(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-29
(45)【発行日】2022-10-07
(54)【発明の名称】粒子線実験データ解析装置
(51)【国際特許分類】
G01N 23/201 20180101AFI20220930BHJP
【FI】
G01N23/201
(21)【出願番号】P 2019085277
(22)【出願日】2019-04-26
【審査請求日】2021-07-20
(73)【特許権者】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504151365
【氏名又は名称】大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110001689
【氏名又は名称】青稜弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】淺原 彰規
(72)【発明者】
【氏名】森田 秀和
(72)【発明者】
【氏名】金澤 拓也
(72)【発明者】
【氏名】小野 寛太
(72)【発明者】
【氏名】矢野 正雄
(72)【発明者】
【氏名】庄司 哲也
【審査官】田中 洋介
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-202305(JP,A)
【文献】国際公開第2007/066787(WO,A1)
【文献】特開2004-347502(JP,A)
【文献】特開2017-116330(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/00-23/2276
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料と相互作用する粒子線を試料に入射しその散乱を検出した結果得られる、前記試料の空間構造の波数空間への投影である散乱パターンをもとに、前記試料の空間構造を示す空間パラメータ分布を算出する装置であって、
前記散乱パターン上の信号に対して、散乱の過程で前記試料の空間パラメータ分布上のどの点において相互作用したかを対応づけて推定する相互作用推定部と、
前記相互作用推定部の推定結果を集約して、集約した結果と適合する試料の空間パラメータ分布を算出するパラメータ分布算出部と、
前記相互作用推定部の推定とパラメータ分布算出部の計算とを交互に複数回行なって空間パラメータ分布の推定精度を向上する空間パラメータ高精度化計算部と、
を有することを特徴とする粒子線計測結果解析装置。
【請求項2】
請求項1に記載の装置であって、
散乱パターンを受け取ると再サンプリングして、所定の波数ごとの粒子線検知イベント数に変換する機能を持ち、
前記相互作用推定部が、前記再サンプリングの結果をもとに相互作用を推定する、
ことを特徴とする粒子線計測結果解析装置。
【請求項3】
請求項2に記載の装置であって、
2次元の散乱パターンを受け取ると散乱パターン上の偏角ごとに前記再サンプリングを実行して、所定の波数ごとの粒子線検知イベント数に変換する機能を持ち、
前記偏角ごとの空間パラメータ分布を補間して2次元の空間パラメータ分布を求める機能をもった微細空間分布データ補間部をもつ、
ことを特徴とする粒子線計測結果解析装置。
【請求項4】
請求項1~3のうちのいずれかに記載の装置であって、
前記空間パラメータ高精度化計算部が、
前記相互作用推定部の推定とパラメータ分布算出部の計算とを交互に複数回呼び出す際に、パラメータ分布の変化率が所定の閾値を下回るまで繰り返す、
ことを特徴とする粒子線計測結果解析装置。
【請求項5】
請求項1~3のうちのいずれかに記載の装置であって、
前記空間パラメータ高精度化計算部が、
前記相互作用推定部の推定とパラメータ分布算出部の計算とを交互に複数回呼び出す際に、所定の呼び出し回数に達するまで繰り返す、
ことを特徴とする粒子線計測結果解析装置。
【請求項6】
請求項1~5のうちのいずれかに記載の装置であって、
前記相互作用推定部は、所定の粒径ごとの散乱回数の期待値zを推定し、
前記パラメータ分布算出部は、前記粒径ごとに散乱が行なわれる選択確率πを計算する、
ことを特徴とする粒子線計測結果解析装置。
