(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-27
(45)【発行日】2022-10-05
(54)【発明の名称】X線分光分析装置、及び該X線分光分析装置を用いた化学状態分析方法
(51)【国際特許分類】
G01N 23/2209 20180101AFI20220928BHJP
【FI】
G01N23/2209
(21)【出願番号】P 2019544339
(86)(22)【出願日】2018-07-25
(86)【国際出願番号】 JP2018027993
(87)【国際公開番号】W WO2019064868
(87)【国際公開日】2019-04-04
【審査請求日】2020-03-06
(31)【優先権主張番号】PCT/JP2017/034860
(32)【優先日】2017-09-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 賢治
(72)【発明者】
【氏名】米田 哲弥
(72)【発明者】
【氏名】足立 晋
(72)【発明者】
【氏名】徳田 敏
【審査官】赤木 貴則
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2017/0160213(US,A1)
【文献】特開2002-189004(JP,A)
【文献】特開2009-264926(JP,A)
【文献】特開2014-209098(JP,A)
【文献】特開2015-219198(JP,A)
【文献】特開2015-219197(JP,A)
【文献】特開2014-173864(JP,A)
【文献】特開2003-294659(JP,A)
【文献】特開2013-053893(JP,A)
【文献】特開2013-096750(JP,A)
【文献】特開平10-318945(JP,A)
【文献】特開昭59-222747(JP,A)
【文献】特表2008-527368(JP,A)
【文献】特表2015-502520(JP,A)
【文献】国際公開第2016/110421(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/00-G01N 23/2276
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
a) 試料ホルダと、
b) 前記試料ホルダに保持された試料表面の所定の照射領域に、特性X線を発生させるための励起線を照射する励起源と、
c) 前記照射領域に面して設けられた分光結晶と、
d) 前記照射領域と前記分光結晶の間に設けられた、該照射領域及び該分光結晶の所定の結晶面に平行なスリットと、
e) 前記スリットに平行な方向に長さを有する線状の検出素子が該スリットに垂直な方向に並ぶように設けられたX線リニアセンサと、
f) 前記試料ホルダに保持された標準試料の表面の前記照射領域に、前記励起源から励起線が照射されることによって測定された、エネルギーが既知である2つの特性X線の該エネルギーに基づいて
前記検出素子の各々と該検出素子に入射する特性X線のエネルギーとの関係を特定し、該関係を用いて、前記検出素子の各々により検出される特性X線のエネルギーを較正するエネルギー較正部と
を備えるX線分光分析装置。
【請求項2】
前記分光結晶が平板から成る、請求項1に記載のX線分光分析装置。
【請求項3】
前記標準試料から生成される前記2つの特性X線が、1種類の元素から放出される2つの特性X線である、請求項1に記載のX線分光分析装置。
【請求項4】
前記2つの特性X線が、Kα
1線及びKβ
1, 3線である、請求項3に記載のX線分光分析装置。
【請求項5】
前記1種類の元素が、測定対象の試料が含有する元素である、請求項3又は4に記載のX線分光分析装置。
【請求項6】
前記エネルギー較正部が、前記X線リニアセンサで検出されるKα
1線及びKα
2線が重畳した強度をKα
1線のローレンツ関数とKα
2線のローレンツ関数でフィッティングすることにより、Kα
1線の強度のピークエネルギーを特定するものである、請求項4に記載のX線分光分析装置。
【請求項7】
前記Kα
1線のピークとKα
2線のピークの間に形成される谷における強度が、Kα
1線のピークにおける強度の1/2以下となるエネルギー分解能を有する、請求項6に記載のX線分光分析装置。
【請求項8】
前記エネルギー較正部が、前記X線リニアセンサで検出されるKβ
1, 3線とKβ’線が重畳した強度をKβ
1, 3線のローレンツ関数とKβ’線のローレンツ関数でフィッティングすることにより、Kβ
1, 3線の強度のピークエネルギーを特定するものである、請求項4に記載のX線分光分析装置。
【請求項9】
前記標準試料から生成される前記2つの特性X線が、2種類の元素からそれぞれ放出されるKα
1線である、請求項1に記載のX線分光分析装置。
【請求項10】
前記2種類の元素が、測定対象の試料が含有する元素と同じ元素と該元素よりも原子番号が1つ大きい元素、又は測定対象の試料が含有する元素よりも原子番号が1つ大きい元素と2つ大きい元素である、請求項9に記載のX線分光分析装置。
【請求項11】
測定対象の試料が含有する元素が、原子番号が連続する2種類以上の元素であって、前記標準試料から生成される前記2つの特性X線が、前記測定対象の試料が含有する元素のうち原子番号が最も大きい元素よりも原子番号が1つ大きい元素のKα
1線と、前記測定対象の試料が含有する元素のうちの1つの元素のKα
1線である、請求項9に記載のX線分光分析装置。
【請求項12】
前記エネルギー較正部が、前記X線リニアセンサで検出されるKα
1線及びKα
2線が重畳した強度をKα
1線のローレンツ関数とKα
2線のローレンツ関数でフィッティングすることにより、Kα
1線の強度のピークエネルギーを特定するものである、請求項9に記載のX線分光分析装置。
【請求項13】
前記Kα
1線のピークとKα
2線のピークの間に形成される谷における強度が、Kα
1線のピークにおける強度の1/2以下となるエネルギー分解能を有する、請求項12に記載のX線分光分析装置。
【請求項14】
試料ホルダと、
前記試料ホルダに保持された試料表面の所定の照射領域に、特性X線を発生させるための励起線を照射する励起源と、
前記照射領域に面して設けられた分光結晶と、
前記照射領域と前記分光結晶の間に設けられた、該照射領域及び該分光結晶の所定の結晶面に平行なスリットと、
前記スリットに平行な方向に長さを有する線状の検出素子が該スリットに垂直な方向に並ぶように設けられたX線リニアセンサと、
前記試料ホルダに保持された標準試料の表面の前記照射領域に、前記励起源から励起線が照射されることによって測定された、エネルギーが既知である2つの特性X線の該エネルギーに基づいて、前記X線リニアセンサの前記検出素子の各々により検出される特性X線のエネルギーを較正するエネルギー較正部と、
含有する所定の元素及び該元素の価数が既知であって該価数が異なる複数個の標準試料からそれぞれ放出される特性X線のピークエネルギーに基づいて、価数に対するピークエネルギーを示す標準曲線を作成する標準曲線作成部と
を備える
、X線分光分析装置。
【請求項15】
試料ホルダと、
前記試料ホルダに保持された試料表面の所定の照射領域に、特性X線を発生させるための励起線を照射する励起源と、
前記照射領域に面して設けられた分光結晶と、
前記照射領域と前記分光結晶の間に設けられた、該照射領域及び該分光結晶の所定の結晶面に平行なスリットと、
前記スリットに平行な方向に長さを有する線状の検出素子が該スリットに垂直な方向に並ぶように設けられたX線リニアセンサと、
前記試料ホルダに保持された標準試料の表面の前記照射領域に、前記励起源から励起線が照射されることによって測定された、エネルギーが既知である2つの特性X線の該エネルギーに基づいて、前記X線リニアセンサの前記検出素子の各々により検出される特性X線のエネルギーを較正するエネルギー較正部と
