(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-26
(45)【発行日】2022-10-04
(54)【発明の名称】血流改善剤
(51)【国際特許分類】
A61K 31/198 20060101AFI20220927BHJP
A23L 33/175 20160101ALI20220927BHJP
A61K 36/8962 20060101ALI20220927BHJP
A61P 9/00 20060101ALI20220927BHJP
A61P 29/00 20060101ALI20220927BHJP
【FI】
A61K31/198
A23L33/175
A61K36/8962
A61P9/00
A61P29/00
(21)【出願番号】P 2019535642
(86)(22)【出願日】2018-08-06
(86)【国際出願番号】 JP2018029386
(87)【国際公開番号】W WO2019031442
(87)【国際公開日】2019-02-14
【審査請求日】2021-08-02
(31)【優先権主張番号】P 2017152366
(32)【優先日】2017-08-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000250100
【氏名又は名称】湧永製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】特許業務法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】牛島 光保
(72)【発明者】
【氏名】国村 佳代
(72)【発明者】
【氏名】小寺 幸広
(72)【発明者】
【氏名】森原 直明
【審査官】小川 知宏
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/199885(WO,A1)
【文献】特開2015-144571(JP,A)
【文献】特開2017-114810(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第1895607(CN,A)
【文献】血液循環と高血圧,第一薬品工業(株)Webページ(wayback machine archive),2016年03月27日,1-4,http://web.archive.org/web/20160527024832/https://www.toyama-kusuri.jp/ja/members/lectures/document/kouketsuatsu/kouketsuatsu.pdf
【文献】薬理と治療,1994年,Vol.22, No.8,p.335-341
【文献】Molecules,2017年03月,Vol.22, No.4,E570
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/198
A61K 36/8962
A61P 9/00
A61P 29/00
A23L 33/175
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
S-1-プロペニルシステイン又はその塩
からなる、冷え症、肩こり、腰痛及びむくみから選ばれる血流障害に起因して生じる症状又は疾患の予防又は改善剤。
【請求項2】
S-1-プロペニルシステインにおけるトランス体の割合が、トランス体とシス体の合計を100%とした場合に、50~100%である請求項
1記載
の剤。
【請求項3】
S-1-プロペニルシステイン又はその塩が、ニンニク、タマネギ、エレファントガーリック、ニラ及びネギから選ばれる1種以上のアリウム属植物に由来するものである請求項1
又は2記載
の剤。
【請求項4】
医薬である、請求項1~
3のいずれか1項記載
の剤。
【請求項5】
食品である、請求項1~
3のいずれか1項記載
の剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血流改善剤に関する。
【背景技術】
【0002】
血液は、運搬機能、免疫機能、止血機能、恒常性維持機能がある。運搬機能とは、全身の細胞に水や酸素や栄養素、ホルモン、熱などを届け、細胞から出た二酸化炭素や老廃物を回収する機能である。血液を全身に運ぶには、心臓と血管が正常に機能することが必要であるが、冷えや緊張などで末梢血管が収縮したりすると、血流障害が起こり、さまざま支障をきたすようになる。
【0003】
例えば冷え症は、気温の低下やホルモンバランスの乱れでなどで交感神経が優位になり、四肢の血管が収縮し発症する。肩こりは、肩周辺の筋肉のこわばりから血流障害が起こり、老廃物が蓄積し、炎症や痛みが起こるとされている。そのため、冷え症や肩こりの治療は患部を温め、血流を良くすることが大切である。
【0004】
ニンニクの特徴的な成分としてγ-グルタミル-S-アリルシステインがある。該成分はニンニクを切ったり、つぶしたり、すりおろしたり、又熟成することにより、ニンニク中に含まれるγ-グルタミルトランスペプチダーゼという酵素により、水溶性のS-アリルシステイン(以下、SACと略す)に変換される。このような酵素反応により生成される水溶性化合物として、SACの他にS-メチルシステイン(以下、SMCと略す)、S-1-プロペニルシステイン(以下、S1PCと略す)などがある(非特許文献1)。
【0005】
SACは、肝障害予防効果(非特許文献2、特許文献1)、大腸がん予防効果(非特許文献3)、血圧降下作用(非特許文献4)など、多くの薬理作用が報告され、SMCについても、肝障害予防効果(特許文献1)、脳疾患改善効果(特許文献2)などが報告されている。
【0006】
S1PCには、免疫機能調整作用(特許文献3)、血圧降下作用(特許文献4)が報告されているが、血流改善作用の報告はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特公平05-060447号公報
【文献】特許4255138号公報
【文献】国際公開第2016/088892号
【文献】国際公開第2016/199885号
【非特許文献】
【0008】
【文献】ニンニクの科学,初版,朝倉書店,p93-122,2000.
