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特許7151737高強度鋼板およびその製造方法ならびに部材およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-03
(45)【発行日】2022-10-12
(54)【発明の名称】高強度鋼板およびその製造方法ならびに部材およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20221004BHJP
   C22C 38/06 20060101ALI20221004BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20221004BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20221004BHJP
【FI】
C22C38/00 302A
C22C38/00 301S
C22C38/00 301T
C22C38/06
C22C38/60
C21D9/46 P
C21D9/46 G
C21D9/46 J
【請求項の数】 15
(21)【出願番号】P 2020031363
(22)【出願日】2020-02-27
(65)【公開番号】P2021134389
(43)【公開日】2021-09-13
【審査請求日】2021-09-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100184859
【弁理士】
【氏名又は名称】磯村 哲朗
(74)【代理人】
【識別番号】100123386
【弁理士】
【氏名又は名称】熊坂 晃
(74)【代理人】
【識別番号】100196667
【弁理士】
【氏名又は名称】坂井 哲也
(74)【代理人】
【識別番号】100130834
【弁理士】
【氏名又は名称】森 和弘
(72)【発明者】
【氏名】和田 悠佑
(72)【発明者】
【氏名】中垣内 達也
(72)【発明者】
【氏名】川崎 由康
(72)【発明者】
【氏名】寺嶋 聖太郎
(72)【発明者】
【氏名】横田 毅
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/183349(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/212885(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/188640(WO,A1)
【文献】特開2009-215572(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 8/00 - 8/04
C21D 9/46 - 9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
成分組成として、質量%で、C:0.030%以上0.250%以下、
Si:0.01%以上3.00%以下、
Al:0.01%以上2.00%以下、
Mn:3.50%以上10.00%以下、
P:0.001%以上0.100%以下、
S:0.0001%以上0.0200%以下および
N:0.0005%以上0.0100%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、
鋼組織が、面積率で、未再結晶フェライトが25%以上75%以下、マルテンサイトが5%以上35%以下であり、体積率で、残留オーステナイトが12%以上50%以下であり、鋼板中の転位密度が4.0×1014-2以上1.0×1016-2以下であり、さらに、前記残留オーステナイト中のMn量(質量%)を前記未再結晶フェライト中のMn量(質量%)で除した値が2.0以上であることを特徴とする高強度鋼板。
【請求項2】
前記成分組成としてさらに、質量%で、
Cr:1.00%以下、
V:1.00%以下、
Mo:1.00%以下、
Ni:1.00%以下および
Cu:1.00%以下
のうちから選んだ1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の高強度鋼板。
【請求項3】
前記成分組成としてさらに、質量%で、
Ti:0.20%以下および
Nb:0.20%以下
のうちから選んだ1種または2種を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の高強度鋼板。
【請求項4】
前記成分組成としてさらに、質量%で、
B:0.0050%以下
を含有することを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の高強度鋼板。
【請求項5】
前記成分組成としてさらに、質量%で、
Ca:0.005%以下および
REM:0.005%以下
のうちから選んだ1種または2種を含有することを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載の高強度鋼板。
【請求項6】
前記成分組成としてさらに、質量%で、
Sb:0.05%以下および
Sn:0.05%以下
のうちから選んだ1種または2種を含有することを特徴とする請求項1から5のいずれか1項に記載の高強度鋼板。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1項に記載の高強度鋼板であって、さらに、溶融亜鉛めっき層、合金化溶融亜鉛めっき層、溶融アルミニウムめっき層および電気亜鉛めっき層のうちから選ばれる1種を備える高強度鋼板。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか1項に記載の高強度鋼板を製造する方法であって、前記成分組成を有する鋼スラブを1100℃以上1300℃以下に加熱して、仕上げ圧延出側温度を750℃以上1000℃以下で熱間圧延し、巻取り温度を300℃以上750℃以下で巻き取り、熱延板とする熱間圧延工程と、熱間圧延工程後に、酸洗を施しスケールを除去する酸洗工程と、
前記酸洗工程後、(Ac1変態点+20℃)以上(Ac1変態点+120℃)以下の温度域で600s以上21600s以下保持する熱延板焼鈍工程と、
前記熱延板焼鈍工程後、圧下率:15%以上90%未満で冷間圧延して冷延板とする冷間圧延工程と、
前記冷間圧延工程後、(Ac1変態点+20℃)以上(Ac1変態点+100℃)以下の温度域まで5℃/s以上で昇温し、2s以上100s以下保持したのち、5℃/s以上の平均冷却速度で450℃まで冷却した後、室温まで冷却する冷延板焼鈍工程とを備える高強度鋼板の製造方法。
【請求項9】
