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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-28
(45)【発行日】2022-10-06
(54)【発明の名称】水素透過試験装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/416 20060101AFI20220929BHJP
   G01N 17/00 20060101ALI20220929BHJP
   G01N 27/28 20060101ALI20220929BHJP
   G01N 27/26 20060101ALI20220929BHJP
【FI】
G01N27/416 311H
G01N17/00
G01N27/28 301A
G01N27/26 351C
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2019165535
(22)【出願日】2019-09-11
(65)【公開番号】P2021043076
(43)【公開日】2021-03-18
【審査請求日】2021-10-26
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(72)【発明者】
【氏名】河盛 誠
(72)【発明者】
【氏名】衣笠 潤一郎
【審査官】櫃本 研太郎
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/054186(WO,A1)
【文献】特開2003-121406(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第108226024(CN,A)
【文献】特開2014-070270(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 17/00-17/04
G01N 27/26-27/49
JSTPlus/JSTChina/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属材料に侵入する水素量を、電気化学的水素透過法を用いて測定する水素透過試験装置であって、
水素が侵入する水素侵入面と、侵入した前記水素を検出する水素検出面と、前記水素検出面に形成され、前記水素を効率よく検出するための金属めっきと、を有する金属試験片と、
電気化学反応を進行させるための参照電極及び対極と、
前記水素検出面側に設けられ、前記参照電極及び対極を収容すると共に、前記水素検出面の電位が前記参照電極に対して-1V~1Vのときに残余電流を10nA/cm以下に抑制することのできる、凝固点が0℃以下のケイ酸ナトリウム水溶液を収容する電解容器と、
前記電気化学反応によって得られた電流値に基づいて水素量を測定する測定部と、を備える、水素透過試験装置。
【請求項2】
前記ケイ酸ナトリウム水溶液のボーメ度Bhと使用温度T(℃)との関係がT≧-0.5×exp(0.09×Bh)を満たす、請求項1に記載の水素透過試験装置。
【請求項3】
前記ケイ酸ナトリウム水溶液のSiO/NaOのモル比が3.5以下である、請求項1又は2に記載の水素透過試験装置。
【請求項4】
前記ケイ酸ナトリウム水溶液に占めるケイ酸ナトリウム溶液の濃度が、10質量%以上である、請求項1~3のいずれか1項に記載の水素透過試験装置。
【請求項5】
前記金属めっきがNi,Pd及びAuのいずれかで形成されている、請求項1~4のいずれか1項に記載の水素透過試験装置。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項に記載の水素透過試験装置を準備することと、
前記準備後に5時間以上放置することと、
