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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-21
(45)【発行日】2022-09-30
(54)【発明の名称】圧縮着火式エンジン
(51)【国際特許分類】
   F02D 41/38 20060101AFI20220922BHJP
   F02D 41/40 20060101ALI20220922BHJP
   F02D 45/00 20060101ALI20220922BHJP
   F02M 61/10 20060101ALI20220922BHJP
【FI】
F02D41/38
F02D41/40
F02D45/00
F02D45/00 358
F02M61/10
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2018211979
(22)【出願日】2018-11-12
(65)【公開番号】P2020079563
(43)【公開日】2020-05-28
【審査請求日】2021-06-08
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000003218
【氏名又は名称】株式会社豊田自動織機
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】特許業務法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】冬頭 孝之
(72)【発明者】
【氏名】脇坂 佳史
(72)【発明者】
【氏名】池田 太郎
(72)【発明者】
【氏名】河合 健二
(72)【発明者】
【氏名】梅原 努
【審査官】櫻田 正紀
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-145564(JP,A)
【文献】特開2015-068284(JP,A)
【文献】特開2002-047975(JP,A)
【文献】特開2018-003780(JP,A)
【文献】特開2016-217215(JP,A)
【文献】特開2012-132371(JP,A)
【文献】特開2009-270460(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02D 41/38
F02D 41/40
F02D 45/00
F02M 61/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃料を筒内に噴射して自着火により燃焼させる圧縮着火式エンジンであって、
1サイクル中にパイロット噴射による燃料が着火した後にメイン噴射による燃料の噴射を行い、メイン噴射によって噴射された燃料が燃焼するメイン燃焼における熱発生率dQ/dθの立ち上がり波形がピークを迎えるまで略直線となり、メイン燃焼の熱発生開始時期t st 、熱発生開始時期t st と熱発生率ピーク時期との間隔t up 、熱発生率ピーク高さdQ/dθ max としたときに、立ち上がり幅t up を周期とする周波数を2kHz以下とすると共に、熱発生率dQ/dθの時間変化において熱発生率ピーク時期(t st +t up )及び熱発生率dQ/dθが0を中心点とし、熱発生率の時間微分軸方向の径をdQ/dθ max とし、時間軸方向の径を間隔t up の0.6倍とした楕円と、熱発生開始時期t st 及び熱発生率dQ/dθが0を通り前記楕円と接する接線とで構成される熱発生率dQ/dθの波形以下の熱発生率dQ/dθの波形をもつという第1の条件を満たすようにメイン噴射及びパイロット噴射を制御し、燃焼室内圧力Pの時間微分値の立ち上がり開始時期からピーク時期までの燃焼騒音の周波数スペクトルにおいて2kHz以下の周波数帯域において谷を形成することで燃焼騒音を低減させることを特徴とする圧縮着火式エンジン。
【請求項2】
請求項に記載の圧縮着火式エンジンであって、
