(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-03
(45)【発行日】2022-10-12
(54)【発明の名称】複合半透膜および複合半透膜エレメント
(51)【国際特許分類】
B01D 71/56 20060101AFI20221004BHJP
B01D 69/12 20060101ALI20221004BHJP
B01D 69/10 20060101ALI20221004BHJP
B01D 69/02 20060101ALI20221004BHJP
B01D 65/08 20060101ALI20221004BHJP
C02F 1/44 20060101ALI20221004BHJP
C08G 69/26 20060101ALI20221004BHJP
C08G 69/40 20060101ALI20221004BHJP
【FI】
B01D71/56
B01D69/12
B01D69/10
B01D69/02
B01D65/08
C02F1/44 C
C08G69/26
C08G69/40
(21)【出願番号】P 2019513472
(86)(22)【出願日】2019-02-28
(86)【国際出願番号】 JP2019007965
(87)【国際公開番号】W WO2019168137
(87)【国際公開日】2019-09-06
【審査請求日】2021-11-11
(31)【優先権主張番号】P 2018034858
(32)【優先日】2018-02-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2018034859
(32)【優先日】2018-02-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】特許業務法人栄光特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】志村 晴季
(72)【発明者】
【氏名】西口 芳機
(72)【発明者】
【氏名】安達 庸平
(72)【発明者】
【氏名】徳山 尊大
(72)【発明者】
【氏名】倉岡 晃平
【審査官】▲高▼ 美葉子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/003943(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/133133(WO,A1)
【文献】特開2010-240651(JP,A)
【文献】特表2013-534464(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01D 53/22
B01D 61/00-71/82
C02F 1/44
C08G 69/32
E32B 5/18
E32B 27/34
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
微多孔性支持層と、前記微多孔性支持層上に配置された分離機能層と、前記分離機能層上に配置された被覆層と、を有する複合半透膜であって、
前記分離機能層は、多官能芳香族アミンと多官能芳香族酸クロリドとの重縮合物である架橋芳香族ポリアミドを含有し、
前記被覆層は下記(I)の構造を有する脂肪族ポリマーを含有する、複合半透膜。
【化1】
(但し、Vは構造群(i)から選択される少なくとも1種の構造であり、Wは構造群(ii)から選択される少なくとも1種構造であり、rは2以上の整数である。)
【化2】
(但し、nは1以上、かつ、100以下の整数であり、x,yは1以上、かつ、50以下の整数であり、Rはメチル基を指す。)
【化3】
(但し、Xの少なくとも1つはフッ素原子であり、他のXは水素原子であり、pおよびqは、1以上かつ10以下の整数である。)
【請求項2】
前記脂肪族ポリマーと前記架橋芳香族ポリアミドとがアミド結合している、
請求項1に記載の複合半透膜。
【請求項3】
前記脂肪族ポリマーの末端がカルボキシ基である、
請求項1または2に記載の複合半透膜。
【請求項4】
下記条件(A)、(B)、(C)、(D)および(E)を満たす、
請求項1~3のいずれか1項に記載の複合半透膜。
(A)25℃、相対湿度97%の条件下で測定される赤外吸収(IR)スペクトルと、25℃、相対湿度3%の条件下で測定されるIRスペクトルとの差スペクトルにおいて、3700~2900cm
-1間の最大ピークの強度が0.08以上である。
(B)前記差スペクトルの3700~2900cm
-1間のピークトップ波数が3400cm
-1以上かつ3550cm
-1以下である。
(C)前記複合半透膜の被覆層側からX線を照射することで行われるX線光電子分光測定において、C1sのピークが290eV以上、かつ、295eV以下の範囲に、極大値を1つ以上有する。
(D)飛行時間型二次イオン質量分析法を用いて前記複合半透膜の被覆層側を測定した際、正2次イオンm/z=45.03、59.05、104.03、108.07、135.06のカウント数をそれぞれa,b,c,d,eとした時、下記式(1)を満たす。
a+b ≧ 10×(c+d+e) …(1)
【請求項5】
前記複合半透膜の被覆層側からX線を照射することで行われるX線光電子分光測定において、C1sのピークが290eV以上、かつ、295eV以下の範囲に、極大値が少なくとも1つ検出される被覆層側からの限界深さが10nm以下である請求項4に記載の複合半透膜。
【請求項6】
前記被覆層が、凸部と凹部とを備えるひだ構造を有し、前記ひだ構造の凸部において高さが100nm以上である割合が80%以上である、請求項1~5のいずれか1項に記載の複合半透膜。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1項に記載の複合半透膜を備えた、複合半透膜エレメント。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液状混合物の選択的分離に有用な半透膜に関し、透水性、耐汚れ性および耐薬品性に優れた複合半透膜に関するものである。
【背景技術】
【0002】
液状混合物の膜分離に使用される膜には、精密ろ過膜、限外ろ過膜、ナノろ過膜、逆浸透膜などがあり、これらの膜は、例えば塩分、有害物を含んだ水などから飲料水を得る場合や、工業用超純水の製造、排水処理、有価物の回収などに用いられている。
現在市販されている逆浸透膜およびナノろ過膜の大部分は複合半透膜であり、中でも、多官能アミンと多官能酸ハロゲン化物との重縮合反応によって得られる架橋ポリアミドからなる分離機能層を微多孔性支持膜上に被覆して得られる複合半透膜(特許文献1)は、透過性や選択分離性の高い分離膜として広く用いられている。
