(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-05
(45)【発行日】2022-10-14
(54)【発明の名称】血小板の製造方法および製造装置、ならびに血小板の製造装置における運転条件の決定方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/078 20100101AFI20221006BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20221006BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20221006BHJP
C12M 3/02 20060101ALI20221006BHJP
C12N 15/12 20060101ALN20221006BHJP
【FI】
C12N5/078
C12M1/00 D
C12N5/10
C12M3/02
C12N15/12
(21)【出願番号】P 2019527964
(86)(22)【出願日】2018-07-05
(86)【国際出願番号】 JP2018025537
(87)【国際公開番号】W WO2019009364
(87)【国際公開日】2019-01-10
【審査請求日】2021-05-18
(31)【優先権主張番号】P 2017133592
(32)【優先日】2017-07-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(73)【特許権者】
【識別番号】515062289
【氏名又は名称】株式会社メガカリオン
(73)【特許権者】
【識別番号】000171919
【氏名又は名称】佐竹マルチミクス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099623
【氏名又は名称】奥山 尚一
(74)【代理人】
【識別番号】100107319
【氏名又は名称】松島 鉄男
(74)【代理人】
【識別番号】100125380
【氏名又は名称】中村 綾子
(74)【代理人】
【識別番号】100096769
【氏名又は名称】有原 幸一
(72)【発明者】
【氏名】江藤 浩之
(72)【発明者】
【氏名】中村 壮
(72)【発明者】
【氏名】伊東 幸敬
(72)【発明者】
【氏名】重盛 智大
(72)【発明者】
【氏名】加藤 好一
【審査官】大久保 智之
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/077964(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/164040(WO,A1)
【文献】Experimental Hematology,2013年,Vol.41,pp.742-748
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/078
C12M 1/02
C12N 5/10
C12M 3/00
B01F 7/16
B01F 7/18
B01F 11/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
血小板産生培地中の巨核球細胞を培養する工程を含む血小板の製造方法であって、
前記培養する工程が、撹拌翼を用いて容器内の前記血小板産生培地を撹拌する工程を含み、
撹拌する工程が、以下:
(a)約
0.002m
2/s
2~約
0.012m
2/s
2の乱流エネルギー;
(b)約
0.5Pa~約
3.6Paの剪断応力;及び
(c)約
160μm~約
320μmのコルモゴロフスケール
から選択される1以上の指標を充足するように、前記撹拌翼を往復動させることを含む、血小板の製造方法。
【請求項2】
前記巨核球細胞を培養する工程の前に、巨核球細胞より未分化な細胞において、癌遺伝子、ポリコーム遺伝子、及びアポトーシス抑制遺伝子を強制発現させて、不死化巨核球細胞を得る工程を含む、請求項
1に記載の方法。
【請求項3】
前記巨核球細胞を培養する工程で得られた血小板を回収する工程を含む、請求項
1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記撹拌する工程において、MIF、NRDc、及びIGFBP2を含む血小板産生促進因子を外部から添加する工程を含む、請求項1~
3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記外部から添加する血小板産生促進因子が、TSP-1、PAI-1、及びCCL5をさらに含む、請求項
4に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血小板の製造方法および製造装置に関する。さらに、本発明は、血小板の製造装置における運転条件の決定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
血小板製剤は、手術時や傷害時の大量出血、或いは、抗がん剤治療後の血小板減少に伴う出血傾向を呈する患者に対して、その症状の治療および予防を目的として投与される。現在、血小板製剤の製造は、献血に依存しているが、感染症に関してより安全であり、血小板の安定供給が求められている。そのニーズに応えるべく、今日では、in vitroで培養した巨核球細胞から血小板を生産する方法が開発されている。本出願人らは、多能性幹細胞をソースとして不死化した、不死化巨核球前駆細胞株(immortalized megakaryocyte progenitor cell lines:imMKCL)の樹立方法を確立してきた(例えば、特許文献1を参照)。また、この不死化巨核球前駆細胞株を用いた血小板の製造方法並びにこのような製造に用いる装置についても、検討を重ねてきた(例えば、特許文献2を参照)。
【0003】
巨核球細胞から血小板が製造される際のメカニズムについては、広く研究がなされてきた。この中で、流れに依存する剪断力により、血小板切断が促進されることが示唆されている(例えば、非特許文献1を参照)。また、ケモカインCCL5が巨核球からの血小板産生を促すことが報告されている(例えば、非特許文献2を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2012/157586号
【文献】国際公開第2017/077964号
【非特許文献】
【0005】
【文献】Science 317 (5845),1767-1770
【文献】Blood, 2016; 127(7):921-926
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
不死化巨核球前駆細胞株は冷凍による保存が可能であり、人工的な多核化の促進が可能であるなど、多くの利点がある。この不死化巨核球前駆細胞株から、需要に応じて、血小板を安定的、かつ大量に製造するための、より効率的な方法および装置が求められる。
【課題を解決するための手段】
【0007】
血小板の大量製造のためのアプローチとして、巨核球増生(Megakaryopoiesis)、血小板切断(platelet shedding)といった異なるステップの両方について考慮する必要がある。巨核球増生については、ソースとなる細胞数を増やすアプローチがあり、本発明者らによる不死化巨核球細胞の製造方法(特許文献1)は、その一つとして挙げられる。一方、剪断力により血小板切断が促進されることが示唆されている(非特許文献1)。また、in vivoにおける血小板の産生メカニズムには、IL-1 alphaにより誘導される急性の血小板の産生と、定常的な血小板の産生とがあることがわかってきた。急性の血小板産生は、短時間で大量の血小板を産生するが、産生された血小板はAnnexin V 陽性率が高く、生体内で長時間循環することができない特性を持っている。すなわち、このようなメカニズムで産生された血小板は血液製剤としての使用には不適である。本発明者らは、定常時の血小板産生のメカニズムに着目し、血小板産生を促進する因子の存在を特定した。そして、成熟期にある巨核球細胞を含む培地に対して、所定の装置を用いて、所定の範囲の乱流エネルギーまたは剪断応力を加えることで血小板産生促進因子の放出を促進し、輸血製剤に適した健康な血小板の産生量を増加することが可能であることを発見し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は次に記載の事項を提供するものである。
[1] 血小板産生培地中の巨核球細胞を培養する工程を含む血小板の製造方法であって、
前記培養する工程が、撹拌翼を用いて容器内の前記血小板産生培地を撹拌する工程を含み、
撹拌する工程が、以下:
(a)約0.0005m2/s2~約0.02m2/s2の乱流エネルギー;
(b)約0.2Pa~約6.0Paの剪断応力;及び
(c)約100μm~約600μmのコルモゴロフスケール
から選択される1以上の指標を充足するように、前記撹拌翼を往復動させることを含む、血小板の製造方法。
[2] 血小板産生培地中の巨核球細胞を培養する工程を含む血小板の製造方法であって、