前記5時間以上放置した後に、前記電気化学反応によって得られた電流値に基づいて水素量を測定することと、を含む、水素量測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属材料中の水素量を低温でも評価可能な水素透過試験装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境問題の観点から自動車の低燃費化が求められており、その解決法の一つとして車体重量の軽量化が進められている。この軽量化を実現する方法として、例えば自動車の足回り用ボルトを高強度化し、ボルトを小型化する試みがなされている。高強度鋼を用いる場合、使用中に鋼材の腐食に伴って水素が発生し、この水素が鋼中に侵入することによって遅れ破壊現象が発生し得るという問題がある。自動車の足回り用ボルトは、ボディ骨格に用いられる高強度鋼板とは異なり、自動車の走行中に大気及び風雨だけでなく、冬季に道路の凍結防止のため散布される凍結防止剤(NaCl、CaClなど)により非常に厳しい腐食環境に曝されることがある。
【0003】
遅れ破壊現象の防止に向けては、支配因子の一つである金属材料中の水素量を把握することが重要である。特に、凍結防止剤が散布されるような冬期では、場所によっては-15℃以下の極低温に達することがある。そのため、このような極低温に設定した場合であっても水素量を高感度に評価する試験装置が必要である。
【0004】
金属材料中の水素量を測定することを目的として、従来から種々の方法が提案されている。例えば、一般的な技術として非特許文献1に記載されるような昇温脱離法が提案されている。非特許文献1に記載されている昇温脱離法では、金属材料を昇温させて脱離した水素を質量分析計あるいはガスクロマトグラフィを用いて検出することによって、金属材料中の水素量や水素存在状態を評価している。しかしながら、腐食環境下では温度、湿度、付着塩分量等の変化によって侵入水素量が大きく変化するが、非特許文献1に記載されている方法では侵入水素量の経時変化を評価することは困難であった。
【0005】
侵入水素量の経時変化を評価する一般的な技術として、非特許文献2に記載されるような電気化学的水素透過法が提案されている。電気化学的水素透過法は、金属材料中の片方の面(水素侵入面)に、電気化学的なカソード分極あるいは腐食のカソード反応によって金属材料中に水素を侵入させる。そして、侵入した水素を、反対側の金属表面(水素検出面)をH→H+eの酸化反応が十分に速く進行する電位にアノード分極することで速やかに酸化させ、その酸化電流を検出することで水素量を測定する。
【0006】
電気化学的水素透過法は、Devanathanらの報告以降、各目的に適した改良又は工夫が多数なされてきた。例えば、水素侵入面を大気暴露することで大気腐食環境における水素侵入を評価可能な試験方法が非特許文献3に記載されている。非特許文献3に記載されている方法では、水素検出面で水素を酸化させるための溶液(水素検出溶液)にNaOHを含む水溶液を用いている。しかしながら、凍結防止剤が散布されるような冬期の低温では、上記NaOHを含む水溶液は凍結してしまう。水溶液が凍結すると、水溶液の体積膨張が発生し、試験装置が破損する場合があった。
【0007】
低温における侵入水素量を測定する方法として、水素検出溶液に有機化合物を添加し、凝固点を降下させた電気化学的水素透過法が非特許文献4に開示されている。非特許文献4に記載されている方法では、水素検出溶液に少量の水を含む0.2M KOHのアルコール溶液を使用することで、230K~300K(-43℃~27℃)の広い温度域での水素透過試験を可能にしている。
【0008】
同様に、特許文献1では、水素検出溶液の凍結防止のために、水素検出溶液に有機化合物を添加した電気化学的水素透過法が提案されている。特許文献1では、電解液の凝固点を-5℃以下にする方法について検討しており、0.1N NaOH水溶液にジメチルスルフォキシド(DMSO)を種々の割合で添加した水素検出溶液を用いた水素透過試験が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特許第5754566号公報
【非特許文献】
【0010】
【文献】高井健一, 材料と環境, 60, 230 (2011)
【文献】M. A. V. Devanathan and Z. Stachurski, J. Electrochem. Soc., 111, 619 (1964)
【文献】大村朋彦ら, 材料と環境, 54, 61 (2005)