を備え、前記エネルギー較正部が、
前記試料ホルダに保持された前記標準試料の表面の前記照射領域に、前記励起源から励起線が照射されることによって測定された、エネルギーが既知である3つ以上の特性X線の該エネルギーに基づいて、前記検出素子のうちの1個である基準検出素子と前記スリットの間の光路長、及び該スリットを通過して前記分光結晶でブラッグ反射し該基準検出素子に入射する特性X線の回折角で規定される前記分光結晶の傾斜角を最小二乗法で求め、
前記光路長及び前記傾斜角、並びに前記X線リニアセンサの各検出素子と前記基準検出素子の距離に基づき、該各検出素子で検出される特性X線のエネルギーを求めるものである
、X線分光分析装置。
【請求項16】
試料ホルダと、
前記試料ホルダに保持された試料表面の所定の照射領域に、特性X線を発生させるための励起線を照射する励起源と、
前記照射領域に面して設けられた分光結晶と、
前記照射領域と前記分光結晶の間に設けられた、該照射領域及び該分光結晶の所定の結晶面に平行なスリットと、
前記スリットに平行な方向に長さを有する線状の検出素子が該スリットに垂直な方向に並ぶように設けられたX線リニアセンサと、
前記試料ホルダに保持された標準試料の表面の前記照射領域に、前記励起源から励起線が照射されることによって測定された、エネルギーが既知である2つの特性X線の該エネルギーに基づいて、前記X線リニアセンサの前記検出素子の各々により検出される特性X線のエネルギーを較正するエネルギー較正部と
を備え、前記試料ホルダが、
前記照射領域を含む領域に測定対象の試料を保持する測定試料保持部と、
前記測定試料保持部以外の位置且つ前記励起線が照射される位置であって、前記スリットに垂直な方向に幅を有する範囲内に前記標準試料を保持する標準試料保持部と
を備える
、X線分光分析装置。
【請求項17】
試料ホルダと、
前記試料ホルダに保持された試料表面の所定の照射領域に、特性X線を発生させるための励起線を照射する励起源と、
前記照射領域に面して設けられた分光結晶と、
前記照射領域と前記分光結晶の間に設けられた、該照射領域及び該分光結晶の所定の結晶面に平行なスリットと、
前記スリットに平行な方向に長さを有する線状の検出素子が該スリットに垂直な方向に並ぶように設けられたX線リニアセンサと、
前記試料ホルダに保持された標準試料の表面の前記照射領域に、前記励起源から励起線が照射されることによって測定された、エネルギーが既知である2つの特性X線の該エネルギーに基づいて、前記X線リニアセンサの前記検出素子の各々により検出される特性X線のエネルギーを較正するエネルギー較正部と
を備え、
前記エネルギー較正部が、前記X線リニアセンサの位置が固定されている状態で、前記検出素子のうち2種類以上の特性X線がそれぞれ入射した2個以上の検出素子の位置に基づいて前記検出素子の各々とエネルギーの関係を示す較正曲線を作成し、該較正曲線を用いて前記検出素子の各々により検出される特性X線のエネルギーを較正する
、X線分光分析装置。
【請求項18】
試料ホルダと、
前記試料ホルダに保持された試料表面の所定の照射領域に、特性X線を発生させるための励起線を照射する励起源と、
前記照射領域に面して設けられた分光結晶と、
前記照射領域と前記分光結晶の間に設けられた、該照射領域及び該分光結晶の所定の結晶面に平行なスリットと、
前記スリットに平行な方向に長さを有する線状の検出素子が該スリットに垂直な方向に並ぶように設けられたX線リニアセンサと、
前記試料ホルダに保持された標準試料の表面の前記照射領域に、前記励起源から励起線が照射されることによって測定された、エネルギーが既知である2つの特性X線の該エネルギーに基づいて、前記X線リニアセンサの前記検出素子の各々により検出される特性X線のエネルギーを較正するエネルギー較正部と
を備えるX線分光分析装置を用いて測定対象試料中の元素の化学状態を分析する方法であって、
前記試料ホルダに保持された前記標準試料の表面に前記励起源から励起線を照射することによって生成される、互いにエネルギーが異なる少なくとも2つの特性X線の該エネルギーに基づいて
前記検出素子の各々と該検出素子に入射する特性X線のエネルギーとの関係を特定し、該関係を用いて、前記検出素子の各々により検出される特性X線のエネルギーを較正するエネルギー較正工程と、
前記試料ホルダに保持された前記測定対象試料の表面に前記励起源から励起線を照射することによって生成される特性X線のエネルギーに基づいて、該測定対象試料中の元素の化学状態を特定する化学状態特定工程と
を有する、化学状態分析方法。
【請求項19】
前記化学状態として、前記測定対象試料中の元素の価数を特定する、請求項18に記載の化学状態分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、1次X線や電子線等の励起線が照射された試料が発する特性X線を分光して波長毎の強度を検出するX線分光分析装置、及び該X線分光分析装置を用いた化学状態分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
励起線が照射された試料が発する特性X線は、その試料が含有する元素により定まるエネルギー(波長)を有している。そのため、特性X線のエネルギー毎の強度を検出することにより、該試料の組成を決定することができる。
【0003】
特許文献1には、試料Sの表面の所定の照射領域Aに、特性X線を発生させるための励起線を照射する励起源91と、照射領域Aに面して設けられた分光結晶93と、照射領域A及び分光結晶93の所定の結晶面に平行になるように照射領域Aと分光結晶93の間に設けられたスリット92と、スリット92に平行な方向に長さを有する線状の検出素子941が該スリットに垂直な方向に並ぶように設けられたX線リニアセンサ94を備えるX線分光分析装置90が記載されている(
図16参照)。
【0004】
このX線分光分析装置90では、励起線を照射領域Aに照射することによって、照射領域A内の様々な位置から様々な方向に特性X線が放出されるが、そのうちスリット92を通過するものだけが分光結晶に到達する。照射領域Aをスリットに平行な線状部分(
図16のA1、A2…)に分割して考えると、特定のエネルギー(波長)を有するX線は、そのうちの或る1つの線状部分から放出されるもののみが、スリット92を通過して分光結晶の前記所定結晶面に関して回折条件を満たして回折され、X線リニアセンサ94の検出素子941のうちの特定の1つで検出される。そして、互いにエネルギーが異なるX線は、互いに異なる線状部分から放出されるものが、スリット92を通過して分光結晶の前記所定結晶面で回折され、互いに異なる検出素子941で検出される。従って、X線リニアセンサ94に現れるピークの位置を検出することにより、照射領域Aから放出された特性X線のエネルギーを特定することができ、試料の元素分析が可能となる。このX線分光分析装置90は、液体や粉末のように組成が位置に依らず均一である試料や、照射領域Aの全体では不均一であっても線状部分で平均を取ると均一である試料に対して分析を行うことができる。
【0005】
