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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-29
(45)【発行日】2022-10-07
(54)【発明の名称】抗菌性または抗ウイルス性シート
(51)【国際特許分類】
   D06M 11/44 20060101AFI20220930BHJP
   A41D 13/11 20060101ALI20220930BHJP
【FI】
D06M11/44
A41D13/11 M
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2022533242
(86)(22)【出願日】2022-04-08
(86)【国際出願番号】 JP2022017387
【審査請求日】2022-06-07
(31)【優先権主張番号】P 2021124315
(32)【優先日】2021-07-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】520063532
【氏名又は名称】藤本 正
(74)【代理人】
【識別番号】100075177
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 尚純
(74)【代理人】
【識別番号】100113217
【弁理士】
【氏名又は名称】奥貫 佐知子
(74)【代理人】
【識別番号】100217869
【弁理士】
【氏名又は名称】吉田 邦久
(72)【発明者】
【氏名】藤本 正
【審査官】斎藤 克也
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-19436(JP,A)
【文献】国際公開第2019/19436(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D06M 10/00-23/18
A41D 13/11
A62B 18/00-18/10
A01N 1/00-65/48
A01P 1/00-23/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
漆喰粒子及びアルカリ指示薬が担持された繊維シートから形成されており、
前記繊維シートの少なくとも一方の面で測定した嵩密度(D)と、当該面から深さ55±5μmにおける断面で測定した嵩密度(D)との比(D/D)が1.0よりも小さい 抗菌性または抗ウイルス性シート。
【請求項2】
漆喰粒子及びアルカリ指示薬が担持された繊維シートから形成されており、
前記繊維シートの少なくとも一方の面で測定した彩度(S)と、当該面から深さ55±5μmにおける断面で測定した彩度(S)との比(S/S)が1.0よりも大きい 抗菌性または抗ウイルス性シート。
【請求項3】
前記繊維シートの少なくとも一方の面がメッシュ体で覆われている請求項1または2に記載の抗菌性または抗ウイルス性シート。
【請求項4】
前記アルカリ指示薬がチモールフタレインである請求項1または2に記載の抗菌性または抗ウイルス性シート。
【請求項5】
鼻及び口を覆うように使用される、請求項に記載の抗菌性または抗ウイルス性シートを含むマスク。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は抗菌性または抗ウイルス性の持続性に優れ、長時間のマスク着用による肌トラブルを防止可能な抗菌性または抗ウイルス性シートに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、SARS、新型コロナ感染症、インフルエンザなどの呼吸器感染症の予防のためにマスクの着用が求められている。日常生活でマスク着用が必須となる場面が増えた影響で、顔の肌荒れやニキビ等の皮膚トラブルがしばしば発生している。
これは、マスクの長時間の着用や再利用により、マスク内側に付着した呼気や飛沫由来のバクテリア(細菌)が、口周辺でのマスクと肌との擦り傷や肌の乾燥による損傷個所へ侵入し、あるいは毛穴からの排出物がマスク着用により制限されるために、毛穴出口でバクテリアが増殖するために引き起こされる問題である。
【0003】
特許文献1には、ドロマイトを焼成した後、部分水和することで得られるマグネシウム及びカルシウムの水酸化物によりマスクを処理して抗ウイルス性を付与することが記載されている。この抗ウイルス性は、ヒドロキシラジカルによる抗酸化作用によるものである。
しかし、マスク内側の抗菌性(antibacterial)や抗ウイルス性の持続性については全く検討されていなかった。マスク装着状態で咳やくしゃみなどをすると、呼気や飛沫はマスク内部に滞留するが、マスクは、通常、8時間程度の使用に供されるものであることを考えれば、時間経過によりアルカリ活性の低下が懸念され、バクテリア等によるマスク汚染により肌荒れが進行してしまう。また、時間経過によりアルカリ活性を失っていても、活性を目視で確認することが不可能であるため、アルカリ活性が失活したマスクの使用を続けてしまう可能性がある。また、この場合にはマスクで覆いきれない顔との隙間から空気の流入とともにマスクの内部空間に侵入したウイルスが残存してしまう。さらに、伝染病等に罹患した患者がマスクを使用した場合、患者の息や飛沫に付着したウイルスはマスクの内部空間に残存したままになってしまう。
さらには、ドロマイトのような鉱物を粉砕して得られる粒子には、水酸化カルシウムが含まれているが、特許文献1に記載されているようなドロマイト粒子を担持させた繊維シートは、初期は強いアルカリ活性を示すが、経時と共に急激にアルカリ活性が低下し、例えば8時間使用では、十分なアルカリ活性を示さない。これは、ドロマイト粒子径が小さ過ぎ、消石灰としての担持量も十分とはならないことなどが原因と考えられる。
また、コンシューマー(一般消費者)向けマスクは、日常生活の中で、同じマスクを使用中に平均8回程度脱着されると言われている。このように脱着回数が多いと、マスク内部の呼気由来の水分が乾燥され、ドロマイトのもつアルカリ活性の中和反応が進行し、アルカリ活性が失活する方向に反応が進行する。さらに、冬季の屋外では高温多湿なマスク内側と低温の外気との温度差によって内部結露が発生し、多量の水分付着と脱着に伴う乾燥に晒される。すなわち、コンシューマー向けマスクは、空調された病室内での連続使用を前提とする医療用マスクに比べて、高度なアルカリ持続性能を要するのであるが、特許文献1ではこのような脱着回数に起因するアルカリ活性の低下ついても検討されていなかった。
【0004】
特許文献2には、アルカリ性顆粒物質あるいは多孔性成形体で構成されアルカリ指示薬を含浸させたシートをマスクの外側に取り付けた空気浄化マスクが開示されている。この空気浄化マスクにおいては、該シートをアルカリ水溶液中に浸漬させる、または吹きかけることで空気浄化マスクの機能を維持することができると記載されている。
しかし、使用するアルカリは水溶液の状態であるため、粒子状のアルカリ性固形分を含まない限り、浸漬後の乾燥の過程でアルカリ成分は失活する。また、アルカリ性物質を樹脂で成形する場合には、アルカリ性物質が樹脂内部に混練されてしまい、アルカリ性物質と外気との接触面積が少なくなることから、空気浄化を効率良く行うことが難しい。さらに、シート全体を含浸させるために多量の指示薬が必要になる。さらに、マスクと組み合わせて使用する場合、該シートはマスクの外側に設置されることから、呼気や飛沫はマスク内部に滞留してバクテリア汚染が進行しやすく、また、マスクの内部空間に侵入したウイルスや、伝染病等に罹患した患者の息や飛沫とともに排出されるウイルスもマスクの内部空間に残存する可能性があり、マスク汚染に対しての効果は限定的である。
さらに特許文献2においては、特許文献1と同様にドロマイトを使用しており、脱着回数に起因するアルカリ活性の低下についての問題があると考えられる。
【0005】
非特許文献1には、アルカリ水溶液のpHを変化させた際の殺菌効果が記載されている。数種類の歯周病原生細菌を培養した培地に強アルカリ電解水(AAW)を滴下して生菌数を測定したところ、AAWの原液(pH12.0)を用いた場合では1分前後で約半数以下の生菌数まで著しく減少させる強力な殺菌効果を示し、AAWの50%希釈水溶液(pH11.4)でも原液の殺菌効果と同程度若しくはわずかな低下であったことが判明した。これに対して、AAWの25%希釈水溶液(pH11.1)ではほとんど殺菌効果を示さなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特許第4621590号
