(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-27
(45)【発行日】2022-10-05
(54)【発明の名称】金属粉末及びその圧粉体並びにそれらの製造方法
(51)【国際特許分類】
B22F 1/00 20220101AFI20220928BHJP
B22F 3/00 20210101ALI20220928BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20220928BHJP
B22F 9/22 20060101ALI20220928BHJP
H01F 1/147 20060101ALI20220928BHJP
H01F 1/20 20060101ALI20220928BHJP
H01F 1/26 20060101ALI20220928BHJP
C22C 33/02 20060101ALI20220928BHJP
【FI】
B22F1/00 Y
B22F3/00 B
C22C38/00 303S
B22F9/22 A
B22F9/22 G
H01F1/147 166
H01F1/147
H01F1/20
H01F1/26
C22C33/02 M
(21)【出願番号】P 2021540799
(86)(22)【出願日】2021-04-20
(86)【国際出願番号】 JP2021015972
(87)【国際公開番号】W WO2022009502
(87)【国際公開日】2022-01-13
【審査請求日】2021-07-20
(31)【優先権主張番号】P 2020119007
(32)【優先日】2020-07-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000200301
【氏名又は名称】JFEミネラル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105968
【氏名又は名称】落合 憲一郎
(72)【発明者】
【氏名】松木 謙典
(72)【発明者】
【氏名】山根 浩志
(72)【発明者】
【氏名】福留 大貴
【審査官】松岡 徹
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-076135(JP,A)
【文献】特開2020-070499(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00- 1/18
C22C 38/00- 38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量濃度で、Si:1.0~15.0%、Cr:1.0~13.0%、Cl:10~10000ppm、S(硫黄):100~10000ppm及びO(酸素):0.2~7.0%を含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなる金属粉末であって、前記金属粉末の平均粒径が、0.1~2.0μmであることを特徴とする
圧粉磁心用金属粉末。
【請求項2】
請求項1に記載の前記金属粉末と樹脂との結合物であることを特徴とする
圧粉磁心用圧粉体。
【請求項3】
前記樹脂が、熱硬化性樹脂、紫外線硬化型樹脂又は熱可塑性樹脂であることを特徴とする請求項2に記載の
圧粉磁心用圧粉体。
【請求項4】
化学的気相法により、質量濃度で、Si:1.0~15.0%、Cr:1.0~13.0%、Cl:10~10000ppm、S(硫黄):100~10000ppm及びO(酸素):0.2~7.0%を含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなる金属粉末であって、前記金属粉末の平均粒径が、0.1~2.0μmである前記金属粉末を生成することを特徴とする
圧粉磁心用金属粉末の製造方法。
【請求項5】
