(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-03
(45)【発行日】2022-10-12
(54)【発明の名称】微生物を増殖させる方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/20 20060101AFI20221004BHJP
C12P 1/04 20060101ALN20221004BHJP
【FI】
C12N1/20 A
C12P1/04 Z
(21)【出願番号】P 2018067492
(22)【出願日】2018-03-30
【審査請求日】2020-12-07
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000005887
【氏名又は名称】三井化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100079049
【氏名又は名称】中島 淳
(74)【代理人】
【識別番号】100084995
【氏名又は名称】加藤 和詳
(74)【代理人】
【識別番号】100099025
【氏名又は名称】福田 浩志
(72)【発明者】
【氏名】望月 大資
(72)【発明者】
【氏名】高橋 均
(72)【発明者】
【氏名】川名 誠
【審査官】原 大樹
(56)【参考文献】
【文献】特表2009-540860(JP,A)
【文献】特開平01-165382(JP,A)
【文献】特開2008-086331(JP,A)
【文献】特開2007-181449(JP,A)
【文献】特表2000-505289(JP,A)
【文献】Bioprocess and Biosystems Engineering,2012年,35,469-475
【文献】Biofuels Bioproducts & Biorefining,2018年03月05日,12,348-361
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
C12P
C12M
MEDLINE/BIOSIS/EMBASE/CAplus(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
グルコース及びグリセロールを、大腸菌を含む培養液に間欠的に添加することを含む培養工程を含
み、
前記培養工程は、前記培養液中のグルコースの量及びグリセロールの量に関係するパラメータを測定すること、及びその測定結果に基づいてグルコース及びグリセロールを添加することを含み、
前記パラメータが、培養液中のpHであり、
前記培養工程において、グルコース濃度が5質量%~40質量%でありグリセロール濃度が20質量%~94質量%である水溶液が、培養液1Lあたり、0.1g~100gの量で間欠的に添加される、大腸菌を増殖させる方法。
【請求項2】
前記大腸菌は、染色体上に、作動可能なgalR遺伝子及び作動可能なglpR遺伝子のうち少なくとも1つを有する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記培養工程におけるグルコース及びグリセロールの添加が、測定された前記パラメータと、それぞれの所定の設定値との比較に基づいて行われる、請求項
1又は請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記培養工程におけるグルコース及びグリセロールの添加が、グルコース及びグリセロールの前回の添加終了時からの前記パラメータの変動量に基づいて行われる、請求項
1又は請求項2に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、微生物を増殖させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
グリセロールは、バイオディーゼル生産の副産物として、近年生産量が増加している。しかし、グリセロールを微生物の培養において使用しようとすると発酵効率や細胞増殖速度が低下する。これは、微生物がグルコースを利用した後でなければグリセロールを利用しない2段階適用現象のためである。
【0003】
特許文献1には、グリセロールを利用する場合の2段階適用現象による発酵効率の低下を防止するために、グリセロールの代謝系を抑制するgalR、glpR等の遺伝子を破壊することによりグリセロールの代謝効率を上げ、結果としてグリセロールからのアミノ酸の生産性を向上させることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
