(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-29
(45)【発行日】2022-10-07
(54)【発明の名称】作業機械
(51)【国際特許分類】
E02F 3/43 20060101AFI20220930BHJP
E02F 9/20 20060101ALI20220930BHJP
E02F 9/22 20060101ALI20220930BHJP
E02F 9/26 20060101ALI20220930BHJP
【FI】
E02F3/43 B
E02F9/20 M
E02F9/22 K
E02F9/26 A
(21)【出願番号】P 2019174611
(22)【出願日】2019-09-25
【審査請求日】2021-11-29
(73)【特許権者】
【識別番号】000005522
【氏名又は名称】日立建機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001829
【氏名又は名称】弁理士法人開知
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 悠介
(72)【発明者】
【氏名】田中 宏明
(72)【発明者】
【氏名】中野 寿身
(72)【発明者】
【氏名】坂本 博史
(72)【発明者】
【氏名】楢▲崎▼ 昭広
【審査官】荒井 良子
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-007175(JP,A)
【文献】特開2018-003282(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2014/0178166(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E02F 3/43
E02F 9/20
E02F 9/22
E02F 9/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
走行体及びその上部に取り付けられた旋回体を有する車両本体と,
前記旋回体に取り付けられた多関節型の作業装置と,
油圧ポンプから吐出される作動油によって駆動され,前記作業装置を動作させる複数の油圧シリンダと,
オペレータの操作に応じて前記作業装置の動作を指示する操作レバーと,
前記操作レバーが操作されている間,所定の施工目標面上またはその上方に前記作業装置の位置が保持されるように前記作業装置の目標速度ベクトルを演算し,演算した前記目標速度ベクトルに従って前記作業装置が動作するように前記複数の油圧シリンダのうち少なくとも1つの油圧シリンダを制御する領域制限制御を実行し得るコントローラとを備えた作業機械において,
前記コントローラは,車体座標系における前記作業装置の動作速度と重力座標系における前記車両本体の移動速度とを演算し,演算した前記作業装置の動作速度と演算した前記車両本体の移動速度とに基づいて前記領域制限制御の実行中に引き摺りの発生が検出された場合,演算した前記目標速度ベクトルの方向を前記施工目標面から上方へ離れる方向に補正する
ことを特徴とする作業機械。
【請求項2】
請求項1の作業機械において,
前記コントローラは,
前記走行体の動作によって前記車両本体が走行している場合には,前記車両本体の移動速度を零とし,
前記作業装置の動作速度に対する前記車両本体の移動速度の割合である引き摺り割合を演算し,演算した前記引き摺り割合が零でないとき前記引き摺りの発生を検出する
ことを特徴とする作業機械。
【請求項3】
請求項2の作業機械において,
前記コントローラは,前記引き摺り割合に基づいて前記目標速度ベクトルの補正量を演算し,
その演算における前記引き摺り割合と前記目標速度ベクトルの補正量との関係は,前記引き摺り割合の増加とともに前記目標速度ベクトルの補正量が増加する単調増加の関係が成り立つ
ことを特徴とする作業機械。
【請求項4】
請求項1の作業機械において,
前記コントローラは,前記施工目標面と前記作業装置との距離を演算し,その演算した前記距離に基づいて前記目標速度ベクトルの補正量を演算し,
前記目標速度ベクトルの補正量の演算における前記距離と前記目標速度ベクトルの補正量との関係は,前記距離の増加とともに前記目標速度ベクトルの補正量が増加する単調増加の関係が成り立つ
ことを特徴とする作業機械。
【請求項5】
請求項1の作業機械において,
前記コントローラは,前記目標速度ベクトルの大きさに基づいて前記目標速度ベクトルの補正量を演算し,
その演算における前記目標速度ベクトルの大きさと前記目標速度ベクトルの補正量との関係は,前記目標速度ベクトルの大きさの増加とともに前記目標速度ベクトルの補正量が増加する単調増加の関係が成り立つ
ことを特徴とする作業機械。
【請求項6】
請求項1の作業機械において,
前記作業装置の姿勢と,前記車両本体の姿勢と,前記施工目標面と前記作業装置との距離とのうち少なくとも1つを表示するモニタをさらに備え,
前記コントローラは,前記目標速度ベクトルが補正されているとき,前記目標速度ベクトルが補正されていることを示す情報を前記モニタに表示する
ことを特徴とする作業機械。
【請求項7】
請求項1の作業機械において,
前記作業装置を構成する複数のフロント部材のそれぞれに取り付けられた複数の慣性計測装置を備え,
前記コントローラは,前記複数の慣性計測装置の出力値に基づいて,前記車体座標系における前記作業装置の動作速度を演算する
ことを特徴とする作業機械。
【請求項8】
請求項1の作業機械において,
特定の場所と前記車両本体との距離変化を計測する測距センサと,前記旋回体に取り付けられた慣性計測装置と,前記車両本体の移動速度を検出する速度センサと,複数の測位衛星からの測位信号を受信して前記車両本体の位置を計測する受信機とのうち少なくとも1つを備え,
前記コントローラは,前記測距センサ,前記慣性計測装置,前記速度センサ及び前記受信機のうち少なくとも1つの出力値に基づいて重力座標系における前記車両本体の移動速度を演算する
ことを特徴とする作業機械。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,道路工事,建設工事,土木工事,浚渫工事等に使用される作業機械に関する。
【背景技術】
【0002】
道路工事,建設工事,土木工事,浚渫工事等に使用される作業機械として,動力系により走行する走行体の上部に旋回体を旋回自在に取り付けると共に,旋回体に多関節型のフロント作業装置を上下方向に揺動自在に取り付け,フロント作業装置を構成する各フロント部材をシリンダにて駆動するものが知られている。その一例にブーム,アーム,バケット等から構成されるフロント作業装置を有する油圧ショベルがある。この種の油圧ショベルには,フロント作業装置が稼働可能な領域を施工目標面に関連付けて設けて,オペレータからの操作入力があったときにその領域内でフロント作業装置を半自動的に動作させる,いわゆる領域制限制御(広義にはマシンコントロールや半自動制御と称される)を行う油圧ショベルがある。この種のマシンコントロールには,ブーム操作をしても施工目標面の下方にバケットが侵入しないように施工目標面とバケットの距離に応じてブームの動作速度を制限(減速)し,最終的に施工目標面上でブームが停止するものがある。また,掘削作業中にオペレータがアーム操作を入力すると,それに合わせてブームやバケットが半自動的に動作して,バケットの爪先が施工目標面に沿って移動するものや,その際のバケットの角度が一定に保持されるものがある。
