(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-29
(45)【発行日】2022-10-07
(54)【発明の名称】超親水性コーティング及びその形成方法
(51)【国際特許分類】
C23C 16/27 20060101AFI20220930BHJP
B32B 9/00 20060101ALI20220930BHJP
【FI】
C23C16/27
B32B9/00 A
(21)【出願番号】P 2018168479
(22)【出願日】2018-09-10
【審査請求日】2021-09-02
(73)【特許権者】
【識別番号】000204284
【氏名又は名称】太陽誘電株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100206829
【氏名又は名称】相田 悟
(74)【代理人】
【識別番号】100127513
【氏名又は名称】松本 悟
(74)【代理人】
【識別番号】100140198
【氏名又は名称】江藤 保子
(74)【代理人】
【識別番号】100158665
【氏名又は名称】奥井 正樹
(74)【代理人】
【識別番号】100199691
【氏名又は名称】吉水 純子
(72)【発明者】
【氏名】帖佐 千夏
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 剛
(72)【発明者】
【氏名】中島 貴子
(72)【発明者】
【氏名】牧野 聡朗
【審査官】有田 恭子
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-019279(JP,A)
【文献】特開2015-231216(JP,A)
【文献】特開2006-063160(JP,A)
【文献】特開2005-013882(JP,A)
【文献】国際公開第2011/108625(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 16/00-16/56
B32B 1/00-43/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材上に形成され、少なくとも基材と接触していない側の面に珪素及び酸素を含む非晶質炭素膜と、
前記非晶質炭素膜上に形成されたシランカップリング剤膜と、
を備える超親水性コーティング。
【請求項2】
前記非晶質炭素膜が、シロキサン結合を有する、請求項1に記載の超親水性コーティング。
【請求項3】
前記非晶質炭素膜が、少なくとも基材と接触していない側の面に水酸基を有し、
前記シランカップリング剤膜が、前記水酸基との縮合反応により生成される結合によって前記非晶質炭素膜の表面に固定されている、請求項1又は2に記載の超親水性コーティング。
【請求項4】
基材上に、少なくとも該基材と接触していない側の面に珪素又は珪素及び酸素を含む非晶質炭素膜を形成すること、
酸素を含むガスをプラズマ化、イオン化又はラジカル化して、前記非晶質炭素膜の表面と反応させること、及び
該反応後の前記非晶質炭素膜の表面に、シランカップリング剤膜を形成すること、
を含む超親水性コーティングの形成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超親水性コーティング及びその形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ダイヤモンド様炭素膜(以下、「非晶質炭素膜」という。)は、耐摩耗性及び摺動性に優れ、かつ高強度を有する膜である。このため、切削工具、金型をはじめとする種々の基材に被覆され、保護膜として用いられている。
【0003】
基材に被覆される保護膜には、その用途に応じて、撥水性又は親水性が求められることがある。
非晶質炭素膜に撥水性を付与する手段としては、珪素が導入された非晶質炭素膜を形成し、該非晶質炭素膜の表面を、プラズマ化、イオン化、又はラジカル化した酸素ガスと反応させた後、該非晶質炭素膜の表面にフッ素系シランカップリング剤の層を固定すること(特許文献1)が知られている。
また、非晶質炭素膜に親水性を付与する手段としては、Siを含有する非晶質炭素膜に酸素プラズマを照射して微細な凹凸構造を形成すること(特許文献2)や、内部及び表面にシリコンを含有するダイヤモンド状炭素薄膜の表面を酸素イオンビーム処理してナノスケールの表面粗さを有するナノパーティクルを形成すること(特許文献3)が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第5628893号公報
