(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-27
(45)【発行日】2022-10-05
(54)【発明の名称】化学重合開始剤、接着性組成物、接着性組成物キット、歯科用材料、歯科用材料キットおよび接着性組成物の保管方法
(51)【国際特許分類】
C08F 4/44 20060101AFI20220928BHJP
A61K 6/60 20200101ALI20220928BHJP
C08F 20/10 20060101ALN20220928BHJP
【FI】
C08F4/44
A61K6/60
C08F20/10
(21)【出願番号】P 2019001187
(22)【出願日】2019-01-08
【審査請求日】2021-07-06
(73)【特許権者】
【識別番号】391003576
【氏名又は名称】株式会社トクヤマデンタル
(72)【発明者】
【氏名】福留 啓志
【審査官】堀 洋樹
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/131094(WO,A1)
【文献】特開2014-152106(JP,A)
【文献】特開2011-121869(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 6/00-6/90
C08F 4/00-246/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)チオ尿素化合物、(b)パーオキシエステル、(c)無機過酸化物、(d)二価の銅化合物及び(e)アリールボレート化合物を含み、ハイドロパーオキサイドを実質的に含有
せず、前記(a)チオ尿素化合物が、下記一般式(1)で示される化合物であることを特徴とする化学重合開始剤。
【化1】
〔前記式(1)中、R
1
、R
2
及びR
3
は、それぞれ水素原子、置換または無置換のアルキル基、置換又は無置換のシクロアルキル基、置換又は無置換のアリール基、置換又は無置換の複素環基、置換又は無置換のアシル基、置換又は無置換のアラルキル基、または、置換又は無置換のアルケニル基であり、R
2
は、R
1
およびR
3
から選択されるいずれかの基と結合して環を形成していてもよい。〕
【請求項2】
前記
一般式(1)で示される(a)チオ尿素化合物が、
アセチルチオ尿素、ベンゾイルチオ尿素及びピリジルチオ尿素からなる群より選ばれる少なくとも1種の化合物である請求項1に記載の化学重合開始剤。
【請求項3】
前記(b)パーオキシエステルが、10時間半減期温度が80℃以上であるパーオキシエステルであることを特徴とする請求項1または2に記載の化学重合開始剤。
【請求項4】
前記(c)無機過酸化物がペルオキソ二硫酸塩であることを特徴とする請求項1~3のいずれか1つに記載の化学重合開始剤。
【請求項5】
前記(d)二価の銅化合物が、二価の銅原子と、二価の銅原子に配位する配位子とを含み、
前記配位子が、ハロゲン原子、酸素原子を含む原子団、および、窒素原子を含む原子団からなる群より選択され、
前記配位子が前記酸素原子を含む原子団である場合は、前記酸素原子を含む原子団が、前記酸素原子を介して前記二価の銅原子に配位し、
前記配位子が前記窒素原子を含む原子団である場合は、前記窒素原子を含む原子団が、前記窒素原子を介して前記二価の銅原子に配位していることを特徴とする請求項1~4のいずれか1つに記載の化学重合開始剤。
【請求項6】
請求項1に記載の化学重合開始剤と、(f)酸性基含有重合性単量体とを含
み、ハイドロパーオキサイドを実質的に含まないことを特徴とする接着性組成物。
【請求項7】
(g)酸性基非含有重合性単量体をさらに含むことを特徴とする請求項6に記載の接着性組成物。
【請求項8】
第一の部分組成物と、前記第一の部分組成物と物理的に接触不可能な状態の第二の部分組成物との組み合わせから構成され、
前記第一の部分組成物と前記第二の部分組成物との組み合わせの全体が、
請求項6に記載の接着性組成物を構成し、
前記第一の部分組成物が、
請求項6に記載の接着性組成物における前記6つの成分
:(a)~(f)のうち、前記(a)チオ尿素化合物と、前記(e)アリールボレート化合物とを主成分として含むと共に、有機過酸化物を実質的に含まず、
前記第二の部分組成物が、前記6つの成分のうち、前記(b)パーオキシエステルと、前記(c)無機過酸化物と、前記(d)二価の銅化合物と、前記(f)酸性基含有重合性単量体とを主成分として含むと共に、ハイドロパーオキサイドを実質的に含まない、
ことを特徴とする接着性組成物キット。
【請求項9】
前記第一の部分組成物および前記第二の部分組成物から選択される少なくとも一方の組成物が、(g)酸性基非含有重合性単量体をさらに含むことを特徴とする請求項8に記載の接着性組成物キット。
【請求項10】
前記第一の部分組成物および前記第二の部分組成物から選択される少なくとも一方の組成物が、(h)充填材をさらに含むことを特徴とする請求項8または9に記載の接着性組成物キット。
【請求項11】
請求項6または7に記載の接着性組成物を含むことを特徴とする歯科用材料。
【請求項12】
請求項8又は9に記載の接着性組成物キットを含むことを特徴とする歯科用材料キット。
【請求項13】
請求項6または7に記載の接着性組成物が、第一の部分組成物と、第二の部分組成物とに分包された状態で保管され、
前記第一の部分組成物が、前記(a)チオ尿素化合物と、前記(b)パーオキシエステルと、前記(c)無機過酸化物と、前記(d)二価の銅化合物と、前記(e)アリールボレート化合物と、前記(f)酸性基含有重合性単量体とからなる6つの成分のうち、前記(a)チオ尿素化合物と、前記(e)アリールボレート化合物とを主成分として含むと共に、有機過酸化物を実質的に含まず、
前記第二の部分組成物が、前記6つの成分のうち、前記(b)パーオキシエステルと、前記(c)無機過酸化物と、前記(d)二価の銅化合物と、
前記(f)酸性基含有重合性単量体とを主成分として含むと共に、ハイドロパーオキサイドを実質的に含まない、
ことを特徴とする接着性組成物の保管方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化学重合開始剤、接着性組成物、接着性組成物キット、歯科用材料、歯科用材料キットおよび接着性組成物の保管方法に関する。
【背景技術】
【0002】
(メタ)アクリレートをベースにした材料は、塗料、印刷材料、接着材、歯科材料などの幅広い分野で使用されている。例えば歯科分野においては、ボンディング材、レジンセメント、レジン強化型グラスアイオノマー、コンポジットレジンなど各種材料に応用されている。これらの材料は通常、ラジカル重合によって硬化される。ラジカルの発生は、光重合開始剤、熱重合開始剤、化学(レドックス)重合開始剤から選ばれる、1種または複数の用途に適した重合開始剤によって行われる。
【0003】
これらの重合開始剤の中で、化学重合開始剤は、光や熱の刺激を与えることのできない場合に特に有用である。化学重合開始剤は、接触すると直ちに反応し得る還元剤と酸化剤との組合せを含むため、通常は、二以上に分けて保管される。保管される形態としては、ペースト/ペースト、液体/液体、粉体/液体の組みあわせであり、これらが混合された後、還元剤と酸化剤が反応することでラジカルが発生する。
【0004】
古くから知られている化学重合開始剤として、過酸化ベンゾイルと三級芳香族アミン化合物を組合せた開始剤が挙げられる。しかしながら過酸化ベンゾイルは、熱安定性が低いため保存安定性が悪く、三級芳香族アミン化合物は、酸の存在下において失活するため十分な重合活性が得られない。
【0005】
歯科分野において、接着性の付与などの理由から酸を必要とする材料は多い。このため、酸の存在下で高い重合活性を示す化学重合開始剤が求められてきた。酸の存在下で高い重合活性を示す化学重合開始剤としては、ハイドロパーオキサイド類、ケトンパーオキサイド類、パーオキシエステル類、ジアシルパーオキサイド類等の熱安定性の高い有機過酸化物からなる酸化剤と、アミン類、スルフィン酸化合物、チオ尿素化合物、オキシム化合物、遷移金属化合物などからなる還元剤(これらは、単独で還元剤として機能する場合と複数が組み合わされて還元剤として機能する場合があり、総称して重合促進剤と呼ばれることもある。)との組み合わせからなるものが知られている(特許文献1及び2参照)。
【0006】
これらの中でも、ハイドロパーオキサイドとチオ尿素化合物とを組み合わせた化学重合開始剤は、保存安定性が高く、酸存在下で高い活性を示すことから、特に歯科用の化学重合開始剤として好適に使用されており、チオ尿素化合物として特定の化合物を選択すること、或いは銅化合物などのチオ尿素化合物以外の重合促進剤と組み合わせることなどにより、様々な特徴を持たせることもできる。
【0007】
たとえば、特許文献3には、(a)第3級炭素と結合している1個または複数個のヒドロペルオキシド基を有するヒドロペルオキシド化合物;(b)チオ尿素誘導体;(d)促進剤として、調製物中で溶解性の銅化合物を有する、重合可能な材料を硬化させるための促進剤を有する二成分開始剤系が開示されている。そして特許文献3には、酸性基官能基有さないラジカル重合性単量体(以下、「非酸性モノマー」と称す場合がある。)及び前記二成分開始剤系を含む歯科用組成物は、酸成分の非存在下で貯蔵安定性が高く、阻害時間が短く(二成分系開始剤を混合すると直ちに重合を開始し)、酸の添加によって活性が向上するとされている。
【0008】
また、特許文献4には、ハイドロパーオキサイド化合物(a2)及び特定の構造式で表される置換ピリジルチオ尿素化合物(a3)並びに必要に応じてバナジウム化合物(a6)及び/又は銅化合物(a7)を含有する化学重合剤が開示されており、酸性基を有さないラジカル重合性単量体(非酸性モノマー)及び当該化学重合開始剤を含む硬化性組成物は、適切な硬化性を有し、かつ長期間の保存安定性に優れるものであり、更に酸性基含有ラジカル重合性単量体(以下、「酸性モノマー」と称す場合がある。)を含有するプライマーと併用することで優れた接着性を示すものであるとされている。
【0009】
さらに特許文献5には、歯科治療に対する十分な操作時間を確保でき且つ接着性に優れた歯科用硬化性組成物として、(A)酸性基含有重合性単量体を含む重合性単量体(酸性モノマー)と、(B)チオ尿素誘導体と、(D)ハイドロパーオキサイド系有機過酸化物と、(D)水溶性銅化合物と、を含む歯科用硬化性組成物が開示されている。そして、(G)アリールボレート化合物を更に配合することにより、硬化を促進させ、接着強度を向上させることができるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2017-088637号公報
【文献】国際公開WO2017/098724号パンフレット
【文献】特開2007-56020号公報
【文献】特開2014-227370号公報
【文献】特開2014-152106号公報
【文献】特開2011-121869号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
これら特許文献3乃至5に記載された重合開始剤は、重合性単量体成分等に配合されて硬化性組成物として使用されるものであるが、化学重合開始剤であるため、何れも2つ以上に分けて(分包して)保管する必要がある。そのため、重合開始剤の分割に際しては、硬化性組成物に用いる重合性単量体成分等も分割する。そして、硬化性組成物(接着性組成物)は、分割された重合性単量体成分等の各成分と、分割された化学重合開始剤の各成分とを混合した2つ以上の組成物(以下、「部分組成物」と称す場合がある)の組合せとして構成され、これら部分組成物毎に(分包して)保管するのが一般的である。また、使用直前に、分包して保管された状態の2つ以上の部分組成物を混合して全ての化学重合開始剤成分を含む硬化性組成物を調製する。これにより、混合と同時に化学重合開始剤が機能するため、硬化性組成物が重合・硬化する。
【0012】
このとき、接着に重要な働きをする酸成分は、(1)部分組成物に配合される場合もあれば、(2)部分組成物には配合せずに、2つ以上の部分組成物の組合せから構成される硬化性組成物以外のその他の組成物(以下、「硬化補助組成物」と称す場合がある)に配合される場合もある。なお、(2)後者の場合、硬化補助組成物と硬化性組成物とをこの順に使用するか、あるいは、その逆の順序で使用することにより、硬化補助組成物と硬化性組成物との界面近傍において部分的に両者が混合した組成物が形成されると考えられる。ここで、硬化性組成物が歯科用硬化性組成物である場合、硬化補助組成物としては、たとえば、プライマーなどの前処理剤が挙げられる。
【0013】
