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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-03
(45)【発行日】2022-10-12
(54)【発明の名称】プレス成形品の形状変化予測方法
(51)【国際特許分類】
   B21D 22/00 20060101AFI20221004BHJP
   B21D 5/01 20060101ALN20221004BHJP
【FI】
B21D22/00
B21D5/01 D
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020023941
(22)【出願日】2020-02-17
(65)【公開番号】P2021126690
(43)【公開日】2021-09-02
【審査請求日】2021-09-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100127845
【弁理士】
【氏名又は名称】石川 壽彦
(72)【発明者】
【氏名】藤井 祐輔
(72)【発明者】
【氏名】卜部 正樹
(72)【発明者】
【氏名】飛田 隼佑
【審査官】山本 裕太
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-315063(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21D 22/00
B21D 5/01
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
曲げ曲げ戻し変形を受けた曲げ曲げ戻し部を有するプレス成形品の金型から離型した瞬間にスプリングバックした後、さらに時間経過に伴う応力緩和による形状変化を予測するプレス成形品の形状変化予測方法であって、
金型から離型した前記プレス成形品のスプリングバック解析により、スプリングバックした直後の、力のモーメントと残留応力との釣り合いがとれる前記プレス成形品の形状及び残留応力を取得するスプリングバック直後の形状・残留応力取得工程と、
該取得したスプリングバックした直後のプレス成形品における前記曲げ曲げ戻し部の全部又は一部に対し、該スプリングバックした直後の残留応力よりも緩和減少した残留応力の値を設定する曲げ曲げ戻し部残留応力緩和減少設定工程と、
前記曲げ曲げ戻し部における残留応力の値を緩和減少設定した前記プレス成形品について力のモーメントが釣り合う形状を求める形状解析工程と、を含むことを特徴とするプレス成形品の形状変化予測方法。
【請求項2】
前記曲げ曲げ戻し部は、天板部と縦壁部とフランジ部とを有してなるハット型断面形状のプレス成形品における前記縦壁部であることを特徴とする請求項1記載のプレス成形品の形状変化予測方法。
【請求項3】
前記プレス成形品のプレス成形に供するブランクは、引張強度が150MPa級以上2000MPa級以下の金属板であることを特徴とする請求項1又は2に記載のプレス成形品の形状変化予測方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プレス成形品の形状変化予測方法に関し、特に、曲げ曲げ戻し変形を受けた曲げ曲げ戻し部を有するプレス成形品を金型から離型してスプリングバックした後の該プレス成形品の形状変化を予測するプレス成形品の形状変化予測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
プレス成形は金属製部品を低コストかつ短時間に製造することができる製造方法であり、多くの自動車部品の製造に用いられている。近年では、自動車の衝突安全性能の向上と車体の軽量化を両立するため、より高強度な金属板が自動車部品のプレス成形に利用されている。
【0003】
高強度の金属板をプレス成形する場合の主な課題の一つに、スプリングバックによるプレス成形品の寸法精度の悪化がある。プレス成形により金型を用いて金属板を変形させる際にプレス成形品に発生した残留応力が駆動力となり、金型から離型したプレス成形品がプレス成形前の金属板の形状にバネのように瞬間に戻ろうとする現象をスプリングバックと呼ぶ。