前記培養する工程が、鉛直に延びる軸線を中心として旋回可能な撹拌翼であって、撹拌翼の少なくとも一部を容器の底側領域内に配置した撹拌翼を用いて前記容器内の血小板産生培地を撹拌する工程を含み、
前記撹拌する工程が、前記培地中にて、複数の静止部材を前記撹拌翼の旋回に伴って前記培地に乱流を発生させるように前記底側領域内にて前記撹拌翼の周囲に配置した状態で、前記撹拌翼を旋回させることを含む、血小板の製造方法。
[3] 前記巨核球細胞を培養する工程の前に、巨核球細胞より未分化な細胞において、癌遺伝子、ポリコーム遺伝子、及びアポトーシス抑制遺伝子を強制発現させて、不死化巨核球細胞を得る工程を含む、[1]または[2]に記載の方法。
[4] 前記巨核球細胞を培養する工程で得られた血小板を回収する工程を含む、[1]~[3]のいずれか1項に記載の方法。
[5] 巨核球細胞を含む培地を収容する容器と、
前記容器内を往復動する撹拌翼と
を備える血小板の製造装置であって、
前記培地中にて以下:
(a)約0.0005m2/s2~約0.02m2/s2の乱流エネルギー;
(b)約0.2Pa~約6.0Paの剪断応力;及び
(c)約100μm~約600μmのコルモゴロフスケール
から選択される1以上の指標を充足するように前記撹拌翼を往復動させることによって前記培地を撹拌した状態で、前記巨核球細胞から血小板を産生する血小板の製造装置。
[6] 巨核球細胞を含む血小板産生培地を収容する容器と、
前記培地に乱流を発生させるように前記培地を撹拌する撹拌機構と
を備え、
前記撹拌機構が、鉛直に延びる軸線を中心として旋回可能な撹拌翼であって、撹拌翼の少なくとも一部を前記容器の底側領域内に配置した撹拌翼と、前記撹拌翼の旋回に伴って前記乱流を発生させるように前記底側領域内にて前記撹拌翼の周囲に配置される複数の静止部材とを有し、
前記培地中にて前記撹拌翼を旋回させることによって前記培地を撹拌した状態で、前記巨核球細胞から血小板を産生する血小板の製造装置。
[7] 往復動可能又は旋回可能な撹拌翼を備えた血小板の製造装置における運転条件の決定方法であって、
前記製造装置における、乱流エネルギー、剪断応力及びコルモゴロフスケールから選択される1以上の指標と、血小板産生数との相関関係を算出する工程と、
前記血小板産生数が所定の範囲になる前記指標を与える運転条件を決定する工程と
を含む方法。
[8] 前記運転条件が、前記往復動可能な撹拌翼の往復動の平均速度を50mm/s~500mm/sの範囲とすることを含む、[7]に記載の方法。
[9] 前記撹拌する工程において、MIF、NRDc、及びIGFBP2を含む血小板産生促進因子を外部から添加する工程を含む、[1]~[4]のいずれか1項に記載の方法。
[10] 前記外部から添加する血小板産生促進因子が、TSP-1、PAI-1、及びCCL5をさらに含む、[9]に記載の方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係る方法および装置によれば、巨核球細胞からの血小板の産生を促進し、血小板の産生量を増大させることができる。加えて、本発明の方法および装置により製造される血小板は、Annexin Vレベルが低く、血液製剤として用いるのに適した特性を備えており、血液製剤の製造において非常に有用である。さらに、本発明に係る方法は、巨核球細胞の培養工程における運転条件、特には撹拌の条件の指針を与えるものである。したがって、この指針に沿って、培地の非定常撹拌を行うことで、異なるスケールの装置や、異なる種類の装置においても、血小板の分離前の巨核球細胞に対して、血小板産生に適した運転条件を決定することができ、血小板の安定な生産が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、本発明の一実施形態の第1態様に係る血小板の製造装置を概略的に示す縦断面図である。
【
図3】
図3は、上記第1態様の変形態様に係る容器と、第1および第2撹拌翼と連結部材とを概略的に示す斜視図である。
【
図4】
図4は、本発明の一実施形態の第2態様に係る血小板の製造装置を概略的に示す縦断面図である。
【
図6】
図6は、往復動非定常バイオリアクタを用いた場合、および一方向回転式バイオリアクタを用いた場合の、撹拌速度と乱流エネルギーとの関係を示すグラフである。
【
図7】
図7は、往復動非定常バイオリアクタを用いた場合の、乱流エネルギーと血小板産生数(撹拌速度100mm/sにおける血小板産生数に対する割合(%))との関係を示すグラフである。
【
図8】
図8は、往復動非定常バイオリアクタを用いた場合の、剪断応力と血小板産生数(撹拌速度100mm/sにおける血小板産生数に対する割合(%))との関係を示すグラフである。
【
図9】
図9は、往復動非定常バイオリアクタを用いた場合の、コルモゴロフスケールと血小板産生数(撹拌速度150mm/sにおける血小板産生数に対する割合)との関係を示すグラフである。
【
図10】
図10は、50Lの往復非定常バイオリアクタを用いた場合の、血小板の生理活性を測定した結果を示し、
図10(A)はCD41a陽性及びCD42b陽性である正常血小板の割合、
図10(B)は血小板を刺激しなかった場合のP-selectin陽性血小板割合、
図10(C)は血小板をADP+TRAP6で刺激した場合のP-selectin陽性血小板割合を示す。
【
図11】
図11は、50Lの往復非定常バイオリアクタを用いた場合の、血小板の生理活性を測定した結果を示し、
図11(A)は、血小板を刺激しなかった場合のアネキシンV陽性血小板割合、
図11(B)は、血小板をIonomycin刺激した場合のアネキシンV陽性血小板割合を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に本発明を、実施態様を示して詳細に説明する。しかしながら、本発明は以下の実施態様に限定されるものではない。
【0012】
[血小板の製造方法および製造装置]
本発明は、一実施形態の第1態様によれば、血小板の製造方法に関し、より詳細には、血小板産生培地中の巨核球細胞を培養する工程を含む製造方法であって、前記培養する工程が、撹拌翼を用いて容器内の前記血小板産生培地を撹拌する工程を含み、前記撹拌する工程が、以下:
(a)約0.0005m2/s2~約0.02m2/s2の乱流エネルギー;
(b)約0.2Pa~約6.0Paの剪断応力;及び
(c)約100μm~約600μmのコルモゴロフスケール
から選択される少なくとも1つの指標を充足するように、前記撹拌翼を往復動させることを含む製造方法に関する。また、本発明は、一実施形態の第1態様によれば、当該製造方法を実施するための血小板の製造装置に関する。
【0013】
本発明は、一実施形態の第2態様によれば、血小板の製造方法に関し、より詳細には、血小板産生培地中の巨核球細胞を培養する工程を含む製造方法であって、前記培養する工程が、略鉛直に延びる軸線を中心として旋回可能な撹拌翼であって、撹拌翼の少なくとも一部を容器の底側領域内に配置した撹拌翼を用いて前記容器内の血小板産生培地を撹拌する工程を含み、前記撹拌する工程が、前記培地中にて、複数の静止部材を前記撹拌翼の旋回に伴って前記培地に乱流を発生させるように前記底側領域内にて前記撹拌翼の周囲に配置した状態で、前記撹拌翼を旋回させることを含む、製造方法に関する。また、本発明は、一実施形態の第2態様によれば、当該製造方法を実施するための血小板の製造装置に関する。
【0014】
本発明の血小板の製造方法において、上記培養する工程において培養の対象となる巨核球細胞とは、以下に定義される巨核球細胞をいう。「巨核球細胞」とは、生体内においては骨髄中に存在する最大の細胞であり、血小板を放出することを特徴とする。また、細胞表面マーカーCD41a、CD42a、及びCD42b陽性で特徴づけられ、他に、CD9、CD61、CD62p、CD42c、CD42d、CD49f、CD51、CD110、CD123、CD131、及びCD203cからなる群より選択されるマーカーをさらに発現していることもある。「巨核球細胞」は、多核化(多倍体化)すると、通常の細胞の16~32倍のゲノムを有するが、本明細書において、単に「巨核球細胞」という場合、上記の特徴を備えている限り、多核化した巨核球細胞と多核化前の巨核球細胞の双方を含む。「多核化前の巨核球細胞」は、「未熟な巨核球細胞」、又は「増殖期の巨核球細胞」とも同義である。巨核球細胞は、公知の様々な方法で得ることができ、特には限定されず、任意の起源から、任意の方法で得られる巨核球細胞であってよい。
【0015】
本発明に係る血小板の製造方法は、好ましくは、上記培養する工程の前に、巨核球細胞より未分化な細胞において、癌遺伝子、ポリコーム遺伝子、及びアポトーシス抑制遺伝子を強制発現させて、不死化巨核球細胞を得る工程を含む。
【0016】
このような不死化巨核球細胞の製造方法の非限定的な例として、国際公開第2011/034073号に記載された方法が挙げられる。同方法では、「巨核球細胞より未分化な細胞」において、癌遺伝子とポリコーム遺伝子を強制発現させることにより、無限に増殖する不死化巨核球細胞株を得ることができる。また、国際公開第2012/157586号に記載された方法に従って、「巨核球細胞より未分化な細胞」において、アポトーシス抑制遺伝子を強制発現させることによっても、不死化巨核球細胞株を得ることができる。これらの不死化巨核球細胞株は、遺伝子の強制発現を解除することにより、多核化が進み、血小板を放出するようになる。したがって、本発明における、培養する工程は、遺伝子の強制発現を解除して培養する工程ともいうことができる。
