(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-30
(45)【発行日】2022-10-11
(54)【発明の名称】コーヒー飲料の香味改善方法
(51)【国際特許分類】
A23F 5/24 20060101AFI20221003BHJP
A23L 27/00 20160101ALI20221003BHJP
【FI】
A23F5/24
A23L27/00 Z
(21)【出願番号】P 2019232971
(22)【出願日】2019-12-24
【審査請求日】2021-12-24
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】303044712
【氏名又は名称】三井農林株式会社
(72)【発明者】
【氏名】大藪 伸也
(72)【発明者】
【氏名】北條 寛
【審査官】飯室 里美
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/050240(WO,A1)
【文献】特表2009-501545(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2019/0069572(US,A1)
【文献】Phytochemistry,2002年,Vol.60,p.409-414
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23F
A23L
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/FSTA/AGRICOLA(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
焙煎コーヒー豆を抽出して得られるコーヒー抽出液にβ-グリコシダーゼ活性を有する酵素を作用させる工程を含
み、コーヒー飲料に対し、内部標準としてシクロヘプタノールを500ppb添加した際のSPME-GC/MS分析法における2-ヘプタノールのピークエリア値(内部標準とのピークエリア比)がコーヒー固形分1.0gあたりに換算して0.25以上とすることを特徴とする、香味の改善されたコーヒー飲料の製造方法。
【請求項2】
β-グリコシダーゼ活性を有する酵素がβ-グルコシダーゼ活性を有する酵素であることを特徴とする、請求項1に記載のコーヒー飲料の製造方法。
【請求項3】
β-グリコシダーゼ活性を有する酵素が、β-グルコシダーゼ、β-プリメベロシダーゼ、およびナリンギナーゼからなる群から選ばれた1または2以上の酵素であることを特徴とする、請求項1または2に記載のコーヒー飲料の製造方法。
【請求項4】
焙煎コーヒー豆を抽出して得られるコーヒー抽出液にβ-グリコシダーゼ活性を有する酵素を作用させる工程を含
み、コーヒー飲料に対し、内部標準としてシクロヘプタノールを500ppb添加した際のSPME-GC/MS分析法における2-ヘプタノールのピークエリア値(内部標準とのピークエリア比)がコーヒー固形分1.0gあたりに換算して0.25以上とすることを特徴とする、香味の改善されたコーヒー飲料の香味改善方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、香味の改善されたコーヒー飲料、及びその製造方法、ならびにコーヒー抽出液に対して酵素処理を施すことによって特有の香りを増強する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
コーヒーは手軽に飲める嗜好品として広く親しまれている。コーヒーの飲用においては、コーヒーの生豆を焙煎・粉砕してから抽出して得られる一般的なコーヒーやコーヒー抽出液を乾燥させて粉末状に加工したインスタントコーヒー、殺菌により保存性が高められた容器詰めコーヒー飲料など多くの形態があり、ユーザーの生活や趣向に合わせた楽しみ方で飲用されている。近年、乳製品や果実などを加えるアレンジメニューを提供するカフェスタイルや店頭で気軽にコーヒー抽出する店舗も増えてきているほか、ユーザー自身が生豆から焙煎するなど、コーヒーの多様な楽しみ方はさらに広がりを見せている。特に最近では、コーヒー豆それぞれが持つ特徴に注目するユーザーが増えている。
【0003】
また、世界的にコーヒー生産地それぞれの特性を活かした独自性を追求するコーヒー豆生産者が増えてきたこと、抽出直後の淹れたてのコーヒーを飲用できる環境が整ってきたことなどにより、ユーザーが要求するコーヒーの嗜好性はより一層高まっている。その中でも、抽出直後の淹れたてのコーヒーはコーヒー本来の香味、とりわけ香りの違いを感じることができるため、香りに対するユーザーの要求度は次第に強くなってきている。このような背景から、缶やPETボトル入りのコーヒー飲料(いわゆるRTDコーヒー)に対しても、香りの改善技術が強く望まれている。