【文献】国際公開第2015/115399号
【文献】特許第5706330号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前述の親水性が付与された非晶質炭素膜はいずれも、親水性を示す期間が短いことが問題であった。また、親水性を示す期間内であっても、親水性の程度が低く、超親水性にまで至らないことも問題であった。
【0006】
そこで、本発明は、上記問題点を解決し、長期間に亘り超親水性を維持できる非晶質炭素膜のコーティングを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、前記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、非晶質炭素膜を、少なくとも基材と接触していない側の面に珪素及び酸素を含むように構成すると共に、該非晶質炭素膜上に親水性のシランカップリング剤膜を形成することで、前記課題を解決し得ることを見出した。
【0008】
すなわち、本発明は、前記課題を解決するために、以下の手段を採用する。
<1>基材上に形成され、少なくとも基材と接触していない側の面に珪素及び酸素を含む非晶質炭素膜と、前記非晶質炭素膜上に形成されたシランカップリング剤膜と、を備える超親水性コーティング。
<2>前記非晶質炭素膜が、シロキサン結合を有する、前記<1>の超親水性コーティング。
<3>前記非晶質炭素膜が、少なくとも基材と接触していない側の面に水酸基を有し、前記シランカップリング剤膜が、前記水酸基との縮合反応により生成される結合によって前記非晶質炭素膜の表面に固定されている、前記<1>又は<2>の超親水性コーティング。
<4>基材上に、少なくとも該基材と接触していない側の面に珪素又は珪素及び酸素を含む非晶質炭素膜を形成すること、酸素を含むガスをプラズマ化、イオン化又はラジカル化して、前記非晶質炭素膜の表面と反応させること、及び該反応後の前記非晶質炭素膜の表面に、シランカップリング剤膜を形成すること、を含む超親水性コーティングの形成方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、長期間に亘り超親水性を維持できる非晶質炭素膜のコーティングを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明の一実施形態に係る超親水性コーティングの構造を示す模式図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照しながら、本発明の構成及び作用効果について、技術的思想を交えて説明する。
【0012】
[超親水性膜]
本発明の一実施形態(以下、「本実施形態」と記載する)に係る超親水性コーティング1は、
図1に示すように、基材2上に形成された非晶質炭素膜3と、該非晶質炭素膜3上に形成されたシランカップリング剤膜4とを含む。各部の詳細について以下に説明する。
【0013】
<非晶質炭素膜>
非晶質炭素は、ダイヤモンド結合(sp3結合)とグラファイト結合(sp2結合)との双方を含む非晶質である。本実施形態における非晶質炭素膜3には、実質的に炭素からなる非晶質膜のみならず、sp3結合及びsp2結合を有しつつ、成膜時に取り込まれた水素(H)等、並びに/又は色調、光透過性、導電性若しくは反応性等の各種特性を調節するために添加された1種若しくは複数種の元素を含有する非晶質膜も含まれる。前記各種特性を調節するための元素としては、珪素(Si)、酸素(O)、ホウ素(B)、窒素(N)、硫黄(S)、チタン(Ti)、アルミニウム(Al)及びジルコニウム(Zr)等が例示される。
【0014】
非晶質炭素膜3は、少なくとも基材と接触していない側の面に珪素及び酸素を含む。このことにより、後述するシランカップリング剤膜4との間で十分な接着強度が得られると共に、該シランカップリング剤膜4の機能と相俟って、超親水性が得られる。
非晶質炭素膜3中の珪素の含有量は特に限定されるものではないが、前述の作用を高める点で、0.1~50原子%とすることが好ましく、10~40原子%とすることがより好ましい。
【0015】
非晶質炭素膜3の厚さは、所期の耐摩耗性、摺動性、及び強度等の特性が得られる範囲で適宜決定すればよく、例えば1nm~50μmとすることができ、5nm~3μmとすることが好ましい。
【0016】
<シランカップリング剤膜>
本実施形態におけるシランカップリング剤膜4としては、一般式YnSiX4-n(ただし、Yは親水性官能基であり、Xはヒドロキシ基又は加水分解によりヒドロキシ基を生じる基であり、nは1~3の整数である)で表される親水性シランカップリング剤を用いて形成されたものであればよい。使用可能な親水性シランカップリング剤としては、大阪有機化学工業株式会社製のLANBICシリーズ等が例示される。