化学重合開始剤において保存安定性は重要な因子であるが、上述した使用形態においては、分包された状態の部分組成物の保存安定性が高いことが重要となる。特許文献3及び4における保存安定性も、このような分包された部分組成物の保存安定性を意味している。そして、これら特許文献では、(2)後者の例の保存安定性、すなわち、非酸性モノマーに化学重合開始剤の(分割された)成分を配合した(酸性モノマー等の酸成分を含まない)部分組成物の保存安定性が高いとされている。
【0014】
一方、前記特許文献5に開示される酸性モノマーと化学重合開始剤とを含む歯科用の硬化性組成物では、酸性モノマーの酸性基の反応性が高い。このため、硬化性組成物を2つ以上の部分組成物に分けて分包する際に、各部分組成物に配合される各成分の組み合わせには制約が生じる。たとえば、酸性モノマーとハイドロパーオキサイド系有機過酸化物との組み合わせを含む部分組成物では、長期間保管したときにゲル化が起こるため、このような成分の組合せは好ましくない。
【0015】
このような理由から、特許文献5には、硬化性組成物が、(A)重合性単量体のうち、少なくとも酸性基含有重合性単量体(酸性モノマー)を含む重合性単量体と、(B)チオ尿素誘導体と、を組み合わせて配合された部分組成物(I)と、(C)ハイドロパーオキサイド系有機過酸化物と、(D)水溶性銅化合物と、を組み合わせて配合された部分組成物(II)と、の組み合わせから構成されることが好適であると開示されている。また、特許文献5には、硬化性組成物が(E)アリールボレート化合物をさらに含む場合、(E)アリールボレート化合物が、部分組成物(II)に配合されることが開示されている。
【0016】
上記特許文献5に開示されている硬化性組成物、特に(E)アリールボレート化合物を含む硬化性組成物は、歯科用途に適した操作時間を確保できる上に、接着性および硬化性も優れている。このため、この硬化性組成物は、歯科用レジンセメントや歯科用接着剤などの歯科用材料として有用である。しかし、この硬化性組成物の保存安定性については、特許文献5には何らの検討結果も示されていない。そこで、本発明者らが、この硬化性組成物の保存安定性について検討を行った。その結果、本発明者らは、部分組成物(II)については、比較的高温下で長期間保存した場合にはゲル化が起こってしまうことを確認した。
【0017】
このような状況に鑑み、本発明者等は、前記特許文献5に開示されるような、酸性モノマー及び非酸性モノマー並びに化学重合開始剤を含む接着性組成物であって、それぞれ成分の異なる組成物として2つに分けて(2分包されて)保管(保存)され、使用時にこれら組成物を混合して前記硬化性組成物として硬化させることにより接着性を発現する接着性組成物について、高い重合活性及び硬化性と高い保存安定性とを両立させることができる接着性組成物を開発すべく検討を行った。そして、そのような効果を有する接着性組成物として、酸性モノマーを含む重合性単量体に「チオ尿素化合物、パーオキシエステル、二価の銅化合物及びアリールボレート化合物を含み、ハイドロパーオキサイドを実質的に含有しない化学重合開始剤」(以下、単に「パーオキシエステル系化学重合開始剤」ともいう。)を配合した接着性組成物を見出すことに成功し、既に提案している(特願2017-249143及び特願2018-073435)。
【0018】
上記接着性組成物は、上記パーオキシエステル系化学重合開始剤を構成する各成分を互いに化学的に接触不可能な状態に維持された2つの組成物(以下、「部分開始剤組成物」と称す場合がある)に分割して前記部分組成物を調製するに際し、前記(a)チオ尿素化合物と、前記(d)アリールボレート化合物とを主成分として含むと共に、有機過酸化物を実質的に含まない第一の部分組成物と、前記(b)パーオキシエステルと、前記(c)二価の銅化合物と、前記(e)酸性基含有重合性単量体とを主成分として含むと共に、ハイドロパーオキサイドを実質的に含まない第二の部分組成物と、を分包してキット化し、それを使用時に混合するようにした場合には、何れの部分組成物の保存安定性を高くすることができるという効果を奏する優れたものである。
【0019】
ところが、本発明者等が上記接着性組成物について更に検討を行った結果、水の非存在下で使用した場合には高い接着性能を発揮するものの、歯科用セメントとして、水を多く含有する象牙質に適用したときの接着強さが不十分となる傾向があることが明らかとなった。
【0020】
そこで、本発明は、酸性モノマーを含む重合性単量体に前記パーオキシエステル系化学重合開始剤を配合した接着性組成物について、水の非存在下での重合活性を維持したまま、前記の優れた特徴を損なわずに水分存在下での重合活性を向上させること、具体的には、(i)酸成分が存在する系中での化学重合に用いられると共に、使用前の状態では化学重合開始剤を構成する各成分が、部分開始剤組成物に分割して配合されている化学重合開始剤において、高い保存安定性と、水の非存在下のみならず水の存在下における高い重合活性とを有する化学重合開始剤、(ii)当該化学重合開始剤を用いた接着性組成物、接着性組成物キット、歯科用材料および歯科用材料キット、ならびに、(iii)当該接着性組成物の保管方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
上記課題は以下の本発明により達成される。すなわち、
本発明の化学重合開始材は、(a)チオ尿素化合物、(b)パーオキシエステル、(c)無機過酸化物、(d)二価の銅化合物及び(e)アリールボレート化合物を含み、ハイドロパーオキサイドを実質的に含せず、前記(a)チオ尿素化合物が、下記一般式(1)で示される化合物であることを特徴とする。
【0024】
【0025】
〔式(1)中、R1、R2及びR3は、それぞれ水素原子、置換または無置換のアルキル基、置換または無置換のシクロアルキル基、置換または無置換のアリール基、置換または無置換の複素環基、置換または無置換のアシル基、置換または無置換のアラルキル基、または、置換または無置換のアルケニル基であり、R2は、R1およびR3から選択されるいずれかの基と結合して環を形成していてもよい。〕
本発明の化学重合開始剤の他の実施形態は、(b)パーオキシエステルが、10時間半減期温度が80℃以上であるパーオキシエステルであることが好ましい。
【0026】
本発明の化学重合開始剤の他の実施形態は、(c)無機過酸化物が、ペルオキソ二硫酸塩であることが好ましい。
【0027】
本発明の化学重合開始剤の他の実施形態は、(d)二価の銅化合物が、二価の銅原子と、二価の銅原子に配位する配位子とを含み、配位子が、ハロゲン原子、酸素原子を含む原子団、および、窒素原子を含む原子団からなる群より選択され、配位子が酸素原子を含む原子団である場合は、酸素原子を含む原子団が、酸素原子を介して二価の銅原子に配位し、配位子が窒素原子を含む原子団である場合は、窒素原子を含む原子団が、窒素原子を介して二価の銅原子に配位していることが好ましい。
【0028】
本発明の接着性組成物は、本発明の化学重合開始剤と、(f)酸性基含有重合性単量体とを含み、ハイドロパーオキサイドを実質的に含まないことを特徴とする。
【0030】
本発明の接着性組成物の他の実施形態は、(g)酸性基非含有重合性単量体をさらに含むことが好ましい。
【0031】
本発明の接着性組成物キットは、第一の部分組成物と、第一の部分組成物と物理的に接触不可能な状態の第二の部分組成物との組み合わせから構成され、第一の部分組成物と第二の部分組成物との組み合わせの全体が、本発明の接着性組成物を構成し、前記第一の部分組成物が、本発明の接着性組成物における前記6つの成分:(a)~(f)のうち、前記(a)チオ尿素化合物と、前記(e)アリールボレート化合物とを主成分として含むと共に、有機過酸化物を実質的に含まず、前記第二の部分組成物が、前記6つの成分のうち、前記(b)パーオキシエステルと、前記(c)無機過酸化物と、前記(d)二価の銅化合物と、前記(f)酸性基含有重合性単量体とを主成分として含むと共に、ハイドロパーオキサイドを実質的に含まない、ことを特徴とする。
【0032】
本発明の接着性組成物キットの一実施形態は、第一の部分組成物および第二の部分組成物から選択される少なくとも一方の組成物が、(g)酸性基非含有重合性単量体をさらに含むことが好ましい。
【0033】
本発明の接着性組成物キットの他の実施形態は、第一の部分組成物および第二の部分組成物から選択される少なくとも一方の組成物が、(h)充填材をさらに含むことが好ましい。
【0034】
本発明の接着性組成物キットの他の実施形態は、第一の部分組成物が、(a)チオ尿素化合物と、(e)アリールボレート化合物と、(g)酸性基非含有重合性単量体と、(h)充填材とのみからなり、第二の部分組成物が、(b)パーオキシエステルと、(c)無機過酸化物と、(d)二価の銅化合物と、(f)酸性基含有重合性単量体と、(g)酸性基非含有重合性単量体と、(h)充填材とのみからなり、(a)チオ尿素化合物が、アセチルチオ尿素のみからなり、(b)パーオキシエステルが、t-ブチルパーオキシ-3,5,5-トリメチルヘキサノエートのみからなり、(c)無機過酸化物が、ペルオキソ二硫酸ナトリウムのみからなり、(d)二価の銅化合物が、酢酸銅(II)一水和物のみからなり、(e)アリールボレート化合物が、テトラフェニルホウ素のナトリウム塩のみからなることが好ましい。
【0035】
本発明の接着性組成物キットの他の実施形態は、第一の部分組成物が、(a)チオ尿素化合物と、(e)アリールボレート化合物と、(g)酸性基非含有重合性単量体と、(h)充填材とのみからなり、第二の部分組成物が、(b)パーオキシエステルと、(c)無機過酸化物と、(d)二価の銅化合物と、(f)酸性基含有重合性単量体と、(g)酸性基非含有重合性単量体と、(h)充填材とのみからなり、(a)チオ尿素化合物が、ベンゾイルチオ尿素のみからなり、(b)パーオキシエステルが、t-ブチルパーオキシ-3,5,5-トリメチルヘキサノエートのみからなり、(c)無機過酸化物が、ペルオキソ二硫酸ナトリウムのみからなり、(d)二価の銅化合物が、酢酸銅(II)一水和物のみからなり、(e)アリールボレート化合物が、テトラフェニルホウ素のナトリウム塩のみからなることが好ましい。
【0036】
本発明の歯科用材料は、本発明の接着性組成物を含むことを特徴とする。
【0037】
本発明の歯科用材料キットは、本発明の接着性組成物キットを含むことを特徴とする。
【0038】
本発明の接着性組成物の保管方法は、本発明の接着性組成物が、第一の部分組成物と、第二の部分組成物とに分包された状態で保管され、第一の部分組成物が、(a)チオ尿素化合物と、(b)パーオキシエステルと、(c)無機過酸化物と、(d)二価の銅化合物と、(e)アリールボレート化合物と、(f)酸性基含有重合性単量体とからなる6つの成分のうち、(a)チオ尿素化合物と、(e)アリールボレート化合物とを主成分として含むと共に、有機過酸化物を実質的に含まず、第二の部分組成物が、6つの成分のうち、(b)パーオキシエステルと、(c)無機過酸化物と、(d)二価の銅化合物と、(e)酸性基含有重合性単量体とを主成分として含むと共に、ハイドロパーオキサイドを実質的に含まない、ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0039】
本発明によれば、(i)酸成分が存在する系中での化学重合に用いられると共に、使用前の状態では化学重合開始剤を構成する各成分が、互いに化学的に接触不可能な状態に維持された2つ以上の部分開始剤組成物に分割して配合されている化学重合開始剤において、高い保存安定性と、水の存在の有無や多寡に拘わらず高い重合活性とを有する化学重合開始剤、(ii)当該化学重合開始剤を用いた接着性組成物、接着性組成物キット、歯科用材料および歯科用材料キット、ならびに、(iii)当該接着性組成物の保管方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0040】
I.化学重合開始剤
本実施形態の化学重合開始剤は、(a)チオ尿素化合物、(b)パーオキシエステル、(c)無機過酸化物、(d)二価の銅化合物及び(e)アリールボレート化合物を含むことを特徴とする。
【0041】
本実施形態の化学重合開始剤は、酸成分が存在する系中での化学重合に用いられる。そして、化学重合開始剤を使用する前の状態では化学重合開始剤を構成する各成分が、互いに化学的に接触不可能な状態に維持された2つ以上の部分開始剤組成物の組合せから構成される。また、2つ以上の部分開始剤組成物から選択される少なくともいずれかの部分開始剤組成物は酸成分と混合した状態で存在する。
【0042】
