(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-09-30
(45)【発行日】2022-10-11
(54)【発明の名称】オーステナイト系ステンレス鋼帯又はオーステナイト系ステンレス鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20221003BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20221003BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20221003BHJP
C21D 8/02 20060101ALI20221003BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/58
C22C38/60
C21D8/02 D
(21)【出願番号】P 2021526147
(86)(22)【出願日】2020-06-12
(86)【国際出願番号】 JP2020023152
(87)【国際公開番号】W WO2020251002
(87)【国際公開日】2020-12-17
【審査請求日】2021-06-17
(31)【優先権主張番号】P 2019111373
(32)【優先日】2019-06-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】守本 芳樹
(72)【発明者】
【氏名】平川 直樹
(72)【発明者】
【氏名】溝口 太一朗
(72)【発明者】
【氏名】西村 泰司
【審査官】立木 林
(56)【参考文献】
【文献】特表2016-508184(JP,A)
【文献】国際公開第2017/061487(WO,A1)
【文献】特開2015-137419(JP,A)
【文献】特開2009-030159(JP,A)
【文献】特開昭62-290829(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
CとNとを合わせた含有量が、質量%で0.08%以上であり、
厚さ方向の断面硬さ分布の平均が250HV以上であり、かつ変動幅が30HV以下であり、
厚さが3mm以上であることを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼
帯又はオーステナイト系ステンレス鋼板。
【請求項2】
前記オーステナイト系ステンレス鋼
帯又はオーステナイト系ステンレス鋼板の化学組成は、質量%で、C:0.003~0.12%、Si:2.00%以下、Mn:2.00%以下、P:0.04%以下、S:0.030%以下、Ni:6.0~15.0%、Cr:16.0~22.0%、N:0.005~0.20%、残部Feおよび不可避的不純物からなることを特徴とする請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼
帯又はオーステナイト系ステンレス鋼板。
【請求項3】
前記化学組成に加えて、さらに質量%で、Mo:0.01~3.00%、Cu:0.01~3.50%、Al:0.0080%以下、O:0.0040~0.0100%、V:0.01~0.5%、B:0.001~0.01%、Ti:0.01~0.50%の1種または2種以上を含有する請求項2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼
帯又はオーステナイト系ステンレス鋼板。
【請求項4】
前記化学組成に加えて、さらに質量%で、Co:0.01~0.50%、Zr:0.01~0.10%、Nb:0.01~0.10%、Mg:0.0005~0.0030%、Ca:0.0003~0.0030%、Y:0.01~0.20%、REM(希土類金属):0.01~0.10%、Sn:0.001~0.500%およびSb:0.001~0.500%、Pb:0.01~0.10%、W:0.01~0.50%のうちから選んだ1種または2種以上を含有する、請求項2または3に記載のオーステナイト系ステンレス鋼
帯又はオーステナイト系ステンレス鋼板。
【請求項5】
比透磁率μが1.1以下であることを特徴とする請求項1から4までの何れか1項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼
帯又はオーステナイト系ステンレス鋼板。
【請求項6】