化学的気相法により、質量濃度で、Si:1.0~15.0%、Cr:1.0~13.0%、Cl:10~10000ppm、S(硫黄):100~10000ppm及びO(酸素):0.2~7.0%を含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなる金属粉末を生成し、前記金属粉末に、樹脂を混合し、圧縮成形したことを特徴とする
圧粉磁心用圧粉体の製造方法。
【請求項6】
前記樹脂が、熱硬化性樹脂、紫外線硬化型樹脂又は熱可塑性樹脂であることを特徴とする請求項5に記載の
圧粉磁心用圧粉体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属粉末及びその圧粉体に係り、特に高周波で使用されるインダクタ用コアに適した鉄合金からなる金属粉末及びそれを樹脂で結合した圧粉体、並びにそれらの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
携帯機器の分野、特にスマートフォンやタブレットPC等に代表される小型携帯機器では、近年目覚ましく高機能化・多機能化が進んでいる。それに伴い、搭載する電源回路のチョークコイルにも搭載台数の増加や集積回路ICの高機能化に伴う大電流化への対応という要求が強くなっている。また、携帯機器のより一層の小型化・薄型化の要求に対応して、コイル自体の小型化・低背化の要求も強くなっている。
【0003】
チョークコイルには、従来から、フェライト材料が用いられてきた。しかし、フェライトの飽和磁束密度が低いため、コアを小型化するとコアの飽和により直流重畳特性が悪化し、大電流を流せなかった。このため、最近では、小型インダクタ用コア(磁心)材料として、飽和磁束密度が高い鉄ベースの金属磁性微粒子が注目されている。
【0004】
例えば、特許文献1には、組成式がFe100-a-bSiaCrb(重量%で、0≦a≦8、0<b≦3)で、粉末表面の一部または全体が絶縁性酸化物で覆われ、粉末表面のCr濃度が粉末中心部より高い軟磁性金属粉末が開示されている。また、絶縁性酸化物を含む軟磁性金属粉末全体の酸素量が10質量%以下であることが好ましいとしている。この軟磁性金属粉末は、原料粉とアルコキシド溶液とを混合し、乾燥した後、700℃以上の熱処理を施して、製造されることにより、圧粉磁心の渦電流損とヒステリシス損失の双方を大幅に低減することが可能であるとしている。
【0005】
また、特許文献2には、結晶質であり、基本組成が、組成式Fe100-x-ySixCry(但し、x:0~15at%、y:0~15at%、x+y:0~25at%である)で表され、前記組成式の全体量100質量部に対して、Nb、V、Ta、Ti、及びWの4~6族遷移金属群から1種以上選択される磁性改質微量成分が0.05~4.0質量部添加されている鉄基軟磁性粉末材が開示されている。この磁性改質微量成分の含有により磁気異方性が低減し、内部歪が軽減するとしている。この特許文献2に記載された鉄基軟質磁性粉末で製造された圧粉磁心は、高透磁率化が可能であり、また磁心損失も増大しない。
【0006】
また、特許文献3には、Fe-Cr-Si系合金からなる金属粒子を酸化性雰囲気下で熱処理することにより得られる粒子成形体である磁性材料が開示されている。そして、使用する金属粒子は、成形前の金属粒子のXPSによる709.6eV、710.7eVおよび710.9eVの各ピークの積分値の和FeOxide、と706.9eVのピークの積分値FeMetalについて、FeMetal/(FeMetal+FeOxide)が0.2以上であるFe-Cr-Si系合金粒子とするとしている。なお、Crの含有範囲は2.0~15wt%である。得られる粒子成形体は、複数の金属粒子と、金属粒子を被覆する金属粒子の酸化物からなる酸化被膜と、酸化物被膜同士の結合部とを有し、これにより、高透磁率で高絶縁抵抗の磁性材料とすることができるとしている。
【0007】
また、特許文献4には、Fe中に質量%で、Si:7~9%、Cr:2~8%を不可避的不純物とともに含む組成を有し、平均粒径D50が1~40μmとして、酸素量を0.60質量%以下に抑制したFe基軟磁性金属粉体が開示されている。これにより、高い透磁率が得られるとともに、鉄損が小さく抑えられ、耐食性にも優れた磁心とすることができるとしている。
