(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-07
(45)【発行日】2022-10-18
(54)【発明の名称】鉄系部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
C23F 11/02 20060101AFI20221011BHJP
【FI】
C23F11/02
(21)【出願番号】P 2018190781
(22)【出願日】2018-10-09
【審査請求日】2021-07-09
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度科学技術振興機構 研究成果展開事業 マッチングプランナープログラム 産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】517132810
【氏名又は名称】地方独立行政法人大阪産業技術研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】592211194
【氏名又は名称】キレスト株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】596148629
【氏名又は名称】中部キレスト株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002837
【氏名又は名称】特許業務法人アスフィ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐谷 真那実
(72)【発明者】
【氏名】左藤 眞市
(72)【発明者】
【氏名】南部 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】南部 信義
(72)【発明者】
【氏名】諸岡 祐弥
【審査官】松村 駿一
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-092976(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第1619014(CN,A)
【文献】特開2011-179115(JP,A)
【文献】特表2004-530541(JP,A)
【文献】特開2001-031966(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23F 11/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄系部材を製造するための方法であって、
相対湿度を45%以下に調節した密閉空間内において、上記鉄系部材と亜硝酸系気化性防錆剤を共存させる工程を含
み、
上記亜硝酸系気化性防錆剤が、ジシクロヘキシルアミン亜硝酸塩、ジイソプロピルアミン亜硝酸塩、亜硝酸ナトリウム、および亜硝酸カリウムから必須的になる群より選択される1種または2種以上の亜硝酸塩を含むことを特徴とする方法。
【請求項2】
上記亜硝酸系気化性防錆剤が
更にアンモニウム塩を含む請求項
1に記載の方法。
【請求項3】
上記アンモニウム塩が、炭酸アンモニウム、リン酸水素二アンモニウム、安息香酸アンモニウム、サリチル酸アンモニウム、p-ニトロ安息香酸アンモニウム、およびセバシン酸アンモニウムから必須的になる群より選択される1種または2種以上のアンモニウム塩である請求項2に記載の方法。
【請求項4】
上記亜硝酸系気化性防錆剤100質量%中の上記亜硝酸塩の含有量が20質量%以上である請求項1~3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
上記鉄系部材と上記亜硝酸系気化性防錆剤を共存させる時間が1日以上である請求項1~4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
上記鉄系部材と上記亜硝酸系気化性防錆剤を共存させる温度が5℃以上、50℃以下である請求項1~5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