【請求項7】
請求項6に記載の装置であって、
前記相互作用推定部は、前記選択確率πを用いて前記期待値zを推定し、
前記パラメータ分布算出部は、前記期待値zを用いて前記選択確率πを計算する、
ことを特徴とする粒子線計測結果解析装置。
【請求項8】
情報処理装置によって実行される粒子線計測結果解析方法であって、
粒子線を試料に入射して観測された散乱粒子から得られる実験データから、観測データを生成する第1のステップと、
前記観測データと前記散乱粒子を散乱する粒径rが選択される確率である選択確率πを用いて、粒径rごとの散乱回数の期待値zを計算する第2のステップと、
前記期待値zを用いて、前記選択確率πを計算する第3のステップと、を実行し、
前記第2のステップと前記第3のステップを繰り返す、
粒子線計測結果解析方法。
【請求項9】
前記選択確率πおよび前記期待値zに初期値として任意の値を与え、
前記第2のステップと前記第3のステップを繰り返すことにより、前記選択確率πおよび前記期待値zのいずれかが収束することをもって、解析を終了する、
請求項8記載の粒子線計測結果解析方法。
【請求項10】
前記第2のステップと前記第3のステップを予め定められた回数繰り返すことにより、解析を終了する、
請求項8記載の粒子線計測結果解析方法。
【請求項11】
前記第1のステップは、前記実験データから、散乱粒子の波数qの分布を計算して、観測データとして波数分布データを生成する、
請求項8記載の粒子線計測結果解析方法。
【請求項12】
前記第3のステップは、前記期待値zを規格化することで前記選択確率πを得る、
請求項8記載の粒子線計測結果解析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、粒子線を用いた実験結果を解析するための技術に関する。
【背景技術】
【0002】
粒子線をもちいた散乱実験は、おもに材料科学分野を中心に、物質の微細構造を観測する手法として広く使われている。ここでいう粒子線とは、陽子線(α線)、電子線(β線)、ミューオン線、光子線(すなわち電磁波、γ線、X線、可視光、赤外線など)、中性子線、ニュートリノ線などをさす。これらの粒子線を金属等の試料に照射し、反射、透過、散乱された粒子線など(入射する粒子と異なる粒子が出力されることもある)の出力を化学的あるいは機械的な検出器によって計測し、その強度(計測される粒子数)の分布形状によって試料のナノメートル規模の微細構造を推定するのが粒子線実験である。なお、同様の計測は音波などの周波数を用いて計測できるものであっても、粒子として扱えるものであれば実行できる。
【0003】
散乱実験において試料に入射した粒子が、試料内部の微細な構造物(以降、散乱体とよぶ)と相互作用し散乱されるまでの過程は、量子力学的な波動関数の動態として定式化される。よって、散乱後の粒子線の強度の分布は、散乱角すなわち波動関数の波数(周波数の1/2π)のベクトルの変化と、散乱体の大きさなどの空間構造に依存する関数として計算できる。したがって、この関数を利用して散乱粒子線の強度分布から散乱体の情報を再構成することになるが、逆関数は定式化できず、簡単には算定できない。そのため、この逆問題を推定により解くための解法が必要となる。
【0004】
類似の技術としては、同一の対象を撮影した複数の写真画像から、より高解像度の画像を推定する超解像の技術が公知である。また、対象を種々の方向から撮影して、それらの画像から三次元構造を復元するトモロジーの技術も知られている。これらは、計測結果から対象の情報を得ようとすると点においては散乱実験の逆推定の問題と類似している。しかしこれらは、計測過程における信号の劣化を複数の情報を併用することで低減しようとする技術であり、散乱実験のように、計測困難な微細構造を複雑な過程を経て観測可能な別の情報(すなわち波数分布)に投影して計測するというものとは、例えば複数の情報を要しないなど条件が異なっており、適用はできない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【文献】ISO 17867:2015 “Particle size analysis-Small-angle X-ray scattering”
