(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-26
(45)【発行日】2022-10-04
(54)【発明の名称】転がり軸受の異常診断方法及び異常診断装置、異常診断プログラム
(51)【国際特許分類】
G01M 13/045 20190101AFI20220927BHJP
G01H 17/00 20060101ALI20220927BHJP
【FI】
G01M13/045
G01H17/00 A
(21)【出願番号】P 2019061225
(22)【出願日】2019-03-27
【審査請求日】2021-10-12
(73)【特許権者】
【識別番号】000149066
【氏名又は名称】オークマ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100078721
【氏名又は名称】石田 喜樹
(74)【代理人】
【識別番号】100121142
【氏名又は名称】上田 恭一
(72)【発明者】
【氏名】杉浦 拓
【審査官】岡村 典子
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-101954(JP,A)
【文献】特開2012-026481(JP,A)
【文献】特開平09-257651(JP,A)
【文献】特開2001-021453(JP,A)
【文献】特開2011-259624(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01M 13/04-13/045
G01M 99/00
G01H 17/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転体を支持する転がり軸受の異常を診断する方法であって、
前記回転体の振動を複数回測定する振動測定ステップと、
前記振動を周波数分析して周波数ごとの振動の大きさをそれぞれ求め、前記振動の周波数を回転周波数で除算して得られる無次元量を比周波数として、各回の測定で得られた前記振動の大きさを共通の前記比周波数ごとに算出し、前記比周波数ごとの振動の大きさについて係数が全て同符号の線型和を算出し、算出した値に基づいて回転同期成分強調波形を決定する回転同期成分強調波形算出ステップと、
前記回転同期成分強調波形の振動ピーク位置の規則性に基づいて、前記転がり軸受において力の発生する方向が変化する周波数である振動源回転周波数と前記回転周波数との比である比振動源回転周波数を推定し、前記比振動源回転周波数の値が1の場合には、前記転がり軸受の内輪損傷と判断し、前記比振動源回転周波数の値が前記転がり軸受の転動体の公転周波数を前記回転周波数で除算した値のとり得る範囲である場合には、前記転動体の損傷と判断し、前記比振動源回転周波数の値が0の場合には、前記転がり軸受の外輪損傷と判断する軸受損傷種類判別ステップと、
を実行することを特徴とする転がり軸受の異常診断方法。
【請求項2】
前記比振動源回転周波数の推定は、前記回転同期成分強調波形において、前記転がり軸受の損傷に対応する比基本周波数と前記比振動源回転周波数とを仮定して算出される特定の比周波数に振動ピークが存在する割合である一致率を算出し、前記一致率が所定のしきい値を超過する場合には、仮定した前記比基本周波数と仮定した前記比振動源回転周波数とにより表現される規則性が前記回転同期成分強調波形にあると判断し、仮定した前記比振動源回転周波数を採用することを特徴とする請求項1に記載の転がり軸受の異常診断方法。
【請求項3】
前記比振動源回転周波数の推定は、前記回転同期成分強調波形において、ピーク対を構成する2つの振動ピークの間隔をピーク間距離とし、前記ピーク間距離が等しい2組のピーク対について算出したそれぞれのピーク対を構成する2つの前記振動ピークの前記比周波数の平均の比が自然数比の場合に、前記ピーク間距離の2分の1を前記比振動源回転周波数とする、又はある2つの振動ピークの前記比周波数の比が自然数比である場合に、前記比振動源回転周波数を0とすることを特徴とする請求項1に記載の転がり軸受の異常診断方法。
【請求項4】
前記軸受損傷種類判別ステップは、前記転がり軸受の損傷に対応する比基本周波数と前記比振動源回転周波数とを推定する処理を含むものであり、前記転がり軸受の損傷の種類が判別された前記比基本周波数と前記比振動源回転周波数との組を用いて、判別された損傷の程度をさらに診断することを特徴とする請求項1乃至3の何れかに記載の転がり軸受の異常診断方法。
【請求項5】
回転体を支持する転がり軸受の異常を診断する方法であって、
前記回転体の振動を複数回測定する振動測定ステップと、
前記振動を周波数分析して周波数ごとの振動の大きさをそれぞれ求め、前記振動の周波数を回転周波数で除算して得られる無次元量を比周波数として、各回の測定で得られた前記振動の大きさを共通の前記比周波数ごとに算出し、前記比周波数ごとの振動の大きさについて係数が全て同符号の線型和を算出し、算出した値に基づいて回転同期成分強調波形を決定する回転同期成分強調波形算出ステップと、
前記回転同期成分強調波形を入力とし、内輪傷の有無、転動体傷の有無、外輪傷の有無の少なくともひとつを出力とする教師データを用いて学習した機械学習モデルを用い、前記回転同期成分強調波形を入力して前記転がり軸受の損傷の種類を判別する軸受損傷種類判別ステップと、
を実行することを特徴とする転がり軸受の異常診断方法。
【請求項6】
前記振動測定ステップでは、異なる複数の回転周波数で振動を測定することを特徴とする請求項1乃至5の何れかに記載の転がり軸受の異常診断方法。
【請求項7】
前記回転同期成分強調波形算出ステップでは、各回の測定で得られた前記振動の大きさを共通の前記比周波数ごとに算出する際に、ある比周波数の振動の大きさとして、その比周波数の前後に所定の幅を持たせて当該幅内の振動の大きさの最大値を採用することを特徴とする請求項1乃至6の何れかに記載の転がり軸受の異常診断方法。
【請求項8】
回転体を支持する転がり軸受の異常を診断する装置であって、
前記回転体の振動を複数回測定する振動測定手段と、
前記振動を周波数分析して周波数ごとの振動の大きさをそれぞれ求め、前記振動の周波数を回転周波数で除算して得られる無次元量を比周波数として、各回の測定で得られた前記振動の大きさを共通の前記比周波数ごとに算出し、前記比周波数ごとの振動の大きさについて係数が全て同符号の線型和を算出し、算出した値に基づいて回転同期成分強調波形を決定する回転同期成分強調波形算出手段と、
前記回転同期成分強調波形の振動ピーク位置の規則性に基づいて、前記転がり軸受において力の発生する方向が変化する周波数である振動源回転周波数と前記回転周波数との比である比振動源回転周波数を推定し、前記比振動源回転周波数の値が1の場合には、前記転がり軸受の内輪損傷と判断し、前記比振動源回転周波数の値が前記転がり軸受の転動体の公転周波数を前記回転周波数で除算した値のとり得る範囲である場合には、前記転動体の損傷と判断し、前記比振動源回転周波数の値が0の場合には、前記転がり軸受の外輪損傷と判断する軸受損傷種類判別手段と、