【0008】
また、特許文献5には、鉄を主成分とする粉末で、質量%で、炭素を100~995ppm、Siを3~15%含有する軟磁性金属粉末が開示され、粒子内に含まれる酸素が500ppm以下であることが好ましく、またNi:30~80%、Cr:10%以下含有してもよい、としている。これにより、保磁力の低い軟磁性金属粉末とすることができ、この軟磁性金属粉末を用いることで圧粉コアの損失を改善できるとしている。
【0009】
さらに、特許文献6には、Feを主成分とし、質量%で、Siを1~10%、Crを1~13%、Clを10~10000ppm含有しており、好ましくは、質量%で、O(酸素)を1~7%含有し、また、平均粒径が0.1~3.0μmである金属粉末が開示されている。これにより、インダクタ向けとして従来の磁性体と比べて、低保磁力で樹脂との親和性が高く、耐錆性に優れ、かつ高飽和磁束密度で低鉄損の圧粉磁心を製作可能な金属粉末が製造できるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2008-195986号公報
【文献】特許第5354101号公報
【文献】特開2013-26356号公報
【文献】特開2014-78629号公報
【文献】特開2017-92481号公報
【文献】特開2020-76135号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、特許文献1~5に記載された技術では、金属粉末と樹脂との親和性が低く、金属粉末の表面全面を樹脂で被覆することが困難であるため、金属粉末同士間の潤滑性が悪く、金属粉末同士の電気的絶縁を確保しつつ、金属粉末の充填密度を向上させることができないため、圧粉磁心としての透磁率および磁束密度を高くすることができないという問題があった。
【0012】
さらに、特許文献6に記載された技術では、Clを添加することにより、樹脂との親和性を高め、充填密度が向上することで、圧粉磁心としての磁心損失(以下、「鉄損」ともいう。)などの磁心特性を改善するものであるが、高周波で使用されるインダクタ用コアは、発熱との戦いであり、更なる小型化、薄型化への厳しい要求に対して低鉄損化(即ち発熱量低減)という観点での磁心特性はまだ十分とは言えないという問題があった。
【0013】
本発明は、かかる従来技術の問題を解決し、高周波で使用されるインダクタ用コアとして、小型化、薄型化への更なる厳しい要求に対応した高い磁束密度と低鉄損という優れた磁心特性を有する圧粉磁心を製作可能な、低保磁力で樹脂との親和性が高く、耐錆性に優れ、かつ高飽和磁化の金属粉末及びその圧粉体、並びにそれらの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記した目的を達成するために、圧粉体の磁気特性と電気的特性について鋭意検討した。その結果、Fe中に適正量のSi、Cr、さらには適正量のClとS(硫黄)を含有する金属粉末(鉄合金粉末)とすることが肝要であることを見出した。特に、適正量のClとS(硫黄)の存在が、樹脂との親和性を高め、粉末の充填密度を高めて、高磁束密度、かつ低鉄損の圧粉磁心の作製を容易にすることを新規に知見した。
【0015】
本発明は、かかる知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。すなわち、本発明の要旨はつぎのとおりである。
〔1〕質量濃度で、Si:1.0~15.0%、Cr:1.0~13.0%、Cl:10~10000ppm、S(硫黄):100~10000ppm及びO(酸素):0.2~7.0%を含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなる金属粉末であって、前記金属粉末の平均粒径が、0.1~2.0μmであることを特徴とする圧粉磁心用金属粉末。
〔2〕〔1〕に記載の前記金属粉末と樹脂との結合物であることを特徴とする圧粉磁心用圧粉体。
