(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-27
(45)【発行日】2022-10-05
(54)【発明の名称】酵素固定化用担体及びそれを用いた固定化酵素
(51)【国際特許分類】
C12N 11/02 20060101AFI20220928BHJP
C12P 7/6418 20220101ALI20220928BHJP
C12N 9/20 20060101ALN20220928BHJP
A23D 9/02 20060101ALN20220928BHJP
A23D 7/00 20060101ALN20220928BHJP
【FI】
C12N11/02
C12P7/6418
C12N9/20
A23D9/02
A23D7/00
(21)【出願番号】P 2022504100
(86)(22)【出願日】2021-10-05
(86)【国際出願番号】 JP2021036729
(87)【国際公開番号】W WO2022085419
(87)【国際公開日】2022-04-28
【審査請求日】2022-02-02
(31)【優先権主張番号】P 2020175092
(32)【優先日】2020-10-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】315015162
【氏名又は名称】不二製油株式会社
(72)【発明者】
【氏名】水嶋 茂樹
【審査官】田中 晴絵
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/088182(WO,A1)
【文献】特開平03-236777(JP,A)
【文献】特開昭58-016684(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 11/02
C12P 7/64
C12N 9/20
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記A~Dの全特徴を有する、
油脂を基質とする酵素用の酵素固定化用担体。
A.
豆類由来の蛋白質を含む多孔質体であること、
B.
豆類由来の蛋白質含量が乾燥重量あたり80重量%以上、
C.NSI(窒素溶解性指数)が70以下、
D.吸油倍率が2重量倍以上
【請求項2】
さらに下記E~Fの全特徴を有する請求項1記載の酵素固定化用担体。
E.吸水倍率が7重量倍以上
F.嵩比重が0.28g/cm3以下
【請求項3】
前記豆類が大豆である請求項1又は2記載の酵素固定化用担体。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか1項に記載の酵素固定化用担体に
油脂を基質とする酵素が固定化された、固定化酵素。
【請求項5】
前記油脂を基質とする酵素がリパーゼ又はホスホリパーゼである、請求項4記載の固定化酵素。
【請求項6】
下記A~Dの全特徴を有する、酵素固定化用担体に、
油脂を基質とする酵素を含む水溶液を付着させたのちに、乾燥させる固定化酵素の製造法。
A.
豆類由来の蛋白質を含む多孔質体であること、
B.
豆類由来の蛋白質含量が乾燥重量あたり80重量%以上、
C.NSI(窒素溶解性指数)が70以下、
D.吸油倍率が2重量倍以上
【請求項7】
前記豆類が大豆である請求項6記載の固定化酵素の製造法。
【請求項8】
下記A~Dの全特徴を有する、酵素固定化用担体に、油脂を基質とする酵素を含む水溶液を付着させたのちに、乾燥させる酵素の固定化方法。
A.
豆類由来の蛋白質を含む多孔質体であること、
B.
豆類由来の蛋白質含量が乾燥重量あたり80重量%以上、
C.NSI(窒素溶解性指数)が70以下、
D.吸油倍率が2重量倍以上
【請求項9】
前記豆類が大豆である請求項8記載の酵素の固定化方法。
【請求項10】
下記A~Dの全特徴を有する、酵素固定化用担体に、油脂を基質とする酵素を含む水溶液を付着させたのちに、乾燥させて得た固定化酵素を用いて、エステル交換反応を行う、エステル交換油脂の製造法。
A.
豆類由来の蛋白質を含む多孔質体であること、
B.
