(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-03
(45)【発行日】2022-10-12
(54)【発明の名称】ボールねじ装置
(51)【国際特許分類】
F16H 25/22 20060101AFI20221004BHJP
F16H 25/24 20060101ALI20221004BHJP
【FI】
F16H25/22 F
F16H25/24 B
(21)【出願番号】P 2018191196
(22)【出願日】2018-10-09
【審査請求日】2021-09-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(72)【発明者】
【氏名】田代 明義
(72)【発明者】
【氏名】百々路 博文
【審査官】鷲巣 直哉
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-35322(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2011/0120247(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2011/0162935(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 25/22
F16H 25/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
外周に第1螺旋溝が形成されたねじ軸と、
内周に第2螺旋溝が形成され、前記ねじ軸の外周に嵌め合わされたナットと、
前記第1螺旋溝と前記第2螺旋溝との間に組込まれて、外力を支持する複数の玉と、を備え、
前記ねじ軸の軸の方向を軸方向とし、前記軸の周りを周回する方向を周方向として、
前記ねじ軸が、外力を受けながら前記軸を中心として回転するときに、
前記玉が、無負荷状態の位置から、軸方向の一方側に変位するボールねじ装置であって、
前記第2螺旋溝は、少なくとも軸方向の一方側の端部に、前記玉の脱落を防止する制止部材を備えており、
複数の前記玉のうち軸方向の最も一方側の前記玉と前記制止部材との間に、前記第2螺旋溝に沿って複数のコイルばねが直列に配置されており、
複数の前記コイルばねは、それぞれ前記第2螺旋溝に配置された状態で、前記軸の周りで周方向に占める角度が180°以下であることを特徴とするボールねじ装置。
【請求項2】
複数の前記コイルばねの間に、前記玉より小さい直径のスペーサボールが介在していることを特徴とする請求項1に記載するボールねじ装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ボールねじ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ボールねじ装置は、回転運動を直線運動に変換することができ、様々な分野で広く用いられている。例えば、特許文献1では、
図7に示すような、ボールねじ装置81を備えた自動車のブレーキ装置80が開示されている。
ブレーキ装置80は、モータ82でボールねじ装置81のねじ軸83を回転させることによって、ブレーキパッド84をブレーキロータ85に押し付けて、車輪(図示を省略)を制動している。
【0003】
ボールねじ装置81は、玉89が循環しない、いわゆる非循環型のボールねじ装置である。ねじ軸83の外周に第1螺旋溝87が形成され、ナット86の内周に第2螺旋溝88が形成されており、ナット86がねじ軸83の外周に嵌め合わされている。こうして、第1螺旋溝87と第2螺旋溝88とが互いに径方向に向き合って、玉溝が形成されている。玉溝には、複数の玉89が一列に組み込まれている。一列の玉の並びを玉列という。
【0004】
ブレーキ装置80が作動するときには、ねじ軸83が回転して、玉89が、玉溝に沿って転動する。ブレーキ装置80を解除するときには、ねじ軸83が逆方向に回転し、玉89は、概ね元の位置(初期位置)に復帰する。
