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特許7145533エミッタ、それを用いた電子銃および電子機器
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-22
(45)【発行日】2022-10-03
(54)【発明の名称】エミッタ、それを用いた電子銃および電子機器
(51)【国際特許分類】
   H01J 37/06 20060101AFI20220926BHJP
   H01J 1/304 20060101ALI20220926BHJP
【FI】
H01J37/06 A
H01J1/304
【請求項の数】 19
(21)【出願番号】P 2020569462
(86)(22)【出願日】2020-01-06
(86)【国際出願番号】 JP2020000027
(87)【国際公開番号】W WO2020158297
(87)【国際公開日】2020-08-06
【審査請求日】2021-07-09
(31)【優先権主張番号】P 2019013714
(32)【優先日】2019-01-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000855
【氏名又は名称】弁理士法人浅村特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ザン ハン
(72)【発明者】
【氏名】唐 捷
(72)【発明者】
【氏名】藤田 大介
(72)【発明者】
【氏名】山内 泰
(72)【発明者】
【氏名】秦 禄昌
【審査官】藤本 加代子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2010/123007(WO,A1)
【文献】特開2016-110748(JP,A)
【文献】特開2005-063802(JP,A)
【文献】特開2006-031976(JP,A)
【文献】特開2007-287401(JP,A)
【文献】特開2009-026710(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 37/06
H01J 37/063
H01J 37/073
H01J 9/02
H01J 1/304
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
陰極ホルダと、前記陰極ホルダの端部に固定された針状物質とを備えたエミッタであって、
前記針状物質が固定される前記陰極ホルダの端部は、前記陰極ホルダの長手方向である陰極軸に対してなす角α(ただし、α(°)は、5<α≦70を満たす)で屈曲しており、
前記針状物質は、単結晶ナノワイヤまたはナノチューブであり、
前記陰極ホルダの前記端部の厚さT(μm)と、前記針状物質が前記端部からはみ出す長さL(μm)との関係L/Tは、0.3≦L/T≦2.5を満たす、エミッタ。
【請求項2】
前記なす角α(°)は、10≦α≦40を満たし、
前記関係L/Tは、0.5≦L/T≦2.5を満たす、請求項1に記載のエミッタ。
【請求項3】
前記なす角α(°)は、10≦α≦15を満たす、請求項2に記載のエミッタ。
【請求項4】
前記陰極軸の方向と、前記針状物質の端部が電子を放出する方向とのなす角θ(°)は、0≦θ<4を満たす、請求項1~3のいずれかに記載のエミッタ。
【請求項5】
前記なす角θ(°)は、0≦θ≦3を満たす、請求項4に記載のエミッタ。
【請求項6】
前記針状物質は、1nm以上200nm以下の範囲の直径、および、500nm以上30μm以下の範囲の長さを有する、請求項1~5のいずれかに記載のエミッタ。
【請求項7】
前記単結晶ナノワイヤは、希土類ホウ化物、金属炭化物および金属酸化物からなる群から選択されるいずれかである、請求項1~6のいずれかに記載のエミッタ。
【請求項8】
前記単結晶ナノワイヤは、LaB6である希土類ホウ化物であり、
前記単結晶ナノワイヤの長手方向は、<100>の結晶方向に一致し、
前記単結晶ナノワイヤの電子を放出すべき端部は、少なくとも{100}面、{110}面および{111}面を有する、請求項7に記載のエミッタ。
【請求項9】
前記単結晶ナノワイヤは、HfCである金属炭化物であり、
前記単結晶ナノワイヤの長手方向は、<100>の結晶方向に一致し、
前記単結晶ナノワイヤの電子を放出すべき端部は、少なくとも{111}面および{110}面を有する、請求項7に記載のエミッタ。
【請求項10】