【0004】
プレス成形により発生するプレス成形品の残留応力は高強度な金属板(例えば、高張力鋼板)ほど大きくなるため、スプリングバックによるプレス成形品の形状変化も大きくなる。したがって、高強度な金属板ほどスプリングバック後のプレス成形品の形状を規定の寸法内に収めることが難しくなる。そこで、スプリングバックによるプレス成形品の形状変化を精度良く予測する技術が重要となる。
【0005】
スプリングバックによるプレス成形品の形状変化の予測には、有限要素法によるプレス成形シミュレーションを利用することが一般的である。当該プレス成形シミュレーションにおける手順としては、まず、金型を用いて金属板を成形下死点までプレス成形する過程のプレス成形解析を行い、プレス成形品に発生する残留応力を予測する第1段階(例えば特許文献1)と、金型から取り出したプレス成形品がスプリングバックにより形状が変化するスプリングバック解析を行い、力のモーメントと残留応力との釣り合いがとれるプレス成形品の形状を予測する第2段階(例えば特許文献2)に分けられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特許5795151号公報
【文献】特許5866892号公報
【文献】特開2013-113144号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
これまで、前述した第1段階のプレス成形解析と第2段階のスプリングバック解析とを統合したプレス成形シミュレーションを行うことにより、金型から離型してスプリングバックした直後のプレス成形品の形状が予測されてきた。
しかしながら、発明者らは、プレス成形シミュレーションにより予測されたプレス成形品の形状と実際にプレス成形されたプレス成形品の形状を比較していた際、プレス成形シミュレーションによる形状予測精度が低くなるプレス成形品があることに気がついた。
【0008】
そこで、プレス成形シミュレーションによる形状予測精度が低くなるプレス成形品とその原因を調査したところ、ハット型断面形状のプレス成形品の縦壁部のように、該プレス成形品のプレス成形に用いるパンチとダイとによりブランク(金属板等)が曲げ曲げ戻し変形を受けて成形された縦壁部を有するプレス成形品においては、プレス成形直後(金型から離型しスプリングバックした直後)と数日経過後とでは形状が異なることを発見した。
【0009】
このようなプレス成形品の時間経過に伴う形状変化は、クリープ現象のように外部から高い荷重を受け続ける構造部材が徐々に変形する現象(例えば特許文献3)と類似しているように思われるが、外部から荷重を受けていない状態で、プレス成形品の形状が時間の経過とともに変化する現象はこれまでに知られていなかった。
【0010】
さらに、従来のプレス成形シミュレーションにおける第2段階(スプリングバック解析)は、金型から取り出した瞬間にスプリングバックした直後のプレス成形品の形状を予測するものであるため、スプリングバックしたプレス成形品が数日経過した後の形状変化を予測することに関しては、これまでに何ら検討されていなかった。
その上、スプリングバックしたプレス成形品の時間経過による形状変化は、前述したように、外部からの荷重を受けずに生じるものであるため、このようなプレス成形品の時間経過による形状変化を予測することに対して、クリープ現象による形状変化を取り扱う解析手法を用いることはできなかった。
【0011】
本発明は、上記のような課題を解決するためになされたものであり、曲げ曲げ戻し変形を受けた曲げ曲げ戻し部を有するプレス成形品を金型から離型してスプリングバックした後、さらに時間経過した前記プレス成形品の形状変化を予測するプレス成形品の形状変化予測方法を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、具体的には以下の構成からなるものである。
【0013】
(1)本発明に係るプレス成形品の形状変化予測方法は、曲げ曲げ戻し変形を受けた曲げ曲げ戻し部を有するプレス成形品の金型から離型した瞬間にスプリングバックした後、さらに時間経過に伴う応力緩和による形状変化を予測するものであって、