厚さ方向の断面硬さ分布の平均が250HV以上であり、かつ変動幅が30HV以下であり、厚さが3mm以上であるオーステナイト系ステンレス鋼帯又はオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法であって、
質量%で、C:0.003~0.12%、Si:2.00%以下、Mn:2.00%以下、P:0.04%以下、S:0.030%以下、Ni:6.0~15.0%、Cr:16.0~22.0%、N:0.005~0.20%を含有し、かつCとNとを合わせた含有量が質量%で0.08%以上であり、残部Feおよび不可避的不純物で構成された化学組成からなる連続鋳造によって製造したスラブを1000~1300℃に加熱した後、粗熱延を施す粗熱延工程と、
前記粗熱延工程の後、製造された鋼帯に対して仕上熱延を施す仕上熱延工程と、
前記仕上熱延工程の後、前記鋼帯を冷却する冷却工程とを含み、
前記仕上熱延工程では、
前記仕上熱延の圧下率が60%以上であり、
前記仕上熱延のロール径が300mm以上であり、
前記仕上熱延の温度が600~1100℃であり、
前記仕上熱延の最終パス温度が600~950℃であり、
前記冷却工程では、前記鋼帯を前記仕上熱延の前記最終パス温度が750℃以上の場合は750℃以下まで、冷却速度5℃/s以上で冷却することを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼
帯又はオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法。
【請求項7】
前記スラブが、さらに質量%で、Mo:0.01~3.00%、Cu:0.01~3.50%、Al:0.0080%以下、O:0.0040~0.0100%、V:0.01~0.5%、B:0.001~0.01%、Ti:0.01~0.50%の1種または2種以上を含有する、請求項6に記載のオーステナイト系ステンレス鋼
帯又はオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法。
【請求項8】
前記スラブが、さらに質量%で、Co:0.01~0.50%、Zr:0.01~0.10%、Nb:0.01~0.10%、Mg:0.0005~0.0030%、Ca:0.0003~0.0030%、Y:0.01~0.20%、REM(希土類金属):0.01~0.10%、Sn:0.001~0.500%およびSb:0.001~0.500%、Pb:0.01~0.10%、W:0.01~0.50%のうちから選んだ1種または2種以上を含有する、請求項6または7に記載のオーステナイト系ステンレス鋼
帯又はオーステナイト系ステンレス鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オーステナイト系ステンレス鋼およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
スマートフォンに代表される携帯型電子機器は小型軽量化や意匠性向上のニーズが高いことから、それらに用いる金属製の外装部材の製造では、複雑形状への加工に対応するため、過酷な冷間鍛造を施した後、切削加工により成形する手法が多用されるようになってきた。さらに、携帯型電子機器のデザインによっては、切削加工後に鏡面研磨を施す場合もある。ここで、携帯型電子機器の外装部材は、自機器に内蔵される地磁気センサー等への悪影響を回避するために非磁性であることが要求されるだけでなく、高強度も要求される。また、上記の電子機器は携帯型であるため屋外環境で使用されることも多いことから、外装部材は、屋内での使用を前提とする電子機器用部材と比べて高い耐食性も要求される。
【0003】
上記の外装部材の製造に用いられる金属材料として、例えば特許文献1には、冷間鍛造および切削加工を施して非磁性部材とされた非磁性オーステナイト系ステンレス鋼板(以下、単に「ステンレス鋼板」という)が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】日本国公開特許公報「特開2018-109215号」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載のステンレス鋼板の製造方法は、非磁性、かつ高強度部品を製造する上で良い方法であるが、製造工程が複雑でコストがかかること、製品形状によっては製造したステンレス鋼板を利用できないという問題点がある。
【0006】
次に、
図8に、焼鈍材に冷間圧延を施した場合、または板厚が厚い材料に冷間圧延(調質圧延)を施した場合に、表層に歪が集中し板厚方向の硬さの分布が不均一となる例を示す。具体的には、