〔3〕〔2〕において、前記樹脂が、熱硬化性樹脂、紫外線硬化型樹脂又は熱可塑性樹脂であることを特徴とする圧粉磁心用圧粉体。
〔4〕化学的気相法により、質量濃度で、Si:1.0~15.0%、Cr:1.0~13.0%、Cl:10~10000ppm、S(硫黄):100~10000ppm及びO(酸素):0.2~7.0%を含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなる金属粉末であって、前記金属粉末の平均粒径が、0.1~2.0μmである前記金属粉末を生成することを特徴とする圧粉磁心用金属粉末の製造方法。
〔5〕化学的気相法により、質量濃度で、Si:1.0~15.0%、Cr:1.0~13.0%、Cl:10~10000ppm、S(硫黄):100~10000ppm及びO(酸素):0.2~7.0%を含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなる金属粉末を生成し、前記金属粉末に、樹脂を混合し、圧縮成形したことを特徴とする圧粉磁心用圧粉体の製造方法。
〔6〕〔5〕において、前記樹脂が、熱硬化性樹脂、紫外線硬化型樹脂又は熱可塑性樹脂であることを特徴とする圧粉磁心用圧粉体の製造方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、高磁束密度、かつ低鉄損の圧粉磁心の作製を容易にする、低保磁力で、樹脂密着性に優れ、耐錆性にも優れた金属粉末が容易に製造でき、産業上格段の効果を奏する。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施態様について詳細に説明する。
【0018】
[金属粉末の組成]
本発明の金属粉末は、Feを主成分とする金属粉末(鉄合金粉末)である。つまり、本発明の金属粉末は、質量濃度で、Si:1.0~15.0%、Cr:1.0~13.0%、Cl:10~10000ppm、S(硫黄):100~10000ppm及びO(酸素):0.2~7.0%を含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなる金属粉末であって、前記金属粉末の平均粒径が、0.1~2.0μmである。以下、組成における%およびppmは、質量濃度であることを意味する。
【0019】
次に、組成限定の理由について説明する。
【0020】
[Si:1.0~15.0%]
Feを主成分とする金属粉末(鉄合金粉末)では、Siは、金属(Fe)中に固溶して、金属粉末の電気抵抗の増大と磁歪の減小に寄与する元素である。磁歪はSi含有量の増大とともに減小し、6.5%程度の含有量でほぼゼロとなりさらに含有量を増大させると、磁歪はさらに減小して負の値になる。一方、電気抵抗(比抵抗)は、Si含有量の増大と共に大きく増大する。磁歪の絶対値の減小は、ヒステリシス損失の低減に寄与し、電気抵抗の増大は、渦電流損失の低減に寄与する。
【0021】
直流磁場での使用や商用周波数程度の低周波での使用では、全損失中に占めるヒステリシス損失の割合が大きいため、Si含有量6.5%付近の組成で損失が最小となり、この組成付近の含有量が好適となる。しかし、動作周波数がより高い領域では、全損失中に占める渦電流損失の割合が増大するため、よりSi含有量の多い組成で損失が最小となり好適となる。さらに動作周波数が上昇し、MHzの領域になると、全損失中に占める渦電流損失の割合がさらに増大するため、さらにSi含有量の多い組成で損失が最小となり好適となる。
【0022】
このように、用途に応じてSiは広い組成範囲で好適な効果が得られるが、Siの含有量が1.0%未満の場合には、磁歪の低減効果も電気抵抗の増大も十分ではなく好適ではない。またSiの含有量が15.0%を超える場合には、磁歪の絶対値も大きく、飽和磁化の低下も非常に大きいため、圧粉磁心を作製した場合にも、所望の磁気特性が得られない。このため、Siは、1.0~15.0%の範囲に限定した。好ましくは、3.0~15.0%であり、さらに好ましくは、6.0~14.0%である。
【0023】