【文献】特開2010-274022
【非特許文献】
【0007】
【文献】強アルカリ電解水の殺菌効果について,荻原和孝 他,歯科薬物療法 ,日本,Vol.15,No.3(1996)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従って、本発明の目的は、抗菌性または抗ウイルス性の持続性に優れるとともに、抗菌性または抗ウイルス性の活性を目視で確認可能な抗菌性または抗ウイルス性シートを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明によれば、漆喰粒子(shikkui particles)及びアルカリ指示薬が担持されたシートから形成されており、前記繊維シートの少なくとも一方の面で測定した嵩密度(D )と、当該面から深さ55±5μmにおける断面で測定した嵩密度(D )との比(D /D )が1.0よりも小さい抗菌性または抗ウイルス性シートが提供される。
また本発明によれば、漆喰粒子(shikkui particles)及びアルカリ指示薬が担持されたシートから形成されており、前記繊維シートの少なくとも一方の面で測定した彩度(S1)と、当該面から深さ55±5μmにおける断面で測定した彩度(S2)との比(S1/S2)が1.0よりも大きい抗菌性または抗ウイルス性シートが提供される。
【0010】
本発明においては
(1)前記繊維シートの少なくとも一方の面がメッシュ体で覆われている
)前記アルカリ指示薬がチモールフタレインである
ことが好適である。
【0011】
さらに本発明においては、鼻及び口を覆うように使用される、前記抗菌性または抗ウイルス性シートを含むマスクが提供される。
【発明の効果】
【0013】
本発明の抗菌性または抗ウイルス性シートは、漆喰粒子及びアルカリ指示薬が担持された繊維シートを備えており、この繊維シートに担持されている漆喰粒子が示すアルカリ性によって8時間程度の持続性を有する抗菌性または抗ウイルス性が発現している。例えば、本発明の抗菌性または抗ウイルス性シートを、鼻及び口を覆うように装着するマスクの態様として使用する場合には、呼気等に含まれるバクテリアを死滅させ、増殖を抑えることでマスク内部の汚染を防ぐことができる。これにより、皮膚トラブルや、口臭の抑制効果が発揮される。
【0014】
また、本発明の抗菌性または抗ウイルス性シートにおいては、漆喰粒子と共にアルカリ指示薬が担持された繊維シートを使用することにより、抗菌性または抗ウイルス性の失活を判定することができる。即ち、アルカリ指示薬により、アルカリによる変色が生じている場合には、抗菌性または抗ウイルス性が発現している状態にあるが、その変色が消えてしまっていると、アルカリ性が消失し、抗菌性または抗ウイルス性が失活していることが判る。
【0015】
さらに、本発明の抗菌性または抗ウイルス性シートは、細菌に対する抗菌性はもちろん、ウイルスに対しても抗ウイルス性を有し、当該シートとウイルスが接触した場合には、不活化させることができる。例えば繊維シートを含むマスクを装着した際、該マスクで覆いきれない顔との隙間ができてしまい、息を吸う際にこの隙間から空気の流入とともにマスクの内部空間に侵入した繊維シートに接触した場合にはウイルスを不活化させることが可能である。また、伝染病等に罹患した患者の息や飛沫とともに排出されるウイルスに対しても、繊維シートとウイルスが接触した場合には上記同様に不活化効果を有するため、伝染予防の観点からも有効である。
【0016】
さらにいえば、本発明の抗菌性または抗ウイルス性シートは、顔に直接装着される不織布カバー(いわゆるサージカルマスクや三つ折りのKF94マスク等)とは別個独立に製造することもでき、その場合には、不織布カバーの構造規格や製造ラインとは全く別個に製造され、不織布カバーの性能やコストに全く影響を与えないという大きな利点がある。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明の抗菌性または抗ウイルス性シートの概略図。
図2】漆喰粒子により発揮される抗菌性の原理を説明する図。
図3図1の抗菌性または抗ウイルス性シートにおいて、片側のみに低嵩密度の高発色領域を有する場合のX-Xにおける断面図。
図4図1の抗菌性または抗ウイルス性シートにおいて、両側に低嵩密度の高発色領域を有する場合のX-Xにおける断面図。
図5】本発明の抗菌性または抗ウイルス性シートについて、メッシュ体、インナーフレーム及び不織布カバーと併せて使用したマスクの断面図。
図6】本発明の抗菌性または抗ウイルス性シートについて、メッシュ体及び不織布カバーと併せて使用したマスクの断面図。
図7】本発明の抗菌性または抗ウイルス性シートについて、メッシュ体と併せて使用したマスクの断面図。
図8図5または図6におけるマスクの呼気の流通経路の断面模式図。
図9】抗菌性または抗ウイルス性シートの深さ位置と嵩密度の相関図。
図10】抗菌性または抗ウイルス性シートの深さ位置と彩度の相関図。
図11】乾燥方法の異なる抗菌性または抗ウイルス性シートの表面比較画像。
図12】吸湿乾燥試験8回実施後における嵩密度比及びアルカリ活性値。
図13】吸湿乾燥試験実施回数とアルカリ活性値の相関図。
図14】結露試験の繰返し回数とα面彩度の相関図。
図15】アルカリ活性値とα面彩度の相関図。
【発明を実施するための形態】
【0018】
<抗菌性または抗ウイルス性シート>
繊維シート1としては、不織布、織布の何れも使用することができるが、フィルター効果を確保するための開口の大きさを制限し、且つ呼吸あるいは漆喰粒子9の性能発揮のための通気性などの観点から不織布が好適である。
【0019】
不織布は、熱可塑性樹脂製の繊維を用いてそれ自体公知の方法で得られるものでよいが、衛生的見地から、接着剤を使用せずに得られるサーマルボンド不織布、スパンボンド不織布、ナノファイバー不織布、スパンレース不織布などを使用されるが、漆喰処理により繊維表面に漆喰粒子9を付着させることができ、漆喰を担持させて得られた繊維シートは一定の通気抵抗を有し、アルカリ活性が維持しやすいという点でスパンボンド不織布が好適である。この通気抵抗の存在は、後述するメッシュ体40を含むマスクとして使用する場合に、結露を防止するための分散気流の形成にも寄与する。
【0020】
また、繊維シート1を形成する熱可塑性樹脂の例としては、エチレン、プロピレン、1-ブテン、1-ペンテン、1-ヘキセン、3-メチル-1-ブテン、4-メチル-1-ペンテン、5-メチル-1-ヘプテン等のα-オレフィンの単独重合体また共重合体であるオレフィン系樹脂;ポリ塩化ビニル、塩化ビニル-酢酸ビニル共重合体、塩化ビニル-塩化ビニリデン共重合体、塩化ビニル-オレフィン共重合体等の塩化ビニル系樹脂;ポリテトラフルオロエチレン、ポリクロロトリフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデン、テトラフルオロエチレン-ヘキサフルオロプロピレン共重合体、テトラフルオロエチレン-ペルフルオロアルキルビニルエーテル共重合体、テトラフルオロエチレン-エチレン共重合体等のフッ素系樹脂;ナイロン6、ナイロン66等のポリアミド樹脂;ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリトリメチレンテレフタレートなどのポリエステル系樹脂等を挙げることができる。
これらの中でも、耐アルカリ性という点でオレフィン系樹脂繊維(特に、ポリエチレン繊維、ポリプロピレン繊維)が好ましく、強度や耐久性を考慮すると、ポリプロピレン製繊維で形成された不織布が好適である。
また、コットンなどの親水性繊維は廃棄に際しての環境に与える負荷軽減の上で好適である。
【0021】
また、繊維径、繊維の目付量などは、この繊維シートの用途や使用形態などに応じて設定されればよい。繊維シートの厚みは、その使用形態に応じて適宜の範囲にあればよいが、好ましくは150~600μm、より好ましくは210~500μmである。繊維シートの厚みが150μmより小さいと、長時間のアルカリ活性の維持に十分な漆喰粒子9の量を担持することができない。一方で、繊維シート1の厚みが600μmより大きいと取り扱い性が良くなく、また漆喰スラリー担持後の乾燥が長時間にわたってしまう。
