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特許7146833乾性潤滑被膜形成用の塗料組成物、乾性潤滑被膜、及び摺動部材
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  • 特許-乾性潤滑被膜形成用の塗料組成物、乾性潤滑被膜、及び摺動部材 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-26
(45)【発行日】2022-10-04
(54)【発明の名称】乾性潤滑被膜形成用の塗料組成物、乾性潤滑被膜、及び摺動部材
(51)【国際特許分類】
   C09D 179/08 20060101AFI20220927BHJP
   C09D 7/61 20180101ALI20220927BHJP
   F16C 33/20 20060101ALI20220927BHJP
【FI】
C09D179/08 B
C09D7/61
F16C33/20 A
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020039180
(22)【出願日】2020-03-06
(65)【公開番号】P2020164805
(43)【公開日】2020-10-08
【審査請求日】2021-03-10
(31)【優先権主張番号】P 2019068327
(32)【優先日】2019-03-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】591213173
【氏名又は名称】住鉱潤滑剤株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】591001282
【氏名又は名称】大同メタル工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(72)【発明者】
【氏名】日紫喜 治彦
(72)【発明者】
【氏名】二村 健治
(72)【発明者】
【氏名】稲見 茂
(72)【発明者】
【氏名】坂井 一紀
【審査官】水野 明梨
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-100902(JP,A)
【文献】特開平02-178395(JP,A)
【文献】特開平10-037962(JP,A)
【文献】特開平04-027608(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09D 1/00-10/00
C09D 100/00-201/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の表面に摺動層となる乾性潤滑被膜を形成するための乾性潤滑被膜形成用の塗料組成物であって、
ポリアミドイミド樹脂と、固体潤滑剤と、金属水和物と、を含有し、
前記金属水和物はアルミナ水和物を含み、
前記アルミナ水和物を、前記塗料組成物に含有される全固形分に対して、0.2体積%~5体積%の割合で含有し、
前記固体潤滑剤を、前記塗料組成物に含有される全固形分に対して、20体積%~60体積%の割合で含有する
塗料組成物。
【請求項2】
基材の表面に形成されて摺動層を構成する乾性潤滑被膜であって、
ポリアミドイミド樹脂と、固体潤滑剤と、金属水和物と、を含有し、
前記金属水和物はアルミナ水和物を含み、
前記アルミナ水和物を0.2体積%~5体積%の割合で含有し、
前記固体潤滑剤を20体積%~60体積%の割合で含有する
乾性潤滑被膜。
【請求項3】
基材の表面に摺動層を備える摺動部材であって、
前記摺動層は、ポリアミドイミド樹脂と、固体潤滑剤と、金属水和物と、を含有する乾性潤滑被膜により構成されており、
前記金属水和物はアルミナ水和物であり、
前記乾性潤滑被膜は、
前記アルミナ水和物を0.2体積%~5体積%の割合で含有し、
前記固体潤滑剤を20体積%~60体積%の割合で含有する
摺動部材。
【請求項4】
前記摺動層の摺動側表面(摺動面)における前記アルミナ水和物を構成する金属元素であるアルミニウムの露出面積率をA、前記摺動層の断面における前記アルミナ水和物を構成する金属元素であるアルミニウムの露出面積率をBとしたとき、露出面積率Aの露出面積率Bに対する比の値(A/B)が0.60以下である
