(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-28
(45)【発行日】2022-10-06
(54)【発明の名称】硫黄酸化能を有する細菌の検出方法、硫黄酸化能を有する細菌の検出用組成物及び硫黄酸化能を有する細菌の検出用キット
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/04 20060101AFI20220929BHJP
G01N 21/77 20060101ALI20220929BHJP
G01N 21/80 20060101ALI20220929BHJP
G01N 31/22 20060101ALI20220929BHJP
G01N 33/38 20060101ALI20220929BHJP
C12N 1/20 20060101ALN20220929BHJP
【FI】
C12Q1/04
G01N21/77 D
G01N21/80
G01N31/22 123
G01N33/38
C12N1/20 A
(21)【出願番号】P 2018180222
(22)【出願日】2018-09-26
【審査請求日】2021-05-31
(73)【特許権者】
【識別番号】514174659
【氏名又は名称】杉尾 剛
(73)【特許権者】
【識別番号】303057365
【氏名又は名称】株式会社安藤・間
(74)【代理人】
【識別番号】100100354
【氏名又は名称】江藤 聡明
(72)【発明者】
【氏名】杉尾 剛
(72)【発明者】
【氏名】根岸 敦規
【審査官】松原 寛子
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-159554(JP,A)
【文献】特開平10-324549(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/04
C12M 1/34
G01N 21/77
G01N 21/80
G01N 31/22
G01N 33/38
C12N 1/20
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
セメント硬化体中の硫黄酸化能を有する細菌の検出方法であって、
前記硫黄酸化能を有する細菌の増殖を促進する培地(但し、培地中に硫黄酸化能を有する細菌は含まれない)に硫黄酸化能を有する細菌が存在する可能性があるセメント硬化体を添加し、前記培地中で培養する培養工程と、
前記培地のpHの低下に基づくpH指示薬の変色によって硫黄酸化能を有する細菌を検出する検出工程と、
を有
し、
前記培養工程において、前記硫黄酸化能を有する細菌の増殖を促進する培地のpHが4.5以下に調整されていることを特徴とする硫黄酸化能を有する細菌の検出方法。
【請求項2】
前記検出工程後の培地に前記硫黄酸化能を有する細菌の増殖阻害剤を添加し、さらに培養する再培養工程と、
再培養工程後のpHの変化に基づくpH指示薬の変色によって培地中の硫黄酸化能を有する細菌の菌体量を判定する判定工程と、
を有することを特徴とする請求項1に記載の硫黄酸化能を有する細菌の検出方法。
【請求項3】
前記硫黄酸化能を有する細菌の増殖阻害剤が、WO
4
2-、PbO
4
4-、蟻酸イオン、ジカルボン酸イオン、ヒドロキシ酸イオン、Ni
2+、Zn
2+、Co
2+及びSn
2+から選択される少なくとも一種である、請求項2に記載の硫黄酸化能を有する細菌の検出方法。
【請求項4】
前記培養工程において、前記硫黄酸化能を有する細菌の増殖を促進する培地が、EDTA、DTPA、NTA、TTHA、PDTAやこれらのアルカリ金属塩の群から選択されるキレート剤を含むことを特徴とする請求項1~3の何れか一項に記載の硫黄酸化能を有する細菌の検出方法。
【請求項5】
セメント硬化体中の硫黄酸化能を有する細菌の検出用組成物であって、
前記硫黄酸化能を有する細菌の増殖を促進する培地(但し、培地中に硫黄酸化能を有する細菌は含まれない)と、pH指示薬と、を含
み、
前記硫黄酸化能を有する細菌の増殖を促進する培地のpHが4.5以下に調整されていることを特徴とする硫黄酸化能を有する細菌の検出用組成物。
【請求項6】
前記硫黄酸化能を有する細菌の増殖を促進する培地が、EDTA、DTPA、NTA、TTHA、PDTAやこれらのアルカリ金属塩の群から選択されるキレート剤を含むことを特徴とする請求項5に記載の硫黄酸化能を有する細菌の検出用組成物。
【請求項7】
セメント硬化体中の硫黄酸化能を有する細菌の検出用キットであって、
