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  • 特許-鋼板 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-27
(45)【発行日】2022-10-05
(54)【発明の名称】鋼板
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20220928BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20220928BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20220928BHJP
   B22D 1/00 20060101ALN20220928BHJP
   B22D 11/108 20060101ALN20220928BHJP
【FI】
C22C38/00 301U
C22C38/00 301W
C22C38/00 301T
C22C38/00 302A
C22C38/60
C21D9/46 F
C21D9/46 J
C21D9/46 S
C21D9/46 P
C21D9/46 U
B22D1/00 E
B22D11/108 B
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2021516302
(86)(22)【出願日】2020-04-24
(86)【国際出願番号】 JP2020017832
(87)【国際公開番号】W WO2020218575
(87)【国際公開日】2020-10-29
【審査請求日】2021-06-25
(31)【優先権主張番号】P 2019083265
(32)【優先日】2019-04-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 健治
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 裕也
(72)【発明者】
【氏名】竹田 健悟
【審査官】相澤 啓祐
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/115748(WO,A1)
【文献】特開2011-006765(JP,A)
【文献】特開2007-231373(JP,A)
【文献】特開2011-111673(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 9/46- 9/48
B22D 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
引張強さが600MPa以上の鋼板であって、
前記鋼板の表面から板厚方向に30μmまでの領域を表層部と定義するとき、
少なくとも片面側の表層部において、
粒径20nm以上のSi酸化物粒子が3000~6000個/mm 2 個数密度で存在し、
μm単位で測った前記Si酸化物粒子の粒径の自然対数は、平均が-2.0~-1.2、標準偏差が0.6以下であり、前記粒径の自然対数の前記平均からのずれが前記標準偏差の2倍よりも大きくなるSi酸化物粒子の数が粒径20nm以上の全Si酸化物粒子数の5%以下であり、
前記鋼板の表面から板厚の1/4の位置における化学組成が、質量%で、
C :0.050~0.800%、
Si:0.01~2.50%、
Mn:0.01~8.0%、
P :0.1000%以下、
S :0.0500%以下、
Al:0.050%以下、
N :0.0100%以下、
O :0~0.020%、
Cr:0~3.00%、
Mo:0~1.00%、
B :0~0.0100%、
Ti:0~0.200%、
Nb:0~0.200%、
V :0~0.20%、
Cu:0~1.000%、
Ni:0~1.000%
残部:Feおよび不純物
であり、
鋼板の板厚の1/2の位置において、Si酸化物粒子の個数密度は1000個/mm2以下である
ことを特徴とする鋼板。
【請求項2】
前記化学組成が、
Cr:0.01~3.00%、
Mo:0.01~1.00%、
B :0.0001~0.0100%、
Ti:0.010~0.200%、
Nb:0.010~0.200%、
V :0.01~0.20%、
Cu:0.010~1.000%、及び
Ni:0.010~1.000%
からなる群から選択される少なくとも1種を含む、請求項1に記載の鋼板。
【請求項3】
前記表層部の表面に、溶融亜鉛めっき層、合金化溶融亜鉛めっき層、または電気亜鉛めっき層を更に含む、請求項1または2に記載の鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、環境保全につながる自動車の燃費向上等の観点から、自動車用鋼板を高強度化して薄くし、自動車を軽量化することが求められている。また、自動車部品に用いられる鋼板は、様々な形に成形されるため、優れた成形性を求められる。さらに、自動車の組み立て工程では成形部品が溶接されるため、自動車の構造部品に用いられる鋼板の選定基準としては、良好な溶接性も重要である。
【0003】