請求項に記載の摺動部材。
【請求項5】
前記摺動層は、表面粗さがRa1.5μm以下である
請求項3又は4に記載の摺動部材。
【請求項6】
前記摺動層は、膜厚が3μm~30μmである
請求項乃至のいずれかに記載の摺動部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乾性潤滑被膜形成用の塗料組成物、乾性潤滑被膜、及びその乾性潤滑被膜により構成される摺動層を備える摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車エンジン用軸受等のすべり軸受等の摺動部材においては、金属層上に、固体潤滑剤を含有した摺動層を被覆形成することにより、耐摩耗性、耐焼付性、初期なじみ性の向上を図ることが行われている。
【0003】
例えば、特許文献1や特許文献2等に示されるように、円筒形状の内周面を有する軸受金属層の表面に、ポリアミドイミド樹脂(PAI樹脂)、ポリイミド樹脂(PI樹脂)、エポキシ樹脂(EP樹脂)等の熱硬化性樹脂に固体潤滑剤等を含有した摺動層を被覆形成することにより、耐摩耗性、耐焼付性、初期なじみ性の向上を図ることが行われている。また、特許文献3に示されるように、保護層を、固体潤滑剤と、極性溶媒に可溶な熱可塑性樹脂及び熱硬化性樹脂からなるバインダー樹脂により構成して、なじみ性を維持しつつ、早期の耐摩耗性の向上を図ることが行われている。
【0004】
しかしながら、上述した特許文献1~特許文献3に開示されている技術においては、近年の内燃機関の高出力及び高回転による高性能化、高荷重化の要求に対して、十分に、そのすべり軸受の軸受性能を満足させるには至っていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平4-83914号公報
【文献】特開平9-79262号公報
【文献】特開2001-343022号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上述した従来の実情に鑑みて提案されたものであり、摺動機能を有した乾性潤滑被膜を備える被着物、詳しくは、乾性潤滑被膜により摺動部を形成した摺動部材において、その摺動部である摺動層の耐熱性を高め、また摺動特性をより向上させることができる乾性潤滑被膜を形成するための乾性潤滑被膜形成用の塗料組成物、その乾性潤滑被膜、及びその乾性潤滑被膜により構成される摺動層を備える摺動部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、鋭意検討を重ねた結果、乾性潤滑被膜を形成するための塗料組成物を構成する成分のフィラーに特定の金属水和物を用いることで、形成される乾性潤滑被膜の耐熱性を高めることができ、これにより、摺動環境が高温になりやすい、高面圧や高速度での摺動環境における乾性潤滑被膜の摺動特性が向上することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
(1)本発明の第1の発明は、基材の表面に摺動層となる乾性潤滑被膜を形成するための乾性潤滑被膜形成用の塗料組成物であって、ポリアミドイミド樹脂と、固体潤滑剤と、金属水和物と、を含有し、前記金属水和物はアルミナ水和物を含む、塗料組成物である。
【0009】
(2)本発明の第2の発明は、基材の表面に形成されて摺動層を構成する乾性潤滑被膜であって、ポリアミドイミド樹脂と、固体潤滑剤と、金属水和物と、を含有し、前記金属水和物はアルミナ水和物を含む、乾性潤滑被膜である。
【0010】
(3)本発明の第3の発明は、第2の発明において、前記アルミナ水和物を0.2体積%~5体積%の割合で含有する、乾性潤滑被膜である。
【0011】
(4)本発明の第4の発明は、第2又は第3の発明において、前記固体潤滑剤を20体積%~60体積%の割合で含有する、乾性潤滑被膜である。
【0012】
(5)本発明の第5の発明は、基材の表面に摺動層を備える摺動部材であって、前記摺動層は、ポリアミドイミド樹脂と、固体潤滑剤と、金属水和物と、を含有する乾性潤滑被膜により構成されており、前記金属水和物はアルミナ水和物である、摺動部材である。
【0013】
