(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-05
(45)【発行日】2022-10-14
(54)【発明の名称】成形性、強度及び外観品質に優れたアルミニウム合金板及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 21/00 20060101AFI20221006BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20221006BHJP
【FI】
C22C21/00 M
C22F1/00 623
C22F1/00 630A
C22F1/00 630K
C22F1/00 631A
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 685Z
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 694A
C22F1/00 694B
(21)【出願番号】P 2018102809
(22)【出願日】2018-05-29
【審査請求日】2021-03-29
(73)【特許権者】
【識別番号】000107538
【氏名又は名称】株式会社UACJ
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100155572
【氏名又は名称】湯本 恵視
(72)【発明者】
【氏名】竹田博貴
(72)【発明者】
【氏名】浅野峰生
(72)【発明者】
【氏名】内田秀俊
(72)【発明者】
【氏名】大野一貴
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-121164(JP,A)
【文献】特開2019-007038(JP,A)
【文献】特開2002-348625(JP,A)
【文献】特開2015-127449(JP,A)
【文献】特開2003-007260(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 21/00 - 21/18
C22F 1/04 - 1/057
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Fe:1.00~2.20mass%及びMn:0.10~1.00mass%を含有し、残部Al及び不可避的不純物からなるアルミニウム合金からなり、圧延が施されたアルミニウム合金板であって、圧延方向に対して0°、45°及び90°の全ての方向において、34%以上の全伸び、ならびに、2%の一軸ひずみ付与後に170℃で20分間の熱処理を施した状態で60MPa以上の0.01%耐力を有することを特徴とする成形性、強度及び外観品質に優れたアルミニウム合金板。
【請求項2】
前記アルミニウム合金が、Cu:0.01~0.20mass%及びTi:0.005~0.100mass%から選択される1種又は2種を更に含有する、請求項1に記載の成形性、強度及び外観品質に優れたアルミニウム合金板。
【請求項3】
自動車用ボディパネルに使用される、請求項1又は2に記載の
成形性、強度及び外観品質に優れたアルミニウム合金板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、成形性、強度及び外観品質等を必要とするプレス成形部品、例えば輸送機器部品やIT機器の筐体等に適したアルミニウム合金板及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、厳しさを増す燃費規制に対応するため、特に輸送機器部品へのアルミニウム合金材の適用が拡大しつつある。アルミニウム合金材の最大の利点はその軽さであり、金属材料として広く使用されている鋼板とアルミニウム合金板を置き換えることで軽量化につながる。一方で、輸送機器部品等で必要とされる強度を確保したアルミニウム合金材の場合、鋼板に比べて成形性が劣るためその改善が強く望まれている。アルミニウム合金材の中で成形性と強度とのバランスが相対的に優れる合金として、Al-Fe系合金が挙げられる。従来、Al-Fe系アルミニウム合金板について、圧延方向に対して0°方向、45°方向及び90°方向の3方向の引張特性を改善することにより、高成形性を得ることが提案されている(特許文献1参照)。また、Al-Fe系化合物の最大粒径と分散密度を制御することにより、成形性を向上させた提案もなされている(特許文献2参照)。