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
散乱実験の結果から散乱体の情報を計算する方法として、モンテカルロ法による方法が非特許文献1に開示されている。モンテカルロ法は、空間構造に関する量をランダムに変更しながら散乱パターンを計算し、計測結果との差が小さくなる条件を探索する方法である。この方法ではランダムにパラメータを変更するため、正しい結果に到達するまでに計算時間が多大にかかり、また、ランダムであるがゆえに得られた結果も正しいとは限らない。
【0008】
特許文献1には、関数フィッティングにより2次元の散乱パターンから散乱体の大きさの分布をもとめる方法が開示されている。この方法では、散乱体の大きさの分布を、単純で計算が容易な分布関数(基底関数)に係数をかけて足し合わせたものとして表現し、計測結果との差が小さくなるように係数を求める。基底関数としては、ある特定の区間では1、それ以外は0となるような矩形の関数が用いられることが多く、そのときの推定計算は間接フーリエ変換と呼ばれている。ただしこの方法には、散乱体の大きさの分布関数が基底関数の足し合わせでは的確に表現できないときには適切な結果が得られないという問題がある。より多数の基底関数を用いて散乱体の大きさの分布関数を表現する、例えば間接フーリエ変換の場合は矩形関数の幅を細かくする方法も考えられるが、そうすると決定すべき係数の数も増加してしまい、決定しきれなくなってしまう。係数に何らかの制約を与えることで決定できるようにする方法もあるが、この制約は分析時に事前知識として得られている条件、例えば散乱体の大きさの分布に想定される滑らかさなどから、随時決定することになる。このように、散乱体に関する前提知識を十分に持った専門家による分析作業が必須になり、この分析の自動化は困難である。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本願発明の好ましい一側面は、試料と相互作用する粒子線を試料に入射しその散乱を検出した結果得られる、試料の空間構造の波数空間への投影である散乱パターンをもとに、試料の空間構造を示す空間パラメータ分布を算出する装置である。この装置では、散乱パターン上の信号に対して、散乱の過程で試料の空間パラメータ分布上のどの点において相互作用したかを対応づけて推定する相互作用推定部を持つ。また、相互作用推定部の推定結果を集約して、集約した結果と適合する試料の空間パラメータ分布を算出するパラメータ分布算出部を持つ。また、相互作用推定部の推定とパラメータ分布算出部の計算とを交互に複数回行なって空間パラメータ分布の推定精度を向上する空間パラメータ高精度化計算部を持つ。以上のように構成されたことを特徴とする粒子線計測結果解析装置である。
【0010】
本発明の好ましい他の一側面は、情報処理装置によって実行される粒子線計測結果解析方法である。この方法では、粒子線を試料に入射して観測された散乱粒子から得られる実験データから、観測データを生成する第1のステップと、観測データと散乱粒子を散乱する粒径rが選択される確率である選択確率πを用いて、粒径rごとの散乱回数の期待値zを計算する第2のステップと、期待値zを用いて、選択確率πを計算する第3のステップと、を実行し、第2のステップと第3のステップを繰り返す。
【発明の効果】
【0011】
散乱体に関する前提知識を十分に持った専門家でなくとも分析作業が可能になり、分析の自動化が容易になる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図2】実施例1の物理的実装の構成の一例を示すハードウェアブロック図。
【
図6】実施例1の粒子線実験データ構造の一例を示す表図。
【
図7】実施例1の波数分布データ構造の一例を示す表図。
【
図8】実施例1の粒径分布データ構造の一例を示す表図。
【
図9】実施例1の散乱回数期待値データ構造の一例を示す表図。
【
図14】実施例2の構成概略を示す機能ブロック図。
【
図17】実施例2の波数分布データ構造の一例を示す表図。
【
図18】実施例2の粒径分布データ構造の一例を示す表図。
【
図19】実施例2の散乱回数期待値データ構造の一例を示す表図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