請求項8に記載の高強度鋼板の製造方法であって、前記冷延板焼鈍工程において、前記5℃/s以上の平均冷却速度で450℃まで冷却した後、350℃以上450℃以下の温度域で10s以上600s以下保持したのち、室温まで冷却することを特徴とする高強度鋼板の製造方法。
【請求項10】
請求項8または9に記載の高強度鋼板の製造方法であって、前記冷延板焼鈍工程後に、溶融亜鉛めっき浴に浸漬し、溶融亜鉛めっきを施すことを特徴とする高強度鋼板の製造方法。
【請求項11】
請求項10に記載の高強度鋼板の製造方法であって、前記溶融亜鉛めっきを施した後、合金化処理を施すことを特徴とする高強度鋼板の製造方法。
【請求項12】
請求項8または9に記載の高強度鋼板の製造方法であって、前記冷延板焼鈍工程後に、溶融アルミニウムめっき浴に浸漬し、溶融アルミニウムめっきを施すことを特徴とする高強度鋼板の製造方法。
【請求項13】
請求項8または9に記載の高強度鋼板の製造方法であって、前記冷延板焼鈍工程後に、電気亜鉛めっきを施すことを特徴とする高強度鋼板の製造方法。
【請求項14】
請求項1から7のいずれか一項に記載の高強度鋼板に対して、成形加工及び溶接の少なくとも一方を施してなることを特徴とする部材。
【請求項15】
請求項8から13のいずれか一項に記載の高強度鋼板の製造方法によって製造された高強度鋼板に対して、成形加工及び溶接の少なくとも一方を施すことを特徴とする部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に自動車、電機分野で使用される部品用に好適な、延性と伸びフランジ性に優れ、かつ降伏応力と降伏点伸びが高い高強度鋼板およびその製造方法に関するものであるとともに、本発明の高強度鋼板を用いた部材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境保全のため自動車の燃費向上が重要な課題となっており、自動車の車体軽量化と耐衝突性能の向上が求められている。上記の要望に応えるため、自動車用鋼板として高強度鋼板の需要が高まっている。しかしながら、一般的に鋼板の高強度化は加工性の低下を招く。このため、高強度と高加工性を両立させた鋼板の開発が望まれている。また、高強度鋼板を自動車部品のような複雑な形状へ成形加工する際には、張り出し部位や伸びフランジ部位で割れやネッキングの発生が大きな問題となる。そのため、割れやネッキングの発生の問題を克服できる伸び(El)と穴広げ率(λ)を共に高めた高強度鋼板も必要とされている。さらに、自動車の骨格部材においては乗客保護の観点から高い降伏応力(YS)を有することが求められていることから、YS×Elバランスを高めることが重要になる。また、近年の衝突安全性に関する研究において、軸圧壊安定化に必要な材料特性として、降伏点伸び(YPEl)を有する材料が求められている。YPElが存在する鋼板では、軸圧壊時に蛇腹状の変形の起点が安定的に生成しやすいためである。
【0003】
これまでに強度と加工性を共に向上させるため、残留オーステナイトの変態誘起塑性を利用したTRIP鋼をはじめとする複合組織高強度鋼板が製造されてきた。例えば特許文献1には、多量のSiを添加し、冷延板を二相域での焼鈍後、続いて300~450℃のベイナイト変態域で保持し、多量の残留オーステナイトを確保することで高延性を達成する高強度鋼板の製造方法が開示されている。
【0004】
また、近年では、Mnでオーステナイト相を安定化して残留オーステナイトを得ることで加工性を向上させた高加工性鋼板が開発されている。例えば、特許文献2には、オーステナイト相をMnで安定化し、組織中のフェライトとマルテンサイトと残留オーステナイトの結晶粒径とアスペクト比を制御することにより低降伏比で高延性を有する高強度鋼板の製造方法が開示されている。
【0005】
特許文献3には、Mnで多量のオーステナイト相を安定化し、フェライト量を制限し、ベイナイト、マルテンサイト、焼き戻しベイナイト、焼き戻しマルテンサイトを組織中に含有した組織によって高延性化を行っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特公平06-070247号公報
【文献】特許第6158769号公報
【文献】特許第6372632号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1の鋼板はTRIP効果によって延性には優れるものの、降伏応力と伸びフランジ性が考慮されていない。特許文献2の鋼板は、延性は優れるものの、降伏応力が低い。特許文献3の鋼板は、高強度で高い延性を有するが降伏応力が考慮されていない。また、特許文献1~3のいずれにおいても、降伏点伸びは考慮されていない。
【0008】
本発明は、かかる事情に鑑み、延性と伸びフランジ性に優れ、かつ降伏応力と降伏点伸びが高い高強度鋼板およびその製造方法ならびに部材およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、延性と伸びフランジ性に優れ、かつ降伏応力と降伏点伸びが高い高強度鋼板を製造するため、鋭意検討を重ねた。特に、鋼組織中で最も軟質であるフェライト相を高強度化しつつ残留オーステナイト相を得る製造方法について検討を行った。その結果、成分組成を適正に調整して、熱延板を、適正なフェライトとオーステナイト二相域で保持することでMnをオーステナイトに分配し、冷間圧延によってフェライト中に高密度の転位を導入し、その冷延板を、Mnが濃化した加工誘起マルテンサイトがオーステナイトに逆変態する温度域まで急速に加熱し、短時間保持したのちに所定の冷却速度以上で冷却することで、転位強化された未再結晶フェライトと逆変態で生じたオーステナイトを含む組織が形成され、延性と伸びフランジ性に優れ、かつ降伏応力と降伏点伸びが高い高強度鋼板が製造可能となることが分かった。
【0010】
