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特許7151948高強度亜鉛めっき鋼板および部材ならびにそれらの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-03
(45)【発行日】2022-10-12
(54)【発明の名称】高強度亜鉛めっき鋼板および部材ならびにそれらの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20221004BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20221004BHJP
   C22C 38/06 20060101ALI20221004BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20221004BHJP
【FI】
C22C38/00 301T
C21D9/46 J
C22C38/06
C22C38/60
【請求項の数】 15
(21)【出願番号】P 2022544351
(86)(22)【出願日】2022-03-18
(86)【国際出願番号】 JP2022012541
【審査請求日】2022-07-21
(31)【優先権主張番号】P 2021099666
(32)【優先日】2021-06-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100152984
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 秀明
(74)【代理人】
【識別番号】100168985
【弁理士】
【氏名又は名称】蜂谷 浩久
(72)【発明者】
【氏名】楊 霊玲
(72)【発明者】
【氏名】田路 勇樹
(72)【発明者】
【氏名】金澤 友美
(72)【発明者】
【氏名】山本 俊佑
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/189842(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/079926(WO,A1)
【文献】国際公開第2021/019947(WO,A1)
【文献】特表2020-503443(JP,A)
【文献】特表2020-524743(JP,A)
【文献】国際公開第2019/026106(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板および亜鉛めっき層を有し、引張強さが1320MPa以上である、高強度亜鉛めっき鋼板であって、
前記鋼板が、
質量%で、
C:0.150~0.450%、
Si:0.80~3.00%、
Mn:2.00~4.00%、
P:0.100%以下、
S:0.0200%以下、
Al:0.100%以下、
O:0.0100%以下、および、
N:0.0100%以下を含有し、
残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成と、ミクロ組織と、を有し、
鋼中拡散性水素量が、0.60質量ppm以下であり、
前記ミクロ組織において、
焼戻しマルテンサイトおよびベイナイトの合計の面積率が、60~95%であり、
残留オーステナイトの面積率が、5~30%であり、
前記残留オーステナイト全体に対するアスペクト比が5.5以上の前記残留オーステナイトの面積率が、50%以下であり、
直径が2.0μm以下のフレッシュマルテンサイトの面積率が、20%以下である、高強度亜鉛めっき鋼板。
【請求項2】
前記成分組成が、更に、質量%で、
B:0.0050%以下、
Ti:0.200%以下、
Nb:0.200%以下、
V:0.500%以下、
W:0.500%以下、
Mo:1.000%以下、
Cr:1.000%以下、
Sb:0.200%以下、
Sn:0.200%以下、
Zr:0.1000%以下、
Cu:1.000%以下、
Ni:1.000%以下、
Ca:0.0050%以下、
Mg:0.0050%以下、
REM:0.0050%以下、
Co:0.30%以下、
Ta:0.10%以下、
As:0.100%以下、
Pb:0.100%以下、
Zn:0.100%以下、
Bi:0.100%以下、および、
Hf:0.10%以下からなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を含有する、請求項1に記載の高強度亜鉛めっき鋼板。
【請求項3】
前記鋼板が、脱炭層を有する、請求項1または2に記載の高強度亜鉛めっき鋼板。
【請求項4】
前記鋼板の少なくとも片面側であって、かつ、前記鋼板と前記亜鉛めっき層との間に、金属めっき層を有する、請求項1~3のいずれか1項に記載の高強度亜鉛めっき鋼板。
【請求項5】
前記金属めっき層の成分組成が、Feおよび不可避的不純物からなる、請求項4に記載の高強度亜鉛めっき鋼板。
【請求項6】
前記金属めっき層の成分組成が、更に、B、C、P、N、O、Ni、Mn、Mo、Zn、W、Pb、Sn、Cr、VおよびCoからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を、合計で10質量%以下含有する、請求項5に記載の高強度亜鉛めっき鋼板。
【請求項7】
溶融亜鉛めっき鋼板または合金化溶融亜鉛めっき鋼板である、請求項1~6のいずれか1項に記載の高強度亜鉛めっき鋼板。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか1項に記載の高強度亜鉛めっき鋼板を用いてなる、部材。
【請求項9】
請求項1または2に記載の高強度亜鉛めっき鋼板を製造する方法であって、
請求項1または2に記載の成分組成を有する鋼スラブを熱間圧延し、得られた熱延鋼板を、350~700℃の巻取温度で巻き取り、
巻き取りされた前記熱延鋼板を冷間圧延して、冷延鋼板を得て、
前記冷延鋼板に、第1熱処理、亜鉛めっき処理および第2熱処理を、この順で施し、
前記第1熱処理では、前記冷延鋼板を、750~950℃の加熱温度T3で加熱し、前記加熱温度T3から350℃~550℃の冷却停止温度T4まで冷却し、ただし、前記加熱温度T3から550℃までの平均冷却速度v1が10℃/s以上であり、
前記第2熱処理では、前記冷延鋼板を、50~350℃の冷却停止温度T5まで冷却した後、前記冷却停止温度T5超かつ300~500℃の再加熱温度T6まで再加熱し、その後、(Ms点-200)℃から50℃まで下記式(1)を満たす平均冷却速度v2で冷却し、
前記第1熱処理、前記亜鉛めっき処理および前記第2熱処理において、300℃以上450℃未満の温度域T1での保持時間tと、450℃以上600℃以下の温度域T2での保持時間tとが、下記式(2)を満たす、高強度亜鉛めっき鋼板の製造方法。
v2≦3.8[C]+2.4[Mn]+1.2[Si]・・・(1)
1.1≦3t/t≦6.5 ・・・(2)
ただし、前記式(1)中の[C]、[Mn]および[Si]は、それぞれ、前記成分組成におけるC、MnおよびSiの含有量であり、前記含有量の単位は質量%である。
【請求項10】
前記第1熱処理において、前記加熱温度T3での加熱を、露点が-30℃超の雰囲気下で実施して、前記冷延鋼板の最表層に脱炭層を形成する、請求項9に記載の高強度亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【請求項11】
前記第1熱処理の前に、前記冷延鋼板に金属めっき処理を施して、前記冷延鋼板の少なくとも片面に金属めっき層を形成する、請求項9または10に記載の高強度亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【請求項12】
前記金属めっき層の成分組成が、Feおよび不可避的不純物からなる、請求項11に記載の高強度亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【請求項13】
前記金属めっき層の成分組成が、更に、B、C、P、N、O、Ni、Mn、Mo、Zn、W、Pb、Sn、Cr、VおよびCoからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を、合計で10質量%以下含有する、請求項12に記載の高強度亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【請求項14】
前記亜鉛めっき処理は、溶融亜鉛めっき処理または合金化溶融亜鉛めっき処理である、請求項9~13のいずれか1項に記載の高強度亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【請求項15】
請求項1~7のいずれか1項に記載の高強度亜鉛めっき鋼板に、成形加工および接合加工の少なくとも一方を施して部材を得る、部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、1320MPa以上の引張強さ(TS)を有する高強度亜鉛めっき鋼板およびその製造方法に関する。
更に、本発明は、高強度亜鉛めっき鋼板を用いてなる部材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、例えば自動車業界において、地球環境の保全という観点から、炭酸ガス(CO)の排出量を削減するため、自動車の燃費向上が望まれている。
自動車の燃費向上には、車体の軽量化を図ることが有効であるが、このとき、車体の強度を維持しつつ、車体の軽量化を図る必要がある。
例えば、特許文献1には、良好な成形性を有する高強度鋼板が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】国際公開第2020/017609号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
1320MPa以上の引張強さを有する高強度鋼板は、通常、高強度化のために必要な合金元素を多く含有する。このような高強度鋼板どうしをスポット溶接して得られたスポット溶接部においては、ナゲット(溶融凝固部)周辺の熱影響部の靱性が不足し、応力が繰り返し負荷されたときの強度(疲労強度)が不十分となる場合がある。
