(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-07
(45)【発行日】2022-10-18
(54)【発明の名称】砂防堰堤
(51)【国際特許分類】
E02B 7/02 20060101AFI20221011BHJP
【FI】
E02B7/02 B
(21)【出願番号】P 2018115433
(22)【出願日】2018-06-18
【審査請求日】2021-06-03
(73)【特許権者】
【識別番号】000219358
【氏名又は名称】東亜グラウト工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】595053777
【氏名又は名称】吉佳エンジニアリング株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100100354
【氏名又は名称】江藤 聡明
(72)【発明者】
【氏名】大岡 伸吉
(72)【発明者】
【氏名】大岡 太郎
(72)【発明者】
【氏名】張 満良
【審査官】石川 信也
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-261910(JP,A)
【文献】特開2018-021333(JP,A)
【文献】特開2009-052215(JP,A)
【文献】特開昭51-062533(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2016-0059257(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E02B 7/00- 7/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
地山で挟まれた谷部に設けられる砂防堰堤であって、
前記谷部の幅方向両端部間に架け渡され、両端部が夫々前記地山に固定されたロープと、
前記ロープと係合されることで、前記谷部の底部から所定高さ位置までの領域に伸展されて前記谷部の略幅方向に張設されるネット体と、
前記ロープの両端部を前記地山に固定する固定手段と、を備え、
前記固定手段は、
前記地山の表面に
、前記地山のすべり面より深層の安定化地層まで到達するように打設されたアンカーと、
前記アンカー
の頭部が挿通固定され、
該アンカーの緊張力によって前記地山の表面に
押圧された状態で当接される受圧板と、
前記受圧板又はアンカーと前記ロープの端部とを連結する連結手段と、を備えたことを特徴とする砂防堰堤。
【請求項2】
前記ロープが前記谷部の高さ方向に複数配設され、
高さ方向でより下方のロープほど、上方のロープより弛みが大きく設定されたことを特徴とする請求項1に記載の砂防堰堤。
【請求項3】
前記ロープが前記谷部の高さ方向に複数配設され、
高さ方向でより下方のロープほど、上方のロープより両端固定部間の長さの許容伸び量が大きく設定されたことを特徴とする請求項1又は2に記載の砂防堰堤。
【請求項4】
前記ネット体の下端部が、前記谷部の底部に固定されたことを特徴とする請求項1乃至3の何れか1項に記載の砂防堰堤。
【請求項5】
前記ロープには所定値以上の負荷が加えられたときに所定の制動力を伴いながら該ロープの長さの伸びを許容するブレーキ装置が設けられたことを特徴とする請求項1乃至4の何れか1項に記載の砂防堰堤。
【請求項6】
前記受圧板が、平面視で1m以上3m以下の長手方向長さを有することを特徴とする請求項1乃至5の何れか1項に記載の砂防堰堤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、砂防堰堤、特に、土石流災害や土砂災害を防止するための砂防堰堤に関する。
【背景技術】
【0002】