一般に、フェライトとMnで安定化された残留オーステナイトから構成される組織を持つ鋼は、高い引張強度とTRIP効果による高い伸び(以下、延性を単に伸びとも称することがある。)を示すが、軟質なフェライトを含むためYSが低く、フェライトが容易に加工硬化するため降伏点伸び(YPEl)が現れにくい。また、軟質なフェライトと打ち抜きで生じる硬質なマルテンサイトの硬度差が大きいため、穴広げ率(以下、伸びフランジ性を単に穴広げ率と称することもある。)を上昇させることが困難であった。そこで、軟質なフェライトを強化することで、鋼板の降伏応力を上昇させ、さらに打ち抜きで生じるマルテンサイトとの硬度差を緩和することが有効であると考えた。フェライトの強化には冷間圧延で導入される転位を活用した。転位強化量はベイリーハーシュの関係から転位密度の1/2乗に比例するため、転位密度を高めることが重要である。したがって、冷間圧延を高い圧下率で行い、フェライト中の転位密度を上昇させ、その転位密度を最終組織まで保つことが必要である。これを実現するためには、冷間圧延後にフェライトの回復・再結晶が抑制されるような急速加熱と短時間保持で熱処理を完了させることが重要であると知見した。さらに検討を重ねたところ、冷間圧延前にMnをオーステナイト相中に濃化させておけば、急速加熱と短時間保持の熱処理によって冷間圧延により生じた加工誘起マルテンサイトから十分な量のオーステナイトが逆変態で生成することを知見した。この逆変態のメカニズムにはまだ分かっていない点があるが、急速加熱によって加工誘起マルテンサイト中の炭化物析出が抑制され、CとMnが十分濃化したマルテンサイトからオーステナイトへ高速で逆変態が生じるためと考えられる。以上の検討から、急速加熱短時間保持熱処理によって転位強化された未再結晶フェライトと多量の残留オーステナイトからなる組織が得られることが分かった。このミクロ組織ではフェライトが転位強化されており、かつ、CとMnによって残材オーステナイト相が安定化されているので高い降伏応力と伸びを示す。また、フェライトが強化されているので軟質相と硬質相の硬度差が低減されているため穴広げ率も高い。さらに、フェライトは転位強化されているので加工硬化しにくく、降伏後は残留オーステナイト相のマルテンサイト変態を伴う顕著な降伏点伸びが発現する。すなわち、本発明のミクロ組織制御によって、延性と伸びフランジ性に優れ、かつ降伏応力と降伏点伸びが高い高強度鋼板が製造できることが分かった。
【0011】
本発明は、以上の知見に基づいてなされたものであり、その要旨は以下のとおりである。
[1] 成分組成として、質量%で、C:0.030%以上0.250%以下、
Si:0.01%以上3.00%以下、
Al:0.01%以上2.00%以下、
Mn:3.50%以上10.00%以下、
P:0.001%以上0.100%以下、
S:0.0001%以上0.0200%以下および
N:0.0005%以上0.0100%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、
鋼組織が、面積率で、未再結晶フェライトが25%以上75%以下、マルテンサイトが5%以上35%以下であり、体積率で、残留オーステナイトが12%以上50%以下であり、鋼板中の転位密度が4.0×1014-2以上1.0×1016-2以下であり、さらに、前記残留オーステナイト中のMn量(質量%)を前記未再結晶フェライト中のMn量(質量%)で除した値が2.0以上であることを特徴とする高強度鋼板。
[2]前記成分組成としてさらに、質量%で、
Cr:1.00%以下、
V:1.00%以下、
Mo:1.00%以下、
Ni:1.00%以下および
Cu:1.00%以下
のうちから選んだ1種または2種以上を含有することを特徴とする[1]に記載の高強度鋼板。
[3]前記成分組成としてさらに、質量%で、
Ti:0.20%以下および
Nb:0.20%以下
のうちから選んだ1種または2種を含有することを特徴とする[1]または[2]に記載の高強度鋼板。
[4]前記成分組成としてさらに、質量%で、
B:0.0050%以下
を含有することを特徴とする[1]から[3]のいずれかに記載の高強度鋼板。
[5]前記成分組成としてさらに、質量%で、
Ca:0.005%以下および
REM:0.005%以下
のうちから選んだ1種または2種を含有することを特徴とする[1]から[4]のいずれかに記載の高強度鋼板。
[6]前記成分組成としてさらに、質量%で、
Sb:0.05%以下および
Sn:0.05%以下
のうちから選んだ1種または2種を含有することを特徴とする[1]から[5]のいずれかに記載の高強度鋼板。
[7][1]~[6]のいずれかに記載の高強度鋼板であって、さらに、溶融亜鉛めっき層、合金化溶融亜鉛めっき層、溶融アルミニウムめっき層および電気亜鉛めっき層のうちから選ばれる1種を備える高強度鋼板。
[8][1]~[7]のいずれかに記載の高強度鋼板を製造する方法であって、前記成分組成を有する鋼スラブを1100℃以上1300℃以下に加熱して、仕上げ圧延出側温度を750℃以上1000℃以下で熱間圧延し、巻取り温度を300℃以上750℃以下で巻き取り、熱延板とする熱間圧延工程と、熱間圧延工程後に、酸洗を施しスケールを除去する酸洗工程と、
前記酸洗工程後、(Ac1変態点+20℃)以上(Ac1変態点+120℃)以下の温度域で600s以上21600s以下保持する熱延板焼鈍工程と、
前記熱延板焼鈍工程後、圧下率:15%以上90%未満で冷間圧延して冷延板とする冷間圧延工程と、
前記冷間圧延工程後、(Ac1変態点+20℃)以上(Ac1変態点+100℃)以下の温度域まで5℃/s以上で昇温し、2s以上100s以下保持したのち、5℃/s以上の平均冷却速度で450℃まで冷却した後、室温まで冷却する冷延板焼鈍工程とを備える高強度鋼板の製造方法。
[9][8]に記載の高強度鋼板の製造方法であって、前記冷延板焼鈍工程において、前記5℃/s以上の平均冷却速度で450℃まで冷却した後、350℃以上450℃以下の温度域で10s以上600s以下保持したのち、室温まで冷却することを特徴とする高強度鋼板の製造方法。
[10][8]または[9]に記載の高強度鋼板の製造方法であって、前記冷延板焼鈍工程後に、溶融亜鉛めっき浴に浸漬し、溶融亜鉛めっきを施すことを特徴とする高強度鋼板の製造方法。
[11][10]に記載の高強度鋼板の製造方法であって、前記溶融亜鉛めっきを施した後、合金化処理を施すことを特徴とする高強度鋼板の製造方法。
[12][8]または[9]に記載の高強度鋼板の製造方法であって、前記冷延板焼鈍工程後に、溶融アルミニウムめっき浴に浸漬し、溶融アルミニウムめっきを施すことを特徴とする高強度鋼板の製造方法。
[13][8]または[9]に記載の高強度鋼板の製造方法であって、前記冷延板焼鈍工程後に、電気亜鉛めっきを施すことを特徴とする高強度鋼板の製造方法。
[14][1]から[7]のいずれかに記載の高強度鋼板に対して、成形加工及び溶接の少なくとも一方を施してなることを特徴とする部材。
[15][8]から[13]のいずれかに記載の高強度鋼板の製造方法によって製造された高強度鋼板に対して、成形加工及び溶接の少なくとも一方を施すことを特徴とする部材の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、延性と伸びフランジ性に優れ、かつ降伏応力と降伏点伸びが高い高強度鋼板が得られる。本発明の高強度鋼板を成形加工や溶接などして部材とし、当該部材を例えば自動車構造部材に適用することにより、車体軽量化による燃費改善を図ることをでき、産業上の利用価値は非常に大きい。
【0013】
なお、本発明における高強度とは、引張強度が980MPa以上をいう。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を具体的に説明する。