実施の形態について、図面を用いて詳細に説明する。ただし、本発明は以下に示す実施の形態の記載内容に限定して解釈されるものではない。本発明の思想ないし趣旨から逸脱しない範囲で、その具体的構成を変更し得ることは当業者であれば容易に理解される。
【0014】
以下に説明する発明の構成において、同一部分又は同様な機能を有する部分には同一の符号を異なる図面間で共通して用い、重複する説明は省略することがある。
【0015】
同一あるいは同様な機能を有する要素が複数ある場合には、同一の符号に異なる添字を付して説明する場合がある。ただし、複数の要素を区別する必要がない場合には、添字を省略して説明する場合がある。
【0016】
本明細書等における「第1」、「第2」、「第3」などの表記は、構成要素を識別するために付するものであり、必ずしも、数、順序、もしくはその内容を限定するものではない。また、構成要素の識別のための番号は文脈毎に用いられ、一つの文脈で用いた番号が、他の文脈で必ずしも同一の構成を示すとは限らない。また、ある番号で識別された構成要素が、他の番号で識別された構成要素の機能を兼ねることを妨げるものではない。
【0017】
図面等において示す各構成の位置、大きさ、形状、範囲などは、発明の理解を容易にするため、実際の位置、大きさ、形状、範囲などを表していない場合がある。このため、本発明は、必ずしも、図面等に開示された位置、大きさ、形状、範囲などに限定されない。
【0018】
以下で詳細に説明される実施例のひとつの特徴は、試料に粒子線を照射し照射により散乱した粒子数をカウントする実験装置に対し、粒子線を用いて空間構造を波数空間に投影して計測する実験において、散乱対象の選択確率の最尤推定の問題に帰着させて解く点にある。
【実施例1】
【0019】
図1に本発明の実施例1の構成例を示す。本実施例の粒子線実験データ解析装置(100)は、粒子線実験の結果である粒子線実験データ(110)を受け取り加工する計数分布データ受付部(101)、与えられたパラメータにもとづき散乱の過程における相互作用した散乱体の情報を推定する相互作用推定部(102)、相互作用推定部(102)の結果を元に微細空間構造のパラメータを求めるパラメータ分布算出部(103)、相互作用推定部(102)とパラメータ分布算出部(103)を交互に呼び出す空間パラメータ高精度化部(104)、推定した結果を推定粒径分布(120)として出力する微細空間分布データ出力部(105)を持つ。
【0020】
図2に実施例1の物理的実装の構成の一例を示す。粒子線実験データ解析装置(100)は、演算性能を持ったプロセッサ(201)、高速に読み書きが可能な揮発性一時記憶領域であるDynamic Random Access Memory:DRAM(202)、Hard Disc Drive:HDDやフラッシュメモリなどを利用した永続的な記憶領域である記憶装置(203)、操作を行うためのマウスやキーボード、制御盤等の入力装置(204)、その結果や実験の状況等を実験者に見せるためのモニタなどの出力装置(205)、外部と通信を行うためのシリアルポート等のインタフェース(206)を備えている。
【0021】
粒子線実験データ解析装置(100)は、一般的なコンピュータを用いて実装可能であり、コンピュータとして公知のハードウェアで構成することができる。
図1に示した機能ブロックである、計数分布データ受付部(101)、相互作用推定部(102)、パラメータ分布算出部(103)、空間パラメータ高精度化部(104)、および微細空間分布データ出力部(105)のそれぞれは、DRAM(202)や記憶装置(203)に記録されたプログラムをプロセッサ(201)が実行することによって、定められた処理を他のハードウェアと協働して実現できる。コンピュータが実行するプログラム、その機能、あるいはその機能を実現する手段を、「機能」、「手段」、「部」、「ユニット」、「モジュール」等と呼ぶ場合がある。
【0022】
以上の