前記ナノチューブは、カーボンナノチューブ、窒化ホウ素ナノチューブおよび炭窒化ホウ素ナノチューブからなる群から選択されるいずれかである、請求項1~6のいずれかに記載のエミッタ。
【請求項11】
前記陰極軸と前記針状物質の電子を放出する端部との距離d(μm)は、5≦d≦50を満たす、請求項1~10のいずれかに記載のエミッタ。
【請求項12】
前記距離d(μm)は、6≦d≦40を満たす、請求項11に記載のエミッタ。
【請求項13】
前記針状物質の電子を放出する端部は、先細りの形状を有する、請求項1~12のいずれかに記載のエミッタ。
【請求項14】
前記陰極ホルダは、タンタル(Ta)、タングステン(W)およびレニウム(Re)から選択されるいずれかの金属からなる、請求項1~13のいずれかに記載のエミッタ。
【請求項15】
電極と、
前記電極に接続されたフィラメントと、
前記フィラメントに取り付けられた、請求項1~14のいずれかに記載のエミッタと
を備えた電子銃。
【請求項16】
前記フィラメントは、タングステン(W)、タンタル(Ta)、プラチナ(Pt)、レニウム(Re)およびカーボン(C)からなる群から選択された金属からなる、請求項15に記載の電子銃。
【請求項17】
前記電子銃は、冷陰極電界放出電子銃またはショットキー電子銃である、請求項15または16に記載の電子銃。
【請求項18】
電子銃を備えた電子機器であって、
前記電子銃は、請求項15~17のいずれかに記載の電子銃である、電子機器。
【請求項19】
前記電子機器は、走査型電子顕微鏡、透過型電子顕微鏡、走査型透過電子顕微鏡、オージェ電子分光器、電子エネルギー損失分光器、および、エネルギー分散型電子分光器からなる群から選択されるいずれかである、請求項18に記載の電子機器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エミッタ、それを用いた電子銃および電子機器に関する。
【背景技術】
【0002】
高分解能かつ高輝度な観察画像を得るために、電子顕微鏡における電子銃や集束イオンビーム装置におけるイオン源や電子源には、先鋭化した針状電極が用いられ、種々の改良がされてきた。
【0003】
廉価な多結晶のタングステンエミッタを用いた集束イオンビーム装置の光源(イオン源)が知られている(例えば、特許文献1を参照)。特許文献1によれば、多結晶タングステンワイヤの先端を35度折り曲げたり(特許文献1の図5(A))、傾斜させたり(特許文献1の図5(B))、多結晶タングステンワイヤの胴部を折り曲げたり(特許文献1の図1)することによって、高輝度ビームを放出することを開示する。
【0004】
また、タングステン単結晶を用いた電子源が知られている(例えば、特許文献2を参照)。特許文献2の電子源は、ZrOで被覆された<100>の結晶方向を有するタングステン単結晶からなるが、タングステン単結晶の陰極の軸の方向と、<100>の結晶方向とのなす角を22.5±10°に調整することを開示する。これにより、タングステン単結晶の先端の(110)面と(110)面との境界近傍から放出される電子は、陰極の軸と略平行に放出される。
【0005】
また、カーボンナノチューブを用いた電子源が知られている(例えば、特許文献3を参照)。特許文献3によれば、陰極ホルダの先端縁の直行方向を中心として、左右30度の角度範囲内にナノチューブを配置することを開示する。これにより、ナノチューブ先端から電界放出される電子ビームを高効率に収束させることができる。
【0006】
しかしながら、特許文献1~3によれば、電子源としてタングステン多結晶、タングステン単結晶またはカーボンナノチューブを用いる場合、これらの大きさはナノオーダからマイクロオーダであり、所定の角度に折り曲げたり、傾けたりすることは、極めて煩雑であり、高精度を要する。したがって、簡便かつ高効率に電子を放出できるエミッタの開発が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開平4-17247号公報
【文献】特開2011-238459号公報
【文献】特開2005-243389号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、簡便かつ高効率に電子を放出できるエミッタ、それを用いた電子銃および電子機器を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明による、陰極ホルダと、前記陰極ホルダの端部に固定された針状物質とを備えたエミッタは、前記針状物質が固定される前記陰極ホルダの端部が、前記陰極ホルダの長手方向である陰極軸に対してなす角α(ただし、α(°)は、5<α≦70を満たす)で屈曲されており、前記針状物質が、単結晶ナノワイヤまたはナノチューブであり、前記陰極ホルダの前記端部の厚さT(μm)と、前記針状物質が前記端部からはみ出す長さL(μm)との関係L/Tが、0.3≦L/T≦2.5を満たし、これにより上記課題を解決する。