特性X線のエネルギーは、試料が含有する元素の電子軌道の状態によって僅かに変化するため、特性X線のエネルギーを測定することにより、価数や結合状態等の、電子軌道に影響を及ぼす化学状態を分析することができる。特許文献1には、上記X線分光分析装置を用いて、試料が含有する元素の価数を分析する方法が記載されている。具体的には、元素の価数の相違によって特性X線のエネルギーが数100meVから数eV程度相違する(この相違は、元素の相違による特性X線のエネルギーの相違よりも十分に小さい)ことから、特性X線のエネルギーを精密に測定することによって当該元素の価数を求めることができる。この方法によれば、試料を破壊することなく且つリアルタイムで価数の分析を行うことができる。このような化学状態の分析は、例えば、化学変化による材料の劣化、充電又は放電による電池材料の状態の変化、価数の相違に基づく有害元素(例えば六価クロム)の識別等の分析に用いることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】米国公開特許公報第2017/0160213号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1の装置において元素の価数を高精度に求めるためには、X線リニアセンサで検出した特性X線のエネルギーを高精度に求める必要がある。本発明が解決しようとする課題は、検出した特性X線のエネルギーをより高精度に求めることができるX線分光分析装置、及び該X線分光分析装置を用いて、試料が含有する元素の価数等の化学状態を高精度に分析することができる方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために成された本発明に係るX線分光分析装置の第1の態様は、
a) 試料ホルダと、
b) 前記試料ホルダに保持された試料表面の所定の照射領域に、特性X線を発生させるための励起線を照射する励起源と、
c) 前記照射領域に面して設けられた分光結晶と、
d) 前記照射領域と前記分光結晶の間に設けられた、該照射領域及び該分光結晶の所定の結晶面に平行なスリットと、
e) 前記スリットに平行な方向に長さを有する線状の検出素子が該スリットに垂直な方向に並ぶように設けられたX線リニアセンサと、
f) 前記試料ホルダに保持された標準試料の表面の前記照射領域に、前記励起源から励起線が照射されることによって測定された、エネルギーが既知である2つの特性X線の該エネルギーに基づいて、前記X線リニアセンサの前記検出素子の各々により検出される特性X線のエネルギーを較正するエネルギー較正部と
を備えることを特徴とする。
【0009】
第1の態様のX線分光分析装置を使用する際には、エネルギー較正部は標準試料を用いて、X線リニアセンサの検出素子の各々が検出する特性X線のエネルギーの較正を行う。この較正は、分析対象の試料の測定を行う毎に該測定の直前に行ってもよいし、試料の測定とは無関係に定期的に行ってもよい。
【0010】
標準試料には、励起源からの励起線を照射することによってエネルギーが既知である2つ(又は3つ以上)の特性X線を生成するものを用いる。具体的には、価数が既知である元素を1種類のみ有する場合には、該元素の2つの特性X線のエネルギーを較正に用いればよく、価数が既知である元素を2種類(又はそれ以上)有する場合には、各元素の少なくとも1つの特性X線のエネルギーを較正に用いればよい。
【0011】
エネルギー較正部が行う、X線リニアセンサの検出素子の各々により検出される特性X線のエネルギーの較正には、以下の2つの方法のいずれかを用いることができる。第1の方法では、エネルギーが異なる2種類(又は3種類以上)の特性X線がそれぞれ所定の検出素子に入射するように、X線リニアセンサの位置を移動させる。第2の方法では、X線リニアセンサの位置は移動させず、2種類以上の特性X線がそれぞれ入射した検出素子の位置に基づいて、各検出素子とエネルギーの関係を示す較正曲線を作成する。
【0012】
以上のように標準試料から放出されるエネルギーの異なる2つの特性X線を用いて、エネルギー較正部がX線リニアセンサの検出素子の各々で検出される特性X線のエネルギーを較正することにより、分析対象の試料を測定した際に、該試料から放出される特性X線のエネルギーをX線リニアセンサにおいて高精度に求めることができる。これにより、分析対象の試料が含有する元素の価数等の、該試料の化学状態を高精度に求めることができる。
【0013】
前記標準試料から生成される前記2つの特性X線(較正用の特性X線)は、1種類の元素から放出される2つ(又はそれ以上)の特性X線を好適に用いることができる。この場合には、標準試料を作製する際に2種類以上の元素を混合させる必要がない。それら2つの特性X線は、強度の点でKα1線及びKβ1, 3線であることが好ましい。また、当該1種類の元素には、測定対象の試料が含有する元素と同じ元素を用いることが好ましい。
【0014】
また、前記標準試料から生成される前記2つの特性X線(較正用の特性X線)は、2種類以上の元素からそれぞれ放出されるKα1線を用いることも好ましい。Kα1線が他の特性X線よりも強度が大きいことから、Kα1線を用いることによってエネルギーの較正をより高精度に行うことができる。
【0015】
較正用の特性X線としてKα1線を用いる場合において、前記2種類の元素は、測定対象の試料が含有する元素と同じ元素と、該元素よりも原子番号が1つ大きい元素、又は測定対象の試料が含有する元素よりも原子番号が1つ大きい元素と2つ大きい元素であることが好ましい。前述した元素の価数を分析する際には、分析対象の元素が放出するKβ1, 3線や、Kβ1, 3線の近傍のエネルギーを有するKβ'線の検出が行われるが、分析対象の元素よりも原子番号が1つ(及び2つ)大きい元素から放出されるKα1線は、一般に分析対象の元素のKβ1, 3線やKβ'線に近いエネルギーを有するため、分析対象の元素のKβ1, 3線やKβ'線のエネルギーをより高精度に求めることに資する。
【0016】
あるいは、測定対象の試料が含有する元素が、原子番号が連続する2種類以上の元素である場合には、前記標準試料から生成される前記2つの特性X線として、前記測定対象の試料が含有する元素のうち原子番号が最も大きい元素よりも原子番号が1つ大きい元素のKα1線と、前記測定対象の試料が含有する元素のうちの1つの元素のKα1線を用いることができる。
【0017】
標準試料から放出されるKα1線を較正用の特性X線の少なくとも1つとして検出する際には、Kα1線とKα2線が一部重なった状態で、X線リニアセンサにより検出される。この場合、Kα1線とKα2線の強度はそれぞれ、エネルギーを変数とするローレンツ関数で近似することができる。そこで、エネルギー較正部は、X線リニアセンサの複数の検出素子に亘って検出されるKα1線及びKα2線が重畳した強度をKα1線のローレンツ関数とKα2線のローレンツ関数でフィッティングすることにより、Kα1線の強度のピークエネルギー(強度がピークとなるときのエネルギー)を特定することが望ましい。
【0018】
上記のようにKα1線のローレンツ関数とKα2線のローレンツ関数でフィッティングを行う場合において、X線分光分析装置のエネルギー分解能は、Kα1線のピークとKα2線のピークの間に形成される谷における強度が、Kα1線のピークにおける強度の1/2以下となる分解能を有することがより望ましい。これにより、Kα1線のピークとKα2線のピークをより明確に分離することができる。
【0019】
Kβ1, 3線を較正用の特性X線の1つとして用いる場合には、Kβ1, 3線とKβ’線が重なった状態で、X線リニアセンサにより検出される。この場合、Kα1線の場合と同様に、Kβ1, 3線とKβ’線が重畳した強度をKβ1, 3線のローレンツ関数とKβ’線のローレンツ関数でフィッティングすることにより、Kβ1, 3線の強度のピークエネルギーを特定することが望ましい。
【0020】
なお、Kα1線とKα2線、及びKβ1, 3線とKβ’線のローレンツ関数によるフィッティングは、ここで述べたエネルギー較正のための標準試料から得られる特性X線に対して行う他に、測定対象の試料から得られる特性X線に対して行ってもよい。この測定対象の試料から得られる特性X線のローレンツ関数によるフィッティングは、エネルギー較正を行わないX線分光分析装置において行うこともできる。
