IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社アストムの特許一覧

特許7148124ポリ塩化ビニル成分含有アニオン交換膜の検査方法
<>
  • 特許-ポリ塩化ビニル成分含有アニオン交換膜の検査方法 図1
  • 特許-ポリ塩化ビニル成分含有アニオン交換膜の検査方法 図2
  • 特許-ポリ塩化ビニル成分含有アニオン交換膜の検査方法 図3
  • 特許-ポリ塩化ビニル成分含有アニオン交換膜の検査方法 図4
  • 特許-ポリ塩化ビニル成分含有アニオン交換膜の検査方法 図5
  • 特許-ポリ塩化ビニル成分含有アニオン交換膜の検査方法 図6
  • 特許-ポリ塩化ビニル成分含有アニオン交換膜の検査方法 図7
  • 特許-ポリ塩化ビニル成分含有アニオン交換膜の検査方法 図8
  • 特許-ポリ塩化ビニル成分含有アニオン交換膜の検査方法 図9
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-27
(45)【発行日】2022-10-05
(54)【発明の名称】ポリ塩化ビニル成分含有アニオン交換膜の検査方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/59 20060101AFI20220928BHJP
   B01D 65/10 20060101ALI20220928BHJP
   G01N 23/223 20060101ALI20220928BHJP
【FI】
G01N21/59 M
B01D65/10
G01N23/223
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2018192148
(22)【出願日】2018-10-10
(65)【公開番号】P2020060456
(43)【公開日】2020-04-16
【審査請求日】2021-07-27
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 研究集会名 International Conference on Membrane Processes(予稿集) 主催者名 CZECH MEMBRANE PLATFORM 発行日 平成30年5月13日 研究集会名 International Conference on Membrane Processes(口頭発表) 主催者名 CZECH MEMBRANE PLATFORM 発表日 平成30年5月15日
(73)【特許権者】
【識別番号】503361709
【氏名又は名称】株式会社アストム
(74)【代理人】
【識別番号】100075177
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 尚純
(74)【代理人】
【識別番号】100113217
【弁理士】
【氏名又は名称】奥貫 佐知子
(72)【発明者】
【氏名】土井 正一
(72)【発明者】
【氏名】比嘉 充
【審査官】横尾 雅一
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-194479(JP,A)
【文献】特開2005-281777(JP,A)
【文献】特開昭62-133095(JP,A)
【文献】特開平06-330369(JP,A)
【文献】特開2015-180486(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第104941468(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00 - G01N 21/61
G01N 21/75 - G01N 21/83
G01N 23/00 - G01N 23/2276
B01D 65/00 - B01D 71/82
C25B 1/00
C08J 5/00
G01N 17/00 - G01N 19/10
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
未使用のポリ塩化ビニル成分含有アニオン交換膜を用意し、
該アニオン交換膜をアルカリ水溶液と接触させて劣化促進試験を行い、劣化の度合いごとに該膜の可視光に対する光学特性、該アニオン交換膜の物理特性及び/又は電気化学特性を測定することにより、光学特性変化対する該アニオン交換膜の物理特性及び/又は電気化学特性の変化を示す検量線を作成しておき、
使用中のポリ塩化ビニル成分含有アニオン交換膜の可視光に対する光学特性測定し、前記検量線に基づいて該光学特性ら使用中の該アニオン交換膜の物理特性及び/又は電気化学特性を判定することを特徴とするポリ塩化ビニル成分含有アニオン交換膜の検査方法。
