(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-03
(45)【発行日】2022-10-12
(54)【発明の名称】β-1,3-グルカンエステル誘導体の精製方法
(51)【国際特許分類】
C08B 37/00 20060101AFI20221004BHJP
【FI】
C08B37/00 C
(21)【出願番号】P 2018137716
(22)【出願日】2018-07-23
【審査請求日】2021-05-06
(73)【特許権者】
【識別番号】504163612
【氏名又は名称】株式会社LIXIL
(73)【特許権者】
【識別番号】518261054
【氏名又は名称】岩田 忠久
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100165157
【氏名又は名称】芝 哲央
(74)【代理人】
【識別番号】100126000
【氏名又は名称】岩池 満
(74)【代理人】
【識別番号】100160794
【氏名又は名称】星野 寛明
(72)【発明者】
【氏名】宇津野 さやか
(72)【発明者】
【氏名】田中 淳
(72)【発明者】
【氏名】岩田 忠久
【審査官】三木 寛
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-098095(JP,A)
【文献】特開2017-193667(JP,A)
【文献】特開2008-222931(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08B 37/00
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
β-1,3-グルカン中の水酸基の少なくとも一部を酸でエステル化して得られるβ-1,3-グルカンエステル誘導体を、該β-1,3-グルカンエステル誘導体を溶解可能な可溶液に溶解させる溶解工程と、
前記β-1,3-グルカンエステル誘導体が溶解した可溶液に対して、前記β-1,3-グルカンエステル誘導体に対する溶解性が低い不溶液を噴霧することにより、前記β-1,3-グルカンエステル誘導体を析出させる析出工程と、を有
し、
前記不溶液は、水である、β-1,3-グルカンエステル誘導体の精製方法。
【請求項2】
前記β-1,3-グルカンエステル誘導体は、カードランエステル誘導体又はパラミロンエステル誘導体である請求項1に記載のβ-1,3-グルカンエステル誘導体の精製方法。
【請求項3】
前記酸の炭素数は、1~12である請求項1又は2に記載のβ-1,3-グルカンエステル誘導体の精製方法。
【請求項4】
前記可溶液は、アルコールである請求項1から3いずれかに記載のβ-1,3-グルカンエステル誘導体の精製方法。
【請求項5】
前記アルコールは、メタノールである請求項4に記載のβ-1,3-グルカンエステル誘導体の精製方法。
【請求項6】
前記析出工程では、前記可溶液及び前記不溶液の合計量に対する前記不溶液の含有率が5~30質量%となるまで前記不溶液を噴霧する請求項1から
5いずれかに記載のβ-1,3-グルカンエステル誘導体の精製方法。
【請求項7】
前記析出工程では、流速1~3L/分で前記不溶液を噴霧する請求項1から
6いずれかに記載のβ-1,3-グルカンエステル誘導体の精製方法。
【請求項8】
前記析出工程では、前記β-1,3-グルカンエステル誘導体が溶解した可溶液の温度を20~35度の範囲に調整する請求項1から
7いずれかに記載のβ-1,3-グルカンエステル誘導体の精製方法。
【請求項9】
前記析出工程では、前記β-1,3-グルカンエステル誘導体が溶解した可溶液を、100~150rpmの撹拌速度で撹拌させながら行う請求項1から