【0003】
ところで油圧ショベルを用いて掘削を行うときに,走行体が滑りやすい路面に設置されていたり,岩などの掘削障害物によって掘削する地面の掘削反力が大きくなっていたりする場合がある。このような場合にフロント作業装置の掘削力が車体のけん引力(最大静止摩擦力)を超えると,作業機械本体(旋回体及び走行体)がフロント作業装置の方向に引き摺れられてしまうことがある(以下,この現象を「引き摺り」と称することがある)。作業機械本体が引き摺られてしまうと走行体の位置を修正する(例えば走行体を元の位置に戻す)ために,オペレータは掘削作業を一旦中止して修正操作をする必要がある。そのため掘削作業の効率が低下してしまう。引き摺られやすい条件で掘削を行うとき,例えばオペレータがバケットの掘削量を少なめに調整することで引き摺りを防止できるが,それには熟練した操作が必要である。
【0004】
これを解決するため,特許文献1および特許文献2には油圧ショベルの姿勢に基づいて掘削反力を推定し,その掘削反力に相当する圧力値を超えないようにアームシリンダの圧力を制御する油圧ショベルの仕組みが開示されている。この技術によれば作業機械本体が引き摺られないようにアームシリンダの圧力が制限され,引き摺りが発生する前にアームシリンダの動作が停止する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2014-122511号公報
【文献】特開2016-173032号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ここで,オペレータのアーム操作に対してブームやバケットが自動的に動作することで施工目標面に沿った掘削が行われる領域制限制御を実行可能な油圧ショベルに対して特許文献1及び特許文献2の技術を適用することを考える。この場合,アーム操作に基づく領域制限制御の発動中にアームシリンダの圧力が推定した掘削反力に相当する圧力値に達するとアームシリンダの動作が停止して引き摺り発生が防止される。しかし,その状態ではアーム操作による掘削作業の継続が不可能であるため,オペレータはブーム操作やバケット操作によってフロント作業装置の姿勢を変更することでアームシリンダの圧力が上記の圧力値に達し得る状況から脱する必要がある。ゆえに領域制限制御(マシンコントロール)を実行可能な油圧ショベルに対して特許文献1及び特許文献2の技術を適用すると,マシンコントロールの利点である半自動的な動作が一時中断する可能性があり,オペレータの操作性や作業性が低下するおそれがある。
【0007】
本発明は上記課題を鑑みてなされたものであり,その目的は,領域制限制御(マシンコントロール)の実行可能な作業機械において,領域制限制御(マシンコントロール)の発動中にアームシリンダを停止させることなく車両本体の引き摺りの発生を防止できる作業機械を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願は上記課題を解決する手段を複数含んでいるが,その一例を挙げるならば,走行体及びその上部に取り付けられた旋回体を有する車両本体と,前記旋回体に取り付けられた多関節型の作業装置と,油圧ポンプから吐出される作動油によって駆動され,前記作業装置を動作させる複数の油圧シリンダと,オペレータの操作に応じて前記作業装置の動作を指示する操作レバーと,前記操作レバーが操作されている間,所定の施工目標面上またはその上方に前記作業装置の位置が保持されるように前記作業装置の目標速度ベクトルを演算し,演算した前記目標速度ベクトルに従って前記作業装置が動作するように前記複数の油圧シリンダのうち少なくとも1つの油圧シリンダを制御する領域制限制御を実行し得るコントローラとを備えた作業機械において,前記コントローラは,車体座標系における前記作業装置の動作速度と重力座標系における前記車両本体の移動速度とを演算し,演算した前記作業装置の動作速度と演算した前記車両本体の移動速度とに基づいて前記領域制限制御の実行中に引き摺りの発生が検出された場合,演算した前記目標速度ベクトルの方向を前記施工目標面から上方へ離れる方向に補正することとする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば,領域制限制御(マシンコントロール)の発動中にアームシリンダを停止させることなく車両本体の引き摺りの発生を防止できるため,オペレータの操作性や作業性を大きく損なうことがない。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明の実施形態に係る油圧ショベル(作業機械)の側面図である。
【
図2】本発明の実施形態に係る制御システムの構成を示す図である。
【
図3】本発明の実施形態に係るメインコントローラの構成(機能ブロック図)を示す図である。
【
図4】本発明の実施形態に係る油圧ショベルの目標速度ベクトルVtの説明図である。
【
図5】本発明の実施形態に係る油圧ショベルに発生し得る引き摺りの説明図である。
【
図6】本発明の実施形態に係る油圧ショベルの引き摺り速度を油圧ショベルの側面から示す説明図である。
【
図7】本発明の実施形態に係る油圧ショベルの引き摺り速度を油圧ショベルの上面から示す説明図である。
【
図8】本発明の実施形態に係るフロント作業装置の目標速度ベクトルの補正方法を示す説明図である。
【
図9】本発明の実施形態に係るフロント作業装置の比例定数の補正方法を示す説明図である。
【
図10】本発明の実施形態に係るモニタの表示画面例を示す図である。
【
図11】本発明の実施形態に係るメインコントローラの制御手順を示すフローチャートである。
【
図12】本発明の実施形態における,動作速度Vfxと,引き摺り速度Vuと,引き摺り割合εと,補正量θとの模式的な関係を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下,本発明の実施の形態について図面を用いて説明する。
【0012】
<対象装置>
図1に示すように,本実施形態に係る油圧ショベル(作業機械)1は,走行体4及びその上部に取り付けられた旋回体3を有する車両本体5と,複数のフロント部材20,21,22を連結して構成され旋回体3に回動可能に取り付けられた多関節型のフロント作業装置2とを備えている。
【0013】
旋回体3は,走行体4に対して左右方向に旋回可能に取り付けられており,旋回油圧モータ(図示せず)によって旋回駆動される。
【0014】
