(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-04
(45)【発行日】2022-10-13
(54)【発明の名称】軸受装置
(51)【国際特許分類】
F16C 35/067 20060101AFI20221005BHJP
F16C 33/58 20060101ALI20221005BHJP
F16C 19/06 20060101ALI20221005BHJP
【FI】
F16C35/067
F16C33/58
F16C19/06
(21)【出願番号】P 2018175035
(22)【出願日】2018-09-19
【審査請求日】2021-03-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100130513
【氏名又は名称】鎌田 直也
(74)【代理人】
【識別番号】100074206
【氏名又は名称】鎌田 文二
(74)【代理人】
【識別番号】100130177
【氏名又は名称】中谷 弥一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100127340
【氏名又は名称】飛永 充啓
(72)【発明者】
【氏名】川口 隼人
【審査官】藤村 聖子
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-053420(JP,A)
【文献】特開2018-119580(JP,A)
【文献】特開2002-213471(JP,A)
【文献】特開2009-174556(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 35/067
F16C 33/58
F16C 19/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸と、前記軸を取り囲むハウジングと、前記軸と前記ハウジングとの間に介在する転がり軸受とを備え、
前記転がり軸受が、前記軸と前記ハウジングのうちのいずれか一方である相手部材とすきま嵌めされた軌道輪を有し、前記軌道輪と前記相手部材が、円周方向に延びる嵌め合い面を有し、前記軌道輪は、前記相手部材に対して円周方向に当該軌道輪の一周の回転が可能な状態に配置されている軸受装置において、
前記軌道輪と前記相手部材のうちの少なくとも一つが、当該軌道輪又は当該相手部材の前記嵌め合い面を全幅に亘って分断する逃げ面を有し、
前記少なくとも一つの逃げ面が、前記転がり軸受に負荷されるラジアル荷重の範囲内で最大のラジアル荷重を負荷された場合の荷重負荷圏で前記軌道輪と前記相手部材間に径方向隙間を残せるように形成されて
おり、
前記軌道輪が前記逃げ面を有し、前記軌道輪の軌道面と前記軌道輪の嵌め合い面間の最小厚さをHとし、前記軌道輪の嵌め合い面の径寸に対する前記軌道輪の逃げ面の最大の径方向深さをδとしたとき、0.01H≦δ≦0.05Hに設定されており、前記転がり軸受が備える転動体間のピッチ角度をθとし、前記軌道輪の逃げ面の円周方向長さに対応の前記軸の回転中心線回りの角度をαとしたとき、0.5θ≦α≦θに設定されていることを特徴とする軸受装置。
【請求項2】
前記軌道輪のみが前記逃げ面を有する請求項1に記載の軸受装置。
【請求項3】
前記相手部材が前記ハウジングからなる請求項2に記載の軸受装置。
【請求項4】
前記逃げ面が、前記分断する嵌め合い面の径寸に対して当該逃げ面の円周方向長さの中央部で最大の径方向深さをもち、かつ、当該中央部から円周方向に遠い位置である程に当該径方向深さを小さくした形状である請求項1から3のいずれか1項に記載の軸受装置。
【請求項5】
前記逃げ面が、前記分断する嵌め合い面と滑らかに連続する形状である請求項1から4のいずれか1項に記載の軸受装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、軸とハウジング間に転がり軸受が介在する軸受装置に関する。
【背景技術】
【0002】