ところで、亜鉛めっきを施した鋼板、特に高強度の鋼板の溶接では、例えば下記特許文献1に記載されているように、液体金属脆化(LME)割れによる溶接性の低下が問題となる場合がある。LME割れは、溶接時に鋼板の表層部のオーステナイト粒界に侵入した溶融亜鉛が鋼板を脆化させ、さらに溶接時に引張応力が鋼板に加わることによって、生じると考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第6388099号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のように、LME割れは溶融亜鉛が鋼板の表層部のオーステナイト粒界に侵入することに起因して生じると考えられる。そのため、鋼板の溶接性には、表層部の状態が大きく影響すると考えられる。そこで、本発明は、成形性および溶接性を両立し得る鋼板を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、鋼板の表層部のオーステナイト粒界への溶融亜鉛の侵入を抑制することによって、LME割れを抑制して鋼板の溶接性を改善することができると考えた。
【0007】
まず、本発明者らは表層部に多数のSi酸化物粒子が分布した鋼板を複数作製し、これらの鋼板の溶接性を調査した。その結果、これらの鋼板は、いずれも溶接性が改善していた。この効果のメカニズムは、完全には明らかではないが、以下のように考えられる。
【0008】
鋼板の表層部に分布するSi酸化物粒子は、溶接時の冷却中にフェライトの核生成サイトになることでフェライト変態を促進し得る。また、溶接中に高温でSi酸化物粒子が溶解したとしても、固溶Siは、フェライト生成元素として働くことで、フェライト変態を促進し得る。このようにフェライト変態が促進されると、多くのフェライトがオーステナイト粒界に生成する。そして、鋼板の表層部において、オーステナイト粒界に生成したフェライトによってオーステナイト粒界への溶融亜鉛の侵入が抑制されると考えられる。その結果、LME割れが抑制され、鋼板の溶接性が改善すると考えられる。
【0009】
ただし、Si酸化物粒子の分布状態によって、溶接性は改善する一方で成形性は劣化する場合があることがわかり、本発明者らはより詳細な調査を続けた。その結果、本発明者らは、鋼板の表層部におけるSi酸化物粒子の分布を適切に制御することが成形性を劣化させないために重要であることを見出した。
【0010】
上述のようにして得られた本発明の要旨は以下のとおりである。
【0011】
(1)引張強さが600MPa以上の鋼板であって、前記鋼板の表面から板厚方向に30μmまでの領域を表層部と定義するとき、少なくとも片面側の表層部において、粒径20nm以上のSi酸化物粒子が3000~6000個/mm 2 個数密度で存在し、μm単位で測った前記Si酸化物粒子の粒径の自然対数は、平均が-2.0~-1.2、標準偏差が0.6以下であり、前記粒径の自然対数の前記平均からのずれが前記標準偏差の2倍よりも大きくなるSi酸化物粒子の数が粒径20nm以上の全Si酸化物粒子数の5%以下であり、前記鋼板の表面から板厚の1/4の位置における化学組成が、質量%で、C:0.050~0.800%、Si:0.01~2.50%、Mn:0.01~8.0%、P:0.1000%以下、S:0.0500%以下、Al:0.050%以下、N:0.0100%以下、O:0~0.020%、Cr:0~3.00%、Mo:0~1.00%、B:0~0.0100%、Ti:0~0.200%、Nb:0~0.200%、V:0~0.20%、Cu:0~1.000%、およびNi:0~1.000%、残部:Feおよび不純物であり、鋼板の板厚の1/2の位置において、Si酸化物粒子の個数密度は1000個/mm2以下であることを特徴とする鋼板。
【0012】
(2)前記化学組成が、Cr:0.01~3.00%、Mo:0.01~1.00%、B:0.0001~0.0100%、Ti:0.010~0.200%、Nb:0.010~0.200%、V:0.01~0.20%、Cu:0.010~1.000%、Ni:0.010~1.000%からなる群から選択される少なくとも1種を含む、前記(1)の鋼板。
【0013】
(3)前記表層部の表面に、溶融亜鉛めっき層、合金化溶融亜鉛めっき層、または電気亜鉛めっき層を更に含む、前記(1)または(2)の鋼板。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、成形性および溶接性を両立し得る鋼板を提供することができる。このような本発明の鋼板は、自動車部品用素材等として好適である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明の鋼板の製造方法の連続鋳造工程において、溶鋼の表層部に酸化鉄を添加する方法の一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態について説明する。なお、以下に例示する実施形態は、本発明の理解を容易にするためのものであり、本発明を限定して解釈するためのものではない。本発明は、その趣旨を逸脱することなく、以下の実施形態から変更、改良することができる。なお、数値範囲の表現における“~”は、その左側の数字を下限として含み、右側の数字を上限として含むことを意味する。
【0017】
