(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-27
(45)【発行日】2022-10-05
(54)【発明の名称】アルミニウム合金及びアルミニウム合金ダイカスト材
(51)【国際特許分類】
C22C 21/02 20060101AFI20220928BHJP
【FI】
C22C21/02
(21)【出願番号】P 2019052297
(22)【出願日】2019-03-20
【審査請求日】2021-08-05
(73)【特許権者】
【識別番号】000004743
【氏名又は名称】日本軽金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001885
【氏名又は名称】特許業務法人IPRコンサルタント
(72)【発明者】
【氏名】山元 泉実
(72)【発明者】
【氏名】磯部 智洋
(72)【発明者】
【氏名】堀川 宏
【審査官】立木 林
(56)【参考文献】
【文献】特表2004-536223(JP,A)
【文献】特許第5797360(JP,B1)
【文献】欧州特許出願公開第03121302(EP,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 21/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Si:5.0~12.0質量%、
Mn:0.3~1.9質量%、
Cr:0.01~1.00質量%、
Ca:0.001~0.050質量%、を含有し、
残部がAl及び不可避不純物よりなり、
前記不可避不純物の内、Mgの含有量が0.3質量%未満であること、
を特徴とする
鋳造用のアルミニウム合金。
【請求項2】
前記Crの含有量が0.10~0.50質量%であること、
を特徴とする請求項1に記載の
鋳造用のアルミニウム合金。
【請求項3】
前記不可避不純物の内、Feが0.4質量%以下であること、
を特徴とする請求項1又は2に記載の
鋳造用のアルミニウム合金。
【請求項4】
前記Feが0.2質量%以下であること、
を特徴とする請求項3に記載の
鋳造用のアルミニウム合金。
【請求項5】
請求項1~4のうちのいずれかに記載のアルミニウム合金からなり、
0.2%耐力が110MPa以上、伸びが10%以上の引張特性を有すること、
を特徴とするアルミニウム合金ダイカスト材。
【請求項6】
断面組織観察において、共晶Si組織の円相当径の平均値が3μm以下であり、
Cr系晶出物が全体に占める面積率が10%以下であること、
を特徴とする請求項5に記載のアルミニウム合金ダイカスト材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は非熱処理型のアルミニウム合金、及びそのアルミニウム合金を用いたアルミニウム合金ダイカスト材に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車をはじめとした輸送用機器において、燃費性能の向上及び環境負荷の低減を目的とした軽量化への取り組みが進められており、車両用部材用の素材として、鉄と比べて軽量なアルミニウム合金が注目されている。アルミニウム合金による車両用部材の製造方法は種々存在するが、低コストで大量生産する方法としてはダイカスト法を挙げることができる。
【0003】
複雑形状の部材を製造する場合、展伸材に塑性加工を加えることで部材を形成する工法と比較して、ダイカスト法では鋳造時点で最終形状に近い形を得ることができ、その後の加工工程数が少なくなり、コスト面で優位となる。しかしながら、ダイカスト材で車両用部材に必要な機械的性質を得るためには、鋳造後の製品に対して熱処理が必要となる場合が多い。当該熱処理には高温で長時間加熱する溶体化処理や、比較的低温で加熱保持する時効処理が存在するが、いずれの工程も長時間を要することに加え、加熱工程において無視できない燃料費用が発生すること、また、熱処理後においても、加熱冷却に伴い発生した部材の歪を矯正する必要があり、付加的なコスト上昇要因が多々存在する。これらを鑑みれば、部材の製造において、ダイカスト法を採用することによるコスト低減効果が十分に発揮されているとは言い難い。従って、鋳造後の熱処理を必要としない非熱処理型合金は、製造コストを更に抑えることができるという点において重要視されている。