【文献】H. Hagi et al., Transactions of the Japan Institute of Metals, 20, 349 (1979)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、非特許文献4に記載の方法では、水素検出溶液にアルコールを用いている。この場合、水素検出面で水素を酸化させるための電位にアノード分極したときに、アルコールの酸化反応が生じ、この酸化反応により、残余電流と呼ばれるノイズ電流が大きくなる場合があった。残余電流が大きい場合、微量の水素が侵入した際の水素透過電流が残余電流の変動(ノイズ)に隠れてしまう。すなわち、腐食で生じる微量水素を高感度に検出することが困難であった。
【0012】
また、特許文献1に記載の方法では、有機化合物にDMSOを使用することで残余電流を小さくし、腐食で生じるような微量水素の検出が可能である。しかしながら、特許文献1に記載の方法では、電解液(すなわち、水素検出溶液)の凝固点を-5℃以下にすることを目的とした発明であって、-15℃以下の極低温での使用には必ずしも十分ではなかった。すなわち、特許文献1に記載の実施例では、電解液(すなわち、水素検出溶液)の凝固点が最低-12℃であり、特許文献1に記載の方法では、-15℃以下の極低温での水素透過試験は困難であると推察される。
【0013】
また、極低温で水素透過試験を行う方法として、無機物として従来用いられてきた水酸化ナトリウムを多量に添加することが考えられる。水酸化ナトリウムを多量に添加すると、凝固点を大きく低下させることができるためである。しかし、水酸化ナトリウムを多量に添加した場合、溶液のpHが高くなり過ぎる。その結果、水素検出面に用いられる金属めっき(Ni,Pdなど)が腐食し、残余電流が高くなってしまい、微量水素の検出が困難であった。
【0014】
本発明は、このような状況に鑑みてなされたものであり、氷点下以下の極低温から常温に至るまでの広い温度域で、金属材料中の水素量を評価可能な水素透過試験装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の態様1は、
金属材料に侵入する水素量を、電気化学的水素透過法を用いて測定する水素透過試験装置であって、
水素が侵入する水素侵入面と、侵入した前記水素を検出する水素検出面と、前記水素検出面に形成され、前記水素を効率よく検出するための金属めっきと、を有する金属試験片と、
電気化学反応を進行させるための参照電極及び対極と、
前記水素検出面側に設けられ、前記参照電極及び対極を収容すると共に、前記水素検出面の電位が前記参照電極に対して-1V~1Vのときに残余電流を10nA/cm以下に抑制することのできる、凝固点が0℃以下のケイ酸ナトリウム水溶液を収容する電解容器と、
前記電気化学反応によって得られた電流値に基づいて水素量を測定する測定部と、を備える、水素透過試験装置である。
【0016】
本発明の態様2は、
前記ケイ酸ナトリウム水溶液のボーメ度Bhと使用温度T(℃)との関係がT≧-0.5×exp(0.09×Bh)を満たす、態様1に記載の水素透過試験装置である。
【0017】
本発明の態様3は、
前記ケイ酸ナトリウム水溶液のSiO/NaOのモル比が3.5以下である、態様1又は2に記載の水素透過試験装置である。
【0018】
本発明の態様4は、
前記ケイ酸ナトリウム水溶液に占めるケイ酸ナトリウム溶液の濃度が、10質量%以上である、態様1~3のいずれかに記載の水素透過試験装置である。
【0019】
本発明の態様5は、
前記金属めっきがNi,Pd及びAuのいずれかで形成されている、態様1~4のいずれかに記載の水素透過試験装置である。
【0020】
本発明の態様6は、
態様1~5のいずれかに記載の水素透過試験装置を準備することと、
前記準備後に5時間以上放置することと、
前記5時間以上放置した後に、前記電気化学反応によって得られた電流値に基づいて水素量を測定することと、を含む、水素量測定方法である。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、氷点下以下の極低温から常温に至る温度域で、金属材料の水素量を測定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1図1は、本発明の実施形態における水素透過試験装置の模式図である。
図2図2は、実施例における試験温度と水素透過係数との関係を示したグラフである。
図3図3は、実施例における水素検出溶液に設置した熱電対の温度経時変化を示したグラフである。
