(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-28
(45)【発行日】2022-10-06
(54)【発明の名称】細胞処理方法、デバイスおよびシステム
(51)【国際特許分類】
C12M 1/00 20060101AFI20220929BHJP
C12M 3/00 20060101ALN20220929BHJP
C12N 5/02 20060101ALN20220929BHJP
【FI】
C12M1/00 C
C12M3/00 Z
C12N5/02
(21)【出願番号】P 2018103356
(22)【出願日】2018-05-30
【審査請求日】2021-04-12
(73)【特許権者】
【識別番号】000109543
【氏名又は名称】テルモ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100102842
【氏名又は名称】葛和 清司
(72)【発明者】
【氏名】神野 誠
(72)【発明者】
【氏名】野々山 良介
(72)【発明者】
【氏名】鮫島 正
(72)【発明者】
【氏名】頼 紘一郎
【審査官】幸田 俊希
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/047481(WO,A1)
【文献】特開2016-222319(JP,A)
【文献】国際公開第2015/118638(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2015/0275170(US,A1)
【文献】特開2015-000025(JP,A)
【文献】国際公開第2013/129558(WO,A1)
【文献】特開2005-091105(JP,A)
【文献】特開2000-118552(JP,A)
【文献】野々山良介他,細胞処理作業の効率化システムに関する研究(システムコンセプトと培地交換プロセスにおけるロボットによる廃液作業の効率化),日本機械学会論文集,2018年03月07日,Vol.84, No.859,p.1-13,doi: 10.1299/transjsme.17-00497
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00
C12M 3/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体を収容した注液容器を注液容器の長軸に垂直な軸周りに回転させることで、液体を注液するためのロボットシステムであって、
所定の軸周りに、注液容器を回転させる注液開始制御、
回転を所定時間停止させて、液体を注液する注液制御、および
所定の軸周りに、注液容器を逆回転させる注液終了制御、
を実行し、
注液容器には、注液容器に着脱自在に装着可能な蓋体と、蓋体に設けられた第1貫通孔に嵌入可能な注液チューブと、蓋体に設けられた第2貫通孔に嵌入可能な吸気チューブとを含むデバイスが装着されており、
注液チューブの基端から先端までの流路が、注液容器の長軸と平行になるように構成されており、所定の軸が、注液チューブの先端部に設定されることを特徴とする、前記ロボットシステム。
【請求項2】
所定の軸上に、ロボットシステムの位置・姿勢制御の座標系(TCP)が設定されることを特徴とする、請求項1に記載のロボットシステム。
【請求項3】
注液容器の回転が、ロボットシステムのエンドエフェクタに把持された蓋体を介して行われることを特徴とする、請求項1または2に記載のロボットシステム。
【請求項4】
デバイスを注液容器に装着した状態で、蓋体から注液容器内に突出する吸気チューブの
長さが、0~100mmである、請求項1~3のいずれか一項に記載のロボットシステム。
【請求項5】
注液が細胞培養フラスコに対して行われ、所定の軸と細胞培養フラスコの培養面とが平行で、細胞培養フラスコが、培養面を上にして傾斜して配置されることを特徴とする、請求項1~4のいずれか一項に記載のロボットシステム。
【請求項6】
液体を収容した注液容器を注液容器の長軸に垂直な軸周りに回転させることで、液体を注液する方法であって、
所定の軸周りに、注液容器を回転させる注液開始ステップ、
回転を所定時間停止させて、液体を注液する注液ステップ、および
所定の軸周りに、注液容器を逆回転させる注液終了ステップ、
を含み、
注液容器は、注液容器に着脱自在に装着可能な蓋体と、蓋体に設けられた第1貫通孔に嵌入可能な注液チューブと、蓋体に設けられた第2貫通孔に嵌入可能な吸気チューブとを含むデバイスが装着されており、
注液チューブの基端から先端までの流路が、注液容器の長軸と平行になるように構成されており、所定の軸が、注液チューブの先端部に設定されることを特徴とする、前記方法。
【請求項7】
液体を収容した注液容器を注液容器の長軸に垂直な軸周りに回転させることで、液体を注液するためのロボットを制御するためのプログラムであって、
所定の軸周りに、注液容器を回転させる注液開始制御、
回転を所定時間停止させて、液体を注液する注液制御、および
所定の軸周りに、注液容器を逆回転させる注液終了制御、
をコンピュータに実行させ、
注液容器は、注液容器に着脱自在に装着可能な蓋体と、蓋体に設けられた第1貫通孔に嵌入可能な注液チューブと、蓋体に設けられた第2貫通孔に嵌入可能な吸気チューブとを含むデバイスが装着されており、
注液チューブの基端から先端までの流路が、注液容器の長軸と平行になるように構成されており、所定の軸が、注液チューブの先端部に設定されることを特徴とする、前記プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞処理方法、デバイスおよびシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、損傷した組織等の修復のために、種々の細胞を移植する試みが行われている。例えば、狭心症、心筋梗塞などの虚血性心疾患により損傷した心筋組織の修復のために、胎児心筋細胞、骨格筋芽細胞、間葉系幹細胞、心臓幹細胞、ES細胞、心筋細胞等の利用が試みられている。このような試みの一環として、スキャフォールドを利用して形成した細胞構造物や、細胞をシート状に形成したシート状細胞培養物が開発されてきた。
【0003】