スポット溶接部の疲労強度の低下を抑制できれば、自動車全体の衝突強度を十分に維持できる。
【0005】
本発明は、以上の点を鑑みてなされたものであり、1320MPa以上の引張強さを有し、かつ、成形性およびスポット溶接部の疲労強度にも優れる高強度亜鉛めっき鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、鋭意検討した結果、下記構成を採用することにより、上記目的が達成されることを見出し、本発明を完成させた。
【0007】
すなわち、本発明は、以下の[1]~[15]を提供する。
[1]鋼板および亜鉛めっき層を有し、引張強さが1320MPa以上である、高強度亜鉛めっき鋼板であって、上記鋼板が、質量%で、C:0.150~0.450%、Si:0.80~3.00%、Mn:2.00~4.00%、P:0.100%以下、S:0.0200%以下、Al:0.100%以下、O:0.0100%以下、および、N:0.0100%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成と、ミクロ組織と、を有し、鋼中拡散性水素量が、0.60質量ppm以下であり、上記ミクロ組織において、焼戻しマルテンサイトおよびベイナイトの合計の面積率が、60~95%であり、残留オーステナイトの面積率が、5~30%であり、上記残留オーステナイト全体に対するアスペクト比が5.5以上の上記残留オーステナイトの面積率が、50%以下であり、直径が2.0μm以下のフレッシュマルテンサイトの面積率が、20%以下である、高強度亜鉛めっき鋼板。
[2]上記成分組成が、更に、質量%で、B:0.0050%以下、Ti:0.200%以下、Nb:0.200%以下、V:0.500%以下、W:0.500%以下、Mo:1.000%以下、Cr:1.000%以下、Sb:0.200%以下、Sn:0.200%以下、Zr:0.1000%以下、Cu:1.000%以下、Ni:1.000%以下、Ca:0.0050%以下、Mg:0.0050%以下、REM:0.0050%以下、Co:0.30%以下、Ta:0.10%以下、As:0.100%以下、Pb:0.100%以下、Zn:0.100%以下、Bi:0.100%以下、および、Hf:0.10%以下からなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を含有する、上記[1]に記載の高強度亜鉛めっき鋼板。
[3]上記鋼板が、脱炭層を有する、上記[1]または[2]に記載の高強度亜鉛めっき鋼板。
[4]上記鋼板の少なくとも片面側であって、かつ、上記鋼板と上記亜鉛めっき層との間に、金属めっき層を有する、上記[1]~[3]のいずれかに記載の高強度亜鉛めっき鋼板。
[5]上記金属めっき層の成分組成が、Feおよび不可避的不純物からなる、上記[4]に記載の高強度亜鉛めっき鋼板。
[6]上記金属めっき層の成分組成が、更に、B、C、P、N、O、Ni、Mn、Mo、Zn、W、Pb、Sn、Cr、VおよびCoからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を、合計で10質量%以下含有する、上記[5]に記載の高強度亜鉛めっき鋼板。
[7]溶融亜鉛めっき鋼板または合金化溶融亜鉛めっき鋼板である、上記[1]~[6]のいずれかに記載の高強度亜鉛めっき鋼板。
[8]上記[1]~[7]のいずれかに記載の高強度亜鉛めっき鋼板を用いてなる、部材。
[9]上記[1]または[2]に記載の高強度亜鉛めっき鋼板を製造する方法であって、上記[1]または[2]に記載の成分組成を有する鋼スラブを熱間圧延し、得られた熱延鋼板を、350~700℃の巻取温度で巻き取り、巻き取りされた上記熱延鋼板を冷間圧延して、冷延鋼板を得て、上記冷延鋼板に、第1熱処理、亜鉛めっき処理および第2熱処理を、この順で施し、上記第1熱処理では、上記冷延鋼板を、750~950℃の加熱温度T3で加熱し、上記加熱温度T3から350℃~550℃の冷却停止温度T4まで冷却し、ただし、上記加熱温度T3から550℃までの平均冷却速度v1が10℃/s以上であり、上記第2熱処理では、上記冷延鋼板を、50~350℃の冷却停止温度T5まで冷却した後、上記冷却停止温度T5超かつ300~500℃の再加熱温度T6まで再加熱し、その後、(Ms点-200)℃から50℃まで下記式(1)を満たす平均冷却速度v2で冷却し、上記第1熱処理、上記亜鉛めっき処理および上記第2熱処理において、300℃以上450℃未満の温度域T1での保持時間tと、450℃以上600℃以下の温度域T2での保持時間tとが、下記式(2)を満たす、高強度亜鉛めっき鋼板の製造方法。
v2≦3.8[C]+2.4[Mn]+1.2[Si]・・・(1)
1.1≦3t/t≦6.5 ・・・(2)
ただし、上記式(1)中の[C]、[Mn]および[Si]は、それぞれ、上記成分組成におけるC、MnおよびSiの含有量であり、上記含有量の単位は質量%である。
[10]上記第1熱処理において、上記加熱温度T3での加熱を、露点が-30℃超の雰囲気下で実施して、上記冷延鋼板の最表層に脱炭層を形成する、上記[9]に記載の高強度亜鉛めっき鋼板の製造方法。
[11]上記第1熱処理の前に、上記冷延鋼板に金属めっき処理を施して、上記冷延鋼板の少なくとも片面に金属めっき層を形成する、上記[9]または[10]に記載の高強度亜鉛めっき鋼板の製造方法。
[12]上記金属めっき層の成分組成が、Feおよび不可避的不純物からなる、上記[11]に記載の高強度亜鉛めっき鋼板の製造方法。
[13]上記金属めっき層の成分組成が、更に、B、C、P、N、O、Ni、Mn、Mo、Zn、W、Pb、Sn、Cr、VおよびCoからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を、合計で10質量%以下含有する、上記[12]に記載の高強度亜鉛めっき鋼板の製造方法。
[14]上記亜鉛めっき処理は、溶融亜鉛めっき処理または合金化溶融亜鉛めっき処理である、上記[9]~[13]のいずれかに記載の高強度亜鉛めっき鋼板の製造方法。
[15]上記[1]~[7]のいずれかに記載の高強度亜鉛めっき鋼板に、成形加工および接合加工の少なくとも一方を施して部材を得る、部材の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、1320MPa以上の引張強さを有し、かつ、成形性およびスポット溶接部の疲労強度にも優れる高強度亜鉛めっき鋼板を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】第1熱処理、亜鉛めっき処理および第2熱処理の一例を示すチャート図である。
図2】抵抗溶接に用いる板組を示す断面図である。
図3】抵抗溶接後の板組を示す平面図である。
図4図3のA-A線断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
[高強度亜鉛めっき鋼板]
本発明の高強度亜鉛めっき鋼板は、鋼板(下地鋼板)および亜鉛めっき層を有し、この鋼板が、後述する成分組成およびミクロ組織を有し、かつ、後述する鋼中拡散性水素量を満足する。
高強度とは、引張強さ(TS)が1320MPa以上であることを意味する。
以下、「高強度亜鉛めっき鋼板」を、単に、「亜鉛めっき鋼板」ともいう。
【0011】
本発明の高強度亜鉛めっき鋼板は、1320MPa以上の引張強さを有し、かつ、成形性およびスポット溶接部の疲労強度にも優れる。このため、衝突強度を十分に維持できるから、自動車等の輸送機に好適に使用される。
なお、本発明の高強度亜鉛めっき鋼板を成形加工する方法としては、プレス加工等の一般的な加工方法を制限なく使用できる。本発明の高強度亜鉛めっき鋼板を溶接する方法としては、スポット溶接、アーク溶接等の一般的な溶接方法を制限なく使用できる。
【0012】
〈鋼板〉
まず、亜鉛めっき鋼板を構成する鋼板(下地鋼板)について説明する。
鋼板は、例えば、後述する第2熱処理を経た後の冷延鋼板である。
鋼板の板厚は、特に限定されず、例えば、0.5mm以上3.0mm以下である。
【0013】
《成分組成》
鋼板の成分組成(以下、便宜的に、「本発明の成分組成」ともいう)を説明する。
本発明の成分組成における「%」は、特に説明が無い限り、「質量%」を意味する。
【0014】
(C:0.150~0.450%)
Cは、マルテンサイトを生成させて、鋼板の強度を上昇させる。C量が少なすぎると、マルテンサイトの硬さが低くなり、また、焼戻しマルテンサイトおよびベイナイトの合計面積率が低下するため、1320MPa以上の引張強さが得られない。このため、C量は、0.150%以上であり、0.180%以上が好ましく、0.190%以上がより好ましい。
一方、C量が多すぎると、熱影響部にセメンタイトが多量に生成して、スポット溶接部の靱性が低下し、スポット溶接部の疲労強度が低下する。このため、C量は、0.450%以下であり、0.400%以下が好ましく、0.370%以下がより好ましい。
【0015】
(Si:0.80~3.00%)
Siは、固溶強化により鋼板の強度を高める。1320MPa以上の引張強さを得る観点から、Si量は、0.80%以上であり、1.00%以上が好ましく、1.10%以上がより好ましい。
一方、Si量が多すぎると、スポット溶接部の靭性が低下し、スポット溶接部の疲労強度が低下する。また、Si量が多すぎると、スポット溶接部における耐抵抗溶接割れ特性(後述する)の低下が懸念される。このため、Si量は、3.00%以下であり、2.60%以下が好ましく、2.40%以下がより好ましい。
【0016】
(Mn:2.00~4.00%)
Mnは、固溶強化により鋼板の強度を高める。1320MPa以上の引張強さを得る観点から、Mn量は、2.00%以上であり、2.20%以上が好ましく、2.40%以上がより好ましい。
一方、Mn量が多すぎると、焼戻しで多量なセメンタイト生成するとともに、スポット溶接部の靭性が低下し、スポット溶接部の疲労強度が低下する。このため、Mn量は、4.00%以下であり、3.60%以下が好ましく、3.50%以下がより好ましい。
【0017】
(P:0.100%以下)