なお、本願明細書において、「化学的に接触不可能な状態」とは、(1)一の組成物と他の組成物とが「物理的に接触不可能な状態」である場合、あるいは、(2)一の組成物と他の組成物とが物理的に接触可能な状態であっても、一の組成物と他の組成物との間で一方向あるいは双方向の分子拡散が生じない場合を意味する。後者(2)の具体例としては、化学重合開始剤を保管する際の温度環境において、一の組成物と他の組成物とが完全に固化した状態で互いに接触している状態などが挙げられる。
【0043】
また、本願明細書において、「物理的に接触不可能な状態」とは、一の組成物と他の組成物とが両者間での分子拡散を阻害する阻害部材によって分離されている状態を意味する。阻害部材としては、一般的には、容器や袋の素材として好適に用いられる樹脂、ガラス、金属、セラミックスなどの固体部材が用いられるが、一の組成物と他の組成物との間の分子拡散を阻害できるのであれば、液体を用いてもよいし、気体を用いてもよい。「物理的に接触不可能な状態」の典型例としては、たとえば、外気および外光を遮断する容器内に密封された状態で1種類の組成物が保管されている状態が挙げられる。
【0044】
高い保存安定性と高い重合活性とを有する化学重合開始剤を得るために、本発明者らは、特許文献5に開示された酸成分を含む硬化性組成物に配合されている典型的な化学重合開始剤(ハイドロパーオキサイド、チオ尿素化合物、銅化合物およびアリールボレート化合物の組み合わせからなる化学重合開始剤)について検討した。その結果、本発明者らは、(i)多種多様な有機過酸化物の中でパーオキシエステルは、(酸成分と有機過酸化物とを共存させるとゲル化が起こることが間々あり、保存安定性を高くすることが難しいという経験則に反し、)特異的に酸性モノマーと安定に共存し得ることと、(ii)特許文献5に開示された化学重合開始剤において、ハイドロパーオキサイドの代わりにパーオキシエステルを選択し、更にこれを二価の銅化合物と併用すると、酸成分の存在下において高い重合活性が得られることと、(iii)このようなパーオキシエステルと二価の銅化合物とを含む化学重合開始剤を用いた接着性組成物(硬化性組成物)において高い硬化性および/または接着性が得られることと、更に(iv)パーオキシエステルの一部を無機過酸化物に置き換えた場合には、水の存在下においてもて高い硬化性および/または接着性が得られることと、を見出した。
【0045】
また、本発明者らは、上述した特許文献5に記載の化学重合開始剤を改良して得られた本実施形態の化学重合開始剤において、この化学重合開始剤を2つの部分開始剤組成物の組合せから構成し、各々の部分開始剤組成物を構成する成分の組合せを特定のものとした際に、各々の部分開始剤組成物の保存安定性が高くなることを見出した。ここで、本実施形態の化学重合開始剤において、高い保存安定性が得られる部分開始剤組成物の組合せとしては、特に制限されるものではない。しかしながら、本実施形態の化学重合開始剤が2つ以上の部分開始剤組成物から構成される場合、複数種類の部分開始剤組成物のうち、パーオキシエステルを少なくとも含む部分開始剤組成物(但し、酸成分と混合される部分開始剤組成物に限る)がハイドロパーオキサイドを実質的に含まないことが好ましい。
【0046】
なお、実用上の観点からは、本実施形態の化学重合開始剤は2つの部分開始剤組成物の組合せから構成されることが好適である。この場合、保存安定性をより高くできる2つの部分開始剤組成物の組合せとしては、下記に示す組成を有する第一の部分開始剤組成物と第二の部開始剤組成物との組み合わせが特に好適である。
【0047】
<第一の部分開始剤組成物>
1.主成分として含まれる成分
(a)チオ尿素化合物
(e)アリールボレート化合物
2.実質的に含まれない成分
・有機過酸化物
<第二の部分開始剤組成物>
1.主成分として含まれる成分
(b)パーオキシエステル
(c)無機過酸化物
(d)二価の銅化合物
2.実質的に含まれない成分
・ハイドロパーオキサイド
<酸成分と混合される部分開始剤組成物>
・第二の部分開始剤組成物。
【0048】
ここで、本実施形態の化学重合開始剤を用いた接着性組成物あるいは接着性組成物キットを調製する場合、第一の部分開始剤組成物を含む第一の部分組成物と、第二の部分開始剤組成物を含む第二の部分組成物との組み合わせとして構成される。
【0049】
なお、本願明細書において「主成分」とは、2つの組成物の組合せの全体に含まれる特定の成分の全量を100質量%とした場合において、2つの組成物のうちのいずれか一方側にのみ特定の成分が98質量%以上配合されていることを意味する。たとえば、2つの組成物のうちの一方の組成物に特定の成分が98質量%含まれる場合、特定の成分は、一方の組成物の主成分である。この場合、2つの組成物のうちの他方の組成物には特定の成分の残りの量(2質量%)が含まれる。一方の組成物に主成分として含まれる特定の成分は98質量%以上であればよいが、99質量%以上が好ましく、99.5質量%以上がより好ましく、99.9質量%以上がさらに好ましく、100質量%が最も好ましい。
【0050】
また、本実施形態の化学重合開始剤が2つの部分開始剤組成物の組合せから構成される場合、さらには、本実施形態の化学重合開始剤を用いた接着性組成物および接着性組成物キットが2つの部分組成物の組合せから構成される場合、本願明細書において「有機過酸化物が実質的に含まれない」および「パーオキシエステルを実質的に含まない」とは以下に説明する内容を意味する。
【0051】
すなわち、第一の部分開始剤組成物およびこれを含む第一の部分組成物において、「有機過酸化物が実質的に含まれない」とは、(a)チオ尿素化合物(すなわち還元剤)が含まれる部分開始剤組成物(および当該部分開始剤組成物を含む部分組成物)中において、(1)有機過酸化物(酸化剤)を含有しない場合(有機過酸化物の含有量が0質量%)、あるいは、(2)(1)有機過酸化物を含有しない場合と比較したときにおいて、保存安定性について明らかな有意差が認められない範囲で微量の有機過酸化物が含有される場合、を意味する。ここで、上記(2)に示す場合、部分開始剤組成物に含まれる(a)チオ尿素化合物の含有量に対して、有機過酸化物の含有量がモル比で0を超え1/100以下であることが好ましく0を超え1/500以下であることがより好ましい。
【0052】
また、第二の部分開始剤組成物およびこれを含む第二の部分組成物において、「ハイドロパーオキサイドを実質的に含まない」とは、(b)パーオキシエステルが少なくとも含まれる部分開始剤組成物(およびこの部分開始剤組成物と酸成分とを含む部分組成物)中において、(1)ハイドロパーオキサイドを含有しない場合(ハイドロパーオキサイドの含有量が0質量%)、あるいは、(2)(1)ハイドロパーオキサイドを含有しない場合と比較したときにおいて、保存安定性および重合活性について明らかな有意差が認められない範囲で微量のハイドロパーオキサイドが化学重合開始剤に含有される場合、を意味する。ここで、上記(2)における微量のハイドロパーオキサイドの量は、第二の部分組成物中の酸性モノマーの種類や量などにもよるため一概に規定することはできないが、たとえば第二の部分開始剤組成物に含まれる(b)パーオキシエステル(PE)とハイドロパーオキサイド(HP)とのモル比:HP/PEで表すと、通常は0を超え2/100以下程度の範囲であり、より好ましくは0を超え1/300以下程度の範囲である。
【0053】
本実施形態の化学重合開始剤において、上述した高い重合活性が得られる理由は必ずしも明らかではないが、本発明者らは以下のように推測している。まず、本発明者らは、銅化合物として一価の銅化合物のみを使用した場合、(i)化学重合開始剤やこれを用いた接着性組成物を構成する各種成分をどのように組み合わせても保存安定性を高くすることができないこと、および、(ii)第一の部分開始剤組成物を含む第一の部分組成物と、第二の部分開始剤組成物を含む第二の部分組成物とを各々調製した直後に混合した場合には十分な接着性が得られない傾向があること、を確認した。
【0054】
この事実からは、本実施形態の化学重合開始剤が高い重合活性を示す理由は、以下のとおりであると推測される。まず、水の非存在下又は存在する水の量が極めて少ない環境下においては、第一の部分開始剤組成物(あるいは第一の部分組成物)と、第二の部分開始剤組成物(あるいは第二の部分組成物)とを混合した場合、まずチオ尿素化合物が、二価の銅化合物に接触することにより二価の銅化合物を構成する二価の銅原子に配位すると同時に二価の銅原子を一価に還元する。次に、この還元反応により得られた銅錯体と、疎水性の高いパーオキシエステルが接触することにより高活性な(ラジカルを発生させ易い)活性錯合体が形成される。そして、ラジカル発生を伴うレドックス反応により一価の銅原子は再び二価に酸化される。このように、一旦、一価に還元された銅原子が再び二価に酸化されることで、(失活したり消費されたりすることなく触媒的に)前記活性錯合体の形成に再利用されるという循環プロセスが繰り返されるため、本実施形態の化学重合開始剤が高い重合活性を示すものと推測される。パーオキシエステルは親水性が乏しいため、水が比較的多く存在する環境下では、上記機構は作用し難くなるが、親水性の高い無機過酸化物が代わりに前記銅錯体に作用して同様の活性錯合体を形成することにより水が存在する場合でも高い重合活性を示すようになるものと推測される。すなわち、水の少ない部分ではパーオキシエステルが主に機能し、水の多い部分では無機過酸化物が主に機能することにより、水の存在量に拘わらず高い活性が得られたものと考えられる。
【0055】
また、本実施形態の化学重合開始剤はアリールボレート化合物を含む。このため、本実施形態の化学重合開始剤を含む接着性組成物(硬化性組成物)あるいは接着性組成物キット(硬化性組成物キット)においては、アリールボレート化合物に起因して接着性組成物あるいは接着性組成物キットの硬化性および/または接着性をより向上させることができる。
【0056】
また、本発明者らが検討したところ、特許文献5に開示の化学重合開始剤およびこれを用いた硬化性組成物と比較して、本実施形態の化学重合開始剤およびこれを用いた接着性組成物あるいは接着性組成物キットは、保存安定性にも優れていることを確認した。特に、第一の部分開始剤組成物を含む第一の部分組成物と、第二の部分開始剤組成物を含む第二の部分組成物との組み合わせから構成される本実施形態の接着性組成物あるいは接着性組成物キットは、本実施形態の接着性組成物を構成する各成分を二つの部分組成物に分割する際に考え得る多様な組み合わせの中で特に高い保存安定性を示す。本実施形態の化学重合開始剤およびこれを用いた接着性組成物および接着性組成物キットの保存安定性が高くなる主要因は、本発明者等によって確認された“酸モノマーと安定に共存できる”という特異性を有するパーオキシエステルをハイドロパーオキサイドの代わりに用いた点にあると思われる。なお、無機過酸化物は水が存在しない系においては殆ど不活性であると考えられる。また、意図的に添加したり雰囲気の水分を吸湿したりする等により、水を含有するようになった場合であっても周囲に還元剤が存在しなければ保存安定性には殆ど影響を与えない。しかし、水存在系においてチオ尿素化合物などの還元剤が共存する場合には、僅かに反応し、ゲル化の原因となり得る。
【0057】
次に、本実施形態の化学重合開始剤に用いられる(a)チオ尿素化合物、(b)パーオキシエステル、(c)無機過酸化物、(d)二価の銅化合物、(e)アリールボレート化合物に加え、さらに、(a)-(e)成分以外に必要に応じてさらに添加可能なその他の成分について以下に詳細を説明する。
【0058】
<(a)チオ尿素化合物>
チオ尿素化合物とは、=N-C(=S)-N=の構造を有する化合物を指す。中でも、下記一般式(1)で示されるチオ尿素化合物を使用する。
【0059】
【0060】
ここで、一般式(1)中、R1、R2及びR3は、それぞれ、水素原子、置換又は無置換のアルキル基、置換又は無置換のシクロアルキル基、置換又は無置換のアリール基、置換又は無置換の複素環基、置換又は無置換のアシル基、置換又は無置換のアラルキル基、または、置換又は無置換のアルケニル基であり、R2は、R1およびR3から選択されるいずれかの基と結合して環を形成していてもよい。
【0061】
置換又は無置換のアルキル基としては、直鎖状アルキル基あるいは分岐状アルキル基のいずれでもよいが、炭素数炭素数1~30のアルキル基が好ましく、炭素数炭素数1~5のアルキル基がより好ましい。また、当該アルキル基を構成する水素原子が置換基により置換されている場合、この置換基としては、(a)フッ素原子、塩素原子、臭素原子等のハロゲン原子、(b)水酸基、(c)ニトロ基、(d)シアノ基、(e)フェニル基、ニトロフェニル基、クロロフェニル基等の炭素数6~10のアリール基、(f)メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基等の炭素数1~5のアルコキシ基、(g)アセチル基等の炭素数2~5のアシル基、(h)テトラヒドロフラン基等が例示される。また当該置換基の数及び位置も特に限定されないが、当該置換基の数については、3つ以下が好ましく、1つがより好ましい。
