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特許7154586幹細胞の効能改善のための組成物及び方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-07
(45)【発行日】2022-10-18
(54)【発明の名称】幹細胞の効能改善のための組成物及び方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/0775 20100101AFI20221011BHJP
   C12N 1/38 20060101ALI20221011BHJP
   A61K 35/28 20150101ALN20221011BHJP
   A61K 31/19 20060101ALN20221011BHJP
   A61P 29/00 20060101ALN20221011BHJP
   A61P 43/00 20060101ALN20221011BHJP
   A61L 27/38 20060101ALN20221011BHJP
   A61P 17/02 20060101ALN20221011BHJP
【FI】
C12N5/0775
C12N1/38
A61K35/28
A61K31/19
A61P29/00
A61P43/00 111
A61P43/00 107
A61L27/38 300
A61P17/02
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2018544556
(86)(22)【出願日】2017-02-22
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2019-03-07
(86)【国際出願番号】 KR2017001960
(87)【国際公開番号】W WO2017146468
(87)【国際公開日】2017-08-31
【審査請求日】2020-02-07
(31)【優先権主張番号】10-2016-0021374
(32)【優先日】2016-02-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】KR
(73)【特許権者】
【識別番号】512139102
【氏名又は名称】ユニバーシティ-インダストリー コーオペレイション グループ オブ キョンヒ ユニバーシティ
【氏名又は名称原語表記】UNIVERSITY-INDUSTRY COOPERATION GROUP OF KYUNG HEE UNIVERSITY
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 博宣
(74)【代理人】
【識別番号】100142907
【弁理士】
【氏名又は名称】本田 淳
(74)【代理人】
【識別番号】100152489
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 美樹
(72)【発明者】
【氏名】パク、キ-スク
(72)【発明者】
【氏名】ユー、ジニョン
【審査官】佐々木 大輔
(56)【参考文献】
【文献】特表2013-512667(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2007/0043114(US,A1)
【文献】国際公開第2011/111787(WO,A1)
【文献】国際公開第2009/147400(WO,A1)
【文献】特表2006-515502(JP,A)
【文献】Journal of Cellular Physiology, 2012, Vol.227, pp.3225-3233
【文献】Mol. Cancer Res., 2010, Vol.8, No.8, pp.1074-1083
【文献】Drug Delivery System, 2014, Vol.29, No.2, pp.140-151
【文献】Journal of Oleo Science, 2012, Vol.61, No.8, pp.427-432
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 35/00-35/768
A61K 31/00-31/327