これらの細胞培養物は、従来、細胞培養センター(CPC : Cell Processing Center)と呼ばれるクリーンルームにおいて専門の知識を有する作業者による手作業で製造されており、このような細胞培養物の製造費用および製造にかかる労力は大きく、その効率化が望まれている。そこで、これらの細胞の培養に関する作業を多関節型ロボットにより行う自動細胞培養装置が提案されている(特許文献1)。しかしながら、細胞培養において作業者の手技に依存するような高度な作業を自動化することは困難であるなどの問題がある。
【0004】
細胞培養において、廃液作業、注液作業などを含む培地交換プロセスは、作業者の手技に依存するプロセスであり、例えば、注液作業には、ピペットによる培養液の吸引・注液作業、液だれした培養液を拭き取る作業、ピペットの交換作業などの高度な作業が含まれている。特に、ピペットで注液ボトル内の培養液を吸引して、培養フラスコなどに注液する場合は、複雑なピペット操作に時間がかかることや、ピペット先端からの液だれリスクが高いという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このような中、本発明者らは、細胞処理を効率よく行うための手段を開発するにあたり、特に、作業者の高度な手技に依存する注液作業を、効率よく迅速に実施することは困難であるなど問題に直面した。したがって、本発明の目的は、そのような問題を解決し、単純な構成でかつ合理的な細胞処理方法、デバイスおよびシステムを実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を進める中で、注液作業を迅速に行う場合に、液だれや注液量のバラツキなどが発生することに着眼した。さらに研究を進めた結果、注液を制限する手段を利用することで、上記問題が解決できることを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
すなわち本発明は、以下に関する。
[1]注液容器に装着して用いるデバイスであって、注液容器に着脱自在に装着可能な蓋体と、蓋体に設けられた第1貫通孔に嵌入可能な注液チューブと、蓋体に設けられた第2貫通孔に嵌入可能な吸気チューブとを含む、前記デバイス。
[2]デバイスを注液容器に装着した状態で、蓋体から注液容器内に突出する吸気チューブの下端が、蓋体に近接して配置されるように構成される、[1]に記載のデバイス。
[3]吸気チューブにチェックバルブが設けられている、[1]または[2]に記載のデバイス。
[4]第1貫通孔が、蓋体の周縁部付近に設けられている、[1]~[3]のいずれかに記載のデバイス。
【0009】
[5]液体の注液を行うための方法であって、(a)液体を収容した注液容器を用意するステップ、(b)注液容器に着脱自在に装着可能な蓋体と、蓋体に設けられた第1貫通孔に嵌入された注液チューブと、蓋体に設けられた第2貫通孔に嵌入された吸気チューブとを含むデバイスを注液容器に装着するステップ、(c)注液容器を回転させて、注液チューブを介して液体を注液するステップ、および(d)注液容器を逆回転させて、注液を終了するステップを含む、前記方法。
[6]ステップ(c)およびステップ(d)を繰り返して、複数回の注液作業を連続的におこなうステップ(e)をさらに含む、[5]に記載の方法。
[7]ステップ(c)の後、かつステップ(d)の前に、(f)注液時間から注液量を判定するステップをさらに含む、[5]または[6]に記載の方法。
【0010】
[8]注液容器に装着して用いるデバイスであって、注液容器に着脱自在に装着可能な蓋体と、蓋体に設けられた第1貫通孔に嵌入可能な注液チューブと、蓋体に設けられた第2貫通孔に嵌入可能な吸気チューブとを含み、デバイスを注液容器に装着した状態で、蓋体から注液容器内に突出する吸気チューブの下端が、注液容器の底面に近接して配置されるように構成される、前記デバイス。
[9]吸気チューブにチェックバルブが設けられている、[8]に記載のデバイス。
[10]第1貫通孔が、蓋体の周縁部付近に設けられている、[8]または[9]に記載のデバイス。
[11]注液容器が、培地を収容して注液するための容器であり、注液が、注液容器を回転させることにより行われる、[8]~[10]のいずれかに記載のデバイス。
【0011】
[12]培地の注液を行うための方法であって、(a)培地を収容した注液容器を用意するステップ、(b)注液容器に着脱自在に装着可能な蓋体と、蓋体に設けられた第1貫通孔に嵌入された注液チューブと、蓋体に設けられた第2貫通孔に嵌入された吸気チューブとを含むデバイスを注液容器に装着するステップ、(c)注液容器を回転させて、注液チューブを介して培地を注液するステップ、および(d)注液容器を逆回転させて、注液を終了するステップ
を含む、前記方法。
[13]ステップ(c)およびステップ(d)を繰り返して、複数回の注液作業を連続的におこなうステップ(e)をさらに含む、[12]に記載の方法。
[14]ステップ(c)の後、かつステップ(d)の前に、(f)注液量を判定するステップをさらに含む、[12]または[13]に記載の方法。
【0012】
[15]液体を収容した注液容器を注液容器の長軸に垂直な軸周りに回転させることで、液体を注液するためのロボットシステムであって、所定の軸周りに、注液容器を回転させる注液開始制御、回転を所定時間停止させて、液体を注液する注液制御、および所定の軸周りに、注液容器を逆回転させる注液終了制御、を実行し、注液容器には、注液容器に着脱自在に装着可能な蓋体と、蓋体に設けられた第1貫通孔に嵌入可能な注液チューブと、蓋体に設けられた第2貫通孔に嵌入可能な吸気チューブとを含むデバイスが装着されており、所定の軸が、注液チューブの先端部に設定されることを特徴とする、前記ロボットシステム。
[16]所定の軸上に、ロボットシステムの位置・姿勢制御の座標系(TCP)が設定されることを特徴とする、[15]に記載のロボットシステム。
[17]注液容器の回転が、ロボットシステムのエンドエフェクタに把持された蓋体を介して行われることを特徴とする、[15]または[16]に記載のロボットシステム。
[18]デバイスを注液容器に装着した状態で、蓋体から注液容器内に突出する吸気チューブの下端が、蓋体に近接して配置されるように構成される、[15]~[17]のいずれかに記載のロボットシステム。
[19]注液が細胞培養フラスコに対して行われ、所定の軸と細胞培養フラスコの培養面とが平行で、細胞培養フラスコが、培養面を上にして傾斜して配置されることを特徴とする、[15]~[18]のいずれかに記載のロボットシステム。