軸とハウジング間に作用するラジアル荷重を受ける転がり軸受の軌道輪は、軸の外周又はハウジングの内周に嵌合される。軌道輪、軸、ハウジングにそれぞれ形成される嵌め合い面は、通常、円筒面状である。軌道輪の内周又は外周に形成された嵌め合い面と、軸又はハウジングに形成された嵌め合い面との間の嵌め合いは、荷重条件、装置の組立て性等を考慮して、しまり嵌め、普通嵌め、すきま嵌めの中から選択される。すきま嵌めされた軌道輪は、クリープする、すなわち、その嵌合の相手部材である軸又はハウジングに対して円周方向に位置ずれを起こすことがある。
【0003】
例えば、自動車のトランスミッションの軸を転がり軸受を介してハウジングに支持する軸受装置では、ハウジングへの組み付けを容易にするため、転がり軸受の外方の軌道輪がハウジングにすきま嵌めされている。このため、荷重負荷時や高速回転時の軸のアンバランス荷重などにより、外方の軌道輪がクリープすることがある。
【0004】
そのクリープの機序として、軌道輪の表面に進行波が発生し、その進行波が軌道輪自体を移送させることが知られている。すなわち、転動体荷重が軌道輪の軌道面に作用すると、その直下で軌道輪の表面が突出し、波打つ。軸受が回転すると転動体も公転するため、その表面の波打ちが進行波となる。軌道輪の表面に発生する進行波は、転がり軸受の負荷圏にわたり円周方向および半径方向へのぜん動運動的な挙動をとる。その進行波が相手部材を転動体の公転方向と逆方向に移送しようとするが、相手部材(軸又はハウジング)の抵抗で逆に押し戻される形となり、結果、軌道輪が転動体の公転方向、すなわち軸受回転と同方向に回転するクリープを起こすことになる。
【0005】
従来、転がり軸受に備わる内外の軌道輪のうち、ハウジングにすきま嵌めされた外方の軌道輪のクリープを抑制するため、相手部材であるハウジングにおいて円周方向に延びる周溝を形成することが提案されている。この周溝は、円周方向全周に連続する相手部材の嵌め合い面のうち、ラジアル荷重の負荷圏に位置する円周方向一部分を、軸方向に二分するように形成されている。このような周溝は、ラジアル荷重を受ける軌道輪の負荷圏において逃げ溝として作用し、クリープの発生を抑制する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1では、相手部材(ハウジング)に形成された周溝の溝幅が、軌道輪の軌道面と同幅程度に設定されている。また、その周溝の最大深さが、転がり軸受に負荷されるラジアル荷重によって軌道輪に生じる最大の弾性変形量以下に設定されている。このような周溝では、軸とハウジング間で転がり軸受に最大のラジアル荷重が負荷され、荷重負荷圏の円周方向中央部において軌道面直下で波打つ軌道輪の嵌め合い面に最大の弾性変形量が生じたとき、その嵌め合い面は、最大の弾性変形部位(波状のピーク)において相手部材の周溝の溝底に接触し、また、周溝の両側の溝縁に比較的強く接触することになる。それら接触部で相手部材が前述の進行波をある程度受けるため、軌道輪のクリープを許す懸念がある。
【0008】
上述の背景に鑑み、この発明が解決しようとする課題は、転がり軸受の軌道輪を軸又はハウジングである相手部材にすきま嵌めした軸受装置において、当該軌道輪のクリープをより抑制することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を達成するため、この発明は、軸と、前記軸を取り囲むハウジングと、前記軸と前記ハウジングとの間に介在する転がり軸受とを備え、前記転がり軸受が、前記軸と前記ハウジングのうちのいずれか一方である相手部材とすきま嵌めされた軌道輪を有し、前記軌道輪と前記相手部材が、円周方向に延びる嵌め合い面を有する軸受装置において、前記軌道輪と前記相手部材のうちの少なくとも一つが、当該軌道輪又は当該相手部材の前記嵌め合い面を全幅に亘って分断する逃げ面を有し、前記少なくとも一つの逃げ面が、前記転がり軸受に負荷されるラジアル荷重の範囲内で最大のラジアル荷重を負荷された場合の荷重負荷圏で前記軌道輪と前記相手部材間に径方向隙間を残せるように形成されている構成を採用した。