【0022】
図1を参照して、本発明の繊維シート1は、繊維シート単体の状態でもよいし、直接耳に引っ掛けるため、または後述するインナーフレーム50に固定するためのストリップ3,3が熱融着等により設けられていてもよい。ストリップ3,3の長さは用途に応じた長さで設けられていればよい。
本発明において、繊維シート1の大きさは、呼気(吸う息及び吐く息)が通る部分を塞ぐ程度の大きさを有していれば、その形状(図1では矩形となっている)は制限されない。繊維シート1は、顔面に装着した際に鼻及び口にフィットさせるため、プリーツを有していてもよい。
【0023】
本発明において、上記のように使用される繊維シート1には、漆喰粒子9が担持される。漆喰粒子9は、消石灰粉末が水に分散されたスラリー(混錬物)の形で繊維シート1に含浸され、繊維シート1に担持されるが、消石灰が空気中の炭酸ガスと反応して炭酸カルシウムとなるため、繊維シート1には、消石灰(水酸化カルシウム)と炭酸カルシウムとが存在する。即ち、消石灰が示すアルカリ性が抗菌性または抗ウイルス性を示し、消石灰粒子の表面から炭酸化が進行して炭酸カルシウムが生成していき、消石灰が全て炭酸カルシウムに転換したとき、アルカリ性が消失し、抗菌性または抗ウイルス性が失活することとなる。
【0024】
上記の原理を図2により説明する。
図2において、鼻及び口を覆うように固定された繊維シート1に漆喰粒子9がシート全体に担持されている。図2(A)は、息を吸うときの状態を示し、図2(B)は、息を吐くときの状態を示したものである。
【0025】
図2(A)に示されているように、息を吸った時に、漆喰中に存在する水分の一部が外側空気の流入によって蒸発するため、水分に溶解している呼気由来のCO濃度が上昇して炭酸化が進行することとなる。
このときの反応は、図2(A)に示されているように、下記式で表される。
Ca2+(aq)+2OH(aq)+CO(g)
→ CaCO(s)+HO(l)
【0026】
そして、息を吐くときには、図2(B)に示されているように、呼気中に含まれるバクテリア7がシート内面に付着する。呼気中のCOと共に、シートの水分がシート1の内側に浸透する。この水分が漆喰粒子9に付着することでアルカリ活性が増すため、繊維シート1の内側に付着したバクテリア7を攻撃し、バクテリア7を死滅させることとなる。
【0027】
また、例えば繊維シート1を含むマスクを装着した際は、不織布カバーを用いたとしても、マスクで覆いきれない顔との隙間が発生してしまう。この場合、息を吸う際に不織布カバーを透過せず、当該隙間から空気の流入とともにマスクの内部空間にウイルス(図示しない)が侵入してしまうおそれがある。あるいは、伝染病等の患者から呼気とともにウイルスが排出され、マスク内部に残存してしまう。このような場合においても、これらのウイルスが繊維シート1に付着した場合には、上記の原理と同様にウイルスを攻撃し、死滅させることが可能である。
【0028】
また、コンシューマー向けマスクにおいては脱着回数が多い。そのため、脱着の度に繊維シート1の水分が乾燥し蒸発してしまい、中性化が進行しやすい。しかし、本発明の抗菌性または抗ウイルス性シートにおいては、後述する実験例で示す通り、複数回の脱着を想定した吸湿乾燥試験において、8回繰返した後でも十分なアルカリ活性が持続していることが確認されている。
【0029】
上記の繊維シート1には、アルカリ活性を可視化するために、アルカリ指示薬が内添されている。例えば、漆喰粒子9が担持された繊維シート1では、当該アルカリ指示薬に特有の色を示し、アルカリ性を示すことが確認されている。例えば、チモールフタレイン溶液においては、青色を示す。これにより、漆喰粒子9のアルカリ活性が失活した場合にも、シートの白化により目視で失活を確認できるため、繊維シート1の交換を速やかに行うことができ、バクテリア7によるマスク汚染を抑えることが可能になる。
【0030】
次に、本発明の抗菌性または抗ウイルス性シートの製造方法を説明する。
【0031】
繊維シート1に漆喰粒子9を担持するには、消石灰粒子を水に分散させた分散液(漆喰スラリー)を使用し、ディッピング等により繊維シート1に該分散液を含浸し、乾燥することにより行われる。かかる分散液での漆喰粒子9の固形分濃度(消石灰と炭酸カルシウムとの合計の固形分)は、一般に、5~60質量%、特に8~20質量%程度でよい。
【0032】
漆喰粒子9の担持に用いる漆喰スラリーには、漆喰粒子9の繊維シート1からの脱落を防止するために、バインダーとしてポリマーエマルジョンが分散されていることが望ましい。このようなポリマーエマルジョンとしては、アクリル樹脂、ポリ酢酸ビニル、ポリウレタン、スチレン/ブタジエンゴム等の重合体の水性エマルジョンを挙げることができる。
【0033】
漆喰スラリーの調製に用いる消石灰粒子のD50粒子径は、レーザー回折法で測定した抽出粒子径D50が、2~40μm、特に3~20μmの範囲にあることが望ましい。この平均粒子径の範囲であれば、鼻及び口付近に固定して使用する際に含水率を高く維持することができ、例えば、8時間程度であれば抗菌性または抗ウイルス性を発揮させるに十分なアルカリ活性を発揮させることができる。この粒径が過度に小さいと、炭酸化が急激に進行してしまい、アルカリ活性が短時間で失活してしまうおそれがある。また、過度に粒径が大きい場合にもアルカリ活性が低下する傾向がある。
また、このように漆喰粒子9を用いていることから、アルカリ水溶液のみでシートを含浸させる場合に比べて、アルカリ活性を長時間持続することが可能である。
【0034】
繊維シート1の漆喰粒子9の担持量(水酸化カルシウムと炭酸カルシウムとの固形分合計量)は、1.5~5.0mg/cm、特に2.2~4.2mg/cmの範囲にあることが望ましい。この量が多すぎると、繊維シート1の通気性を阻害するおそれがあり、少ないと、当然のことながら、抗菌性または抗ウイルス性を発揮させるアルカリ活性が低くなってしまう。また、アルカリ活性による抗菌性または抗ウイルス性の持続時間も短くなってしまう。
【0035】
繊維シート1の漆喰粒子9の担持量は、質量W、面積Aの不織布に漆喰スラリーを含侵させ、乾燥させて得られた繊維シートの質量Wを用いて、下記式から算出される。尚、漆喰スラリー中の固形分全体に対する漆喰粒子9の割合をRとする。
漆喰担持量(mg/cm)=(W-W)×R/A
【0036】
さらに、上記の漆喰スラリーには、アルカリ活性を可視化するために、アルカリ指示薬が配合されている。これにより、先にも述べたように、漆喰粒子9のアルカリ活性が失活した場合にも、白化により目視で失活を確認できるため、繊維シート1の交換を速やかに行うことができ、バクテリア7によるマスク内部の汚染を抑えることが可能になる。
なお、浸漬させることで分散液は繊維シート1中に浸透していくため、繊維シート1の全体が指示薬により発色する。水溶液の浸透に伴い、漆喰粒子9もシートの全体に分散される。
【0037】
このアルカリ指示薬としては、チモールフタレイン溶液、フェノールフタレイン溶液、ブロモチモールブルー溶液、ブロモクレゾールグリーン-メチルレッド溶液、メチルレッド-メチレンブルー溶液、ニュートラルレッド-ブロモチモールブルー溶液等の公知の指示薬を使用できる。目に優しく清潔感を与える青色である点や、高温の熱風乾燥でも安定である点から、チモールフタレイン溶液を用いることが好ましい。
【0038】
なお、このようなアルカリ指示薬を用いるときには、このアルカリ指示薬をアルコール溶媒等に溶解させた溶液を、上記の漆喰スラリーに混合することが好適である。
アルカリ指示薬の使用量は、漆喰粒子9と共に繊維シートに担持されたとき、繊維シート1が指示薬特有の色に着色していることが明確に視認される程度の量であればよい。
【0039】
漆喰粒子9の担持後の乾燥は、ドライヤー等の熱風を直接当てることにより行う。熱風は、漆喰処理繊維シート1の表面に垂直に当てることが好ましい。熱風の温度は水分を蒸発させる観点から、60~130℃が好ましく、90~120℃がより好ましい。熱風の平均風速は12~25m/sが好ましく、13~20m/sがより好ましい。乾燥時間は、1~7分が好ましく、2~5分がより好ましい。
【0040】
上記の熱風による乾燥は、漆喰処理繊維シート1の一方の面のみに、または両面に同時に熱風を当てることにより行う。
