(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-03
(45)【発行日】2022-10-12
(54)【発明の名称】筆記具用油性インキ組成物およびそれを用いた筆記具
(51)【国際特許分類】
C09D 11/18 20060101AFI20221004BHJP
B43K 7/00 20060101ALI20221004BHJP
【FI】
C09D11/18
B43K7/00
(21)【出願番号】P 2018203488
(22)【出願日】2018-10-30
【審査請求日】2021-05-19
(73)【特許権者】
【識別番号】303022891
【氏名又は名称】株式会社パイロットコーポレーション
(72)【発明者】
【氏名】工藤 秀憲
【審査官】桜田 政美
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第107083111(CN,A)
【文献】特開2015-212020(JP,A)
【文献】特開昭55-084376(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09D 11/18
B43K 7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルと、着色剤と、有機溶剤と、を含んでなることを特徴とする、筆記具用油性インキ組成物
であって、前記ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルがラノリン脂肪酸と分岐アルコールのエステル化合物であり、前記分岐アルコールが1価のアルコールである、筆記具用油性インキ組成物。
【請求項2】
前記分岐アルコールの炭素数が3~30である、請求項1に記載の筆記具用油性インキ組成物。
【請求項3】
前記ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルの含有率が、前記インキ組成物の総質量を基準として、0.1~20質量% である、請求項1または2に記載の筆記具用油性インキ組成物。
【請求項4】
20℃、剪断速度5sec
-1におけるインキ粘度が、50000mPa・s以下である、請求項1~3のいずれか1項に記載の筆記具用油性インキ組成物。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載の筆記具用油性インキ組成物を収容してなることを特徴とする、筆記具。
【請求項6】
インキ収容筒の先端部に、ボールを回転自在に抱持したボールペンチップを有し、前記インキ収容筒内に請求項1~4のいずれか1項に記載の筆記具用油性インキ組成物を収容してなることを特徴とする、油性ボールペン。
【請求項7】
前記ボールの表面の算術平均粗さ(Ra)が0.1~12nmである、請求項6に記載の油性ボールペン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は筆記具用油性インキ組成物およびそれを用いた筆記具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ボールペンやマーキングペン等の筆記具は、筆記時に筆記先端部と被筆記面との間に生じる筆記抵抗の影響を受け、書き味が損なわれてしまい、筆跡に線とびやカスレが生じてしまうことがある。中でも、ボールペンは、ステンレス鋼などからなる金属チップと、該金属チップのボール座に抱持される超鋼などの金属からなる転写ボールと、からなるボールペンチップをインキ収容筒に装着した構成を有していることから、他の種類の筆記具と異なり、転写ボールとボール座との間の潤滑性が不足すると、筆記時のボールの回転により、ボール座が摩耗し、筆跡に線とび、カスレなどが生じ、さらに書き味が損なわれてしまうという課題も同時に持ち合わせている。
【0003】
こうした課題を解決するため、筆記先端部と被筆記面との間、さらには、ボールとボール座との間の潤滑性を向上することを目的として、様々な添加剤を用いた筆記具用油性インキ組成物が多数提案されている。(特許文献1~4)
【0004】
しかし、特許文献1~4のような添加剤を用いた場合、筆記先端部と被筆記面との間、ボールとボール座との間に生じる抵抗をある程度低減して、潤滑性を向上し、滑らかな書き味と、線とび、カスレなどが改善された筆跡を得ることはできるが、満足できるものではなく、改良の余地があった。
【0005】
また、筆記具用油性インキ組成物を用いた筆記具では、筆記先端部が大気中に暫く晒された状態にあると、インキ中の溶媒などが蒸発してしまい、着色剤や樹脂などが乾燥固化し、書き出し時に、筆跡カスレが発生してしまうという課題も有しており、この課題解決も望まれている。
特に、軸筒内に筆記先端を収容可能な出没式筆記具では、常にペン先が大気に晒されていることから、上述のような書き出し性能を考慮する必要がある。
このため、ノック式ボールペンや回転繰り出し式ボールペン等の出没式ボールペンにおいては、特に、上述のような潤滑性の向上とともに、書き出し性能をも向上させ、書き味、筆記性、さらには、書き出し性能を満足させることが必要とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平5-331403号公報
【文献】特開平7-196971号公報
【文献】特開2007-176995号公報
【文献】特開2008-88264号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、軽く滑らかな書き味を奏しつつ、線とびが改善された優れた筆跡を形成可能で、さらに、書き出し性能にも優れる筆記具用油性インキ組成物およびそれを用いた筆記具を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上記課題を解決するために、
「1.ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルと、着色剤と、有機溶剤と、を含んでなることを特徴とする、筆記具用油性インキ組成物。
2.前記分岐アルコールの炭素数が3~30である、第1項に記載の筆記具用油性インキ組成物。
3.前記ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルの含有率が、前記インキ組成物の総質量を基準として、0.1~20質量%である、第1項または第2項に記載の筆記具用油性インキ組成物。
4.20℃、剪断速度5sec-1におけるインキ粘度が、50000mPa・s以下である、第1項ないし第3項のいずれか1項に記載の筆記具用油性インキ組成物。
5.第1項ないし第4項のいずれか1項に記載の筆記具用油性インキ組成物を収容してなることを特徴とする、筆記具。