【0017】
シランカップリング剤膜4の厚さは特に限定されず、1nm~1μm程度が例示される。
【0018】
<基材>
本実施形態において使用される基材2としては、前述した超親水性コーティング1により超親水性並びに耐摩耗性及び摺動性等の機能を付与しようとするものであれば、寸法、形状及び材質等は限定されない。基材2の材質については、単一の材質であってもよく、複数の材料からなる複合材料ないし積層体であってもよい。使用可能な基材の材質の一例としては、鉄、銅、アルミニウム及びマグネシウム等の金属系材料、前記金属成分を主成分としたステンレス鋼(SUS)等の合金、ガラス、シリコン及びセラミックス等の無機系材料、並びにポリエチレン、ポリプロピレン及びポリスチレン等の高分子材料等が挙げられる。
【0019】
本実施形態に係る超親水性コーティング1は、前述のような構成により、超親水性を示すものである。本明細書において、「超親水性」とは、下記の方法で測定した水との接触角が10°以下となる性質をいう。
【0020】
<超親水性(水との接触角)の測定方法>
協和界面科学(株)製のポータブル接触角計PCA-1を用いて、試料に純水1.0μLを滴下した5秒後の接触角を測定する。
【0021】
[超親水成膜の製造方法]
本実施形態に係る超親水性コーティング1は、基材2を準備し、該基材2の上に、少なくとも表面に珪素及び酸素を含む非晶質炭素膜3、及びシランカップリング剤膜4を順次形成することで製造される。各操作の詳細について以下に説明する。
【0022】
<非晶質炭素膜の形成>
基材2表面への非晶質炭素膜3の形成方法は、所期の組成及び膜厚を有する非晶質炭素膜3が得られるものであれば限定されないが、プラズマCVD法、イオンプレーティング法、スパッタリング法等が好適に使用できる。中でも、プラズマプロセスを利用したものが好ましく、特にプラズマCVD法は、反応ガスにより成膜するものであり、また、成膜装置の構造も比較的単純であって、安価であるため好ましい。
【0023】
本実施形態において好適に使用されるプラズマCVD法としては、高周波放電を用いる高周波プラズマCVD法や、直流放電を利用する直流プラズマCVD法、マイクロ波放電を利用するマイクロ波プラズマCVD法、高圧DCパルスプラズマCVD法などが挙げられる。いずれにしても、ガスを原料とするプラズマ装置であればよい。高圧DCパルスプラズマCVD法においては、非晶質炭素膜3を形成する基材2に対して直接-15kV程度までの高電圧を印加可能であるため、グランドとの大きな電圧差により発生する大きな電界の傾斜によって、生成されたプラズマイオンを高エネルギー、高加速度にて基材に堆積、注入することが可能である。
なお、成膜する際の基材温度、ガス濃度、圧力、時間などの条件は、作製する非晶質炭素膜3の組成、膜厚に応じて、適宜設定される。
【0024】
プラズマCVD法を用いて本実施形態の非晶質炭素膜3を得る方法としては、
(a)テトラメチルシラン、メチルシラン、ジメチルシラン、トリメチルシラン、ジメトキシジオメチルシラン若しくはテトラメチルシクロテトラシロキサンなどに、酸素を含むガスを同時に混合する方法、
(b)メタン、エチレン、アセチレン、ベンゼンなどの炭化水素系のガスに、分子中にSi-O結合を有するガス、例えば、ヘキサメチルジシロキサン、シロキサンなどのガスを同時に混合する方法、
(c)テトラメチルシラン、メチルシラン、ジメチルシラン、トリメチルシラン、ジメトキシジオメチルシラン若しくはテトラメチルシクロテトラシロキサンなどシリコンを含有する炭化水素系のプラズマ原料ガスで、珪素を含む非晶質炭素膜(a-C:H:Si膜)を成膜した後、その表面に酸素又は酸素を含むガスで形成するプラズマを照射する方法、
又は
(d)前記(a)若しくは(b)の方法で非晶質炭素膜3を成膜した後、その表面に酸素又は酸素を含むガスで形成するプラズマを照射する方法、
等が代表的な方法として挙げられるが、これらの方法に限定されるものではない。
【0025】
前記(a)、(b)の方法によれば、原料ガスに、酸素ガス又は分子中にSi-O結合を有するガスを一定割合で混合したガスを用いてプラズマCVD法により成膜を行い、珪素及び酸素を含む非晶質炭素膜3(a-C:H:Si:O膜)を同一バッチ処理内で一括して製造することができる。