C12N 5/00- 5/28
A61L 27/00-27/60
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
低級脂肪酸又はその塩で幹細胞を処理するステップを含む、幹細胞の移動能、CFU-Fs形成能、抗炎症免疫抑制誘導機能及び血管新生促進能から選択される少なくともいずれか1つを増進する方法であって、
前記低級脂肪酸は、酢酸であり、
前記幹細胞は、間葉系幹細胞であり、
前記低級脂肪酸又はその塩で幹細胞を処理するステップは、エクスビボ(ex vivo)又はインビトロ(in vitro)で、前記低級脂肪酸又はその塩を含む無血清DMEM培地又はRPMI1640培地において3時間~14日間、前記幹細胞を培養することにより行われる、方法。
【請求項2】
低級脂肪酸又はその塩で幹細胞を処理するステップを含む、幹細胞の移動能、CFU-Fs形成能、抗炎症免疫抑制誘導機能及び血管新生促進能から選択される幹細胞機能が増進された幹細胞を調製する方法であって、
前記低級脂肪酸は、酢酸であり、
前記幹細胞は、間葉系幹細胞であり、
前記低級脂肪酸又はその塩で幹細胞を処理するステップは、エクスビボ(ex vivo)又はインビトロ(in vitro)で、前記低級脂肪酸又はその塩を含む無血清DMEM培地又はRPMI1640培地において3時間~14日間、前記幹細胞を培養することにより行われる、方法。
【請求項3】
低級脂肪酸又はその塩を有効成分として含む、幹細胞の移動能、CFU-Fs形成能、抗炎症免疫抑制誘導機能及び血管新生促進能から選択される少なくともいずれか1つの増進用組成物であって、
前記低級脂肪酸は、酢酸であり、
前記幹細胞は、間葉系幹細胞でり、
前記組成物は、エクスビボ(ex vivo)又はインビトロ(in vitro)で、前記組成物を含む無血清DMEM培地又はRPMI1640培地において3時間~14日間、前記幹細胞を培養することにより、前記幹細胞の移動能、CFU-Fs形成能、抗炎症免疫抑制誘導機能及び血管新生促進能から選択される少なくともいずれか1つを増進させるものである、組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、幹細胞の移動能、生着能、CFU-Fs形成能、抗炎症免疫抑制誘導機能、血管新生促進能などの幹細胞の特性を改善するための組成物及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
間葉系幹細胞(mesenchymal stem cells,MSCs)とは、造血幹細胞(hematopoietic stem cell)と共に骨髄などに存在する幹細胞であり、インビトロ(in vitro)培養により増殖及び膨張が可能であり、好適な培養環境が与えられると骨細胞、軟骨細胞、脂肪細胞、筋芽細胞、幹細胞、心筋細胞、神経細胞など様々な系統の細胞に分化できる能力を有する。このような理由から、組織再生のための間葉系幹細胞の研究が細胞生物学、組織工学分野などで多く行われており、一部では臨床試験研究も行われている。
【0003】
このように幹細胞は、多分化潜在能を有し、損傷した組織に必要な細胞への分化を誘導できることから、細胞治療における潜在力が大きいが、現在の開発レベルでは体内移植後の生存率が高くなく、実際の臨床適用において広範囲に安定した成功例は見当たらない。
【0004】
前記問題があるため、幹細胞に適切な刺激を与えることにより幹細胞を移植に適した状態に活性化するか、その特性を変化させる必要がある。
例えば、間葉系幹細胞はin vitro状態でコロニー(colony)を形成して線維芽細胞(fibroblast)に類似した特徴を有して培養されるので、これをコロニー形成単位線維芽細胞(colony forming unit fibroblasts、以下CFU-Fs)というが、CFU-Fsは1つの間葉系幹細胞が増殖してコロニーを形成するものであることが明らかにされた。すなわち、CFU-Fsが間葉系幹細胞の数を意味し、高い効能を示すため、CFU-Fsが大きいほど大量に優れた間葉系幹細胞特性を有する細胞が得られるので、in vitroで培養する際にCFU-Fsを大量生産できなければならない。
【0005】