【0021】
本発明に係るX線分光分析装置はさらに、含有する所定の元素及び該元素の価数が既知であって該価数が異なる複数個の標準試料からそれぞれ放出される特性X線のピークエネルギーに基づいて、価数に対するピークエネルギーを示す標準曲線(検量線)を作成する標準曲線作成部を備えることができる。この構成によれば、測定対象試料から放出される特性X線のピークエネルギーを、標準曲線作成部で作成された標準曲線に適用することにより、測定対象試料が含有する前記所定の元素の平均価数を見積もることができる。
【0022】
前記エネルギー較正部は、
前記試料ホルダに保持された前記標準試料の表面の前記照射領域に、前記励起源から励起線が照射されることによって測定された、エネルギーが既知である3つ以上の特性X線の該エネルギーに基づいて、前記検出素子のうちの1個である基準検出素子と前記スリットの間の光路長、及び該スリットを通過して前記分光結晶でブラッグ反射し該基準検出素子に入射する特性X線の回折角で規定される前記分光結晶の傾斜角を最小二乗法で求め、
前記光路長及び前記傾斜角、並びに前記X線リニアセンサの各検出素子と前記基準検出素子の距離に基づき、該各検出素子で検出される特性X線のエネルギーを求めるものである
という構成を取ることができる。
【0023】
このように標準試料から得られる3つ以上の特性X線のエネルギーに基づいて、前記光路長及び前記傾斜角という2つの値を最小二乗法で求めることにより、それら2つの値の算出精度が高くなり、各検出素子で検出される特性X線のエネルギーをより正確に特定することができる。
【0024】
本発明に係るX線分光分析装置において、前記試料ホルダは、
前記照射領域を含む領域に測定対象の試料を保持する測定試料保持部と、
前記測定試料保持部以外の位置且つ前記励起線が照射される位置であって、前記スリットに垂直な方向に幅を有する範囲内に前記標準試料を保持する標準試料保持部と
を備えることができる。
【0025】
試料ホルダが前記測定試料保持部と前記標準試料保持部の双方を有することにより、X線リニアセンサでは、測定対象の試料から生成される特性X線と標準試料から生成される特性X線の双方を同時に検出することができる。これにより、測定対象の試料からの特性X線を測定する毎に随時、それと同時に得られる標準試料からの特性X線を用いて、X線リニアセンサの検出素子の各々が検出する特性X線のエネルギーの較正を行うことができる。
【0026】
このようにエネルギーの較正を随時行うことは、特に、X線分光分析装置内の温度が時間に伴って変化することで、X線リニアセンサや分光結晶等が膨張又は収縮したりそれらの位置関係が変化することによって生じる、各検出素子で検出される特性X線のエネルギーの変化を較正する際に好適に用いることができる。一方、このようなX線分光分析装置内の温度変化によって必要となる特性X線のエネルギーの較正は、以下に述べる第2の態様のX線分光分析装置によって行うこともできる。
【0027】
本発明に係るX線分光分析装置の第2の態様は、試料から発生する特性X線を分光して分析するX線分光分析装置であって、
a) 試料ホルダと、
b) 前記試料ホルダに保持された試料表面の所定の照射領域に、特性X線を発生させるための励起線を照射する励起源と、
c) 前記照射領域に面して設けられた分光結晶と、
d) 前記照射領域と前記分光結晶の間に設けられた、該照射領域及び該分光結晶の所定の結晶面に平行なスリットと、
e) 前記スリットに平行な方向に長さを有する線状の検出素子が該スリットに垂直な方向に並ぶように設けられたX線リニアセンサと、
f) 前記X線分光分析装置中の所定位置における温度を測定する温度測定部と、
g) 予め求められた、前記所定位置における温度と前記検出素子の各々により検出される特性X線のエネルギーとの関係に基づいて、前記温度測定部で測定された温度から、該検出素子の各々で検出される特性X線のエネルギーを較正するエネルギー較正部と
を備えることを特徴とする。
【0028】
第2の態様のX線分光分析装置では、X線分光分析装置中の所定位置における温度を温度測定部で測定し、その結果を用いて、検出素子の各々により検出される特性X線のエネルギーを較正することができる。従って、標準試料を用いた測定を行う必要はなく、測定対象の試料からの特性X線を測定する毎に随時、較正を行うことができる。
【0029】
前記所定位置は、例えば分光結晶やX線リニアセンサの位置、あるいはそれらの近傍の位置とすることができる。あるいは、スリット、分光結晶及びX線リニアセンサの各要素を筐体内に収容し、それら各要素を筐体の壁に固定した場合には、筐体又はその近傍を前記所定位置としてもよい。この場合、温度の変化に伴って筐体が膨張又は収縮することにより各要素の位置関係が変化し、それによって各検出素子で検出される特性X線のエネルギーが変化しても、該検出素子の各々で検出される特性X線のエネルギーを較正することができる。
【0030】
本発明に係る化学状態分析方法の第1の態様は、上記第1の態様のX線分光分析装置を用いて測定対象試料中の元素の化学状態を分析する方法であって、
前記試料ホルダに保持された前記標準試料の表面に前記励起源から励起線を照射することによって生成される、互いにエネルギーが異なる少なくとも2つの特性X線の該エネルギーに基づいて、該X線リニアセンサの前記検出素子の各々により検出される特性X線のエネルギーを較正するエネルギー較正工程と、
前記前記試料ホルダに保持された前記測定対象試料の表面に前記励起源から励起線を照射することによって生成される特性X線のエネルギーに基づいて、該測定対象試料中の元素の化学状態を特定する化学状態特定工程と
を有することを特徴とする。
【0031】
本発明に係る化学状態分析方法の第2の態様は、上記第2の態様のX線分光分析装置を用いて測定対象試料中の元素の化学状態を分析する方法であって、
予め求められた、前記分光結晶の温度及び前記X線リニアセンサの温度と前記検出素子の各々により検出される特性X線のエネルギーとの関係に基づいて、前記温度測定部で測定された該分光結晶の温度及び該X線リニアセンサの温度から、該検出素子の各々により検出される特性X線のエネルギーを較正するエネルギー較正工程と、
前記試料ホルダに保持された前記測定対象試料の表面に前記励起源から励起線を照射することによって生成される特性X線のエネルギーに基づいて、該測定対象試料中の元素の化学状態を特定する化学状態特定工程と
を有することを特徴とする。
【0032】
第1及び第2の態様の化学状態分析方法では、前記化学状態特定工程において、化学状態として、測定対象試料中の元素の価数の特定を好適に行うことができる。
【発明の効果】
【0033】
本発明に係るX線分光分析装置により、検出した特性X線のエネルギーをより高精度に求めることができる。
【0034】
また、本発明に係るX線分光分析装置により、試料が含有する元素の価数等の化学状態を高精度に分析することができる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【
図1】本発明に係るX線分光分析装置の一実施形態を示す概略側面図。
【
図2】本発明に係るX線分光分析装置により測定対象の試料から得られる、特性X線の波長スペクトルの一例を示すグラフ。
【
図3】
図2の測定を行ったX線分光分析装置の寸法及び各構成要素の配置を示す概略図。
【
図4】測定対象の試料に含まれる、異なる価数の同一元素からそれぞれ得られた特性X線の検出結果を示すグラフ。
【
図5】第1実施形態のX線分光分析装置においてX線リニアセンサの配置を設計する方法を説明するための図。
【
図6】X線リニアセンサの各検出素子と検出されるエネルギーの関係の一例を示すグラフ。
【