砂防堰堤は、土砂災害、特に土石流による被害を低減するために、一般的には、重力式コンクリートダムの形状を模して設けられ、砂防ダムとも呼ばれる。そのため、砂防堰堤の谷部(河川を含む)幅方向両端部の両袖部は、両渓岸に深く埋設された安定した設置構造となっており、谷部幅方向全長に及ぶ堰堤の上部にあって谷部幅方向中央部には、水通しと呼ばれる越流部を形成する。この形態の砂防堰堤は、土石流発生時、大きな速度で流れる巨礫や流木といった流下物に加えて流体圧も頑強に受け止める剛構造であるため、コンクリート構造物の基礎構造が大掛かりで施工にも期間を要し、地山を大きく改変するという問題もある。
【0003】
そこで、堰堤の所定箇所にスリットなどの中間領域部を設け、土石流の発生時には、この中間領域部を通じて水は下流に流し、巨礫や流木といった流下物を堰き止める透過型砂防堰堤が注目されている。このような透過型砂防堰堤としては、例えば、下記特許文献1に記載されるものがある。この透過型砂防堰堤は、堰堤の両袖部間に、比較的大きく開口する中間領域部を形成し、この中間領域部内に、立体構造体と平面構造体を交互に設けて構成され、土石流発生時の巨礫や流木といった流下物が各構造体によって堰き止められる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載される砂防堰堤も、土石流発生時に巨礫や流木といった流下物を堰き止める各構造体の変形が許容されない剛構造であり、これらの構造体を受け止めるコンクリート構造物を構築する必要がある。こうしたコンクリート構造物は巨大であり、一般に、工事用道路がないと施工困難であるため、従来の砂防堰堤は、土石流の発生源に対して比較的下流側にしか構築できない。しかしながら、土石流の発生源の多くは、河川の最上流部、更には涸れ谷部などに代表される常時表流水のない、例えば山頂近傍の或いは深い山間の小規模な谷部であり、こうした小規模な谷部では、工事用道路もなく、巨大なコンクリート構造物を伴う砂防堰堤は構築することができない。
【0006】
つまり、例えば山頂近傍や深い山間の小規模な谷部で発生した土石流は、下流側に流れながら、岸部の木や岩を巻き込んで下流側に行けば行くほど巨大化し、それに伴って土石流の運動エネルギーも大きくなる。従って、河川の下流側に構築される砂防堰堤は、この巨大な運動エネルギーを受け止めるために、どうしても頑健な構造とせざるを得ない。換言すれば、土石流による被害を効果的に低減するためには、土石流の運動エネルギーが未だ小さい、例えば山頂近傍や深い山間の小規模な谷部にこそ、発生直後の土石流の流下物を的確に堰き止める砂防堰堤が望まれる。
【0007】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、コンクリート構造物を必要とせず、小規模な谷部でも構築することができ、その結果、土石流による被害を効果的に低減することが可能な砂防堰堤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため請求項1に記載の砂防堰堤は、
地山で挟まれた谷部に設けられる砂防堰堤であって、前記谷部の幅方向両端部間に架け渡され、両端部が夫々前記地山に固定されたロープと、前記ロープと係合されることで、前記谷部の底部から所定高さ位置までの領域に伸展されて前記谷部の略幅方向に張設されるネット体と、前記ロープの両端部を前記地山に固定する固定手段と、を備え、前記固定手段は、前記地山の表面に、前記地山のすべり面より深層の安定化地層まで到達するように打設されたアンカーと、前記アンカーの頭部が挿通固定され、該アンカーの緊張力によって前記地山の表面に押圧された状態で当接される受圧板と、前記受圧板又はアンカーと前記ロープの端部とを連結する連結手段と、を備えたことを特徴とする。
【0009】
この構成によれば、両端部が地山に固定されたロープにネット体を係合して谷部の略幅方向にネット体が張設される。従って、土石流発生時には、ネット体によって谷部を流れる巨礫や流木などの流下物が堰き止められ、その際、ネット体の変形性能によって土石流の持つ運動エネルギーが吸収されることにより、ネット体全体で流下物を堰き止めることができる。従って、巨大なコンクリート構造物を必要とせず、例えば山頂近傍や深い山間の小規模な谷部でも堰堤を構築することが可能となる。また、受圧板は、アンカーに係る力の反力を受けるだけでなく、地山の表面を押圧するように覆っているため、土石流巨大化の一因である地山表面の崩壊を抑制して地山表面を保護し、もって土石流の巨大化を抑制することが可能となる。
