(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-03
(45)【発行日】2022-10-12
(54)【発明の名称】鏡面仕上げ性に優れた金型用鋼
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20221004BHJP
C22C 38/46 20060101ALI20221004BHJP
C21D 9/00 20060101ALN20221004BHJP
【FI】
C22C38/00 302E
C22C38/46
C21D9/00 M
(21)【出願番号】P 2021182890
(22)【出願日】2021-11-09
【審査請求日】2021-11-10
【早期審査対象出願】
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000231165
【氏名又は名称】日本高周波鋼業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100090158
【氏名又は名称】藤巻 正憲
(72)【発明者】
【氏名】尾上 貴弘
(72)【発明者】
【氏名】梶原 泰樹
(72)【発明者】
【氏名】上田 直樹
【審査官】宮脇 直也
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-168850(JP,A)
【文献】特開2015-045071(JP,A)
【文献】特開2007-009321(JP,A)
【文献】特開平08-100223(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.20~0.50質量%、
Si:0.10~1.50質量%、
Mn:0.10~0.70質量%、
Cr:10.5~20.0質量%、
Ni:1.00質量%以下、
Mo:0.05~1.00質量%、
V:0.01~1.00質量%
を含有し、
残部Fe及び不可避的不純物からなる組成を有し、
前記不可避的不純物のうち、下記成分は、
Al:0.007~0.035質量%、
S:0.0020質量%以下、
O:0.0015質量%以下、
Ca:0.0020質量%以下、
Mg:0.0020質量%以下
に規制され、
鋼材断面において、円相当径
8.0μm以上の非金属介在物の面積率は0.00016%以下であり、
円相当径が
5.0μm以上の非金属介在物であって、Al、Mg及びCaからなる群から選択されたいずれかの成分を2質量%以上含有するものが、
[Ca]、[Mg]、[Al]を夫々Ca、Mg、Alの含有量(質量%)とし、X=[Ca]/([Mg]+[Al])としたとき、
X値が0.3未満の介在物の個数密度が0.60個/100mm
2以上かつ
8.0個/100mm
2未満であると共に、
X値が0.3以上の介在物の個数密度が
3.0個/100mm
2未満であることを特徴とする鏡面仕上げ性に優れた金型用鋼。
【請求項2】
更に、Wを、Mo+1/2W:0.05~1.00質量%の範囲で含有することを特徴とする請求項1に記載の鏡面仕上げ性に優れた金型用鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超鏡面のプラスチック製品を成形するための超鏡面仕上げ加工に適した鏡面仕上げ加工用金型用鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の電子機器又は生活用品の容器及びレンズ等に使用されるプラスチック製品は、表面が鏡面であることと、強度が高いこと等が要求される。そのため、このような高鏡面プラスチック製品を成形するための金型には、金型自体の表面の鏡面性が高いこと、耐摩耗性が優れていること、及び耐食性が優れていること等が求められる。このような要請に応える金属材料として、従来、SUS420系鋼等のマルテンサイトステンレス鋼が使用されている。
【0003】
しかしながら、近時、プラスチック製品に求められる鏡面性は、更に高まっており、同時に、金型表面の仕上げ番手は#8000の高鏡面から、#14000の超鏡面へと変化しつつある。このため、金型用鋼にも、超鏡面のプラスチック製品の成形用金型として、鏡面仕上げ性を一層高めた金型用鋼の開発が望まれている。