グリセロールを炭素源として用いて微生物を培養することができれば、例えば、流加培養時において使用する水の量を減らすことができるため、高濃度の微生物溶液(培養産物)を製造できる等のメリットが得られる。
【0006】
特開2009-540860号公報(特許文献1)は、グリセロールの代謝系を抑制するgalR、glpR等の遺伝子を破壊することにより、グリセロールの代謝効率を増加させることができることを記載している。しかしながら、グリセロール代謝系を抑制している遺伝子の産物は必ずしもグリセロールの代謝系のみを抑制しているわけではなく、他の様々なエネルギー源の代謝系をも抑制している。このため、グリセロール代謝系を抑制している遺伝子の破壊は、様々なエネルギー源の代謝に関与する遺伝子群の発現を上昇させ、様々なエネルギー源に対する代謝活動の活性化を促すこととなる。様々なエネルギー源の代謝に関与する遺伝子群が通常の状態では抑制されているのは常にこれら様々な遺伝子が活性化し続けることにより無駄にエネルギーを消費しないためであり、galR、glpR等の遺伝子を破壊した株は、無駄にエネルギーを消費続けることにより、増殖速度が野生株より低いという問題がある。つまり、特開2009-540860号公報(特許文献1)に記載されたgalR、glpR等の遺伝子を破壊した株は、遺伝子破壊の結果、細胞増殖速度が低下する。
【0007】
上記の問題に鑑みて、本開示は、グリセロールを炭素源として利用しつつ、効率的に微生物を増殖させる方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示は、以下の態様を含む。
<1> グルコース及びグリセロールを、微生物を含む培養液に間欠的に添加することを含む培養工程を含む、微生物を増殖させる方法。
<2> 前記微生物は、染色体上に、作動可能なgalR遺伝子及び作動可能なglpR遺伝子のうち少なくとも1つを有する、<1>に記載の方法。
<3> 前記培養工程において、グルコースとグリセロールとが同時に前記培養液に添加される、<1>又は<2>に記載の方法。
<4> 前記微生物が大腸菌である、<1>~<3>のうちいずれか1つに記載の方法。
<5> 前記培養工程は、前記培養液中のグルコースの量及びグリセロールの量に関係するパラメータを測定すること、及びその測定結果に基づいてグルコース及びグリセロールを添加することを含む、<1>~<4>のうちいずれか1つに記載の方法。
<6> 前記培養工程におけるグルコース及びグリセロールの添加が、測定された前記パラメータと、それぞれの所定の設定値との比較に基づいて行われる、<5>に記載の方法。
<7> 前記培養工程におけるグルコース及びグリセロールの添加が、グルコース及びグリセロールの前回の添加終了時からの前記パラメータの変動量に基づいて行われる、<5>に記載の方法。
<8> 前記パラメータが、培養液中のpH、培養液の溶存酸素濃度、培養液中のグルコース及びグリセロールの濃度、排気中の二酸化炭素濃度、並びに排気中の酸素濃度からなる群から選択される少なくとも1種である、<5>~<7>のうちいずれか1つに記載の方法。
<9> 前記培養工程において、培養液1Lあたり、グルコース濃度が5質量%~40質量%でありグリセロール濃度が20質量%~94質量%である水溶液が0.1g~100gの量で間欠的に添加される、<1>~<8>のうちいずれか1つに記載の方法。
【発明の効果】
【0009】
本開示によれば、グリセロールを炭素源として利用しつつ、効率的に微生物を増殖させる方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本開示において「工程」との語は、独立した工程だけでなく、他の工程と明確に区別できない場合であっても当該工程の所期の目的が達成されれば、本用語に含まれる。
本開示において「~」を用いて示された数値範囲は、「~」の前後に記載される数値をそれぞれ最小値及び最大値として含む範囲を示す。
本開示において、記載される各要素は、その数について特に明記されない限りは、一つ存在しても、複数存在しても構わない。
本開示において、組成物中の各成分の量は、組成物中の各成分に該当する物質が複数存在する場合、特に断らない限り、組成物中に存在する当該複数の物質の合計量を意味する。
