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特許7148400トーリック眼内レンズ、眼内レンズ挿入器具およびトーリック眼内レンズの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-27
(45)【発行日】2022-10-05
(54)【発明の名称】トーリック眼内レンズ、眼内レンズ挿入器具およびトーリック眼内レンズの製造方法
(51)【国際特許分類】
   A61F 2/16 20060101AFI20220928BHJP
【FI】
A61F2/16
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2018523955
(86)(22)【出願日】2017-06-14
(86)【国際出願番号】 JP2017021912
(87)【国際公開番号】W WO2017217443
(87)【国際公開日】2017-12-21
【審査請求日】2020-06-04
(31)【優先権主張番号】P 2016119064
(32)【優先日】2016-06-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000163006
【氏名又は名称】興和株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】特許業務法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】石川 治雄
(72)【発明者】
【氏名】谷口 明己
(72)【発明者】
【氏名】清水 紀雄
【審査官】小林 睦
(56)【参考文献】
【文献】特許第5771907(JP,B2)
【文献】米国特許出願公開第2011/0118836(US,A1)
【文献】米国特許第09277988(US,B1)
【文献】特開2013-132503(JP,A)
【文献】特表2003-500508(JP,A)
【文献】国際公開第2015/037994(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61F 2/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
乱視軸が設けられているレンズ本体を有するトーリック眼内レンズであって、
前記レンズ本体の光学面に、前記乱視軸を示すマークが形成されており、
前記光学面の上面視において、前記マークの外形寸法における前記レンズ本体の半径方向の長さと前記レンズ本体の円周方向の長さが互いに異なり、
前記マークは、前記レンズ本体の光軸に平行な平面による前記レンズ本体の断面において、前記マークと前記光学面との境界に形成されて前記マークの外形を画定する角の部分である縁に隣接し前記縁から前記マークの内側に向かって延びる傾斜面を有する、
ことを特徴とするトーリック眼内レンズ。
【請求項2】
前記マークにおいて前記レンズ本体の半径方向に延伸する第1の軸の少なくとも一端側の前記マークの前記縁の輪郭が、正円の円弧を有しない、ことを特徴とする請求項1に記載のトーリック眼内レンズ。
【請求項3】
前記マークは、前記レンズ本体の後面に形成された凹部である、ことを特徴とする請求項1または2に記載のトーリック眼内レンズ。
【請求項4】
前記マークは、前記レンズ本体の前面に形成された凸部である、ことを特徴とする請求項1または2に記載のトーリック眼内レンズ。
【請求項5】
前記レンズ本体の光軸に平行な平面による前記レンズ本体の断面における前記マークの前記縁の丸み面取りの半径の寸法が0.1mmまたはそれより小さい寸法である、ことを特徴とする請求項1から4のいずれか一項に記載のトーリック眼内レンズ。
【請求項6】
前記マークは、前記レンズ本体の光学面に対して略平行に設けられた平行面を有し、
前記傾斜面は、前記マークの前記縁と前記平行面とを繋ぐ、ことを特徴とする請求項1から5のいずれか一項に記載のトーリック眼内レンズ。
【請求項7】
前記マークの面粗さの値が20nmまたはそれより小さい値であり、前記光学面の面粗さが前記マークの面粗さと異なる、ことを特徴とする請求項1から6のいずれか一項に記載のトーリック眼内レンズ。
【請求項8】
前記トーリック眼内レンズは、前記レンズ本体の屈折力の異なる複数のトーリック眼内レンズからなるトーリック眼内レンズ群を形成し、
前記トーリック眼内レンズ群の各トーリック眼内レンズにおいて、前記マークが、前記トーリック眼内レンズの支持部の位置に対して、前記レンズ本体の屈折力によらず一定の位置に設けられている、ことを特徴とする請求項1から7のいずれか一項に記載のトーリック眼内レンズ。
【請求項9】
請求項1から8のいずれか一項に記載のトーリック眼内レンズを患者の眼内に挿入するための眼内レンズ挿入器具に、前記トーリック眼内レンズがあらかじめ収納されている、ことを特徴とする眼内レンズ挿入器具。
【請求項10】
請求項1から8のいずれか一項に記載のトーリック眼内レンズの製造方法であって、
前記乱視軸を示すマークの位置を前記トーリック眼内レンズの支持部の位置に対して一定の位置に設けるための指標が付された樹脂型を用いて、前記レンズ本体を構成する樹脂を重合する
ことを特徴とするトーリック眼内レンズの製造方法。
【請求項11】
前記樹脂型の指標は凹部であることを特徴とする請求項10に記載のトーリック眼内レンズの製造方法。
【請求項12】
前記樹脂型の指標の面粗さが、前記指標以外の部分の面粗さと異なる、ことを特徴とする請求項10に記載のトーリック眼内レンズの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トーリック眼内レンズ、眼内レンズ挿入器具およびトーリック眼内レンズの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
白内障治療においてヒト混濁水晶体の置換や屈折の補正のために水晶体の代用として挿入される眼内レンズが実用に供されている。角膜乱視を有する患者が白内障手術を受ける場合、乱視矯正可能な眼内レンズ、いわゆるトーリック眼内レンズが挿入される場合がある。トーリック眼内レンズを患者の眼球に挿入した後では、患者の角膜の乱視軸と眼内レンズのトーリック軸を一致させる必要がある。
【0003】