【0010】
請求項2に記載の砂防堰堤は、請求項1に記載の砂防堰堤において、前記ロープが前記谷部の高さ方向に複数配設され、高さ方向でより下方のロープほど、上方のロープより弛みが大きく設定されたことを特徴とする。
【0011】
この構成によれば、土石流発生時の流下物捕捉に伴って変形したネット体とロープで構成される流下物収容容積は高さ方向下方ほど大きくなることから、流下物をより多量に、且つ安定して捕捉することが可能となる。
【0012】
請求項3に記載の砂防堰堤は、請求項1又は2に記載の砂防堰堤において、前記ロープが前記谷部の高さ方向に複数配設され、高さ方向でより下方のロープほど、上方のロープより両端固定部間の長さの許容伸び量が大きく設定されたことを特徴とする。
【0013】
この構成によれば、土石流発生時に流下物を捕捉したネット体の変形に伴うロープの伸びは、高さ方向でより下方のロープほど大きいので、変形したネット体と伸長したロープで構成される流下物収容容積は高さ方向下方ほど大きくなり、流下物をより多量に、且つ安定して捕捉することが可能となる。
【0014】
請求項4に記載の砂防堰堤は、請求項1乃至3の何れか1項に記載の砂防堰堤において、前記ネット体の下端部が、前記谷部の底部に固定されたことを特徴とする。
【0015】
この構成によれば、土石流発生時、巨礫や流木などの流下物を堰き止めたネット体の下端部がめくれ上がるのを抑止することができることから、土石流発生時の流下物がネット体の下から下流に流れてしまうのを防止することができ、それらをネット体で確実に堰き止めることが可能となる。
【0016】
請求項5に記載の砂防堰堤は、請求項1乃至4の何れか1項に記載の砂防堰堤において、前記ロープには所定値以上の負荷が加えられたときに所定の制動力を伴いながら該ロープの長さの伸びを許容するブレーキ装置が設けられたことを特徴とする。
【0017】
この構成によれば、ロープに大きな負荷が加わったときに所定の制動力を伴いながらロープの伸びが許容されるので、ロープの伸びに伴って制動作用、つまり運動エネルギーの吸収力を確保することが可能となる。これにより、土石流等の流下物の持つ運動エネルギーをより一層的確に吸収することが可能となり、ロープを含めたネット体全体によって流下物をより確実に堰き止めることができる。請求項6に記載の砂防堰堤は、前記受圧板が、平面視で1m以上3m以下の長手方向長さを有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
以上説明したように、本発明によれば、土石流発生時には、ネット体によって巨礫や流木などの流下物が堰き止められ、その際、ネット体の変形性能により土石流の持つ運動エネルギーが吸収されることにより、ネット体全体で流下物を堰き止めることができる。また、受圧板が地山表面を押圧するように覆うことで地山表面を保護し、土石流の巨大化を抑制することができる。その結果、コンクリート構造物を必要とせず、小規模な谷部にも有効な堰堤を構築することができ、景観や環境を保全しながら、土石流による被害を効果的に低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明の砂防堰堤の一実施の形態の全体構成を示す一部断面正面図である。
【
図2】
図1の砂防堰堤に用いられる固定手段の斜視図である。
【
図3】
図1のリング式ネットに用いられるリング状部材の一例を示す斜視図である。
【
図4】
図1の砂防堰堤によって流下物を堰き止めた状態を示す一部断面側面図である。
【
図5】本発明で適用可能なネット体の他の例を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の砂防堰堤の実施の形態について図面を参照して詳細に説明する。