を備えることを特徴とする転がり軸受の異常診断装置。
【請求項9】
前記軸受損傷種類判別手段は、前記比振動源回転周波数の推定に当たり、前記回転同期成分強調波形において、前記転がり軸受の損傷に対応する比基本周波数と前記比振動源回転周波数とを仮定して算出される特定の比周波数に振動ピークが存在する割合である一致率を算出し、前記一致率が所定のしきい値を超過する場合には、仮定した前記比基本周波数と仮定した前記比振動源回転周波数とにより表現される規則性が前記回転同期成分強調波形にあると判断し、仮定した前記比振動源回転周波数を採用することを特徴とする請求項8に記載の転がり軸受の異常診断装置。
【請求項10】
前記軸受損傷種類判別手段は、前記比振動源回転周波数の推定に当たり、前記回転同期成分強調波形において、ピーク対を構成する2つの振動ピークの間隔をピーク間距離とし、前記ピーク間距離が等しい2組のピーク対について算出したそれぞれのピーク対を構成する2つの前記振動ピークの前記比周波数の平均の比が自然数比の場合に、前記ピーク間距離の2分の1を前記比振動源回転周波数とする、又はある2つの振動ピークの前記比周波数の比が自然数比である場合に、前記比振動源回転周波数を0とすることを特徴とする請求項8に記載の転がり軸受の異常診断装置。
【請求項11】
前記軸受損傷種類判別手段は、前記転がり軸受の損傷に対応する比基本周波数と前記比振動源回転周波数とを推定すると共に、前記転がり軸受の損傷の種類が判別された前記比基本周波数と前記比振動源回転周波数との組を用いて、判別された損傷の程度をさらに診断することを特徴とする請求項8乃至10の何れかに記載の転がり軸受の異常診断装置。
【請求項12】
前記軸受損傷種類判別手段は、前記転がり軸受の損傷に対応する比基本周波数と、前記比振動源回転周波数と、前記比基本周波数と前記比振動源回転周波数とから算出される特定の比周波数とを用いて前記転がり軸受の損傷の種類ごとの前記振動ピーク位置の存在を確認するものであり、
前記比基本周波数と前記比振動源回転周波数とを合わせて表示する表示手段を備えることを特徴とする請求項8乃至11の何れかに記載の転がり軸受の異常診断装置。
【請求項13】
前記軸受損傷種類判別手段は、前記転がり軸受の損傷に対応する比基本周波数と、前記比振動源回転周波数と、前記比基本周波数と前記比振動源回転周波数とから算出される特定の比周波数とを用いて前記転がり軸受の損傷の種類ごとの前記振動ピーク位置の存在を確認するものであり、
前記特定の比周波数の位置と前記回転同期成分強調波形とを合わせて表示する表示手段を備えることを特徴とする請求項8乃至11の何れかに記載の転がり軸受の異常診断装置。
【請求項14】
所定の回転周波数で測定された回転体の振動が前記回転周波数と共に入力されたコンピュータに、請求項1乃至7の何れかに記載の転がり軸受の異常診断方法における回転同期成分強調波形算出ステップと軸受損傷種類判別ステップとを実行させることを特徴とする転がり軸受の異常診断プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、工作機械等に用いられて主軸等の回転体を支持する転がり軸受の異常を診断する方法及び装置、プログラムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
回転体を支持する転がり軸受に内輪の損傷などの異常が生じると振動が発生する。軸受の異常によって発生する力は単純な正弦波状ではないため、高調波の周波数成分の振動が同時に観測される。この際に発生する振動の周波数(特徴周波数)は、回転周波数に比例しており、回転体の回転周波数と軸受諸元から算出することが可能である。
例えば特許文献1では、振動加速度を測定してエンベロープ処理および周波数分析等を行った波形を、所定の関係式に基づいて算出した内輪、外輪、転動体などの特徴周波数とともに表示し、特徴周波数に対応する振動ピークがあるか否かを判断できるようにすることで、転がり軸受の損傷部位(内輪、外輪、転動体など)を特定する手法が示されている。
特許文献2では、振動を測定してエンベロープ処理および周波数分析し、所定の関係式に基づいて算出した内輪、外輪、転動体のそれぞれの特徴周波数の値を抽出して、損傷部位(内輪、外輪、転動体)でそれぞれ異なるしきい値を用いて診断する手法が示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開昭63-297813号公報
【文献】特許第5146008号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、損傷部位の特定や損傷部位に応じたしきい値を用いるためには、基本周波数や特徴周波数を算出するための軸受諸元が必要となる。このため、軸受メーカの販売する軸受診断装置においては、その軸受メーカが軸受諸元を把握している自社の軸受については型式を入力することで診断ができるが、他社の軸受については軸受諸元の手入力を要求する実装となっていることが一般的である。この場合、軸受の諸元が入手できない場合には軸受を診断することができないといった課題がある。また、機械の製造者を除くと、その機械で使用されている軸受の型式を把握することさえ困難であるという課題がある。
【0005】
そこで、本発明は、上記問題に鑑みなされたものであって、診断対象の機械で使用されている軸受の軸受諸元が把握できない場合であっても、軸受の損傷の種類を推定することができる転がり軸受の異常診断方法及び異常診断装置、異常診断プログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために、請求項1に記載の発明は、回転体を支持する転がり軸受の異常を診断する方法であって、
前記回転体の振動を複数回測定する振動測定ステップと、
前記振動を周波数分析して周波数ごとの振動の大きさをそれぞれ求め、前記振動の周波数を回転周波数で除算して得られる無次元量を比周波数として、各回の測定で得られた前記振動の大きさを共通の前記比周波数ごとに算出し、前記比周波数ごとの振動の大きさについて係数が全て同符号の線型和を算出し、算出した値に基づいて回転同期成分強調波形を決定する回転同期成分強調波形算出ステップと、
前記回転同期成分強調波形の振動ピーク位置の規則性に基づいて、前記転がり軸受において力の発生する方向が変化する周波数である振動源回転周波数と前記回転周波数との比である比振動源回転周波数を推定し、前記比振動源回転周波数の値が1の場合には、前記転がり軸受の内輪損傷と判断し、前記比振動源回転周波数の値が前記転がり軸受の転動体の公転周波数を前記回転周波数で除算した値のとり得る範囲である場合には、前記転動体の損傷と判断し、前記比振動源回転周波数の値が0の場合には、前記転がり軸受の外輪損傷と判断する軸受損傷種類判別ステップと、を実行することを特徴とする。