前記硫黄酸化能を有する細菌の増殖を促進する培地(但し、培地中に硫黄酸化能を有する細菌は含まれない)と、pH指示薬と、を含む第1試薬と、
硫黄酸化能を有する細菌の増殖阻害剤を含む第2試薬と、
を含
み、
前記硫黄酸化能を有する細菌の増殖を促進する培地のpHが4.5以下に調整されていることを特徴とする硫黄酸化能を有する細菌の検出用キット。
【請求項8】
前記硫黄酸化能を有する細菌の増殖を促進する培地が、EDTA、DTPA、NTA、TTHA、PDTAやこれらのアルカリ金属塩の群から選択されるキレート剤を含むことを特徴とする請求項7に記載の硫黄酸化能を有する細菌の検出用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硫黄酸化能を有する細菌の検出方法、硫黄酸化能を有する細菌の検出用組成物及び硫黄酸化能を有する細菌の検出用キットに関し、特に、セメント硬化体中の硫黄酸化能を有する細菌の検出方法、硫黄酸化能を有する細菌の検出用組成物及び硫黄酸化能を有する細菌の検出用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
下水道に使用される下水管等のコンクリート構造物においては、硫黄酸化細菌が作り出す硫酸によりコンクリートが早期に腐食する問題がある。したがって、コンクリート構造物中の硫黄酸化能を有する細菌の存在の有無を確認することがコンクリート構造物の維持管理上重要であるが、従来、硫黄酸化能を有する細菌の存在を確認するには分析機関で培養し、菌を同定する必要があるため、3~4週間の分析期間が必要となり時間がかかる。
【0003】
また、非特許文献1は、下水道施設内で生成する硫化水素に起因する硫酸によるコンクリート構造物の腐食対策として、設計・施工及び維持管理に関する具体的な手法を示すマニュアルである。これによれば、硫化水素による腐食はその濃度が高くなるに従い厳しくなるため、年間の硫化水素ガスの発生程度に応じて腐食しやすさの目安である4段階の腐食環境分類を設定し、この分類された腐食環境に応じた補修及び改築を行うことを推奨している。
【0004】
しかし、腐食環境を判定するための硫化水素ガスの測定には1週間程度連続的に硫化水素ガスを測定し、この値を平均するという作業を有するため、腐食環境の判定に時間がかかることとなっていた。
【0005】
特許文献1は、コンクリート試料中の腐食抑制剤の存在の有無を検知するため、硫黄酸化細菌と、pHを1~4に調整した硫黄又は硫黄化合物を含む培養液と、腐食抑制剤を含むと予想される試料とを混合し、得られた液を一定期間放置した後、pH指示薬で色の変化を検知することにより、腐食抑制剤の有無を検出する腐食抑制剤の簡易検出方法を開示する。
【0006】
この腐食抑制剤の簡易検出方法によれば、簡単な作業で短い時間でコンクリート試料中の腐食抑制剤の有無を確認することができる。
【0007】
特許文献2は、廃水の生物処理における活性汚泥の活性度(微生物の質を表す指標)の簡易な測定法を確立することを目的として、試料用の微生物混合液と還元性硫黄化合物を含む水を混合撹拌し、同時に混合液のpH低下に相当するアルカリ剤を注入し、所定時間経過後のアルカリ剤消費量から硫酸生成速度を算出する硫黄酸化細菌の活性度測定方法を開示する。
【0008】
特許文献2の硫黄酸化細菌の活性度測定方法は、還元性硫黄化合物を含む廃水を生物処理するにあたり、還元性硫黄化合物存在下における硫黄酸化細菌の酸化反応に伴う硫酸生成に伴いpH低下が生じるという現象に着目してなされたものである。すなわち、還元性硫黄化合物の存在下での硫黄酸化細菌による硫酸の生成量は、混合液中の還元性硫黄化合物量が十分であれば、硫黄酸化細菌濃度が硫黄酸化細菌の活性度により異なるため、硫酸生成速度を用いることにより活性度を表示することができ、硫酸生成量を測定する方法として、混合液のpHを一定に保つようにpH低下に応じて既知濃度のアルカリ剤を注入し、その単位時間あたりのアルカリ剤の注入量を硫酸量に換算するものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】国際公開第2016/104447号
【文献】特開平06-226289号公報
【非特許文献】
【0010】
【文献】地方共同法人 日本下水道事業団編著、「下水道コンクリート構造物の腐食抑制技術及び防食技術マニュアル」、一般財団法人下水道事業支援センター発行、2007年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
