質の原因として知られている微生物を例示することができ、具体的には、ジゴサッカロミセス バイリー(Z. bailii)やジゴサッカロミセス ビスポラス(Z. bisporus)、ジゴサッカロミセス コンブチャエンシス(Z. kombuchaensis)、ジゴサッカロミセス レンタス(Z. lentus)、ジゴサッカロミセス メーリス(Z. mellis)、ジゴサッカロミセス ルキシー(Z. rouxii)などのジゴサッカロミケス属の酵母等を例示することができる。
【0021】
「サッカロミセス属微生物(Saccharomyces)」とは、子嚢菌門の半子嚢菌綱、サッカロミセス目、サッカロミセス科、サッカロミセス属に属する微生物をいう。サッカロミセス属微生物として、より具体的には、S. bayanus、S. boulardii、S. bulderi、S. capsularia、S. cariocanus、S. cariocus、S. cerevisiae、S. chevalieri、S. dairenensis、S. ellipsoideus、S. florentinus、S. kluyveri、S. martiniae、S. monacensis、S. norbensis、S. paradoxus、S. pastorianus、S. rosei、S. spencerorum、S. turicensis、S. unisporus、S. uvarum、S. zonatusを例示することができる。
【0022】
糖アルコールとは、他の糖質が有するカルボニル基(アルデヒド基またはケトン基)が還元されてなる多価アルコールをいい、糖質の一種である。糖アルコールは、単糖のカルボニル基が還元されてなる単糖アルコール、2糖のカルボニル基が還元されてなる2糖アルコール、3糖のカルボニル基が還元されてなる3糖アルコールというように、その構成糖により分類することができる。
【0023】
後述する実施例に示すように、本発明者らは、糖アルコールのうち特に単糖アルコールが、漬物由来の耐塩性微生物、醤油由来の耐塩性微生物またはサッカロミセス属微生物に対して、菌数抑制効果を有することを見出した。本発明に係る単糖アルコールとして、より具体的には、例えば、ソルビトールやエリスリトール、キシリトール、マンニトールなどを例示することができる。
【0024】
還元水飴は、水飴を還元して得られる糖アルコールの一種である。ここで、水飴はデンプンを酸や酵素などで糖化して得られるものであり、ブドウ糖のほか、麦芽糖などのオリゴ糖やデキストリンなどの多糖の混合物である。よって、還元水飴も、単糖アルコール、2糖アルコール、3糖アルコールおよび4糖以上の多糖アルコールのうち2種以上の糖アルコールを含む混合物である。後述する実施例に示すように、本発明者らは、還元水飴もまた、漬物由来の耐塩性微生物、醤油由来の耐塩性微生物またはサッカロミセス属微生物に対して、菌数抑制効果を有することを見出した。
【0025】
還元水飴は、糖化の程度により高糖化還元水飴(糖の総重量を100%とした場合において単糖アルコールが30~50質量%、2糖アルコールが20~50質量%、3糖以上の糖アルコールが25質量%以下)、中糖化還元水飴(糖の総重量を100%とした場合において単糖アルコールが30質量%未満かつ5糖以上の糖アルコールが50質量%未満)および低糖化還元水飴(糖の総重量を100%とした場合において5糖以上の糖アルコールが50質量%以上)に分けられる場合があるが、本発明においては、これらのいずれも用いることができる。また、単糖アルコールとしてソルビトールを50質量%以上含む、いわゆる「ソルビトール製剤」と呼ばれる還元水飴や、マルチトールが主成分の還元麦芽糖水飴も用いることができる。
【0026】
本発明において、単糖アルコールまたは還元水飴は、市販されているものをそのまま用いてもよく、当業者に公知の方法に従って製造して用いてもよい。エリスリトールを除く単糖アルコールまたは還元水飴の公知の製造方法としては、原料となる単糖または水飴(原料糖)に水素を添加する還元反応を挙げることができる。すなわち、ブドウ糖を原料糖として還元反応を行えばソルビトールを、水飴を原料糖として還元反応を行えば還元水飴を、麦芽糖水飴を原料糖として還元を行えば還元麦芽糖水飴を、それぞれ製造することができる。