6.インキ収容筒の先端部に、ボールを回転自在に抱持したボールペンチップを有し、前記インキ収容筒内に第1項ないし第4項のいずれか1項に記載の筆記具用油性インキ組成物を収容してなることを特徴とする、油性ボールペン。」とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、筆記先端部と被筆記面との間、(ボールペンの場合には、ボールとボール座との間も含む)の潤滑性を向上し、滑らかな書き味を奏しつつ、線とびが改善された筆跡を形成可能(優れた筆記性)で、さらに、筆記先端部を大気中に放置された場合でも良好な筆跡を形成できる、書き味、筆記性、書き出し性能に優れた筆記具用油性インキ組成物およびそれを用いた筆記具を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。なお、本明細書において、配合を示す「部」、「%」、「比」などは特に断らない限り質量基準であり、含有率とは、インキ組成物の質量を基準としたときの構成成分の質量%である。
【0011】
<筆記具用油性インキ組成物>
本発明の特徴は、ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルを含んでなる筆記具用油性インキ組成物とすることである。
ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルを用いることで、筆記先端部と被筆記面との間、さらには、ボールペンチップのボールとボール座との間の潤滑性を向上することができる。このため、筆記先端部と被筆記面との間に生じる筆記抵抗が抑えられ、さらには、ボール座の摩耗が抑制されることから、滑らかな書き味を奏しつつ、線とびが改善された優れた筆跡を形成することが可能となる。
また、ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルを用いることは、筆記先端部を大気中に放置した場合に形成される筆記先端の乾燥被膜が、容易に破壊できるようになることから、筆記先端部が大気中に放置された場合でも、書き出し時の筆跡カスレが改善され、優れた書き出し性能を得ることができる。
よって、本発明のインキ組成物は、書き味、筆記性、さらには書き出し性能の全てを満足するものとなる。
【0012】
以下、本発明の筆記具用油性インキ組成物(以下、単に「インキ組成物」ともいう)における構成成分について、詳細に説明する。
【0013】
<ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステル>
本発明で用いるラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルは、ラノリン脂肪酸と分岐アルコールとのエステル化合物である。このエステル化合物の製造方法は、特に限定されないが、以下の製造方法、すなわち、ラノリン脂肪酸と分岐アルコールを無溶媒で150~260℃でエステル化反応させる方法、触媒と溶媒を用いて50~150℃でエステル化反応させる方法などがある。酸触媒等の触媒を使用する場合には、パラトルエンスルホン酸、硫酸、塩酸、メタンスルホン酸、三フッ化硼素ジエチルエーテル錯体、チタンアルコラート、固体酸触媒等の一般的な酸触触媒を用いることができる。溶媒を用いる場合には、トルエン、ヘプタン等の一般的に使用される溶剤を使用することができる。エステル化反応終了後、未精製、若しくは、減圧蒸留、水洗、水蒸気蒸留脱臭、活性炭処理等の通常の精製方法で精製することにより、目的とする本発明のエステルを得ることができる。
尚、前記ラノリン脂肪酸とは、羊の毛の表面に分泌される羊毛脂または、前記羊毛脂をろ過、脱色、脱臭、脱水、溶剤抽出、遠心分離、蒸留などの精製をして得られるラノリンを、加水分解して得られる脂肪酸である。また、ラノリン脂肪酸は、分岐脂肪酸やα-ヒドロキシ脂肪酸を含む脂肪酸である。また、前記分岐アルコールとは、分岐鎖を有するアルコールである。
【0014】
ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルは、インキ組成物に添加されると、優れた潤滑剤として働く。そして、滑らかな書き味と、線とびが改善された優れた筆跡と、優れた書き出し性能をもたらすことができる。
これは、ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルが、筆記先端(ボールペンの場合には、ボールとボール座)に吸着して潤滑層を形成し、筆記先端部と被筆記面との間、さらには、ボールとボール座との間の潤滑性を向上することができるためと考える。
よって、筆記先端部と被筆記面との筆記抵抗が抑えられ、さらに、形成される潤滑層によりボールとボール座との接触が緩和され、ボール座の摩耗が抑制される。このため、本発明のインキ組成物は、滑らかな書き味を奏しつつ、線とびが改善された優れた筆跡を形成することができる。
また、ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルは、筆記先端部の滑り性(ボールペンの場合は、ボールの回転性を含む)も向上できる。このため、本発明のインキ組成物は、書き味と筆記性を向上できることは勿論のこと、筆記先端部を大気中に放置した場合において、筆記先端に形成される乾燥被膜を容易に破壊できるようになり、書き出し時の筆跡カスレが改善され、優れた書き出し性能を得ることができる。
なお、ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルは、ラノリン脂肪酸および分岐アルコール由来の分岐鎖を有するために嵩高い構造を有しており、このため、筆記先端(ボールペンの場合には、ボールとボール座)に吸着して形成される潤滑層は、厚く安定して保つことが可能であり、よって、優れた潤滑効果をもたらすと考える。
【0015】
さらに、理由は定かではないが、ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルは、筆記先端部が大気中に放置された場合に筆記先端に形成される乾燥被膜の強度を軟化させる効果も有する。このため、本発明のインキ組成物は、例え、長時間、筆記先端部を大気中に放置し、筆記先端に乾燥被膜が形成されたとしても、該被膜は容易に破壊できるようになり、優れた書き出し性能を奏する。よって、ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルを用いることは、短時間、長時間、筆記先端部を大気中に放置したとしても、書き出し時の筆跡カスレが改善され、良好な書き出し性能が得られ、放置時間に関わらず、良好な書き出し性能を得ることができる。
特に、後述するようなポリビニルブチラール樹脂を用いた場合、このラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルの乾燥被膜の軟化効果が得られやすい。
【0016】
ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルは、前述の通り、ラノリン脂肪酸と分岐アルコールのエステル化合物であるが、書き味の向上、筆記性の向上、さらに書き出し性能の向上を考慮すると、前記分岐アルコールは、炭素数が3~30であることが好ましく、3~20であることがより好ましい。これは、分岐アルコールの炭素数が上記数値範囲内であれば、ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルの分子同士が立体的に反発して、筆記先端(ボールペンの場合には、ボールとボール座)への吸着が阻害されず、ある程度の嵩高さをもって、厚い潤滑層を形成しやいためであり、ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルの潤滑効果を十分に得やすいためである。さらに、前記分岐アルコールの炭素数が上記数値範囲内であれば、筆記先端に形成される乾燥被膜の軟化効果をも十分に得やすく、書き出し性能の向上を図りやすい。
また、油性インキ中の溶解安定性を向上し、上記効果を経時的にバランス良く得て、書き味、筆記性、さらには、ボール座の摩耗抑制、また、書き出し性能の更なる向上を考慮すると、分岐アルコールの炭素数は、3~10であることがさらに好ましく、3~5であることが特に好ましい。
また、上記効果の向上をより考慮すると、分岐アルコールは、1価のアルコールであることが好ましい。また、分岐アルコールは、脂肪族アルコールであることが好ましく、さらには、飽和脂肪族アルコールであることがより好ましい。
以上より、本発明において、ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルの分岐アルコールとしては、イソプロピルアルコール、イソブチルアルコールであることが好ましく、特には、イソブチルアルコールであることが好ましい。
【0017】
本発明における、ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルとして、具体的には、ラノリン脂肪酸とオクチルドデカノールとのエステル化合物(ラノリン脂肪酸オクチルドデシル(オクチルドデシルラノレート))、ラノリン脂肪酸とイソステアリルアルコールとのエステル化合物(ラノリン脂肪酸イソステアリル(イソステアリルラノ-レト))、ラノリン脂肪酸とイソブチルアルコールとのエステル化合物(ラノリン脂肪酸イソブチル(イソブチルラノレート))、ラノリン脂肪酸とイソプロピルアルコールとのエステル化合物(ラノリン脂肪酸イソプロピル(イソプロピルラノレート))等が挙げられる。
【0018】
また、ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルがもたらす潤滑効果および、筆記先端に形成される乾燥被膜の軟化効果を十分に得て、書き味、筆記性、書き出し性能の向上を考慮すると、ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルのけん化価は、50~200であることが好ましく、150~170であることがより好ましい。
また、ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルの酸価は、0~15であることが好ましく、0~10であることがより好ましく、2~10であることがさらに好ましい。これは、油性インキ中のラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルの他成分との親和性が良好であり、経時的に安定してインキ中に存在し、長期的に書き味、筆記性、および書き出し性能を向上しやすくなるためである。
尚、本発明における酸価は、試料1g中に含まれる酸性成分(遊離脂肪酸)を中和するのに要する水酸化カリウムのmg数で表すものとする。
【0019】
本発明における、ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルの含有率は、インキ組成物の総質量を基準として、0.1~20質量%であることが好ましく、0.5~10質量%であることがより好ましく、1~8質量%であることがさらに好しい。ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルの含有率が上記数値範囲内であれば、インキ経時安定性に影響を与えることなく、潤滑効果や筆記先端に形成される乾燥被膜の軟化効果を十分に得て、優れた書き味と、筆記性、書き出し性能が得られやすい。さらに、インキ経時安定性に優れながらも、上記効果を十分に得ることを考慮すると、3~5質量%であることが好ましい。
尚、前記ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルは、1種または2種以上の混合物として使用することが可能である。
【0020】
<有機溶剤>
本発明に用いる有機溶剤としては、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールモノブチルエーテル、エチレングリコールジメチルエーテル、エチレングリコールモノフェニルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノエチルエーテル、ジエチレングリコールジメチルエーテル、3-メトキシブタノール、3-メトキシ-3-メチルブタノール等のグリコールエーテル溶剤、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、ブチレングリコール、エチレングリコール等のグリコール溶剤、ベンジルアルコール、メタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール、イソプロパノール、イソブタノール、t-ブタノール、プロパギルアルコール、アリルアルコール、3-メチル-1-ブチン-3-オール、エチレングリコールモノメチルエーテルアセタートやその他の高級アルコール等のアルコール溶剤など、筆記具用インキとして一般的に用いられる有機溶剤が例示できる。
【0021】
これらの有機溶剤の中でも、ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルの溶解性を考慮し、非水溶性有機溶剤を用いることが好ましく、これは、インキ組成物を溶解安定させ、本発明の効果が得られやすいためである。その中でも、グリコールエーテル溶剤を用いることが好ましく、グリコールエーテル溶剤は吸湿性能を有するため、筆記先端部が乾燥したときに形成する被膜の強度を軟化させ、書き出し性能を向上しやすいためである。
また、本発明のインキ組成物は、ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルを含んでおり、グリコールエーテル溶剤を用いることは、筆記先端に形成される被膜の軟化効果が相乗的に得られやすい。この点からも、本発明においてグリコールエーテル溶剤を用いることは好適である。さらに、前記ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルの溶解性、インキの経時安定性を考慮すれば、芳香族グリコールエーテル溶剤を用いることが好ましい。
