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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-21
(45)【発行日】2022-09-30
(54)【発明の名称】化学研磨液及び化学研磨方法
(51)【国際特許分類】
   C23F 3/06 20060101AFI20220922BHJP
【FI】
C23F3/06
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021024334
(22)【出願日】2021-02-18
(65)【公開番号】P2022126319
(43)【公開日】2022-08-30
【審査請求日】2021-02-18
(73)【特許権者】
【識別番号】599009363
【氏名又は名称】三愛オブリテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107984
【弁理士】
【氏名又は名称】廣田 雅紀
(74)【代理人】
【識別番号】100182305
【弁理士】
【氏名又は名称】廣田 鉄平
(74)【代理人】
【識別番号】100096482
【弁理士】
【氏名又は名称】東海 裕作
(74)【代理人】
【識別番号】100131093
【弁理士】
【氏名又は名称】堀内 真
(74)【代理人】
【識別番号】100150902
【弁理士】
【氏名又は名称】山内 正子
(74)【代理人】
【識別番号】100141391
【弁理士】
【氏名又は名称】園元 修一
(74)【代理人】
【識別番号】100221958
【弁理士】
【氏名又は名称】篠田 真希恵
(74)【代理人】
【識別番号】100192441
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 仁
(72)【発明者】
【氏名】塩野入 正和
【審査官】瀧口 博史
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/050204(WO,A1)
【文献】特開2011-127140(JP,A)
【文献】特開昭48-052638(JP,A)
【文献】特開昭48-092230(JP,A)
【文献】特開昭49-109296(JP,A)
【文献】米国特許第05810938(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23F 3/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
過酸化水素、フッ化水素アンモニウム、フェニルグリコールエーテル類及び塩化物イオンを含む、モリブデン、クロム及びニッケルから選ばれる少なくとも1種を含有する合金鋼の化学研磨に用いるための化学研磨液。
【請求項2】
過酸化水素の含有量が4~25質量%であることを特徴とする請求項1記載の化学研磨液。
【請求項3】
フッ化水素アンモニウムの含有量が0.5~10質量%であることを特徴とする請求項1又は2記載の化学研磨液。
【請求項4】
フェニルグリコールエーテル類の含有量が0.1~5質量%であることを特徴とする請求項1~のいずれか記載の化学研磨液。
【請求項5】
塩化物イオンの含有量が0.001~5質量%であることを特徴とする請求項1~のいずれか記載の化学研磨液。
【請求項6】