前記なす角α(°)は、10≦α≦40を満たし、前記関係L/Tは、0.5≦L/T≦2.5を満たしてもよい。
前記なす角α(°)は、10≦α≦15を満たしてもよい。
前記陰極軸の方向と、前記針状物質の端部が電子を放出する方向とのなす角θ(°)は、0≦θ<4を満たしてもよい。
前記なす角θ(°)は、0≦θ≦3を満たしてもよい。
前記針状物質は、1nm以上200nm以下の範囲の直径、および、500nm以上30μm以下の範囲の長さを有してもよい。
前記単結晶ナノワイヤは、希土類ホウ化物、金属炭化物および金属酸化物からなる群から選択されるいずれかであってもよい。
前記単結晶ナノワイヤは、LaBである希土類ホウ化物であり、前記単結晶ナノワイヤの長手方向は、<100>の結晶方向に一致し、前記単結晶ナノワイヤの電子を放出すべき端部は、少なくとも{100}面、{110}面および{111}面を有してもよい。
前記単結晶ナノワイヤは、HfCである金属炭化物であり、前記単結晶ナノワイヤの長手方向は、<100>の結晶方向に一致し、前記単結晶ナノワイヤの電子を放出すべき端部は、少なくとも{111}面および{110}面を有してもよい。
前記ナノチューブは、カーボンナノチューブ、窒化ホウ素ナノチューブおよび炭窒化ホウ素ナノチューブからなる群から選択されるいずれかであってもよい。
前記陰極軸と前記針状物質の電子を放出する端部との距離d(μm)は、5≦d≦50を満たしてもよい。
前記距離d(μm)は、6≦d≦40を満たしてもよい。
前記針状物質の前記電子を放出する端部は、先細りの形状を有してもよい。
前記陰極ホルダは、タンタル(Ta)、タングステン(W)およびレニウム(Re)から選択されるいずれかの金属からなるものであってもよい。
本発明による電子銃は、電極と、前記電極に接続されたフィラメントと、前記フィラメントに取り付けられた、上述のいずれかに記載のエミッタとを備え、これにより上記課題を解決する。
前記フィラメントは、タングステン(W)、タンタル(Ta)、プラチナ(Pt)、レニウム(Re)およびカーボン(C)からなる群から選択されるいずれかの金属からなるものであってもよい。
前記電子銃は、冷陰極電界放出電子銃またはショットキー電子銃であってもよい。
本発明による、電子銃を備えた電子機器は、前記電子銃が、上述のいずれかに記載の電子銃であり、これにより上記課題を解決する。
前記電子機器は、走査型電子顕微鏡、透過型電子顕微鏡、走査型透過電子顕微鏡、オージェ電子分光器、電子エネルギー損失分光器、および、エネルギー分散型電子分光器からなる群から選択されてもよい。
【発明の効果】
【0010】
本発明のエミッタは、陰極ホルダと、その端部に固定された針状物質とを備え、針状物質が固定される陰極ホルダの端部は、陰極ホルダの長手方向である陰極軸に対してなす角α(ただし、α(°)は、5<α≦70を満たす)で屈曲している。また、針状物質は、単結晶ナノワイヤまたはナノチューブであるが、既に入手可能な公知のナノワイヤやナノチューブを使用できる。このように、本発明のエミッタでは、端部に針状物質を固定するだけでよいので、電子が放出される針状物質自体の端部の角度を調整する必要はない。また、本発明のエミッタによれば、陰極ホルダの端部の厚さT(μm)と、針状物質が端部からはみ出す長さL(μm)との関係L/Tは、0.3≦L/T≦2.5を満たすので、エミッタから放出される電子の方向は、陰極軸と略平行となり、安定である。そのため、電子ビームを高効率に収束できる。
【0011】
このようなエミッタは、電子銃、および、それを用いた走査型電子顕微鏡、透過型電子顕微鏡、走査型透過電子顕微鏡、オージェ電子分光器、電子エネルギー損失分光器、エネルギー分散型電子分光器等の電子機器に採用され得る。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明のエミッタを示す模式図である。
図2】本発明のエミッタを製造する様子を示す模式図である。
図3】本発明のエミッタを備えた電子銃を示す模式図である。
図4】比較例1のエミッタの模式図(A)と写真(B)を示す図である。