【0004】
特許文献1には、Zr添加により介在物組成を制御したプラスチック成形金型用鋼が開示されている。この金型用鋼においては、溶解鋼中の酸化物を浮上させ、酸化物の浮上面を観察したときの全酸化物に占めるZrO2の割合を95面積%以上に制御している。特許文献2には、炭窒化物の個数密度と大きさを制御することにより、鏡面性を高めた高耐食性プラスチック成形金型用鋼が開示されている。特許文献3には、炭化物の大きさ及び炭化物間距離を制御すると共に、炭化物密集帯の面積が1000μm2以上であるものを材料目としてときに、この材料目の最大長さと面積率を制御することにより、鏡面性を向上させたプラスチック金型用鋼が開示されている。更に、特許文献4には、非金属介在物の上限を面積百分率で0.015%としたプラスチック射出成形用金型材が開示されている。特許文献5には、Mo及びWを含む微細炭化物を析出させることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2006-28564号公報
【文献】特開2014-189822号公報
【文献】特開2015-168850号公報
【文献】特開昭64(特開平1)-25950号公報
【文献】特開平2-175845号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、超鏡面のプラスチック成型用金型は、一般的にダイヤモンド砥粒又はアルミナ砥粒などで仕上げ研磨され、砥粒の径が小さいほど鏡面性の高い金型表面が得られる。研磨作業は#3000→#8000→#14000のように段階ごとに研磨するため、金型表面は、最終的には、粒径の小さい砥粒による長時間の研磨にさらされることになる。
【0007】
そのような長時間の研磨は、金型素材中に含まれる粗大な炭窒化物及び非金属介在物が研磨粉によって掘り返されることで、粗大な炭化物及び非金属介在物は、研磨中に脱落し、残った穴がピンホールとなり、超鏡面性が失われる。このような鏡面仕上げ性の劣る金型用鋼は、磨き直し作業及び再加工などの余計なコストが発生するという問題点がある。
【0008】
また、ピンホールは研磨剤の食い込み又は錆びを起点として発生する場合もあるため、金型用鋼には研磨剤の食い込み難さの観点から高硬度が要求され、また錆び難さのための耐食性が求められる。
【0009】
そこで、従来、ピンホールが発生しにくく、鏡面仕上げ性が高い金型用鋼を得るため、粗大な炭化物及び非金属介在物が少なくなるように、また、硬度及び耐食性が高くなるように、プラスチック成形金型用鋼の製造方法及び組成等に改良が加えられている。しかしながら、従来の金型では、近時の超鏡面のプラスチック成形用金型からの要求性能を発揮するには、問題がある。
【0010】
特許文献1に記載の金型用鋼は、組成にZrを添加することによって、介在物組成を制御しているが、Zrの添加に伴うコストが高いことと、Zrの歩留が安定しない等の問題点がある。また、鏡面性について、#8000の高鏡面ではピンホールが発生しないが、#14000の超鏡面研磨時には鋼材の硬度が約40HRCと低いことから、超鏡面を得にくいという問題点がある。更に、特許文献1は、実際上その実施例にみるように、Cr含有量が低いので、耐食性が低く、長時間の研磨で錆びが発生し、錆びを起点にピンホールが発生するという問題点もある。
【0011】
特許文献2及び3に記載の金型用鋼は、SUS420J2系鋼種を使用することで硬度と耐食性を確保し、更に炭化物の個数と大きさについて規制することにより、鏡面性を高めている。しかしながら、これらの特許文献2及び3は、非金属介在物については何ら言及されておらず、その金型用鋼において、非金属介在物を制御していないため、超鏡面磨き時には、非金属介在物によるピンホールの発生を避けられないという問題点がある。
【0012】
特許文献4及び5に記載の金型用鋼は、SUS420J2系鋼種を使用することで硬度と耐食性を確保し、非金属介在物の面積率及び酸素量を制御している。しかしながら、非金属介在物の面積率を制御するだけでは、超鏡面磨き時にはピンホールが発生する問題点を解消できない。