モリブデン、クロム及びニッケルから選ばれる少なくとも1種を含有する合金鋼表面の化学研磨方法であって、請求項1~のいずれか記載の化学研磨液を前記合金鋼表面に接触させることを特徴とする化学研磨方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属の化学研磨に用いられる化学研磨液及び金属の化学研磨方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素鋼や合金鋼は、様々な産業分野で用いられている重要な鉄材である。そのなかでもSCM(クロムモリブデン鋼)、AISI-P20やP21相当のプラスチック金型鋼、低熱膨張率が特徴であるFe-Ni36%のインバー(登録商標)、初透磁率が大きいことが特徴であるパーマロイのなかでも鉄含有量が50質量%を超え真空装置でも使用されるパーマロイB及びD、核融合炉への用途が有望な低放射化フェライト鋼等の合金鋼は、用途によって表面の平滑性や清浄性が要求される。しかしながら、様々かつ複雑な形状に加工成型された部品等の全面を容易に平滑化することは困難であり、手作業で磨かれている場合も未だ多くコストや作業時間が非常に長いという問題が存在する。そのため、適切な表面処理の開発が要望されている。
【0003】
上記のような課題に応えるため、複数の化学研磨液が開発されてきているが、毒物であるフッ化水素酸を含有するものが多いといった問題がある(特許文献1)。
【0004】
また、毒物であるフッ化水素酸の代わりにフッ化水素アンモニウムと過酸化水素を含有させた化学研磨液が提案されているが(特許文献2)、構成成分を考慮すると弱酸であるため、鉄は溶解させうるが、合金鋼中の耐食性の高い添加成分(CrやMo等)を溶解させる効果は期待できなく、添加成分が偏析しているような場合、微視的な凹凸が発生してしまい、平滑化の達成に問題が生じる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第3105975号
【文献】特許第3144280号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、金属の表面を平滑化できる化学研磨液及び化学研磨方法を提供することにある。また、本発明の課題は、金属の表面を平滑化及び光沢化できる化学研磨液及び化学研磨方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、金属を化学研磨するための化学研磨液の開発を目指して検討を開始した。化学研磨液の組成を鋭意検討したところ、過酸化水素及びフッ化水素アンモニウムに加え、ジエチレングリコールモノフェニルエーテル等のフェニルグリコールエーテル類と塩化物イオンを配合することにより、フッ化水素酸を用いなくても極めて優れた化学研磨特性を発揮することを見いだした。この組成からなる化学研磨液は、金属の表面を平滑化や光沢化することに優れ、特に合金鋼の表面を平滑化し光沢化することに優れるものであった。
【0008】
すなわち、本発明は以下に示す事項により特定されるものである。
(1)過酸化水素、フッ化水素アンモニウム、フェニルグリコールエーテル類及び塩化物イオンを含有する化学研磨液。
(2)モリブデン、クロム及びニッケルから選ばれる少なくとも1種を含有する合金鋼の化学研磨に用いるための上記(1)記載の化学研磨液。
(3)過酸化水素の含有量が5~20質量%であることを特徴とする上記(1)又は(2)記載の化学研磨液。
(4)フッ化水素アンモニウムの含有量が0.5~10質量%であることを特徴とする上記(1)~(3)のいずれか記載の化学研磨液。
(5)フェニルグリコールエーテル類の含有量が0.1~5質量%であることを特徴とする上記(1)~(4)のいずれか記載の化学研磨液。
(6)塩化物イオンの含有量が0.001~5質量%であることを特徴とする上記(1)~(5)のいずれか記載の化学研磨液。
(7)金属表面の化学研磨方法であって、上記(1)~(6)のいずれか記載の化学研磨液を前記金属表面に接触させることを特徴とする化学研磨方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の化学研磨液を用いて化学研磨処理を行うと、効率的に金属表面を平滑化できる。また、本発明の化学研磨液を用いて化学研磨処理を行うと、金属表面を平滑化に加えて光沢化できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1(a)は、本発明の実施例3でのフライス切削加工されたSCM440板の化学研磨面の走査電子顕微鏡像であり、(c)は化学研磨前のフライス切削面の走査電子顕微鏡像であり、(b)は化学研磨後の表面粗度曲線であり、(d)は化学研磨前の表面粗度曲線である。