図2の構成は、単体のコンピュータで構成してもよいし、あるいは任意の部分が、ネットワークで接続された他のコンピュータで構成されてもよい。また、本実施例中、ソフトウエアで構成した機能と同等の機能は、FPGA(Field Programmable Gate Array)、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)などのハードウェアでも実現できる。
【0023】
図3に実施例1で想定される粒子線小角散乱実験の概念図を示す。この図では、粒子線発生源(301)から発生した粒子線(302)が、試料(303)に照射されるようになっている。その結果、試料(303)を通過した粒子線は、粒子線検知器を平面状に敷き詰めた板状の検知装置(304)によって検知される。検知されるときには入射時の粒子線は試料との干渉により散らばり、検知装置(304)上に円状の散乱パターン(305)を作る。この散乱パターン(305)に当該試料の微細構造にかかる情報が含まれており、散乱パターン(305)に処理を加えることで試料内の散乱体の大きさの分布(粒径分布など)を算定することができる。なお、実施例1では粒子線として主に中性子線を扱うが、照射される粒子線については光子(γ線、X線)、電子、陽子など任意の粒子線でよく、レーザ光のように位相が揃っているなど、特殊な性質を持つ場合であっても同様である。なお、この実験は一例であり、類似の原理を持つ散乱実験であれば本発明は適用可能である。
【0024】
図4に本装置が解析する粒子線実験データ(110)の概念図を示す。図には矩形(401)が格子状に配置されているが、これらは粒子線検知器を意味しており、矩形内の数値は粒子のカウント数を意味している。粒子線検知器の構成は公知技術を採用してよく、例えば入射する粒子を電気信号として検出するものである。散乱結果を検知したデータはこの格子状の円(402)のようになり、当該円の中心(403)付近はカウント数が多く、離れるほど低くなる傾向にある。このデータは一種の画像のように表現されるため、カウント数を画像になぞらえ輝度値ともよぶこともある。
【0025】
図5に実施例1の動作フローを(501)~(507)に概略的に示す。まず、最初の処理(501)では、粒子線実験データ解析装置(100)に粒子線実験データ(110)を入力すると、まず、計数分布データ受付部(101)はそれを波数分布に変換し、空間パラメータ高精度化部(104)に渡す。
【0026】
図6にこの粒子線実験データ(110)のデータ構造(600)の例を示す。粒子線実験データ(110)は、実験を識別するために予め付与された所定の実験ID(601)、矩形(401)に対応する所定の識別番号である検出器ID(603)、その検出器が粒子線を検出した回数であるカウント数(604)をもつデータである。一つの実験ID(601)に対して、検出器の数だけデータ構造(600)を持つことになる。
【0027】
波数qは粒子の振動数を2πで割った値であり、各検出器の粒子線の中心(
図4の(403))からの距離が粒子の波数に対応することをもとに、公知の計算方法で波数qを求めることができる。この際、粒子線の中心(
図4の(403))を通るある特定の断面に沿った波数のみを扱ってもよいし、あるいは、試料に異方性がないことが明らかであるならば、粒子線の中心(
図4の(403))を中心にした円周の一周の積分値を用いて精度を向上するようにしてもよい。この積分は、波数に対応する検出器のカウント数を単に加算することでも実行できる。本実施例1ではこの手法を採用した。
【0028】
また、公知の多項式補間を用いて検出器のカウント数の分布の近似式を推定し、公知の再サンプリング(ある標本点系列でサンプリングされた信号を、別の標本点系列でサンプリングされた信号に変換すること)の方法により波数が一定間隔になるように補正してもよい。このように、散乱パターンを受け取ると再サンプリングして、所定の波数ごとの粒子線検知イベント数に変換する機能を持ち、相互作用推定部(102)が再サンプリングの結果をもとに相互作用を推定することで精度向上が期待できる。
【0029】
図7に処理(501)の計算結果のデータ構造(700)の例を示す。波数分布のデータは、実験ID(601)の複製である実験ID(701)、上記にて計算された波数(702)とその波数に対応するカウント値(703)を含むデータである。なお、実施例1では処理(501)は粒子線実験データ解析装置(100)が実行しているが、予め同等の処理を実行した結果としてデータ構造(700)に対応するデータを受け取るようにしてもよい。