【0013】
[20]液体を収容した注液容器を注液容器の長軸に垂直な軸周りに回転させることで、液体を注液する方法であって、所定の軸周りに、注液容器を回転させる注液開始ステップ、回転を所定時間停止させて、液体を注液する注液ステップ、および所定の軸周りに、注液容器を逆回転させる注液終了ステップ、を含み、注液容器は、注液容器に着脱自在に装着可能な蓋体と、蓋体に設けられた第1貫通孔に嵌入可能な注液チューブと、蓋体に設けられた第2貫通孔に嵌入可能な吸気チューブとを含むデバイスが装着されており、所定の軸が、注液チューブの先端部に設定されることを特徴とする、前記方法。
[21]液体を収容した注液容器を注液容器の長軸に垂直な軸周りに回転させることで、液体を注液するためのロボットを制御するためのプログラムであって、所定の軸周りに、注液容器を回転させる注液開始制御、回転を所定時間停止させて、液体を注液する注液制御、および所定の軸周りに、注液容器を逆回転させる注液終了制御、をコンピュータに実行させ、注液容器は、注液容器に着脱自在に装着可能な蓋体と、蓋体に設けられた第1貫通孔に嵌入可能な注液チューブと、蓋体に設けられた第2貫通孔に嵌入可能な吸気チューブとを含むデバイスが装着されており、所定の軸が、注液チューブの先端部に設定されることを特徴とする、前記プログラム。
【0014】
[22]液体を収容した注液量が一定である注液容器を注液容器の長軸に垂直な軸周りに回転させることで、液体を注液するためのロボットシステムであって、所定の軸周りに、注液容器を回転させる注液開始制御、回転を所定時間停止させて、液体を注液する注液制御、および所定の軸周りに、注液容器を逆回転させる注液終了制御、を実行し、所定時間が、リアルタイムで測定された注液流量Q[ml/s]に基づいて算出されることを特徴とする、前記システム。
[23]所定時間が、さらに逆回転において液体が注液されなくなるまでの時間ΔTに基づいて算出されることを特徴とする、[22]に記載のシステム。
[24]所定時間が、さらに注液終了ステップを行わなかった場合の注液量に対する注液終了ステップを行った場合の最終注液比率X%に基づいて算出されることを特徴とする、[22]または[23]に記載のシステム。
[25]注液容器が、注液容器に着脱自在に装着可能な蓋体と、蓋体に設けられた第1貫通孔に嵌入可能な注液チューブと、蓋体に設けられた第2貫通孔に嵌入可能な吸気チューブとを含むデバイスが装着されており、所定の軸が、注液チューブの先端部に設定されることを特徴とする、[22]~[24]のいずれかに記載のシステム。
[26]デバイスを注液容器に装着した状態で、蓋体から注液容器内に突出する吸気チューブの下端が、蓋体に近接して配置されるように構成される、[25]に記載のシステム。
【0015】
[27]液体を収容した注液量が一定である注液容器を注液容器の長軸に垂直な軸周りに回転させることで、液体を注液する方法であって、所定の軸周りに、注液容器を回転させる注液開始ステップ、回転を所定時間停止させて、液体を注液する注液ステップ、および所定の軸周りに、注液容器を逆回転させる注液終了ステップ、を含み、所定時間が、リアルタイムで測定された注液流量Q[ml/s]に基づいて算出されることを特徴とする、前記方法。
[28]液体を収容した注液量が一定である注液容器を注液容器の長軸に垂直な軸周りに回転させることで、液体を注液するためのロボットを制御するためのプログラムであって、所定の軸周りに、注液容器を回転させる注液開始制御、回転を所定時間停止させて、液体を注液する注液制御、および所定の軸周りに、注液容器を逆回転させる注液終了制御、をコンピュータに実行させ、所定時間が、リアルタイムで測定された注液流量Q[ml/s]に基づいて算出されることを特徴とする、前記プログラム。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、注液を制限する手段を利用することで、効率よく迅速で精度の高い注液作業が可能であり、液だれの発生を防止することができるため、クリーンルームなどにおける細胞培養物の製造に適している。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】
図1は、本発明の第1実施態様にかかるデバイス1の概略図を示す。
【
図2】
図2は、
図1のデバイス1を使用した注液作業を説明する模式図を示す。
【
図3】
図3は、収容容器10の配置を説明する概念図を示す。
【
図4】
図4は、本発明の第2実施態様にかかるロボットシステムの概念図を示す。
【
図5】
図5は、
図4のロボットシステムの動作を説明する模式図を示す。
【
図6】
図6は、第3実施態様にかかるロボットシステムの概念図を示す。
【
図7】
図7は、培地交換プロセスのフロー図を示す。
【
図8】
図8は、注液動作中の注液量と時間とのグラフを示す。
【
図9】
図9は、注液動作中の注液速度と時間とのグラフを示す。
【
図10】
図10は、注液終了動作開始後の注液量の予測方法を示す。
【
図11】
図11は、パラメータの導出と妥当性試験のフロー図を示す。
【
図12】
図12は、注液終了動作開始時刻の予測フローチャートを示す。
【
図13】
図13は、注液作業中の注液量と時間とのグラフを示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明における液体を構成する成分は、例えば、水、生理食塩水、生理緩衝液(例えば、HBSS、PBS、EBSS、Hepes、重炭酸ナトリウム等)、培地(例えば、DMEM、MEM、F12、DMEM/F12、DME、RPMI1640、MCDB、L15、SkBM、RITC80-7、IMDM等)、糖液(スクロース溶液、Ficoll-paque(登録商標)PLUS等)、海水、血清含有溶液、レノグラフィン(登録商標)溶液、メトリザミド溶液、メグルミン溶液、グリセリン、エチレングリコール、アンモニア、ベンゼン、トルエン、アセトン、エチルアルコール、ベンゾール、オイル、ミネラルオイル、動物脂、植物油、オリーブ油、コロイド溶液、流動パラフィン、テレピン油、アマニ油、ヒマシ油などが挙げられる。
【0019】
本発明における収容容器は、とくに限定されないが、例えば、細胞培養容器、接着細胞用の細胞培養フラスコ、浮遊細胞用の細胞培養フラスコなどが挙げられる。細胞培養フラスコとは、略矩形の本体部分を有し、本体部分の平坦な面の少なくとも1つに細胞培養に必要となる表面処理が施されており、細胞培養面を下にして複数個重ねることで、多段培養が可能な容器をいう。