【0013】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、超鏡面のプラスチック製品を成形するのに好適の優れた鏡面性が得られ、耐摩耗性が優れた鏡面仕上げ性に優れた金型用鋼を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明に係る鏡面仕上げ性に優れた金型用鋼は、
C:0.20~0.50質量%、
Si:0.10~1.50質量%、
Mn:0.10~0.70質量%、
Cr:10.5~20.0質量%、
Ni:1.00質量%以下、
Mo:0.05~1.00質量%、
V:0.01~1.00質量%
を含有し、
残部:Fe及び不可避的不純物からなる組成を有し、
前記不可避的不純物のうち、下記成分は、
Al:0.007~0.035質量%、
S:0.0020質量%以下、
O:0.0015質量%以下、
Ca:0.0020質量%以下、
Mg:0.0020質量%以下
に規制され、
鋼材断面において、円相当径8.0μm以上の非金属介在物の面積率は0.00016%以下であり、
円相当径が5.0μm以上の非金属介在物であって、Al、Mg及びCaからなる群から選択されたいずれかの成分を2質量%以上含有するものが、
[Ca]、[Mg]、[Al]を夫々Ca、Mg、Alの含有量(質量%)とし、X=[Ca]/([Mg]+[Al])としたとき、
X値が0.3未満の介在物の個数密度が0.60個/100mm2以上かつ8.0個/100mm2未満であると共に、
X値が0.3以上の介在物の個数密度が3.0個/100mm2未満であることを特徴とする。
【0015】
この鏡面仕上げ性に優れた金型用鋼において、
例えば、更に、Wを
Mo+1/2W:0.05~1.00質量%の範囲で含有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、超鏡面のプラスチック製品の成形用金型として有効な鏡面仕上げ性を一層高めた金型用鋼が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】MgO-Al
2O
3系介在物の走査型電子顕微鏡写真である。
【
図2】MgO-Al
2O
3-CaS系介在物の走査型電子顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態について、具体的に説明する。先ず、本発明に係る鏡面仕上げ性に優れた金型用鋼の組成限定理由について説明する。
【0019】
「C:0.20~0.50質量%」
Cは炭化物を形成とともに、鋼材の基地に固溶して硬さを向上させる重要な元素である。超鏡面を得るためには、金型の焼入焼戻し硬さが45HRC以上であることが必要であり、Cが0.20質量%未満では、十分な硬さを得ることができない。また、Cが0.50質量%を超えると、粗大な炭化物が形成され、超鏡面仕上げ性と耐食性を損なう。このため、Cは0.20~0.50質量%であり、好ましくは、0.24~0.45質量%である。
【0020】
「Si:0.10~1.50質量%」
Siは基本的には溶鋼の脱酸材として添加されるが、鋼材の切削性を向上させる元素である。このため、Siの添加により、金型製作コストを抑制することができる。Siが0.10質量%未満では、切削性が十分ではない。また、Siが1.50質量%を超えると、成分偏析を増長させ、磨き面にうねりを発生させると共に、熱伝導率が低下する。このため、Siは0.10~1.50質量%、好ましくは、0.18~1.20質量%とする。
【0021】
「Mn:0.10~0.70質量%」
Mnは鋼材の焼入性を向上させる元素である。Mnが0.10質量%未満では、十分な焼入性を得られない。また、Mnが0.70質量%を超えると、成分偏析を増長させ、磨き面にうねりを発生させる。このため、Mnは0.10~0.70質量%であり、好ましくは、0.30~0.60質量%である。
【0022】
「Cr:10.5~20.0質量%」
Crは鋼材の焼入性及び耐食性を向上させるのに必要な元素である。Crが10.5質量%未満では、十分な焼入性及び耐食性が得られない。また、Crが20.0質量%を超えると、粗大な炭化物が形成され、超鏡面性が得られなくなる。このため、Crは10.5~20.0質量%添加する。好ましくは、Crは12.0~16.0質量%である。