しかしながら、ブレーキ装置80を繰り返し使用している間に、玉89の初期位置がずれて、玉溝の終端部近傍に移動する場合がある。この状態でブレーキ装置80が作動しようとすると、玉89がすぐに玉溝の終端に到達して転動できなくなるので、ねじ軸83が滑らかに回転せず、ブレーキ装置80の制動力などの性能が低下する虞がある。
そこで、
図8に示すように、特許文献1のボールねじ装置81では、玉列の両側にコイルばね90を設けている。これによって、ボールねじ装置81が作動するときにはコイルばね90を圧縮して玉列の移動を許容しつつ、ボールねじの動作が終了したときには、コイルばね90の弾性力によって、玉列が、初期位置に復帰するようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
非循環型のボールねじ装置81は、その適用範囲を拡げるために、ナット86の可動範囲を拡げたいという要望がある。しかしながら、ねじ軸83の回転角を大きくすると、玉89の転動量が増大するので、コイルばね90の線間が密着してしまい、ねじ軸83を滑らかに回転させることができなくなる。
そこで、コイルばね90の全長を長くして、コイルばね90の許容撓み量を大きくする方法が考えられるが、コイルばね90の全長を長くすると、コイルばね90の外周とナット86の玉溝の内周とが強くこすれ合うようになり、滑らかに圧縮することができない。このため、実質的に許容撓み量が減少し、玉89が滑らかに転動しないので、ボールねじ装置81の伝達効率が低下してしまう。
このように、玉列が移動する側にコイルばね90を備えて、動作が終了したときに玉列が初期位置に復帰するボールねじ装置81では、ナット86の可動範囲を大きくすることが困難であった。
【0007】
上記の状況に鑑み、本発明の目的は、ねじ軸が回転したときに玉列が移動する側にコイルばねを備えたボールねじ装置において、ナットの可動範囲を大きくするとともに、広い範囲で良好な伝達効率を有するボールねじ装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一形態は、外周に第1螺旋溝が形成されたねじ軸と、内周に第2螺旋溝が形成され、前記ねじ軸の外周に嵌め合わされたナットと、前記第1螺旋溝と前記第2螺旋溝との間に組込まれて、外力を支持する複数の玉と、を備え、前記ねじ軸の軸の方向を軸方向とし、前記軸の周りを周回する方向を周方向として、前記ねじ軸が、外力を受けながら前記軸を中心として回転するときに、前記玉が、無負荷状態の位置から、軸方向の一方側に変位するボールねじ装置であって、前記第2螺旋溝は、少なくとも軸方向の一方側の端部に、前記玉の脱落を防止する制止部材を備えており、複数の前記玉のうち軸方向の最も一方側の前記玉と前記制止部材との間に、前記第2螺旋溝に沿って複数のコイルばねが直列に配置されており、複数の前記コイルばねは、それぞれ前記第2螺旋溝に配置された状態で、前記軸の周りで周方向に占める角度が180°以下であることを特徴としている。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、ねじ軸が回転したときに玉列が移動する側にコイルばねを備えたボールねじ装置において、ナットの可動範囲を大きくするとともに、広い範囲で良好な伝達効率を有するボールねじ装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】ボールねじ装置を使用したブレーキ装置の一例を示す断面図である。
【
図3】
図3(a)は、玉溝を直線状に展開して玉列及び各コイルばねの組込状態を示す模式図であり、
図3(b)はその変形例である。
【
図5】円弧長が360°のコイルばねの組込状態を示す模式図である。
【
図6】円弧長が180°のコイルばねの組込状態を示す模式図である。
【
図7】従来のボールねじ装置を使用したブレーキ装置の形態を示す断面図である。
【
図8】従来のナットの内周に配置された玉列とコイルばねの形態を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の一実施形態(以下、第1実施形態という)を、図を用いて詳細に説明する。
第1実施形態のボールねじ装置31は、自動車のブレーキ装置10に用いられている。