図5】実施例2のエミッタの写真を示す図である。
図6】比較例1のエミッタの電子パターンの観察の様態を示す模式図(A)と観察結果(B)を示す図である。
図7】実施例2のエミッタの電子パターンの観察結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面を参照しながら本発明の実施の形態を説明する。なお、同様の要素には同様の符号を付し、その説明を省略する。
【0014】
(実施の形態1)
実施の形態1は、本発明のエミッタおよびその製造方法を説明する。
【0015】
図1は、実施の形態1のエミッタの模式図である。
【0016】
本発明のエミッタ100は、陰極ホルダ110と、陰極ホルダ110に固定された針状物質120とを備える。針状物質120が固定される陰極ホルダ110の端部130は、陰極ホルダ110の長手方向(ここでは、図1の紙面に対して水平な方向に同じ)である陰極軸Aに対してなす角α(ただし、α(°)は、5<α≦70を満たす)で屈曲した簡便な構成である。針状物質120は、単結晶ナノワイヤまたはナノチューブであるが、電子が放出される端部の角度を調整する必要がないため、実装が容易である。さらに、本願発明者らは、上述のなす角αを満たし、かつ、陰極ホルダ110の端部130の厚さT(μm)と、針状物質120が端部130からはみ出す長さL(μm)との関係L/Tが、0.3≦L/T≦2.5を満たすように、陰極ホルダ110に針状物質120を固定することにより、針状物質120から放出される電子140の方向は、陰極軸Aと略平行とすることができ、電子ビームを高効率に収束できることを見出した。
【0017】
陰極ホルダ110は、導電性材料であれば、特に制限はないが、タンタル(Ta)、タングステン(W)およびレニウム(Re)からなる群から選択されるいずれかの金属材料が好ましい。これらの材料は加工性に優れる。
【0018】
針状物質120は、好ましくは、1nm以上200nm以下の範囲の直径を有し、500nm以上30μm以下の範囲の長さを有する。これにより、上述の関係L/Tを満たし得る。なお、本願明細書において、針状物質120がナノチューブである場合、「直径」とは、ナノチューブの外径を意図する。
【0019】
針状物質120は、電子を放出可能な単結晶ナノワイヤまたはナノチューブであれば、特に材料に制限はないが、針状物質120が単結晶ナノワイヤである場合、好ましくは、希土類ホウ化物、金属炭化物および金属酸化物からなる群から選択されるいずれかの材料からなる。希土類ホウ化物には、例示的には、六ホウ化ランタン(LaB)、六ホウ化セリウム(CeB)、六ホウ化ガドリニウム(GdB)等が挙げられる。金属炭化物には、例示的には、炭化ハフニウム(HfC)、炭化チタン(TiC)、炭化タンタル(TaC)、炭化ニオブ(NbC)等が挙げられる。金属酸化物には、例示的には、酸化チタン、酸化スズ、酸化亜鉛等が挙げられる。
【0020】
針状物質120が、希土類ホウ化物からなる単結晶ナノワイヤである場合、好ましくは、LaBである。LaBは、例えば、特開2008-262794号公報に開示されるように、製造方法が知られており、この点で簡単に入手可能である。LaBは、その長手方向が<100>の結晶方向に一致し、電子を放出すべき端部が少なくとも{100}面、{110}面および{111}面を有するように処理されていることが好ましい。これにより、電子140が高効率で放出される。
【0021】
針状物質120が、金属炭化物からなる単結晶ナノワイヤである場合、好ましくは、HfCである。HfCは、例えば、再公表特許2016/140177号に開示されるように、製造方法が知られており、この点で簡単に入手可能である。HfCは、その長手方向が<100>の結晶方向に一致し、電子を放出すべき端部が少なくとも{111}面および{110}面を有するように処理されていることが好ましい。これにより、電子140が高効率で放出される。
【0022】
なお、本願明細書における記号<100>は、点群対称性の観点から[100]に等価なすべての結晶方向を意図することに留意されたい。同様に、本願明細書における記号{100}は、それぞれに等価な対称性を有する面を含むことに留意されたい。
【0023】
針状物質120がナノチューブである場合、好ましくは、カーボンナノチューブ、窒化ホウ素ナノチューブおよび炭窒化ホウ素ナノチューブからなる群から選択される。例えば、カーボンナノチューブは、単層カーボンナノチューブ(SWNT)、二層カーボンナノチューブ(DWNT)、多層カーボンナノチューブ(MWNT)のいずれであってもよい。