【0011】
本開示は、グルコース及びグリセロールを、微生物を含む培養液に間欠的に添加することを含む培養工程を含む、微生物を増殖させる方法(以下、本開示に係る微生物を増殖させる方法とも称する)を提供する。
【0012】
本開示に係る微生物を増殖させる方法を用いることにより、グリセロールを炭素源として利用しつつ、効率的に微生物を増殖させることができる。この理由は必ずしも明らかではないが、次のように推定できる。
微生物の主たる炭素源は、通常、グルコースであって、グルコースが枯渇することにより微生物がグリセロールを代謝する状態になっても、グリセロールを代謝する効率は、通常時にグルコースを代謝する効率よりも低いものである。このため、グリセロールを利用して微生物を効率的に増殖させる観点からは、炭素源としてグリセロールのみを用いるのではなく、グリセロールとグルコースとを併せて用いることが好ましい。
【0013】
しかし、グリセロールとグルコースを共に培養液に供給しても、上述のとおり、グリセロールはグルコースが枯渇するまでは利用されない。このため、グリセロールとグルコースを共に連続的に培養液に供給しても、供給したグリセロールは利用されない。一方、グリセロールとグルコースとを培養液に一旦投入した後で新たな投入を行わない場合(バッチ式の投入)には、グルコースの枯渇によりグリセロールが利用されるようにはなるが、培養液中におけるグルコースの量及びグリセロールの量は共に時間と共に減少するため、微生物の増殖効率が低下することとなる。そこで、本開示に係る微生物を増殖させる方法においては、グルコース及びグリセロールを、微生物を含む培養液に間欠的に添加することによって、グリセロールの利用を行いつつも、効率的な微生物の増殖を可能としている。
【0014】
本開示に係る微生物を増殖させる方法においては、単に、グルコース濃度低下後にグリセロール代謝系の発現が起こっているわけではなく、グルコース濃度の低下によって発現したグリセロール代謝系が、グルコース及びグリセロールの次回の添加の際にも保持されており、添加後、グルコースの存在下であっても、グリセロールの代謝が可能になっている。具体的には、生産されたグリセロール代謝に寄与する酵素の活性が、次回の添加の際まで保持されている。また、グリセロール代謝速度がグルコース代謝速度よりも遅いため、グリセロールの代謝経路がグルコースの代謝経路と合流する合流点の下流における代謝酵素の発現は、グリセロール代謝時の方がグルコース代謝時よりも低下する。しかし、グルコースも間欠的に添加されることにより、前記合流点より下流の代謝酵素の発現は高く維持され、グリセロール代謝の中間代謝物の濃度は低く保たれる。これにより、グリセロールの代謝速度は、グリセロールが単独で代謝される場合よりも高くなる。
さらに、グルコースを単独で添加する場合と比較して、添加するグルコース量を低下させることができるため、グルコース濃度はグルコース単独で添加する場合よりも低い濃度となり、グリセロール代謝系の発現がより強化されることとなる。本開示に係る微生物を増殖させる方法によって、グリセロールを炭素源として利用しつつ効率的に微生物を増殖させることができる理由は以上のとおりのものと推定される。
【0015】
本開示に係る微生物を増殖させる方法においては、特開2009-540860号公報(特許文献1)とは異なり、微生物自体の性質の改変を必要としていない。このため、galR及びglpRにより抑制される遺伝子群が恒常的に発現してしまうことはない。このことは、より高い増殖効率を得る上で有利である。
【0016】
<微生物>
本開示に係る微生物を増殖させる方法において用いられる微生物は、グリセロール代謝能を有する微生物であれば特に限定されない。グリセロール代謝能を有する微生物は、グリセロールを唯一の炭素源とした場合でも生育が可能である。また、前記微生物は、グルコースの存在下ではグリセロール代謝を抑制する制御系を有していることが好ましい。グリセロール代謝の抑制は、グリセロール代謝に寄与する酵素の活性を抑制することであってもよいし、グリセロール代謝に寄与する酵素をコードする遺伝子の発現を抑制するものであってもよい。このような制御系を構築する遺伝子の例としては、galR、glpR(いずれも転写リプレッサー)などが挙げられる。このような制御系が存在する場合に、本開示に係る微生物を増殖させる方法により得られる効果がより顕著となる。
【0017】