【0003】
しかしながら、特許文献1、2ともに、成形性は優れるものの輸送機器等の部品として必要とされる強度を得るには必ずしも十分ではない。特にアルミニウム合金板の適用が拡大している自動車用ボディパネルでは、プレス成形後におよそ170℃で20分間の塗装焼付け工程がある。自動車ボディパネル用途において、この塗装焼付け工程中の軟化を抑制する対策が強度確保に大きく影響するが、従来のAl-Fe系アルミニウム合金材では対策が不十分である。更に、Al-Fe系アルミニウム合金材において、プレス成形後に発生し易く、外観不良の原因となるリジングマークと呼ばれる筋状の模様に対する材料面からの対策も不十分である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第3791337号公報
【文献】特許第5276368号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであって、合金組成と組織を制御することで、成形性と強度のバランスに優れ、かつ、プレス成形後のリジングマークの発生を抑制することで良好な外観品質も確保したアルミニウム合金板とその製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
すなわち、本発明は請求項1において、Fe:1.00~2.20mass%及びMn:0.10~1.00mass%を含有し、残部Al及び不可避的不純物からなるアルミニウム合金からなり、圧延が施されたアルミニウム合金板であって、圧延方向に対して0°、45°及び90°の全ての方向において、34%以上の全伸び、ならびに、2%の一軸ひずみ付与後に170℃で20分間の熱処理を施した状態で60MPa以上の0.01%耐力を有することを特徴とする成形性、強度及び外観品質に優れたアルミニウム合金板とした。以下において、2%の一軸ひずみ付与後に170℃で20分間の焼鈍を施した状態での0.01%耐力を、単に「塗装焼付け後の0.01%耐力」と記す場合がある。
【0007】
本発明は請求項2では請求項1において、前記アルミニウム合金が、Cu:0.01~0.20mass%及びTi:0.005~0.10mass%から選択される1種又は2種を更に含有するものとした。
【0008】
本発明は請求項3では請求項1又は2において、アルミニウム合金板が自動車用ボディパネルに使用されるものとした。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、成形性、強度、外観品質等を必要とするプレス成形部品、例えば自動車ボディパネルの様な輸送機器部品やIT機器の筐体等に適したアルミニウム合金板及びその工業的規模での製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】塗装焼付後の0.01%耐力および0.2%耐力と限界デント荷重との相関関係を示すグラフである。
【
図2】アルミニウム合金板の耐デント性の評価方法を示す説明図である。
【
図3】アルミニウム合金板の耐デント性の評価方法を示す説明図である。
【
図4】アルミニウム合金板の耐デント性の評価方法を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
A.成形性、強度及び外観品質に優れたアルミニウム合金板
以下、本発明に係る成形性、強度及び外観品質に優れたアルミニウム合金板(以下、単に「本発明に係るアルミニウム合金板」又は、単に「アルミニウム合金板」と略記する場合がある)について詳細に説明する。
【0012】
1.合金組成
以下、本発明に係るアルミニウム合金板のアルミニウム合金成分及びその含有量について説明する。本発明においては、アルミニウム合金板に用いるアルミニウム合金として、成形性、強度及び外観品質の特性を満たすためにFe、Mnを必須元素として含有するAl-Fe-Mn系のアルミニウム合金を用いる。また、このアルミニウム合金は選択的添加元素として、Cu及びTiの1種又は2種を含有していてもよい。
【0013】
Fe:
Feは、その固溶により、又はAl-Fe系化合物を形成して、圧延方向に対して0°、45°及び90°の3方向の強度を高めるために必要な元素である。また、このAl-Fe系化合物が再結晶の核として機能するため、再結晶粒の微細化にも効果を発揮する。Fe含有量が1.00mass%(以下、単に「%」と略記する)未満では、塗装焼付け後の0.01%耐力が不足する。なお、後述するように、本発明では0.01%耐力を材料の降伏応力と見なす。一方、Fe含有量が2.20%を超えると全伸びが低下するため成形性が不足する。更に、Fe含有量が2.20%を超えると、粗大化合物の発生を招き、鋳造性及び材料特性を低下させる。以上により、Fe含有量は0.10~2.20の範囲と規定する。なお、Fe含有量は、1.20~2.00%の範囲とするのが好ましい。
【0014】
Mn:
Mnは、Feと同じく上記3方向の強度を高めると同時に、結晶粒の微細化にも効果を発揮する。更に、Mnは、プレス成形後のリジングマーク発生の原因となる、熱間圧延中における粗大な再結晶粒の発生を抑制することにより、リジングマークの改善に効果を発揮する。Mn含有量が0.10%未満では、塗装焼付け後の0.01%耐力及び粗大な再結晶粒の発生の抑制効果が不足する。一方、Mn含有量が1.00%を超えると、全伸びが低下するため成形性が不足する。更に、Mn含有量が1.00%を超えると、粗大化合物の発生を招き、鋳造性及び材料特性を低下させる。以上により、Mn含有量は、0.10~1.00%の範囲と規定する。なお、Mn含有量は、0.20~0.70%の範囲とするのが好ましい。
【0015】
Cu:
Cuは、強度の改善に効果を発揮する。Cu含有量が0.01%未満ではその効果が十分に発揮されない。一方、Cu含有量が0.20%を超えると、全伸びを低下させるため成形性が低下する。以上により、Cu含有量は、0.01~0.20%の範囲と規定する。なお、Cu含有量は、0.02~0.15%の範囲とするのが好ましい。
【0016】
Ti:
Tiは、鋳造組織を微細化することにより鋳造割れを防止する効果を発揮する。Ti含有量が0.005%未満では上記効果が十分に発揮されない。一方、Ti含有量が0.100%を超えると、全伸びを低下させるため成形性が低下する。以上により、Ti含有量は、0.005~0.100%の範囲と規定する。なお、Ti含有量は、0.005~0.050%の範囲とするのが好ましい。Tiと同時にB又はCを添加することもあり、この発明の場合も、Tiとともに0.05%以下のB又はCを添加することは許容される。
【0017】
その他の主要元素:
アルミニウム合金中には上述した元素以外にもSi、Mg、Cr、Znが含有される場合が多い。これらの元素は主に強度改善に効果を発揮するものの、全伸びを低下させるため成形性を低下させる。よって、本発明においては、これらの元素を積極的に添加するものではない。生産過程で微量に混入する場合も考えられるが、Si、Mg、Znの各々の含有量が0.20%以下、Crの含有量が0.10%以下であれば、本発明で得られるアルミニウム合金板としての特性を損なうことはない。なお、Si、Mg、Znの各々の含有量は0.10%以下であるのが好ましく、Crの含有量は0.05%以下であるのが好ましい。
【0018】
その他の不可避的不純物元素:
また、本発明に用いるアルミニウム合金の残部は、Al及び不可避的不純物からなる。ここで、不可避的不純物としてはNa、Caなどが挙げられ、各々が0.05%未満で、かつ合計で0.15%未満であれば、本発明で得られるアルミニウム合金板としての特性を損なうことはない。
【0019】
2.機械的特性
以下、本発明に係るアルミニウム合金板の機械的特性(圧延方向に対して0°、45°及び90°の方向における、全伸び、ならびに、2%の一軸ひずみ付与後に170℃で20分間の熱処理を施した状態での0.01%耐力(塗装焼付け後の0.01%耐力)について説明する。
【0020】
2-1.圧延方向に対して0°、45°及び90°の方向における全伸び
本発明に係るアルミニウム合金板では、引張特性として、圧延方向に対して0°、45°及び90°の全方向における全伸びを34%以上と規定する。全伸びは、成形性の指標として一般的に用いられ、数値が高いほど成形性が優れていることを示す。アルミニウム合金板を自動車ボディパネルの様な輸送機器部品等のうち特に高い成形性が要求される部品へ適用する場合、圧延方向に対して0°、45°及び90°の方向の少なくとも一つの伸びが34%未満の場合には、全伸びが不十分であり十分な成形性を確保できない。従って、圧延方向に対して0°、45°及び90°の全方向における全伸びが、34%以上の必要がある。特に成形性を重視する場合には、これらの全伸びが36%以上であるのが好ましい。
