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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-26
(45)【発行日】2022-10-04
(54)【発明の名称】マロニル基転移酵素遺伝子の使用
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/54 20060101AFI20220927BHJP
   A01H 5/00 20180101ALI20220927BHJP
   C12N 15/82 20060101ALI20220927BHJP
   C12N 9/10 20060101ALI20220927BHJP
   A01H 1/00 20060101ALI20220927BHJP
   A01H 5/02 20180101ALI20220927BHJP
   C12P 7/26 20060101ALI20220927BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20220927BHJP
【FI】
C12N15/54
A01H5/00 A ZNA
C12N15/82 130Z
C12N9/10
A01H1/00 A
A01H5/02
C12P7/26
C12N5/10
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2019527706
(86)(22)【出願日】2018-07-02
(86)【国際出願番号】 JP2018025101
(87)【国際公開番号】W WO2019009257
(87)【国際公開日】2019-01-10
【審査請求日】2020-12-16
(31)【優先権主張番号】P 2017130396
(32)【優先日】2017-07-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】309007911
【氏名又は名称】サントリーホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100150810
【弁理士】
【氏名又は名称】武居 良太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100138210
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 達則
(72)【発明者】
【氏名】興津 奈央子
(72)【発明者】
【氏名】中村 典子
【審査官】佐久 敬
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/002945(WO,A1)
【文献】LIN, L.C. et al.,Isolation of Luteolin and Luteolin-7-O-glucoside from Dendranthema morifolium Ramat Tzvel and Their Pharmacokinetics in Rats.,J. Agric. Food Chem.,2015年,vol. 63,p. 7700-7706
【文献】UNNO, H. et al.,Structural and Mutational Studies of Anthocyanin Malonyltransferases Establish the Features of BAHD Enzyme Catalysis.,J. Biol. Chem.,2007年,vol. 282, no. 21,p. 15812-15822,ABSTRACT, 第15813頁左欄第2段落
【文献】中山亨 ほか,キク花弁由来アントシアニンマロニル基転移酵素ホモログDm3MaT3のX線結晶構造解析,日本植物細胞分子生物学会大会・シンポジウム講演要旨集,2007年,vol. 25,p. 122,【緒言】、【方法と結果】
【文献】MANJASETTY, B.A. et al.,Structural basis for modification of flavonol and naphthol glucoconjugates by Nicotiana tabacum malonyltransferase (NtMaT1).,Planta,2012年,vol. 236,p. 781-793,Abstract, Fig1-2
【文献】野田尚信 ほか,バイオテクノロジーによる花色の青色化と青いキクの創出,園芸学研究(HORITICULTURAL RESEARCH),日本,2018年03月24日,vol. 17, no. 1,p. 234,[目的]、[結果および考察]、第1図
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
A01H
C12P
C07D
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)~(e):
(a)配列番号1の塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(b)配列番号1の塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリジェント条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドであって、フラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を特異的に転移する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(c)配列番号2のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(d)配列番号2のアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、フラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を特異的に転移する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;及び
(e)配列番号2のアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつ、フラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を特異的に転移する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
からなる群から選ばれるポリヌクレオチドを宿主植物に導入することを含む、7位のグルコースにマロニル基が付与されたフラボンを生成する遺伝子組換え植物又はその子孫を生産する方法。
【請求項2】
前記フラボンがルテオリン又はアピゲニンである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記遺伝子組換え植物が改変された花色を有する、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
以下の(a)~(e):