【0004】
このような背景から、車両部材の素材選定の際には、対象となる部材にて要求される機械的性質と製造にかかるコストとの間にトレードオフな関係が存在するため、非熱処理型ダイカスト用アルミニウム合金に、高い機械的性質、特に車両用部材に必要な強度及び靭性を付与することは、非熱処理型アルミニウム合金の適用範囲の拡大につながり、車両製造コストを押し下げる効果を持つという意味で、その実現が望まれてきた。
【0005】
ここで、非熱処理型のダイカスト用アルミニウム合金としては、Al-Si-Mg-Fe系合金やAl-Si-Cu-Mg系合金、Al-Mg-Mn系合金などが存在する。また、車両用部材向けダイカスト材における代表的な合金種としては、JIS規格で定められているADC12が挙げられる。
【0006】
鋳物・ダイカスト用合金において、Mgはしばしば添加される元素であり、マトリックスに固溶することで、あるいはMg2Si化合物として析出することで、部材強度を向上させる作用があるものの、以下に挙げるような悪影響が懸念される。
【0007】
車両に用いられるアルミニウム合金部材のうち、複雑形状のものについて鋳物材あるいはダイカスト材が採用される傾向にあり、鋳造時に使用される金型が複雑な形状となっている場合が多い。そのような形状の金型に対して鋳造を行う際には、部材の部位によって溶湯の冷却速度にばらつきが生じてしまう。Mgのマトリックスへの固溶は、冷却速度が高い部分では高い濃度、冷却速度が低い部分では低い濃度となるため、この際に生じる固溶量の違いによって、部位によって機械的性質に差異が生じてしまう。
【0008】
加えて、Mgがマトリックスに固溶している合金を車両用部材へ適用する場合、エンジン等の高温になる領域の近くでは時効の影響により、あるいは長期間の使用を行った際には自然時効の影響により、伸びが低下する恐れも存在する。
【0009】
また、鋳造時の問題点として、Mgがアルミニウム合金溶湯に含まれている場合には、溶湯表面での酸化被膜の形成が顕著になり、製品において表面欠陥となることや、金型の形状次第では溶湯の合流部分などにおいて湯境となり、結果として、部材に求められる機械的性質を付与できない場合もある。
【0010】
加えて、鋳造に関して、構造設計を工夫することで部材の軽さと強度を両立するための取り組みが進められており、部材を難鋳造形状化する要望は、今後も継続することが見込まれる。これらの状況から、アルミニウム合金において鋳造性を向上させることの価値は、製品を安定した品質で供給できることに留まらず、構造設計の自由度を引き上げることで、部材の機械的性質の向上に繋がるものである。
【0011】
ここで、Mgを含有しない、あるいはMgを低含有とするダイカスト用合金としては、JIS規格に定められるADC12が代表的であり、実用合金として使用されている。しかしながら、アルミニウム合金部材が採用される範囲は拡大しており、車両用部材に求められる靭性はより高水準となっていることから、更に高い機械的性質を有するアルミニウム合金の開発が求められている。
【0012】
これに対し、熱処理を施さずとも高い水準の靭性を実現するアルミニウム合金であり、Mgを比較的低濃度に抑えているものとして、例えば、特許文献1(特許第6446785号公報)において、質量比で、Siを6.00%以上7.50%以下、Mgを0.02%以上0.20%未満、Zrを0.05%以上0.20%以下、Feを0.20%以下、Mnを0.15%以上0.80%以下含有し、Moを0.03%以上0.20%以下、Tiを0.20%以下含有し、残部がAl及び不可避不純物からなることを特徴とするアルミニウム合金鋳物が開示されている。この発明によれば、当該鋳物合金は、優れた鋳造性と、鋳物状態での高延性とを有し、鋳造後にそれ以上時効されることが抑制ないし防止される、とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかしながら、車両軽量化のニーズの高まりにより、上記特許文献1で提案されているアルミニウム合金並びにアルミニウム合金ダイカスト材よりも、更に優れた鋳造性、高い強度及び靭性が求められている。
【0015】
