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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-03
(45)【発行日】2022-10-12
(54)【発明の名称】巻鉄心および巻鉄心の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01F 27/245 20060101AFI20221004BHJP
   H01F 41/02 20060101ALI20221004BHJP
   C21D 8/12 20060101ALI20221004BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20221004BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20221004BHJP
【FI】
H01F27/245 155
H01F41/02 A
C21D8/12 D
C22C38/00 303U
C22C38/60
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2022544244
(86)(22)【出願日】2022-06-08
(86)【国際出願番号】 JP2022023038
【審査請求日】2022-07-26
(31)【優先権主張番号】P 2021124863
(32)【優先日】2021-07-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100184859
【弁理士】
【氏名又は名称】磯村 哲朗
(74)【代理人】
【識別番号】100123386
【弁理士】
【氏名又は名称】熊坂 晃
(74)【代理人】
【識別番号】100196667
【弁理士】
【氏名又は名称】坂井 哲也
(74)【代理人】
【識別番号】100130834
【弁理士】
【氏名又は名称】森 和弘
(72)【発明者】
【氏名】井上 博貴
(72)【発明者】
【氏名】大村 健
(72)【発明者】
【氏名】千田 邦浩
【審査官】古河 雅輝
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/009311(WO,A1)
【文献】特開2020-150089(JP,A)
【文献】特開2011-162829(JP,A)
【文献】特開平8-273918(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 8/12
C21D 9/46
C22C 5/00-25/00
C22C 27/00-28/00
C22C 30/00-30/06
C22C 35/00-45/10
H01F 27/24-27/26
H01F 41/00-41/04
H01F 41/08
H01F 41/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
方向性電磁鋼板を素材として構成された巻鉄心であって、
前記巻鉄心は、
平面部と該平面部に隣接するコーナー部を有し、前記平面部にラップ部を有し、前記コーナー部に屈曲部を有し、かつ、前記巻鉄心を側面視したときの外周の長さと内周の長さの比(外周の長さ/内周の長さ)が1.80以下であり、
前記方向性電磁鋼板は、
磁場の強さHが800A/mのときの磁束密度B8が1.84T以上1.91T以下であり、かつ、下記式で求められる圧縮応力下での鉄損劣化率が1.50以下である、巻鉄心。
圧縮応力下での鉄損劣化率=(圧縮応力5MPaにおける鉄損)/(圧縮応力がない場合の鉄損)
ここで、上記式中の圧縮応力5MPaにおける鉄損および圧縮応力がない場合の鉄損は、それぞれ周波数50Hz、最大磁化1.7Tの条件で測定された鉄損(W/kg)であり、かつ、前記圧縮応力5MPaにおける鉄損は、前記方向性電磁鋼板の圧延方向への圧縮応力5MPaにおいて測定された鉄損である。
【請求項2】
前記方向性電磁鋼板は、耐熱型の磁区細分化処理が施されたものである、請求項1に記載の巻鉄心。
【請求項3】
方向性電磁鋼板を素材として構成され、平面部と該平面部に隣接するコーナー部を有し、前記平面部にラップ部を有し、前記コーナー部に屈曲部を有する巻鉄心の製造方法であって、
前記巻鉄心を側面視したときの前記巻鉄心の外周の長さと内周の長さの比(外周の長さ/内周の長さ)を1.80以下とし、
前記方向性電磁鋼板として、磁場の強さHが800A/mのときの磁束密度B8が1.84T以上1.91T以下であり、かつ、下記式で求められる圧縮応力下での鉄損劣化率が1.50以下である方向性電磁鋼板を用いる、巻鉄心の製造方法。
圧縮応力下での鉄損劣化率=(圧縮応力5MPaにおける鉄損)/(圧縮応力がない場合の鉄損)
ここで、上記式中の圧縮応力5MPaにおける鉄損および圧縮応力がない場合の鉄損は、それぞれ周波数50Hz、最大磁化1.7Tの条件で測定された鉄損(W/kg)であり、かつ、前記圧縮応力5MPaにおける鉄損は、前記方向性電磁鋼板の圧延方向への圧縮応力5MPaにおいて測定された鉄損である。
【請求項4】