Pは、粒界に偏析してスポット溶接部の靭性を低下させ、スポット溶接部の疲労強度を低下させる。このため、P量は、0.100%以下であり、0.030%以下が好ましく、0.010%以下がより好ましい。
【0018】
(S:0.0200%以下)
Sは、Mnと結合して粗大なMnSを形成し、スポット溶接部の靭性を低下させ、スポット溶接部の疲労強度を低下させる。このため、S量は、0.0200%以下であり、0.0100%以下が好ましく、0.0020%以下がより好ましい。
【0019】
(Al:0.100%以下)
Alは、脱酸剤として作用する。Al量が多すぎると、酸化物や窒化物が凝集粗大化することにより、スポット溶接部の靭性を低下させ、スポット溶接部の疲労強度が低下させる。このため、Al量は、0.100%以下であり、0.080%以下が好ましく、0.060%以下がより好ましい。
Al量の下限は、特に限定されないが、Alの添加効果を得る観点から、例えば、0.010%であり、0.020%が好ましい。
【0020】
(O:0.0100%以下)
Oは、酸化物を形成して、スポット溶接部の靭性を低下させて、スポット溶接部の疲労強度を低下させる。このため、O量は、0.0100%以下であり、0.0050%以下が好ましく、0.0020%以下がより好ましい。
【0021】
(N:0.0100%以下)
Nは、Tiと結合してTiNを形成する。N量が多すぎると、形成されるTiN量が多くなることに起因して、スポット溶接部の靭性が低下して、スポット溶接部の疲労強度が低下する。このため、N量は、0.0100%以下であり、0.0080%以下が好ましく、0.0060%以下がより好ましい。
【0022】
本発明の成分組成は、上記成分を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる。
【0023】
(その他の元素)
本発明の成分組成は、残部(Feおよび不可避的不純物)の一部に代えて、更に、質量%で、以下に記載する元素からなる群から選ばれる少なくとも1種の元素(「任意元素」ともいう)を含有してもよい。
【0024】
((B:0.0050%以下))
Bは、オーステナイト粒界に偏析することで鋼板の焼入れ性を向上できる元素であり、鋼板の引張強さを上昇させるので、添加することが好ましい。
もっとも、B量が多すぎると、Fe23(CB)を形成して、スポット溶接部の靭性を低下させて、スポット溶接部の疲労強度を低下させる。このため、B量は、0.0050%以下が好ましく、0.0040%以下がより好ましく、0.0030%以下が更に好ましい。
B量の下限は、特に限定されないが、Bの添加効果を得る観点からは、例えば、0.0005%であり、0.0010%が好ましい。
【0025】
((Ti:0.200%以下))
Tiは、熱間圧延時または熱処理時に、微細な炭化物、窒化物または炭窒化物を形成することにより、鋼板の引張強さを上昇させるので、添加することが好ましい。
もっとも、Ti量が多すぎると、Nと結合して粗大な窒化物を形成することにより、スポット溶接部の靭性を低下させて、スポット溶接部の疲労強度を低下させる。このため、Ti量は、0.200%以下が好ましく、0.100%以下がより好ましく、0.050%以下が更に好ましい。
Ti量の下限は、特に限定されないが、Tiの添加効果を得る観点からは、例えば、0.005%であり、0.010%が好ましい。
【0026】
((Nb:0.200%以下、V:0.500%以下、W:0.500%以下))
Nb、VおよびWは、熱間圧延時または熱処理時に、微細な炭化物、窒化物または炭窒化物を形成することにより、鋼板の引張強さを上昇させるので、添加することが好ましい。
もっとも、これらの元素の量が過度に多い場合、鋼スラブ加熱時に溶解しないで粗大な炭化物として残存する。粗大な炭化物は、スポット溶接部の靭性を低下させて、スポット溶接部の疲労強度を低下させる。
このため、Nb量は、0.200%以下が好ましく、0.100%以下がより好ましく、0.050%以下が更に好ましい。下限は、特に限定されないが、Nbの添加効果を得る観点からは、例えば、0.005%であり、0.010%が好ましい。
V量は、0.500%以下が好ましく、0.300%以下がより好ましく、0.100%以下が更に好ましい。下限は、特に限定されないが、Vの添加効果を得る観点からは、例えば、0.005%であり、0.010%が好ましい。
W量は、0.500%以下が好ましく、0.200%以下がより好ましく、0.050%以下が更に好ましい。下限は、特に限定されないが、Wの添加効果を得る観点からは、例えば、0.001%であり、0.002%が好ましい。
【0027】
((Mo:1.000%以下、Cr:1.000%以下))
MoおよびCrは、鋼板の焼入れ性を高めることによって、鋼板の引張強さを上昇させるので、添加することが好ましい。もっとも、これらの元素の量が過度に多い場合、硬質なマルテンサイトが過剰に生成し、スポット溶接部の靭性が低下して、スポット溶接部の疲労強度が低下する。
このため、Mo量は、1.000%以下が好ましく、0.700%以下がより好ましく、0.400%以下が更に好ましい。下限は、特に限定されないが、Moの添加効果を得る観点からは、例えば、0.005%であり、0.020%が好ましい。
Cr量は、1.000%以下が好ましく、0.700%以下がより好ましく、0.400%以下が更に好ましい。下限は、特に限定されないが、Crの添加効果を得る観点からは、例えば、0.005%であり、0.020%が好ましい。
【0028】
((Sb:0.200%以下、Sn:0.200%以下))
SbおよびSnは、鋼板表面の脱炭を抑制することによって、鋼板の引張強さを上昇させるので、添加することが好ましい。もっとも、これらの元素の量が過度に多い場合、鋼が脆化して、熱影響部に亀裂が発生し、スポット溶接部の疲労強度を低下させる。
このため、Sb量は、0.200%以下が好ましく、0.080%以下がより好ましく、0.040%以下が更に好ましい。下限は、特に限定されないが、Sbの添加効果を得る観点から、例えば、0.001%であり、0.002%が好ましい。
Sn量は、0.200%以下が好ましく、0.080%以下がより好ましく、0.040%以下が更に好ましい。下限は、特に限定されないが、Snの添加効果を得る観点から、例えば、0.001%であり、0.002%が好ましい。
【0029】
((Zr:0.1000%以下))
Zrは、析出物の形状を球状化して、スポット溶接部の靭性を上昇させるので、添加することが好ましい。もっとも、Zr量が過度に多い場合、熱間圧延の鋼スラブ加熱時に未固溶で残存する粗大な析出物が増加し、スポット溶接部の靭性が低下して、スポット溶接部の疲労強度が低下する。
このため、Zr量は、0.1000%以下が好ましく、0.0700%以下がより好ましく、0.0400%以下が更に好ましい。下限は、特に限定されないが、Zrの添加効果を得る観点から、例えば、0.0005%であり、0.0010%が好ましい。
【0030】
((Cu:1.000%以下))
Cuは、鋼板の焼入れ性を高めることによって、鋼板の引張強さを上昇させるので、添加することが好ましい。もっとも、Cu量が過度に多い場合、Cuの介在物の増加によりスポット溶接部の靭性が低下して、スポット溶接部の疲労強度が低下する。
このため、Cu量は、1.000%以下が好ましく、0.700%以下がより好ましく、0.400%以下が更に好ましい。下限は、特に限定されないが、Cuの添加効果を得る観点から、例えば、0.005%であり、0.010%が好ましい。
【0031】
((Ni:1.000%以下))
Niは、鋼板の焼入れ性を高めることによって、鋼板の引張強さを上昇させるので、添加することが好ましい。もっとも、Ni量が過度に多い場合、硬質なマルテンサイトが増加することによりスポット溶接部の靭性が低下して、スポット溶接部の疲労強度が低下する。
このため、Ni量は、1.000%以下が好ましく、0.700%以下がより好ましく、0.400%以下が更に好ましい。下限は、特に限定されないが、Niの添加効果を得る観点から、例えば、0.003%であり、0.005%が好ましい。
【0032】
((Ca:0.0050%以下、Mg:0.0050%以下、REM:0.0050%以下))
Ca、MgおよびREM(Rare Earth Metal)は、硫化物や酸化物などの析出物の形状を球状化して、スポット溶接部の靭性を上昇させるので、添加することが好ましい。もっとも、これらの元素の量が過度に多い場合、硫化物の粗大化によりスポット溶接部の靭性が低下して、スポット溶接部の疲労強度が低下する。
このため、Ca量は、0.0050%以下が好ましく、0.0045%以下がより好ましく、0.0040%以下が更に好ましい。下限は、特に限定されないが、Caの添加効果を得る観点から、例えば、0.0005%であり、0.0010%が好ましい。
Mg量は、0.0050%以下が好ましく、0.0048%以下がより好ましく、0.0045%以下が更に好ましい。下限は、特に限定されないが、Mgの添加効果を得る観点から、例えば、0.0005%であり、0.0010%が好ましい。
REM量は、0.0050%以下が好ましく、0.0040%以下がより好ましく、0.0030%以下が更に好ましい。下限は、特に限定されないが、REMの添加効果を得る観点から、例えば、0.0005%であり、0.0010%が好ましい。
【0033】
((Co:0.30%以下))
Coは、析出物の形状を球状化して、スポット溶接部の靭性を上昇させるので、添加することが好ましい。もっとも、Co量が過度に多い場合、硬質なマルテンサイトが増加することによりスポット溶接部の靭性が低下して、スポット溶接部の疲労強度が低下する。
このため、Co量は、0.30%以下が好ましく、0.20%以下がより好ましく、0.10%以下が更に好ましい。下限は、特に限定されないが、Coの添加効果を得る観点から、例えば、0.01%であり、0.02%が好ましい。
【0034】
((Ta:0.10%以下))
Taは、析出物の形状を球状化して、スポット溶接部の靭性を上昇させるので、添加することが好ましい。もっとも、Ta量が過度に多い場合、粗大な炭化物が増加することによりスポット溶接部の靭性が低下して、スポット溶接部の疲労強度が低下する。