メイン燃焼の熱発生開始時期tstから熱発生率ピーク時期(tst+tup)までの燃焼室内圧力Pの時間微分を直線とするような熱発生率dQ/dθの波形以上の熱発生率dQ/dθの波形をもつという第2の条件をさらに満たすようにパイロット噴射及びメイン噴射を制御することを特徴とする圧縮着火式エンジン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧縮着火式エンジンに関する。
【背景技術】
【0002】
所望トルクを得る為に必要な量の燃料を噴射(メイン噴射)する直前に、少量の燃料を噴射(パイロット噴射)する等、1燃焼サイクル中に燃料を複数回噴射(多段噴射)させる燃料噴射制御装置が開示されている。これにより、メイン噴射に起因した燃焼(メイン燃焼)による熱発生率の上昇速度を遅くさせ、メイン燃焼に伴い生じる燃焼騒音の低減を図っている。
【0003】
例えば、理想の熱発生率波形を熱発生率ピーク値dQ/dθmaxが低く、熱発生期間が長い三角形の波形とし、熱発生率の波形を当該理想の波形に近づけることで燃焼騒音を低減する技術が開示されている(特許文献1)。当該理想の熱発生率波形に近づけるために、燃焼噴射を複数回に分割し、それぞれの噴射インターバルを短くした近接多段噴射を行い,多段の熱発生率ピーク波形を形成することが開示されている。
【0004】
また、主に予混合圧縮自着火燃焼(PCCI燃焼)等の予混合燃焼での燃焼騒音低減を狙った技術が開示されている(特許文献2)。当該文献では、熱発生期間を調整して燃焼騒音スペクトルの2~5kHzの周波数範囲に谷(溝)を形成して燃焼騒音を低減する技術が開示されている。このとき、周波数スペクトルにおける谷の周波数fと熱発生期間Tとの関係を実験結果から求めた関係式で記述している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2012-132371号公報
【文献】特開2009-270460号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
圧縮着火式内燃機関の燃焼騒音を低減するためには,燃焼室内圧力の時間微分値(クランク角微分値)dP/dθの最大値(dP/dθmax)を下げることが広く知られている。
【0007】
圧縮着火式内燃機関の熱発生率波形は、着火前に噴射された燃料が予混合燃焼を行う段階と、その後に噴射された燃料が空気と混合しながら燃焼する拡散燃焼の段階に分けられる。予混合燃焼割合が大きいとdP/dθmaxが高くなる。そこでパイロット噴射を行い、パイロット噴射による燃料をメイン噴射前に自着火させてメイン噴射の着火遅れ期間を短くしてdP/dθmaxを下げる手法がコモンレール式噴射系の登場以降に主流となった。しかしながら、高負荷運転では窒素酸化物(NOx)やスート等の排気エミッション低減のために高圧噴射を用いることが主流となり、その背反としてメイン噴射の拡散燃焼によるdP/dθmaxが高くなるという課題が生じている。
【0008】
噴射回数を多段化してパイロット噴射からメイン噴射を大きな一つのピークとして燃焼させることでdP/dθmaxを低下することを狙った技術では、噴射インターバルを狭めるために高応答型のピエゾ式インジェクタが必要となる。その結果、ソレノイド型インジェクタに比べて装置の製造コストが増大する。また、分割噴射を行うために、各噴射の開始時や終了時に実際の噴射圧が低下して微粒化が悪化し、スモークが増加する傾向にある。このスモークを低下するためにアフター噴射を併用すると燃費が悪化する。
【0009】
また、燃焼騒音スペクトルに谷を形成して燃焼騒音低減を狙った技術では、谷が生じる周波数は実験結果からの関係式で記述されている。しかしながら、燃焼騒音スペクトルに谷が生じる機構についての知見は示されていない。また、2kHzから5kHzの周波数帯域において谷を形成することを狙っており、圧縮着火式エンジンの高負荷運転時の燃焼で問題となる2kHz以下の周波数帯域における成分を低減させるものではない。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の1つの態様は、燃料を筒内に噴射して自着火により燃焼させる圧縮着火式エンジンであって、1サイクル中にパイロット噴射による燃料が着火した後にメイン噴射による燃料の噴射を行い、メイン噴射によって噴射された燃料が燃焼するメイン燃焼における熱発生率dQ/dθの立ち上がり波形がピークを迎えるまで略直線となるようにメイン噴射の燃料噴射率を制御し、燃焼室内圧力Pの時間微分値の立ち上がり開始時期からピーク時期までの周波数スペクトルにおいて2kHz以下の周波数帯域において谷を形成することで燃焼騒音を低減させることを特徴とする圧縮着火式エンジンである。