【0015】
まず、本発明において鋼の成分組成を上記の範囲に限定した理由について説明する。なお、成分に関する%表示は特に断らない限り質量%を意味するものとする。
【0016】
C:0.030%以上0.250%以下
Cはオーステナイトを安定化する元素であり、残留オーステナイトの生成に有効に働く。また、マルテンサイトなどの低温変態組織を生成させることで強度上昇にも必要な元素である。C量が0.030%未満では所望のマルテンサイト量や残留オーステナイト量を確保することが難しくなり、高い強度や伸びが得られない。一方、C量が0.250%を超えると、溶接部および熱影響部の硬化が著しくなり、溶接部の機械的特性が劣化する。したがって、C量は0.030~0.250%の範囲とする。好ましくは、0.08~0.20%の範囲である。より好ましくは0.10~0.17%の範囲である。
【0017】
Si:0.01%以上3.00%以下
Siはフェライトを固溶強化によって高強度化するため、強度と延性のバランスを高めるために有効な元素である。しかしながら、Si量が0.01%未満ではその効果は乏しくなるため、下限は0.01%とする。一方、3.00%を超えるSiの過剰な添加は、赤スケールなどの発生による表面清浄の劣化を引き起こす。そのため、Si量は0.01%以上3.00%以下の範囲とする。
【0018】
Al:0.01%以上2.00%以下
Alは、脱酸材として作用し、鋼の清浄化に有効な元素である。しかしながら、Al量が0.01%に満たないとその含有効果に乏しくなるため、下限は0.01%とする。一方で、2.00%を超えると連続鋳造時の鋼片割れのリスクが高くなるため製造性が悪化する。そのため、Al量は0.01%以上2.00%以下の範囲とする。
【0019】
Mn:3.50%以上10.00%以下
Mnは本発明において極めて重要な元素である。Mnは残留オーステナイトを安定化させる元素で、良好な延性の確保に有効である。さらに固溶強化によって鋼の高強度化にも有効な元素である。オーステナイト中にMnが十分濃化することで、冷間圧延後の急速加熱と短時間保持でも十分な量の残留オーステナイトが生成する。このような効果は、Mn量が3.50%以上で認められる。一方、Mn量が10.00%を超える過剰な含有は、コストアップの要因となる。よって、Mn量は3.50%以上10.00%以下とする。好ましくは、4.00%以上8.00%以下であり、より好ましくは、4.60%以上6.00%以下である。
【0020】
P:0.001%以上0.100%以下
Pは固溶強化によって鋼の強化に有効な元素であるため、所望の強度に応じて添加できる元素である。このような効果はP量が0.001%以上で認められる。一方、0.100%を超えて過剰に含有すると、スポット溶接性の著しい劣化を招く。したがって、Pは0.001%以上0.100%以下とする。
【0021】
S:0.0001%以上0.0200%以下
SはMnSなどの介在物となって、耐衝撃特性の劣化や溶接部のメタルフローに沿った割れの原因になるので0.0200%以下とする。しかしながら、生産コストの観点から0.0001%以上とする。したがって、Sは0.0001%以上0.0200%以下とする。好ましくは0.0001以上0.0100%以下とする。
【0022】
N:0.0005%以上0.0100%以下
Nは、鋼の耐時効性を劣化させる元素である。特に、N量が0.0100%を超えると、耐時効性の劣化が顕著となる。N量は少ないほど好ましいが、生産技術上の制約から、N量は0.0005%以上にする。したがって、N量は0.0005%以上0.0100%以下の範囲とする。好ましくは0.0010%以上0.0070%以下の範囲である。
【0023】
本発明における鋼板は、上記の成分組成を基本成分とし、残部はFeおよび不可避的不純物を含む成分組成を有する。ここで、本発明の鋼板は、基本成分として上記成分を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有することが好ましい。本発明の高強度鋼板には、所望の特性に応じて、以下に述べる成分(任意元素)を適宜含有させることができる。なお、以下の成分は、以下で示す上限量以下で含有していれば、本発明の効果が得られるため、下限は特に設けない。
【0024】
Cr:1.00%以下、V:1.00%以下、Mo:1.00%以下、Ni:1.00%以下およびCu:1.00%以下のうちから選んだ1種または2種以上
Cr、V、Mo、Ni、Cuは、鋼の高強度化に有効な元素である。しかし、Cr、V、Mo、Ni、Cuのそれぞれの成分が1.0%以上を超えるとその効果は飽和し、コストアップの要因となる。このため、含有させる場合のそれぞれの成分の上限は1.00%とする。Cr、V、Mo、Ni、Cuによる高強度化の効果を十分に得るためには、少なくとも1種を0.005%以上含有させることが好ましい。より好ましくは、0.02%以上含有させることが好ましい。
【0025】
Ti:0.20%以下およびNb:0.20%以下の中から選ばれる1種または2種
Ti、Nbは炭窒化物を形成し、鋼を粒子分散強化により高強度化する作用を有する。しかし、Ti、Nbをそれぞれ0.20%超えて含有しても、過度に高強度化し延性が低下する。このため、含有させる場合のそれぞれの元素の上限は0.20%とする。TiやNbによる粒子分散強化を十分に得るには少なくとも1種を0.01%以上含有させることが好ましい。
【0026】
B:0.0050%以下
Bは粒界偏析しオーステナイト粒界からのフェライトの生成を抑制し強度を上昇させる作用を有する。しかし、Bを0.0050%超えて含有させてもボライドとして析出し、十分な強度を上昇させる効果が得られない。このため、含有させる場合のBの上限は0.0050%とする。Bによる強度上昇作用を十分に得るには少なくとも0.0003%以上含有させることが好ましい。
【0027】
Ca:0.005%以下およびREM:0.005%以下のうちから選んだ1種または2種
Ca、REMはいずれも硫化物の形態制御により加工性を改善する効果を有する。しかしながら、過剰な含有は清浄度に悪影響を及ぼす恐れがあるため、含有させる場合のそれぞれの上限は0.005%とする。CaやREMによる加工性を改善させる効果を十分に得るためには少なくとも1種を0.0001%以上含有させることが望ましい。
【0028】
Sb:0.05%以下およびSn:0.05%以下のうちから選んだ1種または2種
Sb、Snは脱炭、脱窒、脱硼等を抑制して、鋼の強度低下を抑制する作用を有する。しかしながら、過剰な含有は伸びフランジ性が悪化する可能性があるので、含有させる場合のそれぞれの上限は0.05%とする。SbやSnによる強度低下を抑制する効果を十分に得るためには、少なくとも0.002%以上含有することが好ましい。