【0030】
通常は一つの実験ID(701)に対して、検出器の数だけデータ構造(700)を持つことになる。試料が等方性を持つ場合には、データ構造(700)の数を少なくすることができる。本実施例1では、粒子線実験データ(110)を円周方向に積分して波数分布を作成したので、データ構造(700)の数は粒子線の中心(
図4の(403))からの距離に対応した数になる。また、再サンプリングを行なうことにより、任意の数のデータ構造(700)に再構成することもできる。
【0031】
次に、処理(502)では、空間パラメータ高精度化部(104)がデータを初期化する。
図8および
図9に用いられるデータの構造を示す。
【0032】
図8は粒径選択確率のデータ構造(800)の例である。このデータは、実験ID(601)の複製である実験ID(801)、粒径の分布推定の対象となる所定の粒径値(802)、その選択確率π(803)をもつデータである。このうち選択確率π(803)は、初期状態ではランダムに決定してもよいし、一様な値としてもよいが、確率であるのですべてのπについて和をとると1になる非負の値とすることが必要である。一つの実験ID(801)に対して、予め定めた間隔を持つ粒径値の数だけデータ構造(800)を持つことになる。
【0033】
図9には散乱回数の期待値のデータ構造(900)の例を示した。散乱回数の期待値のデータは、実験ID(601)の複製である実験ID(901)、粒径値(802)の複製である粒径(902)、当該粒子半径における散乱回数の期待値z(903)をもつ。散乱回数の期待値z(903)は、この後の処理で代入されるため、初期値としてはランダムな値あるいは定数など何を格納してもよい。一つの実験ID(901)に対して、粒径値の数だけデータ構造(900)を持つことになる。
【0034】
次に、空間パラメータ高精度化部(104)は、まず、相互作用推定部(102)に散乱回数の期待値z(903)を推定させる処理(503)を実行し、ついで、パラメータ分布算出部(103)に選択確率π(803)を計算させる処理(504)を実行させる。
【0035】
空間パラメータ高精度化部(104)は、この2つの処理によって更新された選択確率π(803)の変化量を計算し、本処理が終了する条件を満たしたかを判定する(506)。この変化量の計算は、前回の選択確率π(803)と現在の選択確率π(803)の変化率をもとめて判定する。この判定は変化を正しく判断できる方法であればよく、例えば、各粒径の選択確率の差の二乗和を求め、各粒径の選択確率の平均で除算する方法をもちいることができる。なお、この終了条件の判定は十分な収束性が判断できるものであればよく、例えば、十分な回数繰り返し実行が行われたかを回数で判定するという方法でもよい。
【0036】
従来法では選択確率πと粒径rの全ての組み合わせを試して波数qに合致するパターンを発見することでπとrを推定しているが、本実施例では決定論的に計算された確率P(q)を用いてπとrを推定している点に特徴がある。この計算の原理について、
図10、
図11、
図12を用いて説明する。
【0037】
図10は散乱実験の過程を模式的に示したものである。粒子線源(1001)から射出された粒子は、試料のもつ粒子半径分布(1002)のうち一つを選んで散乱し、波数分布(1003)上の一つにて検出される。図中の矢印(1004,1005)は一つの粒子の経路を示しており、まず、粒径r
nが散乱対象として選ばれ(1004)、次に、波数分布上の波数q
iが選択される(1005)。ここで粒径r
nが選択される確率は、選択確率π(803)に相当する。また、粒径r
nで散乱した粒子が波数q
iを選択する確率をP(q
i|r
n)と書くと、それは式1に示すI(r,q)に比例することが知られている。
(式1)
【0038】
【0039】
ある波数qで検知される粒子は、各粒径rnで散乱された同じ波数を持つ粒子の合計である。qの観測できる範囲は有限であるが、観測範囲内の積分値(あるいは和)で除算することによって「qの観測できる範囲に粒子が散乱された」という条件のもとでの条件付き確率値としてP(qi|rn)を記述できる。このP(qi|rn)は、ベイズ統計におけるrnを事前条件とした事後確率とみなすことができる。この前提のもと、ある波数qiで粒子が検知される確率P(qi)はすべての粒径についての和として求めることができる。