【0003】
しかし、複合半透膜を使用し続けると、膜表面に、有機物や重金属、微生物などの汚れ物質が付着し、膜の透過流束が低下し易く、ある期間運転後に酸、アルカリなどによる薬液洗浄が必要となる。そのため、汚れ物質が付着しにくく、かつ、酸、アルカリなどの薬液洗浄前後での性能変化の少ない複合半透膜が望まれている。
汚れの付着を改善する方法として、ポリビニルアルコールを分離機能層表面に被覆することで荷電状態を中性にして、ファウリングを抑制する方法(特許文献5)、ポリアルキレンオキシドを含有する被覆層を形成するなどの方法(特許文献6,7)が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】日本国特開2001-79372号公報
【文献】日本国国際公開第97/34686号公報
【文献】日本国特表2003-501249号公報
【文献】日本国特表2015-516876号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献2~4に記載の技術では、汚れ物質の付着抑制効果が不十分であることや酸による洗浄や酸性溶液中での保存により、膜性能や耐汚れ性が低下すること、さらには、分離機能層を被覆することにより透水性が低下してしまうなどの問題点がある。本発明は、高い透水性を有し、かつ、酸接触前後での性能および耐汚れ性が安定した複合半透膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本発明は、下記[1]~[7]のいずれかの構成を備える。
【0007】
[1]微多孔性支持層と、前記微多孔性支持層上に配置された分離機能層と、前記分離機能層上に配置された被覆層と、を有する複合半透膜であって、
前記分離機能層は、多官能芳香族アミンと多官能芳香族酸クロリドとの重縮合物である架橋芳香族ポリアミドを含有し、
前記被覆層は下記(I)の構造を有する脂肪族ポリマーを含有する、複合半透膜。
【0008】
【0009】
(但し、Vは構造群(i)から選択される少なくとも1種の構造であり、Wは構造群(ii)から選択される少なくとも1種構造であり、rは2以上の整数である。)
【0010】
【0011】
(但し、nは1以上、かつ、100以下の整数であり、x,yは1以上、かつ、50以下の整数であり、Rはメチル基を指す。)
【0012】
【0013】
(但し、Xの少なくとも1つはフッ素原子であり、他のXは水素原子であり、pおよびqは、1以上かつ10以下の整数である。)
【0014】
[2]前記脂肪族ポリマーと前記架橋芳香族ポリアミドとがアミド結合している、
上記[1]に記載の複合半透膜。
【0015】
[3]前記脂肪族ポリマーの末端がカルボキシ基である、
上記[1]または[2]に記載の複合半透膜。
【0016】
[4]下記条件(A)、(B)、(C)、(D)および(E)を満たす、
上記[1]~[3]のいずれかに記載の複合半透膜。
(A)25℃、相対湿度97%の条件下で測定される赤外吸収(IR)スペクトルと、25℃、相対湿度3%の条件下で測定されるIRスペクトルとの差スペクトルにおいて、3700~2900cm-1間の最大ピークの強度が0.08以上である。
(B)前記差スペクトルの3700~2900cm-1間のピークトップ波数が3400cm-1以上かつ3550cm-1以下である。
(C)前記複合半透膜の被覆層側からX線を照射することで行われるX線光電子分光測定において、C1sのピークが290eV以上、かつ、295eV以下の範囲に、極大値を1つ以上有する。
(D)飛行時間型二次イオン質量分析法を用いて前記複合半透膜の被覆層側を測定した際、正2次イオンm/z=45.03、59.05、104.03、108.07、135.06のカウント数をそれぞれa,b,c,d,eとした時、下記式(1)を満たす。
a+b ≧ 10×(c+d+e) …(1)
【0017】
[5]前記複合半透膜の被覆層側からX線を照射することで行われるX線光電子分光測定において、C1sのピークが290eV以上、かつ、295eV以下の範囲に、極大値が少なくとも1つ検出される被覆層側からの限界深さが10nm以下である上記[4]に記載の複合半透膜。
【0018】
[6]前記被覆層が、凸部と凹部とを備えるひだ構造を有し、前記ひだ構造の凸部において高さが100nm以上である割合が80%以上である、上記[1]~[5]のいずれか1項に記載の複合半透膜。
【0019】
[7]上記[1]~[6]のいずれか1項に記載の複合半透膜を備えた、複合半透膜エレメント。
【発明の効果】
【0020】
本発明の複合半透膜は、上記被覆層を有することで、酸接触前後でも耐汚れ性を維持し易く、長期間にわたる安定な運転を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】複合半透膜のひだ構造を模式的に示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明の複合半透膜は、微多孔性支持層と、微多孔性支持層上に配置される分離機能層と、分離機能層上に配置された被覆層とを備える。複合半透膜は、水溶液からイオンを除去する機能を有する膜として、具体的には、RO(Reverse Osmosis)膜及びNF(Nanofiltration)膜が挙げられる。
【0023】
以下、本発明の複合半透膜について、具体例を挙げながら説明する。
(1)支持膜
(1-1)基材
本実施形態では、複合半透膜は基材を有する。微多孔性支持層は基材上に配置される。以下では、基材とその上の微多孔性支持層とを併せて支持膜と呼ぶ。ただし、基材は複合半透膜に必須の構造ではない。
基材は、ポリエステル系重合体、ポリアミド系重合体、ポリオレフィン系重合体、及びこれらの混合物又は共重合体等が挙げられる。中でも、機械的、熱的に安定性の高いポリエステル系重合体の布帛が特に好ましい。布帛の形態としては、長繊維不織布や短繊維不織布、さらには織編物を好ましく用いることができる。
【0024】
(1-2)微多孔性支持層
微多孔性支持層は、イオン等の分離性能を実質的に有さず、分離性能を実質的に有する分離機能層に強度を与えるためのものである。微多孔性支持層の孔のサイズや分布は特に限定されない。例えば、均一で微細な孔を持ってもよいし、分離機能層が形成される側の表面からもう一方の面まで徐々に大きくなる微細孔をもち、かつ、分離機能層が形成される側の表面における微細孔の大きさが0.1nm以上100nm以下であるような微多孔性支持層が好ましい。
【0025】