図1はブレーキ装置10の概略の構造を示す軸方向の断面図である。ブレーキ装置10は、自動車の車輪(図示を省略)と一体回転するブレーキロータ11にブレーキパッド12を押し付けて、摩擦によって制動力を付与する装置である。以下の説明では、ボールねじ装置31のねじ軸32の中心軸mの方向を軸方向といい、中心軸mと直交する向きを径方向、中心軸mの回りを周回する方向を周方向という。
【0012】
ブレーキ装置10は、キャリパー13と、ブレーキロータ11を挟む一対のブレーキパッド12,12と、ブレーキパッド12をブレーキロータ11に向けて付勢するボールねじ装置31と、モータ14とを備えている。
【0013】
キャリパー13は、鞍形の形状で、ブレーキロータ11の外周の一部を覆うように配置されており、図示しないナックル等によって、軸方向に動きうる浮動状態で、かつ、周方向に固定された状態で支持されている。キャリパー13には、内周が円筒面のシリンダ15が一体に形成されている。蓋23が、シリンダ15のブレーキロータ11と反対の側の端部に設置されており、シリンダ15の内周は、ブレーキロータ11に向かって開口している。蓋23の中心に、軸方向に貫通する孔19が形成されている。
ピストン16が、シリンダ15の内周に挿入されている。ピストン16は、その外周が円筒面であって、シリンダ15の内周とわずかなすきまをもって嵌め合わされており、ブレーキロータ11に向かって軸方向に変位することができる。ピストン16とシリンダ15との嵌め合い面には滑りキー17が設けられており、ピストン16は、シリンダ15に対して軸方向に往復移動可能であるが、周方向に回転不能となっている。
【0014】
ピストン16の内周側には、ボールねじ装置31が組付けられている。ボールねじ装置31は、ねじ軸32、ナット33、及び複数の玉35を備えており、ねじ軸32の回転運動を、ナット33の軸方向の運動に変換する装置である。
ねじ軸32は、径方向に広がる円板状のフランジ部24を備えている。フランジ部24と蓋23との間には、スラスト軸受25、自動調心座26、軸力計測装置27が組込まれている。これにより、ねじ軸32は、中心軸mを中心として回転可能でかつ軸方向に移動不能である。ねじ軸32は、蓋23の孔19に挿通されている。ギア20が、ねじ軸32の軸端に取り付けられており、中間ギア21を介して、モータ14の回転軸に取り付けられたギア22とかみ合っている。ボールねじ装置31については、後で詳細に説明する。
【0015】
モータ14は、キャリパー13の外側に設けられており、制御装置(図示を省略)から発信する信号に基づいて、正回転、逆回転、又は停止する。モータ14が回転することによって、ボールねじ装置31が作動する。
【0016】
ブレーキ装置10には、一対のブレーキパッド12,12が、ブレーキロータ11を挟んで、互いに軸方向に対向するように設置されている。一方のブレーキパッド12が、ピストン16の端部に設置され、他方のブレーキパッド12が、キャリパー13の内壁に設置されている。モータ14が回転し、ねじ軸32が回転すると、ピストン16が軸方向に押し出されて、一対のブレーキパッド12,12が互いに接近する。キャリパー13は、ブレーキロータ11に対して浮動状態で支持されており、軸方向に変位することができるので、一対のブレーキパッド12,12は、ブレーキロータ11を軸方向の両側から挟持することができる。こうして、ブレーキロータ11とブレーキパッド12の間に生じるすべり摩擦によって、車輪が制動される。
【0017】
図2によって、ボールねじ装置31について説明する。
図2は、ボールねじ装置31を分解して、構成部品を軸方向に配列した分解斜視図である。なお、説明の便宜のため、ナット33が嵌め合わされるピストン16及び止め輪34をあわせて図示している。
ボールねじ装置31は、ねじ軸32、ナット33、複数の玉35、一方側ばね部材36、及び、他方側ばね部材37を備えている。なお、以下の説明では、
図2における右側を軸方向一方側、左側を軸方向他方側という場合がある。
【0018】
ねじ軸32は、外周に第1螺旋溝39が形成された略円筒形状の螺旋溝形成部40と、フランジ部24と、シャフト部38とが、互いに同軸に形成されている。
第1螺旋溝39は、軸方向断面が、玉35の外径の曲率半径よりわずかに大きい曲率半径の円弧形状であり、螺旋溝形成部40の軸方向の全領域にわたって螺旋状に形成されている。螺旋の巻方向は右であり、