(a)配列番号1の塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(b)配列番号1の塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリジェント条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドであって、フラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を特異的に転移する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(c)配列番号2のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(d)配列番号2のアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、フラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を特異的に転移する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;及び
(e)配列番号2のアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつ、フラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を特異的に転移する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
からなる群から選ばれるポリヌクレオチドを含むことを特徴とする、7位のグルコースにマロニル基が付与されたフラボンを生成する遺伝子組換え植物(ただし、キクを除く)若しくはその子孫又はそれらの部分若しくは組織。
【請求項5】
前記フラボンがルテオリン又はアピゲニンである、請求項4に記載の遺伝子組換え植物若しくはその子孫又はそれらの部分若しくは組織。
【請求項6】
前記遺伝子組換え植物が改変された花色を有する、請求項4又は5に記載の植物若しくはその子孫又はそれらの部分若しくは組織。
【請求項7】
切花である、請求項4~6のいずれか1項に記載の植物の部分。
【請求項8】
請求項7に記載の切花を用いた切花加工品。
【請求項9】
以下の(a)~(e):
(a)配列番号1の塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(b)配列番号1の塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリジェント条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドであって、フラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を特異的に転移する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(c)配列番号2のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(d)配列番号2のアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、フラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を特異的に転移する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;及び
(e)配列番号2のアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつ、フラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を特異的に転移する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
からなる群から選ばれるポリヌクレオチドを非ヒト宿主に導入し、
該非ヒト宿主を培養し又は生育させること、
を含む、7位のグルコースにマロニル基が付加されたフラボンの製造方法。
【請求項10】
前記非ヒト宿主が植物細胞である、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記フラボンがルテオリン又はアピゲニンである、請求項9又は10に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フラボン7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を転移する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドを用いた、7位のグルコースにマロニル基が付加されたフラボンをコピグメントとして含み、これにより、改変された花色、好ましくは、既存の品種よりも青い花色を有する植物品種の作出方法、及び、7位のグルコースにマロニル基が付加されたフラボンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
花の色は、フラボノイド、カロテノイド、クロロフィル、ベタレインの4種類の色素に起因する。この中で、フラボノイドは黄、赤、紫、青といった多様な色を呈する。フラボノイドの中で、赤、紫、青色を呈する1グループはアントシアニンと総称され、アグリコンの構造に依り、ペラルゴニジン、シアニジン、デルフィニジンの3つのグループに分類することができる。
【0003】
花色が青くなるためにはデルフィニジンが蓄積することに加え、(i)アントシアニンが1つ又は複数の芳香族アシル基により修飾されること、(ii)アントシアニンがフラボンやフラボノールなどのコピグメントと共存すること、(iii)鉄イオンやアルミニウムイオンがアントシアニンと共存すること、(iv)アントシアニンが局在する液胞のpHが中性から弱アルカリ性に上昇すること、又は(v)アントシアニン、コピグメント、金属イオンが錯体を形成すること(このようなアントシアニンはメタロアントシアニンと呼ばれる)のいずれかが必要であると考えられている(非特許文献1)。
【0004】
フラボノイドやアントシアニンの生合成経路はよく研究され、関連する生合成酵素やそれをコードする遺伝子が同定されている(非特許文献2)。また、フラボノイドの1つであるフラボンは、アントシアニンと共存すると花色を青く濃くする効果がしられており、フラボンの生合成酵素をコードする遺伝子が多くの植物から同定されている。
アントシアニンやフラボンを修飾する酵素遺伝子も多くの植物から得られており、例えば糖転移酵素遺伝子、アシル基転移酵素遺伝子、メチル基転移酵素遺伝子などがある。アントシアニンやフラボンは、これらの酵素によって、種および品種特異的に多様な修飾を受け、この多様性が花色の多様さの一因となっている。例えば、アントシアニン 3-グルコシドの3位のグルコースの6位にマロニル基を転移する活性を有するタンパク質をコードする遺伝子は、キク、ダリア、シネラリアから単離されている(非特許文献3、特許文献1)。アントシアニン 5-グルコシドの5位のグルコースの6位にマロニル基を転移する活性を有するタンパク質をコードする遺伝子は、サルビア、シロイヌナズナから単離されている(非特許文献4、特許文献1)。イソフラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を転移する活性を有するタンパク質をコードする遺伝子は、ダイズ、メディカゴなどから単離されている(非特許文献5、6)。フラボノール 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を転移する活性を有するタンパク質をコードする遺伝子は、タバコから単離されている(非特許文献7)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2001/092536号
【文献】国際公開第2017/002945号
【非特許文献】
【0006】
【文献】Natural Product Reports (2009), 26, 884-915
【文献】Biosci. Biotechnol. Biochem (2010), 74(9), 1760-1769