(6)本発明の第6の発明は、第5の発明において、前記乾性潤滑被膜は、前記アルミナ水和物を0.2体積%~5体積%の割合で含有する、摺動部材である。
【0014】
(7)本発明の第7の発明は、第5又は第6の発明において、前記摺動層の摺動側表面(摺動面)における前記アルミナ水和物を構成する金属元素であるアルミニウムの露出面積率をA、前記摺動層の断面における前記アルミナ水和物を構成する金属元素であるアルミニウムの露出面積率をBとしたとき、露出面積率Aの露出面積率Bに対する比の値(A/B)が0.60以下である、摺動部材である。
【0015】
(8)本発明の第8の発明は、第5乃至7のいずれかの発明において、前記摺動層は、表面粗さがRa1.5μm以下である、摺動部材である。
【0016】
(9)本発明の第9の発明は、第5乃至8のいずれかの発明において、前記摺動層は、膜厚が3μm~30μmである、摺動部材である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、乾性潤滑被膜により構成される摺動層の耐熱性を高めることができ、これにより、高温下での摺動環境における乾性潤滑被膜の摺動特性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】摺動部材の構成の概要を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の具体的な実施形態(以下、「本実施の形態」という)について詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲で適宜変更することができる。また、本明細書にて、「x~y」(x、yは任意の数値)の表記は、特に断らない限り「x以上y以下」の意味である。
【0020】
≪1.乾性潤滑被膜形成用の塗料組成物≫
本実施の形態に係る塗料組成物は、例えば、基材の表面に摺動層を備える摺動部材において、その摺動層を構成する乾性潤滑被膜を形成するためのものであり、いわゆる乾性潤滑被膜形成用塗料組成物である。なお、摺動層をその表面上に形成させる基材としては、例えば鋼製の基材が挙げられる。
【0021】
具体的に、この乾性潤滑被膜形成用塗料組成物(以下、単に「塗料組成物」という)は、ポリアミドイミド樹脂と、固体潤滑剤と、アルミナ水和物を含む金属水和物と、を含有する。塗料組成物においては、これらの、固形分である、ポリアミドイミド樹脂、固体潤滑剤、金属水和物等の成分が、有機溶剤により希釈されている。
【0022】
<1-1.構成成分について>
[バインダー樹脂]
塗料組成物は、バインダー樹脂としてポリアミドイミド樹脂を含有する。ポリアミドイミド樹脂は、ポリイミド樹脂の主鎖にアミド結合を導入した樹脂であり、摺動特性に優れている。また、耐熱性にも優れており熱成形が可能であって、良好な機械的強度、耐薬品性、電気特性を奏する。
【0023】
なお、ポリアミドイミド樹脂としては、特には限定されず、市販されているものを有効に適用することができる。
【0024】
塗料組成物中のポリアミドイミド樹脂の含有量は、特には限定されないが、当該塗料組成物により形成される乾性潤滑被膜において、全固形分に対して40体積%~80体積%となる量であることが好ましく、50体積%~65体積%となる量であることがより好ましい。ポリアミドイミド樹脂の含有量が、乾性潤滑被膜において40体積%以上となる量であることで、その被膜において摺動性の向上効果を十分に発揮させることができ、また摩耗量を低減できる。また、乾性潤滑被膜において80体積%以下となる量であることで、後述する固体潤滑剤との比率(P/B)の減少を抑え、その被膜において良好な摩擦低減効果を発揮させることができる。
【0025】
また、バインダー樹脂として、さらにポリアミド樹脂を含んでいてもよい。ポリアミド樹脂は、ナイロンとも呼ばれ、アミド結合によって形成されるポリマーの総称であり、主として直鎖脂肪族ポリアミド構造をはじめとする種々のモノマーから合成されたものである。ラクタムあるいはアミノカルボン酸重合や、ジアミンとジカルボン酸の重合により得られる直鎖脂肪族ポリアミド以外にも、非晶性芳香族含有透明ポリアミドや、変性ポリオレフィンの混合物、あるいはグラフト重合ポリアミドや、ポリエーテルあるいはポリエステルをソフトセグメントとするポリアミドエラストマー等が挙げられる。