微多孔性支持層に使用する材料は特に限定されない。微多孔性支持層は、例えば、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリアミド、ポリエステル、セルロース系ポリマー、ビニルポリマー、ポリフェニレンスルフィド、ポリフェニレンスルフィドスルホン、ポリフェニレンスルホン、及びポリフェニレンオキシド等のホモポリマーならびにコポリマーからなる群より選択される少なくとも1種のポリマーを含有する。ここでセルロース系ポリマーとしては酢酸セルロース、硝酸セルロースなど、ビニルポリマーとしてはポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、ポリアクリロニトリルなどが挙げられる。
【0026】
ポリスルホンは、化学的、機械的、熱的に安定性が高く、成型が容易であることから微多孔性支持層を構成する材料として特に好ましい。
ポリスルホンは、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)でN-メチルピロリドンを溶媒に、ポリスチレンを標準物質として測定した場合の質量平均分子量(Mw)が、10000以上200000以下であることが好ましく、より好ましくは15000以上100000以下であることが好ましい。
【0027】
ポリスルホンのMwが10000以上であることで、多孔性支持層として好ましい機械的強度および耐熱性を得ることができる。また、Mwが200000以下であることで、溶液の粘度が適切な範囲となり、良好な成形性を実現することができる。
基材と微多孔性支持層の厚みは、複合半透膜の強度及びそれをエレメントにしたときの充填密度に影響を与える。十分な機械的強度及び充填密度を得るためには、基材と多孔性支持層の厚みの合計が、30μm以上300μm以下であることが好ましく、100μm以上220μm以下であるとより好ましい。また、微多孔性支持層の厚みは、20μm以上100μm以下であることが好ましい。なお、本書において、特に付記しない限り、厚みとは、平均値を意味する。ここで平均値とは相加平均値を表す。すなわち、基材と多孔性支持層の厚みは、断面観察で厚み方向に直交する方向(膜の面方向)に20μm間隔で測定した、20点の厚みの平均値を算出することで求められる。
【0028】
(1-3)支持膜の形成方法
例えば、上記ポリスルホンのN,N-ジメチルホルムアミド(以降、DMFと記載)溶液を、ポリエステル布又は不織布の上に塗布し、それを凝固浴中で湿式凝固させることによって、支持層を得ることができる。
微多孔性支持層は、ミリポア社製“ミリポアフィルターVSWP”(商品名)や、東洋濾紙社製“ウルトラフィルターUK10”(商品名)のような各種市販材料から選択することもできるが、“オフィス・オブ・セイリーン・ウォーター・リサーチ・アンド・ディベロップメント・プログレス・レポート”No.359(1968)に記載された方法に従って製造することができる。
【0029】
(2)分離機能層
(2-1)分離機能層の化学構造
分離機能層は実質的に分離性能を担う。分離機能層は、架橋芳香族ポリアミドを含有する。特に、分離機能層は、架橋芳香族ポリアミドを主成分として含有することが好ましい。主成分とは分離機能層の成分のうち、50重量%以上を占める成分を指す。分離機能層は、架橋芳香族ポリアミドを50重量%以上含むことにより、高い除去性能を発現することができる。また、分離機能層における架橋芳香族ポリアミドの含有率は80重量%以上であることが好ましく、90重量%以上であることがより好ましい。
【0030】
架橋芳香族ポリアミドは、多官能芳香族アミンと多官能芳香族酸クロリドとの重縮合物である。ここで、多官能芳香族アミンおよび多官能芳香族酸クロリドの少なくとも一方が3官能以上の化合物を含んでいることが好ましい。これにより、剛直な分子鎖が得られ、水和イオンやホウ素などの微細な溶質を除去するための良好な孔構造が形成される。
【0031】
多官能芳香族アミンとは、一分子中に第一級アミノ基及び第二級アミノ基のうち少なくとも一方のアミノ基を2個以上有し、かつ、アミノ基のうち少なくとも1つは第一級アミノ基である芳香族アミンを意味する。多官能芳香族アミンとしては、例えば、o-フェニレンジアミン、m-フェニレンジアミン、p-フェニレンジアミン、o-キシリレンジアミン、m-キシリレンジアミン、p-キシリレンジアミン、o-ジアミノピリジン、m-ジアミノピリジン、p-ジアミノピリジン等の2個のアミノ基がオルト位やメタ位、パラ位のいずれかの位置関係で芳香環に結合した多官能芳香族アミン、1,3,5-トリアミノベンゼン、1,2,4-トリアミノベンゼン、3,5-ジアミノ安息香酸、3-アミノベンジルアミン、4-アミノベンジルアミンなどの多官能芳香族アミンなどが挙げられる。特に、膜の選択分離性や透過性、耐熱性を考慮すると、m-フェニレンジアミン、p-フェニレンジアミン、及び1,3,5-トリアミノベンゼンが好適に用いられる。中でも、入手の容易性や取り扱いのしやすさから、m-フェニレンジアミン(以下、m-PDAとも記す)を用いることがより好ましい。これらの多官能芳香族アミンは、単独で用いられてもよいし、2種以上が併用されてもよい。
【0032】
多官能芳香族酸クロリドとは、一分子中に少なくとも2個のクロロカルボニル基を有する芳香族酸クロリドをいう。例えば、3官能酸クロリドでは、トリメシン酸クロリドなどを挙げることができ、2官能酸クロリドでは、ビフェニルジカルボン酸ジクロリド、アゾベンゼンジカルボン酸ジクロリド、テレフタル酸クロリド、イソフタル酸クロリド、ナフタレンジカルボン酸クロリドなどを挙げることができる。膜の選択分離性、耐熱性を考慮すると、一分子中に2~4個の塩化カルボニル基を有する多官能芳香族酸クロリドであることが好ましい。
【0033】
(2-2)分離機能層の形成方法
分離機能層は、多官能芳香族アミン、多官能芳香族酸クロリドを化学反応させることにより架橋芳香族ポリアミドを形成することで得られる。化学反応の方法として、界面重合法が生産性、性能の観点から最も好ましい。以下、界面重合の工程について説明する。
界面重合の工程は、(a)多官能芳香族アミンを含有する水溶液を多孔性支持層上に接触させる工程と、(b)多官能芳香族アミンを含有する水溶液を接触させた多孔性支持層に多官能芳香族酸クロリドを溶解させた溶液Aを接触させる工程と、(c)さらに多官能芳香族酸クロリドを溶解させた有機溶媒溶液Bを接触させ加熱する工程と、(d)反応後の有機溶媒溶液を液切りする工程、を有する。
【0034】
なお、本欄では、支持膜が基材と微多孔性支持層とを備える場合を例に挙げるが、支持膜が別の構成を備える場合は、「微多孔性支持層」を「支持膜」と読み替えればよい。
工程(a)において、多官能芳香族アミン水溶液における多官能芳香族アミンの濃度は0.1重量%以上20重量%以下の範囲内であることが好ましく、より好ましくは0.5重量%以上15重量%以下の範囲内である。多官能芳香族アミンの濃度がこの範囲であると十分な溶質除去性能および透水性を得ることができる。