従来、トーリック眼内レンズには、直線的に並んだ複数の円形のドットが、トーリック軸(強主経線、または弱主経線)を示すマークとして施されている。トーリック眼内レンズは、所定の屈折力を有するレンズ本体と、レンズ本体に連結された、レンズ本体を眼球内で保持するための支持部とを備え、トーリック軸を示すマークは、レンズ本体において支持部との接合部付近に施される(例えば特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第5771907号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
トーリック軸を示すマークは、レンズ本体の前面のトーリック軸(乱視軸)上に印刷あるいは凹凸形状等によって形成される。しかしながら、レンズ本体に印刷されたマークは、患者の水晶体に生じている線などと誤認される可能性がある。また、レンズ本体に円形または球形状等によって形成されたマークは、手術時に眼球内に混入した気泡などと誤認される可能性がある。また、瞳孔が小さい症例の場合、IOL(Intraocular Lens)は術者から見て瞳孔の裏側に挿入されるためマークが1つしか観察できないこともある。この場合、円形または球形状のマークでは正確にトーリック軸を認識できなくなる。さらに、マークが施される部分を粗面とし、当該粗面により光を散乱させることで、レンズ本体のマークが施されている部分と施されていない部分とで術者に対する見え方を異ならせる場合もある。しかし、粗面により散乱された光は、迷光となりやすいため、患者の視機能に影響する可能性がある。
【0006】
本件開示の技術は、上記の事情に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、トーリック軸の視認性を向上させるトーリック眼内レンズを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本件開示のトーリック眼内レンズは、乱視軸が設けられているレンズ本体を有するトーリック眼内レンズであって、レンズ本体の光学面に、乱視軸を示すマークが形成されており、光学面の上面視において、マークの外形寸法におけるレンズ本体の半径方向の長さとレンズ本体の円周方向の長さが互いに異なる。これにより、そのマークは光学面との境界において光反射の様子が異なっており、トーリック眼内レンズが患者の眼球内に挿入された後、術者にはマークの一部しか視認できない場合でも、術者はマークに基づいて乱視軸を特定することができる。また、マークが眼球内に混入した気泡と誤認される可能性も低減される。
【0008】
上記のトーリック眼内レンズは、マークにおいて前記レンズ本体の半径方向に延伸する第1の軸の少なくとも一端側のマークの縁の輪郭が、正円の円弧を有しない構成としてもよい。また、マークは、レンズ本体の後面に形成された凹部あるいはレンズ本体の前面に形成された凸部として構成してもよい。さらに、レンズ本体の光軸に平行な平面によるレンズ本体の断面におけるマークの縁の丸み面取りの半径の寸法が0.1mmまたはそれより小さい寸法としてもよい。さらに、その縁は光学面とマークの斜面で構成されているとなるようにしてもよい。または、マークの周辺部は段階的に明るさを変化させてもよい。これにより、術者にはマークとマーク以外の光学部とで光反射の様子や見え方が異なるため、レンズ本体のマークの視認性が向上する。
【0009】
また、マークは、レンズ本体の光軸に平行な平面によるレンズ本体の断面における縁に隣接する傾斜面を有する構成としてもよい。また、マークの面粗さの値が20nmまたはそれより小さい値であり、光学面の面粗さがマークの面粗さと異なる構成としてもよい。また、上記のトーリック眼内レンズは、レンズ本体の屈折力の異なる複数のトーリック眼内レンズからなるトーリック眼内レンズ群を形成し、トーリック眼内レンズ群の各トーリック眼内レンズにおいて、マークが、トーリック眼内レンズの支持部の位置に対して、レンズ本体の屈折力によらず一定の位置に設けられている構成としてもよい。さらに、マークが、トーリック眼内レンズの支持部の位置に対して、レンズ本体の屈折力によらず一定の位置に設けられている構成としてもよい。
【0010】
あるいは、トーリック眼内レンズを患者の眼内に挿入するための眼内レンズ挿入器具に、上記のトーリック眼内レンズがあらかじめ収納されていてもよい。また、上記のトーリック眼内レンズの製造方法を、乱視軸を示すマークの位置をトーリック眼内レンズの支持部の位置に対して一定の位置に設けるための指標が付された樹脂型を用いて、レンズ本体を構成する樹脂を重合するように構成してもよい。また、樹脂型の指標は凹部としてもよいし、樹脂型の指標の面粗さが、指標以外の部分の面粗さと異なるように構成してもよい。
【発明の効果】
【0011】
本件開示の技術によれば、トーリック軸の視認性を向上させるトーリック眼内レンズを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1(a)、(b)、(c)は、一実施形態におけるトーリック眼内レンズの概略構成を示す図である。
図2図2(a)、(b)は、一実施形態における眼内レンズ挿入器具の概略構成を示す図である。
図3図3は、一実施形態におけるノズル本体の概略構成を示す図である。
図4図4(a)、(b)は、一実施形態における位置決め部材の概略構成を示す図である。
図5図5(a)、(b)は、一実施形態におけるプランジャーの概略構成を示す図である。
図6図6(a)、(b)は、一実施形態におけるバルク眼内レンズの成形を示す概略図である。
図7図7(a)、(b)は、一実施形態におけるバルク眼内レンズの成形を示す概略図である。
図8図8(a)、(b)は、一実施形態におけるバルク眼内レンズの概略構成を示す図である。
図9図9は、一実施形態におけるバルク眼内レンズの成形を示す概略図である。
図10図10(a)、(b)は、一実施形態におけるバルク眼内レンズの成形を示す概略図である。
図11図11(a)~(d)は、一実施形態におけるトーリック眼内レンズのマークの概略構成を示す図である。
図12図12(a)~(c)は、クレイク・オブライエン・コーンスウィート錯視の一例を示す図である。
図13図13(a)~(c)は、一変形例におけるトーリック眼内レンズのマークの概略構成を示す図である。
図14図14(a)、(b)は、一変形例におけるトーリック眼内レンズのマークの概略構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
【0014】