【0021】
これらの全伸びの上限値は特に限定されるものではないが、アルミニウム合金組成や製造方法によって自ずと決まり、本発明では上限値を50%とする。なお、全伸びは、JIS5号引張試験片(標点間距離50mm)を用いて引張試験を行い、JISZ2241に準拠した突合せ法により測定される。
【0022】
2-2.圧延方向に対して0°、45°及び90°の方向における2%の一軸ひずみ付与後に170℃で20分間の熱処理を施した状態での0.01%耐力(塗装焼付け後の0.01%耐力)
アルミニウム合金のような明確な降伏現象を示さない材料においては、一般的に除荷時の永久歪が0.2%になる応力を0.2%耐力と呼び、降伏応力の代用としている。そして、このような0.2%耐力を用いて各種特性を予測することも同じく一般的に行われるところである。例えば、自動車ボディパネルの重要な要求特性の1つである耐デント性(へこみのような塑性変形に耐える強度)の場合、限界デント荷重をD(kgf)、板厚をT(mm)、降伏応力をY(MPa)としたとき、限界デント荷重DがD=Y×T2の一般式で表わされることが知られているが、アルミニウム合金の場合においては、この降伏応力Yには0.2%耐力を用いるのが一般的である。
【0023】
一方で、本発明者らが検討したところ、本発明で用いるAl-Fe-Mn系アルミニウム合金では、0.2%耐力ではなく0.01%耐力の使用が適当であることが判明した。
図1は本発明で測定した塗装焼付後の0.01%耐力及び塗装焼付後の0.2%耐力(横軸)に対して限界デント荷重(縦軸)をプロットしたものである。上述のデント荷重の一般式であるD=Y×T
2によれば、板厚Tは全て1.4mmで統一されていることから、デント荷重Dは降伏応力Yと正の相関関係を示すことになる。
【0024】
図1から分かるように、0.01%耐力を降伏応力とした場合には、デント荷重との良好な相関関係が得られた。一方、0.2%耐力を降伏応力とした場合には、デント荷重との良好な相関関係は得られなかった。この実験結果から、本発明に用いるAl-Fe-Mn系アルミニウム合金では、0.01%耐力を降伏応力とするのが適切であることを、本発明者らは新たに見出した。よって、本発明では0.01%耐力を降伏応力として特性の規定を行うものである。
【0025】
なお、自動車ボディパネルはプレス成形後に塗装焼付け処理が行われることから、耐デント性もプレス成形とその後の塗装焼付け処理後のパネルに対して要求される特性である。この一連の工程を模擬する処理として、本発明では、2%の一軸ひずみ付与後に170℃で20分間の熱処理を実施した。
【0026】
自動車ボディパネルの様な輸送機器部品等へ適用する場合、本発明に係るアルミニウム合金板では、圧延方向に対して0°、45°及び90°の全方向における2%の一軸ひずみ付与後に170℃で20分間の熱処理(プレス成形及び塗装焼付け模擬)を施した状態での0.01%耐力を60MPa以上と規定する。これら全方向における塗装焼付け後の0.01%耐力の少なくとも一つが60MPa未満では、耐デント性を確保するため過度に材料板厚を増加させる等の対策が必要となり、アルミニウム合金の利点である軽量化効果を確保できない。従って、上記全ての方向における塗装焼付け後の0.01%耐力が60MPa以上である必要がある。特に軽量化効果を重視する場合には、上記全ての方向における塗装焼付け後の0.01%耐力が65MPa以上であるのが好ましい。
【0027】
これら塗装焼付け後の0.01%耐力の上限値は特に限定されるものではないが、アルミニウム合金組成や製造方法によって自ずと決まり、本発明では上限値を85MPaとする。なお、0.01%耐力の測定は、通常の0.2%耐力の測定と何ら変わりなくJISZ2241に従って実施される。また、プレス成形及び塗装焼付け工程の模擬としては、上述した様に本発明では、2%の一軸ひずみ付与後に170℃で20分間の熱処理を実施した。
【0028】
ここで、上述の耐デント性は自動車外板等で要求される重要特性の一つである。本発明者らはこの耐デント性の評価として、供試材を
図2に示す形状に成形した後、最終評価であるへこみの判定をし易くするために頭頂部を研磨材で磨き、続いて塗装焼付工程を模擬した170℃×20分間の熱処理を行ってから、
図3に示す圧子を用いて、