【0035】
多官能アミン水溶液には、多官能アミンと多官能酸クロリドとの反応を妨害しないものであれば、界面活性剤や有機溶媒、アルカリ性化合物、酸化防止剤などが含まれていてもよい。界面活性剤は、支持膜表面の濡れ性を向上させ、多官能アミン水溶液と非極性溶媒との間の界面張力を減少させる効果がある。有機溶媒は界面重縮合反応の触媒として働くことがあり、添加することにより界面重縮合反応を効率よく行える場合がある。
多官能芳香族アミン水溶液の接触は、微多孔性支持層上に均一かつ連続的に行うことが好ましい。具体的には、例えば、多官能芳香族アミン水溶液を微多孔性支持層にコーティングする方法や、微多孔性支持層を多官能芳香族アミン水溶液に浸漬する方法などを挙げることができる。微多孔性支持層と多官能芳香族アミン水溶液との接触時間は、1秒以上10分間以下であることが好ましく、10秒以上3分間以下であるとさらに好ましい。
【0036】
多官能芳香族アミン水溶液を微多孔性支持層に接触させた後は、膜上に液滴が残らないように十分に液切りする。十分に液切りすることで、微多孔性支持層形成後に液滴残存部分が膜欠点となって除去性能が低下することを防ぐことができる。液切りの方法としては、例えば、日本国特開平2-78428号公報に記載されているように、多官能芳香族アミン水溶液接触後の支持膜を垂直方向に把持して過剰の水溶液を自然流下させる方法や、エアーノズルから窒素などの気流を吹き付け、強制的に液切りする方法などを用いることができる。また、液切り後、膜面を乾燥させて水溶液の水分を一部除去することもできる。
【0037】
有機溶媒溶液(溶液Aおよび溶液B)中の多官能芳香族酸クロリドの濃度は、0.01重量%以上10重量%以下の範囲内であると好ましく、0.02重量%以上2.0重量%以下の範囲内であるとさらに好ましい。0.01重量%以上とすることで十分な反応速度が得られ、また、10重量%以下とすることで副反応の発生を抑制することができるためである。
有機溶媒は、水と非混和性であり、かつ多官能芳香族酸クロリドを溶解し、支持膜を破壊しないものが好ましく、多官能芳香族アミンおよび多官能芳香族酸クロリドに対して不活性であるものであればよい。好ましい例として、n-ノナン、n-デカン、n-ウンデカン、n-ドデカン、イソオクタン、イソデカン、イソドデカンなどの炭化水素化合物および混合溶媒が挙げられる。
【0038】
多官能芳香族酸クロリドの有機溶媒溶液の多官能芳香族アミン水溶液と接触させた微多孔性支持層への接触の方法は、多官能芳香族アミン水溶液の微多孔性支持層への被覆方法と同様に行えばよい。
【0039】
工程(c)において多官能芳香族酸クロリドを溶解させた溶液Bを接触させ加熱する。加熱処理する温度としては50℃以上180℃以下、好ましくは60℃以上160℃以下である。この範囲で加熱することにより、熱および溶液の濃縮による界面重合反応の促進の相乗効果が得られる。
【0040】
工程(d)において、反応後の有機溶媒溶液を液切りする工程により、有機溶媒を除去する。有機溶媒の除去は、例えば、膜を垂直方向に把持して過剰の有機溶媒を自然流下して除去する方法、送風機で風を吹き付けることで有機溶媒を乾燥除去する方法、水とエアーの混合流体で過剰の有機溶媒を除去する方法等を用いることができる。
【0041】
(3)被覆層
複合半透膜は、表面に被覆層を有する。被覆層は、実質的に汚れの付着を抑制する機能を有する。
(3-1)被覆層の組成
被覆層は、式(I)の構造を有する脂肪族ポリマーを含有する。
【0042】
【0043】
(但し、Vは構造群(i)から選択される少なくとも1種の構造であり、Wは構造群(ii)から選択される少なくとも1種構造であり、rは2以上の整数である。)
【0044】
【0045】
(但し、nは1以上、かつ、100以下の整数であり、x,yは1以上、かつ、50以下の整数であり、Rはメチル基を指す。)
【0046】
【0047】
(但し、Xは水素原子またはフッ素原子であり、Xの一部または全部がフッ素原子であるものとする。p、qは、1以上、かつ、10以下の整数である。)
構造群(i)をポリエーテル部位、構造群(ii)をフッ素部位と呼ぶ。
脂肪族ポリマーは、ポリエーテル部位を含有することで、被覆層に含まれる水の量および運動性を制御することができる。その結果、被覆層は、複合半透膜への汚れの付着を抑制することができ、造水量の低下を小さく抑えることができる。ポリエーテル部位は、-O-CH2-CH2-,-O-CH(CH3)-CH2-で示される構造を含有するユニットであることが、水の量および運動性の制御の観点から好ましい。また、ポリエーテル部位は直鎖でも、分岐していても良い。すなわち、ポリエーテル部位は、ポリアルキレンオキシド部位、特にポリエチレングリコールやポリプロピレングリコール部位を含む直鎖または分岐ポリマーであることが好ましい。
【0048】
脂肪族ポリマーは、フッ素部位を有することで、被覆層に含まれる水の運動性と表面エネルギーを制御することができる。その結果、被覆層は、汚れの付着を抑制することができ、造水量の低下を小さく抑えることができる。フッ素部位は、-CF2-または-CF3-で示される構造の官能基を含有する炭素数1~20のユニットである。さらに、フッ素部位は、例えば、CF3-O-CF2-,-CF2-O-CF2-,CF2-CH2-O-などのエーテル基や、ヒドロキシ基を含有することで、水への適度な親和性と防汚性を両立することができるため、好ましい。
【0049】
被覆層を形成するポリマーは、式(I)に示すように、ポリエーテル部位とフッ素部位のリンカーとして、アミド基を含有する。アミド基は適度な親水性を保持させ、被覆層に含まれる水の量を制御することに寄与しつつ、各種のリンカーの中では比較的安定であり、良好な耐薬品性(耐酸性)を同時に確保することができる。
被覆層を形成するポリマーは、式(I)に示すように、ポリエーテル部位とフッ素部位がアミド結合を挟んで交互に配置され、複数回繰り返す構造である。ポリエーテル部位とフッ素部位が交互に複数回繰り返す構造は、繰り返さない単純な構造と比べて高い防汚性を発現することができる。また、複数回繰り返す構造を有することで、強い加水分解条件下でもフッ素部位またはポリエーテル部位が膜面に残る可能性が高くなり、防汚性を維持できることから耐薬品性(耐酸性)が向上するため、好ましい。ポリエーテル部位とフッ素部位との比率は、適宜調整可能である。
【0050】