【0010】
上記構成によれば、軌道輪と、これとすきま嵌めされた軸又はハウジングである相手部材のうち、少なくとも一つが、当該軌道輪又は相手部材の嵌め合い面を全幅に亘って分断する逃げ面を有するので、その軌道輪と相手部材間には、互いの嵌め合いの全幅に及ぶ径方向隙間を生じさせることが可能である。その径方向隙間は、軸とハウジング間で転がり軸受に負荷されるラジアル荷重の範囲内で最大のラジアル荷重を負荷された場合の荷重負荷圏においても残る。このため、その径方向隙間の残る領域では、軌道輪の嵌め合い面が波状に変形しても相手部材に接触することがなく、その波状変形が軌道輪をクリープさせる進行波として作用することがない。これにより、特許文献1のように円周方向に延びる周溝でクリープを抑制する場合に比して、軌道輪のクリープをより抑制することができる。
【0011】
具体的には、前記軌道輪のみが前記逃げ面を有することが好ましい。相手部材に逃げ面を形成する場合、その逃げ面が荷重負荷域に配置されなかったとき、クリープ抑制効果を発揮できない。一方、軌道輪のみに逃げ面を形成して前述の径方向隙間を確保しておけば、例え、その逃げ面が荷重方向と異なる領域に位置していた場合であっても、軌道輪が一定のクリープを起こせば、逃げ面が荷重負荷域に入って前述の径方向隙間が形成されるため、それ以降は軌道輪のクリープを抑制することができる。
【0012】
ここで、前記相手部材が前記ハウジングからなることがより好ましい。このようにすると、ハウジングと軌道輪がすきま嵌めされた軸受装置において、ハウジング形状の複雑化を避け、軌道輪の外周を非真円形に削る簡単な加工だけで逃げ面を形成することができる。
【0013】
前記逃げ面が、前記分断する嵌め合い面の径寸に対して当該逃げ面の円周方向長さの中央部で最大の径方向深さをもち、かつ、当該中央部から円周方向に遠い位置である程に当該径方向深さを小さくした形状であるとよい。このようにすると、軌道輪の波状変形は荷重負荷域の円周方向中央部で最大となり、その中央部から円周方向に遠くなる程に小さくなる。このため、逃げ面と分断する嵌め合い面間の径方向深さを逃げ面の円周方向長さの中央部で最大とし、その中央部から円周方向に遠い位置である程に小さくしておけば、逃げ面を形成する軌道輪又は相手部材の減肉を抑えることができる。
【0014】
前記逃げ面が、前記分断する嵌め合い面と滑らかに連続する形状であるとよい。このようにすると、逃げ面と嵌め合い面の境界が角(エッジ)にならず、その境界上で接触する軌道輪と相手部材間の面圧を緩和することができる。
【発明の効果】
【0015】
上述のように、この発明は、上記構成の採用により、転がり軸受の軌道輪を軸又はハウジングである相手部材にすきま嵌めした軸受装置において、当該軌道輪の軸受回転方向のクリープをより抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】この発明の第一実施形態に係る軸受装置を示す正面図
【
図3】第一実施形態に係る外方の軌道輪を示す正面図
【
図5】この発明の第二実施形態に係る逃げ面を示す正面図
【
図6】この発明の第三実施形態に係る逃げ面を示す正面図
【
図7】この発明の第四実施形態に係る逃げ面の端部付近を示す部分正面図
【発明を実施するための形態】
【0017】
この発明に係る一例としての第一実施形態を添付図面に基づいて説明する。
【0018】
図1、
図2に示すように、第一実施形態に係る軸受装置は、軸1と、軸1を取り囲むハウジング2と、軸1とハウジング2との間に介在する転がり軸受3とを備える。
【0019】
以下、転がり軸受3の設計上の回転中心線と軸1の回転中心線とが一致する理想的な状態において、その回転中心に沿った方向のことを「軸方向」という。また、その回転中心線回りに一周する円周に沿った方向のことを「円周方向」という。また、その回転中心線に直交する方向のことを「径方向」という。
【0020】
軸1は、ハウジング2に対して相対的に回転する。軸1は、例えば、自動車のトランスミッションに備わる伝達軸である。