図8には、板厚8mm、平均断面硬さ300HVに調整したステンレス鋼板の板厚方向の硬さ分布を示している。一般的な冷間圧延では表層のひずみが大きく、板厚中央のひずみが小さいため、表層では332HVの硬さを示す一方、板厚中央では275HVしか示さなかった。すなわち、特許文献1のステンレス鋼板では、板厚を一定以上に厚くすると、板厚方向の硬さが不均一になってしまうという問題点がある。
【0007】
本発明の一態様は、前記の問題点に鑑みて為されたものであり、その目的は、厚さが一定程度以上あるにも関わらず、厚さ方向の断面硬さ分布のばらつきが低減されたオーステナイト系ステンレス鋼、およびその製造方法を実現することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記の課題を解決するために、本発明の一態様に係るオーステナイト系ステンレス鋼は、CとNとを合わせた含有量が、質量%で0.08%以上であり、厚さ方向の断面硬さ分布の平均が250HV以上であり、かつ変動幅が30HV以下であり、厚さが3mm以上である構成である。
【0009】
前記構成によれば、厚さが3mm以上であるにも関わらず、厚さ方向の断面硬さ分布の平均が250HV以上であり、かつ変動幅が30HV以下である。このため、厚さが一定程度以上あるにも関わらず、厚さ方向の断面硬さ分布のばらつきが低減されたオーステナイト系ステンレス鋼を提供することができる。
【0010】
[1]本発明の一態様に係るオーステナイト系ステンレス鋼は、前記オーステナイト系ステンレス鋼の化学組成は、質量%で、C:0.003~0.12%、Si:2.00%以下、Mn:2.00%以下、P:0.04%以下、S:0.030%以下、Ni:6.0~15.0%、Cr:16.0~22.0%、N:0.005~0.20%、残部Feおよび不可避的不純物からなる。
【0011】
[2]前記化学組成に加えて、さらに質量%で、Mo:0.01~3.00%、Cu:0.01~3.50%、Al:0.0080%以下、O:0.0040~0.0100%、V:0.01~0.5%、B:0.001~0.01%、Ti:0.01~0.50%の1種またが2種以上を含有する[1]に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【0012】
[3]前記化学組成に加えて、さらに質量%で、Co:0.01~0.50%、Zr:0.01~0.10%、Nb:0.01~0.10%、Mg:0.0005~0.0030%、Ca:0.0003~0.0030%、Y:0.01~0.20%、REM(希土類金属):0.01~0.10%、Sn:0.001~0.500%およびSb:0.001~0.500%、Pb:0.01~0.10%、W:0.01~0.50%のうちから選んだ1種または2種以上を含有する[1]または[2]に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【0013】
本発明の一態様に係るオーステナイト系ステンレス鋼は、比透磁率μが1.1以下であることが好ましい。前記構成によれば、厚さが一定程度以上あるにも関わらず、厚さ方向の断面硬さ分布のばらつきが低減された非磁性のオーステナイト系ステンレス鋼を提供することができる。
【0014】
〔4〕本発明の一態様に係るオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法は、質量%で、C:0.003~0.12%、Si:2.00%以下、Mn:2.00%以下、P:0.04%以下、S:0.030%以下、Ni:6.0~15.0%、Cr:16.0~22.0%、N:0.005~0.20%を含有し、かつCとNとを合わせた含有量が質量%で0.08%以上であり、残部Feおよび不可避的不純物で構成された化学組成からなる連続鋳造によって製造したスラブを1000~1300℃に加熱した後、粗熱延を施す粗熱延工程と、前記粗熱延工程の後、製造された鋼帯に対して仕上熱延を施す仕上熱延工程と、前記仕上熱延工程の後、前記鋼帯を冷却する冷却工程とを含み、前記仕上熱延工程では、前記仕上熱延の圧下率が60%以上であり、前記仕上熱延のロール径が300mm以上であり、前記仕上熱延の温度が600~1100℃であり、前記仕上熱延の最終パス温度が600~950℃であり、前記冷却工程では、前記鋼帯を前記仕上熱延の前記最終パス温度が750℃以上の場合は750℃以下まで、冷却速度5℃/s以上で冷却する方法である。前記構成によれば、厚さが一定程度以上あるにも関わらず、厚さ方向の断面硬さ分布のばらつきが低減されたオーステナイト系ステンレス鋼を製造できる、オーステナイト系ステンレス鋼の製造方法を実現することができる。