また、グリコールエーテル溶剤以外の有機溶剤については、アルコール溶剤を用いることが好ましい。これは、アルコ-ル溶剤は揮発して、筆記先端での乾燥をしやすくし、筆記先端部内(チップ先端部内)をより早く増粘させることで、筆記先端部の間隙からインキが漏れ出すことを抑制できるためである。特に、ベンジルアルコールなどの芳香族アルコ-ルは、潤滑性を向上する効果もあるため、少なくとも用いる方が好ましく、よって、本発明において、グリコールエーテル溶剤とアルコ-ル溶剤を併用することが特に好ましい。
【0022】
有機溶剤の含有率は、溶解性、また、筆跡の乾燥性やにじみ抑制等の向上を考慮すると、インキ組成物の総質量を基準として、10~90質量%であることが好ましく、さらに、筆記先端での乾燥性を考慮すれば、20~90質量%であることが好ましく、40~70質量%であることがより好ましい。
【0023】
<着色剤>
本発明に用いる着色剤は、染料、顔料等、特に限定されるものではなく、適宜選択して使用することができ、染料、顔料は併用して用いても良い。
【0024】
染料としては、油溶性染料、酸性染料、塩基性染料、含金染料などや、それらの各種造塩タイプの染料等として、酸性染料と塩基性染料との造塩染料、塩基性染料と有機酸との造塩染料、酸性染料と有機アミンとの造塩染料などの種類が挙げられる。これらの染料は、単独又は2種以上組み合わせて使用してもかまわない。
【0025】
染料について、具体的には、バリファーストブラック1802、バリファーストブラック1805、バリファーストブラック1807、バリファーストバイオレット1701、バリファーストバイオレット1704、バリファーストバイオレット1705、バリファーストブルー1601、バリファーストブルー1605、バリファーストブルー1613、バリファーストブルー1621、バリファーストブルー1631、バリファーストレッド1320、バリファーストレッド1355、バリファーストレッド1360、バリファーストイエロー1101、バリファーストイエロー1151、ニグロシンベースEXBP、ニグロシンベースEX、BASE OF BASIC DYES ROB-B、BASE OF BASIC DYES RO6G-B、BASE OF BASIC DYES VPB-B、BASE OF BASIC DYES VB-B、BASE OF BASIC DYES MVB-3(以上、オリヱント化学工業(株)製)、アイゼンスピロンブラック GMH-スペシャル、アイゼンスピロンバイオレット C-RH、アイゼンスピロンブルー GNH、アイゼンスピロンブルー 2BNH、アイゼンスピロンブルー C-RH、アイゼンスピロンレッド C-GH、アイゼンスピロンレッド C-BH、アイゼンスピロンイエロー C-GNH、アイゼンスピロンイエロー C-2GH、S.P.T.ブルー111、S.P.T.ブルーGLSH-スペシャル、S.P.T.レッド533、S.P.T.オレンジ6、S.B.N.バイオレット510、S.B.N.イエロー530、S.R.C-BH(以上、保土谷化学工業(株)製)等が挙げられる。
【0026】
また、顔料については、無機、有機、加工顔料などが挙げられるが、具体的にはカーボンブラック、アニリンブラック、群青、黄鉛、酸化チタン、酸化鉄、フタロシアニン系、アゾ系、キナクリドン系、ジケトピロロピロール系、キノフタロン系、スレン系、トリフェニルメタン系、ペリノン系、ペリレン系、ジオキサジン系、メタリック顔料、パール顔料、蛍光顔料、蓄光顔料等が挙げられる。
【0027】
本発明において、着色剤として染料を用いる場合、前記ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルとの相性による経時安定性を考慮すると、少なくとも造塩染料を用いることが好ましく、さらに造塩結合が安定していることで経時安定性を保てることを考慮すれば、塩基性染料と有機酸との造塩染料、酸性染料と塩基性染料との造塩染料、酸性染料と有機アミンとの造塩染料の中から用いることが好ましい。インキ中の成分との相溶性および、その安定性をさらに考慮すれば、塩基性染料と有機酸との造塩染料が好ましい。
さらには、造塩染料を構成する有機酸については、フェニルスルホン基を有する有機酸であれば、金属に吸着し易い潤滑膜を形成しやすいことから、ボールペンに用いた場合、特に潤滑性を向上しやすく、ボール座の摩耗抑制や書き味を良好とするため好ましい。具体的には、アルキルベンゼンスルホン酸、ナフタレンスルホン酸、ナフタレンスルホン酸-ホルムアルデヒド縮合物、アルキルジフェニルエーテルジスルホン酸、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテルリン酸が挙げられる。また、インキ中での長期安定性を考慮すれば、有機酸として、アルキルベンゼンスルホン酸を用いることが好ましい。
【0028】
また、本発明において、ボールペンチップのボールとボール座との間の潤滑性の向上を考慮すれば、顔料を用いることが好ましい。これは、ボールとボール座の隙間に顔料粒子が入り込むことで、ベアリングのような作用が働きやすく、ボールとボール座との接触を抑制することが可能であり、潤滑性を向上して、ボール座の摩耗を抑制し、書き味の向上効果が得られやすいためである。さらに、顔料を用いることは、耐水性、耐光性に優れ、良好な発色を有するインキ組成物を得ることができるという点からも、好適である。
【0029】
着色剤の含有率は、インキ組成物の総質量を基準として、5~30質量%であることが好ましい。これは、5質量%以上であれば、濃く、発色良好な筆跡が得られすい傾向があり、30質量%以下であれば、インキ中での溶解性や分散性に影響を与え難い傾向にあるためであり、その傾向をより考慮すれば、7~25質量%が好ましく、さらに考慮すれば、10~20質量%がより好ましい。
【0030】
また、本発明のインキ組成物は、コハク酸エステルまたは脂肪酸を更に含んでなることが好ましい。
【0031】
<コハク酸エステル>
コハク酸エステルは、構造内に(ジ)エステル(-COOX、X:官能基)を少なくとも有しており、(ジ)エステルのカルボニル基が筆記先端(ボールペンの場合、ボールとボール座)に吸着し、潤滑層を形成するものである。特に、筆記先端が金属類である場合、潤滑層を形成しやすい。よって、コハク酸エステルを更に含んでなることで、前記ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルが形成する潤滑層との相乗効果により、筆記先端部と被筆記面、さらには、ボールとボール座との間の潤滑性が向上し、また、筆記先端部の滑り性(ボールペンの場合は、ボールの回転性を含む)をも向上することができる。このため、軽く滑らかな書き味を奏しつつ、筆記先端部が大気中に放置された場合においても、筆記先端部に形成される乾燥被膜を、さらに容易に破壊することが可能となり、書き出し性能、特に短時間放置した場合の書き出し性能(短時間書き出し性能)を向上することができる。