【0062】
置換又は無置換のシクロアルキル基としては、単環構造、および、2もしくは3つの単環が結合した多環構造から選択されるいずれかの環構造を有し、かつ、炭素数が3~14(但し、当該炭素数からは、置換基を構成する炭素原子を除く)であるシクロアルキル基が好ましい。また、当該シクロアルキル基を構成する水素原子が置換基により置換されている場合、この置換基としては、上記アルキル基の置換基として例示された基(a)~(h)、および、(i)メチル基、エチル基、ブチル基等の炭素数1~5のアルキル基が例示される。また、当該置換基の数及び位置も特に限定されないが、当該置換基の数については、3つ以下が好ましく、1つがより好ましい。
【0063】
置換又は無置換のアリール基としては、単環構造、および、2もしくは3つの単環が縮合した縮合多環構造から選択されるいずれかの環構造を有し、かつ、炭素数が6~14(但し、当該炭素数からは、置換基を構成する炭素原子を除く)であるアリール基が好ましい。当該アリール基を構成する水素原子が置換基により置換されている場合、この置換基としては、上記シクロアルキル基の置換基として例示された基(a)~(i)を挙げることができる。また、当該置換基の数及び位置も特に限定されないが、当該置換基の数については、3つ以下が好ましく、1つがより好ましい。
【0064】
置換又は無置換の複素環基としては、単環構造、および、2もしくは3つの単環が縮合した縮合多環構造から選択されるいずれかの環構造を有し、かつ、当該環構造の骨格を構成する原子数が3~14の複素環基が好ましい。当該複素環基を構成する水素原子が置換基により置換されている場合、この置換基としては、上記シクロアルキル基の置換基(a)~(i)として例示された基を挙げることができる。また、当該置換基の数及び位置も特に限定されないが、当該置換基の数については、3つ以下が好ましく、1つがより好ましい。
【0065】
また、置換又は無置換のアシル基としては、炭素数が2~20のものが好ましい。当該アシル基を構成する水素原子が置換基により置換されている場合、この置換基としては、上記シクロアルキル基で例示した置換基(a)~(i)を挙げることができる。
【0066】
また、置換又は無置換のアラルキル基としては、炭素数が7~20のもの(但し、当該炭素数からは、置換基を構成する炭素を除く)が好ましい。当該アラルキル基を構成する水素原子が置換基により置換されている場合、この置換基としては、上記シクロアルキル基で例示した置換基(a)~(i)を挙げることができる。
【0067】
また、置換又は無置換のアルケニル基としては、炭素数が7~20のもの(但し、当該炭素数からは、置換基を構成する炭素を除く)が好ましい。当該アルケニル基を構成する水素原子が置換基により置換されている場合、この置換基としては、上記シクロアルキル基で例示した置換基(a)~(i)を挙げることができる。
【0068】
また、R1とR2とが結合して形成される環としては、エチレンイミン、アザシクロブタン、ピロリジン、ピペリジン、ヘキサメチレンイミン等が挙げられる。R1とR3とは結合して形成される環としては、エチレンチオ尿素、プロピレンチオ尿素、ブチレンチオ尿素等が挙げられる。
【0069】
一般式(1)で示されるチオ尿素化合物の中でも、保存安定性の観点から、R1、R2及びR3のうち少なくとも2つの基が水素原子であり、残りの1つの基が置換基であることが好ましい。例えば、R2とR3とが水素原子であり、R1がアシル基であるチオ尿素化合物が最も好適である。
【0070】
好適に使用できるチオ尿素化合物としては、チオ尿素、メチルチオ尿素、エチルチオ尿素、n-プロピルチオ尿素、イソプロピルチオ尿素、シクロヘキシルチオ尿素、ベンジルチオ尿素、フェニルチオ尿素、アセチルチオ尿素、ベンゾイルチオ尿素、アダマンチルチオ尿素、1-(2-ピリジル)-2-チオ尿素、1-(2-テトラヒドロフルフリル)-2-チオ尿素、N,N’-ジメチルチオ尿素、N,N’-ジエチルチオ尿素、N,N’-ジ-n-プロピルチオ尿素、N,N’-ジ-イソプロピルチオ尿素、N,N’-ジシクロヘキシルチオ尿素、N,N’-ジフェニルチオ尿素、トリメチルチオ尿素、トリエチルチオ尿素、トリ-n-プロピルチオ尿素、トリイソプロピルチオ尿素、トリシクロヘキシルチオ尿素、テトラメチルチオ尿素、テトラエチルチオ尿素、テトラ-n-プロピルチオ尿素、テトライソプロピルチオ尿素、テトラシクロヘキシルチオ尿素、エチレンチオ尿素、4,4’-ジメチルエチレンチオ尿素等を挙げることができる。最も好適なチオ尿素化合物の具体例としては、アセチルチオ尿素またはベンゾイルチオ尿素が挙げられる。
【0071】
また、チオ尿素化合物は、1種類のみを用いてもよく、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。2種以上のチオ尿素化合物を使用する場合、基準となる質量は、それらチオ尿素化合物の合計質量である。
【0072】
本実施形態の化学重合開始剤において、前記(a)チオ尿素化合物の配合量は、特に制限されるものではないが、(b)パーオキシエステル100質量部当たり、4質量部~4800質量部とすることが好ましい。この範囲を満足することにより、高い重合活性と、高い保存安定性を発揮することができる。より高い重合活性と、より高い保存安定性とを発揮するためには、パーオキシエステル100質量部当たり、13質量部~875質量部とすることがより好ましく、27質量部~600質量部とすることがさらに好ましい。
【0073】
<(b)パーオキシエステル>
(b)パーオキシエステルとは、R-C(=O)-O-O-R’(ただし、R、R’は任意の有機基)またはR-O-C(=O)-O-O-R’(ただし、R、R’は任意の有機基)で示される構造を有する化合物である。本実施形態の化学重合開始剤では、このような構造を有するパーオキシエステルが特に制限なく使用できる。好適に使用できるパーオキシエステルを具体的に例示すれば、クミルパーオキシネオデカノエート、1,1,3,3-テトラメチルブチルパーオキシデカノエート、t-ヘキシルパーオキシネオデカノエート、t-ブチルパーオキシネオデカノエート、t-ヘキシルパーオキシピバレート、t-ブチルパーオキシピバレート、1,1,3,3-テトラメチルブチルパーオキシ-2-エチルヘキサノエート、2,5-ジメチル2,5-ジ(2-エチルヘキサノイルパーオキシ)ヘキサン、t-ヘキシルパーオキシ-2-エチルヘキサノエート、t-ブチルパーオキシ-2-エチルヘキサノエート、t-ヘキシルパーオキシイソプロピルモノカーボネート、t-ブチルパーオキシ-3,5,5-トリメチルヘキサノエート、t-ブチルパーオキシラウレート、t-ブチルパーオキシイソプロピルモノカーボネート、t-ブチルパーオキシ-2-エチルヘキシルモノカーボネート、t-ヘキシルパーオキシベンゾエート、2,5-ジ(ベンゾイルパーオキシ)ヘキサン、t-ブチルパーオキシアセテート、t-ブチルパーオキシ-3-メチルベンゾエート、t-ブチルパーオキシベンゾエート等を挙げことができる。これらの中でも、重合活性及び保存安定性の観点から、10時間半減期温度が80℃以上のパーオキシエステルが好適に用いられ、t-ブチルパーオキシ-3,5,5-トリメチルヘキサノエート、t-ブチルパーオキシラウレート、t-ブチルパーオキシ-2-エチルヘキシルモノカーボネート、t-ブチルパーオキシアセテート、t-ブチルパーオキシベンゾエート等が特に好適に用いられる。
【0074】
前記(b)パーオキシエステルは1種類のみを用いてもよく、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。2種以上の(b)パーオキシエステルを使用する場合、基準となる質量は、それら(b)パーオキシエステルの合計質量である。
【0075】
<(c)無機過酸化物>
(c)無機過酸化物としては、過酸化リチウム、過酸化カリウム、過酸化マグネシウム、過酸化カルシウム、過酸化バリウム、過酸化亜鉛、ペルオキソ二硫酸塩、ペルオキソ二リン酸塩等、公知の無機過酸化物が特に制限なく使用できる。重合活性の観点からは、ペルオキソ二硫酸ナトリウム、ペルオキソ二硫酸カリウム、ペルオキソ二硫酸アンモニウムなどのペルオキソ二硫酸塩を使用するのが好適であり、特にペルオキソ二硫酸カリウム、ペルオキソ二硫酸ナトリウムを使用することが好ましい。
本発明の化学重合開始剤における、前記(c)無機過酸化物の配合量は、高い重合活性と、高い接着強さを発揮することができるという理由から、(b)パーオキシエステル100質量部当たり、7質量部~20000質量部、特に17質量部~3300質量部とすることが好ましく、55質量部~1300質量部とすることが最も好ましい。
【0076】
<(d)二価の銅化合物>
本実施形態の化学重合開始剤では、銅化合物として二価の銅化合物を使用する。なお、本実施形態の化学重合開始剤では、二価の銅化合物と共に一価の銅化合物を併用することもできるが、保存安定性の観点からは、本実施形態の化学重合開始剤中に一価の銅化合物は保存安定性に影響が出ない程度に微量含有される程度に留まるか、あるいは、実質的に含有されないことが好ましい。この場合、特に、第二の部分開始剤組成物中に一価の銅化合物が実質的に含有されないことが好ましい。第二の部分開始剤組成物中に一価の銅化合物が含有される場合、一価の銅化合物がパーオキシエステルの還元剤として作用し、保存安定性が劣化する場合がある。
【0077】
(d)二価の銅化合物は、水和物であっても無水物であってもよい。好適に使用できる二価の銅化合物を例示すれば、塩化銅(II)、硫酸銅(II)五水和物、硝酸銅(II)、トリフルオロメタン硫酸銅(II)、酢酸銅(II)一水和物、アセチルアセトン銅(II)、ナフテン酸銅(II)、サリチル酸銅(II)、安息香酸銅(II)、メタクリル酸銅(II)、フタル酸ブチル銅(II)、グルコン酸銅(II)、ジクロロ(1,10-フェナントロリン)銅(II)、エチレンジアミン四酢酸銅(II)二ナトリウム四水和物、ジメチルジチオカルバミン酸銅(II)、ジエチルチオカルバミン酸銅(II)、ヘキサフルオロアセチルアセトナト銅(II)、ビス(1,3-プロパンジアミン)銅(II)ジクロリド、ビス(8-キノリノラト)銅(II)、等を挙げることができる。これら二価の銅化合物は1種類のみを用いてもよく、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
【0078】
これら二価の銅化合物の中でも、保存安定性の高さと、(b)チオ尿素化合物との作用性の高さとから、二価の銅化合物を構成する二価の銅原子に配位する配位子が、(i)ハロゲン原子、(ii)酸素原子を含む原子団、または、(iii)窒素原子を含む原子団であることが好ましい。特に、配位子としては、(ii)酸素原子を含む原子団であることがより好ましく、このような配位子を有する二価の銅化合物としては、たとえば、硫酸銅(II)、酢酸銅(II)一水和物、アセチルアセトン銅(II)が挙げられる。なお、(ii)配位子が酸素原子を含む原子団である場合は、酸素原子を含む原子団が、酸素原子を介して前記二価の銅原子に配位し、(iii)配位子が窒素原子を含む原子団である場合は、窒素原子を含む原子団が、窒素原子を介して前記二価の銅原子に配位するものである。
【0079】
本実施形態の化学重合開始剤において、前記(d)二価の銅化合物の配合量(2種以上の化合物を含む場合は総配合量)は、特に制限されるものではないが、(b)パーオキシエステル100質量部当たり、0.002質量部~250質量部とすることが好ましい。この範囲を満足することにより、高い重合活性と、高い保存安定性を発揮することができる。より高い重合活性と、より高い保存安定性とを発揮するためには、パーオキシエステル100質量部当たり、0.008質量部~20質量部とすることがより好ましく、0.03質量部~8質量部とすることがさらに好ましい。
【0080】
<(e)アリールボレート化合物>
アリールボレート化合物は、分子中に少なくとも1個のホウ素-アリール結合を有する化合物であれば特に限定されないが、下記一般式(2)で示される化合物を用いることが好適である。
【0081】
【0082】
一般式(2)中、R10、R20及びR30は、それぞれ、置換又は無置換のアルキル基、置換又は無置換のアリール基、置換又は無置換のアラルキル基、または、置換又は無置換のアルケニル基であり、R40、及びR50は、それぞれ独立に、水素原子、ハロゲン原子、置換又は無置換のアルキル基、または、置換又は無置換のフェニル基であり、L+は、金属陽イオン、4級アンモニウムイオン、4級ピリジニウムイオン、4級キノリニウムイオン、または、ホスホニウムイオンである。