一方の面のみに熱風を当てて乾燥を行う場合は、図3に示すような、当該面に高発色領域20が形成された繊維シート1が得られる。この高発色領域20が形成されるプロセスについて説明する。
【0041】
漆喰処理繊維シート1に熱風を当てると、熱風が当たっている側の面から温度が高くなるため、該漆喰処理繊維シート1中の水分は、当該面から蒸発が進行する。さらに、漆喰処理繊維シート中の水分の移動に伴って、指示薬が含油する発色成分や分散溶媒も熱風が当たっている側の面へ移動する。しかし、分散溶媒や発色成分は沸点が高く蒸発しにくいため、熱風を当てた側の漆喰処理繊維シート1の表層に残存する。結果として、図3に示すような高発色領域20が形成されることとなる。また同時に漆喰処理繊維シート1の熱風が当たる面の表層以外の領域は発色成分が微量となるため、当該領域に低発色領域22が形成される。
【0042】
また、漆喰処理繊維シート1の両面に同時に熱風を当てて乾燥を行う場合は、図4に示すような、両面に高発色領域20が形成された漆喰処理繊維シート1が得られる。この高発色領域20が形成されるプロセスは上記と同様である。そして、漆喰処理繊維シート1の両側に高発色領域20が形成され、中央部分に低発色領域22が形成される。
尚、図3図4及び図10に示すように、発色領域における指示薬の発色は熱風を当てた側の面に近いほど濃く、低発色領域に近づくにつれて徐々に色が薄くなるグラデーション状になっている。
また、漆喰粒子9は一定の大きさ及び質量を有しており、また繊維シート1に担持されているので、熱風乾燥時にも水分の蒸発による移動に付随して移動することはなく、図3及び図4に示すように乾燥後の漆喰処理繊維シート1(乾燥処理繊維シート1とも言う)の全体に分散した状態のまま保持される。
【0043】
上記の高発色領域20は、分散溶媒や指示薬由来の発色成分が凝縮され、当該成分に由来する樹脂割合の多い多孔質状のような領域となっていることから、低発色領域22と比べて嵩密度が低くなっている。これは、後述する実験例に示す通り、高発色領域20の嵩密度および該高発色領域20を特定の深さ切削することで得られた低発色領域22(繊維シート1の中央部分)の断面の嵩密度の測定結果を比較することにより確認されている。
【0044】
乾燥後の漆喰処理繊維シート1の少なくとも一方の面で測定した嵩密度(D)は、0.03~0.3g/cmであることが好ましく、0.05~0.15g/cmであることがより好ましい。当該面から深さ55±5μmにおける断面で測定した嵩密度(D)は、0.17~0.7g/cmであることが好ましく、0.2~0.6g/cmであることがより好ましい。
この2つの嵩密度の比(D/D)は、1.0よりも小さい。さらに、漆喰処理繊維シート1の漆喰粒子9の脱落防止の観点およびアルカリ活性を十分に発揮する観点から、0.1~0.7であることが好ましく、0.2~0.5であることがより好ましい。この嵩密度比の臨界領域は、後述する実験例でも確認している。また、乾燥後の漆喰処理繊維シート1の両側に高発色領域20が形成されている場合には、それぞれの表面及び断面で測定した値が、ともに前述の嵩密度及び嵩密度比を満たす。
【0045】
上記の切削深さ55±5μmは、繊維シート1の表面から切削具等により切削して低発色領域22に到達するのに基準となる深さ(及び切削時の誤差)である。繊維シート1の表面から深さ55±5μm切削することで、繊維シート1を本発明で規定する好ましい範囲内で別の厚さに変更した場合に、何れの厚さにおいても低発色領域22に到達することができる。
【0046】
高発色領域20が有する強い発色は、漆喰粒子9によるアルカリ活性に起因する指示薬の発色によるものであるが、このアルカリ活性はpHを測定することによって測定される。乾燥後の漆喰処理繊維シート1を蒸留水に浸漬し、この蒸留水のpHをpHメーターにより測定すると、pHがアルカリ側にシフトすることが確認されている。なお、実験例におけるアルカリ活性の評価においては、pHメーターによる実測値から7を引いた値をアルカリ活性値として、評価実験を行っている。
【0047】
上記pH値は、アルカリ指示薬が示す色(彩度)に相関している。例えば、L*a*b*色空間において、上記のpHが大きいほど、繊維シート1が示すアルカリ指示薬の色の彩度(C*)が大きな値を示す。
高発色領域20における彩度は、高発色領域20に指示薬由来の発色成分が凝縮しているため、低発色領域22の彩度に比べて高くなっている。これは、乾燥後の漆喰処理繊維シート1の高発色領域20の彩度及び該高発色領域20を特定の深さ切削することで得られた低発色領域22(繊維シート中央部分)の断面の彩度の測定結果を比較することにより確認されている。
【0048】
乾燥後の漆喰処理繊維シート1の少なくとも一方の面で測定した彩度(S)は20~40であることが好ましく、25~35であることがより好ましい。そして、当該面から深さ55±5μmにおける断面で測定した彩度(S)は7~25であることが好ましく、9~15であることがより好ましい。
この2つの彩度の比(S/S)は、1.0よりも大きい。さらに、乾燥後の漆喰処理繊維シート1の漆喰粒子9の脱落防止の観点及びアルカリ活性を十分に発揮する観点から、1.2~2.8であることが好ましく、1.8~2.6であることがより好ましい。また、乾燥後の漆喰処理繊維シート1の両側に高発色領域20が形成されている場合には、それぞれの表面及び断面で測定した値が、ともに前述の彩度及び彩度比を満たす。
さらに、この高発色領域20においては、アルカリ指示薬由来の発色成分が凝縮されているため、製造時に用いるアルカリ指示薬が少量であっても、アルカリ性の失活による目視での色の変化を確実に認識することが可能になる。
【0049】
低発色領域22においては、熱風による乾燥で漆喰粒子9が担持された繊維径が増大することが確認されている。これは、乾燥の過程で漆喰粒子9の凝集及びそれに伴う繊維の収束によるものであり、熱風による急速な水及び一部分散溶媒や指示薬由来の有機物の移動に伴い、低発色領域22における漆喰粒子9の界面張力が増加するためである。すなわち、漆喰粒子9が担持された繊維の中性化は、同繊維一本一本の表面から中心へ徐々に進行することから、熱風による繊維径の増大がアルカリ活性維持に寄与したと考えられる。
【0050】
さらに乾燥後の漆喰処理繊維シート1においては、自然乾燥や風速を伴わない加熱乾燥による場合に比べて、熱風による急速な乾燥で、漆喰粒子9の多くが繊維と強固に一体化し、また分散溶媒や指示薬由来の物質が漆喰粒子9とともに繊維上に固着されているため、擦れによる漆喰粒子9の脱落に対して強靭である。すなわち、例えば乾燥後の漆喰処理繊維シート1をマスクの形態で鼻及び口を覆うように装着した場合に、漆喰粒子9の脱落による肌との接触や呼吸器系への侵入リスクが少ない。
【0051】
本発明の抗菌性または抗ウイルス性シートは、少なくとも一方の面をメッシュ体40で覆って取り扱うことが好ましい。メッシュ体が一定の厚みを有し、該シートの取り扱い時に担持された漆喰が肌に直接接触することが防止されるため、安全に取り扱うことができる。使用するメッシュ体40の好ましい構成要件については、後述する。
【0052】
<マスク>
本発明の抗菌性または抗ウイルス性シートは、その上から鼻及び口を覆うように、マスクとして使用されることが好ましい。マスクとして使用する場合には、例えば、以下のような形態が挙げられる。尚、本発明はこれらの態様に限定されるものではない。
【0053】
まず、繊維シート1の上から不織布カバー30を重ねて使用する態様について説明する。
【0054】
図5に示すマスク60の態様では、顔面側から、インナーフレーム50、メッシュ体40、該メッシュ体40に覆われた繊維シート1及び不織布カバー30の4ピース構造となっている。この態様は、不織布カバー30の基布31として立体形状を有しないものを用いた場合の態様である。このため、確実に鼻及び口を覆い、不織布カバー30の中央部に固定する観点から、ドーム形状を有するインナーフレーム50を使用することが好ましい。当該インナーフレーム50及び不織布カバー30との間で、メッシュ体40及び該メッシュ体に覆われた繊維シート1を挟んで固定される。
【0055】
図6に示すマスク70の態様では、顔面側から、メッシュ体40、該メッシュ体40に覆われた繊維シート1及び不織布カバー30の3ピース構造となっている。この態様では、不織布カバー30の基布31が、三つ折り構造の立体形状を有する。立体形状が確保されているため、インナーフレーム50を使用してもよいが、使用しない態様であってもよい。当該三つ折り構造の不織布カバー30は、上下方向に開いた際に凹部39が形成される。図6では、メッシュ体40に覆われた繊維シート1は、該凹部39に嵌め込んで固定されている。