【0026】
なお、ポリアミド樹脂を含有させる場合、その含有量としては、特には限定されないが、当該塗料組成物により形成される乾性潤滑被膜において、全固形分に対して1体積%~30体積%程度となる量であることが好ましい。
【0027】
[固体潤滑剤]
塗料組成物は、固体潤滑剤を含有する。このように、固体潤滑剤が含まれていることにより、形成される乾性潤滑被膜の摩擦係数を小さくすることができ、優れた摺動特性を発揮する。また、耐焼付性を向上させることができる。
【0028】
固体潤滑剤としては、特には限定されず、例えば、二硫化モリブデン(MoS)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、グラファイト、二硫化タングステン(WS)、窒化ホウ素(BN)、グラフェン等が挙げられる。中でも、二硫化モリブデン、ポリテトラフルオロエチレン、グラファイト、及び二硫化タングステンから選ばれる固体潤滑剤を用いることが、より優れた低摩擦性を発揮し、また化学的安定性に優れるという点から、特に好ましい。これらの固体潤滑剤は、1種単独で、あるいは2種以上を併せて用いることができる。
【0029】
固体潤滑剤の含有量は、特には限定されないが、当該塗料組成物により形成される乾性潤滑被膜において、全固形分に対して20体積%~60体積%となる量であること好ましく、25体積%~42体積%であることがより好ましい。固体潤滑剤の含有量が、乾性潤滑被膜において20体積%以上となる量であることで、その被膜において良好な摩擦低減効果を発揮させることができる。また、乾性潤滑被膜において60体積%以下となる量であることで、形成される乾性潤滑被膜の摩耗量を低減し、優れた耐摩耗性を発揮させることができる。
【0030】
ここで、上述したバインダー樹脂(B)と固体潤滑剤(P)との含有比率(P/B)としては、0.25~1.50の範囲であることが好ましく、0.30~0.80の範囲であることがより好ましく、0.33~0.72の範囲であることが特に好ましい。なお、含有比率とは、バインダー樹脂(B)と固体潤滑剤(P)との体積比の値をいう。
【0031】
[金属水和物]
本発明の塗料組成物においては、フィラーとして金属水和物を含有する。そして、その金属水和物はアルミナ水和物を含むことを特徴とする。このように、アルミナ水和物を含有することにより、例えば潤滑油中等の高面圧の条件下や高速度の摺動環境が高温になりやすい摺動条件下でも、優れた耐熱性を示し、摺動特性がより向上した乾性潤滑被膜を形成することができる。
【0032】
金属水和物とは、水分子を結晶水として構造中に含む金属化合物をいい、分解時に脱水反応を起こし、一般的に吸熱量が多い化合物(吸熱効果を奏する化合物)である。本発明においては、金属水和物としてアルミナ水和物を含むことを特徴とする。なお、金属水和物としては、アルミナ水和物以外のものを含んでいてもよく、水酸基又は結晶水を有する金属化合物が挙げられる。例えば、水酸化アルミニウム、水酸化マグネシウム、水酸化カルシウム、ホウ酸亜鉛、タルク、カオリナイト等が挙げられる。
【0033】
アルミナ水和物の形状は、特に限定されない。板状、鱗片状、不定形状等、いずれの形状であってもよい。その中でも特に、板状、鱗片状等であることが好ましい。
【0034】
また、アルミナ水和物の粒径は、0.1μm~2.0μmの範囲であることが好ましく、凝集がないことが好ましい。また、アルミナ水和物のアスペクト比は、3~100であることが好ましく、5~30であることがより好ましい。なお、粒径とは、平均粒径を意味し、例えば板状粒子の場合には板面の長軸長の平均値を意味する。アスペクト比とは、平均粒径を平均厚みで割った形状値をいう。
【0035】
アルミナ水和物の含有量は、当該塗料組成物により形成される乾性潤滑被膜において、全固形分に対して0.2体積%~5体積%となる量であることが好ましく、0.5体積%~4体積%となる量であることがより好ましい。アルミナ水和物の含有量が、乾性潤滑被膜において0.2体積%以上となる量であることで、その被膜の耐熱性をより高めることができる。また、乾性潤滑被膜において5体積%以下となる量であることで、なじみ性を維持しつつ、良好な耐熱性を発揮させることができる。
【0036】