また、移植後に幹細胞が病変に短時間で作用するようにしたり、生体内における幹細胞の移動を速くしたり、生着能を増進させるために、幹細胞の移動及び誘導の機序を促進する必要がある。
【0006】
一方、間葉系幹細胞が活性化すると、組織再生及び免疫恒常性維持を促進する様々な免疫抑制性分子及び成長因子が発現し、抗炎症免疫抑制効果を誘導することが知られている。間葉系幹細胞は、免疫反応においてIL-10、IL6、TGFβ、ケモカイン、CL-2/MCP-1、CCL5/RANTES、IDO、VEGF、ICAM、PGE2などの様々なサイトカインを分泌することにより、免疫抑制効果などの免疫調節効果を誘導することができる。また、炎症反応が起こると、炎症による炎症性サイトカインは炎症部位に間葉系幹細胞を動員し、そこで間葉系幹細胞は組織特異的な細胞形態に分化転換(transdifferentiation)するか、抗炎症機能を有する因子を分泌することにより、局所回復効果を発揮することができる。免疫反応におけるこのような間葉系幹細胞の特性は、間葉系幹細胞の潜在的な臨床的応用可能性を示唆するものである(非特許文献1、2、3等参照)。
【0007】
血管新生(angiogenesis)とは、既存の血管の内皮細胞が細胞外基質(extracellular matrix,ECM)を分解し、移動、分裂及び分化して新たな毛細血管を形成する過程であり、傷の修復、胚発生、腫瘍形成、慢性炎症、肥満など様々な生理的及び病理的現象に関与する。血管新生は、傷の治癒や組織再生に必須の現象といえるが、例えば血管の未形成による壊死、潰瘍及び虚血の場合は組織や器官の機能異常を誘発したり、死亡の原因となることがあり、動脈硬化症、心筋梗塞、狭心症などの疾病も円滑でない血液供給が原因となる。
【0008】
活性化した間葉系幹細胞は、VEGFをはじめとする成長因子を発現して血管新生及び血管内皮細胞分化を刺激することにより、間葉系幹細胞媒介性組織再生を促進して傷の治癒に関与することが知られている(非特許文献3等参照)。
【0009】
しかし、このような幹細胞の生着能増進、CFU-Fs形成増進、増殖及び移動の促進、抗炎症機能増進、免疫抑制機能増進並びに血管新生促進のための方法については、インビボ(in vivo)だけでなく、エクスビボ(ex vivo)及びインビトロ(in vitro)でもほとんど知られていない。
【0010】
よって、幹細胞の利用及び治療効率の向上のために幹細胞の効能を向上させることのできる新規因子を解明し、それに関して技術開発を行う必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】韓国公開特許第10-2016-0009420号公報
【文献】韓国公開特許第10-2011-0044722号公報
【非特許文献】
【0012】
【文献】Kyurkchiev D et al.,World Journal of Stem Cells,2014 Nov.,6(5);552-570
【文献】S Ma et al.,Cell Death and Differentiation(2014)21,216-225
【文献】Madrigal et al.Journal of Translational Medicine 2014,12:260
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、低級脂肪酸又はその塩で幹細胞を処理するステップを含む、幹細胞の移動能、生着能、CFU-Fs形成能、抗炎症免疫抑制誘導機能及び血管新生促進能から選択される少なくともいずれか1つを増進する方法を提供する。
【0014】
また、本発明は、低級脂肪酸又はその塩を有効成分として含む、幹細胞の移動能、生着能、CFU-Fs形成能、抗炎症免疫抑制誘導機能及び血管新生促進能から選択される少なくともいずれか1つの増進用組成物を提供する。
【0015】
さらに、本発明は、前記方法で製造された幹細胞を提供する。
さらに、本発明は、前記方法で製造された幹細胞を含む細胞治療剤組成物を提供する。
さらに、本発明は、低級脂肪酸又はその塩を被験体に投与するステップを含む、ヒトを除く被験体において骨髄由来造血幹細胞の末梢血液への移動を促進する方法を提供する。
【0016】
さらに、本発明は、低級脂肪酸又はその塩で幹細胞を処理するステップを含む、幹細胞の移動能増進方法を提供する。