前記プレス成形品のスプリングバック解析により、スプリングバックした直後の前記プレス成形品の形状及び残留応力を取得するスプリングバック直後の形状・残留応力取得工程と、
該取得したスプリングバックした直後のプレス成形品における前記曲げ曲げ戻し部の全部又は一部に対し、該スプリングバックした直後の残留応力よりも緩和減少した残留応力の値を設定する曲げ曲げ戻し部残留応力緩和減少設定工程と、
前記曲げ曲げ戻し部における残留応力の値を緩和減少設定した前記プレス成形品について力のモーメントが釣り合う形状を求める形状解析工程と、を含むことを特徴とするものである。
【0014】
(2)上記(1)に記載のものにおいて、
前記曲げ曲げ戻し部は、天板部と縦壁部とフランジ部とを有してなるハット型断面形状のプレス成形品における前記縦壁部であることを特徴とするものである。
【0015】
(3)上記(1)又は(2)に記載のものにおいて。
前記プレス成形品のプレス成形に供するブランクは、引張強度が150MPa級以上2000MPa級以下の金属板であることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0016】
本発明においては、曲げ曲げ戻し変形を受けた曲げ曲げ戻し部を有するプレス成形品のスプリングバック解析により、スプリングバックした直後の前記スプリングバック直後の形状・残留応力取得工程と、
該取得したスプリングバックした直後のプレス成形品における前記曲げ曲げ戻し部の全部又は一部に対し、該スプリングバックした直後の残留応力よりも緩和減少した残留応力の値を設定する曲げ曲げ戻し部残留応力緩和減少設定工程と、
前記曲げ曲げ戻し部における残留応力の値を緩和減少設定した前記プレス成形品について力のモーメントが釣り合う形状を求める形状解析工程と、を含むことにより、金型から離型してスプリングバックした後の時間経過に伴い、前記プレス成形品の前記曲げ曲げ戻し部における形状変化を精度良く予測することができる。その結果、自動車用部品や車体等の製造工程において、従来よりさらに寸法精度の優れたプレス成形品を得て、製造能率を大幅に向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明の実施の形態に係るプレス成形品の形状変化予測方法の処理の流れを示すフロー図である。
図2】本発明の実施の形態及び実施例1で対象としたハット型断面形状のプレス成形品を示す図である。
図3】実施例2で対象としたZ字状断面形状のプレス成形品を示す図である。
図4】実施例3で対象とした自動車のフロアクロスメンバーを模擬したプレス成形品を示す図である。
図5】ひずみを一定に保持した状態で時間の経過とともに応力が減少する応力緩和現象を説明する図である。
図6】ハット型断面形状のプレス成形品の縦壁部における応力緩和による形状変化を説明する図である。
図7】ハット型断面形状のプレス成形品の縦壁部における応力緩和による形状変化である壁反りを説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
発明者らは、前述の課題を解決するために、曲げ曲げ戻し部を有するプレス成形品について、金型から離型してスプリングバックした後に、さらに時間経過した前記プレス成形品の形状変化を予測する手法を確立するため、その前段階として、図2に例示するような、天板部3と縦壁部5とフランジ部7とを有してなるプレス成形品1を対象とし、プレス成形品1における曲げ曲げ戻し部である縦壁部5が時間経過に伴って形状が変化する原因について種々の検討を行った。
【0019】
その結果、発明者らは、図5に示すように応力-ひずみ線図におけるひずみ一定のまま時間の経過とともに応力が徐々に緩和減少する応力緩和現象に着目し、スプリングバックした後のプレス成形品1において、プレス成形により曲げ曲げ戻しされた縦壁部5における残留応力が時間の経過とともに徐々に緩和することで、プレス成形品1の力のモーメントと釣り合う形状が変化していることを突き止めた。
【0020】
プレス成形品1の縦壁部5における残留応力の緩和による形状変化について、図6に示す模式図を用いて説明する。
【0021】