【請求項2】
未使用のポリ塩化ビニル成分含有アニオン交換膜を用意し、
該アニオン交換膜をアルカリ水溶液と接触させて劣化促進試験を行い、劣化の度合いごとに該膜の蛍光X線強度分析による塩素強度と、該アニオン交換膜の物理特性及び/又は電気化学特性を測定することにより、蛍光X線強度変化に対する該アニオン交換膜の物理特性及び/又は電気化学特性の変化を示す検量線を作成しておき、
使用中のポリ塩化ビニル成分含有アニオン交換膜の蛍光X線強度を測定し、前記検量線に基づいて該蛍光X線強度測定値から使用中の該アニオン交換膜の物理特性及び/又は電気化学特性を判定することを特徴とするポリ塩化ビニル成分含有アニオン交換膜の検査方法。
【請求項3】
前記劣化の度合いごとに測定する、アニオン交換膜の可視光に対する光学特性が、吸光度である請求項1に記載の検査方法。
【請求項4】
前記アニオン交換膜の物理特性として機械的強度又は含水率を判定する請求項1又は2に記載の検査方法。
【請求項5】
前記アニオン交換膜の物理特性を判定する機械的強度が、ヤング率である請求項に記載の検査方法。
【請求項6】
前記アニオン交換膜の電気化学特性として電気抵抗又は輸率を判定する請求項1又は2に記載の検査方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリ塩化ビニル成分を含有するアニオン交換膜について、使用による劣化に伴う性能低下を検査する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イオン交換膜は、イオン交換樹脂を一定の空隙を有する基材シートに保持させたものであり、電気エネルギーを用いて特定のイオンを透過させる機能を有している。このようなイオン交換膜には、アニオン交換膜とカチオン交換膜とがある。
【0003】
即ち、アニオン交換膜は、イオン交換樹脂の官能基としてアニオン交換基を有するアニオン交換性樹脂が使用されたものであり、電気エネルギーを加えることにより、例えば塩素イオン(Cl)等のアニオンを透過する。一方、カチオン交換膜は、官能基としてカチオン交換基を有するカチオン交換性樹脂が使用されたものであり、電気エネルギーを加えることにより、例えばナトリウムイオン(Na)等のカチオンを透過する。
【0004】
このようなイオン交換膜は、代表的には、電気透析に使用され、例えばアニオン交換膜とカチオン交換膜とを電極間に交互に配置し、イオンを含む水溶液を流しながら一定の電圧を印加することにより、イオンの濃縮、脱塩、精製、回収等を行うことができ、海水からの製塩、かん水からの飲料水製造、醤油の脱塩など、種々の用途に利用されている。
【0005】
ところで、上記のようなイオン交換膜を実機の装置に組み込んで運転していくと、種々の問題を生じる。
例えば、電気透析で海水の濃縮脱塩を行う場合、脱塩室の塩濃度をあるレベル以上に保つ必要があるが、期せずして塩濃度が低下すると、過脱塩となり、移動できるイオンが足りなくなり、代わりに水が分裂して水素イオンと水酸化物イオンになることがある。この水酸化物イオンは、濃縮室のカルシウムなどの多価イオンと反応して水酸化物のスケールを形成し流路を閉塞するなどの障害を起こし運転ができなくなるばかりか、直接的に特にアニオン交換膜のアニオン交換基を脱離させたり、膜の骨格およびネットワーク構造を破壊し、イオン交換膜そのものの性能、強度低下を起こすことがある。また、特に食品分野においてはアニオン交換膜に有機物などが吸着して性能を低下させるファウリング(膜汚染)と呼ばれる現象が起きることがあるが、このファウリング物質を除去して性能回復を図る際に、アルカリ溶液を用いることがあり、このアルカリが膜の骨格およびネットワーク構造をも破壊してしまい、性能、強度低下を起こすこともある。特にポリ塩化ビニルを基材織布、基材シートとして用いている場合や、ポリ塩化ビニルを増粘剤として用いている場合は、アルカリによって塩ビから脱塩酸し、ポリエンと呼ばれる構造が生じ、膜が着色することがある(例えば、非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Journal of Membrane Science, 446 (2013) 255-265