【0027】
水素添加による還元反応は、例えば、40~75質量%の原料糖水溶液を、還元触媒と併せて高圧反応器中に仕込み、反応器中の水素圧を4.9~19.6MPa、反応液温を70~180℃として、混合攪拌しながら、水素の吸収が認められなくなるまで反応を行なえばよい。その後、還元触媒を分離し、イオン交換樹脂処理、必要であれば活性炭処理等で脱色脱塩した後、所定の濃度まで濃縮すれば、高濃度の糖アルコール溶液を作ることができる。
【0028】
より具体的には、例えば、ソルビトールであれば、特開平7-145090号公報に記載されているように、含水結晶ブドウ糖150gと水125gとラネーニッケル触媒5gとを内容積550ミリリットルの電磁攪拌式オートクレーブに仕込み、水素圧12.75MPaを保ちながら130℃で2時間還元反応を行う。続いて、ラネーニッケル触媒を分離した後、活性炭処理およびイオン交換樹脂処理を行ない、50質量%の濃度まで濃縮して、250gのソルビトール溶液を作ることができる。
【0029】
一方、エリスリトールの公知の製造方法としては、グルコースなどを炭素源としてエリスリトール生産菌を培養して生産させ、これを精製して得る方法を挙げることができる。ここで、エリスリトール生産菌としては、例えば、トリゴノプシス属またはカンジダ属に属する微生物(特公昭47-41549号公報)、トルロプシス属、ハンゼヌラ属、ピヒア属またはデバリオミセス属に属する微生物(特公昭51-21072号公報)、モニリエラ属に属する微生物(特開昭60-110295号公報、特開平10-215887)、オーレオバシデュウム属に属する微生物(特公昭63-9831号公報)、イエロビア属に属する微生物(特開平10-215887号公報)などを挙げることができ、培養条件は、各菌に適した通常の条件で行うことができる。また、エリスリトールの精製は、菌体分離、クロマトグラフィーによるエリスリトールの分取、脱塩、脱色、晶析、結晶分解および乾燥の工程を常法に従って行うことができる。
【0030】
本発明の菌数抑制用組成物は、漬物、醤油、またはサッカロミセス属微生物の増殖による変質が懸念される飲食物の製造途中において、それらの原材料に添加することにより用いることができる。添加する方法や添加するタイミングは、他の調味料や食品添加物と同様に扱うことができる。あるいは、本発明の菌数抑制用組成物は、製造後の漬物、醤油または当該飲食物に添加することにより用いることもできる。本発明の菌数抑制用組成物の添加量は特に限定されないが、例えば、漬物、醤油または当該飲食物における最終濃度が、0.1~30質量%の範囲を例示することができる。
【0031】
すなわち、本発明に係る漬物の製造方法は、耐塩性微生物の菌数が抑制された漬物を製造する方法であって、本発明に係る菌数抑制用組成物を、製造途中または製造後の漬物に添加する工程を有する。
【0032】
また、本発明に係る醤油の製造方法は、耐塩性微生物の菌数が抑制された醤油を製造する方法であって、本発明に係る菌数抑制用組成物を、製造途中または製造後の醤油に添加する工程を有する。
【0033】
微生物の菌数が抑制されたか否かは、後述する実施例に示すように、培養試験により判断することができる。すなわち、一方は被検物質(菌数抑制用組成物)を添加して、他方はこれを添加せずに、同種の漬物、醤油または飲食物を同様に製造する。この両者の漬物、醤油または飲食物の一部を培地に植菌して所定の期間培養した後、培地の微生物量を測定する。微生物量の測定は、簡便には濁度法を行うことができるが、培地や培養条件、測定対象の微生物種などに応じて、乾燥菌体重量法や湿重量法、リアルタイムPCR法などの公知の手法を適宜選択することができる。その結果、被検物質(菌数抑制用組成物)を添加したものの方が、これを添加しないものよりも微生物量が小さければ、被検物質(菌数抑制用組成物)により耐塩性微生物の菌数が抑制されたと判断することができる。