前記微生物は、染色体上に、作動可能なgalR遺伝子及び作動可能なglpR遺伝子のうち少なくとも1つを有することが好ましく、作動可能なgalR遺伝子及び作動可能なglpR遺伝子の両方を有していることがさらに好ましい。ここで、「作動可能な」とは、各遺伝子の発現を完全に喪失させるプロモーターの改変、各遺伝子の産物の活性を完全に喪失させる核酸配列の改変などを有さず、遺伝子が発現して活性を有する産物が得られることを意味する。このため、活性を有する産物が得られる限りは、転写活性を部分的に減少させる改変が行われていても、また、発現した産物の活性を部分的に減少させる改変が行われていても、作動可能な遺伝子の範囲に含まれる。作動可能なgalR遺伝子及び作動可能なglpR遺伝子のうち少なくとも1つを有することにより、増殖効率の増加に寄与しない遺伝子の発現が抑制され、増殖速度が増加する傾向がある。なお、前記微生物は、染色体上に、無傷のgalR遺伝子及び無傷のglpR遺伝子のうち少なくとも1つを有していてもよく、無傷のgalR遺伝子及び無傷のglpR遺伝子の両方を有していてもよい。
【0018】
グリセロール代謝能を有する微生物の例としては、バチルス(Bacillus)属、ラクトバチルス(Lactobacillus)属、エシェリヒア(Escherichia)属、エンテロバクテリウム(Enterobacteria)属、ブレビバクテリウム(Brevibacterium)属、コリネバクテリウム(Corynebacterium)属、シトロバクター(Citrobacter)属、クレブシエラ(Klebisiella)属、シュードモナス(Pseudomonas)属、ストレプトコッカス(Streptococcus)属、ラクトコッカス(Lactococcus)属、マイコプラズマ(Mycoplasma)属、サッカロミセス(Saccharomyces)属、アスペルギルス(Aspergillus)属、ピキア(Pichia)属、カンジダ(Candida)属、ハンゼヌラ(Hansenula)属などに属する微生物が挙げられる。グリセロール代謝能を有する微生物は好ましくは腸内細菌科(enterobacteriaceae)に含まれる微生物であり、さらに好ましくはエシェリヒア(Escherichia)属に属する微生物であり、よりさらに好ましくは大腸菌(Escherichia coli)である。
【0019】
微生物の他の具体的な例としては、バチルス・サブチリス(Bacillus subtilis)、バチルス・アミロリケファシエンス(Bacillus amyloliquefaciens)、バチルス・メガテリウム(Bacillus megaterium)、ブレビバチルス・ブレビス(Brevibacillus brevis)、ピキア・パストリス(Pichia pastoris)、カンジダ・ボイディニイ(Candida boidinii)、ハンゼヌラ・ポリモルファ(Hansenula polymorpha)なども挙げられる。
【0020】
微生物は、天然に存在する微生物に限定されず、例えば特定のタンパク質又はその他の分子を生産するように遺伝子組み換えされた組換え微生物であってもよい。組換え微生物は、例えば、所望の産物の生産に関与する遺伝子を有する発現ベクターを含む形質転換体である。このような組換え微生物は、例えば、物質生産のために用いることができる。前記特定のタンパク質とは、例えば酵素であってもよいし、インスリンなどそれ以外のタンパク質であってもよい。その他の分子としては抗生物質などが挙げられる。前記組換え微生物を効率よく増殖させることによって、所望の産物を効率よく生産することができる。
【0021】
<培養液>
本開示に係る微生物を増殖させる方法における微生物を含む培養液は、微生物と、当該微生物が増殖するための栄養源を含む培地と、を含むものであれば特に限定されない。培地としては、炭素源、窒素源、無機物及びその他の栄養素を適量含有する培地ならば合成培地または天然培地のいずれでも使用可能である。培地に使用する成分としては、公知のものを用いることができる。例えば、肉エキス、酵母エキス、麦芽エキス、ペプトン、NZアミン及びジャガイモ等の有機栄養源、グルコース、マルトース、しょ糖、デンプン及び有機酸等の炭素源、硫酸アンモニウム、尿素及び塩化アンモニウム等の窒素源、リン酸塩、マグネシウム、カリウム及び鉄等の無機栄養源、ビタミン類を適宜組み合わせて使用できる。培地の具体的な例としては、LB培地やM9培地などが挙げられる。