図1は、この実施の形態の砂防堰堤の全体構成を示す一部断面正面図である。この実施の形態に係る砂防堰堤は、既存の砂防堰堤と同様に、土砂災害、特に、土石流による被害を防止すること等を目的に谷部の幅方向に延設されるものであるが、この実施の形態では、幅方向両側が地山Hで挟まれた比較的幅の狭い谷部Rに構築することを目的とする。「地山Hで挟まれた比較的幅の狭い谷部R」は、特に、コンクリート構造物の構築が困難なような比較的小規模な谷部、例えば山頂近傍や深い山間の谷部を指す。なお、この実施の形態で定義する谷部Rは、水の流れの有無を問わない。図示する谷部Rは、通常時には水の流れ(常時表流水)がない、所謂涸れ沢である。しかしながら、降雨時などには、土石流が発生する恐れがある。
【0021】
この砂防堰堤では、土石流発生時の巨礫や流木などの流下物を堰き止めるために、後述するリング式ネット18からなるネット体を、谷部Rの底部B側から所定高さ位置まで伸展するようにして谷部Rの幅方向両側の地山H間に張設する。この実施の形態のリング式ネット18は、後述するように、例えば鋼線材を複数回巻回してなるリング状部材20を互いに連結して構成される。ネット体は、何れも、自身が変形することによって流下物の運動エネルギーを吸収可能とするが、特にリング式ネット18を構成するリング状部材20は、許容する変形量が大きく、その分だけ、吸収可能な運動エネルギーが大きいという利点を有する。なお、
図1では、理解を容易にするために、リング式ネット18のリング状部材20を一部省略しているが、リング式ネット18のリング部材20はネット体の張設領域全域を覆うように配設されている。
【0022】
このリング式ネット18を谷部Rの幅方向に張設するために、この実施の形態では、複数、図では3本のロープ26を谷部Rの幅方向両端部間に架け渡し、それらのロープ26とリング式ネット18を係合している。このロープ26には、例えば高強度のワイヤロープなどが適用される。ロープ26の線径は、例えば12~30mm程度である。3本のロープ26は、上記所定高さ位置を最上として、それより高さ方向下方に所定の間隔を開けて配設され、各ロープ26を例えばリング式ネット18のリング状部材20のリング内に挿通するなどして係合している。従って、上記最上のロープ26とリング式ネット18の係合高さ位置がリング式ネット18の上端部となる。
【0023】
なお、ロープ26の挿通部分では、リング状部材20とロープ26を連結することが望ましい。また、ロープ26は、リング式ネット18のリング部材に挿通せずに、例えばシャンクやジョーと呼ばれる個別の係止具を用いてリング状部材20に係止してもよい。また、ネット体張設領域上端部のロープ26は、例えばリング式ネット18を吊り下げるようにして支持しているが、この上端部のロープ26を含めて、全てのロープ26は、単にリング式ネット18を支持するだけでなく、リング式ネット18が流下物を堰き止めた際に、そのリング式ネット18を補強する機能を発揮する。つまり、土石流発生時の流下物の運動エネルギーは、リング式ネット18の変形によって吸収されるものの、ロープ26にも伝達される。このロープ26に伝達される運動エネルギーに対して、ロープ26を堅固に地山Hに固定したり、或いはロープ26の伸びを許容しながら、その伸びに対して制動力を付与したりすることで、リング式ネット18を補強することが可能となる。
【0024】
また、この実施の形態では、3本のロープ26は、図からも明らかなように、高さ方向でより下方のロープ26の弛みを上方のロープ26の弛みより大きくしている。これは、後述するように、流下物を堰き止めたリング式ネット18が変形したときのリング式ネット18とロープ26による流下物収容容積、いわばポケットの容積を下方ほど大きくする目的のためである。また、この実施の形態では、後述するブレーキ装置30によるロープ26の両端固定部間の許容伸び量をより下方のロープ26ほど大きくしている。これも同様に、リング式ネット18とロープ26による流下物収容容積、つまりポケットの容積を下方ほど大きくする目的のためである。
【0025】
各ロープ26の両端部は、夫々、谷部Rの幅方向両側の地山Hの夫々に固定手段2で固定されている。これらの固定手段2は、例えば