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って、イオン交換膜を用いた実機の装置では、実際の運転に伴う膜の性能低下を把握するために、一定の時間毎に、膜の性能(例えば電気化学的特性、機械的強度)を測定すること(モニタリング)が必要である。しかしながら、このようなモニタリングは、実機の装置に組み込まれているイオン交換膜を評価用に切り出して、その特性を評価する測定装置に装着しなければならない。即ち、検査をするためには、膜を破壊しなければならず、検査測定に供される膜は、実機では使用できなくなってしまうという問題がある。また、電気化学特性として、例えばアニオンの透過阻止率を測定するためにはサンプルを該アニオン含有水溶液中に液密状態で長時間固定して実験する必要があり、現場で評価するのはきわめて煩雑である。
【0008】
このような問題について、本発明者等は多くの実験を行い検討した結果、特にポリ塩化ビニル成分を含有するアニオン交換膜では、アルカリ接触により劣化した膜の物理特性や電気化学特性の程度は、可視光に対する光学特性或いは蛍光X線分析により測定される塩素強度との間に相関性があるという知見を見出した。
【0009】
従って本発明の目的は、ポリ塩化ビニル成分を含有するアニオン交換膜について、必ずしも破壊検査によらず、実機使用による膜の性能低下を簡便に検査することが可能な検査方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明によれば、未使用のポリ塩化ビニル成分含有アニオン交換膜を用意し、
該アニオン交換膜をアルカリ水溶液と接触させて劣化促進試験を行い、劣化の度合いごとに該膜の可視光に対する光学特性又は蛍光X線強度分析による塩素強度と、該アニオン交換膜の物理特性及び/又は電気化学特性を測定することにより、光学特性変化又は蛍光X線強度変化に対する該アニオン交換膜の物理特性及び/又は電気化学特性の変化を示す検量線を作成しておき、
使用中のポリ塩化ビニル成分含有アニオン交換膜の可視光に対する光学特性又は蛍光X線強度を測定し、前記検量線に基づいて該光学特性若しくは該蛍光X線強度測定値から使用中の該アニオン交換膜の物理特性及び/又は電気化学特性を判定することを特徴とするポリ塩化ビニル成分含有アニオン交換膜の検査方法が提供される。
【0011】
本発明の検査方法においては、
(1)前記劣化の度合いごとに測定する、前記アニオン交換膜の可視光に対する光学特性として、吸光度を測定すること
(2)前記アニオン交換膜の物理特性として機械的強度又は含水率を判定すること、
(3)前記アニオン交換膜の物理特性を判定する機械的強度として、ヤング率を測定すること
(4)前記アニオン交換膜の電気化学特性として電気抵抗又は輸率を判定すること、
という態様を好適に採用することができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明の検査方法は、先に述べた通り、塩化ビニル成分を含有するアニオン交換膜の物理特性(例えば機械的強度や含水率)や電気特性(例えば電気抵抗や輸率)は、可視光に対する光学特性や蛍光X線分析により測定される塩素強度と相関性があるという新規知見に基づくものであり、これを利用して、アルカリ水溶液を用いて予め劣化促進試験を行い、劣化した含ポリ塩化ビニル含有アニオン交換膜(以下、単に含Clアニオン交換膜と呼ぶことがある)について、可視光に対する光学特性或いは蛍光X線分析による塩素強度を測定し、同時に、その物理特性(例えば機械的強度や含水率)或いは電気化学特性(例えば電気抵抗や輸率)を測定し、これにより、光学特性或いは塩素強度との関係をプロットして検量線を作成し、この検量線に基づいて、実機で使用されている含Clアニオン交換膜の劣化の程度を判定するというものである。
【0013】
さらに、可視光に対する光学特性や蛍光X線分析は、必ずしも膜を切り取って破壊することなく、測定を行うことができる。このため、本発明では、実機で使用された含Clアニオン交換膜について、可視光に対する吸光度の測定或いは蛍光X線分析による塩素強度の測定を行うことにより、使用されている含Clアニオン交換膜を破壊せずに、性能低下を検査することができるという大きな利点を有する。要するに、測定された吸光度や塩素強度から前記検量線により一定のレベル以上の性能低下が判定された場合には、その含Clアニオン交換膜は交換或いは洗浄等に供され、性能低下が一定のレベルにまでは達していないと判定されたならば、そのまま実機使用が継続されることとなる。
このように、本発明の検査方法は、実機で使用されている含Clアニオン交換膜を必ずしも破壊せずに検査することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】40℃の劣化促進試験に供された含Clアニオン交換膜について、可視光(600nm)に対する吸光度と電気抵抗保持率との関係を示す図。