【0004】
RTDコーヒーでは一般的に香料製剤を用いて賦香することが行われているが、より本格的で自然な香りを求めるユーザーの要求により、香味の改善されたコーヒー飲料や原料エキスの製造技術に関して、いくつかのアプローチが試みられている。例えば、超臨界抽出で得たコーヒーオイルをプロピレングリコールまたはその水溶液と接触させ、これをコーヒー飲料に添加することで加温条件下での長期保存における劣化臭を抑制し、ロースト感に寄与する香気成分を補うコーヒー飲料の製造方法(特許文献1)、焙煎コーヒー豆を水蒸気蒸留させた留分と、水蒸気蒸留後の焙煎コーヒー豆抽出液の多孔質吸着体処理物とを混合させることにより、コクと香り、キレの良いコーヒー抽出液の製造方法(特許文献2)、焙煎コーヒー豆を低温から高温まで段階的に抽出することで、味や香りに優れ、特に総香気量が増大されたコーヒー飲料の製造方法(特許文献3)、等が開示されている。
【0005】
前記した抽出技術をベースとした香味改善方法の他に、抽出液に対する酵素的手段を用いた香味改善技術も提案されている。例えば、コーヒー抽出液をpH5.5乃至7.5に調整後、プロテアーゼを添加し、適切な温度条件にて処理することによりコーヒー飲料の口当たりを改善する方法(特許文献4)、コーヒーオイルをリパーゼで分解することにより、エスプレッソ様の風味を得る方法(特許文献5)、加水分解酵素であるタンナーゼでコーヒー抽出液を酵素処理をした後に吸着剤で処理し、これを凍結濃縮することで苦渋味を抑制する方法(特許文献6)、コーヒー抽出物にヒドロキシシナミック酸エステル加水分解酵素を作用させ、クロロゲン酸を低減することによって苦みや収斂性を伴う酸味を軽減する方法(特許文献7)、コーヒー抽出液に対してカタラーゼとポリフェノールオキシダーゼを作用させることで、コーヒー飲料の品質劣化を抑制しつつコーヒーのコク味を向上させる方法(特許文献8)、等が開示されている。
【0006】
上記のとおり、コーヒー飲料の香味を改善する技術としてはいくつかの提案がなされている。しかしながら、抽出工程での改良技術ではコーヒー豆に含まれる香気成分量以上の増強は望めない。他方、酵素的手法による改良技術では苦味や渋みといった呈味における改善や抽出固形分の収率増加例はあるものの、コーヒー本来の香りを増強する手段としてはほとんど利用されていない。すなわち、従来技術においてはコーヒー飲料とその製造における個々の課題を解決する手段についてはいくつかの提案がなされているが、これらはコーヒー豆が持っている本来の特徴を失ってしまい、コーヒー豆本来の価値を高めることができてないのが現状である。
【0007】
コーヒーの香りは生豆を焙煎したことで生成される焙煎臭が中核をなしているが、これに加えてコーヒーの栽培環境や品種などに由来する生産地独自の香味特徴がある。そして、これらによってコーヒー豆が本来有する特有の華やかな香りがキャラクターを形成しているが、これらの特徴を増強する有効な手段はこれまでに提案されていない。RTDコーヒー飲料では香料の添加によって香りのキャラクターを任意に形成することができるが、この方法ではコーヒー豆本来の味わいが失われてしまい、香料入りのコーヒー飲料が敬遠されることもある。よって、コーヒー本来の香味特徴を失わずに華やかな香りを増強する技術が依然として求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2010-17126号公報
【文献】特開2016-192971号公報
【文献】特開2018-33366号公報
【文献】特開平7-227211号公報
【文献】特開2007-61046号公報
【文献】特開2003-310162号公報
【文献】特開昭60-203144号公報
【文献】特開2017-195831号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の課題は、コーヒー本来の香味特徴を失わずに明るく華やかな香りが増強されたコーヒー飲料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた過程で、酵素的手段によりコーヒー抽出液の香りを改善する方法について探索したところ、β-グリコシダーゼ活性を有する酵素を作用させた場合に、酵素反応前には存在していない明るく華やかな香りが生じていることを発見した。