このため、Ta量は、0.10%以下が好ましく、0.08%以下がより好ましく、0.06%以下が更に好ましい。下限は、特に限定されないが、Taの添加効果を得る観点から、例えば、0.01%であり、0.02%が好ましい。
【0035】
((As:0.100%以下、Pb:0.100%以下、Zn:0.100%以下、および、Bi:0.100%以下))
As、Pb、ZnおよびBiは、析出物の形状を球状化して、スポット溶接部の靭性を上昇させるので、添加することが好ましい。もっとも、これらの元素の量が過度に多い場合は、粗大な析出物や介在物が多量に生成し、これにより、スポット溶接部の靭性が低下して、スポット溶接部の疲労強度が低下する。
このため、As量は、0.100%以下が好ましく、0.050%以下がより好ましく、0.010%以下が更に好ましい。下限は、特に限定されないが、Asの添加効果を得る観点から、例えば、0.001%であり、0.002%が好ましい。
Pb量は、0.100%以下が好ましく、0.050%以下がより好ましく、0.010%以下が更に好ましい。下限は、特に限定されないが、Pbの添加効果を得る観点から、例えば、0.001%であり、0.002%が好ましい。
Zn量は、0.100%以下が好ましく、0.050%以下がより好ましく、0.010%以下が更に好ましい。下限は、特に限定されないが、Znの添加効果を得る観点から、例えば、0.001%であり、0.002%が好ましい。
Bi量は、0.100%以下が好ましく、0.050%以下がより好ましく、0.010%以下が更に好ましい。下限は、特に限定されないが、Biの添加効果を得る観点から、例えば、0.001%であり、0.002%が好ましい。
【0036】
((Hf:0.10%以下))
Hfは、析出物の形状を球状化して、スポット溶接部の靭性を上昇させるので、添加することが好ましい。もっとも、Hf量が過度に多い場合、粗大な炭化物が増加することによりスポット溶接部の靭性が低下して、スポット溶接部の疲労強度が低下する。
このため、Hf量は、0.10%以下が好ましく、0.08%以下がより好ましく、0.06%以下が更に好ましい。下限は、特に限定されないが、Hfの添加効果を得る観点から、例えば、0.01%であり、0.02%が好ましい。
【0037】
本発明の成分組成が、上記任意元素を、上述した下限値未満の量で含有する場合、その任意元素は、不可避的不純物として含有するものとする。
【0038】
《ミクロ組織》
次に、鋼板のミクロ組織(以下、便宜的に、「本発明のミクロ組織」ともいう)を説明する。
本発明の効果を得るためには、上述した本発明の成分組成を満足するだけでは不十分であり、以下に説明する本発明のミクロ組織を満足することを要する。
以下、面積率は、ミクロ組織全体に対する面積率である。各組織の面積率は、後述する実施例に記載する方法により求める。
【0039】
(焼戻しマルテンサイトおよびベイナイトの合計面積率:60~95%)
1320MPa以上の引張強さを安定して確保する観点から、焼戻しマルテンサイトおよびベイナイトの合計面積率は、60%以上であり、65%以上が好ましく、70%以上がより好ましい。
一方、この合計面積率が高すぎると、残留オーステナイトの面積率が低くなり、鋼板の延性が低下して、成形性が低下する。このため、この合計面積率は、95%以下であり、92%以下が好ましく、88%以下がより好ましい。
【0040】
(残留オーステナイトの面積率:5~30%)
残留オーステナイトは鋼板の延性を向上させる。このため、残留オーステナイトの面積率は、5%以上であり、6%以上が好ましく、8%以上がより好ましい。
一方、残留オーステナイトの面積率が高すぎると、応力を受ける際にマルテンサイト変態する残留オーステナイトが増加し、熱影響部に亀裂が発生し、スポット溶接部の疲労強度を低下する。このため、残留オーステナイトの面積率は、30%以下であり、25%以下が好ましく、20%以下がより好ましい。
【0041】
(アスペクト比が5.5以上の残留オーステナイトの面積率:50%以下)
応力が繰り返し負荷された場合、加工硬化により残留オーステナイトが硬いマルテンサイトに変態する。アスペクト比が5.5以上の残留オーステナイトが多すぎると、変態後のマルテンサイトの先端部に応力集中し、ボイドが発生しやすい。そして、ボイドが連結することで容易にナゲット周囲に亀裂が発生するため、スポット溶接部の疲労強度が低下する。
また、アスペクト比が5.5以上の残留オーステナイトは、不安定のため、これが多すぎると、残留オーステナイトによるTRIP(Transformation Induced plasticity)効果が得られなくなり、延性が低下する。
このため、残留オーステナイト全体に対するアスペクト比が5.5以上の残留オーステナイトの面積率は、50%以下であり、45%以下が好ましく、40%以下がより好ましい。
一方、残留オーステナイト全体に対するアスペクト比が5.5以上の残留オーステナイトの面積率の下限は、特に限定されず、例えば、2%であり、4%が好ましい。
【0042】
(直径が2.0μm以下のフレッシュマルテンサイトの面積率:20%以下)
微細なフレッシュマルテンサイトは、鋼板の強度を向上させる。このような効果を得るため、フレッシュマルテンサイトの直径を、2.0μm以下とする。
もっとも、直径が2.0μm以下のフレッシュマルテンサイトが多すぎると、組織の硬度差によりボイドが発生し、成形性が低下する。また、ボイドが連結することで容易にナゲット周囲に亀裂が発生するため、スポット溶接部の疲労強度が低下する。このため、直径が2.0μm以下のフレッシュマルテンサイトの面積率は、20%以下であり、17%以下が好ましく、15%以下がより好ましい。
一方、直径が2.0μm以下のフレッシュマルテンサイトの面積率の下限は、特に限定されず、例えば、1%であり、3%が好ましい。
【0043】
本発明のミクロ組織は、焼戻しマルテンサイト、ベイナイト、残留オーステナイトおよびフレッシュマルテンサイト以外の組織(残部組織)として、例えば、パーライト;フェライト;鉄系炭窒化物;合金炭窒化物;MnS、Alなどの介在物;等の公知の組織を含んでいてもよい。
残部組織の面積率は、10%以下が好ましく、8%以下がより好ましく、5%以下が更に好ましい。残部組織の面積率がこの範囲であれば、本発明の効果が損なわれない。
【0044】
《鋼中拡散性水素量:0.60質量ppm以下》
鋼中拡散性水素量が高すぎると、溶接する際にスポット溶接部が割れやすく、スポット溶接部の疲労強度が低下する。このため、鋼中拡散性水素量は、0.60質量ppm以下であり、0.50質量ppm以下が好ましく、0.40質量ppm以下がより好ましい。
鋼中拡散性水素量は、後述する実施例に記載の方法により求める。
【0045】
《脱炭層》
亜鉛めっき鋼板がスポット溶接(抵抗溶接)される場合、以下の点が懸念される。
すなわち、抵抗溶接の際に、スポット溶接部の近傍に残留応力が生成し、その状態で、亜鉛めっき層の亜鉛が溶融して鋼板の結晶粒界に拡散侵入することにより、液体金属脆化(Liquid Metal Embrittlement:LME)が起き、鋼板に粒界割れ(LME割れ)が生じ得る。鋼板がSiを含有する場合(特にSi量が多い場合)、LME割れが生じやすい。
このため、亜鉛めっき鋼板は、このような割れに対する耐性(以下、「スポット溶接部における耐抵抗溶接割れ特性」、「溶接部における耐抵抗溶接割れ特性」、または、単に「耐抵抗溶接割れ特性」ともいう)に優れることが要求される場合がある。
【0046】
そこで、亜鉛めっき鋼板を構成する鋼板(下地鋼板)は、その最表層に、C濃度が低い層である脱炭層を有することが好ましい。これにより、亜鉛めっき鋼板は、スポット溶接部における耐抵抗溶接割れ特性に優れる。
その理由は、明らかではないが、脱炭層はC濃度が低いことで粘り気があり、そのため、上述した割れが生じにくいと考えられる。
【0047】
鋼板が脱炭層を有する場合、脱炭層の厚さ(板厚方向深さ)は、例えば、10μm以上である。
スポット溶接部における耐抵抗溶接割れ特性がより優れるという理由から、脱炭層の厚さ(板厚方向深さ)は、20μm以上が好ましく、30μm以上がより好ましく、40μm以上が更に好ましい。
一方、脱炭層の厚さの上限は、特に限定されない。もっとも、鋼板の引張強さを良好な範囲にする観点から、脱炭層の厚さは、130μm以下が好ましく、100μm以下がより好ましく、70μm以下がより好ましい。
【0048】
脱炭層(および、その厚さ)は、次のように求める。
まず、亜鉛めっき層と鋼板との界面(亜鉛めっき鋼板が後述する金属めっき層を有する場合は、亜鉛めっき層と金属めっき層との界面。以下同様)から、板厚方向にC濃度を測定する。
C濃度を測定するためには、電子線マイクロアナライザ(Electron Probe Micro Analyzer:EPMA)を用いる。
具体的には、まず、樹脂埋めした亜鉛めっき鋼板を研磨し、圧延方向に垂直な断面を観察用に仕上げる。その後、樹脂から亜鉛めっき鋼板を取り出して、試料とする。
加速電圧を7kV、照射電流を50nAとして、鋼板の最表層を含む300×300μmの範囲で、1μmステップで、試料の断面を面分析または線分析し、C強度を測定する。
【0049】
この際、コンタミネーションを抑制するため、プラズマクリーナーを用いて、測定室および試料準備室の2か所において、測定開始前に、試料の表面および周辺のハイドロカーボンを除去する。
測定中のハイドロカーボンの蓄積を抑制するため、測定室内のステージ上で試料を加熱し、試料の温度を最高100℃に保持したまま、測定する。
コンタミネーション抑制の効果によって、Cの検出下限が0.10質量%よりも十分低いことを確認する。
使用する装置およびコンタミネーションを抑制する方法の詳細は、以下の参考文献1に記載されている。
参考文献1:山下ら、「高精度FE-EPMAによる低炭素鋼の初析フェライト変態初期における炭素の分配」、鉄と鋼、一般社団法人日本鉄鋼協会、2017年、第103巻、第11号、p.14-20
ただし、コンタミネーションの抑制は、使用する装置の機種、コンディション等によるため、必ずしも必須ではなく、十分な精度でC強度を測定できればよい。
【0050】
次いで、測定されたC強度をC濃度(単位:質量%)に換算し、濃度マップを得る。換算には、標準試料を用いて予め作成した検量線を用いる。