したがって、従来、硫黄酸化細菌の存在の確認には3~4週間の分析期間が必要となり、腐食環境を判定するための硫化水素ガスの測定には少なくとも1週間程度の期間が必要であった。
【0012】
また、特許文献1の腐食抑制剤の簡易検出方法によれば、コンクリート試料中の腐食抑制剤の存在の有無を検知することができるものの、コンクリート試料中の硫黄酸化細菌の存在の有無を確認できるものではない。また、特許文献1の腐食抑制剤の簡易検出方法の対象はヒューム管、組み立てマンホール等のコンクリートの二次製品であって、本願発明の対象である下水道本管等とは構造及び用途が異なる。
【0013】
さらに、特許文献2の硫黄酸化細菌の活性度測定方法によれば、硫酸生成細菌の活性度を測定することができるものの、活性度は微生物の質を表す指標ではあっても微生物量を表す指標では無い。そのうえ、硫黄酸化細菌の活性度を測定するにも硫黄酸化細菌を下水処理場の活性汚泥から馴養する必要があり、硫黄細菌が優先化したほぼ1ヵ月の時点が還元性硫黄化合物を含む廃水等の生物処理が実施可能となった時期であり、したがって、その時期に達するまで特許文献2に係る発明の硫黄酸化細菌の活性度測定方法を用いた生物処理プロセスの運転管理が行えないこととなり、活性度の測定が迅速なものとは言い難い。
【0014】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、迅速且つ簡単にコンクリート構造物中の硫黄酸化能を有する細菌の存在の有無を確認することができる硫黄酸化能を有する細菌の検出方法、硫黄酸化能を有する細菌の検出組成物及び硫黄酸化能を有する細菌の検出キットを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記目的を達成するための請求項1に記載のセメント硬化体中の硫黄酸化能を有する細菌の検出方法は、前記硫黄酸化能を有する細菌の増殖を促進する培地(但し、培地中に硫黄酸化能を有する細菌は含まれない)に硫黄酸化能を有する細菌が存在する可能性があるセメント硬化体を添加し、前記培地中で培養する培養工程と、前記培地のpHの低下に基づくpH指示薬の変色によって硫黄酸化能を有する細菌を検出する検出工程と、を有することを特徴とする。
【0016】
この構成によれば、セメント硬化体中に硫黄酸化能を有する細菌が存在する場合、培地中で硫黄酸化能を有する細菌が増殖し、その結果培地のpHが低下し、これによりpH指示薬が変色してセメント硬化体中に存在していた硫黄酸化能を有する細菌が検出される。硫黄酸化能を有する細菌の同定が培地のpHの低下・指示薬の変色により行われ、且つ、硫黄酸化能を有する細菌の培養にともなって硫黄酸化能を有する細菌が検出されるので、硫黄酸化能を有する細菌の検出期間とそれに要する手間が省力化され、迅速かつ簡単な検出が可能となっている。
【0017】
本発明の硫黄酸化能を有する細菌の検出方法の好ましい態様は以下のとおりである。
【0018】
(1)検出工程後の培地に前記硫黄酸化能を有する細菌の増殖阻害剤を添加し、さらに培養する再培養工程と、再培養工程後のpHの変化に基づくpH指示薬の変色によって培地中の硫黄酸化能を有する細菌の菌体量を判定する判定工程と、を有する。
【0019】
この構成によれば、増殖阻害剤を添加した後、再培養工程後のpH指示薬の変色によって培地中の菌体量が判定されるので、本発明の実施者は、判定された菌体量に応じて適切なセメント硬化体の補修・改修施策とその時期を選択することができる。
【0020】
そのうえ、菌体量の判定も増殖阻害剤の添加と再培養、さらに培地の液色の確認という迅速且つ簡易な手段で行うことができる。
【0021】
(2)硫黄酸化能を有する細菌の増殖阻害剤が、WO4
2-、PbO4
4-、蟻酸イオン、ジカルボン酸イオン、ヒドロキシ酸イオン、Ni2+、Zn2+、Co2+及びSn2+から選択される少なくとも一種である。
【0022】
また、上記目的は、セメント硬化体中の硫黄酸化能を有する細菌の検出用組成物であって、前記硫黄酸化能を有する細菌の増殖を促進する培地(但し、培地中に硫黄酸化能を有する細菌は含まれない)と、pH指示薬と、を含むことを特徴とする硫黄酸化能を有する細菌の検出用組成物によっても達成される。
【0023】