以上のような従来技術における問題点に鑑み、本発明の目的は、優れた鋳造性を有し、高い強度と靭性を兼ね備えた非熱処理型のアルミニウム合金を提供することにある。また、本発明は、高い強度と靭性を兼ね備え、部位による特性の差異が小さいことに加えて、時効の影響を受け難いアルミニウム合金ダイカスト材を提供することも目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、上記目的を達成すべく、ダイカスト用アルミニウム合金及びアルミニウム合金ダイカスト材について鋭意研究を重ねた結果、Mgによる固溶強化・析出物強化を避け、CrとCaを適切な量添加すること等が極めて有効であることを見出し、本発明に到達した。
【0017】
即ち、本発明は、
Si:5.0~12.0質量%、
Mn:0.3~1.9質量%、
Cr:0.01~1.00質量%、
Ca:0.001~0.050質量%、を含有し、
残部がAl及び不可避不純物よりなり、
前記不可避不純物の内、Mgの含有量が0.3質量%未満であること、
を特徴とするアルミニウム合金、を提供する。
【0018】
本発明のアルミニウム合金においては、不可避不純物の内でも、特にMgの含有量が厳格に低い値に規制されている。その結果、人工時効及び自然時効による部材の経年劣化の影響が小さくなる。加えて、Mgの含有量の差異に起因する、部材の場所による特性のばらつきが軽減されている。更に、鋳造時の溶湯酸化が軽減され、湯流れが良くなり、優れた鋳造性が実現されている。
【0019】
ここで、本発明のアルミニウム合金ではMgによる強化が利用できないが、Cr及びCaの添加により高い強度及び靭性が実現されている。具体的には、Crをマトリックスに固溶させることで主に耐力が向上し、Caを添加することで共晶Si組織が微細化され、主に伸び(靭性)が向上する。また、これらの元素の添加量を最適化することで、アルミニウム合金に高い強度及び靭性を付与することができる。
【0020】
また、本発明のアルミニウム合金は、適量のSiを含有することで、良好な湯流れを実現し、良好な鋳造性を有している。また、適量のMnを含有することで、鋳造時に溶湯が金型に焼付くことが防止されている。更に、これらの元素に関する含有量の上限値を規定することにより、アルミニウム合金の靭性低下が抑制されている。
【0021】
本発明のアルミニウム合金においては、前記Crの含有量が0.1~0.5質量%であること、が好ましい。Crの含有量を0.1質量%以上とすることで、Cr添加による強度向上の効果を十分に得ることができ、0.5質量%以下とすることで、固溶強化に寄与しないCrの添加を抑制することができる。即ち、不要なCrの添加によるコスト増加を防止することができる。
【0022】
また、本発明のアルミニウム合金においては、前記不可避不純物の内、Feが0.4質量%以下であること、が好ましい。一般的に、Feは鋳造時において溶湯が金型へ焼き付くことを防止する目的で添加される。しかしながら、Feの添加によってAl-Fe-Si系化合物やFe-Si系化合物が生成し、これらの化合物はアルミニウム合金の延性を低下させる。本発明のアルミニウム合金においては高い靭性(延性)を発現する必要があるため、Feの含有量は0.4質量%以下とすることが好ましく、0.2質量%以下とすることがより好ましい。
【0023】
また、本発明のアルミニウム合金においては、更に、Ti:0.05~0.20質量%、B:0.005~0.100質量%、Zr:0.05~0.20質量%、の内から一種以上を添加することで、アルミニウム合金部材における組織を微細化することができるため、より高い靭性を付与することができる。
【0024】
更に、本発明は、
上記の本発明のアルミニウム合金からなり、
0.2%耐力が110MPa以上、伸びが10%以上の引張特性を有すること、
を特徴とするアルミニウム合金ダイカスト材、も提供する。
【0025】
本発明のアルミニウム合金ダイカスト材は、高い耐力と伸び(靭性)を有するだけでなく、鋳造性に優れた本発明のアルミニウム合金から得られるため、複雑形状とすることができる。また、ダイカスト時の冷却速度等に起因する部位による組成のばらつきが抑制されていることから、部位に依らず均質な機械的性質を有している。加えて、ダイカストによって製造された後の時効の影響が小さく、略同一の引張特性を維持することができる。
【0026】