図2の矢印Jの向きに見たときに、螺旋溝形成部40の外周を時計周りの方向に周回すると軸方向他方側に進む向きに形成されている。
シャフト部38は、螺旋溝形成部40より小径の略円柱形状である。
【0019】
ナット33は、略円筒形状で、内周には、第2螺旋溝41が、軸方向の全領域にわたって螺旋状に形成されている。第2螺旋溝41は、軸方向断面が、玉35の外周の曲率半径よりわずかに大きい曲率半径の円弧形状である。螺旋の向きは、第1螺旋溝39と同様である。
ねじ軸32の螺旋溝形成部40は、ナット33より軸方向長さが長く、第1螺旋溝39は、第2螺旋溝41より軸方向の広い範囲に形成されている。
【0020】
ナット33は、ねじ軸32の外周に嵌め合わされており、第1螺旋溝39と第2螺旋溝41とが互いに径方向に向き合って、螺旋状の玉溝Aが形成されている。複数の玉35が、玉溝Aに沿って一列に組込まれている。また、
図2に示すように、自由長の短いコイルばねである仕切ばね42が、一列に並んだ複数の玉35の複数個所に所定の間隔で組み込まれている。このように、玉溝Aに沿って一列に配置された複数の仕切ばね42及び複数の玉35を、玉列Pという。
玉35は、第1螺旋溝39及び第2螺旋溝41と接触して、ナット33に作用する軸方向の外力Fを支持している。ねじ軸32が回転すると、玉列Pが玉溝Aの内側を転動するので、軸方向に大きな外力Fが負荷された状態であっても、ナット33を軸方向に滑らかに移動させることができる。
【0021】
玉溝Aには、一方側ばね部材36及び他方側ばね部材37が、玉列Pの両外側に組み込まれている。第1実施形態のボールねじ装置31は、一方側ばね部材36が、第1のコイルばね36aと第2のコイルばね36bの2本のばねを組み合わせた形態である点に特徴がある(
図3参照)。各ばね部材36,37については、ボールねじ装置31のその他の構成を説明した後に、詳細に説明する。
【0022】
ナット33は、外周がピストン16の内周に嵌め合わされている。
図2に示すように、ナット33の外周は、軸方向の一部が円筒形状で、軸方向のその他の部分が多角形状になっている。ピストン16の内周は、図示を省略するが、ナット33の外周と同様の形状で、軸方向の一部が多角形状になっている。ナット33の多角形状の外周部が、ピストン16の多角形状の内周部に嵌め合わされて、ピストン16とナット33が周方向に相対的に回転するのを防止している。
ピストン16にナット33を組付けた後、止め輪34が、ピストン16の内周に装着されて、ナット33が軸方向に抜け出すのを防止している。こうして、ナット33は、ピストン16と一体に固定されている。
【0023】
図3及び
図4によって、ボールねじ装置31が作動する前の、無負荷状態における、玉列Pと一方側ばね部材36及び他方側ばね部材37の組込状態について詳細に説明する。
図3(a)は、玉列P及び各コイルばね36a,36bの組込状態の一例を示す模式図であり、玉溝Aを直線状に展開した状態で示している。
図3(b)は、
図3(a)の変形例を示している。
図4は、
図2の矢印Jの向きに見たときの、第1制止部47の形態を示す模式図である。
【0024】
図3(a)に示すように、玉列Pと一方側ばね部材36及び他方側ばね部材37は、玉溝Aに沿って一列に組み込まれている。
制止部材としての第1制止部47及び第2制止部55が、それぞれ第2螺旋溝41の軸方向両端部に形成されている。
図4では、第1制止部47の上方が、第2螺旋溝41の軸方向他方側に向かう方向であり、下方が、第2螺旋溝41の軸方向一方側に向かう方向である。
各制止部47,55は、玉35及び各ばね部材36,37が、第2螺旋溝41から脱落するのを防止している。
【0025】
図4を参照して、各制止部47,55の形態について説明する。第1制止部47と第2制止部55は、互いに同様の形態であるので、第1制止部47を例にして説明する。
第1制止部47は、第1凹部48と第1ストッパボール49とで形成されている。第1凹部48は、ナット33の内周から径方向外方に窪んだ形状であり、第2螺旋溝41の軸方向他方側から軸方向一方側に向かうにしたがって径方向の深さが増大している。第1凹部48は、ナット33の端面33a(