豆類由来の蛋白質含量が乾燥重量あたり80重量%以上、
C.NSI(窒素溶解性指数)が70以下、
D.吸油倍率が2重量倍以上
【請求項11】
前記豆類が大豆である請求項10記載のエステル交換油脂の製造法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵素を固定化するために用いられる担体、及びこれを用いた固定化酵素に関する。
【背景技術】
【0002】
リパーゼを触媒として使用した油脂のエステル交換反応による油脂の改質が広く行われている。これら油脂のエステル交換反応には、従来からリパーゼを何らかの担体に固定化した、固定化酵素が触媒として用いられることが多かった。
リパーゼ等の油脂を基質とする酵素の固定化に用いられる担体としては、例えばアニオン交換樹脂(特許文献1,3)、フェノールホルムアルデヒド吸着樹脂(特許文献2)、キレート樹脂(特許文献4)等が開示されている。また特許文献5では、固定化酵素の担体として、活性アルミナ、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、酸化マグネシウム、珪藻土等が用いられる旨が開示されている。
しかしながら、これらの担体はいずれも生分解性が低いものであった。また珪藻土は安価な素材のため担体として多用されてはいるものの、世界的に資源が枯渇しつつあり、将来的なコストアップが懸念されていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開昭60-98984号公報
【文献】特開昭61-202688号公報
【文献】特開平3-61485号公報
【文献】特開平1-262795号公報
【文献】特開平11-69974号公報
【文献】国際公開WO2014/156948号
【文献】特開昭47-3717 号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、生分解性で環境負荷が少なく、人体にも無害であり、再生産可能な植物ベースの新たな酵素固定化用担体を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、上記の課題に対して鋭意研究を重ねた結果、大豆などの植物性蛋白質をベースとする、特定の多孔質体が、酵素固定化用担体として機能することを見出し、本発明の技術思想を完成するに到った。本発明の酵素固定化用担体は、存在自体は公知である、植物性蛋白質を含む特定の多孔質体について、それを酵素の固定化担体という、従来知られていない用途に用いる、用途限定した物に係る発明である。
【0006】
すなわち、本発明は、
(1)下記A~Dの全特徴を有する、酵素固定化用担体、
A.植物性蛋白質を含む多孔質体であること、
B.蛋白質含量が乾燥重量あたり80重量%以上、
C.NSI(窒素溶解性指数)が70以下、
D.吸油倍率が2重量倍以上、
(2)さらに下記E~Fの全特徴を有する(1)の酵素固定化用担体、
E.吸水倍率が7重量倍以上、
F.嵩比重が0.28g/cm3以下、
(3)(1)又は(2)の酵素固定化用担体に酵素が固定化された、固定化酵素、
(4)前記酵素が油脂を基質とする酵素である、(3)の固定化酵素、
(5)下記A~Dの全特徴を有する、酵素固定化用担体に、油脂を基質とする酵素を含む水溶液を付着させたのちに、乾燥させる固定化酵素の製造法、
A.植物性蛋白質を含む多孔質体であること、
B.蛋白質含量が乾燥重量あたり80重量%以上、
C.NSI(窒素溶解性指数)が70以下、
D.吸油倍率が2重量倍以上、
(6)下記A~Dの全特徴を有する、酵素固定化用担体に、油脂を基質とする酵素を含む水溶液を付着させたのちに、乾燥させる酵素の固定化方法、
A.植物性蛋白質を含む多孔質体であること、
B.蛋白質含量が乾燥重量あたり80重量%以上、
C.NSI(窒素溶解性指数)が70以下、
D.吸油倍率が2重量倍以上、
(7)下記A~Dの全特徴を有する、酵素固定化用担体に、油脂を基質とする酵素を含む水溶液を付着させたのちに、乾燥させて得た固定化酵素を用いて、エステル交換反応を行う、エステル交換油脂の製造法、
A.植物性蛋白質を含む多孔質体であること、
B.蛋白質含量が乾燥重量あたり80重量%以上、
C.NSI(窒素溶解性指数)が70以下、
D.吸油倍率が2重量倍以上、