上記工程を経る前の鉄系部材の表面電位に対する上記工程を経た鉄系部材の表面電位の差が+90mV以上である請求項1~6のいずれかに記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面に不動態皮膜が良好に形成されており、防錆性能に優れた鉄系部材を簡便に製造できる方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鉄系部材の防錆性能を高めるためには、かつて亜硝酸イオンを含む防錆剤水溶液に鉄系部材を浸漬する方法が主流であった。しかしこの方法には、防錆剤水溶液の槽や、その後の水洗のための槽など、専用の表面処理設備を必要とすること、廃液の処理が必要となること、複雑な形状の鉄系部材では、隙間部の防錆剤水溶液を除去することが難しい場合があるといった問題がある。隙間部に防錆剤水溶液が残留すると、腐食がかえって促進される。また、鉄系部材が巨大な鉄板や鉄柱である場合には、表面処理設備が大規模になり、また廃液も大量に生じる。更に、複雑な形状の鉄系部材を有効に防錆処理できないことがあった。
【0003】
そこで、防錆作用を示す亜硝酸イオンを放出できる亜硝酸系気化性防錆剤が開発されている。亜硝酸系気化性防錆剤であれば、気化した防錆成分が鉄系部材に作用するために大規模な表面処理設備が必要無く、廃液は生じず、また、防錆剤水溶液が残留する余地は無い。
【0004】
亜硝酸系気化性防錆剤のうち複分解型の気化性防錆剤は、これらが環境中の水分により複分解して気化性の強い亜硝酸アンモニウムを生成し、亜硝酸イオンを拡散させ、且つ金属表面の結露水へ発生アンモニアが吸収されてアルカリ化することにより防錆作用を発揮すると考えられており、90%や100%の相対湿度といった高湿度下で気化亜硝酸ガスを多く放出することが示されている(非特許文献1)。
【0005】
よって、亜硝酸系気化性防錆剤としては金属が錆びやすい高湿度下で亜硝酸ガスを放出する一方で、錆が発生し難い低湿度下では亜硝酸ガスの放出が抑制されているものが効率的で優れたものとされていた(特許文献1~4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2012-207360号公報
【文献】特開2011-47028号公報
【文献】特開2010-285661号公報
【文献】特開2006-45643号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】有松一比古ら,防錆管理,2007年,p.15~19
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述したように、環境中の水分を利用して亜硝酸イオンを拡散させて防錆効果を発揮する気化性防錆剤は開発されており、かかる亜硝酸系気化性防錆剤は、錆が発生し易い高湿環境下でより多くの亜硝酸イオンを放出するので、錆が発生し難い低湿環境下では亜硝酸イオンを放出しないものが効率的なものであると考えられていた。よって従来の亜硝酸系気化性防錆剤は、一般的に、亜硝酸イオンを有効に利用すべく、防錆対象である金属部材を共に含む密閉環境下で用いられていた。
しかし、より効率的な防錆処理方法は、現場において常に切望されている。
そこで本発明は、表面に不動態皮膜が良好に形成されており、防錆性能に優れた鉄系部材を簡便に製造できる方法を提供することを目的とする。また、本発明は、鉄系材料表面の不動態皮膜の形成状態を評価するための自然電位測定方法を提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、従来は高湿下での亜硝酸イオンやアンモニアガスの放出量により亜硝酸系気化性防錆剤の性能が確認されており、低湿下では鉄系部材は錆び難いので防錆作用を発揮する必要は無いと考えられていたのに対して、鉄系部材表面の不動態皮膜は低湿環境下の方が良好に形成され、開放環境下でも防錆作用が継続することを見出して、本発明を完成した。
以下、本発明を示す。
【0010】
[1] 鉄系部材を製造するための方法であって、
低湿に調節した密閉空間内において、上記鉄系部材と亜硝酸系気化性防錆剤を共存させる工程を含むことを特徴とする方法。
[2] 上記密閉空間内の相対湿度が45%以下である上記[1]に記載の方法。