【0056】
次に、不織布カバーを使用しない態様を説明する。
【0057】
図7に示すマスク80の態様では、顔面側から、メッシュ体40及び該メッシュ体40に覆われた繊維シート1の2ピース構造となっている。
この態様では、繊維シート1は少なくとも鼻及び口を覆うことができる程度の大きさであり、且つ耳に引っ掛けるためのストリップ3,3を有する。アルカリ活性を有する漆喰が直接顔面に触れないようにするため、一定の空隙を有するメッシュ体40が少なくとも繊維シート1と顔面の間に設けられていることが必要である。ストリップ3,3を耳に引っ掛けることで、繊維シート1は鼻及び口を覆うように固定される。この際、繊維シート1からメッシュ体40に顔面側へ圧力が加わるが、メッシュ体40は当該圧力が加えられても空隙がつぶれない程度の強度あるいは厚みが必要である。
【0058】
<不織布カバー>
不織布カバー30は、鼻及び口を覆うことができればその種類は問わないが、繊維シート1に用いられる種々の材質を使用することができ、単層であってもよいし、二層以上の構造であってもよい。また、市販されている不織布カバーをそのまま用いることもできる。特に、息を吸ったときにウイルスを捕集できることが好ましく、PFE(微粒子濾過効率)が高い材質であることが好ましい。
不織布カバー30は、鼻及び口を覆う基布31を有している。基布31が、マスク60の不織布カバー30に用いられているような立体形状を有しない場合には、顔面にフィットさせるためにプリーツを有していることが好ましい。基布31が、マスク70の不織布カバー30に用いられているような立体形状を有する三つ折り構造である場合には、当該基布31は中央基布34の上から上基布35、下基布36及びストリップ3,3を熱融着されて形成される。通常は三つ折りで折りたたまれた状態で保管され、使用時には上基布35及び下基布36をそれぞれ上下方向に開いて使用する。この際に、当該上基布35及び下基布36と、中央基布34との融着部分にそれぞれ凹部39が形成されるため、凹部39にメッシュ体40及び繊維シート1をはめ込んで固定することで、マスク70の形態として使用できる。また、三つ折り構造の不織布カバー製造時に、中央基布34と、上基布35及び下基布36の間にメッシュ体40、繊維シート1を挟んで直接熱融着させることで、マスク70の構成部材を一体化させることもできる。
【0059】
基布31には、耳掛けとなる輪状のストリップ33,33が取り付けられている。ストリップ33,33は輪状のゴム紐の他、耳掛け用の開口を有する平面状の伸縮性不織布が使用できる。尚、耳掛けとなる一対の輪状ストリップ33,33は、繊維シート1と同様の素材で形成されていればよく、熱融着等により、基布31に固定される。勿論、一対の輪状ストリップ33,33の代わりに、一本のゴム製バンドなどを繊維シート1に固定し、頭の後ろに通すことにより、この不織布カバー30を繊維シート1に被せて顔に装着することもできる。
【0060】
<メッシュ体>
繊維シート1は、少なくとも一方の面をメッシュ体40で覆うことが好ましく、特に、両方の面が覆われていることが好ましい。メッシュ体40の存在により、取り扱い時に直接繊維シート1に触れることなく、さらにメッシュ体40を含むマスクを装着した際には、繊維シート1と肌の直接接触を防ぐことができるので、漆喰粒子9の持つアルカリによる肌荒れ等を防止することが可能になる。また、繊維シート1の内側へメッシュ体が設置されている場合、呼気中のバクテリアの多くは通気抵抗の小さいメッシュ体を通過して繊維シート1で捕集され、不活化されることから、メッシュ体でのバクテリアの繁殖リスクは抑えられる。
不織布カバー30を用いる場合には、メッシュ体40及び当該メッシュ体40に覆われた繊維シート1は、不織布カバー30の中央部に位置することが好ましい。鼻及び口から出る呼気との接触が良くなり、バクテリア7の不活化効率が高くなるためである。
【0061】
さらに、メッシュ体40を含むマスクは、冬季など外気温が低い使用環境に於いても、結露水の発生を抑制し、アルカリ活性を長時間持続することが可能になる。これは、マスクにおける繊維シート1と不織布カバー30の間に、メッシュ体40の存在による一定範囲の空隙が形成されることで、図8に示すように水分を含む呼気が留まることなく流れて分散気流が発生するためである。そして、このように通気性が良くなり、マスク内部の結露の発生が抑制されることで、一定箇所に留まる水分量が減少し、マスク脱着時の乾燥に伴う中性化が抑制されて漆喰粒子9のアルカリ活性を長時間持続させることが可能になる。
尚、仮にメッシュ体40及び繊維シート1に結露水が発生したとしても、繊維シート1とメッシュ体40の接触面積が小さいため、結露水を介して肌との接触部分へのアルカリの移行は発生しない。
【0062】
また、繊維シート1の一方の面のみがメッシュ体40により覆われている場合には、マスクが不織布カバー30を含む態様では、上記の結露抑制効果の観点から、少なくとも不織布カバー側(外側)にメッシュ体40が存在することが好ましい。これに対してマスクが不織布カバー30を含まない場合には、繊維シート1と肌との直接接触を防止するために、少なくとも顔面側にメッシュ体40が存在することが好ましい。
繊維シート1が一定の通気抵抗を有していることも、分散気流の発生に寄与している。繊維シート1の通気抵抗が低すぎると、不織布カバー30を通過する時点で呼気の流速が高くなり、不織布カバーの外側へ呼気が漏れてしまい、分散気流が形成されないためである。
さらに、メッシュ体40へのシリコーン撥水剤などによる疎水化処理は、飛沫や結露水に対するメッシュ体40の含水量を低減させる効果があり、好ましい。
【0063】
メッシュ体40としては、編み物や織物、不織布等が制限なく使用でき、その材質も限定されないが、厚さの確保や肌触りの観点から、ポリエステルまたはナイロンの編み物が好ましい。メッシュ体40は、シート状で繊維シート1に巻き付けて使用する、あるいは袋状でその中に繊維シート1を入れて使用できる。また、メッシュ体40の厚さは0.5~3.5mmであることが好ましい。さらにメッシュ体40は、繊維シート1及び不織布カバー30の間で空隙を形成するために、ポリエステル製ダブルラッセル生地が好ましく、形成される空隙率が85~98%であることが好ましい。メッシュ体40の厚さや空隙率が小さ過ぎると空隙が十分に形成されず、繊維シート1を通過した呼気は空隙に拡散せず、結露が発生しやすくなる。一方、空隙率が大きすぎると、圧縮剛性が不足し、顔面とマスクとの間で圧縮され、厚さを失って空隙がつぶれてしまい、呼気が拡散せず結露が発生しやすくなる、あるいは繊維シート1が肌に接触するおそれがある。また、厚さが大きすぎる場合には、マスクの内側スペースを圧迫してしまう。
【0064】
<インナーフレーム>
不織布カバー30として、いわゆるサージカルマスク等の立体形状を確保しにくいものを使用する場合は、繊維シート1(またはメッシュ体40に覆われた繊維シート1)を固定するために、インナーフレーム50を使用することが好ましい。インナーフレーム50により乾燥後の繊維シート1及び顔面の間に空間ができ、繊維シート1と肌の直接接触を避けることができるため、アルカリによる皮膚の損傷や、繊維シート1自体による顔面への擦り傷も防止できる。さらに、インナーフレーム50はドーム形状を有していることから、鼻及び口の周りに空間を作ることができ、呼気が分散され、シート全体のアルカリ成分が有効に活用されるため、抗菌性または抗ウイルス性の効果を長時間持続させることが可能となる。
【0065】
インナーフレーム50は、市販されている種々のインナーフレームを使用することができ、ドーム形状を有していることが好ましい。インナーフレーム50の材質は制限されないが、ポリエチレン樹脂やシリコーン樹脂等を用いることができる。繊維シート1のインナーフレーム50への固定方法は、固定できる方法であれば制限されないが、例えば繊維シート1のストリップ3,3を、インナーフレーム50が有する凸部に引っ掛けることで固定できる。また、インナーフレーム50は、開口部を有していることが好ましい。呼気中の水分やバクテリア7はこの開口部を通過して繊維シート1に到達する。インナーフレーム50の開口率は、強度と通気性のバランスから8~50%であることが好ましい。