【文献】Phytother Res.3:50-53,1989.
【文献】Carcinogenesis.17(5):1041-1044,1996.
【文献】Am J Physiol Renal Physiol.293:F1691-F1698,2007.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、副作用の少ない、作用が緩和な血流改善剤を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、S1PC又はその塩の有用性について種々検討したところ、S1PC又はその塩に優れた血流改善作用があり、血流改善剤として有用であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は、以下の1)~11)に係るものである。
1)S1PC又はその塩を有効成分とする血流改善剤。
2)冷え症、肩こり、腰痛又はむくみを予防又は改善する上記1)の血流改善剤。
3)S1PCにおけるトランス体の割合が、トランス体とシス体の合計を100%とした場合に、50~100%である上記1)又は2)の血流改善剤。
4)S1PC又はその塩が、ニンニク、タマネギ、エレファントガーリック、ニラ及びネギから選ばれる1種以上のアリウム属植物に由来するものである上記1)~3)のいずれかの血流改善剤。
5)S1PC又はその塩が、アリウム属植物を10~50%のエタノール水溶液中、0~80℃で、1ヶ月以上抽出し、得られた抽出物を陽イオン交換樹脂に吸着させた後、0.1~3Nのアンモニア水で溶出し、該溶出物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー及び/又は逆相カラムクロマトグラフィーに付し、回収することにより取得される、上記4)の血流改善剤。
6)医薬である、上記1)~5)のいずれかの血流改善剤。
7)食品である、上記1)~5)のいずれかの血流改善剤。
8)S1PC又はその塩を有効成分とする血流改善用食品。
9)血流改善剤を製造するための、S1PC又はその塩の使用。
10)血流改善のために使用される、S1PC又はその塩。
11)S1PC又はその塩を投与することを特徴とする血流改善方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明の血流改善剤の有効成分であるS1PC又はその塩には優れた血流改善効果が認められる。当該血流改善機能は、冷え、しもやけのほか、筋肉疲労、筋肉痛、肩こり、筋肉のこり、腰痛、関節痛、神経痛などの症状を緩和する効果が期待できる。当該有効成分は、長年食されている植物中に含まれる化合物であることから、それ自体の安全性が高い。したがって、本発明によれば、長期間投与しても安全性が高く、血流障害に伴う様々な疾患の予防及び治療に応用できる素材が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明において、S1PCは、下記式(1)で示されるシステイン誘導体である。
【0014】
【0015】
この化合物は、式(1)中の波線で示されるように、シス又はトランスの立体配置が存在するが、トランス体の割合が多いのが好ましく、トランス体の割合がトランス体とシス体の合計を100%とした場合に、50~100%であるのがより好ましく、75~100%であるのがより好ましく、80~100%であるのがより好ましく、90~100%であるのがさらに好ましい。
また、システイン構造中に不斉炭素が存在することから光学異性体が存在するが、D体、L体はあるいはラセミ体のいずれであってもよい。
【0016】
S1PCの塩は、酸付加塩又は塩基付加塩の何れでもよい。酸付加塩としては、たとえば、(イ)塩酸、硫酸、硝酸、リン酸などの鉱酸との塩、(ロ)ギ酸、酢酸、クエン酸、フマル酸、グルコン酸、リンゴ酸、コハク酸、酒石酸、トリクロロ酢酸、トリフルオロ酢酸などの有機カルボン酸との塩、(ハ)メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、p-トルエンスルホン酸、メシチレンスルホン酸、ナフタレンスルホン酸などのスルホン酸類との塩を、また、塩基付加塩としては、たとえば、(イ)ナトリウム、カリウムなどのアルカリ金属との塩、(ロ)カルシウム、マグネシウムなどのアルカリ土類金属との塩、(ハ)アンモニウム塩、(ニ)トリメチルアミン、トリエチルアミン、トリブチルアミン、ピリジン、N,N-ジメチルアニリン、N-メチルピペリジン、N-メチルモルホリン、ジエチルアミン、ジシクロヘキシルアミン、プロカイン、ジベンジルアミン、N-ベンジル-β-フェネチルアミン、1-エフェナミン、N,N′-ジベンジルエチレンジアミンなどの含窒素有機塩基との塩を挙げることができる。