図2図2(a)は、本発明の実施例27でのフライス切削加工された低放射化フェライト鋼(F82H)板の化学研磨面の走査電子顕微鏡像であり、(c)は化学研磨前のフライス切削面のF82Hの走査電子顕微鏡像であり、(b)は化学研磨後の表面粗度曲線であり、(d)は化学研磨前の表面粗度曲線である。
図3図3(a)、本発明の実施例28でのフライス切削加工されたプラスチック金型鋼HPM1(登録商標)板の化学研磨面の走査電子顕微鏡像であり、(c)は化学研磨前のフライス加工面のHPM1の走査電子顕微鏡像であり、(b)は化学研磨後の表面粗度曲線であり、(d)は化学研磨前の表面粗度曲線である。
図4図4(a)は、本発明実施例29でのフライス切削加工されたプラスチック金型鋼CENA1(登録商標)の化学研磨面の走査電子顕微鏡像であり、(c)は化学研磨前のフライス切削面のCENA1の走査電子顕微鏡像であり、(b)は化学研磨後の表面粗度曲線であり、(d)は化学研磨前の表面粗度曲線である。
図5図5(a)は、本発明実施例30でのフライス切削加工されたプラスチック金型鋼NAK55(登録商標)の化学研磨面の走査電子顕微鏡像であり、(c)は化学研磨前のフライス切削面のNAK55の走査電子顕微鏡像であり、(b)は化学研磨後の表面粗度曲線であり、(d)は化学研磨前の表面粗度曲線である。
図6図6(a)は、本発明の実施例31でのフライス切削加工されたインバー(登録商標)の化学研磨面の走査電子顕微鏡像であり、(c)は化学研磨前のフライス切削面のインバーの走査電子顕微鏡像であり、(b)は化学研磨後の表面粗度曲線であり、(d)は化学研磨前の表面粗度曲線である。
図7図7(a)は、本発明の実施例32でのフライス切削加工されたパーマロイB板の化学研磨面の走査電子顕微鏡像であり、(c)は化学研磨前のフライス切削面のパーマロイBの走査電子顕微鏡像であり、(b)は化学研磨後の表面粗度曲線であり、(d)は化学研磨前の表面粗度曲線である。
図8図8(a)は、本発明の比較例1でのフライス切削加工されたSCM440板の化学研磨面の走査電子顕微鏡像であり、(c)は化学研磨前のフライス切削面の走査電子顕微鏡像であり、(b)は化学研磨後の表面粗度曲線であり、(d)は化学研磨前の表面粗度曲線である。
図9図9(a)は、本発明の比較例2でのフライス切削加工されたSCM440板の化学研磨面の走査電子顕微鏡像であり、(c)は化学研磨前のフライス切削面の走査電子顕微鏡像であり、(b)は化学研磨後の表面粗度曲線であり、(d)は化学研磨前の表面粗度曲線である。
図10図10(a)は、本発明の比較例3でのフライス切削加工されたSCM440板の化学研磨面の走査電子顕微鏡像であり、(c)は化学研磨前のフライス切削面の走査電子顕微鏡像であり、(b)は化学研磨後の表面粗度曲線であり、(d)は化学研磨前の表面粗度曲線である。
図11図11(a)は、本発明の比較例5でのフライス切削加工されたSCM440板の化学研磨面の走査電子顕微鏡像であり、(c)は化学研磨前のフライス切削面の走査電子顕微鏡像であり、(b)は化学研磨後の表面粗度曲線であり、(d)は化学研磨前の表面粗度曲線である。
図12図12(a)は、本発明の比較例6でのフライス切削加工されたHPM1板の化学研磨面の走査電子顕微鏡像であり、(c)は化学研磨前のフライス切削面の走査電子顕微鏡像であり、(b)は化学研磨後の表面粗度曲線であり、(d)は化学研磨前の表面粗度曲線である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の化学研磨液は、過酸化水素、フッ化水素アンモニウム、フェニルグリコールエーテル類及び塩化物イオンを含有することが特徴である。