[3] 上記亜硝酸系気化性防錆剤が、ジシクロヘキシルアミン亜硝酸塩、ジイソプロピルアミン亜硝酸塩、亜硝酸ナトリウム、および亜硝酸カリウムから必須的になる群より選択される1種または2種以上の亜硝酸塩を含む上記[1]または[2]に記載の方法。
[4] 上記亜硝酸系気化性防錆剤がアンモニウム塩を含む上記[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5] 上記鉄系部材と上記亜硝酸系気化性防錆剤を共存させる時間が1日以上である上記[1]~[4]のいずれかに記載の方法。
[6] 上記鉄系部材と上記亜硝酸系気化性防錆剤を共存させる温度が5℃以上、50℃以下である上記[1]~[5]のいずれかに記載の方法。
[7] 上記工程を経る前の鉄系部材の表面電位に対する上記工程を経た鉄系部材の表面電位の差が+90mV以上である上記[1]~[6]のいずれかに記載の方法。
[8] 鉄系材料の自然電位を測定するための方法であって、
電解質溶液を脱気しつつ、上記鉄系材料からなる電極と参照電極を電解質溶液に浸漬し、電極間の電位差を測定する工程を含むことを特徴とする方法。
【発明の効果】
【0011】
従来、亜硝酸系気化性防錆剤の防錆作用は亜硝酸イオンやアンモニアガスの放出量により評価されていた。その理由としては、気化性防錆剤は密閉された空間内でしか防錆効果を示さないと考えられていたことが挙げられる。また、亜硝酸系気化性防錆剤の防錆作用に関して、それにより処理された鉄系材料の不動態皮膜の厚さをX線光電子分光法(XPS)で測定することが考えられるが、不動態皮膜と鉄系材料のみの層との境界を明確に定めることが不可能であり、正確な評価はできない。更に、鉄系材料の表面に不動態皮膜が形成されるとアノード反応が抑制されることから、不動態皮膜の評価基準として自然電位を測定することも考えられる。しかし鉄系材料は自然電位を測定するための電解質溶液中で徐々に腐食するため、参照電極との電位差を安定的に測定できず、正確な評価ができない。
【0012】
それに対して本発明者らは、自然電位の正確な測定方法を完成し、それにより、鉄系材料の不動態皮膜による安定性を正確に評価できるようにした。
【0013】
本発明に係る鉄系部材の製造方法は、鉄系部材の表面に不動態皮膜を良好に形成し、その防錆性能を顕著に改善するものである。その結果、従来の鉄系部材製品は気化性防錆剤と共に密閉包装されたまま流通していたが、本発明方法で製造された鉄系部材には優れた不動態皮膜が形成されるため、開放環境下でも防錆性能に優れる。よって本発明は、防錆性能に優れる鉄系部材を製造できる技術として、産業上極めて優れている。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、耐食性能試験結果を示す鉄系部材試験片の外観写真である。
図1(1)は本発明に係る気相防錆処理を施した試験片の外観写真であり、
図1(2)は対照試験片の外観写真である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明に係る鉄系部材の製造方法は、低湿に調節した密閉空間内において、上記鉄系部材と亜硝酸系気化性防錆剤を共存させる工程を含む。
【0016】
鉄系部材を構成する材料は、Feを主成分とするものであれば特に制限されない。「Feを主成分とする」とは、材料に占めるFeの割合が50質量%以上であることをいう。当該割合としては、60質量%以上が好ましく、70質量%以上がより好ましい。Fe以外の成分を含む鉄系部材材料としては、例えば、クロム鋼鋼材(SCr材)、マンガン鋼鋼材(SMn材)、マンガンクロム鋼鋼材(SMnC材)、クロムモリブデン鋼鋼材(SCM材)、ニッケルクロム鋼鋼材(SNC材)、ニッケルクロムモリブデン鋼鋼材(SNCM材)、アルミニウムクロムモリブデン鋼材(SACM材)、炭素鋼鋼材(S-C材)、ステンレス鋼材(SUS材)、高炭素クロム軸受鋼鋼材(SUJ材)などを挙げることができる。なお、一般的な鉄系材料の表面には、特殊な環境下でない限り、程度の差こそあれ不動態皮膜が自然に形成されているが、本発明方法によれば、更に優れた不動態皮膜を有効に形成することが可能である。
【0017】
鉄系部材とは、上記材料で構成されており、且つ構造物を組み立てている部分品をいう。但し、何らかの構造物を構成するものである限り、鉄板や鉄柱も含まれる。