【0017】
培養する工程の前に実施することができる不死化巨核球細胞を得る工程では、巨核球細胞を得るために、上記の文献に記載された方法を組み合わせてもよい。その場合、癌遺伝子、ポリコーム遺伝子、及びアポトーシス抑制遺伝子の強制発現は、同時に行ってもよく、順次行ってもよい。例えば、癌遺伝子とポリコーム遺伝子を強制発現させ、当該強制発現を抑制し、次にアポトーシス抑制遺伝子を強制発現させ、当該強制発現を抑制して、多核化巨核球細胞を得てもよい。また、癌遺伝子とポリコーム遺伝子とアポトーシス抑制遺伝子を同時に強制発現させ、当該強制発現を同時に抑制して、多核化巨核球細胞を得ることもできる。まず、癌遺伝子とポリコーム遺伝子を強制発現させ、続いてアポトーシス抑制遺伝子を強制発現させ、当該強制発現を同時に抑制して、多核化巨核球細胞を得ることもできる。本明細書において、遺伝子を強制発現させる工程を増殖期あるいは増殖可能な状態、強制発現を抑制する工程を成熟期ということもある。
【0018】
本発明において、「巨核球細胞より未分化な細胞」とは、巨核球への分化能を有する細胞であって、造血幹細胞系から巨核球細胞に至る様々な分化段階の細胞を意味する。巨核球より未分化な細胞の非限定的な例としては、造血幹細胞、造血前駆細胞、CD34陽性細胞、巨核球・赤芽球系前駆細胞(MEP)が挙げられる。これらの細胞は、例えば、骨髄、臍帯血、末梢血から単離して得ることもできるし、さらにより未分化な細胞であるES細胞、iPS細胞等の多能性幹細胞から分化誘導して得ることもできる。
【0019】
本発明において、「癌遺伝子」とは、生体内において細胞の癌化を誘導する遺伝子のことをいい、例えば、MYCファミリー遺伝子(例えば、c-MYC、N-MYC、L-MYC)、SRCファミリー遺伝子、RASファミリー遺伝子、RAFファミリー遺伝子、c-Kit、PDGFR、Ablなどのプロテインキナーゼファミリー遺伝子が挙げられる。
【0020】
「ポリコーム遺伝子」とは、CDKN2a(INK4a/ARF)遺伝子を負に制御し、細胞老化を回避するために機能する遺伝子として知られている(小倉ら,再生医療 vol. 6, No. 4, pp26-32; Jseusetal., Jseusetal., Nature Reviews Molecular Cell Biology vol. 7, pp667-677, 2006; Proc. Natl. Acad. Sci. USA vol. 100, pp211-216, 2003)。ポリコーム遺伝子の非限定的な例として、BMI1、Mel18、Ring1a/b、Phc1/2/3、Cbx2/4/6/7/8、Ezh2、Eed、Suz12、HDAC、Dnmt1/3a/3bが挙げられる。
【0021】
「アポトーシス抑制遺伝子」とは、細胞のアポトーシスを抑制する機能を有する遺伝子をいい、例えば、BCL2遺伝子、BCL-xL遺伝子、Survivin遺伝子、MCL1遺伝子などが挙げられる。
【0022】
遺伝子の強制発現及び強制発現の解除は、国際公開第2011/034073号、国際公開第2012/157586号、国際公開第2014/123242、またはNakamura S et al, Cell Stem Cell. 14, 535-548, 2014に記載された方法、その他の公知の方法又はそれに準ずる方法で行うことができる。例えば、遺伝子の強制発現及びその解除のためにTet-on(登録商標)又はTet-off(登録商標)システムのような薬剤応答性の遺伝子発現誘導システムを用いる場合、強制発現する工程においては、対応する薬剤、例えば、テトラサイクリンまたはドキシサイクリンを培地に含有させ、これらを培地から除くことによって強制発現を抑制してもよい。
【0023】
遺伝子の強制発現及び強制発現の抑制(解除)を実施する際の巨核球細胞の培養条件は、通常の条件とすることができる。例えば、温度は約35℃~約42℃、約36℃~約40℃、又は約37℃~約39℃とすることができ、5~15% CO2及び/又は20% O2としてもよい。
【0024】
具体的には、上記の遺伝子を巨核球細胞より未分化な細胞において強制発現させる工程は、当業者の常法にしたがって行うことができ、例えば、これらの遺伝子を発現するベクター、またはこれらの遺伝子をコードするタンパク質またはRNAの形態で巨核球細胞より未分化な細胞へ導入することによって成し得る。さらには、これらの遺伝子の発現を誘導する低分子化合物等を巨核球細胞より未分化な細胞と接触させることによって行うことができる。
【0025】
これらの遺伝子を発現するベクターとは、例えば、レトロウイルス、レンチウィルス、アデノウイルス、アデノ随伴ウィルス、ヘルペスウイルス及びセンダイウィルスなどのウィルスベクター、動物細胞発現プラスミド(例、pA1-11,pXT1,pRc/CMV,pRc/RSV,pcDNAI/Neo)などが用いられ得る。単回導入により実施し得るという点において、好ましくは、レトロウィルスベクターまたはレンチウィルスベクターである。発現ベクターにおいて使用されるプロモーターの例としては、EF-αプロモーター、CAGプロモーター、SRαプロモーター、SV40プロモーター、LTRプロモーター、CMV(サイトメガロウイルス)プロモーター、RSV(ラウス肉腫ウィルス)プロモーター、MoMuLV(モロニーマウス白血病ウィルス)LTR、HSV-TK(単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ)プロモーターなどが用いられる。発現ベクターは、プロモーターの他に、所望によりエンハンサー、ポリA付加シグナル、選択マーカー遺伝子、SV40複製起点などを含有していてもよい。有用な選択マーカー遺伝子としては、例えば、ジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子等が挙げられる。
【0026】
本発明の発現ベクターにおいて、テトラサイクリンまたはドキシサイクリンによりその遺伝子の発現を制御するため、プロモーター領域にはテトラサイクリン反応性エレメントを有している薬剤応答性ベクターであってもよい。この他にも、Cre-loxPシステムを使用して、遺伝子をベクターから切り出すため、loxP配列にて遺伝子またはプロモーター領域もしくはその両方をはさむようにloxP配列が設置された発現ベクターを用いてもよい。
【0027】
巨核球細胞の製造においては、アポトーシス抑制遺伝子を強制発現させて培養している細胞を、(a)アクトミオシン複合体機能阻害剤で処理する工程、(b)ROCK阻害剤で処理する工程、の少なくとも1つを含んでもよい。これらの処理により、より安定な増殖と多核化を進めることができる。
【0028】
アクトミオシン複合体機能阻害剤、ROCK阻害剤等で細胞を処理する場合の至適濃度などは、当業者であれば、予備的な実験によって予め決定することができる。また、処理する期間や方法なども、当業者において適宜選択することができる。例えば、ミオシン重鎖II ATPase阻害剤であるブレビスタチン処理の場合、2~15μg/ml、あるいは、5~10μg/ml程度を培養液中に添加し、培養期間としては、例えば、5~10日間程度、特に、6~7日間程度が好ましい。また、ROCK阻害剤であるY27632は、5~15μM、あるいは、8~12μM、好ましくは10μM程度で使用することができる。Y27632の処理時間としては、10~21日間、好ましくは14日間程度である。
【0029】
ROCK(Rho-associated coiled-coil forming kinase/Rho結合キナーゼ)阻害剤としては、例えば、〔(R)-(+)-トランス-N-(4-ピリジル)-4-(1-アミノエチル)-シクロヘキサンカルボキサミド・2HCl・H2O〕(Y27632)などを挙げることができる。場合によっては、Rhoキナーゼ活性を阻害するような抗体、あるいは、核酸(例えば、shRNAなど)も、ROCK阻害剤として使用することができる。
【0030】
強制発現させる工程の後、当該工程で得られた巨核球または巨核球前駆細胞に対して、血小板産生培地で培養する工程を実施する。培養する工程において、強制発現を抑制あるいは停止する方法として、例えば、前工程で薬剤応答性ベクターを用いて強制発現をしている場合には、対応する薬剤と当該細胞と接触させないことによって達成させてもよい。具体的には、ドキシサイクリンやテトラサイクリンにより遺伝子の強制発現を行う場合には、これらを除去した培地において細胞を培養することにより、強制発現を抑制することができる。この他にも、上記のLoxPを含むベクターを用いた場合は、Creリコンビナーゼを当該細胞に導入することによって達成させてもよい。さらに、一過性発現ベクター、およびRNAまたはタンパク質導入を用いた場合は、当該ベクター等との接触を止めることによって達成させてもよい。本工程において用いられる培地は、上記と同一の培地を用いて行うことができる。