本発明におけるフェニルグリコールエーテル類としては、特に限定されないが、例えば、エチレングルコールモノフェニルエーテル、ジエチレングリコールモノフェニルエーテル、トリエチレングリコールモノフェニルエーテル、テトラエチレングリコールモノフェニルエーテル、ペンタエチレングリコールモノフェニルエーテル、プロピレングリコール2-モノフェニルエーテル等を挙げることができる。これらを単独で用いてもよいし、2種以上を混合して用いてもよい。なかでも、化学研磨特性の向上、入手の容易さ及び価格の適切さの観点からエチレングリコールモノフェニルエーテル及びジエチレングリコールモノフェニルエーテルから選ばれる少なくとも1種が好ましい。フェニルグリコールエーテル類はその強いキレート作用によって、化学研磨液中に研磨対象の金属から溶解した遷移金属イオンを捕獲し、遷移金属イオンの触媒作用による過酸化水素の分解を抑制させる効果がある。しかしながら、研究の結果それだけでなく、金属の化学研磨面の光沢性を向上させる効果が見いだされた。
【0012】
本発明における塩化物イオンの供給源としては、特に限定されないが、塩酸、塩化鉄(II)、塩化鉄(III)、その他塩素の金属塩等の無機塩化物などを挙げることができる。金属へのエッチング力及び化学研磨液のpHの低減(酸性度の維持)を考慮すると塩酸、塩化鉄(II)及び塩化鉄(III)から選ばれる少なくとも1種が好ましい。本発明における他の成分に加えて塩化物イオンを含むことにより、本発明の化学研磨液は、モリブデン、クロム、ニッケル等の耐食性の高い成分を含む合金鋼に適用した場合であっても、化学研磨液で溶解されずに偏析しやすいこれらの成分の偏析部を溶解させることができるので、化学研磨処理により微視的にも平滑となり優れた光沢が得られる。例えばHPM1などMoが偏析しているような合金を化学研磨した場合、塩化物イオンが存在していないと、Mo偏析部を溶解させることができずに、顕著な凸部を発生させてしまうが、少量の塩化物イオンが存在することにより、Mo部を溶解させることができる。さらに、溶解したMoイオンがイオン化傾向に従って鉄部に析出することにより、化学研磨液による鉄部の溶解を抑制させるという、謂わば「自己腐食抑制剤」ともいうべき機能が発揮される。本発明の化学研磨液における過酸化水素の含有量は、金属表面をより平滑化する観点から、化学研磨液全体に対して4~25質量%が好ましい。また、金属表面をむらなく平滑化及び光沢化する観点と、金属表面との反応を制御しやすくする観点から、化学研磨液全体に対して5~20質量%がより好ましい。本発明の化学研磨液におけるフッ化水素アンモニウムの含有量は、金属表面と適度な反応速度を有するようにする観点と、フッ化水素アンモニウムを溶解させる観点から、化学研磨液全体に対して0.5~10質量%が好ましく、1~5質量%がより好ましい。フッ化水素アンモニウムの含有量が0.5質量%未満であると、金属の化学研磨液への溶解反応が遅くなるおそれがあり、10質量%を超えると、フッ化水素アンモニウムが化学研磨液中に完全に溶解しないおそれがある。本発明の化学研磨液におけるフェニルグリコールエーテル類の含有量は、金属表面をより光沢化させる観点と、金属表面と適度な反応速度を有するようにする観点から、化学研磨液全体に対して0.1~5質量%が好ましく、1~5質量%がより好ましい。フェニルグリコールエーテル類の含有量が0.1質量%未満であると、光沢化しにくくなるおそれがあり、5質量%を超えると、金属の化学研磨液への溶解反応が遅くなるおそれがある。本発明の化学研磨液における塩化物イオンの含有量は、金型鋼により適する観点と、孔食の発生を防止する観点から、化学研磨液全体に対して0.001~5質量%が好ましく、0.1~2.5質量%がより好ましい。塩化物イオンの含有量が0.001質量%未満であると、光沢化の効果が低くなるおそれがあり、5質量%を超えると、孔食が発生するおそれがある。本発明の化学研磨液は、モリブデン、クロム及びニッケルから選ばれる少なくとも1種を含有する合金鋼の化学研磨に特に好適に使用できる。