なお、式(I)において、「Vは構造群(i)から選択される少なくとも1種の構造であり、Wは構造群(ii)から選択される少なくとも1種構造である」ので、脂肪族ポリマーは、複数種類のポリエーテル部位Vおよび複数種類のフッ素部位Wを含んでいてもよい。例えば、ある構造のポリエーテル部位V1、フッ素部位W1、V1とは異なる構造のポリエーテル部位V2、W1とは異なる構造のフッ素部位W2が、連結されていてもよい。
【0051】
(3-2)被覆層の形成方法
被覆層は、分離機能層表面に形成される。被覆層を形成するポリマーを分離機能層上に塗布して被覆層を形成してもよいし、被覆層を形成するポリマーを含む溶液に分離機能層を含む膜を浸漬して被覆層を形成してもよい。また、被覆層を形成するポリマーの原料となる物質を分離機能層表面で反応させ、被覆層を形成しても良い。さらに、後述する複合半透膜エレメントを作成してから被覆層を形成するポリマーの溶液を通液処理して、被覆層を形成しても良い。
【0052】
被覆層に含有される脂肪族ポリマーは、ポリエーテル部位および末端官能基を有する化合物と、フッ素部位および末端官能基を有する化合物とを縮合させることで得られる。ここで末端官能基としては、アミド結合を形成できる官能基が選択される。すなわち、ポリエーテル部位を含む化合物およびフッ素部位を含む化合物は、それぞれ、アミノ基と、カルボキシ基またはカルボン酸から誘導される官能基(酸クロライド、酸フルオライドなど)のいずれかまたは両方を有することが好ましい。
【0053】
アミノ基を有するポリエーテルとしては、市販の化合物を利用することができ、例えばハンツマン社のJEFFAMINE(登録商標) Diamines(D,ED,EDRシリーズ)、JEFFAMINE(登録商標) Triamines(Tシリーズ)等を挙げることができる。
【0054】
カルボン酸から誘導される官能基を有するフッ素化合物としては、パーフルオロアルカノイルフルオライド、パーフルオロスクシノイルフルオライド、ヘキサフルオログルタリルフルオライド、オクタフルオロアジポイルフルオライド、パーフルオロポリエーテルジアクリルフルオライド、パーフルオロアルカノイックアシッド、パーフルオロスクシニックアシッド、パーフルオログルタリックアシッド、パーフルオロアジピックアシッド、パーフルオロアルカンジオイックアシッド、パーフルオロ-3,6-ジオキサオクタン-1,8-ジオイックアシッド、パーフルオロ-3,6,9-トリオキサウンデカン-1,11-ジオイックアシッド、などが例として挙げられる。
なお、ポリエーテル類がカルボキシ基またはカルボン酸から誘導される官能基を有していてもよいし、フッ素化合物がアミノ基を有していてもよい。
【0055】
アミノ基を有する部位とカルボキシ基またはカルボン酸から誘導される官能基をアミド基で縮合してポリマーを形成する際は、カルボン酸から誘導され高い反応性を有する酸クロライドや酸フルオライドとアミノ基との縮合反応を利用してもよいし、縮合促進剤を用いてカルボキシ基とアミノ基を縮合させても良い。縮合促進剤として、硫酸、4-(4,6-ジメトキシ-1,3,5-トリアジン-2-イル)-4-メチルモルホリニウムクロリド(DMT-MM)、1-(3-ジメチルアミノプロピル)-3-エチルカルボジイミド塩酸塩、N,N’-ジシクロヘキシルカルボジイミド、N,N’-ジイソプロピルカルボジイミド、N,N’-カルボニルジイミダゾール、1,1’-カルボニルジ(1,2,4-トリアゾール)、1H-ベンゾトリアゾール-1-イルオキシトリス(ジメチルアミノ)ホスホニウムヘキサフルオロりん酸塩、1H-ベンゾトリアゾール-1-イルオキシトリス(ジメチルアミノ)ホスホニウムヘキサフルオロりん酸塩、(7-アザベンゾトリアゾール-1-イルオキシ)トリピロリジノホスホニウムヘキサフルオロりん酸塩、クロロトリピロリジノホスホ二ウムヘキサフルオロりん酸塩、ブロモトリス(ジメチルアミノ)ホスホニウムヘキサフルオロりん酸塩、3-(ジエトキシホスホリルオキシ)-1,2,3-ベンゾトリアジン-4(3H)-オン、O-(ベンゾトリアゾール-1-イル)-N,N,N’,N’-テトラメチルウロニウムヘキサフルオロりん酸塩、O-(7-アザベンゾトリアゾール-1-イル)-N,N,N’,N’-テトラメチルウロニウムヘキサフルオロりん酸塩、O-(N-スクシンイミジル)-N,N,N’,N’-テトラメチルウロニウムテトラフルオロほう酸塩、O-(N-スクシンイミジル)-N,N,N’,N’-テトラメチルウロニウムヘキサフルオロりん酸塩、O-(3,4-ジヒドロ-4-オキソ-1,2,3-ベンゾトリアジン-3-イル)-N,N,N’,N’-テトラメチルウロニウムテトラフルオロほう酸塩、トリフルオロメタンスルホン酸(4,6-ジメトキシ-1,3,5-トリアジン-2-イル)-(2-オクトキシ-2-オキソエチル)ジメチルアンモニウム、S-(1-オキシド-2-ピリジル)-N,N,N’,N’-テトラメチルチウロニウムテトラフルオロほう酸塩、O-[2-オキソ-1(2H)-ピリジル]-N,N,N’,N’-テトラメチルウロニウムテトラフルオロほう酸塩、{{[(1-シアノ-2-エトキシ-2-オキソエチリデン)アミノ]オキシ}-4-モルホリノメチレン}ジメチルアンモニウムヘキサフルオロりん酸塩、2-クロロ-1,3-ジメチルイミダゾリニウムヘキサフルオロりん酸塩、1-(クロロ-1-ピロリジニルメチレン)ピロリジニウムヘキサフルオロりん酸塩、2-フルオロ-1,3-ジメチルイミダゾリニウムヘキサフルオロりん酸塩、フルオロ-N,N,N’,N’-テトラメチルホルムアミジニウムヘキサフルオロりん酸塩、などが例として挙げられる。
【0056】
被覆層を形成するためのポリマー合成の反応時間および濃度は、使用する溶媒、縮合剤および化合物の化学構造により、適宜調整可能であるが、生産性の観点から、反応時間は24時間以内が好ましく、12時間以内がより好ましく、6時間以内がさらに好ましく、1時間以内が特に好ましい。反応終了後、残渣化合物を除去し、精製しておいてもよい。
【0057】
(3-3)被覆層と分離機能層との間の化学結合
被覆層中の脂肪族ポリマーと分離機能層中の架橋芳香族ポリアミドとは、互いに化学結合により繋がっていてもよい。脂肪族ポリマーと架橋芳香族ポリアミドとの間に化学結合が形成されている場合、被覆層がより安定的に存在できる。化学結合は、共有結合であることが好ましく、各々の層を構成するポリマーの保有する官能基を使用できる点と、化学的耐久性を高いレベルで保持する観点から、アミド結合であることが特に好ましい。
【0058】
アミド結合は、具体的には、被覆層を形成する脂肪族ポリマーのアミノ基と、分離機能層を形成する架橋芳香族ポリアミドのカルボキシ基との間に形成されるか、脂肪族ポリマーのカルボキシ基と、架橋芳香族ポリアミドのアミノ基との間に形成される。
【0059】