前記方向性電磁鋼板は、耐熱型の磁区細分化処理が施されたものである、請求項3に記載の巻鉄心の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、巻鉄心および巻鉄心の製造方法に関するものであり、特に、方向性電磁鋼板を素材として作製される、変圧器の巻鉄心および巻鉄心の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鉄の磁化容易軸である<001>方位が鋼板の圧延方向に高度に揃った結晶組織を有する方向性電磁鋼板は、特に電力用変圧器の鉄心材料として用いられている。変圧器は、その鉄心構造から、積鉄心変圧器と巻鉄心変圧器に大別される。積鉄心変圧器とは、所定の形状に切断した鋼板を積層することによって鉄心を形成するものである。一方、巻鉄心変圧器は、鋼板を巻き重ねて鉄心を形成するものである。変圧器鉄心として要求されることは種々あるが、特に重要なのは鉄損が小さいことである。
【0003】
その観点で、鉄心素材である方向性電磁鋼板に要求される特性としても、鉄損が小さいことは重要である。また、変圧器における励磁電流を減らして銅損を低減するためには、磁束密度が高いことも必要である。この磁束密度は、磁化力800A/mのときの磁束密度B8(T)で評価され、一般に、Goss方位への方位集積度が高いほど、B8は大きくなる。磁束密度の大きい電磁鋼板は、一般にヒステリシス損が小さく、鉄損特性上でも優れる。また、鉄損を低減するためには、鋼板中の二次再結晶粒の結晶方位をGoss方位に高度に揃えることや、鋼成分中の不純物を低減することが重要となる。
【0004】
しかし、結晶方位の制御や不純物の低減には限界があることから、鋼板の表面に対して物理的な手法で不均一性を導入し、磁区の幅を細分化して鉄損を低減する技術、すなわち磁区細分化技術が開発されている。たとえば、特許文献1や特許文献2には、鋼板表面に所定深さの線状の溝を設ける耐熱型の磁区細分化方法が記載されている。前記特許文献1には、歯車型ロールによる溝の形成手段が記載されている。また特許文献2には、エッチング処理によって鋼板表面に線状溝を形成する手段が記載されている。これらの手段は、巻鉄心形成時の歪み取り焼鈍など、熱処理を行っても鋼板に施した磁区細分化効果が消失せず、巻鉄心などにも適用可能であるという利点を有している。
【0005】
変圧器鉄損を小さくする為には、一般には、鉄心素材である方向性電磁鋼板の鉄損(素材鉄損)を小さくすれば良いと考えられる。一方、素材鉄損と比べて変圧器における鉄損は大きくなることが多い。変圧器の鉄心として電磁鋼板が使用された場合の鉄損値(変圧器鉄損)を、エプスタイン試験等で得られる素材の鉄損値で除した値を、一般にビルディングファクタ(BF)またはディストラクションファクタ(DF)と呼ぶ。つまり、変圧器においてはBFが1を超えるのが一般的であり、BFを低減することができれば、変圧器鉄損を低減することができる。
【0006】
一般的な知見として、巻鉄心変圧器における変圧器鉄損が素材鉄損に比べて鉄損が増加する要因(BF要因)として、磁路長の違いにより生じる鉄心内側への磁束集中、鋼板接合部における面内渦電流損の発生、加工時の歪み導入による鉄損増加などが指摘されている。
【0007】
磁路長の違いにより生じる鉄心内側への磁束集中による鉄損増加について述べる。図1に示す単相の巻鉄心の場合、鉄心内側(内周側)の磁路(鉄心内側磁路)の方が、鉄心外側(外周側)の磁路(鉄心外側磁路)に比べて短いため、鉄心内側に磁束が集中する。一般に磁性体の鉄損は、励磁磁束密度の増加に対し、飽和磁化に近づくにつれて非線形に急速に増加していく。よって、鉄心内側に磁束が集中した場合、鉄心内側の鉄損が特異に大きくなり、結果として鉄心全体の鉄損が増加する。
【0008】
鋼板接合部における面内渦電流損の発生について述べる。一般的に変圧器用の巻鉄心においては、巻き線を挿入するためにカット部が設けられる。カット部から鉄心に巻き線を挿入した後は、鋼板同士はラップ部を設けて、接合される。図2に示すように、鋼板接合部ではラップした部分(ラップ部)において、隣接する鋼板へ、面直方向に磁束が渡るため、面内渦電流が生じる。その為に、鉄損が局所的に増大することとなる。
【0009】
加工時の歪みの導入も、鉄損の増加要因となる。鋼板のスリット、鉄心加工時の折り曲げ等により歪みが導入されると、鋼板の磁気特性が劣化し、変圧器鉄損が増加する。巻鉄心の場合は、鉄心加工後に歪みが解放される温度以上で焼鈍を行う、いわゆる歪み取り焼鈍が施されるのが一般的である。
【0010】
こういった変圧器鉄損の増加要因を踏まえて、変圧器鉄損を低減させる方策として例えば以下のような提案がされている。
【0011】
特許文献3では、磁路長が短い鉄心内周側に、鉄心外周側よりも磁気特性の劣る電磁鋼板を、磁路長が長い鉄心外周側には、鉄心内周側よりも磁気特性の優れた電磁鋼板を配置することで、鉄心内周側への磁束の集中を回避し、変圧器鉄損が効果的に低減されることが開示されている。特許文献4では、透磁率と鉄損の異なる複数種の電磁鋼板を組み合わせることで、磁束の集中とそれによる鉄損劣化をコントロールし、変圧器鉄損を低減する鉄心設計手法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【文献】特公昭62-53579号公報
【文献】特許第2895670号公報
【文献】特許第5286292号公報