さらに、本発明は、低級脂肪酸又はその塩を有効成分として含む、幹細胞の移動能増進用組成物を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者らは、幹細胞に適切な刺激を与えて幹細胞を移植に適した状態に活性化するか、その特性を変化させることにより、細胞治療剤に適した幹細胞の特性を最大化すべく鋭意努力した結果、幹細胞を低級脂肪酸又はその塩で処理することにより、幹細胞の移動能が増進し、優れたコロニー形成能を示し、優れた生着能を示し、抗炎症免疫抑制誘導機能及び血管新生促進能が向上することを確認し、本発明を完成するに至った。
【0018】
本発明は、低級脂肪酸又はその塩で幹細胞を処理するステップを含む、幹細胞の移動能、生着能、CFU-Fs形成能、抗炎症免疫抑制誘導機能及び血管新生促進能から選択される少なくともいずれか1つを増進する方法を提供する。
【0019】
本発明の増進方法によれば、ex vivo又はin vitroの前処理により、in vitro及びin vivoでの移動能、幹細胞の移植による生着能、CFU-Fs形成能、抗炎症免疫抑制誘導機能及び血管新生促進能が大きく増進するので、幹細胞を移植に適した状態に活性化し、その特性を人体に適するように変形させることにより、細胞治療剤に適した幹細胞の特性を有する幹細胞を提供することができる。
【0020】
本発明において、低級脂肪酸(short chain fatty acids)又はその塩には、酢酸、プロピオン酸、酪酸、カプロン酸(C)、カプリル酸(C)、カプリン酸(C10)、ラウリン酸(C12)、ミリスチン酸(C14)、パルミチン酸(C16)、ステアリン酸(C18)、オレイン酸(C18:1)、エライジン酸(C18:1)、リノール酸(C18:2)、α-リノレン酸(C18:3)、γ-リノレン酸(C18:3)、アラキドン酸(C20:3)、エイコサペンタエン酸(C20:5)、ドコサヘキサエン酸(C22:6)、5,6-エポキシエイコサトリエン酸、8,9-エポキシエイコサトリエン酸及びその塩から選択される少なくともいずれか1つが含まれ、好ましくは炭素数6以下の脂肪酸又はその塩であり、より好ましくはヒト由来で人体に安全に使用できる酢酸、プロピオン酸、酪酸及びその塩である。
【0021】
前記塩とは、医薬業界において通常用いられる塩を意味する。例えば、前記塩は、カルシウム、カリウム、ナトリウム、マグネシウムなどで作製された無機イオン塩であり、好ましくはナトリウム塩である。
【0022】
本発明が適用される幹細胞には制限がなく、胚性幹細胞、成体幹細胞、人工多能性幹細胞、胚性生殖細胞及び胚性腫瘍細胞が含まれ、好ましくは多能性(multipotent)成体幹細胞であり、より好ましくは造血幹細胞、間葉系幹細胞(MSC)であり、最も好ましくは骨髄由来間葉系幹細胞及び造血幹細胞である。
【0023】
本発明における「移動能」とは、幹細胞の移動活性(migration activity)における増進効果を意味し、移植部位から損傷部位への幹細胞の移動能力の増加、骨髄から末梢血液への幹細胞の移動能力の増加、末梢血液からリンパ節、心臓、肺、肝臓、皮膚、脾臓、小腸及び大腸、胃、膵臓などの特定の組織又は器官への移動増加などの効果が全て含まれる。例えば、移植部位から損傷部位への移動促進により、有効移植幹細胞数の低減、それに伴う幹細胞の体外培養期間の短縮、及び幹細胞の安全性向上と製造コスト低減という効果を有する。また、骨髄から末梢血液への移動が促進されることにより、末梢血液から移動した多くの幹細胞の分離が容易になるので、骨髄由来幹細胞移植のための幹細胞採取が容易になる。さらに、末梢血液から末梢臓器への移動を促進することにより疾患治療効能を向上させることができるという利点を有する。
【0024】
本発明における「生着能」とは、移植された幹細胞が分化した後続細胞、移植後に体内で産生された細胞、又は注入された細胞が、損失又は損傷した細胞を代替する能力を意味する。生着能の増進により、例えば有効移植幹細胞数の低減、それに伴う幹細胞の体外培養期間の短縮、及び幹細胞の安全性向上と製造コスト低減という利点が得られる。
【0025】