【文献】Plant Biotechnology, 20(3), 229-234 (2003)
【文献】The Plant Journal (2007) 50, 678-695
【文献】Phytochemistry 68 (2007), 2035-2042
【文献】The Plant Journal (2008) 55, 382-396
【文献】The Plant Journal (2005) 42, 481-491
【文献】THE JOURNAL OF BIOLOGICAL CHEMISTRY VOL.282, NO.21, 15812-15822
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
遺伝子組換えにより、青色色素デルフィニジンの誘導体を生成する青色キクが作出されている(特許文献2)。この花弁青色化の要因は、デルフィニジンの生成に加えて、共存するフラボンの一種、ルテオリン 7-マロニルグルコシドのコピグメント効果によるものと考えられる。しかし、ルテオリン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を転移する活性を有するタンパク質をコードするキク由来の遺伝子は未同定であった。
かかる状況の下、本発明が解決しようとする課題は、キクにおいてフラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を特異的に転移する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドを同定し、これを用いて、7位のグルコースにマロニル基が付加されたフラボンの製造方法を提供することである。さらに、このようなポリヌクレオチドを用いて7位のグルコースにマロニル基が付加されたフラボンを生成し、当該フラボンのコピグメント効果により、改変された花色、好ましくは、既存の品種よりも青い花色を有する植物品種を作出することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決すべく、本願発明者は鋭意検討し、実験を重ねた結果、フラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を特異的に転移する活性を有するタンパク質としてキク由来のアントシアニンマロニル基転移酵素ホモログ(Dm3MaT3)を同定し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は以下の通りのものである。
[1] 以下の(a)~(e):
(a)配列番号1の塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(b)配列番号1の塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリジェント条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドであって、フラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を特異的に転移する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(c)配列番号2のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(d)配列番号2のアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、フラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を特異的に転移する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;及び
(e)配列番号2のアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつ、フラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を特異的に転移する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
からなる群から選ばれるポリヌクレオチドを宿主植物に導入することを含む、7位のグルコースにマロニル基が付与されたフラボンを生成する遺伝子組換え植物又はその子孫を生産する方法。
[2] 前記フラボンがルテオリン又はアピゲニンである、1に記載の方法。
[3] 前記遺伝子組換え植物が改変された花色を有する、1又は2に記載の方法。
[4] 以下の(a)~(e):
(a)配列番号1の塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(b)配列番号1の塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリジェント条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドであって、フラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を特異的に転移する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(c)配列番号2のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(d)配列番号2のアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、フラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を特異的に転移する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;及び
(e)配列番号2のアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつ、フラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を特異的に転移する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
からなる群から選ばれるポリヌクレオチドを含むことを特徴とする、7位のグルコースにマロニル基が付与されたフラボンを生成する遺伝子組換え植物若しくはその子孫又はそれらの部分若しくは組織。
[5] 前記フラボンがルテオリン又はアピゲニンである、4に記載の遺伝子組換え植物若しくはその子孫又はそれらの部分若しくは組織。
[6] 前記遺伝子組換え植物が改変された花色を有する、4又は5に記載の植物若しくはその子孫又はそれらの部分若しくは組織。
[7] 切花である、4~6のいずれかに記載の植物の部分。
[8] 7に記載の切花を用いた切花加工品。
[9] 以下の(a)~(e):
(a)配列番号1の塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(b)配列番号1の塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリジェント条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドであって、フラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を特異的に転移する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(c)配列番号2のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(d)配列番号2のアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、フラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を特異的に転移する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;及び