さらに、酵素処理後の反応液の香気成分について分析した結果、いくつかの香気成分が処理前の状態に比較して増加していることを認め、中でも2-ヘプタノール(2-heptanol)が顕著に増大していること、また、この香り成分が明るく華やかな香りの発生に寄与していることを突き止め、本発明の完成に至った。配糖体の構造を有する香気前駆体を酵素処理による加水分解によって香気成分を遊離させる技術は、茶飲料や茶エキスなどの製造に利用できることが知られていた。しかしながら、コーヒー飲料の香味改善にβ-グリコシダーゼ活性を有する酵素による処理が香味の改善に有効であることはこれまでに知られておらず、そればかりか、β-グリコシダーゼ活性を有する酵素に対して基質となる成分(配糖体構造の香気前駆体)がコーヒー抽出液中に存在していることはこれまでに知られていない新規な知見である。
【0011】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1] コーヒー抽出液にβ-グリコシダーゼ活性を有する酵素を作用させる工程を含むことを特徴とする、香味の改善されたコーヒー飲料の製造方法。
[2] β-グリコシダーゼ活性を有する酵素がβ-グルコシダーゼ活性を有する酵素であることを特徴とする、[1]に記載のコーヒー飲料の製造方法。
[3] β-グリコシダーゼ活性を有する酵素が、β-グルコシダーゼ、β-プリメベロシダーゼ、およびナリンギナーゼからなる群から選ばれた1または2以上の酵素であることを特徴とする、[1]または[2]に記載のコーヒー飲料の製造方法。
[4] コーヒー抽出液にβ-グリコシダーゼ活性を有する酵素を作用させる工程を含むことを特徴とする、コーヒー飲料の香味改善方法。
[5] コーヒー飲料に対し、内部標準としてシクロヘプタノールを500ppb添加した際のSPME-GC/MS分析法における2-ヘプタノールのピークエリア値(内部標準とのピークエリア比)がコーヒー固形分1.0gあたりに換算して0.25以上であるコーヒー飲料。
[6] 2-ヘプタノールを有効成分とするコーヒー飲料の香味改善剤。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、コーヒー抽出液に対して酵素処理を施すことによって、コーヒー本来の香味特徴を失わずに、明るく華やかな香りが増強されたコーヒー飲料を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明は、原料コーヒー豆からコーヒーエキス分を抽出してコーヒー抽出液を回収し、得られた抽出液に対してβ-グリコシダーゼ活性を有する酵素を作用させる酵素処理工程を経ることによって2-ヘプタノールなどの香気成分が増加し、明るく華やかな香味を有するコーヒー飲料が調製できるという技術思想に基づく。
【0014】
本発明における「コーヒー飲料」とは、コーヒー豆から抽出または溶出したコーヒー分を含み、加熱殺菌工程を経て製造される飲料であって、商業的に飲用形態で提供される製品を意味する。コーヒー飲料製品の種類は特に限定されず、例えば、1977年に認定された「コーヒー飲料等の表示に関する公正競争規約」の定義である「コーヒー」、「コーヒー飲料」、「コーヒー入り清涼飲料」が主に挙げられる。また、コーヒー分を原料とした飲料であっても、乳固形分が3.0質量%以上のものも、本発明におけるコーヒー飲料に含まれるものとする。また、コーヒー飲料中のコーヒー分の含量は特に制限されない。例えば、生豆換算で2.5~15質量%が挙げられる。
【0015】
本発明における「コーヒー抽出液」とは、コーヒー豆から水または含水有機溶媒を用いて抽出されたコーヒー分を含む液体を意味する。本発明ではコーヒー抽出液に含まれるコーヒー豆由来のコーヒー分をコーヒー固形分とし、コーヒー固形分は示差屈折計でBrix値として測定されるものである。本発明ではコーヒー抽出液を酵素処理することにより香味を改善することを特徴とする。コーヒー飲料はコーヒー抽出液をベースとして、コーヒー固形分濃度の調整や必要に応じて副原料を配合して「調合液」を調整し、必要に応じて殺菌してから容器に充填、または容器に充填した状態で殺菌し、「容器詰コーヒー飲料」となる。したがって、コーヒー飲料などの製造に向けたコーヒー抽出液やその濃縮液も本発明のコーヒー飲料の範囲に含まれる。
【0016】