【文献】特開2006-185999号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
特許文献3、4に開示されているように、鉄心内周側への磁束の集中を回避するために、鉄心内周側と外周側に異材を使用することで、効率的に変圧器特性を改善することができる。しかしこれらの方法は、磁気特性(鉄損)の異なる2種類の素材(材料)を適切に配置する必要があるため、変圧器の設計の煩雑さや、製造性を著しく落とすこととなる。
【0014】
本発明は、磁気特性の異なる2種類以上の素材を使用することなく、変圧器鉄損が小さい磁気特性に優れた巻鉄心およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
変圧器鉄損が小さい磁気特性に優れた巻鉄心を得るためには、磁束の集中を緩和する鉄心設計と、鉄心の内側に磁束が集中しても鉄損の増加が抑制できる鉄心素材の選択が必要である。
【0016】
磁束の集中を緩和するための鉄心設計として以下の3点が必要である。
(1)平面部と該平面部に隣接するコーナー部を有し、前記平面部にラップ部を有し、前記コーナー部に屈曲部を有する巻鉄心とすること
(2)鉄心素材として、磁場の強さHが800A/mのときの磁束密度B8が1.91T以下である方向性電磁鋼板を用いること
(3)鉄心の外周の長さと内周の長さの比(外周の長さ/内周の長さ)が1.80以下であること
【0017】
また、鉄心内側に磁束が集中しても鉄損の増加が抑制できる鉄心素材の選択としては以下の点が必要である。
(4)磁場の強さHが800A/mのときの磁束密度B8が1.84T以上である方向性電磁鋼板を用いること
(5)下記式で求められる圧縮応力下での鉄損劣化率が1.50以下である方向性電磁鋼板を用いること
圧縮応力下での鉄損劣化率=(圧縮応力5MPaにおける鉄損)/(圧縮応力がない場合の鉄損)
ここで、上記式中の圧縮応力5MPaにおける鉄損および圧縮応力がない場合の鉄損は、それぞれ周波数50Hz、最大磁化1.7Tの条件で測定された鉄損(W/kg)であり、かつ、前記圧縮応力5MPaにおける鉄損は、鉄心素材の圧延方向への圧縮応力5MPaにおいて測定された鉄損である。
【0018】
それぞれの必要条件とその理由について詳細に説明する。
【0019】
(1)平面部と該平面部に隣接するコーナー部を有し、前記平面部にラップ部を有し、前記コーナー部に屈曲部を有する巻鉄心とすること
巻鉄心は、方向性電磁鋼板などの磁性体を巻き回してコアとする。一般的には、鋼板を筒状に巻き取った後、コーナー部をある曲率となるようにプレスし、矩形状に成形する方法がとられる。一方、別の製造方法として、巻鉄心のコーナー部となる部分を予め曲げ加工し、曲げ加工した鋼板を重ね合わせることにより巻鉄心とする方法がある。この方法により形成された鉄心は、コーナー部に折り曲げ部(屈曲部)を有する。前者の方法により形成された鉄心はトランココア、後者の方法により形成された鉄心は、設けられる鋼板接合部の数によりユニコアあるいはデュオコアと一般的に称する。磁束の集中を緩和するためには、後者の方法により形成されたコーナー部に折り曲げ部(屈曲部)を設ける構造が適する。
【0020】
以下実験的に、トランココアとユニコアの鉄心内の磁束の集中について調査した結果を示す。図3に示す形状の、単相のトランココア1個とユニコア2個の鉄心を0.23mm厚の方向性電磁鋼板(磁束密度B8:1.89T、W17/50:0.86W/kg)を巻き回して成型し、トランココアとユニコアの1個について、同条件で歪み取り焼鈍を行った。巻きコアの作製は50巻きの巻き線を施し、磁束密度1.5T、周波数60Hzの無負荷励磁を行った。図4に示す位置に、1巻きの探りコイルを配置し、鉄心内の磁束密度分布を調査した。図5に内巻き(内側)から外巻き(外側)にかけて各1/4厚さの鉄心の磁束密度の最大値を示す。トランココア(歪み取り焼鈍有)とユニコア(歪み取り焼鈍有、歪み取り焼鈍無)共に、内巻きの方が磁束密度が大きく、磁束の集中が生じていることがわかる。トランココアとユニコアを比較すると、ユニコアの方が磁束の集中が小さいことが判明した。
【0021】
ユニコア、つまりコーナー部に屈曲部を設けることにより、磁束の集中が緩和する原因については以下のように推定している。ユニコアの屈曲部は、歪み取り焼鈍を行ったとしても変形双晶などが残存し、他の部分と比較すると、局所的に透磁率が小さくなっている。このような透磁率が著しく小さい部分が存在すると、ある一定以上の磁束が通ることはできない。そのため、磁路長差があっても鉄心内側のみへの磁束の集中は起きにくい。つまり、ユニコアの内巻き部においては、透磁率が小さい屈曲部を有さないトランココアと比べて、磁束の集中が起きないと推定される。
【0022】
(2)鉄心素材として、磁場の強さHが800A/mのときの磁束密度B8が1.91T以下である方向性電磁鋼板を用いること
実験的に、ユニコアの鉄心内の磁束集中に及ぼす、磁束密度B8の影響を調査した結果を示す。図3に示す形状の単相のユニコアを、表1に示す磁束密度B8の異なる0.23mm厚の方向性電磁鋼板で作製した。50巻きの巻き線を施し、磁束密度1.5T、周波数60Hzの無負荷励磁を行った。図4に示す位置に、1巻きの探りコイルを配置し、鉄心内の磁束密度分布を調査した。図6に各素材(方向性電磁鋼板)で作製したユニコアにおける、内巻きから外巻きにかけて各1/4厚さの鉄心の磁束密度の最大値を示す。その結果、素材である方向性電磁鋼板の磁束密度B8が小さいほど、磁束の集中が緩和される傾向にあるが、1.91T以下ではその傾向は飽和した。