本発明のアルミニウム合金ダイカスト材においては、断面組織観察において、共晶Si組織の円相当径の平均値が3μm以下であり、Cr系晶出物が全体に占める面積率が10%以下であること、が好ましい。共晶Si組織の円相当径の平均値及びCr系晶出物が全体に占める面積率がこれらの値となっていることで、耐力と伸びを向上させることができる。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、優れた鋳造性を有し、高い強度と靭性を兼ね備えた非熱処理型のアルミニウム合金を提供することができる。また、本発明によれば、高い強度と靭性を兼ね備え、部位による特性の差異が小さいことに加えて、時効の影響を受け難いアルミニウム合金ダイカスト材を提供することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】実施アルミニウム合金ダイカスト材1の断面の光学顕微鏡写真である。
【
図2】実施アルミニウム合金ダイカスト材2の断面の光学顕微鏡写真である。
【
図3】実施アルミニウム合金ダイカスト材3の断面の光学顕微鏡写真である。
【
図4】比較アルミニウム合金ダイカスト材1の断面の光学顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明のアルミニウム合金及びアルミニウム合金ダイカスト材についての代表的な実施形態について詳細に説明するが、本発明はこれらのみに限定されるものではない。
【0030】
1.アルミニウム合金
本発明のアルミニウム合金は、Si:5.0~12.0質量%、Mn:0.3~1.9質量%、Cr:0.01~1.00質量%、Ca:0.001~0.050質量%、を含有し、残部がAl及び不可避不純物よりなっており、不可避不純物の内でもMgは0.3質量%未満となっている。以下、各成分について詳細に説明する。
【0031】
(1)添加元素
Si:5.0~12.0質量%
Siは湯流れを良好にし、鋳造性を改善する働きを持つ。下限値に満たない場合は、鋳造性が十分でなくなり、上限値を超えて含有する際には、破壊の起点となる晶出物の形成により、伸びに悪影響をもたらすため、上記範囲で制限する必要がある。鋳造性と伸びをより良い水準で両立させるためには、Si:7.0~12.0質量%とすることが好ましく、Si:8.0~11.0質量%とすることがより好ましい。
【0032】
Mn:0.3~1.9質量%
Mnは鋳造時に溶湯が金型に焼付くことを防止するため、一定量含まれていなければならない。指定範囲の下限値に満たない場合は、その効果が十分でなく、上限値を超える場合にはAl-Mn系化合物の初晶が発生し、これが粗大な晶出物を形成すると、延性に悪影響を及ぼすため、上記範囲で制限されている。靭性と鋳造性の両立のためには、Mnの上限値を1.4質量%とすることが好ましく、1.0質量%とすることがより好ましく、0.8質量%とすることが最も好ましい。
【0033】
Cr:0.01~1.00質量%
Crはマトリクスに固溶することで、主に耐力を向上させる。下限値未満ではその効果が小さく、上限値を超えて添加した場合、耐力に関する悪影響は少ないものの、粗大なCr系晶出物を形成し、応力集中による破壊の起点となることで延性に悪影響を及ぼすため、上記範囲で制限する必要がある。固溶強化の効果をより確実に得るためには0.10質量%以上の添加が好ましい。なお、0.50質量%程度の添加で、粗大ではないもののCrを含む晶出物が出現するようになるため、本組成においてCrが固溶強化元素として耐力に寄与する限度は概ねこの値であると考えられる。これ以上の添加はコスト増加要因であることから、上限は0.50質量%とすることが好ましく、0.40質量%とすることがより好ましい。
【0034】
Ca:0.001~0.050質量%
Caは共晶Si組織を微細化することで、主に伸びに寄与する。下限値未満ではその効果が小さく、上限値を超えて添加しても、既に共晶Si組織が十分に微細化されていることから効果がない。また、過度に含有させると晶出物が粗大化し靭性に悪影響を及ぼす。加えて、Caの添加はコスト増加要因であることからも、上限については上記範囲で制限する必要がある。なお、Sr、Sb、Naを添加することでも共晶Si組織改良の効果を得ることができるが、本発明の組成においては、Caの場合よりやや伸びが劣る傾向にある。
【0035】