8いずれかに記載のβ-1,3-グルカンエステル誘導体の精製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、β-1,3-グルカンエステル誘導体の精製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、β-1,3-グルコシド結合により構成されるグルカンを主鎖とする高分子中の水酸基の少なくとも一部と、カルダノール又はその誘導体とを、エステル結合等により結合させることを特徴とするβ-1,3-グルカン誘導体の製造方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。この製造方法によれば、成形性に優れたβ-1,3-グルカンエステル誘導体等が得られるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、特許文献1等の製造方法により製造されるβ-1,3-グルカンエステル誘導体の粗生成物に対しては、通常、アルコール等の可溶液に一旦溶解させた後、溶解性の低い水等を用いてβ-1,3-グルカンエステル誘導体を析出させる精製処理が行われる。しかしながら、この精製処理の際に精製物中に酸等の不純物が取り込まれ、その後の熱成形時にヤケや表面不良が発生するおそれがあった。
【0005】
また、β-1,3-グルカンエステル誘導体は分子量が大きいため、精製物が繊維状になり易い。そのため、精製処理の際に用いられる撹拌棒や撹拌羽根に精製物が巻き付いて収量が低下するうえ、精製物が巻き付いた撹拌棒や撹拌羽根の清掃性に課題があった。また、精製物が繊維状であると、その後の成形時に成形装置等への投入が困難であり、その取り扱い性に課題があった。
【0006】
本発明は上記に鑑みてなされたものであり、その目的は、不純物の取り込みを抑制でき、精製物の細粒化が可能なβ-1,3-グルカンエステル誘導体の精製方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
(1) 本発明は、β-1,3-グルカン中の水酸基の少なくとも一部を酸でエステル化して得られるβ-1,3-グルカンエステル誘導体を、該β-1,3-グルカンエステル誘導体を溶解可能な可溶液に溶解させる溶解工程と、前記β-1,3-グルカンエステル誘導体が溶解した可溶液に対して、前記β-1,3-グルカンエステル誘導体に対する溶解性が低い不溶液を噴霧することにより、前記β-1,3-グルカンエステル誘導体を析出させる析出工程と、を有するβ-1,3-グルカンエステル誘導体の精製方法を提供する。
【0008】
(2) (1)のβ-1,3-グルカンエステル誘導体の精製方法において、前記β-1,3-グルカンエステル誘導体は、カードランエステル誘導体又はパラミロンエステル誘導体であってよい。
【0009】
(3) (1)又は(2)のβ-1,3-グルカンエステル誘導体の精製方法において、前記酸の炭素数は、1~12であってよい。
【0010】
(4) (1)から(3)いずれかのβ-1,3-グルカンエステル誘導体の精製方法において、前記可溶液は、アルコールであってよい。
【0011】
(5) (4)のβ-1,3-グルカンエステル誘導体の精製方法において、前記アルコールは、メタノールであってよい。
【0012】
(6) (1)から(5)いずれかのβ-1,3-グルカンエステル誘導体の精製方法において、前記不溶液は、水であってよい。
【0013】
(7) (1)から(6)いずれかのβ-1,3-グルカンエステル誘導体の精製方法において、前記析出工程では、前記可溶液及び前記不溶液の合計量に対する前記不溶液の含有率が5~30質量%となるまで水を噴霧してよい。
【0014】
(8) (1)から(7)いずれかのβ-1,3-グルカンエステル誘導体の精製方法において、前記析出工程では、流速1~3L/分で前記不溶液を噴霧してよい。
【0015】
(9) (1)から(8)いずれかのβ-1,3-グルカンエステル誘導体の精製方法において、前記析出工程では、前記β-1,3-グルカンエステル誘導体が溶解した可溶液の温度を20~35度の範囲に調整してよい。
【0016】
(10) (1)から(9)いずれかのβ-1,3-グルカンエステル誘導体の精製方法において、前記析出工程では、前記β-1,3-グルカンエステル誘導体が溶解した可溶液を、100~150rpmの撹拌速度で撹拌させながら行ってよい。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、不純物の取り込みを抑制でき、精製物の細粒化が可能なβ-1,3-グルカンエステル誘導体の精製方法を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の一実施形態について詳しく説明する。
【0019】