図2参照)から第2螺旋溝41の一の溝幅と同程度の深さまで形成されている。
【0026】
第1ストッパボール49が、第1凹部48に組み込まれている。第1ストッパボール49は、玉列Pを構成する玉35に比べて大径である。第1ストッパボール49は、第1凹部48の壁面51と当接して、軸方向一方側に変位不能に固定されている。
【0027】
再び
図3(a)を参照する。一方側ばね部材36は、玉列Pの軸方向一方側で、玉列Pと第1制止部47との間に組込まれており、他方側ばね部材37は、玉列Pの軸方向他方側で、玉列Pと第2制止部55との間に組み込まれている。
【0028】
一方側ばね部材36は、第1のコイルばね36a及び第2のコイルばね36bで構成されている。第1のコイルばね36a及び第2のコイルばね36bは、互いに同一の形態であり、それぞれ、ばね鋼やステンレスばね鋼等の線材を螺旋状に巻いて、全体として略円筒形状に形成された圧縮ばねである。なお、
図3(a)では、説明の便宜上、第1のコイルばね36aと第2のコイルばね36bとの間にすきまを設けて記載しているが、実際には互いに接触している。
【0029】
第1のコイルばね36a及び第2のコイルばね36bは、玉溝Aに沿って、直列状態に配置されている。直列状態とは、二本のコイルばね36a,36bが、玉溝Aに沿って一列に配置された状態をいう。具体的には、第1のコイルばね36aは、玉列Pより軸方向一方側において、玉列Pに近接した位置に配置され、第2のコイルばね36bは、第1のコイルばね36aと第1ストッパボール49との間に配置されている。
【0030】
他方側ばね部材37は、1本のコイルばね(たとえば、第1のコイルばね36aと同様のコイルばねである)で構成されている。
【0031】
図3(a)に示すように、玉列Pと各ばね部材36,37を、自由状態で一列に並べて配置したときには、その全長Lは、第1ストッパボール49と第2ストッパボール56との間の玉溝Aに沿った長さLoと同等か、もしくはLoよりわずかに大きく設定されている。これにより、ボールねじ装置31に軸方向の外力Fが負荷されていないときには、玉35は玉溝Aの内側を自由に動くことができるので、各玉35が所定の位置に変位して、各コイルばね36a,36b及び仕切ばね42の圧縮荷重が一様な大きさとなっている。このように、外力Fが作用していない無負荷状態における玉35の位置を、初期位置という。
【0032】
次に、
図1、
図2を参照しつつ、ボールねじ装置31が作動して、ねじ軸32が回転するときの、玉35の挙動について説明する。以下の説明では、特に断らない場合は、ねじ軸32及び玉列Pが、中心軸mの周りを周回するときの向きは、
図2の矢印Jから見た向きで記載する。
【0033】
ここでは、第1のコイルばね36aと第2のコイルばね36bのばね諸元を、次のように設定して説明する。
各コイルばね36a,36bは、互いに自由長及びばね定数が同等であり、圧縮したときに線間が密着するまでの許容撓み量δが同等である。許容撓み量δとは、自由長L1と線間が密着したときの全長L2との差(δ=L1-L2)である。各コイルばね36a,36bの自由長は、玉溝Aの1ピッチ分の道程の半分に相当する長さである。言い換えれば、玉溝Aに組み込まれたコイルばね36a,36bを軸方向に見たときに、中心軸mの周りで周方向に占める角度(以下「円弧長」という)が、それぞれ180°である。
したがって、一方側ばね部材36の全体としての円弧長は、360°(=180°×2)である。また、一方側ばね部材36の全体としての許容撓み量は、2×δである。
【0034】
なお、従来のボールねじ装置81では、一方側ばね部材としてコイルばね90が使用されており、コイルばね90のばね諸元は、概ね次の通りである。
円弧長・・・180°~270°
許容撓み量・・・1.0×δ~1.5×δ
但し δ:第1のコイルばね36a又は第2のコイルばね36bの許容撓み量
【0035】
先に述べたように、第1実施形態では、ねじ軸32の第1螺旋溝39の巻方向が右である。したがって、ねじ軸32が反時計周りの方向に回転すると、ピストン16が、ブレーキロータ11に向けて押し出され、ブレーキパッド12がブレーキロータ11に押し付けられる。