に関するものである。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、容易にかつ継続的に入手可能な、植物性蛋白質を含む特定の多孔質体を、固定化酵素の担体として使用でき、新規な固定化酵素を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明を具体的に説明する。
【0009】
(酵素の固定化)
本発明の酵素固定化用担体とは、酵素を固定して酵素反応に用いる場合の担体である。ここで固定とは、物理的や化学的な方法があるが、本発明ではその固定化方法は問わない。ただ、本発明が固定化酵素に関するものであることから、酵素が失活してしまうような固定化方法では、その用をなさない。このような観点から酵素蛋白に対するダメージが少ない固定化法である物理的な方法が好ましい。
【0010】
(酵素)
本発明の固定化酵素は、油脂を基質とする酵素が固定化されたものであることが好ましい。酵素は一般的に水溶性であるので、水系で反応を行う場合は、担体に固定化した酵素が離脱して、反応が低下する場合があるからである。なお、「油脂を基質とする」というのは、油系で反応を行うと言う意味である。
油脂を基質とする酵素としては、リパーゼやホスホリパーゼが望ましいが、これらに限定されるものではない。
酵素は何らかの担体に固定化された、固定化酵素として取引される場合もあるし、ユーザーが粉体や液体の酵素剤を購入後、自ら固定化する場合が有る。本発明の実施は、そのいずれをも含むものである。
【0011】
以下、本発明の酵素固定化用担体の特徴を具体的に説明する。
【0012】
(植物性蛋白質ベースの多孔質体)
本発明の酵素固定化用担体は、植物性蛋白質を含む特定の多孔質体である。
植物性蛋白質は、植物性原料から取得された蛋白質であり、例えば大豆、エンドウ、緑豆、ヒヨコ豆、落花生、アーモンド、ルピナス、キマメ、ナタ豆、ツル豆、インゲン豆、小豆、ササゲ、レンズ豆、ソラ豆、イナゴ豆などの豆類や、ナタネ種子(特にキャノーラ品種)、ヒマワリ種子、綿実種子、ココナッツ等の種子類や、小麦、大麦、ライ麦、米、トウモロコシ等の穀類などから取得された蛋白質が挙げられる。固定化酵素は各種食品素材の加工に用いられる場合も多いが、上記原料由来の植物性蛋白質を原料とすれば、人が食経験を有するものも多いため、安心して使用することができる等のメリットもある。
【0013】
(蛋白質含量)
本発明の酵素固定化用担体は、蛋白質を乾燥重量あたり80重量%以上含有することが特徴である。該蛋白質含量は、85重量%以上、又は90重量%以上であることができる。また該含量は、乾燥重量あたり99重量%以下、95重量%以下、90重量%以下、85重量%以下又は80重量%以下であることができる。
なお、蛋白質の含量は、ケルダール法により分析される窒素量に6.25の窒素換算係数を乗じて求めるものとする。
【0014】
(低水溶性)
本発明の酵素固定化用担体は、低水溶性を示す。その水溶性の指標としては、窒素溶解性指数(Nitrogen Solubility Index:NSI)を用いることができ、NSIが低いほど低水溶性である。本発明の酵素固定化用担体は、NSIが70以下であり、好ましくは50以下、より好ましくは30以下である。
【0015】
(NSI:窒素溶解性指数)
本発明の酵素固定化用担体のNSIは低い事が好ましい。その理由は、酵素水溶液を付着させる際に、酵素が蛋白に内包される事を防ぎ、酵素を担体表面に分布させるためと推察される。
なお、NSIは所定の方法に基づき、全窒素量に占める水溶性窒素(粗蛋白)の比率(重量%)で表すことができ、本発明においては以下の方法に準じて測定された値とする。
すなわち、試料3gに60mlの水を加え、37℃で1時間プロペラ攪拌した後、1400×gにて10分間遠心分離し、上澄み液(1)を採取する。次に、残った沈殿に再度水100mlを加え、再度37℃で1時間プロペラ撹拌した後、遠心分離し、上澄み液(2)を採取する。(1)液および(2)液を合わせ、その混合液に水を加えて250mlとする。これを濾紙(NO.5)にて濾過した後、濾液中の窒素含量をケルダール法にて測定する。同時に試料中の窒素量をケルダール法にて測定し、濾液として回収された窒素量(水溶性窒素)の試料中の全窒素量に対する割合を重量%として表したものをNSIとする。
【0016】
(嵩比重)
本発明の酵素固定化用担体の嵩比重は低い事が好ましく、具体的には0.28g/cm3以下が好ましく、0.23g/cm3以下がより好ましい。