請求項2に記載の発明は、請求項1の構成において、前記比振動源回転周波数の推定は、前記回転同期成分強調波形において、前記転がり軸受の損傷に対応する比基本周波数と前記比振動源回転周波数とを仮定して算出される特定の比周波数に振動ピークが存在する割合である一致率を算出し、前記一致率が所定のしきい値を超過する場合には、仮定した前記比基本周波数と仮定した前記比振動源回転周波数とにより表現される規則性が前記回転同期成分強調波形にあると判断し、仮定した前記比振動源回転周波数を採用することを特徴とする。
請求項3に記載の発明は、請求項1の構成において、前記比振動源回転周波数の推定は、前記回転同期成分強調波形において、ピーク対を構成する2つの振動ピークの間隔をピーク間距離とし、前記ピーク間距離が等しい2組のピーク対について算出したそれぞれのピーク対を構成する2つの前記振動ピークの前記比周波数の平均の比が自然数比の場合に、前記ピーク間距離の2分の1を前記比振動源回転周波数とする、又はある2つの振動ピークの前記比周波数の比が自然数比である場合に、前記比振動源回転周波数を0とすることを特徴とする。
請求項4に記載の発明は、請求項1乃至3の何れかの構成において、前記軸受損傷種類判別ステップは、前記転がり軸受の損傷に対応する比基本周波数と前記比振動源回転周波数とを推定する処理を含むものであり、前記転がり軸受の損傷の種類が判別された前記比基本周波数と前記比振動源回転周波数との組を用いて、判別された損傷の程度をさらに診断することを特徴とする。
上記目的を達成するために、請求項5に記載の発明は、回転体を支持する転がり軸受の異常を診断する方法であって、
前記回転体の振動を複数回測定する振動測定ステップと、
前記振動を周波数分析して周波数ごとの振動の大きさをそれぞれ求め、前記振動の周波数を回転周波数で除算して得られる無次元量を比周波数として、各回の測定で得られた前記振動の大きさを共通の前記比周波数ごとに算出し、前記比周波数ごとの振動の大きさについて係数が全て同符号の線型和を算出し、算出した値に基づいて回転同期成分強調波形を決定する回転同期成分強調波形算出ステップと、
前記回転同期成分強調波形を入力とし、内輪傷の有無、転動体傷の有無、外輪傷の有無の少なくともひとつを出力とする教師データを用いて学習した機械学習モデルを用い、前記回転同期成分強調波形を入力して前記転がり軸受の損傷の種類を判別する軸受損傷種類判別ステップと、を実行することを特徴とする。
請求項6に記載の発明は、請求項1乃至5の何れかの構成において、前記振動測定ステップでは、異なる複数の回転周波数で振動を測定することを特徴とする。
請求項7に記載の発明は、請求項1乃至6の何れかの構成において、前記回転同期成分強調波形算出ステップでは、各回の測定で得られた前記振動の大きさを共通の前記比周波数ごとに算出する際に、ある比周波数の振動の大きさとして、その比周波数の前後に所定の幅を持たせて当該幅内の振動の大きさの最大値を採用することを特徴とする。
【0007】
上記目的を達成するために、請求項8に記載の発明は、回転体を支持する転がり軸受の異常を診断する装置であって、
前記回転体の振動を複数回測定する振動測定手段と、
前記振動を周波数分析して周波数ごとの振動の大きさをそれぞれ求め、前記振動の周波数を回転周波数で除算して得られる無次元量を比周波数として、各回の測定で得られた前記振動の大きさを共通の前記比周波数ごとに算出し、前記比周波数ごとの振動の大きさについて係数が全て同符号の線型和を算出し、算出した値に基づいて回転同期成分強調波形を決定する回転同期成分強調波形算出手段と、
前記回転同期成分強調波形の振動ピーク位置の規則性に基づいて、前記転がり軸受において力の発生する方向が変化する周波数である振動源回転周波数と前記回転周波数との比である比振動源回転周波数を推定し、前記比振動源回転周波数の値が1の場合には、前記転がり軸受の内輪損傷と判断し、前記比振動源回転周波数の値が前記転がり軸受の転動体の公転周波数を前記回転周波数で除算した値のとり得る範囲である場合には、前記転動体の損傷と判断し、前記比振動源回転周波数の値が0の場合には、前記転がり軸受の外輪損傷と判断する軸受損傷種類判別手段と、を備えることを特徴とする。
請求項9に記載の発明は、請求項8の構成において、前記軸受損傷種類判別手段は、前記比振動源回転周波数の推定に当たり、前記回転同期成分強調波形において、前記転がり軸受の損傷に対応する比基本周波数と前記比振動源回転周波数とを仮定して算出される特定の比周波数に振動ピークが存在する割合である一致率を算出し、前記一致率が所定のしきい値を超過する場合には、仮定した前記比基本周波数と仮定した前記比振動源回転周波数とにより表現される規則性が前記回転同期成分強調波形にあると判断し、仮定した前記比振動源回転周波数を採用することを特徴とする。
請求項10に記載の発明は、請求項8の構成において、前記軸受損傷種類判別手段は、前記比振動源回転周波数の推定に当たり、前記回転同期成分強調波形において、ピーク対を構成する2つの振動ピークの間隔をピーク間距離とし、前記ピーク間距離が等しい2組のピーク対について算出したそれぞれのピーク対を構成する2つの前記振動ピークの前記比周波数の平均の比が自然数比の場合に、前記ピーク間距離の2分の1を前記比振動源回転周波数とする、又はある2つの振動ピークの前記比周波数の比が自然数比である場合に、前記比振動源回転周波数を0とすることを特徴とする。
請求項11に記載の発明は、請求項8乃至10の何れかの構成において、前記軸受損傷種類判別手段は、前記転がり軸受の損傷に対応する比基本周波数と前記比振動源回転周波数とを推定すると共に、前記転がり軸受の損傷の種類が判別された前記比基本周波数と前記比振動源回転周波数との組を用いて、判別された損傷の程度をさらに診断することを特徴とする。
請求項12に記載の発明は、請求項8乃至11の何れかの構成において、前記軸受損傷種類判別手段は、前記転がり軸受の損傷に対応する比基本周波数と、前記比振動源回転周波数と、前記比基本周波数と前記比振動源回転周波数とから算出される特定の比周波数とを用いて前記転がり軸受の損傷の種類ごとの前記振動ピーク位置の存在を確認するものであり、前記比基本周波数と前記比振動源回転周波数とを合わせて表示する表示手段を備えることを特徴とする。
請求項13に記載の発明は、請求項8乃至11の何れかの構成において、前記軸受損傷種類判別手段は、前記転がり軸受の損傷に対応する比基本周波数と、前記比振動源回転周波数と、前記比基本周波数と前記比振動源回転周波数とから算出される特定の比周波数とを用いて前記転がり軸受の損傷の種類ごとの前記振動ピーク位置の存在を確認するものであり、前記特定の比周波数の位置と前記回転同期成分強調波形とを合わせて表示する表示手段を備えることを特徴とする。