【0083】
一般式(2)において、R10、R20、R30として選択される置換又は無置換のアルキル基としては、直鎖状アルキル基あるいは分岐状アルキル基のいずれでもよいが、炭素数3~30、特に炭素数4~20の直鎖状アルキル基であることが好ましい。また、当該アルキル基を構成する水素原子が置換基により置換されている場合、この置換基としては、(a)フッ素原子、塩素原子、臭素原子等のハロゲン原子、(b)水酸基、(c)ニトロ基、(d)シアノ基、(e)フェニル基、ニトロフェニル基、クロロフェニル基等の炭素数6~10のアリール基、(f)メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基等の炭素数1~5のアルコキシ基、(g)アセチル基等の炭素数2~5のアシル基等が例示される。また当該置換基の数及び位置も特に限定されないが、当該置換基の数については、3つ以下が好ましく、1つがより好ましい。
【0084】
R10、R20、R30として選択される置換又は無置換のアリール基としては、単環構造、および、2もしくは3つの単環が縮合した縮合多環構造から選択されるいずれかの環構造を有し、かつ、炭素数6~14(但し、当該炭素数からは、置換基を構成する炭素原子を除く)であるアリール基であることが好ましい。当該アリール基を構成する水素原子が置換基により置換されている場合、この置換基としては、上記アルキル基の置換基として例示された基(a)~(g)、および、(h)メチル基、エチル基、ブチル基等の炭素数1~5のアルキル基が例示される。また当該置換基の数及び位置も特に限定されないが、当該置換基の数については、3つ以下が好ましく、1つがより好ましい。
【0085】
R10、R20、R30として選択される置換又は無置換のアラルキル基としては、炭素数が7~20(但し、当該炭素数からは、置換基を構成する炭素を除く)であるアラルキル基が好ましい。当該アラルキル基を構成する水素原子が置換基により置換されている場合、この置換基としては、上記アリール基の置換基として例示した基(a)~(h)を挙げることができる。
【0086】
R10、R20、R30として選択される置換又は無置換のアルケニル基としては、炭素数4~20(但し、当該炭素数からは、置換基を構成する炭素を除く)のアルケニル基が好ましい。当該アルケニル基を構成する水素原子が置換基により置換されている場合、この置換基としては、上記アルキル基の置換基として例示した基(a)~(g)を挙げることができる。
【0087】
一般式(2)において、R40、R50として選択される置換又は無置換のアルキル基としては、炭素数1~10(但し、当該炭素数からは、置換基を構成する炭素を除く)のアルキル基が好ましい。当該アルキル基を構成する水素原子が置換基により置換されている場合、この置換基としては、一般式(1)中の基R1~R3で示されるアルキル基の置換基として例示した基(a)~(h)が挙げられる。
【0088】
また、R40、R50として選択される置換又は無置換のフェニル基構成する水素原子が置換基により置換されている場合、この置換基としては、R10、R20、R30として選択されるアリール基の置換基として例示した基(a)~(h)が挙げられる。
【0089】
また、前記一般式(2)中のL+としては、金属陽イオン、4級アンモニウムイオン、4級ピリジニウムイオン、4級キノリニウムイオン、または、ホスホニウムイオンが挙げられる。ここで、(i)金属陽イオンとしては、(ia)ナトリウムイオン、リチウムイオン、カリウムイオン等のアルカリ金属陽イオン、あるいは、(ib)マグネシウムイオン等のアルカリ土類金属陽イオンなどが好適であり;、(ii)4級アンモニウムイオンとしては、テトラブチルアンモニウムイオン、テトラメチルアンモニウムイオン、テトラエチルアンモニウムイオンなどが好適であり;、(iii)4級ピリジニウムイオンとしては、メチルピリジニウムイオン、エチルピリジニウムイオンなどが好適であり;、(iv)4級キノリニウムイオンとしては、メチルキノリニウムイオン、エチルキノリニウムイオン、ブチルキノリウムイオンなどが好適であり;、(v)ホスホニウムイオンとしては、テトラブチルホスホニウムイオン、メチルトリフェニルホスホニウムイオン等の第4級ホスホニウムイオンなどが好適である。
【0090】
一般式(2)で示されるアリールボレート化合物の好適例としては、テトラフェニルボレートのナトリウム塩、リチウム塩、カリウム塩、トリエタノールアンモニウム塩、テトラブチルアンモニウム塩等を挙げることができる。
【0091】
本実施形態の化学重合開始剤において、前記(e)アリールボレート化合物の配合量は、特に制限されるものではないが、(b)パーオキシエステル100質量部当たり、10質量部~2000質量部、特に30質量部~1000質量部とすることが好ましい。このような範囲の配合量とすることにより、本実施形態の化学重合開始剤を接着性組成物あるいは接着性組成物キットに用いた際に、高い硬化性および/または接着性を得ることができる。
【0092】
<他の重合促進剤>
本実施形態の化学重合開始剤では、上述した(a)~(e)に示す5成分以外にも、必要に応じてその他任意の成分を更に組み合わせて用いてもよい。このような任意な成分としては、前記(a)及び(e)成分以外の他の重合促進剤として、芳香族スルフィン酸化合物及びバルビツール酸化合物が挙げられる。なお、これらの重合促進剤は1種類のみを用いてもよく、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
【0093】
本実施形態の化学重合開始剤において、前記他の重合促進剤、すなわち、芳香族スルフィン酸化合物及び/又はバルビツール酸化合物の合計配合量は、特に制限されるものではないが、(b)パーオキシエステル100質量部当たり、10質量部~2000質量部特に30質量部~1000質量部とすることが好ましい。
【0094】
・芳香族スルフィン酸化合物
芳香族スルフィン酸化合物として好適に使用できるものを例示すれば、p-トルエンスルフィン酸ナトリウム、ベンゼンスルフィン酸ナトリウム、2,4,6-トリメチルベンゼンスルフィン酸、2,6-ジメチルベンゼンスルフィン酸、2,6-ジイソプロピルベンゼンスルフィン酸、2,4,6-トリメチルベンゼンスルフィン酸、2,4,6-トリイソプロピルベンゼンスルフィン酸のナトリウム塩、トリエタノールアンモニウム塩、テトラエチルアンモニウム塩等を挙げることができる。これら芳香族スルフィン酸塩の中でも、反応性の高さ、重合性単量体への溶解性の高さから、ベンゼンスルフィン酸塩、および、パラトルエンスルフィン酸塩が好ましい。
【0095】
・バルビツール酸化合物
バルビツール酸化合物として好適に使用できるものを例示すれば、5-ブチルバルビツール酸、1,3,5-トリメチルバルビツール酸、1-シクロヘキシル-5-エチルバルビツール酸、及びこれらバルビツール酸類のナトリウム塩、カルシウム塩を挙げることができる。
【0096】
II.接着性組成物および歯科用材料
本実施形態の化学重合開始剤は、通常、各種の目的で利用される、酸成分を含む反応性組成物に配合して利用される。この場合、反応性組成物中の化学重合開始剤以外の成分(非化学重合開始剤成分)については、反応性組成物の用途に応じて適宜選択される。なお、酸成分は、酸無水物などの形態で存在していてもよい。
【0097】
本実施形態の化学重合開始剤を配合した反応性組成物としては、本実施形態の化学重合開始剤と、(f)酸性基含有重合性単量体(酸性モノマー)とを含む接着性組成物が特に好ましい。なお、本実施形態の接着性組成物は、通常、重合性単量体成分として、(f)酸性基含有重合性単量体に加えて、さらに(g)酸性基非含有重合性単量体(非酸性モノマー)を含むことが好ましい。この場合、(g)酸性基非含有重合性単量体は、第一の部分組成物および第二の部分組成物の少なくとも一方に含まれていればよいが、少なくとも第一の部分組成物に含まれていることが好ましく、第一の部分組成物および第二の部分組成物の両方に含まれていてもよい。
【0098】
本実施形態の接着性組成物は、歯科用材料として好適に利用でき、歯科用材料の中でも歯科用セメントあるいは歯科用接着剤として特に好適に利用できる。本実施形態の接着性組成物には、さらに必要に応じて、(h)充填材などが適宜含まれていてもよい。(h)充填材は、第一の部分組成物および第二の部分組成物の少なくとも一方に含まれていればよい。なお、本実施形態の接着性組成物に配合される各成分の配合量は、接着性組成物の用途に応じて適宜選択することができる。
【0099】
本実施形態の接着性組成物は、接着性組成物を使用する前の状態では接着性組成物を構成する各成分が、互いに化学的に接触不可能な状態に維持された2つ以上の部分組成物の組合せから構成される。そして、接着性組成物を使用する場合は、接着性組成物を構成する全種類の部分組成物を混合する。本実施形態の接着性組成物では、各々の部分組成物に配合される成分の種類等を適宜選択することで優れた保存安定性を確保できる。しかしながら、本実施形態の接着性組成物が2つ以上の部分組成物から構成される場合、保存安定性の観点からは、複数種類の部分組成物のうち、(b)パーオキシエステルと(f)酸性基含有重合性単量体とを少なくとも含む部分組成物がハイドロパーオキサイドを実質的に含まないことが好ましい。また、本実施形態の接着性組成物は、高い重合活性を有する本実施形態の化学重合開始剤を含むため、優れた硬化性および/または接着性を有する。
【0100】
なお、本実施形態の接着性組成物は、2つ以上の部分組成物の組合せから構成されていればよいが、実用上は、2つの部分組成物の組合せから構成されていることが好適である。よって、以下の説明において、本実施形態の接着性組成物が2つの部分組成物の組合せから構成されていることを前提に説明する。
【0101】
この場合、本実施形態の接着性組成物において、高い保存安定性が得られる部分組成物の組合せとしては、特に制限されるものではないが、たとえば、下記に示す組成を有する第一の部分組成物と第二の部組成物との組み合わせが特に好適である。
【0102】
<第一の部分組成物>
1.主成分として含まれる成分
(a)チオ尿素化合物
(e)アリールボレート化合物
2.実質的に含まれない成分
・有機過酸化物
<第二の部分組成物>
1.主成分として含まれる成分
(b)パーオキシエステル
(c)無機過酸化物
(d)二価の銅化合物
(f)酸性基含有重合性単量体
2.実質的に含まれない成分
・ハイドロパーオキサイド。
【0103】
上述した第一の部分組成物および第二の部分組成物の組合せから構成される本実施形態の接着性組成物に用いられる(f)酸性基含有重合性単量体は、第二の部分組成物中に主成分として配合されるため、第一の部分組成物中には実質的に含まれないことになる。また、保存安定性の観点から、第二の部分組成物は、(b)パーオキシエステルおよびハイドロパーオキサイド以外の有機過酸化物も実質的に含まないことがより好ましい。
【0104】
なお、本願明細書において、「パーオキシエステルおよびハイドロパーオキサイド以外の有機過酸化物を実質的に含まない」とは、第二の部分組成物中において、(1)パーオキシエステルおよびハイドロパーオキサイド以外の有機過酸化物(以下、本段落においてのみ「有機過酸化物」あるいは「OP」と略す)を含有しない場合(有機過酸化物の含有量が0質量%)、あるいは、(2)(1)有機過酸化物を含有しない場合と比較したときにおいて、保存安定性および重合活性について明らかな有意差が認められない範囲で微量の有機過酸化物が化学重合開始剤に含有される場合、を意味する。ここで、上記(2)に示す場合、部分開始剤組成物に含まれる(b)パーオキシエステル(PE)の含有量に対して、有機過酸化物(OP)の含有量(2種類以上の有機過酸化物の場合はその合計含有量)がモル比:OP/PEで0を超え2/100以下とすることが好ましく、0を超え1/300以下とすることがより好ましい。同様の観点から、第二の部分組成物に、ハイドロパーオキサイド(HP)および有機過酸化物(OP)の両方が微量含まれる場合、部分開始剤組成物に含まれる(b)パーオキシエステル(PE)の含有量に対して、ハイドロパーオキサイド(HP)と有機過酸化物(OP)との合計含有量がモル比:(HP+OP)/PEで0を超え2/100以下とすることが好ましく、0を超え1/300以下とすることがより好ましい。
【0105】
また、本実施形態の接着性組成物が、(g)酸性基非含有重合性単量体、(h)充填材をさらに含む場合、これらの成分は、第一の部分組成物および第二の部分組成物のいずれか一方にのみ配合されてもよく双方に配合されてもよい。