【0023】
素材である方向性電磁鋼板の磁束密度B8が小さいほど、鉄心としたときの磁束の集中が緩和する原因については以下のように推定している。鉄心素材の磁束密度B8が大きいと、一般的には磁束を多く通すことができる。鉄心素材の磁束密度B8が大きいと、磁路長差により鉄心内側への磁束集中が起こりやすくなっていると考えられる。逆に鉄心素材の磁束密度B8が小さいと、磁束をある程度までしか通すことができない。そのため、磁路長差があっても鉄心内側のみへの磁束の集中は起きにくい。つまり、鉄心素材の磁束密度B8が小さいと、磁束密度B8が大きい場合と比べて、鉄心としたときの磁束の集中が緩和されると推定される。
【0024】
【表1】
【0025】
(3)鉄心の外周の長さと内周の長さの比(外周の長さ/内周の長さ)が1.80以下であること
実験的に、鉄心の内側と外側の磁路長差が、磁束集中に及ぼす影響を調査した結果を示す。図7と表2に示す形状にて、鉄心の内周と外周の長さの比率を変えた鉄心を0.23mm厚の方向性電磁鋼板(磁束密度B8:1.89T、W17/50:0.86W/kg)にて作製した。50巻きの巻き線を施し、磁束密度1.5T、周波数60Hzの無負荷励磁を行った。図4に示す位置に、1巻きの探りコイルを配置し、鉄心内の磁束密度分布を調査した。外巻きから内巻きにかけて、磁束密度が大きくなっているが、最内巻き位置(位置(i))と最外巻き位置(位置(iv))とでの磁束密度の差を、内側への磁束の集中と定義する。図8に各鉄心形状における外周の長さと内周の長さの比(外周の長さ/内周の長さ)と、鉄心内側への磁束の集中の関係を示す。外周の長さと内周の長さの比率が小さいほど、鉄心の内側と外側の磁路長差が小さくなるために、鉄心内側への磁束の集中は小さくなった。特に、外周の長さと内周の長さの比が1.80以下の範囲では、鉄心内側への磁束の集中は小さかった。
なお、表2において、内周の長さは、2(c+d)+4f×(√2-2)で算出した。また、外周の長さは、2(a+b)+4e×(√2-2)で算出した。また、a、bは、それぞれa=c+2w、b=d+2wで算出した。
なお、内周の長さ、外周の長さは、表2のような各箇所の長さから算出してもよいし、内周の長さ、外周の長さをそれぞれ実測してもよい。
【0026】
【表2】
【0027】
次に、鉄心の内側に磁束が集中した場合に、鉄損増加を抑制する鉄心素材選択の条件と理由について説明する。
【0028】
(4)磁場の強さHが800A/mのときの磁束密度B8が1.84T以上である方向性電磁鋼板を用いること
一般に磁性体の鉄損は、励磁磁束密度の増加に対し、飽和磁化に近づくにつれて非線形に急速に増加していく。よって、鉄心内側に磁束が集中し、局所的な磁束密度が大きくなった場合、均一な磁束密度分布の場合よりも鉄損が大きくなることは前述の通りである。飽和磁化の観点では、飽和磁化が大きい程、非線形な鉄損増加が抑制できることから、鉄損の増加は抑制できる。飽和磁化は電磁鋼板では主にSi量によって決定されるが、実用的な励磁磁束密度領域で鉄損増加に効くのは、鉄心素材の磁束密度B8である。実験的に、ユニコアの鉄損に及ぼす、鉄心素材の磁束密度B8の影響を調査した結果を示す。図3に示す形状の単相のユニコアを、表3に示す磁束密度B8の異なる0.23mm厚の方向性電磁鋼板で作製した。50巻きの巻き線を施し、磁束密度1.5T、周波数60Hzの無負荷励磁を行い、鉄損を測定した。結果を図9に示す。素材である方向性電磁鋼板の磁束密度B8が1.84T以上1.91T以下の領域で、鉄損が小さくなった。先に説明した低B8による磁束集中緩和の効果と、高B8による鉄損増加の減少の効果により、上記の範囲にて鉄損が小さくなったのだと推定される。
【0029】
【表3】
【0030】
(5)圧縮応力下での鉄損劣化率が1.50以下である方向性電磁鋼板を用いること
磁束が集中し鉄損が大きくなる鉄心の内側は、加工による歪みが残留しやすい部分である。一般に、歪みが残存すると、該部分の磁区構造が乱れ、透磁率が劣化し、鉄心全体の鉄損が劣化する。また、加工後に歪み取り焼鈍を実施した場合も、矩形折り曲げ部においては、双晶が存在し、残留歪みと同様に、該部分の磁区構造が乱れ、透磁率が劣化し、鉄心全体の鉄損が劣化する。つまり、残留歪みや双晶による鉄損増加が抑えられれば、鉄心の内側に磁束が集中した場合でも、鉄損増加が抑制できる。
【0031】
残留歪みや双晶による鉄損増加を抑制できる鉄心素材の探索を行ったところ、圧縮応力下での鉄損劣化率が1.50以下の素材を選択することで、変圧器鉄心における鉄損を小さくできることが判明した。
【0032】
以下、上記好適範囲の根拠となった実験結果を示す。図3に示す形状の単相のユニコアを、表4に示す圧縮応力下での鉄損劣化率の異なる0.23mm厚の方向性電磁鋼板A~Kで作製した。圧縮応力下での鉄損劣化率の異なる素材(方向性電磁鋼板A~K)は、電磁鋼板表面に形成する絶縁被膜の被膜張力を変えることで作製した。被膜張力が大きくなる程、圧縮応力下での鉄損劣化率は減少した。作製したユニコアに50巻きの巻き線を施し、磁束密度1.5T、周波数60Hzの無負荷励磁を行い、鉄損を測定した。図10に、素材である方向性電磁鋼板の圧縮応力下での鉄損劣化率と変圧器鉄損の関係を示す。圧縮応力下での鉄損劣化率1.50以下の領域において、変圧器鉄損が小さくなった。