【0021】
軸1は、円周方向に延びる嵌め合い面1aを有する。この嵌め合い面1aは、軸1の回転中心線と同心の円筒面状に形成されている。
【0022】
ハウジング2は、軸1に対して静止し、転がり軸受3を径方向に支持する。ハウジング2は、例えば、自動車のトランスミッションケースの一部として形成された隔壁である。
【0023】
ハウジング2は、円周方向に延びる嵌め合い面2aを有する。この嵌め合い面2aは、軸1の嵌め合い面1aを外方から取り囲む円筒面状に形成されている。嵌め合い面2aの中心線は、軸1の回転中心と同心に設定されている。
【0024】
転がり軸受3は、ハウジング2に対して軸1を回転自在に支持し、軸1とハウジング2間で作用するラジアル荷重を受ける。この軸受装置では、ラジアル荷重の荷重方向が一方向のものを想定している。この軸受装置の運転中、軸1の嵌め合い面1aとハウジング2の嵌め合い面2a間で転がり軸受3にラジアル荷重が負荷される。
【0025】
転がり軸受3は、軸1に取り付けられた内方の軌道輪4と、ハウジング2に取り付けられた外方の軌道輪5と、これら両軌道輪4、5間に介在する複数の転動体6と、これら転動体6間の円周方向の間隔を保つ保持器7とを備える。転がり軸受3として深溝玉軸受が例示されている。
【0026】
内方の軌道輪4は、外周側で円周方向に延びる軌道面4aを有し、内周側で円周方向に延びる嵌め合い面4bを有する環状の軸受部品である。軌道面4aは、円周方向全周において転動体6と呼び接触角0°で接触可能になっている。その嵌め合い面4bは、軸1の嵌め合い面1aと同心の円筒面状に形成されている。その嵌め合い面4bの幅(軸方向長さ)は、円周方向全周で一定である。
【0027】
内方の軌道輪4の嵌め合い面4bと軸1の嵌め合い面1a間の嵌め合いは、締め代をもったしまり嵌めに設定されている。内方の軌道輪4は、そのしまり嵌めにより、軸1と一体に回転するように固定されている。
【0028】
外方の軌道輪5は、内周側で円周方向に延びる軌道面5aを有し、外周側で円周方向に延びる嵌め合い面5bを有する環状の軸受部品である。軌道面5aは、円周方向全周において転動体6と呼び接触角0°で接触可能になっている。
【0029】
外方の軌道輪5は、軸1とハウジング2のうちのいずれか一方である相手部材としてのハウジング2とすきま嵌めされている。
【0030】
図3、
図4に、外方の軌道輪5に荷重が負荷されていない自然状態における軌道輪5の形状を示す。外方の軌道輪5の嵌め合い面5bは、円弧面状に形成されている。その嵌め合い面5bは、外方の軌道輪5の外径を規定する。その嵌め合い面5bの径寸は、嵌め合い面5bに外接する仮想円Cの直径に相当する。その嵌め合い面5bにおける円弧面状は、
図1、
図2に示す内方の軌道輪4の嵌め合い面4bと同心に設定されている。その嵌め合い面5bの幅(軸方向長さ)は、円周方向全周で一定である。
【0031】
外方の軌道輪5の嵌め合い面5bの径寸は、ハウジング2の嵌め合い面2aの直径よりも小径である。外方の軌道輪5の嵌め合い面5bと、ハウジング2の嵌め合い面2aとは、軸1から転がり軸受3に負荷されるラジアル荷重によって接触させられる。
【0032】
外方の軌道輪5とハウジング2のうち、外方の軌道輪5のみが、当該軌道輪5の嵌め合い面5bを全幅に亘って分断する逃げ面5cを有する。その逃げ面5cは、その嵌め合い面5bの全幅に亘るので、嵌め合い面5bを円周方向に完全に二分している。
【0033】
図3に示すように、逃げ面5cは、分断する嵌め合い面5bの径寸に対して逃げ面5cの円周方向長さの中央部で最大の径方向深さδをもち、かつ当該中央部から円周方向に遠い位置である程に当該径方向深さを小さくした形状である。最大の径方向深さδは、仮想円Cと逃げ面5c間の径方向距離に相当する。
【0034】
図示例において、逃げ面5cは、軸方向に沿った略円弧面状を成すように、分断する嵌め合い面5bの円周方向両端e,e間に連続している。その略円弧面状の曲率半径は、嵌め合い面5bよりも大きく、その円弧面状の中心線(曲率中心)は、嵌め合い面5bの中心線から径方向の一方向にずれた位置(
