(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-06
(45)【発行日】2022-10-17
(54)【発明の名称】耐高面圧部品およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20221007BHJP
C22C 38/42 20060101ALI20221007BHJP
C22C 38/48 20060101ALI20221007BHJP
C21D 1/06 20060101ALI20221007BHJP
C21D 9/00 20060101ALI20221007BHJP
【FI】
C22C38/00 301N
C22C38/42
C22C38/48
C21D1/06 A
C21D9/00 A
(21)【出願番号】P 2018170941
(22)【出願日】2018-09-12
【審査請求日】2021-05-18
(73)【特許権者】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000231350
【氏名又は名称】ジヤトコ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100076473
【氏名又は名称】飯田 昭夫
(74)【代理人】
【識別番号】100112900
【氏名又は名称】江間 路子
(74)【代理人】
【識別番号】100198247
【氏名又は名称】並河 伊佐夫
(72)【発明者】
【氏名】宮内 順也
(72)【発明者】
【氏名】山口 浩平
(72)【発明者】
【氏名】石倉 亮平
(72)【発明者】
【氏名】神谷 啓一郎
(72)【発明者】
【氏名】寺田 紘樹
(72)【発明者】
【氏名】内田 和成
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 靖朗
(72)【発明者】
【氏名】豊田 宏章
(72)【発明者】
【氏名】大嶋 駿介
【審査官】川村 裕二
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-195997(JP,A)
【文献】特開2013-122286(JP,A)
【文献】特開2014-070256(JP,A)
【文献】特開2012-117102(JP,A)
【文献】特開2016-194156(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 1/00-11/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で
C:0.17~0.23%
Si:0.80~1.00%
Mn:0.65~1.00%
P:0.030%以下
S:0.030%以下
Cu:0.01~1.00%
Ni:0.01~3.00%
Cr:0.80~1.00%
を含有し、残部Fe及び不可避的不純物の組成を有する鋼からなり、浸炭焼入れ層の表層C濃度が質量%で0.70~0.80%であ
り、
旧オーステナイト結晶粒の平均粒度番号が6以上で、且つ、粒度番号4.5以下の粗粒の面積率が20%未満であることを特徴とする耐高面圧部品。
【請求項2】
請求項1において、前記鋼が質量%で
Nb:0.045~0.065%
Al:0.030~0.047%
N:0.015~0.030%
を更に含有していることを特徴とする耐高面圧部品。
【請求項3】
請求項2に記載の成分組成の鋼からなる被加工材に、熱間鍛造および機械加工を施し所定の部品形状とした後、浸炭処理を行な
い、浸炭焼入れ層の表層C濃度が質量%で0.70~0.80%であり、旧オーステナイト結晶粒の平均粒度番号が6以上で、且つ、粒度番号4.5以下の粗粒の面積率が20%未満である耐高面圧部品
を製造
する方法であって、
浸炭時の有効ピンニング粒子量Xと浸炭前のフェライト平均粒度番号Yとの関係が下記式(1)を満たすように、前記被加工材の成分組成および/または製造条件を制御することを特徴とする耐高面圧部品の製造方法。
Y<(2.26×10
-3)X+10.85 ・・・式(1)
ここで有効ピンニング粒子量Xは、浸炭処理後のNbCおよびAlNの析出量から熱間鍛造処理後のNbCおよびAlNの析出量を引いた値(ppm)である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は高面圧が加わった状態で使用されるベルト式CVT(ベルト式無段変速機)プーリ等の耐高面圧部品およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車のベルト式CVTでは、