【0066】
繊維シート1を含むマスクを顔に装着すると、該繊維シート1の中央部から該指示薬による色が消失(白化)していくこと(上記の彩度(C*)の値が低下していくこと)が認められ、呼気よりCOが供給され、中性化が進行していくことが確認されている。
【0067】
繊維シート1において、低嵩密度の高発色領域20を有する面が一方にのみ形成されている場合は、該高発色領域20を有する面が鼻及び口を覆う側と反対側(外面側)になるように配置されることが好ましい。繊維シート1は鼻及び口を覆う側の呼気が直接当たる表層からアルカリが先に不活化していく。このとき、高発色領域20を有する面を鼻及び口を覆う側に使用すると、繊維シート1の外面側に存在する低発色領域22のアルカリ活性がまだ十分使用可能な状態であるにもかかわらず、高発色領域20の色が消失してしまう。これにより、適切な交換タイミングを得られないおそれがあるためである。
【0068】
マスクの使用中に、アルカリ活性が十分使用可能かどうか(白化度合い)の確認は、マスクから繊維シート1をメッシュ体40に覆われた状態で取り外し、メッシュ体40の上から目視で白化度合いを確認することによって行う。
また、一般的に着色された繊維製品は、色濃度が高い程表面反射の影響を受けやすく、反射しやすい生地では濃色表現が均一化されると言われている。本発明においては、反射率の高いメッシュ体40としてダブルラッセルを用いた場合には、当該繊維シート1の指示薬による発色の彩度が高い程、メッシュ体40の表面反射の影響が強くなる。これにより、発色彩度が高い領域において、メッシュ体40の上から見たときの繊維シート1のアルカリ活性の中性化に伴う彩度の変化の幅が小さくなり、アルカリ活性持続時の発色表現が均一化される。従って、繊維シート1を直接目視で確認するよりも、メッシュ体40の上から繊維シート1を確認する方が、アルカリ失活による繊維シート1の取換サインが判断しやすい。即ち、発色している場合はアルカリ活性が持続しており、白色の場合はアルカリ活性が失活していることを意味し、繊維シート1の取換サイン二段階に単純化されている。この結果は、後述する実験例により確認されている。
また、特に繊維シート1が不織布カバーと融着等により一体化され、繊維シート1を取り外せない場合には、LEDライト等の光をマスクに透過させ、光源と反対側から目視により繊維シート1の白化度合いを確認する。
【0069】
本発明の抗菌性または抗ウイルス性シートは、ナイロンフィルム等により包装して保管し、外気と遮断して中性化の進行を防止しておく。さらに長期間の保存を要する場合には、アルミ蒸着フィルムで包装する対応もある。
【0070】
尚、本発明の抗菌性または抗ウイルス性シートは、防護服や医療用ガウンなど、抗菌性または抗ウイルス性が要求される種々の用途にも使用できる。特に、アルカリ指示薬が漆喰粒子9と共に担持され、熱風乾燥されたものは、アルカリ性の失活(抗菌性または抗ウイルス性の消失)を色変化により速やかに認識できるので、バクテリア汚染を防止する上で極めて有用である。
【0071】
本発明の抗菌性または抗ウイルス性シートは、不織布カバー30とは全く別個に製造することもできるため、当該不織布カバーの性能を損なうものではないし、製造工程に影響を与えるものでもない。
【0072】
また、本発明の抗菌性または抗ウイルス性シートは、不織布カバー30の上から重ねてマスクカバーとして使用することができ、これにより、不織布カバーのウイルス汚染を防止し、不織布カバー(あるいはマスクカバー)からの接触感染を有効に防止することができる。
【実施例
【0073】
本発明を、次の実験例で説明する。
【0074】
<実験例1>
50mm×50mmに切断した繊維シート(ポリプロピレン製スパンボンド不織布)、目付30g/m、厚さ220μmを用い、消石灰(株式会社井上石灰工業、品番:NICC5000)100部、ポリビニルアルコール(株式会社トンボ鉛筆製、ピットアクア)200部(固形分30部)、チモールフタレイン1%エタノール溶液(Tp)8部を混合させた漆喰スラリーに、シート全体を10秒間含浸させて漆喰固形分を2.7mg/cm担持させた。含浸後、20℃、10%RHの室内でシートをクリップで挟んで空中で固定し、ヒートガン(株式会社高儀、温度調節機能付きヒートガンHG-1450B)を用いて、シートの片側からのみ、110℃、風速15m/sの熱風を5分間均一に当て、乾燥させることで乾燥処理繊維シートAを作製した。熱風を当てた側の面をα面、熱風を当てなかった面をβ面とした。
尚、ヒートガンによる熱風は、温度はヒートガンの設定温度を用い、風速は抵抗のない状態で風速計(日本カノマックス株式会社、アネモマスターMОDEL6006)のセンサーを用いて15m/sが得られる吹出口からの距離を定めて条件設定した。
【0075】
<実験例2>
繊維シートの両面からヒートガンを用いて110℃、風速15m/sの熱風を当てて乾燥を行った以外は実験例1と同じ条件で実験を行い、乾燥処理繊維シートBを作製した。任意の面をそれぞれα面及びβ面とした。
【0076】
<実験例3>
熱風の温度を70℃とした以外は実験例1と同じ条件で実験を行い、乾燥処理繊維シートCを作製した。熱風を当てた側の面をα面、熱風を当てなかった面をβ面とした。
【0077】
<実験例4>
乾燥条件を、20℃(室温)で風速0m/s(無風状態)での自然乾燥とした以外は実験例1と同様に行い乾燥処理繊維シートDを作製した。任意の面をそれぞれα面及びβ面とした。
【0078】
<実験例5>
シートの乾燥時にヒートガンを使用せず恒温乾燥器(ヤマト科学、DNF601)を用いて乾燥温度を110℃とし、風速0m/s(無風状態)での乾燥とした以外は実験例1と同様に行い乾燥処理繊維シートEを作製した。任意の面をそれぞれα面及びβ面とした。
【0079】
<漆喰粒子の担持量>
繊維シート1の漆喰粒子の担持量は、質量75mg、面積25cmの不織布に漆喰スラリーを含侵させ、乾燥させて得られた繊維シートの質量162.6mgを用いて算出する。
まず、漆喰スラリー中の全固形分に対する漆喰粒子の割合Rは下記のように求められる。
=100/(100+30)=0.77
従って、漆喰担持量は下記の通り求められる。
漆喰担持量(mg/cm)=(W-W)×R/A
=(162.6―75)×0.77/25
=2.7mg/cm
【0080】
<質量>
Bоnvision社製デジタル測り精密スケールを用いて0.1mg単位で測定した。尚、測定環境の湿度の影響を抑えるため、20℃、10%RH以下の条件下で測定した。
【0081】
<厚さ>
ダイヤルゲージ(J&T社製、デジタルシックネスゲージ精度1μm)を用い、作製したシートを10mm×40mmのサイズにカットし9mmφの金属アタッチメントに挟むことにより1μm単位で厚みを測定した。シートの長さ方向で4等分して4か所で測定を行い、その平均値をシートの厚みとした。尚、測定時の湿度の影響を避けるため、20℃で10%RH以下の室内環境とした。
【0082】
<嵩密度>
10mm×40mmのサイズにカットした乾燥処理繊維シートを用い、切削前の質量W及び厚さTを測定した後、耐水ペーパー(#800)を用いて厚さ20μmを目安に切削し、切削後の質量W及び厚さTを夫々測定し、以下の計算により嵩密度(D)を得た。
=(W―W)/((T-T)×4)
【0083】
<彩度>
CIE 1976 L*a*b*色空間(JIS Z 8781-4)に従いa*b*を測定し、彩度を計算した。尚、α面の彩度をSとした。
【0084】
<切削後の厚み、断面嵩密度及び断面彩度>
乾燥処理繊維シートのα面を、耐水ペーパー(#800)を用いて55±5μm切削した。切削後のシートについて、上記同様に乾燥処理繊維シートの厚み、切削後の断面嵩密度(D)及び断面彩度(S)を測定した。
また、上記の測定値から、嵩密度比(D/D)及び彩度比(S/S)を算出した。
【0085】
<表面観察>
光学顕微鏡(SKYBASIC社、デジタル顕微鏡2MP)を用いて、漆喰担持前の不織布および作製した乾燥処理繊維シートの両面の画像を撮影した。
【0086】
<平均繊維径の測定>
JIS R 7607:2000B法に準拠し、光学顕微鏡(SKYBASIC社製、デジタル顕微鏡2MP)を用いて倍率100倍で拡大したβ面の任意の10点で繊維径を画像読み取りし、その平均値を求めた。
【0087】
<表面剥離試験>