図2】40℃の劣化促進試験に供された含Clアニオン交換膜について、可視光(600nm)に対する吸光度とヤング率保持率との関係を示す図。
図3】40℃の劣化促進試験に供された含Clアニオン交換膜について、可視光(600nm)に対する吸光度と輸率(プロトン透過阻止率)保持率との関係を示す図。
図4】40℃の劣化促進試験に供された含Clアニオン交換膜について、可視光(600nm)に対する吸光度と含水率保持率との関係を示す図。
図5】40℃の劣化促進試験に供された含Clアニオン交換膜について、可視光(600nm)に対する反射率と電気抵抗保持率との関係を示す図。
図6】60℃の劣化促進試験に供された含Clアニオン交換膜について、可視光(600nm)に対する反射率と電気抵抗保持率との関係を示す図。
図7】40℃の劣化促進試験に供された含Clアニオン交換膜について、可視光(600nm)に対する反射率とヤング率保持率との関係を示す図。
図8】40℃の劣化促進試験に供された含Clアニオン交換膜について、蛍光X線分析により測定された塩素強度保持率と電気抵抗保持率との関係を示す図。
図9】40℃の劣化促進試験に供された含Clアニオン交換膜について、蛍光X線分析により測定された塩素強度保持率とヤング率保持率との関係を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
<ポリ塩化ビニル成分含有アニオン交換膜>
本発明における検査対象のアニオン交換膜は、ポリ塩化ビニル成分を含有するものである。
即ち、ポリ塩化ビニル成分を含むアニオン交換膜(含Clアニオン交換膜)は、アルカリとの接触によって劣化し、例えば、ポリ塩化ビニルから脱塩酸を生じ、ポリエン構造が形成され、このため、膜が着色する。本発明では、脱塩酸の程度を可視光に対する光学特性或いは蛍光X線分析による塩素強度で判定する。このため、本発明における検査対象のアニオン交換樹脂は、ポリ塩化ビニルを含有するものでなければならない。
【0016】
本発明において、検査対象である含Clアニオン交換膜は、ポリ塩化ビニルを含有している限りにおいて、その組成或いは製法は限定されない。
【0017】
例えば、アニオン交換膜の代表的な製法としてペースト法がある。ペースト法では、不織布、織布、フィルムなどの多孔質の補強基材シートに、イオン交換樹脂成分(イオン交換基を導入するための前駆体ポリマーを得るための単官能モノマーおよび必要に応じて配合される多官能モノマー)と増粘剤、さらに必要に応じて各種添加剤を加えて作成したペーストを塗布し、モノマーを重合後にイオン交換基導入処理を施すことにより製造される。
【0018】
上記の基材シートとしては、ポリ塩化ビニル、ポリエチレン、ポリプロピレンなどのポリオレフィンからなる多孔質シート、織布、不織布などが代表的である。
また、イオン交換樹脂成分には、イオン交換基が導入される単官能モノマーとしてスチレン、クロルメチルスチレン、ビニルピリジンなどが用いられ、また、多官能モノマーにはジビニルベンゼンやジビニルビフェニルなどが用いられる。何れにしろ、官能基として、1~3級アミノ基、4級アンモニウム塩、ピリジル基、イミダゾール基、4級ピリジニウム基などのアニオン交換基を有しているか、或いはこのようなアニオン交換基が導入されるものであればよい。
さらに、増粘剤としては、ポリ塩化ビニルの粉末、ゴム、その他、各種のポリマー粉などが用いられる。
【0019】
即ち、本発明の検査対象である含Clアニオン交換膜は、補強用の基材シート、増粘剤などとしてポリ塩化ビニルが使用されているものであればよい。アニオン交換膜の物理特性及び/又は電気化学特性を高い信頼性で判定するためには、ポリ塩化ビニルの含有量が、含Clアニオン交換膜の全重量に対して20~80質量%、特には50~70質量%であるのが好ましい。
【0020】
<劣化促進試験>
本発明においては、検査対象である含Clアニオン交換膜は、劣化促進試験により供される。
この劣化促進試験は、前述したポリ塩化ビニルからの脱塩酸を生じさせるために行われるものであり、具体的には、アルカリ水溶液に含Clアニオン交換膜(実機での使用に供されていない未使用の膜)を浸漬等により接触させることにより行う。
【0021】
ところで、上記劣化促進試験を施したアニオン交換膜の、物理特性及び電気特性と、膜の光学特性や塩素強度との関係は、劣化促進試験が同じ温度条件の時に最も良好に相関し、前記電気抵抗やヤング率であれば、良好な比例関係になる。ただし、劣化促進試験の温度が高くなるにつれ、同じ光学特性や塩素強度であったとしても、膜の劣化程度は少し進んだ状態になり、前記電気抵抗やヤング率も若干悪化した値にスライドする。従って、本発明においては、電気透析等のアニオン交換膜の実機での使用は液温を一定に制御し、劣化促進試験もこれと実質同一温度(±5℃以内)で実施して、実機と同一温度下での物理特性及び電気特性と、膜の吸光度や塩素強度との関係を正確に求めておくのが、膜の劣化程度を高い正確性で判定する上で最も好ましい。