【0029】
次に、鋼組織について説明する。
【0030】
本発明の鋼組織は、面積率で、未再結晶フェライトが25%以上75%以下、マルテンサイトが5%以上35%以下であり、体積率で、残留オーステナイトが12%以上50%以下であり、鋼板中の転位密度が4.0×1014-2以上1.0×1016-2以下であり、さらに、残留オーステナイト中のMn量(質量%)を未再結晶フェライト中のMn量(質量%)で除した値が2.0以上であることを特徴とする。
【0031】
未再結晶フェライトの面積率:25%以上75%以下
本発明の高強度鋼板では、穴広げ率(伸びフランジ性)上昇と降伏応力(YS)上昇のためにフェライトの加工硬化を利用するため、未再結晶フェライトの面積率が非常に重要である。本発明における未再結晶フェライトとは、冷間圧延によって多量に導入された転位が存在するフェライトであり、一般的な焼鈍後の組織で観察される再結晶して転位密度が低いポリゴナルフェライトではない。加工硬化したフェライトによってYSを上昇させるためには未再結晶フェライトの面積率が25%以上必要である。一方で、加工性に乏しい転位硬化した未再結晶フェライトが多すぎると伸びが低下する。十分な延性を確保するためには未再結晶フェライトの面積率は75%以下にする必要がある。したがって、未再結晶フェライトの面積率は25%以上75%以下とする。好ましくは30%以上70%以下である。
【0032】
マルテンサイトの面積率:5%以上35%以下
マルテンサイトは鋼の高強度化に必要な構成組織である。マルテンサイトによって鋼を高強度化するためにはマルテンサイトの面積率は5%以上必要である。一方で、マルテンサイトの面積率が35%を超えると、伸びが低下する。よって、マルテンサイトの面積率は5%以上35%以下にする必要がある。好ましくは8%以上30%以下である。
ここで、未再結晶フェライトとマルテンサイトの面積率は、以下のようにして求めることができる。鋼板を例えばオイルバスで200℃、2時間熱処理をしてマルテンサイト中に炭化物を析出させる。その鋼板の圧延方向に平行な板厚断面を研磨後、1vol.%ナイタールで腐食し、板厚1/4位置(鋼板表面から深さ方向で板厚の1/4に相当する位置)について、SEM(走査電子顕微鏡)を用いて5000倍の倍率で、25.5μm×19μmの範囲の視野を5視野観察し、組織画像を得る。この得られた画像を用いて、メッシュを描き、各視野240点のポイントカウンティングを行う。未再結晶フェライトは圧延によって伸長したアスペクト比が高い結晶粒であり暗いコントラストを呈し、マルテンサイトは上記の熱処理で焼き戻され、白いコントラストを呈する炭化物が存在する組織として判別される。なお、ポリゴナルフェライトはアスペクト比が小さい暗いコントラストを呈し、セメンタイトおよびパーライトについては、比較的粗大な層状の白いコントラストを呈することから判別される。
【0033】
残留オーステナイトの体積率:12%以上50%以下
本発明の高強度鋼板では、良好な延性を確保するために、残留オーステナイト相のTRIP効果を利用する。TRIP効果によって十分な伸びを得るには残留オーステナイトの体積率が12%以上必要である。一方で、残留オーステナイトの体積率が50%を超えると、残留オーステナイト中のCやMnの濃度が希薄になり不安定化して延性が低下するのみならずYSも低下する。したがって、残留オーステナイトの体積率は12%以上50%以下とする。好ましくは、20%以上40%以下である。
なお、残留オーステナイト相の体積率は、鋼板を板厚方向の1/4面まで研磨し、この板厚1/4面に対してX線回折強度を測定することで求めることができる。入射X線にはMoKα線を使用し、残留オーステナイト相の{111}、{200}、{220}、{311}面とフェライト相の{110}、{200}、{211}面のピークの積分強度の全ての組み合わせについて強度比を求め、これらの平均値を残留オーステナイト相の体積率とする。
【0034】
鋼板中の転位密度:4.0×1014-2以上1.0×1016-2以下
本発明の高強度鋼板では、YSとYPElの上昇および穴広げ率の上昇のため、本来軟質相であるフェライトを転位強化によって高降伏応力化している。転位強化量はベイリーハーシュの式から転位密度の1/2乗に比例するため、転位密度の制御は非常に重要である。鋼板中の転位密度が4.0×1014-2未満では転位強化量が不足し、YRと穴広げ率が低下する。一方で、転位密度が1.0×1016-2超えでは延性が低下する。よって、鋼板中の転位密度は4.0×1014-2以上1.0×1016-2以下とする。好ましくは7.0×1014-2以上1.0×1016-2以下である。
なお、鋼板中の転位密度は、X線回折法によって求める。鋼板を板厚方向の1/4面まで化学研磨し、この板厚1/4面に対してX線回折強度を測定する。得られたプロファイルにおいてDF-mWH法(Direct fitting- modified Williamson Hall法)やWA/mWH法(Warren-Averbach method modified Williamson Hall法)といった既知の方法で解析して転位密度を求める。なお、解析には体心立方構造の回折ピークを用いる。この手法を用いると、本発明における鋼板中の転位密度は、未再結晶フェライトとマルテンサイトの両方の転位密度の混合となるが、本発明の転位密度の上下限内にあれば、YSとYPElの上昇および穴広げ率の上昇が達成されることを見出した。
【0035】
残留オーステナイト中のMn量(質量%)を未再結晶フェライト中のMn量(質量%)で除した値:2.0以上
残留オーステナイト中のMn量(質量%)を未再結晶フェライト中のMn量(質量%)で除した値が高いことは、Mnが濃化した安定な残留オーステナイトであることを意味する。残留オーステナイトをMnで安定化するためには、残留オーステナイト中のMn量(質量%)を未再結晶フェライト中のMn量(質量%)で除した値が2.0以上とする必要がある。残留オーステナイト中のMn量(質量%)を未再結晶フェライト中のMn量(質量%)で除した値が2.0未満である場合、引張試験時に早期にマルテンサイト変態してしまうため、降伏応力や伸びを低下させる。なお、残留オーステナイト中のMn量(質量%)を未再結晶フェライト中のMn量(質量%)で除した値の上限値は特に限定されるものではないが、伸びフランジ性の観点から、16.0とすることが好ましい。
【0036】
また、残留オーステナイトおよび未再結晶フェライト中のMn量は、以下のようにして求めることができる。EPMA(電子プローブマイクロアナライザ)を用いて、板厚1/4位置における圧延方向断面の各相へのMnの分布状態を定量化する。そして、20個の残留オーステナイト粒および20個の未再結晶フェライト粒のMn量を分析し、分析結果より得られる各残留オーステナイト粒および未再結晶フェライト粒のMn量をそれぞれ平均することにより、求めることができる。