図7】第1実施形態のX線分光分析装置においてX線リニアセンサの各検出素子により検出される特性X線のエネルギーを較正する方法を示し、X線リニアセンサを分光結晶に近づける方向に移動させる場合(a)、X線リニアセンサを分光結晶から離れる方向に移動させる場合(b)、及び分光結晶との距離及び検出素子が並ぶ方向の位置の調整を行った後の状態(c)を示す概略図。
【
図8】エネルギーの較正に用いる標準試料の含有元素及び該含有元素の特性X線の例を示す図。
【
図9】FeのKα線のエネルギースペクトルについてローレンツ関数でフィッティングを行った結果を示すグラフ。
【
図10】MnのKβ線のエネルギースペクトルについてローレンツ関数でフィッティングを行った結果を示すグラフ。
【
図11】Mnに関して価数と特性X線のエネルギーの関係を表した標準曲線を示すグラフ。
【
図12】第1実施形態の第1変形例の構成を示す概略側面図。
【
図13】第1変形例で最小二乗法により求められた、検出素子のチャネル番号とエネルギーの関係を示すグラフ。
【
図14】第1実施形態の第2変形例の構成を示す概略側面図(a)、及び試料ホルダの上面図(b)。
【
図16】従来のX線分光分析装置の一例を示す概略側面図(a)及び概略斜視図(b)。
【発明を実施するための形態】
【0036】
図1~
図15を用いて、本発明に係るX線分光分析装置及び化学状態分析方法の実施形態を説明する。
【0037】
(1) 第1実施形態のX線分光分析装置の構成
図1は、第1実施形態のX線分光分析装置10の概略側面図である。このX線分光分析装置10は、励起源11と、スリット12と、分光結晶13と、X線リニアセンサ14と、試料ホルダ15と、エネルギー較正部16とを有する(なお、
図1中に示した標準曲線作成部17は、X線分光分析装置10が備えていなくてもよい。標準曲線作成部17の詳細は後述する)。
【0038】
励起源11は、後述のように試料ホルダ15に保持された試料Sに、励起光(励起線)であるX線を照射するX線源である。X線源の代わりに電子線源を用いてもよい。この励起源11により、励起光は、試料S上の面状の照射領域Aに照射される。本実施形態では照射領域Aに垂直に励起光を照射するが、照射領域Aに対して傾斜した角度で励起光を照射してもよい。
【0039】
スリット12は、照射領域Aと分光結晶13の間に配置される。本実施形態では、分光結晶13には平板から成るものを用いている。この分光結晶13は、所定の結晶面が結晶の表面に平行になっている。スリット12は、照射領域A及び特性X線の検出に用いる分光結晶13の結晶面(すなわち分光結晶13の表面)に対して平行に(
図1では紙面に垂直に)配置される。
【0040】
X線リニアセンサ14は、スリット12に平行(
図1の紙面に垂直)な方向に長さを有する線状の検出素子141が複数、該スリット12に垂直な方向に並ぶように設けられたものである。個々の検出素子141は、それに入射するX線の強度(個数)のみを検出すればよく、入射したX線の波長やエネルギーを厳密に検出する機能は不要である。
【0041】
試料Sは固体、液体、気体のいずれであってもよく、試料ホルダ15にはそれら試料の状態に対応したものを用いる。すなわち、試料Sが固体であれば試料ホルダ15には試料Sを載置する台を用い、試料Sが液体であれば試料ホルダ15には試料Sを貯留する容器を用い、試料Sが気体であれば試料ホルダ15には試料Sを封入する容器を用いる。
【0042】
エネルギー較正部16は、X線リニアセンサ位置微調整部161と制御部162から成る。X線リニアセンサ位置微調整部161は、X線リニアセンサ14を、検出素子141が並ぶ方向に移動させると共に、及び該方向に垂直であって検出素子141の長さ方向に垂直な方向に移動させることにより、X線リニアセンサ14の位置を微調整するものである。制御部162は、標準試料の表面に励起源11から励起線を照射することによって放出される2つの特性X線の測定結果に基づいてX線リニアセンサ位置微調整部161を制御することにより、X線リニアセンサ14の位置を移動させるものである。制御部162による制御の詳細は後述する。
【0043】
(2) 第1実施形態のX線分光分析装置の動作
次に、第1実施形態のX線分光分析装置10の動作を説明する。ここでは説明の都合上、まず、測定対象の試料Sに励起光を照射することによって放出される特性X線の測定方法及び試料Sに含まれる元素の価数を特定する方法を述べ、その後、標準試料を用いて検出素子141の各々により検出される特性X線のエネルギーを較正する方法について述べる。
【0044】
(2-1) 測定対象の試料Sから放出される特性X線の測定方法
まず、試料ホルダ15に試料Sを保持させたうえで、励起源11から試料S表面の照射領域Aに、励起光であるX線を照射する。これにより、照射領域Aの全体から、試料Sを構成する元素によって異なるエネルギーを有する特性X線が、照射領域A内の様々な位置から様々な方向に放出される。これらの特性X線は、従来のX線分光分析装置90について説明したように照射領域Aをスリット12に平行な線状部分(
図16のA1、A2…を参照)に分割すると、分光結晶13の表面に特定の1つの入射角(90-θ)°(θは特性X線が分光結晶13でブラッグ反射される場合の回折角)で入射する方向に放出されたもののみがスリット12を通過する。そして、この位置が異なる線状部分同士では、スリット12を通過して分光結晶13に入射する特性X線の入射角が異なることとなる。例えば、
図1に示した線状部分A1から放出される特性X線は、1つの入射角(90-θ
1)°のみで分光結晶13に入射し、別の線状部分A2から放出される特性X線は、前記入射角(90-θ
1)°とは異なる1つの入射角(90-θ
2)°のみで分光結晶13に入射する。
【0045】
照射領域Aの各線状部分から分光結晶13に入射した特性X線は、ブラッグ反射の条件であるλ=(2d/n)sinθ(λは特性X線の波長、dは分光結晶13の結晶面間隔、nは次数)を満たす波長を有するときにのみ、回折角θで回折(反射)される。分光結晶13で回折(反射)された特性X線は、X線リニアセンサ14の検出素子141の1つで検出される。前述のように分光結晶13には照射領域A内の線状部分によって異なる特定の1つの入射角(90-θ)°で分光結晶13に入射することから、線状部分毎に、異なる特定の1つの波長の特性X線のみがX線リニアセンサ14に入射し、且つ、異なる検出素子141で検出される。例えば、
図1に示した線状部分A1から放出される特性X線は、波長λ
1=(2d/n)sinθ
1を有するもののみがX線リニアセンサ14に入射して1つの検出素子1411で検出され、線状部分A2から放出される特性X線は、λ
1とは異なる波長λ
2=(2d/n)sinθ
2を有するもののみがX線リニアセンサ14に入射して検出素子1411とは異なる検出素子1412で検出される。従って、X線リニアセンサ14の検出素子141毎に、入射するX線の強度(個数)を検出することにより、照射領域Aから放出される特性X線の波長スペクトルが得られる。
【0046】
こうして得られる波長スペクトルのデータの一例を
図2に示す。このデータは、ステンレス鋼を試料Sとして測定したものであり、測定したエネルギー範囲内において、Fe(鉄)のKα線、Cr(クロム)のKα線及びKβ線、並びにMn(マンガン)のKα線が観測されている。FeのKαは、高エネルギー側の方が強度が約2倍である2つのピークが観測されているが、それらのうち高エネルギー側のピークはKα
1線を示し、低エネルギー側のピークはKα
2線を示している。
図2の測定を行ったX線分光分析装置10の寸法及び各構成要素の配置を
図3に示す。
【0047】
図4に、K
2CrO
4(図中の黒丸、+6価)とCr
2O
3(同・白丸、+3価)について、CrのKβ線に基づいてCrの価数を特定した例を示す(なお、
図4は、