本発明における注液容器は、収容容器に注液する培地などを収容できる容器であれば、とくに限定されないが、例えば、シェイカーフラスコ、三角フラスコ、ローラーボトル、注液ボトル、ビーカー、培地瓶、角型培地瓶、滅菌瓶、滅菌ボトルなどが挙げられる。
【0020】
本発明におけるロボットは、とくに限定されないが、例えば、直動・回転装置、マニピュレータ、多関節ロボットなどが挙げられる。多関節ロボットとしては、2軸多関節ロボット、3軸多関節ロボット、4軸多関節ロボット、5軸多関節ロボット、6軸多関節ロボット、7軸多関節ロボットなどが挙げられる。
【0021】
本発明において「所定の軸」とは、注液容器を回転する際の回転中心となる軸をいい、注液容器が一般的な縦長の容器の場合は、所定の軸は容器の長軸に垂直な軸として設定される。
本発明において「TCP」とは、ツールセンターポイント(Tool Center Point)をいい、ロボット先端部に位置するツール、グリッパ、作業対象物などの制御対象物の位置、姿勢を表現するための座標系をいう。TCPは、例えば、エンドエフェクタ(グリッパ、ツールなど)や作業対象物(フラスコ、ボトルなど)などの任意の位置、姿勢(動作、制御に都合の良い位置、姿勢)に設定でき、6軸多関節ロボットであれば、通常、ロボット第6軸の座標系に対して定義する。
【0022】
本発明において、「所定の軸周りに回転させる」とは、対象物を所定の軸を中心に回転させることをいう。例えば、所定の軸を注液容器の開口部の一端に設定した場合は、かかる一端を中心にした回転動作だけで、注液容器内の液体の排出を行うことができる。また、例えば、所定の軸を注液容器の中心(重心)に設定した場合であっても、注液容器の中心軸まわりの回転動作と、円弧軌道の並進動作とを組み合わせて、上記のように注液容器の開口部の一端を中心に注液容器を回転させることもできる。
【0023】
また、例えば、ロボットが、多関節ロボットである場合は、所定の軸と、TCPとを対応させることで、ロボット制御を効率化することができる。ロボットが、例えば6軸多関節ロボットである場合は、第6軸の回転軸と、TCPの回転軸とを平行にすることで、第6軸の回転動作と、第1~5軸の少しの動作で、上記のように注液容器を回転させることができ、さらに、第6軸の回転軸と、TCPの回転軸とを一致させた場合は、第6軸の回転動作だけで上記のように注液容器を回転させることができる。
【0024】
本発明における細胞の例としては、限定されずに、接着細胞(付着性細胞)を含む。接着細胞は、例えば、接着性の体細胞(例えば、心筋細胞、線維芽細胞、上皮細胞、内皮細胞、肝細胞、膵細胞、腎細胞、副腎細胞、歯根膜細胞、歯肉細胞、骨膜細胞、皮膚細胞、滑膜細胞、軟骨細胞など)および幹細胞(例えば、筋芽細胞、心臓幹細胞などの組織幹細胞、胚性幹細胞、iPS(induced pluripotent stem)細胞などの多能性幹細胞、間葉系幹細胞等)などを含む。体細胞は、幹細胞、特にiPS細胞から分化させたものであってもよい。シート状細胞培養物を形成し得る細胞の非限定例としては、例えば、筋芽細胞(例えば、骨格筋芽細胞など)、間葉系幹細胞(例えば、骨髄、脂肪組織、末梢血、皮膚、毛根、筋組織、子宮内膜、胎盤、臍帯血由来のものなど)、心筋細胞、線維芽細胞、心臓幹細胞、胚性幹細胞、iPS細胞、滑膜細胞、軟骨細胞、上皮細胞(例えば、口腔粘膜上皮細胞、網膜色素上皮細胞、鼻粘膜上皮細胞など)、内皮細胞(例えば、血管内皮細胞など)、肝細胞(例えば、肝実質細胞など)、膵細胞(例えば、膵島細胞など)、腎細胞、副腎細胞、歯根膜細胞、歯肉細胞、骨膜細胞、皮膚細胞等が挙げられる。本発明においては、単層の細胞培養物を形成するもの、例えば、筋芽細胞または心筋細胞などが好ましく、とくに好ましくは骨格筋芽細胞またはiPS細胞由来の心筋細胞である。
【0025】
以下、本発明の好適な実施態様について、図面を参照しつつ詳細に説明する。
〔第1実施態様〕
本発明の一側面は、注液容器に装着して用いるデバイスであって、注液容器に着脱自在に装着可能な蓋体と、蓋体に設けられた第1貫通孔に嵌入可能な注液チューブと、蓋体に設けられた第2貫通孔に嵌入可能な吸気チューブとを含む、前記デバイスに関する。
【0026】
まず、本発明の第1実施態様について説明する。
図1は本発明の第1実施態様にかかるデバイス1の概略図、
図2は、
図1のデバイス1を使用した注液作業を説明する模式図、
図3は、収容容器10の配置を説明する概念図を示す。本実施態様において、液体は、培地であり、注液容器30は、培地を収容する注液ボトルであり、収容容器10は、細胞培養フラスコであり、注液作業は、クリーンルーム内で行われるものとして説明する。
なお、本願における各図において、説明を容易とするため、各部材の大きさは、適宜強調されており、図示の各部材は、実際の大きさを示すものではない。
【0027】
図1に示すように、本発明の第1実施態様に係るデバイス1は、培地を収容した開口部32を有する注液容器30の口部33に着脱自在に装着可能な蓋体5と、蓋体5の天板部50に設けられた第1貫通孔51に嵌入可能な注液チューブ6と、蓋体5の天板部50に設けられた第2貫通孔52に嵌入可能な吸気チューブ7とを含む。天板部50は、注液容器30の開口部32を覆うことができる円盤状であり、周縁部から垂下する筒状スカート壁53を有する。筒状スカート壁53の内周面には内ネジ(図示せず)が設けられており、注液容器30の口部33の外周面に設けられた外ネジ(図示せず)に螺合させることができる。
【0028】
第1貫通孔51は、天板部50の周縁部付近に配置されており、蓋体5を注液容器30に装着した状態で、第1貫通孔51に嵌入した注液チューブ6が、注液容器30の口部33の内周面付近に配置され、注液容器30を傾けて培地を排出した際に、注液容器30内に液体が残ることなく排出されるように構成されている。注液チューブ6の長さは、特に限定されないが、好ましくは0~100mm、より好ましくは10~60mm、内径は、好ましくは1~10mm、より好ましくは3~5mmとすることができる。注液チューブ6は、第1貫通孔51に嵌入した際に天板部50から突出する長さを、特に限定されないが、好ましくは0~100mm、より好ましくは10~40mmに設定することができる。