さらに、上記目的は、セメント硬化体中の硫黄酸化能を有する細菌の検出用キットであって、前記硫黄酸化能を有する細菌の増殖を促進する培地(但し、培地中に硫黄酸化能を有する細菌は含まれない)と、pH指示薬と、を含む第1試薬と、硫黄酸化能を有する細菌の増殖阻害剤を含む第2試薬と、を含むことを特徴とする硫黄酸化能を有する細菌の検出用キットによっても達成される。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、セメント硬化体中に硫黄酸化能を有する細菌が存在する場合、培地中で硫黄酸化能を有する細菌が増殖し、その結果培地のpHが低下し、これによりpH指示薬が変色してセメント硬化体中に存在していた硫黄酸化能を有する細菌が検出される。硫黄酸化能を有する細菌の同定が培地のpHの低下・指示薬の変色により行われ、且つ、硫黄酸化能を有する細菌の培養にともなって硫黄酸化能を有する細菌が検出されるので、硫黄酸化能を有する細菌の検出期間とそれに要する手間が省力化され、迅速かつ簡単な検出が可能となり、セメント硬化体の補修の要不要の判断も迅速に行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】判定工程において使用する、予め作成した検量線Lを模式的に示すグラフである。縦軸は使用した菌液の硫黄酸化能を有する細菌濃度(個/ml)、横軸はt+u時間経過後の培地のpHを示す。
【
図2】本発明の実施例に係るセメント硬化体A~G中の硫黄酸化能を有する細菌の検出結果を示す図面代用写真である。
【
図3】本発明の実施例に係るセメント硬化体A~G中の硫黄酸化能を有する細菌の菌体量の判定結果を示す図面代用写真である。
【
図4】1mlあたりの菌体量と、培養後のpHと、の関係を示すグラフである。
【
図5】硫黄酸化能を有する細菌の菌体量の判定に用いる検量線Xを模式的に示すグラフ(縦軸:1ml当たりの菌体量、横軸:pH)である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
<硫黄酸化細菌の検出方法>
次に、本発明の硫黄酸化能を有する細菌の検出方法を詳細に説明するが、本発明の方法は以下の方法に限られるものでは無い。
【0027】
本発明において、セメント硬化体は、セメントと水を練り混ぜて得られるセメントペーストを骨材と練り混ぜて硬化させたものをいう。
【0028】
セメント硬化体は、コンクリートだけでなく、モルタルも含む。セメントペーストに骨材として砂等の細骨材を練り混ぜた場合はモルタルであり、骨材として砂等の細骨材及び砂利等の粗骨材の双方を練り混ぜた場合はコンクリートである。
【0029】
本発明のセメント硬化体は、内部に補強用の鋼材が配されていることが好ましい。鋼材は特に限定されないが、例えば、鉄筋、鉄骨、丸鋼、異形棒鋼、PC鋼材、溶接金網等多様なものを含む。
【0030】
本発明の硫黄酸化能を有する細菌の検出方法は、以下の工程を順に含む。
【0031】
[培養工程]
本工程では、硫黄酸化能を有する細菌の増殖を促進する培地(但し、培地中に硫黄酸化能を有する細菌は含まれない)に硫黄酸化能を有する細菌が存在する可能性があるセメント硬化体を添加し、培地中で培養する。
【0032】
硫黄酸化能を有する細菌は、下水道に使用されるセメント硬化体の腐食に影響するものとしては、Acidithiobacillus albertensis、Acidithiobacillus thiooxidans(例えば、NB1-3株等)、Halothiobacillus neapolitanus、Thiomonas sp.(例えば、受託番号:NITE P-315が付されたRAN5株等)、Acidithiobacillus ferrooxidans等の硫黄酸化細菌が挙げられるが、硫黄酸化能を有する細菌は硫黄酸化細菌に限定されず、鉄酸化細菌(Acidithiobacillus ferrooxidans)等、硫黄化合物を酸化することができる細菌を含む。このうち、Acidithiobacillus albertensisおよびAcidithiobacillus thiooxidansとAcidithiobacillus ferrooxidansは菌の活動最適生育pHが前者で2.0~4.5、後者で2.0~3.0であるから、腐食が進行する劣化期の腐食に関与すると考えられる。また、Halothiobacillus neapolitanusは菌の活動最適生育pHが6.5~6.9と中性域にあるから、腐食が加速期に差し掛かった段階での腐食に関与すると考えられる(根岸 敦規,栗原 靖夫著、下水道研究発表会講演集、51巻661-663頁、2014年7月4日)。
【0033】