本実施形態に係るβ-1,3-グルカンエステル誘導体の精製方法は、溶解工程と、析出工程と、を有し、従来に比して不純物の取り込みを抑制でき、精製物の細粒化が可能な精製方法である。以下、溶解工程及び析出工程の各工程について、詳しく説明する。
【0020】
[溶解工程]
本実施形態の溶解工程は、β-1,3-グルカン中の水酸基の少なくとも一部を酸でエステル化して得られるβ-1,3-グルカンエステル誘導体を溶解可能な可溶液に溶解させる工程である。
【0021】
本実施形態の溶解工程で用いるβ-1,3-グルカンエステル誘導体としては、カードランエステル誘導体又はパラミロンエステル誘導体であることが好ましい。カードラン及びパラミロンは、いずれも微生物由来のものであり、多糖類のβ-1,3-グルカンの1種であるため、これらをエステル化してなるエステル誘導体を用いることにより、微生物由来プラスチックの製造が可能となるためである。また、カードランエステル誘導体及びパラミロンエステル誘導体は、微生物由来のものであるにも関わらず、例えばPP(ポリプロピレン)等と同等の強度を有し、成形性に優れるためである。
【0022】
ここで、カードランは、下記化学式(1)で示される構造を有し、土壌細菌中に含まれる多糖類のβ-1,3-グルカンである。カードランは、分子量が100万程度であり、高強度である一方で流動性が悪いという特性を有する。このカードラン中の水酸基の少なくとも一部を後段で詳述する酸を用いてエステル化することにより、下記化学式(2)で示される構造を有するカードランエステル誘導体が得られる。エステル化の手法としては、従来公知の手法が採用される。
【0023】
また、パラミロンは、下記化学式(1)で示される構造を有し、ユーグレナ(ミドリムシ)中に含まれる多糖類のβ-1,3-グルカンである。パラミロンは、分子量が30万程度であり、低強度である一方で流動性が良いという特性を有する。カードランと同様に、このパラミロン中の水酸基の少なくとも一部を後段で詳述する酸を用いてエステル化することにより、下記化学式(2)で示される構造を有するパラミロンエステル誘導体が得られる。エステル化の手法としては、従来公知の手法が採用される。
【0024】
【0025】
【0026】
上記エステル化に用いる酸としては、炭素数が1~12の酸が好ましい。より好ましい酸の炭素数は、3~6である。これらの酸は、1種類を単独使用してもよいし、複数種類を併用してもよい。例えば、プロピオン酸やヘキサン酸が好ましく用いられ、これらプロピオン酸とヘキサン酸の混合物が好ましく用いられる。具体的には、プロピオン酸及びヘキサン酸の混合物(プロピオン酸:ヘキサン酸=1:1~2:1(体積比))が好ましく用いられる。なお、これらエステルの種類に応じて、後段で詳述する不溶液の含有率が適宜調整される。
【0027】
可溶液としては、上記β-1,3-グルカンエステル誘導体を可溶であればよく、例えばアルコールが好ましく用いられる。アルコールの中でも、メタノールがより好ましく用いられる。
【0028】
可溶液の温度としては、後述する析出工程での可溶液の温度との関係から、20~35度の範囲に調整されるのが好ましい。可溶液の温度がこの範囲内であれば、β-1,3-グルカンエステル誘導体を可溶液中に十分な量溶解させることが可能である。
【0029】
[析出工程]
本実施形態の析出工程は、β-1,3-グルカンエステル誘導体が溶解した可溶液に対して、β-1,3-グルカンエステル誘導体に対する溶解性が低い不溶液を噴霧することにより、β-1,3-グルカンエステル誘導体を析出(再沈殿)させる工程である。
【0030】
不溶液としては、上記β-1,3-グルカンエステル誘導体に対する溶解性が低いものであり、少なくとも上記可溶液よりもβ-1,3-グルカンエステル誘導体に対する溶解性が低いものであればよい。この不溶液は、上記可溶液の種類に応じて適宜選択される。具体的には、不溶液としては、水が好ましく用いられる。
【0031】
本実施形態の析出工程では、上記不溶液を、β-1,3-グルカンエステル誘導体が溶解した可溶液に対して噴霧することを特徴とする。即ち、本実施形態の析出工程では、β-1,3-グルカンエステル誘導体が溶解した可溶液に対して、不溶液がシャワー状に添加される。そのため、不溶液が局所的且つ瞬間的に多量に添加されることがなく、全体的に均一に徐々に不溶液が添加されることになり、β-1,3-グルカンエステル誘導体が全体的に徐々に析出する。その結果、不純物を取り込んで析出することを抑制できるとともに、精製物が繊維状となるのを抑制でき、細粒化が可能となる。