【0022】
一般に、電気透析等のアニオン交換膜の実機での使用は、通常は室温下放置で運転され、好ましくは透析槽内の液温を40℃を超えない範囲内に制御して運転される。これに対して、前記透析槽内の液温変動が20~70℃(より好ましくは20~50℃)の範囲内であれば、上記温度上昇に伴っての膜の劣化進行は、さほどには激しいものにはならない。従って、本発明においては、前記劣化促進試験を上記一定温度に制御して実施し、他方で、アニオン交換膜の実機での使用は、必ずしも前記一定温度に制御せずに実施したとしても、その液温変動幅が上記20~70℃の範囲内に収まるように設定しておけば、膜の物理特性及び電気特性の低下幅は一定の範囲内に収まる。このため斯様な態様でも、膜の劣化の程度は概要的には把握でき、簡便な劣化の判定方法として大変有意義である。
【0023】
従って、前述した劣化促進試験の試験条件、例えば、用いるアルカリ水溶液の種類、アルカリ濃度等は特に制限されないが、一般的には、比較的短時間で膜劣化が生じるような条件が採用される。また、アルカリ水溶液の液温は、前記したように20~70℃の範囲内から選択するのが好ましい。また、電気透析等のアニオン交換膜を実機で使用する際の液温と実質同一温度(±5℃以内)とするのがより好ましい。因みに、後述する実施例では、40℃および60℃の温度に保持された0.01M、0.1M、1Mの三段階のNaOH水溶液中にClアニオン交換膜を浸漬することによって劣化促進試験を行っている。
【0024】
<検量線の作成>
本発明においては、上記促進試験により、含Clアニオン交換膜の劣化レベルに対する物理特性や電気化学特性を測定し、検量線を作成する。
この劣化レベルは、可視光に対する光学特性或いは蛍光X線分析による塩素強度で同定される。
【0025】
即ち、含Clアニオン交換膜は、アルカリに晒されるとポリ塩化ビニルから脱塩酸が生じて、ポリエンが形成され、まず黄色に発色し、さらにアルカリとの接触が続くと、紫色になってゆく。このように劣化が進行すると、含Clアニオン交換膜は変色していき、この変色の程度を可視光に対する光学特性により同定することができる。
光学特性としては、透過率、吸光度、反射率が挙げられる。
尚、上記で述べたように、劣化が進行していくと紫色に変色していくが、このとき、可視光に対する光学特性としては、低波長の吸光度は高くなり(透過率、反射率は低くなり)飽和してゆく一方で、高波長側は、吸光度(透過率、反射率)変化を識別しにくくなる。従って、可視光に対する光学特性により劣化の程度を同定する場合には、700nm以下、特に500~700nmの波長により測定することが好適である。因みに、実施例では、600nmの波長により光学特性を測定している。
【0026】
また、蛍光X線分析では、塩素強度により劣化の程度が同定される。即ち、ポリ塩化ビニルからの脱塩酸の程度により劣化の程度を同定するものである。例えば、劣化の進行に伴い、脱塩酸量が多くなるため、蛍光X線分析により測定される塩素強度は低下してゆく。通常は塩素のKa線の強度を読み取ることができる。
【0027】
このように、本発明では、劣化の程度を光学特性測定及び塩素強度により同定するわけであるが、ここで重要なことは、含Clアニオン交換膜から分析用サンプルを必ずしも切り出すことなく(即ち、破壊検査)、測定することができるということである。特に、蛍光X線分析であれば、小型で可搬型(ハンドヘルド)のものが市販されており、これを用いれば膜破壊を行うことなく直接的に測定することができる。同様に、可視光に対する光学特性測定においても、反射法は、小型で可搬型(ハンドヘルド)のものが市販されている。また、仮に破壊せざるを得なかったとしても、光学的分析は電気化学分析よりも簡便に行えるという利点がある。
【0028】
本発明では、上記のように劣化の程度を光学特性或いは塩素強度を測定することにより同定するのであるが、同時に、物理特性或いは電気化学特性を測定し、同定された劣化の程度と測定された物理特性或いは電気化学特性とをプロットしておき、検量線を作成しておく。
【0029】
<実機で使用されている含Clアニオン交換膜についての検査>