得られた濃度マップから、板厚方向のラインプロファイルを抽出する。鋼板の表面と並行な方向(板厚方向と直交する方向)に沿った300箇所でのラインプロファイルを平均化することで、C濃度の板厚方向のプロファイルを得る。
得られたC濃度の板厚方向のプロファイルに対し、単純移動平均法を用いた平滑化処理を実施する。平滑化点数は、21点程度とする。
【0051】
平滑化処理後のプロファイルにおいて、C濃度が最大値の80質量%以下である領域を脱炭層とし、その領域の板厚方向の距離を脱炭層の厚さとする。
各試料について2視野の測定結果の平均値を用いる。
【0052】
〈亜鉛めっき層〉
亜鉛めっき層は、後述する亜鉛めっき処理によって形成される。
亜鉛めっき層の付着量は、片面あたり20~80g/mが好ましい。
【0053】
〈金属めっき層〉
本発明の高強度亜鉛めっき鋼板は、鋼板の少なくとも片面側であって、かつ、鋼板と亜鉛めっき層との間に、金属めっき層(上述した亜鉛めっき層とは異なるめっき層)を更に有していてもよい。
これにより、スポット溶接部における耐抵抗溶接割れ特性が優れる。
その理由は、明らかではないが、抵抗溶接の際に亜鉛めっき層の亜鉛(Zn)が鋼板に拡散侵入することを金属めっき層が抑制するためと考えられる(亜鉛侵入抑制効果)。
【0054】
金属めっき層に用いる金属としては、例えば、Znよりも融点の高い金属(Fe、Niなど)が挙げられるが、上述した亜鉛侵入抑制効果に加え、以下の効果を期待できることから、Feが好ましい。
すなわち、金属めっき層は、Feおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する金属めっき層(以下、「Fe系めっき層」ともいう)であることが好ましい。
Fe系めっき層の成分組成は、更に、B、C、P、N、O、Ni、Mn、Mo、Zn、W、Pb、Sn、Cr、VおよびCoからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を、合計で10質量%以下含有してもよい。
【0055】
鋼板の表面にSi量が多い場合、スポット溶接部において、靭性が低下して、耐抵抗溶接割れ特性が劣化しやすいと考えられる。
この場合、Fe系めっき層を鋼板の表面に設けることにより、Fe系めっき層が固溶Si欠乏層として働き、その結果、スポット溶接部に固溶するSi量が減少することで、スポット溶接部の靭性の低下が抑制されるため、耐抵抗溶接割れ特性がより優れると考えられる(靭性低下抑制効果)。
【0056】
また、Fe系めっき層は軟質層として機能し、スポット溶接の際に鋼板の表面に付与される応力を緩和し、スポット溶接部の残留応力を低減するため、耐抵抗溶接割れ特性がより優れると考えられる(応力緩和効果)。
【0057】
スポット溶接部における耐抵抗溶接割れ特性を向上させる観点からは、Fe系めっき層などの金属めっき層を、上述した脱炭層を有する鋼板の表面に設けることが好ましい。
【0058】
金属めっき層の付着量は、片面あたり、例えば0g/m超であり、2.0g/m以上が好ましく、4.0g/m以上がより好ましく、6.0g/m以上が更に好ましい。
一方、上限は特に限定されないが、コストの観点から、金属めっき層の付着量は、片面あたり、60g/m以下が好ましく、50g/m以下がより好ましく、40g/m以下が更に好ましく、30g/m以下が特に好ましい。
【0059】
金属めっき層の付着量は、次のように求める。
まず、金属めっき層を有する亜鉛めっき鋼板から、10mm×15mmサイズの試験片を採取して樹脂に埋め込み、亜鉛めっき鋼板の断面が露出した埋め込みサンプルを得る。この断面の任意の3か所を、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて、加速電圧15kVで、金属めっき層の厚さに応じて2000~10000倍の倍率で観察する。3視野における金属めっき層の厚さの平均値に、金属の比重を乗じることによって、金属めっき層の片面あたりの付着量に換算する。
【0060】
[スポット溶接部における耐抵抗溶接割れ特性の評価試験]
スポット溶接部における耐抵抗溶接割れ特性を評価するための試験方法を、図2図4に基づいて説明する。
図2は、抵抗溶接に用いる板組5を示す断面図である。図3は、抵抗溶接後の板組5を示す平面図である。図4は、図3のA-A線断面図である。
【0061】
まず、評価対象である亜鉛めっき鋼板から、試験片4を切り出す。試験片4は、圧延直角方向(TD)を長手方向、圧延方向を短手方向として、そのサイズは、長手方向の長さL:150mm、短手方向の長さである幅W:50mm、板厚t:1.6mmである。
【0062】
同様にして、別の亜鉛めっき鋼板から、同サイズの相手方試験片3を切り出す。
試験片4の評価対象面(亜鉛めっき層の表面)と、相手方試験片3の亜鉛めっき層とを接触させて、板組5を得る。
【0063】
板組5を、鋼板である一対のスペーサー6(長手方向の長さ:50mm、短手方向の長さ:45mm、厚さt:2.0mm)を介して、固定台7に固定する。スペーサー6は、その長手方向端面が、板組5の短手方向両端面と合うように配置する。このため、一対のスペーサー6どうしの距離Dは、60mmである。固定台7は、中央部に穴7aが空いた一枚板である。
【0064】
次いで、サーボモータ加圧式で単相交流(50Hz)の抵抗溶接機を用いて、板組5を、一対の電極8(先端径:6mm)で加圧しつつ、板組5をたわませた状態で、抵抗溶接を実施する。
より詳細には、所定の条件(加圧力、ホールドタイムおよび溶接時間)下で、所定のナゲット径dとなる溶接電流で抵抗溶接を実施して、ナゲット9を含む溶接部を形成する。
ホールドタイムとは、溶接電流を流し終わってから、電極8を開放し始めるまでの時間を指す。
ナゲット径dは、板組5の長手方向における、ナゲット9の端部どうしの距離である。
【0065】
抵抗溶接に際して、一対の電極8は、鉛直方向の上下から板組5を加圧する。
下側の電極8aは、固定台7の穴7aを介して、試験片4を加圧する。加圧に際しては、下側の電極8aが、スペーサー6と固定台7とが接する面を延長した仮想的な平面Sと接する位置で、下側の電極8aと固定台7とを固定する。上側の電極8bは、相手方試験片3の中央部と接触可能な位置で、可動にする。
抵抗溶接は、板組5を水平方向に対して板組5の長手方向側に5°傾けた状態(すなわち、水平方向に対する角度θを5°にした状態)で実施する。
【0066】
抵抗溶接後の板組5を、ナゲット9を含む溶接部の中心を含むように、図3のA-A線に沿って切断する。溶接部の断面を、光学顕微鏡(200倍)を用いて観察し、溶接部における耐抵抗溶接割れ特性を評価する。
なお、図4には、試験片4に発生したき裂10を模式的に示している。
相手方試験片3に割れが発生した場合、試験片4の応力が分散し、適切な評価が得られない。このため、相手方試験片3に割れが発生していないデータを採用する。
【0067】
[高強度亜鉛めっき鋼板の製造方法]
次に、本発明の高強度亜鉛めっき鋼板の製造方法(以下、便宜的に、「本発明の製造方法」ともいう)を説明する。本発明の製造方法は、上述した本発明の高強度亜鉛めっき鋼板を製造する方法でもある。
以下に示す鋼スラブ、鋼板(熱延鋼板、冷延鋼板)などを加熱または冷却する際の温度は、特に説明が無い限り、それらの表面温度を意味する。
【0068】
鋼スラブ(鋼素材)の溶製方法は、特に限定されず、転炉、電気炉などの公知の溶製方法を採用できる。溶製後、連続鋳造法により鋼スラブを得ることが好ましい。もっとも、造塊-分塊圧延法、薄スラブ連鋳法などのその他の公知の鋳造方法を用いて鋼スラブを得てもよい。
【0069】
本発明の製造方法においては、まず、上述した成分組成を有する鋼スラブを熱間圧延する。これにより、熱延鋼板を得る。
熱間圧延するに際して、加熱炉で鋼スラブを再加熱した後に圧延してもよい。鋼スラブが所定温度以上の温度を保持している場合には、鋼スラブを加熱することなく直送圧延してもよい。
【0070】
〈熱間圧延〉
熱間圧延においては、鋼スラブに、粗圧延および仕上げ圧延を施す。
粗圧延前に、鋼スラブを加熱して、鋼スラブ中の炭化物を溶解させることが好ましい。
炭化物を溶解させたり、圧延荷重の増大を防止したりする観点から、鋼スラブを加熱する際の温度(鋼スラブ加熱温度)は、1100℃以上が好ましく、1150℃以上がより好ましい。
一方、スケールロスの増大を防止する観点から、鋼スラブ加熱温度は、1300℃以下が好ましく、1280℃以下がより好ましい。
上述したように、粗圧延前の鋼スラブが所定温度以上の温度を保持しており、鋼スラブ中の炭化物が溶解している場合には、粗圧延前の鋼スラブの加熱は省略できる。
【0071】
粗圧延および仕上げ圧延の条件については、特に限定されないが、例えば、仕上げ圧延終了温度は、700~1100℃が好ましく、800~1000℃がより好ましい。
【0072】
《巻取温度:350~700℃》
次に、鋼スラブの熱間圧延によって得られた熱延鋼板を巻き取りする。
熱延鋼板が巻き取りされる際の温度(巻取温度)が低すぎると、炭素濃度が高い硬質なマルテンサイトが生成するため、熱処理後に粗大なフレッシュマルテンサイトが増える。また、マルテンサイトを主体とする硬質な熱延鋼板に冷延圧延を施すと、スポット溶接部の疲労強度が低下する。
このため、巻取温度は、350℃以上であり、400℃以上が好ましく、450℃以上がより好ましい。
【0073】
一方、巻取温度が高すぎると、熱延鋼板のミクロ組織にフェライトおよびパーライトが過剰に生成し、熱処理中におけるオーステナイトの核生成サイトが減少する(つまり、焼戻しマルテンサイトおよびベイナイトの合計面積率が減少する)ため、熱処理後に所望の強度を確保することが困難となる。
このため、巻取温度は、700℃以下であり、650℃以下が好ましく、600℃以下がより好ましい。
【0074】
〈冷間圧延〉
次に、巻き取りされた熱延鋼板に冷間圧延を施して、冷延鋼板を得る。
冷間圧延の圧延率は、30%以上が好ましく、35%以上がより好ましい。上限は、特に限定されず、例えば、70%以下であり、65%以下が好ましい。
【0075】
〈金属めっき処理〉