本発明のコーヒー抽出液の製造原料として使用するコーヒー豆の産地は、特に限定されない。コーヒー豆の産地としては例えば、ブラジル、コロンビア、インド、ペルー、メキシコ、グアテマラ、コスタリカ、ケニア、イエメン、エチオピア、インドネシア、ジャマイカ、ハワイ等が挙げられる。豆の品種としては、アラビカ種、ロブスタ種、リベリカ種やこれらの派生品種が挙げられる。コーヒー豆は1種でもよいし、複数種をブレンドして用いてもよい。焙煎は通常の方法で行えばよく、焙煎の程度は所望する呈味により適宜調整すればよい。具体的には、焙煎を深くすると焙煎香と苦味が強くなり、焙煎が浅いと明るい香りと酸味が強くなる。焙煎コーヒー豆の焙煎度としては、ライト、シナモン、ミディアム、ハイ、シティ、フルシティ、フレンチ、イタリアン等の焙煎品があり、いずれも本発明に利用することができるが、本発明では酵素処理によって明るく華やかな香りを賦与することができるため、浅煎りではより特徴が際立ち、深煎りではより複雑さを増すことができる。焙煎度を色差計で測定したL値としては、10から30が好ましく、さらに好ましくは15から25である。なお、焙煎度の違うコーヒー豆をブレンドして香味調整しても良い。
【0017】
焙煎したコーヒー豆を抽出原料として用いる際には抽出効率の点で粉砕加工を施すのが好ましい。その粉砕方法や粉砕粒度は常法に従い、一般的に工業用原料として流通しているものを利用できる。粒度としては例えば、1.7mm(10mesh)以上が4~60%、好ましくは5~50%、より好ましくは5~15%が適しており、抽出方法や抽出設備、所望する香味設計により適宜設定すればよい。
【0018】
本発明におけるコーヒーの抽出に使用する水は、飲用に適する品質であれば特に制限されず、水道水、蒸留水、イオン交換水、殺菌水などいずれを用いてもよいが、品質の安定化の点でイオン交換水を用いるのが好ましい。抽出時の抽出水の温度と時間はコーヒー豆の状態や目的に応じて調整することが好ましく、一般的に抽出時間は低温では長く、高温では短い時間で抽出を行う。低温で抽出する場合には酸味が強調され、高温で抽出する場合には苦渋味が強調されたバランスとなる。
【0019】
本発明において、原料コーヒー豆からの抽出方法としては、バッチ式抽出方法、ドリップ式抽出方法、カラム式抽出方法など、各種の抽出方法を用いることができる。バッチ式抽出方法としては、抽出用のタンクにコーヒー豆と抽出水を投入して浸漬状態とし、必要に応じて適宜攪拌しながら一定の温度と時間を保持して抽出し、その後、フィルターを介してコーヒー豆残渣を分離してコーヒー抽出液を回収する。抽出時の条件としては、コーヒー豆と、コーヒー豆に対して重量比で5~15倍量の熱水を抽出タンクに仕込み、3~30分程度保持する抽出条件を例示できる。ドリップ式抽出方法としては、下部に排出口を備えた抽出器にコーヒー豆を充填し、上部から抽出水をシャワーする。シャワーされた抽出水はコーヒー豆と接触しながら流下し、半浸漬状態を維持しながら、下部の排出口からコーヒー抽出液を回収する。抽出時の条件としては、コーヒー豆に対して重量比で5~15倍量の熱水をシャワーする抽出条件を例示できる。カラム式抽出方法としては、少なくとも排出側にフィルターを備えた抽出用カラムにコーヒー豆を充填し、注水口から抽出水を通液し、浸漬状態となった時点から排出口からコーヒー抽出液を回収する。回収にあたっては注入速度と回収速度を合わせ、浸漬状態を維持する。通液の方向は上部から下部、下部から上部へのいずれの方向でもよい。抽出時の条件としては、コーヒー豆に対して重量比で5~15倍量の熱水をSV=3~5程度で通液する抽出条件を例示できる。本発明ではこれら公知の方法でコーヒー抽出液を回収すればよい。
【0020】
本発明のコーヒー飲料の製造方法は、コーヒー豆を抽出して得られるコーヒー抽出液に対して、β-グリコシダーゼ活性を有する酵素によって処理することを特徴とする。β-グリコシダーゼは配糖体あるいはオリゴ糖のβ-グリコシド結合を分解する酵素の総称であり、β-グルコシダーゼ、β-ガラクトシダーゼ、β-プリメベロシダーゼ、β-キシロシダーゼ等が例示できる。この中でも特にグルコースとのβ-グリコシド結合を加水分解する酵素であるβ-グルコシダーゼが好適に使用できる。これらの市販品としては例えば、β-グルコシダーゼ活性を有する「スミチームBGA」(新日本化学工業)、β-プリメベロシダーゼ活性およびβ-グルコシダーゼ活性を有する「アロマーゼ」(天野エンザイム)、ナリンギナーゼ活性およびβ-グルコシダーゼ活性を有する「ナリンギナーゼ アマノ」(天野エンザイム)などを例示できる。なお、本発明で用いる酵素はこれらに限定されるものではなく、実質的に配糖体あるいはオリゴ糖のβ-グリコシド結合、とりわけβ-グルコシド結合を分解できるものであれば、粗酵素や、粗酵素を含有する組成物等を使用しても良い。酵素の活性はβ-グルコシダーゼの場合、PNPG(p-nitrophenyl-β-D-glucopyranoside)を基質とする比色分析方法で測定することができ、市販の測定キット(例えば、フナコシ社「β-Glucosidase Assay Kit」)を用いることもできる。