【0040】
図11にそれを模式的に示す。粒子線源(1001)からとりうるすべての粒径についての組み合わせ(1101)について、その選択確率π
iを乗算して足し合わせれば、式(1102)のように波数q
iの選択確率P(q
i)を計算することができる。この式(1102)の前提の下、実験で得られた波数分布(1003)から選択確率π(803)を求める過程を示したのが
図12である。
【0041】
図12に示すように、ある波数q
iで粒子が検知されたとき、その粒子がどの粒径で散乱されたかの確率分布は、ベイズ統計の記法ではP(r
n|q
i)と記述されるが、これに公知のベイズの定理を適用することにより、P(q
i|r
n)を用いた式(1201)に変形できる。この式のうち、P(r
n)は選択確率π(803)に相当し、波数q
iの選択確率P(q
i)は上記の式(1102)で計算できる。よって、ある波数q
iで検知された粒子が、粒径r
nで散乱した確率は式2のz
inとなる。
(式2)
【0042】
【0043】
このz
inに対し、対応するカウント数(1202)(
図7のカウント値(703)に対応)を乗算すると、それが粒子線実験データ(110)を得たときの粒径ごとの散乱回数の期待値となる。これを
図9の散乱回数期待値z(903)とすることができる。相互作用推定部(102)の処理(503)はこの処理に対応しており、結果として散乱回数の期待値のデータz(データ構造(900))が得られる。この散乱回数の期待値は、選択確率π(803)に比例することが容易に推察できるため、和をとると1になるように規格化すればよく、式3に示す式で選択確率π(803)を更新することができる。この手続きが、パラメータ分布算出部(103)の選択確率π(803)を計算する処理(505)と対応する。
(式3)
【0044】
【0045】
この過程において、選択確率π(803)は相互作用推定部(102)で散乱回数の期待値z(903)を求めるために使用されており、また、散乱回数の期待値z(903)はパラメータ分布算出部(103)で選択確率π(803)を求めるために使用されているが、両者は整合していなければならず、交互に繰り返し演算して収束させることで矛盾がなくなることが期待される。したがって、πあるいはzが収束する値を見つければ、その値が試料の状態を反映していることになる。
【0046】
図13にこの粒子線実験データ解析装置(100)の入出力の画面の例を示した。この例では、粒子線実験データ(110)を入力するとそこから得られた波数分布データ(
図7)を提示する画面(1301)と、その情報を用いて推定された粒径データを提示する画面(1302)を備えており、分析の結果が入手できるようになっている。
【0047】
波数分布データを提示する画面(1301)は横軸に波数(あるいは粒子線の中心(403)からの距離)の対数、縦軸にカウント数累計の対数を表示する。粒径データを提示する画面(1302)は、微細空間分布データ出力部(105)による、処理(507)の結果を表示しており、横軸に粒径(nm)、縦軸に当該粒径で散乱が行なわれる相対頻度(試料を構成する粒径分布に対応)を示している。なお、これは一例であり、画面等を経由せずに実験機器から直接入力する仕組みを付加したり、粒径のデータを他の分析装置に送信したりするようなこともできる。
【0048】
以上の実施例により、分析に特別の知識を要せず単にデータを投入するだけで粒径が計算できるようになり、散乱実験データの解析に関する利便性が向上する。
【0049】
なお、本実施例は、粒子線以外にも超音波を計測対象に入射してその反響を周波数分析する非破壊検査や、地震動の周波数解析にもとづく震源推定など、計測対象が直接は計測困難であるが周波数の信号としては計測できるような場合の逆推定解析を要するものに活用できるようにすることは容易である。
【実施例2】
【0050】
図14に実施例2の構成の一例を示す。実施例2は、粒子線実験データ解析装置(100)の受け取る粒子線実験データ(110)が異方性、すなわち向きによって異なる粒径分布をもつことを想定した装置である。