【0011】
ここで、メイン燃焼の熱発生開始時期tst、熱発生開始時期tstと熱発生率ピーク時期との間隔tup、熱発生率ピーク高さdQ/dθmaxとしたときに、熱発生率dQ/dθの時間変化において熱発生率ピーク時期(tst+tup)及び熱発生率dQ/dθが0を中心点とし、熱発生率の軸方向の径をdQ/dθmaxとし、時間軸方向の径を間隔tupの0.6倍とした楕円と、熱発生開始時期tst及び熱発生率dQ/dθが0を通り前記楕円と接する接線とで構成される熱発生率dQ/dθの波形以下の熱発生率dQ/dθの波形をもつという第1の条件を満たすことが好適である。
【0012】
また、メイン燃焼の熱発生開始時期tstから熱発生率ピーク時期(tst+tup)までの燃焼室内圧力Pの時間微分を直線とするような熱発生率dQ/dθの波形以上の熱発生率dQ/dθの波形をもつという第2の条件を満たすことが好適である。
【0013】
また、前記第1の条件及び前記第2の条件を満たすようにパイロット噴射及びメイン噴射を制御することが好適である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、燃焼騒音を効果的に低減することができる圧縮着火式エンジンを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明の実施の形態における圧縮着火式エンジンの構成を示す図である。
図2】圧縮着火式エンジンのクランク角に対する熱発生率の変化を示す図である。
図3】圧縮着火式エンジンのクランク角に対する燃焼室内圧力の時間微分の変化を示す図である。
図4】燃焼騒音の周波数スペクトルを解析した結果を示す図である。
図5】燃焼騒音の周波数スペクトルを解析した結果を示す図である。
図6】燃焼騒音の周波数スペクトルを解析した結果を示す図である。
図7】圧縮着火式エンジンのクランク角に対する熱発生率の変化を示す図である。
図8】燃焼騒音の周波数スペクトルを解析した結果を示す図である。
図9】燃焼騒音の周波数スペクトルにおいて谷が生じる熱発生率立ち上がり波形を示す図である。
図10】熱発生率の波形を示す図である。
図11】燃焼室内圧力Pの時間微分の波形を示す図である。
図12】燃焼騒音の周波数スペクトルを示す図である。
図13】全周波数範囲において積算したオーバーオール燃焼騒音値を示す図である。
図14】周波数範囲を1~5kHzに限定した部分的積算燃焼騒音値を示す図である。
図15】試験に用いたエンジン諸元と試験条件を示す図である。
図16】クランク角に対する燃料の噴射パターンを示す図である。
図17】運転試験における熱発生率の波形を示す図である。
図18】運転試験における燃焼騒音の周波数スペクトルを示す図である。
図19】クランク角に対する燃料の噴射パターンの別例を示す図である。
図20】運転試験における熱発生率の波形の別例を示す図である。
図21】運転試験における燃焼騒音の周波数スペクトルの別例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の実施の形態における圧縮着火式エンジン100は、図1に示すように、エンジン10及びコントローラ102を含んで構成される。
【0017】
エンジン10は、既知のように、シリンダ12とシリンダヘッド14とピストン16とを備える。シリンダ12、シリンダヘッド14及びピストン16によって形成される燃焼室に対して吸気ポート18および排気ポート20が設けられる。吸気ポート18は吸気弁22によって開閉され、排気ポート20は排気弁24によって開閉される。燃料噴射弁26は、シリンダヘッド14に設けられる。燃料噴射弁26は、燃焼室内に燃料を供給できるように配置される。燃料噴射弁26は、コモンレール式の燃料噴射手段(図示しない)に接続されており、燃焼室内に高圧の燃料が噴射できるように構成されている。燃料噴射弁26はピエゾ駆動型、直動駆動型などの高応答に噴射回数・量などを変更できる構成、又はノズルニードルのリフト量等を制御して噴射率を可変できる構成とすることが望ましい。