フロント作業装置2は,基端側が旋回体3に回動可能に連結されたブーム20と,基端側がブーム20の先端側に回動可能に連結されたアーム21と,基端側がアーム21の先端側に回動可能に連結されたバケット22と,先端側がブーム20に連結され,基端側が旋回体3に連結されたブームシリンダ20Aと,先端側がアーム21に連結され,基端側が旋回体3に連結されたアームシリンダ21Aと,先端側がバケット22に回動可能に連結された第1リンク部材22Bと,先端側が第1リンク部材22Bの基端側に回動可動に連結された第2リンク部材22Cと,2つのリンク部材22B,22Cの連結部とアーム21との間に掛け渡されたバケットシリンダ22Aを備えている。これらの油圧シリンダ20A,21A,22Aはそれぞれ連結部分を中心に,上下方向に回動可能に構成されている。
【0015】
ブームシリンダ20A,アームシリンダ21A,バケットシリンダ22Aは,油圧ポンプ36b(
図2参照)から吐出される作動油を給排することによりそれぞれ伸縮可能な構造となっており,伸縮することによりそれぞれブーム20,アーム21,バケット22を回動(動作)させることができる。バケット22は,グラップル,ブレーカ,リッパ,マグネット等の図示しないアタッチメントに任意に交換可能である。
【0016】
ブーム20にはブーム20の姿勢を検出するための慣性計測ユニットセンサ(以下,IMUセンサと称する)(ブーム)20Sが取り付けられており,アーム21にはアーム21の姿勢を検出するためのIMUセンサ(アーム)21Sが取り付けられている。第2リンク部材22Cには,バケット22の姿勢を検出するためのIMUセンサ(バケット)22Sが取り付けられている。IMUセンサ(ブーム)20S,IMUセンサ(アーム)21S,IMUセンサ(バケット)22Sは,それぞれ角速度センサと加速度センサから構成されており,各フロント部材20,21,22の傾斜角度,角速度及び加速度の検出が可能である。
【0017】
旋回体3はメインフレーム31を有する。メインフレーム31上には,旋回体3の傾斜角度を検出するためのIMUセンサ(旋回体)30Sと,オペレータが搭乗する運転室32と,油圧ショベル1内の複数の油圧アクチュエータの駆動制御を司るメインコントローラ(駆動制御用コントローラ)34と,エンジン36a及びエンジン36aによって駆動される油圧ポンプ36bを有する原動装置36と,メインコントローラ34からの信号に応じて油圧ポンプ36bから油圧アクチュエータ(例えば,油圧シリンダ20A,21A,22A)に供給される作動油(油圧)の流量及び流通方向を制御する複数の方向切替弁35bを有する油圧制御装置35と,地上に設定された重力座標系(地理座標系,グローバル座標系等とも言う)における車両本体5の移動速度を検出するための測距センサ(車体状態検出装置)37とが搭載されている。
【0018】
IMUセンサ(旋回体)30Sは,加速度センサと角速度センサから構成されており,旋回体3の水平面に対する傾き(傾斜角)や,角速度及び加速度を検出することができる。
【0019】
運転室32には,オペレータが操作を入力するための操作入力装置33と,地形の完成形状を規定する施工目標面データの設定や記憶を行うための目標面管理装置100と,油圧ショベル1に関する各種情報が表示されるモニタ(表示装置)110とが備えられている。
【0020】
操作入力装置33は,オペレータの操作に応じてフロント作業装置2(ブーム20,アーム21,バケット22)の回動動作と旋回体3の旋回動作を指示するための2本の操作レバー33a(図示は1本にまとめている)と,オペレータの操作に応じて走行体4に係る左右の履帯45の走行動作を指示するための2本の走行操作レバー33c(図示は1本にまとめている)と,各操作レバー33a,33cが倒された量(操作量)を検出する複数の操作センサ33b(図示は1つにまとめている)により構成されている。複数の操作センサ33bは,オペレータが4本操作レバー33a,33cを倒す量を検出することで,オペレータが各フロント部材20,21,22,旋回体3及び走行体4に要求する動作速度を電気信号(操作信号)に変換してメインコントローラ34に出力する。なお,操作入力装置33(操作レバー33a,33b)は,操作量に応じた圧力に調整された作動油を操作信号として出力する油圧パイロット方式によるものでもよい。その場合には,操作センサ33bとして圧力センサを利用して,当該圧力センサで検出した信号をメインコントローラ34に出力して操作量を検出する。
【0021】
油圧制御装置35は,メインコントローラ34から出力される動作指令値(指令電流)に応じた圧力の作動油(パイロット圧)を発生させる複数の電磁制御弁35aと,対応する電磁制御弁35aから出力される作動油(パイロット圧)によって駆動され,油圧ショベル1に搭載された複数の油圧アクチュエータに供給される作動油の流量と流通方向をそれぞれ制御する複数の方向切替弁35bとから構成される。コントローラ34から出力される動作指令値は,操作レバー33a,33bに入力されるオペレータ操作を基に生成されるが,後述する領域制限制御が機能している場合には,その条件に従ってオペレータ操作の無い油圧アクチュエータに関する動作指令値も生成され得る。メインコントローラ34から電磁制御弁35aに対して動作指令値を出力すると,それに対応する方向切替弁35bが動作して,当該方向切替弁35bに対応する油圧アクチュエータ(例えば,油圧シリンダ20A,21A,22A)が動作する。油圧アクチュエータには,上記に含まれないアタッチメントや機器を駆動するものも含めてもよい。
【0022】
原動装置36は,エンジン(原動機)36aと,エンジン36aによって駆動される少なくとも1台の油圧ポンプ36bとから構成され,油圧シリンダ20A,21A,22Aと,旋回体3及び走行体4を駆動させる3つの油圧モータとを駆動するために必要な圧油(作動油)を供給する。原動装置36はこの構成に限らず,電動ポンプなどの他の動力源を用いても良い。
【0023】
測距センサ(車体状態検出装置)37は,地上に設定した任意の位置から車両本体5(旋回体3及び走行体4)までの距離(すなわち,当該任意の位置を基準とした車両本体5の位置)を検出するセンサであり,例えば,ミリ波レーダ,LIDAR(Light Detection and Ranging),ステレオカメラ,トータルステーションなどが利用できる。測距センサ37で検出された距離(位置)はメインコントローラ34に出力され,メインコントローラ34は入力された距離(位置)を時間微分することで,地上に設定された重力座標系における車両本体5の移動速度を演算する。車両本体5の移動速度の計測には,上記のように油圧ショベル1の位置データを微分して演算するほかに,IMUセンサ(旋回体)30Sで取得された加速度データを積分する方法や,ドップラー速度計などの速度センサを用いて車両本体5の移動速度を直接的に計測する方法を用いても良い。またこれらを組み合わせて車両本体5の移動速度を演算しても良い。
【0024】
走行体4は,トラックフレーム40と,トラックフレーム40に取り付けられた左右の履帯45を備えている。オペレータは2本の走行操作レバー33cを適宜操作することにより,左右の履帯45を駆動させる左右の走行油圧モータ(油圧アクチュエータ)の回転速度を調整することで油圧ショベル1を走行させることができる。走行体4は,履帯45を備えたものに限定されることなく,走行輪や脚(アウトリガー)を備えたものであってもよい。
【0025】
<システム構成>
図2は本実施形態の油圧ショベル1に搭載された油圧制御システムのシステム構成図である。なお,上記で既に説明した部分については適宜説明を省略することがある。