図1は、本実施形態に係るトーリック眼内レンズ2の概略構成を示した図である。図1(a)は平面図、図1(b)は側面図、図1(c)はマーク付近の拡大図を示す。なお、図1(a)と図1(b)との間では、トーリック眼内レンズ2の向きは対応していない。また、図1(c)は図1(a)とは逆側すなわち眼内レンズの後面側からマークを見たときの上面視における図となっている。トーリック眼内レンズ2は、レンズ部と支持部が同じ材質で一体成型されているいわゆるワンピース型で、レンズの材質は軟性のアクリル素材である。トーリック眼内レンズ2は、所定の屈折力を有するレンズ本体2aと、レンズ本体2aに連結された、レンズ本体2aを眼球内で保持するための長尺平板状の2本の支持部2bとを備える。レンズ本体2aおよび支持部2bは可撓性の樹脂材料で形成されている。また、レンズ本体2aおよび支持部2bとは、接合部2eを介して互いに接続されている。
【0015】
図1(b)に示すように、接合部2eは、レンズ外周面から接線状に張り出して形成され、レンズ本体2aの外周と所定範囲にわたって接するように設けられている。また、本実施形態において、レンズ本体2aの光学面の外縁部付近には、レンズ本体2aの光軸Oを挟んで互いに対向する一対のマーク2dが施されている。マークは光軸Oから1.5mm以上、好ましくは2.0mm以上離れた位置が望ましい。マーク2dを結ぶ仮想の線が、レンズ本体2aの第1の軸(例えば弱主経線)を表し、レンズ本体2aの光軸Oにおいてこの仮想の線に直交する線が、第2の軸(例えば強主経線)を表す。したがって、術者は、トーリック眼内レンズ2を患者の眼球内に挿入した後、患者の角膜の強主経線方向とレンズ本体2aのマーク2dが表す弱主経線方向とが一致するように、トーリック眼内レンズ2の位置を調整することができる。なお、マーク2dの構成の詳細については後述する。
【0016】
本実施形態において、後述する眼内レンズ挿入器具1内では、2つの支持部2bのうちの一方の支持部2bが、レンズ本体2aの後側、他方の支持部2bがレンズ本体2aの前側に配置されるように、トーリック眼内レンズ2がステージ部12にセットされる。なお、レンズ本体2aの前側に配置される支持部を前方支持部、レンズ本体2aの後側に配置される支持部を後方支持部とする。
【0017】
本実施形態におけるトーリック眼内レンズ2は、支持部2bにシボ加工が施されている。これにより、プランジャー30によるトーリック眼内レンズ2の押圧移動の際に、トーリック眼内レンズ2の姿勢を安定させることができる。具体的には、例えばプランジャー30によってトーリック眼内レンズ2が押圧移動されるときに、支持部2bとノズル本体10の内壁面との間に適度な摩擦力が生じることでトーリック眼内レンズ2がノズル本体10内で回転しないように防止することができる。また、支持部2bにシボ加工が施されていることで、トーリック眼内レンズ2がノズル本体10内で折り畳まれるときに、支持部2bがレンズ本体2aに張り付かないように防止することもできる。また、本実施形態では、図1(b)に示すように、トーリック眼内レンズ2のレンズ本体2aの周辺部、すなわちレンズ本体2aと支持部2bとの連結部分において、レンズ本体2aが持つ光学面の傾きを緩和するような曲率の小さい光学面2cを設けることでレンズの中心厚を減少させて、レンズの断面積も小さくし、薄型のレンズ形状を実現している。ここで、光学面2cは平坦な形状でもよい。
【0018】
なお、接合部2eがレンズ本体2aの外周と接している範囲では、前面の光学部径は、その他の範囲より加工マージンの分だけ僅かに大きくなっているため、前面において光学部はわずかに楕円形状(非円形状)になっている。また、後面光学部も、接合部2eがレンズ本体2aの外周と接している範囲では、その他の範囲に比べて10%ほど大きい光学部径になっている、すなわち接合部2eにも光学レンズ面としての機能を持っている部分がある。これによりレンズ本体2aに対して規定される所定の寸法の中で少しでもレンズの有効範囲を広くしている。一般的に、接合部2eに接していない範囲のレンズ本体2aの光学部径は5.5mmから7.0mmである。
【0019】
図2に、本実施形態のトーリック眼内レンズの眼内への挿入に用いられる眼内レンズ挿入器具1の概略構成を示す。図2(a)はステージ蓋部13を開蓋した場合の眼内レンズ挿入器具1の平面図、図2(b)はステージ蓋部13を閉蓋した場合の眼内レンズ挿入器具1の側面図を示している。眼内レンズ挿入器具1のノズル本体10は、断面が略矩形の筒状部材であり、片側の端部に大きく開口した後端部10bと、別の側の端部に細く絞られた挿入筒部100としてのノズル部15および先端部10aとを備える。図2(b)に示すように、先端部10aは斜めに開口している。プランジャー30は、ノズル本体10に挿入され往復運動可能である。
【0020】
以下の説明において、ノズル本体10の後端部10bから先端部10aへ向かう方向を前方向、その逆方向を後方向、図2(a)において紙面手前側を上方向、その逆方向を下方向、図2(b)において紙面手前方向を左方向、その逆方向を右方向とする。また、この場合、上側は後述するレンズ本体2aの光軸前側に、下側はレンズ本体2aの光軸後側に、前側はプランジャー30による押圧方向前側に、後側はプランジャー30による押圧方向後側に相当する。
【0021】
ノズル本体10の後端部10b付近には、板状に迫り出し、使用者がプランジャー30をノズル本体10の先端側に押し込む際に指を掛けるホールド部11が一体的に設けられている。また、ノズル本体10におけるノズル部15の後側には、トーリック眼内レンズ2をセットするステージ部12が設けられている。このステージ部12は、ステージ蓋部13を開蓋することでノズル本体10の上側に開口するようになっている。また、ステージ部12には、ノズル本体10の下側から位置決め部材50が取り付けられている。この位置決め部材50によって、使用前(輸送中)においてもステージ部12にトーリック眼内レンズ2が安定して位置決めされている。
【0022】
すなわち、眼内レンズ挿入器具1においては、製造時に、ステージ蓋部13が開蓋されて位置決め部材50がステージ部12に取り付けられた状態で、トーリック眼内レンズ2がステージ部12に、光軸前側が上になるようにセットされる。そして、ステージ蓋部13を閉蓋させた後出荷され、販売される。さらに、使用時には、使用者が、トーリック眼内レンズ用の潤滑剤が充填された注射器の針を挿入部20のニードル孔20aからステージ部12内に挿入して潤滑剤を注入する。そして、使用者はステージ蓋部13を閉蓋したままで位置決め部材50を取り外し、その後プランジャー30をノズル本体10の先端側に押し込む。
【0023】
これにより、プランジャー30によってトーリック眼内レンズ2を押圧し、ノズル部15まで移動させた上で、先端部10aよりトーリック眼内レンズ2を眼球内に放出する。なお、眼内レンズ挿入器具1におけるノズル本体10、プランジャー30、位置決め部材50はポリプロピレンなどの樹脂の素材で形成される。ポリプロピレンは医療用機器において実績があり、耐薬品性などの信頼性も高い素材である。