硫黄酸化能を有する細菌の培養方法は、特に制限はなく、通常の液体培養で行うことができる。硫黄酸化能を有する細菌の増殖を促進する培地は、酸化数+6未満の硫黄を含む硫黄源を含む。硫黄源の添加量は、培養工程に用いる溶液100ml(pH指示薬も含む)に対して硫黄換算で10mg以上2000mg以下であり、好ましくは20mg以上1500mg以下である。
【0034】
硫黄源としては、酸化数+6未満の硫黄を含む硫黄源であればよく、例えば、元素硫黄、チオ硫酸塩、テトラチオン酸塩、亜硫酸塩、二酸化硫黄、亜硫酸水素塩などが挙げられる。しかし、硫黄細菌の利用のしやすさの観点から、元素硫黄、チオ硫酸塩、テトラチオン酸塩が用いられることが好ましい。
【0035】
なお、培地としては、硫黄酸化能を有する細菌が含まれない培地を用いる。培地中に硫黄酸化能を有する細菌が混入していた場合には、後述する検出工程において検出された硫黄酸化能を有する細菌が、セメント硬化体由来のものか、それとも最初から混入していた硫黄酸化能を有する細菌であるか、判別できなくなるからである。
【0036】
培地のpHは、7.0未満、好ましくは、4.5以下に調整される。pHの調整には、塩酸、硫酸、酢酸等の酸を適宜に用いることができる。
【0037】
また、培地は、pH指示薬と混合されて組成物とされていてもよく、あるいは、培地に対して後からpH指示薬が添加されても良い。
【0038】
培養工程において、培地は好ましくはpH4.5以下に調整されているが、セメント硬化体が添加されることで、セメント硬化体中のアルカリ成分が溶出してpHが5.0以上に上昇し、セメント硬化体中に硫黄酸化能を有する細菌が存在しない場合にはさらにpHが上昇して培地がアルカリ性となる。
【0039】
したがって、pH指示薬は、pH5.0以上、特に、4.0~6.0において色が変化するものが好ましい。このようなpH指示薬として、チモールブルー、メチルオレンジ、ブロモクレゾールグリーン、ブロモフェノールブルー、メチルレッド、ブロモクレゾールパープルを挙げることができる。チモールブルー、メチルオレンジ、ブロモクレゾールグリーン、ブロモフェノールブルーが好ましい。
【0040】
さらに、培地には、セメント硬化体中に含まれる金属がpH指示薬の発色に与える影響を抑えるために、キレート剤を添加することが好ましい。キレート剤としては、EDTA、DTPA、NTA、TTHA、PDTAやこれらのアルカリ金属塩を用いることができる。
【0041】
セメント硬化体は、検出対象の表面から削りとり、例えば、培地100mlあたり10mg~1gの範囲内の量で培地中に添加される。
【0042】
培養温度は、15℃以上35℃以下であり、好ましくは、25℃以上30℃以下である。
【0043】
培養時間tは、培養温度にもよるが、例えば、2時間~8時間である(以上、培養工程)。
【0044】
[検出工程]
本工程では、培地のpHの低下に基づくpH指示薬の変色によって硫黄酸化能を有する細菌を検出する。
【0045】
培養工程では、セメント硬化体から溶出したアルカリの影響で培地中のpHがじわじわアルカリ性に移行することが予測されるところ、セメント硬化体中に硫黄酸化能を有する細菌が存在していた場合には培地中の硫黄が酸化され、硫酸が生成され、培地のpHが低下する。
【0046】
本工程では、pHの低下をpH指示薬の変色によって確認し、この変色に基づき硫黄酸化能を有する細菌を検出する。硫黄酸化能を有する細菌が検出された場合は、硫黄酸化能を有する細菌の菌体量を把握すべく、次の工程に移行しても良いし、硫黄酸化能を有する細菌が検出した段階で本発明に係る硫黄酸化能を有する細菌の検出方法を終了してもよい。
【0047】
逆に、硫黄酸化能を有する細菌が存在していない場合にはpHが低下することなく、じわじわとアルカリ側に上昇し続けることとなる。したがって、pH指示薬の変色により、培地がアルカリ性になっていれば、硫黄酸化能を有する細菌はセメント硬化体中に存在しないのであるから、本発明に係る硫黄酸化能を有する細菌の検出方法は終了する(以上、検出工程)。
【0048】
[再培養工程]
本工程では、検出工程後の培地に硫黄酸化能を有する細菌の増殖阻害剤を添加し、さらに培養する。
【0049】
増殖阻害剤は、硫黄酸化能を有する細菌の増殖を阻害可能であればどのようなものであってもよいが、好ましくは、WO4
2-、PbO4
4-、蟻酸イオン、ジカルボン酸イオン、ヒドロキシ酸イオン、Ni2+、Zn2+、Co2+及びSn2+から選択される少なくとも一種である。
【0050】
ジカルボン酸イオンは、シュウ酸イオン((COO)2
2-)、コハク酸イオン(C2H4(COO)2-)、マロン酸イオン(CH2(COO)2
2-)、グルタル酸イオン(C3H6(COO)2