上記目的を達成するために、請求項14に記載の発明は、転がり軸受の異常診断プログラムであって、
所定の回転周波数で測定された回転体の振動が前記回転周波数と共に入力されたコンピュータに、請求項1乃至7の何れかに記載の転がり軸受の異常診断方法における回転同期成分強調波形算出ステップと軸受損傷種類判別ステップとを実行させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、測定した振動に対し、回転体の回転周波数に比例した周波数の振動成分を強調する回転同期成分強調波形を決定し、回転同期成分強調波形の振動ピーク位置の規則性に基づいて転がり軸受における損傷の種類を判別するので、軸受諸元を用いることなく振動ピークの規則性から軸受異常の種類を判断することが可能となる。
特に、請求項4及び11の発明によれば、上記効果に加えて、軸受諸元の値を必要とすることなく特徴周波数の値が算出できるため、従来特徴周波数の値を算出するために軸受諸元の値が必要であった診断手法が実行可能となる。よって、軸受異常の種類だけでなく異常の程度も精度よく求めることができる。
特に、請求項5の発明によれば、上記効果に加えて、軸受損傷種類判別ステップでは、回転同期成分強調波形を入力とし、内輪傷の有無、転動体傷の有無、外輪傷の有無の少なくともひとつを出力とする教師データを用いて学習した機械学習モデルを用い、回転同期成分強調波形を入力して転がり軸受の損傷の種類を判別するので、人間が考える処理よりも汎用的に振動ピークの規則性から軸受異常の種類を判断することが可能となる。
特に、請求項6の発明によれば、上記効果に加えて、回転同期成分強調波形算出ステップでは、異なる複数の回転周波数で測定された振動から回転同期成分強調波形を算出するので、さらに外乱の影響が低減されて、振動ピークの規則性を捉え易くなるため、軸受異常の推定精度が向上する。
特に、請求項7の発明によれば、上記効果に加えて、振動ピークの比周波数がばらついても確実に軸受損傷に起因する振動ピークを強調した回転同期成分強調波形を算出することが可能となる。
特に、請求項12の発明によれば、上記効果に加えて、比基本周波数と比振動源回転周波数とを合わせて表示する表示手段を備えることで、数字として表示される周波数の値を用いて他の軸受診断処理を行うことが可能となる。
特に、請求項13の発明によれば、上記効果に加えて、特定の比周波数の位置と回転同期成分強調波形とを合わせて表示する表示手段を備えることで、振動ピークの規則性を正しく抽出できているか否かを視覚的に把握できるため、診断結果の妥当性を容易に検証できる。また、各損傷の種類において着目すべき比周波数がわかりやすくなる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】転がり軸受の異常診断装置の機能ブロック図である。
【
図2】外輪および内輪が損傷している場合の回転同期成分強調波形である。
【
図3】転動体が損傷している場合の回転同期成分強調波形である。
【
図5】異常診断方法の他の例のフローチャートである。
【
図6】異常診断方法の他の例のフローチャートである。
【
図7】診断回転周波数の表示と測定開始の指令を行う画面である。
【
図8】
図4の方法による異常診断結果を表示する画面である。
【
図9】
図5の方法による異常診断結果を表示する画面である。
【
図10】
図6の方法による異常診断結果を表示する画面である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
図1は転がり軸受の異常診断装置を工作機械の主軸に対して取り付けて使用する場合の構成を示した機能ブロック図で、この図に基づいて具体的に説明する。
工作機械100において、主軸1が転がり軸受である軸受7を介して主軸ハウジング2に対して回転可能に取り付けられており、主軸1には加工を行うための工具3が固定されている。モータ4は主軸1を駆動する。モータ4には速度検出器5が設けられて、測定されたモータ4の回転周波数が制御装置6に入力されるようになっている。制御装置6は、速度検出器5で測定されたモータ4の回転周波数を測定者によって制御装置6に入力された指令回転周波数に保つようにモータ4へ供給する電流の制御を行っている。表示部8には、速度検出器5で測定されたモータ4の現在の回転周波数が表示される。
【0011】
コンピュータを含む異常診断装置200において、振動測定手段としての振動センサ9は、工作機械100の軸受7の損傷によって生じる振動を測定可能な位置に磁力により取り付けられている。
表示手段としての表示・操作部13は、測定者が制御装置6へ入力すべき指令回転周波数や診断結果を表示するとともに、表示部8に表示されたモータ4の現在の回転周波数が表示・操作部13に表示された値と一致したか否かを測定者が判断した結果を入力する操作が可能となっている。振動センサ9で測定される振動加速度は、A/D変換部10でデジタル値に変換される。記憶部11は、表示部8に表示されたモータ4の現在の回転周波数が表示・操作部13に表示された値と一致したと測定者が判断したときから既定のデータ長となるときまでの振動加速度のデジタル値を振動測定時の回転周波数とともに記憶する。
【0012】
演算部12は、記憶部11に記憶された振動測定時の回転周波数と振動加速度より、予め記憶された異常診断プログラムに基づき、乗算、フーリエ変換、絶対値の算出、内挿処理を行って、比周波数(周波数を回転周波数で割って算出される無次元量)ごとの振動の大きさを算出し、複数の振動測定時の回転周波数の振動の大きさについて係数が全て正の線型和を算出することで回転同期成分強調波形を算出する。さらに、回転同期成分強調波形のピーク位置の規則性より、後述する比基本周波数と比振動源回転周波数とを推定し、比振動源回転周波数の値に応じて、損傷が内輪・転動体・外輪の何れに生じているかを判断する。すなわち、演算部12は、回転同期成分強調波形算出手段と軸受損傷種類判別手段として機能する。
【0013】
軸受7において、内輪傷が存在する場合、転動体が内輪傷を通過する周波数(基本周波数)とその自然数倍の周波数の力が発生する。内輪傷の方向は主軸1の回転とともに回転するため、力の発生する方向は回転周波数で変化する。
軸受7において、転動体傷が存在する場合、転動体傷が内輪または外輪に接する周波数(基本周波数)とその自然数倍の周波数の力が発生する。傷のある転動体の位置は転動体の保持器が自転する(転動体が公転する)周波数で変化するため、力の発生する方向は転動体の保持器が自転する(転動体が公転する)周波数で変化する。保持器の自転(転動体の公転)は、主軸の回転よりも必ず遅くなるので、力の発生する方向が変化する周波数は0Hzより大きく回転周波数より小さい値となる。
軸受7において、外輪傷が存在する場合、転動体が外輪傷を通過する周波数(基本周波数)とその自然数倍の周波数の力が発生する。外輪傷の方向は主軸1の回転に依らず一定であるため、力の発生する方向は変化しない。