【0017】
更に、S1PC又はその塩は、未溶媒和型のみならず、水和物や溶媒和物としても存在することができ、斯かる水和物又は溶媒和物は製造条件により任意の結晶形として存在することができる。従って、本発明におけるS1PC又はその塩は、全ての立体異性体、水和物、溶媒和物、及び全ての多形結晶形態もしくは非晶形を包含するものである。
【0018】
本発明におけるS1PC又はその塩は、有機合成手法〔1〕H Nishimura, A Mizuguchi, J Mizutani, Stereoselective synthesis of S-(trans-prop-1-enyl)-cysteine sulphoxide. Tetrahedron Letter, 1975, 37, 3201-3202;2〕JC Namyslo, C Stanitzek, A palladium-catalyzed synthesis of isoalliin, the main cysteine sulfoxide in Onion(Allium cepa). Synthesis, 2006, 20, 3367-3369;3〕S Lee, JN Kim, DH Choung, HK Lee, Facile synthesis of trans-S-1-propenyl-L-cysteine sulfoxide (isoalliin) in onions(Allium cepa). Bull. Korean Chem. Soc. 2011, 32(1), 319-320〕、酵素若しくは微生物を用いた生化学的手法、又はこれらを組み合わせた方法によって取得することができる。また、この他、当該化合物を含有する植物、例えばアリウム属植物あるいはその加工物から抽出・精製することにより取得できる。
したがって、本発明のS1PC又はその塩としては、単離・精製されたもののみならず、粗生成物、上記植物からの抽出操作によりS1PC又はその塩の含有量が高められた画分を用いることができる。
【0019】
ここで、S1PC又はその塩を含有するアリウム属植物としては、ニンニク(Allium sativum L.)、タマネギ(Allium cepa L.)、エレファントガーリック(Allium ampeloprasum L.)、(Allium tuberosum. Rottl. Ex K. Spreng.)及びネギ(Allium fistulosum L.)等が挙げられる。これらの植物は、単独あるいは組み合わせて用いてもよい。また、上記アリウム属植物は生のものをそのまま、あるいは必要に応じて外皮を取り除き、切断又は細断したものを使用することもできる。更に、凍結乾燥や熱風乾燥などにより乾燥したもの、あるいはこれらを粉末化したものを用いることもできる。
【0020】
本発明におけるS1PC又はその塩として、アリウム属植物からの抽出画分を用いる場合、当該画分は、例えば1)アリウム属植物を10~50%のエタノール水溶液中、0~80℃で、1ヶ月以上抽出し、2)得られた抽出物を固液分離後、エタノール水溶液抽出画分を回収する、ことにより取得することができる。
【0021】
工程1)で使用するエタノール水溶液は、10~50%のエタノール水溶液を使用することができるが、好ましく20~40%のエタノール濃度に調製されたものである。また、処理温度は0~80℃の範囲に設定することができるが、好ましくは10~60℃、更に好ましくは20~40℃である。処理期間は上記条件下で少なくとも1ヶ月以上抽出に付すことができるが、好ましくは1~20ヶ月、更に好ましくは1~10ヶ月である。また、本工程は衛生面やエタノールの揮発等を考慮し、気密、密封あるいは密閉容器内で行うことができるが、密閉容器を使用するのが好ましい。