【0023】
「Ni:1.00質量%以下」
Niは、鋼材の焼入性と耐食性を向上させる元素である。このNiの含有量が0.05質量%未満であると、この焼入性及び耐食性の向上効果が得られない。よって、Niは0.05質量%以上が好ましい。一方、Niが1.00質量%を超えると、焼入焼戻し後の残留オーステナイトが増加して超鏡面性を得にくくなる。このため、Niを1.00質量%以下添加する。好ましくは、Niを0.05質量%以上、更に好ましくは0.10~0.50質量%添加する。
【0024】
「Mo:0.05~1.00質量%」
Moは耐食性及び焼入焼戻し硬さを向上させる元素である。Mo含有量が0.05質量%未満では、耐食性及び焼入焼戻し硬さの向上効果を得ることができない。Mo含有量が1.00質量%を超えると、粗大な炭化物が形成され、超鏡面性が得られないと共に、製造コストが高くなる。このため、Moを0.05~1.00質量%、好ましくは0.10~0.60質量%添加する。
【0025】
「V:0.01~1.00質量%」
Vは鋼材焼入時の結晶粒の粗大化の防止に有効である。Vが0.01質量%未満では結晶粒粗大化防止効果を得ることができない。一方、Vが1.00質量%を超えると、粗大な炭化物が形成され、超鏡面性が得られず、コストも高くなる。このため、Vを0.01~1.00質量%、好ましくは、0.04~0.30質量%添加する。
【0026】
「Al:0.035質量%以下」
Alは基本的には溶鋼の脱酸材として添加される元素であるが、AlはOと結合してAl2O3からなる非金属介在物を形成し、溶鋼中に残存して凝固した場合にピンホールの原因となる。Alが0.035質量%を超えると、Al2O3のクラスターが残留し、ピンホールの原因となるため、超鏡面を得ることができなくなる。このため、Alの許容量は、0.035質量%とする。
【0027】
「S:0.0020質量%以下」
Sは溶鋼中に含まれる不純物であり、Mn及びCaと結合し、MnS及びCaS等の硫化物系非金属介在物を形成する。これらの硫化物は、マトリックス及び他の非金属介在物と比べて研磨されやすい特徴を持つため、ピンホール及びオレンジピールを引き起こすという問題点がある。Sが0.0020質量%を超えると、
図2に示すCaSを含む非金属介在物が増加する。このため、ピンホール及びオレンジピールを生じさせ、超鏡面を得ることができなくなる。このため、Sは0.0020質量%以下とする。
【0028】
「O:0.0015質量%以下」
Oは溶鋼中に含まれる不純物であり、Alなどと結合し、Al2O3などの酸化物系非金属介在物を形成してピンホールの原因となる不純物である。このOが0.0015質量%を超えると、酸化物系非金属介在物のクラスターが形成されたり、非金属介在物の粒径が増大したりして、鏡面研磨の際にピンホールが発生する原因となる。このピンホールの発生により、超鏡面が得られなくなる。このため、Oは0.0015質量%以下、好ましくは、0.0009質量%以下とする。
【0029】
「Ca:0.0020質量%以下」
CaはO又はSと結合して、CaO又はCaSを形成し、ピンホールの原因となる。製鋼工程中で、Caは精錬剤であるスラグの主成分として溶鋼上にあるため、溶鋼の撹拌条件を最適化して、スラグの溶鋼中への混入を防ぐことが重要である。Caが0.0020質量%を超えると、MgO-Al2O3-CaO系複合介在物又はMgO-Al2O3-CaS系複合介在物を形成し、金型の仕上研磨時にピンホールを発生して、超鏡面を得ることができなくなる。このため、Caは0.0020質量%以下、好ましくは0.0010質量%以下とする。
【0030】
「Mg:0.0020質量%以下」
Mgは不可避的不純物であり、0.0020質量%以下に規制される。
【0031】
「Mo+1/2W:0.05~1.00質量%」
Wは、Moと同様に、耐食性及び焼入焼戻し硬さを向上させる元素である。Wはその量の1/2の量がMoと同様の効果を奏する。つまり、W含有量がMo+1/2Wで0.05質量%未満では、耐食性及び焼入焼戻し硬さの向上効果を得ることができない。W含有量がMo+1/2Wで1.00質量%を超えると、粗大な炭化物が形成され、超鏡面性が得られないと共に、製造コストが高くなる。このため、Wを、必要に応じて、Mo+1/2Wで0.05~1.00質量%、好ましくは0.10~0.60質量%添加する。