【0018】
本実施の形態では、燃料噴射弁26からの燃料制御は、マイクロコンピュータを利用して構成されたコントローラ102で行われる。コントローラ102には、少なくともエンジン10での燃焼状態を示す状態量(燃料噴射量、負荷(アクセル開度や過給圧)、エンジン回転数、燃焼室内圧力、酸素モル濃度等)を検出する各センサ等からの信号が入力される。コントローラ102は、各センサから入力された燃焼の状態量を把握し、もしくは計算により燃焼の状態量を予測または補正し、これらの状態量に応じて燃料噴射弁26からの燃料噴射(燃料噴射タイミング、燃料噴射量、燃料噴射率、噴燃料噴射回数等)が最適になるように制御する。
【0019】
燃料噴射は、予混合燃焼用となるパイロット噴射と、拡散燃焼用となるメイン噴射とを組み合わせて行われる。メイン噴射は、圧縮上死点(TDC)付近からTDC後の膨張行程に掛けて拡散燃焼が行われるようにその噴射タイミングが設定される。メイン噴射は、エンジン10において要求トルクを発生させるために行われる。パイロット噴射は、TDCよりも前に行われる。パイロット噴射は、メイン噴射の着火遅れ期間を短縮させ、燃焼騒音を低下させるために行われる。
【0020】
図2は、圧縮着火式エンジン100のクランク角(Crank Angle)に対する熱発生率(ROHR)の変化の例を示す。また、図3は、圧縮着火式エンジン100のクランク角(Crank Angle)に対する燃焼室内圧力Pの変化を示す燃焼室内圧力Pの時間微分(dP/dθ)を示す。ここでは、クランク角に対して立ち上がりが直線となる三角形状の熱発生率の変化となるように燃焼が生じ、その立ち上がり幅tup(=2.5°、3.5°、5.0°、7.5°)を変更した例を示している。なお、圧縮着火式エンジン100では、クランク角は時間に応じて変化するので、以下の説明においてクランク角を時間に置き換えてもよい。
【0021】
図4図6は、図2に示す立ち上がり幅tup(=2.5°、3.5°、5.0°、7.5°)の熱発生率の変化を生じたときの燃焼騒音の周波数スペクトルを解析した結果を示す。図4図6に示すように、立ち上がりが直線となる三角形状の熱発生率波形で燃焼するとき、その立ち上がり幅tupを周期とする周波数を中心にして燃焼騒音の周波数スペクトルに谷が生じることが発明者らの研究で判明した。圧力微分(dP/dq)波形の上昇期間に最もフィットする周波数を基本波(x1)とするとき,圧力微分(dP/dq)波形に最もフィットしない2倍波(x2,周期=tup)がスペクトルで谷の中心となる。熱発生率ピーク高さdQ/dθmaxを固定したまま立ち上がり幅tupを大きくしていくと、燃焼騒音の周波数スペクトルの谷が低周波数側へ移動し、4倍波(x4)、6倍波(x6)を中心とした谷も現れる。これに伴って、全周波数範囲(オーバーオール)の燃焼騒音が低下する。
【0022】
図7は、圧縮着火式エンジン100のクランク角(Crank Angle)に対する熱発生率(ROHR)の変化の例を示す。ここでは、クランク角に対して立ち下がりが直線となる三角形状の熱発生率の変化となるように燃焼が生じ、その立ち下がり幅及びピーク状態の維持時間を変更した例を示している。図8は、図7に示す立ち下がり波形を有する熱発生率の変化を生じたときの燃焼騒音の周波数スペクトルを解析した結果を示す。図8に示すように、燃焼騒音の周波数スペクトルの谷が生じる周波数は熱発生率の立ち上がり側の変化によって決まり、立ち下がり側の波形を変えても変化しないことが判明した。
【0023】
実際のエンジン燃焼では三角形状の熱発生率波形が生じることは無く、熱発生率波形のピークが丸くなり、立ち上がり波形も直線ではなく凹凸が生じる。立ち上がり波形が直線から変化していくと燃焼騒音スペクトルの谷が不明瞭になっていき、消滅する傾向がある。発明者らの研究によって、立ち上がりの波形を変えても燃焼騒音スペクトルに谷が生じる条件・範囲が判明した。
【0024】