【0015】
〔5〕前記スラブが、さらに質量%で、Mo:0.01~3.00%、Cu:0.01~3.50%、Al:0.0080%以下、O:0.0040~0.0100%、V:0.01~0.5%、B:0.001~0.01%、Ti:0.01~0.50%の1種または2種以上を含有する〔4〕に記載のオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法。
【0016】
〔6〕前記スラブが、さらに質量で、Co:0.01~0.50%、Zr:0.01~0.10%、Nb:0.01~0.10%、Mg:0.0005~0.0030%、Ca:0.0003~0.0030%、Y:0.01~0.20%、REM(希土類金属):0.01~0.10%、Sn:0.001~0.500%およびSb:0.001~0.500%、Pb:0.01~0.10%、W:0.01~0.50%のうちから選んだ1種または2種以上を含有する〔4〕または〔6〕に記載のオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明の一態様によれば、厚さが一定程度以上あるにも関わらず、厚さ方向の断面硬さ分布のばらつきが低減されたオーステナイト系ステンレス鋼を提供することができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の実施の一形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法の各工程の流れを示す工程図である。
【
図2】本発明の実施の一形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼の厚さ方向の断面硬さ分布を示すグラフである。
【
図3】C+Nの量と、ステンレス鋼の厚さ方向の断面硬さ分布の平均との関係を示すグラフである。
【
図4】オーステナイト系ステンレス鋼の化学成分について本発明の実施例と比較例と比較結果を示す図である。
【
図5】本発明の実施例のオーステナイト系ステンレス鋼の物性等を示す図である。
【
図6】比較例のオーステナイト系ステンレス鋼の物性等を示す図である。
【
図7】比較例のオーステナイト系ステンレス鋼の物性等を示す図である。
【
図8】従来のオーステナイト系ステンレス鋼の厚さ方向の断面硬さ分布を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の一実施形態について詳細に説明する。なお、以下の記載は発明の趣旨をより良く理解させるためのものであり、特に指定のない限り、本発明を限定するものではない。
【0020】
〔本発明のポイントおよび目的〕
(i)一定程度以上(3mm以上)の厚さがあるにも関わらず、厚さ方向の断面硬さ分布のばらつきが低減されたオーステナイト系ステンレス鋼を実現した点、および、(ii)オーステナイト系ステンレス鋼を高温にし、大径ロールを用いて、大きく圧下し、圧下後に仕上げ熱延の最終パス温度が750℃以上の場合は750℃以下まで冷却速度5℃/s以上で冷却すれば、厚さが3mm以上のオーステナイト系ステンレス鋼において、厚さ方向の断面硬さ分布のばらつきを低減できることを見出した点が本発明のポイントである。なお、本明細書に記載の「オーステナイト系ステンレス鋼」は、オーステナイト系ステンレス鋼帯およびオーステナイト系ステンレス鋼板の両方を含む。言い換えれば、本発明は、オーステナイト系ステンレス鋼帯およびオーステナイト系ステンレス鋼板の両方に適用可能である。
【0021】
また、本発明は、例えば、スマートフォンなどの電子機器の構造部材を、複雑な鍛造加工を施すことなく、切削、エッチング、放電加工等で製造することが可能となるオーステナイト系ステンレス鋼およびその製造方法を実現することを目的とする。
【0022】
(厚さ方向の断面硬さ分布のばらつきが低減されていることによるメリット)
スマートフォンの構造部材として本発明の実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼を適用する場合、軟質な箇所(例えば厚さ方向の中央部)があると疵付きやすい。したがって製品としての価値が低くなる。また、軟質な箇所でも、十分に硬くすることで対応することも考えられるが、逆に必要以上に硬い部分が生じると切削性が低下する。