ブレーキパッド12をブレーキロータ11に押し付けると、その反力が外力Fとしてピストン16に軸方向に作用して、各玉35は、第1螺旋溝39と第2螺旋溝41に押し付けられる。この状態でねじ軸32が回転すると、各玉35は、反時計周りの方向に転動して、第2螺旋溝41を軸方向一方側に向けて移動する。
ボールねじ装置31では、玉35の直径dが小さいので、玉列Pが、第2螺旋溝41に沿って移動する移動量Sは、第1螺旋溝39が周方向に移動する移動量の概ね2分の1である。こうして、ボールねじ装置31が作動するときには、玉列Pが移動することによって、一方側ばね部材36が、移動量Sと等しい寸法だけ圧縮される。
なお、移動量Sは、従来のボールねじ装置81においても同様であり、概ね、コイルばね90の許容撓み量の上限値(1.5×δ)と同等の大きさである。
【0036】
第1実施形態では、一方側ばね部材36が、第1のコイルばね36aと第2のコイルばね36bを直列に配置しており、一方側ばね部材36の全体としての許容撓み量が、従来のボールねじ装置81に比べて大きくなっている。このため、第1実施形態では、一方側ばね部材36の許容撓み量(2×δ)を、玉列Pの移動量Sより大きくすることができるので、ボールねじ装置31が作動して玉列Pが移動したときに、一方側ばね部材36の線間が密着するのを防止できる。このため、玉35の転動が阻害されないので、ねじ軸32が滑らかに回転することができる。
【0037】
その後、ねじ軸32が時計周りの方向に回転して、ブレーキパッド12が、ブレーキロータ11から離れる向きに変位して、車輪の制動が解除される。
ブレーキパッド12が、ブレーキロータ11から離れて、外力Fが作用しなくなったときには、玉列Pが、一方側ばね部材36に付勢されて、初期位置に復帰する。こうして、玉列Pの初期位置のずれを防止できるので、再びボールねじ装置31を作動させるときに、一方側ばね部材36の線間が密着することがない。こうして、長期にわたってボールねじ装置31を使用することができる。
【0038】
次に、第1実施形態の一方側ばね部材36が、「こじれ」(コイルばねが変形して、玉溝Aの内周に押し付けられており、伸縮し難い状態をいう)を防止する効果について説明する。
発明者らの研究によると、玉列Pの移動する側に、一のコイルばねのみを組み込んだ場合には、そのコイルばねの全長(自然長)によって、ねじ軸32を回転させる際の滑らかさに違いがあることが分かった。以下にその結果を説明する。なお、下記の第1から第3の試験例に使用したコイルばね(各試験例ごとにコイルばねD1、D2、D3という)は、単位長さあたりのばね諸元が、第1実施形態の第1のコイルばね36a又は第2のコイルばね36bと同一であり、全長(円弧長で示す)のみが互いに異なっている。
【0039】
第1の試験例として、コイルばねD1の円弧長が360°のときは、ねじ軸32を滑らかに回転させることができなかった。
第2の試験例として、コイルばねD2の円弧長が90°又は180°のときは、それぞれ常にねじ軸32を滑らかに回転させることができた。
第3の試験例として、コイルばねD3の円弧長が270°のときは、ねじ軸32が概ね滑らかに回転するものの、ボールねじ装置31の伝達効率の低下が認められる場合があった。
これらの結果より、コイルばねの全長の違いによって、ねじ軸32を回転させる際の、「こじれ」の生じやすさに違いがあることが考えられた。以下に、そのメカニズムについて、具体的に説明する。
【0040】
図5によって、上記の第1の試験例について説明する。
図5は、玉溝Aに組み込まれたコイルばねD1を軸方向から見たときの形態を、模式的に示している。なお、
図5では、コイルばねD1の変形状態を明確にするため、玉溝AとコイルばねD1との径方向のすきまを誇張して示している。また、図が煩雑になるのを避けるために、コイルばねD1の円弧長を、360°よりわずかに小さく表示している。