【0032】
次に、非金属介在物の規制理由について説明する。
【0033】
鋼材断面において、円相当径8μm以上の非金属介在物の面積率は0.00016%以下である。
【0034】
円相当径が8μm以上の非金属介在物は、その組成によらず、金型の超鏡面仕上げ加工中にピンホールを発生させ有害であるため、非金属介在物の面積率を制限することにより、ピンホールの発生確率を下げる。このため、円相当径が8μm以上の非金属介在物の面積率は0.00016%以下とする。
【0035】
また円相当径が5μm以上の非金属介在物であって、Al、Mg及びCaからなる群から選択されたいずれかの成分を2質量%以上含有するものを対象として、
[Ca]、[Mg]、[Al]を夫々[Ca]、[Mg]、[Al]の含有量(質量%)とし、X=[Ca]/([Mg]+[Al])としたとき、
X値が0.3未満の介在物の個数密度が8個/100mm2未満であると共に、
X値が0.3以上の介在物の個数密度が3個/100mm2未満である。
【0036】
超鏡面を得るには、高清浄度な金型材料が必要である。本発明の組成の鋼材のように、S含有量が低い金型材料を精錬すると、非金属介在物の主体は、酸化物系介在物になる。この酸化物系介在物の主成分は、Ca,Mg,Alであり、これらの元素の起源は、Caは精錬に使うスラグであり、Mgは耐火物であり、Alは溶鋼の酸素量を低減するための脱酸材由来である。本願発明者らは金型材料の超鏡面仕上げ性と介在物組成との関係を研究した結果、金型材料の優れた超鏡面仕上げ性を得るためには、酸化物系介在物のCa,Mg,Alの比率を制御することが必要であることを見いだした。
【0037】
図1及び
図2は、#14000の超鏡面まで研磨した金型表面に存在する非金属介在物の走査型電子顕微鏡による写真である。
図1はMgO-Al
2O
3主体の介在物であり、X値が0.3未満である。また、
図2はMgO-Al
2O
3-CaS(CaS)系介在物であり、X値が0.3以上である。Mg及びAlは、Oと結びついて硬質介在物を形成するため、
図1のように非金属介在物の大きさが一定以下であればピンホールを形成しにくい。溶鋼中のCa,Mg.Alが結びついて介在物を形成した場合、Caの組成割合で鏡面仕上げ性への影響度が変わることが判明した。溶鋼中のCaは微量のSと反応し、
図2のような酸化物系非金属介在物と基地との境界に、CaSを部分的に形成する。Caの酸化物CaOを含む酸化物系介在物と、硫化物CaSとが一体化した複合系介在物は、MgO-Al
2O
3系介在物に比べて、研磨時の化学的影響と物理的影響を受けやすく、優先的に研磨される。このため、介在物が脱落しやすい状態となる。更に、研磨が進むと、介在物が脱落し、ピンホールが発生する。このため、介在物組成にCaを含むか、又は含まないかは、ピンホールの発生に極めて重要な影響を与える。本発明者らによる研究の結果、円相当径が5μm以上の介在物組成から求めたX値=[Ca]/([Mg]+[Al])が0.3未満となる介在物が、個数密度で8個/100mm
2未満であると共に、X値が0.3以上となる介在物の個数密度が3個/100mm
2未満であるプラスチック金型用鋼材は超鏡面仕上げ性が良好であることが判明した。そこで、本発明においては、X値が0.3未満の介在物の個数密度が8個/100mm
2未満であると共に、X値が0.3以上の介在物の個数密度が3個/100mm
2未満とする。
【0038】
このように介在物の個数密度を規定するのは、基本的には、実験結果と鋼材の超鏡面性との関係から求めたものである。鋼材の超鏡面仕上げ面を観察すると、MgO-Al2O3-CaO(CaS)系介在物は、MgO-Al2O3-CaOの中心核を脆いCaSが包む形状を有している。この場合に、中心核が基地と密着していると、介在物の脱落は起きにくいが、中心核をCaSが包み込むようになると、介在物の脱落が生じやすくなる。Xが0.3未満の場合は、中心核が基地と比較的密着していることにより介在物の脱落を引き起こしにくいが、Xが増加して0.3以上となると、中心核のCaSによる包み込みが進行し、介在物の脱落を引き起こしやすくなる。このため、実験結果から、X=0.3を境にして、規制すべき介在物の個数密度が変わることが判明した。