【0022】
<培養工程>
培養工程においては、微生物を培養液中で培養する。培養工程は、グルコース及びグリセロールを、微生物を含む培養液に間欠的に添加することを含むが、この添加操作については後述する。また、微生物の本培養を行う前には、一般的な手法により微生物の前培養を行ってもよい。
培養工程における微生物細胞の細胞密度は特に限定されず、例えば106個/mL~1010個/mLであってもよい。培養の結果得られる菌体量が大きいことが好ましい。培養のボリュームについても特に限定されず、所望の菌体量に応じて適切なボリュームで培養すればよいが、例えば0.1L~10000Lであってもよい。培養は、培養タンクなど一般的に用いられる培養装置、培養機器を用いて行えばよい。
【0023】
培養温度は、培養する微生物の発育至適温度を考慮して設定すればよいが、例えば15℃~50℃、好ましくは20℃~40℃で行うことができる。培養液のpHは、微生物の増殖に適切なpHに設定すればよい。例えば、微生物が大腸菌の場合には、pHは4.5~9であってもよく、7.0~7.5であることが好ましい。微生物が乳酸菌の場合には、pHは4~8とすることができ、好ましくは6~7である。
【0024】
培養時間は、微生物の当初の細胞密度、微生物の増殖速度、所望の菌体量などを考慮して設定することができ、例えば5時間~100時間であってもよい。
培養中に通気を行うかどうかについても微生物の特性に基づいて決定すればよい。通気を行う場合には、通気量は空気の場合、例えば0.02vvm~5.0vvm、好ましくは0.1vvm~2.0vvmとしてもよい。また、培養液は、培養液の均一性を高めるために、撹拌翼などを用いて適宜撹拌してもよい。
【0025】
培養は、振とう培養、通気攪拌培養、連続培養、流加培養などの通常の培養方法を用いて行なうことができる。連続培養の場合、培地は連続的に供給してもよいが、グルコース及びグリセロールの添加は間欠的に行う。
【0026】
<グルコース及びグリセロールの、培養液への間欠的な添加>
本開示に係る微生物を増殖させる方法においては、培養工程はグルコース及びグリセロールを、微生物を含む培養液に間欠的に添加することを含む。本開示において、間欠的な添加とは、時間間隔を空けて複数回の添加を行うことを意味する。つまり、間欠的な添加においては、添加を行っている時期と、次の回の添加を行っている時期との間に、添加を行っていない時期が存在する。培養液中におけるグルコースの濃度は、使用する微生物の性質に応じて設定すればよいが、培養液に対して例えば0.01質量%~10質量%としてもよい。同様に、グリセロールの濃度についても、使用する微生物の性質に応じて設定すればよいが、培養液に対して例えば0.01質量%~10質量%としてもよい。
【0027】
グルコース及びグリセロールの培養液への添加は、培養液中におけるグルコース濃度がグリセロール代謝系の発現が促される程度にまで減少した後に行うことが好ましい。あるいは、グルコース及びグリセロールの培養液への添加は、例えば、培養液中におけるグルコース濃度が0質量%~0.03質量%の間の任意に設定した値(例えば、0.01質量%)となったときに行うようにしてもよく、0質量%となったときに行うことが好ましい。グルコース及びグリセロールの培養液への添加は、グルコースを含む水溶液及びグリセロールを含む水溶液を培養液に間欠的に添加することで行ってもよく、グルコースとグリセロールの両方を含む水溶液を培養液に添加することで行ってもよい。水溶液中におけるグルコース及びグリセロールの濃度は高い方が培養液に添加する液量を減少させることができ、培養液中の微生物を希釈させない観点から好ましい。グルコースは水に非常に溶けやすい物質であるが、グリセロールは水と任意の割合で混和させることができる。このため、水溶液中におけるグルコースの濃度は、5質量%~40質量%であることが好ましく、水溶液中におけるグリセロールの濃度は、20質量%~95質量%であることが好ましい。添加する水溶液の量は、前回の添加以降に消費されたグルコース及びグリセロールを補うような量に設定することが、微生物の増殖速度及びグリセロール代謝の両方を維持する上で好ましい。
【0028】
水溶液の添加速度は特に限定されないが、培地の急激な希釈を避ける観点から、例えば培養液1Lあたり5g/h~50g/hrとしてもよい。また、1回の添加操作の継続時間は、水溶液中におけるグルコース及びグリセロールの濃度及び水溶液の添加速度を考慮した上で、必要な量のグルコース及びグリセロールの添加がなされるように設定すればよく、例えば1分~30分としてもよい。