図6に示すように無端環状(一部のみ図示)をなすスチールバンド(金属バンド)200に多数の鋼製且つ板状のエレメント(駒)202を並べて取り付けて成るスチールベルト204を、
図7に示す溝幅が可変の一対のプーリ(プライマリプーリ206及びセカンダリプーリ208)間に無端環状に巻き掛け、かかるスチールベルト204を介してプライマリプーリ206からセカンダリプーリ208へと動力伝達を行う。
【0003】
具体的には、エンジンからの入力は一方のプーリ(プライマリプーリ)206へと入り、他方のプーリ(セカンダリプーリ)208へと伝達された上で出力される。
その際、各プーリの溝幅を変化させることで各プーリの有効径を変化させ、変速を無段階で連続的に行う。
【0004】
CVTプーリ(以下単にプーリとすることがある)の溝側面を成す摺動面(シーブ面)は、高面圧でエレメントが摩擦接触するため摩耗を生じ易い。
そこで従来においては、JIS SCM420等の鋼種を用いて構成したプーリに浸炭焼入れ処理を施し、更にショットピーニング処理を追加して表面硬さを向上させたものが用いられていた(例えば下記特許文献1参照)。
【0005】
しかしながらショットピーニング処理は製造コストが高く、また使用される投射材がコンタミネーションとして摺動面に残存してプーリの摺動面を傷付けてしまう問題があった。
【0006】
尚、本発明に対する先行技術として、下記特許文献2および特許文献3では、SiおよびCrを所定量含有させた鋼材を用い、プーリ摺動面での高温焼き戻し硬さを高めるようになした点が開示されている。しかしながら、これら特許文献には本発明の化学組成を満たす実施例の開示はなく、本発明とは異なるものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2009-68609号公報
【文献】特開2013-122286号公報
【文献】特開2014-70256号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は以上のような事情を背景とし、ショットピーニング処理を追加することなく、高面圧が加わる摺動面の耐摩耗性を高めることができる耐高面圧部品およびその製造方法を提供することを目的としてなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
而して請求項1は耐高面圧部品に関するもので、質量%でC:0.17~0.23%、Si:0.80~1.00%、Mn:0.65~1.00%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cu:0.01~1.00%、Ni:0.01~3.00%、Cr:0.80~1.00%を含有し、残部Fe及び不可避的不純物の組成を有する鋼からなり、浸炭焼入れ層の表層C濃度が質量%で0.70~0.80%であり、旧オーステナイト結晶粒の平均粒度番号が6以上で、且つ、粒度番号4.5以下の粗粒の面積率が20%未満であることを特徴とする。
【0010】
請求項2のものは、請求項1において、前記鋼が質量%でNb:0.045~0.065%、Al:0.030~0.047%、N:0.015~0.030%を、更に含有していることを特徴とする。
【0011】
請求項3は耐高面圧部品の製造方法に関するもので、請求項2に記載の成分組成の鋼からなる被加工材に、熱間鍛造および機械加工を施し所定の部品形状とした後、浸炭処理を行ない、浸炭焼入れ層の表層C濃度が質量%で0.70~0.80%であり、旧オーステナイト結晶粒の平均粒度番号が6以上で、且つ、粒度番号4.5以下の粗粒の面積率が20%未満である耐高面圧部品を製造する方法であって、
浸炭時の有効ピンニング粒子量Xと浸炭前のフェライト平均粒度番号Yとの関係が下記式(1)を満たすように、前記被加工材の成分組成および/または製造条件を制御することを特徴とする。
Y<(2.26×10-3)X+10.85 ・・・式(1)
ここで有効ピンニング粒子量Xは、浸炭処理後のNbCおよびAlNの析出量から熱間鍛造処理後のNbCおよびAlNの析出量を引いた値(ppm)である。
【0012】
本発明は、CVTプーリで代表される耐高面圧部品における実際の使用環境での最高到達温度、および、その最高到達温度が維持される時間を考慮した場合、300℃で3時間焼戻し処理した後に表層硬さ650Hv以上を確保できるものであれば、摺動面の疲労寿命を高め得るとの知見の下、300℃で3時間の焼戻しの後に硬さ650Hv以上を確保することが可能な、表層C濃度、Si量およびCr量を見出したものである。