図4に示す様に成形パネルの評価面の中央部に対して各種荷重を印加して圧縮試験を行い、へこみの発生を目視にて判定し、へこみが発生しない限界荷重をもって限界デント荷重とした。なお、
図2に示す成形パネルの頭頂部の板減が2%となる様に成形高さを調整した。また、
図3に示す形状の圧子素材にはMCナイロンを使用した。更に、
図4に示す圧縮試験においては、圧縮験速度を5mm/分とした。
【0029】
3.本発明に係るアルミニウム合金板の板厚
次に、本発明に係るアルミニウム合金板の板厚について説明する。本発明のアルミニウム合金板の用途は、成形性、強度、外観品質等を必要とするプレス成形部品、例えば自動車ボディパネルの様な輸送機器部品やIT機器の筐体等である。これら用途で要求される板厚は剛性等を考慮し、0.7~3.0mmの範囲であるため、本発明では板厚を0.7~3.0mmの範囲とする。板厚が0.7mm未満では、耐デント性が不足となる。一方、板厚が3.0mmを超えると、軽量化効果が得られない。
【0030】
B.本発明に係るアルミニウム合金板の製造方法
次に、本発明に係るアルミニウム合金板の製造方法について詳細に説明する。本発明に係るアルミニウム合金板は、上記した成分組成のAl-Fe-Mn系アルミニウム合金を用いて鋳塊を鋳造し、鋳塊した鋳塊を熱間圧延し、熱間圧延板を冷間圧延し、冷間圧延板を軟化熱処理することによって製造される。なお、鋳造した鋳塊に均質化処理を実施してもよい。更に、軟化熱処理工程に次いで、圧延板に4~8%のスキンパス圧延を実施してもよい。また、上述する熱間圧延後から軟化熱処理の間に中間焼鈍は実施しない。
【0031】
4.鋳造工程
まず、上記組成を有するアルミニウム合金を常法に従って溶解し、連続鋳造圧延や半連続鋳造法(DC鋳造法)等の溶解鋳造法を適宜選択し常法に従い造塊する。
【0032】
5.均質化処理工程
鋳造工程の次工程に均質処理工程を実施してもよいが、この場合には、添加元素の均一化、Al-Fe系化合物及びAl-Fe-Mn系化合物の分断化、Fe及びMnの析出又は固溶の調整を目的とする。均質化処理により、添加元素の均一化及びAl-Fe-Mn系化合物の分断化、そしてFeの析出が起こり、これによって、全伸びが向上して成形性が向上する。なお、Al-Fe-Mn系アルミニウム合金において、均質化処理による全伸び向上と強度向上は背反関係にあるため、特に強度を重視する場合には、均質化処理を実施しないのが好ましい。
【0033】
均質化処理は、380~550℃の温度で1~24時間の加熱処理によって行われる。処理温度が550℃以下では、Feの過度な析出がなく0.01%耐力が低下しない。一方、材料特性の観点では、均質化処理の省略も可能なように、均質化処理の温度の下限は室温以上であればよい。しかしながら、処理温度が380℃未満では均質化処理の効果が十分に発揮されず、均質化処理を省略した場合とほぼ同等の材料特性となる。以上により、均質化処理を実施する場合は、処理温度を380~550℃とする。
【0034】
なお、均質化処理の効果を安定的に発揮させるためには、少なくとも1時間の保持が必要である。保持時間の上限は特に規定されるものではないが、生産効率及び経済的観点から24時間とするのが好ましい。よって、均質化処理の保持時間は1~24時間が好ましい。保持時間は、好ましくは2~10時間である。
【0035】
6.熱間圧延工程
均質化処理工程の次工程、あるいは均質化処理工程を省略した場合には鋳造工程の次工程である熱間圧延工程では、開始温度を250~430℃、終了温度を150~330℃と規定する。この温度管理は、プレス成形後に発生するリジングマークと呼ばれる筋状の外観欠陥の原因となる、熱間圧延での粗大再結晶粒の発生を抑制することが目的の一つである。加えて、塗装焼付け後の0.01%耐力の増大に効果的なFe、Mnの固溶を確保するため、熱間圧延でのFe、Mnの析出を抑制することも目的とするものである。
【0036】
熱間圧延工程の開始温度が250℃未満又は終了温度が150℃未満では、熱間圧延中に耳割れと呼ばれる板幅端部の割れが発生し易くなる他、変形抵抗が高くなり生産性が阻害される。一方、開始温度又は終了温度がそれぞれ430℃、330℃を超えると、熱間圧延中又は熱間圧延終了後の冷却途中において、粗大再結晶粒の発生を招く。その結果、リジングマークの発生を招く虞があり、かつ、Feの析出が促進され塗装焼付け後の0.01%耐力の低下も招く。以上により、熱間圧延工程の開始温度を250~430℃、終了温度を150~330℃にする必要がある。また、熱間圧延工程における好ましい開始温度は280~350℃であり、好ましい終了温度は170~300℃である。