ここでは力の発生する方向が変化する周波数を振動源回転周波数と呼称する。力の発生する方向の変化しない場合は、振動源回転周波数が便宜上0Hzであるとみなしてよい。
【0014】
ところで、力の発生する方向が振動源回転周波数で変化する場合、固定された座標系でその力を見ると、力の周波数(基本周波数の自然数倍)に対して、振動源回転周波数だけ前後した2つの周波数の力が生じていることになる。線形とみなせるシステムでは、力と同じ周波数の振動加速度が生じるため、固定された座標系で振動加速度を測定し、周波数分析すると、軸受が損傷している場合には、理想的には振動源回転周波数の2倍だけ離れた周波数に振動ピークの対が観測され、その2つの振動ピークの平均の周波数が、基本周波数の自然数倍となるような位置に複数観測される。なお、外輪傷の場合は振動源回転周波数を0Hzとみなすことで、同一の周波数の振動ピークを2回カウントして2つの振動ピークとみなすこととする。この規則性を捉え、振動源回転周波数を推定することで異常の種類を判断することが可能となる。ただし、現実的には、振動を測定し周波数分析するだけでは、振動しにくい周波数の振動ピークはノイズに埋もれてしまい、この規則性を確実に捉えることは難しい。
【0015】
回転に同期する軸受損傷に起因する振動は、繰り返し測定したり異なる回転周波数で測定したりしたとしても、振動の生じる周波数は常に回転周波数の定数倍である。振動の周波数の回転周波数に対する比の無次元量を比周波数と呼称することにすると、回転に同期する軸受損傷に起因する振動は、回転周波数に依らず同じ比周波数に振動ピークが観測されることになる。このため、複数回測定して比周波数ごとの振動の大きさを算出し、複数回の測定で得られた振動の大きさについて係数が全て正の線型和を算出してホワイトノイズを低減したり、複数の回転周波数で測定して比周波数ごとの振動の大きさを算出し、複数回の測定で得られた振動の大きさについて係数が全て正の線型和を算出してホワイトノイズや回転に同期しない外乱成分を低減したりすることで、回転に同期した振動を強調した波形(回転同期成分強調波形)を算出することができ、軸受損傷に起因する振動ピークの規則性を捉えることが容易となる。
【0016】
なお、係数に異符号の値がある場合には、軸受損傷に起因する振動ピークの振動の大きさを打ち消しあうことになるため、回転に同期した軸受損傷に起因する振動を強調する効果が得られない。全ての係数が1の線型和をとった場合、回転同期成分強調波形は比周波数毎の振動の大きさの合計値となる。全ての係数を測定回数の逆数として線型和をとった場合、回転同期成分強調波形は比周波数毎の振動の大きさの平均値となる。合計値であっても平均値であっても回転同期成分強調波形のピーク位置は同一となるためピーク位置の規則性を議論する上ではいずれであってもよい。また、係数を同一に限らなくとも概ねピーク位置の規則性について同様の議論が成立する。例えば、回転周波数が大きいほど軸受損傷により生じる力の大きさが大きくなる傾向があるため、測定する回転周波数範囲が広い場合には低い回転周波数で測定したデータの影響度合いが小さくなってしまう。このため、回転周波数のべき乗の逆数を係数として線型和をとることで、異なる回転周波数で得られた振動の大きさを平等に扱うことも可能である。
【0017】
複数の回転周波数で測定する場合、振動の基本周波数と振動源回転周波数とをそれぞれ回転周波数で除算して得られる無次元量の比基本周波数と比振動源回転周波数とを用いた方が議論しやすい。但し、比基本周波数は、軸受の構造によって様々な値をとるため、例えばある軸受の内輪傷の比基本周波数が別の軸受の外輪傷の比基本周波数と同じ大きさとなることもある。このため、比基本周波数の値に着目しても軸受の異常の種類を判別することは不可能である。しかし、前述したように、振動源回転周波数は、軸受損傷の種類によって回転周波数の何倍となるかが異なり、その大小関係に逆転が起こることはない。よって、比振動源回転周波数に換算すると、内輪損傷の場合は1、転動体損傷の場合は、後述する回転周波数に対する転動体公転の比の取りうる範囲の値(工作機械主軸に用いられる軸受の場合には0.45前後の値が多い)、外輪損傷の場合は0となる。
【0018】
図2に外輪および内輪が損傷している場合の回転同期成分強調波形、
図3に転動体が損傷している場合の回転同期成分強調波形を示す。これらの図に基づいて、軸受損傷の種類毎の振動ピーク位置の規則性を説明する。なお、
図2において、内輪損傷時の振動ピークに関連する箇所は破線で、外輪損傷時の振動ピークに関連する箇所は実線で、注釈を記した。
図3において、転動体損傷時の振動ピークに関連する箇所は実線で注釈を記した。
【0019】
内輪損傷があると、
図2に示すように、同一の比振動源回転周波数(=1)の2倍だけ離れた2本の振動ピーク(ピーク対)が複数箇所に存在する。さらに、それぞれのピーク対の平均の比周波数は必ず比基本周波数の自然数倍となるため、比基本周波数が未知であっても、ピーク対の平均の比周波数が自然数比となっていることを確認することで内輪損傷による振動ピークであると確信することができる。
外輪損傷があると、
図2に示すように、比周波数の比が自然数比となるような振動ピークが複数箇所に存在する。軸受の比基本周波数は自然数とならないように設計されることが一般的であるため、さらにそれらの振動ピークの比周波数のいくつかが自然数でなければ、比基本周波数が自然数でないと推測できるため、外輪損傷による振動ピークであると確信することができる。なお、外輪損傷の場合、対でない1本の振動ピークが等間隔に存在するだけであるが、便宜上、比振動源回転周波数0だけ離れた2本の振動ピーク(ピーク対)が存在するとみなすことで他の種類の異常と同じ計算処理を用いることができる。
転動体損傷があると、
図3に示すように、同一の比振動源回転周波数の2倍だけ離れた2本の振動ピーク(ピーク対)が複数箇所に存在する。さらに、それぞれのピーク対の平均の比周波数は必ず比基本周波数の自然数倍となるため、比基本周波数が未知であっても、ピーク対の平均の比周波数が自然数比となっていることを確認することで転動体損傷による振動ピークであると確信することができる。なお、比振動源回転周波数の値は必ず1より小さい値となるため、内輪損傷との識別が可能である。
また、回転同期成分強調波形の振動ピーク位置の規則性(回転同期成分強調波形の比基本周波数×自然数±比振動源回転周波数の位置に振動ピークが存在する)を捉える方法として、ここではピーク対の平均(外輪の場合はピーク)の比周波数が自然数比となっていることを確認する手法を例に挙げたが他の手法であっても構わない。
【0020】
図4は、転がり軸受の異常診断を行う方法のフローチャートを示したものであり、このフローチャートに基づいて具体的に説明する。
まず、予め登録されている診断回転周波数の全条件のうちの1つが表示・操作部13に