これらの合金鋼としては特に制限されるものではないが、例えば、SCM(クロムモリブデン鋼)、SNCM(ニッケルクロムモリブデン鋼)、HPM1、CENA1、NAK55等のAISI-P20やP21相当のプラスチック金型鋼、合金工具鋼であるSKD61、インバー、パーマロイB及びD、F82H等の低放射化フェライト鋼等を挙げることができる。また、本発明の化学研磨液は、金型用の合金鋼の化学研磨に好適に使用できる。金型としては、例えばプラスチック用金型、プレス用金型、ダイカスト用金型、鋳造用金型、粉末冶金用金型等を挙げることができる。合金鋼に含まれるモリブデン、クロム及びニッケルの含有量は、各種合金鋼に通常含まれる量であれば特に制限されない。クロムの含有量が多い場合、平滑化及び光沢化の効果が低下するおそれがあるので、クロムの含有量が10質量%未満、又は7質量%未満の合金鋼が好ましい。また、平滑化及び光沢化の観点から、炭素含有量が0.5質量%未満の合金鋼が好ましい。
【0013】
本発明の化学研磨液の調製方法は、特に限定されるものではないが、例えば水等の溶媒に、過酸化水素水、フェニルグリコールエーテル類、フッ化水素アンモニウム粉末及び塩酸、塩化鉄(II)、塩化鉄(III)等の塩化物イオン源を加えて、適宜撹拌等を行うことにより調製することができる。本発明の化学研磨方法は、本発明の化学研磨液に被処理金属の表面を接触させることにより、被処理金属の表面を化学研磨する。化学研磨液と被処理面(被処理金属の表面)を接触させた状態で、必要に応じて化学研磨液又は被処理面を適宜揺動させてもよい。例えば、化学研磨液に被処理面を浸漬させ適宜揺動させてもよい。その他にも例えばパイプ状の被処理物の内面のみを化学研磨したい場合は、ポンプ等で化学研磨液を送液して処理することも可能である。また本発明の化学研磨方法による化学研磨液の温度は特に加熱しなくても研磨可能であるが、好ましくは、10℃~50℃、より好ましくは25℃~40℃に保つことが好ましい。化学研磨液温度が10℃を下回ると反応性が遅くなり、研磨効果が得られるまでの処理時間が長くなることで作業性が低下してしまう。また化学研磨液温度が50℃を上回ってしまうと、成分である過酸化水素の分解反応が促進されてしまい、化学研磨液の劣化を不必要に招いてしまう。本発明の化学研磨液と被処理面を接触させる時間は、研磨状況をみながら適宜選択できるが、例えば、1分~1時間を挙げることができる。本発明の化学研磨方法は、処理対象は金属であれば特に限定されるものではないが、モリブデン、クロム及びニッケルから選ばれる少なくとも1種を含有する合金鋼の化学研磨に特に好適に使用できる。これらの合金鋼としては特に制限されるものではないが、例えば、SCM(クロムモリブデン鋼)、SNCM(ニッケルクロムモリブデン鋼)、HPM1、CENA1、NAK55等のAISI-P20やP21相当のプラスチック金型鋼、合金工具鋼であるSKD61、インバー、パーマロイB及びD、F82H等の低放射化フェライト鋼等を挙げることができる。
【0014】
以下、本発明を実施例に基づき更に説明する。但し、本発明は実施例に示す態様に限定されるものではない。
【0015】
[評価方法]
(表面観察)
表面の評価は走査型電子顕微鏡SU3500(日立ハイテクノロジーズ社製)で観察した。
(平滑化)
表面粗さ計SURFCOM NEX001SD-12(東京精密社製)にて任意の5箇所を測定し平均値を算出して、表面粗度[Ra]を求めた。平滑化の評価は、下記式(1)で定義した表面粗度低減率が、+10%以上の場合を評価〇とし、+10%未満の場合を×とした。下記式(1)中、Ra1は化学研磨前の表面粗度を表し、Ra2は化学研磨後の表面粗度を表す。
【数1】
(光沢)
光沢に関しては目視にて金属光沢を有するか否かで評価し、金属光沢を有する場合を評価〇とし、金属光沢を有さない場合を評価×とした。
(化学研磨効果)