【0037】
なお、均質化処理を実施する場合には、均質化処理工程から熱間圧延工程までの間に、一度室温までの冷却工程を設けても良いし、均質化処理完了後にそのまま熱間圧延開始温度まで冷却し、所定の温度としてから熱間圧延を開始しても良い。
【0038】
7.冷間圧延工程
熱間圧延工程に続いて、中間焼鈍を実施することなく50%以上の圧下率で冷間圧延を実施する。ここで、中間焼鈍を実施しないのは、中間焼鈍によって軟化熱処理後の結晶粒径が粗大化し塗装焼付け後の0.01%耐力が低下するからである。また、冷間圧延における圧下率が50%未満の場合においても、同様に結晶粒径の粗大化が主要因となり塗装焼付け後の0.01%耐力の低下を招く。従って、冷間圧延における圧下率を50%以上とする必要がある。冷間圧延における圧下率は、好ましくは75%以上とする。なお、冷間圧延における圧下率の上限は材料特性の観点では特に記載されないが、過度に大きな圧下率は冷間圧延のパス数増加による生産性の低下を招くため、本発明では上限値を97%とする。
【0039】
8.軟化熱処理工程
冷間圧延工程に続いて、冷間圧延板は軟化熱処理工程に掛けられる。
連続式の軟化熱処理の場合は、380~620℃の温度で5分以内の時間で実施される。ここで、5分以内には0分も含まれるが、これは、所望の温度に到達した後に直ちに加熱を終了することを意味する。連続式の軟化熱処理において、処理温度が380℃未満の場合には再結晶が不十分となり易く全伸びが低下して成形性の低下を招く。また、Fe及びMnの固溶が不足して塗装焼付け後の0.01%耐力の低下も招く。一方、処理温度が620℃を超える場合には、連続焼鈍炉の加熱炉内での高温強度が低下し、炉内破断する虞がある。なお、好ましい軟化処理温度は500℃~620℃である。処理時間については、5分を超えて処理してもその効果が飽和するので、生産性の観点から5分以内とする。また、処理時間は、好ましくは0~0.5分である。なお、処理時間の下限は、本発明では0分(所望の温度に到達して後に直ちに加熱を終了し冷却)とする。
【0040】
バッチ式の軟化熱処理の場合は、380~550℃の温度で1~24時間で実施される。バッチ式の軟化熱処理において、処理温度が380℃未満の場合には再結晶が不十分となり易く全伸びが低下して成形性の低下を招く。一方、処理温度が550℃を超える場合には、結晶粒が過度に粗大化することにより塗装焼付け後の0.01%耐力の低下を招く虞がある。なお、好ましい軟化処理温度は400℃~550℃である。処理時間については、1時間未満の場合には再結晶が不十分となり伸びの低下を招く虞がある。また、24時間を超えて処理してもその効果が飽和するという生産性の観点、ならびに、24時間を超えた処理では過度な結晶粒の粗大化を招くという結晶粒粗大化抑制の観点から、処理時間の上限は24時間とする。なお、処理時間は、好ましくは1~8時間である。
【0041】
また、工業規模での生産において、コイル形状で軟化処理を行うバッチ式の軟化熱処理は、板を巻きほぐして板形状で処理を行う連続式の軟化熱処理に比べ、昇温速度が遅くなる。これによりバッチ式の軟化熱処理では再結晶粒が粗大化し易く、塗装焼付後の0.01%耐力の低下及びリジングマークが発生し易くなる。よって、塗装後の0.01%耐力及びリジングマークの抑制を重視する場合には、連続式の軟化熱処理方法を用いるのが好ましい。
【0042】
9.スキンパス圧延工程
軟化熱処理工程に続いて、圧延板に4~8%の圧下率でスキンパス圧延を施すスキンパス圧延工程を設けてもよい。このスキンパス圧延は、塗装焼付け後の0.01%耐力の向上を主な目的とするものである。スキンパス圧延を実施する場合は、その圧下率が4%未満では、荷重が低過ぎるために安定した圧延が困難となる。一方、圧下率が8%を超えると、全伸びの低下が過度に大きくなる。従って、スキンパス圧延は4~8%の範囲とする。
【0043】
なお、スキンパス圧延は強度向上には効果的だが、全伸びを大きく低下させるため、両者のバランスを重視する場合には、積極的に実施しない方が好ましい。また、スキンパス圧延の他に、板厚全体に、工業的生産性を保持しつつ微小な歪を付与する方法があればそれを適用してもよい。
【0044】
10.矯正工程