冷間圧延によって得られた冷延鋼板に対して、後述する第1熱処理を施す前に、金属めっき処理を施してもよい。これにより、冷延鋼板の少なくとも片面に、上述した金属めっき層が形成される。
形成される金属めっき層としては、上述したFe系めっき層が好ましい。
【0076】
金属めっき処理としては、特に限定されないが、製造性の観点から、電気めっき処理が好ましい。電気めっき処理に用いる金属めっき浴としては、硫酸浴、塩酸浴、両者を混合した浴などが挙げられる。電気めっき処理を実施する場合、形成される金属めっき層の付着量は、通電時間などによって調整できる。
【0077】
金属めっき処理によって、Fe系めっき層を形成する場合、Fe系めっき浴を用いる。
Fe系めっき浴は、例えば、Fe、ならびに、B、C、P、N、O、Ni、Mn、Mo、Zn、W、Pb、Sn、Cr、VおよびCoからなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を含有する。これらの元素の含有量は、形成するFe系めっき層の成分組成に応じて、適宜調整される。
Fe系めっき浴中、金属元素は、金属イオンとして含有すればよく、非金属元素は、ホウ酸、リン酸、硝酸、有機酸などの一部として含有できる。
Fe系めっき浴として、硫酸鉄めっき浴を用いる場合、硫酸ナトリウム、硫酸カリウムなどの導電助剤;キレート剤;pH緩衝剤;等を更に含有してもよい。
【0078】
金属めっき処理を施す前の冷延鋼板に対して、冷延鋼板の表面を清浄化するために、脱脂および水洗を実施してもよい。更に、冷延鋼板の表面を活性化するために、酸洗および水洗を施してもよい。
脱脂および水洗の方法は、特に限定されず、従来公知の方法を採用できる。
酸洗には、硫酸、塩酸、硝酸、および、これらの混合物などの各種の酸液を使用でき、なかでも、硫酸、塩酸、または、これらの混合物が好ましい。酸液の濃度は、特に限定されないが、酸化皮膜の除去能力、過酸洗による肌荒れ(表面欠陥)防止などを考慮すると、1~20質量%が好ましい。酸液には、消泡剤、酸洗促進剤、酸洗抑制剤などを添加してもよい。
【0079】
次に、冷間圧延によって得られた冷延鋼板(または、金属めっき処理が施された冷延鋼板)に対して、以下に説明する第1熱処理、亜鉛めっき処理および第2熱処理を、この順で施す。
【0080】
〈第1熱処理〉
第1熱処理では、冷延鋼板を、後述する加熱温度T3で加熱し、その後、後述する冷却停止温度T4まで冷却する。この冷却は、後述する平均冷却速度v1での冷却を含む。
【0081】
《加熱温度T3:750~950℃》
加熱温度T3が低すぎる場合、フェライトおよびオーステナイトの2相域での加熱になるため、最終的なミクロ組織がフェライトを含有し、焼戻しマルテンサイトおよびベイナイトの合計面積率が低下するため、所望の引張強さの確保が困難となる。このため、加熱温度T3は、750℃以上であり、800℃以上が好ましく、830℃以上がより好ましい。
一方、加熱温度T3が高すぎると、水素分圧の増加により、鋼中に侵入する水素量が増加するため、鋼中拡散性水素量が高くなる。このため、加熱温度は、950℃以下であり、930℃以下が好ましく、900℃以下がより好ましい。
【0082】
加熱温度T3で冷延鋼板を保持する時間(加熱時間)は、特に限定されず、例えば、10~500秒であり、50~300秒が好ましく、80~200秒がより好ましい。
【0083】
《露点:-30℃超》
冷延鋼板を加熱温度T3で加熱する際の雰囲気の露点を、-30℃超にしてもよい。
これにより、冷延鋼板の脱炭反応が促進され、冷延鋼板の最表層のC濃度を低減できる。すなわち、上述した脱炭層を形成できる。この場合、最終的に得られる亜鉛めっき鋼板は、スポット溶接部における耐抵抗溶接割れ特性が優れる。
形成される脱炭層の厚さが増して、スポット溶接部における耐抵抗溶接割れ特性がより優れるという理由から、露点は、-20℃以上が好ましく、-5℃以上がより好ましい。
露点の上限は、特に限定されない。もっとも、冷延鋼板の表面の酸化を抑制し、後述する亜鉛めっき処理によって形成される亜鉛めっき層の密着性を良好にする観点からは、露点は、40℃以下が好ましく、30℃以下がより好ましく、20℃以下が更に好ましい。
【0084】
《平均冷却速度v1:10℃/s以上》
次に、加熱温度T3で加熱された冷延鋼板を、後述する冷却停止温度T4まで冷却する。ここで、加熱温度T3から550℃までの平均冷却速度をv1とする。
平均冷却速度v1が低すぎると、冷却中にフェライト変態が起きて、焼戻しマルテンサイトおよびベイナイトの合計面積率が低下するため、所望する引張強さの確保が困難となる。このため、平均冷却速度v1は、10℃/s以上であり、11℃/s以上が好ましく、13℃/s以上がより好ましい。
平均冷却速度v1の上限は、特に限定されず、例えば、45℃/sであり、30℃/sが好ましい。
【0085】
《冷却停止温度T4:350~550℃》
冷却停止温度T4が低すぎると、焼戻しマルテンサイトおよびベイナイトの合計面積率が高くなりすぎて、残留オーステナイトの面積率が低下し、鋼板(冷延鋼板)の延性が低下して、成形性が低下する。このため、冷却停止温度T4は、350℃以上であり、370℃以上が好ましく、390℃以上がより好ましい。
一方、冷却停止温度T4が高すぎると、パーライトが生成して、残留オーステナイトの面積率が低下し、鋼板(冷延鋼板)の延性が低下し、成形性が低下する。このため、冷却停止温度T4は、550℃以下であり、530℃以下が好ましく、510℃以下がより好ましい。
【0086】
〈亜鉛めっき処理〉
次に、第1熱処理が施された冷延鋼板(以下、単に「冷延鋼板」ともいう)に、亜鉛めっき処理を施すことにより、その表面に、亜鉛めっき層を形成する。
亜鉛めっき処理としては、溶融亜鉛めっき処理または合金化溶融亜鉛めっき処理が好ましい。
亜鉛めっき処理を実施するに際しては、熱処理(第1熱処理および第2熱処理)と亜鉛めっき処理とを連続実施できるように構成された装置を用いてもよい。
【0087】
以下、亜鉛めっき処理の好適条件を説明する。
ただし、本発明の製造方法においては、後述する保持時間tおよび保持時間tが後述する条件を満たすことを要する。
【0088】
溶融亜鉛めっき処理を実施する場合、例えば、冷延鋼板を、浴温が440~500℃である亜鉛浴中に浸漬させる。その後、ガスワイピング等によって、亜鉛めっき層(溶融亜鉛めっき層)の付着量を調整することが好ましい。
亜鉛浴としては、Al含有量が0.10~0.23質量%であり、残部がZnおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する亜鉛浴が好ましい。
【0089】
合金化溶融亜鉛めっき処理を実施する場合、合金化温度が低すぎると、Zn-Fe合金化速度が過度に遅くなり、合金化が著しく困難になる場合がある。一方、合金化温度が高すぎると、未変態オーステナイトがパーライトに変態し、引張強さおよび延性が低下する場合がある。このため、合金化温度は、450~600℃が好ましく、470~550℃がより好ましく、470~530℃が更に好ましい。
【0090】
溶融亜鉛めっき鋼板(GI)および合金化溶融亜鉛めっき鋼板(GA)における亜鉛めっき層の付着量は、片面あたり20~80g/mが好ましい。
【0091】
〈第2熱処理〉
第2熱処理では、亜鉛めっき処理が施された冷延鋼板(以下、単に「冷延鋼板」ともいう)を、後述する冷却停止温度T5まで冷却した後、後述する再加熱温度T6まで再加熱し、その後、少なくとも50℃まで冷却する。この冷却(以下、「再冷却」ともいう)は、後述する平均冷却速度v2での冷却を含む。
【0092】
《冷却停止温度T5:50~350℃》
冷却停止温度T5が低すぎると、残留オーステナイトの面積率が低下して、鋼板(冷延鋼板)の延性が低下し、成形性が低下する。このため、冷却停止温度T5は、50℃以上であり、100℃以上が好ましく、120℃以上がより好ましい。
一方、冷却停止温度T5が高すぎると、直径が2.0μm以下のフレッシュマルテンサイトの面積率が高くなりすぎる。このため、冷却停止温度T5は、350℃以下が好ましく、300℃以下がより好ましい。
【0093】
なお、冷延鋼板を、冷却停止温度T5まで冷却したならば、冷却停止温度T5にて保持することなく、直ちに、後述する再加熱温度T6まで昇温してもよい。または、冷却停止温度T5にて一定時間保持してから、後述する再加熱温度T6まで昇温してもよい。
【0094】
《再加熱温度T6:冷却停止温度T5超かつ300~500℃》
再加熱温度T6は、冷却停止温度T5を超え、かつ、300~500℃の範囲内の温度である。これにより、冷却停止温度T5まで冷却した際に生成するマルテンサイトから、未変態オーステナイトへの炭素の分配が促進されて、残留オーステナイトについて、所望の面積率が得られる。
【0095】
《平均冷却速度v2:v2≦3.8[C]+2.4[Mn]+1.2[Si]》
再加熱温度T6から少なくとも50℃までの冷却(再冷却)において、(Ms点-200)℃から50℃まで下記式(1)を満たす平均冷却速度をv2とする。
本発明の製造方法においては、平均冷却速度v2が、下記式(1)を満たす。
v2≦3.8[C]+2.4[Mn]+1.2[Si]・・・(1)
上記式(1)中の[C]、[Mn]および[Si]は、それぞれ、上述した成分組成(本発明の成分組成)におけるC、MnおよびSiの含有量(単位:質量%)である。
【0096】
平均冷却速度v2が上記式(1)を満たすことにより、再冷却中に生成するマルテンサイトが自己焼き戻しされ、マルテンサイト中に微細な炭化物が生成する。その結果、最終的に得られるミクロ組織において、直径が2.0μm以下のフレッシュマルテンサイトの面積率を低くできる。
【0097】
平均冷却速度v2の下限は、特に限定されず、例えば、1℃/sであり、2℃/sが好ましい。
【0098】
なお、Ms点(単位:℃)は、下記式(3)より求める。
Ms=550-350×[C]-40×[Mn]-35×[V]-20×[Cr]-17×[Ni]-10×[Cu]-10×[Mo]-5×[W]+15×[Co]+30×[Al]・・・(3)
上記式(3)中、[X]は、上述した成分組成(本発明の成分組成)における元素Xの含有量(単位:質量%)である。
【0099】