表面粗度[Ra]が化学研磨前に比べ改善し、かつ金属光沢が得られたものを化学研磨効果〇とし、化学研磨により表面粗度[Ra]の改善又は金属光沢が得られたものを△とし、表面粗度[Ra]の改善及び金属光沢どちらも達成できなかったものを化学研磨効果×とした。
【0016】
[実施例1~6]
(過酸化水素濃度の変更)
水に過酸化水素、フッ化水素アンモニウム、ジエチレングリコールモノフェニルエーテル及び塩酸を溶解させ、溶液中のフッ化水素アンモニウム濃度を2.5質量%、ジエチレングリコールモノフェニルエーテル濃度を3質量%、塩化物イオン濃度を0.5質量%とし、過酸化水素濃度を[表1]のとおりに変化させて実施例1~6における化学研磨液を調製した。調製した各化学研磨液約400mLをポリプロピレン製の容器に満たし、フライス加工されたSCM440板(5cm×5cm、厚さ5mm)を浸漬させて化学研磨を行った。化学研磨液の液温は30±5℃に保ち、浸漬時間を1分とした。実施例1~6の結果を[表1]に示す。
【0017】
【表1】
【0018】
[実施例7~9]
(フッ化水素アンモニウム濃度の変更)
水に過酸化水素、フッ化水素アンモニウム、ジエチレングリコールモノフェニルエーテル及び塩酸を溶解させ、溶液中の過酸化水素濃度を10質量%、ジエチレングリコールモノフェニルエーテル濃度を3質量%、塩化物イオン濃度を0.5質量%とし、フッ化水素アンモニウム濃度を[表2]のとおりに変化させて実施例7~9における化学研磨液を調製した。調製した各化学研磨液約400mLをポリプロピレン製の容器に満たし、フライス加工されたSCM440板(5cm×5cm、厚さ5mm)を浸漬させて化学研磨を行った。化学研磨液の液温は30±5℃に保ち、浸漬時間を1分とした。実施例7~9の結果を[表2]に示す。
【0019】
【表2】
【0020】
[実施例10~12]
(フェニルグリコールエーテル濃度の変更)
水に過酸化水素、フッ化水素アンモニウム、ジエチレングリコールモノフェニルエーテル及び塩酸を溶解させ、溶液中の過酸化水素濃度を10質量%、フッ化水素アンモニウム濃度を2.5質量%、塩化物イオン濃度を0.5質量%とし、ジエチレングリコールモノフェニルエーテル濃度を[表3]のとおりに変化させて実施例10~12における化学研磨液を調製した。調製した各化学研磨液約400mLをポリプロピレン製の容器に満たし、フライス加工されたSCM440板(5cm×5cm、厚さ5mm)を浸漬させて化学研磨を行った。化学研磨液の液温は30±5℃に保ち、浸漬時間を1分とした。実施例10~12の結果を[表3]に示す。
【0021】
【表3】
【0022】
[実施例13~15]
(フェニルグリコールエーテル種の変更)
水に過酸化水素、フッ化水素アンモニウム、フェニルグリコールエーテル及び塩酸を溶解させ、溶液中の過酸化水素濃度を10質量%、フッ化水素アンモニウム濃度を2.5質量%、塩化物イオン濃度を0.5質量%にしてフェニルグリコールエーテル濃度を3質量%になるように配合して[表4]のとおりにフェニルグリコールエーテルの種類を変えて実施例13~15における化学研磨液を調製した。調製した各化学研磨液約400mLをポリプロピレン製の容器に満たし、フライス加工されたSCM440板(5cm×5cm、厚さ5mm)を浸漬させて化学研磨を行った。化学研磨液の液温は30±5℃に保ち、浸漬時間を1分とした。実施例13~15の結果を[表4]に示す。
【0023】
【表4】
【0024】
[実施例16~23、比較例1~5]
(塩化物イオン濃度の変更及びその他の無機酸への変更)