本実施形態に係る鋼板の引張強さは、600MPa以上とされ、好ましくは900MPa以上とされる。本実施形態に係る鋼板においては、鋼板の表面からの板厚方向に30μmまでの領域を表層部と定義し、表層部より板厚方向の内側の領域を鋼板中心部と定義する。本実施形態に係る鋼板の表層部は、以下に述べる条件を満たす。
【0018】
鋼板の少なくとも片面側の表層部にはSi酸化物粒子が存在する。表層部は鋼板の片面側のみに形成されてもよく、鋼板の両面側に形成されてもよい。本実施形態において、Si酸化物粒子の個数密度は3000~6000個/mm2である。さらに、本実施形態におけるSi酸化物粒子の粒径は、それぞれ以下の粒径分布に従う。すなわち、μm単位で測定したSi酸化物粒子の粒径の自然対数は、平均が-2.0~-1.2、標準偏差が0.6以下である。また、Si酸化物粒子のうち粒径の自然対数の平均からのずれが標準偏差の2倍を超えるものの個数が、表層部における測定対象の全Si酸化物粒子の個数の5%以下である。上記Si酸化物の条件を満たすことにより、600MPa以上、好ましくは900MPa以上の引張強さを有する高強度鋼板について、成形性および溶接性を両立することが可能である。
【0019】
μm単位で測定したSi酸化物粒子の粒径の自然対数の平均は-1.2以下である。これにより、鋼板の成形時に粗大なSi酸化物粒子が起点となって割れが発生することが抑制され、鋼板の成形性の劣化が抑制される。その観点から、当該平均は、-1.3以下であることがより望ましく、-1.5以下であることがさらに望ましい。なお、本発明において成形性とは、圧延方向に直角に日本工業規格JIS5号試験片を鋼板から採取し、JIS Z 2241(2011)に準拠して当該試験片に引張試験を行って得られる全伸びを指す。一方、μm単位で測定したSi酸化物粒子の粒径の自然対数の平均が-2.0以上とされることにより、鋼板の溶接性が改善される。その観点から、当該平均は、-1.9以上であることが望ましく、-1.7以上であることがさらに望ましい。
【0020】
また、μm単位で測定したSi酸化物粒子の粒径の自然対数の標準偏差は0.6以下である。これにより、鋼板の成形時に粗大なSi酸化物粒子が起点となって割れが発生することが抑制され、鋼板の成形性の劣化が抑制される。当該標準偏差の下限は理想的には0である。ただし、当該標準偏差の下限を0.1未満にすることは技術的に困難である。このため、当該標準偏差の下限を0.1としてもよい。
【0021】
さらに、上記の粒径分布において、粒径の自然対数が平均に対して標準偏差の2倍を超えるSi酸化物粒子の割合は、全Si酸化物粒子の5%以下である。このようにSi酸化物粒子の粒径が制御されることにより、鋼板の成形時に粗大なSi酸化物粒子が起点となって割れが発生することが抑制され、鋼板の成形性の劣化が抑制される。上記割合の下限は理想的には0である。ただし、上記割合を1%未満にすることは技術的に困難であるので、下限を1%としてもよい。
【0022】
鋼板の少なくとも片面側の表層部に存在する多数のSi酸化物粒子の個数密度は、3000~6000個/mm2である。鋼板の表層部に存在するSi酸化物粒子の個数密度を3000個/mm2以上とすることによって、LME割れが抑制され、溶接性が向上する。一方、鋼板の表層部に存在するSi酸化物粒子の個数密度を6000個/mm2以下とすることによって、鋼板の成形性の劣化が抑制される。この観点から、Si酸化物粒子の個数密度は、5500個/mm2以下であることがより好ましく、5000個/mm2以下であることがさらに好ましい。
【0023】
また、上記のような多数のSi酸化物粒子は、表面から30μmまでの範囲である表層部を超えて存在してもよい。鋼板の両面側に多数のSi酸化物粒子が存在する場合、それぞれの表層部が同様の条件で形成されてもよく、それぞれの表層部が互いに異なる条件で形成されてもよい。その際、一方の表層部が上記条件を満たせば他方の表層部は上記の条件を満たさなくてもよいが、両方の表層部が上記条件を満たすことが好ましい。上記条件を満たす表層部を接合面とすれば、LME割れを抑制することができる。
【0024】
本発明において、「表層部のSi酸化物粒子の個数密度」および「表層部のSi酸化物粒子の粒径分布」は、以下のようにして決定される。
【0025】
Si酸化物粒子の個数と粒径は、鋼板の圧延方向および板厚方向に平行な断面を10000倍の倍率で観察することで同定できる。具体的には、まず、切り出した鋼板の断面を機械研磨により鏡面に仕上げた後、ナイタール試薬を用いて鋼組織を現出させる。その後、鋼板の表面から板厚方向に15μmの位置(表層部の厚さの1/2の位置)を中心とする0.04mm2の領域(表層部に含まれる領域)において、走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)を用いて鋼組織を観察する。このようにして観察して数えたSi酸化物粒子の個数を1mm2当たりの個数に換算した値を「表層部のSi酸化物粒子の個数密度」とする。また、同領域内で測定して得られるSi酸化物粒子の粒径(外接円相当径)と、各粒径の値が測定される頻度を、「表層部のSi酸化物粒子の粒径分布」とする。ここで、上記のSi酸化物粒子の個数に含めるSi酸化物粒子は、粒径が20nm以上のものとする。
【0026】