【0024】
また、ステージ蓋部13の一部には、薄肉部とすることによって確認窓部17が形成されている。なお、ステージ蓋部13において確認窓部17をどの程度の薄肉部にするかは、ステージ蓋部13を形成する材料と確認窓部17からのトーリック眼内レンズの視認性に基づいて適宜決定すればよい。また、確認窓部17を形成することで、ステージ蓋部13の成形時のヒケを軽減する効果も期待できる。
【0025】
図3にはノズル本体10の平面図を示す。前述のようにノズル本体10においては、トーリック眼内レンズ2はステージ部12にセットされる。そして、その状態でプランジャー30によってトーリック眼内レンズ2が押圧されて先端部10aから放出される。なお、ノズル本体10の内部にはノズル本体10の外形の変化に応じて断面形状が変化する先端側の貫通孔10cと後端側の貫通孔10fが設けられている。貫通孔10cは眼内レンズ2が押圧移動される際の移動経路の一部となる孔であり、貫通孔10fはプランジャー30が挿通される孔である。そして、トーリック眼内レンズ2が放出される際は、トーリック眼内レンズ2は、ノズル本体10内の貫通孔10cの断面形状の変化に応じて変形し、患者の眼球に形成された切開創に入り易い形に変形した上で放出される。
【0026】
また、先端部10aは、ノズル部15の上側の領域が下側の領域より前側になるように斜めにカットされた、いわゆるベベルカット形状となっている。なお、本実施形態に係るノズル部15の先端の詳細については後述するが、この先端部10aの斜めにカットされた形状については、左右方向から見て直線的に斜めにカットされていてもよいし、外側に膨らみを持つように、すなわち曲面形状となるように斜めにカットされていてもよい。
【0027】
ステージ部12には、トーリック眼内レンズ2のレンズ本体2aの径より僅かに大きな幅を有するステージ溝12aが形成されている。ステージ溝12aの前後方向の寸法は、トーリック眼内レンズ2の両側に延びる支持部2bを含む最大幅寸法よりも大きく設定されている。また、ステージ溝12aの底面によって、トーリック眼内レンズの載置面であるセット面12bが形成されている。セット面12bの上下方向位置は、ノズル本体10の貫通孔10fの底面の高さ位置よりも上方に設定されており、セット面12bと貫通孔10fの底面とは底部斜面10dによって連結されている。
【0028】
ステージ部12とステージ蓋部13とは一体に形成されている。ステージ蓋部13はステージ部12と同等の前後方向の寸法を有している。ステージ蓋部13は、ステージ部12の側面がステージ蓋部13側に延出して形成された薄板状の連結部14によって連結されている。連結部14は中央部で屈曲可能に形成されており、ステージ蓋部13は、連結部14を屈曲させることでステージ部12に上側から重なり閉蓋することができる。
【0029】
ステージ蓋部13において、閉蓋時にセット面12bと対向する面には、ステージ蓋部13を補強し、トーリック眼内レンズ2の位置を安定させるためのリブ13a、13bと、プランジャー30の上側のガイドとしての案内突起13cが設けられている。また、ステージ蓋部13には、トーリック眼内レンズ2を眼球内に挿入する作業の前にステージ部12にヒアルロン酸を注射器で注入するための挿入孔としてのニードル孔20aが設けられている。ニードル孔20aは、ステージ蓋部13を閉じたときに、ステージ部12の外部とステージ部12に収納されたトーリック眼内レンズ2とを接続する孔である。使用者は、トーリック眼内レンズ2の挿入作業の前にニードル孔20aから注射器の針を挿入し、ステージ部12内の必要な位置に粘弾性物質であるヒアルロン酸を供給する。
【0030】
ステージ部12のセット面12bの下側には、位置決め部材50が取外し可能に設けられている。図4に、位置決め部材50の概略構成を示す。図4(a)は位置決め部材50の平面図を示し、図4(b)は位置決め部材50の左側面図を示している。位置決め部材50はノズル本体10と別体として構成されており、一対の側壁部51、51が連結部52で連結された構造とされている。側壁部51の下端には、外側に向けて延出して広がる保持部53が形成されている。
【0031】
そして、側壁部51、51の内側には、上側に突出した第1載置部54、第2載置部63が形成されている。さらに、第1載置部54の上端面における外周側には、第1位置決め部55が突出して形成されている。また、第2載置部63の上端面には、眼内レンズ2のレンズ本体2aおよび支持部2bを位置決めする一対の第2位置決め部64が突出して形成されている。第1位置決め部55と第2位置決め部64の離隔長さは、眼内レンズ2のレンズ本体2aの径寸法よりも僅かに大きく設定されている。
【0032】
また、側壁部51、51の内側には、上側に突出した一対の第3載置部56、56が形成されている。第1載置部54、第2載置部63、第3載置部56、56の上面の高さはそれぞれ同等になっている。さらに、第3載置部56、56の上面において外側の部分には、第3載置部56、56の左右方向の全体にわたって上側にさらに突出する第3位置決め部57、57が形成されている。第3位置決め部57、57の内側どうしの離隔長さは、眼内レンズ2のレンズ本体2aの径寸法よりも僅かに大きく設定されている。
【0033】
さらに、側壁部51、51の内側には、眼内レンズ2の支持部2bのうち前方支持部の一部が載置される第4載置部58が形成されている。さらに、第4載置部58から上側にさらに突出する第4位置決め部59が形成されている。第4位置決め部59には前方支持部の一部が当接する。そして、側壁部51、51の内側には、眼内レンズ2の支持部2bのうち後方支持部の一部が載置される第5載置部60が形成されている。さらに、第5載置部60から上側にさらに突出する第5位置決め部61が形成されている。第5位置決め部61には後方支持部の一部が当接する。
【0034】
なお、図4(b)に示すように、第5載置部60および第5位置決め部61の上面の高さは、第1~4載置部および第1~4位置決め部の上面の高さよりも低くなるように設けられている。一方、側壁部51、51の外側には、位置決め部材50を取り外す際に不必要な回転を防止するための回転防止壁部62が設けられている。
【0035】
ノズル本体10のセット面12bには、厚さ方向にセット面12bを貫通するセット面貫通孔12cが形成されている。セット面貫通孔12cの外形は、位置決め部材50の第1~5載置部および第1~5位置決め部を上側から見た形状に対し僅かに大きな略相似形状とされている。そして、位置決め部材50がノズル本体10に取り付けられる際には、第1~5載置部および第1~5位置決め部が、セット面12bの下側からセット面貫通孔12cに挿入され、セット面12bの上側に突出する。