【0024】
針状物質120は、好ましくは、電子を放出する端部が先細りの形状を有し得る。これにより、電子がより高効率で放出される。
【0025】
上述したように、本願発明者らは、後述する種々の実験から、陰極ホルダ110の針状物質120が固定される端部130が、陰極ホルダ110の長手方向(ここでは、図1の紙面に対して水平な方向に同じ)である陰極軸Aに対してなす角α(ただし、α(°)は、5<α≦70を満たす)で屈曲しており、かつ、陰極ホルダ110の端部130の厚さT(μm)と、針状物質120が端部130からはみ出す長さL(μm)との関係L/Tが、0.3≦L/T≦2.5を満たすことにより、針状物質120から放出される電子の方向は、陰極軸Aと略平行にすることができることを見出したが、詳細には、なす角αが小さくなるほど、かつ、L/Tの値が大きくなるほど、あるいは、なす角αが大きくなるほど、かつ、L/Tの値が小さくなるほど、針状物質120から放出される電子140の方向は、陰極軸Aと略平行にすることができ、そのため、なす角αとL/Tの値との関係が重要である。
【0026】
ここで、本願明細書において、略平行とは、陰極軸Aと針状物質120の端部が電子を放出する方向とのなす角θ(°)が、0≦θ<4を満たすことを意図する。なお、なす角αとL/Tとの調整によっては、なす角θ(°)は、更に0≦θ≦3を満たし得る。
本発明によるエミッタによれば、当該エミッタから放出される電子の方向は、なす角θ(°)が上記範囲(具体的には、0≦θ<4で、好ましくは0≦θ≦3)を満たすことができるので、安定であり、電子ビームを高効率に収束できる。
【0027】
本発明のエミッタ100によれば、針状物質120は陰極軸Aから離れた位置にあるため、当然ながら、針状物質120の端部から放出される電子は、陰極軸Aからずれている。しかしながら、そのずれの程度は100μm以下であるので、本発明のエミッタ100を電子銃に取り付けた電子機器のセットアップ時にわずかな調整をするだけで、そのずれを補正できる。針状物質120の電子が放出される端部と陰極軸Aとの距離d(すなわち、陰極軸Aからのずれ)は、5≦d≦50を満たすことが好ましい。
しかしながら、なす角α(°)は、10≦α≦40を満たし、かつ、関係L/Tは、0.5≦L/T≦2.5を満たすことが好ましく、これにより、針状物質120の電子が放出される端部と陰極軸Aとの距離d(すなわち、陰極軸Aからのずれ)を小さくできる。詳細には、距離d(μm)は、6≦d≦40を満たす。
なす角α(°)は、10≦α≦15を満たすことがさらに好ましい。これにより、距離d(μm)を6≦d≦10に抑えることができる。
本発明のエミッタ100においては、当該エミッタから放出される電子の方向を安定させ、電子ビームを高効率に収束させる等の観点から、上述のとおり、距離d(μm)の下限値は、好ましくは5(μm)、より好ましくは6(μm)であり、また、その上限値は、好ましくは50(μm)、より好ましくは40(μm)、さらにより好ましくは10(μm)である。
【0028】
なお、本発明のエミッタ100は、陰極ホルダ110が、図1の紙面に対して下方向に屈曲した様子を示すが、紙面に対して上方向、手前側、あるいは奥側に屈曲されていてもよい。このいずれの場合であっても、なす角α、L/T、θ、dは、上述の関係を満たす。
【0029】
図2は、本発明のエミッタを製造する様子を示す模式図である。
【0030】
本発明のエミッタ100は、先細りにした陰極材料210の端部を、その平面に対して下方または上方に5°より大きく70°以下の範囲で曲げ、陰極ホルダ110を形成し、次いで、曲げられた(屈曲した)端部130に上述した針状物質120を固定すればよい。先細りにした陰極材料210は、例えば、図2に示すように、ピンセット220および230で固定され、ピンセット230のみを下方または上方に動かせばよい。このような作業は、顕微鏡等で観察しながら手動にて行ってもよいし、機械が自動で行うようにセットしてもよい。また、針状物質120は、カーボンパッドなどの導電性を有する接着シート等によって端部130に固定される。なお、陰極材料210は、上述した陰極ホルダ110の材料と同じであるため、説明を省略する。
【0031】
(実施の形態2)
実施の形態2は、本発明のエミッタを備えた電子銃を説明する。
図3は、本発明のエミッタを備えた電子銃を示す模式図である。
【0032】