詳しくは後述するが、当該塗料組成物により形成される乾性潤滑被膜においては、フィラーとしてアルミナ水和物を含む金属水和物を含有させていることにより、乾性潤滑被膜により構成される摺動層の摺動側表面(摺動面)と、その摺動層の断面とにおける、アルミナ水和物に由来する金属元素であるアルミニウムの露出面積を制御することができる。このことにより、摺動面の摩耗等によって摺動層の摺動側表面における粒子の脱落を抑制して、耐熱性を高めることができる。特に、その乾性潤滑被膜中のアルミナ水和物の含有量が、全固形分に対して0.2体積%~5体積%となる量であることで、摺動面よりも摺動層の内部に存在するアルミナ水和物の割合をより多くすることができ、耐熱性をより向上させることができる。
【0037】
[有機溶剤]
有機溶剤は、上述した各成分を溶解して塗料を形成するためのものである。有機溶剤としては、特には限定されないが、各成分に対する溶解力、乾燥性等を考慮して選定することが好ましい。具体的には、例えば、N-メチル-2-ピロリドン、N,N-ジメチルアセトアミド、N,N-ジメチルホルムアミド、シクロペンタノン等の有機溶剤が挙げられる。有機溶剤は、1種単独で、あるいは2種以上を併せて用いることができる。
【0038】
[その他]
なお、塗料組成物においては、必要に応じて、種々の添加剤成分を含有させることができる。具体的には、例えば、充填剤、沈降防止剤、湿潤分散剤、消泡剤、表面調整剤等の添加剤を使用することができる。
【0039】
例えば充填剤としては、フッ化カルシウム、炭酸カルシウム、マイカ、ムライト、リン酸カルシウム、酸化鉄、酸化アルミニウム、酸化クロム、酸化セリウム、酸化ジルコニウム、酸化チタン、酸化シリコン、酸化マグネシウムなどの酸化物、モリブデンカーバイド、炭化ケイ素などの炭化物、窒化アルミニウム、窒化ケイ素、窒化ホウ素(立方晶窒化ホウ素)、ダイヤモンド等が挙げられる。これらの充填剤は、1種単独で、あるいは2種以上を併せて用いることができる。
【0040】
<1-2.塗料組成物の製造方法>
本発明に係る塗料組成物の製造方法としては、特には限定されず、従来公知の方法により製造することができる。具体的には、固形成分であるバインダー樹脂(ポリアミドイミド樹脂を含有)と、固体潤滑剤と、アルミナ水和物を含む金属水和物と、揮発成分である有機溶剤とを、所定の割合となるように配合させ混練することによって製造できる。なお、必要に応じて、固形分である充填剤等、種々の添加剤成分を含有させることができる。
【0041】
より具体的には、例えば、先ず、各成分を所定量秤量し、次に、撹拌容器内に有機溶剤を投入し、その後、バインダー樹脂、固体潤滑剤、金属水和物を任意の順序で投入して、これらの材料が均一に溶解するまでディゾルバー型撹拌機やボールミル等の撹拌機により撹拌する。その後、サンドミル型、三本ロール型等の分散機を用いて、バインダー樹脂中に固体潤滑剤と金属水和物とを均一に分散させる分散処理を行う。なお、分散後に有機溶剤を添加することにより希釈して塗料組成物としてもよい。
【0042】
≪2.摺動部材≫
本発明に係る摺動部材は、基材の表面に摺動層を備えるものであり、その摺動層は上述した塗料組成物(乾性潤滑被膜形成用の塗料組成物)を用いて形成される乾性潤滑被膜によって構成される。
【0043】
具体的に、この摺動部材においては、摺動層が、ポリアミドイミド樹脂と、固体潤滑剤と、アルミナ水和物を含む金属水和物と、を含有する乾性潤滑被膜により構成されている。なお、乾性潤滑被膜を構成する各成分の説明については、上述した塗料組成物の各成分の説明と同様であるため、ここでは省略する。
【0044】
ここで、上述のようにアルミナ水和物を含む金属水和物を含有する乾性潤滑被膜により構成される摺動層では、その摺動層の摺動側表面(摺動面)におけるアルミナ水和物を構成する金属元素であるアルミニウムの露出面積率を「A」とし、摺動層の断面におけるアルミナ水和物を構成するアルミニウムの露出面積率を「B」としたとき、A<Bの関係を満たす。
【0045】
このような露出面積率の関係となるメカニズムは定かではないが、塗料組成物に含有させたアルミナ水和物は、その他の均一に分散させた各構成成分よりも沈降速度が速いため、基材の表面に塗布されると、その基材の表面側に向かって分布されるようになる。つまり、形成される乾性潤滑被膜の表面(表層)側ではなく、乾性潤滑被膜の内部側(基材との界面側)に分布されるようになると考えられる。