【0026】
この図に示すように,メインコントローラ34は,目標面管理装置(目標面管理コントローラ)100と,モニタ110と,複数の操作センサ33bと,複数のIMUセンサ30S,20S,21S,22Sと,測距センサ37と,複数の電磁制御弁35aと電気的に接続されており,これらと通信可能に構成されている。
【0027】
目標面管理装置100は,地形(作業対象物)の完成形状を規定する施工目標面(設計面)の設定や,設定された施工目標面の位置データ(施工目標面データ)の記憶に利用される装置(例えば,コントローラ(目標面管理コントローラ))であり,施工目標面データをメインコントローラ34に出力する。施工目標面データは施工目標面の3次元形状を規定するデータであり,本実施形態では施工目標面の位置情報や角度情報が含まれている。本実施形態においては,施工目標面の位置は旋回体3(油圧ショベル1)との相対距離情報(すなわち,旋回体3(油圧ショベル1)に設定された座標系(車体座標系)における施工目標面の位置データ),施工目標面の角度は重力方向に対する相対角度情報として定義されているものとするが,位置を地球上での位置座標(すなわち,重力座標系での位置座標),角度を車体との相対角度などとする場合も含め,適当な変換を行ったデータを利用しても良い。
【0028】
なお,目標面管理装置100は,予め設定した施工目標面データの記憶機能を具備していれば良く,例えば半導体メモリ等の記憶装置にも代替可能である。そのため施工目標面データを例えばメインコントローラ34内の記憶装置や油圧ショベルに搭載された記憶装置に記憶した場合には省略可能である。
【0029】
モニタ110は,油圧ショベル1の姿勢(フロント作業装置2やバケット22の姿勢も含む)や,施工目標面とバケット22との距離や位置関係などの情報をオペレータに提供可能な表示装置である。
【0030】
メインコントローラ34は,油圧ショベル1に関する各種制御を司るコントローラである。本実施形態のメインコントローラ34が実行可能な特徴的な制御は2つある。
【0031】
まず第1に,メインコントローラ34は,オペレータによって操作レバー33aが操作されている間(例えばアーム操作が入力されている間),フロント作業装置2の動作平面上に規定された所定の施工目標面上またはその上方にフロント作業装置2(例えばバケット22の爪先)の位置(作業点)が保持されるようにフロント作業装置2の目標速度ベクトル(例えばバケット爪先に生じる速度ベクトルの目標値)を演算し,その演算した目標速度ベクトルに従ってフロント作業装置2が動作するように複数の油圧シリンダ20A,21A,22Aのうち少なくとも1つの油圧シリンダを制御するため動作指令値を演算及び出力することで領域制限制御を実行できる。すなわちこの領域制限制御において例えば作業点としてバケット22の爪先を選択してオペレータがアームクラウド操作を入力すれば,他のフロント部材を特に操作しなくてもバケット爪先(バケット先端)が施工目標面に沿って移動するように作業装置2が半自動的に制御されるため,オペレータの技量に依らず施工設計面に沿った掘削が可能となる。本稿では,バケット22の爪先に作業点を設定した場合を例に挙げて説明を続ける。
【0032】
第2に,メインコントローラ34は,車体座標系におけるフロント作業装置2の動作速度と重力座標系における車両本体5の移動速度とを演算し,その演算したフロント作業装置2の動作速度と車両本体5の移動速度とに基づいて,領域制限制御(マシンコントロール)の実行中に引き摺りの発生が検出された場合には,領域制限制御(マシンコントロール)のために演算した目標速度ベクトルの方向を施工目標面から上方に向かって離れる方向に補正する処理(引き摺り抑制制御)を実行できる。
【0033】
なお,フロント作業装置2の動作平面とは,各フロント部材20,21,22が動作する平面,すなわち,3つのフロント部材20,21,22の全てに直交する平面であり,そのような平面のうち例えばフロント作業装置2の幅方向の中心(ブーム20の基端側の回動軸となるブームピンにおける軸方向の中心)を通過する平面が選択できる。
【0034】
<操作入力装置>
一般に油圧ショベルでは操作レバー33a,33cが倒された量(傾倒量)が大きくなると,各油圧アクチュエータの動作速度が速くなるように設定されており,オペレータは操作レバー33a,33cを倒す量を変更することにより,各油圧アクチュエータの動作速度を変更して油圧ショベル1を動作させる。
【0035】
操作センサ33bには,ブーム20,アーム21,バケット22(ブームシリンダ20A,アームシリンダ21A,バケットシリンダ22A)に対する操作レバー33aの操作量(傾倒量)を電気的に検出するセンサが含まれており,操作センサ33bの検出信号に基づいて,オペレータが要求するブームシリンダ20A,アームシリンダ21A,バケットシリンダ22Aの動作速度をそれぞれ検出することができる。操作センサとしては,操作レバー33a,33cが倒された量を直接検出するものに限らず,操作レバー33a,33cの操作によって出力される作動油の圧力(操作パイロット圧)を検出する方式であってもよい。
【0036】
<姿勢センサ>
IMUセンサ(旋回体)30S,IMUセンサ(ブーム)20S,IMUセンサ(アーム)21S,IMUセンサ(バケット)22Sは,それぞれ角速度センサと加速度センサを備える。これらのIMUセンサによりそれぞれの設置位置における角速度と加速度データを得ることができる。ブーム20,アーム21,バケット22,ブームシリンダ20A,アームシリンダ21A,バケットシリンダ22A,第1リンク部材22B,第2リンク部材22C,および旋回体3は,それぞれ回動(旋回)できるように取り付けられているので,各部の寸法と機械的なリンク関係とから,ブーム20,アーム21,バケット22,および旋回体3の車体座標系における姿勢や位置を算出することができる。なお,ここで示した姿勢及び位置の検出方法は一例であり,フロント作業装置2の各部の相対角度を直接計測するものや,ブームシリンダ20A,アームシリンダ21A,バケットシリンダ22Aのストロークを検出して油圧ショベル1の各部の姿勢及び位置を算出してもよい。
【0037】
<メインコントローラ>
図3はメインコントローラ34の構成図である。メインコントローラ34は,例えば図示しないCPU(Central Processing Unit)と,CPUによる処理を実行するための各種プログラムを格納するROM(Read Only Memory)やHDD(Hard Disc Drive)などの記憶装置と,CPUがプログラムを実行する際の作業領域となるRAM(Random Access Memory)とを含むハードウェアを用いて構成されている。このように記憶装置に格納されたプログラムを実行することで,フロント姿勢・速度演算部710,傾斜角度演算部720,目標速度ベクトル演算部810,目標動作速度演算部820,動作指令値演算部830,引き摺り速度演算部910,及び引き摺り割合演算部920として機能する。次に各部が行う処理の詳細について説明する。
【0038】
(フロント姿勢・速度演算部710)