水に過酸化水素、フッ化水素アンモニウム及びジエチレングリコールモノフェニルエーテル並びに塩酸、塩化鉄(III)、硫酸、硝酸又は燐酸を溶解させ、溶液中の過酸化水素濃度を10質量%、フッ化水素アンモニウム濃度を2.5質量%、ジエチレングリコールモノフェニルエーテル濃度を3質量%とし、塩化物イオン濃度を[表5]のとおりに変化させて実施例16~23及び比較例1~3における化学研磨液を調製した。比較例1~3では、それぞれ硫酸イオン、硝酸イオン、燐酸イオンの濃度が1質量%になるようにし、比較例4及び5では、酸を添加しなかった。調製した各化学研磨液約400mLをポリプロピレン製の容器に満たし、比較例1~4ではフライス加工されたSCM440板(5cm×5cm、厚さ5mm)を浸漬させて化学研磨を行い、比較例5ではHPM1の圧延薄板(5cm×5cm、厚さ5mm)を浸漬させて化学研磨を行った。化学研磨液の液温は30±5℃に保ち、浸漬時間を1分とした。実施例16~23及び比較例1~5の結果を[表5]に示す。塩酸を使用しなかった例では、硫酸、硝酸又は燐酸を使用しても平滑化も光沢化もできなかった。
【0025】
【表5】
【0026】
[実施例3、24~34]
(適用鋼種)
水に過酸化水素、フッ化水素アンモニウム、ジエチレングリコールモノフェニルエーテル及び塩酸を溶解させ、溶液中の過酸化水素濃度を10質量%、フッ化水素アンモニウム濃度を2.5質量%、ジエチレングリコールモノフェニルエーテル濃度を3質量%とし、塩化物イオン濃度を0.5質量%に調整した化学研磨液で[表6]のとおりの鋼種に対して化学研磨した際の研磨効果(実施例3、24~34)を[表6]に示す。化学研磨液の液温は35±5℃に保った。図1は実施例3の処理前と処理後の金属試料表面の電子顕微鏡による観察結果及び表面粗度測定結果であり、図2は実施例27の処理前と処理後の金属試料表面の電子顕微鏡による観察結果及び表面粗度測定結果であり、図3は実施例28の処理前と処理後の金属試料表面の電子顕微鏡による観察結果及び表面粗度測定結果であり、図4は実施例29の処理前と処理後の金属試料表面の電子顕微鏡による観察結果及び表面粗度測定結果であり、図5は実施例30の処理前と処理後の金属試料表面の電子顕微鏡による観察結果及び表面粗度測定結果であり、図6は実施例31の処理前と処理後の金属試料表面の電子顕微鏡による観察結果及び表面粗度測定結果であり、図7は実施例32の処理前と処理後の金属試料表面の電子顕微鏡による観察結果及び表面粗度測定結果である。実施例24及び25は熱処理した黒皮の存在する丸棒(断面の直径5cm、厚さ1cm)を試料とし、実施例26は熱処理した黒皮の存在する丸棒(断面の直径3cm、厚さ1cm)を試料とした。実施例27~30は圧延薄板(5cm×5cm、厚さ5mm)を試料とし、実施例31~33はフライス加工された板(10cm×10cm、厚さ1cm)を試料とした。実施例34は熱処理した黒皮の存在する丸棒(断面の直径5cm、厚さ1cm)を試料とした。実施例の結果から本発明の化学研磨液を使用すると、耐食成分の偏析部が残らず微視的にも平滑化及び光沢化が達成できる。
【0027】
【表6】
【0028】
また、表7に実施例1~34及び比較例1~5の化学研磨前後の表面粗度[Ra]、表面粗度低減率及び化学研磨効果についてまとめたものを示す。実施例1~34では、+20%以上の表面粗度低減率となり、平滑化の評価が〇となる表面粗度低減率+10%以上をいずれも上回っていた。
【0029】
【表7】
【0030】
また表8に各鋼材の主要成分と化学研磨の効果についてまとめたものを示す。
【0031】
【表8】
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明の化学研磨液及び化学研磨方法は、限定されるものではないが、炭素含有量が0.5質量%未満鉄鋼、SCM、AISI-P20やP21相当のプラスチック金型鋼、インバー、パーマロイB及びD、合金鋼や低放射化フェライト鋼を効率よく化学研磨でき、これらの金属表面を平滑化、光沢化できるので、例えば、流体輸送用の羽根車表面を平滑化することによる輸送効率の向上、様々な接合方法による接合力の向上が期待できる。また、有機ELパネル製造装置内で蒸着マスクに用いられるインバーの清浄性向上やバリ除去、パーマロイ製磁気シールドチャンバー、部品の清浄性や真空性能向上といった様々な産業分野での表面処理に好適に用いることができる。
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