【0036】
そして、眼内レンズ2がセット面12bにセットされる際には、レンズ本体2aの外周部底面が、第1載置部54、第2載置部63、第3載置部56、56の上面に載置される。また、レンズ本体2aは第1位置決め部55、第2位置決め部64、第3位置決め部57、57によって水平方向(セット面12bに水平な方向)に対して位置規制される。さらに、眼内レンズ2の2本の支持部2bがそれぞれ第4載置部58、第5載置部60の上面に載置される。また、2本の支持部2bは、それぞれ第4位置決め部59、第5位置決め部61によって水平方向に対して位置規制される。
【0037】
図5にはプランジャー30の概略構成を示す。プランジャー30は、ノズル本体10よりもやや大きな前後方向長さを有している。そして、円柱形状を基本とした先端側の作用部31と、矩形ロッド形状を基本とした後端側の挿通部32とから形成されている。そして、作用部31は、円柱形状とされた円柱部31aと、円柱部31aの左右方向に広がる薄板状の扁平部31bとを含んで構成されている。図5(a)には、プランジャー30の作用部31(円柱部31a)の中心軸CXを示す。ここで、プランジャー30の先端は一般的に0.5mmから2.0mmの幅(太さ)である。これより細い場合はプランジャー強度が弱くなり、レンズを安定して押出すことができない。逆にこれより太い場合は眼内レンズを眼内に挿入するための創口が大きくなり、惹起乱視と呼ばれる乱視が発生し視機能に悪影響を与える可能性がある。
【0038】
作用部31の先端部分には、切欠部31cが形成されている。この切欠部31cは、図5(b)から分かるように、作用部31の下方向に開口し左右方向に貫通する溝状に形成されている。また、図5(b)から分かるように、切欠部31cの先端側の溝壁は作用部31の先端側に行くに連れて下方に向かう傾斜面で形成されている。
【0039】
また、左右の扁平部31bの前後方向の中途および基端付近には、スリット31d、31fが形成されている。スリット31d、31fは、扁平部31を左右方向に延伸する切り込みと前後方向に延伸する切り込みとからなる略L字形状となるように形成されている。また、扁平部31bには、スリット31d、31fが形成されることにより可動片31e、31gが形成される。可動片31e、31gは、プランジャー30がノズル本体10内を移動する際に、円柱部31aがノズル本体10の左右方向における中央に位置する
よう、いわゆる軸ずれ防止の機能を果たす。本実施形態では、二対の可動片31e、31gが形成されているが、一対のみまたは三対以上形成されていてもよい。
【0040】
挿通部32は、全体的に略H字状の断面を有しており、その左右方向及び上下方向の寸法は、ノズル本体10の貫通孔10fよりも僅かに小さく設定されている。また、挿通部32の後端には、上下左右方向に広がる円板状の押圧板部33が形成されている。
【0041】
挿通部32の前後方向の中央より先側の部分には、挿通部32の上側に向けて突出し、プランジャー30の素材の弾性により上下に移動可能な爪部32aが形成されている。そして、プランジャー30がノズル本体10に挿入された際には、ノズル本体10の上面において厚さ方向に設けられた図3に示す係止孔10eと爪部32aが係合し、このことにより初期状態におけるノズル本体10とプランジャー30との相対位置が決定される。なお、爪部32aと係止孔10eの形成位置は、係合状態において、作用部31の先端が、ステージ部12にセットされたトーリック眼内レンズ2のレンズ本体2aの後側に位置し、レンズ本体2aの後側の支持部2bを切欠部31cが方から保持可能な場所に位置するよう設定されている。また、挿通部32においても、スリット31d、31fと同様に、左右方向に延伸する切り込みと前後方向に延伸する切り込みとからなる略L字形状のスリットが形成されてもよい。このように挿通部32に形成されたスリットも、プランジャー30の軸ずれ防止の機能を果たす。
【0042】
次に、本実施形態に係る眼内レンズの製造方法について説明する。
【0043】
図6~10を用いて、本実施形態に係る眼内レンズの元になるバルク眼内レンズ3eを製造する工程について詳しく説明する。図6にはバルク眼内レンズ3eの成形用樹脂型120の概略図を示す。成型用樹脂型20は、樹脂上型115と樹脂下型117とからなる。この樹脂上型115と樹脂下型117とを結合させ、その際に樹脂上型115と樹脂下型117との間にできる空隙に軟質材料を充填することで眼内レンズの元となるバルク眼内レンズ3eを成形する。図6(a)は樹脂上型115と樹脂下型117とが離間した状態を示す断面図である。図6(b)は樹脂上型115と樹脂下型117とを結合させてバルク眼内レンズ3eを成形中の状態を示す断面図である。バルク眼内レンズ3eは、前レンズ本体3gと前支持部3hとを備える。前レンズ本体3gと前支持部3hの詳細については後述する。
【0044】
図6(a)に示されるように、樹脂上型115は、バルク眼内レンズ3eのレンズ本体3aの前面を形成するための光学部前面成形部115aと、支持部3になる部分の前面を成形するための支持部前面成形部115bとを有する。樹脂下型117は、バルク眼内レンズ3eのレンズ本体3aにおける光学部後面を形成するための光学部後面成形部117aと、支持部3になる部分の後面を成形するための支持部後面成形部117bとを有
する。また、樹脂下型117には、その外周の全周にわたって設けられ樹脂上型115と結合可能とするための外壁部117cが備えられている。
【0045】
樹脂上型115及び樹脂下型117は射出成型により形成され、材料としては汎用の樹脂材料が用いられる。この樹脂材料としてはレンズ素材の原料モノマーによる変形を生じない耐溶剤性に優れたプラスチック樹脂が望ましく、ポリエチレン、ポリプロピレン等のポリオレフィン樹脂製の重合容器であってもよい。また、PMMAなどのアクリル樹脂、ナイロン樹脂などで成形してもよい。
【0046】
上記の射出成型用樹脂型120を用いて眼内レンズを製造する際には、まず、図6(a)に示されるように、樹脂下型117に、レンズ素材の原料モノマー110を供給する。この原料モノマー110については一般に眼内レンズに用いられるものでよく特に制限はない。また、重合開始剤としても公知の熱重合開始剤、光重合開始剤等を用いることができる。また、眼内レンズに紫外線吸収能を付与したり着色してUVタイプとするために、共重合成分として重合性紫外線吸収剤、重合性色素などを用いても構わない。
【0047】