また、前記(c)の方法は、プラズマCVD法において酸素ガスを他の原料ガスと混合することなく、既に形成されたa-C:H:Si膜の表面に照射することで、爆発のおそれを回避しつつ、大量の酸素を非晶質炭素膜3の内部に注入することができる。また、トリメチルシラン等の有機シラン系原料ガスを用いた成膜工程と連続して、酸素ガスを導入したプラズマ照射工程を行うことで、真空ブレイクすることなく両工程を実施することが可能となり、生産性が向上する。
【0026】
プラズマCVD法を用いて基材2上に非晶質炭素膜3を成膜する際には、原料ガスの導入に先立って、基材2の表面をクリーニング用のガスでクリーニングすることが好ましい。クリーニング用のガスとしては、アルゴンなどの不活性ガスが用いられる。
また、原料ガスを反応器内へと導くキャリアガスとして、アルゴンガス、水素ガスなどを用いることが好ましい。
【0027】
<シランカップリング剤膜の形成>
シランカップリング剤膜4の形成方法としては、特に限定されず、シランカップリング剤の溶液を塗布するか、或いはシランカップリング剤の溶液中に浸漬した後、乾燥する方法や、シランカップリング剤を噴霧する方法等が採用できる。
【実施例】
【0028】
以下、本発明について、実施例及び比較例を用いてさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例・比較例に限定されるものではない。
なお、実験例及び実施例では、非晶質炭素膜の製造装置として、高圧DCパルスプラズマCVD装置を用い、基材として30×30×1mmのSUS304材(ステンレススチール)を使用した。
【0029】
(実施例1)
まず、装置に設けられた試料台上に、基材を配置し、次に、反応容器を密閉し、反応容器内の空気を1×10-3Paの真空度まで排気した。ついで、Arガスプラズマにて、Arガス流量30SCCM、ガス圧1Pa、印加電圧-3kVの条件で、15分間基材をクリーニングした。
このクリーニング処理の後、反応容器内に、トリメチルシランガスを流量30SCCMにて導入して、反応容器内圧力1Pa、印加電圧-5kV、成膜時間8分の条件で成膜を行った後、酸素ガスを流量30SCCM、ガス圧1Pa、印加電圧-3kVの条件で2分間プラズマ照射した。
その結果、膜厚約150nmのa-C:H:Si:O膜が得られた。
その後、前記基材のa-C:H:Si:O膜が形成された面に、シランカップリング剤であるLANBIC(大阪有機化学工業株式会社製)を塗布し、常温で24時間乾燥させて、シランカップリング剤膜を形成し、実施例1に係る超親水性コーティングを得た。
【0030】
得られた超親水性コーティングについて、上述した方法で測定した水との接触角は、コーティング形成直後で3.8°、コーティング形成後18日経過後で6.7°であり、長期間に亘り超親水性が維持できることが確認された。
【0031】
(比較例1)
シランカップリング剤膜を形成しなかった以外は実施例1と同様にして、比較例1に係るコーティングを得た。
【0032】
得られたコーティングについて、実施例1と同様にして水との接触角を測定したところ、コーティング形成直後で5.7°、コーティング形成後18日経過後で46.0°であった。
実施例1と比較例1との対比から、本発明においては、a-C:H:Si:O膜上にシランカップリング剤膜を形成することで、a-C:H:Si:O膜単独の場合よりも親水性を示す期間が格段に長くなり、親水性自体も向上するといえる。
【0033】
(比較例2)
基材上に、a-C:H:Si:O膜を形成することなく、シランカップリング剤膜を直接形成した以外は実施例1と同様にして、比較例2に係るコーティングを得た。
【0034】
得られたコーティングについて、実施例1と同様にして水との接触角を測定したところ、コーティング形成直後で29.5°、コーティング形成後18日経過後で48.8°であった。
実施例1と比較例2との対比から、本発明においては、a-C:H:Si:O膜を介して基材上にシランカップリング剤膜を形成することで、基材上に直接形成する場合よりも親水性が向上するといえる。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明に係る超親水性コーティングによれば、基材に対して耐摩耗性及び摺動性に加えて、超親水性を付与することができる。本発明に係る超親水性コーティングは、防曇・易洗浄・速乾・排水・吸水・着氷雪防止・帯電防止の効果をもたらす。このため、本発明に係る超親水性コーティングは、耐摩耗性及び摺動性が求められる各種部材、例えば、車体、鏡、調理器具、表示板、容器、レンズ、衣類、機械部品等に対するコーティングとして好適に使用できる。
【符号の説明】
【0036】
1 超親水性コーティング
2 基材
3 非晶質炭素膜
4 シランカップリング剤膜