図2に示すように、地山Hの表面に打設されたアンカー3、このアンカー3が挿通固定され且つ地山Hの表面に当接される受圧板4、この受圧板4とロープ26の端部とを連結する連結手段5を備えて構成される。受圧板4は、例えば金属、コンクリート、プラスチック製の厚板材からなり、例えば図に示すような十字形状のものや、この十字間をフィン状の薄板で連結したようなものの他、多種の形状のものが既存である。受圧板4の大きさは、例えば十字の差渡しで1~3m程度である。連結手段5には、例えばターンバックル部材を用いた。例えば
図2の受圧板4では十字形状中央連結部の四隅の夫々に連結用のアイボルト6が設けられている。そして、これらのアイボルト6とロープ26の端部をターンバックル部材などの連結手段5で連結する。連結手段5には、ワイヤロープなども適用可能である。
【0026】
この実施の形態のアンカー3は、例えば鋼棒材からなり、地山Hの表面から安定化地層Dまで穿設されたアンカー穴7に挿入され且つ該アンカー穴7に注入されたセメントミルク8が硬化して地山Hに固設されている。アンカー穴7の直径は120mm程度、アンカー3の直径は50mm程度で、アンカー穴7の深さは7~30m程度である。周知のように、急斜面の地山Hでは、図に破線で示すすべり面を境に、表層部の不安定層Tが滑落するおそれがある。そこで、一般に、アンカー3はすべり面より深層の安定化地層Dまで到達するように打設する。つまり、地山Hの安定化地層Dまで到達するアンカー穴7内でセメントミルク8が硬化すれば、アンカー3は安定化地層Dと一体化される。
【0027】
この実施の形態では、アンカー3の受圧板貫通突出部には雄ネジが形成されており、受圧板4の貫通孔にアンカー3を挿通した後、この雄ネジに例えば座付きキャップナット9を螺合し締め付けて受圧板4を地山Hの表面に押圧し、これによりアンカー3が受圧板4に挿通固定される。従って、地山Hの表面に当接する受圧板4は、地山Hの表面を押圧するようにしてアンカー3によって地山Hに固定される。なお、アンカー3の受圧板貫通突出部及びキャップナット9の上には、例えば図に一点鎖線で示すようなキャップが取付けられ、その内部に防錆のためのグリースが封入される。また、受圧板4と地山Hの表面の間に液体吸収性のクッションを介装し、このクッションにセメントミルクを注入・固化させるようにしてもよい。また、鋼棒製のアンカーに代えて、複数のPC鋼撚り線を用いる既存のアンカー工法を用いてもよい。
【0028】
また、前述のリング式ネット18は、流下物を受け止めてリング状部材20が変形すると、リング式ネット18全体が下流側に膨出する。その際、下流に膨出するリング式ネット18の下端部がめくれ上がって、リング式ネット18の下側から流下物が下流側に流れ出てしまわないために、リング式ネット18の下端部を上流側に向けて谷部Rの底部Bに這わせ、その上流側端部のリング状部材20をアンカーピン38によって谷部Rの底部Bに固定する(
図4参照)。
【0029】
実際のロープ26は、
図1に示すように、自重やリング式ネット18の重みによって下方に弛んでいる。この弛み量によって、リング式ネット18による流下物の抑止とそれに係合止されているロープ26による流下物の抑止を調整することが可能となる。即ち、ロープ26はリング式ネット18のリング状部材20と係合されているため、土石流発生時のロープ26の動きとリング式ネット18の動きは互いにリンクしている。
【0030】
後段に詳述するリング式ネット18の変形による土石流の運動エネルギー吸収効果は、ネットの撓みがなくなってリング状部材20が変形することで発揮される。一方、ロープ26は、リング式ネット18に流下物が受け止められ、リング式ネット18が下流側に膨出することでロープの弛みがなくなり、ロープ26に自重以上の張力が発生したときから流下物を支持することができる。このとき、ロープ26の伸びを許容しながらその伸びに制動力が付与されれば、制動力を伴うロープ26の伸びによって土石流の持つ運動エネルギーを吸収することができる。そのため、このロープ26の両端部には、所定の制動力を伴ってロープの両固定部間の長さの伸びを許容するブレーキ装置30が設けられている。なお、この実施の形態では、前述のように、ブレーキ装置30によるロープ26の両固定部間の長さの許容伸び量を、下方のロープ26ほど大きく設定している。