そして、図6(b)に示されるように、樹脂上型115を樹脂下型117の外壁部117cの内側に嵌めこむことにより樹脂上型115と樹脂下型117とを結合させる。これにより、樹脂上型115の光学部前面成形部115aと、樹脂下型117の光学部後面成形部117aで囲まれる空隙に原料モノマー110が充填されレンズ本体3aに相当する部分となり、また、樹脂上型115の支持部前面成形部115bと樹脂下型117の支持部後面成形部117bで囲まれる空隙に原料モノマー110が充填され支持部3bに相当する部分となる。
【0048】
次に、樹脂上型115と樹脂下型117の間の空隙に充填された原料モノマー110を成形用樹脂型120の内部において重合させる。重合の方法としては、例えば、段階的または連続的に25から120℃の温度範囲で昇温し、数時間から数十時間で重合を完結させる加熱重合を用いてもよい。また、例えば、紫外線または可視光線などの光開始剤の活性化の吸収に応じた波長の光線を照射して重合を行う光重合や、加熱重合と光重合とを組み合わせたものを用いてもよい。なお、その際、重合を行う槽内、または室内を窒素またはアルゴン等の不活性ガスの雰囲気とし、かつ大気圧または加圧状態で重合してもよい。
【0049】
次に、本実施例においては、原料モノマー110の重合が完了すると、図7(a)に示すように、樹脂上型115と樹脂下型117とが結合している状態から、図7(b)に示すように、樹脂上型115を除去する。これにより後述するバルク眼内レンズ3eが露出する。その際、バルク眼内レンズ3eは通常、より接触面積の多い樹脂下型117側に残る可能性が高いと考えられる。すなわち、樹脂上型115を除去することで、樹脂下型117とバルク眼内レンズ3eとが一体化した状態で、バルク眼内レンズ3eが露出される。
【0050】
バルク眼内レンズ3eは、図8(a)に示すように、略円板型の形状を有し、レンズ本体3aの基となる前レンズ本体3gと、支持部3bの基となる前支持部3hとを備えたものである。このバルク眼内レンズ3eを図8(a)に破線で示す眼内レンズの外形に沿って機械加工することによって眼内レンズが得られる。
【0051】
次に、バルク眼内レンズ3eに機械加工を加えて眼内レンズを得るための工程について説明する。本実施例では、図7(b)に示すように、樹脂下型117とバルク眼内レンズ3eとが一体化した状態から、図9に示すようにバルク眼内レンズ3eの上面をコーテ
ィング材200などで覆い、バルク眼内レンズ3eを固定する。その後、図10(a)、(b)に示すように、固定されたバルク眼内レンズ3eの表面を従来からあるミーリング(形状加工)方法を用いて眼内レンズの形状を得る。その際切削粉が製品へ異物として付着しないようにするために、ミーリング加工時にエアー(冷気)をレンズに吹き付けたり、切削油(例えばプロピレングリコールなど水溶性のものがよい)を掛けることがなされている。その後、コーティング材200を取り除くことで、所望の眼内レンズを得ることができる。なお、コーティング材200は、眼内レンズを切り出す時に生じる切削粉や塵の付着の虞を排除でき、眼内レンズの製造時の品質を向上させることができるものであればよい。このコーティング材200としては例えばシール剤や液状のワックス剤などが利用できる。
【0052】
また、図7(b)に示すように、樹脂上型115を除去しなくとも、樹脂上型115および樹脂下型117とバルク眼内レンズ3eと共に加工を行ってもよい。
【0053】
トーリック眼内レンズを製造する場合も先述のように樹脂上型115とトーリック面及び乱視軸を示すトーリックマークを有した樹脂下型117を用いて重合することによって得られる。しかし、トーリック眼内レンズの場合、トーリックマークと支持部の位置の関係は非常に重要であり、その位置関係が適当でないと、挿入の際にレンズが破損したり、挿入時の押出し挙動が不安定になったりと手術に悪影響を及ぼす可能性があるため、このとき用いる樹脂下型117には外形加工する際に位置合わせを行うための指標が重合を行う工程より前の工程で設けてある。
【0054】
この指標を確認しながら、形状加工装置にセットし、加工を行うことで、生産されるトーリックレンズにおいて、支持部の位置に対するマークの位置がレンズによってばらつくことなく製造することができる。このことは、何度も手術を行う術者にとってレンズが変わっても同じ感覚で手術することができるため、安定した結果を得ることができる。また、トーリック眼内レンズは等価球面屈折力(度数)と円柱屈折力の組合せにより300種類以上の種類が存在しうるが、それらの屈折力の大きさによらず同じ位置にマークが施されていることは、様々な屈折力のレンズを必要とする白内障手術において、同じ感覚で手術することができ、安定した結果を得ることができる。形状加工装置にセットする際はこの指標が同じ位置にセットされるよう機械的に制御してもよい。
【0055】
次に、位置合わせを行うための指標について説明する。位置合わせ用の指標117dは図10(a)、(b)に示すようにトーリックレンズを形成しない領域であって、正面視においてトーリック面のトーリックマークの予定位置(3i)が示すトーリック軸の延長上にくるよう設けられる。これは樹脂下型117のトーリック面を加工する際に同時加工してもよく、樹脂下型117を成形する際に指標を形成する金型とトーリック面を形成する金型の向きを調整することで実現してもよく、容易に設けることができる。
【0056】
位置合わせ用の指標117dは重合状態でも観察及び検出できる位置に設けるのがよい。これは、重合後の状態では、レンズを形成する面は樹脂上型115と樹脂下型117に挟まれており指標を観察することができないためである。そこで、指標を図9の外壁部117c(樹脂型117の上面の周辺部)もしくは、図10(a)に示すようにレンズを形成する面とは逆の面に設ける(指標117d)のが好ましい。本実施例における樹脂型の形状は一例であり、必要に応じて変更してもよい。例えば外壁部117cの面は眼内レンズの光軸に対して斜めになっているが、指標を検出しやすくするために水平(眼内レンズの光軸に対して垂直)にてもよい。また、外壁部117cの幅を広くしてもよい。
【0057】
また、指標117dは図10(a)に示すように凹形状であることが望ましい。なぜなら、凸状部品を樹脂下型117の指標が形成されている面に接触させながら、樹脂下型117を光学面の光軸を軸に回転させると、凸状部品の位置が指標と一致したときにちょうどはまることができるためである。このようにすることで、機械的にトーリックマークがある向き(トーリック軸の向き)を検出することができる。このとき、凸部品は弾性体と共に構成されており、凹部以外の領域が接触している時には接触する樹脂下型117の面形状に沿って高さが変化するようにしてもよい。また、凹部の検出はレーザー干渉等を利用して非接触で行ってもよい。