一般的に、嵩比重は素材の多孔質性を反映する分析値である。粒度が一定である場合、嵩比重が低い程、より多孔質となり比表面積が増大する。これにより酵素反応時に酵素と基質の接触面積を増大するため酵素反応が促進される事になる。
ただし、酵素固定化用担体の粒度が異なる場合、例えば同様の比表面積を有する素材であっても、粒度が大きい程、嵩比重は低く測定される事となる。
【0017】
(吸油倍率)
本発明の酵素固定化用担体は、吸油性が従来の二軸エクストルーダーで製造される組織状大豆蛋白のような多孔質体と比較して高いことが特徴である。
本発明の酵素固定化用担体の吸油性は高い事が望ましい。油脂を基質とする酵素を固定化する場合には、吸油性が高い事は、それだけ多くの油脂基質が固定化酵素と接触できることになるので、結果的に酵素反応が効率的に進む事となる。
吸油性の高さを表す指標として、吸油倍率を用いることができる。本発明の酵素固定化用担体は、吸油倍率が2重量倍以上であり、特に3重量倍以上が好ましく、4重量倍以上、5重量倍以上又は6重量倍以上であることもできる。
これに対して従来の市販の組織状大豆蛋白では約0.8~1.7重量倍程度で、あまり吸油性は高くない。
すなわち、本発明の酵素固定化用担体は、従来の組織状大豆蛋白よりも3倍以上の吸油倍率を示しうる。なお、吸油倍率は以下の方法により測定する。
【0018】
(吸油倍率の測定条件)
試料10gに80℃のパーム油100gを加える。20分間吸油後、30meshのザルで油を切り、吸油後の試料の重量(Xg)を測定する。そして次の式により吸油倍率(Z)を求める。
Z=(X-10)/10
【0019】
(吸水倍率)
本発明の酵素固定化用担体は、従来の二軸エクストルーダーで製造される組織状大豆蛋白のような多孔質体と比較して、吸水性が高いことが好ましい。
吸水性が高いことは、酵素固定化用担体にそれだけ多くの酵素水溶液を保持・付着させることができ、結果的に多くの酵素を坦持させることができる事を意味する。吸水性の高さを表す指標として、吸水倍率を用いることができる。本発明の酵素固定化用担体は、吸水倍率が7重量倍以上であり、特に8重量倍以上が好ましく、9重量倍以上である事が好ましい。
これに対して従来の市販の組織状大豆蛋白では約3.3~7.4重量倍程度である。なお、吸水倍率は以下の方法により測定する。
【0020】
(吸水倍率の測定条件)
試料10gに80℃の水100gを加える。20分間吸水後、30meshのザルで水を切り、吸水後の試料の重量(Xg)を測定する。そして次の式により吸水倍率(Y)を求める。
Y=(X-10)/10
【0021】
(形態)
本発明の酵素固定化用担体は、典型的には顆粒状の多孔質体である。本発明において「顆粒」とは粉末よりも粒径の大きい粒を意味する。
顆粒の大きさは特に限定されないが、国際規格「ISO 3301-1」に準拠した篩いにより、全顆粒重量の90重量%以上が、42メッシュにオンするものであることが適当である。
ただし、本発明の酵素固定化用担体は適宜粉砕して用いることもでき、その場合はより細かい顆粒状ないしは粉末状となる。また、該担体は各顆粒どうしを結着させて用いることもでき、その場合は顆粒よりも大きな塊状となり得る。
【0022】
(組織状蛋白素材)
本発明の酵素固定化用担体は、原料粉体の加圧加熱処理により、粉体同士が集合、結着し、粗大化した粒子となるためか、典型的には特定の決まった形状を有さない、いわゆる不定形の顆粒である。
一方、定形の顆粒としては、二軸エクストルーダーで製造される組織状蛋白素材や、押出し造粒された顆粒などがある。組織状蛋白素材は、装置内で原料と水を混練しつつ形成させた生地を加圧加熱処理して膨化させつつ、装置の先端に取り付けられた定形のダイから常圧下に押し出し、その出口において一定間隔で定形的に切断成形して得られる。そのため、本発明の酵素固定化用担体は二軸エクストルーダーで製造されるような多孔質体とは形状において区別される。
【0023】
(酵素固定化用担体の製造)
以下、本発明の酵素固定化用担体の製造態様について、具体的に説明する。
【0024】
(粉末状植物性蛋白素材)