【0029】
吸気チューブ7の長さは、特に限定されないが、好ましくは0~100mm、より好ましくは10~60mm、内径は、好ましくは0.5~10mm、より好ましくは2~4mmとすることができる。また、注液チューブと比較して、細径にするのが好ましい。吸気チューブ7は、第2貫通孔52に嵌入した際に天板部50から突出する長さは、吸気チューブ7の下端71が蓋体5の天板部50に近接して配置される長さであれば、特に限定されないが、好ましくは0~100mm、より好ましくは0~40mmとすることができる。吸気チューブ7には、チェックバルブ71が設けられており、注液容器30の外側からの空気は通すが、注液容器30の内側からの培地は通さないように構成されている。なお、チェックバルブは、注液容器30の内側に配置されても良い。また、注液チューブ6、吸気チューブ7は、蓋体5と一体に形成されていても良い。
【0030】
図2に示すように、デバイス1を使用する際は、培地を収容した注液容器30にデバイス1を取り付けて傾斜させ、注液チューブ6の先端部61を収容容器10の開口部12の注液容器30側に位置決めする。この際に、注液チューブ6(第1貫通孔)が、吸気チューブ7(第2貫通孔)より下側になるように回転させ、位置決めすることで、注液容器30を傾けた際に、液体が、吸気チューブ7側ではなく、注液チューブ6側に移動するように構成するのが好ましい。そして、注液チューブ6の先端部61を回転軸として、注液容器30を矢印方向に回転させて、注液容器30内の培地をデバイス1側に移動させる(注液開始動作)。注液容器30の開口部32が下側に来るようにして回転を所定時間停止させると、培地が注液チューブ6から排出されて、収容容器10に注液される(注液動作)。収容容器10内の注液量が所定量に達すると、注液容器30を矢印方向とは反対方向に逆回転させて停止させ、培地をデバイス1の反対側に移動させることで注液を終了する(注液終了動作)。
【0031】
注液動作においては、培地が注液チューブ6から排出(注液)される注液量と、吸気チューブ7から流入する空気の吸気量は同じになる。そして、注液量および吸気量は、注液チューブ6の寸法、吸気チューブ7の寸法などにより制限されるため、チューブを使用しない場合と比較すると注液量が制限される(注液を制限する手段)。また、注液容器30内に流入した空気が連続的な気泡となり、単位時間当たりの吸気量が一定になると、単位時間当たりの注液量も一定になる。この場合、注液作業における注液時間と注液量とが比例するため、注液量と注液に要する時間との関係を事前に測定しておき、測定結果に基づいて注液時間から注液量を判定することで、精度の高い注液作業を行うこともできる。
【0032】
従来、例えば、75mlの培地を培養フラスコに注液する場合、注液ボトルにピペットを挿入して培地を吸引し、75mlの分量を目視で確認した上で、ピペットを移動して培養フラスコに注液するという煩雑な作業を繰り返す必要があった。一方で、本発明のデバイス1を用いることで、例えば、480ml程度の培地を収容した注液容器30にデバイス1を取り付け、事前に測定した75mlの注液に要する時間分だけ注液動作を行い、これを6つの収容容器10を交換しながら連続的(6回分)に行うことができる。これにより、従来の煩雑な作業を、注液容器30の回転を繰り返すという単純な作業に置き換えることができ、ピペットの操作、移動、分量の目視確認などが不要になり、注液作業に係る時間を大幅に短縮することができる。
【0033】
また、従来、ピペットを使用する場合、培地の吸引と排出が1つの流路を介して行われていたため、誤操作などにより液だれが発生していた。一方で、本発明のデバイスを用いることで、培地の吸引作業が不要になり、培地の排出と、空気の吸気が別々の流路で行われるため、液だれの発生を最小限に抑えることができる。さらに、本発明のデバイスを用いることで、培地の注液がチューブを介して行われるため、培地の注液方向や注液範囲が、チューブの突出方向や口径によって制限される(注液を制限する手段)。これにより、注液の照準の精度が向上し、例えば、細胞培養フラスコの開口部のような、小さな開口部を有する収容容器に対して正確に照準を合わせて注液作業を行うことができ、液だれの発生を最小限に抑えることができる。
【0034】
そして、培地を注液する収容容器10の配置は、様々な形を取ることができる。例えば、収容容器10が細胞培養フラスコである場合、
図3Aに示すように、主面14、15が、回転軸に平行になるように配置することが好ましい。また、収容容器10を土台Sなどに設置して、収容容器10の主面14(培養面)を上にして傾斜させて配置してもよい。これにより、注液チューブ6から排出された培地が、傾斜面に沿って流れ込むため、泡立ちが起きにくい。同様に、
図3Bに示すように、収容容器10を直立姿勢に配置して、注液容器30の近位側に主面14(培養面)が、遠位側に主面15側が面するように配置してもよい。これにより、培地が口部13の一側と主面15との段差が小さな部分に沿って流れ込み、泡立ちが起きにくいだけでなく、培地が直接的に主面14(培養面)に当たることがない。
【0035】
上記のように、吸気チューブ7の下端71を蓋体5の天板部50に近接して配置した場合、培地中で連続的な気泡が発生するが、吸気チューブ7の突出する長さを長くすることで、注液容器30内に気泡を発生させず、培地の泡立ちが起きにくくなるように構成することもできる。すなわち、注液容器30を傾けて培地をデバイス1側に移動させた際に、注液容器30の底面側には空気層が形成され、かかる空気層に吸気チューブ7の下端71が位置づけられるように構成する。この場合の吸気チューブ7の天板部50から突出する長さは、吸気チューブ7の下端71が注液容器30の底面に近接して配置される長さであれば、特に限定されないが、注液容器30の底面から、好ましくは0~100mm、より好ましくは0~50mmまでの長さとすることができる。そして、上記のように注液量と注液に要する時間との関係を事前に測定しておき、測定結果に基づいて注液時間から注液量を判定することで、精度の高い注液作業を行うこともできる。
【0036】
以上、本発明の第1実施態様に係る注液デバイス1によれば、注液を制限する手段を利用することで、効率よく迅速で精度の高い注液作業が可能であり、液だれの発生を防止することができるため、クリーンルームなどにおける細胞培養物の製造に適している。
【0037】