【0034】
以下、本発明について、各実施例に基づいて説明する。なお、本発明の技術的範囲は、これらの実施例によって示される特徴に限定されない。
【実施例
【0035】
<試験方法>
(1)単位
本実施例では、特段の記載のない限り、パーセント(%)は質量%((w/w)%)を示す。
【0036】
(2)糖質
本実施例において、グルコースは市販の試薬グルコース(粉体、和光純薬工業)を、スクロースは市販のグラニュー糖(粉体、三井製糖)を、異性化糖は市販の果糖ブドウ糖液糖(液体、果糖55%以上、商品名「ニューフラクト55」、昭和産業)を用いた。また、糖アルコールは表1に記載のもの(市販、製造者:物産フードサイエンス)を用いた。
【表1】
【0037】
(3)培地
前培養には、YPD培地(ポリペプトン:2%、イーストエキストラクト:1%、グルコース:0.5%)を用いた。YPD培地の作成は、まず、水道水900mLにポリペプトン20g、イーストエキストラクト10gおよびグルコース5gを添加して溶解し、5Mの塩酸を添加することにより水素イオン濃度をpH4.0に調整した。続いて、水道水を加えることにより1000mLに定容した後、0.2μm孔径のフィルターに通して滅菌した。
【0038】
本培養には、改変YPD培地を用いた。改変YPD培地の作成は、まず、水道水400mLにポリペプトン20gおよびイーストエキストラクト10gを添加して溶解した後、水道水を加えることにより500mLに定容し、素培地とした。素培地50gに各種糖質30gを添加した後、水道水を加えることにより、糖用屈折計で20~25℃にて測定した可溶性固形分濃度をBrix30度に調整した。続いて、5Mの塩酸を添加することによりpH4.0に調整した後、Brix30度の各種糖質水溶液を加えることにより100gに調整した。その後、0.2μm孔径のフィルターに通して滅菌した。
【0039】
(4)微生物量の測定
本実施例において、微生物量の測定は、分光吸光光度計を用いて波長660nmにおける濁度(光学密度、Optical Density(OD))を測定することにより行った。
【0040】
<実施例1>梅干し由来微生物に対する菌数抑制効果:一定の糖濃度における検討
(1)梅干し由来微生物の取得
図1に示すように、市販の減塩梅干し(pH2.4)の表面に発生した微生物の塊を掻き取り、YPD培地に植菌して、25℃、150rpmにて1日間培養した。これを梅干し由来微生物として、15体積%(v/v)となるようにグリセロールを加えて、グリセロールストックにて保存した。
【0041】
(2)培養
本実施例1(1)の梅干し由来微生物のグリセロールストックを、YPD培地に1白金耳植菌し、25℃、150rpmにて2日間、前培養した。次に、糖質としてグルコース、スクロース、異性化糖または表1の糖アルコールを含む改変YPD培地に、1000000CFU量の前培養液を植菌し、25℃、150rpmにて96時間(4日間)、本培養した。培養期間中、経時的に微生物量を測定した。その結果を図2に示す。
【0042】
図2に示すように、96時間培養後の濁度は、グルコース含有培地では14.9、異性化糖含有培地では11.5であり、培養開始時と比較して顕著な増加が認められた。これに対して、スクロース、ソルビトール(粉体)、ソルビトール(液体)、エリスリトール、高糖化還元水飴、中糖化還元水飴および低糖化還元水飴を含有する培地の96時間後の濁度は、それぞれ1.7、3.5、2.1、0.4、2.5、2.9および2.4であり、培養開始時と比較して、わずかな増加にとどまった。すなわち、スクロース、ソルビトール(粉体)、ソルビトール(液体)、エリスリトール、高糖化還元水飴、中糖化還元水飴または低糖化還元水飴を含有する培地では、梅干し由来微生物の菌数の増加が抑制された。この結果から、単糖アルコールまたは還元水飴は、梅干しに付着している耐塩性微生物の菌数を抑制できることが明らかになった。
