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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-26
(45)【発行日】2022-10-04
(54)【発明の名称】ガスシールドアーク溶接方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 9/23 20060101AFI20220927BHJP
   B23K 9/16 20060101ALI20220927BHJP
【FI】
B23K9/23 A
B23K9/16 J
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2018201245
(22)【出願日】2018-10-25
(65)【公開番号】P2020066036
(43)【公開日】2020-04-30
【審査請求日】2021-04-13
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 一般社団法人溶接学会、平成30年度秋季全国大会、溶接学会全国大会講演概要 第103集(2018-9)、第404-405頁、平成30年8月9日発行 〔刊行物等〕 一般社団法人溶接学会、平成30年度秋季全国大会、平成30年9月13日開催
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(73)【特許権者】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】特許業務法人栄光特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 亮太
(72)【発明者】
【氏名】井海 和也
(72)【発明者】
【氏名】田中 正顕
(72)【発明者】
【氏名】深堀 貢
【審査官】岩見 勤
(56)【参考文献】
【文献】再公表特許第2017/126657(JP,A1)
【文献】特開2017-030016(JP,A)
【文献】特開2016-168616(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0043456(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/23
B23K 9/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接に用いるガスとしてArを92~99.5体積%含有するシールドガスのみを用いて、引張強度が780MPa以上の鋼板を溶接するためのガスシールドアーク溶接方法であって、
前記シールドガス中のAr含有量(体積%)をCAr、前記シールドガスを供給するノズルの内径(mm)をD、溶接速度(cm/min)をv、溶接電流(A)をI、としたとき、
前記Dは、10~14mmであり、
式(1)により算出される値が0.20以上であることを特徴とする、ガスシールドアーク溶接方法。
{√v/(D/2)}×10-{(100-CAr)×I/v}×0.1 ・・・(1)
【請求項2】
前記vは、30~200cm/minであることを特徴とする請求項1に記載のガスシールドアーク溶接方法。
【請求項3】
前記vは、80~200cm/minであることを特徴とする請求項2に記載のガスシールドアーク溶接方法。
【請求項4】
前記シールドガスは、Arを92~96体積%含有することを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載のガスシールドアーク溶接方法。
【請求項5】
前記溶接は、パルス電流制御されたパルス溶接で行われ、パルスのピーク電流は380以上530A以下であることを特徴とする請求項1~4のいずれか1項に記載のガスシールドアーク溶接方法。
【請求項6】
前記パルスのピーク時間は、0.5~2.0ミリ秒であることを特徴とする請求項5に記載のガスシールドアーク溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シールドガスを供給しながら、引張強度が780MPa以上の鋼板を溶接するためのガスシールドアーク溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等の分野においては、近年、軽量化を目的として高張力鋼板(High Tensile Strength Steel;HTSS)が多用されており、高張力鋼板の溶接に関しても種々の方向から開発が進められている。例えば、特許文献1には、ワイヤ中に含有される金属の含有量を適切に調整するとともに、この含有量を用いた所定の式により得られた値を制御することにより、溶接金属の引張強度と耐低温割れ性の向上を図った溶接用ソリッドワイヤが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特許第5284246号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