【0058】
指標とする凹部は貫通穴でも非貫通穴でもよいが、樹脂型の成形条件や加工条件を考慮すると非貫通にする方が一般的である。非貫通の場合、凹部の底面は凹部以外の部分と異なる粗さの面にしてもよい。樹脂下型117は透明度が高い樹脂が材料となる場合が多い
ので、指標位置の検出がやや困難となる場合があるが、指標底面と、その周辺との粗さが異なることで、レーザー等の光を照射しながら、樹脂下型117を光学面の光軸を軸に回転させると、照射した光の反射光の散乱強度が変化するため、指標位置の検出が容易となり、この結果、トーリック軸の向きを容易に検出することができる。また、CCDカメラ等で撮影して画像処理を行うことで光学面とマークの輝度差を求め、トーリック軸の向きを検出してもよい。逆に指標が凸形状の場合、加工するレンズ面を上にして搬送する場合が多いため、凸形状がレンズの搬送レーンやレンズ受け治具に干渉し傾いてしまう。この傾きは加工精度に影響するため、傾きを回避するために複雑な工程を必要としたり、コストがかかったりしてしまう。
【0059】
本実施例においては、トーリック面を樹脂下型117に設ける方法であるため、樹脂下型117に指標を設けたが、製法およびトーリックレンズの構成によっては、樹脂上型115に指標を設けてもよい。
【0060】
図11(a)~(d)に、本実施形態におけるトーリック眼内レンズ2のレンズ本体2aに形成されたマーク2dの概略構成を示す。図11(a)は、図1(b)のトーリック眼内レンズ2のレンズ本体2aの部分拡大図である。本実施形態において、マーク2dは、レンズ本体2aの後面2gに形成された凹部である。図11(b)に、レンズ本体2aの上面視におけるマーク2dを模式的に示す。図11(b)に示すように、レンズ本体2aの上面視におけるマーク2dの縁2hの形状は正円の円弧を有しない楕円である。また、マーク2dの重心2iにおいて直交する縁2hの楕円の長軸2jと短軸2kについて、長軸2jと短軸2kの長さはそれぞれ異なる。本実施形態において、長軸2jはレンズ本体2aの半径方向(レンズ本体2aにおいて光軸Oと直交する方向)に延伸する軸であり、短軸2kはレンズ本体2aの円周方向に延伸する軸である。なお、長軸2jが第1の軸の一例(例えば弱主経線)に相当(ほぼ一致)し、短軸2kが第2の軸の一例(例えば強主経線)の方向に相当する。このようにマーク2dが形成されていることで、トーリック眼内レンズ2が患者の眼球内に挿入されたときに、術者がマーク2dを気泡などと誤認する可能性を抑えることができる。
【0061】
また、長軸2jの両端において、縁2hには正円部が形成されていない。例えば、長軸2jの両端において縁2hに正円部が形成されていると、術者が、患者の眼球内に挿入されたトーリック眼内レンズにおいてマーク2dのうち当該正円部しか確認できない場合、術者は、当該正円部だけでは乱視軸がどの方向に延伸しているか決定できない。一方、マーク2dを縁2hが正円部を有しない、すなわち正円の円弧を有しない構成とすることで、術者が、長軸2jの一端近傍の部分しか確認できない場合でも、当該部分の縁2hの形状に基づいて乱視軸の方向を決定することができる。
【0062】
さらに、図11(c)にレンズ本体2aの側方断面図におけるマーク2dを模式的に示す。図11(c)に示すように、マーク2dは、底面2mと、縁2hから底面2mに繋がる傾斜面2nとを有する。また、マーク2dの縁2hにおいて、レンズ本体2aの後面2gと傾斜面2nとがエッジを形成する。また、図11(d)に、図11(c)に示すマーク2dの縁2hの部分拡大図を示す。レンズ本体2aの光軸に平行な平面によるレンズ本体2a(マーク2dを含む箇所)の断面において、縁2hの丸み面取りの半径Rの寸法(角Rの寸法あるいはコーナーアールの寸法とも称する。すなわち角の部分に構造上生じる丸くなる部分の半径寸法である。)が所定値以下である。これにより、後面2gを透過する光と傾斜面2nを透過する光の各面における屈折方向が、縁2hを境に急激に変化することで、術者がマーク2dを見たときに、縁2hおよび傾斜面2nを構成する楕円を視認できる。本実施形態では、当該所定値は0.1mm以下(0.1mmまたはそれより小さい寸法)であり、後面2gと傾斜面2nのなす角度が90度より大きく180度より小さい勾配形状とすると、術者は後面2gとマーク2dの傾斜面2nとを異なった色で視認し
やすくなると考えられる。実際に図11に示すトーリックマークを有するトーリックレンズを作製し、無水晶体眼を模した光学系の中にIOLを挿入し、角膜側から透過光を入射して網膜側から観察してみたところ、後面2gと傾斜面2nのなす角度が150度以上の場合、境界を認識することができなかった。このことから、実際に眼内に挿入された場合にも患者が認識することはないと考えられ、眼内レンズとしては望ましい。
【0063】
また、マーク2dの周辺部(例えば傾斜面2n)において、段階的に明るさが変化するようにしてもよい。この場合、いわゆるクレイク・オブライエン・コーンスウィート錯視により、術者は段階的に明るさが変化する縁2h及び傾斜面2n(周辺部)を境界として、後面2gを透過する光とマーク2dの底面2mを透過する光の一方の光が明るく見え、他方の光が暗く見えることがある。このような理由からも、マーク2dを上記構成とすることで、術者は後面2gとマーク2dの底面2mとを異なった色または明るさで視認しやすくなると考えられる。
【0064】
ここで、図12(a)~(c)を参照しながら、クレイク・オブライエン・コーンスウィート錯視について説明する。図12(a)において、中心のエッジの右側にある領域全体は、左側よりも少し明るく見える。図12(b)に、横軸を図12(a)に示す領域内の位置とし、縦軸を各位置における輝度(明度)としたグラフを示す。図12(b)のグラフが示すように、左右の領域の明るさは実際には同じである。図12(c)は、図12(a)に示す領域のうち、左右の領域の境界部(エッジ)を黒く塗りつぶした場合の図を示す。図12(c)に示すように、エッジを含む中心の領域を隠せば両者は同じ明るさに見える。このように、同じ明るさであっても、境界部にエッジを有する場合、エッジ部の明るさ勾配に影響され、エッジの両側で異なった明るさとして知覚されることが知られている。
【0065】
この錯視の効果を利用し、レンズの光学面とマークの境界において、光反射の様子又は明るさが変化するように構成することで、光学面とマークで認識される明るさを変えることができ、マークが認識しやすくなる。この錯視は境界部において明るさの勾配を有している場合に生じる。そのため、レンズの光学面とマークの境界において、本実施例のようにエッジ部を鋭利な形状としたり、マークの周辺部において粗さを段階的に変化させることで、エッジで反射した光が最も明るく見えたり、マークの周辺部で反射した光の明るさは段階的に変化することで勾配を持った明るさが実現されることにより、効果的に錯視を発生させることができ、マークを認識しやすくなる。