(e)配列番号2のアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつ、フラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を特異的に転移する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
からなる群から選ばれるポリヌクレオチドを非ヒト宿主に導入し、
該非ヒト宿主を培養し又は生育させること、
を含む、7位のグルコースにマロニル基が付加されたフラボンの製造方法。
[10] 前記非ヒト宿主が植物細胞である、9に記載の方法。
[11] 前記フラボンがルテオリン又はアピゲニンである、9又は10に記載の方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、7位のグルコースにマロニル基が付加されたフラボンをコピグメントして含み、これにより、改変された花色、好ましくは、既存の品種よりも青い花色を有する植物品種を作出することができる。また、7位のグルコースにマロニル基が付加されたフラボンの製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】Dm3MaT3を発現させた大腸菌から粗抽出したタンパク質溶液、Dm3MaT1を発現させた大腸菌から粗抽出したタンパク質溶液、Dm3MaT2を発現させた大腸菌から粗抽出したタンパク質溶液それぞれと、ルテオリン 7-グルコシドを酵素反応させた反応液の高速液体クロマトグラムである。
図2】Dm3MaT3を発現させた大腸菌から粗抽出したタンパク質溶液、Dm3MaT1を発現させた大腸菌から粗抽出したタンパク質溶液、Dm3MaT2を発現させた大腸菌から粗抽出したタンパク質溶液それぞれと、シアニジン 3-グルコシドを酵素反応させた反応液の高速液体クロマトグラムである。
図3】Dm3MaT3タンパク質溶液とルテオリン 7-グルコシドを酵素反応させた反応液の高速液体クロマトグラムである。
図4】Dm3MaT3タンパク質溶液とルテオリン 4’-グルコシドを酵素反応させた反応液の高速液体クロマトグラムである。
図5】Dm3MaT3タンパク質の各種フラボノイド基質に対する反応性をまとめた図である。
図6】Dm3MaT3と、Dm3MaT1及びDm3MaT2のアミノ酸配列を比較するアライメント図である。
図7】本発明のDm3MaT3と諸酵素との関係を指標する系統樹である。
図8】pSPB7136のプラスミドマップである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明で用いられるポリヌクレオチド(配列番号1)はDm3MaT3をコードするものである。本明細書中、用語「ポリヌクレオチド」はDNA又はRNAを意味する。本発明で用いられるポリヌクレオチドは、配列番号1の塩基配列、又はその相当のアミノ酸配列(配列番号2)からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチドからなるものに限定されず、当該塩基配列又はその相補配列からなるポリヌクレオチド、あるいは当該アミノ酸配列と特定の配列相同性、好ましくは配列同一性を有し、かつ、フラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を特異的に転移する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含む。
本明細書では、キク由来のフラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を特異的に転移する活性を有するタンパク質をコードする遺伝子について述べているが、本発明で用いられるポリヌクレオチドは、キク由来の遺伝子に限定されるものではなく、フラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を特異的に転移する活性を有するタンパク質をコードする遺伝子の起源としては植物でも動物でも微生物であってもよく、フラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を特異的に転移する活性を有している限り、起源を問わず、植物における花色の変更に利用可能である。
【0012】
本発明で用いられるポリペプチドには、配列番号1の塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドストリンジェントな条件でハイブリダイズするポリヌクレオチドであって、フラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を特異的に転移する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドも含まれる。本明細書中、用語「ストリジェント条件」とは、ポリヌクレオチド又はオリゴヌクレオチドと、ゲノムDNAとの選択的かつ検出可能な特異的結合を可能とする条件である。ストリンジェント条件は、塩濃度、有機溶媒(例えば、ホルムアミド)、温度、及びその他公知の条件の適当な組み合わせによって定義される。すなわち、塩濃度を減じるか、有機溶媒濃度を増加させるか、又はハイブリダイゼーション温度を上昇させるかによってストリンジェンシー(stringency)は増加する。さらに、ハイブリダイゼーション後の洗浄の条件もストリンジェンシーに影響する。この洗浄条件もまた、塩濃度と温度によって定義され、塩濃度の減少と温度の上昇によって洗浄のストリンジェンシーは増加する。したがって、用語「ストリンジェント条件」とは、各塩基配列間の「同一性」又は「相同性」の程度が、例えば、全体の平均で約80%以上、好ましくは約90%以上、より好ましくは約95%以上、さらに好ましくは97%以上、最も好ましくは98%以上であるような、高い相同性を有する塩基配列間のみで、特異的にハイブリダイズするような条件を意味する。「ストリンジェント条件」としては、例えば、温度60℃~68℃において、ナトリウム濃度150~900mM、好ましくは600~900mM、pH6~8であるような条件を挙げることができ、具体例としては、5×SSC(750mMNaCl、75mMクエン酸三ナトリウム)、1%SDS、5×デンハルト溶液50%ホルムアルデヒド、及び42℃の条件でハイブリダイゼーションを行い、0.1×SSC(15mMNaCl、1.5mMクエン酸三ナトリウム)、0.1%SDS、及び55℃の条件で洗浄を行うものを挙げることができる。
【0013】
ハイブリダイゼーションは、例えば、カレント・プロトコールズ・イン・モレキュラー・バイオロジー(Current protocols in molecular biology(edited by Frederick M. Ausubel et al., 1987))に記載の方法等、当業界で公知の方法あるいはそれに準じる方法に従って行なうことができる。また、市販のライブラリーを使用する場合、添付の使用説明書に記載の方法に従って行なうことができる。このようなハイブリダイゼーションによって選択される遺伝子としては、天然由来のもの、例えば、植物由来のもの、植物由来以外のものであってもよい。また、ハイブリダイゼーションによって選択される遺伝子はcDNAであってもよく、ゲノムDNAであっても化学合成したDNAでもよい。
本発明に係るDNAは、当業者に公知の方法、例えば、ホスホアミダイド法等により化学的に合成する方法、植物の核酸試料を鋳型とし、目的とする遺伝子のヌクレオチド配列に基づいて設計したプライマーを用いる核酸増幅法などによって得ることができる。