一般的に、溶融金属上のスラグは、溶接の進行に伴って凝集および肥大化し、一定の大きさに達すると凝固界面に捕捉されるという挙動を繰り返す。このようにして、スラグは溶接金属上またはビードの止端部に点在して生成する。このスラグはSiやMnを主成分とする酸化物であり、溶接金属上にスラグが付着していると、溶接後の電着塗装において不良となり、耐食性が低下する。
ところで、自動車等に適用される足回り部品は、腐食環境に曝されるため、高い耐食性が要求される。耐食性が低下すると、被水などによって腐食が進行し、局所的に鋼板の減肉に至る部位が発生するため、路面からの衝撃や駆動力の伝達に対する、部材の疲労特性が低下する。
【0005】
ここで、高張力鋼板は軟鋼板と比較してSiおよびMnの含有量が多いため、溶接時にスラグ生成量が増加する傾向がある。このような場合、前述の電着塗装において、塗装不良となりやく、特許文献1のワイヤを用いた場合に、スラグ生成を抑制することが困難となるため、高張力鋼板を溶接する際でも電着塗装性を向上させる方法が求められている。
【0006】
本発明は、かかる課題に鑑みてなされたものであって、溶接後における電着塗装の不良を抑制して、構造部材の耐食性を向上させることができるガスシールドアーク溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、溶接金属上に膜状に均一に生成される、酸化被膜(鉄を主成分とする酸化物)に着目し、溶接中に生成したスラグが凝集して肥大化するよりも前に、凝固界面へスラグを積極的に捕捉させることで、スラグを酸化被膜中に埋没させることができることを見出した。すなわち、溶接に伴って生成するスラグを大きく成長させるのではなく、スラグが小さい状態で酸化被膜中に均一に埋没させることが重要であることを見出した。
また、本発明者らは、上記とともに、溶接中に生成するスラグ生成量自体を低減することが重要であることも見出した。本発明は、これらの知見に基づいてなされたものである。
【0008】
すなわち、本発明のガスシールドアーク溶接方法は、Arを92~99.5体積%含有するシールドガスを用いて、引張強度が780MPa以上の鋼板を溶接するためのガスシールドアーク溶接方法であって、上記シールドガス中のAr含有量(体積%)をCAr、上記シールドガスを供給するノズルの内径(mm)をD、溶接速度(cm/min)をv、溶接電流(A)をI、としたとき、式(1)により算出される値が0.20以上であることを特徴とする。
{√v/(D/2)}×10-{(100-CAr)×I/v}×0.1 ・・・(1)
【0009】
上記ガスシールドアーク溶接方法において、上記Dは、10~16mmであることが好ましい。
【0010】
また、上記ガスシールドアーク溶接方法において、上記vは、30~200cm/minであることが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、溶接後における電着塗装の不良を抑制して、構造部材の耐食性を向上させることができるガスシールドアーク溶接方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、本発明に係る溶接方法に用いられる溶接装置の一例を示す全体構成図である。
図2図2は、本発明に係る溶接方法に用いられる溶接トーチの一例を示す構造図である。
図3図3は、実施例No.1に係るガスシールドアーク溶接方法により溶接した後のビードの外観を示す図面代用写真である。
図4図4は、比較例No.3に係るガスシールドアーク溶接方法により溶接した後のビードの外観を示す図面代用写真である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。なお、本発明は、以下に説明する実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、任意に変更して実施することができる。
【0014】