フロント姿勢・速度演算部710は,IMUセンサ(ブーム)20S,IMUセンサ(アーム)21S,IMUセンサ(バケット)22Sから得られる加速度信号と角速度信号に基づいて,車体座標系におけるブーム20,アーム21,バケット22(フロント作業装置2)の姿勢と,フロント作業装置2の先端(バケット22の爪先)の車体座標系における動作速度Vf(
図5参照)とをそれぞれ演算する。フロント姿勢・速度演算部710は演算した姿勢及び動作速度を,姿勢データ及び動作速度データとして目標速度ベクトル演算部810と引き摺り割合演算部920に出力する。
【0039】
(傾斜角度演算部720)
傾斜角度演算部720は,IMUセンサ(旋回体)30Sが出力する信号に基づいて所定の面(例えば水平面)に対する旋回体3の傾斜角度を演算し,その演算結果を傾斜角度データとして引き摺り速度演算部910に出力する。
【0040】
(目標速度ベクトル演算部810)
目標速度ベクトル演算部810は,フロント姿勢・速度演算部710から入力される姿勢データと,予め記憶された各フロント部材20,21,22の寸法データと,操作センサ33bから入力される操作量データと,目標面管理装置100から入力される施工目標面データ(施工目標面の位置データ)とに基づいて,フロント作業装置2に設定した任意の点(この点を「作業点」と称することがある。本実施形態ではバケット22の爪先に作業点を設定する)の移動範囲が施工目標面上または施工目標面の上方に保持されるように,作業点(バケット爪先)に発生すべき目標速度ベクトルVt(
図4参照)を演算し,それを目標速度ベクトルデータとして目標速度ベクトル補正部930に出力する。
【0041】
目標速度ベクトル演算部810による目標速度ベクトルVtの演算方法の具体例として,アーム操作量に基づいて目標速度ベクトルVtの施工目標面に沿う方向の成分を定め,バケット爪先(作業点)と施工目標面の距離(目標面距離)に基づいて当該目標速度ベクトルの施工目標面に垂直な方向の成分を定める方法がある。これと異なる方法としては,アーム21が操作量通りに動作しつつ,バケット爪先の施工目標面に垂直な方向の速度がバケット爪先と施工目標面の距離(目標面距離)に基づいた値となるような目標速度ベクトルVtを定める方法がある。
【0042】
ここでは前者の方法の一例について
図4を用いて詳細に説明する。まず,(1)操作量データに含まれるアーム操作量に基づいてアーム動作によってバケット爪先(作業点)に生じる速度ベクトルを演算し,その演算した速度ベクトルにおいて施工目標面に沿う方向の成分を,目標速度ベクトルにおいて施工目標面に沿う方向の速度成分(水平成分Vtx)とする。(2)姿勢データと施工目標面データに基づいてバケット爪先と施工目標面の距離(目標面距離D)を演算し,その目標面距離Dに基づいて,当該目標速度ベクトルにおいて施工目標面に垂直な方向の速度成分(垂直成分Vty)を算出する。ただし,目標面距離Dと垂直成分Vtyの関係は予め定めておく。具体的には,目標面距離Dが零のとき垂直成分Vtyも零で,目標面距離Dが零から増加すると垂直成分Vty(当該成分は施工目標面を基準として下向きの方向を有するものとする)の大きさも単調に増加するような関係を設定しておく。(3)上記(1)および(2)で演算した2つの速度成分Vtx,Vtyを加算して目標速度ベクトルVtとする。この場合,オペレータのアーム21に対する操作量が大きいと目標速度ベクトルVtは大きくなり,目標面距離Dが小さいと目標速度ベクトルVtは施工目標面に対して平行な向き(水平成分)のみとなる。このように目標速度ベクトルVtを演算すると,バケット爪先の移動範囲が施工目標面上または施工目標面の上方に保持される。特にバケット爪先が施工目標面上に位置する場合(目標面距離が零の場合)には垂直成分が零に保持されて水平成分のみとなるので,例えばアーム21を操作するだけでバケット爪先を施工目標面に沿って移動させることができる。
【0043】
なお,目標速度ベクトル補正部930が後述する
図9のように目標速度ベクトル(比例定数K)の補正に目標速度ベクトル演算部810が演算した目標面距離を利用する場合には,目標速度ベクトル演算部810がそのデータ(目標面距離データ)を目標速度ベクトル補正部930に出力するようにしても良い。
【0044】
(引き摺り速度演算部910)
引き摺り速度演算部910は,測距センサ37(車両状態検出装置)から取得したデータ(距離データ)に基づいて,引き摺りが発生した場合に車両本体5(旋回体3および走行体4)がフロント作業装置2に向かって移動する際の重力座標系における車両本体5の移動速度(引き摺り速度)Vuを演算する。なお,旋回体3は走行体4に対して左右方向のみに旋回可能なように取り付けられているため,旋回体3と走行体4の引き摺り速度は一致する。
【0045】
車体状態検出装置として測距センサ37を利用した場合,油圧ショベル1の周辺の特定の地点に対する旋回体3の相対位置(すなわち距離)を定期的に測定し,その測定結果を時間微分することによって車両本体5の移動速度Vuを演算できる。この他に,IMUセンサ(旋回体)30Sの加速度情報を積分して移動速度Vuを演算する方法や,ドップラー速度計などの速度センサを用いて旋回体3の移動速度Vuを直接計測する方法や,複数の測位衛星からの測位信号を旋回体3に設置したアンテナで受信して当該測位信号に基づいて車両本体5(旋回体3)の位置を計測する受信機(例えば全球測位衛星システム受信機)の測位結果を時間微分して移動速度Vuを演算する方法を用いても良い。またこれらを組み合わせてより正確に旋回体3および走行体4の移動速度Vuを推定しても良い。
【0046】
(引き摺り速度の演算方法)
図5-7を用いて引き摺り速度について説明する。
図5に示すようにフロント作業装置2を駆動して掘削を行うと,地面からの掘削反力によって旋回体3がフロント作業装置2の方向に引き摺られることがある。旋回体3がフロント作業装置2の方向に移動する速度成分(旋回体3の前後方向に沿った速度成分)を,測距センサ37の検出値を用いることで引き摺り速度Vuとして演算する。ここで言う引き摺り速度Vuとは,
図7に示すように油圧ショベル1を上方(上面)からみたときに旋回体中心軸Scがフロント作業装置2に向かう速度成分であり,
図6に示すように油圧ショベル1を側方(側面)からみたときに走行体4が載っている地面(平面)と平行に旋回体3がフロント作業装置2に向かう速度成分を示す。
【0047】
ただし,走行体4の駆動によって油圧ショベル1が自走している場合は,引き摺り速度演算部910は,引き摺りが発生しないので引き摺り速度Vuを零とする。走行体4により自走しているか否かは,例えば,走行操作レバー33cに対する操作入力の有無(すなわち操作センサ33bの出力信号)から判定できる。
【0048】
なお,走行体4が載っている地面が水平面に対して傾斜している場合には,引き摺り速度演算部910は,IMUセンサ(旋回体)30Sの出力信号から演算した傾斜角度データを入力し,その傾斜角度を考慮して引き摺り速度Vuを演算する。具体的には,測距センサ37を利用して演算した重力座標系における旋回体3の移動速度から,その移動速度における車体座標系の前後方向(X軸)と平行な速度成分を傾斜角度を利用して演算し,それを引き摺り速度Vuとする。