【0021】
酵素処理におけるコーヒー抽出液への酵素の添加量は、酵素の種類や力価、抽出液の濃度や量等に応じて適宜設定することができるが、代表的な例として提示すれば、コーヒー抽出液中のコーヒー固形分1gあたり0.0001U以上が好ましく、0.001U以上がより好ましく、0.01U以上がさらに好ましく、0.1U以上が最も好ましい。一方、コストや酵素製剤自体に由来する香味への悪影響の点においては10U以下が好ましく、5U以下がより好ましく2U以下が最も好ましい。また、酵素反応の温度と時間の条件も酵素の種類や力価、抽出液の濃度や量等に依存するが、10~80℃で0.1~16時間、好ましくは20~70℃で0.2~8時間、より好ましくは25~50℃で0.5から4時間に設定するのが作業上好ましい。
【0022】
本発明において酵素処理するタイミングは抽出と同時であっても抽出後であっても構わない。抽出と同時に酵素反応を行う場合にはトップの香り立ちが引き立ち、抽出後の抽出液に対して酵素処理を行う場合にはボディ感がある香り立ちが引き立つようになる。なお、抽出と同時に酵素処理を行う場合には、添加する酵素が失活しないことに留意して処理条件を設定する必要がある。具体的には、酵素の種類や力価、抽出液の濃度や量等にも依存するが、上記した通り10~70℃で0.1~16時間、好ましくは20~60℃で0.2~8時間、より好ましくは25~55℃で0.5から4時間に設定するのが作業上好ましい。
【0023】
酵素処理された抽出液は、そのまま、あるいは所望の濃度に適宜調整し、調合液とする。この際に乳成分、甘味料、pH調製剤その他の添加物等を混合してもよい。その他、必要により苦味抑制剤、酸化防止剤、香料、各種エステル類、有機酸類、有機酸塩類、無機酸類、無機酸塩類、無機塩類、色素類、乳化剤、保存料、調味料、酸味料、品質安定剤などの添加剤を1種又は2種以上配合してもよい。本発明のコーヒー飲料のpH(20℃)としては、保存性、香味バランスの観点から、好ましくはpH5.0~8.0の範囲内、より好ましくはpH5.5~6.5の範囲内が挙げられる。pH調整には、通常使用されるナトリウム塩やカリウム塩を添加することによって調整することができる。
【0024】
上記のようにして得られた調合液は殺菌処理と容器充填を経て、容器詰コーヒー飲料とする。殺菌処理方法としては、レトルト殺菌法、高温短時間殺菌法(HTST法)、超高温殺菌法(UHT法)などを用いることができる。殺菌条件は、適用されるべき法規(日本にあっては食品衛生法)に定められた殺菌条件を満たす範囲で、使用する容器等によって適した手段を採用すればよい。例えば、金属缶に充填する場合にはコーヒー調合液を充填後に容器ごとレトルト殺菌、またPETボトルや紙容器のようにレトルト殺菌できないものについては、あらかじめ上記と同等の殺菌条件、例えばプレート式熱交換器などで130~138℃、10~20秒高温短時間殺菌後、一定の温度、例えば85℃程度まで冷却し、衛生的に容器に充填する等の手段を例示できる。
【0025】
本発明のコーヒー飲料に利用できる容器は、缶(アルミニウム、スチール)、紙、レトルトパウチ、瓶(ガラス)等が例示できる。これらは直接飲用するものでもよく、一度別の容器に移して飲用するものであってもよい。例えば、1L以上の紙容器やバックインボックスなどの容器に充填されたものであって、氷などが入った容器に注いで飲用に提供する用途ものが挙げられる。
【0026】
本発明のコーヒー飲料は、必要に応じて公知の方法により濃縮液や乾燥させた固形状や粉末状等にしても良い。濃縮には減圧濃縮、逆浸透膜濃縮、凍結濃縮等の手段を採用すれば良いが、香味面を考慮すると熱負荷の小さい逆浸透膜濃縮や凍結濃縮が好ましい。濃縮の程度は特に制限されないが、飲料へ配合する際の作業性を考慮するとコーヒー抽出液のBrixは1~30%が好ましい。殺菌する場合には、高温長時間の加熱では香味のバランスが崩れるため、高温短時間の加熱(例えば85℃~135℃で10秒~30分程度)が適当である。さらに加熱後の濃縮液は冷蔵または冷凍保存することにより香味の劣化を防ぐことができる。乾燥させる場合には噴霧乾燥法や凍結乾燥法等、一般的に用いられている方法を採用すれば良い。
【0027】