図3において下方向)に設定されている。
【0035】
逃げ面5cの円周方向長さは、軸1の回転中心線回りの角度αで規定することができる。ここで、
図1に示す転動体6間のピッチ角度をθとしたとき、
図3に示す逃げ面5cの円周方向長さに対応の角度αは、例えば、0<α≦2θに設定することができる。ラジアル荷重による外方の軌道輪5のたわみ、応力を抑えた形状にするため、0.5θ≦α≦θに設定することが好ましい。
【0036】
図4に示すように、外方の軌道輪5の軌道面5aと嵌め合い面5b間で径方向に最小の肉厚を外輪肉厚Hとしたとき、
図3に示す逃げ面5cの最大の径方向深さδは、例えば、0.005H≦δ≦0.1Hに設定することができる。ラジアル荷重による外方の軌道輪5のたわみ、応力を抑えた形状にするため、逃げ面5cの最大の径方向深さδは、0.01H≦δ≦0.05Hに設定することが好ましい。
【0037】
逃げ面5cは、
図1、
図2に示すように、外方の軌道輪5の外周とハウジング2の嵌め合い面2aとの間に径方向隙間gを生じさせる。その径方向隙間gは、外方の軌道輪5の外径を規定する嵌め合い面5bの全幅を分断する逃げ面5cによって形成されるので、外方の軌道輪5の外周とハウジング2の内周の嵌め合いの全幅(嵌め合い面5bの全幅に相当)に及び、外方の軌道輪5の外周とハウジング2の嵌め合い面2a間を軸方向に貫通する空間となる。
【0038】
逃げ面5cは、転がり軸受3に最大のラジアル荷重Fを負荷された場合の荷重負荷圏で、外方の軌道輪5の外周とハウジング2の嵌め合い面2aとの間に径方向隙間gを残せるように形成されている。ここで、最大のラジアル荷重Fは、この軸受装置の運転中に転がり軸受3に負荷されるラジアル荷重の変動範囲内で最も大きなラジアル荷重である。
【0039】
転がり軸受3のうち、ラジアル荷重を受ける荷重負荷圏は、転がり軸受3の略半周に及ぶ。その荷重負荷圏の円周方向中央部は、そのラジアル荷重の荷重方向に対応の位置となる(
図1においてラジアル荷重Fの矢線方向延長上の位置に相当)。外方の軌道輪5は、その荷重負荷圏において転動体6を介してラジアル荷重を軌道面5aで受けるため、弾性変形を生じる。このとき、転がり軸受3の荷重負荷圏においては、外方の軌道輪5の嵌め合い面5bや逃げ面5c(特に軌道面5aの直下の部位)が波状に変形することになる。その波状の径方向高さは、その荷重負荷圏の円周方向中央部で最大となり、その円周方向中央部から遠くなる程に小さくなる。
【0040】
図3に示す逃げ面5cの最大の径方向深さδは、最大のラジアル荷重Fを負荷された場合の転がり軸受3の荷重負荷圏において、前述の波状の最大の径方向高さよりも大きく設定されている。また、逃げ面5cの径方向深さは、前述の円周方向位置に応じた波状の径方向高さ減少分を超えないように、逃げ面5cの円周方向長さの中央部から嵌め合い面5bの端eに向かって次第に小さくなっている。
【0041】
なお、
図1の径方向隙間g、
図3の最大の径方向深さδは、その大きさを誇張して描いている。実際に生じる軌道輪5の波状変形では、嵌め合い面5bに対する波状の比高が最大でも数μmのオーダーである。
【0042】
外方の軌道輪5は、嵌め合い面5bのうち、
図1に示す転がり軸受3の荷重負荷圏内に位置する部分と、ハウジング2の嵌め合い面2aとの接触部において径方向に支持されることになる。その接触部においては、嵌め合い面5bの僅かな波状変形部が嵌め合い面2aに接する。最大のラジアル荷重Fを転がり軸受3に負荷された場合でも、その荷重負荷圏に位置する前述の接触部において、僅かな波状変形を受ける嵌め合い面2aからの反力は軌道輪5をクリープさせる程の力にならない。
【0043】
このような逃げ面5cによって
図1、