【0031】
培養する工程において使用する血小板産生培地は特に限定されず、巨核球細胞から血小板が産生されるのに好適な公知の培地やそれに準ずる培地を適宜使用することができる。例えば、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えばIMDM培地、Medium 199培地、Eagle's Minimum Essential Medium (EMEM)培地、αMEM培地、Dulbecco's modified Eagle's Medium (DMEM)培地、Ham's F12培地、RPMI 1640培地、Fischer's培地、Neurobasal Medium(ライフテクノロジーズ)およびこれらの混合培地が挙げられる。
【0032】
培地には、血清又は血漿が含有されていてもよいし、あるいは無血清でもよい。必要に応じて、培地は、例えば、アルブミン、インスリン、トランスフェリン、セレン、脂肪酸、微量元素、2-メルカプトエタノール、チオールグリセロール、モノチオグリセロール(MTG)、脂質、アミノ酸(例えばL-グルタミン)、アスコルビン酸、ヘパリン、非必須アミノ酸、ビタミン、増殖因子、低分子化合物、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類、サイトカインなどの1つ以上の物質も含有し得る。サイトカインとは、血球系分化を促進するタンパク質であり、例えば、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)、トロンボポエチン(TPO)、各種TPO様作用物質、Stem Cell Factor(SCF)、ITS(インスリン-トランスフェリン-セレナイト)サプリメント、ADAM阻害剤、などが例示される。本発明において好ましい培地は、血清、インスリン、トランスフェリン、セリン、チオールグリセロール、アスコルビン酸、TPOを含むIMDM培地である。さらにSCFを含んでいてもよく、さらにヘパリンを含んでいてもよい。それぞれの濃度も特に限定されないが、例えば、TPOは、約10ng/mL~約200ng/mL、又は約50ng/mL~約100ng/mLとすることができ、SCFは、約10ng/mL~約200ng/mL、又は約50ng/mLとすることができ、ヘパリンは、約10U/mL~約100U/mL、又は約25U/mLとすることができる。ホルボールエステル(例えば、ホルボール-12-ミリスタート-13-アセタート;PMA)を加えてもよい。
【0033】
本発明に係る製造方法では、巨核球細胞の培養工程を、血清フリー及び/又はフィーダー細胞フリーの条件で行ってもよい。好ましくは、TPOを含有する培地で本発明の方法にしたがって製造された巨核球を培養することで行う方法である。血小板産生工程においては、血清フリー且つフィーダー細胞フリーで行うことができれば、得られた血小板を臨床的に用いる場合に免疫原性の問題が生じにくい。また、フィーダー細胞を用いないで血小板を産生させることができれば、フィーダー細胞を接着させる必要がないので、フラスコなどで浮遊培養することができるので、製造コストを抑制できるとともに、大量生産に適している。なお、フィーダー細胞を用いない場合は、conditioned mediumを使用してもよい。conditioned mediumは、特に限定されず、当業者が公知の方法等に従って作製することができるが、例えば、フィーダー細胞を適宜培養し、培養物からフィーダー細胞をフィルターで除去することによって得ることができる。
【0034】
培養期間については、巨核球の数などをモニターしながら、適宜決定することが可能であるが、例えば、2日間~10日間、好ましくは3日間~7日間程度である。少なくとも3日以上であることが望ましい。また、培養期間中は、適宜、継代を行うことが望ましい。
【0035】
血小板産生培地にROCK阻害剤及び/又はアクトミオシン複合体機能阻害剤を加える。ROCK阻害剤及びアクトミオシン複合体機能阻害剤としては、上述した多核化巨核球の製造方法で使用したものと同じものを使用することができる。ROCK阻害剤としては、例えばY27632が挙げられる。アクトミオシン複合体機能阻害剤としては、ミオシン重鎖II ATPase阻害剤である、ブレビスタチンが挙げられる。ROCK阻害剤を単独で加えてもよく、ROCK阻害剤とアクトミオシン複合体機能阻害剤を単独で加えてもよいし、これらを組み合わせて加えてもよい。
【0036】
ROCK阻害剤及び/又はアクトミオシン複合体機能阻害剤は、0.1μM~30μMで加えることが好ましく、例えば0.5μM~25μM、5μM~20μM等としてもよい。ROCK阻害剤及び/又はアクトミオシン複合体機能阻害剤を加えてからの培養期間は1日~15日とすることができ、3日、5日、7日等としてもよい。ROCK阻害剤及び/又はアクトミオシン複合体機能阻害剤を加えることにより、CD42b陽性血小板の割合をさらに増加させることが可能である。
【0037】
上述のように、本発明の一実施形態の第1態様に係る血小板の製造方法においては、血小板産生培地で強制発現を抑制して巨核球細胞を培養する培養工程が、撹拌翼を用いて容器内の前記血小板産生培地を撹拌する工程を含む。そして、撹拌する工程が、最低限の商業生産を目的として、以下:
(a)約0.0005m2/s2~約0.02m2/s2の乱流エネルギー;
(b)約0.2Pa~約6.0Paの剪断応力;及び
(c)約100μm~約600μmのコルモゴロフスケール
から選択される1以上の指標を充足するように、前記撹拌翼を往復動させることが好ましい。
【0038】
撹拌対象物である容器内の培地における乱流エネルギー、剪断応力、及びコルモゴロフスケールは、乱流の基本方程式に基づき、シミュレーションにより算出することができる。例えば、熱流体解析ソフトFLUENT(ANSYS社製)を用いて計算することができるが、特定のソフトウエアには限定されない。より具体的には、乱流エネルギーは、撹拌翼を往復動させるように構成する場合には、撹拌翼翼の往復動のストローク、往復動の速度、往復動の周波数等により変化する。複数の撹拌翼を用いて構成される場合には、撹拌翼の数も、変化を生じさせる一要素となり得る。剪断応力及びコルモゴロフスケールも、同様の要素の変更により変化する。
【0039】
ある実施形態においては、上記指標は、約0.0005m2/s2~約0.015m2/s2の乱流エネルギー;約0.2Pa~約3.6Paの剪断応力;及び約100μm~約600μmのコルモゴロフスケールから選択される1以上であってもよい。別の実施形態において、上記指標は、約0.001m2/s2~約0.016m2/s2の乱流エネルギー;約0.3Pa~約4.7Paの剪断応力;及び約120μm~約440μmのコルモゴロフスケールから選択される1以上、あるいは、約0.001m2/s2~約0.015m2/s2の乱流エネルギー;約0.3Pa~約3.6Paの剪断応力;及び約120μm~約440μmのコルモゴロフスケールから選択される1以上であってもよい。また別の実施形態においては、上記指標は、約0.002m2/s2~約0.012m2/s2の乱流エネルギー;約0.5Pa~約3.6Paの剪断応力;及び約160μm~約320μmのコルモゴロフスケールから選択される1以上であってもよい。なお、これらの数値範囲は例示にすぎず、本発明を限定するものではない。また、これらの指標を、以下の本明細書において、総称して乱流の指標と指称する場合がある。
【0040】
ここで、本発明の一実施形態の第1態様に係る製造方法を実施するための血小板の製造装置について、
図1~
図3を参照して説明する。
【0041】
図1および
図2に示すように、本態様に係る血小板の製造装置は、巨核球細胞を含む培地Cを収容する容器1と、この容器1内の培地Cを撹拌する1つの撹拌翼21を有する撹拌機構2とを備える。撹拌機構2は、撹拌翼21を往復動させるように構成される。なお、
図1において、撹拌翼21の往復動方向を矢印Rにより示す。さらに、撹拌機構2は、培地C中にて所望の乱流エネルギー、剪断応力、またはコルモゴロフスケールのいずれか1つを発生させるように撹拌翼21の往復動を制御する。かかる撹拌機構2においては、撹拌翼21の往復動のストローク、往復動の速度(例えば、往復動の平均速度など)、往復動の周波数などが制御されるとよい。特に、撹拌翼21の往復動は、非定常的なパターンにて制御されると好ましい。所望の乱流エネルギーおよび剪断応力は、上述のようなシミュレーションによって算出することができる。所望の乱流エネルギー、剪断応力、及びコルモゴロフスケールは、上記の(a)、(b)、(c)のとおり、あるいは他の実施形態として先に記載した数値範囲の各指標であってよい。製造装置は、このような条件下で巨核球細胞から血小板を産生する。
【0042】
さらに、製造装置は次のように構成されると好ましい。製造装置の容器1は、中空体となっており、
図1および