本発明者らは、小さなスラグを酸化被膜中に埋没させるとともに、溶接中に生成するスラグ生成量を低減させることで、溶接後の電着塗装を良好な状態で実現させることができるガスシールドアーク溶接方法を得るために鋭意検討を重ねた結果、シールドガス中のAr含有量、シールドガスを供給するノズルの内径、溶接速度および溶接電流を適切に制御することが効果的であることを見出した。
【0015】
以下、本実施形態に係るガスシールドアーク溶接方法における、シールドガス中のAr含有量、シールドガスを供給するノズルの内径、溶接速度および溶接電流を制御することによるスラグへの影響、並びに、これらの関係を制御するための関係式について詳細に説明する。
【0016】
[ガスシールドアーク溶接方法]
本実施形態に係るガスシールドアーク溶接方法は、Arを92~99.5体積%含有するシールドガスを用いて、引張強度が780MPa以上の鋼板を溶接するためのガスシールドアーク溶接方法であって、上記シールドガス中のAr含有量(体積%)をCAr、上記シールドガスを供給するノズルの内径(mm)をD、溶接速度(cm/min)をv、溶接電流(A)をI、としたとき、式(1)により算出される値が0.20以上である。
{√v/(D/2)}×10-{(100-CAr)×I/v}×0.1 ・・・(1)
【0017】
<シールドガス>
本実施形態に係るガスシールドアーク溶接方法で用いられるシールドガスは、特に限定されず、Arガスと、炭酸ガス(二酸化炭素;CO)や酸素ガス(O)等の酸化性ガスとの混合ガスを用いることができる。これらには不可避的不純物としてN、H等が含まれていてもよいが、まったく含まないことが最も好ましい。
【0018】
<シールドガス中のAr含有量:92~99.5体積%>
シールドガス中のAr含有量は、アーク直下の高温領域で生成されるスラグ生成量に大きく影響する。スラグ生成量を低減するためには、シールドガス中のAr含有量を適切に制御する必要がある。
シールドガス中のAr含有量が92体積%未満であると、スラグ生成量を低減することが困難となる。一方、シールドガス中のAr含有量が99.5体積%を超えると、溶接が不安定となるため、少量の酸化性ガスを含んでおくことが必要である。したがって、上記含有量は92体積%以上とし、好ましくは94体積%以上とする。また、上記含有量は99.5体積%以下とし、好ましくは98体積%以下、より好ましくは96体積%以下、とする。
【0019】
<上記式(1)により算出される値:0.20以上>
小さなスラグを溶接金属の表面の酸化被膜に埋没させる方法としては、溶接速度を高く設定して、溶接進行方向とは逆方向への溶融金属の流れを強めることが有効である。また、溶接トーチにおけるノズルの内径(ノズル径)を細径とすることにより、溶融金属の凝固界面(表面)での酸化反応を促進することができる。
【0020】
上記式(1)における第1項、すなわち、「{√v/(D/2)}×10」は、酸化被膜の形成に影響を与える値を表す。第1項は、溶接速度vを高く設定するか、または、ノズルの内径Dを小さくするほど、酸化被膜を効果的に形成することができ、これにより、有害なスラグを捕獲して低減することができることを意味している。
【0021】
また、上記式(1)における第2項、すなわち、「{(100-CAr)×I/v}×0.1」は、スラグ生成量に影響を与える値を表す。第2項は、シールドガス中の酸化性ガスの割合(すなわち、100-CAr)が小さいか、または、入熱量が小さい、すなわち、溶接速度vに対する溶接電流I(すなわち、I/v)が小さいほど、スラグの生成量を低減することができることを意味している。
【0022】
上記式(1)により算出される値が0.20以上であれば、小さなスラグを酸化被膜中に埋没させることができるとともに、溶接中のスラグ生成量を低減させ、溶接後の電着塗装を良好な状態で実現させることができる。したがって、上記式(1)により算出される値は0.20以上とし、好ましくは0.40以上とし、より好ましくは0.60以上とする。
一方、上記式(1)により算出される値の上限は特に限定されないが、この値が大きすぎると、溶接速度vが過大となる、もしくは入熱量が著しく小さくなることを意味するため、ビード形状不良となるおそれがある。したがって、上記式(1)により算出される値は、2.20以下であることが好ましく、2.00以下であることがより好ましく、1.80以下であることが更に好ましい。
【0023】
<シールドガスを供給するノズルの内径D:10~16mm>
上記の通り、シールドガスを供給するノズルの内径Dを細くすることにより、溶接時におけるArガスの供給量が少なくなり、溶融金属の凝固界面での酸化反応を促進することができる。ノズルの内径Dが16mm以下であれば、上記効果を十分に得ることができる。したがって、ノズルの内径Dは16mm以下とすることが好ましく、14mm以下とすることがより好ましい。