この効果のメカニズムは、完全には明らかではないが、以下のように考えられる。表層部に存在するSi酸化物粒子の粒径が上記粒径分布に従わない場合、表層部に粗大なSi酸化物粒子が多く存在する傾向にあると考えられる。これらの粗大なSi酸化物粒子は鋼板の成形時にひずみや応力が集中する原因となり、ボイドが生成することで割れの起点となる可能性がある。一方、表層部に分布する多数のSi酸化物粒子の粒径が上記粒径分布に従うことによって、上記のようにフェライト変態を促進しつつ粗大なSi酸化物粒子による割れの発生が抑制され得る。そのため、鋼板の成形性の劣化を抑制しつつ溶接性を改善できたと考えられる。
【0027】
なお、鋼板の表層部以外の部位でのSi酸化物粒子の個数密度や粒径による鋼板の溶接性への顕著な影響は確認されなかった。このことから、従来、溶接性に不利とされていた、延性に優れるDP(Dual Phase)鋼やTRIP(変態誘起塑性:Transformation Induced Plasticity)鋼などを鋼板中心部に用いる場合でも、表層部を上記のように形成することによって、溶接性に優れた鋼板とし得る点が、本発明の優れる点の一つである。
【0028】
ただし、鋼板の成形性の劣化を抑制する観点から、鋼板中心部に存在するSi酸化物粒子の個数密度は小さいことが好ましい。具体的には、鋼板の板厚方向の中心(板厚の1/2の位置)において、Si酸化物粒子の個数密度は1000個/mm2以下とする。当該領域内において、板厚の1/2の位置を中心とする0.04mm2の領域を、上記と同様に10000倍の倍率で鋼組織を観察する。このように観察して数えたSi酸化物粒子の個数を1mm2当たりの個数に換算した値を、鋼板中心部のSi酸化物粒子の個数密度とする。
【0029】
このように表層部を改質することで、成形性および溶接性を両立した鋼板を得ることができる。
【0030】
続いて、本発明の鋼板の化学組成について述べる。本発明の鋼板において、鋼板中心部の化学組成は、以下の条件を満たすことが好ましい。鋼板中心部の化学組成は、鋼板の表面から板厚の1/4の位置において測定される化学組成を意味するものとする。元素の含有量に関する「%」は、特に断りがない限り「質量%」を意味する。
【0031】
「C:0.050~0.800%」
Cは、鋼板の強度を高める元素である。Cによって鋼板の強度を十分に高める効果を得るためには、Cの含有量を0.050%以上とする。また、Cの含有量が0.800%以下であることによって、鋼板の靭性低下が抑制され得る。その観点から、Cの含有量は、0.600%以下であることが好ましく、0.500%以下であることがより好ましい。
【0032】
「Si:0.01~2.50%」
Siは、フェライトを安定化させる元素である。すなわち、Siは、Ac3変態点を高めることから、広い焼鈍温度範囲にて多量のフェライトを形成させることが可能であり、鋼板の組織制御性向上の観点から添加される。Siによるこうした効果を得るには、Siの含有量を0.01%以上にする。加えて、Siは、鉄系炭化物の粗大化を抑制し、鋼板の強度と成形性を高める元素でもある。また、Siは、固溶強化元素として、鋼板の高強度化に寄与するために添加される。これらの観点から、Siの含有量は、1.00%以上であることがより好ましく、1.20%以上であることがさらに好ましい。ただし、Siの含有量が多くなると鋼板が脆化して延性が劣化する場合がある。このため、Siの含有量は、2.50%以下とする。Siの含有量は2.20%以下であることが好ましく、2.00%以下であることがより好ましい。
【0033】
「Mn:0.1~8.0%」
Mnは、鋼の焼入性を高める元素である。Mnによるこうした効果を得るには、Mnの含有量を0.1%以上とする。Mnが偏析して硬度差が大きくなり過ぎることを抑制する観点からは、Mnの含有量は、8.0%以下であることが好ましく、5.0%以下であることがより好ましく、4.0%以下であることがさらに好ましく、3.0%以下であることがさらに好ましい。
【0034】
「P:0.1000%以下」
Pは、偏析して溶接部を脆化させる場合がある元素である。このため、Pの含有量は少ないことが好ましい。具体的には、Pの含有量は、0.1000%以下とする。Pの含有量の下限は0である。Pの含有量を0.0010%未満とすることは経済的に不利であるので、0.0010%を下限としてもよい。
【0035】
「S:0.0500%以下」
Sは、鋼板の溶接性ならびに鋳造時および熱間圧延時の製造性に悪影響を及ぼす場合がある元素である。このため、Sの含有量は少ないことが好ましい。具体的には、Sの含有量は、0.0500%以下とする。Sの含有量の下限は0である。Sの含有量を0.0001%未満とすることは、経済的に不利であるので、0.0001%を下限としてもよい。Sの含有量は0.0010%以上であってもよい。
【0036】
「Al:0.050%以下」
Alは、脱酸剤として作用する元素であり、必要に応じて脱酸工程で添加される。脱酸剤としてAlを用いる場合、鋼板にAlが残留することがあるので、0.050%以下のAlが含有されてもよい。Alが含有される必要はないので、下限は0である。製造性の観点から、下限を0.0001%としてもよい。
【0037】
「N:0.0100%以下」