【0032】
また、コハク酸エステルは、アルケニル基またはアルキル基などを有するものを用いることが好ましく、本発明のインキ組成物をボールペンに用いる場合、特に、効果的である。これは、アルケニル基、アルキル基が、ボールとボール座との間でクッション作用をもたらし、金属接触を緩和し、潤滑効果が得られやすいためである。特には、アルケニル基を有するアルケニルコハク酸エステルを用いることが好ましいが、これは、アルケニル基は二重結合を有するため、アルキル基よりもボールによる強い剪断力によっても、構造が安定しており、効果が得られやすいためである。なお、前記アルケニル基またはアルキル基については、直鎖構造のもの、分岐鎖を有する構造のもの、また、炭素数が30以下のものなどが挙げられる。
【0033】
コハク酸エステルの具体例としては、(化1)のような構造が挙げられるが、前記ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルとの相性が良好で、潤滑効果が効果的に得られやすく、特に、書き出し性能を向上させやすい、(化1)のようなコハク酸エステルを用いることが、本発明においては、好ましい。
【0034】
【0035】
また、コハク酸エステルの含有率は、インキ組成物の総質量を基準として、0.1~5質量%であることが好ましい。これは、0.1質量%以上であれば、潤滑効果を十分に得て、書き味、書き出し性能の向上効果が得られやすく、5質量%以下であれば、インキ経時安定性に対する影響を抑制しやすいためである。より書き出し性能を考慮すれば、0.2~2.5質量%が好ましく、さらに、インキ経時安定性を考慮すれば、0.2~1.5質量%が好ましい。
【0036】
なお、本発明において、コハク酸エステルを用いる場合、鉱油を併用することが好ましい。これは、理由は定かではないが、鉱油が存在することで、コハク酸エステルが安定した状態を保ちやすく、上記のようなコハク酸エステルの潤滑効果などを継続して得られやすいためである。また、鉱油については、予めコハク酸エステルと混合させた混合物で用いても良く、各々、インキ組成物中に添加しても良い。
【0037】
鉱油の含有率は、インキ組成物の総質量を基準として、0.01~5質量%であることが好ましく、0.1~2質量%であることがより好ましく、0.1~1質量%であることが特に好ましい。これは、鉱油の含有率が上記数値範囲内であると、コハク酸エステルがもたらす効果を継続して得られやすくなり、優れた書き味、書き出し性能が経時的に安定して得られやすいためである。
【0038】
<脂肪酸>
脂肪酸は、脂肪酸が有するカルボキシル基により筆記先端(ボールペンの場合、ボールとボール座)に吸着して、優れた吸着層を形成する。特に、筆記先端が金属類の場合に吸着層を形成しやすい。よって、本発明において、脂肪酸を更に用いることは、前記ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルが形成する潤滑層との相互作用により、筆記先端部と被筆記面、さらには、ボールとボール座との間の潤滑性をより向上することが可能となり、さらには、筆記先端部の滑り性(ボールペンの場合は、ボールの回転性を含む)をも向上することもできる。よって、軽く滑らかな書き味を奏しつつ、筆記先端部が大気中に放置された場合に形成される乾燥被膜はさらに容易に破壊可能となり、書き出し性能(短時間書き出し性能)を向上することができる。さらには、脂肪酸は、前記ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルと同様、長時間、筆記先端部を大気中に放置した場合に形成される被膜を柔らかくする効果も併せ持つため、書き出し性能(長時間書き出し性能)をも、さらに向上することができる。
【0039】
特に、本発明においては、コハク酸エステルおよび脂肪酸を更に含んでなることが好ましい。これは、コハク酸エステルによって形成される潤滑層と、脂肪酸によって形成される吸着層による相互作用によって、より一層大きな潤滑効果が得られるためである。特に、ボールペンに用いた場合、ボールとボール座の間の潤滑性を一層向上することが可能であり、ボール座の摩耗を効果的に抑制し、さらに、ボールの回転性を向上できる。
また、コハク酸エステルおよび脂肪酸を用いることは、短時間または長時間放置した場合でも、書き出しから良好な筆跡がさらに得られやすく、放置時間に関わらず、書き出し性能を向上することができる。
以上より、ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステル、コハク酸エステル、脂肪酸の3成分を用いることは、より一層、軽く滑らかな書き味を奏しつつ、線とびのない良好な筆跡が得られ、短時間、長期間ともに書き出し性能を向上できる。よって、本発明において、コハク酸エステルおよび脂肪酸を更に含んでなることは、特段の効果が得られ、好ましい。
【0040】
なお、脂肪酸の炭素数は10~30であることが好ましく、炭素数が14~22であることが好ましく、炭素数が16~20であることが好ましい。脂肪酸の炭素数が上記数値範囲内であれば、油性インキ中で溶解安定し、金属類であるボールとボール座に吸着しやすい吸着層を形成しやすく、ボールとボール座の間の潤滑性を保ちやすい。これは、アルキル基の炭素数が、過度に多すぎると、分子同士が立体的に反発するおそれがあり、金属表面への吸着を阻害し、潤滑性を損なう可能性が高くなる傾向にあるためと考える。
【0041】
また、脂肪酸は、アルキル基が直鎖構造のもの、分岐鎖を有する構造のものがあるが、アルキル基が分岐鎖を有する脂肪酸であることが好ましい。これは、ボールペンチップのボールやボール座の金属表面に吸着した前記分岐鎖を有するアルキル鎖が嵩高い構造を有することで、該金属表面を覆う面積が多くなり、金属接触を緩和し、潤滑性を向上しやすくし、さらに、前記ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルも分岐鎖を有することから、相互作用による潤滑効果のより一層の向上が得られやすいためである。
特に、コハク酸エステルと併用する場合、この効果向上が得られやすく、ボール座の摩耗の抑制と、書き味を向上しやすい。
より、潤滑性の向上を考慮すると、イソパルミチン酸(炭素数16)、イソステアリン酸(炭素数18)、イソアラキン酸(炭素数20)の中から1種以上選択することが好ましく、特に、潤滑性を向上しやすいバランスのとれた嵩高い構造を有することで、潤滑性が向上しやすい、イソステアリン酸(炭素数18)、イソアラキン酸(炭素数20)を用いることが好ましく、より考慮すれば、イソステアリン酸(炭素数18)を用いることが最も好ましい。
【0042】