〈保持時間tと保持時間tとの関係:1.1≦3t/t≦6.5〉
図1は、上述した第1熱処理、亜鉛めっき処理および第2熱処理の一例を示すチャート図である。図1においては、上述した加熱温度T3、冷却停止温度T4、冷却停止温度T5および再加熱温度T6が示されている。
更に、図1においては、300℃以上450℃未満の温度域T1と、450℃以上600℃以下の温度域T2とが図示されている。
【0100】
ここで、温度域T1での冷延鋼板の保持時間(滞留時間)をtとする。保持時間tは、図1中、右上から左下に向かう斜線のハッチングで示されている。
また、温度域T2での冷延鋼板の保持時間(滞留時間)をtとする。保持時間tは、図1中、左上から右下に向かう斜線のハッチングで示されている。
本発明の製造方法では、保持時間tと保持時間tとが、下記式(2)を満たす。
1.1≦3t/t≦6.5 ・・・(2)
【0101】
3t/tの値を一定値以上にすることで、ベイナイト変態が進み、残留オーステナイト中における炭素の濃縮が進み、安定性が良いアスペクト比が小さい残留オーステナイト量が増える。すなわち、アスペクト比が5.5以上の残留オーステナイトの面積率を低くできる。
具体的には、3t/tの値は、1.1以上であり、1.3以上が好ましく、1.5以上がより好ましい。
【0102】
一方、3t/tの値が高すぎると、ベイナイト変態が進み過ぎて、焼戻しマルテンサイトおよびベイナイトの合計面積率が高くなりすぎる。
このため、3t/tの値は、6.5以下であり、6.3以下が好ましく、6.1以下がより好ましい。
【0103】
温度域T1での保持時間tは、3t/tの値が上記式(2)を満たす限り、特に限定されないが、例えば、10~110秒であり、20~100秒が好ましく、30~90秒がより好ましい。
【0104】
温度域T2での保持時間tも、3t/tの値が上記式(2)を満たす限り、特に限定されないが、例えば、10~100秒であり、20~90秒が好ましく、30~80秒がより好ましい。
【0105】
上述した第1熱処理、亜鉛めっき処理および第2熱処理において、冷延鋼板を各温度(冷却停止温度T4、再加熱温度T6など)で保持する時間は、3t/tの値が上記式(2)を満たす限り、特に限定されない。
【0106】
上述した本発明の製造方法において、例えば、加熱温度や再加熱温度などの保持温度は、上述した温度範囲内であれば、一定でなくてもよい。冷却速度については、上述した速度範囲内であれば、冷却中に変化してもよい。上述した温度範囲などの条件を満たす限り、いかなる設備で熱処理が実施されてもよい。
【0107】
[部材およびその製造方法]
次に、上述した本発明の高強度亜鉛めっき鋼板を用いてなる部材(以下、「本発明の部材」ともいう)を説明する。
本発明の部材は、本発明の高強度亜鉛めっき鋼板に、成形加工および接合加工の少なくとも一方を施すことにより得られる。
成形加工としては、特に限定されず、例えば、プレス加工などの一般的な成形加工が挙げられる。
接合加工としては、特に限定されず、例えば、スポット溶接、レーザー溶接、アーク溶接などの溶接;リベット接合;かしめ接合;等が挙げられる。
成形加工および接合加工の条件については、特に限定されず、常法に従えばよい。
【実施例
【0108】
以下に、実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。ただし、本発明は、以下に説明する実施例に限定されない。
【0109】
[試験例1]
〈亜鉛めっき鋼板の製造〉
下記表1~表2に示す成分組成を有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる溶鋼を転炉で溶製し、連続鋳造法によって鋼スラブを得た。なお、下記表2は、下記表1の続きであり、下記表1~表2中の下線は、本発明の範囲外を意味する(他の表についても同様)。
得られた鋼スラブを下記表3に示す条件で熱間圧延して、熱延鋼板を得た。具体的には、鋼スラブを1250℃に加熱して、粗圧延した。次いで、仕上げ圧延終了温度900℃で仕上げ圧延を施し、下記表3に示す巻取温度で巻き取りした。
巻き取りされた熱延鋼板を、下記表3に示す圧延率で冷間圧延することにより、冷延鋼板を得た。
得られた冷延鋼板に対して、下記表3に示す条件で、第1熱処理、亜鉛めっき処理および第2熱処理を実施した。
【0110】
なお、いずれの例においても、加熱温度T3では、露点が-30℃以上の雰囲気下で冷延鋼板を100秒保持した。
また、いずれの例においても、冷延鋼板は、冷却停止温度T5まで冷却した後、冷却停止温度T5にて保持することなく、直ちに再加熱温度T6まで昇温した。
【0111】
亜鉛めっき処理では、第1熱処理後の冷延鋼板の両面に対して、溶融亜鉛めっき処理または合金化溶融亜鉛めっき処理を施して、溶融亜鉛めっき鋼板(GI)または合金化溶融亜鉛めっき鋼板(GA)を得た。
溶融亜鉛めっき浴として、GIを製造する場合は、Al:0.20質量%を含有し、残部がZnおよび不可避的不純物からなる亜鉛浴を使用し、GAを製造する場合は、Al:0.14質量%を含有し、残部がZnおよび不可避的不純物からなる亜鉛浴を使用した。
浴温は、GIおよびGAのいずれを製造する場合においても、470℃とした。
亜鉛めっき層の付着量は、GIを製造する場合は、片面あたり45~72g/mとし、GAを製造する場合は、片面あたり45g/mとした。
GAを製造する場合、合金化温度は、530℃とした。
GIの亜鉛めっき層の組成は、Fe:0.1~1.0質量%、Al:0.2~1.0質量%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる組成であった。GAの亜鉛めっき層の組成は、Fe:7~15質量%、Al:0.1~1.0質量%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる組成であった。
【0112】
以下、第2熱処理後の亜鉛めっき鋼板(溶融亜鉛めっき鋼板(GI)または合金化溶融亜鉛めっき鋼板(GA))を、単に「亜鉛めっき鋼板」ともいう。
【0113】
〈ミクロ組織の観察〉
得られた亜鉛めっき鋼板について、以下のようにして、鋼板のミクロ組織を観察した。結果を下記表4に示す。
【0114】
《焼戻しマルテンサイト、ベイナイトおよびフレッシュマルテンサイトの面積率》
得られた亜鉛めっき鋼板について、圧延方向に平行な断面(L断面)が観察面となるように、研磨した。観察面を、1体積%ナイタールを用いて腐食させてから、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて3000倍に拡大して観察した。鋼板の表面から板厚の1/4に相当する位置のL断面について、10視野分を観察し、SEM画像を取得した。
取得したSEM画像について、各組織の面積率を求め、10視野の平均面積率を、各組織の面積率とした。SEM画像の解析には、解析ソフトとして、Media Cybernetics社製のImage-Proを用いた。
【0115】
各視野のSEM画像において、暗灰色の部分を、焼戻しマルテンサイトおよびベイナイトと判定し、両者の合計面積率(単位:%)を求めた。
【0116】
同様に、各視野のSEM画像において、白または明灰色の部分を、フレッシュマルテンサイトおよび残留オーステナイトと判定した。
そこから、面心立方構造(fcc)を有する残留オーステナイトを除いた。具体的には、同じ視野のEBSD(電子線後方散乱回折)のデータを取得し、このデータに基づいてfcc組織を除き、残りの組織を、フレッシュマルテンサイトと判定した。
その後、SEM画像において、フレッシュマルテンサイトと判定した各組織の面積を求めた。求めた面積から、各フレッシュマルテンサイトの円相当直径を求め、これを、各フレッシュマルテンサイトの直径とした。このようにして、直径が2.0μm以下のフレッシュマルテンサイトの面積率(単位:%)を求めた。
【0117】
《残留オーステナイトの面積率》
観察面(板厚の1/4に相当する位置のL断面)を、X線回折法により観察した。入射X線としては、CoのKα線源を用いた。bcc鉄の(200)、(211)および(220)各面の回折強度に対する、fcc鉄(オーステナイト)の(200)、(220)および(311)各面の回折強度の比を求めた。求めた9つの比を平均化して求めた値を、残留オーステナイトの体積率とした。
求めた体積率を、残留オーステナイトの面積率(単位:%)とみなした。
【0118】
《アスペクト比が5.5以上の残留オーステナイトの面積率》
観察面(板厚の1/4に相当する位置のL断面)について、EBSDのデータ(フェーズマップデータ)を取得して、fcc組織を特定し、これを、残留オーステナイトの粒子とした。観察面における30μm×30μmの領域を1視野とし、互いに50μm以上離れた10視野について、データを取得した。
残留オーステナイトの各粒子において、最長の粒子長さを長軸長さaとし、これに垂直な方向で最も粒子を長く横切るときの粒子長さを短軸長さbとし、a/bをアスペクト比とした。複数の粒子が互いに接している場合は、およそ均等に分割し、個々の粒子とみなした。
アスペクト比(a/b)が5.5以上である残留オーステナイトの面積を求め、同じ視野の残留オーステナイト全体の面積に対する割合を求めた。求めた割合の10視野の平均値を、各鋼板における、残留オーステナイト全体に対するアスペクト比が5.5以上の残留オーステナイトの面積率(単位:%)とした。
【0119】
〈評価〉
得られた亜鉛めっき鋼板を、以下の方法により評価した。結果を下記表4に示す。
【0120】
《引張試験》
得られた亜鉛めっき鋼板から、圧延方向と90°の方向を長手方向(引張方向)とするJIS Z 2201に記載の5号試験片を採取した。採取した試験片を用いて、JIS Z 2241に準拠した引張試験を5回実施して、5回の平均値から、引張強さ(TS)および突合せ伸び(EL)を求めた。TSが1320MPa以上であれば、高強度であると評価できる。ELが10.0%以上であれば、成形性に優れると評価できる。
【0121】
《穴広げ試験》
得られた亜鉛めっき鋼板について、JIS Z 2256に準拠して、穴広げ試験を実施した。