図4図4は、実施例における耐久性評価に用いた水素透過試験装置の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明者らは、上記した課題を解決するため、水素検出溶液が氷点下以下の極低温(例えば、-15℃以下)であっても凍結しないことを目的に鋭意研究を行った。一般に、溶液の凝固点を下げる方法として、無機物又は有機物を添加することで生じる凝固点降下現象を利用する方法が挙げられる。しかしながら、上記したように、添加した無機物又は有機物が残余電流の増加、又は水素検出面に用いられる金属材料の腐食を促す問題があった。
【0024】
そこで、本発明者らは、(1)水素検出面で水素を酸化させるための電位にアノード分極したときの残余電流が小さいこと、(2)対象である金属材料を腐食させないこと、(3)氷点下以下の極低温(例えば、-15℃以下)でも水素透過試験装置が破損しないこと、を達成できる水素透過試験装置を鋭意研究した。その結果、濃厚なケイ酸ナトリウム水溶液(ケイ酸ソーダ)を水素検出溶液として用いて所定の構成とすることで、対象である金属材料を腐食させないで、残余電流を低減できることを見出した。また、氷点下以下の極低温でも、水素透過試験装置を破損させずに水素量を測定できることを見出した。なお、濃厚なケイ酸ナトリウム水溶液は、水素検出溶液として従来から使用される水酸化ナトリウム水溶液と比べて粘性が非常に高く扱いづらい。そのため、濃厚なケイ酸ナトリウム水溶液は、従来、水素透過試験装置に使用されていない。
【0025】
図1を参照しながら、本発明の実施形態に係る水素透過試験装置について詳細に説明する。図1は、本発明の実施形態に係る水素透過試験装置1を示す模式図である。本発明の実施形態に係る水素透過試験装置1は、金属試験片2、電解容器3a,3b、ポテンショスタット/ガルバノスタット7a,7b、及び記録装置8を備える。なお、ポテンショスタット/ガルバノスタット7bと記録装置8とが、特許請求の範囲に規定されている「測定部」を構成する。
【0026】
2つの電解容器3a,3bは、金属試験片2を挟んで向かい合わせに配置されている。電解容器3a,3bの各々には、金属試験片2が取り付けられる部分に、金属試験片2を後述する溶液6a又は水素検出溶液6bに接触させるための穴(図示省略)が設けられている。電解容器3aには、金属試験片2に水素侵入させるための溶液6aが収容されている。溶液6aは、従来の水素透過試験装置で使用されている溶液を用いればよく、例えば0.1M NaOH溶液である。溶液6aには、対極4aが浸漬されている。金属試験片2及び対極4aには、ポテンショスタット/ガルバノスタット7aが接続されている。また、電解容器3bには、水素検出溶液6bが収容されている。水素検出溶液6bの詳細は、後述する。水素検出溶液6bには、対極4b及び参照電極5bが浸漬されている。金属試験片2、対極4b及び参照電極5bには、ポテンショスタット/ガルバノスタット7bが接続されている。また、ポテンショスタット/ガルバノスタット7bには、記録装置8が接続されている。
【0027】
本発明の実施形態に係る水素透過試験装置1は、金属試験片2に侵入する水素量を、電気化学的水素透過法を用いて測定する。電気化学的水素透過法そのものは、鋼板中の水素透過係数の測定手法として従来から知られている手法である。図1の場合、左側(以下、「カソード側」という場合がある)の電解容器3aの金属試験片2表面を定電位又は定電流でカソード分極して、水素発生及び水素チャージを行う。また、右側(以下、「アノード側」という場合がある)の電解容器3aでは、金属試験片2を定電位アノード分極する。これによって、金属試験片2を透過してきた水素を水素イオンに酸化し、該酸化により生じた電流の電流値から透過した水素量を求めることができる。カソード側の構成は、特に限定されず、従来の構成を採用することができる。なお、本発明では、カソード側の構成を設けなくてもよい。すなわち、本発明では、後述する図4に示すような構成でもよい。この場合、例えば、金属試験片2のカソード側を大気腐食等させることにより、水素発生及び水素チャージが行われる。以下に、金属試験片2及びアノード側の各構成について説明する。
【0028】
(1.金属試験片)