図2に示す径方向隙間gが形成されているため、最大のラジアル荷重Fを負荷された場合の転がり軸受3の荷重負荷圏において、外方の軌道輪5の外周(嵌め合い面5bや逃げ面5c)が波状に変形しても径方向隙間gが残り、その径方向隙間gが残る円周方向領域では、外方の軌道輪5の波状変形部とハウジング2の嵌め合い面2aとが接触できない。すなわち、この軸受装置の運転中、径方向隙間gが残る円周方向領域では、外方の軌道輪5の外周に生じる波状変形部と、ハウジング2の嵌め合い面2aとの接触が発生しない。このため、転がり軸受3の荷重負荷圏において外方の軌道輪5の外周に生じる波状変形が軌道輪5をクリープさせる進行波として作用することがない。したがって、特許文献1のように軌道輪の最大の弾性変形部(波状変形部)がクリープ抑制用周溝の溝底や溝縁に接触し得る場合に比して、この軸受装置は、軌道輪5のクリープをより抑制することができる。
【0044】
また、この軸受装置は、外方の軌道輪5と、そのすきま嵌めの相手部材であるハウジング2のうち、軌道輪5のみが逃げ面5cを有するので、その逃げ面5cが変動する荷重方向と異なる領域に位置していた場合であっても、軌道輪5が一定のクリープ(最大でも一周)を起こせば、逃げ面5cが荷重負荷域に入って前述の径方向隙間gが形成されるため、それ以降は軌道輪5のクリープを抑制することができる。
【0045】
なお、転がり軸受に負荷されるラジアル荷重の荷重方向が円周方向に変動しない静止荷重である場合、相手部材のみに逃げ面を形成して前述のような径方向隙間を確保したり、相手部材と軌道輪の双方に逃げ面を形成して両逃げ面で同じく径方向隙間を確保したりすることも可能である。静止荷重の場合、対応の転がり軸受の荷重負荷域に適合する位置で前述の径方向隙間を生じさせるように軌道輪と相手部材を嵌合すれば、所定のクリープ抑制効果を得ることが可能である。ただし、相手部材であるハウジング2に逃げ面を形成する場合、誤って相手部材の逃げ面が荷重負荷域に配置されなかったとき、クリープ抑制効果を発揮できない懸念がある。これを避けるため、軌道輪5のみに逃げ面5cを形成して径方向隙間gを形成することが好ましい。
【0046】
また、この軸受装置は、すきま嵌めされるのが外方の軌道輪5とハウジング2であって、その軌道輪5のみに逃げ面5cが形成されているので、ハウジング2の形状の複雑化を避け、軌道輪5の外周を非真円形に削る簡単な加工だけで逃げ面5cを形成することができる。例えば、トランスミッションケースの一部としてハウジングが形成される場合、ハウジングが型で成形される。特許文献1のようなクリープ抑制用周溝をハウジングに形成する場合、その周溝がアンダーカットとなり、ハウジングの製造が困難となるが、外方の軌道輪5のみに逃げ面5cを形成する場合、ハウジング2の嵌め合い面2aにアンダーカット形状が不要になるため、ハウジング2の製造が困難にならない。
【0047】
また、この軸受装置は、逃げ面5cが分断する嵌め合い面5bの径寸に対して逃げ面5cの円周方向長さの中央部で最大の径方向深さδをもちかつ当該中央部から円周方向に遠い位置である程に当該径方向深さを小さくした形状であるので、逃げ面5cを形成する軌道輪5の減肉を抑えることができる。
【0048】
この軸受装置の試作を行い、そのクリープ抑制効果を確認した。その試作品の転がり軸受3は、本出願人が採用する呼び番号で6208相当である。
図3に示す逃げ面5cの円周方向長さを規定する角度αは、35°に設定し、最大の径方向深さδは0.5mmに設定した。試験条件は、
図1に示す最大のラジアル荷重FをP/C=0.4の一方向荷重とした。ここで、Pはラジアル荷重、Cは基本動定格荷重である。また、転がり軸受3を潤滑する油をCVTFとし、転がり軸受3の最下部の転動体を浸漬する程度の油浴潤滑とした。温度条件を常温で出来なりとした。この試作品の試験条件で運転したところ、外方の軌道輪5のクリープの有無を目視で観察して、クリープの防止を確認できた。一方、逃げ面5cをもたない点でのみ相違する比較例を同等の試験条件で運転したところ、外方の軌道輪のクリープが発生した。
【0049】