【0022】
工程2)では、工程1)で得られた抽出物を固液分離後、エタノール水溶液抽出画分が回収される。回収物を適宜濃縮することにより、S1PC又はその塩を含む抽出画分を得ることができる。当該抽出画分は、そのまま使用することができるが、適宜、スプレードライなどにより乾燥させて使用することもできる。
【0023】
更に、上記S1PC又はその塩を含む抽出画分からのS1PCはその塩の単離は、必要に応じて分子排除サイズ3000~4000の透析膜を用いて透析に付し、次いで陽イオン交換樹脂を用いた吸着・分離、順相クロマトグラフィー又は逆相クロマトグラフィーによる分離精製手段を適宜組み合わせることにより行うことができる。
ここで、陽イオン交換樹脂を用いた吸着・分離は、陽イオン交換樹脂(例えば、アンバーライト(ダウ・ケミカル社)、DOWEX(ダウ・ケミカル社)、DIAION(三菱化学製)等)に吸着させ、0.1~3Nのアンモニア水で溶出させる方法が挙げられる。
順相クロマトグラフィーとしては、例えばシリカゲルカラムを用いて、クロロフォルム/メタノール/水混合物等で溶出させる方法が挙げられる。
逆相クロマトグラフィーとしては、例えばオクタデシルシリルカラムを用いて、0.01~3%ギ酸水溶液等で溶出させる方法が挙げられる。
【0024】
好ましくは、上記エタノール水溶液抽出画分を透析(透析膜:分子排除サイズ3000~4000)し、次いで陽イオン交換樹脂に吸着させた後、0.5~2Nのアンモニア水で溶出し、溶出物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(溶媒:クロロフォルム/メタノール/水混合物)に付して目的物を含む画分を回収し、さらに分取用逆相カラムクロマトグラフィー(溶媒:0.1~0.5%ギ酸水溶液)に付して目的物を回収する方法が挙げられる。
斯くして得られたS1PCは、トランス体の割合が、トランス体とシス体の合計を100%とした場合に、50~100%であるのがより好ましく、60~100%であるのがより好ましく、70~100%であるのがより好ましい。
【0025】
本発明におけるS1PC又はその塩類は、例えば原料の一つであるニンニクの希エタノール抽出液(エキス分14.5%,アルコール数1.18)のLD50値が、経口、腹腔および皮下のいずれの投与経路においても、50ml/Kg以上であること(The Journal of Toxicological Sciences, 9, 57(1984))およびニンニクやタマネギ等のアリウム属植物が食品として常用されていること、等により一般に低毒性である。
【0026】
後記実施例に示すように、S1PC又はその塩は、優れた血流改善効果を有する。したがって、S1PC又はその塩は血流改善剤となり得、血流障害に起因して生じる症状又は疾患、例えば冷え症、肩こり、腰痛、むくみ等の予防又は改善のために使用できる。
本発明において、「血流改善」とは、血流の滞り(血流障害)の好転又は緩和を意味する。
【0027】
本発明の血流改善剤は、血流改善効果を発揮する医薬又は食品であってもよく、或いはこれらに配合して使用される素材又は製剤であってもよい。
【0028】
また、当該食品には、血流改善用をコンセプトとし、必要に応じてその旨を表示した食品、機能性食品、病者用食品、特定保健用食品、サプリメント等が包含される。
【0029】
本発明のS1PC又はその塩を含有する医薬の投与形態は、特に限定されるものではなく、種々の形態をとることができるが、経口に適した形態であることが好ましい。経口投与製剤の具体的な形態として、例えば、固形剤としては錠剤、カプセル剤、細粒剤、丸剤、顆粒剤、液剤としては乳濁剤、溶液剤、懸濁剤、シロップ剤等の形態が挙げられる。斯かる医薬製剤は、本発明のS1PC又はその塩に、必要に応じて賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色料、矯味矯臭剤、pH調整剤等を適宜配合し、常法に従って調製することができる。
【0030】