【0031】
このブレーキ装置30は、例えば通常時にロープ26の長手方向への動きを規制するものである。土石流発生時、リング式ネット18が流下物を受け止め、下流側に膨出してロープ26の弛みがなくなると、ロープ26の張力が大きくなる。この張力が、ブレーキ装置30によるロープ26の規制力より大きくなると、例えばブレーキ装置30内でロープ26の滑りが生じ、その滑りに伴う摩擦抵抗が制動力となり、この制動力によって土石流の運動エネルギーが吸収される。
【0032】
この実施の形態では、これらのブレーキ装置30によるロープ26の伸び量を、リング式ネット18の変形限界と同時かそれ以前にロープ26の両固定部間の長さの伸びが限界となるように設定した。このように構成すると、ロープ26の両固定部間の長さの伸び限界と同時かそれ以後にリング式ネット18の変形限界となるため、制動力を伴うロープ26の伸びによる土石流の運動エネルギー吸収量を超える土石流の運動エネルギーをリング式ネット18の変形によって吸収することが可能となる。
【0033】
例えば、ブレーキ装置30の制動力を伴うロープ26の伸びの限界を土石流の運動エネルギー吸収上限値に設定した場合、万が一、これを超える運動エネルギーを土石流が有していた場合、ロープ26が伸びきった後からリング式ネット18の変形によって、その上限値を超える運動エネルギーを吸収することができ、これにより流下物を抑止することができる。また、土石流発生の際、リング式ネット18が変形限界になっていなければ、ロープ26を張り替え、リング式ネット18は、そのまま再利用することも可能となるので、堰堤10の再生工事が簡易になる。
【0034】
なお、例えば
図1のように、1本のロープ26に対し、夫々、複数のブレーキ装置30を設ける場合、それらのブレーキ装置30の制動力の大きさを互いに異なる大きさに設定してもよい。このような制動力配分にすると、例えば1本のロープ26に2個のブレーキ装置30を設けた場合、何れか一方のブレーキ装置30が先に作動して制動力を発揮し、その後から、他方のブレーキ装置30が作動して制動力を発揮する。こうすることで、流下物を支持するロープ26が伸び続ける間、継続的或いは断続的に制動力を発揮する、つまり運動エネルギーを吸収し続けることが可能となる。
【0035】
次に、本実施の形態に用いられているリング式ネット18について説明する。このリング式ネット18は、例えば特開2014-1584号公報(以下、先行技術文献とも記す)に記載されるものと同様であり、複数のリング状部材20を互いに連結して構成される。この実施の形態では、例えば、
図1から理解されるように、1つのリング状部材20の周囲に4つのリング状部材20が均等に配置されるようにして、それらのリング状部材20の内周側同士が接触するように連結する。リング状部材20の連結構造は、先行技術文献に記載されるように、様々な形態がある。
【0036】
図3は、
図1のリング式ネット18に用いられるリング状部材20の一例を示す斜視図である。このリング状部材20は、例えば鋼線からなる線材22を複数回(5~20回)巻回し、周方向の数か所を締結具24によって締め付けて構成されている。締結具24は、例えば側面形状がC字状の略筒状の金具であり、巻回により重合された線材22の外側に被せてから加締めることにより固定されている。このリング状部材20も、前述の先行技術文献に記載されているものと同様であり、例えば、線材22の材料、線材22の線径、線材22の巻回数、締結具24による加締め力などを調整することで、後述する変形時の強度やエネルギー吸収力を調整することができる。
【0037】