その他、Ti:0.05~0.20質量%、B:0.005~0.100質量%、Zr:0.05~0.20質量%の内、一種以上を更に添加してもよい。Ti、B、Zrは組織を微細化することで、主に靭性に寄与するため、添加されることが好ましい。下限値未満ではその効果が小さく、上限値を超えて含有させても、すでに十分に微細化されており効果がない上、過剰に加えると粗大晶出物を形成することで延性に悪影響を及ぼすようになるため、上記範囲で制限する必要がある。
【0036】
(2)不可避不純物
Mg:0.3質量%未満
本発明のアルミニウム合金は、背景技術で述べたMgによる悪影響が、製品において望ましくない状況や場面での使用を想定している。従って、Mgは低い水準で規制する必要がある。上記悪影響をより確実に回避するには、Mg含有量を0.1質量%未満に制限することが好ましく、0.08質量%未満とすることがより好ましい。
【0037】
Fe:0.4質量%以下
一般的に、Feは鋳造時において溶湯が金型へ焼き付くことを防止する目的で添加されることが多い。これに対し、本発明のアルミニウム合金においては、Feの添加によりAl-Fe-Si系化合物、Fe-Si系化合物が形成され、延性に悪影響を及ぼす。従って、Feは0.4質量%以下、より好ましくは0.2質量%以下に規制することが好ましい。
【0038】
上記の組成を有する本発明のアルミニウム合金の製造方法は本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の方法で、所望の組成を有するアルミニウム合金溶湯を溶製すればよい。
【0039】
大気雰囲気下で溶製される溶湯には、水素ガス・酸化物等の不純物が混入しており、この溶湯をそのまま鋳造した場合、凝固の際にポロシティ等の欠陥となって現れ、生成された部材の靭性を阻害する。これらの欠陥を防止するには、溶湯溶製後かつダイカストの前段階において、窒素やアルゴンガス等の不活性ガスによるバブリングを行うことが効果的である。溶湯の下部より供給された不活性ガスは、浮上する際、溶湯中の水素ガスや不純物を補足し、溶湯表面へと除去する作用を有する。
【0040】
2.アルミニウム合金ダイカスト材
本発明のアルミニウム合金ダイカスト材は、本発明のアルミニウム合金からなるダイカスト材であり、0.2%耐力が110MPa以上、伸びが10%以上の引張特性を有している。
【0041】
アルミニウム合金ダイカスト材の優れた0.2%耐力と伸びの両立は、基本的に組成を厳密に最適化したことによって実現されており、アルミニウム合金ダイカスト材の形状及びサイズに依らず、当該引張特性を有している。ここで、0.2%耐力は115MPa以上であることが好ましく、伸びは15%以上であることが好ましい。
【0042】
また、本発明のアルミニウム合金ダイカスト材は、共晶Si組織の円相当径における平均値が3μm以下であり、Cr系晶出物が全体に占める断面積率が10%以下であることが好ましい。当該組織によって、高い耐力と伸びを得ることができる。この際、共晶Si組織の円相当径における平均値やCr系晶出物が全体に占める断面積率を求める方法は特に限定されず、従来公知の種々の方法で測定すればよい。例えば、アルミニウム合金ダイカスト材を切断し、得られた断面試料を光学顕微鏡又は走査型電子顕微鏡で観察し、共晶Si組織、あるいはCr系晶出物のサイズを算出することで求めることができる。なお、観察手法に応じて、断面試料には機械研磨、バフ研磨、電解研磨及びエッチング等を施せばよい。
【0043】
なお、本発明の効果を損なわない限りにおいて、アルミニウム合金ダイカスト材の形状及びサイズは特に限定されず、従来公知の種々の部材とすることができる。当該部材としては、例えば、車体構造材を挙げることができる。
【0044】
3.アルミニウム合金ダイカスト材の製造方法
本発明のアルミニウム合金ダイカスト材は、本発明のアルミニウム合金からなるダイカスト材である。アルミニウム合金ダイカスト材を得るためのダイカスト方法は、本発明の効果を損なわない限り特に限定されず、従来公知の種々の方法及び条件を用いればよいが、以下、ダイカスト用アルミニウム合金の製造条件の一例について説明する。
【0045】