金属試験片2は、水素量測定の対象となる試験片である。金属試験片2の形状は、板状、棒状、ボルト形状などいずれの形状でもよい。図1に示した金属試験片2の形状は、板状である。板状の場合、板厚は、0.1mm~10mmであることが好ましい。また、図1では、金属試験片2は、水素が侵入する水素侵入面2aと、侵入した水素を検出する水素検出面2bと、を有する。金属試験片2は、作製時に、切断、研磨などの機械加工によって表面に歪みが導入し得る。水素量の測定結果、特に水素の拡散係数は、この導入された歪みにより変化し得る。そのため、水素検出面2bの金属表面から深さ10μm以上の位置が露出するように電解研磨を行うことが好ましい。
【0029】
また、水素検出面2bには、金属めっきが形成されている。この金属めっきを形成することで、微量水素を容易に検出することができる。具体的には、水素検出面2bの不働態維持電流を低減し、H→H+eの酸化反応を滞りなく進行させることができる。不働態維持電流は、残余電流の一種である。不働態維持電流を低減させることにより、残余電流も低減し、微量水素を容易に検出することができる。金属めっき膜の種類は、例えばNiめっき、Pdめっき、Auめっきなどの不働態維持電流が小さく、緻密で孔のない構造を有する材料を選択することが好ましい。なお、めっき方法は、めっき膜厚などをコントロールしやすく、不要な水素侵入を抑制することができるため、電気めっき、無電解めっき、又はスパッタ法による蒸着が好ましい。
【0030】
また、めっき厚さが小さすぎると、素地が露出して不働態維持電流の増加やH→H+eの酸化反応の遅延をもたらす。そのため、めっき厚さは、好ましくは1nm以上、より好ましくは10nm以上にする。一方、めっき厚さが大きすぎる場合には、めっき中での水素拡散が律速過程になってしまい、水素拡散係数が低く見積もられてしまう。そのため、めっき厚さは、好ましくは1000nm以下、より好ましくは500nm以下にする。
【0031】
(2.水素検出溶液)
(2-1.ケイ酸ナトリウム水溶液)
電解容器3bに収容されている水素検出溶液6bは、金属試験片2を透過してきた水素をイオン化する電解質溶液である。本発明では、水素検出溶液6bは、ケイ酸ナトリウム水溶液である。ケイ酸ナトリウム水溶液を用いることにより、金属材料2のアノード側を腐食させないで、室温での水素検出面2bの不働態維持電流を抑制し、その結果残余電流を10nA/cm以下にすることができる。残余電流は、10nA/cm以下であれば十分に低減されており、高感度に水素透過電流を測定することができる。残余電流は、好ましくは8nA/cm以下、より好ましくは5nA/cm以下に低減するとよい。
【0032】
ケイ酸ナトリウム水溶液は、ケイ酸ナトリウム溶液を水に添加することにより調整することができる。なお、水に代えて、水酸化ナトリウム水溶液を用いてもよい。ケイ酸ナトリウム溶液は、一般にNaO・nSiO・mHOの分子式で表される。係数nは、NaOに対するSiOのモル比である。モル比nが、0.5の場合は、オルトケイ酸ナトリウム、1の場合はメタケイ酸ナトリウムと呼ばれ、これらは結晶性であり、通常、粉末の形態である。それ以上のモル比の場合は、非結晶性であり、モル比を連続的に変化させることが可能で、一般に水ガラスやケイ酸ソーダと呼ばれる水溶液の形態である。なお、本明細書では、「ケイ酸ナトリウム溶液」と言う場合は、市販のケイ酸ナトリウム溶液の原液を意味する。また、「ケイ酸ナトリウム水溶液」と言う場合は、ケイ酸ナトリウム溶液を水で希釈した溶液を意味する。
【0033】
JIS規格では、1号ケイ酸ナトリウム(SiO:35~38%、NaO:17~19%)、2号ケイ酸ナトリウム(SiO:34~36%、NaO:14~15%)、3号ケイ酸ナトリウム(SiO:28~30%、NaO:9~10%)、1種メタケイ酸ナトリウム(SiO:27.5~29%、NaO:28.5~30%)、2種メタケイ酸ナトリウム(SiO:19~22%、NaO:20~22%)が規定されている。すなわち、ケイ酸ナトリウム溶液は、SiO:19~38質量%及びNaO:9~30質量%を含み、残部は、ほぼ水である。本発明の実施形態では、モル比nが高い場合は凝固点が十分に低下しない場合があるため、モル比nは3.5以下であることが好ましい。より好ましくは2.5以下であり、さらに好ましくは2.2以下である。モル比nの下限は、特に限定されないが、粘性を低くする観点から、好ましくは1.0以上、より好ましくは1.5以上である。
【0034】