ところで、実機で使用されている膜について、その物理特性や電気化学特性は、通常は、膜破壊検査により測定されるものであるが、本発明では、上記の検量線を作成しておくことにより、必ずしも破壊検査によらず、可視光に対する光学特性測定或いは蛍光X線分析による塩素強度を測定することにより、物理特性や電気化学特性の変化を推定することができる。
【0030】
例えば、図1は、前述した劣化促進試験を行い、波数600nmで測定した吸光度と、電気抵抗保持率とをプロットした検量線が示されている。
尚、電気抵抗保持率は、下記式により算出される。
電気抵抗保持率(%)
=100×(劣化した膜の電気抵抗値)/(劣化促進前の膜の電気抵抗値)
ここでは交流電気抵抗を測定した。この図1から理解されるように、この吸光度と電気抵抗値とは明らかに相関関係があり、従って、吸光度を測定することにより、上記の検量線から膜の電気抵抗値を推定することができる。
【0031】
また、図2には、波数600nmで測定した吸光度と、ヤング率保持率とをプロットした検量線が示されている。
尚、ヤング率保持率は、下記式により算出される。
ヤング率保持率(%)
=100×(劣化した膜のヤング率)/(劣化促進前の膜のヤング率)
図2から理解されるように、この吸光度とヤング率とは明らかに相関関係があり、従って、吸光度を測定することにより、上記の検量線から膜のヤング率を推定することができる。
同様に図3から輸率、図4から含水率を推定できることを示している。
また、図5、6では反射率から電気抵抗を、図7では反射率からヤング率を推定できることを示している。
【0032】
さらに、図8には、蛍光X線分析により測定された塩素強度保持率と電気抵抗値とをプロットした検量線が示されている。
尚、塩素強度保持率は、下記式により算出される。
塩素強度保持率(%)
=100×(劣化した膜の塩素強度)/(劣化促進前の膜の塩素強度)
この図8から明らかなように、塩素強度の低下にしたがい、電気抵抗値は低下しており、両者の間には明らかに相関関係がある。従って、蛍光X線分析により塩素強度を測定することによっても、上記の検量線から膜の電気抵抗値を推定することができる。
【0033】
図9には、蛍光X線分析により測定された塩素強度保持率とヤング率とをプロットした検量線が示されている。
この図9から明らかなように、塩素強度の低下にしたがい、ヤング率は低下しており、両者の間には明らかに相関関係がある。従って、蛍光X線分析により塩素強度を測定することによっても、上記の検量線から膜のヤング率を推定することができる。
【0034】
このように、本発明では、実機で用いる含Clアニオン交換膜について、劣化促進試験を行い、可視光に対する光学特性或いは蛍光X線分析による塩素強度を測定して、電気抵抗値等の電気化学特性やヤング率等の物理特性を測定して検量線を測定しておくことにより、実機に装着されている含Clアニオン交換膜について、破壊検査によらず、その可視光に対する光学特性或いは蛍光X線分析による塩素強度を測定することにより、装着されている膜の劣化の度合いを把握することができ、これに基づいて、継続使用或いは膜の交換が行われることとなる。
【0035】
尚、上記の例では、電気化学特性として電気抵抗値を例に挙げ、また、物理特性としてヤング率を例に挙げて、光学特性及び塩素強度との相関性を示したが、電気抵抗値やヤング率以外のパラメータを測定して検量線を作成しておくことも勿論可能である。
例えば、電気化学特性であれば、膜の電気抵抗値と輸率とが相関関係を有していることが知られているから、電気抵抗値の代わりに輸率を用いて検量線を作成しておくこともできる。ここで、輸率とは、いわゆる静的輸率に限らず、電気透析中の特定のイオン(例えばプロトン)の透過率、阻止率など、イオン透過性や選択性を表す指標を含む。また、物理特性であれば、含水率と電気抵抗率とが相関関係を有していることも知られている。従って、ヤング率以外にも含水率を用いて検量線を作成しておくことも可能である。同様に、物理特性としては、イオン交換容量、拡散係数、機械強度(破裂強度〔ミューレン法〕、突き刺し強度、引張試験によって得られる引張強度(最大点、破断点)、引張伸度(最大点、破断点)なども、これらの測定値を用いて検量線を作成しておくことが可能である。
【0036】
尚、電気抵抗は、前記塩ビの脱塩酸以外の原因でも、脱塩酸の場合ほどではないが、変動することがある。即ち、Clアニオン交換膜では、アルカリとの接触により、前記塩ビの脱塩酸の他、イオン交換基の脱離も生じ易く、イオン交換基が脱離すれば電気抵抗は増加する。また、移動しにくい対イオンがイオン交換基と結合したり、ファウリングやスケーリングなどその他の要因が重なれば、電気抵抗は増加する可能性がある。これに対して、機械的強度等の物理特性の場合、上記塩ビの脱塩酸以外の原因による性状変動は小さい。従って、使用中のアニオン交換膜の特性判定の正確性からは、電気抵抗よりも、機械的強度等の物理特性の方が信頼性はより高く好ましい。