乾燥処理繊維シートをマスクの一部として使用する場合、乾燥処理繊維シートの外側はメッシュ体あるいは不織布カバーの内側と接触するため、人体への装着中に接触箇所には擦れが生じる。乾燥処理繊維シートのα面における漆喰粒子の固定度が低い場合、擦れによって不織布カバーの内側に漆喰成分が移行し、その後不織布カバーを直接肌に装着するとアルカリ付着のリスクが生じる。また、漆喰粒子の剥離は呼吸器系へのアルカリ侵入リスクを伴う。
従って、乾燥処理繊維シートの漆喰の固定度を確認するため、JIS K 5600-8-6の剥離方法に準拠し、乾燥処理繊維シートの両面について表面剥離試験を実施した。作製した乾燥処理繊維シートの両面で夫々セロファンテープを張付け、剥し取った後明度40の黒色プラスチック面へ夫々張付け、α面及びβ面のL値を測定し、単にセロファンテープを黒色プラスチックへ張付けたブランクL値との明度差をそれぞれ算出した。即ち、本試験結果は漆喰の固定度が低い程セロファンテープによる剥離量が増え、明度差が増加する。
【0088】
<シート厚みに対する嵩密度及び彩度分布の測定>
10mm×40mmサイズの乾燥処理繊維シートの両面について、夫々約20~30μm切削するごとに、厚さ、切削後の断面嵩密度及び断面彩度を測定し、乾燥処理繊維シートの厚みが140μm以下となるまでこれを繰り返して、乾燥処理繊維シートの厚みに対する嵩密度及び彩度の相関を確認した。
【0089】
<吸湿乾燥試験(溶出試験)>
コンシューマー向けマスクにおいては、脱着回数が多いために繊維シートから水分が蒸発しやすく、使い切りが原則の医療用マスク用途と比較して中性化が進行しやすい。そこで、吸湿及び乾燥を繰り返した場合のアルカリ活性の保持力を評価した。
作製した乾燥処理繊維シートを10mm×20mmのサイズの試験体にカットし、α面にシリル化系ウレタン接着剤(コニシ株式会社、ウルトラ多用途SU)を薄く塗布した後、室温で3時間以上放置して硬化させ、α面を遮蔽させた。直径20mm、深さ40mmの円筒形容器を使用し、3.5ccの蒸留水を攪拌しながら、α面を遮蔽させたシートを10秒間の浸漬させた後、繊維シートを取り出して蒸留水のpHを測定した。取り出した試験体はその後30分自然乾燥(20℃、10%RH)させた。上記した浸漬とpH測定及び乾燥に至る工程を8回繰返し、乾漆の繰返しによる中性化進行の程度を評価した。尚、pH計は、APERA INSTRUMENTS社製、エコノミータイプPH20を用いた。
尚、α面を遮蔽した理由は、本発明の乾燥処理繊維シートをマスクの内側へ使用する場合、水分を含んだ呼気や飛沫は鼻及び口(顔面側)からのみ当たるため、疑似的にシート片側からのみ水分が浸透する環境を構築する必要があるためである。
【0090】
<実験例6>
厚さ200μmの不織布シートにドロマイトが担持された抗ウイルスマスク(モチガセ株式会社、バリエール)を10mm×20mmサイズに切り取った試験体を繊維シートFとした。シートFについては、ドロマイトの担持量は1.0mg/cmであった。
【0091】
実験例1~6で得られた繊維シートA~Fについて、上記の測定・評価を行った。実験条件及び測定結果を表1にまとめる。また、繊維シートの深さ位置と嵩密度及び彩度の相関図を図9及び図10に、表面観察の結果を図11に、アルカリ活性保持試験の結果を図12及び図13に示す。尚、実験例6に係る繊維シートFについては、ドロマイトの担持量は1.0mg/cmと小さく、単純な比較は成立しないことから、表中及び図中には記載せず、また表面観察及び平均繊維径の測定も行っていない。
【0092】
【表1】
【0093】
<嵩密度及び彩度測定結果の考察>
表面嵩密度について、シートA~Cでは、α面の約25μmの深さまで断面嵩密度(D)に比べて表面嵩密度(D)が顕著に低く、また断面彩度に比べて表面彩度が顕著に高くなった。これは熱風が当たる表面付近でポリビニルアルコール(PVA)やチモールフタレイン(Tp)由来の有機物が引き寄せられると共に多孔質状の構造になったためと考えられる。これに対してシートD及びシートEでは、表面嵩密度及び断面嵩密度、表面彩度及び断面彩度を比較しても顕著な差は見られず、嵩密度比は1に近い値となった。この原因は、シートD及びシートEでは、乾燥時に熱風を当てていないため、シートA~Cに比べて蒸発速度が遅く、有機物が殆ど移動しなかったためと考えられる。
また、シートDとシートEでは、表面彩度及び断面彩度はシートDの方が顕著に低くなった。これは、漆喰スラリーを含浸させた後、乾燥までの時間が約2時間と非常に長く、この間に中性化が進行したためであると考えられる。
また、シートFでの嵩密度比は約1.0であり、シートD及びシートEと同様に表層からシート内部まで均質であった。
【0094】
<表面観察及び平均繊維径測定結果の考察>
シートAのα面は、PVAやTp由来の有機物の繊維への付着により、繊維径が確認し難い状態であった。シートAのβ面の繊維径は比較的大きく、シートEのα面及びβ面の繊維径よりも大きかった。
シートBはα面及びβ面ともにPVAやTp由来と考えられる物質の付着が確認され、シートAのα面と同様に繊維径の確認が難しい状態であったが、α面の表面からの深さ55μmの断面では、前述のシートAのβ面と同様に比較的繊維径が大きい状態であった。
シートCについても、α面の表面から深さ約25μmの断面では、PVAやTp由来の有機物の付着が確認されたが、それ以外の部分はシートAのβ面と同様に比較的繊維径が大きい状態であった。
シートA~Cの平均繊維径が大きくなった原因は、熱風による乾燥の過程で漆喰粒子の凝集及びそれに伴う繊維の収束が増加したことが影響していると考えられる。すなわち、シート中での急速な水及び一部PVAやTp由来の有機物のα面側への移動に伴い、漆喰粒子の界面張力が増加したことが原因と考えられる。
一方、シートD~Fの切削深さを変えて断面を観察したが、繊維径に顕著な変化がみられる領域は確認できなかった。
【0095】
<表面剥離試験結果の考察>
シートA~Cは、シートD及びシートEと比較してβ面の明度差が小さく剥離量が少なかった。これは、シートA、シートB、及びシートCは熱風による急速な乾燥により漆喰粒子の多くが繊維と強固に一体化したのに対し、自然乾燥のシートD及び強風を伴わないシートEは、漆喰粒子と繊維の一体化が弱い状態であったと考えられる。
シートA~Cのα面は多孔質状のような構造となっているが、表面にPVAやTp由来と考えられる物質の付着があり、これらの物質は漆喰粒子とともに繊維上に固着されていた。そのため、シートA~Cのα面は擦れに対する漆喰粒子の脱落に対して強靭であると考えられる。
この擦れに対する強靭さを得るには一定の嵩密度が必要であり、嵩密度比は0.1以上が好ましく、0.2以上がさらに好ましいといえる。
また、シートDは両面ともシートEよりも明度差が大きく剥離量が多かったが、シートDは自然乾燥であり、漆喰粒子と繊維の結合力がさらに弱い状態であったことが原因と考えられる。シートFについてはブランクとの明度差がα面では5.1、β面では5.0となった。
【0096】
<吸湿乾燥試験(溶出試験)の考察>
シートA~Eのアルカリ活性値は、繰返し回数が1~3回までは夫々同水準であったが、繰返し回数が4~5回目以降はシートD、Eは著しく数値が低下した(図12図13参照)。本繊維シートに担持された漆喰粒子は不織布繊維を覆う凝集体であるが、繊維シートの繊維径に関わらず浸水時の吸水率は同水準であり、凝集体の内部まで侵入する。一方、中性化は乾燥時に空気に晒される凝集体の表面から内部へ徐々に進行するため、繊維径の太いシートA~Cは比表面積が小さくアルカリ活性維持に優位であり、製造工程での熱風による漆喰粒子の界面張力が寄与したと考えられる。
これに対して自然乾燥のD及び強風を伴わないシートEは漆喰粒子間での強力な界面張力が作用せず、細い繊維径となったことから、顕著に低いアルカリ活性値になったと考えられる。また、シートFについては、アルカリ活性値は4回目で0.4、8回目では0となり、アルカリ活性の持続性が不十分であることがわかった。
【0097】
<吸湿乾燥試験(溶出試験)結果により求められる嵩密度比>
非特許文献1に記載された実験結果から、多くの種類の細菌を短時間で死滅させるために必要なpHは11.5であるとすると、このときの水素イオン濃度[H]の値は下記のように示すことができる。
[H]=1×10-11.5