アミド結合の形成は、分離機能層を構成する架橋芳香族ポリアミドと、上記脂肪族ポリマーとを接触させた状態で行えばよい。具体的には、予め合成されたポリマーを含む溶液を分離機能層上にコーティングした後、またはコーティングしながら、溶液中の脂肪族ポリマーと分離機能層との間で化学反応を行ってよい。または、予め合成されたポリマーを含む溶液に分離機能層を含む膜を浸漬した後で、または浸漬している状態で、脂肪族ポリマーと分離機能層との間で化学反応を行ってよい。さらに、後述する複合半透膜エレメントを作成してからポリマーを含む溶液を通液処理して、被覆層を形成する際、被覆層と分離機能層との間で化学反応を行ってよい。または、被覆層となるポリマーを分離機能層表面で直接反応させ形成する際、同時に、分離機能層を形成する架橋芳香族ポリアミドとのアミド結合形成を行ってもよい。被覆層と分離機能層との間のアミド結合形成に際し、カルボキシ基は、必要に応じ反応活性の高い状態にしておくことが好ましい。例えば、界面重合直後の架橋芳香族ポリアミドの保有するクロロカルボニル基と、上記脂肪族ポリマーが保有するアミノ基との反応を利用してもよいし、種々の反応助剤(縮合促進剤)を利用することも、高効率かつ短時間でのアミド結合形成にとり好ましい。縮合促進剤としては、脂肪族ポリマーを形成するための縮合で例示したのと同じ化合物を、好適に使用することができる。
【0060】
高い親水性を得るために、被覆層に含まれる脂肪族ポリマーは、末端官能基として、すなわち分離機能層と結合していない官能基として、カルボキシ基またはアミノ基を有することが好ましく、カルボキシ基を有することがより好ましい。
被覆層と分離機能層との間のアミド結合形成の反応時間および濃度は、使用する溶媒、縮合剤およびポリマーの化学構造により、適宜調整可能であるが、生産性および形成される被覆層の厚みの観点から、反応時間は24時間以内が好ましく、1時間以内がより好ましく、10分以内がさらに好ましい。反応終了後、水、熱水または適切な有機溶媒により、得られた複合半透膜を洗浄し、反応性の化合物を除去することが好ましい。
【0061】
(3-4)被覆層の物性
本発明者らは鋭意検討した結果、被覆層に含まれる水の状態が耐汚れ性に影響することを見出した。具体的には、温度25℃、相対湿度97%で平衡化した複合半透膜の被覆層側から測定した赤外吸収スペクトル(IRスペクトル)から、温度25℃、相対湿度3%で平衡化した複合半透膜の被覆層側から測定したIRスペクトルを減じた差スペクトルにおいて、水分子のO-H結合の伸縮振動を表す3700から2900cm-1間の最大ピーク強度が0.08以上であり、かつ、温度25℃、相対湿度97%で平衡化した複合半透膜の被覆層側から測定したIRスペクトルから、温度25℃、相対湿度3%で平衡化した複合半透膜の被覆層側から測定したIRスペクトルを減じた差スペクトルにおいて、水分子のO-H結合の伸縮振動を表す3700から2900cm-1間のピークトップ波数が3400cm-1以上かつ3550cm-1以下であると、汚れの付着を抑制する効果が高く、耐汚れ性試験前後での造水量低下幅が小さくなることを見出した。造水量低下幅が小さくなることを見出した。ある一定温度における相対湿度調整方法としては、JIS B 7920に記載されている飽和塩法を用いることができる。また、積層半透膜のIRスペクトルの測定は、全反射赤外分光法(ATR)で測定することができる。
【0062】
本発明者は鋭意検討した結果、本発明の複合半透膜について、飛行時間型二次イオン質量分析法を用いて複合半透膜の被覆層側を測定したとき、正の2次イオンのピークが以下の式(1)の関係を満たす場合に、汚れの付着を抑制する効果が高く、耐汚れ性試験前後での造水量低下幅が小さくなることを見出した。
【0063】
正2次イオンm/z=45.03,59.05,104.03,108.07,135.06のカウント数をそれぞれa,b,c,d,eとしたとき、
a+b ≧ 10×(c+d+e) …(1)
【0064】
なお、正2次イオンm/z=45.03,59.05は、構造群(i)に含まれるポリアルキレンオキシド部位に由来するイオン(C2H5O+,C3H7O+)、104.03,108.07,135.06は芳香族ポリアミドの部分構造に由来するイオン(C7H4O+,C6H8N2
+,C7H7N2O+)に帰属される。
【0065】
さらに、本発明の複合半透膜の被覆層側表面からX線を照射することで行われるX線光電子分光測定において、C1sのピークが290eV以上295eV以下の範囲に極大値を1つ以上有し、かつC1sのピークが290eV以上295eV以下の範囲に極大値が少なくとも1つ検出される被覆層側からの限界深さが10nm以下であることが好ましい。限界深さが10nm以下であることで、被覆層による透水性の低下が起こらず、十分な造水量を確保することができる。なお、これらの値はフッ素原子を含有する部位の存在と、その厚みに対応する。
【0066】
(4)膜表面の形状
本発明者らは鋭意検討した結果、膜表面の凸部において高さが100nm以上である割合が80%以上であるときに、高い透水性を有することを見出した。
本発明における膜表面の凸部とは、10点平均面粗さの5分の1以上の高さの凸部のことを言う。10点平均面粗さとは、次のような算出方法で得られる値である。まず電子顕微鏡により、膜面に垂直な方向の断面を下記の倍率で観察する。得られた断面画像には、分離機能層(
図1に符号“1”で示す。)の表面が凸部と凹部が連続的に繰り返される、ひだ構造の曲線として表れる。この曲線について、ISO4287:1997に基づき定義される粗さ曲線を求める。上記粗さ曲線の平均線の方向に2.0μmの幅で断面画像を抜き取る(
図1)。
【0067】
なお、平均線とは、ISO4287:1997に基づき定義される直線であり、測定長さにおいて、平均線と粗さ曲線とで囲まれる領域の面積の合計が平均線の上下で等しくなるように描かれる直線である。
【0068】
抜き取った幅2.0μmの画像において、上記平均線を基準線として、凸部の高さと、凹部の深さをそれぞれ測定する。最も高い凸部から徐々に高さが低くなって5番目の高さまでの5つの凸部の高さH1~H5の絶対値について平均値を算出し、最も深い凹部から徐々に深さが浅くなって5番目の深さまでの5つの凹部の深さD1~D5の絶対値について平均値を算出して、さらに、得られた2つの平均値の絶対値の和を算出する。こうして得られた和が、10点平均面粗さである。
【0069】
凸部の高さは、透過型電子顕微鏡により、測定することができる。まず、透過型電子顕微鏡(TEM)用の超薄切片作製のため、サンプルを水溶性高分子で包埋する。水溶性高分子としては、サンプルの形状を保持できるものであればよく、例えばPVA等を用いることができる。次に、断面観察を容易にするためにOsO4で染色し、これをウルトラミクロトームで切断して超薄切片を作製する。得られた超薄切片を、TEMを用いて断面写真を撮影する。