【0037】
なお、本発明の高強度鋼板では、未再結晶フェライト、マルテンサイトおよび残留オーステナイト以外に、ポリゴナルフェライト、ベイニティックフェライト、パーライトおよびセメンタイト等の炭化物が含まれる場合がある。これらの組織は、合計で面積率が5%以下の範囲であれば含まれていてもよく、本発明の効果が損なわれることはない。
【0038】
本発明の高強度鋼板は、鋼板表面に溶融亜鉛めっき層、合金化溶融亜鉛めっき層、溶融アルミニウムめっき層および電気亜鉛めっき層のうちから選ばれる1種を備えていてもよい。
【0039】
本発明の高強度鋼板の機械的特性について、降伏応力は骨格部材において乗客保護のため980MPa以上であることが好ましい。なお、本発明における降伏応力は、応力―ひずみ曲線における下降伏点を意味する。また、軸圧壊安定化の観点から降伏点伸びを5%以上有することが好ましい。なお、本発明における降伏点伸びとは、降伏点現象(不連続降伏)を示す応力―ひずみ曲線における下降伏点から加工硬化を伴う均一伸び領域に遷移するまでのひずみ量を表す。
【0040】
次に、本発明の製造条件について説明する。
【0041】
本発明の高強度鋼板の製造方法は、上記の鋼組成を有する鋼スラブを1100℃以上1300℃以下に加熱して、仕上げ圧延出側温度を750℃以上1000℃以下で熱間圧延し、巻取り温度を300℃以上750℃以下で巻き取り、熱延板とする熱間圧延工程と、熱間圧延工程後に、酸洗を施しスケールを除去する酸洗工程と、酸洗工程後、(Ac1変態点+20℃)以上(Ac1変態点+100℃)以下の温度域で600s以上21600s以下保持する熱延板焼鈍工程と、熱延板焼鈍工程後、圧下率:15%以上90%未満で冷間圧延して冷延板とする冷間圧延工程と、冷間圧延工程後、(Ac1変態点+20℃)以上(Ac1変態点+100℃)以下の温度域まで5℃/s以上で昇温し、2s以上100s以下保持したのち、5℃/s以上の平均冷却速度で450℃まで冷却した後、室温まで冷却する冷延板焼鈍工程とを備える。
【0042】
以下、これらの製造条件の限定理由について説明する。
【0043】
鋼スラブの加熱温度:1100℃以上1300℃以下
鋼スラブの加熱段階で存在している析出物は、最終的に得られる鋼板内では粗大な析出物として存在し、強度に寄与しないため、鋳造時に析出したTi、Nb系析出物を再溶解させる必要がある。鋼スラブの加熱温度が1100℃未満では、炭化物の十分な溶解が困難であり、さらに、圧延荷重の増大による熱間圧延時のトラブル発生の危険が増大するなどの問題が生じる。そのため、鋼スラブの加熱温度は1100℃以上にする必要がある。また、スラブ表層の気泡、偏析などの欠陥をスケールオフし、鋼板表面の亀裂や凹凸を減少し、平滑な鋼板表面を達成する観点からも、鋼スラブの加熱温度は1100℃以上にする必要がある。一方、鋼スラブの加熱温度が1300℃超では、酸化量の増加に伴いスケールロスが増大してしまう。そのため、鋼スラブの加熱温度は1300℃以下にする必要がある。したがって、鋼スラブの加熱温度は1100℃以上1300℃以下の範囲とする。好ましくは1150℃以上1250℃以下の範囲である。
【0044】
熱間圧延の仕上げ圧延出側温度:750℃以上1000℃以下
加熱後の鋼スラブは、粗圧延および仕上げ圧延により熱間圧延され熱延板となる。このとき、仕上げ圧延出側温度が1000℃を超えると、酸化物(スケール)の生成量が急激に増大し、地鉄と酸化物の界面が荒れ、酸洗、冷間圧延後の鋼板の表面品質が劣化する傾向にある。また、酸洗後に熱延スケールの取れ残りなどが一部に存在すると、延性や伸びフランジ性に悪影響を及ぼす。さらに、結晶粒径が過度に粗大となり、加工時にプレス
品の表面荒れを生じる場合がある。一方、仕上げ圧延出側温度が750℃未満では、圧延荷重が増大して圧延負荷が大きくなるため製造上好ましくない。したがって、熱間圧延の仕上げ圧延出側温度を750℃以上1000℃以下の範囲にする必要がある。好ましくは800℃以上950℃以下の範囲である。
【0045】
熱間圧延後の巻取り温度:300℃以上750℃以下
熱間圧延後の巻取り温度が750℃を超えると、熱延板組織が粗大となり、所望の強度確保が困難となる。一方、熱間圧延後の巻取り温度が300℃未満では、熱延板強度が上昇して、冷間圧延における圧延負荷が増大したり、板形状の不良が発生したりするため、生産性が低下する。したがって、熱間圧延後の巻取り温度を300℃以上750℃以下の範囲にする必要がある。好ましくは400℃以上650℃以下の範囲である。
【0046】
なお、熱間圧延時に粗圧延板同士を接合して連続的に仕上げ圧延を行っても良い。また、粗圧延板を一旦巻き取っても構わない。また、熱間圧延時の圧延荷重を低減するために仕上げ圧延の一部または全部を潤滑圧延としてもよい。潤滑圧延を行うことは、鋼板形状の均一化、材質の均一化の観点からも有効である。なお、潤滑圧延時の摩擦係数は、0.10以上0.25以下の範囲とすることが好ましい。
【0047】
このようにして製造した熱延板に、酸洗を行う。酸洗は鋼板表面の酸化物(スケール)の除去が可能であることから、最終製品の高強度鋼板の良好な化成処理性やめっき品質の確保のために重要である。また、一回の酸洗を行っても良いし、複数回に分けて酸洗を行っても良い。
【0048】
熱延板焼鈍(熱処理)条件:(Ac1変態点+20℃)以上(Ac1変態点+120℃)以下の温度域で600s以上21600s以下保持
熱延板焼鈍において、(Ac1変態点+20℃)以上(Ac1変態点+120℃)以下の温度域で600s以上21600s以下保持することは、本発明において極めて重要である。フェライトとオーステナイトの二相域においてMnをオーステナイト中に分配し濃化させるためには、熱延板焼鈍の焼鈍温度(保持温度)が(Ac1変態点+20℃)以上(Ac1変態点+120℃)以下とする必要がある。熱延板焼鈍の保持温度が(Ac1変態点+20℃)未満もしくは保持時間が600s未満となる場合、オーステナイトへの逆変態およびMnの濃化が進行せず、最終焼鈍(冷延板焼鈍)後に未再結晶フェライト量が過多もしくは十分にMnが濃化した残留オーステナイトを確保することが困難となり、延性が低下する。また熱延板焼鈍の保持温度が(Ac1変態点+120℃)超となる場合、二相域においてフェライト量が少なくなるためオーステナイト中へのMnの濃化が進行せず、最終焼鈍(冷延板焼鈍)後、十分にMnが濃化した残留オーステナイトを確保することが困難となり、降伏応力や延性が低下する。一方、保持時間が21600sを超えると、オーステナイト中へのMnの濃化が飽和し、コストアップの要因になる。したがって、熱延板焼鈍では、(Ac1変態点+20℃)以上(Ac1変態点+120℃)以下、好ましくは(Ac1変態点+30℃)以上(Ac1変態点+100℃)以下の温度域で、600s以上21600s以下、好ましくは、1000s以上18000s以下の時間、保持するものとする。
