(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-06
(45)【発行日】2022-10-17
(54)【発明の名称】TATPの臭いを警備犬に覚えさせる訓練に用いることが可能な警備犬の訓練用試料の保存方法
(51)【国際特許分類】
A01K 15/02 20060101AFI20221007BHJP
C07D 323/00 20060101ALI20221007BHJP
【FI】
A01K15/02 Z
C07D323/00
(21)【出願番号】P 2018243368
(22)【出願日】2018-12-26
【審査請求日】2021-09-06
(73)【特許権者】
【識別番号】391038659
【氏名又は名称】中国化薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100121728
【氏名又は名称】井関 勝守
(74)【代理人】
【識別番号】100165803
【氏名又は名称】金子 修平
(74)【代理人】
【識別番号】100170900
【氏名又は名称】大西 渉
(74)【代理人】
【識別番号】100079636
【氏名又は名称】佐藤 晃一
(72)【発明者】
【氏名】毛利 剛
(72)【発明者】
【氏名】新澤 将人
【審査官】三上 晶子
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-021145(JP,A)
【文献】Aniko Kende et al,Trace level triacetone-triperoxide identification with SPME-GC-MS in model systems,Microchim Acta ,2008年,163,,335-338
【文献】Gamble, Sally C. et al,Detection of trace peroxide explosives in environmental samples using solid phase extraction and liquid chromatography mass spectrometry,Environmental Forensics,2017年,18(1),,50-61
【文献】Rapp-Wright et al,Suspect screening and quantification of trace organic explosives in wastewater using solid phase extraction and liquid chromatography-high resolution accurate mass spectrometry,Journal of Hazardous Materials ,2017年,329,,11-21
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07D 323/00
A01K 15/02
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
TATPを水に溶解させて
得たTATP水溶液を保存し、ガーゼに前記TATP水溶液を塗布して作成した警備犬の訓練用試料を前記TATP水溶液で湿った状態のままビニール袋に収納するとともに該ビニール袋をヒートシールして保存することを特徴とするTATP
の臭いを警備犬に覚えさせる訓練に用いることが可能な警備犬の訓練用試料の保存方法。
【請求項2】
TATPを水に50~170ppmの濃度に溶解させ
て前記TATP水溶液を得ることを特徴とする請求項1記載のTATP
の臭いを警備犬に覚えさせる訓練に用いることが可能な警備犬の訓練用試料の保存方法。
【請求項3】
前記
TATP水溶液を5~20℃で保存することを特徴とする請求項1又は2記載のTATP
の臭いを警備犬に覚えさせる訓練に用いることが可能な警備犬の訓練用試料の保存方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、昇華性を有する過酸化物であるトリアセトントリパーオキサイド(Triacetone triperoxide、以下、TATPという)の安定な保存方法に関する。
【背景技術】
【0002】
TATPは、アセトン、過酸化水素、酸を混合・撹拌することで容易に合成できる過酸化物で、下記非特許文献1には、TATPに関する論文が開示されている。その概要は次の通りである。
【0003】
論文の245頁の2.2. Sample preparationの9行目以降には、試料の調製手順が記載されている。以下にその概要を示す。
【0004】
何も付着していないアルコールワイプを透明なガラス瓶に入れ、1mlの60%メタノール/水混合溶液を加えたのちに蓋をし、フィルムで封をした。その透明ガラス瓶に超音波洗浄機で10分間、超音波を印加し抽出を行った。抽出後透明ガラス瓶を室温に冷却した。ワイプをガラスパスツールピペットの先で叩き、ワイプから抽出液を取出し、溶液を透明ガラス瓶或いは褐色ガラス瓶に移した。その抽出液に30μgのTATPが溶解した溶液30μlを加えて試料溶液とした。透明ガラス瓶中の試料溶液は20℃(室温)、10℃(冷蔵庫)及び-20℃(冷凍庫)で保存し、褐色ガラス瓶中に保存した試料溶液は20℃で保存したこと等が記載されている。
【0005】
また252頁左欄、下から4行目以降には、前記〔0003〕で調製したTATP溶液の安定性について記載されている。以下にその概要を示す。
【0006】
TATPは抽出液中とワイプ上では全ての保存条件下で比較的安定である(論文の
図9及び
図10)。一方でTATPを付着させたスライドガラスをナイロン袋に封入し、ヒートシールしたうえで冷蔵庫内に保存した試料であっても、6日以内にTATPが大きく消失した(論文の
図11)。このTATPの急速な消失は、容器内で昇華したTATPが、スライドガラス以外の箇所に沈着したためと推定される。付着したTATPの昇華・沈着による消失を最少に抑える方法は、-80℃のような極低温で保管することである(論文の
図12)。これらの結果から、TATPは溶液中又は湿らせた綿棒・ワイプ上での保存が望ましいこと、等が記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】Nopporn Song-im外2名、雑誌名Forensic Science International、ウエブサイト <https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0379073813000583?via%3Dihub> 論文名[Stability of explosive residues in methanol /water extracts, on alcohol wipes and on a glass surface],key words[explosive residues, storage,swabs, alcohol wipes, swab extracts, stability]、平成27年1月24日入手