本発明のS1PC又はその塩を含有する食品の形態は、特に限定されるものではなく、例えば、固形食品、半流動食品、ゲル状食品、錠剤、キャプレット、カプセル剤等、種々の食品組成物の形態をとることができ、更に具体的には、菓子、飲料、調味料、水産加工食品、食肉加工食品、パン、健康食品等の種々の食品の態様であり得る。
斯かる食品は、これらの食品を通常製造する場合に用いられる食品素材と、本発明のS1PC又はその塩を適宜配合し、常法により製造することができる。
【0031】
上記医薬又は食品には、更に、血流改善作用のある他の物質、例えば、ビタミンE、ビタミンC、ニコチン酸などのビタミン類、薬用人参、生姜、唐辛子、山椒、胡椒、大蒜、地黄、芍薬、川きゅう、当帰、桃仁、牡丹皮、紅花、田七などの生薬類、DHA、EPAなどの脂肪酸類、アルギニン、シトルリンなどのアミノ酸類、プロスタグランジンE1、プロスタグランジンI2、ホスホジエステラーゼ阻害作用、あるいはその他の末梢血管拡張作用をもつ化合物又は生薬を含有することができる。
【0032】
S1PC又はその塩は安全性が高いことから、上記医薬又は食品は日々の健康のため使用者が安心して服用できる。上記医薬又は食品の、一日当たりの好ましい摂取量は、摂取する対象、摂取の形態、同時に摂取する素材や添加剤等の種類、摂取の間隔等の要因に依存して変動するものであるが、通常S1PC又はその塩類として、一日当たり0.001~10mg/kg摂取することが好ましく、0.01~1mg/kg摂取することがより好ましい。また、所望により、この一日量を2~4回に分割して摂取することもできる。
【実施例】
【0033】
製造例1 S1PC含有植物抽出画分の製造
(1)ニンニクのエタノール水溶液抽出画分
外皮を取り除いたニンニク鱗茎約1kgと約1000mLの30%エタノールを容器に入れ密閉した。この容器を室温で1~10ヶ月放置し、適宜攪拌した。この混合物から固体と液体を分離し、液体をスプレードライによって乾燥させ、黄褐色の粉末を得た。
【0034】
(2)タマネギのエタノール水溶液抽出画分
外皮を取り除いたタマネギ球を2~4分割し、その約5kgと約5000mLの34%エタノールを容器に入れ密閉した。この容器を室温で1~10ヶ月放置し、適宜攪拌した。この混合物から固体と液体を分離し、液体を減圧濃縮した。
【0035】
(3)ニラのエタノール水溶液抽出画分
洗浄したニラを約5~10cmの長さに切り、その約5kgと約5000mLの34%エタノールを容器に入れ密閉した。この容器を室温で1~10ヶ月放置し、適宜攪拌した。この混合物から固体と液体を分離し、液体を減圧濃縮した。
【0036】
製造例2 ニンニクのエタノール水溶液抽出画分からのS1PCの単離
(1)製造例1(1)で得られたニンニクのエタノール水溶液抽出画分をポアサイズ3500の透析チューブに入れ、精製水に対して透析を行った。透析外液を陽イオン交換樹脂Dowex50Wx8(H+)に通じ、精製水で樹脂を良く洗浄した。樹脂に吸着したアミノ酸類を2Nのアンモニアで溶出させ、減圧濃縮した。濃縮物をシリカゲルカラムに付し、クロロフォルム/メタノール/水混合物を溶媒としてカラムクロマトグラフーを行った。目的物(S1PC)を含む画分を回収し、濃縮した。濃縮物を水に溶解し、分取用逆相カラム(オクタデシルシリルカラム)を用いて、0.1%ギ酸を溶媒としてクロマトグラフを行い、目的物を回収し溶媒を凍結乾燥によって取り除いた。得られた凍結乾燥物は、NMR(溶媒:重水)及び質量分析装置にて、構造を以下に示す標準物質から得られたスペクトルと比較し、トランス-S1PCとシス-S1PC(トランス体:シス体=8:2)の混合物であることを確認した。
【0037】
trans-S-1-Propenylcysteine
1H-NMR (500 MHz, in D2O-NaOD, δ): 1.76 (d, 3H, J = 7.0 Hz), 2.98 (dd, 1H, J = 7.5, 14.5 Hz), 3.14 (dd, 1H, J = 4.5, 14.5 Hz), 3.69 (dd, 1H, J = 4.5, 7.5Hz), 5.10-5.14 (m, 1H), 6.02(d, 1H, J = 15.5 Hz);
13C-NMR (125 MHz, in D2O-NaOD, δ): 17.61, 33.53, 53.70, 119.92, 132.12, 172.73.