図2に示したCrのKβ線のデータとは異なる)。このデータより、+3価のCrから放出されるKβ
1, 3線は、+6価のCrから放出されるKβ
1, 3線よりもエネルギーが1.4eV高い。このエネルギーの相違により、測定対象の試料に含まれるCrが+3価であるか+6価であるかを特定することができる。また、Kβ
1, 3よりも低エネルギー側に表れるKβ’線のエネルギーの相違からも、測定対象の試料に含まれるCrの価数を特定することができる。
【0048】
(2-2) X線リニアセンサの検出素子の配置の設計
ここで、
図5を参照しつつ、X線リニアセンサ14の各検出素子141をどの位置に配置するかを設計する方法を説明する。まず、分光結晶13に入射する特性X線のうち、検出素子141の長さ方向に垂直な断面(
図5に示す面)で分光結晶13の中心C
Mで回折するもの(回折角をθ
Mとする)がX線リニアセンサ14の中心(N/2個目)の検出素子141Mに入射し、波長が最も長い(回折角が大きい)ものがX線リニアセンサ14の一方の端(0個目)の検出素子141Lに入射するように、X線リニアセンサ14を配置する。その際、分光結晶13の中心C
Mで回折する特性X線は、検出素子141が並ぶ方向に対して垂直に入射するようにX線リニアセンサ14の傾きを調整する。
【0049】
図5に示す面で分光結晶13の表面の各点でそれぞれ回折される回折光の光路は全て、分光結晶13の手前でスリット12上の1点である点Pで交差すると共に、分光結晶13の裏側(X線リニアセンサ14の反対側)に延長すると1つの点P’で交差する(点P、分光結晶13の表面の各点、及び点P’を結ぶと二等辺三角形となる)。X線リニアセンサ14の中心の検出素子141Mと点P’の距離をLとする。この距離Lは、分光結晶13の中心C
Mで回折してX線リニアセンサ14の中心の検出素子141Mに入射するする特性X線の、スリット12からX線リニアセンサ14までの光路長と等しい。
【0050】
X線リニアセンサ14の中心から距離X(X=μ(n-N/2);nは検出素子番号(チャネル番号)、μは検出素子間隔、Nは検出素子数)だけ離れた検出素子141Xに入射する特性X線の波長λ
Xと分光結晶13における回折角θ
Xは
【数1】
の関係を満たす。一方、距離Xと距離Lの関係は
【数2】
である。これら(1)式及び(2)式より、検出素子141Xに入射する特性X線の波長λ
Xは、
【数3】
で求められる。
【0051】
(3)式より、分光結晶において回折角θ
Mで回折されるX線が入射する位置にX線リニアセンサ14の中心の位置を合わせ、距離Lの値を調整することにより、各検出素子141とそれに入射する特性X線のエネルギーの関係を特定することができる。
図6に、各検出素子141と特性X線のエネルギーの関係を特定した一例を示す。
【0052】
(2-3) 各検出素子により検出される特性X線のエネルギーを較正する方法
X線リニアセンサ14は、上記(2-2)節で述べた方法で設計された通りに配置されるのが理想的であるが、実際には、X線リニアセンサ14が設計された位置からずれて配置されたり、一旦は設計通りに配置されたとしても、使用中の振動等によりわずかに位置ずれを生じることがある。そのため、本実施形態では以下のように、X線リニアセンサ14の位置、すなわち各検出素子141で検出されるエネルギー(波長)の較正を行う。まず、較正に用いる標準試料を試料ホルダ15に取り付け、励起源11から標準試料の表面の照射領域Aに励起光を照射する。ここで標準試料には、励起源11から励起光を照射することによって、エネルギーが既知である少なくとも2つの特性X線を生成するものを用いる。このように生成される特性X線のエネルギーが既知でさえあれば、標準試料が含有する元素やその価数は必ずしも既知である必要はない。
【0053】
X線リニアセンサ14は、試料Sの測定の場合と同様に、励起光の照射により標準試料から放出される特性X線のうち、スリット12を通過して分光結晶13で回折されたもののみを検出する。その際、X線リニアセンサ14の各検出素子141では、照射領域Aのうち特定の線状部分から放出され、分光結晶13への入射角で定まる特定のエネルギーを有する特性X線のみが入射する。ここでは上記標準試料を用いていることから、X線リニアセンサ14では異なる2つのエネルギー(検出強度(個数)が最も大きくなるときのエネルギー=ピークエネルギー)E1及びE2を有する特性X線が検出される。制御部162は、これら2つの特性X線がそれぞれエネルギーに対応して予め定められた検出素子141に入射するように、X線リニアセンサ位置微調整部161を制御することでX線リニアセンサ14を移動させる。
【0054】
具体的には、2つの特性X線がそれぞれ入射するように予め定められた2個の検出素子141A0、141B0間よりも遠い2個の検出素子141A1、141B1に入射した場合(
図7(a))には、分光結晶13に近づける方向にX線リニアセンサ14を移動させる。一方、2つの特性X線が予め定められた2個の検出素子141A0、141B0間よりも近い2個の検出素子141A2、141B2に入射した場合(
図7(b))には、分光結晶13から離れる方向にX線リニアセンサ14を移動させる。これにより、2つの特性X線がそれぞれ入射する2個の検出素子141の間隔を設計通りに修正することができる。そのうえで、検出素子141が並ぶ方向にX線リニアセンサ14を移動させる(
図7(c))ことにより、2つの特性X線がそれぞれ、予め定められた検出素子141A0、141B0に入射するようになる。こうして、各検出素子により検出される特性X線のエネルギーの較正が完了する。
【0055】
なお、ここでは標準試料から放出されるエネルギーが既知の2つの特性X線を用いて較正を行ったが、標準試料から放出される3つ以上の特性X線のエネルギーが既知であれば、それら3つ以上の特性X線を用いることにより、より高精度に較正を行うことができる。
【0056】
また、ここではX線リニアセンサ14を移動させることにより較正を行ったが、X線リニアセンサ14の位置は固定したままで、各検出素子141に割り当てられるエネルギーの値を変更してもよい。具体的には、2つ(又は3つ以上)の特性X線がそれぞれ検出された検出素子141には、検出された特性X線のエネルギーを当該検出素子141におけるエネルギーの検出値として割り当てる。その他の検出素子141には、2つの特性X線のエネルギーと(3)式に基づいて、Lとn(またはLとnとθM)の値を補正して得られる新たな較正曲線の式(3)’を用いて割り当てればよい。例えば、(3)式においてLの値を"L+a"に、nの値を"n+b"に、θMの値を"θM +c"に(a, b, cはそれぞれ、L, n, θMを較正する定数)、それぞれ置き換えた新たな較正曲線の式(3)’を用いて、各検出素子141の較正を行うことができる。
【0057】
(2-4) 使用する標準試料の例
図8を用いて、エネルギーの較正に用いる標準試料の含有元素及び該含有元素の特性X線の例を述べる。
図8では、3d遷移金属であるSc(スカンジウム), Ti(チタン), V(バナジウム), Cr, Mn, Fe, Co(コバルト), Ni(ニッケル), Cu(銅)及びZn(亜鉛)につき、励起線を照射することにより放出されるKα
1線(図中の黒丸)及びKβ
1, 3線(同白丸及び二重丸)のエネルギーを示している。図中の二重丸は、測定対象の試料が含有する元素の例である。標準試料は、最低限、エネルギーが既知である2つの特性X線をX線リニアセンサ14に入射させることができるものであればよいが、以下の標準試料を用いることが望ましい。
【0058】
望ましい標準試料の第1の例は、それが含有する同一の元素から放出されるKα
1線及びKβ
1, 3線のエネルギーが既知である場合である。
図8中に符号(a)を付して太線で結んだものは、NiのKα
1線及びKβ