本発明のような蛋白質含量が乾燥重量あたり80重量%以上の酵素固定化用担体を得るためには、より高蛋白質の原料を用いる必要があり、典型的には「粉末状植物性蛋白素材」を原料に用いることができる。粉末状植物性蛋白素材は植物性原料から、蛋白質以外の成分、すなわち脂質、可溶性糖質、澱粉、不溶性繊維、ミネラルなどの一部又は全部を除去し、蛋白質の含量がより濃縮されたものを粉末化した蛋白素材をいう。その蛋白質含量は固形分中50重量%以上のものを用いることが好ましく、60重量%以上、70重量%以上、特に75重量%以上、80重量%以上又は90重量%以上のものを用いることがより好ましい。
【0025】
(粉末状植物性蛋白素材)
粉末状植物性蛋白素材は、単一の種類を用いるだけでなく、複数の種類を所望の比率で粉混合し、該担体の製造原料として供してもよい。この場合、上述した粉末状植物性蛋白素材の固形分中の蛋白質含量は、該混合物の値を意味する。また例えば粉末状植物性蛋白素材と必要により粉末状動物性蛋白素材を用いたりすることができる。より具体的には粉末状大豆蛋白素材と粉末状乳蛋白素材を1:10~10:1の比率で混合し、これを原料として供することもできる。
また、粉末状植物性蛋白素材以外の他の可食性素材、又は非可食性素材を適宜混合することもでき、これらは粉末であることが好ましいが、粉体加圧加熱の操作において影響がない範囲であれば液状で混合してもよい。
【0026】
(粉末状植物性蛋白素材の製造例)
ここでは大豆を例として粉末状大豆蛋白素材の典型的かつ非限定的な製造例を以下に挙げる。他の植物性原料を用いても下記の製造例に準じて粉末状植物性蛋白素材を製造することができる。
I)抽出工程
大豆原料として脱脂大豆を使用し、これに加水し攪拌等して懸濁液(スラリー)とし、蛋白質を水で抽出する。水は中性~アルカリ性のpHとすることができ、塩化カルシウム等の塩を含むこともできる。これを遠心分離等の固液分離手段でオカラを分離し、蛋白質抽出液(いわゆる豆乳)を得る。この段階で加熱殺菌し、噴霧乾燥したものが、いわゆる脱脂豆乳粉末であり、これを粉末状植物性蛋白素材として用いることもできる。
II)酸沈殿工程
次に蛋白質抽出液に塩酸やクエン酸等の酸を添加し、該抽出液のpHを大豆蛋白質の等電点であるpH4~5に調整し、蛋白質を不溶化させて酸沈殿させる。次に遠心分離等の固液分離手段により酸可溶性成分である糖質や灰分を含む上清(いわゆるホエー)を除去して、酸不溶性成分を含む「酸沈殿カード」を回収する。この段階で噴霧乾燥したものが、いわゆるカードパウダーであり、これを粉末状植物性蛋白素材として用いることもできる。
III)中和工程
次に酸沈殿カードに再度加水し、必要により該カードを水で洗浄後、「カードスラリー」を得る。そして該スラリーに水酸化ナトリウムや水酸化カリウム等のアルカリを加えて中和し、「中和スラリー」を得る。
IV)殺菌・粉末化工程
次に中和スラリーを加熱殺菌し、スプレードライヤー等により噴霧乾燥し、必要により流動層造粒を経て、いわゆる分離大豆蛋白を得る。
ただし、粉末状大豆蛋白素材は、上記製造例にて製造されるものには限定されるものではない。大豆原料としては脱脂大豆の代わりに全脂大豆や部分脱脂大豆などの種々の大豆原料を用いることもできる。抽出手段も種々の抽出条件や装置を適用できる。蛋白質抽出液からホエーを除去する方法として酸沈殿を行う代わりに限外濾過膜等による膜濃縮を行うこともでき、その場合は中和工程は必ずしも必要ではない。さらに、大豆原料から予め酸性水やアルコールにより洗浄してホエーを除去した後に、中性ないしアルカリ性の水で蛋白質を抽出する方法を適用して製造することもできる。また、上記の何れかの段階にて蛋白質の溶液にプロテアーゼを作用させ、蛋白質を部分加水分解することもできる。
【0027】
(粉末状植物性蛋白素材の水への溶解性)
以上のようにして得られる粉末状植物性蛋白素材は、一般に水への溶解性自体は高いものであり、NSI(Nitrogen Solubility Index:窒素溶解指数)は60以上であり、65以上、70以上、75以上、80以上、82以上、85以上、90以上、92以上、94以上又は96以上の場合もある。これらの比較的高いNSIを有する粉末状植物性蛋白素材自体を酵素固定化担体として用いようとすると、酵素水溶液を付着させる際に粉末表面が溶解し、酵素を蛋白素材内に内包してしまう結果、酵素活性を発現させる事が出来ず、固定化担体としては好適では無い。
【0028】
(粉末状態での加圧加熱処理による顆粒化)