Nは、粗大な窒化物を形成し、鋼板の曲げ性を劣化させる場合がある。また、Nは、溶接時のブローホール発生の原因になる場合がある。よって、Nの含有量は少ないことが好ましい。具体的には、Nの含有量は、0.0100%以下とする。Nの含有量の下限は0である。Nの含有量を0.0005%未満とすることは経済的に不利であるので、0.0005%を下限としてもよい。
【0038】
「O:0~0.020%」
Oは表層にSi酸化物を形成するために必要な元素である。ただし、表層部にSi酸化物が形成されていれば、表面から板厚の1/4の位置においては、Oは存在しなくてもよい。したがって、表面から板厚の1/4の位置におけるOの含有量の下限は0である。ただし、表層部に効率よくSi酸化物を形成するために、0.001%を下限としてもよい。表面から板厚の1/4の位置のO量が多くなると伸びが低下するので、上限は0.020%とする。
【0039】
鋼板中心部の化学組成の残部はFeおよび不純物である。ただし、Feの一部に代えて以下の元素を含有してもよい。
【0040】
「Cr:0~3.00%、Mo:0~1.00%、B:0~0.0100%」
Cr、MoおよびBは、それぞれ鋼の焼入れ性を高めて鋼板の強度の向上に寄与する元素である。これらの元素が含有されることによる効果は、これらの元素の含有量が少量でも得られる。これらの元素の含有量は0%でもよいが、上記効果を十分に得るためには、Crの含有量は0.01%以上、Moの含有量は0.01%以上、Bの含有量は0.0001%以上であることが好ましい。一方、鋼板の酸洗性や溶接性、熱間加工性等の劣化を抑制する観点から、Crの含有量は3.00%以下、Moの含有量は1.00%以下、Bの含有量は0.0100%以下とする。
【0041】
「Ti:0~0.200%、Nb:0~0.200%、V:0~0.20%」
Ti、NbおよびVは、それぞれ鋼板の強度の向上に寄与する元素である。これらの元素は、析出物強化、フェライト結晶粒の成長抑制による細粒強化および再結晶の抑制を通じた転位強化によって、鋼板の強度上昇に寄与する。これらの元素が含有されることによる効果は、これらの元素の含有量が少量でも得られる。これらの元素の含有量は0%でもよいが、上記効果を十分に得るためには、Ti、Nbのそれぞれの含有量は0.010%以上、Vの含有量は0.01%以上であることが好ましい。ただし、炭窒化物の析出が多くなることによって鋼板の成形性が劣化することを抑制する観点から、Ti、Nbのそれぞれの含有量は0.200%以下、Vの含有量は0.20%以下とする。
【0042】
「Cu:0~1.000%、Ni:0~1.000%」
CuおよびNiはそれぞれ鋼板の強度の向上に寄与する元素である。これらの元素が含有されることによる効果は、これらの元素の含有量が少量でも得られる。これらの元素の含有量は0%でもよいが、上記効果を十分に得るためには、CuおよびNiの含有量は、それぞれ0.010%以上であることが好ましい。一方、鋼板の酸洗性や溶接性、熱間加工性などの劣化を抑制する観点から、CuおよびNiの含有量はそれぞれ1.000%以下とする。
【0043】
さらに、鋼板中心部には、本発明の効果を得られる範囲で以下の元素がFeの一部に代えて意図的または不可避的に含有されてもよい。すなわち、本実施形態の鋼板は、W:0~0.1%、Ta:0~0.1%、Sn:0~0.05%、Sb:0~0.05%、As:0~0.05%、Mg:0~0.05%、Ca:0~0.05%、Zr:00.05%、ならびにY:0~0.05%、La:0~0.05%、およびCe:0~0.05%以下等のREM(希土類金属:Rare-Earth Metal)を含有してもよい。
【0044】
なお、本発明の鋼板は、表層部の表面に溶融亜鉛めっき層、合金化溶融亜鉛めっき層、または電気亜鉛めっき層を更に含んでいてもよい。このようにめっき層が形成される場合でも本発明の鋼板は、上記のように表層部の改質によって成形性および溶接性を両立し得る。
【0045】
次に、本発明の鋼板を得るための製法の一例について説明する。
【0046】
本発明では、表層部に含まれる多数のSi酸化物粒子の粒径を上記粒径分布に従うように制御する点がある。以下では、Si酸化物粒子の個数密度と粒径とを制御する本発明の鋼板の製法を説明する。なお、本発明の鋼板には、熱延鋼板、冷延鋼板、めっき鋼板等が含まれる。
【0047】
[熱延鋼板]
【0048】
本実施形態において、熱延鋼板を製造する方法は特に限定されず、たとえば、ワイヤ添加によって表層部のSi酸化物粒子の分布を制御する方法、鋼板中心部に相当する鋼板と多数のSi酸化物粒子が分布した表層部に相当する鋼板とを別々に製造し、これらの鋼板が積層されて接合された複層鋼板とする方法、粗圧延前のデスケーリングを調整してSi酸化物を含むスケールを鋼板表面に残す方法が例示できる。
【0049】
以下、ワイヤ添加によって表層部のSi酸化物粒子の分布を制御する方法について説明する。
【0050】
上記の鋼板中心部の化学組成を満足する溶鋼をタンディッシュから連続鋳造機に流す工程において、鋼板の表層部に相当する部位にワイヤ形状の酸化鉄を添加し、スラブを得る。図1は、本発明の鋼板の製造方法の連続鋳造工程において、ワイヤ状の酸化鉄を溶鋼の表層部に添加する方法を示す模式図である。このようにして溶鋼の表層部に酸化鉄が添加され、当該酸化鉄に含まれる酸素がSiと結びついてSi酸化物粒子が形成される。