本発明における「CFU-Fs形成能」とは、1つの間葉系幹細胞が増殖してコロニーを形成できることを意味する。CFU-Fs形成能の増進により、例えば幹細胞の幹細胞性(Stemness)の増強及び増殖能の増進に伴う安全かつ効果的なex vivo及びin vitro拡張(Expansion)という利点が得られる。
【0026】
本発明における「抗炎症免疫抑制誘導機能」とは、炎症反応又は免疫反応を制御又は抑制することを助ける抑制性シグナルを提供することにより、炎症反応又は免疫刺激を部分的又は全体的に遮断したり、免疫活性を低下、防止又は遅延させたり、抗原提示、T細胞活性化、T細胞分化、T細胞機能発現、サイトカインの分泌又は産生、標的細胞の溶解などを減少させることを誘導する機能を意味する。
【0027】
抗炎症免疫抑制誘導機能により、様々な自己免疫疾患又は炎症性疾患に対する有効性がさらに向上した幹細胞治療剤の幹細胞源を培養することができる。それだけでなく、抗炎症免疫抑制誘導物質の発現が高い幹細胞の培養が可能になるので、有効移植幹細胞数の低減、それに伴う幹細胞の体外培養期間の短縮、及び幹細胞の安全性向上と製造コスト低減という利点も得られる。
【0028】
前記自己免疫疾患又は炎症性疾患は、関節リウマチ(Rheumatoid Arthritis)、喘息(Asthma)、皮膚炎(Dermatitis)、乾癬(Psoriasis)、嚢胞性線維症(Cystic Fibrosis)、多発性硬化症(Multiple Sclerosis)、全身性エリテマトーデス(systemic lupus erythematosus)、シェーグレン症候群(Sjogren syndrome)、橋本甲状腺炎(Hashimoto thyroiditis)、多発性筋炎(polymyositis)、強皮症(scleroderma)、アジソン病(Addison disease)、白斑症(vitiligo)、悪性貧血(pernicious anemia)、糸球体腎炎(glomerulonephritis)、肺線維症(pulmonary fibrosis)、炎症性腸疾患(Inflammatory Bowel Diseases)、潰瘍性大腸炎(ulcerative colitis)、自己免疫性糖尿病(Autoimmune Diabetes)、糖尿病網膜症(Diabetic retinopathy)、鼻炎(Rhinitis)、虚血再灌流傷害(Ischemia-reperfusion injury)、血管形成術後再狭窄(Post-angioplasty restenosis)、慢性閉塞性肺疾患(Chronic obstructive pulmonary diseases;COPD)、グレーブス病(Graves disease)、胃腸アレルギー(Gastrointestinal allergies)、結膜炎(Conjunctivitis)、粥状硬化症(Atherosclerosis)、冠動脈疾患(Coronary artery disease)、狭心症(Angina)及び小動脈疾患からなる群から選択されてもよい。
【0029】
本発明における「血管新生促進能」とは、血管が新たに形成される過程、すなわち新たな血管が細胞、組織又は器官内に発生及び分化することを促進する機能を意味する。本発明の血管新生促進には、内皮細胞活性化、移動、増殖、マトリックス再形成及び細胞安定化をはじめとする血管形成過程における血管再生、血管回復及び血管分化の促進が含まれる。
【0030】
血管新生促進能により、再灌流傷害、例えば虚血性心筋梗塞で損傷した心筋、脳卒中に伴う脳損傷などにより損傷した組織において血管再生、血管回復及び血管分化を促進することができる。
【0031】
また、本発明によれば、血管新生促進能により組織再生能が増進した幹細胞を培養することができる。それだけでなく、血管新生促進誘導物質の発現が高い幹細胞の培養が可能になるので、有効移植幹細胞数の低減、それに伴う幹細胞の体外培養期間の短縮、及び幹細胞の安全性向上と製造コスト低減という利点も得られる。
【0032】
このように、幹細胞の移動能、生着能、CFU-Fs形成能、抗炎症免疫抑制誘導機能及び血管新生促進能が増進した幹細胞は、細胞治療剤として優れた治療効果を有する。
本発明の方法は、エクスビボ(ex vivo)又はインビトロ(in vitro)で行われてもよい。
【0033】