【0029】
グルコース及びグリセロールの培養液への添加は、例えば、培養液1Lあたり、グルコース濃度が5質量%~40質量%でありグリセロール濃度が20質量%~94質量%である水溶液を0.1g~100gの量で間欠的に添加することで行うことができる。あるいは、培養液1Lあたり、グルコース濃度が5質量%~40質量%でありグリセロール濃度が20質量%~90質量%である水溶液を0.1g~100gの量で間欠的に添加することで行うことができる。
【0030】
培養工程においては、グルコースとグリセロールとが同時に培養液に添加されることが好ましい。グルコースとグリセロールとを同時に培養液に添加することで、グルコース濃度の時間変化とグリセロール濃度の時間変化を同調させることができ、グリセロール代謝系の活性が維持されやすくなる。グルコースとグリセロールとの同時添加は、グルコースを含む水溶液及びグリセロールを含む水溶液を培養液に同時に添加することで行ってもよいが、グルコースとグリセロールの両方を含む水溶液を培養液に添加することにより行うことが好ましい。
【0031】
培養工程において、グルコースとグリセロールとの添加が終了してから、次の添加操作が開始されるまでの間隔は、当該間隔においてグルコースの濃度がグリセロール代謝系の働きが維持される程度にまで低下するものであれば特に限定されない。間隔は例えば0.5分~2時間であってもよく、1分~1時間であってもよく、2分~30分であってもよく、4分~10分であってもよい。間隔が短い場合には、グルコース添加が頻繁になされることとなるため、グルコース代謝経路とグリセロール代謝経路の合流点より下流の代謝酵素の発現がより高く維持されやすいものと考えられる。
【0032】
前記培養工程は、前記培養液中のグルコースの量及びグリセロールの量に関係するパラメータを測定すること、及びその測定結果に基づいてグルコース及びグリセロールを添加することを含むものであってもよい。グルコースの量及びグリセロールの量に関係するパラメータとは、グルコースの量及びグリセロールの量の変動により影響を受けるパラメータであって、当該パラメータを測定することによって間接的にグルコースの量及びグリセロールの量の変動を推定することができるものである。このようなパラメータの例としては、培養液中のpH、培養液の溶存酸素濃度、培養液中のグルコース及びグリセロールの濃度、排気中の二酸化炭素濃度、排気中の酸素濃度などが挙げられる。パラメータは、培養液中のpH、培養液の溶存酸素濃度、培養液中のグルコース及びグリセロールの濃度、排気中の二酸化炭素濃度、並びに排気中の酸素濃度からなる群から選択される少なくとも1種であることが好ましい。
【0033】
例えば、グルコースの量及びグリセロールの量が減少した場合、解糖系と下流のTCA回路のバランスが変わることなどにより、pHが増加する。このため、pHの増加を通じて、グルコースの量及びグリセロールの量の減少を知ることができる。また、炭素源の代謝には酸素が消費されるため、培養液の溶存酸素濃度を通じてもグルコースの量及びグリセロールの量の減少を知ることができる。排気中の二酸化炭素濃度とは、培地中に酸素を送り込んだ後に、培地中から出てくる気体中の二酸化炭素濃度のことを指し、同様に排気中の酸素濃度とは、培地中に酸素を送り込んだ後に、培地中から出てくる気体中の酸素濃度のことを指す。これらのパラメータにも炭素源の代謝による酸素の消費が反映される。これらのパラメータは1つのみを測定してもよいが、2つ以上を測定することによりグルコースの量及びグリセロールの量の変動をより精度良く求めることができる。
【0034】
これらのパラメータについて、あらかじめ設定値を決めておき、前記培養工程におけるグルコース及びグリセロールの添加を、測定された前記パラメータと、それぞれの所定の設定値との比較に基づいて行ってもよい。具体的には、パラメータがその設定値に到達した場合にグルコース及びグリセロールの添加操作を開始するようにしてもよい。また、グルコース及びグリセロールの添加量は、パラメータがあらかじめ設定された目標値に調整される量に設定してもよい。
【0035】