図9は、燃焼騒音の周波数スペクトルにおいて谷が生じる熱発生率立ち上がり波形の上限を示している。燃焼騒音の周波数スペクトルにおいて谷が生じる熱発生率立ち上がり波形は、横軸をクランク角θ(時間)、縦軸を熱発生率dQ/dθとする2次元座標系において、横軸上の熱発生率ピーク時期(t=tst+tup、0)を中心とし高さ方向半径をdQ/dθmaxとし横方向半径をtupの0.6倍とする楕円(破線)と、熱発生開始時期tst(熱発生率dQ/dθ=0)を通り当該楕円の左上部と接する接線とで構成される線に重なる若しくはその下側を通る波形である(条件1)。ここで、メイン燃焼の熱発生開始時期tstと熱発生率ピーク時期tとの間隔tup、熱発生率ピーク高さdQ/dθmaxとする。
【0025】
また、図9は、燃焼騒音の周波数スペクトルにおいて谷が生じる熱発生率立ち上がり波形の下限を示している。上記条件の座標(tst、0)、(tst+tup、dQ/dθmax)を結ぶ直線を1辺とする三角形波形の熱発生率dQ/dθから燃焼室内圧力を算出すると、燃焼室内圧力Pの時間微分dP/dθの波形は時期tstと熱発生率ピーク時期t(間隔tst+up)との間で左上側に反った曲線となる。燃焼騒音の周波数スペクトルにおいて谷が生じる熱発生率立ち上がり波形の下限は、時期tstの点と熱発生率ピーク時期t(間隔tst+up)の点を直線で結んだ燃焼室内圧力Pの時間微分dP/dθの波形に相当する熱発生率dQ/dθの波形に重なる若しくはその上側を通る波形である(条件2)。
【0026】
図10図11及び図12は、上記条件1の定義で用いた楕円とその接線で熱発生率dQ/dθの立ち上がり波形を表現し、楕円の横軸方向の長さをパラメータにした場合の熱発生率dQ/dθの波形、燃焼室内圧力Pの時間微分dP/dθの波形、燃焼騒音スペクトルをそれぞれ示す。エンジン回転数は1600rpm、熱発生上昇期間tupはクランク角θ=7.5°、燃焼騒音スペクトルの谷を1.33kHz付近に形成させるようにした。横方向半径をa×tupで定義し、係数aを0から1の間で変化させた。また、燃焼室内圧力Pの時間微分dP/dθの波形の最大値が固定となるように燃焼噴射量を調整した。
【0027】
係数aが大きくなると、燃焼室内圧力Pの時間微分dP/dθの波形のピーク付近の波形が尖った形状から丸くなっていき、ピーク位置がやや進角側へ移動する。燃焼騒音スペクトルの谷が最も深くなる周波数は熱発生率dQ/dθの上昇期間tupではなく燃焼室内圧力Pの時間微分dP/dθの上昇期間で決まるため、係数aが大きくなると谷の周波数が高周波側へシフトし、谷が浅く広くなる。係数aが0.6までは明確な谷を形成したが、係数aが0.7になると谷が消滅した。
【0028】
図13及び図14は、積算する周波数範囲を限定せず、全周波数範囲において積算したオーバーオール燃焼騒音値と、積算する周波数範囲を1~5kHzに限定した部分的積算燃焼騒音値を示す。燃焼騒音の周波数スペクトルにおいて谷が消える係数a=0.7から徐々に係数aを小さくしていくと、オーバーオール燃焼騒音値は約0.5dBA低減した。低減幅が小さい理由は、燃焼騒音の周波数スペクトルにおいて1kHz以下では値が高く、当該1kHz以下の周波数範囲も含めて積算しているためである。熱発生率dQ/dθの波形を変化させたときに燃焼騒音の周波数スペクトルにおける値が大きく変化するのは1kHz以上の周波数範囲である。したがって、オーバーオール燃焼騒音値は、1kHz以下の周波数範囲によって熱発生率dQ/dθの波形の変化に伴う燃焼騒音の低減に対して感度が鈍る傾向がある。そこで、オーバーオール燃焼騒音値に代わって周波数範囲を限定して燃焼騒音値を算出する手法が近年用いられている。周波数範囲を1~5kHzに限定して燃焼騒音値を積算すると、燃焼騒音スペクトル上の谷が積算範囲の左端に位置するため、谷の有無によって積算した燃焼騒音値が大きく変化し、谷が生じない係数a=0.7からa=0.5まで下げると約1.6dBA低下した。このように、燃焼騒音スペクトルの積算範囲左端付近に谷を形成することで周波数範囲の部分的積算燃焼騒音値を低下させることができる。
【0029】
次に、実際に4気筒エンジンを用いた試験で得た結果を示す。図15は、試験に用いたエンジン諸元と試験条件を示す。また、図16は、クランク角θに対する燃料の噴射パターンを示す。上死点(TDC)から-35°付近において5mm/st及び-7.8°付近において1.8mm/stの2回のパイロット噴射を行い、その後、0.9°付近でメイン噴射を行うことで合計66mm/stの燃料噴射とした。