【0033】
圧縮応力による磁区の乱れによる鉄損劣化と、巻鉄心内における残留歪みや双晶による鉄損増加が相関しており、圧縮応力下での鉄損劣化率を基準に鉄心素材選択を行うことで、鉄心の内側に磁束が集中した場合でも、鉄損増加が抑制できると推定される。
【0034】
【表4】
【0035】
本発明は、上記知見に基づきなされたものであり、以下の構成を有する。
[1]方向性電磁鋼板を素材として構成された巻鉄心であって、
前記巻鉄心は、平面部と該平面部に隣接するコーナー部を有し、前記平面部にラップ部を有し、前記コーナー部に屈曲部を有し、かつ、前記巻鉄心を側面視したときの外周の長さと内周の長さの比(外周の長さ/内周の長さ)が1.80以下であり、
前記方向性電磁鋼板は、磁場の強さHが800A/mのときの磁束密度B8が1.84T以上1.91T以下であり、かつ、下記式で求められる圧縮応力下での鉄損劣化率が1.50以下である、巻鉄心。
圧縮応力下での鉄損劣化率=(圧縮応力5MPaにおける鉄損)/(圧縮応力がない場合の鉄損)
ここで、上記式中の圧縮応力5MPaにおける鉄損および圧縮応力がない場合の鉄損は、それぞれ周波数50Hz、最大磁化1.7Tの条件で測定された鉄損(W/kg)であり、かつ、前記圧縮応力5MPaにおける鉄損は、前記方向性電磁鋼板の圧延方向への圧縮応力5MPaにおいて測定された鉄損である。
[2]前記方向性電磁鋼板は、耐熱型の磁区細分化処理が施されたものである、[1]に記載の巻鉄心。
[3]方向性電磁鋼板を素材として構成され、平面部と該平面部に隣接するコーナー部を有し、前記平面部にラップ部を有し、前記コーナー部に屈曲部を有する巻鉄心の製造方法であって、
前記巻鉄心を側面視したときの前記巻鉄心の外周の長さと内周の長さの比(外周の長さ/内周の長さ)を1.80以下とし、
前記方向性電磁鋼板として、磁場の強さHが800A/mのときの磁束密度B8が1.84T以上1.91T以下であり、かつ、下記式で求められる圧縮応力下での鉄損劣化率が1.50以下である方向性電磁鋼板を用いる、巻鉄心の製造方法。
圧縮応力下での鉄損劣化率=(圧縮応力5MPaにおける鉄損)/(圧縮応力がない場合の鉄損)
ここで、上記式中の圧縮応力5MPaにおける鉄損および圧縮応力がない場合の鉄損は、それぞれ周波数50Hz、最大磁化1.7Tの条件で測定された鉄損(W/kg)であり、かつ、前記圧縮応力5MPaにおける鉄損は、前記方向性電磁鋼板の圧延方向への圧縮応力5MPaにおいて測定された鉄損である。
[4]前記方向性電磁鋼板は、耐熱型の磁区細分化処理が施されたものである、[3]に記載の巻鉄心の製造方法。
【発明の効果】
【0036】
本発明により、変圧器鉄損が小さい磁気特性に優れた巻鉄心およびその製造方法を提供することができる。本発明によれば、磁気特性(鉄損)の異なる2種類以上の素材を使用しなくても、変圧器鉄損が小さい磁気特性に優れた巻鉄心が得られる。
本発明によれば、磁気特性の異なる2種類以上の素材を使用した場合に必要となる素材の配置等の鉄心設計の煩雑さが低減され、鉄損が小さい磁気特性に優れた巻鉄心を、製造性高く得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
図1図1は、巻鉄心の鉄心内側の磁路と鉄心外側の磁路を説明する模式図である。
図2図2は、鋼板接合部において、鋼板の面直方向への磁束の渡りを説明する模式図である。
図3図3は、実験的に作製したトランココアとユニコアの形状を説明する説明図(側面図)である。
図4図4は、鉄心内の磁束密度分布を調査した際の探りコイルの配置について説明する説明図である。
図5図5は、トランココアとユニコアの鉄心内の磁束の集中について調査した結果を示す図である。
図6図6は、ユニコアの鉄心内の磁束集中に及ぼす鉄心素材の磁束密度B8の影響を調査した結果を示す図である。
図7図7は、実験的に作製した鉄心の形状を説明する説明図(側面図)である。
図8図8は、各鉄心形状における外周の長さと内周の長さの比と、鉄心内側への磁束の集中の関係を示す図である。
図9図9は、ユニコアの鉄損に及ぼす鉄心素材の磁束密度B8の影響を調査した結果を示す図である。
図10図10は、鉄心素材の圧縮応力下での鉄損劣化率と変圧器鉄損の関係を示す図である。
図11図11は、実施例で作製したトランココアの形状を説明する説明図(側面図)である。
図12図12は、実施例で作製したユニコアの形状を説明する説明図(側面図)である。
【発明を実施するための形態】
【0038】
以下、本発明の詳細を説明する。
【0039】
<巻鉄心>
上述の通り、低鉄損となる変圧器巻鉄心を達成するには、以下の条件を満たす必要がある。
(A)平面部と該平面部に隣接するコーナー部を有し、前記平面部にラップ部を有し、前記コーナー部に屈曲部を有する巻鉄心とすること
(B)鉄心の外周の長さと内周の長さの比が1.80以下であること
【0040】
(A)は一般的にユニコアやデュオコアタイプと呼ばれる巻鉄心の製造手法を選択することで満たされる。巻鉄心の製造方法は、公知の方法を採用することができる。より具体的には、AEM社製のユニコア製造機を使用すると、設計サイズを製造機に読み込ませると、設計図通りのサイズに鋼板がせん断、屈曲部加工された加工済みの鋼板が1枚ずつ作製されるので、この加工済みの鋼板を積層させることで上記巻鉄心を作製することができる。