本発明の電子銃300は、少なくとも、実施の形態1で説明したエミッタ100を備える。
【0033】
エミッタ100は、フィラメント310に取り付けられている。これにより、ナノワイヤ100の取り扱いが簡便となるため好ましい。フィラメント310は、タングステン(W)、タンタル(Ta)、プラチナ(Pt)、レニウム(Re)およびカーボン(C)からなる群から選択されたいずれかの金属からなる。なお、図3では、フィラメント310は、ヘアピン型の形状を有している(U字状である)が、これに限らず、フィラメント310の形状はV字型など任意である。
【0034】
電子銃300では、引出電源330が電極320と引出電極340との間に接続されており、引出電源330は、エミッタ100と引出電極340との間に電圧を印加する。さらに、電子銃300では、加速電源350が電極320と加速電極360との間に接続されており、加速電源350は、エミッタ100と加速電極360との間に電圧を印加する。引出電極、加速電極を陽極と呼んでもよい。
【0035】
電極320は、さらに、電子銃300が冷陰極電界放出電子銃の場合にはフラッシュ電源に接続されてもよく、電子銃300がショットキー電子銃の場合には加熱電源に接続されてもよい。
【0036】
なお、電子銃300は、10-8Pa~10-7Paの真空下に配置されてもよく、この場合、エミッタ100の電子が放出されるべき端部を清浄に保つことができる。
【0037】
本発明の電子銃300が冷陰極電界放出電子銃である場合の動作を簡単に説明する。
【0038】
引出電源330がエミッタ100と引出電極340との間に電圧を印加する。これにより、エミッタ100の電子を放出すべき端部(図1の針状物質120の端部に相当)に電界集中を発生させ、電子を引き出す。さらに、加速電源350がエミッタ100と加速電極360との間に電圧を印加する。これにより、エミッタ100の電子を放出すべき端部において引き出された電子は、加速され、試料に向けて出射される。なお、電極320に接続されたフラッシュ電源により、適宜、フラッシングを行い、ナノワイヤ100の表面を清浄化してもよい。これらの動作は上述の真空下で行われる。
【0039】
本発明の電子銃300がショットキー電子銃である場合の動作を簡単に説明する。
【0040】
電極320に接続された加熱電源がエミッタ100を加熱し、引出電源330がエミッタ100と引出電極340との間に電圧を印加する。これにより、エミッタ100の電子を放出すべき端部にショットキー放出を生じさせ、電子を引き出す。さらに、加速電源350がエミッタ100と加速電極360との間に電圧を印加する。これにより、エミッタ100の電子を放出すべき端部において引き出された電子は、加速され、試料に向けて出射される。これらの動作は上述の真空下で行われる。なお、加熱電源によりエミッタ100から熱電子が放出され得るので、電子銃300は、熱電子を遮蔽するためのサプレッサ(図示せず)をさらに備えてもよい。
【0041】
本発明の電子銃300は、実施の形態1で詳述したエミッタ100を備えるので、電子が容易に放出され、電子ビームを高効率に収束できる。このような電子銃300は、電子集束能力を持つ任意の電子機器に採用される。例えば、このような電子機器は、走査型電子顕微鏡、透過型電子顕微鏡、走査型透過電子顕微鏡、オージェ電子分光器、電子エネルギー損失分光器、および、エネルギー分散型電子分光器からなる群から選択されるいずれかであってよい。
【0042】
次に、具体的な実施例を用いて本発明を詳述するが、本発明がこれら実施例に限定されないことに留意されたい。
【実施例
【0043】
[実施例/比較例1~13]
実施例/比較例1~13では、陰極材料として先細りに加工したタンタルを、針状物質として六ホウ化ランタン(LaB6)、炭化ハフニウム(HfC)およびカーボンナノチューブを用い、L/T(図1)およびなす角α(図1)を変化させたエミッタを製造した。
【0044】
タンタルは、針状物質を固定する端部の厚さが2~5μmと異なるものを用いた。LaBおよびHfCは、例えば、特開2008-262794あるいは再公表特許2016/140177号に開示されるCVD法によって製造した。
【0045】