本発明のコーヒー抽出液は前記酵素処理反応により2-ヘプタノールの含量が増加する。2-ヘプタノールはヘプタノールの異性体の一つで、2位炭素にヒドロキシル基が置換した第二級アルコールである。2-ヘプタノ―ルの香りは単独ではココナツ様の甘い香りを伴うグリーンな香りを有することが特徴である。本発明では、β-グリコシダーゼ活性を有する酵素を作用させることでコーヒー抽出液中に2-ヘプタノールが増加し、花や果物を彷彿させる明るく華やかな香りが与えられる。一般的に、コーヒー豆が本来有する華やかな香りはコーヒー豆の焙煎によって低減されてしまうが、本発明では焙煎したコーヒー豆であっても抽出操作後に酵素反応させることによって華やかな香りが得られることにも特徴がある。本発明のコーヒー抽出液の製造方法では前記の2-ヘプタノール以外にも、2-フェニルエチルアルコールや1-オクテン-3-オールも増加し、これらもコーヒー抽出液の香味改善に寄与する香気成分である。本発明のコーヒー飲料香味改善方法はβ-グリコシダーゼ活性を有する酵素により、種々の香気成分が生成する現象に基づくものであり、前記以外の香気成分が増加する場合も本発明の技術思想に含まれる。
【0028】
2-ヘプタノールはコーヒーに対して香味を改善する効果があるため、これを利用してコーヒーの香味改善剤として利用することができる。2-ヘプタノールを有効成分とする香味改善剤は、コーヒー抽出液をβ-グリコシダーゼ活性を有する酵素で処理して得ることができるほか、化学合成によって得られる2-ヘプタノールを従来公知の飲料用香料やフレーバーの調整方法で調製して得ることもできる。コーヒー飲料に適用するに際しては、添加量は特に限定されるものではなく、所望する香味の改善に有効な量を添加すれば良い。
【0029】
本発明では、香気成分の分析法として固相マイクロ抽出-ガスクロマトグラフ-質量分析法(SPME-GC/MS法)による手段を用いる。本方法では、サンプル溶液からの香気成分の抽出法としてSPME法(Solid phase Micro Extraction、固相マイクロ抽出法)を用いる。SPME法は吸着剤がコーティングされたニードルにサンプル容器内ヘッドスペースガス中の揮発成分を吸着させたのち、ガスクロマトグラフの注入口で直接熱脱着させるもので、溶液から揮発する香気成分を簡便でかつ再現性高く分析することができる。また、本発明においては、内部標準物質としてシクロヘプタノールをサンプル溶液に一定濃度加える。一般的にクロマトグラフ法による成分分析では、得られたクロマトグラフ上のピーク面積は各成分の量に比例する。本発明においては内部標準物質(シクロヘプタノール500ppb)のピークエリアに対し、分析対象の香気成分である2-ヘプタノールのピークエリアの相対比(内部標準とのピークエリア比)をピークエリア値とする。本発明におけるSPME-GC/MS法の詳細な分析条件は本明細書の実施例の項に記載する。
【0030】
本発明のコーヒー飲料は、コーヒー飲料に対し、内部標準としてシクロヘプタノールを500ppb添加した際のSPME-GC/MS法における2-ヘプタノールのピークエリア値がコーヒー固形分1.0gあたりに換算して0.25以上である。コーヒー固形分1.0gあたりの2-ヘプタノールのピークエリア値は、好ましくは0.30以上、より好ましくは0.35以上である。この値が0.25以上であると、華やかな香りが賦与される本発明の効果が得られ、一方、0.25未満であると、官能的な香味改善効果があまり期待できない。
【実施例】
【0031】
以下に本発明を実施例によってさらに具体的に説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。
【0032】
《SPME-GC/MSによる香気成分分析及び定量方法》
適宜希釈したサンプル溶液10 ml及び塩化ナトリウム3.0 gを20 ml のSPME用バイアルに充填し、内部標準物質としてシクロヘプタノール(東京化成工業製)を終濃度500 ppbとなるように添加したものを分析試料とした。香気成分は固相マイクロ抽出法(Solid phase Micro Extraction:SPME)により回収し、ガスクロマトグラフ質量分析(GC/MS分析)に供した。GC/MS分析条件は以下の通りである。内部標準物質に対する各香気成分のピークエリアの比率(内部標準とのピークエリア比)をピークエリア値とし、得られたピークエリア値をサンプル溶液中のコーヒー固形分1.0gあたりに換算してサンプル間の比較検討に用いた。
【0033】
<SPME-GC/MS条件>
・GC:TRACE GC ULTRA(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)
・MS:TSQ QUANTUM XLS(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)
・SPMEファイバー:50/30μm Divinylbenzene/Carboxen/Polydimethylsiloxane Stableflex (シグマアルドリッチ社)
・抽出:60 ℃、30 分