【0106】
本実施形態の接着性組成物に含まれる本実施形態の化学重合開始剤の配合量は、重合が適宜進行する有効量を使用すればよい。しかし、通常は、<I>本実施形態の接着性組成物に含まれる重合性単量体成分100質量部に対して、(a)チオ尿素化合物が0.05質量部~2.5質量部であり、前記(b)パーオキシエステルが0.005質量部~5質量部であり、(c)無機過酸化物が0.5質量部~20質量部、(d)二価の銅化合物が0.00005質量部~0.05質量部であり、(e)アリールボレート化合物が0.05質量部~6.5質量部である。
【0107】
また、本実施形態の接着性組成物を、歯科用材料(特に、歯科用セメント)として使用する場合は次の配合組成が好適である。すなわち、<II>本実施形態の接着性組成物に含まれる重合性単量体成分100質量部に対して、(a)チオ尿素化合物を0.15質量部~2質量部とすることが好ましく、(b)パーオキシエステルを0.05質量部~2.5質量部とすることが好ましく、(c)無機過酸化物が1,0質量部~10質量部、(d)二価の銅化合物を0.00025質量部~0.0025質量部とすることが好ましく、(e)アリールボレート化合物を0.25質量部~2.5質量部とすることが好ましい。このような配合量を採用することで、歯科用材料の硬化体の硬化性を確保すると共に接着強度や硬化体の機械的強度を確保することがより容易となる。
【0108】
ただし、上記<I>および<II>に示すいずれの配合組成であっても、本実施形態の接着性組成物に含まれる本実施形態の化学重合開始剤の各成分の配合割合は、(b)パーオキシエステル100質量部に対して、(a)チオ尿素化合物が4質量部~4800質量部の範囲であり、(c)無機過酸化物が0.01質量部~10質量部、(d)二価の銅化合物が0.002質量部~250質量部の範囲であり、(e)アリールボレート化合物が10質量部~2000質量部の範囲であることが好ましい。
【0109】
以下、本実施形態の接着性組成物で使用される重合性単量体成分について説明する。
<(f)酸性基含有重合性単量体(酸性モノマー)>
酸性モノマーとしては、少なくとも1つの酸性基と少なくとも1つのラジカル重合性不飽和基とを有する公知の重合性単量体が使用できる。ここで酸性基とは、この基を有するラジカル重合性単量体の水溶液または水懸濁液が酸性を呈するものであり、代表的には、カルボキシル基(-COOH)、スルホ基(-SO3H)、ホスフィニコ基{=P(=O)OH}、ホスホノ基{-P(=O)(OH)2}等のヒドロキシル基を有するものが例示される。また、このようなヒドロキシル基含有酸性基以外にも、2つのヒドロキシル含有酸性基が脱水縮合した構造の酸無水物基、ヒドロキシル基含有酸性基のヒドロキシル基がハロゲンに置換された酸ハロゲン化物基等を挙げることができる。また、ラジカル重合性不飽和基も特に限定されず、公知のものであってよい。たとえば、(メタ)アクリロイル基、(メタ)アクリロイルオキシ基、(メタ)アクリロイルアミノ基、(メタ)アクリロイルチオ基等の(メタ)アクリロイル系基、ビニル基、アリル基、スチリル基等が例示される。
【0110】
酸性モノマーとしては、重合性の観点から、(メタ)アクリル酸エステル系の酸性基含有重合性単量体が好適に使用される。この(メタ)アクリル酸エステル系の酸性基含有重合性単量体は、生体への安全性の観点で、歯科用材料に用いる場合に特に好適である。酸性モノマーは1種類のみを用いてもよく、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
【0111】
好適に使用できる酸性モノマーとしては、2-(メタ)アクリロイルオキシエチルジハイドロジェンホスフェート、ビス[2-(メタ)アクリロイルオキシエチル]ハイドロジェンホスフェート、2-(メタ)アクリロイルオキシエチルフェニルハイドロジェンホスフェート、6-(メタ)アクリロイルオキシヘキシルジハイドロジェンホスフェート、6-(メタ)アクリロイルオキシヘキシルフェニルハイドロジェンホスフェート、10-(メタ)アクリロイルオキシデシルジハイドロジェンホスフェート、1,3-ジ(メタ)アクリロイルプロパン-2-ジハイドロジェンホスフェート、1,3-ジ(メタ)アクリロイルプロパン-2-フェニルハイドロジェンホスフェート、ビス[5-{2-(メタ)アクリロイルオキシエトキシカルボニル}ヘプチル]ハイドロジェンホスフェート等を挙げることができる。
【0112】
<(g)酸性基非含有重合性単量体(非酸性モノマー)>
非酸性モノマーとしては、分子内に少なくとも1つのラジカル重合性不飽和基を有し、酸性基を有しないものであれば、特に限定されない。重合性の観点及び生体への安全性の観点からは、(メタ)アクリル酸エステル系の酸性基非含有重合性単量体が好適に使用される。非酸性モノマーは、1種類のみを用いてもよく、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。好適に使用できる非酸性モノマーとしては、メチル(メタ)アクリレート、エチレングリコールジ(メタ)アクリレート、トリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、プロピレングリコールジ(メタ)アクリレート、2,2-ビス〔4-(3-メタクリロイルオキシ)-2-ヒドロキシプロポキシフェニル〕プロパン、2,2-ビス(メタクリロイルオキシポリエトキシフェニル)プロパン、2-ヒドロキシエチルメタクリレート、2,2,4-トリメチルヘキサメチレンビス(2-カルバモイルオキシエチル)ジメタクリレート、1,10-デカンジオールジ(メタ)アクリレート等を挙げことができる。
【0113】
なお、本実施形態の接着性組成物が歯科用材料などとして使用される場合のように、接着性組成物の硬化体に、より優れた機械的強度が要求されることがある。この場合、非酸性モノマーとしては、複数のラジカル重合性基を有する二、三または四官能性ラジカル重合性単量体を用いることが好ましい。
【0114】
本実施形態の接着性組成物の重合性単量体成分における(f)酸性モノマーと(g)非酸性モノマーの配合割合は、特に限定されるものではなく、たとえば歯科用材料として使用されるときの配合割合は、酸性モノマーを含む従来の歯科用材料と同様である。なお、歯科用セメントや歯科用接着剤としての用途における一般的な配合割合は、次のとおりであり、これは、本実施形態の接着性組成物に対しても適用される。
【0115】
すなわち、本実施形態の接着性組成物を歯科用セメントとして使用する場合、上述したように(h)充填剤を含むことが一般的である。そして、この歯科用セメントに含まれる重合性単量体成分の組成は、重合性単量体成分の総質量を基準として、通常0.1質量%以上50質量%以下が(f)酸性モノマーであり、残余が(g)非酸性モノマーとされ、好ましくは1質量%以上30質量%以下が(f)酸性モノマーで、残余が(g)非酸性モノマーである。このような重合性単量体成分の組成を採用した歯科用セメントでは、歯質に対する接着性をより強固なものとし、歯質および各種材料からなる補綴物に対する接着耐久性をより一層向上させることができる。
【0116】
次に、本実施形態の接着性組成物に好適に配合できる配合剤について説明する。
<(h)充填材>
本実施形態の接着性組成物に用いることができる充填材としては、従来の歯科材料等で使用されている無機充填材、有機充填材、有機無機複合充填材などが特に制限なく利用できる。なお、硬化体の機械的強度の観点では、無機充填材や有機無機複合充填材を使用することが好ましい。充填材は1種類のみを用いてもよく、2種類以上を組合せて用いてもよい。
【0117】
充填材の形状は特に限定されず、通常の粉砕により得られる様な不定形の粒子形状を有するものであってもよいし、球状粒子であってもよい。また、充填材の平均粒径は特に限定されるものではないが、0.01μm~100μm程度が好ましく、0.1μm~50μm程度がより好ましい。
【0118】
(g)充填材の総配合量は、目的とする用途に応じて適宜決定すればよい。中でも、歯科用材料、特に歯科用セメントに使用する場合には、歯科用セメントに含まれる重合性単量体成分100質量部に対して、65質量部以上1000質量部以下配合することが好ましい。練和性や硬化体の機械的強度の観点からは、歯科用セメントに含まれる重合性単量体成分100質量部に対して、150質量部以上400質量部以下とすることがより好ましい。
【0119】
以下、各種充填材について説明する。
・無機充填材
本実施形態の接着性組成物において、特に好適に使用される無機充填材を例示すれば、各種シリカ;シリカ-チタニア、シリカ-ジルコニア等のケイ素を構成元素として含む複合酸化物;タルク、モンモリロナイト、ゼオライト、ケイ酸カルシウム等のケイ素を構成元素として含む粘土鉱物或いはケイ酸塩類(以下、これらをシリカ系フィラーと呼ぶ);フッ化イッテルビウム、フッ化イットリウム、ケイ酸塩ガラス、フルオロアルミノシリケートガラス、ランタンガラス、バリウムガラス、ストロンチウムガラス等;を挙げることができる。これら無機充填材は、重合性単量体とのなじみを良くし、得られる硬化体の機械的強度や耐水性を向上させるために、シランカップリング剤等の表面処理剤で表面処理して使用されることもある。前記シリカ系フィラーは、化学的安定性に優れており、シランカップリング剤等での表面処理が容易である。
【0120】
・有機充填材
好適に使用できる有機充填材としては、ポリメタクリル酸メチル、ポリメタクリル酸エチル、メタクリル酸メチル-メタクリル酸エチル共重合体、架橋型ポリメタクリル酸メチル、架橋型ポリメタクリル酸エチル、エチレン-酢酸ビニル共重合体、スチレン-ブタジエン共重合体、アクリロニトリル-スチレン共重合体、アクリロニトリル-スチレン-ブタジエン共重合体等を挙げることができる。
【0121】
・有機無機複合充填材
有機無機複合充填材としては、(e)酸性モノマーまたは(f)非酸性モノマーとして使用し得る重合性単量体と無機充填材とを複合化させた、有機無機複合充填材が好適に使用できる。複合化方法は、特に限定されず、また、中実なものであっても、細孔を有するものであってもよい。硬化体の機械的強度の観点からは、国際公開第2013/039169号パンプレットに記載されているような、無機凝集粒子の表面が有機重合体で被覆され、且つ細孔を有する有機無機複合充填材を使用することが好ましい。
【0122】
III.接着性組成物キット、歯科用材料キットおよび接着性組成物の保管方法
本実施形態の接着性組成物キット(あるいは歯科用材料キット)は、本実施形態の接着性組成物(あるいは歯科用材料)の取扱いをより容易にすべく、本実施形態の接着性組成物(あるいは歯科用材料)を、第一の部分組成物と、第一の部分組成物と物理的に接触不可能な状態の第二の部分組成物との組み合わせに限定した点に主な特徴がある。そして、その他の点については、本実施形態の接着性組成物キット(あるいは歯科用材料キット)は、本実施形態の接着性組成物(あるいは歯科用材料)と同様とすることができる。以下に本実施形態の接着性組成物キットおよび歯科用材料キットと、本実施形態の接着性組成物の保管方法とについてより詳細に説明する。
【0123】
本実施形態の接着性組成物キットは、第一の部分組成物と、第一の部分組成物と物理的に接触不可能な状態の第二の部分組成物との組み合わせから構成され、第一の部分組成物と前記第二の部分組成物との組み合わせの全体が、(a)チオ尿素化合物と、(b)パーオキシエステルと、(c)無機過酸化物と、(d)二価の銅化合物と、(e)アリールボレート化合物と、(f)酸性基含有重合性単量体とからなる6つの成分を少なくとも含む。
【0124】
ここで、第一の部分組成物(以下、「第一剤」と称す場合がある)は、上記6つの成分のうち、(a)チオ尿素化合物と、(e)アリールボレート化合物とを主成分として含むと共に、有機過酸化物を実質的に含まない。また、第二の部分組成物(以下、「第二剤」と称す場合がある」が、上記6つの成分のうち、(b)パーオキシエステルと、(c)無機過酸化物と、(d)二価の銅化合物と、(f)酸性基含有重合性単量体とを主成分として含むと共に、ハイドロパーオキサイドを実質的に含まない。
【0125】
なお、第一の部分組成物は、上記6つの成分のうち、(a)チオ尿素化合物と、(e)アリールボレート化合物とのみを含み、第二の部分組成物は、上記6つの成分のうち、(b)パーオキシエステルと、(c)無機過酸化物と、(d)二価の銅化合物と、(f)酸性基含有重合性単量体とのみを含むことが好ましい。
【0126】
本実施形態の接着性組成物キットは、歯科用材料キットとして好適に利用でき、歯科用材料キットの中でも歯科用セメントキットあるいは歯科用接着剤キットとして特に好適に利用できる。