また、脂肪酸の中でも、書き出し性能、特に長時間書き出し性能の向上を考慮すると、分岐鎖を有する脂肪酸が好ましく、特にイソパルミチン酸(炭素数16)、イソステアリン酸(炭素数18)、イソアラキン酸(炭素数20)が好ましい。これは、イソパルミチル基、イソステアリル基、イソアラキジル基を有すると、筆記先端部で形成される被膜を柔らかくする効果が高く、また、さらに、前記ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルも分岐鎖を有することから、相互作用により被膜の軟化効果の向上が得られやすいためと考える。さらに、長時間書き出し性能の向上を考慮すれば、イソステアリン酸(炭素数18)、イソアラキン酸(炭素数20)を用いることがより好ましく、イソステアリン酸(炭素数18)を用いることが特に好ましい。特に、ノック式や回転繰り出し式などの出没式筆記具は、キャップ式筆記具とは異なり、常時、筆記先端部が大気中に露出した状態であり、書き出し性能、特に長時間書き出し性能を考慮する必要があることから、上記脂肪酸を用いることは好適であり、効果的である。
【0043】
脂肪酸については、具体的には、カプリル酸、カプリン酸、ラウリン酸、アラキン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、ミリスチン酸、イソアラキン酸、イソパルミチン酸、イソステアリン酸、イソミリスチン酸などが挙げられる。
【0044】
脂肪酸の含有率は、インキ組成物の総質量を基準として、0.1~10質量%であることが好ましい。0.1質量%以上であれば、脂肪酸がもたらす効果を得られやすく、書き味および書き出し性能を向上させやすいためであり、10質量%以下であれば、インキ経時安定性に影響を及ぼしにくいためである。上記性能の向上、およびインキ経時安定性の向上を考慮すれば、0.5~7質量%であることがより好ましく、1~5質量%であることが特に好ましい。
【0045】
また、前述の通り、本発明は、コハク酸エステルおよび脂肪酸を更に含んでなることが好ましいが、この場合、前記ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルの含有量に対する、脂肪酸とコハク酸エステルの総含有量の比((コハク酸エステル+脂肪酸)/ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステル)が、質量基準で0.1~3倍とすることが好ましく、0.8~1.5倍とすることがより好ましい。これは、上記範囲内であると、書き味、筆記性、さらには、ボール座の摩耗抑制をバランス良く向上することが可能なためである。
【0046】
<樹脂>
また、本発明において、樹脂をインキ粘度調整剤などとして、更に含んでなることが好ましい。本発明において、好ましく用いられる樹脂としては、ポリビニルブチラール樹脂、ケトン樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリビニルアルコール樹脂、セルロース樹脂、テルペン樹脂、アルキッド樹脂、フェノキシ樹脂、ポリ酢酸ビニル樹脂などが挙げられるが、その中でも、ポリビニルブチラール樹脂またはケトン樹脂を用いることが好ましい。
【0047】
中でも、本発明においては、ポリビニルブチラール樹脂を用いることが好ましい。
これは、ポリビニルブチラ-ル樹脂も、高い潤滑効果が得られる潤滑層を形成しやすいものであり、さらには、前記ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルが形成する潤滑層との相乗効果により、さらに高い潤滑効果が得られ、書き味をより一層向上できるためである。特に、ボールペンに用いる場合に効果的であり、ボールとボール座との間に、弾力性を有するインキ層を形成し、ボールとボール座との間の直接接触を抑制して、書き味をより一層向上できる。
さらに、ポリビニルブチラール樹脂を用いることは、筆記先端に形成される被膜が、筆記先端からインキ漏れすることを抑制しやすくなり、この点からも効果的である。
また、前述の通り、前記ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルは筆記先端に形成される乾燥被膜を軟化させ、書き出し性能を向上させることができるが、この被膜の軟化効果は、ポリビニルブチラール樹脂を用いた場合、特に効果的に得られる。よって、本発明において、ポリビニルブチラール樹脂を用いることは、書き出し性能をも、より一層向上できることからも効果的である。
よって、本発明において、ポリビニルブチラール樹脂は、インキ漏れを抑制し、さらに、書き味、書き出し性能の向上が可能であるため、好適に用いられる。また、着色剤として顔料を用いる場合には、ポリビニルブチラール樹脂を用いることは、顔料分散効果も得られることからも、効果的である。
なお、ポリビニルブチラール樹脂は、ポリビニルアルコール(PVA)をブチルアルデヒド(BA)と反応させたものであり、ブチラール基、アセチル基、水酸基を有した構造である。
【0048】
また、ポリビニルブチラール樹脂は、水酸基量25mol%以上とすることが好ましい。これは、水酸基量25mol%以上のポリビニルブチラール樹脂であれば、有機溶剤への溶解性が良好で、十分な潤滑効果やインキ漏れ抑制効果が得られやすいためである。また、吸湿性による被膜の軟化効果による書き出し性能の向上という点からも、水酸基量25mol%以上のポリビニルブチラール樹脂を用いることが好ましい。
さらに、水酸基量30mol%以上のポリビニルブチラール樹脂を用いることは、書き味が向上しやすくなるため、好ましく、特に、ボールペンに用いる場合、効果的である。これは、筆記時において、ボールの回転により摩擦熱が発生することで、ボールペンチップ先端部のインキが温められて、該インキの温度が高くなるが、前記ポリビニルブチラール樹脂を用いた場合、他の樹脂に比べ、インキ温度が上昇しても、インキ粘度が下がりづらい傾向にあることから、ボールとボール座との間に常に弾力性があるインキ層が形成され、ボールとボール座の直接接触が抑制され、書き味を向上しやすい傾向があるためと考える。また、前記水酸基量40mol%を越えるポリビニルブチラール樹脂を用いると、吸湿量が多くなりやすく、インキ成分との経時安定性に影響が出やすいため、水酸基量40mol%以下のポリビニルブチラール樹脂を用いることが好ましい。よって、本発明において、水酸基量30~40mol%のポリビニルブチラール樹脂を用いることがより好ましく、さらには、水酸基量30~36mol%であるポリビニルブチラール樹脂を用いることが好ましい。
なお、前記ポリビニルブチラール樹脂の水酸基量(mol%)とは、ブチラール基(mol%)、アセチル基(mol%)、水酸基(mol%)の 全mol量に対して、水酸基(mol%)の含有率を示すものである。
【0049】