【0014】
本発明で用いられるポリペプチドには、配列番号2のアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、フラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を特異的に転移する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドも含まれる。上記「1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列」とは、例えば1~20個、好ましくは1~5個、より好ましくは1~3個の任意の数のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列を意味する。遺伝子工学的手法の一つである部位特異的変異誘発法は特定の位置に特定の変異を導入できる手法であることから有用であり、Molecular Cloning: A Laboratory Manual, 2nd Ed., Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, N.Y., 1989等に記載の方法に準じて行うことができる。この変異DNAを適切な発現系を用いて発現させることにより、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質を得ることができる。
【0015】
本発明で用いられるポリペプチドには、配列番号2のアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつ、フラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を特異的に転移する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドも含まれる。このようなポリペプチドは、配列番号2のアミノ酸配列に対して、好ましくは約95%以上、さらに好ましくは97%以上、最も好ましくは98%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする。本明細書中、用語「同一性」は、ポリペプチド配列(又はアミノ酸配列)あるいはポリヌクレオチド配列(又は塩基配列)における2本の鎖の間で該鎖を構成している各アミノ酸残基同志又は各塩基同志の互いの適合関係において同一であると決定できるようなものの量(数)を意味し、二つのポリペプチド配列又は二つのポリヌクレオチド配列の間の配列相関性の程度を意味するものであり、「同一性」は容易に算出できる。二つのポリヌクレオチド配列又はポリペプチド配列間の相同性を測定する方法は数多く知られており、用語「同一性」は、当業者には周知である(例えば、Lesk, A. M. (Ed.), Computational Molecular Biology, Oxford University Press, New York, (1988); Smith, D. W. (Ed.), Biocomputing: Informatics and Genome Projects, Academic Press, New York, (1993); Grifin, A. M. & Grifin, H. G. (Ed.), Computer Analysis of Sequence Data: Part I, Human Press, New Jersey, (1994); von Heinje, G., Sequence Analysis in Molecular Biology, Academic Press, New York, (1987); Gribskov, M. & Devereux, J. (Ed.), Sequence Analysis Primer, M-Stockton Press, New York, (1991)等参照)。
【0016】
また、本明細書に記載される「同一性」の数値は、特に明示した場合を除き、当業者に公知の相同性検索プログラムを用いて算出される数値であってよいが、好ましくは、MacVectorアプリケーション(バージョン14.5.2(24)、Oxford Molecular Ltd.,Oxford,England)のClustalWプログラムを用いて算出される数値である。
【0017】
本発明で用いられるポリヌクレオチド(核酸、遺伝子)は、着目のタンパク質を「コードする」ものである。ここで、「コードする」とは、着目のタンパク質をその活性を備えた状態で発現させるということを意味している。また、「コードする」とは、着目のタンパク質を連続する構造配列(エクソン)としてコードすること、又は介在配列(イントロン)を介してコードすることの両者の意味を含んでいる。
【0018】
生来の塩基配列を有する遺伝子は、以下の実施例に記載するように、例えば、DNAシークエンサーによる解析によって得られる。また、修飾されたアミノ酸配列を有する酵素をコードするDNAは生来の塩基配列を有するDNAを基礎として、常用の部位特定変異誘発やPCR法を用いて合成することができる。例えば、修飾したいDNA断片を生来のcDNA又はゲノムDNAの制限酵素処理によって得て、これを鋳型にして、所望の変異を導入したプライマーを用いて部位特定変異誘発やPCR法を実施し、所望の修飾したDNA断片を得る。その後、この変異を導入したDNA断片を目的とする酵素の他の部分をコードするDNA断片と連結すればよい。
あるいは短縮されたアミノ酸配列からなる酵素をコードするDNAを得るには、例えば、目的とするアミノ酸配列より長いアミノ酸配列、例えば、全長アミノ酸配列をコードするDNAを所望の制限酵素により切断し、その結果得られたDNA断片が目的とするアミノ酸配列の全体をコードしていない場合は、不足部分の配列からなるDNA断片を合成し、連結すればよい。
【0019】
また、得られたポリヌクレオチドを大腸菌及び酵母での遺伝子発現系を用いて発現させ、酵素活性を測定することにより、得られたポリヌクレオチドがフラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を特異的に転移する活性を有するタンパク質をコードすることを確認することができる。さらに、当該ポリヌクレオチドを発現させることにより、ポリヌクレオチド産物であるフラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を特異的に転移する活性を有するタンパク質を得ることができる。あるいは配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるポリペプチドに対する抗体を用いてもフラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を特異的に転移する活性を有するタンパク質を取得することができ、かかる抗体を用いて他の生物由来のフラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を特異的に転移する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドをクローン化することもできる。
【0020】
このようにして得られた、フラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を特異的に転移する活性を有するタンパク質をコードする外因性ポリヌクレオチドを、例えば、(組換え)ベクター、特に発現ベクターを用いて植物に導入し、これを該植物の細胞内に含有させることにより、7位のグルコースにマロニル基が付加されたフラボンをコピグメントして含み、これにより、改変された花色、好ましくは、既存の品種よりも青い花色を有する遺伝子組換え植物若しくはその子孫又はこれらの部分若しくは組織(細胞を含む)を生産することができる。該部分若しくは組織の形態としては切花であることができる。