【0041】
(B)の条件における、鉄心の外周、内周の長さとは、鉄心を側面視した場合における、鉄心の外周の長さと内周の長さをそれぞれ指す。すなわち、鉄心の外周の長さは、鉄心を側面視した場合において、巻鉄心を構成する方向性電磁鋼板(素材)のうち、最も外側に位置する方向性電磁鋼板の外側(外面)に沿って該方向性電磁鋼板の巻回方向に1周した長さであり、鉄心の内周の長さは、巻鉄心を構成する方向性電磁鋼板のうち、最も内側に位置する方向性電磁鋼板の内側(内面)に沿って該方向性電磁鋼板の巻回方向に1周した長さである。鉄心の外周の長さと内周の長さの比率の上限は1.80であることが必要である。前記比率は、1.70以下が好ましく、1.60以下がより好ましい。前記比率の下限は特性上では特には規定しないが、比率が1に近づくことは鉄心厚みが減少することになるので、鉄心サイズと厚みの関係で決定される。一例として、前記比率の下限は1.05である。
【0042】
上記(A)、(B)の要件を本発明範囲内に制御すれば、(A)、(B)以外の、鋼板接合部の形式や鉄心サイズ、屈曲部の折り曲げ角度、屈曲部数などは特に限定されない。
【0043】
<巻鉄心を構成する方向性電磁鋼板>
上述の通り、低鉄損となる変圧器巻鉄心を達成するには、以下の条件を満たす必要がある。
【0044】
(C)鉄心素材として、磁場の強さHが800A/mのときの磁束密度B8が1.84T以上1.91T以下である方向性電磁鋼板を用いること
磁気特性の測定は、エプスタイン試験により行う。エプスタイン試験はIEC規格あるいはJIS規格等の公知の方法で実施する。あるいは、非耐熱型の磁区細分化材など、エプスタイン試験による磁束密度B8の評価が困難な場合には、単板磁気測定試験(SST)による結果を代用しても良い。巻鉄心製造に関し、上記の磁束密度B8の好適範囲による選別を行う際には、方向性電磁鋼板コイルの代表特性を用いるべきである。具体的には、鋼板コイルの先尾端にて、試験サンプルを採取し、エプスタイン試験を行い磁束密度B8を測定し、その平均値を代表特性として採用する。あるいは、鋼材メーカが提供する鋼板の特性値(平均値及び保証値)を基に、材料の選別を行っても良い。前記磁束密度B8は、好ましくは1.86T以上である。
【0045】
(D)鉄心素材として、下記式で求められる圧縮応力下での鉄損劣化率が1.50以下である方向性電磁鋼板を用いること
圧縮応力下での鉄損劣化率=(圧縮応力5MPaにおける鉄損)/(圧縮応力がない場合の鉄損)
上記の式中で定義される、圧縮応力5MPaにおける鉄損、圧縮応力がない場合の鉄損は、同一の単板磁気測定装置にて周波数50Hz、最大磁化1.7Tの条件にて測定される鉄損(W/kg)であり、かつ、前記圧縮応力5MPaにおける鉄損は、鉄心素材となる方向性電磁鋼板の圧延方向への圧縮応力5MPaにおいて測定される鉄損である。圧縮応力は、鋼板の圧延方向一軸に5MPaにて圧縮側に印加される。圧縮応力の印可方法は、特に規定しないが、例えば鋼板の一方向側をクランプ等で固定し、その反対側からプッシャー等で応力を加える方法がある。その際には、鋼板が座屈しないように、圧延方向に沿って均一に応力を加える必要がある。また座屈を防止するために、鋼板を、面直方向上下に測定に支障がない範囲で固定しても良い。なお、前記圧縮応力がない場合の鉄損は、圧縮応力を印加せずに測定した鉄損である。本発明では、上述のように、鉄心素材として、前記圧縮応力下での鉄損劣化率が1.50以下である方向性電磁鋼板を用いる。前記圧縮応力下での鉄損劣化率は、1.45以下が好ましい。なお、前記圧縮応力下での鉄損劣化率の下限は特に限定されないが、一例として、前記圧縮応力下での鉄損劣化率の下限は1.05である。
【0046】
上記(C)、(D)の要件を本発明範囲内に制御すれば、(C)、(D)以外の方向性電磁鋼板の特性や、成分、製造方法等は特に限定されるものではない。
【0047】
以下に、本発明の巻鉄心の素材として好適な方向性電磁鋼板の成分、製造方法について述べる。
【0048】
[成分組成]
本発明において、方向性電磁鋼板用スラブの成分組成は、二次再結晶が生じる成分組成であればよい。また、インヒビターを利用する場合、例えばAlN系インヒビターを利用する場合であればAlおよびNを、またMnS・MnSe系インヒビターを利用する場合であればMnとSeおよび/またはSを適量含有させればよい。勿論、両インヒビターを併用してもよい。この場合におけるAl、N、SおよびSeの好適含有量はそれぞれ、Al:0.010~0.065質量%、N:0.0050~0.0120質量%、S:0.005~0.030質量%、Se:0.005~0.030質量%である。
【0049】
さらに、本発明は、Al、N、S、Seの含有量を制限した、インヒビターを使用しない方向性電磁鋼板にも適用することができる。この場合には、Al、N、SおよびSe量はそれぞれ、Al:100質量ppm以下、N:50質量ppm以下、S:50質量ppm以下、Se:50質量ppm以下に抑制することが好ましい。
【0050】
上記方向性電磁鋼板用スラブの基本成分および任意添加成分について具体的に述べると次のとおりである。
【0051】
C:0.08質量%以下