本発明の酵素固定化用担体を得るための、少なくとも一つの加工方法は、上記の粉末状植物性蛋白素材を原料に、水系下ではなく、粉末状態で水蒸気による直接加熱方式で加圧加熱処理し、NSIを加圧加熱処理前よりも低下させる様な条件で製造することができる。このような加圧加熱処理により、本発明の酵素固定化用担体は顆粒化し、同時に多孔質すなわち表面積が大きい構造となる。加えてNSIが70以下と水に溶解しにくい物性となるので、酵素水溶液を付着させる際に、酵素を表面に分布させ易く、好適な酵素活性を得る事ができる。
【0029】
(加圧加熱処理の加熱圧力)
該加圧加熱処理における圧力は、酵素固定化用担体が所望の品質となるように適宜設定することができるが、好ましくは0.03MPa以上、0.05MPa以上、0.1MPa以上、0.2MPa以上、0.3MPa以上又は0.4MPa以上とすることができ、また該加熱圧力は0.7MPa以下、0.6MPa以下、0.5MPa以下又は0.4MPa以下とすることができる。さらに一つの好ましい態様として、0.05MPa~0.7MPaの範囲を選択できる。
【0030】
(加圧加熱処理における温度)
該加圧加熱処理における温度は、圧力に応じて変化するものであり、加圧状態であるため100℃を超える温度、態様によっては120℃以上、130℃以上、140℃以上、150℃以上、160℃以上又は170℃以上となり得る。温度の上限は設定されないが、通常は250℃以下である。
【0031】
(加圧加熱処理の加熱時間)
該加圧加熱処理の加熱時間は、酵素固定化用担体が所望の品質となるように、加熱温度との組合せを考慮して適宜設定することができるが、短時間の方が好ましく、1分以下、30秒以下、20秒以下、10秒以下、5秒以下、2秒以下、1秒以下、特に0.5秒以下又は0.3秒以下とすることができる。また該加熱時間は0.00001秒以上、0001秒以上又は0.001秒以上とすることができる。さらに一つの好ましい態様として、0.00001~2秒や0.0001~1秒、0.001~0.5秒の範囲を選択できる。
【0032】
(直接加熱方式)
該加圧加熱処理の加熱方式には、大きな分類として直接加熱方式と間接加熱方式があるが、本発明の酵素固定化用担体を得るための好ましい態様は、水蒸気による直接加熱方式を採用することである。かかる加圧加熱処理を行うことができる粉体加熱処理装置としては、気流式粉体殺菌装置である、「KPU」((株)大川原製作所)、「SKS-50」((株)セイシン企業)、「Sonic Stera」((株)フジワラテクノアート製)やこれらの改良タイプ等などが挙げられる。このように、過熱水蒸気等の水蒸気による直接加熱方式によって、粉末状植物性蛋白素材の粉末を直接水蒸気に曝露させて加圧加熱処理することにより、粉末状植物性蛋白素材が集合して顆粒化させることができる。
【0033】
(縦型タイプ)
さらに、本発明では、直接加熱方式の加圧加熱処理の中で、粉末状植物性蛋白素材を粉末状態で垂直方向に落下させつつ、水蒸気による直接加熱方式で加圧加熱処理することが好ましい。このような加熱方式を実施するための加熱加圧装置は、装置内に導入された粉体が垂直方向に落下できる閉鎖系の加熱空間が備えられており、その空間内を粉体が落下する間に加圧状態で水蒸気を接触させる機構を有する装置が好ましい。本発明においては、このような加圧加熱装置を「縦型タイプ」と称する。縦型タイプの態様として、特許文献6に開示されるような粉粒体の殺菌装置を加圧加熱装置に応用することができ、具体的には市販の「Sonic Stera」((株)フジワラテクノアート製)を用いることができる。
これにより、粉末状植物性蛋白素材のNSIを効率的に所望の範囲に低下させることができ、より吸水性が高く、酵素の固定化に適した酵素固定化用担体の製造を可能とする。
【0034】
(横型タイプ)
一方、水蒸気により加圧加熱される閉鎖系の加熱空間が水平方向に配置されている、いわゆる「横型タイプ」の加圧加熱装置を用いて、水溶性の高い植物性蛋白素材を原料として粉体加熱をすると、装置内部に粉体が張り付いてしまう場合があり、製造効率が非効率となる。また、横型タイプの加圧加熱装置は縦型タイプのように極短時間での加圧加熱ができにくいためか、メカニズムは不明であるが、特許文献7によると、得られる顆粒の吸水倍率が2~3重量倍程度と記載されており、吸水性が十分ではない。
【0035】
(従来の組織状蛋白素材)