パンチとダイとブランクホルダーを備えてなる金型を用いて金属板をプレス成形品1にプレス成形(絞り成形)する過程においては、まず、金属板がダイのダイ肩で曲げられて、当該曲げられた部位の曲げ外側では引張応力、曲げ内側では圧縮応力が発生する。そして、ダイがパンチ側にさらに相対移動すると、ダイ肩で曲げられた部位はパンチとダイとで平坦に曲げ戻されて縦壁部5となる。そのため、成形下死点での縦壁部5には、図6(a)に示すように、ダイ肩で曲げられた部位の曲げ外側に相当する側では圧縮応力が生じ、曲げ内側に相当する側では引張応力が生じている。
【0022】
次に、成形下死点までプレス成形したプレス成形品1を金型から取り外す(離型する)と、プレス成形時に発生した残留応力を駆動力として瞬間にスプリングバックが発生する。その際、縦壁部5においては、プレス成形過程で曲げられた形状に戻るように変形する。しかしながら、金属板又はプレス成形品1の形状自体の剛性により曲げられた形状に戻ろうとする力が妨げられ、縦壁部5においては、図6(b)に示すような湾曲した壁反りが生じ、曲げ外側では引張応力、曲げ内側では圧縮応力となる。
【0023】
その後、縦壁部5における引張応力及び圧縮応力は、図6(c)に示すように、時間経過とともに外部からの強制を受けないまま緩和して減少する。これにより、力のモーメントと釣り合う形状が変化するため、縦壁部5においては瞬間に生成するスプリングバックの対策が十分に取られていても湾曲の曲率が増加してさらに壁反りが生じる。
【0024】
すなわち、プレス成形した後に下死点からスプリングバックすると、その時点でのプレス成形品に残留応力が生じるが、その生じてしまった残留応力について、板厚方向における表側の残留応力と裏側の残留応力の差に対して、時間単位の経過に伴って、プレス成形品の板厚方向における表側の残留応力と裏側の残留応力の差が緩和され減少する。その結果、プレス成形品において加工を受けた部分は、スプリングバック直後の形状よりもさらに残留応力のない形状になる。
【0025】
この現象は、従来の残留応力低減によるスプリングバック挙動とは全く異なる。
従来のスプリングバック挙動では、プレス成形後の下死点で生じる残留応力について、特定の手段により、生じようとする残留応力の値を強制的に低減させるか、生じようとするプレス成形品の表側と裏側の残留応力の差を強制的に低減させると、その結果として、プレス成形下死点の形状はスプリングバックが抑制されて、プレス成形後の状態に保持される。
【0026】
一方、本発明が対象とする応力緩和の挙動では、プレス成形後の下死点からスプリングバックが生じた後に、既に存在する残留応力が外部からの強制を受けずに緩和するので、残留応力がない状態に戻ろうとする。その結果として、プレス成形品は、スプリングバック直後よりも曲げ角度や反りが増加するなど、さらに目標形状から遠ざかる形状になる。
【0027】
このように、プレス成形品1においては、時間の経過に伴って残留応力が緩和することで、図7に示すように、成形下死点での形状からさらに乖離することが分かった。
【0028】
また、上記の説明では、プレス成形品1は絞り成形によりプレス成形されたものであったが、曲げ成形(フォーム成形)によりプレス成形品1をプレス成形した場合であっても、縦壁部5はプレス成形過程において曲げ曲げ戻し変形を受けた部位であるため、金型から離型してスプリングバックした後、縦壁部5においては時間の経過に伴って残留応力が緩和し、図6(c)及び図7に示すような壁反りが生じることも分かった。
【0029】
そこで、発明者らは、上記の新たな知見に基づいて、例えば、図2に示すようなプレス成形品1のスプリングバックした後の応力緩和による形状変化を予測する方法について検討をすすめた。その結果、前述したプレス成形シミュレーションの第2段階(スプリングバック解析)で得られるスプリングバックした直後のプレス成形品1の縦壁部5の残留応力を緩和減少させ、プレス成形品1の力のモーメントと釣り合う形状を求める第3段階の解析をさらに行うことで、図6(c)に示すようなプレス成形品1の時間経過に伴う形状変化を予測できるということを発見した。
【0030】
さらに、当該形状予測方法は、図2に示すようなハット型断面形状のプレス成形品1に限らず、プレス成形時に曲げ曲げ戻しを受けた曲げ曲げ戻し部を有するプレス成形品であれば、スプリングバックした後の時間経過に伴う形状変化を予測できるという知見が得られた。