Cは、熱延板組織の改善のために添加をする。しかしながら、C含有量が、0.08質量%を超えると製造工程中に磁気時効の起こらない50質量ppm以下までCを低減することが困難になるため、C含有量は0.08質量%以下とすることが好ましい。なお、C含有量の下限に関しては、Cを含まない素材でも二次再結晶が可能であるので特に設ける必要はない。すなわち、C含有量は0質量%であってもよい。
【0052】
Si:2.0~8.0質量%
Siは、鋼の電気抵抗を高め、鉄損を改善するのに有効な元素である。Si含有量が2.0質量%以上であると十分な鉄損低減効果がより得られやすくなる。一方、Si含有量が8.0質量%以下であると、著しい加工性の低下を抑制でき、また磁束密度の低下も抑制しやすくなる。そのため、Si含有量は2.0~8.0質量%の範囲とすることが好ましい。
【0053】
Mn:0.005~1.000質量%
Mnは、熱間加工性を良好にする上で必要な元素である。Mn含有量が0.005質量%以上であると、その添加効果が得られやすくなる。一方、Mn含有量が1.000質量%以下であると製品板の磁束密度の低下を抑制しやすくなる。そのため、Mn含有量は、0.005~1.000質量%の範囲とすることが好ましい。
【0054】
Cr:0.02~0.20質量%
Crは、フォルステライト被膜と地鉄との界面に、緻密な酸化被膜形成を促進する元素である。Crを添加しなくても酸化被膜形成は可能であるが、Crを0.02質量%以上添加することによって他成分の好適範囲の拡大などが期待できる。また、Cr含有量が0.20質量%以下であると、酸化被膜が厚くなりすぎるのを抑制でき、耐コーティング剥離性の劣化を抑制しやすくなる。そのため、Cr含有量は、0.02~0.20質量%の範囲とすることが好ましい。
【0055】
上記方向性電磁鋼板用スラブは上記の成分を基本成分とすることが好ましい。前記スラブは、上記の成分以外に、次に述べる元素を適宜含有させることができる。
【0056】
Ni:0.03~1.50質量%、Sn:0.010~1.500質量%、Sb:0.005~1.500質量%、Cu:0.02~0.20質量%、P:0.03~0.50質量%、およびMo:0.005~0.100質量%のうちから選んだ少なくとも1種
【0057】
Niは、熱延板組織を改善して磁気特性を向上させるために有用な元素である。Ni含有量が0.03質量%以上であると磁気特性の向上効果がより得られやすくなる。Ni含有量が1.50質量%以下であると、二次再結晶が不安定になるのを抑制でき、製品板の磁気特性が劣化するおそれを低減しやすくなる。そのため、Niを含有する場合、Ni含有量は0.03~1.50質量%の範囲とするのが好ましい。
【0058】
また、Sn、Sb、Cu、PおよびMoはそれぞれ磁気特性の向上に有用な元素であり、いずれも上記した各成分の含有量の下限以上であると磁気特性の向上効果がより得られやすくなる。一方、上記した各成分の含有量の上限以下であると、二次再結晶粒の発達が阻害されるおそれを低減しやすくなる。そのため、Sn、Sb、Cu、P、Moを含有する場合、前記各元素の含有量は、それぞれ上記範囲とすることが好ましい。
【0059】
なお、上記成分以外の残部は、製造工程において混入する不可避的不純物およびFeである。
【0060】
次に、本発明の巻鉄心の素材として好適な方向性電磁鋼板の製造方法について説明する。
【0061】
[加熱]
上記成分組成を有するスラブを、常法に従い加熱する。加熱温度は、1150~1450℃が好ましい。
【0062】
[熱間圧延]
上記加熱後に、熱間圧延を行う。鋳造後、加熱せずに直ちに熱間圧延を行ってもよい。薄鋳片の場合には、熱間圧延を行うこととしてもよく、あるいは、熱間圧延を省略してもよい。熱間圧延を実施する場合は、粗圧延最終パスの圧延温度を900℃以上、仕上げ圧延最終パスの圧延温度を700℃以上で実施することが好ましい。
【0063】
[熱延板焼鈍]
その後、必要に応じて熱延板焼鈍を施す。このとき、ゴス組織を製品板において高度に発達させるためには、熱延板焼鈍温度として800~1100℃の範囲が好適である。熱延板焼鈍温度が800℃未満であると、熱間圧延でのバンド組織が残留し、整粒した一次再結晶組織を実現することが困難になり、二次再結晶の発達が阻害されるおそれがある。一方、熱延板焼鈍温度が1100℃を超えると、熱延板焼鈍後の粒径が粗大化しすぎるために、整粒した一次再結晶組織の実現が極めて困難となるおそれがある。
【0064】
[冷間圧延]
その後、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施す。中間焼鈍温度は800℃以上1150℃以下が好適である。また、中間焼鈍時間は、10~100秒程度とすることが好ましい。
【0065】
[脱炭焼鈍]
その後、脱炭焼鈍を行う。脱炭焼鈍では、焼鈍温度を750~900℃とし、酸化性雰囲気PHO/PHを0.25~0.60とし、焼鈍時間を50~300秒程度とすることが好ましい。
【0066】
[焼鈍分離剤の塗布]
その後、焼鈍分離剤を塗布する。焼鈍分離剤は、主成分をMgOとし、塗布量を8~15g/m程度とすることが好適である。
【0067】
[仕上げ焼鈍]
その後、二次再結晶およびフォルステライト被膜の形成を目的として仕上げ焼鈍を施す。焼鈍温度は1100℃以上とし、焼鈍時間は30分以上とすることが好ましい。