・カラム:SUPELCO WAX10 0.25mmI.D.×60m×0.25μm(シグマアルドリッチ社)
・オーブンプログラム:40 ℃で2分間保持した後、160 ℃まで3 ℃/分で昇温し、その後280 ℃まで10 ℃/分で昇温
・キャリアーガス:ヘリウム(100 kPa、一定圧力)
・インジェクター温度:スプリットレス、240 ℃
・イオン源温度:200 ℃
・イオン化:電子イオン化
・イオン化電圧:70eV
・測定モード:スキャン
・モニタリングイオン:2-ヘプタノール(2-heptanol);m/z=45
【0034】
<試験例1>
エチオピア産アラビカ種の焙煎コーヒー豆粉砕品200g(L値17)を35℃に加温した10倍量の抽出水2000gに浸漬し、30分間温度保持して抽出し、生産ろ紙No.26(アドバンテック東洋製)でろ過し、Brix2.21の抽出液1720g(固形回収率19%)を回収した。得られた抽出液を取り分け、それぞれに対し、表1中に示した各種酵素製剤を0.05%となるように添加し、35℃に温度保持しながら30分間酵素反応させた。コントロールは酵素を添加せずに35℃で30分間保持した。これら反応液に炭酸水素ナトリウムを400 ppmとなるように添加し、200ml容のスチール缶(東洋製罐製)に80℃でホットパック充填し、ヘッドスペースを窒素ガスで置換してから蓋を巻き締めた。次いで、オートクレーブにて110℃まで加熱して殺菌した後、これを速やかに水道水で冷却し、試験例1のコーヒー飲料を調製した。これらについて、専門パネラー5名で官能評価するとともに、SPME-GC/MS法により香気成分分析を行った。
【0035】
官能評価における評価は、香味や異臭についての識別やそれらの濃度識別についてトレーニングされた専門パネラー5名で実施した。評価は、コーヒーが本来有する香味バランスを崩さず、好ましい香りが強いかどうかという点に着目し、1点(低評価)~5点(高評価)で、コントロールを3点とした基準で評点させた。5名の評価点は平均化し、平均点が2.5未満を×、2.5以上で3.5未満を△、3.5以上で4.0未満を○、4.0以上を◎とした。また、評価した際のパネラーのコメントを取り纏め、代表的なコメントを抽出した。これら評価点とコメントを表1に示した。
【0036】
【0037】
表1の結果より、各種酵素のうちでβ-グリコシダーゼ活性を有する酵素(アロマーゼ、スミチームBGA、ナリンギナーゼ アマノ)で処理して作製したコーヒー飲料(試験例1-2~1-4)は、コントロールと比較して華やかな香りが賦与されていると評価され、香味の改善効果が確認された。さらに、SPME-GC/MSによる分析により、コントロールとの香気成分のピークエリアを比較検討したところ、β-グルコシダーゼ活性を有する酵素で処理して作製したコーヒー飲料においては、2-ヘプタノール、2-フェニルエチルアルコール、および1-オクテン-3-オールのピークエリアが増大していることが確認された。これら香気成分について香気改善作用への寄与をコーヒー抽出液の成分添加によって確認したところ、特に2-ヘプタノールが明るく華やかな香りの発現に寄与していることが確認された。この結果により、β-グリコシダーゼ活性を有する酵素がコーヒー抽出液中の基質(β-グリコシド結合を有する香気成分の配糖体)に作用したことで、2-ヘプタノールなどの香気成分が遊離し、香味の改善につながったものと推測された。
【0038】
<試験例2>
試験例1と同様の条件で得られたコーヒー抽出液について、酵素処理時の酵素添加量の検討を行った。使用する酵素は試験例1で特に効果の高かったアロマーゼ(天野エンザイム製、β-グルコシダーゼ活性80U/g(PNPG グルコース添加法))を用い、この酵素の添加量を抽出液に対して0.00001~0.2%の範囲で増減させ、試験例1と同様に官能評価と香気成分分析を行い、その結果を表2に示した。
【0039】
【0040】
表2の結果より、酵素の添加濃度に依存して2-ヘプタノールが増加し、酵素濃度が0.05%付近から頭打ちになることが確認された。官能評価の結果からは、0.0001%(0.008U/100ml)から本発明の効果である香味改善作用が感じられるようになるが、0.2%(16U/100ml)の添加では華やかな香りは賦与されるものの、酵素製剤自体に由来した香味に違和感がある評価であった。酵素添加量0.01~0.1%(0.8~8U/100ml)の範囲では特に有効であり、広がりのある明るく華やかな香りが際立つことが確認された。
【0041】
<試験例3>
抽出条件を35℃~85℃とする以外は試験例1と同様に操作し、酵素処理による香味改善作用に対する抽出温度の影響について検討を行った。これらについて試験例1と同様に官能評価と香気成分分析を行い、その結果を表3に示した。