【0018】
本発明方法においては、鉄系部材と亜硝酸系気化性防錆剤を共存させる密閉空間内を低湿に調節する。「低湿」の程度は、鉄系部材の表面に十分な不動態皮膜が形成される範囲で適宜調整すればよいが、例えば、相対湿度で45%以下とすることができる。当該相対湿度としては、40%以下が好ましく、35%以下がより好ましく、30%以下、25%以下または20%以下がより更に好ましい。相対湿度は、湿度計を用いて常法に基づいて測定すればよい。
【0019】
密閉空間内における湿度の調整法は特に制限されないが、例えば、シリカゲル、塩化カルシウム、生石灰、五酸化二リン、濃硫酸、グリセリン、グリセリン水溶液などの乾燥剤を用いることが考えられる。また、窒素ガスなど、水分を含まないか或いは水分含量が低減された不活性ガスで、密閉空間内の一部または全部を置換してもよい。
【0020】
密閉空間を形成するためには、例えば、少なくとも鉄系部材と亜硝酸系気化性防錆剤をフィルムで密閉包装したり、ケース内に密閉すればよい。かかる包装やケースを構成する材料としては、例えば、ポリエチレンやポリプロピレンなどのポリオレフィン;アルミニウムなどの金属;ガラスなどを挙げることができる。また、水分子や酸素分子などの透過抑制を目的として、ポリオレフィンのフィルムやシートに、ポリエチレンテレフタレートなどのポリエステル、ナイロンなどのポリアミド、ポリ塩化ビニリデンやポリ塩化ビニルなどの含塩素樹脂、アルミニウムなどの金属、酸化アルミニウムなどの金属酸化物などからなる層を積層してもよい。
【0021】
密閉空間を形成するためのフィルムやシートの厚さは、例えば20μm以上とすることができる。水分子や酸素分子の透過や、気化防錆成分の消失をより確実に抑制するためには、100μm以上とすることが好ましい。
【0022】
亜硝酸系気化性防錆剤は、亜硝酸イオンとアンモニウムイオンまたはアミノカチオンを含む化合物または組成物であれば特に規定されないが、蒸気圧が高い点から亜硝酸イオンとアンモニウムイオンを含む化合物が好ましい。また、亜硝酸系気化性防錆剤は、例えば亜硝酸塩とアンモニウム塩を含み、空気中の水蒸気を利用した加水分解反応によって防錆効果を発揮するものであってもよい。本発明で用いる亜硝酸系気化性防錆剤は、蒸気圧が高いことと操作性が良いことなどの理由から、少なくとも亜硝酸塩とアンモニウム塩を含み、密閉空間中に亜硝酸イオンを放出できるものから選択することが好ましい。
【0023】
亜硝酸塩、即ち亜硝酸イオン(NO2
-)を有する塩としては、例えば、有機アミンの亜硝酸塩や金属の亜硝酸塩を挙げることができる。これら有機アミンの亜硝酸塩と金属の亜硝酸塩であれば、アンモニウム塩との加水複分解反応が効率よく進み、優れた防錆性能を得ることができる。亜硝酸塩は、単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0024】
有機アミンの亜硝酸塩を構成する有機アミンとしては、第1級~第3級の芳香族アミンや、第1級~第3級の脂肪族アミンが好ましい。有機アミンの亜硝酸塩としては、アニリン等の第1級芳香族アミンの亜硝酸塩;ジシクロアルキルアミン等の第2級環状脂肪族アミンの亜硝酸塩;ジイソプロピルアミン等の第2級分枝鎖状脂肪族アミンの亜硝酸塩;第3級アミンの亜硝酸塩などが挙げられ、第2級有機アミンの亜硝酸塩が好ましく、ジシクロアルキルアミンの亜硝酸塩がより好ましい。
【0025】
金属の亜硝酸塩としては、リチウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン等のアルカリ金属イオンの亜硝酸塩;カルシウムイオン等のアルカリ土類金属イオンの亜硝酸塩;マグネシウムイオンの亜硝酸塩などが挙げられ、アルカリ金属イオンの亜硝酸塩が好ましく、ナトリウムイオンの亜硝酸塩がより好ましい。
【0026】
亜硝酸塩の含有量は、気化性防錆剤100質量%中、5質量%以上であることが好ましく、より好ましくは10質量%以上、さらに好ましくは20質量%以上である。亜硝酸塩の含有量がこの範囲にあると、アンモニウム塩と共に加水複分解しやすくなり、防錆性能向上に寄与する。また、亜硝酸塩の含有量は、60質量%以下であることが好ましく、より好ましくは50質量%以下である。