(2-2.ケイ酸ナトリウム水溶液のpH)
水素検出面2bにおける金属めっきの不働態維持電流を抑制させるため、ケイ酸ナトリウム水溶液のpHをアルカリにすることが好ましい。また、pHが低すぎると水素検出面2bの不働態が形成しなくなる可能性がある。そのため、pHは、好ましくは8以上、より好ましくは10以上とする。一方、pHが高すぎると不働態維持電流が高くなり過ぎてしまうため、pHは、好ましくは14以下、より好ましくは13.5以下とする。pHは、例えばpHメーター、pH試験紙などの一般的な方法を用いて測定すればよい。また、ケイ酸ナトリウム水溶液のpHは、後述するケイ酸ナトリウム水溶液の濃度等によって変化し得る。そのため、濃度、上述したモル比n等を決定して調整したケイ酸ナトリウム水溶液が、結果的に上記好ましいpHの範囲に入るようにすることが好ましい。
【0035】
(2-3.ケイ酸ナトリウム水溶液のボーメ度Bh)
低温での水素検出を行う場合には、水素検出溶液6bが凝固して体積膨張することによって、水素透過試験装置1が破損し得る。そこで、本発明の実施形態では、水素検出溶液6bのケイ酸ナトリウム水溶液におけるボーメ度Bhを高めて、凝固点を十分に低下させることが好ましい。ボーメ度Bhは、比重の計量単位である。本発明者らは、鋭意検討したところ、ケイ酸ナトリウム水溶液のボーメ度Bhと使用温度T(℃)との関係が、「T≧-0.5×exp(0.09×Bh)」になるように制御することが好ましいことを見出した。上記式の右辺の値は、ケイ酸ナトリウム水溶液の凝固点よりも高い温度、すなわちケイ酸ナトリウム水溶液が凝固しない適切な温度に設定されている。具体的には、使用温度Tの下限が-5℃以上であれば26以上、-10℃以上であれば33以上、-20℃以上であれば41以上のボーメ度Bhとなるようにケイ酸ナトリウム溶液を水などに添加することが好ましい。なお、ケイ酸ナトリウム水溶液自体の凝固点は、0℃以下、好ましくは-5℃以下、より好ましくは-10℃以下、更により好ましくは-15℃以下である。
【0036】
(2-4.ケイ酸ナトリウム水溶液の濃度)
また、低温での水素検出を行う場合に、ケイ酸ナトリウム水溶液に占めるケイ酸ナトリウム溶液の濃度が低すぎると、凝固点が十分に低下せずに、水素透過試験装置1が破損する可能性がある。そのため、ケイ酸ナトリウム水溶液の濃度は、10質量%以上であることが好ましい。より好ましくは20質量%以上、更により好ましくは40質量%以上である。一方、ケイ酸ナトリウム水溶液の濃度が高過ぎると、粘性が高くなり過ぎて扱いづらくなる。そのため、ケイ酸ナトリウム水溶液の濃度は、98質量%以下であることが好ましい。より好ましくは95質量%以下である。なお、使用するケイ酸ナトリウム溶液のSiO/NaOモル比が異なる場合、好ましい濃度範囲が変化し得るが、上記好ましい濃度範囲であれば、上記モル比が異なるいずれのケイ酸ナトリウム溶液においても所望の効果を得ることができる。
【0037】
(2-5.ケイ酸ナトリウム水溶液の調整)
ケイ酸ナトリウム溶液と水などとを混合させて使用する際に、ケイ酸ナトリウム溶液は粘性が高いため、混合中に不可避的に気泡が混入し得る。気泡が金属試験片2に吸着した場合、水素検出面2bでの電気化学反応が抑制されてしまう。そのため、ケイ酸ナトリウム水溶液中に混入した気泡を除去する必要がある。気泡を除去する方法は、次のようにすることが好ましい。すなわち、まず、ケイ酸ナトリウム溶液と水などとを混合させて、混合溶液を電解容器3bに収容する。そして、対極4b及び参照電極5bなどを設置した状態、すなわち水素量測定前の準備が完了した状態から5時間以上放置する。放置時間は、好ましくは8時間以上、より好ましくは12時間以上である。これにより、ケイ酸ナトリウム水溶液中の気泡を除去することができる。気泡が除去されたケイ酸ナトリウム水溶液を測定に用いることによって、後述する電気化学反応によって得られる電流値に基づいて、適切に水素量を測定することができる。
【0038】
(3.参照電極及び対極)