【0031】
本発明の実施の形態に係るプレス成形品の形状変化予測方法は、曲げ曲げ戻し変形を受けた曲げ曲げ戻し部を有するプレス成形品の金型から離型してスプリングバックした後の時間経過に伴う応力緩和による形状変化を予測するものであって、図1に示すように、スプリングバック直後の形状・残留応力取得工程S1と、曲げ曲げ戻し部残留応力緩和減少設定工程S3と、形状解析工程S5と、を備えるものである。
以下、図2に示すようなハット型断面形状のプレス成形品1において、曲げ曲げ戻し変形を受けた曲げ曲げ戻し部である縦壁部5を例として、上記の各工程について説明する。
なお、本願の明細書及び図面に示す寸法その他具体的な数値等は、本発明を説明するための具体的な例示に過ぎず、本発明を限定するものではない。
【0032】
<スプリングバック直後の形状・残留応力取得工程>
スプリングバック直後の形状・残留応力取得工程S1は、プレス成形品1のスプリングバック解析により、スプリングバックした直後のプレス成形品1の形状及び残留応力を取得する工程である。
【0033】
スプリングバックした直後のプレス成形品1の形状及び残留応力を取得する具体的な処理の一例としては、実際のプレス成形品1のプレス成形に用いる金型をモデル化した金型モデルを用いて、金属板を成形下死点までプレス成形する過程のプレス成形解析を行い、成形下死点におけるプレス成形品1を求める第1段階と、該求めた成形下死点におけるプレス成形品1を金型モデルから離型した後のプレス成形品1の力のモーメントの釣り合いが取れる形状及び残留応力を求めるスプリングバック解析を行う第2段階と、を有する有限要素法によるプレス成形シミュレーションが挙げられる。
【0034】
<曲げ曲げ戻し部残留応力緩和減少設定工程>
曲げ曲げ戻し部残留応力緩和減少設定工程S3は、スプリングバック直後の形状・残留応力取得工程S1において取得したスプリングバックした直後のプレス成形品1の縦壁部5に対し、その残留応力よりも緩和減少させた残留応力の値を設定する工程である。
【0035】
ここで、縦壁部5とは、縦壁部5の全範囲又は一部とし、図2に示すプレス成形品1のように2つ以上の縦壁部5がある場合、プレス成形品1における縦壁部5全て又はいずれかに対して、残留応力を緩和減少させた値を設定する。
【0036】
また、残留応力とは、スプリングバックした直後のプレス成形品1に残留する引張応力及び圧縮応力のことをいい、残留応力を緩和減少させた残留応力の値に設定するとは、引張応力(正の値)及び圧縮応力(負の値)の絶対値を緩和減少させることをいう。
【0037】
<形状解析工程>
形状解析工程S5は、曲げ曲げ戻し部残留応力緩和減少設定工程S3で残留応力を緩和減少設定したプレス成形品1について力のモーメントが釣り合う形状を求める解析を行う工程である。
【0038】
このような、本実施の形態に係るプレス成形品の形状変化予測方法によれば、スプリングバック解析により取得した、スプリングバックした直後のプレス成形品1の曲げ曲げ戻し部である縦壁部5に対し、その残留応力よりも緩和減少した残留応力の値を設定し、該残留応力の値を緩和減少設定したプレス成形品1について力のモーメントと釣り合う形状を解析により求めることで、実際のプレス成形品1における時間経過による応力緩和と形状変化を模擬し、金型から離型してスプリングバックした後のプレス成形品1の縦壁部5の時間経過に伴う形状変化(壁反り)を予測することができる。
【0039】
なお、上記の説明において、曲げ曲げ戻し部残留応力緩和減少設定工程S3は、プレス成形品1における曲げ曲げ戻し部である縦壁部5の全部又はその一部に対し、その残留応力を緩和減少させるものである。
【0040】
ここで、曲げ曲げ戻し部の一部とは、例えば、図2に示すプレス成形品1のように2つ以上の縦壁部5がある場合にはいずれかの縦壁部5としてもよいし、残留応力を緩和減少させた値を設定する曲げ曲げ戻し部における一部の範囲としてもよい。
【0041】