即ち、円相当径が8μm以上の非金属介在物の面積率が0.00016%以下という条件の下で、鏡面仕上げ時にピンホールとなりやすい円相当径が5μm以上の非金属介在物に関して、Caの組成が多くてX値が0.3以上であるとピンホールが生成しやすくなり、個数密度が3個/mm2以上で超鏡面性が劣り、一方、Caの組成比が少なく、Mg及びAl主体の非金属介在物であると、個数密度が8個/mm2未満まで超鏡面性が得られるということが判明した。よって、X値が0.3未満の介在物の個数密度は8個/100mm2未満まで許容され、X値が0.3以上の介在物の個数密度は3個/100mm2まで許容される。
【実施例】
【0039】
次に、本発明の範囲に入る実施例について本発明の範囲から外れる比較例と共に説明する。
【0040】
量産電気炉と炉外精錬装置を使用した一次精錬時に、脱酸処理、脱硫処理、及び脱ガス処理を通常より強化して、高清浄度鋼を溶製し、電極を製造した。この電極を基に、VAR(真空アーク再溶解法)又はESR(エレクトロスラグ再溶解法)で2次精錬し、得られた鋼塊を、150~250mm厚、200~400mm幅の寸法に熱間鍛造し、その後、焼なまし処理を行った。下記表1に、製造した鋼材の組成を、本発明の実施例及び本発明の範囲から外れる比較例について示す。但し、表1において、数値は質量%である。本発明は、超鏡面を創り出すために、介在物を極力低減した高清浄度鋼であっても、残存した酸化物系介在物の組成によっては、即ち、介在物に含まれるCaの割合によっては、超鏡面性が影響を受けることを,見いだして完成されたものである。
【0041】
Caは一次精錬時にスラグ中に存在するCaが主な起源なので、本発明においては、精錬時の溶鋼にスラグが巻き込まれないように、操業条件を改善した。高清浄度鋼の精錬は、脱ガスに加えて溶鋼とスラグとの間の反応を促進させて不純物を除去する。反応の促進のためには、溶鋼を撹拌することによって溶鋼上のスラグと溶鋼との直接接触を増加させる必要があるが、過剰な溶鋼撹拌はスラグを溶鋼中に巻込み、浮上分離しきれないスラグが溶鋼中に残存して介在物となる。これにより、高清浄度の溶鋼が得られず、スラグ含有成分が溶鋼中に残存して、鋼材中の介在物が増大する。
【0042】
一方、溶鋼撹拌の方法は、不活性ガスを取鍋底から入れるガス撹拌と電磁撹拌による方法があり、取鍋形状と溶鋼量により、ガス撹拌力と電磁撹拌力の比率を操業条件として決定する。ガスによる撹拌力は、脱ガスよって真空度が上がることにより、同じガス量でも変化し増大するためコントロールが必要となる。本発明者らは、製品に残る介在物の量と組成を分析することにより、二次精錬でも除去できていない一次精錬時のスラグ巻込み状況を検討し、従来の操業条件を見直して電磁撹拌を主撹拌力とする最適条件範囲を見出した。撹拌力を反応の促進に十分でかつ過剰とならない範囲にコントロールし、一次精錬時のスラグ巻込みを防止し、介在物量を減少させて高清浄度を達成し、且つX値の制御を行った。スラグ成分及びその粘度が、介在物組成及びスラグの巻き込まれ易さに影響するため、スラグ成分のコントロールも合せて行うことにより、X値の制御は確実なものになる。これにより、従来の金型用鋼と比較して、鏡面仕上げ性に適した金型鋼とすることができた。
【0043】
【0044】
この鋼材から、鏡面仕上げ性評価試験片と介在物評価試験片を採取した。鏡面仕上げ性評価試験片は鍛伸方向に対して垂直に、縦50mm、横50mmを試験面(厚さ15mm)として採取し、粗加工を実施した後、各試験片を1000~1100℃の温度で焼入し、500~600℃の温度で高温焼戻しを行い、硬さが48~54HRCになるように調質して、仕上加工を実施した。この50×50mmの試験面を砥石#600で研磨した後、#400~#1500まで研磨紙で研磨し、6~1μmのダイヤモンド砥粒を使用して、#14000の超鏡面まで磨いて、目視にて鏡面観察を行った。この鏡面観察は実際に#14000の超鏡面プラスチック金型を製造している仕上加工者が判定した。
【0045】