〔第2実施態様〕
本発明の別の側面は、液体を収容した注液容器を注液容器の長軸に垂直な軸周りに回転させることで、液体を注液するためのロボットシステムであって、所定の軸周りに、注液容器を回転させる注液開始制御、回転を所定時間停止させて、液体を注液する注液制御、および所定の軸周りに、注液容器を逆回転させる注液終了制御、を実行し、注液容器には、注液容器に着脱自在に装着可能な蓋体と、蓋体に設けられた第1貫通孔に嵌入可能な注液チューブと、蓋体に設けられた第2貫通孔に嵌入可能な吸気チューブとを含むデバイスが装着されており、所定の軸が、注液チューブの先端部に設定されることを特徴とする、前記ロボットシステムに関する。
【0038】
次に、本発明の第2実施態様について説明する。
図4は本発明の第2実施態様にかかるロボットシステムの概念図、
図5は、
図4のロボットシステムの動作を説明する模式図を示す。なお、本願における各図において、説明を容易とするため、各部材の大きさは、適宜強調されており、図示の各部材は、実際の大きさを示すものではない。
また、図中、第1実施態様に係るデバイス1の構成と同一の構成については、同一の符号を付し、以下、第1実施態様との相違点について詳細に説明し、同様の事項については、説明を省略する。
【0039】
図4に示されるように、ロボット20は、基台に配置された、6軸垂直多関節型ロボットである。ロボット20は、基台に対して旋回可能なベース21と、ベース21に連結され、ベース21の旋回方向の垂直軸に対して傾倒可能な第1アーム22と、第1アーム22の先端側に連結され、第1アームに対して傾倒可能な第2アーム基端部23と、第2アーム基端部23の先端側に連結され、第2アーム基端部23の軸方向に対して回転可能な第2アーム先端部24と、第2アーム先端部24の先端側に連結され、第2アーム先端部24の軸方向に対して傾倒可能なハンド部25と、ハンド部25に連結されたグリッパ26(エンドエフェクタ)を有している。なお、ハンド部25は、その軸方向に沿って回転可能に構成されている。
【0040】
また、ロボット20は、ロボット20の制御手順を記述したプログラムを記憶する記憶部41と、かかるプログラムを処理してロボット20を制御する処理部42とを備えた制御装置40と通信可能であり、ロボット20は、制御装置40による制御信号に従って自動的に動作することが可能である。ロボット20は、このような構成により、グリッパ26の位置・姿勢決めや、グリッパ26の回転、開閉を自動で行うことができ、グリッパ26により、注液容器30の移送、傾斜、回転を自動で行うことができる。
【0041】
以下、上述したロボットシステムを用いた、本実施態様の注液システムについて説明する。本実施態様において、ロボットシステムは、第1実施態様に示されるような注液容器30を用いて収容容器10内に液体を注液する際に、ロボット20のグリッパ26(エンドエフェクタ)を介して注液容器30を回転させて液体を排出し、収容容器10に注液するために用いられる。本実施態様において、液体は、培地であり、注液容器30は、培地を収容する注液ボトルであり、収容容器10は、細胞培養フラスコであり、注液作業は、クリーンルーム内で行われるものとして説明する。また、細胞培養フラスコは、その側面として、2つの主面14、15を有し、一方の主面14には表面加工が施されており、主面14を下面にした細胞の培養が可能であるものとして説明する。
【0042】
図5の模式図を参照して、まず、ロボットシステムを使用する場合は、制御装置40を起動して、記憶部41に記憶されたプログラムを処理部42に読み込ませる。処理部42は、プログラムに基づいてロボット20を制御して、グリッパ26(図示せず)によりデバイス1が装着された注液容器30の蓋体5を挟み込むようにして把持させる。この際に、デバイス1の第1貫通孔51側が収容容器10の方向に向くようにする。次に、ロボット20を制御して、回転および並進動作を行い、第1貫通孔51に嵌入された注液チューブ6の先端部61を、収容容器10の開口部12の注液容器30側に位置決めし、先端部61と交わる注液容器30の長軸に垂直な軸を回転軸Aとして設定する(位置決め制御)。
【0043】
この際に、収容容器10および注液容器30の位置や角度をモニタリングするカメラ(図示せず)と、ロボット20とを連動させて、正確で位置合わせを自動的に行うようにしてもよい。したがって、ロボットシステムは、制御装置40と通信可能なモニタリング用のカメラを含んでもよく、プログラムは、カメラでモニタリングした位置や角度に基づいてロボット20を制御するプログラムであってもよい。回転軸Aは、注液容器30の長軸に対して垂直になるように設定し、先端部61を収容容器10の開口部12の上方に配置し、開口部12との距離を0~3cmの範囲に設定するのが好ましい。
【0044】
次に、ロボット20を制御して、蓋体5が取り付けられた注液容器30を回転軸A周りに矢印の方向に回転させる(注液開始制御)。
図5に示されるように、本実施態様においては、注液開始制御における注液容器30の開始角度は、注液チューブ6を上向きに水平から30degに、停止角度は、注液チューブ6を下向きに水平から45degに設定したが、これに限定されず、例えば、停止角度を5~85degの範囲に設定してもよい。これにより、注液チューブ6の先端部61から排出された培地が、収容容器10の口部13の内壁や、容器本体11の内壁に対して斜めに注液されるようにして、培地の泡立ちが起きにくくなるように構成してもよい。
【0045】
次に、ロボット20を制御して、注液容器30の口部33が下側に来るようにして回転を所定時間停止させると、注液容器30内の培地が蓋体5側に移動して注液チューブ6から排出されて、収容容器10に注液される(注液制御)。次に、所定時間経過すると、注液容器30を矢印方向とは反対方向に逆回転させて開始角度で停止させ、培地を口部33側とは反対方向に移動させることで注液を終了する(注液終了制御)。そして、収容容器10を交換しながら注液開始制御、注液制御および注液終了制御を繰り返しロボット20に実行させることで、複数の収容容器10への注液作業を効率よく迅速に行うことができる。上記の所定時間は、注液量と注液時間との関係を事前に測定しておき、測定値および目標とする注液量に基づいて回転を停止させる時間(所定時間)を設定してもよい。
【0046】