また、従来の組織状蛋白素材の製造に用いられていた二軸エクストルーダーは、粉体殺菌装置としても用いられているが、間接加熱方式の加圧加熱処理であり、水蒸気が直接粉体に曝露される加熱方式ではないため、本発明の加圧加熱処理とは方式が全く異なる方法である。
【0036】
(粉砕、解砕、分級、結着)
以上により製造された顆粒は、そのまま酵素固定化用担体として製品とすることができる。また必要により該顆粒をさらに加工することができ、例えば適当な粒度に粉砕又は解砕することができる。また分級機に供して所望の粒度範囲の顆粒に分画して整粒した酵素固定化用担体を得ることができる。また一方で、該顆粒を結着させて特定の大きさの塊状に成形することもできる。
【0037】
(固定化酵素の製造法)
本発明の固定化酵素の製造法は、酵素固定化用担体に酵素を含む水溶液を付着させた後乾燥させるものである。付着は、酵素水溶液に担体を浸しても良いし、担体に対して同液を噴霧しても良い。なお、酵素が粉体である場合には酵素を水に溶解させて使用し、また、酵素が液体である場合には必要により希釈して使用する。
酵素がリパーゼである場合、酵素水溶液を担体に付着させる前に、少量の油脂を酵素水溶液に添加分散させるとエステル交換活性が向上する。
【0038】
本発明の固定化酵素を用いて油脂のエステル交換反応を行うことができる。エステル交換油脂は主に食品として用いられるものであり、固定化担体が、食品であることで、安心して使用することができる。
【実施例】
【0039】
以下、実施例により本発明の実施態様をより具体的に説明する。なお、実施例中の「%」と「部」は特記しない限り「重量%」と「重量部」を示す。
【0040】
(加圧加熱処理品A)
粉末状植物性蛋白素材を粉末状態で、水蒸気による直接加熱方式の加圧加熱処理を行い、酵素固定化用担体を製造した。
粉末状植物性蛋白素材のサンプルとして、市販の粉末状大豆蛋白「フジプロF」(不二製油(株)製)を用いた。本サンプルは、蛋白質含量が91.2%であり、NSIは98.6と高水溶性タイプであった。
加圧加熱装置としては、市販の「Sonic Stera」((株)フジワラテクノアート製)を用いた。本装置は、加熱空間内において粉体を垂直方向に落下させつつ水蒸気による直接加熱方式で加圧加熱処理ができる、縦型タイプの装置である。
加圧加熱処理として加熱圧力0.2MPa、加熱時間0.2秒としたものから、20M(850μm)篩を通過し100M(150μm)篩に残る画分を分級し、加圧加熱処理品Aを得た。加圧加熱処理品Aの嵩比重は0.26g/cm3、NSIは64.8、給水倍率は7.5、吸油倍率は2.5であった。(表1に示す。)
【0041】
(加圧加熱処理品B~D)
加圧加熱処理品Aと同様の粉末状植物性蛋白素材及び加圧加熱装置を用い、加熱圧力0.6MPa、加熱時間0.2秒で加圧加熱処理を行なった。これを、20M(850μm)篩を通過し100M(150μm)篩に残る画分を分級し、加圧加熱処理品Bを得た。
また、3.5M(5.6mm)篩を通過し20M(850μm)篩に残る画分を分級し、比較的粒度の大きな、加圧加熱処理品Cを得た。
また、100M(150mm)篩を通過する画分を分級し、比較的粒度の小さな加圧加熱処理品Dを得た。
このようにして得られた加圧加熱処理品B~Dの嵩比重、NSI、給水倍率、吸油倍率を表1に示す。
【0042】
(実施例1~4)
加圧加熱処理品A~Dを酵素固定化用担体として用い、表2の配合にて、実施例1~4の固定化酵素をそれぞれ調製した。調製方法は「○固定化酵素の調製法」に従った。得られた固定化酵素を用いてエステル交換活性の評価を行った。方法は「○固定化酵素の評価法」に従った。結果を表2に示した。
【0043】
(比較例1)
酵素固定化用担体として、珪藻土(商品名 セライト No.545:富士フイルム和光(株)製)を用いて、表2の配合にて、比較例1の固定化酵素を調製し、エステル交換活性を評価した。結果を表2に示した。尚、珪藻土は、酵素の固定化担体として従来から用いられていたものであるが、近年、資源が枯渇し、その代替品となるものが求められていた。
【0044】
○固定化酵素の調製法
表2の固定化酵素製剤配合に従って以下の手順で行なった。
1. 粉末状の酵素剤(微生物由来のリパーゼ)と水を混合した。
2. 1に油脂としてハイオレイックサンフラワー油(商品名 ハイオール75B:不二製油(株)製)を添加後、攪拌し、酵素液とした。乳化状態は、O/W型であった。