【実施例
【0037】
本発明を次の実験例で説明する。
【0038】
実験に用いた含Clアニオン交換膜;
ポリ塩化ビニル製織布を基材シートとして含有
含Clアニオン交換膜当りのポリ塩化ビニルの含有量:63質量%
(アニオン交換樹脂中のポリ塩化ビニル含量は約25質量%)
初期吸光度(波長600nm):0.0
初期塩素強度:15337cps
初期交流抵抗:2.36Ω・cm
初期ヤング率:1085N/mm
【0039】
吸光度及び反射率の測定;
日本分光株式会社製可視光分光光度計V-730を使用し、透明の参照サンプルと試料膜について、波数600nmでの吸光度、または反射率を測定した。
試料膜と参照サンプルの吸光度、または反射率との差を、試料膜の吸光度、または反射率とした。
【0040】
塩素強度の測定;
蛍光X線分析装置として、オリンパス株式会社ハンドヘルド蛍光X線装置VANTAを使用し塩素に帰属するKa線の強度を測定した。
【0041】
膜の交流抵抗の測定;
抵抗測定アクリルセルに25℃に維持した0.5N食塩水溶液を循環した。
このセルに試料膜(含Clアニオン交換膜)を挟み、HIOKI製交流測定器LCR-4263Aを使用し、周波数1000cycleで全交流抵抗(R2)を測定した。また、膜を挟んでいない状態での交流抵抗(R1)を測定し、下記式より膜の交流抵抗(ER)を算出した。
ER=R2-R1
【0042】
膜の輸率(プロトン透過阻止率)の測定;
手製のアクリルセルに白金電極を装備し、テストピースを挟んだ。2M-HSO溶液をアノードセルに、0.25-HSO溶液をカソードセルに満たした。それぞれをマグネチックスターラーで攪拌し、25℃に維持した。電流密度10dA/dmで3600秒通電し、アノードセルのHイオン濃度(M2)、通電前の初期のHイオン濃度(M1)を0.1M-NaOHで滴定し、下記式よりプロトン透過阻止率PR(%)を算出した。
PR=(M2/M1)×100
【0043】
膜の含水率の測定;
0.5M-NaCl溶液で平衡したテストピースを脱イオン水で洗浄後、2枚の濾紙の間に挟んで軽く圧力をかけ表面の水分を拭き取った。湿潤状態のテストピースの重量(Wa)を直ちに測定した。
続いて60℃に維持された真空乾燥器DP-32(ヤマトサイエンティフィック製)に入れ4時間真空乾燥した。乾燥テストピースの重量(Wb)を測定し、下記式より膜の含水率Wc(%)を算出した。
Wc=[(Wa-Wb)/Wb]×100
【0044】
ヤング率の測定;
A&D株式会社製引張試験機「テンシロン」を用いて機械強度試験を行い、得られた応力-歪曲線からヤング率を算出した。
【0045】
<実施例1>
試料の含Clアニオン交換膜を、40℃に維持された0.01M、0.1M、1M濃度のNaOH水溶液にそれぞれ浸漬し、40℃下での劣化促進試験を行った。
これらの膜を、1時間後から一週間経過するまで所定時間ごとに取出し、可視光に対する吸光度(波長600nm)を測定し、及び電気抵抗(交流抵抗)保持率を算出し、相関関係を、図1に示した。
図1から理解されるように、電気抵抗保持率をy、600nm吸光度をxとして、最小二乗法により、40℃下での劣化促進試験では、y=-0.4501x+0.9873の回帰直線が得られた。相関係数Rは0.84だった。
一方、同じ含Clアニオン交換膜を、地下かん水の脱塩によって工業用水を製造する電気透析装置に装着し、槽内の液温が40℃を超えない条件で電気透析を1年間実行した膜(以下、「現場膜」とする)を調べた。肉眼観察では、水解発生によって、アニオン膜の一部が赤く劣化していた。この部分からサンプルを切り出して600nmでの吸光度及び交流抵抗保持率を測定したところ、吸光度は0.27、交流抵抗保持率は91%と測定された。しかるに、図1の回帰直線から、吸光度が0.27のときの交流抵抗保持率は87%と推定された。約4%の誤差であり概ね一致していた。
【0046】
<実施例2>
実施例1の劣化促進試験において、膜の交流抵抗を測定するのに変えてヤング率を測定し、吸光度とヤング率との関係を求める以外は同様に実施し、その結果を図2に示した。図2から理解されるように40℃下での劣化促進試験では、可視光(600nm)に対する吸光度とヤング率との関係はy=-0.5207x+0.9755の回帰直線が得られた。
次に、実施例1で得られた含Clアニオン交換膜の現場膜の吸光度は0.27であるから、回帰直線からヤング率は83%と推定された。実際の現場膜のヤング率は、79%であって概ね一致していた。