ここで、片側をシールした10×20mmサイズの試験体(シート)を水中に浸漬した時に付着する飽和吸水量が最大値となる場合、すなわち、最も水素イオン濃度が低くなる場合には、単位面積あたりの飽和吸水量は2.0mg/cmであり、この際に前記[H]の水素イオン濃度を有していることが必要である。
一方、吸湿乾燥試験(溶出試験)においては、10×20mmサイズの試験体(シート)を3.5ccの蒸留水中に10秒間浸漬させている。溶出試験時に試験体が接触する水量は3.5cc/2cmであり、水の重量に換算して、単位面積当たりに変換すると1.8×10mg/cmとなる。この単位水量は、上記の飽和吸水量の1/1000のオーダーであるため、溶出試験において必要になる水素イオン濃度[H]及び[H]との関係は下記のようにあらわすことができる。
[H]×1×10-3=1×10-11.5(=[H])
[H]=1×10-8.5
pH=-log1010-8.5(pHとイオン濃度の公式)
pH=8.5
アルカリ活性値は、測定したpHから7を引いた値であるため、
(アルカリ活性値)=8.5-7
=1.5
よってアルカリ活性値の基準値は1.5であることがわかる。当該アルカリ活性の基準値が、多くの種類の細菌を短時間で死滅させるために必要なアルカリ活性値である。
このアルカリ活性値の基準値を用いると、図12の近似曲線から、アルカリ活性値が1.5のときの嵩密度比は0.7であることがわかる。
よって、上記の表面剥離試験の結果と併せて、嵩密度比は0.1~0.7が好ましく、0.2~0.5がさらに好ましいといえる。
【0098】
<結露試験>
冬季を中心としたマスク内での結露により生じた水分は、マスク脱着による吸湿乾燥で繊維シートの中性化を進行させ、飛沫や呼吸など人体由来以外の外的要因によって性能低下を招いてしまう。
本試験では、抗菌性または抗ウイルス性シート及び不織布カバーの間にメッシュ体を挟んで人体に装着する環境を再現する装置を作成し、メッシュ体の有無による結露の影響を調べた。尚、環境条件は結露しやすい冬季とした。
【0099】
<実験例7>
蓋つきポリプロピレン製円筒形密閉容器(リス株式会社、クリヤブルー350ml、蓋直径80mm、高さ110mm)の蓋中央部に直径25mmの大きさで開口を作り、容器内の上部に温湿度センサー(Inkbird社、IBS-TH1PLUS)設置した。該温湿度センサーが浸らないように2/3まで水を張り、マグネチックスターラーで攪拌しながら容器上部空間の気温が26~28℃になるように水温を調製した。直径35mmの円形に切断した実験例1で作製したシートAを20℃、10%RHで1時間放置し、重量及びα面の彩度を測定した後、α面を上側(大気側)、β面を下側(容器側)として前記容器の蓋中央部の円形開口を覆うように設置した。さらに該シートの上から直径70mmに切断したメッシュ体(株式会社ティントノコ、抗菌ダブルラッセルメッシュホワイト)、120mm×120mmに切断した不織布カバー(大王製紙株式会社、ハイパーブロックマスク)の順に重ね、不織布カバーで容器の蓋を覆うようにして、容器の側面に沿って輪ゴムで固定した。
この装置を40分間外気(7℃、無風状態)に晒した後、シートのみを取り出し、重量を測定した。重量測定後、20℃、10%RHの室温で20分間乾燥させた。乾燥後に彩度を測定した。乾燥させたシートを再度容器に設置し、上記同様の工程を繰り返し4回行った。
【0100】
<実験例8>
結露試験の工程を繰り返し8回行った以外は実験例7と同様に行った。
【0101】
<実験例9>
メッシュ体を用いなかった以外は実験例7と同様に行った。
【0102】
<実験例10>
メッシュ体を用いず、結露試験の工程を繰り返し8回行った以外は実験例7と同様に行った。
【0103】
<平均結露水量の算出>
平均結露水量は下記式に従って求めた。
n回後の結露水量=((n回目容器から取出し直後の繊維シート重量[mg])-(試験前の繊維シート重量[mg]))/(直径25mm開口面積4.9[cm])
実験例7の4回平均結露水量[mg/cm]=1回~4回後の結露水量の平均値
実験例8の8回平均結露水量[mg/cm]=1回~8回後の結露水量の平均値
【0104】
<彩度又はアルカリ活性値維持率の算出>
維持率は下記式に従って求めた。
維持率[%]=(4回又は8回繰返し後の繊維シートの彩度又はアルカリ活性値)/(試験前の繊維シートの彩度又はアルカリ活性値)×100
【0105】
実験例7~10で得られた繊維シートについて、平均結露水量の算出を行った。また、実験例1~5の場合と同様に、試験前後の繊維シートの彩度及びアルカリ活性値の測定を行った。結果を表2に示す。さらに、繰り返し回数とα面彩度の関係を図14に、アルカリ活性値とα面彩度の関係を図15に示す。尚、図15の結果は、繊維シート1自体の表面を彩度計で測定した結果と、繊維シート1の上にメッシュ体を被せ、当該メッシュ体の上から彩度計で測定した結果である。
メッシュ体を用いて行った実験例7及び実験例8の態様をMA、メッシュ体を用いずに行った実験例9及び実験例10の態様をMBとする。尚、アルカリ活性値の測定時には、円形に切断された繊維シートの中央部分を10mm×20mmのサイズに切り取った試験体を用いた。
【0106】
【表2】
【0107】
<結露試験の考察>
平均結露水量については、8回目のMAの態様とMBの態様により得られた値を比較すると、MAの態様では顕著に少なく、(0.63/1.39)×100=約45%の平均結露水量となり、シートの結露が顕著に抑制されていることが確認された。これは、メッシュ体の通気抵抗が外側の不織布カバー及び内側の繊維シートと比較して十分小さく、一定の厚さを備えることから、繊維シートを通過した呼気からの水蒸気はメッシュ体が通気層となって水平方向へ分散され、新たな気流が生まれたことが原因と考えられる。
尚、本実験例では行っていないが、マスクにおいて、メッシュ体を使用せずに本発明の抗菌性または抗ウイルス性シートと不織布カバーのみで人体に装着し、10℃以下の結露環境で一定時間後の繊維シートの状態を確認すると、直接呼気が当たる繊維シートの狭小エリア(繊維シート中央部分)に結露に伴う白化が集中することが判明している。この事実からも、メッシュ体による分散気流の発生は結露抑制に有効であることがわかる。
【0108】
彩度については、MAの態様では8回目まで彩度の低下は見られなかった。これに対してMBの態様の6回目以降では、徐々に彩度の低下が確認され、8回目では彩度の維持率が41.8%と大幅に下落した。この原因は上記の通り、MAの態様ではシート表面での結露が起こりにくく、アルカリ活性の失活が有効に抑制されたためであると考えられる。また、このシートの中性化に伴う白化現象がβ面(内側)から徐々にα面(外側)へ広がる様子が見られた。すなわち、実際にマスクとして使用した場合に近い状態が再現できたと考えられる。
【0109】
アルカリ活性値については、MAの態様では8回後でも84.8%と高い維持率であったが、MBの態様では45.5%の維持率と大幅に低下した。上記と同様に、MAの態様では結露が起こりにくく、アルカリ活性の失活が有効に抑制されたためであると考えられる。
【0110】
また、繊維シート1を直接測定した彩度とアルカリ活性値の相関を確認すると、アルカリ活性基準値の1.5以上の領域ではリニアに近い関係性が認められた。
さらに、彩度計により繊維シート1を直接測定した彩度と、繊維シート1を袋状のメッシュ体40に入れて、当該メッシュ体の上から測定した彩度を比較すると、メッシュ体40の上から測定した場合、アルカリ活性値が2.0以上では一定領域となり、該アルカリ活性値が1.5以下の一定領域と共に彩度水準が2段階に分かれた。即ち、アルカリ活性基準値である1.5を境として、前者は性能維持の青サイン、後者は取替時期の白サインとして、繊維シート1を直接測定した場合に比べて取換時期の判定がしやすくなり、明瞭な取替サインが得られた。
【符号の説明】
【0111】
1:繊維シート
3:ストリップ
7:バクテリア(細菌)
9:漆喰粒子
20:高発色領域
22:低発色領域
30:不織布カバー
31:基布
33:ストリップ
34:中央基布
35:上基布
36:下基布
39:凹部
40:メッシュ体
50:インナーフレーム
60:マスク
70:マスク
80:マスク
【要約】
漆喰粒子(shikkui particles)及びアルカリ指示薬が担持された繊維シートから成形されている抗菌性または抗ウイルス性シート。
図1
図2
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