[Cr:1.0~13.0%]
Crは、金属粉末の磁気特性を低下させるが、耐食性を向上させる元素であり、本発明の金属粉末において耐食性の効果を得るには、1.0%以上含有させることが好ましい。Crが1.0%未満と少ない場合には、粒子表面に錆が発生しやすくなる。一方、13.0%を超えて多量に含有すると、飽和磁化(emu/g)が低下する。このため、Crは1.0~13.0%の範囲に限定した。なお、好ましくは1.0~6.0%である。さらに好ましくは、1.0~4.0%である。ここで、耐食性とは、後述する耐錆性のことである。
【0024】
[Cl:10~10000ppm]
Cl(塩素)は、金属粒子表面と樹脂との親和性向上に寄与する元素であり、圧粉磁心とした場合の金属粉末の充填密度を向上させ、圧粉磁心の磁束密度を向上させる効果を有する。このような効果を得るためには、10ppm以上の含有を必要とする。Clが10ppm未満と少ない場合には、金属粉末の粒子表面と樹脂との親和性が低く、金属粉末粒子の周囲に空隙が生じやすく、所望の充填密度を達成できない。一方、Clの含有量が10000ppmを超えて多量に含有すると、表面からの吸湿による錆発生が促進されるおそれがある。このため、Clは、10~10000ppmの範囲に限定した。なお、好ましくは、10~1000ppmである。より好ましくは、10~500ppmである。
【0025】
[S(硫黄):100~10000ppm]
S(硫黄)は、Clの存在下で添加することで、金属粒子表面と樹脂との親和性をさらに向上させる元素であり、圧粉磁心とした場合の金属粉末の充填密度(即ち、樹脂中の金属粉末の体積率%)を、Cl単独添加の場合に比べてさらに向上させ、この充填密度の向上は、圧粉磁心の透磁率を大きく向上させる効果を有する。このような効果を得るためには、100ppm以上の含有を必要とする。S(硫黄)が100ppm未満と少ない場合には、粉末粒子表面と樹脂との親和性改善の追加の効果が認められず、Cl単独添加の場合と同レベルの70%の充填密度しか達成できない。一方、S(硫黄)の含有量が10000ppmを超えて多量に含有すると、表面からの吸湿による錆が発生し、樹脂との親和性が低下し、充填密度も低下する。このため、本発明ではS(硫黄)は100~10000ppmの範囲に限定した。なお、好ましくは、200~8000ppm、より好ましくは、300~6000ppmである。
【0026】
ここでの圧粉磁心中における金属粉末の体積率の改善幅は、後述する実施例のデータから分かるように、比較例の70%から発明例の72%の2%という一見小さい値であるが、単一サイズの剛体球密充填モデルの幾何学的な体積率の限界値である74%という値に近づいた70%を超えた上での、さらなる+2%は、圧粉体の骨格を形成する大きな粒径の粉末粒子が幾何学的な限界に近い状態まで充填され、その隙間に、より小さい粒径の粉末粒子が充填されるという理想的な配置が実現されなければ、到達できない体積率であり、粉末粒子の充填率と粉末粒子表面の樹脂による絶縁の両立が必要条件という制約からすれば、粉末粒子と樹脂の間に空隙が存在した場合には実現困難な体積率である。Clの存在下でのS(硫黄)の添加には、ここまで緻密な充填状態にも、樹脂を粒子の表面から剥離させることなく追従させるだけの樹脂との親和性を付与する効果があることを本発明者らは見出したものである。
【0027】
また、金属粉末の体積率が、70%を超えた上での、さらなる+2%という改善は、磁気特性の観点からも大きな意味を持つ。鉄損は、Cl単独添加(前述の特許文献6)の段階で、既に相当に小さいレベルにあり、そもそも、これ以上鉄損を低下させることは、困難である。
【0028】
圧粉磁心の鉄損に影響を与える要素の一つである圧粉磁心の飽和磁束密度は、圧粉磁心中の金属粉末の体積率にほぼ比例するため、充填の体積率の上限に近い段階からは、それ以上の大きな改善は期待できない。ところが、同じく圧粉磁心の鉄損に大きな影響を与える要素である圧粉磁心の透磁率は、粒子間の距離の影響を大きく受けるため、充填の限界(即ち粒子間の距離がゼロ)に近づくに連れて反磁界が急激に減少し、透磁率は急激に増加する。それ故、金属粉の体積率の地道な改善が鉄損の低下に繋がり、体積率改善前の段階で、既に十分に小さいレベルにある圧粉磁心の鉄損が、本発明によってさらに大きく低下するという結果をもたらした。