【0049】
(引き摺り割合演算部920)
引き摺り割合演算部920は,フロント姿勢・速度演算部710から出力される動作速度データと,引き摺り速度演算部910から出力される引き摺り速度データとに基づいて,フロント作業装置2の先端(バケット爪先)の動作速度に対する車両本体5の移動速度(引き摺り速度)の割合を引き摺り割合εとして演算し,演算した引き摺り割合εを引き摺り割合データとして目標速度ベクトル補正部930とモニタ110に出力する。
【0050】
ただし,引き摺り割合εの算出に際し,フロント作業装置2の先端の動作速度と,車両本体5の移動速度(引き摺り速度)とは同じ方向に揃えることが好ましい。詳細は後述するが,本実施形態では
図6及び
図7に示すように旋回体中心軸に直交し旋回体3の前後方向に延びる直線の方向(車体座標系におけるX軸方向)に両速度(フロント作業装置2の先端の動作速度と車両本体5の移動速度)を揃えており,フロント作業装置2の先端の動作速度Vfにおける水平成分Vfxを利用して引き摺り割合εを算出している。
【0051】
(引き摺り割合の演算方法)
図6及び
図7に示すようにフロント作業装置2の先端(バケット爪先)の動作速度Vfに関して,旋回体3の旋回中心軸に向かう速度成分(水平成分)をVfxとすると,引き摺り割合εはVfxとVuを利用して下記の式(1)で示される。
【0052】
【0053】
引き摺り割合εが零のとき(すなわち,引き摺り速度Vuが零のとき)は引き摺りが発生しておらず,バケット22による掘削ができている状況を示す。一方,引き摺り割合εが零でないとき(零より大きいとき)は引き摺りが発生している状況を示す。ただし,引き摺り割合εが1のときは油圧ショベル1が完全に引き摺られ,バケット22による掘削ができていない状況を示す。なお,VfxとVuは
図6及び
図7に示すよう正負が異なり,引き摺り割合εを零以上の値にしたいため,式(1)ではVfxとVuの比にマイナスを付している。
【0054】
(目標速度ベクトル補正部930)
目標速度ベクトル補正部930は,引き摺り割合演算部920から出力される引き摺り割合データと,目標速度ベクトル演算部810から出力される目標速度ベクトルデータとに基づいて,引き摺り割合εに応じて目標速度ベクトルを補正し,補正後の目標速度ベクトルを演算する。目標速度ベクトル補正部930は,目標速度ベクトルの方向を施工目標面から上方へ離れる方向に補正することで補正後の目標速度ベクトルを演算し,演算した補正後の目標速度ベクトルデータを目標動作速度演算部820に出力する。続いて目標速度ベクトルの補正方法の詳細について説明する。
【0055】
(目標速度ベクトルの補正方法)
既述の通り,油圧ショベル1の引き摺りは,走行体4のけん引力より引き摺られる方向の掘削反力が大きくなっていることによって発生する。そこで本実施形態では引き摺りが発生し難くなるように,フロント作業装置2の掘削反力が小さくなるように目標速度ベクトルを補正する。
【0056】
本実施形態では,目標速度ベクトル演算部810で演算した目標速度ベクトルを引き摺り割合εの大きさに応じて回転させることで目標速度ベクトルを補正する。ここで,目標速度ベクトルを[X Z]Tとすると(右上の添え字(上付き文字)のTは転置行列を示す),補正後の目標速度ベクトル[X’ Z’]Tは,下記の式(2)で示される。
【0057】
【0058】
ただし,θは,補正による目標速度ベクトルの回転角度(補正量)を表し,比例定数Kを用いて下記の式(3)によって定義される。
【0059】
【0060】
すなわち,目標速度ベクトル演算部810は引き摺り割合εに基づいて目標速度ベクトルの回転角度(補正量)を演算しており,上記式(3)が規定する引き摺り割合εと目標速度ベクトルの補正量(回転角度θ)との関係は,引き摺り割合εの増加とともに回転角度θが増加する単調増加の関係となっている。なお,この単調増加の関係には,引き摺り割合εが増加しても回転角度θが減少せず所定の値を保持する単調非減少の区間が含まれても良い。
【0061】
比例定数Kは,実験等によって予め定めておいても良いし,油圧ショベル1の作業環境に応じてオペレータが設定できるようにしても良い。
【0062】
(目標速度ベクトルの補正例)
図8を用いて目標速度ベクトルの補正例を説明する。引き摺り割合εが零のときは引き摺りが発生していないので,式(3)より回転角度θは零となり
図8(a)のように目標速度ベクトルを補正しない。
【0063】
引き摺り割合εが零でないときは引き摺りが発生しているので,式(3)と引き摺り割合εから演算される回転角度θに基づいて,
図8(b)のように目標速度ベクトルを補正する。すなわち,バケット爪先を中心にして目標速度ベクトルを施工目標面から上方へ向かって離れる方向にθだけ回転し,その回転後のベクトルを補正後の目標速度ベクトルとする。
【0064】
図8(b)の状態よりも引き摺り割合εがさらに大きいときには
図8(c)のように回転角度θが大きくなり,
図8(b)の場合よりも目標速度ベクトルを大きく補正(回転)する。
【0065】
なお,
図8(b)及び
図8(c)の例ではいずれの場合も,補正後の目標速度ベクトルにおいて施工目標面に垂直なZ軸方向の成分(垂直成分)が上向きになるように回転角度θを加えている。すなわち,補正前の目標速度ベクトルVtの垂直成分は下向きであるが,これが補正により上向きに変更されている。このように目標速度ベクトルVtを補正すると,引き摺りを発生させるような掘削反力を受けることが無くなるので,引き摺りの発生を速やかに解消できる。
【0066】
(比例定数Kの補正)
ところで,バケット22と施工目標面の距離(目標面距離)が比較的近いときや,目標速度ベクトルの大きさが比較的小さいとき(すなわち操作レバー33aの操作量が比較的小さいとき)には,掘削面の形状を施工目標面の形状に近づける仕上げ作業が行われる可能性が高いので,掘削面上の凹凸を小さくして掘削面の表面を滑らかに仕上げる領域制限制御がされることが好ましい。そこで,目標面距離や目標速度ベクトルの大きさに応じて,式(3)における比例定数Kを変化させてもよい。
【0067】
図9は目標面距離や目標速度ベクトルの大きさに応じた比例定数Kの変化の例を示す図である。
図9(a)では,目標速度ベクトル演算部810は,目標面距離に基づいて比例定数K(換言すると目標速度ベクトルの補正量(回転角度θ))を演算しており,
図9(a)の関数が規定する目標面距離と比例定数K(すなわち回転角度θ)との関係は,目標面距離の増加とともに比例定数K(すなわち回転角度θ)が増加する単調増加の関係となっている。なお,この単調増加の関係には,
図9(a)に示すように,目標面距離が増加しても比例定数K(回転角度θ)が減少せず所定の値を保持する単調非減少の区間が含まれても良い。
【0068】
図9(b)では,目標速度ベクトル演算部810は,目標速度ベクトルの大きさ(スカラー)に基づいて比例定数K(換言すると目標速度ベクトルの補正量(回転角度θ))を演算しており,
図9(b)の関数が規定する目標速度ベクトルの大きさと比例定数K(すなわち回転角度θ)との関係は,目標速度ベクトルの大きさの増加とともに比例定数K(すなわち回転角度θ)が増加する単調増加の関係となっている。なお,この単調増加の関係には,