2-)、マレイン酸イオン(C2H2(COO)2
2-)、フマル酸イオン(C2H2(COO)2
2-)、シトラコン酸イオン(C3H4(COO)2
2-)、メサコン酸イオン(C3H4(COO)2
2-)、イタコン酸イオン(C3H4(COO)2
2-)から選択される少なくとも1種以上である。
【0051】
ヒドロキシ酸イオンは、酒石酸イオン(C2H2(OH)2(COO)2
2-)、リンゴ酸イオン(C2H3(OH)(COO)2
2-)及びタルトロン酸イオン(CH(OH)(COO)2
2-)から選択される少なくとも1種以上である。
【0052】
これらのイオンは電離しやすいアルカリ金属塩の形で供給することができる。例えば、WO4
2-は、タングステン酸ナトリウムやパラタングステン酸ナトリウム等のタングステン酸塩の形で供給することができ、(COO)2
2-はシュウ酸ナトリウムの形で供給することができ、PbO4
4-は、Pb含有ナトリウム塩の形で供給することができる。シュウ酸イオン以外のジカルボン酸イオン、ヒドロキシ酸イオン、蟻酸イオンについても同様に、アルカリ金属塩の形で供給することができる。
【0053】
また、Ni2+、Zn2+、Co2+及びSn2+については、それぞれ、硫酸塩、硝酸塩、塩化物の形で供給することができる。また、微粉として供給する場合には金属(酸化数ゼロ)の形で供給することができる。
【0054】
中でも、増殖阻害剤は、WO4
2-及びシュウ酸イオン((COO)2
2-)から選択される少なくとも1種であることが好ましい。
【0055】
培地中に添加された増殖阻害剤の濃度は、イオンの合計濃度として、最大溶解度(単位:g/飽和溶液100gあたり)の1/1000以上1/1以下であり、好ましくは、1/100以上1/10以下である。
【0056】
増殖阻害剤が培地に添加された後、再培養時間uは、培養温度にもよるが、例えば、2~8時間である(以上、再培養工程)。
【0057】
[判定工程]
本工程では、再培養工程後のpHの変化に基づくpH指示薬の変色によって培地中の硫黄酸化能を有する細菌の菌体量を判定する。
【0058】
培地中の硫黄酸化能を有する細菌の菌体量は、予め作成したpH-硫黄細菌濃度の検量線に基づいて判定する。以下、検量線の作成について説明するが、検量線の作成は以下の作成方法に限られない。
【0059】
まず、予め硫黄酸化能を有する細菌濃度(個/mlあたり)が既知の菌液5種(例えば、0個/ml、102個/ml、104個/ml、106個/ml、108個/mlの5種)及び硫黄酸化能を有する細菌不在のセメント硬化体を、5個の培地中にそれぞれ添加し、t時間培養する。培地は、上記培養工程で用いた培地と同一の培地を用いる。
【0060】
菌液は、Acidithiobacillus thiooxidansの分離株(NBI-3株)やAcidithiobacillus ferrooxidansの基準株であるAmerican Type Culture Collection (ATCC) 23270株、独立行政法人製品評価技術基盤機構(nite)のNRBC番号:NBRC 13701、NBRC 13724、NBRC 101132などの菌株を適当な培地で培養することで得ることができる。
【0061】
そして、t時間培養後、増殖阻害剤を培地に添加し、さらにu時間培養を行う。
【0062】
t+u時間経過後、各培地のpHを測定し、作製した検量線Lを
図1に模式的に示す。縦軸は用いた菌液の硫黄酸化能を有する細菌濃度(個/ml)、横軸はpHを示す。
【0063】
硫黄酸化能を有する細菌濃度0個/mlの培地はセメント硬化体から滲み出したアルカリの影響でアルカリ性となり、硫黄酸化能を有する細菌濃度102個/ml、104個/ml、106個/mlの培地は、それぞれ、硫黄酸化能を有する細菌の活動により硫黄が酸化されて硫酸が生成するものの、その活動が増殖阻害剤により阻害され、硫黄酸化能を有する細菌濃度が小さい順に培地のpHが上昇している。また、硫黄酸化能を有する細菌濃度108個/mlの培地は増殖阻害剤による増殖抑制効果よりも硫黄酸化能を有する細菌の活動が上回るため、pHが酸性域で維持されている。
【0064】
したがって、例えば、pH指示薬としてブロモクレゾールグリーンを用いていた場合に、再培養工程後のpH指示薬の色が黄色であった場合、pHは約3.8であり、このpH値を検量線に当てはめることで硫黄酸化能を有する細菌の菌体量を判定することができる(以上、判定工程)。
【0065】