図2においては、一例として、容器1は略円筒形状に形成されている。なお、本発明においては、容器は、中空体であれば、略円筒形状以外の形状に形成されてもよい。かかる容器1は、実質的に鉛直方向に対向する頂壁部(または頂部)1aおよび底壁部(または底部)1bと、頂壁部1aおよび底壁部1bの外周縁部間で延びる周壁部(または周部)1cとを有する。さらに、容器1は、実質的に鉛直方向に延びる細長形状に形成されると好ましい。
【0043】
図1においては、頂壁部1aは、周壁部1cとは別体である容器1の蓋として構成されており、この頂壁部1aを取り外した状態で、容器1の内部に培地Cを投入することができる。なお、本発明において、培地を投入するための投入口が容器に穿設されてもよく、この場合、容器において頂壁部が周壁部と一体に形成されてもよい。さらに、本発明においては、血小板の製造条件に応じて、容器が上方に向かって開口するように形成されてもよく、この場合、頂壁部に開口が形成されるか、または容器が頂壁部を有さないとよい。容器1の容量は、血小板を産生することができれば、あらゆる値とすることができるが、例えば、血小板の産生量を増大させるという観点においては、容器1の容量は、約300mL以上、約1L以上、約50L以上、約200L以上、約500L以上、約1000L以上、または約2000L以上であると好ましい。
【0044】
図1に示すように、製造装置の撹拌機構2の撹拌翼21は、その往復動方向に対して所定の交差角度θ1にて交差する交差平面に沿って配置される。交差角度θ1は約90°となっている。言い換えれば、撹拌翼21は、その往復動方向に対して略直交する交差平面に沿って配置されている。かかる撹拌翼21は略平板形状に形成されている。撹拌翼21の外周縁21aは、交差平面に直交する方向から見て、略円形状に形成されている。
図1および
図2に示すように、撹拌翼21は、容器1の頂壁部1a、底壁部1b、および周壁部1cと間隔を空けて配置されている。このような撹拌翼21は「撹拌羽根」と呼ばれることもある。また、撹拌翼21の他の形状と、容器1の周壁部1c及び撹拌翼21の外周縁21a間の距離とは、所望の乱流エネルギー、剪断応力、またはコルモゴロフスケールに応じて定められるとよい。
【0045】
しかしながら、本発明の撹拌翼について、撹拌翼の交差角度は、所望の乱流エネルギー、剪断応力、またはコルモゴロフスケールに応じて、約90°以外の交差角度としてもよい。かかる交差角度は、約0°~約180°の範囲内にあるとよい。また、撹拌翼は、所望の乱流エネルギー、剪断応力、またはコルモゴロフスケールに応じて、略平板形状以外の形状に形成されてもよく、例えば、撹拌翼は、略半球殻形状、略椀形状、略湾曲板形状、略波付き板形状などに形成されてもよい。さらに、撹拌翼の外周縁は、所望の乱流エネルギー、剪断応力、またはコルモゴロフスケールに応じて、交差平面に直交する方向から見て、略円形状以外の形状に形成されてもよく、例えば、撹拌翼の外周縁は、交差平面に直交する方向から見て、略半円形状、略楕円形状、略半楕円形状、略扇形状、略四角形状などの略多角形状、略星型多角形状などに形成されてもよい。撹拌翼はまた、その往復動方向に貫通する少なくとも1つの孔を有してもよく、かかる孔の形状、数、および位置は、所望の乱流エネルギー、剪断応力、またはコルモゴロフスケールに応じて定められるとよい。
【0046】
さらに、
図1に示すように、撹拌機構2は、撹拌翼21を往復動させるための駆動源22と、撹拌翼21および駆動源22を連結する連結部材23とを有する。駆動源22は、連結部材22を往復動させることによって、撹拌翼21を往復動させるように構成されている。なお、駆動源22は、かかる往復動に加えて、撹拌翼21および連結部材23を連結部材23の軸線23aを中心に旋回させるように構成されてもよい。この場合、撹拌機構2においては、撹拌翼21の往復動の制御に加えて、撹拌翼21の旋回速度、旋回方向などが制御されるとよく、特に、撹拌翼21の往復動および旋回が、非定常的なパターンにて制御されると好ましい。
【0047】
また、連結部材23は、その軸線23aに沿って延びる略シャフト形状に形成されている。連結部材23の長手方向の先端部23bが撹拌翼21に取り付けられ、連結部材23の長手方向の基端部23cが往復動可能に駆動源22に保持されている。
図2に示すように、連結部材23の先端部23bは、撹拌翼21の重心に略一致する位置に取り付けられている。なお、連結部材の先端部は、所望の乱流エネルギー、剪断応力、またはコルモゴロフスケールに応じて、撹拌翼の重心からズレた位置に取り付けられてもよい。
【0048】
このような撹拌機構2は容器1の頂壁部1aに取り付けられている。撹拌機構2の具体的な取付構造については、容器1の頂壁部1aには、往復動方向に貫通する挿入孔1dが形成されており、撹拌機構2は、連結部材23を挿入孔1dに挿入しながら撹拌翼21を容器1の内部に収容した状態で容器1の頂壁部1aに取り付けられている。なお、本発明においては、撹拌機構が、容器の頂壁部の代わりに、上述した撹拌機の具体的な取付構造によって容器の底壁部または周壁部に取り付けられてもよい。
【0049】
容器1の密閉性を高めようとする場合、製造装置は、連結部材23の往復動を許容しながら、容器1の挿入孔1dの周縁および撹拌機構2の連結部材23間の隙間を塞ぐように構成されるシール部材3を有するとよい。例えば、かかるシール部材3は、連結部材23の往復動に追従可能である柔軟な構造を有するとよい。さらに、かかる柔軟な構造は、ゴムなどの柔軟な材料から成る膜構造であってもよく、または柔軟な構造は、金属、テフロン(登録商標)などから成るべローズ構造であってもよい。なお、本発明において、シール部材は、連結部材を往復動方向にて摺動可能に保持するように構成されてもよい。
【0050】
このような製造装置において、撹拌機構2の撹拌翼21は、容器1内における所定の可動範囲内を往復動する。かかる可動範囲は、所望の乱流エネルギー、剪断応力、またはコルモゴロフスケールを得ることができるように、容器1内または培地C中にて設定される。特に、可動範囲の往復動方向の長さ、すなわち、撹拌翼21の往復動の最大ストロークと、可動範囲の往復動方向の中心位置とは、容器1の往復動方向の長さ、容器1の底壁部1bから培地Cの液面c1までの距離、容器1の容量、所望の乱流エネルギー、剪断応力、またはコルモゴロフスケールなどに応じて定められるとよい。
【0051】
さらに、
図3を参照して、第1態様の変形態様に係る製造装置について説明する。なお、
図3においては、容器1を仮想線により示す。かかる第1態様の変形態様によれば、製造装置の撹拌機構2が、往復動方向に互いに間隔を空けて配置される2つの撹拌翼21,24を有する。2つの撹拌翼21,24の一方(以下、必要に応じて「第1撹拌翼」という)21は、往復動方向に貫通する複数の孔21bを有し、この点を除いて、第1撹拌翼21は、
図1および
図2に示した第1態様の撹拌翼21と同様に構成されている。
【0052】
2つの撹拌翼21,24の他方(以下、必要に応じて「第2撹拌翼」という)24は、次の点を除いて、第1態様の撹拌翼21と同様に構成されている。第2撹拌翼24は、連結部材23の長手方向の中間部23dに取り付けられている。
図3においては、第2撹拌翼24の交差角度θ2は約90°以外の角度となっている。しかしながら、本発明において、第2撹拌翼の交差角度は、所望の乱流エネルギー、剪断応力、またはコルモゴロフスケールに応じて約0°~約180°の範囲内とすることができる。
【0053】
さらに、第1および第2撹拌翼21,24は異なる形状を有する。第1および第2撹拌翼21,24の交差角度θ1,θ2は互いに異なっており、第2撹拌翼24は第1撹拌翼21に対して傾いて配置されている。一例として、
図3においては、第2撹拌翼24の外周縁24aが第1撹拌翼21の外周縁21aよりも小さくなっている。
【0054】
しかしながら、本発明においては、所望の乱流エネルギー、剪断応力、またはコルモゴロフスケールをもたらすことができれば、第1および第2撹拌翼が、それらの取付位置を除いて、互いに同様に構成されてもよい。また、本発明においては、所望の乱流エネルギー、剪断応力、またはコルモゴロフスケールをもたらすことができれば、撹拌機構が、容器の往復動方向の長さ、容器の底壁部から培地の液面までの距離、容器の容量などに応じて、往復動方向に互いに間隔を空けて配置される3つ以上の撹拌翼を有してもよい。
【0055】
次に、上述のように、本発明の一実施形態の第2態様に係る血小板の製造方法においては、血小板産生培地で強制発現を抑制して巨核球細胞を培養する工程が、略鉛直に延びる軸線を中心として旋回可能な撹拌翼であって、撹拌翼の少なくとも一部を容器の底側領域内に配置した撹拌翼を用いて前記容器内の血小板産生培地を撹拌する工程を含み、前記撹拌する工程が、前記培地中にて、複数の静止部材を前記撹拌翼の旋回に伴って前記培地に乱流を発生させるように前記底側領域内にて前記撹拌翼の周囲に配置した状態で、前記撹拌翼を旋回させることを含む。
【0056】
さらに、本発明の一実施形態の第2態様に係る製造方法を実施するための血小板の製造装置について、
図4および
図5を参照して説明する。
【0057】
図4および
図5に示すように、本態様に係る血小板の製造装置は、巨核球細胞を含む培地Cを収容する容器4と、この容器4内の培地Cに乱流を発生させるように培地Cを撹拌する構成である撹拌機構5とを備える。撹拌機構5は、旋回可能な撹拌翼51を有する。なお、