一方、ノズルの内径Dが10mm未満であると、シールドガスの効果範囲が狭くなるため、シールド不良が生じ、溶接継手の機械的性質が劣化するおそれがある。したがって、ノズルの内径Dは10mm以上とすることが好ましく、11mm以上とすることがより好ましい。
【0024】
<溶接速度v:30~200cm/min>
溶接速度vを所定の速度以上に設定することにより、酸化被膜を効果的に形成することができる。溶接速度vが30cm/min以上であれば、上記効果を十分に得ることができる。したがって、溶接速度vは30cm/min以上とすることが好ましく、60cm/min以上とすることがより好ましく、80cm/min以上とすることが更に好ましい。
一方、溶接速度vが200cm/min超であると、溶落ちやビード形状不良などの溶接欠陥を生じるおそれがある。したがって、溶接速度vは200cm/min以下とすることが好ましく、170cm/min以下とすることがより好ましく、150cm/min以下とすることが更に好ましい。
【0025】
次に、本実施形態に係る溶接方法に用いることができる溶接装置、消耗式電極(溶接ワイヤ)、その他の溶接条件、および本実施形態に係る溶接方法により溶接される鋼板について説明する。
【0026】
[溶接装置]
本実施形態に係るガスシールドアーク溶接方法に用いることができる溶接装置としては、ガスシールドアーク溶接を行うための溶接装置であれば特に限定されず、従来のガスシールドアーク溶接に用いられている溶接装置を用いることができる。
【0027】
例えば、図1に示すように、溶接装置1は、溶接トーチ11が先端に取り付けられ、その溶接トーチ11を被溶接材(「ワーク」や「母材」と称することもある。)Wの溶接線に沿って移動させるロボット10と、溶接トーチ11に溶接ワイヤを供給するワイヤ供給部(図示せず)と、ワイヤ供給部を介して消耗電極に電流を供給して消耗電極と被溶接材との間でアークを発生させる溶接電源部30を備える。また、溶接装置は、溶接トーチ11を移動させるためのロボット動作を制御するロボット制御部20を備える。
【0028】
<溶接トーチ>
溶接トーチ11は、図2に示すように、溶接ワイヤが筒内に自動的に送給され、溶接ワイヤを用いてアーク溶接を行うものである。溶接トーチ11には、トーチクランプ12が装着されている。トーチクランプ12は、溶接トーチ11をロボットに固定するものである。
【0029】
トーチ銃身21は、トーチクランプ12に支持されると共に、ノズル71及びチップボディ31を支持する機構を備えている。トーチ銃身21は、チップボディ31が装着された状態で、供給される溶接ワイヤを、インナチューブ22を介してチップボディ31の先端(コンタクトチップ61の後端)まで供給することができる。また、トーチ銃身21は、溶接電流をチップボディ31に通電し、更に、インナチューブ22とチップボディ31との間に形成される空間にシールドガスを供給する。チップボディ31は、オリフィス41及びコンタクトチップ61を支持する機構を備えている。なお、チップボディ31は、金属等の通電性を有する材料で形成されている。
【0030】
また、オリフィス41は、シールドガスの整流を行う機構を備えている。すなわち、オリフィス41は通常円筒形状を有し、チップボディ31の外周の先端側から挿入することで装着される。コンタクトチップ61は、溶接電流を溶接ワイヤに給電すると共に、溶接対象のワークへ溶接ワイヤをガイドする機構を備えている。なお、チップボディ同様、コンタクトチップ61についても金属等の通電性を有する材料で形成されている。
【0031】
溶接トーチの姿勢は、母材に対して垂直であっても、傾斜させてもよい。溶接トーチを溶接進行方向の反対側に向かって傾斜させる場合に、母材に対する垂線と該トーチとの成す角を前進角と言い、当該溶接進行方向に向かって傾斜させる場合に、母材に対する垂線と該トーチとの成す角を後退角と言う。
【0032】
溶接トーチに前進角を付けることで、より効果的にアーク溶接中のシールド性を高めることが可能となる。また、電極に後退角を付けることで、ビード後方をシールドできるため溶接直後のビードの酸化反応を抑制することができる。
溶接線上の適正な溶け込みと良好なビード形状とを得るために、前進角の範囲を-15~40°、すなわち、前進角の上限を40°、後退角の上限を15°とした範囲内で溶接を行うことがより好ましい。
【0033】
<ノズル>