図7のように表示される(S1)。
次に、診断装置の使用者は、表示された診断回転周波数を制御装置6へ指令する(S2)。
次に、診断装置の使用者は、表示部8を確認して、診断対象の軸受に支持された回転体が表示・操作部13に表示された回転周波数で回転しているかを判断し、一致している場合には表示・操作部13より測定開始を指令する(S3)。
すると、異常診断装置200では、振動加速度を測定して記録し(S4)、必要なデータ長となったら測定完了と判断してS6へ移行する(S5)。S6では、振動測定時の回転周波数と振動加速度とを対応付けて記録する。
S7で、予め登録されている診断回転周波数の全条件の測定が完了しているかを判断し、全条件の測定が完了していればS8へ移行する。完了してない場合にはS1に戻り、測定が完了していない別の診断回転周波数を表示する。ここでのS4~S7までが振動測定ステップとなる。
【0021】
S8では、まず振動加速度をフーリエ変換し振幅スペクトル密度を算出する。予め決めておいた全条件の測定に対して共通の比周波数分解能となるように振幅スペクトル密度の絶対値について補間処理を行い比周波数毎の振動の大きさを算出する。それぞれの診断回転周波数の振動の大きさについて係数が全て正の線型和を算出することで回転同期成分強調波形を算出する(回転同期成分強調波形算出ステップ)。全N条件のうちi番目の診断回転周波数をfROT(i)、線型和を取る際のi番目の条件の振動の大きさV(i)に対する係数をA(i)、回転同期成分強調波形をWとする。このとき回転同期成分強調波形は以下の数1で得られる。振動の大きさの合計を使う場合は、係数A(i)は以下の数2を用いればよい。振動の大きさの平均を使う場合は、係数A(i)は以下の数3を用いればよい。回転周波数により軸受損傷により生じる力がfROT(i)のM乗に比例すると近似できる場合に全ての回転周波数のデータを平等に扱うためには、係数A(i)を以下の数4とすればよい。回転周波数がfROTbestのとき最も測定精度が良いことがわかっている場合には、回転周波数がfROTbestに近いときの振動の大きさの影響度合いが大きくなるように以下の数5のような係数A(i)を用いてもよい。すなわち、数1~5の係数A(i)は任意の一部又は全部を選択できる。ここで、振動の大きさV(i)と回転同期成分強調波形Wは、比周波数毎に値を持つベクトル、A(i)はスカラーである。
【0022】
【0023】
次に、S9では、比基本周波数と比振動源回転周波数とを仮定し、回転同期成分強調波形の比基本周波数×自然数±比振動源回転周波数の位置に振動ピークが存在するかそれぞれ判断する。ある比周波数に振動ピークが存在するか否かの判断は、回転同期成分強調波形と回転同期成分強調波形の移動平均を比較し、回転同期成分強調波形の値の方が大きければ、その比周波数には振動ピークが存在すると判断すればよい。そして、比基本周波数×自然数±比振動源回転周波数の位置に振動ピークが存在した割合(一致率)を算出する。
【0024】
次に、S10では、既定された探索範囲の比基本周波数と比振動源回転周波数との組み合わせについて全て探索完了しているか判断し、完了していればS11へ移行する。
S11では、一致率が既定のしきい値以上である比基本周波数と比振動源回転周波数について、比振動源回転周波数の値に応じて軸受異常の種類(内輪損傷、転動体損傷、外輪損傷)を判断する。
さらに、S12では、S11で軸受異常の種類が特定された比基本周波数と比振動源回転周波数の組と診断回転周波数とから、基本周波数と特徴周波数の値を算出し、損傷の程度(修理が必要なレベルか否か)を診断する。例えば先の特許文献2に開示されているように、算出した基本周波数及び特徴周波数を、各周波数ごとに予め設定したしきい値と比較すれば、損傷の程度を診断することができる。ここでのS9~S12までが軸受損傷種類判別ステップとなる。
そして、S13では、
図8に示すような診断結果を表示・操作部13に表示する。ここでは比振動源回転周波数が外輪に対応する0、内輪に対応する1の場合に一致率が高く算出され損傷していると判断されたが、S12の診断では異常(修理が必要)と判定するしきい値を超過しなかったため、損傷の程度では「正常範囲」と表示され、「外輪と内輪が損傷していますが、修理が必要な水準ではありません」との文字も表示される。
【0025】
図5は、転がり軸受の異常診断を行う他の方法のフローチャートを示したものであり、このフローチャートに基づいて具体的に説明する。
S1~S8までは
図4の方法と同じである。まず、予め登録されている診断回転周波数の全条件のうちの1つが表示・操作部13に
図7のように表示される(S1)。診断装置の使用者は、表示された診断回転周波数を制御装置6へ指令する(S2)。診断装置の使用者は、表示部8を確認して、診断対象の軸受に支持された回転体が表示・操作部13に表示された回転周波数で回転しているかを判断し、一致している場合には表示・操作部13より測定開始を指令する(S3)。振動加速度を測定して記録し(S4)、必要なデータ長となったら測定完了と判断してS6へ移行する(S5)。振動測定時の回転周波数と振動加速度を対応付けて記録する(S6)。予め登録されている診断回転周波数の全条件の測定が完了しているかを判断し、全条件の測定が完了していればS8へ移行する。完了してない場合にはS1に戻り、測定が完了していない別の診断回転周波数を表示する。
S8では、まず振動加速度をフーリエ変換し振幅スペクトル密度を算出する。予め決めておいた全条件の測定に対して共通の比周波数分解能となるように振幅スペクトル密度の絶対値について補間処理を行い比周波数毎の振動の大きさを算出する。それぞれの診断回転周波数の振動の大きさについて係数が全て正の線型和を算出することで回転同期成分強調波形を算出する(回転同期成分強調波形算出ステップ)。
【0026】
そして、S109では、まず振動ピークが存在すると判断された比周波数を4つ選択する。ある比周波数に振動ピークが存在するか否かの判断は、回転同期成分強調波形と回転同期成分強調波形の移動平均とを比較し、回転同期成分強調波形の値の方が大きければ、その比周波数には振動ピークが存在すると判断すればよい。
次に、S110では、選択された4つの振動ピークの比周波数F1、F2、F3、F4と、公約数を持たない異なる自然数N1、N2との組み合わせが以下の数6および数7の関係式を満たすか否かを判断する。なお、F1、F2、F3、F4には同一の比周波数が選ばれても良い(F1とF2、F3とF4がそれぞれ同一の比周波数のときに外輪損傷の振動ピークを検出できる)。
【0027】
【0028】
S110の判別で、4つの振動ピークの比周波数F1、F2、F3、F4と、公約数を持たない異なる自然数N1、N2の組み合わせが数6および数7の関係式を満たす場合、S111へ移行し、関係式を満たさない場合、S109に戻って異なる比周波数を4つ選択してS110の判別を再度行う。