【0127】
また、本実施形態の接着性組成物キットでは、たとえば、第一の部分組成物および第二の部分組成物は、下記組成例A、BあるいはCに列挙する成分のみから実質的に構成されることが好ましく、下記組成例A、BあるいはCに列挙する成分のみから構成されることがより好ましい。下記組成例A、BあるいはCに列挙する成分のみから実質的に構成される接着性組成物キットや、下記組成例A、BあるいはCに列挙する成分のみから構成される接着性組成物キットは、特に歯科用セメントキットとして好適である。
【0128】
<<組成例A>>
<第一の部分組成物>
(a)チオ尿素化合物
(e)アリールボレート化合物
(g)酸性基非含有重合性単量体
(h)充填材
<第二の部分組成物>
(b)パーオキシエステル
(c)無機過酸化物
(d)二価の銅化合物
(f)酸性基重合性単量体
(g)酸性基非含有重合性単量体
(h)充填材。
【0129】
<<組成例B>>
<第一の部分組成物>
(a)チオ尿素化合物としてアセチルチオ尿素
(e)アリールボレート化合物としてテトラフェニルホウ素のナトリウム塩
(g)酸性基非含有重合性単量体
(h)充填材
<第二の部分組成物>
(b)パーオキシエステルとしてt-ブチルパーオキシ-3,5,5-トリメチルヘキサノエート
(c)無機過酸化物としてペルオキソ二硫酸ナトリウム
(d)二価の銅化合物として酢酸銅(II)一水和物
(f)酸性基重合性単量体
(g)酸性基非含有重合性単量体
(h)充填材。
【0130】
<<組成例C>>
<第一の部分組成物>
(a)チオ尿素化合物としてベンゾイルチオ尿素
(e)アリールボレート化合物としてテトラフェニルホウ素のナトリウム塩
(g)酸性基非含有重合性単量体
(h)充填材
<第二の部分組成物>
(b)パーオキシエステルとしてt-ブチルパーオキシ-3,5,5-トリメチルヘキサノエート
(c)無機過酸化物としてペルオキソ二硫酸ナトリウム
(d)二価の銅化合物として酢酸銅(II)一水和物
(f)酸性基重合性単量体
(g)酸性基非含有重合性単量体
(h)充填材。
【0131】
本実施形態の接着性組成物キットは、使用前の状態(保管時)においては、第一の部分組成物と第二の部分組成物とが互いに物理的に接触不可能な状態であれば特に制限されないが、取扱い性などの実用上の観点から、第一の部分組成物および第二の部分組成物の各々がシリンジ、袋、瓶などの各種の容器内に入れて(分包して)保管されることが好ましい。言い換えれば、本実施形態の接着性組成物の好適な保管方法は、第一の部分組成物と第二の部分組成物とに分包された状態で保管されることが好ましい。そして、使用時には、第一の部分組成物と第二の部分組成物とを混合する。なお、使用前の状態(保管時)においては、勿論、本実施形態の接着性組成物キットは市場に製品として流通させることができる。
【0132】
なお、本実施形態の接着性組成物あるいは接着性組成物キットに含まれる本実施形態の化学重合開始剤が芳香族スルフィン酸化合物及び/又はバルビツール酸化合物を含む場合、これら化合物は、第一剤に配合されることが好ましい。また、本実施形態の接着性組成物あるいは接着性組成物キットが(h)充填材を含む場合、これら成分は第一剤、第二剤の何れに配合してもよいが、両者を混合するときに馴染み易く容易に均一化が図れるという理由から、双方に配合することが好ましい。
【0133】
第一の部分組成物(第一剤)及び第二の部分組成物(第二剤)それぞれの組成は、基本的には、両者を等量で混合したとき{第一剤と第二剤との混合比(第一剤の量/第二剤の量):1/1、あるいは、第一剤と第二剤との混合比率(100×第一剤の量/第二剤の量):100%で混合したとき}に、本実施形態の接着性組成物あるいは接着性組成物キットの組成となるように決定される。ここで「等量」とは、通常、質量基準での等量を意味するが、組成物が液状のときは体積基準での等量であってもよい。このとき、第一剤および/または第二剤に必要に応じて適宜配合することが可能な(g)非酸性モノマー、(h)充填材の配分割合は、上記条件を満たすように設定することが好ましい。
【0134】
但し、本実施形態の接着性組成物あるいは接着性組成物キットの具体的組成によっては、前記混合比を1/1とすることができない場合もある。この場合、1/1以外の混合比(以下、「指定混合比」ともいう。)で混合したときに所期の組成を有する本実施形態の接着性組成物あるいは接着性組成物キットが得られるようにすることが好ましい。また、各成分の溶解性を考慮して第一剤および第二剤を均一な組成物とする、あるいは、第一剤および第二剤の性状(ペースト粘度など)を取り扱い易い性状とする、必要がある場合にも、同様に、指定混合比で混合したときに所期の組成の本実施形態の接着性組成物あるいは接着性組成物キットが得られるようにすることが好ましい。
【0135】
指定混合比(この値を%表示したものを「指定混合比率」ともいう。)は、重合活性および操作性が大幅に損なわれない範囲で適宜決定すればよい。しかし、取扱い性や製品パッケージ化の容易さなどの実用上の観点から、指定混合比(率)は、質量基準(又は体積基準)の混合比(第一剤/第二剤)を1/5~5/1(混合比率:20%~500%)の範囲内とすることが好ましく、混合比:1/3~3/1(混合比率:33%~300%)の範囲内とすることがより好ましい。
【0136】
指定混合比(率)は、混合比(率)情報表示媒体に表示することができる。この混合比(率)情報表示媒体としては、たとえば、i)紙箱等からなる製品パッケージ、ii)紙媒体および/または電子データとして提供される製品の使用説明書、iii)第一剤および第二剤を各々密封状態で保管する容器(ボトル、シリンジ、包装袋等)、iv)紙媒体および/または電子データとして提供される製品カタログ、v)製品とは別に電子メールや郵便物等により製品利用者に送付される通信文などが利用できる。また、指定混合比率は、上記i)~v)に示す以外の態様により製品利用者が認知しうる態様で、製品利用者に提供されてもよい。
【0137】
本実施形態の接着性組成物および接着性組成物キットでは、第一剤及び第二剤は、各成分を秤量し混合することにより容易に調製することができる。そして、本実施形態の接着性組成物キットでは、調製された各部分組成物(剤)は、それぞれ、ボトル、チューブ、シリンジなどの容器内に充填されて保管(保存)される。そして、使用直前にこれら組成物を必要量取り出して混合することにより、本実施形態の接着性組成物(あるいは接着性組成物キット)を構成する全成分が混合された混合組成物を製造することができる。混合組成物を製造する際の混合方法は特に限定されず、i)練和紙上に第一剤と、第二剤と適量塗布して、両者をヘラで練和する方法、ii)第一剤および第二剤がペースト状である場合において、先端にミキシングチップを接続したシリンジから第一剤と第二剤とを同時に押出す方法、iii)第一剤および第二剤が液状である場合において、第一剤と第二剤とを同一の混和皿に採取する方法等が採用できる。
【0138】
このような方法で混合することによって得られた混合組成物は、全種類の化学重合開始剤成分および重合性単量体成分を含むため、速やかに或いは予め設定された操作余裕時間をもって重合硬化する。そして、これにより、硬化体を得ることができる。混合組成物を重合硬化させる方法としては、公知の方法が採用できる。たとえば、硬化させる必要箇所に混合組成物を塗布し、静置すればよい。この場合、塗布された混合組成物を10~37℃の温度範囲で保持することにより、混合組成物は十分に硬化することができる。
【実施例】
【0139】
以下に本発明を、実施例を挙げて説明するが、本発明は以下の実施例にのみ限定されるものでは無い。
【0140】
1.使用した物質の略称
まず、以下に、各実施例および各比較例の化学重合開始剤およびこれを含む組成物において使用した物質の略称について説明する。
【0141】
<(a)チオ尿素化合物>
AcTU;アセチルチオ尿素
BzTU;ベンゾイルチオ尿素
PTU;ピリジルチオ尿素。
【0142】
<(b)パーオキシエステル>
BPT;t-ブチルパーオキシ-3,5,5-トリメチルヘキサノエート
BPB;t-ブチルパーオキシベンゾエート
BPE;t-ブチルパーオキシ-2-エチルヘキシルモノカーボネート
BPL;t-ブチルパーオキシラウレート。
【0143】
<(c)無機過酸化物>
NPS;ペルオキソ二硫酸ナトリウム
KPS;ペルオキソ二硫酸カリウム
APS;ペルオキソ二硫酸アンモニウム。
【0144】
<(d)二価の銅化合物>
CuA;酢酸銅(II)一水和物
CuAA;アセチルアセトン銅(II)
CuCl2;塩化銅(II)。
【0145】
<一価の銅化合物>
CuCl;塩化銅(I)
CuSO4;硫酸銅(I)。
【0146】
<(e)アリールボレート化合物>
PhBNa;テトラフェニルホウ素のナトリウム塩
PhBTEOA;テトラフェニルホウ素のトリエタノールアンモニウム塩。
【0147】
<(f)酸性基含有重合性単量体(酸性モノマー)>
MDP;10-メタクリルオキシデシルジハイドロジェンホスフェート
SPM;2-メタクリロイルオキシエチルジハイドロジェンフォスフェートおよびビス(2-メタクリロイルオキシエチル)ハイドロジェンフォスフェートをモル比1:1の割合で混合した混合物。
【0148】
<(g)酸性基非含有重合性単量体(非酸性モノマー)>
BisGMA;2,2-ビス〔4-(3-メタクリロイルオキシ)-2-ヒドロキシプロポキシフェニル〕プロパン
D-2.6G;2,2-ビス(メタクリロイルオキシポリエトキシフェニル)プロパン
3G;トリエチレングリコールジメタクリレート
HEMA;2-ヒドロキシエチルメタクリレート
UDMA;2,2,4-トリメチルヘキサメチレンビス(2-カルバモイルオキシエチル)ジメタクリレート。
【0149】
<(h)充填材>
F1;平均粒径3μmのシリカジルコニア充填材
F2;平均粒径0.2μmのシリカジルコニア充填材。
【0150】
<パーオキシエステル以外の有機過酸化物>
・ハイドロパーオキサイド
CHP;クメンハイドロパーオキサイド
TMBHP;1,1,3,3-テトラメチルブチルハイドロパーオキサイド
・ジアシルパーオキサイド
BPO;過酸化ベンゾイル。
【0151】
<その他>
・バナジウム化合物
VOAA;酸化バナジウムアセチルアセトナート(V)
・アミン化合物
DEPT;p-トリルジエタノールアミン。
【0152】
2.実施例1~47および比較例1~16
実施例1~47および比較例1~16の接着性組成物を調製し、評価を行った。なお、これら接着性組成物は充填材を含むものであり、実施例1~47の接着性組成物については歯科用セメントとしても好適に利用できるものである。
【0153】
〔実施例1〕
<接着性組成物(第一剤および第二剤)の調製>
第一剤および第二剤の組合せからなる接着性組成物を以下の手順にて調製した。すなわち、まず、以下に示す組成の重合性単量体を配合し、第一剤用重合性単量体成分および第二剤用重合性単量体成分を調製した(両重合性単量体成分の合計が100質量部となるように配合している。)。
【0154】
(1)第一剤用重合性単量体成分
・(g)BisGMA:30質量部
・(g)3G:20質量部
(2)第二剤用重合性単量体成分
・(f)MDP:12.5質量部
・(g)HEMA:5質量部
・(g)D-2.6E:20質量部
・(g)3G:12.5質量部。
【0155】
次に、上記(1)の第一剤用重合性単量体成分と、表1の第一剤の欄に示す化学重合開始剤の各成分を混合し、完全に溶解させて、第一剤用基本組成物を調製した。また、これとは別に、上記(2)の第二剤用重合性単量体成分と、表1の第二剤の欄に示す、(c)無機過酸化物以外の化学重合開始剤の各成分を混合し、溶解させて第二剤用基本組成物を調製した。
【0156】
その後、得られた第一剤用基本組成物および第二剤用基本組成物に、(c)無機過酸化物、充填材F1及びF2を夫々以下に示す量で配合して第一剤および第二剤を調製した。
・無機過酸化物 第二剤:3.3質量部
・F1(計93質量部) 第一剤:46.5質量部、第二剤:46.5質量部
・F2(計140質量部) 第一剤:70質量部、第二剤:70質量部。
【0157】
なお、表1は、第一剤および第二剤に分包した際の化学重合開始剤の各成分の配合割合を、(b)パーオキシエステルを100質量部としたときの各成分の配合量として示している〔(a)チオ尿素化合物50質量部、(c)無機過酸化物330質量部、(d)二価の銅化合物0.10質量部、(e)アリールボレート化合物150質量部〕。
【0158】
最終的に得られた第一剤及び第二剤の組成を表3に示す。なお、表3では、第一剤の全量と第二剤の全量とを混合して混合組成物を調製することを前提に、両剤の重合性単量体成分の総質量を100質量部としたときの各成分の質量部を示している。因みに、表3の実施例1-10において、(b)パーオキシエステルの配合量は1質量部であるので、化学重合開始剤を構成する各成分のそれぞれの配合量は表1に示す配合量の1/100となる。