さらには、例えば図2に示すプレス成形品1においては、縦壁部5におけるフランジ部7と接続するダイ肩部11近傍が曲げ曲げ戻し変形を大きく受けた部位であり、時間経過に伴う応力緩和による形状変化への影響が大きい部位であるといえる。そのため、本発明において、曲げ曲げ戻し部残留応力緩和減少設定工程は、曲げ曲げ戻し部における一部の部位のうち応力緩和による形状変化への影響が大きい部位に対し、その残留応力を緩和減少させた残留応力の値を設定してもよい。
【0042】
なお、本発明に係るプレス成形品の形状変化予測方法において、プレス成形品のプレス成形にブランクとして供する金属板やプレス成形品の形状、種類には特に制限はないが、プレス成形品の残留応力が高くなる金属板を用いてプレス成形した自動車部品に対してより効果がある。
【0043】
具体的には、ブランクに関しては、引張強度が150MPa級以上2000MPa級以下、板厚が0.5mm以上4.0mm以上の金属板であることが好ましい。
【0044】
引張強度が150MPa級未満の金属板は、プレス成形品に利用されることが少ないため、本発明に係るプレス成形品の形状変化予測方法を用いる利点が少ない。引張強度150MPa級以上の金属板を用いた自動車の外板部品等の剛性が低いものについては、残留応力の変化による形状変化を受けやすいため、本発明を適用する利点が多くなるので本発明を好適に適用できる。
【0045】
一方、引張強度が2000MPa級を超える金属板は延性が乏しいため、例えば、図2に示すようなハット型の断面形状のプレス成形品1のプレス成形過程においてはパンチ肩部9やダイ肩部11で割れが発生しやすく、プレス成形することができない場合がある。
【0046】
また、プレス成形品の形状に関しては、図2に示すようなハット型断面形状のプレス成形品1に限定されるものではなく、例えば、図3に示すようなZ字状断面形状のプレス成形品21や、図4に示すような自動車のクロスメンバーを模擬した形状のプレス成形品41も対象とする。これらの形状のプレス成形品に本発明を適用し、スプリングバックした後のプレス成形品の時間経過に伴う形状変化を予測した結果については、後述する実施例1~実施例3で述べる。
【0047】
さらに、本発明で対象とするプレス成形品は、プレス成形過程において曲げ曲げ戻し変形を受けて残留応力が高くなり、金型から離型してスプリングバックした後に壁反りが生じるものであればよい。例えば、プレス成形過程においてしごき加工を受ける部位(フランジ部等)を有するプレス成形品についても、本発明を適用することにより、スプリングバックした後の時間経過に伴う応力緩和を模擬して、当該プレス成形品の時間経過に伴う形状変化(壁反り)を予測することができる。
【0048】
さらに、プレス成形品の種類としては、剛性が低いドアやルーフ、フード等の外板部品、高強度の金属板を使うAピラー、Bピラー、ルーフレール、サイドレール、フロントサイドメンバー、リアサイドメンバー、クロスメンバー等の骨格部品等といった自動車部品に、本発明を適用することが好ましい。
【0049】
なお、本発明は、曲げ曲げ戻し変形を受けてプレス成形されたプレス成形品であれば適用することができ、当該プレス成形品のプレス工法(曲げ成形、フォーム成形又はドロー成形)は問わない。
【実施例1】
【0050】
<ハット型断面形状のプレス成形品>
実施例1では、まず、以下の表1に一例を示す機械的特性を持つ金属板Aを用い、図2に示すハット型断面形状のプレス成形品1のプレス成形(曲げ曲げ戻し変形を含む成形)を行った。プレス成形品1の成形下死点形状は、プレス成形方向における縦壁部5の縦壁高さを80mmとした。
【0051】
【表1】
【0052】
そして、成形下死点までプレス成形したプレス成形品1を金型から離型し、プレス成形品1の形状の経時変化を測定した。
【0053】
次に、プレス成形品1の形状変化を予測する解析を行った。
解析では、まず、プレス成形に用いる金型をモデル化した金型モデルを用いて、金属板Aを成形下死点までプレス成形する過程のプレス成形解析を行い、成形下死点におけるプレス成形品1の残留応力を求めた。
【0054】
続いて、スプリングバック解析を行い、成形下死点におけるプレス成形品1を金型モデルから離型した直後のプレス成形品1の形状及び残留応力を求めた。
【0055】
さらに、スプリングバック解析により求めた、スプリングバックした直後のプレス成形品1の縦壁部5に対し、その残留応力の所定の割合を緩和減少させた残留応力の値を設定した。