本発明によれば、ショットピーニング処理を付加しなくても、耐高面圧部品における摺動面の耐摩耗性を効果的に高めることができる。
【0013】
図1は、本発明の耐高圧面部品のSi量、Cr量および表層C濃度と、300℃で3時間焼戻した後の硬さとの関係を示した図である。
ここでは、0.22C-0.73Mn-0.15Cu-0.10Niを基本成分とし、Si量を0.55~1.05%の範囲で、Cr量を0.55~1.00%の範囲で変化させた鋼材を用いた。
試験片の履歴は以下の通りである。上記成分の熱間鍛造材を970℃、150minの条件での真空浸炭焼入れ、および、130℃、140minの焼戻しの処理を行った後、10mm×10mm×15mmに機械加工を行ない、その後更に300℃、3時間の焼戻し処理を実施し表層の硬さ(Hv)を測定した。
【0014】
同図で示すように浸炭焼入れ層の表層C濃度が0.70~0.80%の試験片において、Si量0.80%以上且つCr量0.80%以上あれば、300℃で3時間焼戻し後に650Hv以上の硬さを確保できることが分かる。
【0015】
ところで、所定の表層C濃度を得るために実施される浸炭処理は、高温且つ長時間の熱処理であり、オーステナイト結晶粒の粗大化が懸念される。結晶粒粗大化により組織中に異常成長粒が存在すると強度および耐摩耗性の低下を招く。
このため本発明では、鋼中にNb-Al-Nを所定量添加することが望ましい。これらの元素により形成される微細な析出物(NbCおよびAlN)のピンニング効果でオーステナイト結晶粒界の移動を抑制し、浸炭時の粒成長を抑制することができるからである。
【0016】
ここで本発明者らが調査した結果によれば、熱間鍛造処理後の状態で既に析出しているNbCおよびAlNについては、その後の浸炭処理において粗大化してしまいピンニング効果が失われてしまう場合がある。このため、浸炭処理後のNbCおよびAlNの析出量から熱間鍛造処理後のNbCおよびAlNの析出量を引いた有効ピンニング粒子量を高めることが有効である。
【0017】
図2は、有効ピンニング粒子量Xおよび浸炭前のフェライト粒度番号Yが、浸炭時のオーステナイト結晶粒の粒度に与える影響を示している。
ここでは、0.22C-0.80~1.01Si-0.67~0.94Mn-0.15Cu-0.10Ni-0.80~0.98Crを基本成分とし、Nb量を0.031~0.062%の範囲で、Al量を0.029~0.042%の範囲で、N量を0.011~0.027%の範囲で変化させた鋼材を用いた。
【0018】
上記成分の鋼材に対し、1150℃~1250℃の条件で熱間鍛造を施し、鍛造後のNbCおよびAlNの析出量を調査した。その後、10mm×10mm×15mmに機械加工し、浸炭前のフェライト粒度番号を調査し、970℃、150minの条件で真空浸炭処理を行い、旧オーステナイト結晶粒の粗大化の有無および浸炭処理後のNbCおよびAlNの析出量を調査した。
【0019】
ここで、鍛造処理後および浸炭処理後、それぞれについて抽出分析(臭素メタノール法、電界抽出法)を実施し、NbC抽出量およびAlN抽出量を定量分析し、NbCおよびAlNの析出量を求めた。そして浸炭処理後のNbCおよびAlNの析出量から熱間鍛造処理後のNbCおよびAlNの析出量を引いた値(ppm)を有効ピンニング粒子量Xとした。
【0020】
浸炭前のフェライト平均粒度番号Yは、光学顕微鏡の100倍視野且つ5視野でのフェライト結晶粒を「JIS G 0552 鋼のフェライト結晶粒度試験方法」に準じて測定し、これらの粒度番号を平均した値である。
【0021】
また浸炭処理における粗大化の有無については、光学顕微鏡の100倍視野且つ5視野での旧オーステナイト結晶粒を「JIS G 0551 鋼のオーステナイト結晶粒度試験方法」に準じて測定し、下記の基準に基づいて判定している。
旧オーステナイト結晶粒の平均粒度番号が6以上で、且つ、観察した領域における粗粒(粒度4.5以下)の面積率が20%未満であった場合、粗大化なしで「○」と判定した。
一方、観察した領域における粗粒(粒度4.5以下)の面積率が20%以上であった場合や、観察した領域中にわずかでも粒度3以下の粗粒があった場合、粗大化ありで「×」と判定した。
【0022】
このようにして得られた