HRMS: observed [M+H]+ = 162.0583, calculated [M+H]+ = 162.0581
【0038】
cis-S-1-Propenylcysteine
1H-NMR (500 MHz, in D2O, δ): 1.74 (d, 3H, J = 7.0 Hz), 3.21 (dd, 1H, J = 7.5, 15.0 Hz), 3.31 (dd, 1H, J = 4.5, 15.0 Hz), 3.95 (dd, 1H, J = 4.5, 7.5 Hz), 5.82-5.86 (m, 1H), 6.01(d, 1H, J = 9.5 Hz);
13C-NMR (125 MHz, in D2O-NaOD, δ): 13.89, 33.88, 54.16, 122.58, 127.78, 172.63.
HRMS: observed [M+H]+ = 162.0580, calculated [M+H]+ = 162.0581
【0039】
(2)ニンニクのエタノール水溶液抽出画分中のS1PCの測定
製造例1(1)で得られたニンニクのエタノール水溶液抽出画分を500mgから1g容器に取り、内部標準としてS-n-3-ブテニルシステインの20mM塩酸溶液を加え、20mM塩酸にて20mLとした。良く攪拌した後、一部を取り1750Gにて遠心分離を約10分間行った。得られた上清を一部取り、遠心式ろ過ユニット(Amicon Ultra、cutoff:3000)を用いて遠心ろ過を行った(15000rpm、10分)。得られたろ過物20μLを取り、AccQ・Tag Derivatization Kit(Waters)を用いて誘導体化をおこなった。別途、標準化合物を20mM塩酸に溶解し、試料と同様の操作を行い検量線用標準液を調製した。試料溶液及び標準液をAcquity UPLCシステム(Waters)にてクロマトグラフを行い、含量を求めた。その結果、S1PC、3.7±0.3mg/g乾燥物であった。
【0040】
試験例1
S1PCの水浸負荷ラットの尾部皮膚血流量低下に対する作用
1.方法
1)使用動物
日本SLC社(浜松市)より購入した8週齢の雄性Wistar系ラットを9匹1群として2週間の予備飼育を行った。予備飼育期間中はハンドリングを施し、温度23±1℃、湿度50±10%、明暗周期12時間(明期7-19時)の一定環境下で飼育し、人工飼料(CE-2;日本クレア)、及び滅菌水道水は自由摂取とした。
【0041】
2)投与実験
投与は、ディスポ経口ゾンデを用いた強制経口投与とし、投与液量はラットの体重1kgあたり10mLとした。投与試料は製造例2で製造したS1PC(シス/トランス混合物)を約15mg精密に量り取り、精製水15mLに溶解した。この液を原液とし、投与量が6.5mg/kg(ラット体重)になるよう適宜希釈してラットに単回経口投与した。対照群としてラットに溶媒(精製水)を同様に経口投与した。
【0042】
3)水浸負荷および血流の測定
ラットを室温20±0.5℃に設定した室内で、30分以上静置し、イソフルラン麻酔下にて尾部付け根より5cmの位置に血流測定用プローブをビンディングテープにて貼り付け、レーザー式組織血流計(オメガウエーブ、FLO-C1)を用いて、5分間の血流量を測定し、安定した血流量を示した3分間の平均血流量を、その個体の尾部皮膚血流量とした。水浸前血流を測定した後、S1PCあるいは精製水を経口投与し、投与2時間後にステンレス製水浸拘束ケージを用いて、15℃の水中に剣状突起より下部を10分間浸した。水浸負荷後の尾部皮膚血流量は、水浸負荷終了1時間後に測定した。