【0030】
図17は、熱発生率dQ/dθの波形を示す。この熱発生率dQ/dθの波形は、エンジン筒内の圧力波形を3kHzのローパスフィルタを通して高周波成分を除去してから算出した波形である。2回のパイロット噴射で合計6.8mm/stの燃料噴射が行われており、このパイロット燃料の燃焼によって明瞭な熱発生率dQ/dθのピークが上死点(TDC)前のクランク角θ=5°において形成された。このパイロット燃焼によって温度が十分上昇し、メイン燃焼の着火遅れは極めて短く、メイン噴射の開始直後から直線状に熱発生率dQ/dθが立ち上がった。この運転条件での熱発生率dQ/dθの立ち上がり波形は、図9で示した条件1と条件2を満たす波形となった。
【0031】
図18の実線は、当該運転条件における燃焼騒音の周波数スペクトルを示す。熱発生率dQ/dθの立ち上がり期間は7°である。これは、エンジン回転数が1600rpmであるので0.73msに相当する。この期間から算出される谷の周波数は1.37kHzとなる。しかしながら、パイロット噴射とメイン噴射の2つの熱発生率dQ/dθのピークを持つ燃焼室内圧力波形から算出される燃焼騒音の周波数スペクトル(実線)には、1.37kHzに谷が生じず、やや低周波数側に谷がシフトした。この理由は2つの熱発生率ピーク間によって生じる相殺と増幅が重なり合うためである。すなわち、メイン噴射による熱発生率dQ/dθの立ち上がり期間tupによって生じる1.37kHzの左側には、2つのピーク間隔Δtが周期の1.5倍に相当する周波数成分が相殺して生じる谷があり、右側にはΔtが周期の2倍に相当する周波数成分が増幅する山が生じる。したがって、メイン噴射に伴う燃焼による熱発生率dQ/dθの立ち上がり期間tupによって生じる谷を燃焼騒音の周波数スペクトルで示すには、メイン噴射の熱発生率dQ/dθのみを抽出した0次元サイクルシミュレーションが必要となる。図18の破線は、メイン噴射の熱発生のみから算出した燃焼騒音の周波数スペクトルを示す。メイン噴射の熱発生のみから算出した燃焼騒音の周波数スペクトルでは、熱発生率dQ/dθの立ち上がり期間tupにおいて生じる谷が1.37kHzを中心にして深く明瞭に形成された。
【0032】
次に、図15に示したエンジン試験で、噴射量を増したエンジントルクを高くした試験で得た結果を示す。図19に噴射条件を示す。主にメイン噴射量を増やして合計97.7mm3/stの燃焼噴射とした。図20は、熱発生率dQ/dθの波形を示す。この運転条件でのメイン噴射による熱発生率dQ/dθの立ち上がり波形は、クランク角θ=0°から直線状に立ち上がるが、クランク角θ=9°でのピークの前後は波形が丸くなっており、図9で示した条件1にほぼ重なる波形となった。図21の実線は、当該運転条件における燃焼騒音の周波数スペクトルを示す。熱発生率dQ/dθの立ち上がり期間は9°である。これは、エンジン回転数が1600rpmであるので0.94msに相当する。この期間から算出される谷の周波数は1.07kHzとなる。図21の破線は、メイン噴射の熱発生のみから算出した燃焼騒音の周波数スペクトルを示す。メイン噴射の熱発生のみから算出した燃焼騒音の周波数スペクトルでは、熱発生率dQ/dθの立ち上がり期間tupによって生じる谷が、期間tupから算出される1.07kHzを中心とした周波数には形成されず、1.4kHz中心にして深く形成された。この0.33kHzの谷の高周波数側へのシフトは、図12が示すようにdQ/dθのピークが丸くなることによる高周波数側へのシフトであると考えられる。
【0033】
以上のように、本発明の実施の形態によれば、燃焼騒音を効果的に低減することができる圧縮着火式エンジンを提供することができる。
【符号の説明】
【0034】
10 エンジン、12 シリンダ、14 シリンダヘッド、16 ピストン、18 吸気ポート、20 排気ポート、22 吸気弁、24 排気弁、26 燃料噴射弁、100 圧縮着火式エンジン、102 コントローラ。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
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図19
図20
図21