【0023】
〔プロセス〕
本発明の一実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼は、
図1に示すように、製鋼、粗熱延、仕上熱延および冷却の各工程を施すことで製造することができる。より具体的には、連続鋳造によって製造したスラブを1000~1300℃に加熱した後、粗熱延を施し、厚さ25mmの粗バー(鋼帯)とする(粗熱延工程)。その後、600℃以上かつ1100℃以下で上記粗バーに対して仕上熱延を施す(仕上熱延工程)。仕上熱延工程では、仕上熱延の圧下率を60%以上、仕上熱延のロール径を300mm以上、仕上熱延の最終パス温度を600~950℃とする。仕上熱延工程の後、製造された鋼帯を、仕上げ熱延の最終パス温度が750℃以上の場合は750℃以下まで、冷却速度5℃/s以上で冷却する(冷却工程)。これらの条件を満たすことで所望の厚さ方向の断面硬さ分布およびその変動範囲のステンレス鋼を得ることができる。
【0024】
また、得られたステンレス鋼について、必要に応じて、熱延工程で生成した酸化スケールの除去を目的とし、酸洗処理を施してもよい。一般的に、酸洗処理は焼鈍工程と酸洗工程とが繋がった焼鈍酸洗ラインで実施される。酸洗処理を行う際は、ステンレス鋼の硬さの低下が発生しない温度範囲(具体的には、900℃以下)において、ステンレス鋼に熱を加えてもよい。
【0025】
以上の各工程によれば、厚さが3mm以上にも関わらず、厚さ方向の断面硬さ分布の平均が250HV以上であり、かつ変動幅が30HV以下とすることができる。このため、厚さ方向の断面硬さ分布のばらつきが低減されたオーステナイト系ステンレス鋼を提供することができる。
【0026】
(厚さ方向の断面硬さ分布)
厚さ方向の断面硬さ分布とは、圧延幅方向に垂直な断面について、厚さ方向の断面硬さ変動が分かるように荷重1kgでビッカース硬さを複数点測定したものである。例えば、厚さ8mm、厚さ方向の平均断面硬さを300HVに調整した実施例A3(
図4参照)のステンレス鋼は、
図2に示すように厚さ方向の断面硬さ分布は294~308HVの範囲であり、従来技術に比べて厚さ方向の断面硬さ分布のばらつきが低減されていることが分かる。
図2は、本発明の実施の一形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼の厚さ方向に対する断面硬さの分布を示すグラフである。
【0027】
(C+N)
C、Nはオーステナイト相の固溶強化および加工硬化に有効に作用するため、一定量必要である。種々検討の結果、安定して250HV以上の硬さを得るためにはC+N量を0.08%以上に調整する必要があることを見出した(
図3参照)。なお、
図3は、C+Nの量と、オーステナイト系ステンレス鋼の平均断面硬さとの関係を示すグラフである。また、C+N量は、CとNとを合わせた含有量のことである。また、C+N量には、Cが0%またはNが0%の場合が含まれている。
【0028】
図3に、仕上熱延の最終パス温度870℃で圧延を施し、750℃以下まで冷却速度40℃/sで冷却して巻き取りを行った実施例A1~A4、比較例B1、B2の平均断面硬さについてプロットしたグラフを示す(実施例A1~A4および比較例B1、B2の各鋼種の化学組成については
図4参照)。C+N量が0.08%以上であるA1~A4は平均断面硬さが250HV以上であったが、C+N量が0.08未満であるB1、B2鋼の平均断面硬さは250HV未満であった。
【0029】
(比透磁率)
オーステナイト系ステンレス鋼を特徴付ける上で、一般的に比透磁率μは1.1以下が好ましく、より好ましくは、1.05以下である、本発明の実施形態に係る製造方法では、600℃以上で圧延するため、加工誘起マルテンサイトは生成しないが、δフェライトが残存すると比透磁率が高くなる。
【0030】
上記のように化学組成が調整されたオーステナイト系ステンレス鋼は、通常の鋼板製造工程や、その後の冷間鍛造工程で加工誘起マルテンサイト相が生成しないので、加工誘起マルテンサイト相に起因する磁性化は回避される。ただし、溶製時に高温でδフェライト相が生成することがあり、これが残存すると透磁率1.010以下の非磁性が得られない。また、製品中にδフェライト相が異相として混在していると、鏡面研磨品の外観を損なう場合もある。したがって、冷間鍛造に供する素材である鋼板の段階で、δフェライト相が消失している必要がある。δフェライト相は強磁性であるため、その存在有無は透磁率によって評価する。