1, 3線を示している。標準試料から放出されるこれら2つの特性X線を用いて較正を行ったうえで、測定対象の試料では、較正で用いたものと同じ元素であるNiのKβ
1, 3線を測定する。なお、ここでNiを挙げたのは一例を示したに過ぎず、他の元素が測定対象の元素である場合には、標準試料から放出される当該元素のKα
1線及びKβ
1, 3線を用いて較正を行ったうえで、測定対象の試料では当該元素のKβ
1, 3線を測定すればよい。
【0059】
望ましい標準試料の第2の例は、それが含有する2つ(又は3つ以上)の元素から放出されるKα
1線のエネルギーがそれぞれ既知である場合である。
図8中に符号(b-1)を付して太線で結んだものは、NiのKα
1線及びCuのKα
1線を示している。標準試料から放出されるこれら2つの特性X線を用いて較正を行ったうえで、測定対象の試料では、較正で用いたものと同じ元素であるNiのKβ
1, 3線を測定する。また、
図8中に符号(b-2)を付して示したように、測定対象のNiのKβ
1, 3線にエネルギーが近いCuのKα
1線及びZnのKα
1線を用いてもよい。あるいは、
図8中に符号(b-3)を付して示したように、原子番号が2つ離れたCrのKα
1線とFeのKα
1線を用いてエネルギーの較正を行い、CrのKβ
1, 3線を測定してもよい。(b-3)の場合には、CrのKβ
1, 3線の他に、CrのKα
1線及びFeのKα
1線とエネルギーが近いVやMnのKβ
1, 3線を測定対象としてもよい。いずれの場合にも、検出素子141で検出される強度が大きいKα
1線を用いて、高精度に較正を行うことができる。
【0060】
(2-5) 検出した特性X線のフィッティング
標準試料から放出されてX線リニアセンサ14で検出される特性X線のエネルギースペクトルをローレンツ関数でフィッティングすることにより、該特性X線のピークにおけるエネルギーを精度良く求めることができ、当該エネルギーを用いて各検出素子141で検出される特性X線のエネルギーを高精度に較正することができる。
図9にFeのKα線について、
図10にMnのKβ線について、それぞれローレンツ関数でフィッティングを行った結果を示す。
図9では、Kα
1線によるローレンツ関数とKα
2線によるローレンツ関数の重ね合わせとしてフィッティングを行い、Kα
1線のピークにおけるエネルギーを特定した。Kα
1線のピークとKα
2線のピークの間に形成される谷における強度I
vは、Kα
1線のピークにおける強度I
1の1/2以下となっている。この例では、Kα
1線とKα
2線を明瞭に分離することができた。X線分光分析装置のエネルギー分解能が悪く、谷の強度I
vが、Kα
1線のピークにおける強度I
1の1/2以下にならない場合には、Kα
1線のピークエネルギーを正確に特定することができない。
図10では、Kβ
1, 3線によるローレンツ関数とKβ’線によるローレンツ関数の重ね合わせとしてフィッティングを行い、Kβ
1, 3線のピークにおけるエネルギーを特定した。
【0061】
ここでは標準試料から放出される、検出素子141のエネルギーの較正に用いる特性X線のエネルギースペクトルをローレンツ関数でフィッティングしたが、測定対象の試料から放出される特性X線のエネルギースペクトルをローレンツ関数でフィッティングしてもよい。これにより、測定対象の試料が含有する元素の価数等の化学状態を高精度に分析することができる。
【0062】
(2-6) 標準曲線の作成
第1実施形態のX線分光分析装置10は、前述の各構成要素の他に、標準曲線作成部17(
図1参照)を備えていてもよい。標準曲線作成部17は、含有する元素及び該元素の価数が既知であって、該価数が異なる複数個の標準試料からそれぞれ放出される特性X線のピークエネルギーに基づいて、価数に対するピークエネルギーを示す標準曲線を作成する。例えば、
図11に示すように、対象とする元素をMnとし、標準試料としてMnO(+2価)、Mn
2O
3(+3価)、MnO
2(+4価)及びKMoO
4(+7価)を用い、それら各標準試料から放出されるKβ
1, 3線のエネルギーを測定した。この測定により得られたエネルギーと価数の関係を1次関数で表すことにより、
図11に示した標準曲線を作成した。
【0063】
次に、Mn原子の数の比が約1:1となるようにMn
2O
3とMnO
2を混合した試料についてX線分光分析装置10を用いて測定し、得られたKβ
1, 3線のエネルギーの値を
図11の標準曲線に適用したところ、「3.59価」との価数の値が得られた。この価数は、当該試料におけるMnの平均価数である。
【0064】
(2-7) 第1実施形態のX線分光分析装置の第1変形例
図12に、第1実施形態の第1の変形例であるX線分光分析装置10Aの概略構成を示す。このX線分光分析装置10Aでは、上述のX線リニアセンサ位置微調整部161及び制御部162の代わりに、コンピュータのCPU等のハードウエア及びソフトウエアにより具現化されるエネルギー較正部16Aを有する。
【0065】
第1変形例のX線分光分析装置10Aでは、エネルギー較正部16Aは、標準試料が生成する3つ以上の特性X線のエネルギーに基づいて、X線リニアセンサ14の基準検出素子とスリット12の間の光路長、及び分光結晶13の傾斜角を最小二乗法で求めることにより、X線リニアセンサ14の各検出素子で検出される特性X線のエネルギーを求める。ここでは、基準検出素子はX線リニアセンサ14の中心の検出素子141Mとする。そうすると、X線リニアセンサ14の基準検出素子とスリット12の距離は上記距離L、分光結晶13の傾斜角は上記回折角θ
Mが該当する。従って、上記(3)式、又は(3)式中の波長λ
xをエネルギーExに書き換えた下記(4)式
【数4】
に基づいて、距離L及び回折角θ
Mを求めることとなる。ここで、エネルギーExを電子ボルト(eV)単位で表す場合、(4)式中の係数kは、プランク係数h、光速c、分光結晶13の結晶面間隔d及び電子素量eを用いて
k=(hc)/(2de)
と表される。
【0066】
この例では、標準試料にはFe及びCrを用い、FeのKα
1線、FeのKα
2線、CrのKα
1線、及びCrのKα
2線という4つの特性X線のエネルギーをX線分光分析装置10のX線リニアセンサ14で検出した。各特性X線のエネルギーと、各特性X線を検出した検出素子のチャネル番号を表1に示す。ここでチャネル番号は、X線リニアセンサ14の両端にある検出素子141のうち、より低エネルギー(長波長、分光結晶13での回折角が大)であるX線が入射する方の検出素子を1番として、X線リニアセンサ14で並んでいる順に各検出素子141に整数で付した番号である。但し、1つの特性X線が複数の検出素子に亘って入射することから、それら複数の検出素子の各検出強度がガウス分布に従うものとして、当該ガウス分布のピークに当たる位置を小数のチャネル番号で表した。
【表1】
【0067】
これら4つの特性X線のエネルギーとチャネル番号(前述の通り、X線リニアセンサ14の中心から距離Xに対応)を(4)式に適用し、最小二乗法によって距離L及び回折角θMを求めると、L=0.4970m、θM=31.49°となった。各検出素子141での平均のエネルギー誤差は二乗平均平方根(rms)で表すと0.09eVである。
【0068】
図13に、このように最小二乗法で求めた距離L及び回折角θ
Mを(4)式に適用し、チャネル番号を変数とする関数でエネルギーを表した曲線で示す。この曲線から、各チャネル番号の検出素子141で検出される特性X線のエネルギーを特定(較正)することができる。
【0069】
第1変形例のX線分光分析装置10Aでは、上記のように各検出素子141で検出される特性X線のエネルギーを較正した後、第1実施形態のX線分光分析装置10と同様に、標準曲線作成部17で標準曲線を作成することができる。