【0032】
また、上述のように全体的に均一に徐々に不溶液が添加されるため、ある程度の分子量分布の幅を有するβ-1,3-グルカンエステル誘導体のうちの低分子量成分が可溶液中に溶解したまま残存することとなる。その結果、精製物中にはβ-1,3-グルカンエステル誘導体のちの低分子量成分の一部が含まれないため、分子量分布の幅が小さい精製物が得られる。従って、本実施形態によれば、物性のバラツキが小さい精製物を得ることができる。
【0033】
本実施形態の析出工程では、噴霧する不溶液の流速を、1~3L/分とすることが好ましい。これにより、精製物をより細粒化でき、不純物の取り込みをより抑制できる。特に好ましい流速は、2L/分である。
【0034】
また、本実施形態の析出工程では、β-1,3-グルカンエステル誘導体が溶解した可溶液の温度を20~35度の範囲に調整することが好ましい。これにより、精製物をより細粒化でき、不純物の取り込みをより抑制できる。特に液温が35度を超えると、精製物の収率が低下するおそれがある。
【0035】
また、本実施形態の析出工程では、β-1,3-グルカンエステル誘導体が溶解した可溶液を撹拌しながら、上記不溶液を噴霧することが好ましい。このとき、撹拌速度を100~150rpmとすることが好ましい。これにより、精製物をより細粒化でき、不純物の取り込みをより抑制できる。
【0036】
また、本実施形態の析出工程では、可溶液及び不溶液の合計量に対する不溶液の含有率が5~30質量%となるまで上記不溶液を噴霧することが好ましい。不溶液の含有率が5質量%未満であると、精製物の収率が十分得られず、不溶液の含有率が30質量%を超えると、精製物が凝集するおそれがある。
【0037】
以上説明した本実施形態の精製方法により精製されるβ-1,3-グルカンエステル誘導体は、その後、種々の成形方法により成形される。成形方法としては、例えば、射出成形法、キャスト法、圧縮法、インフレーション法等の通常用いられる方法が適用可能である。成形品は、例えば、キッチン等の水栓カートリッジのキャップ等に用いられる他、種々の用途に適用可能である。
【0038】
なお、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良は本発明に含まれる。
【実施例】
【0039】
以下、実施例に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0040】
<実施例1>
先ず、カードラン中の水酸基の少なくとも一部を、プロピオン酸及びヘキサン酸の混合物(プロピオン酸:ヘキサン酸=1:1(体積比))を用いてエステル化したカードランエステル誘導体を準備した。次いで、準備したカードランエステル誘導体を、メタノール中に溶解させた。このとき、メタノール溶液の温度は室温に調整した。
【0041】
次いで、カードランエステル誘導体が溶解したメタノール溶液に対して、水を噴霧することにより、カードランエステル誘導体を析出(再沈殿)させた。水の噴霧は、メタノール溶液を撹拌棒で撹拌しながら、シャワーヘッドを介して流速2L/分の条件で10分間実施し、メタノール及び水の合計量に対する水の含有率が30質量%となるまで水を噴霧した。メタノール溶液の温度は室温に調整した。水を噴霧して投入していくと、一定量で白濁化して細かい固体が生成したため、これを濾過して白色の精製物を得た。
【0042】
<比較例1>
実施例1と比べて、カードランエステル誘導体が溶解したメタノール溶液に対して、水を噴霧することなく一度に所定量添加した以外は、実施例1と同様の処理を行った。
【0043】
<考察>
比較例1では、繊維状の精製物が得られ、撹拌棒への精製物の絡み付きが確認された。これに対して実施例1では、細粒化された精製物が得られ、撹拌棒への精製物の絡み付きは無かった。精製物の形状が細粒化されていることから、表面積が増えて洗浄が十分できているため、不純物の取り込みが低減され、ヤケ等の成形不良を抑制できることが確認された。従って本実施例によれば、不純物の取り込みを抑制でき、精製物の細粒化が可能なβ-1,3-グルカンエステル誘導体の精製方法を提供できることが確認された。