一方で、注液容器30内の培地残量が少なくなった場合、グリッパ26により把持されている蓋体5から注液容器30だけを取り外し、新たな注液容器30を蓋体5に取り付け、注液開始制御、注液制御および注液終了制御を繰り返しロボット20に実行させてもよい。このように収容容器10の交換、注液容器30の交換を繰り返すことで、注液容器30の回転軸Aの設定(位置決め制御)を省略し、注液作業の中断時間を最小限にすることができる。本発明のロボットシステムは、少なくとも注液開始制御、注液制御および注液終了制御にかかる回転動作が実行できればよく、例えば、ロボットとして直動・回転装置のような簡易な装置を使用して回転、停止、逆回転のステップを繰り返すように構成してもよい。回転軸を蓋体5や注液容器30に設定して、少なくとも注液制御時に注液チューブ6の先端部61と開口部12が近接するように構成してもよい。
【0047】
収容容器10の配置は、上記のように、収容容器10(細胞培養フラスコ)の主面14、15が、回転軸Aに平行になるように配置することが好ましいが、これをロボット制御で行うように構成してもよい。すなわち、例えば、ロボットシステムと通信可能なカメラで収容容器10の配置を確認し、ロボット20を制御して、収容容器10の主面14、15の向きに合わせて回転軸Aの位置決め制御を行うように、プログラムや処理部42を構成してもよい。また、かかるカメラで収容容器10内の注液量をリアルタイム測定して、注液量が所定量に達したら注液終了制御に移行するように構成してもよいし、ロボットシステムと通信可能な電子天秤で収容容器10内の注液量を重さによってリアルタイム測定して、注液量が所定量の重さに達したら注液終了制御に移行するように構成してもよい。
【0048】
また、本発明は、以下の処理を実行することによっても実現される。すなわち、上記の実施態様の機能を実現するソフトウェア(プログラム)を、ネットワークや各種の記憶媒体を介してロボットに読み込ませ、ロボットに内蔵された処理部(CPUやMPUなど)がプログラムを実行する処理である。また、本発明は、プログラムを記憶した記憶部と、プログラムを処理する処理部とを備えた上記のような制御装置から、ロボットに制御信号を送信して動作させることによっても実現される。
【0049】
以上、本発明の第2実施態様に係るロボットシステムによれば、注液を制限する手段を利用することで、効率よく迅速で精度の高い注液作業が可能であり、液だれの発生を防止することができるため、クリーンルームなどにおける細胞培養物の製造に適している。
【0050】
〔第3実施態様〕
本発明の別の側面は、液体を収容した注液量が一定である注液容器を注液容器の長軸に垂直な軸周りに回転させることで、液体を注液するためのロボットシステムであって、所定の軸周りに、注液容器を回転させる注液開始制御、回転を所定時間停止させて、液体を注液する注液制御、および、所定の軸周りに、注液容器を逆回転させる注液終了制御、を実行し、所定時間が、リアルタイムで測定された注液流量Q[ml/s]に基づいて算出されることを特徴とする、前記システムに関する。
【0051】
次に、本発明の第3実施態様について説明する。
図6は、第3実施態様にかかるロボットシステムの概念図を示す。
図6に示されるように、本実施態様におけるロボットシステムは、電子天秤80と通信可能であり、電子天秤80は、収容容器10の重さをリアルタイムで測定して注液量および注液流量を算出し、制御装置40にフィードバックすることができる。
【0052】
本実施態様において、ロボットシステムは、注液制御に移行して回転を所定時間停止させる際に、電子天秤80によってリアルタイム測定された注液流量Q[ml/s]に基づいて、所定時間を設定することができる。所定時間は、例えば、注液流量Q[ml/s]の傾きから、目標とする注液量に達するまでの時間を算出することによって設定する。そして、所定時間に達すると、所定の軸周りに注液容器を逆回転させて注液終了制御に移行する。このように、注液流量Q[ml/s]に基づいて所定時間を設定するように構成することで、収容容器10に注液される注液量の精度が高くなる。
【0053】
一方で、注液開始制御における開始角度、停止角度、回転速度(角速度)、注液終了制御における逆回転速度、注液容器30内の液体残量などに起因して、注液終了制御中(逆回転中)に注液チューブ6内の液体が排出(注液)される場合がある。したがって、本実施態様におけるロボットシステムは、注液終了制御中に注液される可能性のある液体の注液量も考慮に入れた上で、注液制御における所定時間が設定されるように構成することもできる。
【0054】
例えば、事前に、一連の注液開始制御、注液制御および注液終了制御を行い、注液終了制御(逆回転)において、注液チューブ6内の液体がすべて排出(注液)されるまでの時間ΔTを測定する。そして、かかる時間ΔTを記憶部41に記憶しておき、実際の注液制御において、上記のように、注液流量Q[ml/s]に基づいて算出された所定時間から、時間ΔTを差し引いた時間を所定時間として設定することもできる。これにより、注液制御から注液終了制御への移行を時間ΔT分だけ早く行うことができ、注液終了制御中に注液チューブ6内の液体が排出される場合であっても、収容容器10に注液される注液量の精度を高くすることができる。
【0055】
また、注液終了制御における逆回転速度(角速度)が遅い場合は、注液流量は徐々に小さく、すなわち、注液終了制御中の時間ΔTにおける注液流量は、注液流量Q[ml/s]の様な比例関係ではなく、緩やかな曲線を描く。したがって、時間ΔTにおいて、注液終了制御を行わなかった場合の注液量と、注液終了制御を行った場合の注液量とに差が生じることがある。本実施態様におけるロボットシステムは、かかる差も考慮に入れた上で、注液制御における所定時間が設定されるように構成することもできる。
【0056】
例えば、注液終了制御を行わなかった場合の注液量に対する注液終了制御を行った場合の注液量の比率(最終注液比率X%)を事前に測定して記憶部41に記憶しておき、実際の注液制御において、注液流量Q[ml/s]、時間ΔTおよび最終注液比率X%から、時間ΔT後の注液量Vx[ml]を算出する。そして、目標とする注液量から注液量Vx[ml]を差し引いた注液量Ve[ml]に達する時間を所定時間として設定することで、注液量に差が生じる場合であっても、収容容器10に注液される注液量の精度を高くすることができる。
【実施例】
【0057】