そして、残留応力を緩和減少させたプレス成形品1について力のモーメントが釣り合う形状を求める解析を行った。
【0056】
実施例1では、スプリングバック解析により取得したプレス成形品1の縦壁部5全部に対し、スプリングバックした直後の残留応力を所定の割合(残留応力の緩和減少率)で緩和減少した応力の値を設定したものを発明例1~発明例4とした。
【0057】
また、比較対象として、発明例1~発明例4と同様にプレス成形品1のプレス成形解析及びスプリングバック解析を行い、力のモーメントが釣り合う形状を求める解析を行わなかったものを比較例1、あるいは、スプリングバック解析を行った後、プレス成形品1における縦壁部5の残留応力を緩和減少せずに力のモーメントが釣り合う形状を求める解析を行ったものを比較例2とした。
【0058】
発明例1~発明例4及び比較例1、比較例2のそれぞれについて、プレス成形品1のフランジ部7における長手方向先端(評価点a)における成形下死点でのプレス成形品1の形状からの乖離量を算出した。
表2に、発明例1~発明例4及び比較例1、比較例2において残留応力の緩和減少率と評価点aの乖離量の結果をまとめて示す。
【0059】
【表2】
【0060】
表2以降において、プレス成形品1の天板部3の長手方向中央を一致させた場合、予測値Dcは、発明例1~発明例4及び比較例1~比較例2における評価点aの乖離量、実験値Deは、実際にプレス成形したプレス成形品1の天板部3と平行となる幅方向における断面内の2日経過した後の評価点aの乖離量(=16mm)である。また、実験値に対する予測値の差分及び誤差は、それぞれ、下式により算出したものである。
予測値の差分(mm)=De-Dc ・・・(1)
予測値の誤差(%)=(De-Dc)÷Dc×100 ・・・(2)
【0061】
比較例1と比較例2における評価点aの乖離量は等しく、実験値との差分は1.5mm、予測値の誤差は10.3%であった。
【0062】
発明例1は、縦壁部5に対し、その残留応力を5%減少させた残留応力の値を設定したものであり、予測値の差分は0.9mm、予測値の誤差は6.0%となり、比較例1及び比較例2と比べて改善した。
発明例2は、縦壁部5に対し、その残留応力をそれぞれ10%減少させた残留応力の値を設定したものであり、予測値の差分は0.5mm、予測値の誤差は3.2%となり、比較例1及び比較例2と比べて改善し、発明例1よりも良好な結果であった。
発明例3は、縦壁部5に対し、その残留応力をそれぞれ20%減少させた残留応力の値を設定したものであり、予測値の差分は0.2mm、予測値の誤差は1.3%となり、比較例1及び比較例2と比べて改善し、発明例2よりもさらに良好な結果であった。
発明例4は、縦壁部5に対し、その残留応力を30%減少させた残留応力の値を設定したものであり、予測値の差分は-0.2mm、予測値の誤差は-1.2%となり、いずれも負の値であるが、絶対値で比較すると比較例1及び比較例2と比べて改善し、発明例3と同等の結果であった。
【実施例2】
【0063】
<Z字状断面形状のプレス成形品>
実施例2では、まず、前述した実施例1と同様に表1に示す機械的特性をもつ金属板Aを用い、図3に示すZ字状断面形状のプレス成形品21のプレス成形(曲げ曲げ戻し変形を含む成形)を行った。プレス成形品21の成形下死点形状は、プレス成形方向における縦壁部25の縦壁高さを100mmとした。
【0064】
そして、成形下死点までプレス成形したプレス成形品21を金型から離型し、プレス成形品21の形状の経時変化を測定した。
【0065】
次に、プレス成形品21のプレス成形解析とこれに続くスプリングバック解析を行い、さらに、スプリングバック直後のプレス成形品21における縦壁部25に対してその残留応力を20%緩和減少させた残留応力の値を設定し、プレス成形品21について力のモーメントが釣り合う形状を求める解析を行ったものを発明例5とした。
また、比較対象として、発明例5と同様にプレス成形品21のプレス成形解析及びスプリングバック解析を行ったものの、残留応力の値を緩和減少設定して力のモーメントが釣り合う形状を求める解析を行わなかったものを比較例3とした。
【0066】