図2によれば、浸炭時の結晶粒粗大化の抑制には、浸炭前のフェライト平均粒度番号Yを小さく(フェライト粒径を大きく)すること、有効ピンニング粒子量Xを多くすることが有効であり、上記式(1)、すなわちY<(2.26×10
-3)X+10.85を満たすように、被加工材の成分組成および/または製造条件(例えば鍛造加熱温度、鍛造終止温度など)を制御することで、浸炭時の結晶粒の粗大化を有効に抑制することができる。
【0023】
本発明は耐摩耗性を高めるため、鋼材のSi量を高めたことを特徴のひとつとするものであるが、高Si鋼材については熱間鍛造時、その表面にスケールが生成されやすく、スケール生成量の増大にともない熱間鍛造型の摩耗が促進され、型寿命が短くなってしまう問題がある。特に表面拡大率が5以上となった場合に鍛造型の摩耗が顕著である。
このような場合、型寿命を延ばすための方策として鍛造加熱温度を低下させることが有効である。具体的には熱間加熱温度を1165℃以下とすることで型摩耗を効果的に抑制し得て型寿命を延ばすことが可能である。
【0024】
次に本発明における各化学成分等の限定理由を以下に詳述する。
C:0.17~0.23%
Cは、強度を確保する上で必要な元素であり、部品の内部硬さを確保するために0.17%以上含有させる。但し含有量が多くなると被削性が低下するため、上限を0.23%とする。好ましくは0.20~0.23%である。
【0025】
Si:0.80~1.00%
Siは、浸炭焼入れ層での高温焼戻し硬さを高めるために有効な元素である。この効果を得るために0.80%以上の添加が必要である。ただし、1.00%を超えて含有させると加工性が低下するため、上限を1.00%とする。好ましくは0.80~0.95%である。
【0026】
Mn:0.65~1.00%
Mnは溶製時の脱酸剤として添加される。Mnは焼入れ性を確保する上で有用な成分であり、その働きのために0.65%以上含有させる。但し、含有量が多くなり過ぎると被削性の低下が懸念されるため、上限を1.00%とする。好ましくは0.80~0.95%である。
【0027】
P:0.030%以下、S:0.030%以下
PおよびSは、不純物である。これらは脆化を招くなど、部品の機械的性質にとって好ましくない元素であるため、その量は少ないほうが好ましいが、0.030%以下であれば特性にそれ程の影響がなく、その上限を0.30%とする。
【0028】
Cu:0.01~1.00%
Cuは、Ni,Crと共に引張強度、耐衝撃値および疲労強度を向上させる元素である。Cuの下限を0.01%としたのは、これよりも含有量が少ないと焼入れ性が低下し、強度が低下するためである。一方、Cuの上限を1.00%としたのはCuが多すぎると加工性、特に被削性が劣化するためである。好ましくは0.10~0.20%である。
【0029】
Ni:0.01~3.00%
Niは、Cu,Crと共に引張強度、耐衝撃値および疲労強度を向上させる元素である。Niの下限を0.01%としたのは、これよりも含有量が少ないと焼入れ性が低下し、強度が低下するためである。一方、Niの上限を3.00%としたのはNiが多すぎると加工性、特に被削性が劣化するためである。好ましくは0.05~0.50%である。
【0030】
Cr:0.80~1.00%
Crは焼入れ性を高めて内部硬度を確保する上で有用な成分であり、300℃焼戻し後の硬さを確保するために0.80%以上含有させる。但し、含有量が多くなり過ぎると被削性の低下が懸念されるため、上限を1.00%とする。好ましくは0.80~0.98%である。
【0031】
表層C濃度:0.70~0.80%
所定の熱処理後硬さを維持するためには、表層C濃度が0.70%以上必要であるため、表層C濃度の下限を0.70%に規定した。一方、表層C濃度が0.80%を超えると、大型の炭化物が生成し、耐摩耗性が低下する虞があるため、表層C濃度の上限を0.80%とした。好ましくは0.75~0.80%である。
【0032】
Nb:0.045~0.065%
Nbは、炭化物を形成して浸炭時のオーステナイト粒界をピン止めする働きがある。但し、過大に含有しても結晶粒粗大化を抑制する効果が飽和してしまうので、その上限を0.065%とする。好ましくは0.046~0.062%である。
【0033】
Al:0.030~0.047%
Alは、鋼中のNと反応してAlNを形成し、浸炭時のオーステナイト結晶粒の粗大化を防止する働きがあり、その効果を得るためには0.030%以上含有させる必要がある。但し、過大に含有しても結晶粒粗大化を抑制する効果が飽和してしまうため、上限を0.047%とする。好ましくは0.033~0.042%である。