【0027】
亜硝酸系気化性防錆剤には、亜硝酸塩と合わせてアンモニウム塩を用いることで、これらの加水複分解により防錆物質(亜硝酸アンモニウム)が発生するため、優れた防錆効果が得られる。アンモニウム塩は、単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0028】
アンモニウム塩を構成する無機酸としては、例えば、ホウ酸、リン酸、炭酸、硫酸、塩酸などが挙げられる。また、これら無機酸のアンモニウム塩としては、メタホウ酸アンモニウム、オルトホウ酸アンモニウム、四ホウ酸アンモニウム等のホウ酸アンモニウム;リン酸一アンモニウム、リン酸二アンモニウム、リン酸三アンモニウム、リン酸水素二アンモニウム等のリン酸アンモニウム;炭酸二アンモニウム、炭酸一アンモニウム、炭酸水素アンモニウム等の炭酸アンモニウム;硫酸アンモニウム;塩化アンモニウム等が挙げられる。中でも、四ホウ酸アンモニウム等のホウ酸アンモニウム;リン酸二アンモニウム、リン酸三アンモニウム、リン酸水素二アンモニウム等のリン酸アンモニウム;炭酸アンモニウム等が好ましい。
【0029】
アンモニウム塩を構成する有機酸としては、1価または2価以上のカルボン酸が好ましく、1価以上、3価以下のカルボン酸が好ましい。有機酸のアンモニウム塩としては、具体的には、安息香酸アンモニウム、サリチル酸アンモニウム、p-ニトロ安息香酸アンモニウム等の1価の芳香族カルボン酸アンモニウム塩;ギ酸アンモニウム、酢酸アンモニウム等の1価の脂肪族カルボン酸アンモニウム塩;シュウ酸アンモニウム塩、セバシン酸二アンモニウム塩等の2価の脂肪族ジカルボン酸アンモニウム塩;リンゴ酸などの2価のヒドロキシ酸アンモニウム塩;クエン酸アンモニウム等の3価のヒドロキシ酸アンモニウム塩などが挙げられる。中でも、1価の有機酸のアンモニウム塩および2価の有機酸のアンモニウム塩が好ましく、1価の芳香族カルボン酸アンモニウム塩および2価の脂肪族ジカルボン酸アンモニウム塩がより好ましく、安息香酸アンモニウムおよびセバシン酸二アンモニウムが更に好ましい。
【0030】
アンモニウム塩としては、炭酸アンモニウム、リン酸水素二アンモニウム等の無機酸のアンモニウム塩;安息香酸アンモニウム、サリチル酸アンモニウム、p-ニトロ安息香酸アンモニウム、セバシン酸アンモニウム等の有機酸のアンモニウム塩が好ましく、安息香酸アンモニウムおよびリン酸水素二アンモニウムが特に好ましい。
【0031】
アンモニウム塩の含有量は、気化性防錆剤100質量%中、1質量%以上であることが好ましく、より好ましくは5質量%以上、更に好ましくは10質量%以上である。アンモニウム塩の含有量がこの範囲にあると、亜硝酸塩と共に加水複分解しやすくなり、防錆性能向上に寄与する。当該量としては、40質量%以下であることが好ましく、より好ましくは30質量%以下である。
【0032】
また、気化性防錆剤において、アンモニウム塩の含有量は亜硝酸塩100モルに対して1モル以上であることが好ましく、より好ましくは50モル以上、更に好ましくは60モル以上であり、200モル以下であることが好ましく、より好ましくは150モル以下、更に好ましくは100モル以下である。アンモニウム塩と亜硝酸塩の含有量がこの範囲にあると、長期にわたって優れた防錆作用を発揮することができる。
【0033】
亜硝酸系気化性防錆剤は、炭酸水素金属塩を含んでもよい。炭酸水素金属塩を含むことにより、アンモニウム塩の分解により生成するアンモニウムイオンを炭酸アンモニウム金属塩として安定化させることができるため、亜硝酸塩とアンモニウム塩の加水複分解反応を制御して、長期防錆能を発揮することができる。また、亜硝酸系気化性防錆剤が保水性助剤を含む場合、炭酸水素金属塩を用いることで、保水性助剤中の水分による加水複分解反応を抑制し、気化性防錆剤の安定性をも向上させることができる。更に、亜硝酸系気化性防錆剤を錠剤状または粒状に成形する際にも、炭酸水素金属塩を含むことで形状保持性が向上したり、崩壊を防止することができる。
【0034】
炭酸水素金属塩としては、炭酸水素カリウムや炭酸水素ナトリウム等の炭酸水素アルカリ金属塩が好ましい。炭酸水素金属塩は、単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0035】