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
TATPは、近年世界で発生するテロ事件で爆発性物質として使用され注目されている。TATPを使用したテロを防ぐためには、警備犬を活用した爆発物の探知が有効である。警備犬に爆発物を探知させるには、該当物質の臭いを覚えさせるための訓練が必要である。TATPの臭いを警備犬に覚えさせる訓練をするためには、TATPを試料として用意しなければならないが、TATPは昇華性を有し、40~50℃で分解を開始する。
【0009】
TATPはまた、乾燥状態では落槌感度JIS 1級、摩擦感度 JIS 1級、静電気感度40~100mJという極めて鋭敏な物質である。これらの性質から、警備犬の訓練にTATPそのものやTATPを少量付着させた媒体を使用することはTATPの安定性及び安全性の点で不適当であり、TATPを安定かつ安全な状態で取り扱うことができる訓練用試料が求められている。訓練用試料にはまた、訓練に支障をきたさないように、目的物以外の臭いがないことが望まれる。
【0010】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたもので、TATPを安定かつ安全な状態で取り扱う方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
請求項1に係る発明のTATPの臭いを警備犬に覚えさせる訓練に用いることが可能な警備犬の訓練用試料の保存方法は、TATPを水に溶解させて得たTATP水溶液を保存し、ガーゼに前記TATP水溶液を塗布して作成した警備犬の訓練用試料を前記TATP水溶液で湿った状態のままビニール袋に収納するとともに該ビニール袋をヒートシールして保存することを特徴とし、
請求項2に係る発明は、請求項1に係る発明のTATPの臭いを警備犬に覚えさせる訓練に用いることが可能な警備犬の訓練用試料の保存方法において、TATPを水に50~170ppmの濃度に溶解させることを特徴とする。
請求項3に係る発明は、請求項1または2に係る発明のTATPの臭いを警備犬に覚えさせる訓練に用いることが可能な警備犬の訓練用試料の保存方法において、前記TATP水溶液を5~20℃で保存することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によると、TATPを水に溶解させることにより、安全性に富み、TATPが昇華・分解し難くなって安定性を長期間にわたって持続させることができる。また非特許文献1に記載されるような劇物であるメタノールの溶液と比べても、水溶液は安全であること、メタノールは気化し易いうえ、TATPが溶け過ぎるため、TATPが析出し易く危険であるのに対し、水溶液は気化し難く、こうした問題を生じ難いこと、水溶液ではTATPのみの臭いを保持させることができること、等の効果を有する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図2】TATP水溶液の保存期間ごとのTATP残存率を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
図1に示すように、容器にTATPと、水を入れ、適度に振り混ぜたのち、冷蔵庫に入れ一晩静置させた。その後TATP水溶液をろ過し、未溶解のTATPを除去してTATP水溶液を作成した。TATPは水への溶解度が低く、溶液のTATP濃度は低いため、TATPの未溶解分をろ過して取り除くことにより、TATP水溶液をより安全に取り扱うことができる。
【0015】
図1に示すようにして作成したTATP水溶液は、濃度50~170ppmの範囲内で、一定温度、例えば5℃で数か月間保存した。そして保存期間中、TATPの残存率を測定した。
以上のようにして得たTATP水溶液を用い、訓練用試料を作成するときは、そのまま医療用ガーゼに塗布し、湿った状態のままビニール袋に収納し、ヒートシールして使用時まで保存される。
【0016】
実施例1
フラスコにTATP10mgと、水200mlを入れ、
図1に示す方法で作成した50ppmのTATP水溶液を5℃の冷蔵庫で保存した。この保存したTATP水溶液について、各週ごとに12週間にわたって水溶液中のTATP残存量を測定した。この測定は、株式会社島津製作所の高速液体クロマトグラフィー(UHPLC/HPLC System)を用いて行った。測定結果を表1及び
図2に示す。表1及び
図2に示されるように、12週間経過後もTATPを90.9%残存させることができた。
【0017】
実施例2
TATP水溶液の濃度を129ppmとした以外は実施例1と同様の水溶液を作成し、5℃の冷蔵庫で保存した。そして実施例1と同様、各週ごとに12週間にわたってTATP残存量を実施例1と同様の測定方法により測定した。結果を表1及び
図2に示す。この実施例においては、12週間経過後のTATP残存率は82.0%であった。
実施例3
TATP水溶液の濃度を168ppmとした以外は実施例1と同様の水溶液を作成し、5℃の冷蔵庫で保存した。そして実施例1と同様、各週ごとに12週間にわたってTATP残存量を実施例1と同様の測定方法により測定した。結果を表1及び
図2に示す。この実施例においては、12週間経過後のTATP残存率は80.6%であった。
実施例4
TATP水溶液の濃度を167ppmとした以外は実施例1と同様の水溶液を作成し、10℃の恒温槽で保存した。そして実施例1と同様、各週ごとに12週間にわたってTATP残存量を実施例1と同様の測定方法により測定した。結果を表1及び
図2に示す。この実施例においては、12週間経過後のTATP残存率は75.2%であった。
実施例5
TATP水溶液の濃度を167ppmとした以外は実施例1と同様の水溶液を作成し、20℃の恒温槽で保存した。そして実施例1と同様、各週ごとに12週間にわたってTATP残存量を実施例1と同様の測定方法により測定した。結果を表1及び
図2に示す。この実施例においては、12週間経過後のTATP残存率は66.2%であった。
比較例
TATP水溶液の濃度を129ppmとした以外は実施例1と同様の水溶液を作成し、30℃の恒温槽で保存した。そして実施例1と同様、各週ごとに12週間にわたってTATP残存量を実施例1と同様の測定方法により測定した。結果を表1及び
図2に示す。この比較例においては、12週間経過後のTATP残存率は31.7%となった。
【0018】
【0019】
表1及び
図2に見られるように、5~20℃で保存した実施例1-5は比較例に比べTATP残存率が格段に向上した。