図9(b)に示すように,目標速度ベクトルの大きさが増加しても比例定数K(回転角度θ)が減少せず所定の値を保持する単調非減少の区間が含まれても良い。
【0069】
(目標動作速度演算部820)
目標動作速度演算部820は,寸法データと,姿勢データと,目標速度データとに基づいて,作業点(バケット爪先)の速度である目標速度を,バケット爪先に目標速度を生じさせるのに必要なブームシリンダ20A,アームシリンダ21A,バケットシリンダ22Aの目標動作速度(目標アクチュエータ速度)を運動学的な演算により算出する。目標動作速度演算部820は,算出した目標動作速度を目標動作速度データとして動作指令値演算部830に出力する。なお,ブームシリンダ20A,アームシリンダ21A,バケットシリンダ22Aの目標動作速度は,それぞれ,ブーム速度,アーム速度,バケット速度とも称することがある。
【0070】
(動作指令値演算部830)
動作指令値演算部830は,目標動作速度演算部820で演算されたブームシリンダ20A,アームシリンダ21A,バケットシリンダ22Aの目標動作速度に従って,各電磁制御弁35aの駆動に必要な動作指令値を生成し,生成した動作指令値を対応する電磁制御弁35aに出力することで,対応する方向切替弁(コントロールバルブ)35bを駆動する。
【0071】
<モニタ>
モニタ110は,油圧ショベル1の姿勢(すなわちフロント作業装置2や車両本体5の姿勢),施工目標面とバケット22の距離(目標面距離),現在のマシンコントロールの発動状態(引き摺り抑制制御の実行の有無)などを表示することが可能な表示装置である。
【0072】
(表示画像)
本実施形態におけるモニタ110では,車両本体5の引き摺りの発生が無い場合は
図10(a)のように油圧ショベル1を模した画像と施工目標面が表示される。なお,この画面には目標面距離を数値で表示しても良い。
【0073】
その一方で,領域制限制御を利用して掘削作業を行っている間に,目標速度ベクトルを補正(回転)することで引き摺りの発生を抑制する制御(引き摺り抑制制御)が発動しているときには,
図10(b)のように文字(「引き摺り抑制中」)や図形を用いて,目標速度ベクトルが補正されて領域制限制御とは異なる制御がされていることをモニタ110に表示することができる。この表示を見たオペレータは,フロント作業装置2に対して領域制限制御に優先して引き摺り抑制制御がなされていることを認識でき,フロント作業装置2の動作が自身の認識と異なることに起因して生じる違和感の程度を軽減できる。
【0074】
<メインコントローラの制御手順>
図11は,
図3でメインコントローラ34内に示した各部による演算の流れを説明したメインコントローラ34が実行する処理のフローチャートである。以下では、
図3に示したメインコントローラ34内の各部を主語として各処理(ステップS110-S210)を説明する場合があるが、各処理を実行するハードウェアはメインコントローラ34である。また,各部の処理の詳細な説明は各部の説明箇所に記載されていることがある。
【0075】
ステップS110では,フロント姿勢・速度演算部710は,車体座標系におけるブーム20,アーム21,バケット22の姿勢(フロント姿勢)と,フロント作業装置2の先端(バケット22の爪先)の車体座標系における動作速度Vf(
図5参照)とをそれぞれ演算する。
【0076】
ステップS120では,目標速度ベクトル演算部810は,姿勢データと,寸法データと,操作量データと,施工目標面データとに基づいて,フロント作業装置2に設定した作業点(本実施形態ではバケット22の爪先)の移動範囲が施工目標面上または施工目標面の上方に保持されるように,作業点(バケット爪先)に発生すべき目標速度ベクトルVt(
図4参照)を演算する。
【0077】
ステップS130では,引き摺り速度演算部910は,走行体4を自走させる操作(走行操作)が操作レバー33cに入力されていないかを操作センサ33bからの出力信号に基づいて判定する。ここで走行操作が入力されていないと判定された場合(走行体4の自走が無い場合)には,ステップS140に進む。一方,走行操作がされていると判定された場合には,引き摺り速度Vuを零と算出して,ステップS200に進む。
【0078】
ステップS140では,傾斜角度演算部720は,IMUセンサ(旋回体)30Sの出力信号に基づいて車両本体5(旋回体3及び走行体4)の傾斜角度を演算する。
【0079】
ステップS150では,引き摺り速度演算部910は,測距センサ37から取得したデータ(距離データ)とステップS140で演算した車両本体5の傾斜角度とに基づいて,引き摺り発生時に車両本体5がフロント作業装置2の動作に引き摺られてフロント作業装置2に向かって移動する速度(引き摺り速度)Vuを演算する。
【0080】
ステップS160では,引き摺り割合演算部920は,ステップS110で演算した動作速度Vfと,ステップS150で演算した引き摺り速度Vuとに基づいて,フロント作業装置2の先端(バケット爪先)の動作速度の水平成分(Vfx)に対する車両本体5の移動速度(引き摺り速度)Vuの割合である引き摺り割合εを演算する。
【0081】
ステップS170では,引き摺り割合演算部920は,ステップS160で演算した引き摺り割合εの値から引き摺りが発生しているか否かを判定する。ここで引き摺り割合εが零より大きく,引き摺りが発生していると判定された場合にはステップS180に進む。一方,引き摺り割合εが零で引き摺りが発生していないと判定された場合にはステップS200に進む。
【0082】
ステップS180(引き摺り有りの場合)では,目標速度ベクトル補正部930は,ステップS160で演算した引き摺り割合εと上記の式(3)を用いて,目標速度ベクトルVtの補正量θを演算する。その際,上記で説明したように目標面距離や目標速度ベクトルVtの大きさに応じて,式(3)中の比例定数Kを補正しても良い。
【0083】
ステップS190では,メインコントローラ34は,引き摺り発生抑制制御が実行されることをモニタ110に表示することで,目標速度ベクトルが補正されることをオペレータに報知する。
【0084】
ステップS200では,目標動作速度演算部820は,引き摺りの発生が無いと判定された場合にはステップS120で演算された目標速度ベクトルに,引き摺りの発生があると判定された場合にはステップS180で補正された目標速度ベクトルに従って,フロント作業装置2の各油圧シリンダ20A,21A,22Aを駆動する目標動作速度を演算する。
【0085】
ステップS210では,ステップS200で演算した目標動作速度に従って動作指令値を演算し,その動作指令値を対応する電磁制御弁35aに出力する。これにより目標速度ベクトルに従ってフロント作業装置2が半自動的に動作し,領域制限制御か引き摺り抑制制御が実行される。
【0086】
<効果>
(1)上記のように構成された本実施形態に係る油圧ショベル1では,オペレータのアーム操作に基づく領域制限制御の実行中に引き摺りが発生した場合に,メインコントローラ34が領域制限制御のための目標速度ベクトルVtの方向を施工目標面から上方に向かって離れる方向に補正する(例えば,