得られたナノワイヤについてエネルギー分散型X線分光器(EDS)により組成分析し、LaBおよびHfCのナノワイヤであることを確認した。また、透過型電子顕微鏡によるHTREM像および制限視野電子回折図形から、LaBおよびHfCのナノワイヤは、いずれも単結晶であり、LaBの長手方向は、<100>の結晶方向に一致し、その端部は、{100}面、{110}面および{111}面を有すること、ならびに、HfCの長手方向は、<100>の結晶方向に一致し、その端部は、{111}面および{110}面を有することを確認した。LaBナノワイヤおよびHfCナノワイヤは、直径10nm~200nm(10nm以上200nm以下)および長さ1μm~30μm(1μm以上30μm以下)を有した。以降では、この中から、直径約100nmおよび長さ115μmを有するLaBナノワイヤおよびHfCナノワイヤを使用した。
【0046】
一方、カーボンナノチューブは、単層カーボンナノチューブ(SWCNT、Cheap Tube製)を採用した。SWCNTは、直径5nmおよび直径5μmであった。
【0047】
表1に示すL/Tおよびなす角α(°)を満たすように、図2に示す要領でピンセットを用いて、種々のエミッタを製造した。針状物質は、カーボンパッドで陰極ホルダに固定された。
【0048】
【表1】

【0049】
図4は、比較例1のエミッタの模式図(A)と写真(B)を示す図である。
図5は、実施例2のエミッタの写真を示す図である。
【0050】
図4に示すように、αが0°の場合、陰極ホルダは屈曲しておらず、針状物質の長手方向は、陰極ホルダの陰極軸に一致した。比較例3および比較例7のエミッタも同様の様態であった。
【0051】
一方、図5に示すように、αが10°の場合、陰極ホルダが曲がっており、針状物質の長手方向も、陰極ホルダの陰極軸に一致しなかった。実施例/比較例4~6および8~13も同様の様態であった(表1参照)。
【0052】
得られたエミッタを用いて、図3に示す電子銃を構成し、引出電圧350V、次いで、引出電圧極性を反転させ、加速電圧350Vとし、電子パターンを観察した。このとき、針状物質の電子が放出される端部と陰極軸との距離(図1のdに相当)と、陰極軸と針状物質の端部が電子を放出する方向とのなす角(図1のθに相当)とを測定した。結果を図6図7および表2に示す。
【0053】
図6は、比較例1のエミッタの電子パターンの観察の様態を示す模式図(A)と観察結果(B)を示す図である。
図7は、実施例2のエミッタの電子パターンの観察結果を示す図である。
【0054】
図6(B)および図7において、グレースケールで明るく示される領域が、電子ビームが照射している位置を示す。図6(B)によれば、比較例1のエミッタの電子パターンは、スクリーンの中心から大きく外れており、θは6°と算出された。一方、図7によれば、実施例2のエミッタの電子パターンは、スクリーンの中心に表れており、θは0°であった。図示しないが、実施例4、6、8、10~13のエミッタの電子パターンは、いずれも、スクリーンの中心に表れることを確認した。なお、陰極ホルダの端部が曲がった実施例/比較例においては、針状物質の電子が放出される端部と陰極軸との距離d(すなわち、陰極軸からのずれ)は、測定時に補正してある。補正した距離d(μm)を、表2に示す。
【0055】
【表2】
【0056】
表2から、なす角α(°)が5<α≦70を満たし、関係L/Tが0.3≦L/T≦2.5を満たすことにより、エミッタから放出される電子ビームは、陰極軸と略平行となることが示された。さらに、なす角α(°)が10≦α≦40を満たし、かつ、関係L/Tが0.5≦L/T≦2.5を満たすことにより、エミッタから放出される電子ビームは、陰極軸からのずれも小さく、陰極軸と略平行となることが示された。なおさらに、なす角α(°)が10≦α≦15を満たすことにより、電子ビームは陰極軸と平行となり、陰極軸からのずれ(d:μm)も6≦d≦10に抑えることができる。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明のエミッタを用いれば、効率的に集束した電子を放出できるので、走査型電子顕微鏡、透過型電子顕微鏡、走査型透過電子顕微鏡、オージェ電子分光器、電子エネルギー損失分光器、エネルギー分散型電子分光器等の電子集束能力をもつ任意の機器に採用される。
【符号の説明】
【0058】
100 エミッタ
110 陰極ホルダ
120 針状物質
130 針状物質120が固定される陰極ホルダ110の端部
140 電子
210 先細りに加工した陰極材料
220、230 ピンセット
300 電子銃
310 フィラメント
320 電極
330 引出電源
340 引出電極
350 加速電源
360 加速電極
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7