したがって、本発明に係るセメント硬化体中の硫黄酸化能を有する細菌の検出方法によれば、セメント硬化体中に硫黄酸化能を有する細菌が存在する場合、培地中で硫黄酸化能を有する細菌が増殖し、その結果培地のpHが低下し、これによりpH指示薬が変色してセメント硬化体中に存在していた硫黄酸化能を有する細菌が検出される。硫黄酸化能を有する細菌の同定が培地のpHの低下・指示薬の変色により行われ、且つ、硫黄酸化能を有する細菌の培養に伴って硫黄酸化能を有する細菌が検出されるので、硫黄酸化能を有する細菌の検出期間とそれに要する手間が省力化され、迅速かつ簡単な検出が可能となっている。
【0066】
また、増殖阻害剤を添加した後、再培養工程後のpH指示薬の変色によって培地中の菌体量が判定されるので、本発明の実施者は、判定された菌体量に応じて適切なセメント硬化体の補修・改修施策とその時期を選択することができる。
【0067】
そのうえ、菌体量の判定も増殖阻害剤の添加と再培養、さらに培地の液色の確認という迅速且つ簡易な手段で行うことができる。
【0068】
なお、本発明において、再培養工程及び判定工程の実施が必須というわけではない。具体的には、培養工程及び検出工程で硫黄酸化細菌が検出されなかった場合は、以降の工程を実施せず、他のセメント硬化体の評価を行えばよい。また、培養工程及び検出工程を実施して硫黄酸化能を有する細菌の存在を確認し、その後は他の方法により菌体量を確認してもよい。
【0069】
<硫黄酸化能を有する細菌の検出組成物>
次に、セメント硬化体中の硫黄酸化能を有する細菌の検出組成物について説明する。
【0070】
本発明に係る硫黄酸化能を有する細菌の検出組成物は、硫黄酸化能を有する細菌の増殖を促進する培地(但し、培地中に硫黄酸化能を有する細菌は含まれない)と、pH指示薬と、を含んでおり、上記硫黄酸化能を有する細菌の検出方法に使用される。
【0071】
培地は、硫黄酸化能を有する細菌の検出方法で述べたとおり、酸化数+6未満の硫黄を含む硫黄源を含む培地である。培地のpHは7.0未満であり、好ましくは4.5以下に調整される。
【0072】
また、培地には、キレート剤が添加されていることが好ましい。キレート剤としては、EDTA、DTPA、NTA、TTHA、PDTAやこれらのアルカリ金属塩を用いることができる。
【0073】
pH指示薬は、pH5.0以上、特に、4.0~6.0において色が変化するものが好ましい。pH指示薬の例は、硫黄酸化能を有する細菌の検出方法において詳述したとおりである。
【0074】
硫黄酸化能を有する細菌の検出方法において、硫黄酸化能を有する細菌の検出組成物中にセメント硬化体が添加され、培養工程及び判定工程が実施される。引き続き再培養工程を行う場合、検出組成物中に硫黄酸化能を有する細菌の増殖阻害剤が添加される。
【0075】
増殖阻害剤の種類、添加量については、上記硫黄酸化能を有する細菌の検出方法に記載したとおりである。
【0076】
<硫黄酸化能を有する細菌の検出用キット>
次に、セメント硬化体中の硫黄酸化能を有する細菌の検出用キットについて説明する。
【0077】
本発明に係るセメント硬化体中の硫黄酸化能を有する細菌の検出用キットは、硫黄酸化能を有する細菌の増殖を促進する培地(但し、培地中に硫黄酸化能を有する細菌は含まれない)と、pH指示薬と、を含む第1試薬と、硫黄酸化能を有する細菌の増殖阻害剤を含む第2試薬と、を含む。
【0078】
第1試薬は、上記硫黄酸化能を有する細菌の検出組成物と実質的に同一であり、したがって、第1試薬に含まれる培地及びpH指示薬についても同様に上記硫黄酸化能を有する細菌の検出組成物に含まれるものと実質的に同一であり、ここではその説明を省略する。
【0079】
第2試薬に含まれる硫黄細菌の増殖阻害剤の種類、添加量については、上記硫黄酸化能を有する細菌の検出方法に記載したとおりである。
【0080】
硫黄酸化能を有する細菌の検出方法において、第1試薬中にセメント硬化体が添加され、培養工程及び検出工程が実施される。引き続き再培養工程を行う場合、培養工程及び検出工程を経た第1試薬中に第2試薬が添加され、再培養工程及び判定工程が実施される。
【0081】
以下、本発明をさらに実施例により詳細に説明する。
【実施例】
【0082】
1.セメント硬化体(供試体)の作成
1:2モルタル20質量部に水を3質量部の割合で添加して混合し、混合したモルタルを事前に配置された型枠に流し込み、寸法40mm×40mm×80mmの供試体を作成した。
【0083】
この供試体を、以下の表に示す供用管路に設置し、約1年間放置した。その後、各供試体を回収し、表面を約100mg削りとり、コンクリート粉を得た。