本発明のアルミニウム合金ダイカスト材の素材となるアルミニウム合金は、固溶強化を目的とした元素が含まれていることから、ダイカスト材の製造にあたって冷却速度に注意を払う必要がある。鋳造時の冷却速度が遅いとMn、Cr及びCaをマトリクス中に十分に固溶させることができないため、鋳造の際は、50℃/秒以上の冷却速度を確保することが好ましい。この際、鋳造圧力は50MPaから150MPaに設定するとよい。
【0046】
また、ダイカスト法を用いた部材作製においては、高圧・高速で金型へ溶湯を注ぎ込む関係上、溶湯中に金型内の空気が巻き込まれ、あるいは凝固収縮により、部材に気泡・巣等の鋳造欠陥が発生してしまう場合がある。こういった欠陥が多く存在すると部材の靭性に悪影響が及ぶため、鋳造にあたっては、これらの欠陥を少なくする方策を施すことが好ましい。
【0047】
また、アルミニウム合金ダイカスト材は非熱処理型のアルミニウム合金からなり、ダイカスト材において、例えば、車両用部材に必要な機械的特性を得るための鋳造後の製品に対する熱処理が不要である。その結果、熱処理工程及び当該熱処理工程によって発生する歪みの矯正等に関するコストを削減することができる。
【0048】
以上、本発明の代表的な実施形態について説明したが、本発明はこれらのみに限定されるものではなく、種々の設計変更が可能であり、それら設計変更は全て本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0049】
≪実施例1≫
表1に実施例1として示す組成のアルミニウム合金を溶製した後、ダイカストによって実施アルミニウム合金ダイカスト材1を得た。なお、表1の値は質量%であり、残部はAlである。
【0050】
【0051】
ダイカストの工法としては、無孔性ダイカスト法を採用し、ダイカスト材を作製した。この際用いた金型の寸法は110mm×110mm×3mmであり、ダイカスト時の鋳造圧力は120MPaとし、溶湯温度が730℃、金型温度が160℃の条件にて鋳造を行った。なお離型剤は水溶性のものを用いた。
【0052】
≪実施例2≫
表1に実施例2として示す組成のアルミニウム合金を溶製したこと以外は実施例1と同様にして、実施アルミニウム合金ダイカスト材2を得た。
【0053】
≪実施例3≫
表1に実施例3として示す組成のアルミニウム合金を溶製したこと以外は実施例1と同様にして、実施アルミニウム合金ダイカスト材3を得た。
【0054】
≪比較例1≫
表1に比較例1として示す組成のアルミニウム合金を溶製したこと以外は実施例1と同様にして、比較アルミニウム合金ダイカスト材1を得た。
【0055】
≪比較例2≫
表1に比較例2として示す組成のアルミニウム合金を溶製したこと以外は実施例1と同様にして、比較アルミニウム合金ダイカスト材2を得た。
【0056】
[引張試験]
得られた実施アルミニウム合金ダイカスト材1~3及び比較アルミニウム合金ダイカスト材1,2より、JIS-Z2241に定められる14B号試験片を採取し、室温にて引張試験を行ったところ、0.2%耐力、及び、破断伸びはそれぞれ表2の通りであった。
【0057】
【0058】
実施アルミニウム合金ダイカスト材1~3については、いずれも0.2%耐力が110MPa以上、伸びが10%以上を満足している。一方で、比較アルミニウム合金ダイカスト材1はCrが適切な量添加されていないため、0.2%耐力が103MPaに留まっている。また、比較アルミニウム合金ダイカスト材2については、Mg添加により高い耐力が得られているが、Mg-Si系化合物に起因する延性の低下が認められ、伸びが8%になっている。
【0059】
[組織観察]
実施アルミニウム合金ダイカスト材1~3及び比較アルミニウム合金ダイカスト材1の断面を鏡面研磨し、光学顕微鏡観察を行った。実施アルミニウム合金ダイカスト材1の光学顕微鏡写真を
図1に、実施アルミニウム合金ダイカスト材2の光学顕微鏡写真を
図2に、実施アルミニウム合金ダイカスト材3の光学顕微鏡写真を
図3に、比較アルミニウム合金ダイカスト材1の光学顕微鏡写真を
図4に、それぞれ示す。
【0060】
実施アルミニウム合金ダイカスト材3の光学顕微鏡写真から選択した100μm×100μmの視野を画像解析の対象とし、共晶Si組織の円相当径における平均粒径と、Cr系晶出物の全体に占める断面積率を測定したところ、共晶Si組織の円相当径における平均粒径は2μmであり、Cr系晶出物の全体に占める断面積率は7%であった。