具体的には、まず、得られた亜鉛めっき鋼板を剪断して、100mm×100mmのサイズの試験片を採取した。採取した試験片に、クリアランス12.5%で直径10mmの穴を打ち抜いた。その後、内径75mmのダイスを用いて、しわ押さえ力9ton(88.26kN)で抑えた状態で、頂角60°の円錐ポンチを穴に押し込み、亀裂発生限界における穴径D(単位:mm)を測定した。初期の穴径をD(単位:mm)として、下記式から、穴広げ率λ(単位:%)を求めた。λが20%以上であれば、成形性に優れると評価できる。
λ={(D-D)/D}×100
【0122】
《鋼板の鋼中拡散性水素量の測定》
得られた亜鉛めっき鋼板から、ルータ(精密グラインダ)を使用して亜鉛めっき層を除去した後、長さ30mm、幅5mmの試験片を採取した。採取した試験片について、昇温脱離分析法により、鋼板の鋼中拡散性水素量を測定した。昇温速度は、200℃/hrとした。室温(25℃)から210℃未満の温度域で検出された水素量の累積値を、鋼中拡散性水素量(単位:質量ppm)とした。鋼板の鋼中拡散性水素量は0.60質量ppm以下が好ましい。
【0123】
《スポット溶接部の疲労試験》
得られた亜鉛めっき鋼板を用いて、JIS Z 3138に基づいて、スポット溶接部を有する十字引張試験片を作製し、疲労試験を実施した。
まず、電極:DR6mm-40R、加圧力:4802N(490kgf)、通電時間:17cyclesの条件でスポット溶接を実施し、ナゲット径が6.5mmになるように電流値を調整して、十字引張試験片を作製した。
最小最大荷重比0.05、周波数20Hz、繰り返し数10回の条件で、荷重を負荷し、その後、5mm/minの引張速度で十字引張試験を実施した。試験片の剥離が生じなかった最大の十字引張強さから、スポット溶接部の疲労強度を評価した。
具体的には、十字引張強さが250N以上であった場合は「A」、180N以上250N未満であった場合は「B」、180N未満であった場合は「C」を下記表4に記載した。「A」または「B」であれば、スポット溶接部の疲労強度に優れると評価できる。
【0124】
【表1】
【0125】
【表2】
【0126】
【表3】
【0127】
【表4】
【0128】
〈評価結果まとめ〉
上記表1~表4に示すように、No.1~3、5~6、9、14~16、19、27および32~41の亜鉛めっき鋼板は、いずれも、引張強さが1320MPa以上であり、かつ、成形性およびスポット溶接部の疲労強度にも優れていた。
これに対して、No.4、7~8、10~13、17~18、20~26および28~31の亜鉛めっき鋼板は、引張強さ、成形性およびスポット溶接部の疲労強度の少なくともいずれかが不十分であった。
【0129】
更に、No.1~3、5~6、9、14~16、19、27および32~41の亜鉛めっき鋼板に対して、成形加工または接合加工を施して、部材を得た。
得られた部材は、いずれも、引張強さが1320MPa以上であり、かつ、成形性およびスポット溶接部の疲労強度にも優れていた。
【0130】
[試験例2]
〈亜鉛めっき鋼板の製造〉
下記表5に示す鋼記号の鋼スラブ(上記表1~表2を参照)を、下記表5に示す条件で熱間圧延して、熱延鋼板を得た。具体的には、鋼スラブを1250℃に加熱して、粗圧延した。次いで、仕上げ圧延終了温度900℃で仕上げ圧延を施し、下記表5に示す巻取温度で巻き取りした。
巻き取りされた熱延鋼板を、下記表5に示す圧延率で冷間圧延することにより、冷延鋼板を得た。
【0131】
一部の例においては、得られた冷延鋼板に対して、後述する第1熱処理を実施する前に、Fe系めっき浴を用いて、電気めっき処理を施して、Fe系めっき層を形成した。
電気めっき処理を実施した場合は「有り」を、電気めっき処理を実施しなかった場合は「-」を下記表5に記載した。形成したFe系めっき層の付着量は、下記表6に示す。
なお、電気めっき処理を実施する前に、アルカリを用いて冷延鋼板の表面を脱脂した。
Fe系めっき浴としては、1.5mol/LのFe2+イオンを含有する硫酸浴(浴温:50℃、pH:2.0)を用いた。
Fe系めっき浴中で、冷延鋼板を陰極とし、酸化イリジウム電極を陽極として、45A/dmの電流密度で、電解処理を実施した。Fe系めっき層の付着量は、通電時間を調整することによって制御した。
【0132】
得られた冷延鋼板(または、電気めっき処理が施された冷延鋼板)に対して、下記表5に示す条件で、第1熱処理、亜鉛めっき処理および第2熱処理を実施した。
【0133】
なお、いずれの例においても、加熱温度T3では、下記表5に示す露点の雰囲気下で冷延鋼板を100秒保持した。
また、いずれの例においても、冷延鋼板は、冷却停止温度T5まで冷却した後、冷却停止温度T5にて保持することなく、直ちに再加熱温度T6まで昇温した。
【0134】
亜鉛めっき処理では、第1熱処理後の冷延鋼板の両面に対して、合金化溶融亜鉛めっき処理を施して、合金化溶融亜鉛めっき鋼板(GA)を得た。
溶融亜鉛めっき浴として、Al:0.14質量%を含有し、残部がZnおよび不可避的不純物からなる亜鉛浴(浴温:470℃)を使用した。
亜鉛めっき層の付着量は、片面あたり45g/mとした。合金化温度は、530℃とした。
GAの亜鉛めっき層の組成は、Fe:7~15質量%、Al:0.1~1.0質量%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる組成であった。
【0135】
以下、第2熱処理後の亜鉛めっき鋼板(合金化溶融亜鉛めっき鋼板(GA))を、単に「亜鉛めっき鋼板」ともいう。
【0136】
〈ミクロ組織の観察〉
得られた亜鉛めっき鋼板について、上記[試験例1]と同様にして、鋼板のミクロ組織を観察した。結果を下記表6に示す。
【0137】
〈脱炭層の厚さの測定〉
得られた亜鉛めっき鋼板について、上述した方法に従って、脱炭層の厚さを測定した。結果を下記表6に示す。
【0138】
〈評価〉
得られた亜鉛めっき鋼板について、上記[試験例1]と同様に引張試験および穴広げ試験を実施して、TS、ELおよびλを求めた。
更に、上記[試験例1]と同様にして、鋼板の鋼中拡散水素量を求めた。このとき、亜鉛めっき層がFe系めっき層を有する場合は、亜鉛めっき層だけでなく、Fe系めっき層も除去してから、鋼板の鋼中拡散水素量を測定した。
更に、上記[試験例1]と同様にして、疲労試験を実施して、スポット溶接部の疲労強度を評価した。
いずれも結果を下記表6に示す。
【0139】
《スポット溶接部における耐抵抗溶接割れ特性》
得られた亜鉛めっき鋼板から試験片を切り出して、図2図4に基づいて説明した試験方法に従って、スポット溶接部における耐抵抗溶接割れ特性を評価した。
相手方試験片は、引張強さが980MPa級であり、かつ、亜鉛めっき層の付着量が50g/mである試験用合金化溶融亜鉛めっき鋼板(板厚t:1.6mm)から切り出した。
角度θを5°にした状態で、試験片と相手側試験片との板組に対して、加圧力:3.5kN、ホールドタイム:0.12秒、0.18秒または0.24秒、および、ナゲット径dが5.9mmになる溶接電流および溶接時間の条件で、抵抗溶接を実施して、溶接部を形成した。
溶接部の断面を観察し、下記基準で、溶接部における耐抵抗溶接割れ特性を評価した。
A+、AまたはBであれば、溶接部における耐抵抗溶接割れ特性に優れると判断した。結果を下記表6に示す。
A+:ホールドタイム0.12秒で0.1mm以上の長さのき裂が認められなかった。
A:ホールドタイム0.12秒で0.1mm以上の長さのき裂が認められたが、ホールドタイム0.18秒で0.1mm以上の長さのき裂が認められなかった。
B:ホールドタイム0.18秒で0.1mm以上の長さのき裂が認められたが、ホールドタイム0.24秒で0.1mm以上の長さのき裂が認められなかった。
C:ホールドタイム0.24秒で0.1mm以上の長さのき裂が認められた。
【0140】
【表5】
【0141】
【表6】
【0142】
〈評価結果まとめ〉
上記表5~表6に示すように、No.1、15および42~46の亜鉛めっき鋼板は、いずれも、引張強さが1320MPa以上であり、かつ、成形性およびスポット溶接部の疲労強度にも優れていた。
【0143】
更に、No.1、15および42~46の亜鉛めっき鋼板に対して、成形加工または接合加工を施して、部材を得た。
得られた部材は、いずれも、引張強さが1320MPa以上であり、かつ、成形性およびスポット溶接部の疲労強度にも優れていた。
【0144】
次に、鋼記号Aを用いたNo.1および42~45を対比する。
脱炭層およびFe系めっき層を有さないNo.1よりも、脱炭層を有する(ただし、Fe系めっき層を有さない)No.42~43の方が、耐抵抗溶接割れ特性が優れていた。
また、脱炭層およびFe系めっき層の両方を有するNo.45は、No.42~43よりも、更に、耐抵抗溶接割れ特性が優れていた。
なお、No.44は、脱炭層およびFe系めっき層の両方を有するが、脱炭層の厚さが小さいため、耐抵抗溶接割れ特性は、No.42~43と同等であったと推測される。
【0145】
次に、鋼記号Eを用いたNo.15および46を対比する。
脱炭層およびFe系めっき層を有さないNo.15よりも、脱炭層およびFe系めっき層の両方を有するNo.46の方が、耐抵抗溶接割れ特性が優れていた。
【0146】
No.1および42~46の亜鉛めっき鋼板に成形加工または接合加工を施して得られた部材は、耐抵抗溶接割れ特性が優れていた。
【要約】
1320MPa以上の引張強さを有し、成形性およびスポット溶接部の疲労強度にも優れる高強度亜鉛めっき鋼板を提供する。鋼板の成分組成が、質量%で、C:0.150~0.450%、Si:0.80~3.00%、Mn:2.00~4.00%、P:0.100%以下、S:0.0200%以下、Al:0.100%以下、O:0.0100%以下およびN:0.0100%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる。鋼板の鋼中拡散性水素量が0.60質量ppm以下である。焼戻しマルテンサイトおよびベイナイトの合計が60~95%、残留オーステナイトが5~30%、残留オーステナイト全体に対するアスペクト比が5.5以上の残留オーステナイトの割合が50%以下、直径が2.0μm以下のフレッシュマルテンサイトが20%以下である。
図1
図2
図3
図4