【0029】
[O(酸素):0.2~7.0%]
O(酸素)は、表面に酸化物として存在し、金属粉末表面が活性化するのを抑制する作用を有する。このような効果を得るためには、O(酸素)を0.2%以上含有することが好ましい。O(酸素)が少ないことで、粉末の磁気特性に悪影響を及ぼすことは無いが、0.2%未満では、金属粉末表面が活性で、発火しやすくなり、大気中での取り扱いが難しくなる。一方、7.0%を超えて多量に含有すると、飽和磁化が低下する。このようなことから、O(酸素)は0.2~7.0%の範囲に限定した。なお、好ましくは、0.3~3.0%である。より好ましくは、1.0~2.0%である。
【0030】
[不可避的不純物]
上記した成分以外の残部は、Fe及び不可避的不純物である。
不純物元素としては、まず、Niが挙げられる。Fe源として、Fe-Ni合金スクラップやオーステナイト系ステンレススクラップ等を原料として使用した場合等に、不純物元素としてNiが混入してくる。Niは、副原料あるいは不純物として、混入し、Fe含有量を低下させた場合、金属粉末の飽和磁化を低下させる元素であり、できるだけ低減することが望ましいが、Niは、他の不純物元素に比べ、保磁力を増加させることも少なく、また飽和磁化を低下させる作用が緩慢であるため、10%以下の含有量であれば許容できる。なお、コアとしての飽和磁束密度の向上のためには、Niは、5%以下とすることがより好ましく、さらに好ましくは3%以下である。
【0031】
Ni以外の不可避的不純物としては、C、N、P、Mn、Cu、Al等が挙げられる。これらの元素は、金属粉末の飽和磁化を低下させる元素であり、合計で3%以下の含有量であれば、実用上致命的とまで言える磁気特性の低下は生じないため、許容できるが、合計で1%以下とすることがより好ましい。
【0032】
[金属粉末の平均粒径]
次に、本発明の金属粉末は、上記した組成を有し、平均粒径が、0.1~2.0μmの粒子(粉末)とするものである。ここでいう「平均粒径」は、金属粉末粒子を走査型電子顕微鏡(SEM)観察し、撮像して倍率2万倍で測定粒子数1000~2000個のSEM画像解析により求めた個数基準のD50とする。平均粒径が0.1μm未満では、樹脂と混錬した場合に凝集が発生しやすく、充填率が上がらないため、圧粉磁心としての飽和磁束密度が低下する。一方、平均粒径が2.0μmを超えると、鉄損、特に高周波における鉄損が増加する。このため、本発明の金属粉末の平均粒径は、0.1~2.0μmの範囲に限定した。なお、好ましくは0.1~1.5μmである。より好ましくは、0.1~1.0μmである。
【0033】
[金属粉末の磁気特性]
[保磁力]
本発明における金属粉末の保磁力の測定は、金属粉末を所定の容器に入れ、パラフィンを融解、凝固させて固定したものを振動試料型磁力計(VSM)を用いて、印加磁界:1200kA/mの条件で測定した。本発明の目的とするインダクタや変圧器の磁心などの用途では保磁力は小さいことが望ましい。
【0034】
[飽和磁化]
本発明における金属粉末の飽和磁化の測定は、前記の保磁力の測定と同様に、VSMを用いて、印加磁界:1200kA/mの条件で測定した。本発明の目的とするインダクタや変圧器の磁心などの用途では飽和磁化は大きいことが望ましい。
【0035】
[金属粉末の耐錆性]
金属粉末の耐錆性測定方法としては、金属粉末を樹脂に埋め込み固定した後、断面を鏡面研磨して、耐錆性測定用試験片とし、この試験片を恒温恒湿槽中に所定時間保持した後、試験片内の粒子について、ランダムに20個を選定し、発錆の有無を観察し、発錆している粒子の割合(発錆率)を算出した。なお、恒温恒湿槽は、温度:60℃、相対湿度:95%の条件で保持した。また、恒温恒湿槽中の保持時間は2000時間とした。こうして求めた本発明の金属粉末の発錆率は、使用上の不具合が発生しないことから10%以下であることが好ましい。さらに、5%以下であることがより好ましい。