【0021】
形質転換可能な植物の例としては、バラ、カーネーション、キク、キンギョソウ、シクラメン、ラン、トルコキキョウ、フリージア、ガーベラ、グラジオラス、カスミソウ、カランコエ、ユリ、ペラルゴニウム、ゼラニウム、ペチュニア、トレニア、チューリプ、アンセリウム、コチョウラン、イネ、オオムギ、コムギ、ナタネ、ポテト、トマト、ポプラ、バナナ、ユーカリ、サツマイモ、ダイズ、アルファルサ、ルービン、トウモロコシ、カリフラワー、ダリアなどが挙げられるがこれらに限定されるものではない。
【0022】
また、本発明により、上記にしたがい得られた遺伝子組換え植物若しくはその子孫の切花を用いた加工品(切花加工品)が提供される。ここで、切花加工品としては、当該切花を用いた押し花、プリザードフラワー、ドライフラワー、樹脂密封品などを含むが、これに限定されるものではない。
【0023】
さらに、フラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を特異的に転移する活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドを、フラボン 7-グルコシド及び/又はマロニルCoAなどのマロニル基供与体を含有する非ヒト宿主に導入し、該非ヒト宿主を培養し又は生育させ、そして、該非ヒト宿主から、7位のグルコースにマロニル基が付加されたフラボンを採取することにより、7位のグルコースにマロニル基が付加されたフラボンを容易に製造することができる。
【0024】
形質転換された非ヒト宿主を培養、栽培又は生育させることによって得られた培養物又は培地から常法に従って、例えば、濾過、遠心分離、細胞の破砕、ゲル濾過クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィーなどにより回収・精製して、目的とするタンパク質を得ることができる。また、本発明の製造方法により製造された7位のグルコースにマロニル基が付加されたフラボンは、食品、医薬品、化粧品の製造などの用途に使用することができる。
【0025】
非ヒト宿主としては、原核生物又は真核生物を用いることがきる。原核生物としては細菌、例えば、エシェリヒア(Escherichia)属に属する細菌、例えば、大腸菌(Escherichia coli)、バシルス(Bacillus)属微生物、例えば、バシルス・スブシルス(Bacillus subtilis)など常用の宿主を用いることができる。真核生物としては、下等真核生物、例えば、真核微生物、例えば、真菌である酵母又は糸状菌が使用できる。酵母としては、例えば、サッカロミセス(Saccharomyces)属微生物、例えば、サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)などが挙げられ、また糸状菌としては、アスペルギルス(Aspergillus)属微生物、例えば、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)、アスペルギルス・ニガー(Aspergillus niger)、ペニシリウム(Penicillium)属微生物が挙げられる。宿主としては、さらに動物細胞又は植物細胞が使用でき、動物細胞としては、マウス、ハムスター、サル、ヒトなどの細胞系が使用され、さらに、昆虫細胞、例えば、カイコ細胞、カイコの成虫それ自体も宿主として使用される。本発明の方法においては、好ましくは植物細胞が用いられる。
【0026】
現在の技術水準の下では、前記のポリヌクレオチドを含む(組換え)ベクター、特に発現ベクターによって非ヒト宿主にポリヌクレオチドを導入し、そのポリヌクレオチドを構成的又は組織特異的に発現させる技術を利用することができる。非ヒト宿主へのポリヌクレオチドの導入は、当業者に公知の方法、例えば、アグロバクテリウム法、バイナリーベクター法、エレクトロポレーション法、PEG法、パーティクルガン法等によって行なうことができる。
【0027】
本発明で用いられる発現ベクターは、それらを導入する非ヒト宿主の種類に依存して発現制御領域、例えば、プロモーター、ターミネーター、複製起点などを含有する。細菌用発現ベクターのプロモーターとしては、常用のプロモーター、例えば、trcプロモーター、tacプロモーター、lacプロモーターなどが使用され、酵母用プロモーターとしては、例えば、グリセルアルデヒド3リン酸デヒドロゲナーゼプロモーター、PH05プロモーターなどが使用され、そして糸状菌用プロモーターとしては、例えば、アミラーゼプロモーター、trpCプロモーターなどが使用される。また、動物細胞宿主用のプロモーターとしては、ウイルス性プロモーター、例えば、SV40アーリープロモーター、SV40レートプロモーターなどが使用される。
植物細胞内でポリヌクレオチドを構成的に発現させるプロモーターの例としては、カリフラワーモザイクウィルスの35S RNAプロモーター、rd29A遺伝子プロモーター、rbcSプロモーター、mac-1プロモーター等が挙げられる。また、組織特異的な遺伝子発現のためには、その組織で特異的に発現する遺伝子のプロモーターを用いることができる。
発現ベクターの作製は、制限酵素、リガーゼなどを用いて常法に従って行うことができる。
【実施例
【0028】
以下、実施例に従って発明を具体的に説明する。
[実施例1:フラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を転移する活性を有するタンパク質候補の酵素活性測定実験(大腸菌から粗抽出したタンパク質溶液を用いる場合)]
<大腸菌発現用ベクターの作製>
非特許文献8に記載された機能未同定のDm3MaT3をフラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を転移する活性を有するタンパク質候補とし、pET32a(Novagen社)を用いて、製造者に推奨されているプロトコールに従って、Dm3MaT3の完全長を含む大腸菌発現用ベクター(pET32a-Dm3MaT3)を作製した。
<マロニル転移酵素の大腸菌での発現>
pET32a-Dm3MaT3を、One Shot BL21(DE3)(invitorgen)を用いて、製造者に推奨されているプロトコールに従い、大腸菌株BL21へ導入し、形質転換大腸菌を取得した。この大腸菌をOvernight Express Autoinduction System1(Novagen社)を用いて、製造者に推奨されているプロトコールに従い、培養した。調製した培養液2mlで、形質転換大腸菌をOD600値が0.5になるまで37℃で培養した(約4時間)。この大腸菌液を前培養液として、50mlの培養液に加え、25℃で一晩本培養した。
一晩本培養した大腸菌液を遠心分離(3000rpm、4℃、15分間)し、集菌した菌体を5mlのソニックバッファー(組成;TrisHCl(pH7.0):2.5mM、ジチオスレイトール(DTT):1mM、アミジノファニルメタンスルフォニルフルオライド塩酸(APMSF):10μM)に懸濁し、超音波処理により大腸菌を粉砕した後、遠心分離(15000rpm、4℃、10分間)して、上清を回収した。その上清を、Dm3MaT3を発現させた大腸菌から粗抽出したタンパク質溶液とした。遠心分離には、Avanti HP-26XP(ローター:JA-2)を使用した(BECKMAN COULTER社)。
【0029】
<酵素活性測定>