3. 酵素固定化用担体へ2を添加して、ヘラで均一に混合した。
4. 真空環境下で水分が1%以下となるまで乾燥した。
【0045】
○固定化酵素の評価法
1. パームオレイン(IV56)を脱水し、水分量が180~220ppmであることを確認し、基質油脂を調製した。
2. 三角フラスコに基質油脂50g、基質に対する酵素剤添加量が対基質油脂の0.008%となるように固定化酵素を添加した。
3. 60℃・200rpmで回転振とうさせ、24時間反応後にサンプリングを行った。
4. GC(ガスクロマトグラフ)にてTG(トリグリセリド)組成を分析した。
(本評価法はエステル交換反応による評価法であり、基質油脂の主要成分(C48~C56)に対し、目的物(C48)の量が多いほど反応が進んだと判断できた。)
5. TG組成から、エステル交換反応率(%)を計算した。
・エステル交換反応率(%)=(C48-C48(0time))/(C48(END)-C48(0time))
ここで、
・C48=GCによるC48のピークエリア/(GCによるC48~C56のピークエリアの総和)*100を示す。
・C48(Otime)は、未反応時の基質油脂のC48を示す。
・C48(END)は、エステル交換反応が完遂した場合のC48を示す。
6. エステル交換反応率が、従来品である珪藻土を用いた比較例1を100とした場合の相対値が75以上であれば、合格と判断した。
【0046】
(評価結果)
植物性蛋白質を含む多孔質体であり、蛋白質含量80重量%以上、NSI70以下、吸油倍率2倍以上である酵素固定化用担体を用いた実施例1~4の固定化酵素は、いずれも反応率相対値が100を超える優れた結果であり、合格であった。特に実施例4は135と非常に優れた結果であった。
【0047】
(比較例2)
酵素固定化用担体として、粉末状大豆蛋白素材である市販の分離大豆蛋白「フジプロF」(不二製油(株)製)を用いた以外は、表2の配合にて、実施例1と同様に、比較例2の固定化酵素を調製し、エステル交換活性を評価した。反応率相対値は16と非常に劣ったものであった。なお、表1に示すように、「フジプロF」はNSIが98.6と高いものであった。
【0048】
(比較例3)
酵素固定化用担体として、組織状大豆蛋白素材である市販の組織状大豆蛋白「アペックス650」(不二製油(株)製)を用いた以外は、表2の配合にて、実施例1と同様に、比較例3の固定化酵素を調製し、エステル交換活性を評価した。反応率相対値は9と非常に劣ったものであった。なお、表1に示すように、「アペックス650」は蛋白質含量が74.8%と低く、吸油倍率も1.7と低いものであった。
【0049】
(比較例4)
酵素固定化用担体として、組織状大豆蛋白素材である市販の組織状大豆蛋白「アペックス650」(不二製油(株)製)を粉砕機「SCM-50」(SHIBATA製)を用い、平均粒子径が60~70μmとなるように微粉砕したものを用いた以外は、表2の配合にて、実施例1と同様に、比較例4の固定化酵素を調製し、エステル交換活性を評価した。反応率相対値は10と非常に劣ったものであった。なお、表1に示すように、「アペックス650」の微粉砕品は蛋白質含量が74.8%と低く、吸油倍率も0.8と低いものであった。
【0050】
(比較例5)
酵素固定化用担体として、植物素材である市販の微結晶セルロース「ST-100」(旭化成(株)製)を用いた以外は、表2の配合にて、実施例1と同様に、比較例5の固定化酵素を調製し、エステル交換活性を評価した。反応率相対値は46と劣ったものであった。
【0051】
(まとめ)
以上の結果より、植物性蛋白質を含む多孔質体であり、蛋白質含量80重量%以上、NSI70以下、吸油倍率2重量倍以上の酵素固定化用担体を用いた実施例1~4の固定化酵素は、近年、資源が枯渇し、その代替品となるものが求められている珪藻土と比較しても同等以上のエステル交換活性を発現し得る事が分かる。また、本発明の酵素固定化用担体の原料である粉末状植物性蛋白素材は人が食経験を有するため、食品用素材への適用も安心して行う事ができる等のメリットも存在する。
【0052】
【0053】
【産業上の利用可能性】
【0054】
植物性蛋白質をベースとする、本発明の酵素固定化用担体は、生分解性で環境負荷が少なく、人体にも無害であり、再生産可能な植物ベースの新たな酵素固定化用担体として用いることができるので、特に食品や医薬品分野での酵素反応工程への利用が期待される。