参照電極5b及び対極4bは、水素検出面2bで水素を酸化させるための電位にアノード分極させるための電極である。参照電極5bは、水素検出溶液6bにおける電位が安定するように、一般的に市販されている銀塩化銀電極、飽和カロメル電極などを使用することが好ましい。しかし、低温での水素検出を行う場合には、上記銀塩化銀電極及び飽和カロメル電極では内部溶液が凍結する可能性がある。そのため、低温での水素検出を行う場合には、擬似参照電極として、Pt、Ag、Irといった貴金属を使用することが好ましい。参照電極5bの形状は棒状、板状、らせん線状のいずれの形状でもよい。対極4bは、それ自体が酸化還元反応しない、Pt、Ag、Irといった貴金属が好ましい。対極4bの形状は、棒状、板状及びらせん線状のいずれの形状でもよい。
【0039】
(4.ポテンショスタット/ガルバノスタット及び記録装置)
ポテンショスタット/ガルバノスタット7bは、水素検出面2bから得られる電流値を測定する。ポテンショスタット/ガルバノスタット7bは、微少電流が測定可能な従来の装置を使用すればよい。また、ポテンショスタット/ガルバノスタット7bは、水素検出面2bにてH→H+eの酸化反応が十分に速く進行する電位にアノード分極できるように、電位制御できることが好ましい。水素検出面2bの電位は、水素検出面2bでの不働態維持電流が低くなるように、参照電極5bに対して-1V~1Vの範囲とする。水素検出面2bの電位は、参照電極5bに対して、好ましくは-500mV以上、より好ましくは0V以上とする。また、水素検出面2bの電位は、参照電極5bに対して、好ましくは800mV以下、より好ましくは500mV以下とする。水素検出面2bの電位を-1V~1Vの範囲とし、さらに上述したような適切な金属試験片2及びケイ酸ナトリウム水溶液を使用することにより、不働態維持電流を低減させて、結果として残余電流を10nA/cm以下にすることができる。記録装置8は、水素検出面2bにおける水素透過量に対応する電流値を測定及び記録する。記録装置8は、従来の装置を使用すればよい。
【実施例
【0040】
次に、本発明に係る水素透過試験装置の実施例について、その比較例と比較して具体的に説明するが、下記実施例は本発明を限定する性質のものではなく、また、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更して実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0041】
(1.試験片作製)
市販のSCM435鋼材から直径32mm、板厚0.5mmの試験片を作製した。試験片表面をエメリー紙1500番で湿式研磨後、水洗、アセトン脱脂を行い乾燥させた。その後、クロム酸飽和リン酸溶液を用いて試験片両面の電解研磨を行った後、Watt浴を用いて試験片片面(水素検出面側)にNiめっきを行った。電解研磨は、試験片表面から深さ10μm~50μmの位置が露出するように行った。Niめっきの厚さは、100nm~1000nmとした。
【0042】
(2.水素透過試験)
(2-1.水素透過試験装置の準備)
上記作製された金属試験片を、径8mmの穴を有する2つのアクリル製容器(すなわち、電解容器)で挟み込んだ。水素検出面側の容器には、1号ケイ酸ナトリウム溶液(キシダ化学株式会社製)に10wt%の水を添加したケイ酸ナトリウム水溶液(90質量%ケイ酸ナトリウム水溶液)を水素検出溶液として添加した。比較例として、不働態維持電流が高くならない濃度である0.2Mの水酸化ナトリウム水溶液を水素検出溶液として使用した実験も併せて行った。90質量%ケイ酸ナトリウム水溶液及び0.2Mの水酸化ナトリウム水溶液の室温(20℃程度)のボーメ度は、それぞれおよそ52.6、0であった。ボーメ度は、上記分量で作製した溶液の重量及び体積をそれぞれ重量計及びメスシリンダーで測定し、算出した。また、使用した1号ケイ酸ナトリウム水溶液のSiO/NaOモル比はおよそ2であった。また、90質量%ケイ酸ナトリウム水溶液のpHは、pHメーターを用いて測定したところ、13であった。
【0043】
(2-2.ケイ酸ナトリウム水溶液中の気泡の除去と残余電流の測定)
水素検出面に施したNiの不働態化を促進するために、対極に白金、参照電極にIrを用いて、0.15V vs.Irの電位で、水素検出面に対してアノード分極を行った。そして、ケイ酸ナトリウム水溶液中の気泡を除去するため、12時間以上放置した。そして、残余電流が10nA/cm以下になったことを確認した。
【0044】
(2-3.水素侵入面側の容器への溶液添加)