リング状部材20を構成する線材22には、例えば硬鋼線材から製造される鋼線が好ましいが、例えば軟鋼線材から製造される鉄線でもよい。鋼線の場合、引張強度800N/mm2以上のものが好ましい。また、これらの線材22にメッキや被覆を施したものも用いることができる。線材22の線径は2.5~5mm程度で、リング状部材20の直径は300~1500mm程度である。リング式ネット18は、リング状部材20の直径を変更することで、堰き止めたい流下物(巨礫)の大きさに容易に対応することができる。例えば、上流の巨礫の大きさを調査し、その大きさに合わせてリング状部材20の直径を設定すれば、土石流発生時の流下物を効果的に堰き止めることができる。
【0038】
リング状部材20を連結して構成されるリング式ネット18は、例えばネット面に垂直な力(負荷)が加わると、リング状部材20が互いに引っ張られるので、リング状部材20の形状そのものが変形すると共に、リング状部材20を構成する線材22の巻回が緩むように変形する。これらの変形は、土石流の運動エネルギー、具体的には巨礫や流木が衝突してネット面に負荷が作用するときに生じ、リング式ネット18に負荷が加わるとリング状部材20が変形することで、土石流の運動エネルギーが吸収され、結果としてリング式ネット18全体で巨礫や流木を堰き止める効果が得られる。なお、土石流は渓流の上流側から下流側に向けて生じるので、土石流の運動エネルギーでリング状部材20が変形するリング式ネット18は、前述したように、土石流を受けると下流側に膨出する。
【0039】
これらのことから、リング式ネット18を用いる砂防堰堤は、リング状部材20の変形によって土石流の運動エネルギーを受け止める「柔構造」であるといえ、従来のコンクリートダム型の砂防堰堤や中間流域部だけを設けた透過型砂防堰堤の「剛構造」と異なる。この実施の形態の場合、前述のロープ26やブレーキ装置30を含めて、リング式ネット18全体によって流下物の動きを抑止することができれば、その後、ロープ26やリング式ネット18を繋ぎ止めている固定手段2が受け止める負荷は流下物の静荷重である。周知のように、同じ物体でも、動荷重に比べて静荷重は遥かに小さい。そのため、簡易な構造であっても、固定手段2は、流下物を堰き止めたリング式ネット18やロープ26を支持し続けることができることから、所謂コンクリート構造物からなる基礎・躯体を必要としない。従って、コンクリート構造物の構築が困難な谷部Rであっても砂防堰堤が構築可能となると共に、その施工も大幅に容易になる。この施工の容易さは、堰堤が構築される場所、つまり山間において多大なメリットをもたらす。
【0040】
図4は、
図1の砂防堰堤1によって流下物を堰き止めた状態を示す一部断面側面図である。前述のように、流下物を堰き止めたリング式ネット18は、リング状部材20の変形(伸び)に伴って、下流側に膨出する。この実施の形態では、3本のロープ26のうち、高さ方向でより下方のロープ26の弛みが上方のロープ26の弛みより大きく、且つより下方のロープ26の許容伸び量が上方のロープ26の許容伸び量より大きく設定されているため、下流側に膨出するように変形するリング式ネット18とロープ26で構成される流下物収容容積、つまり流下物を受け入れるポケットの容積は、高さ方向下方ほど大きい。そのため、流下物は、下方の大きなポケット内にたくさん、且つ安定して収容されることから、多量の流下物を安定して捕捉することが可能となる。また、ロープ26を地山Hに固定するための受圧板4は、地山Hの表面を押圧するように覆うことから、土石流の巨大化の一因である谷部岸部、つまり地山Hの表面の崩壊を抑制することができ、これにより土石流の巨大化を抑制することが可能となる。なお、流下物収容容積を高さ方向下方ほど大きくするのは、ロープ26の弛みの設定及び許容伸び量の設定の何れか一方だけでも可能である。
【0041】
このように、この実施の形態の砂防堰堤によれば、両端部が地山Hに固定されたロープ26にリング式ネット18を係合して谷部Rの略幅方向にリング式ネット18が張設されるので、土石流発生時には、リング式ネット18によって谷部Rを流れる巨礫や流木などの流下物が堰き止められ、その際、リング式ネット18の変形性能によって土石流の持つ運動エネルギーが吸収されることにより、リング式ネット18全体で流下物を堰き止めることができる。従って、巨大なコンクリート構造物を必要とせず、例えば山頂近傍や深い山間の小規模な谷部Rでも堰堤を構築することが可能となる。また、ロープ26を地山Hの表面に固定するための受圧板4は、アンカー3に係る力の反力を受けるだけでなく、地山Hの表面を押圧するように覆っているため、土石流巨大化の一因である地山表面の崩壊を抑制して地山表面を保護し、もって土石流の巨大化を抑制することが可能となる。