【0068】
[平坦化処理および絶縁コーティング]
その後、平坦化処理(平坦化焼鈍)および絶縁コーティングを施す。なお、絶縁コーティングを施す際の絶縁コーティングの塗布・焼き付け処理にて平坦化処理も同時に行い、形状を矯正することも可能である。平坦化焼鈍は、焼鈍温度を750~950℃とし、焼鈍時間10~200秒程度で実施するのが好適である。本発明では、平坦化焼鈍前または後に、鋼板表面に絶縁コーティングを施すことができる。ここでの絶縁コーティングとは、鉄損低減のために、鋼板に張力を付与するコーティング(張力コーティング)を意味する。張力コーティングとしては、シリカを含有する無機系コーティングや、物理蒸着法、化学蒸着法等によるセラミックコーティング等が挙げられる。
【0069】
一般的には、圧縮応力下における鉄損劣化率は、表面被膜(フォルステライト被膜及び絶縁コーティング)による鋼板への引張り張力が大きい方が減少する。被膜張力を大きくするためには、張力コーティングの厚みを増加させればよいが、占積率の悪化が懸念される。占積率を悪化させることなく、強い張力を得るためには、シリカを含有する無機系コーティングの場合には、焼き付け温度を上げることによるガラス結晶化の促進などの方策がある。またセラミックコーティングなどの低熱膨張率の被膜の付与も、強い張力を得るのに有効である。
【0070】
[磁区細分化処理]
鋼板の鉄損を低減させるために、磁区細分化処理を施すことは好適である。磁区細分化技術とは、鋼板の表面に対して物理的な手法で不均一性を導入することにより、磁区の幅を細分化して鉄損を低減する技術である。磁区細分化技術は大きく分けて、歪み取り焼鈍において効果が損じない耐熱型の磁区細分化と、歪み取り焼鈍により効果が減じる非耐熱型の磁区細分化に分けられる。本発明においては、磁区細分化処理がされていない鋼板、耐熱型の磁区細分化処理が施された鋼板、非耐熱型の磁区細分化処理が施された鋼板いずれにも適用することができる。
【0071】
その中では、非耐熱型の磁区細分化処理を施された鋼板よりも、耐熱型の磁区細分化処理を施された鋼板が好適である。非耐熱型の磁区細分化処理は、一般的には高エネルギービーム(レーザー等)を二次再結晶後の鋼板に照射し、その照射による鋼板表層に高転位密度領域の導入及びそれに付随する応力場の形成により、磁区細分化する処理である。非耐熱型の磁区細分化処理材(非耐熱型の磁区細分化処理が施された鋼板)では、圧縮応力をかけた場合、そのエネルギービーム照射による応力場が乱され、磁区細分化効果が減じてしまい、圧縮応力による鉄損増加が大きくなる。よって、耐熱型の磁区細分化処理を施された鋼板の方が好適である。耐熱型の磁区細分化処理の方法については、鋼板表面に所定深さの線状の溝を設ける等の公知の技術を適用することができる。
【実施例
【0072】
実施例に基づいて本発明を具体的に説明する。以下の実施例は、本発明の好適な一例を示すものであり、本発明は、該実施例によって何ら限定されるものではない。本発明の実施形態は、本発明の趣旨に適合する範囲で適宜変更することが可能であり、それらは何れも本発明の技術的範囲に包含される。
【0073】
[実施例1]
図11および表5、図12および表6に示す鉄心形状と、表7に示す鉄心素材である方向性電磁鋼板にて、単相のトランココア及びユニコアを作製した。条件1~41には、成型後、800℃で2時間の歪み取り焼鈍を行い、焼鈍後、接合部より鉄心を巻きほぐし、50Turn(50巻き)の巻き線コイルを挿入した。また、条件42~47には、前記歪み取り焼鈍を行わずに、前記巻き線コイルを挿入した。そして、励磁磁束密度(Bm)1.5T、周波数(f)60Hzの条件で、変圧器鉄損を測定した。同条件での、鉄心素材のエプスタイン試験結果(非耐熱型の磁区細分化の場合は単板磁気測定結果)を素材鉄損とし、その素材鉄損に対する変圧器鉄損における鉄損増加率BFを求めた。なお、表5(トランココアの場合)において、内周の長さは、2(c+d)-8f×(1-π×90(°)/360(°))で算出した。また、外周の長さは、2(a+b)-8e×(1-π×90(°)/360(°))で算出した。また、a、bは、それぞれa=c+2w、b=d+2wで算出した。表6のユニコアの内周の長さ、外周の長さは、表2と同様に算出した。
【0074】
【表5】
【0075】
【表6】
【0076】
結果を表7中に示す。本発明の適合例および最適例においては、比較例と比べてBFが良好であり、変圧器鉄損も小さく、非常に優れた変圧器特性を示すことが判明した。特に耐熱型磁区細分化材を用いた最適例は、変圧器鉄損が特に小さかった。
【0077】
【表7】
【要約】
磁気特性の異なる2種類以上の素材を使用することなく、変圧器鉄損が小さい磁気特性に優れた巻鉄心を提供する。
本発明の巻鉄心は、方向性電磁鋼板を素材として構成され、平面部と該平面部に隣接するコーナー部を有し、前記平面部にラップ部を有し、前記コーナー部に屈曲部を有し、かつ、側面視したときの外周の長さと内周の長さの比(外周の長さ/内周の長さ)が1.80以下であり、前記方向性電磁鋼板は、磁場の強さHが800A/mのときの磁束密度B8が1.84T以上1.91T以下であり、かつ、所定の圧縮応力下での鉄損劣化率が1.50以下である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12