この軸受装置では、外方の軌道輪5のみに逃げ面5cを形成したが、逃げ面の形状や配置は、軸受装置の荷重条件、例えば、静止荷重か回転荷重か、最大のラジアル荷重Fの大きさ、荷重負荷圏において軌道輪の嵌め合い面と相手部材の嵌め合い面との接触で軌道輪に与えられる回転力を考慮して適宜に決定すればよい。例えば、軸と内方の軌道輪とをすきま嵌めする場合、内方の軌道輪と軸の少なくとも一つが逃げ面を有すればよい。静止荷重の場合、逃げ面は、相手部材のみに形成してもよいし、軌道輪と相手部材の双方に形成し、双方の対向する逃げ面間で所要の径方向隙間を確保するようにしてもよい。
【0050】
また、この軸受装置では、逃げ面5cを略円弧状にすることで軌道輪5の減肉を抑えたが、減肉を抑えるための逃げ面形状は略円弧状に限定されない。その一例としての第二実施形態を
図5に示す。なお、以下では、第一実施形態との相違点を述べるに留める。
【0051】
第二実施形態に係る軸受装置は、軌道輪8の嵌め合い面8aの円周方向両端e,e間に連続する平面状の逃げ面8bを有する。逃げ面8bの径方向深さは、円周方向両端e,eに近い位置である程に浅くなるので、第二実施形態によっても軌道輪8の減肉を抑えることができる。
【0052】
逃げ面を形成する際の減肉を抑える必要性に乏しい場合は、逃げ面の円周方向長さの略全長に亘って径方向深さを概ね一定にしてもよい。その一例としての第三実施形態を
図6に示す。
【0053】
第三実施形態に係る軸受装置は、軌道輪9の嵌め合い面9aの円周方向両端e,eから段差状に径方向へ凹んだ逃げ面9bを有する。逃げ面9bの円周方向長さの略全長は、嵌め合い面9aに平行な方向に延びる円弧面状になっている。逃げ面9bの円周方向の両端部は、対応側の嵌め合い面9aの円周方向端eに向けて径方向に延びる段状になっている。第三実施形態の逃げ面9bは、その円周方向長さの全長に亘って最大の径方向深さを有するので、微細な異物が前述の径方向隙間に溜まりにくくすることができる。
【0054】
上述の各実施形態において、逃げ面と、分断する嵌め合い面の円周方向端との境界に線状の角が生じると、その境界上で相手部材である嵌め合い面と接触する面圧が過大になり、好ましくない。このため、その境界上で前述の面圧を緩和するため、逃げ面と、分断する嵌め合い面とを滑らかに連続させることが好ましい。ここで、滑らかに連続するとは、境界上に稜線状の角をもたないことをいう。その一例としての第四実施形態を
図7に示す。
【0055】
第四実施形態に係る逃げ面は、第一実施形態の逃げ面の円周方向長さを僅かに短くした円弧面状部10aと、円弧面状部10aと嵌め合い面5bの円周方向端eとの間に連続する端部10bとからなる。逃げ面の端部10bは、円周方向当たりの径方向深さの変化率を円弧面状部10aよりも小さくした形状であって、嵌め合い面5bの円周方向端eと滑らかに連続する。このように、第四実施形態に係る逃げ面の端部10bは、分断する嵌め合い面5bと滑らかに連続する形状であるので、軌道輪の嵌め合い面5bの境界上(円周方向端eの位置)が相手部材と接触する面圧を緩和することができる。
【0056】
なお、逃げ面の端部10bは、曲率の特に小さな単一の円弧面状にしたものを例示したが、これに限定されず、複数の曲面又は対数関数で規定された曲面で構成するクラウニング形状を採用することも可能である。また、第一実施形態の変更例として逃げ面の端部10bを示したが、上述の第二、第三実施形態においても逃げ面の端部の形状を変更して嵌め合い面と滑らかに連続させてもよい。例えば、第三実施形態のように逃げ面の端部が段差状を成す場合、逃げ面の端部をR面取り状にすると、嵌め合い面の円周方向端に滑らかに連続させることができる。
【0057】
今回開示された実施形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。したがって、本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0058】
1 軸
2 ハウジング
2a 嵌め合い面
3 転がり軸受
4 内方の軌道輪
5 外方の軌道輪
5b,8a,9a 嵌め合い面
5c,8b,9b 逃げ面