図8に示すように,補正後の目標速度ベクトルにおける施工目標面に垂直な速度成分の向きが少なくとも上向きになるまで目標速度ベクトルを回転させる)。これにより掘削反力の大きさが目標速度ベクトルを補正する前に比して低減するため,引き摺りの発生を防止できる。その際,補正後の目標速度ベクトルにおける施工目標面に平行な速度成分の大きさは補正前の同速度成分の大きさから変化する可能性があるものの,施工目標面に平行な速度成分は残存するためアームシリンダ21Aの動作(例えば掘削動作)は継続できる。すなわち本実施形態によれば領域制限制御の発動中にアームシリンダ21Aを停止させることなく車両本体5の引き摺り発生を防止できるため,オペレータの操作性や作業性が低下することを抑制できる。
【0087】
(2)本実施形態では,フロント作業装置2の動作速度に対する車両本体5の移動速度(引き摺り速度)Vuの割合である引き摺り割合εを演算し,その引き摺り割合εの大きさに基づいて目標速度ベクトルの補正量(回転角度θ)を決定している。ここで引き摺り割合εは車体けん引力(滑りやすさ)と掘削負荷との関係を擬似的に表現できる指標であるため,例えば引き摺り速度Vuのみの大きさに基づいて目標速度ベクトルVtの補正量を決定する場合と比較して,車体けん引力の状態に応じた掘削負荷の低減が可能で引き摺りの発生を適切に防止できる。この点について
図12を用いて説明を補足する。
【0088】
図12は,フロント作業装置2の動作速度の水平成分Vfxと引き摺り速度Vuがそれぞれ速いときと遅いときの合計3パターンの場合(状態1-3)における引き摺り割合εの大きさと,各場合に必要な補正量(回転角度θ)の大きさを模式的に示した図である。
【0089】
まず,バケット22の掘削負荷が大きいときまたは車両本体5が滑りやすいとき(状態2,3)には,掘削負荷を大きく減らさないと引き摺りが解消しないため,目標速度ベクトルVtを上向きに大きく補正する必要がある。本実施形態では,これらの場合に演算される引き摺り割合εは大きくなり,それに伴って補正量θも大きく演算される。すなわち各状態が要求する補正量に合致するので,引き摺りの発生を適切に解消できる。
【0090】
一方,バケット22の掘削負荷が中くらいのときまたは車両本体5がやや滑りにくいとき(状態1)には,目標速度ベクトルVtを上向きに少し補正するだけで掘削負荷が十分に減るので引き摺りが解消する。本実施形態では,この場合に演算される引き摺り割合εは小さくなり,それに伴って補正量θも小さく演算される。すなわちこの状態が要求する補正量に合致するので,引き摺りの発生を適切に解消できる。
【0091】
なお,引き摺り割合εではなく,引き摺り速度Vuの大きさに比例して補正量θを決定した場合には,本来大きな補正量θが必要な状態3で,小さい補正量θが演算されてしまうため,適切な補正ができず引き摺りが速やかに解消しないおそれがある。
【0092】
<その他>
上記の実施形態では目標速度ベクトルVtを引き摺り割合εの大きさに応じた回転角度θだけ回転することで補正したが,目標速度ベクトルVtの補正の方法はこれだけに限られず,掘削反力を低減する補正であれば他の方法でも構わない。例えば,目標速度ベクトルVtの方向に応じて回転角度θの大きさ(すなわち補正後の目標速度ベクトルの方向)を変更させても良い。また,引き摺り割合εの大きさに応じて補正後の目標速度ベクトルVtの方向(角度)を決めておき,その方向に達するまでに必要な回転角度を目標速度ベクトルVtに加えることで補正しても良い。さらに,目標速度ベクトルの垂直成分(施工目標面に垂直な成分)に着目し,当該垂直成分(通常の方向は下向き)に上向きのベクトルを加えることで目標速度ベクトルを補正しても良い。
【0093】
上記の実施形態では,傾斜角度演算部720で車両本体5の傾斜角度を演算して引き摺り速度Vuを補正する場合について説明したが,車両本体5が所定の傾斜角の平面を移動すると仮定できる場合には当該所定の傾斜角を利用して引き摺り速度Vuを演算することができるため,傾斜角度演算部720による傾斜角の演算は省略可能である。すなわち,傾斜角度演算部720の省略や,
図11のステップS140の演算の省略が可能である。
【0094】
図11のステップS130の走行操作の有無の判定は,ステップS120やステップS110の前に行っても良い。
【0095】
上記の実施形態では,引き摺り割合εの演算にバケット爪先の実際の動作速度を利用したが,バケット爪先の目標動作速度を利用しても良い。バケット爪先の目標動作速度は,目標速度ベクトル演算部810で演算される目標速度ベクトルか,目標速度ベクトル補正部930で演算される補正後の目標速度ベクトルから演算できる。
【0096】
なお,本発明は,上記の実施の形態に限定されるものではなく,その要旨を逸脱しない範囲内の様々な変形例が含まれる。例えば,本発明は,上記の実施の形態で説明した全ての構成を備えるものに限定されず,その構成の一部を削除したものも含まれる。また,ある実施の形態に係る構成の一部を,他の実施の形態に係る構成に追加又は置換することが可能である。
【0097】
また,上記のコントローラ34に係る各構成や当該各構成の機能及び実行処理等は,それらの一部又は全部をハードウェア(例えば各機能を実行するロジックを集積回路で設計する等)で実現しても良い。また,上記のコントローラ34に係る構成は,演算処理装置(例えばCPU)によって読み出し・実行されることで当該コントローラ34の構成に係る各機能が実現されるプログラム(ソフトウェア)としてもよい。当該プログラムに係る情報は,例えば,半導体メモリ(フラッシュメモリ,SSD等),磁気記憶装置(ハードディスクドライブ等)及び記録媒体(磁気ディスク,光ディスク等)等に記憶することができる。
【0098】
また,上記の各実施の形態の説明では,制御線や情報線は,当該実施の形態の説明に必要であると解されるものを示したが,必ずしも製品に係る全ての制御線や情報線を示しているとは限らない。実際には殆ど全ての構成が相互に接続されていると考えて良い。
【符号の説明】
【0099】
1…油圧ショベル(作業機械),2…フロント作業装置,3…旋回体,4…走行体,5…車両本体,20…ブーム,20A…ブームシリンダ,20S…IMUセンサ(ブーム),21…アーム,21A…アームシリンダ,21S…IMUセンサ(アーム),22…バケット,22A…バケットシリンダ,22B…第1リンク部材,22C…第2リンク部材,22S…IMUセンサ(バケット),30S…IMUセンサ(旋回体),31…メインフレーム,32…運転室,33…操作入力装置,33a…操作レバー,33b…操作センサ,33c…走行操作レバー,34…メインコントローラ,35…油圧制御装置,35a…電磁制御弁,35b…方向切替弁(コントロールバルブ),36a…エンジン(原動機),36b…油圧ポンプ,37…測距センサ,40…トラックフレーム,45…履帯,100…目標面管理装置(目標面管理コントローラ),110…モニタ(表示装置),710…フロント姿勢・速度演算部,720…傾斜角度演算部,810…目標速度ベクトル演算部,820…目標動作速度演算部,830…動作指令値演算部,910…速度演算部,920…割合演算部,930…目標速度ベクトル補正部