あるいは、前記培養工程におけるグルコース及びグリセロールの添加は、グルコース及びグリセロールの前回の添加終了時からの前記パラメータの変動量に基づいて行ってもよい。具体的には、前回の添加終了時からの前記パラメータの変動量があらかじめ設定した値に到達した場合に、グルコース及びグリセロールの添加操作を開始するようにしてもよい。また、グルコース及びグリセロールの添加量は、前回の添加終了時におけるパラメータの値へと調整される量に設定してもよい。
【0036】
例えば、パラメータとしてpHを用いる場合、pHが7.3~7.5の範囲内で設定された設定値(例えば7.45)に到達したときにグルコース及びグリセロールの添加を開始するものであってもよい。
【0037】
添加されたグルコース及びグリセロールと培養液とが均一に混合されるように、培養液は撹拌翼などにより混合されることが好ましい。
【0038】
上記のとおり、グルコース及びグリセロールを培養液に間欠的に添加することによって、グルコースの濃度がグリセロール代謝系の発現が生じる程度に低い時期を培養期間の少なくとも一部において繰り返し生じさせることができ、このため、微生物のグリセロール代謝系の活性を保持し、且つ高効率で微生物を増殖させることが可能となる。本開示に係る微生物を増殖させる方法により増殖した微生物は、種々の用途に用いることができる。例えば、微生物がタンパク質や抗生物質などの物質を生産する微生物である場合には、当該微生物又は当該微生物の培養液から所望の産物を回収することができる。また、微生物が酵素を生産する微生物である場合には、同様に酵素を回収してもよいし、微生物をそのまま、又は微生物の破砕物などの微生物処理物を、前記酵素を用いた化学反応のために用いることができる。
【実施例】
【0039】
以下、実施例に基づいて実施形態をさらに具体的に説明するが、本開示はこれにより何ら限定されるものではない。以下、特に断りのない限り、%及びppmはいずれも質量基準である。
【0040】
<微生物の準備>
微生物として、野生型の大腸菌(Escherichia coli W3110)(ATCC27325)を準備した。
【0041】
<実施例1>
500mLのバッフル付三角フラスコに下記の組成の培地100mLを調製し、121℃、20分間のオートクレーブにより滅菌した。上記の大腸菌を一白金耳で植菌し、37℃、130rpmにて培養した。
【0042】
培地組成
酵母エキストラクト 5.0 g/L
ポリペプトン 10.0 g/L
NaCl 5.0 g/L
塩化コバルト・六水和物 10.0mg/L
硫酸第二鉄・七水和物 40.0mg/L
pH7.5
【0043】
大腸菌の菌体の濁度として660nmにおける吸光度が3.0~6.0の範囲となった時点で、この培養液を高圧蒸気滅菌済みの表1に示す本培養培地5Lに植菌し、33℃にて培養した(本培養)。本培養開始より培養液のpHを監視し、pHが7.45以上となったときに炭素源供給溶液として下記組成の水溶液1を培地1Lに対して22g/hrの速度で30分間添加した。この条件下においては、結果的に、各回の添加後、5分以内に次の添加が開始された。本培養においては、1.0vvmで空気を培養液内に通気しながら攪拌し、52時間の培養を行い、培養産物(微生物懸濁液)を得た。
【0044】
【0045】
水溶液1の組成
27.5質量% グリセロール
27.5質量% グルコース
45質量% 水
【0046】
本培養を開始してから、24時間後、48時間後、52時間後の菌体得量(g/kg)を、赤外線水分計(株式会社ケット科学研究所製)により測定した。
【0047】
<比較例1>
上記水溶液1の代わりに、炭素源としてグリセロールのみを含む下記組成の水溶液2を添加したこと以外は、実施例1と同様の処理を行った。
【0048】
水溶液2の組成
55質量% グリセロール
45質量% 水
【0049】
<参考例1>
上記水溶液1の代わりに、炭素源としてグルコースのみを含む下記組成の水溶液3を添加した点以外は、実施例1と同様の処理を行った。
【0050】
水溶液3の組成
55質量% グルコース
45質量% 水
【0051】
<結果>
実施例1、比較例1、及び参考例1における、培養を開始してから、24時間後、48時間後、及び52時間後の菌体得量(g/kg)を表2に示す。
【0052】
【0053】
表2に示すように、グリセロールとグルコースを間欠的に培養中に添加した実施例1においては、グリセロールのみを添加した場合に見られる増殖速度の低下は大幅に抑制され、グルコースのみを炭素源として用いた場合(参考例1)とほぼ同等の増殖速度が得られた。