【0049】
なお、焼鈍方法は連続焼鈍やバッチ焼鈍のいずれの焼鈍方法でも構わない。また、熱延板焼鈍工程後、室温まで冷却するが、その冷却方法および冷却速度は特に規定せず、バッチ焼鈍における炉冷、空冷および連続焼鈍におけるガスジェット冷却、ミスト冷却および水冷などのいずれの冷却でも構わない。また、酸洗は常法に従えばよい。
【0050】
冷間圧延工程の圧下率:15%以上90%未満
本発明においては、冷間圧延時に導入される転位によってフェライトを強化するため、冷間圧延の圧下率は重要である。最終組織において十分にフェライトを転位強化するためには、圧下率が15%以上必要である。一方で、圧延率が90%以上では、加工硬化が著しくなり製造性が著しく低下する。したがって、圧下率を15%以上90%未満とする。好ましくは30%以上90%未満である。より好ましくは、45%以上90%未満とする。
【0051】
冷延板焼鈍(熱処理)条件:(Ac1変態点+20℃)以上(Ac1変態点+100℃)以下の温度域まで5℃/s以上で昇温し、2s以上100s以下保持したのち、5℃/s以上の平均冷却速度で450℃まで冷却した後、室温まで冷却
冷延板焼鈍において、加熱速度、保持温度、冷却速度を制御することは極めて重要である。(Ac1変態点+20℃)以上(Ac1変態点+100℃)以下の温度域まで5℃/s以上で昇温することは、加工誘起マルテンサイトからの炭化物析出を抑制し、続く短時間保持で多量のオーステナイト相を得るために必要である。昇温速度が5℃/s未満であると昇温中に加工誘起マルテンサイトにおいて炭化物が析出し、続く短時間保持で十分な量の残留オーステナイト相を得られない。好ましくは10℃/s以上、より好ましくは15℃/s以上である。冷間圧延によって生じたMnリッチな加工誘起マルテンサイトからオーステナイトへ十分に逆変態させるためには、(Ac1変態点+20℃)以上(Ac1変態点+100℃)以下の温度域で2s以上100s以下保持することが必要である。保持温度が(Ac1変態点+20℃)未満もしくは保持時間が2s未満では逆変態が不十分で残留オーステナイト量が不足する。また、保持温度が(Ac1変態点+100℃)超えもしくは保持時間が100s超えであると、未再結晶フェライトの回復により鋼板中の転位密度が低下したり、再結晶によりポリゴナルフェライトが生成し十分な量の未再結晶フェライトが得られなかったりする。好ましくは、(Ac1変態点+30℃)以上(Ac1変態点+70℃)以下の温度域である。また、保持時間については、好ましくは3s以上50s以下であり、より好ましくは3s以上20s以下である。また、(Ac1変態点+20℃)以上(Ac1変態点+100℃)以下の温度域から5℃/s以上の平均冷却速度で450℃まで冷却することは、冷間圧延によって導入された未再結晶フェライト中の転位密度の低下を抑制するために必要である。平均冷却速度が5℃/s未満であると未再結晶フェライト中で回復や再結晶が生じやすくなり鋼板中の転位密度が低下する。
【0052】
また、冷延板焼鈍工程における昇温保持後、5℃/s以上の平均冷却速度で450℃まで冷却した後、350℃以上450℃以下の温度域で10s以上600s以下保持したのち、室温まで冷却することができる。350℃以上450℃以下の温度域で10s以上600s以下保持することで、部分的に残存するマルテンサイトからCが逆変態で生じたオーステナイト相中に拡散する。これによって、残留オーステナイトがより安定化して、延性が向上する。保持温度が350℃未満もしくは保持時間が10s未満では、Cの分配が不十分であり、上記の効果は得られない。一方で、保持温度が450℃超えもしくは保持時間が600s超えでは、むしろ転位密度の減少が生じる。したがって、350℃以上450℃以下の温度域で10s以上600s以下保持することが好ましい。
【0053】
溶融亜鉛めっき処理
溶融亜鉛めっき処理を施す場合には、冷延板焼鈍工程後に鋼板を通常の浴温のめっき浴中に浸入させて行い、ガスワイピングなどで付着量を調整する。めっき浴温に際しては、特にその条件を限定する必要はないが、450~500℃の範囲が好ましい。
【0054】
合金化処理
プレス性、スポット溶接性および塗料密着性を確保するために、めっき後に熱処理を施してめっき層中に鋼板のFeを拡散させた、合金化溶融亜鉛めっきが多く使用される。このため、本発明においても合金化処理を施すことが好ましい。なお、450℃以上600℃以下の温度域で合金化処理を施すことが好ましい。600℃を超える温度で合金化処理を行うと、未変態オーステナイトがパーライトへ変態し、所望の残留オーステナイトの体積率を確保できず、延性が低下する場合がある。一方、合金化処理の温度が450℃に満たないと、合金化が進行せず、合金層の生成が困難となる。したがって、亜鉛めっきの合金化処理を行うときは、450℃以上600℃以下の温度域で合金化処理を施すことが好ましい。
【0055】
溶融アルミニウムめっき処理
溶融アルミニウムめっき処理を施すときは、冷延板焼鈍工程後の鋼板をアルミニウムめっき浴中に浸漬して、溶融アルミニウムめっき処理を施し、その後、ガスワイピング等によって、めっき付着量を調整する。
【0056】
電気亜鉛めっき処理
電気亜鉛めっき処理を施すときは、冷延板焼鈍工程後の鋼板を電解溶液中に浸漬して通電することで鋼板表面に亜鉛を析出させる。その際の条件は特に限定しないが、皮膜厚が5μmから15μmの範囲になるように電気亜鉛めっき処理の条件を調整することが好ましい。
【0057】
なお、本発明の製造方法における一連の熱処理においては、上述した温度範囲内であれば保持温度は一定である必要はなく、また冷却速度が冷却中に変化した場合においても規定した範囲内であれば本発明の趣旨を損なわない。また、熱履歴さえ満足すれば、鋼板はいかなる設備で熱処理を施されてもかまわない。加えて、熱処理後に形状矯正のため本発明の鋼板に調質圧延をすることも本発明の範囲に含まれる。なお、本発明では、鋼素材を通常の製鋼、鋳造、熱延の各工程を経て製造する場合を想定しているが、例えば薄手鋳造などにより熱延工程の一部もしくは全部を省略して製造する場合でもよい。
【0058】
次に、本発明の部材およびその製造方法について説明する。
【0059】
本発明の部材は、本発明の高強度鋼板に対して、成形加工および溶接の少なくとも一方を施してなるものである。また、本発明の部材の製造方法は、本発明の高強度鋼板の製造方法によって製造された鋼板に対して、成形加工および溶接の少なくとも一方を施す工程を有する。