ノズル71は、溶接対象の母材に対して、図示しないガス供給装置から供給されたアルゴン(Ar)や炭酸ガス(CO)等のシールドガスを噴出する機構を備えている。ノズル71は、一体的に組み立てられた状態のチップボディ31、オリフィス41およびコンタクトチップ61を内部に納めることが可能な内部空間を有する筒状に形成されている。また、ノズル71は、後端の内面にトーチ銃身21の先端に形成された雄ねじ部23が螺合する雌ねじ部(図示せず)が形成されている。この構成により、ノズル71は、オリフィス41により整流されたシールドガスを用いて溶接部を大気から遮断することができる。
【0034】
[消耗式電極(溶接ワイヤ)]
本実施形態に係るガスシールドアーク溶接方法に用いることができる溶接ワイヤとしては、高張力鋼板のガスシールドアーク溶接時に一般的に使用されるソリッドワイヤを用いることができる。溶接ワイヤ中に含有される成分及びその含有量は特に制限されないが、溶接ワイヤ中に含まれていてもよい成分と、これらの好ましい範囲(成分量)について、以下に説明する。なお、成分量については、特段規定していない限り、溶接ワイヤの全質量に対する割合で規定する。
【0035】
<C:0.30質量%以下(0質量%を含む)>
溶接ワイヤ中や溶接金属中のCは、溶接金属の強度を高める上で有効である。スパッタに関しては含有量が少量であっても問題ないため下限は設定しないが、0.30質量%を超えて多量に含まれると、溶接途中に微量の酸素と結合し、COガスとなって溶滴表面にバブルを発生させ、スパッタの発生やアーク不安定が起こる。
アーク不安定が生じた場合、シールドガスが乱れることで、大気が巻き込まれ、ブローホールといった溶接欠陥やスラグの大量発生が起こるおそれがある。このため、Cの含有量は0.30質量%以下とすることが好ましい。一方、強度の確保のため、Cの含有量は0.01質量%以上とすることが好ましい。
【0036】
<Si:0.20~2.50質量%>
溶接ワイヤ中のSiは脱酸元素であり、溶接金属の強度や靱性を確保するために好ましい元素である。添加量が少量であると脱酸不足により、ブローホールが発生する場合があることから、0.20質量%以上含有させることが好ましい。ただし、2.50質量%を超えて多量に含まれると溶接中に剥離しにくいスラグが大量に生成して、スラグ巻き混み等の溶接欠陥が発生する。このため、Siの含有量は0.20~2.50質量%の範囲とすることが好ましい。
【0037】
<Mn:0.50~3.50質量%>
溶接ワイヤ中のMnは、Siと同じく、脱酸剤あるいは硫黄捕捉剤としての効果を発揮し、溶接金属の強度や靱性を確保するために好ましい。脱酸不足による溶接欠陥の発生防止のため0.50質量%以上を含有させることが好ましい。一方、3.50質量%を超えて多量に含まれると、溶接中に剥離し難いスラグが大量に生成し、スラグ巻き混み等の溶接欠陥が発生するおそれがある。また、強度が増加しすぎて溶接金属の靭性を著しく低下させるおそれもある。このため、Mnの含有量は0.50~3.50質量%の範囲とすることが好ましい。
【0038】
<P:0.0300質量%以下(0質量%を含む)>
Pは不純物元素であり、極力含有量を少量にすることが好ましく、このため下限は設定しない。0.0300質量%を超えて多量に存在すると、溶接金属の割れといった溶接欠陥が発生するおそれがある。このため、Pの含有量は0.0300質量%以下(0質量%を含む)の範囲とすることが好ましい。
【0039】
<S:0.0150質量%以下(0質量%を含む)>
Sは不純物元素であり、極力含有量を少量にすることが好ましく、このため下限は設定しない。0.0150質量%を超えて多量に存在すると、溶接金属の割れといった溶接欠陥が発生するおそれがある。このため、Sの含有量は0.0150質量%以下(0質量%を含む)の範囲とすることが好ましい。
【0040】
なお、上記溶接ワイヤの残部は、上記Feおよび不可避的不純物などである。また、上記元素の他、溶接ワイヤには鋼板に合わせてNi、Cr、Mo、B等を適当量添加することが許容されるが、これらはスラグ生成量の支配的因子ではない。
【0041】
[アーク溶接条件]
<平均溶接電流>
平均溶接電流を低位にするとプラズマ気流が低速化し、該プラズマ気流によりアーク直下への大気混入を更に抑制することができる。そのため平均溶接電流は400A以下であることが好ましく、350A以下がより好ましい。
平均溶接電流の下限はアーク安定性の点から70A以上が好ましい。
【0042】
<パルス電流制御>
溶接は、パルス電流制御されたパルス溶接を行うことが、安定なスプレー移行となり、アーク不安定による大気の巻き込みを抑制できる点から好ましい。
パルスのピーク電流は、380A以上530A以下であることが好ましく、400A以上がより好ましく、また500A以下がより好ましい。