そして、発明例5と比較例3それぞれについて、プレス成形品21のフランジ部27における長手方向の先端(評価点b)における成形下死点でのプレス成形品21の形状からの乖離量を算出した。なお、乖離量は実施例1と同様にプレス成形品21の天板部23の長手方向中央を一致させて、天板部23と平行となる幅方向における断面内の距離を用いた。
表3に、発明例5及び比較例3において残留応力の緩和減少率と評価点bの乖離量の結果をまとめて示す。
【0067】
【表3】
【0068】
表3において、予測値Dcは、発明例5及び比較例3における評価点bの乖離量、実験値Deは、実際にプレス成形したプレス成形品21の2日経過した後の評価点bの乖離量(=14.5mm)である。また、実験値に対する予測値の差分及び誤差は、それぞれ、前述した式(1)及び(2)により算出したものである。
【0069】
比較例3は、予測値と実験値との差分は1.2mm、予測値の誤差は9.0%であった。
発明例5は、縦壁部25に対し、その残留応力を20%減少させたものであり、実験値との差分は0.4mm、予測値の誤差は2.8%であり、比較例3と比べて改善した。
【実施例3】
【0070】
<フロアクロスメンバー>
実施例3では、まず、前掲した表1に示す機械的特性をもつ金属板Aを用い、図4に示すような、自動車のフロアクロスメンバーを模擬した形状のプレス成形品41のプレス成形(曲げ曲げ戻し変形を含む成形)を行った。
【0071】
プレス成形品41は、天板部43、縦壁部45及びフランジ部47それぞれの長手方向端辺から屈曲して外方に延出する取付けフランジ部49と、を有する。
【0072】
プレス成形品41の成形下死点形状は、プレス成形方向における縦壁部45の縦壁高さを130mmとした。
【0073】
そして、成形下死点までプレス成形したプレス成形品41を金型から離型し、プレス成形品41の形状の経時変化を測定した。
【0074】
次に、プレス成形品41のプレス成形解析とこれに続くスプリングバック解析を行い、さらに、スプリングバック直後のプレス成形品41における縦壁部45に対してその残留応力を緩和減少させた残留応力の値を設定し、プレス成形品41について力のモーメントが釣り合う形状を求める解析を行ったものを発明例6とした。
なお、プレス成形品41において、取付けフランジ部49は、長手方向における天板部43、縦壁部45及びフランジ部47の3つの端辺に沿って連続するように形成されたものである。
【0075】
また、比較対象として、発明例6と同様にプレス成形品41のプレス成形解析及びスプリングバック解析を行ったものの、縦壁部45に対しても残留応力の値を緩和減少させて力のモーメントが釣り合う形状を求める解析を行わなかったものを比較例4とした。
【0076】
そして、発明例6及び比較例4それぞれについて、フランジ部47の側辺の長手方向中央の位置(評価点c、図4参照)における成形下死点からの乖離量を算出した。なお、乖離量は実施例1と同様にプレス成形品41の天板部43の長手方向中央を一致させて、天板部43と平行となる幅方向における断面内の距離を用いた。
表4に、発明例6及び比較例4における縦壁部の残留応力の緩和減少率と、評価点cの乖離量の結果をまとめて示す。
【0077】
【表4】
【0078】
表4において、予測値Dcは、発明例6及び比較例4における評価点cの乖離量、実験値Deは、実際にプレス成形したプレス成形品41の2日経過した後の評価点cの乖離量(=13.1mm)である。また、実験値に対する予測値の差分及び誤差は、それぞれ、前述した式(1)及び(2)により算出したものである。
【0079】
比較例4は、予測値と実験値との差分は1.0mm、予測値の誤差は8.3%であった。
発明例6は、縦壁部45の残留応力を5%減少させたものであり、実験値との差分は0.2mm、予測値の誤差は1.6%であり、比較例4と比べて改善した。
【符号の説明】
【0080】
1 プレス成形品
3 天板部
5 縦壁部
7 フランジ部
9 パンチ肩部
11 ダイ肩部
21 プレス成形品
23 天板部
25 縦壁部
27 フランジ部
41 プレス成形品
43 天板部
45 縦壁部
47 フランジ部
49 取付けフランジ部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7