【0036】
[金属粉末の製造方法]
続いて、本発明の金属粉末の製造方法について説明する。
本発明の金属粉末は、ガスアトマイズ法や水アトマイズ法などでも製造可能であるが、化学的気相法(Chemical Vapor Deposition:以下、「CVD」という。)を用いて製造することが好ましい。
【0037】
CVDのプロセスは、Fe、Si及びCrの合金元素を、高温の塩素ガスと反応させて生成した各元素の塩化物ガス、あるいは、Fe、Si及びCrの各元素の塩化物を高温に加熱して気化させた塩化物ガスとS(硫黄)を高温で気化させたガスを所定の比率で混合させた混合ガスに、それぞれ適した温度で水素を反応させて塩化物を還元し、Si、Cr、S(硫黄)を含有する所望組成の金属粉末を得る。本発明の金属粉末のCVDによる製造方法は、塩化物ガスの濃度、反応温度および反応時間を所望の平均粒径となるように調整することができるので、好ましい。
【0038】
反応(還元反応)後、得られた金属粉末は、さらに洗浄工程を施される。洗浄工程は、溶剤を用いて、得られた金属粉末を洗浄し、Clを10000ppm以下に調整する工程である。ここで、使用する溶剤としては、未還元の塩化物や還元反応によって生成した副生成物を溶解する溶剤を用いることが好ましい。このような溶剤としては、水などの水溶性無機溶剤、あるいは、エチルアルコールなどの脂肪族アルコール類のような有機溶剤が例示される。
【0039】
[圧粉体]
本発明の金属粉末を樹脂中で分散させることにより、充填密度の高い低磁心損失の圧粉体を製作することが容易になる。
圧粉体の製造方法としては、特段の制約はなく、公知の方法で製造が可能である。まず、前記金属粉末と、結合剤としての樹脂とを混合し、前記金属粉末が樹脂中に分散した混合物を得る。また、必要に応じて、得られた混合物を造粒して造粒物としてもよい。その混合物または造粒物を圧縮成形することにより、成形体(圧粉体)が得られる。
【0040】
結合剤として混合する樹脂としては、前記金属粉末表面との親和性が向上する樹脂であることが好ましく、具体的には、熱硬化性樹脂、紫外線硬化型樹脂又は熱可塑性樹脂が好ましい。熱硬化性樹脂としては、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ユリア樹脂、メラミン樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、ポリウレタン樹脂、ジアリルフタレート樹脂等が挙げられる。また、紫外線硬化型樹脂としては、ウレタンアクリレート樹脂、エポキシアクリレート樹脂、ポリエステルアクリレート樹脂等が挙げられる。さらに、熱可塑性樹脂としては、ポリフェニレンサルファイド樹脂、ナイロン樹脂(ポリアミド系樹脂)が挙げられる。これらの樹脂が前記金属粉末表面との親和性の向上に効果を示した。
【0041】
そして、混合物または造粒粉を金型内に充填して圧縮成形し、作製すべき圧粉体の形状を有する成形体(圧粉磁心)が得られる。なお、樹脂として熱硬化性樹脂を用いる場合には、50~200℃で熱処理を行っても良い。得られた圧粉体は、前記金属粉末と樹脂とが密に結合した結合物である。
【0042】
[圧粉体の鉄損]
磁心損失(鉄損)は、磁性材の磁心を持つインダクタや変圧器などのコイルにおいて、その磁心の物性のために発生する損失のことであって、変圧器などの効率を低下させる要因の一つである。鉄損の測定は、金属粉末をエポキシ樹脂中に混合し分散させた混合粉をリング状金型(外径:13.0mm、内径:8.0mm)に充填し、プレス成型したのち、樹脂を硬化させて、厚さ:3.0mmのトロイダルコア(圧粉磁心)とし、1次側20ターン、2次側20ターンの巻線を与えてコイルとした。そのコイルをB-Hアナライザ(岩通計測株式会社製SY-8218)を用いて、磁束密度0.025T、周波数1MHzの条件で鉄損を測定した。本発明の圧粉体の鉄損は、500kW/m3以下である。さらに好ましくは、450kW/m3以下である。