図4において、撹拌翼51の旋回方向を矢印Pにより示す。撹拌機構5は、撹拌翼51を旋回方向の両側に旋回可能とするように構成されると好ましい。しかしながら、本発明において、撹拌機構は、撹拌翼を旋回方向の一方側のみに旋回可能とするように構成されてもよい。
【0058】
かかる撹拌翼51は、容器4の底壁部4bから略鉛直に延びる軸線51aを中心として旋回可能に構成される。撹拌翼51は、軸線51aを中心として略放射状に延びる複数の羽根部分(vane portion)52を有するとよい。複数の羽根部分52は、旋回方向に互いに間隔を空けるとよい。特に、撹拌翼51は、略インペラ形状に形成されるとよい。さらに、撹拌機構5は、撹拌翼51の周囲に配置される複数の静止部材53を有する。このような撹拌翼51および静止部材53のさらなる詳細は後述する。
【0059】
かかる製造装置において、撹拌装置5は、培地C中にて旋回する撹拌翼51と、この撹拌翼51に相対して静止する静止部材53との相互作用によって乱流を発生させて、培地Cを撹拌するようになっている。さらに、撹拌機構5は、培地C中にて所望の乱流エネルギー、剪断応力、またはコルモゴロフスケールを発生させるように撹拌翼51の旋回を制御する。かかる撹拌機構5においては、撹拌翼51の旋回速度、旋回方向などが制御されるとよい。特に、撹拌翼51の旋回は、非定常的なパターンにて制御されると好ましい。所望の乱流エネルギー、剪断応力、またはコルモゴロフスケールは、製造装置の条件を除いて第1態様と同様のシミュレーションによって算出することができる。製造装置は、算出された所望の乱流エネルギー、剪断応力、またはコルモゴロフスケールを発生させるように撹拌装置5によって培地Cを撹拌した状態で、巨核球細胞から血小板を再生する。
【0060】
さらに、製造装置は次のように構成されると好ましい。
図4に示すように、製造装置の容器4は、後述するように第1態様の挿入孔1dと異なる挿入孔4dを有するが、この点を除いて、容器4は、第1態様に係る容器1と同様に構成される。かかる容器4は、第1態様の頂壁部1a、底壁部1b、および周壁部1cにそれぞれ対応する頂壁部(または頂部)4a、底壁部(または底部)4b、および周壁部(または周部)4cを有する。容器4の底壁部4bには、撹拌装置5の取付に用いられる挿入孔4dが形成される。また、容器4の容量もまた第1態様に係る容器1の容量と同様である。
【0061】
製造装置の撹拌機構5の撹拌翼51は、容器4内でその底部4b寄りに配置される。特に、撹拌翼51は、その全体を容器4の底側領域4e内に収容するように配置されると好ましい。なお、本発明において、所望の乱流エネルギー、剪断応力、またはコルモゴロフスケールをもたらすことができれば、撹拌翼の鉛直方向の上側部分が底側領域よりも鉛直方向の上方に位置してもよい。
【0062】
なお、底側領域4eは次のように定義されるとよい。底側領域4eの鉛直方向の下端は底壁部4bの鉛直方向の位置に略一致するとよい。底側領域4eの鉛直方向の上端は、底壁部4bから鉛直方向の上側に所定の長さ(すなわち、底側領域4eの鉛直方向の長さ)L1移動した位置に略一致する。底側領域4eの鉛直方向の長さL1は、容器4の鉛直方向の長さL2、または底壁部4bから培地Cの液面c1までの鉛直方向の長さL3に対して、約1/2以下であるとよい。例えば、底側領域4eの鉛直方向の長さL1は、容器4の容量、所望の乱流エネルギー、剪断応力、またはコルモゴロフスケールなどに応じて、容器4の鉛直方向の長さL2、または底壁部4bから培地Cの液面c1までの鉛直方向の長さL3に対して、約1/2、約1/3、約1/4、約1/5、または約1/10とすることができる。
【0063】
さらに、撹拌翼51の羽根部分52の上端縁52aは、撹拌翼51の軸線51aから撹拌翼51の外周側端部51b、すなわち、羽根部分52の外周側端部52bに向かうに従って鉛直方向に下がるように傾斜するとよい。また、このような撹拌翼51の羽根部分52の他の形状および数と、隣接する羽根部分52の間隔とは、所望の乱流エネルギー、剪断応力、またはコルモゴロフスケールに応じて定められるとよい。
【0064】
さらに、複数の静止部材53は、それらの全体を容器4の底側領域4e内に収容するように配置される。静止部材53の内周側端部53aは、撹拌翼51の外周側端部51b、すなわち、羽根部分52の外周側端部52bと間隔を空けている。
図4に示すように、静止部材53における内周側端部53aの鉛直方向の上端は、羽根部分52における外周側端部52bの鉛直方向の上端よりも鉛直方向の上方に位置すると好ましい。また、このような静止部材53の他の形状および数と、隣接する静止部材53の間隔とは、所望の乱流エネルギー、剪断応力、またはコルモゴロフスケールに応じて定められるとよい。
【0065】
さらに、撹拌機構5は、撹拌翼51を旋回させるための駆動源54と、撹拌翼51および駆動源54を連結する連結部材55とを有する。駆動源54は、連結部材55を旋回させることによって、撹拌翼51を旋回させるように構成されている。
【0066】
連結部材55は、その軸線55aに沿って延びる略シャフト形状に形成されている。連結部材55の軸線55aは撹拌翼51の軸線51aと一致している。かかる連結部材55の長手方向の先端部55bが撹拌翼51に取り付けられ、連結部材55の長手方向の基端部55cが旋回可能に駆動源54に保持されている。
【0067】
このような撹拌機構5は容器4の底壁部4bに取り付けられる。撹拌機構5の具体的な取付構造については、上述のように容器4の底壁部4bに形成される挿入孔4dが、底壁部4bを鉛直方向に貫通しており、撹拌機構5は、連結部材55を挿入孔4dに挿入しながら撹拌翼51を容器4の内部に収容した状態で容器4の底壁部4bに取り付けられている。
【0068】
製造装置は、連結部材55の旋回を許容しながら、容器4の挿入孔4dの周縁および撹拌機構5の連結部材55間の隙間を塞ぐように構成されるシール部材6を有するとよい。
例えば、かかるシール部材6は、密閉型のベアリングなどとすることができる。
【0069】
このような第2態様に係る製造装置においては、容器4内の培地Cに、
図4にて矢印Fにより示すような循環流をもたらすことができる。循環流について、具体的には、撹拌機構5の旋回する撹拌翼51および静止する静止部材53の相互作用によって、静止部材53からの流れが容器4の周壁部4cに沿って上方に向かって進行し、上方に向かった流れが、培地Cの液面c1付近まで渦を巻くように進行し、次に、培地Cの液面c1付近に到達した流れは、下方に向かって進行し、下方に向かった流れは、撹拌翼51の軸線51aに向かって渦を巻くように進行し、その後、撹拌翼51に到達し、再び、撹拌機構5の旋回する撹拌翼51および静止する静止部材53の相互作用によって、静止部材53からの流れが容器4の周壁部4cに沿って上方に向かって進行する。このような循環流によって、巨核球細胞からの血小板の産生を促進し、血小板の産生量を増大させることができる。
【0070】
以上のような第1および第2態様に係る製造方法および製造装置のさらに好ましい条件について以下に説明する。なお、以下においては、
図1~
図5の符号を用いずに説明する。
【0071】
巨核球細胞を上記第1態様による所定の乱流エネルギー、剪断応力、またはコルモゴロフスケールとなる条件下で培養する工程、あるいは第2態様による培地に乱流を発生させるように撹拌翼を旋回させる条件下で培養する工程は、強制発現を抑制して培養する工程の開始時から、すなわち、血小板産生培地により培養を開始した時点から実施することもでき、血小板回収工程の1~3日前に実施することもできる。また、このような条件は、培養期間中にわたって、断続的に与えることも可能であるが、強制発現を抑制して培養する工程の開始時から継続して与え続けることが好ましい。さらに、所定の好ましい乱流エネルギー、剪断応力、またはコルモゴロフスケールは、培養期間にわたって概ね一定とすることもでき、可変運用とすることも可能である。
【0072】
第1態様による所定の乱流エネルギーまたは剪断応力を与える条件下で血小板産生培地中の巨核球細胞を培養することで、あるいは第2態様による培地に乱流を発生させるように撹拌翼を旋回させる条件下で血小板産生培地中の巨核球細胞を培養することで、マクロファージ遊走阻止因子(Macrophage migration inhibitory factor:MIF)、ナルディライジン(N-arginine dibasic convertase; NRDc、NRD1タンパクともいう)、インスリン様増殖因子結合タンパク質2(IGFBP2)、トロンボスポンジン1(TSP-1)、プラスミノーゲン活性化抑制因子(PAI-1)、及びCCL5(RANTES: regulated on activation, normal T cell expressed and secreted)を含む血小板産生促進因子の、巨核球細胞からの放出を促進し、培地中のMIF、NRDc、IGFBP2、TSP-1、PAI-1、及びCCL5の量を増加させることができる。これらの血小板産生促進因子の培地中の量を増加させ、かつそれらの因子の存在下で巨核球細胞に乱流エネルギー、剪断応力、またはコルモゴロフスケールが前述の好ましい指標の範囲となる物理的刺激を与えて培養することで、巨核球細胞1個当たりから生産される血小板の量を増加させることができる。