【0159】
<各種評価方法>
上記の様にして調製した第一剤および第二剤を質量比1:1で混合して得られた混合組成物およびその硬化体の接着強度と表面強度とを評価した。また、第一剤および第二剤の保存安定性を調べる為に、下記(a)および(b)に示す2種類の接着性組成物を用いて曲げ強さと(水分を含む)象牙質に対する接着強さとを評価した。また、一部の接着性組成物に関しては、さらに(水分を含まない)コバルトクロム合金に対する接着強さの評価も行った。曲げ強さの測定及び象牙質に対する接着強さの測定、コバルトクロム合金に対する接着強さの測定の詳細を以下に示す。
(a)「調製直後」の接着性組成物
調製後3時間以内の第一剤及び第二剤の組合せからなる接着性組成物。
(b)「保管後」の接着性組成物
上記(a)に示す調製直後の接着性組成物を構成する第一剤及び第二剤を夫々別容器に填入した状態にて、50℃で2週間保管した後の接着性組成物。
【0160】
・<曲げ強さの測定>
長さ25mm、幅2mm、厚さ2mmの長方形の孔を有するポリアセタール製の型に、前記方法で調製した接着性組成物を充填し、37℃湿潤条件下恒温槽中で60分間放置し硬化させた。得られた硬化体を37℃の水中にて24時間浸漬後に耐水研磨紙を用いてバリを除去することで測定サンプルを得た。次に、万能試験機(AG-I型、島津製作所社製)を用いて、クロスヘッドスピード1mm/mmの条件で荷重を開始し、測定サンプルが破折するまで試験サンプルに荷重を加え、最大荷重から下記式(1)を用いて曲げ強さを求めた。結果を表8に示す。
・式(1) 曲げ強さ(MPa)=3×最大荷重(N)×支点中心間の距離/(2×試験片の幅(mm)×試験片の厚さ(mm)×試験片の厚さ(mm))。
なお、この試験は水が殆ど存在しない環境下で硬化させるため、水が殆ど存在しない場合の開始剤活性の評価となる。
【0161】
・<象牙質に対する接着強さの測定>
抜去した牛下顎前歯を注水下、#600の耐水研磨紙で研磨し、唇面と平行になるように象牙質平面を削り出した。この象牙質平面に圧縮空気を吹き付けて乾燥させた後、直径3mmの円孔の開いた両面テープをそれぞれ固定し、接着面積を規定した。続いて直径8mmの円柱状の金属アタッチメントに、前記方法で調製した接着性組成物を塗布し、両面テープの円孔と金属アタッチメントの面が同心円状になるように、接着性組成物の塗布面を象牙質面に圧接した。この試験サンプルを37℃の水中にて24時間浸漬した後、万能試験機(AG-I型、島津製作所社製)を用いて、クロスヘッドスピード1mm/mmの条件で荷重を開始し、測定サンプルが破断するまで試験サンプルに荷重を加え、最大荷重から下記式(2)を用いて接着強さを求めた。
・式(2) 接着強さ(MPa)=最大荷重(N)/被着面積(mm2)。
【0162】
象牙質に対する高い接着強さを示すためには、接着性組成物のうち、水を多く含有する象牙質に接触した部分と、象牙質から距離があり、水を殆ど含有しない部分(試験時には金属アタッチメントに近い部分)が十分に重合することが必要である。
従って、この試験は、水が多く存在する系及び殆ど存在しない系の双方において重合活性が十分であるかの評価となる。
【0163】
・<コバルトクロム合金に対する接着強さの測定>
接着強さに対する水分の影響をより直接的に確認するために、コバルトクロム合金に対する接着強を水が存在しない系及び水が存在する系について、次のようにして試験サンプルを作製した。
・水が存在しない系: コバルトクロム合金の板を、注水下、#800および#1500の耐水研磨紙で研磨した後、強圧サンドブラスト処理(0.5~1cmの距離から4~5kgf/cm2)を行い、さらにその後、イオン交換水で2回、アセトンで1回超音波洗浄を行った。次に、洗浄後の板の表面に、圧縮空気を吹き付けて乾燥させた後、直径3mmの円孔の開いた両面テープを固定した。ここで、直径3mmの円孔内の面積が、接着面積となる。続いて直径8mmの円柱状の金属アタッチメントの端面に、調製直後あるいは保管後の接着性組成物を構成する第一剤および第二剤を混合した混合組成物を塗布した。そして、両面テープの円孔と、金属アタッチメントの混合組成物が塗布された端面とを、両者の中心軸が一致するように圧接することで試験サンプルを得た。
・水が存在する系: 上記と同様にして直径3mmの円孔の開いた両面テープを固定した後に、綿球を用いてこの円孔内に水を塗布する以外は上記系と同様にして試験サンプルを作製した。
次に、これらの試験サンプルを37℃の水中にて24時間浸漬した後、万能試験機(AG-I型、島津製作所社製)を用いて、クロスヘッドスピード1mm/mmの条件にて、引張荷重を加えた。この際、試験サンプルの接着面が破断するまで試験サンプルに加える引張荷重を徐々に増加させ、破断が生じた際の最大荷重から前述の式(1)を用いて接着強さを求めた。
この試験において、円孔内に水を塗布する場合、水が多く存在する系及び殆ど存在しない系の双方において重合活性が十分であるかの評価となり、円孔内に水を塗布しない場合、水が殆ど存在しない系における重合活性が十分であるかの評価となる。
【0164】
<評価結果>
上記した評価方法に基づいて評価を行った結果を、以下に示す。
・曲げ強さ(MPa); 調製直後:130、保管後:130
・象牙質に対する接着強さ(MPa); 調製直後:51、保管後:49
・コバルトクロム合金に対する接着強さ(MPa); 水塗布なし:23、水塗布有り:22
上に示されるように、実施例1の接着性組成物は、調製直後及び保管後のいずれにおいても曲げ強さおよび象牙質に対する接着強度の双方共に良好結果を示した。さらに、コバルトクロム合金に対する接着強さについても、水の塗布の有無にかかわらず高い接着強さを示した。この結果から、実施例1の接着性組成物は、優れた硬化性及び保存安定性を有し、更に水の存在にかかわらず高い接着強度を示すことが判った。
【0165】
〔実施例2~47〕
<接着性組成物の調製及び評価方法>
実施例1において、化学重合開始剤の配合割合を表1または表2に示す割合に変更し、重合性単量体成分として使用する酸性モノマー及び非酸性モノマー並びにこれらの配合量等を表3(実施例2~10)、表4(実施例11~20)、表5(実施例21~30)、表6(実施例31~40)及び表7(実施例41~47)に示すように変更した以外は実施例1と同様にして、調製直後及び保管後の接着性組成物を調製し、曲げ強さおよび象牙質に対する接着強さを測定した。なお、実施例2、5、7及び8、については、実施例1と同様にしてコバルトクロム合金に対する接着強さの測定も行った。
【0166】
【0167】
【0168】
【0169】
【0170】
【0171】
【0172】
【0173】
<実施例2~47の評価結果>
曲げ強さおよび象牙質に対する接着強さを評価した結果を、実施例1の結果と合わせて表8に示す。実施例2~47の接着性組成物も、実施例1と同様に調製直後及び保管後のいずれにおいても曲げ強さおよび象牙質に対する接着強さの双方共に良好結果を示した。この結果から、実施例2~47の接着性組成物も、優れた硬化性、接着強度及び保存安定性を有していることが判った。
【0174】
なお、実施例46及び47の接着性組成物は、実施例1の接着性組成物に対して、第一剤および第二剤を各々構成する主要成分(a)~(e)の組合せのみを変えた組成物である。実施例46及び47の調製直後の曲げ強さ及び接着強度は実施例1と同様に高いものの、保管後の曲げ強さ及び接着強度は比較的高い値を示しており、一応、実用的に許容の範囲内ではあるものの、実施例1と比べると低い値となっている。
【0175】
【0176】
また、表9にコバルトクロム合金に対する接着強さを、実施例1の結果と合わせて示す。評価を行った実施例2、5、7及び8は、何れも実施例1と同様に水の塗布の有無にかかわらず高い接着強さを示した。この結果は、水の存在する部分と存在しない部分とで共に高い接着強さが得られないと高い接着強さが得られない(どちらか一方の低いと、その値が評価結果となってしまう)点では共通する、象牙質に対する接着強さの上記測定結果と軌を一にするものである。
なお、表9には各実施例に対応する比較例5~9(これら比較例は、後述するように、無機過酸化物を配合していない)の結果も併記している。
【0177】
【0178】
〔比較例1~9〕
これら比較例は、化学重合開始剤として(a)~(e)成分の何れかを欠く例であり、実施例1において、使用する化学重合開始剤の成分及び配合割合を表10に示す割合に変更し、重合性単量体成分として使用する酸性モノマー及び非酸性モノマー並びにこれらの配合量を表11に示すように変更した以外は実施例1と同様にして、調製直後及び保管後の接着性組成物の調製し、曲げ強さ及び象牙質に対する接着強さを測定した。また、比較例5~9については、水が多く存在する環境下及び水が殆ど存在しない環境下での接着性をより明確にするために、調製直後の接着性組成物を調製し、コバルトクロム合金に対する接着強さの測定をさらに行った。評価結果については、他の比較例の評価結果と合わせて後で示す。
なお、比較例5~9は、夫々実施例1、2、5、7及び8に対する比較例であり、実施例では無機過酸化物であるペルオキソ二硫酸ナトリウムを配合しているのに対し、比較例5~9では無機過酸化物を配合していない(その点のみで実施例と異なっている)。評価結果は、表9に示した。表9に示されるように、これら比較例5~9は、無機過酸化物を含有しないため、水の塗布が無い場合には高い接着強さを示すが、水の塗布がある場合には接着強さは大きく低下した。
【0179】
〔比較例10~13〕
これら比較例は、二価の銅化合物に代えて一価の銅化合物を使用した例であり、実施例1において、使用する化学重合開始剤の成分及び配合割合を表10に示す割合に変更し、重合性単量体成分として使用する酸性モノマー及び非酸性モノマー並びにこれらの配合量を表11及び表12に示すように変更した以外は実施例1と同様にして、第一剤及び第二剤の調製並びに接着性組成物の調製を行い、調製直後及び保管後の接着性組成物の調製し、曲げ強さ及び象牙質に対する接着強さを測定した。
【0180】
〔比較例14~17〕
これら比較例は、(b)成分に代えてハイドロパーオキサイドを使用した例であり、実施例1において、使用する化学重合開始剤の成分及び配合割合を表10に示す割合に変更し、重合性単量体成分として使用する酸性モノマー及び非酸性モノマー並びにこれらの配合量を表12に示すように変更した以外は実施例1と同様にして、調製直後及び保管後の接着性組成物の調製し、曲げ強さ及び象牙質に対する接着強さを測定した。
なお、比較例14及び15は、単に(b)パーオキシエステルに代えてハイドロパーオキサイドを使用した例であり、比較例16は、(b)パーオキシエステルの代わりに用いたハイドロパーオキサイドを第二剤ではなく第一剤に配合した例であり、比較例17は、比較例16から(a)チオ尿素化合物を除いた例である。
【0181】
〔比較例18~20〕
実施例1において、使用する化学重合開始剤の成分及び配合割合を表10に示す割合に変更し、重合性単量体成分として使用する酸性モノマー及び非酸性モノマー並びにこれらの配合量を表12に示すように変更した以外は実施例1と同様にして、調製直後及び保管後の接着性組成物の調製し、曲げ強さ及び象牙質に対する接着強さを測定した。
なお、比較例18は、(b)パーオキシエステルの代わりにジアシルパーオキサイドを用いた例であり、比較例19は、(d)二価の銅化合物の代わりにバナジウム化合物を配合した例であり、比較例20は、化学重合開始剤として、過酸化ベンゾイル/アミン化合物からなるものを用いた例である。
【0182】
【0183】
【0184】
【0185】
<比較例1~20の評価結果>
曲げ強さ及び象牙質に対する接着強さを評価した結果を表13に示す。表13に示されるように、比較例1~9では、十分に硬化していないか、硬化した場合であってもその接着強さは低く不十分なものであった。比較例10~13では、ゲル化が起こるか、硬化した場合であっても、その曲げ強さ及び接着強さは保管後では大きく低下しており、保存安定性が低いものであった。比較例14~16では、保管後の場合においてゲル化してしまい、保存安定性が低いものであった。
また、比較例17では、ゲル化は生じなかったものの、調製直後において十分な曲げ強さ及び接着強さを示さず、しかも調製直後と比べて調製後では曲げ強さは著しく低下した。比較例18は、保存安定性が不十分であり、比較例19は、調製直後から第二剤がゲル化し、比較例20は、アミン化合物が酸性成分によって中和されたため、調製直後においても十分に硬化しなかった。
【0186】