軟化熱処理工程、或いは、スキンパス圧延工程に続いて、圧延板の平坦度等を矯正するために、ローラーレベラーやテンションレベラー等を用いた矯正が行われる場合がある。これらの矯正工程で付与される歪量は小さいため、本発明の効果を妨げるものではない。
【実施例】
【0045】
以下、実施例において、発明例と比較例を対比して説明する。これらの実施例は、本発明の一実施態様を示すものであり、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0046】
表1に示す組成を有するアルミニウム合金をDC鋳造により造塊し、そのうちの一部については、表2、3に示す条件で均質化処理を行った。なお、表1において、「-」は検出限界未満を示す。表2、3中の均質化処理の欄が「なし」になっているものは、均質化処理を省略したことを表す。また、均質化処理の欄の保持完了後の冷却欄が「室温まで」と記載されているものは、均質化処理後に一旦室温まで冷却した後、熱間圧延の開始温度まで再度加熱し、表2、3に示す条件で熱間圧延を行った。一方、「熱間圧延開始温度まで」と記載されているものは、均質化処理後に一旦室温まで冷却することなく、均質化処理温度から熱間圧延開始温度まで冷却し、表2、3に示す条件で熱間圧延を行った。
【0047】
【0048】
【0049】
【0050】
熱間圧延の後に、中間焼鈍を行うことなく表2、3に示す圧下率で冷間圧延を行ない、次いで、表2、3に示す条件で軟化熱処理を行い、続いて表2、3に示す条件でスキンパス圧延を行ない、あるいは、行なわずに最終圧延板とした。最終圧延板の板厚についても表2、3に示す。
【0051】
なお、軟化熱処理は、連続式の軟化熱処理を模擬した塩浴炉での処理、バッチ式の軟化熱処理を模擬した大気炉での処理、更に、実際の連続焼鈍炉での処理、の3パターンで実施した。
【0052】
実施例1(機械的特性評価)
上述のようにして作製した圧延板を供試材として用い、上述の方法により、圧延方向に対して0°、45°及び90°の全ての方向における全伸び、塗装焼付後の0.01%耐力、参考として塗装焼付後の0.2%耐力を測定した。塗装焼付後の0.01%耐力及び0.2%耐力は、表2、3中ではBH後0.01%耐力及び0.2%耐力と表記した。プレス成形及び塗装焼付け工程の模擬としては、上述した様に本発明では、2%の一軸ひずみ付与後に170℃で20分間の熱処理を実施した。なお、全伸びの測定は、2%の一軸ひずみ付与や170℃で20分間の熱処理を行う前の最終板での特性である。
【0053】
なお、全伸び、塗装焼付後の0.01%耐力及び0.2%耐力については、測定した3方向の値のうち最も低い値を表2、3に示す。
【0054】
表2、3に示すように、本発明例A1~A45では、本発明で規定する全伸び、塗装焼付後の0.01%耐力を満たし、良好な成形性と機械的特性を兼備している。
【0055】
これに対して、比較例B1~10、B12では、本発明で規定する本発明で規定する全伸び、塗装焼付後の0.01%耐力の少なくともいずれかが劣っていた。また、比較例B11、13では、アルミニウム合金板の製造が困難であった。
【0056】
具体的には、比較例B1では、Mnの含有量は多いものの、Feの含有量が少なく、更に、Si含有量が多く、また、熱間圧延開始温度も高く、本発明で規定する組成範囲及び製造条件範囲を満たしていないために、塗装焼付後の0.01%耐力が低下した。
【0057】
比較例B2~B4では、Feの含有量が少なく、本発明で規定する組成範囲を満たしていないために、塗装焼付後の0.01%耐力が低下した。
【0058】
比較例B6、B8では、Mnの含有量が少なく、本発明で規定する組成範囲を満たしていないために、塗装焼付後の0.01%耐力が低下した。
【0059】
比較例B13では、Fe、Mn及びTiの含有量が多く、本発明で規定する組成範囲を満たしていないために、鋳造時の湯流れが悪化し造塊が実施できなかった。
【0060】
比較例B12では、Cuの含有量が多く、本発明で規定する組成範囲を満たしていないために、全伸びが低下した。
【0061】
比較例B5では、スキンパス圧延の圧延率が高く、本発明で規定する製造条件範囲を外れているために、全伸びが低下した。
【0062】
比較例B7では、スキンパス圧延の圧延率が小さく、本発明で規定する製造条件範囲を満たしていないために、安定したスキンパス圧延が実施できなかった。
【0063】