【0073】
任意選択的に、上記培養工程であって、第1態様による所定の乱流エネルギー、剪断応力、またはコルモゴロフスケールを発生させる、あるいは第2態様による培地に乱流を発生させるように撹拌翼を旋回させる培養工程において、前記巨核球細胞に、MIF、NRDc、及びIGFBP2を含む血小板産生促進因子を外部から添加する工程を含んでもよい。外部から添加する血小板産生促進因子は、MIF、NRDc、及びIGFBP2の3因子を必須とするが、これらに加え、TSP-1、PAI-1、及びCCL5を含む6因子であることがさらに好ましい。6因子により巨核球細胞からの血小板の産生をより増強することが可能となるためである。
【0074】
これらの外部から添加する血小板産生促進因子は、任意の方法で得たものであってよいが、例えば、遺伝子組み換え的手法により得られた遺伝子組換体であることが好ましい。
遺伝子組換体は、市販されているものを用いることもできるし、公知の遺伝子情報に従って、当業者が適宜作製することもできる。例えば、MIF、IGFBP2、TSP-1、PAI-1、及びCCL5については、広く市販されており、市販されたタンパク質を使用することができる。NRDcは、単離精製が、J. Biol. Chem., 269, 2056, 1994に、遺伝子配列が、Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 91, 6078, 1994に既に報告されている。したがって、これらの文献、あるいはその他の公知文献に開示された情報に基づいて当分野において既知の方法で作製することができる。添加する血小板産生促進因子の濃度は、特には限定されないが、例えば、NRDc、IGFBP2、TSP-1、PAI-1、及びCCL5については、約10~500ng/mLとなるように添加することが好ましく、約50~100ng/mLとなるように添加することがさらに好ましい。MIFについては、約1~500ng/mLとなるように添加することが好ましく、約10~100ng/mLとなるように添加することがさらに好ましい。しかしながら、これらの添加量は、当業者が適宜決定することができ、上記範囲に限定されるものではない。
【0075】
血小板産生促進因子を外部から添加する工程は、強制発現を抑制して、血小板産生培地により培養を開始した時点に実施することもできるが、好ましくは、血小板回収工程の1~3日前に実施することが好ましい。血小板産生促進因子を外部から添加しても、血小板の回収工程までの間に劣化するおそれがあるためである。また、1回のみの添加ではなく、時間をおいて複数回添加することもできる。いずれの場合であっても、巨核球細胞から、血小板が放出される時点で、血小板産生促進因子が培地中に存在するように添加することが好ましい。
【0076】
次いで実施する血小板回収工程は、培地から、FACSなどの通常の方法で血小板を回収する。「血小板」は、血液中の細胞成分の一つであり、CD41a陽性及びCD42b陽性で特徴づけられる。血小板は、血栓形成と止血において重要な役割を果たすとともに、損傷後の組織再生や炎症の病態生理にも関与する。出血等により血小板が活性化されると、その膜上にIntegrin αIIBβ3(glycoprotein IIb/IIIa; CD41aとCD61の複合体)などの細胞接着因子の受容体が発現する。その結果、血小板同士が凝集し、血小板から放出される各種の血液凝固因子によってフィブリンが凝固することにより、血栓が形成され、止血が進む。
【0077】
血小板の機能は、公知の方法により測定し評価することができる。例えば、活性化した血小板膜上のIntegrin αIIBβ3に特異的に結合するPAC-1に対する抗体を用いて、活性化した血小板量を測定することができる。また、同様に血小板の活性化マーカーであるCD62P(P-selectin)を抗体で検出し、活性化した血小板量を測定してもよい。例えば、フローサイトメトリーを用い、活性化非依存性の血小板マーカーCD61又はCD41に対する抗体でゲーティングを行い、その後、抗PAC-1抗体や抗CD62P抗体の結合を検出することにより行うことができる。これらの工程は、アデノシン二リン酸(ADP)存在下で行ってもよい。
【0078】
また、血小板の機能の評価は、ADP存在下でフィブリノーゲンと結合するか否かを見て行うこともできる。血小板がフィブリノーゲンと結合することにより、血栓形成の初期に必要なインテグリンの活性化が生じる。
【0079】
さらに、血小板の機能の評価は、国際公開第2011/034073号の
図6に示されるように、in vivoでの血栓形成能を可視化して観察する方法で行うこともできる。
【0080】
本発明の製造方法で得られた血小板は、製剤として患者に投与することができる。投与に当たっては、本発明の方法で得られる血小板は、例えば、ヒト血漿、輸液剤、クエン酸含有生理食塩液、ブドウ糖加アセテートリンゲル液を主剤とした液、PAS(platelet additive solution)(Gulliksson, H. et al., Transfusion, 32:435-440, (1992))等にて保存、製剤化してもよい。保存期間は、3日から7日程度で、好ましくは4日間である。保存条件として、室温(約20~24度)で振盪撹拌して保存することが望ましい。
【0081】
なお、本実施形態における血小板の製造方法において、所定の乱流エネルギー条件、剪断応力条件、コルモゴロフスケール条件、及び撹拌条件以外の一般的な培養条件について、巨核球細胞の製造方法及び血小板製造方法の非限定的な例を開示するUS2012/0238023A1(国際公開第2011/034073号)、US2014/0127815A1(国際公開第2012/157586号)、US2016/0002599A1(国際公開第2014/123242号)は、引用することにより本明細書の一部をなすものとする。
【0082】
[血小板の製造装置における運転条件の決定方法]
本発明は、また別の実施形態によれば、血小板の製造装置における運転条件の決定方法に関する。特には、上述した実施形態の第1態様のように往復動可能な撹拌翼を備えた血小板の製造装置における運転条件の決定方法に関し、又は上述した実施形態の第2態様のように旋回可能な撹拌翼を備えた血小板の製造装置における運転条件の決定方法に関する。本実施形態に係る方法は、往復動可能又は旋回可能な撹拌翼を備えた血小板の製造装置における、乱流エネルギー、剪断応力及びコルモゴロフスケールから選択される1以上の指標と、血小板産生数との相関関係を算出する工程と、前記血小板産生数が所定の範囲になる前記指標を与える運転条件を決定する工程とを含む。
【0083】
本実施形態による運転条件の決定方法は、往復動可能又は旋回可能な撹拌翼を備えた任意の装置について実施することができる。相関関係を算出する工程では、特定の装置において、培地や播種する巨核球細胞数等の撹拌対象物に関する条件を一定にし、乱流エネルギー条件を変化させて、その条件において得られる血小板産生数をカウントする。前述の1以上の指標について、例えば、乱流エネルギーについて、複数の値、例えば、3以上の乱流エネルギー値を与える条件おいて、それぞれ血小板産生数を得ることで、乱流エネルギーと、血小板産生数との相関関係を得る。あるいは、指標となる値として、乱流エネルギーに代えて剪断応力またはコルモゴロフスケールとしても、同様に相関関係を得ることができる。
【0084】
運転条件を決定する工程では、上記工程で得られた相関関係に基づき、好ましい血小板産生数を与える乱流エネルギー、剪断応力、またはコルモゴロフスケールの範囲を決定する。好ましい範囲の決定は、当業者が必要とする血小板産生数に基づいて適宜決定することができるが、例えば、測定範囲内で最大の血小板産生数に対して、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、85%以上、90%以上、あるいは95%以上の血小板産生数を与える乱流エネルギー、剪断応力、またはコルモゴロフスケールの条件を、好ましい範囲と定義することができる。そして、乱流エネルギー、剪断応力、またはコルモゴロフスケールを与える運転条件を決定する。例えば、往復動可能な撹拌翼を備える血小板の製造装置の運転条件としては、撹拌翼の往復動の速度(例えば、往復動の平均速度など)、往復動の周期、往復動のストロークなどが挙げられるが、これらには限定されない。特には、乱流エネルギー、剪断応力、またはコルモゴロフスケールの条件を、好ましい範囲と定義するためには、前記撹拌翼の往復動の平均速度を50mm/s~500mm/sの範囲とすることができるが、これらには限定されない。例えば、旋回可能な撹拌翼を備える血小板の製造装置の運転条件としては、撹拌翼の旋回速度、旋回方向などが挙げられるが、これらには限定されない。
【0085】