【0051】
図15に異方性をもつ粒子線実験データ(110)の概念図を示す。実施例1では、試料の等方性を前提にして粒子線実験データ(110)を円周方向に積分して波数分布を作成していた。しかし、実施例2では、
図15(401)、(402)、(403)に示すように、これを複数の角度で求め、角度ごとの粒径分布を推定する。微細空間分布データ補間部(1405)はそれを統合して二次元構造を構成することにより異方性をもつ試料にも対応できる。
【0052】
図16に実施例2の動作フローを概略的に示す。このフローの実施例1との差異は、各処理が偏角ごとの計算になっている点である。最初の処理(1601)では、計数分布データ受付部(101)が偏角ごとの波数分布に変換し、空間パラメータ高精度化部(104)に渡す。
【0053】
図17に処理(1601)の計算結果のデータ構造(1700)の例を示す。実施例1との差異は処理(1601)の計算が偏角ごとであるために、その結果である本データでも偏角(1701)が含まれる点である。次に、空間パラメータ高精度化部(104)がデータを初期化する(1602)。
【0054】
図18および
図19に用いられるデータ構造(1700)(1800)を示す。これらについても、実施例1との差異は偏角(1801)(1901)を含んでいる点である。これらのデータの数は、実施例1のデータ数×偏角の数となる。
【0055】
空間パラメータ高精度化部(104)は、偏角ごとに、相互作用推定部(102)に散乱回数の期待値z(903)を推定させる処理(1603)を実行し、ついで、パラメータ分布算出部(103)に選択確率π(803)を計算させる処理(1604)を実行させる。空間パラメータ高精度化部(104)は、この2つの処理によって更新された選択確率π(803)の変化量を計算し、本処理が終了する条件を満たしたかを判定する(506)。この変化量の計算も実施例1と同様であるが、偏角ごとの計算を集約することが必要であり、例えばすべての偏角について変化率の平均を求めるようにすることができる。なお、この終了条件の判定は偏角ごとに行うことにしてもよく、十分収束した偏角は以降の計算を省略するなどしてもよい。
【0056】
この収束が完了した後、微細空間分布データ補間部(1405)は偏角ごとのパラメータπをもとに、2次元平面上のπの分布を再サンプリングする(1606)。この処理は曲面を補間可能な方法であれば任意の方法でよく、例えば公知のスプライン近似法を用いることができる。あるいは、公知の非線形回帰分析を用いてπの関数π=f(x,y)を求めた後、再サンプリングする方法をとることで更に高精度な分布計算ができる。
【0057】
微細空間分布データ出力部(105)は、微細空間分布データ補間部(1405)による補間処理の結果を出力する(1607)。
【0058】
図20にその表示の例を示す。推定の結果が2次元空間であるため、粒径分布も平面上にその頻度に応じて色分けして表示されている(2001)。利用者はこの結果をもとに計測の妥当性を確認し、必要に応じて更なる詳細な分析を実行できる。この実施例2により、異方性をもつ試料に対しても適切に分析ができるようになる。
【0059】
以上で詳細に説明してきたように、従来ナノメートル規模の粒子のサイズは直接計測できないため、散乱実験により波数空間に投影して計測されるが、そのプロセスは量子論的波動性により複雑であり、波数空間からの逆算が困難であった。しかし、実施例にて説明した技術を用いれば、粒子が散乱される過程を、各粒子が散乱対象を選択するという確率過程に帰着させ、散乱対象の期待値計算と散乱対象の選択確率パラメータの最適化を繰り返すことで、尤度が最大になる散乱対象の選択確率パラメータを求め、それを粒子のサイズの分布として出力することができる。これにより、散乱実験にもとづく試料の微細空間構造の算定において、パラメータの恣意性がなく、客観的に決定可能であり、早く精度よく空間構造の分布を推定することが期待できる。
【符号の説明】
【0060】
100 粒子線実験データ解析装置
102 相互作用推定部
103 パラメータ分布算出部
104 空間パラメータ高精度化部
110 粒子線実験データ