【0066】
また、マーク2dの底面2mおよび傾斜面2nは平滑面であることが望ましい。底面2mおよび傾斜面2nを粗面として構成した場合には、底面2mおよび傾斜面2nで散乱された光が迷光となって患者の視機能に影響する懸念が生じる。一方、本実施形態においては、底面2mおよび傾斜面2nが平滑面として構成されているため、底面2mおよび傾斜面2nにおいて、患者の視機能にとって不要な散乱光を生じる懸念がない。ここで平滑面とは、底面2mおよび傾斜面2nを略鏡面とみなせる範囲で粗くした面である。一例として、マーク2d以外の光学面の粗さをRa 5nm以下(5nmまたはそれより小さい値)とした場合に(Raは、算術平均粗さ)、レンズ本体2aのマーク2dの底面2mおよび傾斜面2nの粗さをRa 20nm以下(20nmまたはそれより小さい値)とすると、患者の視機能にとって不要な散乱光を生じる懸念なく、マーク2dの視認性を向上させることができる。より好ましくは、マーク2dの底面2mおよび傾斜面2nの粗さをRa 10nm以下とする。また、光学面とマーク底面2mでRaを5nm以上の差を設けてもよい。
【0067】
さらに、レンズ本体2aの後面2gが凸面の光学面として形成されているのに対し、マーク2dは凹面の光学面として形成されている。すなわち、レンズ本体2aの後面2gにおいて、マーク2dとマーク2d以外の光学部との間に生じる曲率差が、マーク2dの視認性の向上に寄与しているといえる。さらに、いわゆるHollow Face錯視により、術者は、トーリック眼内レンズ2が患者の眼内に挿入されたときに、レンズ本体2aの後面2gに形成された凹面のマーク2dを、凸面として認識する。このように、レンズ本体2aの後面2gにマーク2dを形成する場合でも、術者にはマーク2dを凸面のマークとして認識させることが可能である。
【0068】
以上が本実施形態に関する説明であるが、上記のトーリック眼内レンズや眼内レンズ挿入器具などの構成は、上記の実施形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想と同一性を失わない範囲内において種々の変更が可能である。例えば、上記の説明では、マーク2dの縁2hおよび底面2mの形状を楕円としたが、形状は楕円の他、長円、長方形などの短辺および長辺を有する多角形などでもよい。また、上記の実施形態では、マーク2dを、レンズ本体2aの後面2gに形成された凹部としたが、レンズ本体2aの前面2fに形成した凸部をマーク2dの代わりとしてもよい。また、上記のマーク2dは底面2mと傾斜面2nとで構成されるが、底面2mと傾斜面2nを曲面で構成してもよい。また、指標17dの凹形状は貫通穴、非貫通穴、溝、切り欠き、など任意の形状でよいし、凹形状とする以外の方法、例えば塗料、印刷、または粗面加工などの方法で指標を作成してもよい。また、本発明のマークを施す眼内レンズはワンピースレンズでなくてもよく、支持部とレンズ部が別の材質、部材で構成されるような、いわゆるスリーピース型眼内レンズであってもよい。
【0069】
図13(a)~(c)に、レンズ本体2aの後面2gに形成されたマーク2dの代わりに、レンズ本体2aの前面2fに形成されたマーク2pの概略構成を示す。図13(a)は、図1(b)のトーリック眼内レンズ2のレンズ本体2aの部分拡大図である。マーク2pは、レンズ本体2aの前面2fに形成された凸部である。図13(b)に、レンズ本体2aの上面視におけるマーク2pを模式的に示す。図13(b)に示すように、マーク2pの縁2qの形状は楕円である。すなわち、マーク2pの重心2rにおいて交わる、レンズ本体2aの半径方向に延伸する長軸2sとレンズ本体2aの円周方向に延伸する短軸2tについて、長軸2sと短軸2tの長さはそれぞれ異なる。また、長軸2sの両端において、縁2qには正円部が形成されていない。
【0070】
さらに、図13(c)にレンズ本体2aの側方断面図におけるマーク2pを模式的に示す。図13(c)に示すように、マーク2pは、上面2uと縁2qから上面2uに繋がる傾斜面2vとを有する。また、マーク2pの縁2qにおいて、レンズ本体2aの前面2fと傾斜面2vとがエッジを形成する。したがって、レンズ本体2aの前面2fに凸部であるマーク2pを形成することにより、レンズ本体2aの後面2gにマーク2dを形成した場合と同様に、術者には、前面2fとマーク2pとを異なった色で視認しやすくなるといえる。
【0071】
マークと光学部の境界において光反射の様子を変える別様態として、図14(a)に示すように、レンズ本体の光学面上の光学部4aとマーク4bとの境界にのみ勾配部4cを有する形状としてもよいし、図14(b)に示すように、レンズ本体の光学面上の光学部5aとマーク5dとの境界に有意な段差を設けず、マーク5dとマーク5dの縁5bとの間の粗さが段階的に変化する移行部5cを設けてもよい。
【0072】
位置合わせ用の指標の変形例について説明する。本変形例では、樹脂下型にφ2.0mmの凹部をトーリック面とは反対側の光学面の周辺部に設けた。この凹部を指標として外形加工を実施した。また、コントロールとして指標を設けない樹脂型も作製し、位置合わせ精度を比較した。指標を設けない場合、重合状態で乱視軸を把握できないため、一度テレセントリックな透過照明を用いて、顕微鏡下で光学面にあるトーリックマークを探した後、その位置を油性ペンで樹脂下型に印をつける必要があった。この印を指標に加工機にセットし、外形加工を行った。その結果、樹脂下型φ2.0mmの凹部を有した方が精度よく位置合わせすることができた。本変形例では目視にて指標を検出し、手動にて加工機にセットしたが、機械的に指標を検出し、機械的に加工機にセットすることで、より精度よく位置合わせできることは容易に想定できる。
【0073】
一方、トーリック軸の検出のため、指標を用いるのではなく例えば樹脂型の一部をいわ
ゆるDカット形状とする場合などは、Dカットの位置が樹脂の流れに対して非対称になることもあり、樹脂の流れが悪くなり成形不良が発生する可能性がある。しかし、本変形例においては干渉計を用いて光学面を検査しても変化がなく、指標によって成形不良が起きることはないことが確認できた。
【符号の説明】
【0074】
1 眼内レンズ挿入器具
2 トーリック眼内レンズ
2a レンズ本体
2d、2p マーク
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14