パルスピーク電流が530Aを超えると、ピーク電流が高くなりすぎて、アーク中への大気巻き込みがやや多くなる場合がある。また、380Aより小さくなると、ピーク電流が低すぎて、スパッタ発生量が増加する場合がある。
【0043】
パルスのピーク時間(ピーク幅)は、0.5~2.0ミリ秒であることが好ましく、0.7ミリ秒以上がより好ましく、また1.6ミリ秒以下がより好ましい。
パルスピーク時間が2.0ミリ秒を超えると、ピーク時間が長すぎて、アーク中への大気巻き込みがやや多くなる場合がある。また、0.5ミリ秒より小さくなると、ピーク電流が低すぎて、スパッタ発生量が増加する場合がある。
【0044】
<シールドガスの流量>
シールドガスの流量は、ノズルの内径Dやノズル-母材間距離の値によるが、25L/分以下がより好ましく、18L/分以下が更に好ましい。これにより、シールドガス流速の過度な高速化を防ぎ、高速なガス流による大気のシールド雰囲気への引き込みを抑制することができる。また、シールドガスの流量は8L/分以上であることが耐気孔性の点から好ましく、10L/分以上であることがより好ましい。
【0045】
[引張強度が780MPa以上の鋼板]
本実施形態に係るガスシールドアーク溶接方法により溶接される鋼板としては、引張強度が780MPa以上のものであれば特に限定されず、例えば、980MPa級以上、1180MPa級以上の高張力鋼板であってもよい。なお、鋼板の引張強度はJIS Z2241に規定された方法により求められる。
また、鋼板の板厚は、特に限定されるものではないが、溶接施工裕度の観点からは、1.0~3.2mmであることが好ましい。
【実施例
【0046】
以下、実施例および比較例を挙げて本発明について詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0047】
下記表1に示す組成を有するソリッドワイヤ(780MPa級)を使用し、下記表2および3に示す溶接条件で、引張強度980MPaの高張力鋼板(板厚:2.0mm)に対して、ガスシールドアーク溶接を実施し、試験片を得た。なお、表1における「ワイヤ化学成分組成」は、消耗式電極(溶接ワイヤ)中の各成分量(質量%)を示している、また、残部は、Feおよび不可避的不純物である。
【0048】
続いて、溶接後の実施例および比較例に係る各試験片について、目視により溶接金属外観を評価した。評価基準としては、溶接金属全体にスラグが薄く広がっていたものを○(良好)、スラグが凝集して溶接金属上に点在していたものを×(不良)とした。溶接後の溶接金属外観についての評価結果を、下記表3に併せて示す。
【0049】
【表1】
【0050】
【表2】
【0051】
【表3】
【0052】
上記表3に示すように、実施例No.1~6は、シールドガス中のAr含有量、および上記式(1)により算出される値が本発明の範囲内であるため、溶接後の溶接金属表面にはスラグが薄く広がっており、外観が良好なものとなった。これは、良好な電着塗装を実現することができることを示している。特に、実施例No.1、2および6は、ノズルの内径Dが本発明の好ましい範囲内であるので、溶接金属の表面のスラグに関して、より優れた状態を観察することができた。
【0053】
図3は、上記表3に示す実施例No.1のビード(溶接金属)の外観を示す図面代用写真である。図3に示すように、実施例No.1の溶接金属表面は、電着塗装を阻害するスラグの凝集が確認されず、表面に薄いスラグが広がっていた。なお、他の全ての実施例についても、同様の外観を確認することができた。
【0054】
一方、比較例No.1~6は、シールドガス中のAr含有量が本発明範囲外であるか、又は式(1)により算出される値が本発明範囲から外れているため、溶接金属の表面にスラグが凝集していた。これは、後の電着塗装において、良好な塗装が得られず、腐食の原因となることを示している。
【0055】
図4は、上記表3に示す比較例No.3のビード(溶接金属)の外観を示す図面代用写真である。図4に示すように、実施例No.3の溶接金属表面は、局所的に凝集したスラグが点在していた。なお、他の全ての比較例についても同様に、電着塗装を阻害するスラグの凝集を確認することができた。
【符号の説明】
【0056】
1 溶接装置
10 ロボット
11 溶接トーチ
12 トーチクランプ
20 ロボット制御部
21 トーチ銃身
22 インナチューブ
23 雄ねじ部
30 溶接電源部
31 チップボディ
41 オリフィス
61 コンタクトチップ
71 ノズル
W 被溶接材(ワーク)
図1
図2
図3
図4