【0051】
ワイヤ形状の酸化鉄を溶鋼に添加するときには、1mm以上50mm以下の直径を有するワイヤ形状の酸化鉄を用いる。ワイヤの直径(ワイヤ径)が1mm以上とされることによって、Si酸化物粒子の粒径が従う上記粒径分布の平均を-2.0以上とし得る。一方、ワイヤ径が50mm以下とされることにより、上記粒径分布の平均を-1.2以下とし得る。また、ワイヤ径が50mm以下とされることにより、上記粒径分布の標準偏差を0.6以下とし得る。
【0052】
また、ワイヤ形状の酸化鉄は、ワイヤ中心が溶鋼の表面からワイヤ径(mm単位)以上、ワイヤ径(mm単位)+30mm以下離れた位置を通るように、かつワイヤ中心間の間隔がワイヤ径(mm単位)以上、ワイヤ径(mm単位)+30mm以下になるように溶鋼の幅方向に複数並べて溶鋼に添加する。このようにワイヤ中心の位置及びワイヤの間隔が制御されることによって、鋼鈑表層のSi酸化物の分布、および鋼板内層のSi酸化物の個数密度を適切に調整し得る。
【0053】
また、ワイヤ形状の酸化鉄は、ワイヤの送り速度と溶鋼の流速の差が-500mm/分以上500mm/分以下となるようにして、溶鋼に添加する。このようにして酸化鉄が溶鋼に添加されることによって、表層部におけるSi酸化物粒子の個数密度を3000個/mm2以上6000個/mm2以下に制御し得る。ワイヤの送り速度が速い程、Si酸化物粒子の個数密度が小さくなる傾向があり、ワイヤの送り速度が遅い程、Si酸化物粒子の個数密度が大きくなる傾向がある。
【0054】
上記のようにして、鋼板中心部となる層とSi酸化物粒子が分布した表層部となる層とを有するスラブを形成した後、1100℃以上1350℃以下、好ましくは1150℃超1350℃以下の加熱温度で当該スラブを加熱する。スラブの加熱温度が1100℃以上とされることにより、鋳造に起因する結晶方位の異方性を抑制し得る。一方、スラブの加熱温度を1350℃以下とすることにより、製造コストの大幅な増加を抑制し得る。
【0055】
上記のようにスラブを加熱した後、当該スラブを熱間圧延に供する。この熱間圧延工程は、粗圧延工程、および仕上げ温度800℃以上980℃以下での仕上げ圧延工程を含む。熱間圧延の仕上げ温度を800℃以上とすることにより、圧延反力が高まることを抑制し、所望の板厚を安定して得ることが容易になる。一方、熱間圧延の仕上げ温度を980℃以下とすることにより、スラブの加熱終了から熱間圧延の完了までの工程において別途加熱装置を用いなくとも熱間圧延を終えることができ、鋼板の製造コストの大幅な増加を抑制し得る。
【0056】
その後、550℃以上750℃以下の温度まで平均冷却速度2.5℃/s以上で上記のように熱間圧延された鋼板を冷却する。この冷却工程は、鋼板の大部分を低温変態組織とし、鋼板を高強度化するために必要な工程である。平均冷却速度が2.5℃/s以上とされることにより、フェライト変態やパーライト変態が抑制され、鋼板の強度低下を抑制し得る。平均冷却速度は、好ましくは5℃/s以上、より好ましくは10℃/s以上である。ただし、750℃より高い温度では、フェライト変態やパーライト変態は生じにくいため、平均冷却速度は限定されない。また、550℃より低い温度では、低温変態組織に変態するため、平均冷却速度は限定されない。
【0057】
次に、上記冷却工程において冷却された鋼板を巻き取る。この巻取工程において、巻き取り温度は550℃以下とする。巻取り温度を550℃以下とすることにより、鋼板の表層部でのフェライト変態やパーライト変態が抑制される。巻取り温度は、好ましくは500℃以下、より好ましくは300℃以下である。このようにして、巻き取られた本発明の熱延鋼板を得ることができる。
【0058】
[冷延鋼板]
【0059】
次に、本発明に包含される鋼板のうちの冷延鋼板を製造する方法の例を説明する。
【0060】
まず、上記熱延鋼板の製造例と同様にスラブを得た後、上記熱延鋼板の製造例と同様にスラブを加熱して熱間圧延を行う。その後、上記熱延鋼板の製造例と同様に熱間圧延された鋼板を冷却し、巻き取る。ただし、巻取工程において、巻き取り温度は20℃以上700℃以下とする。
【0061】
次に、上記のようにして巻き取られた熱延鋼板を巻き出して酸洗を行う。この酸洗工程は、熱延鋼板の表面の酸化物(スケール)を除去するものであり、一回でもよく、複数回に分けて行われてもよい。
【0062】
次に、冷間圧延を行う。この冷間圧延工程では、圧下率の合計が85%以下であることが好ましい。圧下率の合計が85%以下とされることにより、鋼板中心部の延性の低下が抑制され、冷間圧延中に鋼板中心部が破断することが抑制される。一方、次の焼鈍工程において再結晶を十分に進めるには、冷間圧延工程における圧下率の合計が20%以上であることが好ましく、30%以上であることがより好ましい。冷間圧延前に、冷延荷重を低下させる目的で、700℃以下の温度で鋼板を焼鈍してもよい。
【0063】
上記冷間圧延工程の後、焼鈍を行う。この焼鈍工程では、鋼板を高強度化するために鋼板の組織の大部分を低温変態組織とし、フェライト変態やパーライト変態を抑制することが重要である。焼鈍工程では、まず、鋼板中心部のAc3点-50℃以上、900℃以下の温度で5秒以上保持する。加熱温度を鋼板中心部のAc3点-50℃以上とする理由は、鋼板中心部をフェライトおよびオーステナイトの2相域またはオーステナイト単相域に加熱することで、その後の熱処理により変態組織を得て、所望の強度を有する鋼板を得るためである。一方、焼鈍工程における加熱温度を900℃以下とすることにより、鋼板中心部の旧オーステナイト粒径が粗大化することを抑制し、鋼板の靭性が劣化することを抑制できる。