【0031】
(目標特性)
オーステナイト系ステンレス鋼の厚さ方向の断面硬さ分布の平均は、250HV以上(SUS304CSP-1/2H規格)を目指した。また、オーステナイト系ステンレス鋼の厚さは、例えば、特殊金属エクセルのSUS301CSPの厚さの範囲が2.5mm以下程度であるため、3mm以上を目指した。
【0032】
(圧下率)
仕上熱延の圧下率は60%以上とすることが好ましい。
図6中の条件No.D001~D006に示すように仕上熱延の圧下率(総圧延率)が60%を下回った場合、圧延ひずみが十分に付与されず目標の平均断面硬さが得られない。なお、圧延ロールの入り口の厚さをh1、出口の厚さをh2とするとき、圧下率=(h1-h2)/h1の関係式が成立する。
【0033】
(ロール径)
仕上熱延のロール径は300mm以上とすることが好ましい。
図6中の条件No.F01~F19に示すようにロール径が小さい場合は厚さ方向の中心まで圧延ひずみを付与することができず、いずれの圧延温度においても断面硬さの変動範囲が大きくなる。なお、ロール径は、圧延ロールの回転軸に垂直な断面の直径のことである。
【0034】
(仕上熱延の温度および仕上熱延の最終パス温度)
仕上熱延の温度は600~1100℃とすることが好ましい。また、仕上熱延の最終パス温度(最終パス圧延温度)は600~950℃とすることが好ましい。仕上熱延の温度および最終パス圧延温度が600℃を下回った場合、ロール径が大きくても板表層に付与されるひずみ量が厚さ方向の中心と比較して大きくなり、断面硬さの変動幅が大きくなる。一方、仕上熱延の温度が1100℃を上回った場合、圧延ひずみが再結晶駆動力となり、圧延直後に再結晶が生じ所望の断面硬さ分布が得られないとともに、温度が高すぎて最終パス圧延温度を950℃以下に調整することが困難となる。また、最終パス圧延温度が950℃を超えた場合、圧延ひずみが再結晶駆動力となり、圧延直後に再結晶が生じ所望の断面硬さ分布が得られない。
【0035】
(冷却工程)
前記の仕上熱延工程の後、仕上熱延を施された鋼帯を仕上げ熱延の最終パス温度が750℃以上の場合は750℃以下まで冷却速度5℃/s以上で冷却する冷却工程を有することが好ましい。仕上熱延で材料中に蓄積される圧延ひずみは、ステンレス鋼が高温のまま保持されると仕上熱延直後から減少する。圧延ひずみの減少を低減するためには、圧延ひずみの減少が起こらない温度域まで速やかに冷却することが好ましい。
【0036】
図5に本発明の実施例のオーステナイト系ステンレス鋼の物性等を示す。また、
図6および
図7に比較例のオーステナイト系ステンレス鋼の物性等を示す。なお、
図5、
図6および
図7における圧延温度は、圧延を行うときの鋼板の温度のことである。
図5に示すように、上記の製造方法の条件を満たすNo.C01~C25の製造方法で製造されたオーステナイト系ステンレス鋼は、厚さ方向の断面硬さ分布の平均が250HV以上であり、かつ断面硬さ分布の変動幅が30HV以下であった。一方で、
図6および
図7に示すように、上記の製造方法の条件を満たさない(具体的には、板厚、ロール径、C+N量および冷却速度のうち少なくとも1つが上記の製造方法の条件を満たさない)No.D01~H06の製造方法で製造されたオーステナイト系ステンレス鋼は、厚さ方向の断面硬さ分布の平均が250HV未満、および/または、変動幅が30HVよりも大きかった。
【0037】
(鋼の化学組成)
本発明の一実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼の化学組成は、質量%で、C:0.003~0.12%、Si:2.00%以下、Mn:2.00%以下、P:0.04%以下、S:0.030%以下、Ni:6.0~15.0%、Cr:16.0~22.0%、N:0.005~0.20%、残部Feおよび不可避的不純物からなる。以下、鋼組成における「%」は特に断らない限り質量%を意味する。
【0038】
本発明の一実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼では、さらに、前記化学組成に加えて、質量%で、Mo:0.01~3.00%、Cu:0.01~3.50%、Al:0.0080%以下、O:0.0040~0.0100%、V:0.01~0.5%、B:0.001~0.01%、Ti:0.01~0.50%の1種または2種以上を含有してもよい。
【0039】