【0043】
<実施例2>梅干し由来微生物に対する菌数抑制効果:炭素源存在下での検討
実施例1(1)の梅干し由来微生物のグリセロールストックを、YPD培地に1白金耳植菌し、25℃、150rpmにて2日間、前培養した。次に、糖質としてBrix35度のグルコース、またはBrix30度のグルコースとBrix5度のエリスリトールとを含む改変YPD培地に、1000000CFU量の前培養液を植菌し、25℃、150rpmにて96時間(4日間)、本培養した。培養期間中、経時的に微生物量を測定した。その結果を図3に示す。
【0044】
図3に示すように、96時間培養後の濁度は、Brix35度のグルコースを含む培地では7.16であったのに対して、Brix30度のグルコースとBrix5度のエリスリトールとを含む培地では3.87であった。すなわち、いずれの培地も、微生物の増殖に十分と考えられる炭素源(Brix30度以上のグルコース)を含んでいたのにもかかわらず、エリスリトールを含有する培地では、これを含有しない培地と比較して梅干し由来微生物の菌数の増加が抑制された。この結果から、単糖アルコールまたは還元水飴は、梅干しに付着している耐塩性微生物の菌数を抑制できることが明らかになった。
【0045】
<実施例3>各種の漬物由来微生物に対する菌数抑制効果
(1)漬物由来微生物の取得
市販の奈良漬け、ぬか漬けおよびべったら漬けのそれぞれの漬け汁に、15体積%(v/v)となるようにグリセロールを加えて、これを奈良漬け由来微生物、ぬか漬け由来微生物およびべったら漬け由来微生物として、グリセロールストックにて保存した。
【0046】
(2)培養
YPD培地に本実施例3(1)の漬物由来微生物のグリセロールストックを1白金耳植菌して、25℃、150rpmにて2日間、前培養した。前培養後の様子を図4(奈良漬け由来微生物)、図5(ぬか漬け由来微生物)および図6(べったら漬け由来微生物)にそれぞれ示す。図4、5および6に示すように、各種の漬物に由来する微生物を増殖させることができた。
【0047】
次に、糖質としてグルコース、ソルビトール(粉体)、エリスリトールまたは高糖化還元水飴を含む改変YPD培地に、各種の漬物由来微生物の前培養液を1000000CFU量ずつ植菌し、25℃、150rpmにて本培養した。培養時間は、奈良漬け由来微生物およびぬか漬け由来微生物については96時間(4日間)、べったら漬け由来微生物については72時間(3日間)とした。培養期間中、経時的に微生物量を測定した。奈良漬け由来微生物の結果を図7に、ぬか漬け由来微生物の結果を図8に、べったら漬け由来微生物の結果を図9に、それぞれ示す。
【0048】
図7に示すように、奈良漬け由来微生物の96時間培養後の濁度は、グルコース含有培地では18.8であったのに対して、ソルビトール、エリスリトールおよび高糖化還元水飴を含有する培地では、それぞれ7.5、4.9および10.4であった。すなわち、グルコース含有培地の濁度と比較して、ソルビトール、エリスリトールまたは高糖化還元水飴を含有する培地における濁度は顕著に小さかったことから、これらの糖アルコールを含有する培地では、奈良漬け由来微生物の菌数の増加が抑制されたことが明らかになった。この結果から、単糖アルコールまたは還元水飴は、奈良漬けに付着している耐塩性微生物の菌数を抑制できることが明らかになった。
【0049】
また、図8に示すように、ぬか漬け由来微生物の96時間培養後の濁度は、グルコース含有培地では8.9であったのに対して、ソルビトール、エリスリトールおよび高糖化還元水飴を含有する培地では、それぞれ1.4、0.1および1.9であった。すなわち、グルコース含有培地の濁度と比較して、ソルビトール、エリスリトールまたは高糖化還元水飴を含有する培地における濁度は顕著に小さかったことから、これらの糖アルコールを含有する培地では、ぬか漬け由来微生物の菌数の増加が抑制されたことが明らかになった。この結果から、単糖アルコールまたは還元水飴は、ぬか漬けに付着している耐塩性微生物の菌数を抑制できることが明らかになった。