介在物評価試験片は、鏡面仕上げ性評価試験片と同じ位置で同じ方向を試験面として、縦20mm×横20mm(厚さ15mm)の大きさのものを採取し、粗加工を実施した後、1000~1100℃の温度で焼入処理した。その後、測定面を研磨紙で#80から#1500まで段階的に磨き、6μm~1μmのダイヤモンド砥粒を使用して、#14000の超鏡面まで磨いた。試験片に存在する非金属介在物の調査は、試験片をSEM(走査型電子顕微鏡)-EDX(エネルギー分散型X線分析)と粒子解析をすることによって行った。分析領域は介在物の面積で70%程度が入る領域とした。
【0046】
非金属介在物の評価は以下の手順で実施した。先ず、100倍の観察視野で、2次電子像を求めた。このとき、コントラストによって基地が灰色、非金属介在物が黒色になるように撮影した。次いで、視野内の黒色の部分が円相当径で3μm以上の粒子に対して、
図3に示すように、断面積の約70%の領域をEDXにて組成分析した。
図3の円形に近い黒色部分が非金属介在物の断面であり、この黒色部分内に点在する点は、EDX(エネルギー分散型X線分析)で分析した部分を示している。得られた粒子から、非金属介在物以外のホコリ及び研磨傷等のノイズを組成フィルターによって除去した。ノイズを除去して得られた粒子から全非金属介在物の面積率を得た。また、Al,Mg,Caのいずれかが2%以上の非金属介在物に対して、X値を算出し、X値<0.3の個数密度(=検出個数/解析面積)とX値≧0.3の個数密度を求めた。
【0047】
その結果、非金属介在物の測定結果は、下記表2に示すようになった。表2に示す鏡面仕上げ性は、仕上げた金型表面を、十分に明るい照明の下で種々の角度に傾けて、面の反射具合を目視で確認し、有害なピンホールによる鏡面性の低下がある場合は、「×」、鏡面性の低下がない場合は、「○」とした。金型のワーク面の鏡面性評価は、金型を使用して加工された製品の表面の見栄えで最終的に判定される。実際の製品表面での評価は、製品の合否である。しかし、製品不良を発生させる評価は実生産の効率とコストに悪影響を及ぼすため、金型を使用してみての評価は現実的ではない。そこで、製品加工に使用する金型表面を研磨加工する加工者が、経験上から金型ワーク面全体を官能評価して判断することになる。具体的には、金型ワーク面全体を対象として、仕上鏡面を官能評価し、鏡面性を低下させるピンホールが単数又は複数存在する箇所がある場合は、加工者がそれを見つけ出して、その金型を再研磨して新生面を出し、ワーク面全体で超鏡面が得られるまで、再研磨加工することとなる。また、鏡面仕上げ性が劣る材料の場合は、使用不可と判断される場合もある。このピンホールの大きさ及び出現頻度は、金型ワーク面全体で広く評価されるため、部分的な表面粗さ及び反射率等のデータでは不十分である。そこで、加工者の官能評価による判断で、介在物起因で再研磨加工が必要となるものを×、再研磨せずに超鏡面が得られたものを〇(合格)とした。
【0048】
【0049】
この表2に示すように、円相当径8.0μm以上の非金属介在物の面積率が0.00016%以下であり、X値が0.3未満の介在物の個数密度が8.0個/100mm2未満であり、X値が0.3以上の介在物の個数密度が3.0個/100mm2未満である実施例の場合は、鏡面仕上げ性が優れた金型用鋼が得られた。一方、上記要素のいずれか1個でも本発明の範囲から外れる比較例の場合は、鏡面仕上げ性が劣るものであった。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明によれば、金型表面の超鏡面仕上げが容易となるので、そのような金型による成形加工が必要なプラスチック製品の表面の超鏡面を得るのに有益である。
【要約】
【課題】超鏡面のプラスチック製品を成形するのに好適な優れた鏡面性が得られる耐摩耗性が優れた金型用鋼を提供する。
【解決手段】鋼材断面において、円相当径8μm以上の非金属介在物の面積率は0.00016%以下であり、
円相当径が5μm以上の非金属介在物であって、Al、Mg及びCaからなる群から選択されたいずれかの成分を2質量%以上含有するものが、
[Ca]、[Mg]、[Al]を夫々[Ca]、[Mg]、[Al]の含有量(質量%)とし、X=[Ca]/([Mg]+[Al])としたとき、
X値が0.3未満の介在物の個数密度が8個/100mm
2未満であると共に、
X値が0.3以上の介在物の個数密度が3個/100mm
2未満である。
【選択図】
図1