【0034】
N:0.015~0.030%
Nは、鋼中のAlと反応してAlNを形成し、浸炭時のオーステナイト結晶粒の粗大化を防止する働きがあり、その効果を得るためには0.015%以上含有させる必要がある。但し、過大に含有しても結晶粒粗大化を抑制する効果が飽和するとともに、窒化物が増加して強度低下の原因となるため、その上限を0.030%とする。好ましくは0.018~0.027%である。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【
図1】本発明の耐高圧面部品のSi量、Cr量および表層C濃度と、300℃で3時間焼戻し後の硬さとの関係を示した図である。
【
図2】有効ピンニング粒子量Xおよび浸炭前のフェライト平均粒度番号Yが、浸炭時の結晶粒粗大化に与える影響を示した図である。
【
図3】熱間鍛造とそれに続く粗熱処理の説明図である。
【
図5】浸炭焼入れ処理のヒートパターンを示した図である。
【
図6】ベルト式CVTのスチールベルトをスチールバンド,エレメント等とともに示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0036】
本発明に係る高面圧部品は、所定の成分組成の鋼を用い、溶解・鋳造→高温ソーキング(1300℃)→分塊圧延→製品圧延→熱間鍛造→粗熱処理→機械加工→浸炭焼入れ→焼戻し→仕上げ機械加工の製造工程を経て製造することができる。
【0037】
熱間鍛造の工程においては、被加工材を一旦1100℃以上の高温に加熱した後に、熱間で鍛造加工を行なう。これは、熱間鍛造において、鍛造時の被鍛材(被加工材)の欠肉や、鍛造荷重への影響が大きいことを考慮している。また、熱間鍛造における型摩耗は、鍛造時の被鍛材(被加工材)の変形抵抗にも左右され、鍛造加熱温度が低い場合には、被鍛材の変形抵抗が大きくなり、これに伴って金型の摩耗量も大きくなってしまう。このため鍛造加熱温度は1100℃よりも高い温度とする。
【0038】
一方で、高Si鋼材を用いる本例では、鍛造加熱温度が高い場合に酸化スケールが多量に生成され、型を傷めてしまい型寿命が短くなって製造性を悪化させてしまう問題がある。このため、表面拡大率が5以上である部分(型面に塗布されている潤滑剤が大きく引き延ばされて、型面に沿って膜形成されていた潤滑剤の膜切れが生じやすい部分)を含む形状に鍛造する場合、鍛造加熱温度を1165℃以下とする。
【0039】
粗熱処理は、鍛造加工後の組織におけるベイナイト相の生成を抑制するための熱処理である。ベイナイト相の抑制は、その後の機械加工における被削性を確保するとともに、浸炭時における結晶粒の粗大化を防止するのに有効である。
粗熱処理は、
図3(A)に示すように、鍛造加工後、引き続いて実施することができる。この場合、被加工材を640~700℃の温度で30分以上保持し、その後に略室温までの冷却を行う。
【0040】
また、
図3(B)に示すように、粗熱処理は、一旦、略室温まで冷却された被加工材に対して行うことも可能である。この場合は、被加工材を890~950℃の温度で30分以上保持し、その後640~700℃の温度で30分以上保持し、略室温までの冷却を行う。
【0041】
前述の有効ピンニング粒子量Xを算出するために必要となる「熱間鍛造処理後のNbCおよびAlNの析出量」とは、
図3(A)に示すように、鍛造加工後に引き続いて粗熱処理を行う場合、粗熱処理後におけるNbCおよびAlNの析出量である。
一方、
図3(B)に示すように、鍛造加工と粗熱処理と分けて実施する場合、熱間鍛造後(粗熱処理前)におけるNbCおよびAlNの析出量である。
【実施例】
【0042】
表1に示す15鋼種を用い、
図4に示す試験用プーリ10を作製した。表1において、実施例1~10は、各元素の添加量が本発明の請求範囲内である。一方、比較例1~5は、少なくとも1元素が本発明の請求範囲を外れている。
【0043】
【0044】
表1に示す化学組成の鋼を溶解し、インゴットに鋳込んだ後、1300℃で2.5Hr以上保持する均質化処理を行った。その後、熱間鍛造、粗熱処理、機械加工、浸炭焼入れ処理、焼戻し処理を実施して試験用プーリ10を作製した。
試験用プーリ10の製造過程で浸炭前フェライト平均粒度番号Y、浸炭後の表層C濃度(%)、有効ピンニング粒子量X(ppm)を調査した。また得られた試験用プーリ10における結晶粒粗大化の有無を調査し、更に300℃、3時間の焼戻し処理を実施し、焼戻し硬さを調査した。これらの結果が下記表2に示してある。