【0043】
2.結果
結果を表1に示す。測定値は平均値±標準誤差で表した。
表1中の#、##は、S1PC群と対照群の水浸負荷前と水浸負荷終了1時間後の比較を行い、水浸負荷前に比べ有意差(#;p<0.05、##;p<0.01)があることを示す。*は各測定時間におけるS1PC群と対照群との比較を行なった結果、対照群に比べ有意差(*;p<0.05)があることを示している。検定はt検定を用いた。
【0044】
【0045】
S1PCを水浸負荷の2時間前に単回経口投与した群は、対照群に比べ水浸負荷による尾部皮膚血流量低下の程度は少なく、対照群に対して有意な尾部皮膚血流の改善作用が認められた。
【0046】
試験例2
水浸負荷ラットの尾部皮膚血流量低下に対するS1PCとSACの作用比較
1.方法
1)使用動物
日本SLC社(浜松市)より購入した7週齢の雄性Wistar系ラットを12匹1群として2週間の予備飼育を行った。予備飼育期間中はハンドリングを施し、温度23±1℃、湿度50±10%、明暗周期12時間(明期7-19時)の一定環境下で飼育し、人工飼料(CE-2;日本クレア)、及び滅菌水道水は自由摂取とした。
【0047】
2)投与実験
投与は、ディスポ経口ゾンデを用いた強制経口投与とし、投与液量はラットの体重1kgあたり10mLとした。投与試料は製造例2で製造したS1PC(シス/トランス混合物)、および SACを約15mg精密に量り取り、精製水15mLに溶解した。この液を原液とし、投与量が6.5mg/kg(ラット体重)になるよう適宜希釈してラットに単回経口投与した。対照群としてラットに溶媒(精製水)を同様に経口投与した。
【0048】
3)水浸負荷および血流の測定
ラットを室温20±0.5℃に設定した室内で、30分以上静置し、イソフルラン麻酔下にて尾部付け根より5cmの位置に血流測定用プローブをビンディングテープにて貼り付け、レーザー式組織血流計(オメガウエーブ、FLO-C1)を用いて、5分間の血流量を測定し、安定した血流量を示した3分間の平均血流量を、その個体の尾部皮膚血流量とした。水浸前血流を測定した後、S1PC、SACあるいは精製水を経口投与し、投与2時間後にステンレス製水浸拘束ケージを用いて、15℃の水中に剣状突起より下部を10分間浸した。水浸負荷後の尾部皮膚血流量は、水浸負荷終了1時間後に測定した。
【0049】
2.結果
結果を表2に示す。測定値は平均値±標準誤差で表した。
表2中の*、**は水浸負荷終了1時間後における群間比較を行った結果、対照群とS1PC投与群間に有意差(*;p<0.05)、S1PC投与群とSAC投与群間に有意差(**;p<0.01)があることを示している。検定は Bonferroni 検定を用いた。
【0050】
【0051】
S1PCを水浸負荷の2時間前に単回経口投与した群は、対照群に対して有意な尾部皮膚血流の改善作用が認められた。一方、同用量のSACを単回経口投与した群は、有意な尾部皮膚血流の改善作用を示さなかった。またS1PCとSACの群間比較を行った結果、S1PCの尾部皮膚血流量はSACに比べ有意に高値であった。