【0064】
なお、Ac3点は下記式によって求められる。
Ac3(℃)=910-203√C+44.7Si-30Mn+700P-20Cu-15.2Ni-11Cr+31.5Mo+400Ti+104V+400Al
ここで、C、Si、Mn、P、Cu、Ni、Cr、Mo、Ti、VおよびAlはスラブに含まれる各元素の含有量[質量%]である。
【0065】
上記焼鈍工程の後、550℃以上750℃以下の温度まで平均冷却速度2.5℃/s以上で焼鈍された鋼板を冷却し、本発明の冷延鋼板を得ることができる。この冷却工程は、鋼板を高強度化するために必要な工程である。平均冷却速度が2.5℃/s以上とされることにより、フェライト変態やパーライト変態が抑制され、鋼板の強度低下を抑制し得る。平均冷却速度は、好ましくは5℃/s以上、より好ましくは10℃/s以上である。ただし、750℃より高い温度では、フェライト変態やパーライト変態は生じにくいため、平均冷却速度は限定されない。また、550℃より低い温度では、低温変態組織に変態するため、平均冷却速度は限定されない。550℃以下の温度では、室温まで一定の冷却速度で鋼板を冷却してもよく、200℃以上550℃以下程度の温度で鋼板を保持することで、ベイナイト変態を進行させたり、マルテンサイトを焼戻したりしてもよい。ただし、300℃以上550℃以下で鋼板を長時間保持すると、鋼板の強度が低下する可能性があるため、その温度域で鋼板を保持する場合、保持時間は600秒以下が望ましい。
【0066】
以上の説明は、本発明の鋼板を得るための製法の単なる例示を意図するものである。上述したとおり、本発明の鋼板の製法は、ワイヤ添加によって表層部のSi酸化物粒子の分布を制御する方法に限定されない。
【0067】
[めっき鋼板]
【0068】
次に、本発明に包含されるめっき鋼板を製造する方法の例を説明する。
【0069】
上記のようにして製造される冷延鋼板の表層部の表面に溶融亜鉛めっきを施すことによって、溶融亜鉛めっき鋼板が得られる。溶融亜鉛めっきを施す場合、めっき浴温度は従来から適用されている条件でよい。すなわち、めっき浴温度は、例えば440℃以上550℃以下とされる。
【0070】
また、上記のように溶融亜鉛めっきを施した後、加熱合金化処理することによって、合金化溶融亜鉛めっき鋼板が得られる。加熱合金化処理する場合の合金化の加熱温度としては従来から適用されている条件でよい。すなわち、合金化の加熱温度は、例えば400℃以上600℃以下とされる。合金化の加熱方式は特に限定されるものではなく、燃焼ガスによる直接加熱や、誘導加熱、直接通電加熱等、従来からの溶融めっき設備に応じた加熱方式を用いることができる。合金化処理の後、鋼板は200℃以下に冷却され、必要に応じて調質圧延を施される。
【0071】
また、電気亜鉛めっき鋼板を製造する方法としては、次の例が挙げられる。例えば、上記の冷延鋼板に対し、めっきの前処理として、アルカリ脱脂、水洗、酸洗、及び水洗を順に実施する。その後、前処理後の鋼板に対し、例えば、液循環式の電気めっき装置を用い、めっき浴として硫酸亜鉛、硫酸ナトリウム、硫酸からなるものを用い、電流密度100A/dm2程度で所定のめっき厚みになるまで電解処理する。
【0072】
本発明は、亜鉛めっきを施した鋼板の溶接で生じる液体金属脆化(LME)割れを抑制することを課題としてなされたものである。LME割れは、溶接する一方の鋼板が亜鉛めっき鋼板、他方がめっきを施していない鋼板であっても生じる場合がある。本発明の鋼板は亜鉛めっきされていなくても、溶接対象が亜鉛めっき鋼鈑の場合、LME割れを抑制することができる。したがって、上述した鋼板は、亜鉛めっきを施した鋼板のみならず、亜鉛めっきが施されない鋼板もLME割れの抑制という課題を解決する。
【実施例
【0073】
表1に示す化学組成を持つ板厚250mmの連続鋳造スラブを製造する工程において、表2-1~2-3に示す条件でワイヤ状の酸化鉄を添加し、表層部にSi酸化物が分布したスラブを得た。片面の表層部にワイヤ状の酸化鉄を添加したのか、両面の表層部にワイヤ状の酸化鉄を添加したのかを、「表層部の位置」として表4-1~4-3に示す。このスラブを表2-1~2-3に示す加熱温度、仕上げ温度、巻取り温度の条件下で熱間圧延に供し、熱延鋼板を得た。冷延鋼板とする鋼板については、上記のように熱延鋼板を得た後に、酸洗、圧下率の合計が50%の冷間圧延を行い、表2-1~2-3に示す条件で焼鈍を行った。また、一部の鋼板には常法によりめっきを施し、表2-1~2-3に示すようにめっき鋼板とした。
【0074】
得られた鋼板についての評価結果を表3-1~4-3に示す。表4-1~4-3に示す表層部におけるSi酸化物の「個数密度」、「平均」、「標準偏差」、および「平均からずれた割合」についての詳細は上記のとおりである。また、得られた鋼板の表面から板厚の1/4の位置における化学組成を表3-1~3-3に示す。さらに、得られた鋼板について、引張試験、および溶接試験を下記のとおり実施した。