【実施例】
【0043】
以下に、前述した金属粉末の製造方法の一実施態様であるCVDプロセスによる実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。ただし、本発明は、以下に説明する実施例のみに限定されるものではない。
【0044】
まず、原料として、Feの塩化物、Siの塩化物、Crの塩化物をそれぞれ準備した。そして、これら塩化物を、CVD反応装置により高温(900~1200℃、好ましくは1000℃程度)に加熱し、塩化物を気化させて、各元素の塩化物ガスを生成した。さらに、S(硫黄)を高温(900~1200℃)で気化・加熱させたガスを生成した。生成した各元素の塩化物ガスとS(硫黄)を気化させたガスを、目的とする金属粉末の組成となるように、混合比率を変化させて混合し、金属塩化物を主体とする混合ガスを得た。得られた混合ガスを水素ガスおよびキャリアガスとなる窒素ガス(ガス温度:900~1200℃、ガス流量10~500Nl/min)とともにCVD反応炉に送り、所定の反応炉温度(900~1200℃)で反応させて、塩化物を還元して、金属粉末を得た。金属粉末の組成は、前述のように金属塩化物ガス等の混合比率で制御し、平均粒径は原料の塩化物ガス濃度、反応温度の高低および反応時間の長短により制御する。
【0045】
ついで、得られた金属粉末に、純水を用いて洗浄する洗浄工程を施し、Cl含有量を調整した。
作製した金属粉末の組成およびその粉末特性、並びに圧粉体の特性を表1に示す。
【0046】
ここで、金属粉末に含まれる合金元素(Si、Cr)の含有量は、ICP(誘導結合プラズマ)を用いて測定した。なお、金属粉末に含まれるCl、S(硫黄)及びO(酸素)は、燃焼法を用いて測定した。また、得られた金属粉末について、SEMを用いて前述した方法・条件により観察し撮像して、画像解析によりD50を求め、平均粒径とした。
【0047】
得られたそれぞれの金属粉末について、磁気特性(保磁力、飽和磁化)および耐錆性を、並びに金属粉末の圧粉体の充填密度(体積率)および鉄損を調査した。調査方法は前述した通りであるが、具体的は次の通りとした。
【0048】
磁気特性については、得られた各種金属粉末について、振動試料型磁力計(東英工業社製)を用いて、保磁力、飽和磁化を測定した。
耐錆性については、得られた各種金属粉末を、前述した耐錆性測定試験により、発錆の有無を観察し、発錆している粒子の割合(発錆率)を算出した。
充填密度は、樹脂中における金属粉末の体積基準の割合(体積率:%)で表した。
鉄損についても、前述した方法および条件にて測定した。
【0049】
得られた結果を、表1に併記する。
【0050】
【0051】
本発明例はいずれも、12Oe以下の低保磁力で、170emu/g以上の高い飽和磁化を保持し、耐錆性に優れた金属粉末であり、さらに圧粉磁心とした場合に鉄損が500kW/m3以下である、鉄損の低い圧粉磁心を作製できるという顕著な効果を奏する。
【0052】
一方、本発明の範囲を外れる比較例は、保磁力が12Oeを超えて高いか、飽和磁化が170emu/g未満と低いか、あるいは耐錆性が低下している金属粉末であるか、あるいは、圧粉磁心とした場合の樹脂中の金属粉末の体積率が70%以下と低く、鉄損が650kW/m3を超えて鉄損の高い圧粉磁心となっている。
【0053】
ここで、表1において、金属粉末No.1~9は、O(酸素)が0.3%で、Siを変化させたデータ、No.10~20は、O(酸素)が1.0%で、Siを変化させたデータ、No.21~28は、Crを変化させ、一部Siも変化させたデータ、No.29~37は、Clを変化させ、一部Siも変化させたデータ、No.38~49は、S(硫黄)を変化させ、一部Siも変化させたデータ、No.50~54は、O(酸素)を変化させたデータ、No.55~75は、平均粒径を変化させ、一部Siも変化させたデータである。また、下線を引いたデータは好適範囲外であることを示し、さらに、例えば、「50<」は「50より大きい」を意味する。