コイルばねD1は、もともと直線状に製造されており、玉溝Aには、弾性的に円形状に曲げた状態で組み付けられている。このため、玉溝Aに組み込まれたときには、径方向外方に向けて広がろうとする弾性的な復元力が作用しており、ほぼ全周にわたってコイルばねD1が第2螺旋溝41に押し付けられている。このため、玉列Pが移動して矢印Gで示す圧縮荷重が作用したときに、第2螺旋溝41との間に大きな摩擦力が生じるので、コイルばねD1は、ほとんど撓むことができない。具体的に説明すると、第1ストッパボール49に近接した側の概ね半周の領域E2では、コイルばねD1の外周と第2螺旋溝41との摩擦力が大きくなり、コイルばねD1は、ほとんど圧縮されない。一方、玉35に近接した側の概ね半周の領域E1では、コイルばねD1が圧縮され得るが、領域E1の自由長が小さいため、玉列Pの移動によって線間が密着してしまう。この結果、ねじ軸32を滑らかに回転させることができなかったものと考えられる。
【0041】
図6によって、上記の第2の試験例について説明する。
図6は、
図5と同様の模式図である。
コイルばねD2は、もともと直線状に製造されており、玉溝Aに組み込まれたときには、
図6に示すように弾性変形しており、コイルばねD2の両端でナット33の第2螺旋溝41と接触し、全長のほぼ中央では第2螺旋溝41から離れて、ねじ軸32の第1螺旋溝39と接触している。このため、玉列Pが移動して、コイルばねD2の一端が、
図6に矢印Gで示す圧縮荷重が作用したときに、コイルばねD2の中央が径方向外方に向けて変位して、第1螺旋溝39との摩擦が低減する。この結果、第1の試験例の場合と異なり、コイルばねD2が全長にわたって容易に撓むことができるので、ねじ軸32を滑らかに回転させることができたものと考えられる。
コイルばねD2の円弧長が90°の場合についても同様であり、説明を省略する。
【0042】
上記の第3の試験例の場合には、コイルばねD3と玉溝Aとの接触状態が、上記の第2の試験例の状態から、上記の第1の試験例の状態に少しずつ変化しているものと考えられる。
【0043】
以上の結果によって明らかなように、玉溝Aに配置されたコイルばねは、円弧長が180°以下のときには、「こじれ」を防止して、容易に撓むことができる。ただし、円弧長が、過度に小さい場合には、一方側ばね部材36を構成するコイルばねの数が増大し、ボールねじ装置31への組込性が低下するので、円弧長は45°以上であることが好ましい。
第1実施形態では、一方側ばね部材36を構成する第1のコイルばね36aと第2のコイルばね36bは、それぞれ円弧長が180°であり、互いに直列に配置されている。玉列Pが移動するときには、それぞれのコイルばね36a,36bに互に同等の圧縮荷重Gが作用する。すなわち、第1のコイルばね36aでは、玉列Pによって、軸方向他方側の端部に圧縮荷重Gが作用しており、第2のコイルばね36bでは、第1のコイルばね36aによって、軸方向他方側の端部に圧縮荷重Gが作用しており、各コイルばね36a,36bに対する圧縮荷重Gの向きや大きさは同等である。したがって、各コイルばね36a,36bは、それぞれ「こじれ」を防止して、容易に撓むことができる。
こうして、一方側ばね部材36は、全体として、「こじれ」を防止して、容易に撓むことができる。
【0044】
以上説明したように、第1実施形態のボールねじ装置31は、一方側ばね部材36を第1のコイルばね36aと第2のコイルばね36bを直列に配置することによって、許容撓み量を大きくすることができる。これにより、ねじ軸32の回転角を大きくしても一方側ばね部材36の線間が密着せず、ねじ軸32を滑らかに回転させることができる。更に、一方側ばね部材36を構成する各コイルばね36a,36bの円弧長を180°以下としているので、一方側ばね部材36のこじれを防止して、ねじ軸32を滑らかに回転させることができる。こうして、ナット33の可動範囲を大きくするとともに、広い範囲で良好な伝達効率を確保できる。
【0045】
なお、上記は、玉列Pの移動量Sが、概ね1.5×δである場合について説明したが、これより大きいとき、特に、2×δを超える場合(すなわち、第1実施形態の一方側ばね部材36の許容撓み量より大きい場合である)には、一方側ばね部材36として、例えば、三以上のコイルばねを直列に配置すればよい(図示を省略する)。このとき、各コイルばねは、例えば、第1のコイルばね36aと同等のコイルばねを使用することができる。これにより、許容撓み量が、3×δとなり、玉列Pの移動量Sより大きくすることができるので、一方側ばね部材36の線間が密着することを回避することができる。同時に、各コイルばねの円弧長が180°であることより、各コイルばねにおいてこじれを防止して、一方側ばね部材36が全体としてこじれを回避できるので、ねじ軸32を滑らかに回転させることができる。