50μlのDm3MaT3を発現させた大腸菌から粗抽出したタンパク質溶液、5μlの1mg/mlのマロニル-CoA、5μlの1M KPB(pH7.0)、5μlの500μg/mlのルテオリン 7-グルコシド(0.1%TFAを含む50%アセトニトリル水溶液に溶解)を混合し、水で100μlになるように氷上で調整した反応液を30℃で20分間保持した。その後、100μlの停止バッファー(0.1%TFAを含む90%アセトニトリル水溶液)を加えて反応を停止させ、反応液を高速液体クロマトグラフィー(Prominence(島津製作所))にて分析した。検出器は島津PDA SPD-M20Aを用い330nmでフラボンを検出した。カラムはShim-Pack ODS 150mm*4.6mm(島津製作所)を用いた。溶出には、A液(0.1%TFA水溶液)とB液(0.1%TFAを含む90%メタノール水溶液)を用いた。両者の8:2の混合液から0:10の混合液までの16分間の直線濃度勾配とそれにつづく6分間0:10の混合液による溶出を行なった。流速は0.6ml/分とした。コントロールとして、インサートを挿入しないpET32aベクターを導入した大腸菌から粗抽出したタンパク質溶液を用いて同様の実験を行った。
キクは、フラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を転移する活性以外に、アントシアニンの3位のグルコースの6位にマロニル基を転移する活性を有する(非特許文献8参照)。Dm3MaT3を、アントシアニンの3位のグルコースの6位にマロニル基を転移する活性を有するタンパク質をコードする遺伝子、及び3位のグルコースの6位がマロニル化されたアントシアニンの3位のグルコースの3位にマロニル基を転移する活性を有するタンパク質をコードする遺伝子としてすでに報告されているキク由来アントシアニジン3-O-グルコシド-6”-O-マロニル基転移酵素(Dm3MaT1)、及びキク由来アントシアニジン3-O-グルコシド-3”,6”-O-ジマロニル基転移酵素(Dm3MaT2)と差別化するため、Dm3MaT1、2についても同様に大腸菌発現用ベクターを作製し、大腸菌から粗抽出したタンパク質溶液を用いて酵素活性測定実験を行った。さらに、シアニジン 3-グルコシドを基質とした酵素反応も行い、Dm3MaT3の結果と比較した。その場合、反応液を高速液体クロマトグラフィー(Prominence(島津製作所))にて分析をするときには、検出器は島津PDA SPD-M20Aを用い520nmでアントシアニンを検出した。カラムはShodex RSpak DE-413L(Shodex)を用いた。溶出には、A液(0.1%TFA水溶液)とB液(0.1%TFAを含む90%アセトニトリル水溶液)を用いた。両者の8:2の混合液から0:10の混合液までの15分間の直線濃度勾配とそれにつづく5分間0:10の混合液による溶出を行なった。流速は0.6ml/分とした。
その結果、Dm3MaT3とルテオリン 7-グルコシドを酵素反応させると、基質として加えたルテオリン 7-グルコシド以外に、ルテオリン 7-マロニルグルコシドのピークが検出された。Dm3MaT1、2とルテオリン 7-グルコシドを酵素反応させた場合には、ルテオリン 7-マロニルグルコシドのピークは検出されなかった(図1参照)。
また、Dm3MaT3とシアニジン3-グルコシドを酵素反応させると、基質として加えたシアニジン 3-グルコシド以外に、シアニジン 3-マロニルグルコシドのピークが検出された。しかし、Dm3MaT1とシアニジン 3-グルコシドを反応させた場合と比較して、Dm3MaT3の場合では、シアニジン 3-グルコシドの消費量は明らかに少なかった(図2参照)。
これらの結果より、Dm3MaT3は、Dm3MaT1、2と異なり、アントシアニン3-グルコシドの3位のグルコースの6位にマロニル基を転移する活性を有するタンパク質をコードする遺伝子、3位のグルコースの6位がマロニル化されたアントシアニンの3位のグルコースの3位にマロニル基を転移する活性を有するタンパク質をコードする遺伝子ではなく、フラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を転移する活性を有するタンパク質をコードする遺伝子である可能性が示された。
【0030】
[実施例2:フラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を転移する活性を有するタンパク質の酵素活性測定実験(大腸菌からHis-Tagを付加したタンパク質を精製したタンパク質溶液を用いる場合)]
<マロニル基転移酵素の大腸菌での発現とタンパク質精製>
実施例1で記載したpET32a-Dm3MaT3を導入した大腸菌株BL21をOvernight Express Autoinduction System1(Novagen社)を用いて、製造者に推奨されているプロトコールに従い、培養した。調製した培養液8mlで、形質転換大腸菌をOD600値が0.5になるまで37℃で培養した(約4時間)。この大腸菌液を前培養液として、200mlの培養液に加え、25℃で一晩本培養した。
一晩本培養した大腸菌液を遠心分離(1000×g、4℃、10分間)し、集菌した菌体を20mlの抽出液(組成;緩衝液(KCl:300mM、KH2PO4:50mM、イミダゾール:5mM)(pH8.0)、アミジノファニルメタンスルフォニルフルオライド塩酸(APMSF):10μM)に懸濁し、超音波処理により大腸菌を粉砕した後、遠心分離(1400×g、4℃、20分)して、上清を回収した。その上清を0.45μmフィルターに通し、Profinia(Bio-Rad)を用いて、製造者に推奨されているプロトコールに従って、His-Tag精製した。得られた精製タンパク質溶液を、centrifugal Filters(Ultracel-10K)(Amicon Ultra社)を用いて、遠心分離(7500×g、4℃、15分間)し、その濃縮されたタンパク質溶液を「Dm3MaT3タンパク質溶液」とした。遠心分離には、Avanti HP-26XP(ローター:JA-2)を使用した(BECKMAN COULTER社)。
【0031】
<酵素活性測定>
30μlのDm3MaT3タンパク質溶液(10μg)、5μlの1mg/mlのマロニル-CoA、5μlの1M KPB(pH7.0)、5μlの500μg/mlのルテオリン 7-グルコシド(0.1%TFAを含む50%アセトニトリル水溶液に溶解)を混合し、水で100μlになるように氷上で調整した反応液を30℃で20分間保持した。その後、100μlの停止バッファー(0.1%TFAを含む90%アセトニトリル水溶液)を加えて反応を停止させ、反応液を高速液体クロマトグラフィー(Prominence(島津製作所))にて分析した。検出器は島津PDA SPD-M20Aを用い330nmでフラボンを検出した。カラムはShim-Pack ODS 150mm*4.6mm(島津製作所)を用いた。溶出には、A液(0.1%TFA水溶液)とB液(0.1%TFAを含む90%メタノール水溶液)を用いた。両者の8:2の混合液から0:10の混合液までの16分間の直線濃度勾配とそれにつづく6分間0:10の混合液による溶出を行なった。流速は0.6ml/分とした。
【0032】
その結果、酵素反応液中で、ルテオリン 7-マロニルグルコシドが合成されていた。反応率(基質が変換された割合)は81.13%であった(図3図5参照)。同じ反応条件下で基質を500μg/mlのアピゲニン 7-グルコシド(0.1%TFAを含む50%アセトニトリル水溶液に溶解)として、酵素反応を行った場合には、アピゲニン 7-マロニルグルコシドが合成された。反応率は85.80%であった(図5)。一方、同じ反応条件下で同じ反応条件下で基質を500μg/mlのルテオリン 4’-グルコシド(0.1%TFAを含む50%アセトニトリル水溶液に溶解)として、酵素反応を行った場合には、ルテオリン 4’-マロニルグルコシドと予測される物質が合成されていたが、その反応率は34.81%にとどまった(図4図5参照)。さらに、図5に記載の各種フラボノイド化合物(アピゲニン、ルテオリン、トリセチン、ケンフェロール、ケンフェロール 3-グルコシド、ケルセチン、ケルセチン 3-グルコシド、ミリセチン、ペラルゴニジン、ペラルゴニジン 3-グルコシド、ペラルゴニジン 3,5-ジグルコシド、シアニジン、シアニジン 3-グルコシド、シアニジン 3,5-ジグルコシド、デルフィニジン、デルフィニジン 3-グルコシド、デルフィニジン 3,5-ジグルコシド)に対する反応性を調べたところ、Dm3MaT3タンパク質は、アピゲニン 7-グルコシド、ルテオリン 7-グルコシドのようなフラボン 7-グルコシドの7位のグルコースを選択的にマロニル化しており、基質特異性が高いマロニル基転移酵素であることが明らかとなった(図5参照)。