S111では、まず数6および数7の関係式を満たす振動ピークの比周波数の組み合わせについて、以下の数8、数9より比基本周波数R0、比振動源回転周波数R1を算出する。
【0029】
【0030】
そして、算出した比振動源回転周波数R
1の値に応じて軸受異常の種類(内輪損傷、転動体損傷、外輪損傷)を判断し、S112で、
図9に示すような診断結果を表示・操作部13に表示する。ここでは比振動源回転周波数が転動体に対応する0.45と算出されたため、転動体が損傷している可能性ありと表示される。ここでのS109~S111が軸受損傷種類判別ステップとなる。
【0031】
図6は、機械学習を用いて転がり軸受の異常診断を行う他の方法のフローチャートを示したものであり、このフローチャートに基づいて具体的に説明する。
ここでは軸受異常が既知の軸受について後述する方法で算出される回転同期成分強調波形を入力とし、内輪損傷がある(1)か否か(0)、転動体損傷がある(1)か否か(0)、外輪損傷がある(1)か否か(0)、を出力とする教師データを用いて外部の学習器(
図1に図示しない)において、予め機械学習させておき、学習済み数理モデルを
図1の演算部12に備えている。数理モデルの形態としては、例えば、多層ニューラルネットワークなどを用いることができる。軸受異常が既知の軸受について評価用データ(回転同期成分強調波形)の値を入力した場合の出力の分布より、内輪、転動体、外輪が異常か否かを判断するしきい値を予め決定しておき、演算部12に備えている。
【0032】
S1~S8までは
図4の方法と同じである。予め登録されている診断回転周波数の全条件のうちの1つが表示・操作部13に
図7のように表示される(S1)。診断装置の使用者は、表示された診断回転周波数を制御装置6へ指令する(S2)。診断装置の使用者は、表示部8を確認して、診断対象の軸受に支持された回転体が表示・操作部13に表示された回転周波数で回転しているかを判断し、一致している場合には表示・操作部13より測定開始を指令する(S3)。振動加速度を測定して記録し(S4)、必要なデータ長となったら測定完了と判断してS6へ移行する(S5)。振動測定時の回転周波数と振動加速度を対応付けて記録する(S6)。予め登録されている診断回転周波数の全条件の測定が完了しているかを判断し、全条件の測定が完了していればS8へ移行する。完了してない場合にはS1に戻り、測定が完了していない別の診断回転周波数を表示する。
S8では、まず振動加速度をフーリエ変換し振幅スペクトル密度を算出する。予め決めておいた全条件の測定に対して共通の比周波数分解能となるように振幅スペクトル密度の絶対値について補間処理を行い比周波数毎の振動の大きさを算出する。それぞれの診断回転周波数の振動の大きさについて係数が全て正の線型和を算出することで回転同期成分強調波形を算出する(回転同期成分強調波形算出ステップ)。
【0033】
そして、S209では、回転同期成分強調波形を学習済み数理モデルに入力し、内輪損傷があるか否か、転動体損傷があるか否か、外輪損傷があるか否か、の出力値をそれぞれ算出する(軸受損傷種類判別ステップ)。
S209で、それぞれの出力値の値が予め設定されたしきい値を超過していれば異常と判断し、S210で、
図10に示すような診断結果を表示・操作部13に表示する。
図10には、学習済み数理モデルに入力する回転同期成分強調波形がグラフとして、学習済み数理モデルからの出力値、異常か否かを判断するしきい値、異常か否かを判断した判定結果が表示されている。
【0034】
このように、上記各形態の異常診断方法及び異常診断装置200、異常診断プログラムによれば、測定した振動に対し、主軸1の回転周波数に比例した周波数の振動成分を強調する回転同期成分強調波形を算出し、回転同期成分強調波形の振動ピーク位置の規則性に基づいて軸受7における損傷の種類を判別するので、軸受諸元を用いることなく振動ピークの規則性から軸受異常の種類を判断することが可能となる。
さらに、比基本周波数と比振動源回転周波数を推定する処理の場合、基本周波数や特徴周波数の算出が行える。このため、基本周波数や特徴周波数を算出するために軸受諸元を利用する必要があった従来の診断技術(例えば特許文献2)を採用して損傷レベルの診断をさらに行うことも可能となる。ある回転周波数における基本周波数が必要な場合は、比基本周波数の値に回転周波数を乗算することで算出することが可能である。ある回転周波数における、転動体の保持器が自転する(転動体が公転する)周波数が必要な場合には、転動体損傷と判断された比基本周波数と比振動源回転周波数の組み合わせの比振動源回転周波数の値に回転周波数を乗算することで算出することが可能である。この損傷レベルの診断処理は、
図5の異常診断方法においても採用できる。
【0035】
特にここでは、振動測定ステップでは、異なる複数の回転周波数で振動を測定し、回転同期成分強調波形算出ステップでは、振動を周波数分析して共通の比周波数に対応する振動の大きさをそれぞれ算出し、係数が全て正の線型和をとるようにしている(S8)ので、さらに外乱の影響が低減されて、振動ピークの規則性を捉え易くなるため、軸受異常の推定精度が向上する。
【0036】
また、
図6に示す異常診断方法では、回転同期成分強調波形を入力とし、内輪傷の有無、転動体傷の有無、外輪傷の有無の少なくともひとつを出力とする教師データを用いて学習した機械学習モデルを用い、回転同期成分強調波形を入力して軸受損傷の種類を判別するので、人間が考える処理よりも汎用的に振動ピークの規則性から軸受異常の種類を判断することが可能となる。
そして、異常診断装置200では、軸受損傷に対応する比基本周波数と比振動源回転周波数とを合わせて表示・操作部13に表示するので、数字として表示される周波数の値を用いて異常診断装置200とは別の異常診断装置による軸受診断処理を行うことが可能となる。
さらにここでは、特定の比周波数の位置と回転同期成分強調波形とを合わせて表示・操作部13に表示するので、振動ピークの規則性を正しく抽出できているか否かを視覚的に把握できるため、診断結果の妥当性を容易に検証できる。また、各損傷の種類において着目すべき比周波数がわかりやすくなる。
【0037】
なお、上記各例では、診断対象の軸受に支持された回転体の回転周波数を直接指令可能な例を示したが、ベルトや歯車を介して工作機械主軸を回転させるモータの支持軸受を診断する場合は、減速比を考慮して、モータの支持軸受の回転周波数が診断周波数となるように指定してやればよい。
また、表示・操作部13に表示された診断回転周波数に診断対象の軸受の回転周波数を合わせることで、振動加速度と回転周波数を対応付けて記憶する方法を示したが、診断対象の軸受の回転周波数を表示・操作部13より診断装置の使用者が入力する方法や、異常診断装置200が速度検出器5の情報を直接取り込めるようにする方法でもよい。