【0046】
その他の実施形態について説明する。第1実施形態では、第2のコイルばね36bの軸方向他方側の端部が、第1のコイルばね36aの軸方向一方側の端部と直接接触しているが、
図3(b)に示すように、玉列Pを構成する玉35より小径の玉であるスペーサボール43を介して接触するようにしてもよい。
玉35より小径にすることによって、スペーサボール43と第1螺旋溝39及び第2螺旋溝41との間にすきまができるので、スペーサボール43は、第1のコイルばね36aと第2のコイルばね36bで支持されて、玉溝Aに沿って自在に変位できる。これにより、玉列Pの移動量Sを、第1のコイルばね36aと第2のコイルばね36bで均等に吸収できるので、第1のコイルばね36aと第2のコイルばね36bが直接接触する場合と同様に、一方側ばね部材36が全体として大きい許容撓み量を確保できる。
【0047】
こうして、第1のコイルばね36aと第2のコイルばね36bがスペーサボール43を介して接触することにより、各コイルばね36a,36bのばね端がオープンエンドの形態であっても、各コイルばね36a,36bの姿勢を安定したものにすることができる。
【0048】
なお、仮に、玉列Pを構成する玉35と同等の大きさとした場合には、次のような不具合を生じる。スペーサボール43は、第1螺旋溝39と第2螺旋溝41で挟持されるので、ねじ軸32が回転すると、玉列Pの玉35とともに転動する。このとき、スペーサボール43と玉列Pとが等しい距離だけ移動するので第1のコイルばね36aはほとんど撓むことがなく、第2のコイルばね36bだけが撓んでしまう。このため、早期に第2のコイルばね36bの線間が密着してスペーサボール43の転動が阻害されるので、ねじ軸32を滑らかに回転させることができなくなる。
【0049】
以上、本発明の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。したがって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。
例えば、第1及び第2実施形態では、ねじ軸32及びナット33の各螺旋溝39,41の巻方向が右で形成されている場合について説明したが、それぞれの巻方向が左であってもよい。この場合には、ねじ軸32が時計周りの方向に回転すると、ブレーキパッド12がブレーキロータ11に押し付けられる。
また、一方側ばね部材36を構成する第1のコイルばね36a及び第2のコイルばね36bは、互いに同じ形態であったが、自由長、許容撓み量等のばね諸元が互いに異なっていてもよい。
また、ボールねじ装置31の作動方向が、常に軸方向の一方である場合には、必ずしも玉列Pの両側にばね部材を設ける必要がない。負荷がかかった時に玉列Pが進行する方向が、例えば、軸方向の一方側である場合には、当該方向のばね部材が撓むことができる状態であればよく、他方側のばね部材は必ずしも必要ではない。
また、第1実施形態では、ボールねじ装置31が、ブレーキ装置10に用いられる場合を説明したが、その他の機器にも適用可能である。
【符号の説明】
【0050】
(第1実施形態)10:ブレーキ装置、11:ブレーキロータ、12:ブレーキパッド、13:キャリパー、14:モータ、15:シリンダ、16:ピストン、20:ギア、31:ボールねじ装置、32:ねじ軸、33:ナット、33a:端面(ナット)、34:止め輪、35:玉、36:一方側ばね部材、36a:第1のコイルばね、36b:第2のコイルばね、37:他方側ばね部材、38:シャフト部、39:第1螺旋溝、40:螺旋溝形成部、41:第2螺旋溝、42:仕切ばね、43:スペーサボール、47:第1制止部、48:第1凹部、49:第1ストッパボール、55:第2制止部、56:第2ストッパボール、
(従来構造)80:ブレーキ装置、81:ボールねじ装置、82:モータ、83:ねじ軸、84:ブレーキパッド、85:ブレーキロータ、86:ナット、87:第1螺旋溝、88:第2螺旋溝、89:玉、90:コイルばね