【0046】
そして、A<Bの関係を満たす、すなわち、摺動層の摺動側表面(摺動面)に存在するアルミナ水和物の比率が少ないことにより、摺動面での摺動部材の相手材との摺動に伴う摩耗等が生じた場合でも、その摩耗等によって脱落してしまうアルミナ水和物の粒子の割合を減少させることができる。特に、摩耗が生じやすい初期なじみ過程で効果を発揮する。これにより、吸熱効果を奏するアルミナ水和物の量を多く維持することができ、安定的に優れた耐熱性を付与することができる。特に、例えば摺動環境が高温になりやすい潤滑油中等の高面圧の条件下や高速度の摺動条件下であっても、アルミナ水和物が吸熱効果を発揮して、摺動特性をより一層に高めることができる。
【0047】
また、露出面積率Aと露出面積率Bとにおいて、露出面積率Aの露出面積率Bに対する比の値(A/B)しては、0.60以下であることがより好ましく、0.45以下であることが特に好ましい。このような比の値(A/B)の関係は、摺動面よりも摺動層の内部により一層にアルミナ水和物が分布していることを意味し、摩耗によるアルミナ水和物の脱落が十分に抑えられ、アルミナ水和物の吸熱効果をより効果的に発揮して、摺動層に優れた耐熱性を付与することができる。
【0048】
なお、アルミナ水和物は、摺動層の摺動側表面に存在しなくても、熱が伝わる範囲に存在すれば耐熱性を発揮でき、例えば、摺動層を構成する乾性潤滑被膜の膜厚3μm~30μm程度であれば、十分な耐熱性が発揮される。
【0049】
摺動層を構成する乾性潤滑被膜においては、アルミナ水和物が0.2体積%~5体積%の割合で含まれていることが特に好ましい。乾性潤滑被膜におけるアルミナ水和物の含有量がこのような範囲であることにより、上述した露出面積率Aの露出面積率Bに対する比の値(A/B)を0.45以下とすることができ、より安定的に優れた耐熱性を付与できる。
【0050】
露出面積率A、露出面積率Bの測定は、摺動面(露出面積率Aの場合)、摺動層の断面(露出面積率Bの場合)を、例えばFE-EPMA装置を用いて観察し、それぞれの観察領域におけるアルミニウム(Al)元素を検出することによって行うことができる。
【0051】
摺動層を構成する乾性潤滑被膜において、固体潤滑剤としては20体積%~60体積%の割合で含まれていることが好ましい。乾性潤滑被膜における固体潤滑剤の含有量がこのような範囲であることにより、乾性潤滑被膜の耐摩耗性を付与させる効果があり、またこの範囲内で固体潤滑剤量を増やすことで、形成される乾性潤滑被膜の摩擦係数を小さくすることができ、より優れた摺動特性を発揮させることができる。
【0052】
図1は、摺動部材の構成の概要を示す断面図である。図1に示すように、摺動部材1は、裏金13の表面に接合された、例えば銅系合金、アルミニウム系合金等から構成される基材11の表面に、摺動部である摺動層12が設けられた構成を有している。また、摺動部材1は、基材11と裏金13との間に図示しない中間層を備えてもよい。さらに、摺動部材1は、基材11、裏金13、及び中間層だけでなく、さらに層を加えて3層以上の多層構造としてもよい。なお、例えば銅合金やアルミニウム合金等から構成される基材11は、マイクロビッカース硬度計で測定されるビッカース硬度が30以上のものを用いることができる。
【0053】
摺動部材1においては、摺動層12が、ポリアミドイミド樹脂と、固体潤滑剤と、アルミナ水和物を含む金属水和物とを含有する乾性潤滑被膜により構成されていることを特徴としている。このような摺動部材1では、低い摩擦を示して良好な摺動特性を発揮するとともに、優れた耐熱性を発揮する。
【0054】
ここで、摺動層12においては、その表面粗さが粗いと油膜切れが生じやすく、また、摺動層表面と相手軸とが接触しやすくなって、焼付きが生じやすくなる可能性がある。このことから、摺動層表面粗さとしては、Ra1.5μm以下であることが好ましい。摺動層表面粗さがRa1.5μm以下であることで、摺動層表面に油が供給されて油膜が形成されやすくなり、焼付きが生じ難くなり、Ra1.0μm以下であることがより好ましく、Ra0.5μm以下であることがさらに好ましい。
【0055】