【0070】
以上で説明した第1変形例では4つの特性X線のエネルギーを較正に用いたが、特性X線のエネルギーの数は3つ又は5つ以上であっても、この第1変形例と同様に、最小二乗法を用いて距離L及び回折角θMを求め、(3)式又は(4)式により各検出素子141で検出される特性X線の波長又はエネルギーを特定(較正)することが可能である。また、第1変形例ではFeとCrという2種類の元素を有する標準試料を用いたが、3つ以上の特性X線を生成できるのであれば、標準試料が含有する元素は1種類のみであってもよいし、3種類以上であってもよい。
【0071】
(2-8) 第1実施形態のX線分光分析装置の第2変形例
図14に、第1実施形態の第2の変形例であるX線分光分析装置10Bの概略構成を示す。第2変形例では、試料ホルダ15Bは、測定対象の試料Sを保持する測定試料保持部151と、標準試料SSを保持する標準試料保持部152とを有する。これら測定試料保持部151及び標準試料保持部152がそれぞれ設けられている範囲はいずれも、励起源11から励起線が照射される照射領域Aを含んでいる。測定試料保持部151及び標準試料保持部152はいずれも、スリット12が延びる方向(
図14中のY方向)に垂直な方向(同・X方向)に幅を有している。試料ホルダ15B以外のX線分光分析装置10Bの構成は、上記X線分光分析装置10と同様である。
【0072】
第2変形例のX線分光分析装置10Bでは、測定対象の試料Sを測定試料保持部151に保持させると共に、この試料Sが含有していないと想定される元素から成り2つ以上の特性X線を生成する標準試料SSを標準試料保持部152に保持させた状態で、それら試料S及び標準試料SSに励起源11から励起線を照射する。これにより、試料Sで生成される特性X線と、標準試料SSで生成される特性X線は共に、該特性X線のエネルギーに対応した、試料ホルダ15B上でY方向に延びる線状領域(図中のA1、A2等)からスリット12を通過して分光結晶13で回折されたものが、X線リニアセンサ14中の検出素子141で検出される。
【0073】
制御部162は随時、標準試料SSで生成された2つ以上の特性X線のエネルギーの各々に対応して予め定められた検出素子141又はその近傍の検出素子141での検出信号に基づいて、これら2つの特性X線が予め定められた検出素子141に入射するように、X線リニアセンサ位置微調整部161を制御することでX線リニアセンサ14を移動させる。これにより、各検出素子141で検出される特性X線のエネルギーを較正する。一方、標準試料SSが生成する特性X線のエネルギーに対応したもの以外の検出信号は、測定対象の試料Sが生成する特性X線として検出し、該試料Sの分析に用いる。
【0074】
第2変形例のX線分光分析装置10Bによれば、試料Sの特性X線と同時に標準試料SSの特性X線も測定することができるため、試料Sの測定時に随時エネルギーの較正を行うことができる。そのため、例えばX線分光分析装置10Bの分光結晶13やX線リニアセンサ14の温度や、X線分光分析装置10Bの各構成要素を収容する筐体(
図14に図示せず)が測定中の温度の変化によって膨張又は収縮しても、直ちにエネルギーの較正を行い、正確な測定を行うことができる。
【0075】
なお、第2変形例のX線分光分析装置10Bにおいても上記と同様に、特性X線のエネルギーを較正した後、標準曲線作成部17で標準曲線を作成することができる。
【0076】
(3) 第2実施形態のX線分光分析装置
図15に、第2実施形態のX線分光分析装置10Cの概略構成を示す。このX線分光分析装置10Cは、第1実施形態のX線分光分析装置10におけるX線リニアセンサ位置微調整部161及び制御部162の代わりに、コンピュータのCPU等のハードウエア及びソフトウエアにより具現化されるエネルギー較正部16Cと、温度測定部18とを有する。その他の較正は第1実施形態のX線分光分析装置10と同様である。以下、第1実施形態のX線分光分析装置10との相違点について説明する。
【0077】
温度測定部18は、X線分光分析装置10C中の所定位置における温度を測定するものである。
図15では、X線リニアセンサ14の近傍に温度センサ181を設けた例を示すが、X線リニアセンサ14のうちX線の入射面以外の位置に温度センサ181を接触させてもよい。あるいは、温度センサ181を分光結晶13の近傍に設けたり、分光結晶1
3のうちX線の入射面以外の位置に接触させてもよい。さらには、X線分光分析装置10Cの各要素を筐体(図示せず)の壁に固定し、温度センサ181を筐体の壁の近傍に設けたり、筐体の壁に接触させてもよい。
【0078】
エネルギー較正部16Cは、温度センサ181で測定される温度が異なる複数の場合について、X線リニアセンサ14の各検出素子141で検出されるエネルギーの値を記録したデータのテーブルを記憶する記憶部161Cと、エネルギーの較正時に温度センサ181で測定される温度と前記テーブルのデータに基づいて各検出素子141で検出されるエネルギーの値を決定するエネルギー決定部162Cとを有する。
【0079】
記憶部161Cに記憶されるデータは、予め複数の温度においてそれぞれ、エネルギーが既知である2つ以上の特性X線をX線リニアセンサ14で測定することにより、各検出素子141で検出されるエネルギーの値を求めることにより取得しておく。ここで、記憶部161Cのテーブルでは複数の離散的な温度でのみエネルギーの値が得られていることから、エネルギー決定部162Cは、エネルギーの較正時に温度センサ181で測定される温度(測定温度)の上下でそれぞれ最近接しているテーブル中の2つの温度と該2つの温度に対応するエネルギーの値で補間することにより、測定温度におけるエネルギーの値を求める。
【0080】
第2実施形態のX線分光分析装置10Cによれば、測定対象の試料Sで生成される特性X線を検出する際に、温度測定部18で所定位置の温度を測定し、その温度に基づいてエネルギー較正部16Cが各検出素子141で検出されるエネルギーの値を決定することでエネルギーを随時較正するため、温度変化による膨張又は収縮に伴って各検出素子141で検出されるエネルギーの値が変化しても、測定対象の試料Sで生成される特性X線のエネルギーを正しく特定することができる。
【0081】
第2実施形態のX線分光分析装置10Cでは、エネルギーの較正のために標準試料を用いる必要はない。
【0082】
なお、ここでは記憶部161Cには温度と検出素子141毎のエネルギーの値の関係をテーブルとして記憶するようにしたが、その代わりに、検出素子141毎にそれら両者の関係を示す関数を記憶部161Cに記憶し、エネルギー較正部16Cでは温度センサ181で測定される温度を当該関数に適用することで検出素子141毎のエネルギーの値を求めるようにしてもよい。
【0083】
以上、本発明の第1実施形態及びその変形例のX線分光分析装置、第2実施形態のX線分光分析装置、並びにそれらのX線分光分析装置を用いた化学状態分析方法の実施形態を説明したが、本発明はこれらの実施形態には限定されず、種々の変形が可能である。
【符号の説明】
【0084】
10、10A、10B、10C、90…X線分光分析装置
11、91…励起源
12、92…スリット
13、93…分光結晶
14、94…X線リニアセンサ
141、1411、1412、141L、141M、141X、141A0、141B0、141A1、141B1、141A2、141B2、941…検出素子
15、15B…試料ホルダ
151…測定試料保持部
152…標準試料保持部
16、16A、16C…エネルギー較正部
161…X線リニアセンサ位置微調整部
161C…記憶部
162…制御部
162C…エネルギー決定部
17…標準曲線作成部
18…温度測定部
181…温度センサ
A…照射領域
A1、A2…照射領域の線状部分
S…試料
SS…標準試料