凸部の高さは、断面写真を画像解析ソフトに読み込んで解析を行うことができる。このとき、凸部の高さは、10点平均面粗さの5分の1以上の高さを有する凸部について測定される値である。凸部の高さは次のようにして測定される。複合半透膜において、任意の10箇所の断面を観察したときに、各断面において、上述の10点平均面粗さの5分の1以上である凸部の高さを測定する。ここで、各断面は、上記粗さ曲線の平均線の方向において、2.0μmの幅を有する。
【0070】
凸部の高さは膜の表面積に影響する。本発明における分離機能層の凸部の高さは、100nm以上である割合が80%以上であるため、高い透水性が得られる。より好ましくは、100nm以上である割合が84%以上である。
【0071】
(5)複合半透膜の利用
複合半透膜は、プラスチックネットなどの供給水流路材と、トリコットなどの透過水流路材と、必要に応じて耐圧性を高めるためのフィルムと共に、多数の孔を穿設した筒状の集水管の周りに巻回され、スパイラル型の複合半透膜エレメントとして好適に用いられる。さらに、このエレメントを直列または並列に接続して圧力容器に収納した複合半透膜モジュールとすることもできる。
【0072】
また、上記の複合半透膜やそのエレメント、モジュールは、それらに供給水を供給するポンプや、その供給水を前処理する装置などと組み合わせて、流体分離装置を構成することができる。この分離装置を用いることにより、供給水を飲料水などの透過水と膜を透過しなかった濃縮水とに分離して、目的にあった水を得ることができる。
本発明に係る複合半透膜によって処理される供給水としては、海水、かん水、排水等の500mg/L以上100g/L以下のTDS(Total Dissolved Solids:総溶解固形分)を含有する液状混合物が挙げられる。一般に、TDSは総溶解固形分量を指し、「質量÷体積」あるいは「重量比」で表される。定義によれば、0.45ミクロンのフィルターで濾過した溶液を39.5℃以上40.5℃以下の温度で蒸発させ残留物の重さから算出できるが、より簡便には実用塩分(S)から換算する。
【0073】
流体分離装置の操作圧力は高い方が溶質除去率は向上するが、運転に必要なエネルギーも増加すること、また、複合半透膜の耐久性を考慮すると、複合半透膜に被処理水を透過する際の操作圧力は、0.5MPa以上、10MPa以下が好ましい。供給水温度は、高くなると溶質除去率が低下するが、低くなるにしたがい膜透過流束も減少するので、5℃以上、45℃以下が好ましい。また、供給水pHが高くなると、海水などの高溶質濃度の供給水の場合、マグネシウムなどのスケールが発生する恐れがあり、また、高pH運転による膜の劣化が懸念されるため、中性領域での運転が好ましい。
【実施例】
【0074】
以下実施例をもって本発明をさらに具体的に説明する。ただし、本発明はこれにより何ら限定されるものではない。
【0075】
(1)膜の作製
(参考例1)
ポリエステル不織布(通気量2.0cc/cm2/sec)上にポリスルホン(PSf)の16.0質量%DMF溶液を25℃の条件下で200μmの厚みでキャストし、ただちに純水中に浸漬して5分間放置することによって、多孔性支持膜を作製した。
得られた多孔性支持膜をm-フェニレンジアミン(m-PDA)の3質量%水溶液中に2分間浸漬し、該支持膜を垂直方向にゆっくりと引き上げ、エアーノズルから窒素を吹き付け支持膜表面から余分な水溶液を取り除いた後、室温40℃に制御した環境で、トリメシン酸クロリド(TMC)0.165質量%を含む40℃のデカン溶液を表面が完全に濡れるように塗布して1分間静置したのち、膜を垂直にして余分な溶液を液切りして除去し、80℃で1分間加熱乾燥することで、架橋芳香族ポリアミド分離機能層を有する複合半透膜を得た。
【0076】
(参考例2)
ポリエステル不織布(通気量2.0cc/cm2/sec)上にポリスルホン(PSf)の16.0質量%DMF溶液を25℃の条件下で200μmの厚みでキャストし、ただちに純水中に浸漬して5分間放置することによって、多孔性支持膜を作製した。
得られた多孔性支持膜をm-フェニレンジアミン(m-PDA)の3質量%水溶液中に2分間浸漬し、該支持膜を垂直方向にゆっくりと引き上げ、エアーノズルから窒素を吹き付け支持膜表面から余分な水溶液を取り除いた後、室温25℃に制御した環境で、トリメシン酸クロリド(TMC)0.165質量%を含む25℃のデカン溶液を表面が完全に濡れるように塗布して1分間静置したのち、膜を垂直にして余分な溶液を液切りして除去し、80℃で1分間加熱乾燥することで、架橋芳香族ポリアミド分離機能層を有する複合半透膜を得た。
【0077】
(実施例1-3)
表1に示す化合物を、表1に示す濃度で純水中に溶解した後、縮合剤として4―(4,6―ジメトキシ―1,3,5-トリアジン―2―イル)―4―メチルモルホリニウムクロリドを1%の濃度となる様に溶解し、25℃で24時間攪拌し、ポリマー溶液を作製した。ポリマー溶液をゲルパーミエーションクロマトグラフィーで分取精製し、分子量(デキストラン換算)5000以下の成分を除いた。得られたポリマーを、濃度4000ppmとなるように純水中に溶解し、さらに前記縮合剤を1000ppmとなるように溶解した後、(参考例1)で得られた架橋芳香族ポリアミド分離機能層を有する複合半透膜の分離機能層側表面に塗布し、25℃で10分間静置した後、純水で洗浄することで、被覆層を有する複合半透膜を作製した。
【0078】
(実施例4)
複合半透膜に塗布する前の工程で縮合剤を添加しない以外は実施例1と同じ方法で、複合半透膜を作製した。
【0079】
(実施例5)
実施例1で精製したポリマーを0.1%、Perfluoro-3,6-dioxaoctane-1,8-dioic acidを1%、実施例1に記載の縮合剤を1%となるように純水に溶解し、25℃で1時間撹拌した。得られたポリマーを精製し、1H NMRを用いてアミノ基の末端が検出されないことを確認した。このポリマーを濃度4000ppmとなるように純水中に溶解し、前記縮合剤を1000ppmとなるように溶解した後、(参考例1)で得られた架橋芳香族ポリアミド分離機能層を有する複合半透膜の分離機能層側表面に塗布し、25℃で10分間静置した後、純水で洗浄することで、被覆層を有する複合半透膜を作製した。
【0080】
(実施例6)
塗布後の静置時間を1時間とした以外は実施例1と同様の方法で、複合半透膜を作製した。
【0081】
(実施例7)
ポリマー溶液を塗布する複合半透膜を(参考例2)の方法によって作製した以外は実施例1と同様の方法で、複合半透膜を作製した。
【0082】
【0083】
(比較例1-5)