【0084】
表1は、供試体が設置された供用管路の情報と、その気相部のH2S濃度条件を示す。
【0085】
【0086】
2.硫黄酸化能を有する細菌の検出組成物の調製
表2の組成に従い、硫黄酸化能を有する細菌の検出組成物(pH=2.5)を調整した。
【0087】
【0088】
なお、表2において、1N硫酸は0.25~0.45mlの範囲で、純水は9.00~10.00mlの範囲で、それぞれ適宜に調整することができる。
【0089】
3.セメント硬化体中の硫黄酸化能を有する細菌の検出
調査対象となる供試体A~G(セメント硬化体)表面から採取したコンクリート粉100mgずつを、それぞれ上記硫黄酸化能を有する細菌の検出組成物が充填された容量50mlのコニカルチューブ(製品番号352070、コーニング社製)に添加し、室温で2時間振とう培養した。
【0090】
結果を
図2に示す。図示のように、硫黄酸化能を有する細菌が存在すると考えられる供試体B、C、E、Fにおいて硫黄酸化能を有する細菌の検出組成物は黄色のままとなり、したがって、pH指示薬の色から硫黄酸化能を有する細菌を検出することができた。
【0091】
一方で、A、Dにおいては緑色の発色が、併用管路に設置されていない供試体Gにおいては青色の発色が、それぞれ確認され、したがって、供試体A、D、Gには硫黄酸化能を有する細菌が存在しないことが確認できた。
【0092】
4.セメント硬化体中の硫黄酸化能を有する細菌の菌体量の判定
硫黄酸化能を有する細菌の有無の検出を行った後、硫黄酸化能を有する細菌の増殖阻害剤としてNa2WO46.0mg及び(COO)2Na26.0mgを上記供試体A~Gが添加された各検出組成物中に添加し、さらに室温で2時間振とう培養した。
【0093】
結果を
図3に示す。図示のように、供試体B、Fにおいては青色に近い発色を示しており、その液色から推定されるpHを後述する検量線(
図5参照)に当てはめることで菌体量が10
1~10
3個/ml程度であると判定できた。
【0094】
また、供試体C、Eは黄色に近い緑色の発色を示しており、pHが4.5程度であると考えられる。したがって、供試体C、Eは、菌体量が107個/ml以上であると判定できた。
【0095】
5.検量線の作製
5-1.硫黄酸化能を有する細菌の菌液の調製
Acidithiobacillus thiooxidansのNBI-3株を、固体硫黄、(NH4)2SO4、MgSO4・7H2O、K2PO4、KCl、Ca(NO3)2・4H2O等を含む元素硫黄無機塩培地(pH2.5)20mlに接種し、30℃で7日間振とう培養し、NBI-3の培養菌液を得た。この培養菌液を希釈し、1mlあたりの菌体量0個、101~103個、103~105個、105~107個、107個超の菌液を得た。なお、菌体数は蛍光(DAPI)染色法により測定した。
【0096】
5-2.検量線の作製
供試体G(セメント硬化体)表面から採取したコンクリート粉100mg、上記表2の硫黄酸化能を有する細菌の検出組成物が充填された容量50mlのコニカルチューブ(製品番号352070、コーニング社製)5本にそれぞれ添加した。このコニカルチューブ5本に1ml当たりの菌体量0個、101~103個、103~105個、105~107個、107個超と既知である菌液をそれぞれ1mlずつ添加し、pHを測定しながら室温で2時間振とう培養した。
【0097】
2時間後、硫黄酸化能を有する細菌の増殖阻害剤としてNa2WO46.0mg及び(COO)2Na26.0mgを添加し、さらに室温で2時間振とう培養した。
【0098】
結果を
図4に示す。図示のように、菌体量0個の場合には、供試体Gから溶出したアルカリ成分の影響で時間の経過とともにpHが約6.5まで(4時間後)大きく上昇した。一方、菌体量が10
7個超の場合には溶出したアルカリ成分が、硫黄酸化能を有する細菌の活動により生成される硫酸によって中和され、pHの上昇が抑制され、4時間後であってもpHは4.5程度と低く維持されていた。
【0099】
図5は、
図4の各サンプルの4時間後のpHを横軸、添加された菌液の菌体量(個/ml)を縦軸にしてプロットして作成した検量線Xである。図示のように、pHと菌体量との間に比例関係があることが確認された。
【0100】
なお、菌体量0個/ml、101~103個/ml、103~105個/ml、105~107個/ml、107個/ml超のサンプルについては、それぞれの菌体量を100個/ml、102個/ml、104個/ml、106個/ml、108個/mlと擬制してプロットを行った。