また、摺動層12においては、その膜厚が3μm~30μmであることが好ましい。例えば、内燃機関用軸受のように、摺動する相手軸に撓みや振動が起こるような条件では、摺動層と相手軸との局部的な接触を起こしやすい。このとき、接触する箇所において、摺動層が塑性変形、弾性変形、又は摩耗することにより、局部的な負荷の上昇が緩和されて焼付きが発生しにくくなる。このような局部的な負荷の上昇を緩和する観点から、摺動層12の厚さとしては3μm~30μmであることが好ましい。また、このような範囲の厚さであることにより、アルミナ水和物を含む金属水和物が摩耗等によって脱落することを防ぐことができ、耐熱性を安定的に維持できる。
【0056】
また、摺動層12においては、さらに必要に応じて、硬質粒子、軟質金属粒子等を含有させることができる。硬質粒子として、例えば、窒化珪素(Si)等の窒化物、酸化アルミニウム(Al)、酸化珪素(SiO)、酸化チタン(TiO)等の酸化物、炭化珪素(SiC)等の炭化物などを用いることができる。また、軟質金属粒子として、銅、銀、金、アルミニウム、錫、亜鉛、ビスマス等、及びこれらの合金などを用いることができる。
【0057】
摺動層12は、基材11の表面に上述した乾性潤滑被膜形成用の塗料組成物を塗布して乾性潤滑被膜を形成させることで構成できる。塗料組成物の塗布方法は、特には限定されず、例えば、エアースプレー塗布により行うことができる。また、浸漬(ディッピング)塗布、刷毛塗り、吹き付けによるタンブリング、スクリーン印刷等の手法により行ってもよい。これらの方法の選択は、基材11の表面形状等に応じて適宜決定できる。
【0058】
基材11の表面に塗料組成物を塗布した後、乾燥処理を施して、例えば150℃~300℃程度の温度で焼成することで、乾性潤滑被膜により構成される摺動層12を形成できる。なお、塗料組成物を基材11に塗布するに先立ち、脱脂処理や、乾性潤滑被膜の密着性を高めるための表面処理、あるいは洗浄処理等を行うことができる。
【実施例
【0059】
以下、本発明の実施例を示してより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0060】
≪1.実施例、比較例について≫
(乾性潤滑被膜形成用の塗料組成物の調製)
[実施例1、実施例2]
ポリアミドイミド樹脂と、固体潤滑剤として二硫化モリブデンと、金属水和物であるアルミナ水和物(板状)とを用い、それぞれを所定量秤量し、有機溶剤と共にボールミルに投入して混合撹拌することにより、バインダー樹脂に二硫化モリブデンとアルミナ水和物とが分散した塗料組成物を調製した。なお、有機溶剤としては、N-メチル-2-ピロリドンと、キシレンとエチルベンゼンとを40:60の割合で含む溶剤(キシロール,三協化学社製)との混合溶剤を用いた。
【0061】
[実施例3]
実施例3では、板状のアルミナ水和物に代えて、鱗片状のアルミナ水和物を用いたこと以外は、実施例1と同様にして塗料組成物を調製した。
【0062】
[比較例1~4]
比較例1、2、4では、実施例にて用いたアルミナ水和物に代えて、リン酸アルミニウム水和物(比較例1)、アルミナ(比較例2)、タルク(比較例4)を用いた。また、比較例3では、アルミナ水和物を用いず、ポリアミドイミド樹脂に対して二硫化モリブデンのみを分散させた。
【0063】
(乾性潤滑被膜の形成)
炭素鋼(S45C)を基材(前処理:#180研磨)として用い、各実施例、比較例にて調製した塗料組成物をエアースプレーにより吹き付けて塗布した。その後、塗料組成物中に含まれる有機溶剤を乾燥により除去し、250℃で30分間焼成した。これにより、基材の表面に、膜厚が15μmの乾性潤滑被膜を形成した。なお、このようにして形成した乾性潤滑被膜を摺動層とする摺動部材のテストピースを用いて評価を行った。
【0064】
(乾性潤滑被膜の組成)
下記表1に、各実施例、比較例にて形成した乾性潤滑被膜の組成を示す。
【0065】
【表1】
【0066】
≪2.試験≫
<2-1.潤滑性及び耐熱性の評価>
(試験条件)
下記表2に示す摺動試験条件(条件1)により、各実施例、比較例にて作製した乾性潤滑被膜(摺動層)の潤滑性及び耐熱性(焼付き発生の評価)を行った。
【0067】
【表2】
【0068】
(試験結果)