【0047】
<実施例3>
実施例1の劣化促進試験において、膜の交流抵抗を測定するのに変えて輸率を測定し、吸光度と輸率との関係を求める以外は同様に実施し、その結果を図3に示した。図3から理解されるように40℃下での劣化促進試験では、可視光(600nm)に対する吸光度と輸率との関係はy=-0.2407x+1.0023の回帰直線が得られた。
次に、実施例1で得られた含Clアニオン交換膜の現場膜の吸光度は0.27であるから、回帰直線から輸率保持率は94%と推定された。実際の現場膜の輸率保持率は、90%であって概ね一致していた。
【0048】
<実施例4>
実施例1の劣化促進試験において、膜の交流抵抗を測定するのに変えて含水率を測定し、吸光度と含水率との関係を求める以外は同様に実施し、その結果を図4に示した。図4から理解されるように40℃下での劣化促進試験では、可視光(600nm)に対する吸光度と含水率との関係はy=-0.2404x+1.0065の回帰直線が得られた。
次に、実施例1で得られた含Clアニオン交換膜の現場膜の吸光度は0.27であるから、回帰直線から含水率保持率は94%と推定された。実際の現場膜の含水率保持率は、92%であって概ね一致していた。
【0049】
<実施例5>
実施例1の劣化促進試験において、可視光に対する吸光度に変えて反射率を測定し、可視光(600nm)に対する反射率と電気抵抗保持率との関係との関係を求める以外は同様に実施し、その結果を図5に示した。
図5から理解されるように、電気抵抗保持率をy、600nm反射率をxとして、最小二乗法により、40℃下での劣化促進試験では、y=0.5897x+0.3871の回帰直線が得られた。相関係数Rは0.86だった。
実施例1で得られた含Clアニオン交換膜の現場膜の反射率は80%であり、電気抵抗保持率は86%と推定された。現場膜の電気抵抗保持率は91%であったので約5%の誤差があった。
【0050】
<実施例6>
実施例5の劣化促進試験において、NaOH水溶液の温度を60℃で行った以外は同様に実施し、その結果を図6に示した。図6から理解されるように60℃下での劣化促進試験結果を追加すると、可視光(600nm)に対する反射率と電気抵抗保持率との関係はy=0.5992x+0.2815の回帰直線が得られた。相関係数R=0.74となり精度が低下した。
この結果、この回帰直線から、反射率80%に対する電気抵抗保持率は76%となり、劣化促進試験が40℃で実施された実施例5の結果(86%)と比較すると差は約10%となった。温度の高い実験の電気抵抗は低めになりやすく、40℃での推定に比べ低めの値になった。しかし、劣化が酷い場合はx軸の反射率が低い値になるので、時間をかけて検量線を作るのでなければ、劣化の傾向は十分に把握可能であり、簡易な判定方法として有意義であった。
【0051】
<実施例7>
実施例5の劣化促進試験において、膜の交流抵抗を測定するのに変えてヤング率を測定し、反射率とヤング率との関係を求める以外は同様に実施し、その結果を図7に示した。図7から理解されるように40℃下での劣化促進試験では、可視光(600nm)に対する反射率とヤング率との関係はy=0.8017x+0.1907の回帰直線が得られた。
次に、実施例5で示したように、実施例1で得られた含Clアニオン交換膜膜の現場膜の反射率は80%であるから、回帰直線からヤング率は83%と推定された。実際の現場膜のヤング率は、79%であって概ね一致していた。
【0052】
<実施例8>
実施例1の劣化促進試験において、可視光に対する吸光度に変えて塩素強度(蛍光X線分析)を測定し、塩素強度保持率と電気抵抗保持率との関係との関係を求める以外は同様に実施し、その結果を図8に示した。図8から理解されるように40℃下での劣化促進試験では、塩素強度保持率と電気抵抗保持率との関係はy=2.3286x-1.3733の回帰直線が得られた。
実施例1で得られた含Clアニオン交換膜の現場膜の塩素強度保持率は93%であり、電気抵抗保持率は79%と推定された。
【0053】
<実施例9>
実施例8の劣化促進試験において、膜の交流抵抗を測定するのに変えてヤング率を測定し、塩素強度保持率とヤング率との関係を求める以外は同様に実施し、その結果を図9に示した。図9から理解されるように40℃下での劣化促進試験では、塩素強度とヤング率との関係はy=2.9444x-2.0012の回帰直線が得られた。
実施例1で得られた含Clアニオン交換膜の現場膜の塩素強度保持率は93%であり、ヤング率保持率は74%と推定された。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9