【0060】
本発明の高強度鋼板は、延性と伸びフランジ性に優れ、かつ高い降伏応力と降伏点伸びを有する。そのため、本発明の高強度鋼板を用いて得た部材は、高強度であり、曲げ変形部位や張り出し部位や伸びフランジ部位で割れやネッキングの発生が極めて少ない。したがって、本発明の部材は、高強度鋼板を複雑な形状に成形加工して得られる部品等に好適に使用できる。本発明の部材は、例えば、自動車用骨格部材や衝撃吸収部材といった自動車用部品に好適に用いることができる。
【0061】
成形加工は、プレス加工等の一般的な加工方法を制限なく用いることができる。また、溶接は、スポット溶接、アーク溶接等の一般的な溶接を制限なく用いることができる。
【実施例
【0062】
表1に示す成分組成からなる鋼を真空溶解炉で溶製し、板厚35mmに粗圧延した後、1100~1300℃×1h加熱保持し、仕上げ圧延出側温度850℃以上で板厚約4.0mmまで圧延し、次いで、巻取り温度500~650℃で1h保持した後、炉冷した。次いで、得られた熱延板を、酸洗後、(Ac1変態点+20℃)以上(Ac1変態点+120℃)以下で熱延板焼鈍を行い、所定の冷間圧延率で冷間圧延した。続いて、(Ac1変態点+20℃)以上(Ac1変態点+100℃)以下で冷延板焼鈍を行った。表2に製造条件の詳細を示す。なお、Ac1変態点は以下の式を用いて求めた。
Ac1変態点(℃)=751-16×(%C)+11×(%Si)-28×(%Mn)-5.5×(%Cu)-16×(%Ni)+13×(%Cr)+3.4×(%Mo)
ここで、(%C)、(%Si)、(%Mn)、(%Ni)、(%Cu)、(%Cr)および(%Mo)は、それぞれの元素の鋼中含有量(質量%)である。
【0063】
冷延板焼鈍工程後、一部の鋼板に対して、めっき処理を施し、溶融亜鉛めっき鋼板(GI)、合金化溶融亜鉛めっき鋼板(GA)、溶融アルミニウムめっき鋼板(Al)および電気亜鉛めっき鋼板(EG)などを得た。
【0064】
なお、溶融亜鉛めっき浴として、溶融亜鉛めっき鋼板(GI)では、Al:0.19質量%含有亜鉛浴を、また合金化溶融亜鉛めっき鋼板(GA)では、Al:0.14質量%含有亜鉛浴を使用した。またいずれも、浴温は465℃、めっき付着量は片面あたり45g/m(両面めっき)とした。さらにGAでは、合金化処理後でめっき層中のFe濃度を9質量%以上12質量%以下になるように調整した。溶融アルミニウムめっき鋼板用の溶融アルミニウムめっき浴の浴温は680℃とした。
【0065】
得られた鋼板について、組織観察を行うとともに、引張特性および伸びフランジ性を評価した。評価方法は以下のとおりである。
【0066】
組織観察
組織観察について、未再結晶フェライトとマルテンサイトの面積率は、以下のようにして求めた。
鋼板をオイルバスで200℃、2時間熱処理をしてマルテンサイト中に炭化物を析出させた。その鋼板の圧延方向に平行な板厚断面を研磨後、1vol.%ナイタールで腐食し、板厚1/4位置(鋼板表面から深さ方向で板厚の1/4に相当する位置)について、SEM(走査電子顕微鏡)を用いて5000倍の倍率で、25.5μm×19μmの範囲の視野を5視野観察し、組織画像を得た。この得られた画像を用いて、メッシュを描き、各視野240点のポイントカウンティングを行った。未再結晶フェライトは圧延によって伸長した結晶粒であり暗いコントラストを呈し、マルテンサイトは上記の熱処理で焼き戻され、白いコントラストを呈する微細な炭化物が存在する組織として判別される。なお、ポリゴナルフェライトはアスペクト比が小さい暗いコントラストを呈し、セメンタイトおよびパーライトについては、比較的粗大な層状の白いコントラストを呈することから判別される。
残留オーステナイト相の体積率は、鋼板を板厚方向の1/4面まで研磨し、この板厚1/4面に対してX線回折強度を測定することで求めることができる。入射X線にはMoKα線を使用し、残留オーステナイト相の{111}、{200}、{220}、{311}面とフェライト相の{110}、{200}、{211}面のピークの積分強度の全ての組み合わせについて強度比を求め、これらの平均値を残留オーステナイト相の体積率とした。
鋼板中の転位密度は、X線回折法によって求める。鋼板を板厚方向の1/4面まで化学研磨し、この板厚1/4面に対してX線回折強度を測定する。得られたプロファイルを用いてDF-mWH法(Direct fitting- modified Williamson Hall法)やWA/mWH法(Warren-Averbach method modified Williamson Hall法)といった既知の方法で解析して転位密度を求めた。なお、解析には体心立方構造の回折ピークを用いた。
残留オーステナイトおよび未再結晶フェライト中のMn量は、EPMA(電子プローブマイクロアナライザ)を用いて、板厚1/4位置における圧延方向断面の各相へのMnの分布状態を定量化する。そして、20個の残留オーステナイト粒および20個の未再結晶フェライト粒のMn量を分析し、分析結果より得られる各残留オーステナイト粒および未再結晶フェライト粒のMn量をそれぞれ平均することにより、求めた。
<引張特性>
引張特性は、引張試験で評価した。引張試験は、圧延方向に平行に加工したJIS5号試験片に対して、クロスヘッドスピードを10mm/minで行い、TS(引張強度)、YS(降伏応力)、YPEl(降伏点伸び)、El(全伸び)を測定した。本発明では、YSが980MPa以上、YPElは5%以上の時に良好と判定した。また、本発明では延性の指標としてYS×Elの値を採用し、YS×Elの値が25000MPa×%以上であるときに良好と判定した。なお、本発明における降伏応力は、応力―ひずみ曲線における下降伏点を読み取り求めた。また、YPElは、降伏点現象(不連続降伏)を示す応力―ひずみ曲線における下降伏点から加工硬化を伴う均一伸び領域に遷移するまでのひずみ量を読み取り求めた。
【0067】
<伸びフランジ性>
伸びフランジ性は穴広げ試験で評価した。穴広げ試験は、100mm×100mmの試験片を採取し、JFST 1001に準拠して60゜円錐ポンチを用いて穴広げ試験を3回行って平均の穴広げ率(%)を求めた。なお、本発明では、λ≧30(%)を良好と判定した。
【0068】
結果を表3に示す。
【0069】
【表1】
【0070】
【表2】
【0071】
【表3】
【0072】
本発明例の高強度鋼板は、いずれもYSが980MPa以上、YS×Elが25000MPa×%以上、YPElが5%以上、λが30%以上を満たす。すなわち、延性と伸びフランジ性に優れ、かつ降伏応力と降伏点伸びが高い高強度鋼板が得られている。一方で、比較例ではYS、YS×El、YPElおよびλのうち少なくとも一つの特性が劣っている。