炭酸水素金属塩の含有量は、気化性防錆剤100質量%中、0.1質量%以上であることが好ましく、より好ましくは0.5質量%以上、更に好ましくは0.8質量%以上である。炭酸水素金属塩の含有量がこの範囲にあると、長期防錆性能が良好となる。また、炭酸水素金属塩の含有量は、20質量%以下であることが好ましく、より好ましくは10質量%以下である。炭酸水素金属塩の含有量がこの範囲であれば、亜硝酸塩とアンモニウム塩の加水複分解反応による防錆作用が効果的に発揮される。
【0036】
また、炭酸水素金属塩の含有量は、亜硝酸塩およびアンモニウム塩の合計100質量部に対して、0.1質量部以上であることが好ましく、より好ましくは1質量部以上であり、20質量部以下であることが好ましく、10質量部以下であることがより好ましい。
【0037】
亜硝酸系気化性防錆剤は、保水性助剤を含んでいてもよい。亜硝酸系気化性防錆剤において保水性助剤は、水分を保持し或いは持続的に放出して密閉空間内の湿度を維持する性質を有するものであり、繊維質物質であることが好ましい。亜硝酸系気化性防錆剤を錠剤状または粒状に成形した場合でも、繊維の絡み合いによって錠剤や粒状物の強度が確保され、これらの崩壊が抑制される。繊維質物質としては、羊毛などの動物性繊維;綿、麻、セルロース等の植物性繊維;再生繊維;ビスコースレーヨン等の合成繊維;活性炭繊維などが挙げられ、植物性繊維が好ましく、セルロースがより好ましい。また、保水性助剤は、亜硝酸系気化性防錆剤を錠剤状または粒状に成形した場合にも水分の保持・放出を効率的に行う観点からは、粉末状であることが好ましい。
【0038】
保水性助剤の含有量は、気化性防錆剤100質量%中、0.01質量%以上であることが好ましく、より好ましくは0.05質量%以上、更に好ましくは0.1質量%以上であり、20質量%以下であることが好ましく、より好ましくは10質量%以下、更に好ましくは5質量%以下である。また、保水性助剤の含有量は、アンモニウム塩と亜硝酸塩の合計100質量部に対して、0.01質量部以上、20質量部以下であることが好ましく、より好ましくは0.05質量部以上、10質量部以下、更に好ましくは0.1質量部以上、5質量部以下である。保水性助剤の含有量がこの範囲にあると、気化性防錆剤中の水分量を適度に保つことができ、長期間にわたって優れた防錆作用を発揮することができる。
【0039】
亜硝酸系気化性防錆剤は、更に粘結剤を含んでいてもよい。粘結剤は、上記成分の間に介在して、これらを分離させないようにする機能を有するものであり、亜硝酸系気化性防錆剤の形状保持性を向上させることができ、錠剤状または粒状に成形した場合にも、これらの崩壊を防止して、長期防錆性能を担保することができる。また粘結剤は、亜硝酸系気化性防錆剤に水分が一気に内部に侵入してくるのを防ぐ役目と、他の成分間の過剰な接触を防ぐ役割を果たすことにより、長期防錆の持続作用を高める機能をよりいっそう効果的に発揮する。粘結剤としては、例えば、固形油脂[常温(10~40℃)で固体の油脂]、植物性ワックス、動物性ワックス、合成樹脂などが挙げられる。これらは単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。中でも固形油脂が好ましく、常温(10~40℃)で粉末状の固形油脂がより好ましい。
【0040】
粘結剤を含む場合、その含有量は、気化性防錆剤100質量%中、1質量%以上であることが好ましく、より好ましくは3質量%以上、更に好ましくは5質量%以上であり、50質量%以下であることが好ましく、より好ましくは40質量%以下である。また、粘結剤の含有量は、亜硝酸塩とアンモニウム塩の合計100質量部に対して1質量部以上、100質量部以下が好ましく、5質量部以上、50質量部以下がより好ましい。
【0041】
亜硝酸系気化性防錆剤は、粉末状であってもよく、これらを錠剤状や粒状に成形したものであってもよい。中でも、錠剤状であることが好ましい。なお本発明において、粉末状とは最大径が100μm未満の形状を意味し、粒状とは最大径が100μm以上、1mm未満の形状を意味し、錠剤状とは最大径が1mm以上の形状を意味するものとする。また、錠剤の形状には、ペレット状、棒状、ドーナツ状などの形状も含まれ、粉末状には顆粒などの形状も含まれるものとする。また、亜硝酸系気化性防錆剤は、上記各成分を一剤中に含むものであってもよいし、1以上の上記各成分を含む二剤以上で構成されるものであってもよい。