【0042】
また、高さ方向でより下方のロープ26ほど、上方のロープ26より弛みを大きく設定したことにより、土石流発生時の流下物捕捉に伴って変形したリング式ネット18とロープ26で構成される流下物収容容積は高さ方向下方ほど大きくなることから、流下物をより多量に、且つ安定して捕捉することが可能となる。
【0043】
また、高さ方向でより下方のロープ26ほど、上方のロープ26より両端固定部間の長さの許容伸び量を大きく設定したことにより、土石流発生時に流下物を捕捉したリング式ネット18の変形に伴うロープ26の伸びは、高さ方向でより下方のロープ26ほど大きいので、変形したリング式ネット18と伸長したロープ26で構成される流下物収容容積は高さ方向下方ほど大きくなり、流下物をより多量に、且つ安定して捕捉することが可能となる。
【0044】
また、リング式ネット18の下端部を谷部Rの底部Bに固定したことにより、土石流発生時、巨礫や流木などの流下物を堰き止めたリング式ネット18の下端部がめくれ上がるのを抑止することができることから、土石流発生時の流下物がリング式ネット18の下から下流に流れてしまうのを防止することができ、それらをリング式ネット18で確実に堰き止めることが可能となる。
【0045】
また、所定値以上の負荷が加えられたときに所定の制動力を伴いながらロープ26の長さの伸びを許容するブレーキ装置30をロープ26に設けたことにより、ロープ26に大きな負荷が加わったときに所定の制動力を伴いながらロープ26の伸びが許容されるので、ロープ26の伸びに伴って制動作用、つまり運動エネルギーの吸収力を確保することが可能となる。これにより、土石流等の流下物の持つ運動エネルギーをより一層的確に吸収することが可能となり、ロープ26を含めたリング式ネット18全体によって流下物をより確実に堰き止めることができる。
【0046】
以上、実施の形態について説明したが、本発明の構成はこれらの実施の形態に限定されるものではなく、発明の要旨の範囲内で種々変形が可能である。例えば、上述したロープ26の本数や材質については現場の状況に応じて適宜選択されるものであり、また、それらのブレーキ装置は、上述の構成に限定されるものではなく、制動力を伴いながらロープ26の伸びを許容するものであれば如何なるものを用いてもよい。
【0047】
また、前述の実施の形態では、リング式ネット18を1張だけ、地山H間に張架したが、リング式ネット18を複数張、地山H間に張架してもよい。
【0048】
更には、リング式ネット18に代えて、他のネット体を適用することも可能である。このようなネット体としては、例えば
図5に示すように、網目が菱形の金属線材からなる菱形金網26をネット体として用いることもできる。この菱形金網26は、例えば特開2016-37773号公報に記載されるように、例えば金属線材28を曲げ加工して三角波状ワイヤとし、並列に配置された複数の三角波状ワイヤの山と谷を互いに編んで、それらの三角波状ワイヤを係合することで構成される。この三角波状ワイヤを構成する金属線材28には、軟鋼、硬鋼、 ばね鋼、ステンレス鋼等を用いることができる。この金属線材28には必要により被覆処理がなされていてもよく、これにより三角波状ワイヤの接触部分の摩耗や、腐食等を防止することができる。被覆処理としては、例えば、亜鉛メッキ処理やポリエステル被覆処理が挙げられる。この菱形金網26を含めて、本発明のネット体には、流下物を堰き止めることが可能であれば、如何様なネット体を用いることも可能である。
【符号の説明】
【0049】
2 固定手段
3 アンカー
4 受圧板
5 連結手段
7 アンカー穴
8 セメントミルク
18 リング式ネット(ネット体)
20 リング状部材
26 ロープ
30 ブレーキ装置
38 アンカーピン
H 地山
R 谷部
B 底部
D 安定化地層