温度測定のために熱電対を水素検出溶液の中に浸漬させた。室温以下の低温に保持する実験においては、水素透過試験装置を冷却容器に保管した。試験を室温で行う場合には、冷却容器は使用せず、室温を18℃~21℃付近に設定した屋内での試験を行った。試験温度が一定になったことを確認した後、水素侵入面側の容器に0.2N NaOH水溶液に凍結防止剤としてエチレングリコールを40vol.%加えた溶液を添加した。
【0045】
(2-4.水素透過電流の測定)
カソード側は対極に白金を用いて、1μA/mmの電流密度で、試験片の水素侵入面に対してカソード分極を行うことで金属試験片に水素を侵入させた。ポテンショスタット/ガルバノスタットを用いて、水素検出面から得られた電流値を水素透過電流として測定した。金属試験片の電位は、0.15V vs.Irとした。そして、試験片面積及び試験片厚さから、次式を用いて水素透過係数を求めた。
水素透過係数=(電流値/試験片面積)×試験片厚さ
【0046】
(2-5.測定結果)
カソード分極開始の90分後に試験終了とし、各試験温度で得られた水素透過係数の最大値を表1及び図2に示す。図2は、試験温度と水素透過係数との関係を示したグラフである。なお、比較例の0.2M水酸化ナトリウム水溶液を用いた場合では、約-1℃以下で水素検出溶液が凍結した。そのため、0.2M水酸化ナトリウム水溶液を用いた試験では、-1℃以下の水素透過試験は実施しなかった。表1及び図2から分かるように、実施例として90質量%ケイ酸ナトリウム水溶液を用いた場合、従来の水酸化ナトリウム水溶液を用いた場合と同等の最大水素透過係数が得られた。さらに、-19.2℃でも水素量を検出できている。以上のことから、本発明の実施形態に係る水素透過試験装置は、-15℃以下の極低温から常温に至る広い温度域で金属材料の水素量を測定できることが分かった。
【0047】
(2-6.凝固点の調査)
90質量%ケイ酸ナトリウム水溶液の凝固点を調査した。室温の上記水素透過試験装置を-20℃近傍に保持された冷却容器に保管した際の、水素検出溶液に設置した熱電対の温度経時変化を図3に示す。比較例として0.2M水酸化ナトリウム水溶液を用いた場合には、-1℃近傍で温度が一定になっていることから、凝固が起きていることが確認された。一方、実施例として90質量%ケイ酸ナトリウム水溶液を用いた場合には、凝固が起きることなく温度低下していることから、凝固点が-15℃以下であることが分かった。
【0048】
【表1】
【0049】
(3.水素透過試験装置の耐久性評価)
水素透過試験装置の耐久性評価を行った。図4は、耐久性評価に用いた水素透過試験装置の模式図である。図4に示すように、上記作製された金属試験片2を、径16mmの穴を有するアクリル製容器3bに取り付けた。本耐久性評価では、上記の水素透過試験を模擬するため、アクリル製容器3b内に参照電極5b及び対極4bを配置した。また、ポテンショスタット/ガルバノスタット7b及び記録装置8も装置に接続したが、耐久性評価中に電圧印加等は行っていない。アクリル製容器3bに、90質量%ケイ酸ナトリウム水溶液を水素検出溶液6bとして添加した。また、比較例として、アクリル製容器3bに、0.2M水酸化ナトリウム水溶液を水素検出溶液6bとして添加した装置も準備した。低温での水素透過試験装置の耐久性評価を行うために、-20℃に保持した冷却容器9に24時間程度保管した。水素透過試験装置のアクリル製容器3bの割れ有無を表2に示す。比較例として0.2M水酸化ナトリウム水溶液を用いた場合には、水素透過試験装置のアクリル製容器3bに割れ及び水素検出溶液6bの漏れが確認された。一方、実施例として90質量%ケイ酸ナトリウム水溶液を用いた場合には、水素透過試験装置のアクリル製容器3bの割れが確認されなかった。このことから、本発明の実施形態に係る水素透過試験装置は、低温での耐久性に優れることが分かった。
【0050】
【表2】
【産業上の利用可能性】
【0051】
自動車、輸送機械等の各種産業機械に用いられる金属材料が、大気や風雨、あるいは海塩や道路の融雪剤などによって腐食を受ける環境に曝された場合に、突然割れが生じる現象(遅れ破壊)の支配因子の一つである金属材料中の水素量を、低温でも評価可能な装置を提供することができる。
【符号の説明】
【0052】
1 水素透過試験装置
2 金属試験片
3a,3b 電解容器
4a,4b 対極
5b 参照電極
6b 水素検出容器
7a,7b ポテンショスタット/ガルバノスタット
8 記録装置
図1
図2
図3
図4