【0042】
亜硝酸系気化性防錆剤を錠剤状または粒状に成形する場合、1単位の重量が0.1g以上、0.5g以下とすることが好ましい。
【0043】
亜硝酸系気化性防錆剤の使用量は、防錆効果が発揮される範囲で適宜決定すればよいが、例えば、密閉空間の体積に対して、0.5mg/L以上、300mg/L以下とすることができる。
【0044】
本発明方法においては、低湿に調節した密閉空間内において、鉄系部材と亜硝酸系気化性防錆剤を共存させる。その際の温度としては、特に制限されないが、例えば常温とすることができ、具体的には5℃以上、50℃以下とすることができる。但し、高温ほど亜硝酸系気化性防錆剤からの亜硝酸イオンの放出量が多くなると考えられるため、当該温度としては15℃以上または20℃以上が好ましく、25℃以上がより更に好ましく、40℃以下が好ましい。勿論、上記温度範囲内であれば、常温で鉄系部材と亜硝酸系気化性防錆剤を共存させることも可能である。
【0045】
低湿に調節した密閉空間内において鉄系部材と亜硝酸系気化性防錆剤を共存させる時間としては、防錆効果が十分に得られる範囲で適宜調整すればよいが、例えば1日以上とすることができ、1週間以上が好ましく、2週間以上がより好ましい。上限は特に制限されず、鉄系部材を密閉空間内で保持したまま市場に流通させてもよく、例えばであるが、3年以下、2年以下、1年以下、6ヶ月以下、2ヶ月以下、または1ヶ月以下とすることができる。
【0046】
本発明方法によれば、上記工程により鉄系部材の表面に優れた不動態皮膜を有効に形成することができる。その結果、上記密閉空間から鉄系部材を取り出した後も、防錆効果が継続する。
【0047】
従来、防錆処理された鉄系材料試験片の自然電位により防錆効果を評価しようとすると、自然電位を測定するための電解質溶液中でも鉄系材料試験片の腐食が進行するために鉄系材料試験片の自然電位を測定できず、正確な評価ができなかった。それに対して本発明者らは、電解質溶液を脱気しつつ、鉄系材料からなる電極と参照電極を電解質溶液に浸漬し、電極間の電位差を測定することにより、鉄系材料電極の表面電位も安定化し、正確な測定ができることを見出した。その理由としては、電解質溶液の脱気により鉄系材料電極の腐食の原因の一つである溶存酸素の量が低減されることが考えられる。
【0048】
自然電位を測定するための鉄系材料電極は、測定に適した形状を有する以外、防錆対象である鉄系部材と同じ材料で構成され、且つ同じ条件で防錆処理されたものである。
【0049】
電解質溶液の溶質である電解質としては、自然電位の測定に適するものであれば特に制限されないが、例えば、硫酸ナトリウムや硫酸カリウムなどを挙げることができる。電解質溶液における電解質の濃度は適宜調整すればよいが、例えば、0.0005質量%以上、1質量%以下とすることができる。
【0050】
電解質溶液の脱気条件としては、一般的なものを採用することができる。例えば、窒素ガスやアルゴンガスなどの不活性ガスを電解質溶液に吹き込んでバブリングすればよい。不活性ガスの吹き込み量は、例えば、50mL/min以上、300mL/min以下とすることができる。
【0051】
参照電極と鉄系材料電極との電位差は、一般的なポテンシオスタットを用いて測定することができる。鉄系材料電極の自然電位は、ポテンシオスタットで両電極間の電位差を観察しつつ、当該電位差が安定化した際に求めることが好ましい。
【0052】
本発明に係る製造方法により、鉄系部材の表面には優れた不動態皮膜が形成され、その自然電位は上がっている。例えば、本発明に係る上記防錆工程を経る前の鉄系部材の表面電位に対する上記防錆工程を経た鉄系部材の表面電位の差としては、+90mV以上が好ましく、+95mV以上がより好ましく、+100mV以上がより更に好ましい。
【実施例】
【0053】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0054】
実施例1
(1)防錆処理