【0050】
また、図9に示すように、べったら漬け由来微生物の96時間培養後の濁度は、グルコース含有培地では8.0であったのに対して、ソルビトール、エリスリトールおよび高糖化還元水飴を含有する培地では、それぞれ3.4、0.3および3.3であった。すなわち、グルコース含有培地の濁度と比較して、ソルビトール、エリスリトールまたは高糖化還元水飴を含有する培地における濁度は顕著に小さかったことから、これらの糖アルコールを含有する培地では、べったら漬け由来微生物の菌数の増加が抑制されたことが明らかになった。この結果から、単糖アルコールまたは還元水飴は、べったら漬けに付着している耐塩性微生物の菌数を抑制できることが明らかになった。
【0051】
以上の図7図8および図9の結果から、単糖アルコールまたは還元水飴は、漬物に由来する耐塩性微生物の菌数を抑制できることが明らかになった。
【0052】
<実施例4>醤油由来微生物に対する菌数抑制効果
(1)醤油由来微生物の取得
市販の醤油に、15体積%(v/v)となるようにグリセロールを加えて、これを醤油由来微生物として、グリセロールストックにて保存した。
【0053】
(2)培養
YPD培地に本実施例4(1)の醤油由来微生物のグリセロールストックを1白金耳植菌して、25℃、150rpmにて2日間、前培養した。前培養後の様子を図10に示す。図10に示すように、醤油に由来する微生物を増殖させることができた。
【0054】
次に、糖質としてグルコース、ソルビトール(粉体)、エリスリトールまたは高糖化還元水飴を含む改変YPD培地に、1000000CFU量の醤油由来微生物の前培養液を植菌し、25℃、150rpmにて72時間(3日間)、本培養した。培養期間中、経時的に微生物量を測定した。その結果を図11に示す。
【0055】
図11に示すように、72時間培養後の濁度は、グルコース含有培地では6.4であったのに対して、ソルビトール、エリスリトールおよび高糖化還元水飴を含有する培地では、それぞれ1.9、0.1および2.1であった。すなわち、グルコース含有培地の濁度と比較して、ソルビトール、エリスリトールまたは高糖化還元水飴を含有する培地における濁度は顕著に小さかったことから、これらの糖アルコールを含有する培地では、醤油由来微生物の菌数の増加が抑制されたことが明らかになった。この結果から、単糖アルコールまたは還元水飴は、醤油由来微生物の菌数を抑制できることが明らかになった。
【0056】
<実施例5>サッカロミセス属微生物に対する菌数抑制効果
YPD培地に市販のサッカロミセス属微生物(サッカロミセス セレビシエ;Saccharomyces cerevisiae)を1白金耳植菌して、25℃、150rpmにて2日間、前培養した。前培養後の様子を図12に示す。図12に示すように、サッカロミセス セレビシエを増殖させることができた。
【0057】
次に、糖質としてグルコース、ソルビトール(粉体)、エリスリトールまたは高糖化還元水飴を含む改変YPD培地に、1000000CFU量の出芽酵母の前培養液を植菌し、25℃、150rpmにて96時間(4日間)、本培養した。培養期間中、経時的に微生物量を測定した。その結果を図13に示す。
【0058】
図13に示すように、96時間培養後の濁度は、グルコース含有培地では7.53であったのに対して、ソルビトール、エリスリトールおよび高糖化還元水飴を含有する培地では、それぞれ0.02、0.01および0.01であった。すなわち、グルコース含有培地の濁度と比較して、ソルビトール、エリスリトールまたは高糖化還元水飴を含有する培地における濁度は顕著に小さかったことから、これらの糖アルコールを含有する培地では、サッカロミセス セレビシエの菌数の増加が抑制されたことが明らかになった。この結果から、単糖アルコールまたは還元水飴は、サッカロミセス属微生物の菌数を抑制できることが明らかになった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13