本実施形態に係る方法は、血小板の産生効率が、製造装置の容器内における乱流エネルギーまたは剪断応力と強い相関関係をもち、この相関関係は、容器のスケールによらず実質的に一定であるという本発明者らの発見に基づく。本実施形態に係る方法は、方式の異なる装置を新たに導入する場合や、装置のスケールアップを行う場合に、血小板産生効率の高い適切な運転条件の決定を容易に実施することができる点で有利である。
【実施例】
【0086】
以下、本発明を、実施例を用いてより詳細に説明する。しかしながら、下記の実施例は、本発明を限定するものではない。
【0087】
[多核化巨核球細胞の調製]
Nakamura et al, Cell Stem Cell. 2014 Apr 3; 14(4): 535-48.及び国際公開第2014/123242号に記載の方法により樹立した、iPS細胞(TKDN SeV2:センダイウィルスを用いて樹立されたヒト胎児皮膚繊維芽細胞由来iPS細胞、585A1、585B1、606A1、648B1および692D2:Okita K, et al, Stem Cells 31, 458-66, 2012に記載のエピソーマルベクターを用いて樹立されたヒト末梢血単核球由来iPS細胞)由来の造血幹細胞に、c-MYC、BMI1およびBCL-XLを同時に導入して製造した不死化巨核球前駆細胞株Cl-7を出発物質とし、Nakamura et alの12頁、Cell Cultureに記載の方法に基づいて細胞培養を行った。このときに用いたGene ON培地は、Takayama et al, Blood. 2008 Jun 1; 111(11): 5298-306に記載の、ESC differentiation mediumに、SCF、TPOを先に記載の濃度で、ドキシサイクリン(Doxycycline)を5μg/ml加えたものとした。以下の実験で用いる細胞は、この方法で調整した。
【0088】
imMKCLをGene(c-MYC, BMI1, BCL-XL)Off後、血小板産生培地を用いて、6日間培養した。血小板産生培地(Gene Off培地)は、ITS 1x、L-Glu 2mM、アスコルビン酸 50μg/mL、MTG 450μM、ヒト血漿5%、Heparin 10U/mL、ヒト stem cell factor(SCF) 50ng/ml, TA-316, 200ng/mL、GNF-351、0.5μM、ROCK (Rho associated protein kinase)阻害剤 Y-39983, 0.5μM、ADAM 17阻害剤、KP457 15μM(Hirata et al., Stem Cell Translational Medicine, in press)を添加したIMDM培地を用いた。培養には、往復動非定常バイオリアクタ(佐竹化学機械工業社製 VerMES VMF3000)、揺動回転式フラスコ(flask)、及び培養皿(Dish)を用いた。
【0089】
[往復動非定常バイオリアクタと一方向回転式バイオリアクタの比較]
往復動非定常バイオリアクタおよび一方向回転式バイオリアクタにおける、撹拌速度と乱流エネルギーの関係を比較した。往復動非定常バイオリアクタは、佐竹化学機械工業社製VerMES VMF3000を用いた。回転式バイオリアクタは、底部に単一の撹拌翼が設けられ、撹拌翼が一方向にのみ回転し、往復動しないリアクタを用いた。往復動非定常バイオリアクタにおける撹拌速度とは、平均移動速度をいい、平均移動速度は上下移動時の撹拌翼が下死点から上死点(若しくはその逆)までの速度と定義される。一方、一方向回転式バイオリアクタにおける撹拌速度とは、撹拌翼の翼先端周速度:円周率π×回転数N(rps)×翼径(mm)をいうものとする。乱流エネルギーは、熱流体解析ソフトFLUENT(ANSYS社製)を用いて計算した。
【0090】
往復動非定常バイオリアクタおよび一方向回転式バイオリアクタにおける、撹拌速度と乱流エネルギーの関係を
図6に示す。グラフにおいて、往復動非定常バイオリアクタにおける撹拌速度と乱流エネルギーとの関係を白丸で、旧来より用いられてきた回転式バイオリアクタにおける撹拌速度と乱流エネルギーとの関係を三角で表す。往復動非定常バイオリアクタにおいては、回転式バイオリアクタと比較し、撹拌翼の平均移動速度における乱流エネルギーが極めて低いという特徴を有している。過度な運転速度を与えることなく高い乱流エネルギーが得られるという特徴は、スケールアップが必須となる産業化に向けたリアクタ開発に有用である。回転式バイオリアクタではより高い回転数での運用が求められることから、剪断作用のコントロールが難しいといえる。
【0091】
[乱流エネルギーまたは剪断応力と、血小板産生数との関係]
次に、容量の異なる往復動非定常バイオリアクタVerMESを用いて、乱流エネルギー、及び剪断応力と、100mm/s基準の血小板産生数割合(%)の関係を調べた。また、コルモゴロフスケールと150mm/s基準の血小板産生数割合の関係を調べた。なお、100mm/s基準の血小板割合(%)とは、6日間の培養工程終了後の培地における血小板数(Platelets/mL)について、撹拌速度(平均移動速度)が100mm/sの場合の血小板数を100%としたときの、それぞれの条件における血小板数の割合(%)である。バイオリアクタとしては、0.3LのVerMESと、2.4LのVerMESを用いた。乱流エネルギーの値は上記と同様にして、熱流体解析ソフトFLUENT(ANSYS社製)を用いて計算した。また、剪断応力、コルモゴロフスケールについても、同ソフトを用いて計算した。結果を
図7~9に示す。これらの結果から、容量の異なるバイオリアクタVerMESを用いた場合であっても、所定の範囲の乱流エネルギーまたは剪断応力を発生させることにより、血小板の産生効率を保持できることが示唆された。
【0092】
次に、50Lの往復非定常バイオリアクタVerMESを用いた場合の、血小板の生理活性(撹拌速度400mm/s)を測定した。結果を
図10及び
図11に示す。
図10(A)を参照すると、CD41a陽性及びCD42b陽性である正常血小板の割合が90.9%であった。
図10(B)は血小板を刺激しなかった場合のP-selectin陽性血小板割合、及び
図10(C)は血小板をADP+TRAP6で刺激した場合のP-selectin陽性血小板割合を示す。血小板をADP+TRAP6で刺激した場合、無刺激に比べて刺激によりPAC-1陽性及びP-selectin陽性血小板が増加し、血小板が高い生理活性を維持していることが確認された。
【0093】
図11(A)は、血小板を刺激しなかった場合のアネキシンV陽性血小板割合、
図11(B)は、血小板をIonomycin刺激した場合のアネキシンV陽性血小板割合を示す。アネキシンV陽性の粒子数を正常ではない血小板として、無刺激時のアネキシンV陽性率は、11.5%と低く、Ionomycin刺激によりアネキシンV陽性率が89.2%となり、生理活性が高く維持されていた。
【0094】
[乱流エネルギーまたは剪断応力と、血小板産生因子との関係]
上記のとおり、異なる乱流の指標を与える培養条件で6日間培養した培地中のNRDcの分泌量をELISAにて定量した。結果を表1に示す。表中、Sample1は、乱流エネルギーが約0.00013m
2/s
2、剪断応力が約0.03Pa、コルモゴロフスケールが約948μmとなる撹拌条件にて、往復動非定常バイオリアクタを用いて培養したサンプル、Sample2は、乱流エネルギーが約0.002m
2/s
2、剪断応力が約0.64Pa、コルモゴロフスケールが約296μmとなる撹拌条件にて、往復動非定常バイオリアクタを用いて培養したサンプル、Sample3は、乱流エネルギーが約0.0047m
2/s
2、剪断応力が約1.42Pa、コルモゴロフスケールが約210μmとなる撹拌条件にて、往復動非定常バイオリアクタを用いて培養したサンプル、Sample4は、乱流エネルギーが約0.0174m
2/s
2、剪断応力が約4.25Pa、コルモゴロフスケールが約122μmとなる撹拌条件にて、往復動非定常バイオリアクタを用いて培養したサンプルである。表中の数値は、NRDc濃度(pg/mL)を示す。
【表1】
【0095】
同様に、異なる培養条件で培養した培地中のMIF、IGFBP2、TSP-1、PAI-1、及びCCL5の濃度を測定した。定量には、Human XL Cytokine ArrayKit (R&D社#ARY022)を用いた。結果を表2に示す。表中、Sample1~4については、先の表1の条件と同様である。培養皿(Dish)培養では、乱流エネルギー、剪断応力、コルモゴロフスケールとも、ほぼ0である。フラスコ(Flask)培養では、乱流エネルギーが約0.000025m
2/s
2、剪断応力が約0.016Pa、コルモゴロフスケールが約31μmであった。表中の数値は、それぞれの因子について、培養皿(Dish)培養における濃度を1.00とした場合の、各サンプルの濃度の比率を示す。
【表2】
【0096】
これらの実験より、所定の範囲の乱流エネルギー、剪断応力、及びコルモゴロフスケールとなる撹拌条件下において、血小板産生因子の分泌量が亢進していることが確認された。
【符号の説明】
【0097】
1 容器、2 撹拌機構、21 撹拌翼(第1撹拌翼)、24 第2撹拌翼 4 容器、4b 底壁部(底部)、4e 底側領域、5 撹拌機構、51 撹拌翼、51a 軸線、53 静止部材、C 培地