【0045】
<熱間鍛造および粗熱処理>
被加工材を表2で示す鍛造加熱温度に加熱した後、被加工材の略上半部、下半部をそれぞれ上型、下型の凹部内に挿入して所定の形状に成形した。その後、熱間鍛造に引き続いて被加工材を640~700℃の温度で30分以上保持し、その後に略室温まで冷却を行う粗熱処理(
図3(A)参照)を実施した。
【0046】
<浸炭焼入れおよび焼戻し処理>
真空浸炭炉を用い、
図5に示すヒートパターンで、浸炭温度970℃で2.5h保持し、次いで浸炭温度890℃で0.5h保持した後に、80℃の油で焼き入れする浸炭焼入れ処理を施した。焼戻しは130℃で1.5h保持し、空冷することにより行った。
【0047】
<300℃での3時間焼戻し処理>
300℃に保持された大気炉(炉温を熱電対にて実測しながら制御するタイプ)に試験用プーリ10を投入し、投入時に低下した温度が300℃に戻ってから3時間保持を実施した。
【0048】
<表層のC量の測定>
試験用プーリ10の摺動面を埋め込んで研磨仕上げし、表層部のC濃度をEPMA分析した。
【0049】
<硬さ測定>
JIS Z 2244に従い、試験用プーリ10の摺動面を鏡面研摩し、表面から50μmの位置を荷重2.94Nで測定した値を用いた。
【0050】
<有効ピンニング粒子量Xの測定>
鍛造処理後および浸炭処理後、試験用プーリ10の摺動面において抽出分析(臭素メタノール法、電界抽出法)を実施し、NbC抽出量およびAlN抽出量を定量分析し、NbCおよびAlNの析出量を求めた。そして浸炭処理後のNbCおよびAlNの析出量から熱間鍛造処理後のNbCおよびAlNの析出量を引いた値(ppm)を有効ピンニング粒子量Xとした。
【0051】
<浸炭前フェライト平均粒度番号Yの測定>
浸炭前(機械加工後)の試験用プーリ10の摺動面について、光学顕微鏡の100倍視野且つ5視野でのフェライト結晶粒を「JIS G 0552 鋼のフェライト結晶粒度試験方法」に準じて測定し、それら結晶粒度番号の平均値をフェライト平均粒度番号Yとした。
【0052】
<結晶粒粗大化についての評価>
浸炭処理後の試験用プーリ10の摺動面について、光学顕微鏡の100倍視野且つ5視野での旧オーステナイト結晶粒を「JIS G 0551 鋼のオーステナイト結晶粒度試験方法」に準じて測定し、段落0021に記載した基準に基づいて結晶粒粗大化の有無を評価した。
【0053】
【0054】
表1,2で示すように、比較例1は、Si量、Cr量が本発明の下限値よりも低く、300℃焼戻し後の硬さが目標の650Hvよりも低い。
【0055】
比較例2もまた、Si量、Cr量が本発明の下限値よりも低く、300℃焼戻し後の硬さが目標の650Hvよりも低い。
【0056】
比較例3は、Si量が本発明の下限値よりも低く、この比較例3においても300℃焼戻し後の硬さが目標の650Hvよりも低い。
【0057】
比較例4は、Si量、Cr量については本発明の範囲内であり、300℃焼戻し後の硬さは目標を満足している。しかしながら粗大化防止のために添加したNb量、Al量が本発明の下限値よりも低い。更に比較例4では鍛造加熱温度が1140℃と比較的低かったため、浸炭前フェライト結晶粒度番号Yが大きく(粒径が小さく)なり、その結果、有効ピンニング粒子量Xと浸炭前のフェライト平均粒度番号Yとの関係が本発明の式(1)を満たしておらず、浸炭処理において結晶粒の粗大化が認められた。
【0058】
比較例5は、Si量、Cr量が本発明の下限値よりも低い。このため300℃焼戻し後の硬さが目標の650Hvよりも低い。また比較例5は、Nb、Al、Nを添加するもN量が本発明の下限値よりも低い。このため有効ピンニング粒子量Xと浸炭前のフェライト平均粒度番号Yとの関係が本発明の式(1)を満たしておらず、浸炭処理において結晶粒の粗大化が認められた。
【0059】
これに対して化学組成,表層のC濃度が本発明の条件を満たす実施例1~10のものは何れも300℃焼戻し後の硬さが目標の650Hv以上を満足している。加えて、Nb、Al、Nが本発明の範囲内で添加され、且つ有効ピンニング粒子量Xと浸炭前のフェライト平均粒度番号Yとの関係が本発明の式(1)を満たす実施例6~10については、浸炭処理において粗大化が認められず、浸炭時にオーステナイト結晶粒が粗大化する問題を解決できることが分る。
【0060】
以上本発明について詳しく説明したが、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。