【0033】
また、Dm3MaT3と既知の糖転移酵素における塩基配列及びアミノ酸配列の同一性を解析した。Dm3MaT3と同じキク由来のマロニル基転移酵素を比較すると、Dm3MaT3とDm3MaT1の間の、及びDm3MaT3とDm3MaT2の間のアミノ酸配列の同一性は、それぞれ、55%、及び53%であった(図6参照)。既に同定されているマロニル基転移酵素の中で、Dm3MaT3と最も同一性が高いアミノ酸配列は、Dm3MaT1である(図7参照)。この解析には、MacVectorアプリケーション(バージョン14.5.2(24)、Oxford Molecular Ltd.,Oxford,England)のClustalWプログラムを用いた。しかし、Dm3MaT1とDm3MaT2は、フラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を転移する活性を有しておらず、本願のDm3MaT3は、Dm3MaT1とDm3MaT2とは機能の異なるマロニル基転移酵素である。
【0034】
[実施例3:Dm3MaT3遺伝子のバラにおける発現]
本発明のDm3MaT3遺伝子が、植物内でフラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を転移する活性を有するタンパク質をコードすることを確かめるため、Dm3MaT3を植物で発現させるためのバイナリーベクターpSPB7136を構築し(図8参照)、バラ(オーシャンソング)へ導入した。pSPB7136では、基本骨格としてpBINPLUS(Van Engel et al., Transgenic Research 4, 288)を、Dm3MaT3遺伝子を発現させるプロモーターとしてEl235Sプロモーター(Mitsuhara et al., (1996) Plant Cell Physiol. 37, p49)を、ターミネーターとしてHSPターミネーター(Plant Cell Physiol (2010) 51, 328-332)を使用した。
pSPB7136を導入した遺伝子組換えバラの若い葉を用いて、Dm3MaT3遺伝子の発現解析を行った。トータルRNA単離はPlant RNAeasy Kit(QIAGEN社)を用いて、製造者に推奨されているプロトコールに従って取得し、cDNA合成はGeneRacer Kit(invitrogen社)を用いて、製造者に推奨されているプロトコールに従って行った。逆転写PCR反応は、cDNAを鋳型として、AmpliTaq Gold DNA Polymerase(Thermo Fisher Scientific社)を用いて、製造者に推奨されているプロトコールに従い、20μlで行った(94℃で5分間保持し、94℃で30秒、55℃で30秒、72℃で1分30秒間保持のサイクルを30サイクル繰り返した後、72℃7分、4℃で保持した)。その際、Dm3MaT3の完全長cDNAが特異的に増幅するようなプライマー(フォワードプライマー:ATGGCTTCTCTTCCCATCTTG、リバースプライマー:TTAAAGGTATGCTTTTAGTCC)を設計し、利用した。反応産物をアガロースゲル電気泳動で解析したところ、完全長cDNAに相当する1365bpのバンドが検出されたことから、バラにおいてDm3MaT3遺伝子が転写されていることが確認された。
【0035】
[実施例4:バラにおけるDm3MaT3の機能解析]
完全長cDNADm3MaT3の転写産物が合成されたバラ系統の花弁から粗酵素液を調製し、フラボン 7-グルコシドの7位のグルコースの6位にマロニル基を転移する活性の有無を評価した。2.5gの花弁サンプルを液体窒素で冷やしながら乳鉢ですりつぶし、30mlの抽出バッファー(組成;TrisHCl(pH7.5):100mM、ポリビニルピロリドン K-30:10mg/ml、1-チオグリセロール:1mg/ml、アミジノファニルメタンスルフォニルフルオライド塩酸(APMSF):10μM)に溶かした。得られたタンパク質溶液を遠心分離(10000rpm、4℃、10分間)し、回収した上清に35%の飽和濃度となるように硫酸アンモニウムを加えた。4℃で1時間撹拌した後、遠心分離(10000rpm、4℃、10分間)して上清を回収した。得られた上清に硫酸アンモニウムを飽和濃度70%となるように添加し、4℃で3時間撹拌した後、遠心分離(10000rpm、4℃、10分間)して沈澱を得た。この沈澱を1mlの溶出バッファー(組成;TrisHCl(pH7.5):20mM、DTT:1mM、アミジノファニルメタンスルフォニルフルオライド塩酸(APMSF):10μM)に溶かし、NAP-5Colums Sephadex G-25 DNA Grade(GE Healthcare社)を用いてカラム精製を行って、硫酸アンモニウムを取り除いた。この液を「花弁粗酵素液」とした。遠心分離には、Avanti HP-26XP(ローター:JA-2)を使用した(BECKMAN COULTER社)。
20μlの花弁粗酵素液、5μlの1mg/mlのマロニル-CoA、5μlの1M KPB(pH7.0)、2.5μlの1mMのアピゲニン(0.1%TFAを含む50%アセトニトリル水溶液に溶解)を混合し、水で100μlになるように氷上で調整した反応液を30℃で20分間保持した。その後、100μlの停止バッファー(0.1%TFAを含む90%アセトニトリル水溶液)を加えて反応を停止させ、反応液を高速液体クロマトグラフィー(Prominence(島津製作所))にて分析した。検出器は島津PDA SPD-M20Aを用い330nmでフラボンを検出した。カラムはShim-Pack ODS 150mm*4.6mm(島津製作所)を用いた。溶出には、A液(0.1%TFA水溶液)とB液(0.1%TFAを含む90%アセトニトリル水溶液)を用いた。両者の9:1の混合液から8:2の混合液までの20分間の直線濃度勾配、8:2の混合液から2:8の混合液までの15分間の直線濃度勾配、2:8の混合液から0:10の混合液までの5分間の直線濃度勾配とそれにつづく1分間0:10の混合液による溶出を行なった。流速は0.6ml/分とした。対照として、非遺伝子組換えバラについても同様にして、花弁から粗酵素液を調製し、酵素活性測定実験を行った。
非遺伝子組換えバラの花弁粗酵素液を用いた酵素反応液中においては、アピゲニン化合物のうちアピゲニンが71.24%、アピゲニン 7-グルコシドが28.76%を占めており、アピゲニン 7-マロニルグルコシドは検出されなかった。Dm3MaT3遺伝子を導入した遺伝子組換えバラの花弁粗酵素液を用いた酵素反応液中においては、アピゲニン 7-マロニルグルコシドのピークが2.04%を占め、残りの97.96%は、対照の非遺伝子組換えバラの花弁粗酵素液を用いた酵素反応液にも含まれるアピゲニン、アピゲニン 7-グルコシドであった。このことから、遺伝子組換えバラの花弁において、フラボン7-グルコシドの7位のグルコースにマロニル基を転移する活性を有するDm3MaT3が発現していることが確認された。
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【配列表】
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