表2に示す化合物を、表2に示す濃度で純水中に溶解した後、25℃で5分間攪拌し、ポリマー溶液を作製した。得られたポリマー溶液は特に精製せず、(参考例1)で得られた架橋芳香族ポリアミド分離機能層を有する複合半透膜の分離機能層側表面に塗布し、25℃で10分間静置した後、純水で洗浄することで、被覆層を有する複合半透膜を作製した。
【0084】
【0085】
(2)IR測定
(一定温度、相対湿度条件下での複合半透膜の平衡化)
塩の飽和水溶液と平衡状態にある空気の相対湿度は,塩の種類と溶液の温度で定まる。よって、塩の飽和水溶液を入れた容器を一定温度に保つことで平衡状態を作り,所定の相対湿度を発生させことができる。各種の塩に対応する相対湿度は表4に示すとおりである。このようにして相対湿度を調整する方法は飽和塩法と呼ばれ、JIS B 7920にも記載されている。
本実験では飽和塩法を用いて相対湿度を調整して、複合半透膜を平衡化した。具体的には、容量2.7Lの容器に飽和塩溶液を約200mL入れ、水に浸漬しておいた膜(面積:約2cm2)を濡れた状態で、飽和塩溶液に接触しないように入れて密閉し、25℃のインキュベータ内で30日静置した。
【0086】
(赤外吸収スペクトル(IRスペクトル))
IRスペクトルの測定には、全反射赤外分光法(ATR)で測定した。測定機械には、Nicolet(株)製Avatar360 FT-IR測定機を用い、全反射測定用のアクセサリーとして同社製の一回反射型水平状ATR測定装置(OMNI-Sampler)およびゲルマニウム製のATRクリスタルを用いて、試料表面を測定した。測定条件として、分解能を4cm-1、スキャン回数を256回に設定した。上記条件で平衡化した複合半透膜を取り出した直後に測定を行った。また、得られるスペクトルは吸光度で表し、オートベースライン補正を行った。
【0087】
(3)飛行時間型二次イオン質量分析測定
上記(1)実施例で得られた複合半透膜を室温・真空下で乾燥し、TOF SIMS 5 (ION TOF 社製)装置を使用し、飛行時間型二次イオン質量分析測定を行った(2次イオン極性:正、質量範囲(m/z)=0-200、ラスターサイズ:300μm、スキャン数:16、ピクセル数(1辺)=256、測定真空度=4×10-7Pa以下、1次イオン種:Bi3++、1次イオン加速電圧=25kV、パルス幅=12.5,13.3 ns、バンチング:あり、帯電中和:あり、後段加速:10kV)。複合半透膜の被覆層側表面において、正2次イオンm/z=45.03、59.05、104.03、108.07、135.06のカウント数をそれぞれ求め、正2次イオンm/z=45.03、59.05、104.03、108.07、135.06のカウント数をa,b,c,d,eとし、(a+b)/(c+d+e)の値を求めた。
【0088】
(4)X線光電子分光測定
上記(1)で得られた複合半透膜を室温・真空下で乾燥し、米国SSI社製X線光電子分光測定装置SSX-100を用い、励起X線としてアルミニウム Kα1線、Kα2線(1486.6eV)、X線出力を10kV 20mV、光電子脱出角度を35°の条件で測定し、C1sのピークが290eV以上、かつ、295eV以下の範囲に極大値をもつか確認した。また、被覆層表面からの深さ方向分析として、角度分解XPS法を用い、試料傾斜角度を0°~90°近傍まで変更し、上記のC1sのピークが観測される限界深さを求めた。
【0089】
(5)凸部高さ
被覆層を含む複合半透膜をPVAで包埋し、OsO4で染色し、これをウルトラミクロトームで切断して超薄切片を作製した。得られた超薄切片を、透過型電子顕微鏡を用いて断面写真を撮影した。透過型電子顕微鏡により撮影した断面写真を画像解析ソフトに読み込み、長さ2.0μmの距離における凸部高さと凹部深さを測定し、上述したように10点平均面粗さを算出した。この10点平均面粗さに基づいて、10点平均面粗さの5分の1以上の高さを有する凸部について、その凸部の高さを測定した。凸部の高さの値が100点を超えるまで上記の測定を繰り返し、前記凸部において高さが100nm以上である割合を求めた。
【0090】
(6)複合半透膜の性能評価
得られた複合半透膜に、温度25℃、pH7に調整した海水(TDS濃度3.5%)(Total Dissolved Solids:総溶解固形分)を操作圧力5.5MPaで供給して膜通水試験を行い、製造時性能を求めた。
次の式から塩除去率を求めた。
塩除去率(%)=100×{1-(透過水中のTDS濃度/供給水中のTDS濃度)}
【0091】
また、上述の条件下で得られた、膜面1平方メートル当たりの1日の透水量(立方メートル)から、透過水量(m3/m2/日)を求めた。
【0092】
(7)耐汚れ性試験
上記(6)の製造時性能の評価後、ドライミルクを100ppmの濃度となる様に海水中に添加し、温度25℃、操作圧力5.5MPaでさらに1時間通水後、透過水量を測定し、製造時の透過水量との比を算出した。
【0093】
(酸接触後の耐汚れ性試験)
上記(1)で得られた複合半透膜を、pH2に調整した25℃の純水中で24時間浸漬した後、pH7の純水で洗浄し、上記(6)と同様の手順で透過水量(m3/m2/日)を求めた後、ドライミルクを100ppmの濃度となる様に海水中に添加し、温度25℃、操作圧力5.5MPaでさらに1時間通水後、透過水量を測定し、ドライミルク添加前の透過水量との比を算出した。
【0094】
(SBS溶液保存後の耐汚れ性試験)
上記(1)で得られた複合半透膜を、亜硫酸水素ナトリウム(SBS)を1000ppmの濃度となる様に溶解した25℃の水溶液中で24時間浸漬した後、pH7の純水で洗浄し、上記(6)と同様の手順で透過水量(m3/m2/日)を求めた後、ドライミルクを100ppmの濃度となる様に海水中に添加し、温度25℃、操作圧力5.5MPaでさらに1時間通水後、透過水量を測定し、ドライミルク添加前の透過水量との比を算出した。
【0095】
以上の実施例、比較例で得られた複合半透膜の膜性能、耐汚れ性評価結果を表3に示す。実施例に示すように、本発明の複合半透膜は、耐汚染性と高い透水性という同時に達成し、さらに、酸接触後ならびにSBS溶液保存後の耐汚れ性の安定性においても優れていることが分かる。
【0096】
【産業上の利用可能性】
【0097】
本発明は、高い透水性を有し、かつ、酸接触前後での性能および耐汚れ性が安定した複合半透膜を提供することができる。
【0098】
本発明を詳細にまた特定の実施態様を参照して説明したが、本発明の精神と範囲を逸脱することなく様々な変更や修正を加えることができることは当業者にとって明らかである。
本出願は、2018年2月28日出願の日本特許出願(特願2018-34858)及び2018年2月28日出願の日本特許出願(特願2018-34859)に基づくものであり、その内容はここに参照として取り込まれる。