【0075】
引張強さ(MPa)および全伸び(%)は、JIS Z 2241(2011)に従い、圧延方向と直角方向に長軸をとってJIS5号試験片を作製し、引張試験を行って測定したものである。本実施例では、引張強さが600MPa以上で、かつ引張強さ×全伸びの値が10000MPa%以上の場合を合格とした。
【0076】
また、溶接試験は次のように行った。鋼板から50mm×80mmの試験片を採取し、サーボモータ加圧式単相交流スポット溶接機(電源周波数50Hz)を用いて、当該試験片にめっき鋼板を溶接した。その後、当該鋼板のナゲット中心部の領域の鋼組織を光学顕微鏡で観察した。本実施例では、この観察の結果、割れが確認されない場合を合格とした。
【0077】
【表1】
【0078】
【表2-1】
【0079】
【表2-2】
【0080】
【表2-3】
【0081】
【表3-1】
【0082】
【表3-2】
【0083】
【表3-3】
【0084】
【表4-1】
【0085】
【表4-2】
【0086】
【表4-3】
【0087】
比較例2、65の鋼板では、連続鋳造工程で添加するワイヤ径が1mmよりも小さく、表層部のSi酸化物の粒径の対数値の平均が-2.0よりも小さい。その結果として、この比較例の鋼板では、引張強さ×全伸びは10000MPa%以上であるものの、溶接性が改善していない。
【0088】
比較例6、66の鋼板では、連続鋳造工程で添加するワイヤ径が50mmよりも大きく、表層部のSi酸化物の粒径の対数値の平均が-1.2よりも大きく、標準偏差が0.6よりも大きい。その結果として、この比較例の鋼板では、引張強さ×全伸びは10000MPa%未満であり、溶接性も改善していない。
【0089】
比較例16、69の鋼板では、連続鋳造工程で添加するワイヤの間隔がワイヤ径よりも小さく、表層部のSi酸化物の個数密度が6000個/mm2より大きく、粒径の対数値の平均が-1.2よりも大きい。その結果として引張強さ×全伸びが10000MPa%未満であり、かつ溶接性が改善していない。
【0090】
比較例23、71の鋼板では、連続鋳造工程で添加するワイヤの送り速度と溶鋼の流速の差が-500mm/分よりも小さく、表層部のSi酸化物の個数密度が6000個/mm2より大きい。その結果として引張強さ×全伸びが10000MPa%未満であり、かつ溶接性が改善していない。
【0091】
また、比較例27、72の鋼板では、連続鋳造工程で添加するワイヤの送り速度と溶鋼の流速の差が500mm/分よりも大きく、表層部のSi酸化物の個数密度が3000個/mm2より小さい。その結果として引張強度×全伸びは10000MPa%以上であるものの、溶接性が改善していない。これとは対照的に、ワイヤの送り速度と溶鋼の流速の差が-500mm/分以上500mm/分以下の要件を満たす本発明の実施例における鋼板では、Si酸化物の個数密度が上記の要件を満たしており、引張強さ×全伸びを低下させることなく溶接性が向上している。
【0092】
比較例28、44の鋼板では、熱間圧延工程あるいは焼鈍工程で750℃~550℃の平均冷却速度が2.5℃/sよりも小さい。その結果として、これらの鋼板では引張強さが600MPaよりも低い。
【0093】
比較例53および54の鋼板では、C濃度が本実施形態の要件を満たさない。その結果、これらの鋼板では引張強度や引張強さ×全伸びの要件を満たさない。
【0094】
比較例55、67の鋼板では、連続鋳造工程で添加するワイヤの中心位置と溶鋼表面の距離がワイヤ径よりも小さく、表層部のSi酸化物の個数密度が3000個/mm2を下回る。その結果として、溶接性が低い。
【0095】
比較例56の鋼板では、焼鈍工程における加熱温度がAc3点-50℃よりも低いため、引張強さが600MPaよりも低い。
【0096】
比較例57、70の鋼板では、連続鋳造工程で添加するワイヤの間隔がワイヤ径+30mmよりも大きく、表層部のSi酸化物の個数密度が3000個/mm2より小さい。その結果として引張強度×全伸びは10000MPa%以上であるものの、溶接性が改善していない。
【0097】
比較例64、68の鋼板では、連続鋳造工程で添加するワイヤの中心位置と溶鋼表面の距離がワイヤ径+30mmよりも大きいため、表層部のSi酸化物の個数密度が3000個/mm2を下回り、かつ鋼板の板厚の1/2の位置において、Si酸化物の個数密度が1000個/mm2を上回る。その結果として引張強度×全伸びが10000MPa%未満であり、かつ溶接性が改善していない。
【0098】
これとは対照的に、本発明の化学成分、製造方法を満たす実施例の鋼板は、Si酸化物の個数密度が所定の要件を満たしており、引張強さ×全伸びを低下させることなく溶接性が向上していることが確認できた。
【0099】
以上のように、本発明によれば、表層部の改質によって成形性および溶接性を両立した鋼板が得られることを確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0100】
本発明によれば、成形性および溶接性に優れる鋼板を提供することができる。このような本発明の鋼板は、例えば、自動車等の輸送機器の分野において構造材に好適である。
【符号の説明】
【0101】
1 溶鋼
2 ワイヤ
11 タンディッシュ
12 連続鋳造機
図1