さらに、回転周波数(単位はHzを用いることが多い)と回転速度(工作機械主軸では、単位min-1が用いられることが多い)は、1Hz=60min-1の関係がある同一の量であり、どちらを用いてもよい。
【0038】
一方、すべりのない場合の、転がり軸受の転動体の公転周波数を回転周波数で除算した値(転動体異常の場合の比振動源回転周波数R1)は、転動体直径d、ピッチ円直径D、接触角αを用いて、以下の数10で表現される。
【0039】
【0040】
数10より、転がり軸受の転動体の公転周波数を回転周波数で除算した値(転動体異常の場合の比振動源回転周波数R1)はピッチ円直径に対する転動体直径の比が大きいほど小さくなることがわかる。転がり軸受を構成する上で最低3個の転動体が必要となるので、3個の転動体を密に並べた構造の軸受においてピッチ円直径に対する転動体直径の比が最大となるため、幾何学的に決定される転がり軸受の転動体の公転周波数を回転周波数で除算した値(転動体異常の場合の比振動源回転周波数R1)の下限値は、(1-√3÷2)÷2≒0.0669である。数10より、転動体直径を無限小にした場合が、転がり軸受の転動体の公転周波数を回転周波数で除算した値(転動体異常の場合の比振動源回転周波数R1)が最大となることがわかる。このため、幾何学的には、転がり軸受の転動体の公転周波数を回転周波数で除算した値(転動体異常の場合の比振動源回転周波数R1)の上限値は0.5である。よって、転がり軸受の転動体の公転周波数を回転周波数で除算した値(転動体異常の場合の比振動源回転周波数R1)がとり得る範囲は、最も広く見積もっても(1-√3÷2)÷2以上から0.5以下である。この範囲は、内輪異常の場合の比振動源回転周波数である1、外輪異常の場合の比振動源回転周波数である0を含んでいないため、内輪異常・転動体異常・外輪異常のいずれに分類すればよいか判別できないという状況は生じない。
工作機械主軸に用いられる軸受の場合、転動体異常の場合の比振動源回転周波数は0.45前後であるため、仮定する比振動源回転周波数は0、0.4以上0.5以下、1とするなどさらに限定して探索を行ってもよい。
【0041】
そして、各形態では、測定毎に比周波数分解能が一致しない場合に比周波数分解能を統一する方法として補間処理を行う例を示したが、軸受の接触角の変化や回転周波数の誤差により軸受損傷に起因する振動ピークの周波数がX%程度前後する場合は、比周波数分解能統一後のある比周波数の振動の大きさとして採用する値はその比周波数の±X%の範囲の最大値を採用するとよい。このように比周波数の前後に所定の幅を持たせて当該幅内の最大値を採用することにより、軸受の接触角の変化や回転周波数の誤差によって振動ピークの位置がX%ずれたとしても、必ずある比周波数において軸受損傷に起因する振動ピークの振動の大きさを合算した値が得られることになる。なお、比周波数分解能が荒いため、ある比周波数の±X%の範囲にデータが存在しない場合には、±比周波数分解能分の範囲の最大値を採用する。なお、Xの値の決定は、例えば実際に複数の回転周波数において、軸受諸元が既知の異常軸受に支持された主軸の振動を測定し、軸受諸元から算出される振動ピークの比周波数に最も近い振動ピークの比周波数を求め、複数の回転周波数において求めた比周波数の標準偏差の数倍(例えば3~6倍)を、複数の回転周波数において求めた比周波数の平均で割って算出するといった方法がある。このように、一旦軸受諸元が既知の異常軸受でばらつきの度合いX%を把握しておけば、このX%を軸受諸元が未知の軸受に対しても用いることができる。
【0042】
一方、各形態では、係数が全て正の線型和をとることで回転同期成分強調波形を算出し、回転同期成分強調波形と回転同期成分強調波形の移動平均を比較し、回転同期成分強調波形の値の方が大きければ、その比周波数には振動ピークが存在すると判断するような局所的に最大となる振動ピークを抽出する例を示したが、係数が全て負の線型和をとることで回転同期成分強調波形を算出し、回転同期成分強調波形と回転同期成分強調波形の移動平均を比較し、回転同期成分強調波形の値の方が小さければ、その比周波数には振動ピークが存在すると判断する局所的に最小となる振動ピークを抽出する手法でも全く同様の議論が成立する。
また、軸受損傷種類判別ステップで用いる回転同期成分強調波形の比周波数の範囲は、算出可能な全ての比周波数の範囲とする必要はなく、軸受損傷に起因する振動ピークの規則性を捉え易い範囲にすることが望ましい。
さらに、機械学習を用いて転がり軸受の異常診断を行う方法の教師データの出力として、0と1の2値を与える手法を示したが、損傷度合いを定量的に表現する連続的な値を教師データとすることも可能である。
加えて、比周波数、比基本周波数、比振動源回転周波数、これらの値と比較される値、の全てに同一の値を乗算しても、全く同じ議論が成立する。つまり、例えば比振動源回転周波数が1と一致するか否かを判断することは、比振動源回転周波数×30Hzが1×30Hzと一致するか否かを判断することと同義である。
【0043】
そして、振動測定ステップは、一定の回転周波数のときに実行する場合に限らない。例えば工作機械の主軸のような回転負荷が小さい回転体の場合、惰性回転をさせた場合の単位時間当たりの回転周波数の変化は非常に小さい。このため、回転体の振動を複数回測定する振動測定ステップは、予め設定した回転周波数に主軸を制御した後惰性回転させ、停止若しくはある回転数に至るまでに繰り返し振動測定を行うようにしてもよい。このとき、振動測定を行ったそれぞれの時間帯では、各時間帯の平均の回転周波数で回転していると見なして比周波数を算出し、同様の処理を行えばよい。
また、比周波数ごとの振動の大きさについて係数が全て同符号の線型和を算出した値に対して、定数を加算・減算・乗算・除算したり、比周波数の変化に対して単調増加又は減少する値を加算・減算したり、比周波数の変化に対して単調増加又は減少する値でさらに全て同符号である値を乗算・除算したりしても差し支えない。すなわち、振動ピーク位置を変化させない処理であれば本発明に包含できる。
【0044】
その他、本実施例では、工作機械と異常診断装置とを別体で示しているが、異常診断装置を制御装置に内蔵しても良い。
また、異常診断装置を複数の工作機械と有線或いは無線で通信可能とし、工作機械側で振動を測定してデータを取得しつつ、異常診断プログラムに基づいて異常診断方法を工作機械毎に実行するようにしてもよい。さらに、振動の測定から異常診断までを連続して行う場合に限らず、振動の測定データを記憶部に保存しておき、所定のタイミングで異常診断プログラムによる異常診断を行うようにしても差し支えない。
【符号の説明】
【0045】
1・・主軸、2・・主軸ハウジング、3・・工具、4・・モータ、5・・速度検出器、6・・制御装置、7・・軸受、8・・表示部、9・・振動センサ、10・・A/D変換器、11・・記憶部、12・・演算部、13・・表示・操作部、100・・工作機械、200・・異常診断装置。