下記表3に摺動試験条件1での試験結果を示す。なお、上記表2に示したように条件1では、荷重(面圧)を200Nから200N/5分毎のペースで昇荷していき、乾性潤滑被膜に焼付きが発生する荷重について測定した。また併せて、焼付き発生時の基材温度と、焼付き発生直前の摩擦係数について測定した。
【0069】
【表3】
【0070】
表3に示すように、実施例1~3では、基材温度がそれぞれ88℃、90℃、86℃で焼付きが発生しており、高い温度域まで摺動層が摺動特性を保つため、高面圧まで焼付きが発生しなかった。これに対し、比較例1では200Nの低荷重で焼付きが発生し、比較例2~4でも1200N程度の荷重で焼付きが発生してしまった。この比較例の結果と比べても、実施例の乾性潤滑被膜は耐熱性に優れることが分かる。
【0071】
<2-2.摺動面及び摺動層断面の観察>
実施例1、2、及び比較例2にて作製したテストピースの乾性潤滑被膜について、その摺動層(乾性潤滑被膜)の摺動側表面(摺動面)と、摺動層の断面をそれぞれ観察した。この観察試験により、アルミナ水和物(実施例1、2)、アルミナ(比較例2)に由来する金属元素Alを検出して濃度分布を測定し、摺動面、摺動層断面のそれぞれにおけるAlの露出面積率を測定した。
【0072】
(摺動面の観察)
具体的には、乾性潤滑被膜についてマッピング用試験片を切り出し、試験片の摺動側表面(摺動面)の金属元素Alの測定を、FE-EPMA装置(JXA-8530F,日本電子株式会社製)を用いて行った。測定条件を以下に示す。
【0073】
・測定条件
加速電圧:15kV
照射電流:3.0e-008A
倍率 :2000倍
【0074】
Alの含有量(質量%)については、検量線を作成して、その検量線ファクタを用いてEPMAのX線強度をAlの含有量(質量%)に換算して求めた。なお、検量線においては、サンプルから測定したAlのX線強度(y)をAlの含有量(x)の一次関数として表した。補正値は純金属(Al)を用い、2点測定で作成した。
【0075】
EPMA測定により得られたAl濃度にて、レベル変更(最大濃度を10質量%)と表示変更を行い、画像を白黒表示にした。
【0076】
そして、Al濃度が10質量%以上の面積割合を、その摺動面におけるアルミナ水和物(実施例1、2)、アルミナ(比較例2)の露出率(面積露出率)とした。なお、サンプル数n=4とする実測値の平均を面積露出率とした。
【0077】
(摺動層断面の観察)
摺動面における測定と同様の手順により行ったが、この摺動層断面では、下地となる基材が含まれない領域(樹脂層の領域)を指定して測定した。具体的に、本試験では、摺動層断面における特定の45μm(長さ)×10μm(深さ)の領域を指定した。
【0078】
その後、摺動面における測定と同様にして、Al濃度が10質量%以上の面積割合を、摺動層断面におけるアルミナ水和物(実施例1、2)、アルミナ(比較例2)の露出率(面積露出率)とした。なお、サンプル数n=4とする実測値の平均を面積露出率とした。
【0079】
(露出面積率の測定結果)
実施例1、2、及び比較例2にて、得られた摺動面における露出面積率をAとし、摺動層断面における露出面積率をBとしたときの、露出面積率Aの露出面積率Bに対する比の値(A/B)を、それぞれ算出した。
【0080】
その結果、実施例1ではA/B=0.42、実施例2ではA/B=0.35であった。これに対し、比較例2ではA/B=0.62であった。
【0081】
実施例1、2、及び比較例2の比の値(A/B)の結果は、いずれも1未満の値となり、すなわち、摺動面よりも摺動層断面における露出面積率の方が大きいことが分かった。しかしながら、上記の潤滑性及び耐熱性の評価試験の結果を踏まえると、実施例1及び2では、比の値(A/B)がより小さい値となり、摺動層の内部に(表面から深さ方向に向かって)多く分布していることがわかり、このことが耐熱性の違いに表れているものと推測される。つまり、実施例1及び2では、摺動面に存在する比率が少なく、摺動層の内部に存在する割合が多いことによって、摺動に伴う摩耗により脱落してしまう粒子が減少するために、安定的に吸熱効果を奏して優れた耐熱性を発揮すると考えられる。
【0082】
そして、実施例1、2、及び比較例2の結果から、このように露出面積率の比の値(A/B)が小さくなり、優れた耐熱性を発揮するのは、乾性潤滑被膜中にアルミナ水和物が存在することによることが分かった。
図1