比較例B9では、軟化熱処理温度が低く、本発明で規定する製造条件範囲を満たしていないために、全伸びが低下した。
【0064】
比較例B10では、熱間圧延の開始温度及び終了温度が高く、本発明で規定する製造条件範囲を満たしていないために、塗装焼付後の0.01%耐力が低下した。
【0065】
比較例B11では、熱間圧延の開始温度及び終了温度が低く、本発明で規定する製造条件範囲を満たしていないために、熱間圧延での耳割れが顕著に発生し、それ以降の製造が出来なかった。
【0066】
本発明例のうち、主要元素であるFe、Mnの添加量、熱間圧延条件、冷間圧延条件、軟化熱処理条件、スキンパス条件(上述の様に、全伸びと強度のバランスは重視する場合はなしが好ましい。)がより好ましい条件範囲にある本発明例A3、A4、A7、A10~A12、A17~A20、A21~25、A31~37、A38~A41、A43、A44では、全伸びと塗装焼付後の0.01%耐力の和の値が高い傾向があり、両者を特にバランス良く兼備していることを示している。
【0067】
実施例2(耐デント性評価>
表2、3に記載した最終圧延板のうち、一部を用いて耐デント性の評価を実施した。評価方法については上述した通りであり、結果を表4に示す。表4では、表2、3の項目に限界デント荷重を追記した。表4に示す、塗装焼付後の0.01%耐力および0.2%耐力と限界デント荷重を図示したものが上述した
図1である。本評価により、限界デント荷重と一般的な0.2%耐力の間には相関関係が確認されず、塗装焼付後の0.01%耐力との相関関係にあることが新たに見出された。
【0068】
【0069】
実施例3(リジングマーク評価)
表2、3に記載した最終圧延板のうち、一部を用いて耐リジング性(リジングマークの発生のし難さ)を評価した。具体的には、圧延方向に対して90°方向のJIS5号試験片に2~10%(2%間隔)の一軸歪を付与した後に圧延方向と90°方向を手で研磨し、表面を光陽社製 ポリネット A-800により目視観察して、リジングマークの発生の有無により評価した。結果を表5に示す。表5では、表2、3の項目に耐リジング性を追記した。なお、表中の機械的特性は、上述した通り圧延方向に対する3方向の結果を示す。
【0070】
【0071】
従来のAl-Fe系アルミニウム合金材であって耐リジング性が不足した比較例B8を、リジングマーク評価における基準試料とした。リジングマークが視認される最低ひずみ量が基準試料に比べて2%以上4%未満の向上効果があったものを○、4%以上の向上効果があったものを◎、2%未満の向上効果であったものを×とした。
【0072】
表5より、リジングマークの抑制は、熱間圧延条件とMn添加に依存することが分かる。
【0073】
A5、A15、A19、A25、A32~A35、A40~42、A45では、Mn含有量が本発明で規定する範囲内であり、かつ、熱間圧延条件が本発明で規定する好ましい範囲であるため、耐リジング性が良好であった。
【0074】
A30では、Mn含有量が本発明で規定する範囲内であり、かつ、熱間圧延条件が本発明で規定する範囲であるが、軟化熱処理がバッチ式の軟化熱処理を模擬した大気炉処理であったため、連続式の軟化熱処理条件に比べて耐リジング性の改善効果は限定的であった。
【0075】
A37では、Mn含有量が本発明で規定する範囲内であり、かつ、熱間圧延条件が本発明で規定する範囲であり、耐リジング性は向上した。しかしながら、好ましい熱間圧延開始温度の場合に比べると耐リジング性の改善効果は限定的であった。
【0076】
B1では、一般的な3003合金を用いているが、熱間圧延開始温度が本発明で規定する範囲より高いため、耐リジング性の改善効果が得られなかった。
【0077】
B2~B4では、Fe含有量が低く、塗装焼付後の0.01%耐力が低下しているものの、Mn含有量が本発明で規定する範囲内であり、かつ、熱間圧延条件が本発明で規定する好ましい範囲であるため、耐リジング性は良好であった。
【0078】
B10では、Mn含有量が本発明で規定する範囲内であるものの、熱間圧延の開始温度及び終了温度が高く、本発明で規定する範囲を満たしていないため、耐リジング性の改善効果が得られなかった。
【産業上の利用可能性】
【0079】
合金組成と組織を制御することで、成形性と強度のバランスに優れ、かつ、プレス成形後のリジングマークの発生を抑制し得ることで良好な外観品質も確保したアルミニウム合金板とその製造方法が提供される。