【0042】
【0043】
表3の結果より、抽出時の温度に影響を受けず、抽出温度が中温から高温にわたって香味の改善作用が得られることが確認された。一般的に、低温で抽出したコーヒーは苦渋味が少なくフルーティーな香りが特徴となるが、本発明によれば中温~高温で抽出した場合でも苦渋味を伴う複雑なコーヒーの香味に加えてフルーティーな明るく華やかな香りが賦与できることが確認された。また、低温での抽出では前記の香味特徴が得られる一方で固形分の回収率が低下するデメリットがあるが、本発明の技術によれば、固形分の回収率が低下することなく、中温~高温抽出での香味特徴に低温で抽出したような香味をも賦与されたバランスの良いコーヒー飲料が得られることが明らかとなった。
【0044】
<試験例4>
コーヒー豆として各種焙煎度のグアテマラ産焙煎コーヒー豆粉砕品を用いた以外は試験例1と同様の条件で得られたコーヒー抽出液について、酵素処理による香味改善作用の影響について検討を行った。焙煎は同一のコーヒー生豆を用い、温度と時間を調節して焙煎することにより各種の焙煎度のコーヒー豆とし、色差計にて焙煎度の指標となるL値を得た。酵素処理、調合、殺菌、充填、評価についても試験例1と同様にして行い、その結果を表3に示した。なお、各種焙煎度のコーヒー豆抽出液ごとに酵素を添加しないものをコントロールとした。
【0045】
【0046】
表4の結果より、抽出原料となるコーヒー豆の焙煎度に影響を受けず、いずれにおいても、酵素処理による香味改善効果が得られることを確認した。本発明の方法により、明るい香りが失われやすい深煎りの焙煎コーヒー豆を使用した場合でも浅煎りに特徴的な明るい香りを賦与できることが確認された。
【0047】
<試験例5>
原料コーヒー豆をベトナム産ロブスタ種の焙煎コーヒー豆粉砕品とする以外は試験例1と同様に操作し、酵素処理による香味改善作用に対するコーヒー豆品種の影響について検討を行った。これらについて試験例1と同様に官能評価と香気成分分析を行い、その結果を表5に示した。
【0048】
【0049】
表5の結果より、ロブスタ種においても試験例1の結果と同様に、各種酵素のうちでβ-グリコシダーゼ活性を有する酵素(アロマーゼ、スミチームBGA、ナリンギナーゼ アマノ)で処理して作製したコーヒー飲料(試験例5-2~5-4)は、コントロールと比較して華やかな香りが賦与されていると評価され、香味の改善効果が確認された。この結果より、本発明の香味改善効果はコーヒー豆の品種の影響を受けないことが確認された。
【0050】
<試験例6>
試験例1の条件をベースとして、酵素反応を抽出と同時に行った場合についての酵素処理による香味改善作用の検討を行った。酵素製剤はアロマーゼ(天野エンザイム製)を用いた。試験例6-3では抽出開始と同時に酵素を添加して酵素反応させ、試験例6-4では試験例1と同様に抽出後の抽出液に対して酵素を添加して酵素反応させた。試験例6-2では抽出液に酵素を添加せずに試験例6-4と同様の条件で温度処理のみを施した。これらについて試験例1と同様に官能評価と香気成分分析を行い、その結果を表6に示した。
【0051】
【0052】
表6の結果より、抽出と同時に酵素反応を施した場合(試験例6-3)においても、抽出液回収後に酵素反応を施した場合(試験例6-4)と同様に香味の改善効果が得られることが確認された。なお、抽出と同時に酵素処理を行った場合には、抽出後の抽出液に対して酵素処理する場合と比べて、トップの香り立ちが強く感じられた。一方、抽出後の抽出液に対して酵素処理した場合では、ボディ感がある香り立ちが強く感じられた。また、酵素を添加せずに抽出液に温度処理のみを行った場合では(試験例6-2)では香味の改善作用は感じられなく、2-ヘプタノールの含有量にも変化は認められなかった。
【0053】
<試験例7>
本発明のコーヒー飲料の2-ヘプタノール含有量について、市販のコーヒー飲料製品との比較評価を行った。市販のコーヒー飲料製品は無糖の表示がなされている製品を市場より無作為に3品(市販品A~C)を入手した。香料の使用については製品の原材料表示ラベルを参考とした。対象として、本発明品の試験例1-2を用い、これらについての理化学分析値(pH及びBrix)と2-ヘプタノール含量を表7に示した。
【0054】
【0055】
表7の結果より、本発明のコーヒー飲料では華やかな軽い香りが感じられるのに対し、市販のコーヒー飲料にはそのような香りは感じられず、焙煎臭や香料添加による人工的な香りが目立つことが確認された。また、2-ヘプタノールの含有量は市販品では本発明のコーヒー飲料に比較して低値であった。