また、ポリビニルブチラール樹脂の平均重合度は、200~2500が好ましい。これは、平均重合度が200以上であると、インキ漏れ抑制性能が向上しやすく、また、前記平均重合度は2500以下であれば、インキ粘度の上昇を抑え、良好な書き味が得られやすい傾向にあるためである。さらに、上記効果の向上を考慮すれば、ポリビニルブチラール樹脂の平均重合度は1500以下が好ましく、前記ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルとの相乗効果による潤滑性の向上を考慮すれば、前記平均重合度は、200~1000が好ましい。ここで、平均重合度とは、ポリビニルブチラール樹脂の1分子を構成している基本単位の数をいい、JISK6728(2001年度版)に規定された方法に基づいて測定された値を採用可能である。
【0050】
ポリビニルブチラール樹脂の含有率は、インキ組成物中の樹脂の総質量に対して70%以上とし、主たる樹脂として用いることが好ましい。これは、ポリビニルブチラール樹脂の含有率がインキ組成物中の樹脂の総質量に対し、70%未満となると、その他の樹脂によって、弾力性があるインキ層をボールとボール座の間に形成することが阻害されやすく、書き味の向上効果が得られ難くなり、さらに、筆記先端部の樹脂被膜形成も阻害されやすくなって、インキ漏れを抑制し難くなるためである。また、書き味やインキ漏れ抑制効果の更なる向上を考慮すれば、ポリビニルブチラール樹脂の含有率は、インキ組成物中の樹脂の総質量に対して90%以上となることが好ましい。
【0051】
ポリビニルブチラール樹脂の含有率は、インキ組成物の総質量を基準として、1~40質量%であることが好ましい。1質量%以上であれば、所望の潤滑効果およびインキ漏れ抑制効果が十分に得られやすく、40質量%以下であればインキ中での溶解性が安定しているため、ポリビニルブチラール樹脂がもたらす効果を得やすいためである。さらに、上記効果の向上を考慮すれば、3質量%以上であることが好ましく、また、30質量%を越えると、インキ粘度が高くなりすぎて書き味に影響を及ぼす傾向にあるため、3~30質量%であることが好ましく、より考慮すれば、3~25質量%が好ましく、3~15質量%であることがより好ましく、3~8質量%であることがさらに好ましい。
【0052】
本発明において、潤滑性の向上や、筆記先端部を大気中に放置し、筆記先端部が乾燥したときの書き出し性能の更なる向上を考慮すると、界面活性剤を更に含んでなることが好ましい。前記界面活性剤としては、シリコーン系界面活性剤、フッ素系界面活性剤、リン酸エステル系界面活性剤などが挙げられる。その中でも、潤滑性の向上および書き出し性能の向上を考慮すれば、シリコーン系界面活性剤、リン酸エステル系界面活性剤の中から1種以上を用いることが好ましい。
【0053】
また、本発明では、インキ中でのインキ成分の安定性を考慮すれば、有機アミンを用いることが好ましい。オキシエチレンアルキルアミン、ポリオキシエチレンアルキルアミン等のエチレンオキシドを有するアミンや、ラウリルアミン、ステアリルアミン等のアルキルアミンや、ジステアリルアミン、ジメチルラウリルアミン、ジメチルステアリルアミン、ジメチルオクチルアミン等のジメチルアルキルアミン等の脂肪族アミンが挙げられ、その中でも、インキ中での安定性を考慮すれば、エチレンオキシドを有するアミン、ジメチルアルキルアミンが好ましく、さらに考慮すれば、ジメチルアルキルアミンが好ましい。
【0054】
また、その他添加剤として、脂肪酸アマイド、水添ヒマシ油などの擬塑性付与剤を、また、着色剤安定剤、可塑剤、キレート剤、水などを適宜用いても良い。これらは、単独又は2種以上組み合わせて使用してもかまわない。
【0055】
本発明の筆記具用油性インキ組成物のインキ粘度は、特に限定されるものではないが、20℃、剪断速度5sec-1(静止時)におけるインキ粘度が50000mPa・sを越えると、書き出し性能や書き味が劣りやすいため、20℃、剪断速度5sec-1(静止時)におけるインキ粘度は、50000mPa・s以下であることが好ましい。また、20℃、剪断速度5sec-1(静止時)におけるインキ粘度が2000mPa・s未満だと、インキ漏れを抑制しにくいため、2000mPa・s以上とすることが好ましい。インキ漏れ抑制、書き味、インキ追従性能、書き出し性能をより向上することを考慮すれば、前記インキ粘度は2000~35000mPa・sがより好ましく、さらに、書き味、書き出し性能の向上をより考慮すれば、3000~20000mPa・sが好ましい。
【0056】
<筆記具>
本発明による筆記具用油性インキ組成物は、各種の筆記具に適用することができるが、特にボールペン、さらにはノック式や回転繰り出し式などの出没式ボールペンに好適に用いられる。このようなボールペンは、インキ組成物を収容した収容筒と、その収容筒の先端に配置された、ボール抱持室にボールを回転自在に抱持したボールペンチップとを具備したものであり、そのボールペンチップを軸筒の先端開口部から出没可能である、一般的に出没式ボールペンと呼ばれる構造を有するものである。一般的に、このような、ペン先が密閉されない出没式ボールペンにインキ組成物を用いた場合、チップ先端部が定常的に大気中に放置されるため、チップ先端部が乾燥し、書き出し時に筆跡カスレなどが生じやすいという課題を有している。しかし、本発明によるインキ組成物を用いることは、上述のような問題が改善されるため、本発明のインキ組成物を、出没式ボールペンに用いることは効果的である。
【0057】
<ボールペンチップ>
また、本発明で用いるボールペンチップのボール表面の算術平均粗さ(Ra)は、0.1~12nmとすることが好ましい。これは、ボール表面の算術平均粗さ(Ra)が0.1nm未満だと、ボール表面に十分にインキが載りづらく、筆記時に濃い筆跡が得られづらく、筆跡に線とび、カスレが発生しやすく、算術平均粗さ(Ra)が12nmを越えると、ボール表面が粗すぎて、ボールとボール座の回転抵抗が大きいため、書き味が劣りやすく、さらに、筆跡にカスレ、線とびなどの筆記性能に影響が出やすくなるためである。また、ボール表面の算術平均粗さ(Ra)が0.1~10nmであると、本発明のようなインキ組成物を用いた場合、ボール表面にインキが載りやすいためより好ましく、より書き味を考慮すれば、2~8nmであることが好ましい。
なお、表面粗さの測定は(セイコーエプソン社製の機種名SPI3800N)で求めることができる。
【0058】
また、ボールに用いる材料は、特に限定されるものではない。例えば、タングステンカーバイドを主成分とする超硬合金ボール、ステンレス鋼などの金属ボール、炭化珪素、窒化珪素、アルミナ、シリカ、ジルコニアなどのセラミックスボール、ルビーボールなどが挙げられる。
【0059】
また、ボ-ルペンチップの材料は、ステンレス鋼、洋白、ブラス(黄銅)、アルミニウム青銅、アルミニウムなどの金属材、ポリカーボネート、ポリアセタール、ABSなどの樹脂材が挙げられるが、ボール座の摩耗、経時安定性を考慮するとステンレス製のボールペンチップとすることが好ましい。
【0060】
(実施例)
以下、本発明を実施例により、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら
実施例に限定されるものではない。
【0061】
<実施例1>
予め有機溶剤、顔料、顔料分散剤を添加し、3本ロール分散機で分散させて、顔料分散体を作製し、その後、作製した顔料分散体、染料、有機溶剤、ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステル、ポリビニルピロリドン、ポリビニルブチラール樹脂を所定量秤量して、60℃に加温した後、ディスパー攪拌機を用いて完全溶解させ、実施例1の筆記具用油性インキ組成物を得た。具体的な配合量は下記の通りである。
尚、ブルックフィールド株式会社製粘度計 ビスコメーターRVDVII+Pro CP-52スピンドルを使用して20℃の環境下で剪断速度5sec-1(回転数2.5rpm)にて実施例1のインキ粘度を測定したところ、3000mPa・sであった。
【0062】
・着色剤(染料A:塩基性染料とアルキルベンゼンスルホン酸との造塩染料) 12.0質量%
・着色剤(染料B:アミンと酸性染料との造塩染料) 2.0質量%
・着色剤(顔料分散体(顔料分20%)) 20.0質量%
・ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステル(イソブチルラノレート) 4.0質量%
・ポリビニルブチラール樹脂 6.0質量%
・アルコール溶剤(ベンジルアルコール) 28.1質量%
・グリコールエーテル溶剤(エチレングリコールモノフェニルエーテル)27.1質量%
・ポリビニルピロリドン 0.8質量%
【0063】
<実施例2~14>
実施例1に対して、配合する成分の種類や添加量を表に示した通りに変更した以外は、実施例1と同じ方法で、実施例2~14の筆記具用油性インキ組成物を得た。
【0064】
<比較例1~2>
実施例1に対して、配合する成分の種類や添加量を表に示した通りに変更した以外は、実施例1と同じ方法で、比較例1~2の筆記具用油性インキ組成物を得た。
【0065】
【0066】
【0067】
<試験および評価>
得られたインキ組成物を以下の通りの方法で、試験および評価した。得られた結果は、表1および表2の通りである。
【0068】
実施例1~14および比較例1~2で作製した筆記具用油性インキ組成物(0.2g)を、超硬合金製ボール(φ1.0mm、ボール表面の算術平均粗さ(Ra):7nm)を回転自在に抱時したボールペンチップ(ステンレス製)を先端に有するインキ収容筒の内部に充填させたレフィルを作製し、このレフィルを(株)パイロットコーポレーション製の油性ボールペン(商品名:スーパーグリップ(登録商標))に配設して、ボールペンを得た。得られたボールペンを試験用ボールペンとし、筆記試験用紙として筆記用紙JIS P3201を用いて以下の試験および評価を行った。
【0069】
(書き味)
試験用ボールペンを用いて、手書きによる筆感を、官能試験により下記基準に従って評価した。
A++:非常に滑らかなもの
A+:滑らかであるもの
A:やや滑らかであるもの
B:やや重さを感じる部分もあるが、実用上問題のない滑らかさであるもの
C:重いもの
【0070】
(短時間書き出し性能試験)
試験用ボールペンのチップ先端部を出したまま20℃、65%RHの環境下に30分放置し、その後、走行試験で下記筆記条件にて筆記し、書き出しにおける筆跡カスレの長さを測定し、下記基準に従って評価した。
<筆記条件>筆記荷重70gf、筆記角度70°、筆記速度4m/minの条件で、走行試験機にて直線書きを行い評価した。
A++:筆跡カスレの長さが、2.5mm未満であるもの
A+:筆跡カスレの長さが、2.5mm以上15mm未満であるもの
A:筆跡カスレの長さが、15mm以上、30mm未満であるもの
B:筆跡カスレの長さが、30mm以上、50mm未満であるもの
C:筆跡カスレの長さが、50mm以上であるもの
【0071】
(長時間書き出し性能試験)
試験用ボールペンのチップ先端部を出したまま20℃、65%RHの環境下に24時間放置し、その後、走行試験で下記筆記条件にて筆記し、書き出しにおける筆跡カスレの長さを測定し、下記基準に従って評価した。
<筆記条件>筆記荷重200gf、筆記角度70°、筆記速度4m/minの条件で、走行試験機にて直線書きを行い評価した。
A++:筆跡カスレの長さが、2.5mm未満であるもの
A+:筆跡カスレの長さが、2.5mm以上10mm未満であるもの
A:筆跡カスレの長さが、10mm以上、15mm未満であるもの
B:筆跡カスレの長さが、15mm以上、25mm未満であるもの
C:筆跡カスレの長さが、25mm以上であるもの
【0072】
(筆記性試験)
試験用ボールペンを用いて、荷重200gf、筆記角度70°、4m/minの走行試験機にて、100m筆記試験後の得られた筆跡を観察し、下記基準に従って評価した。
A+:筆跡に線とびがなく、良好なもの
A:筆跡に線とびが若干あるが、良好なもの
B:筆跡に線とびがあるが、実用上問題のないもの
C:筆跡に線とびが多く、実用上懸念があるもの
【0073】
(耐摩耗性試験(ボール座の摩耗試験))
試験用ボールペンを用いて、荷重200gf、筆記角度70°、4m/minの走行試験機にて、筆記試験後のボール座の摩耗量を測定し、下記基準に従って評価した。
A++:ボール座の摩耗が3μm未満のもの
A+:ボール座の摩耗が3μm以上、5μm未満のもの
A:ボール座の摩耗が5μm以上、10μm未満であるもの
B:ボール座の摩耗が10μm以上、20μm未満であるが、筆記可能であるもの
C:ボール座の摩耗がひどく、筆記不良になってしまうのもの
【0074】
実施例1~14では、書き味、短時間・長時間書き出し性能試験、筆記性試験、耐摩耗性試験(ボール座の摩耗試験)すべてにおいて、良好レベルのものであった。
【0075】
また、比較例1~2では、ラノリン脂肪酸の分岐アルコールエステルを用いなかったため、書き味、短時間・長時間書き出し性能、筆記性、耐摩耗性のすべてを満足するインキ組成物ではなかった。
【0076】
また、ノック式油性ボールペンや回転繰り出し式油性ボールペン等の出没式油性ボールペンを用いた場合では、書き出し性能は重要な性能の1つであるが、本発明のようなインキ組成物を用いることは、効果的であることが確認できた。
【0077】
また、本実施例では、インキ収容筒内に筆記具用油性インキ組成物を収容したレフィルを軸筒内に配設した油性ボールペンを例示したが、本発明の油性ボールペンは、軸筒自体をインキ収容筒とし、軸筒内に、インキ組成物を直に収容した直詰め式のボールペンとした筆記具であっても良く、インキ収容筒内に筆記具用油性インキ組成物を収容したもの(ボールペンレフィル)をそのままボールペンとして使用した構造であっても良い。
【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明は、筆記具用油性インキ組成物として利用でき、さらに詳細としては、該筆記具用油性インキ組成物を充填した、キャップ式、ノック式等の筆記具としても広く利用することができる。