本発明の一実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼では、さらに、任意成分として質量で、Co:0.01~0.50%、Zr:0.01~0.10%、Nb:0.01~0.10%、Mg:0.0005~0.0030%、Ca:0.0003~0.0030%、Y:0.01~0.20%、REM(希土類金属):0.01~0.10%、Sn:0.001~0.500%およびSb:0.001~0.500%、Pb:0.01~0.10%、W:0.01~0.50%のうちから選んだ1種または2種以上を含有してもよい。
【0040】
Cは、侵入型元素であり加工硬化および歪時効により高強度化に寄与する。また、オーステナイト相を安定化させる元素であり非磁性の維持に有効である。本発明では0.003%以上のC含有量を確保する。ただし、過度のC含有は鋼を硬質化させ冷間鍛造性を低下させる要因となる。C含有量は0.012%以下に制限される。
【0041】
Siは、製鋼過程において鋼の脱酸剤として用いられる元素である。Siは歪取り熱処理において時効硬化性を向上させる作用を有する。一方、Siは固溶強化作用が大きく、かつ積層欠陥エネルギーを低下させて加工硬化を大きくする作用を有するので、過度のSi含有は冷間鍛造性を低下させる要因となる。そのためSi含有量は2.0%以下に制限される。
【0042】
Mnは、MnOとして酸化物系介在物を構成する元素である。また、Mnは固溶強化作用が小さく、かつオーステナイト生成元素であり加工誘起マルテンサイト変態を抑制させる作用を有するので、冷間鍛造性の確保と非磁性の維持には有効な元素である。ただし、過剰のMn含有量は耐食性低下の要因となる。Mn含有量は2.00%以下に制限される。
【0043】
Pは、耐食性を低下させる元素であり、また、過度のP低減は製鋼負荷を増大させる要因となるため、0.040%以下とする必要がある。
【0044】
Sは、MnSを形成して耐食性を劣化させる要因となり、また過度の脱Sは製鋼負荷を増大させる要因となるので、0.030%以下に制限される。
【0045】
Crは、耐食性を向上させる元素である。携帯型電子機器の外装部材に適した耐食性を確保するために、本発明ではCr含有量が16.0%以上の鋼を対象とする。ただし、多量のCr含有は冷間鍛造性を低下させる要因となる。Cr含有量の上限は22.0%に制限される。
【0046】
Nは、Cと同様に侵入型元素であり加工硬化および歪時効により高強度化に寄与する。また、オーステナイト相を安定化させる元素であり非磁性の維持に有効である。本発明では0.005%以上のN含有量を確保する。ただし、過度のN含有は鋼を硬質化させ冷間鍛造性を低下させる要因となる。N含有量は0.20%以下に制限される。
【0047】
Moは、ステンレス鋼の耐食性向上に有効な元素である。本発明では、前記のCr含有量を確保した上で、必要に応じて添加されるが、多量のMo添加はコスト増になるため、Moを含有する場合は、Mo含有量は0.01%~3.00%以下である。
【0048】
Cuは、オーステナイト相の加工硬化を抑制し、冷間鍛造性の向上に有効であることが知られている。また、冷間鍛造後に行われる歪取り熱処理の加熱温度域で時効硬化をもたらす元素であることが知られている。種々検討の結果、Cuを含有する場合は、Cu含有量は0.01%~3.5%である。
【0049】
Alは、酸素親和力がSi、Mnに比べて高く、0.0030%以上のAl含有量となると冷間鍛造での内部割れの起点となる粗大な酸化物系介在物が形成されやすくなる。また、過度に低Al化することはコスト増となるので、種々の検討の結果、Alを含有する場合は、Al含有量は、0.0001%以上~0.0080%である。
【0050】
O含有量が低くなると、Mn、Si等が酸化しにくくなり、介在物におけるAl2O3の比率が高くなる。また、O含有量が過度に高いと粒子径5μmを超える粗大な介在物が形成されやすくなることから、種々検討の結果、Oを含有する場合は、O含有量は40ppm(0.0040%)~100ppm(0.0100%)、好ましくは80ppm以下である。
【0051】
Vは、冷間鍛造後に行う歪取り熱処理の加熱において時効硬化能を高める作用があることが確認された。時効硬化作用があるものの、多量のV含有はコスト増につながる。Vを含有する場合は、V含有量は、0.01%~0.05%である。
【0052】
多量のB含有は硼化物の生成による加工性低下を招く要因となる。そこで、Bを含有する場合は、B含有量は0.001~0.0100%、好ましくは0.0050%以下である。