以下に、第3実施態様にかかるロボットシステムを実施例を参照してより詳細に説明するが、これは本発明の特定の具体例を示すものであり、本発明はこれに限定されるものではない。
【0058】
例1:手動による注液作業
図7に一般的な培地交換プロセスのフロー図を示す。培地交換プロセスは、フラスコ内の培養液を排出し、新たな培養液をフラスコ内に注液する一連の作業であり、液だれなく、速やかに実施しなければならないが、作業者の感覚動作に頼っている作業である。培地交換プロセスは廃液プロセスと注液プロセスで構成され、注液プロセスはキャップ取外し・新たな培養液のピペッターによる注液作業・キャップ取付けなどの作業で構成される。注液プロセスには、ピペットによる培養液の吸引・注液作業のほかに、フラスコのキャップの取外し・取付け作業、液だれした培養液を拭き取る作業、ピペットの交換作業なども含まれている。
【0059】
収容容器10として、接着細胞用の細胞培養フラスコ(サーモフィッシャー社製、T500フラスコ)を使用した。T500フラスコの排出口(開口部12)の外径は28.2[mm]、内径は25.8[mm]、厚さは1.2[mm]であった。実際の培地交換作業において細胞処理作業従事者は、電動ピペットを用いて注液ボトル内の培養液を吸引後、フラスコ内に注液する作業を行った。1セット8個のフラスコに対してそれぞれ75mlの培養液を注液した。2セット分の作業分析をしたところ。1セットあたり550s~560sの作業時間を要しており、1フラスコ当たりの注液作業時間は約70sという結果が得られた。
【0060】
例2:デバイスを使用した注液作業
チェックバルブ71として、株式会社キジマ製105-15001を、ロボットとして、6軸垂直多関節型産業用ロボット:安川電機製MOTOMAN-MH3F(第1アーム:260mm、第2アーム:270mm)を、コントローラとして、RTLinux(登録商標)環境をベースとしたシステムを、電子天秤として、100ms周期で測定値を取得可能なエー・アンド・デイ製EK-610iを使用した。注液ボトルにデバイスを装着し、デバイスの蓋体をロボットのグリッパに固定し、注液チューブの先端をTCP(Tool Center Point)とし、TCPを中心とした姿勢変化のみでT500フラスコへの注液作業を行った。さらに、ロボット第6軸の回転軸とTCPとを一致させることで、第6軸のみの動作で注液作業を行えるようにした。
【0061】
図5に示すように、フラスコを上向きに水平から30deg傾いた初期姿勢から、下向きに水平から45deg傾いた姿勢まで回転して停止し、電子天秤の上に置いたフラスコへ注液ボトル内の培養液を注液した。480mlの培養液を全て注液したときの注液量(injection volume)、時間(time)、注液速度(injection velocity)を
図8、
図9に示す。注液速度は注液開始および終了を除いた区間(注液時間3~53s、注液量10~412ml)でほぼ一定となっていることから、注液量の制御に適した方法であることが確認できた。
【0062】
例3:ロボットによる注液作業
ロボットを制御して、480mlの培養液を6回に分けて75mlずつ注液した。誤差を考慮し、培養液の容量は75ml×6回分より多くした。1回の注液の目標精度は±2%とした。ロボットによる注液作業は、(1)フラスコを上向きに水平から30deg傾いた初期姿勢から、下向きに水平から45deg傾いた姿勢に回転し、注液を開始する、注液開始動作(制御)、(2)フラスコを下向きに水平から45deg傾いた姿勢で停止した状態で注液する、注液動作(制御)、(3)注液終了動作は,フラスコを下向きに水平から45deg傾いた姿勢から初期姿勢に戻し注液を終了する、注液終了動作の3段階に分けて行った。
【0063】
液だれなく、かつ、スムーズな動作を実現するために、注液開始動作を32deg/s、注液終了動作を108deg/s(角速度:axis velocity)とした。1回の注液量を75mlにするためには、注液終了動作開始後の注液量を予測して、注液動作から注液終了動作に移行する必要があった。注液終了動作開始後の注液量の予測方法を
図10に示す。注液終了動作を開始してから注液量が増加しなくなるまでの時間(ΔT)と、注液終了動作しなかった場合の注液量に対する注液終了動作した場合の最終注液比率(X%)をパラメータとして設定し、注液動作中に取得した測定値の傾きから注液終了動作しなかった場合の注液量を求め、そこから注液終了動作開始後の注液量を算出した。なお、所定の軸周りの角速度パターン(第6軸の角速度パターン)は、同図では、方形となっているが、台形、S字などの加速パターンでもよく、限定されるものではない。
【0064】
図11の手順で、パラメータ導出とパラメータを使用した動作確認を行った。最初に,注液作業を繰り返したときのデータを分析することにより、パラメータを決定した。注液終了動作開始注液量を仮に70mlとし、480mlの培養液を5回に分けて注液する実験を3セット実施した。注液終了動作開始時刻の予測フローチャートを
図12に、その際の注液量を
図13に、分析結果を表1に示す。
【表1】
【0065】
図13に示すように、電子天秤からの取得データは一度最大値に達した後で最終的な値に落ち着くが、最初に安定後の値に到達するまでの時間をΔTとした。例2の実験から注液量が10ml程度を超えると注液速度は安定することがわかったが、注液終了動作に近い値を使用した方がより正確に予測できると考えられるため、40mlから60mlの傾きを用いることとした。表1の平均値をパラメータとして採用することとし、ΔTを1.07s、注液終了動作間注液率を80.88%に決定した。
【0066】
次に、決定したパラメータを用いて動作確認を実施した。480mlの培養液を6回に分けて75mlずつ注液する実験を3セット実施した結果を
図14、表2に示す。フラスコ外やチューブ先端に液だれが生じることなく、目標精度±2%(required accuracy)の範囲で注液作業を実施できた。例1の分析結果によると、手作業の場合の1回当たりの注液作業時間は約70sであった。それに対して、
図13の結果から、ロボットを用いた場合の1回の注液時間は約15sであった。今回実施した手法では注液ボトルから直接注入するため、吸引作業は不要であった。ロボットによる作業と手作業を組み合わせた場合、キャップ取外し・取付けを手作業で行ったとしても、作業時間を半分以下に短縮できることが確認できた。
【0067】