密閉可能なガラス瓶の内部の湿度を、グリセリン水溶液を使って調節した。当該ガラス瓶は、8:30~20:30の間の温度を25℃に調節した室内に置いた。温度が25℃で安定している際に、ガラス瓶内の相対湿度を、ガラス瓶内に設置した温湿度記録計で測定した。なお、上記時間以外は室内の温度調節は行わず、常温とした。
別途、断面直径10mm×高さ10~20mmのクロムモリブデン鋼(SCM435)製円柱の側面に導線を接続し、一方の断面との間が導通可能であることを確認した。導通が確認された断面以外の表面をエポキシ樹脂で被覆することにより絶縁した。露出断面を2000番までのエメリー紙で湿式研磨した。
内部湿度を調節した各ガラス瓶内に、ガラス瓶内容量1Lあたり、市販の気化性防錆剤 250mg錠剤(「キレスダイヤ(R)A」キレスト社製)を1つ入れ、上記と同様の温度条件で一晩以上保持した。次いで、上記クロムモリブデン鋼供試材を入れ、同様の温度条件で1週間保持した。
【0055】
(2)自然電位測定
電気化学測定セルに0.01質量%硫酸ナトリウム水溶液(300mL)を入れ、窒素ガスを100mL/minの流量で導入してバブリングしつつ、電極として上記供試材と参照電極としてAg/AgCl電極を浸漬し、ポテンシオスタット(「VSP」Bio-logic Science Instruments社製)を用いて35℃にて自然電位を測定した。この自然電位測定を継続的に1時間以上行うことで自然電位が安定したことを確認後、各供試材の自然電位を特定した。
別途、上記防錆処理を行わなかった供試材を対照例として同様に自然電位を特定し、防錆処理を行った供試材との電位差を算出した。結果を表1に示す。
【0056】
【0057】
上記結果の通り、45%RH以下の相対湿度下で亜硝酸系気化性防錆剤により防錆処理を行った場合には、対照例との電位差が+100mVを超えており、クロムモリブデン鋼供試材の表面に優れた不動態皮膜が形成されてアノード反応が抑制されたため、腐食し難くなっている傾向が認められた。
【0058】
実施例2
上記実施例1での気化性防錆剤の使用量は標準よりも多いため、標準的な使用量で再度実験を行った。
具体的には、市販の気化性防錆剤 250mg錠剤(「キレスダイヤ(R)A」キレスト社製)を粉砕して8Lガラス瓶内に56mgの気化性防錆剤粉末を入れた以外は上記実施例1と同様にして、防錆処理と自然電位測定を行った。結果を表2に示す。
【0059】
【0060】
表2に示す結果の通り、気化性防錆剤の使用量を標準的なものにした場合にも、約40%RH以下の相対湿度下で亜硝酸系気化性防錆剤により防錆処理を行った場合には、対照例との電位差が約+100mVまたはそれ以上であり、クロムモリブデン鋼供試材の表面に優れた不動態皮膜が形成されてアノード反応が抑制されたため、腐食し難くなっている傾向が認められた。
【0061】
実施例3
試験片として、直径52mm、厚み10mmの円板状クロムモリブデン鋼(SCM435)を用いた。この試験片の表面を湿式研磨機で研磨し、アルカリ脱脂後、エタノールで洗浄した。
5Lガラス容器内の内部湿度を、グリセリン水溶液を使って30%RHに調節し、24時間25℃に調整された室内に一晩以上置いて湿度を安定化させた。当該ガラス容器内に、市販の気化性防錆剤 250mg錠剤(「キレスダイヤ
(R)A」キレスト社製)を5つ入れ、上記と同様の温度条件で更に一晩以上保持した。次いで、上記試験片を入れ、同様の温度条件で2週間保持することで、気相防錆処理試験片を得た。また、上記の通り研磨・洗浄のみ施した円板状クロムモリブデン鋼を、対照例試験片として以下の防錆試験に付した。
次いで、500mLの密閉容器を2つ用意し、各容器に蒸留水50mLを入れ、更に一方の容器に気相防錆処理試験片を入れ、他方の容器に対照試験片を入れて各容器を密閉し、室内に28日間放置した。この室内は、8時から20時までの日中は温度を18℃に設定したエアコン環境下にあり、20時から翌日8時までの夜間はエアコンを切り温度制御を行わなかった。この夜間の最低気温は日によって異なるが、実測では7~11℃であった。試験片の外観写真を
図1に示す。
図1に示す結果の通り、本発明に係る気相防錆処理を行わない場合(対照例)には、激しい腐食が確認された。それに対して本発明に係る気相防錆処理を施した試験片の表面には、明確な腐食は確認されなかった。この通り、本発明に係る気相防錆処理により、鉄系部材の耐食性能が顕著に向上していることが明らかとなった。