【0053】
Tiは、炭窒化物形成元素であり、C、Nを固定し、鋭敏化に起因する耐食性の低下を抑制する。上記効果はTiを0.01%以上含有すると発揮される。よって、Ti含有量は0.01%以上とする。一方、Ti含有量が0.50%を超えると、Tiは、炭化物として不均一なサイズで鋼中に不均一に局在して析出し、整粒な再結晶粒成長を阻害するとともに、大変高価であることからTi含有量の上限を0.50%とする。
【0054】
Coは耐隙間腐食性を向上させる効果がある。一方、過剰にCoを含有すると、鋼を硬質化して曲げ性に悪影響を及ぼす。そのため、Coを含有する場合は、Co含有量を0.01~0.50%、好ましくは0.10%以下である。
【0055】
Zrは、CおよびNとの親和力の高い元素であり、熱間圧延時に炭化物あるいは窒化物として析出し、母相中の固溶Cおよび固溶Nを低減させ、加工性を向上させる効果がある。一方、過剰にZrを含有すると、鋼を硬質化し、曲げ性に悪影響を及ぼす。そのため、Zrを含有する場合は、Zr含有量は0.01~0.10%、好ましくは0.05%以下である。
【0056】
Nbは、CおよびNとの親和力の高い元素であり、熱間圧延時に炭化物あるいは窒化物として析出し、母相中の固溶Cおよび固溶Nを低減させ、加工性を向上させる効果がある。一方、過剰にNbを含有すると、鋼を硬質化し、曲げ性に悪影響を及ぼす。そのため、Nbを含有する場合は、Nb含有量は0.01~0.10%、好ましくは0.05%以下である。
【0057】
Mgは、溶鋼中でAlとともにMg酸化物を形成し脱酸剤として作用する。一方、過剰にMgを含有すると鋼の靱性が低下して製造性が低下する。そのため、Mgを含有する場合は、Mg含有量は0.0005~0.0030%、好ましくは0.0020%以下である。
【0058】
Caは、熱間加工性を向上させる元素である。一方、過剰にCaを含有すると鋼の靱性が低下して製造性が低下するとともに、さらに、CaSの析出により耐食性が低下する。そのため、Caを含有する場合は、Ca含有量は0.0003~0.0030%、好ましくは0.0020%以下である。
【0059】
Yは、溶鋼の粘度減少を減少させ、清浄度を向上させる元素である。一方、過剰にYを含有するとその効果は飽和し、さらに、加工性が低下する。そのため、Yを含有する場合は、Y含有量は0.01~0.20%、好ましくは0.10%以下である。
【0060】
REM(希土類金属:La、Ce、Ndなどの原子番号57~71の元素)は、耐高温酸化性を向上させる元素である。一方、過剰にREMを含有するとその効果は飽和し、さらに、熱間圧延の際に表面欠陥が生じ、製造性が低下する。そのため、REMを含有する場合は、REM含有量は0.01~0.10%、好ましくは0.05%以下である。
【0061】
Snは、圧延時における変形帯生成の促進による加工性の向上に効果的である。一方、過剰にSnを含有するとその効果は飽和し、さらに加工性が低下する。そのため、Snを含有する場合は、Sn含有量は0.001~0.500%、好ましくは0.200%以下である。
【0062】
Sbは、圧延時における変形帯生成の促進による加工性の向上に効果的である。一方、過剰にSbを含有するとその効果は飽和し、さらに加工性が低下する。そのため、Sbを含有する場合は、Sb含有量は0.001~0.500%、好ましくは0.200%以下である。
【0063】
Pbは、粒界の融点を下げるとともに粒界の結合力を低下させ、粒界溶融に基づく液化割れなど、熱間加工性の劣化をまねく懸念があるため、0.10%以下とする。
【0064】
Wは、室温における延性を損なわずに、高温強度を向上させる作用を有する。しかし、その過剰な添加は粗大な共晶炭化物が生成し、延性の低下を引き起こすので、0.50以下とする。
【0065】
〔付記事項〕
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。さらに、各実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を組み合わせることにより、新しい技術的特徴を形成することができる。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明は、例えば、スマートフォンなどの電子機器の構造部材、スチールベルト、プレスプレート等、比較的厚さが厚い高強度ステンレス鋼が必要な用途に好適な、オーステナイト系ステンレス鋼帯などに利用することができる。