本発明における低級脂肪酸又はその塩で幹細胞を処理するステップとは、培地で培養される幹細胞を低級脂肪酸又はその塩で処理することを意味する。
本発明における培地(media)とは、in vitroで細胞の成長及び生存を支える培地を意味し、当該分野において通常用いられる細胞の培養に好適な培地が全て含まれる。細胞の種類に応じて培地と培養条件を選択することができる。培養に用いられる培地は、好ましくは細胞培養最小培地(cell culture minimum medium:CCMM)であり、一般に炭素源、窒素源及び微量元素成分を含む。このような細胞培養最小培地としては、例えばDMEM(Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium)、MEM(Minimal essential Medium)、BME(Basal Medium Eagle)、RPMI1640、F-10、F-12、αMEM(α Minimal essential Medium)、GMEM(Glasgow’s Minimal essential Medium)、Iscove’s Modified Dulbecco’s Mediumなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。また、前記培地は、ペニシリン(penicillin)、ストレプトマイシン(streptomycin)、ゲンタマイシン(gentamicin)などの抗生剤を含んでもよい。
【0034】
本発明の一実施形態によれば、前記培地は、DMEM培地又はRPMI1640培地であり、血清成分及び抗生剤をさらに含む。
本発明における前記低級脂肪酸又はその塩は、前記培地に有効濃度で含まれるようにしなければならない。
【0035】
本発明における有効濃度とは、低級脂肪酸又はその塩が幹細胞の移動能増進、生着能増進、CFU-Fs形成能増進、抗炎症免疫抑制誘導機能及び血管新生促進能に十分な量の低級脂肪酸又はその塩を意味し、有効濃度以下では活性を示さず、有効濃度以上では細胞に毒性を示すので、有効濃度内で低級脂肪酸又はその塩を用いるようにする。本発明における好ましい低級脂肪酸又はその塩の処理濃度は0.1mM~100mMであり、より好ましくは1mM~20mMである。
【0036】
また、本発明における好ましい低級脂肪酸又はその塩の処理時間は3時間~14日であり、より好ましくは12~48時間である。
前記低級脂肪酸又はその塩で幹細胞を処理するステップは、一般血清培地で行ってもよく、血清培地で継代培養した幹細胞を無血清培地に移して行ってもよい。無血清培地における培養は、血清培地から培養液を除去し、細胞をリン酸塩緩衝液で洗浄してから行ってもよい。
【0037】
本発明は、好ましくは低級脂肪酸又はその塩で幹細胞を処理するステップを含む、幹細胞の移動能増進方法を提供する。
本発明の幹細胞の移動能増進方法によれば、低級脂肪酸又はその塩での処理により、幹細胞のin vitro及びin vivoでの移動能が大きく増進するので、幹細胞を移植に適した状態に活性化し、その特性を人体に適するように変形させることにより、細胞治療剤に適した幹細胞の特性を有する幹細胞を提供することができる。
【0038】
また、本発明は、低級脂肪酸又はその塩を有効成分として含む、幹細胞の移動能、生着能、CFU-Fs形成能、抗炎症免疫抑制誘導機能及び血管新生促進能から選択される少なくともいずれか1つの増進用組成物を提供する。低級脂肪酸又はその塩を有効成分として含む、幹細胞の移動能、生着能、CFU-Fs形成能、抗炎症免疫抑制誘導機能及び血管新生促進能増進用組成物に関する内容は、前述した幹細胞の移動能、生着能、CFU-Fs形成能、抗炎症免疫抑制誘導機能及び血管新生促進能から選択される少なくともいずれか1つを増進する方法に関する内容を全て含む。
【0039】
前記幹細胞の移動能、生着能及びCFU-Fs形成能増進用組成物で幹細胞を処理すると、幹細胞の移動能が増進し、優れたコロニー形成能を示し、人体移植に適した特性を有する幹細胞を低コストで容易かつ多量に生産することができる。
【0040】
好ましくは、本発明は、低級脂肪酸又はその塩を有効成分として含む、幹細胞の移動能増進用組成物を提供する。
また、本発明は、低級脂肪酸又はその塩で幹細胞を処理するステップを含む、幹細胞の移動能、生着能、CFU-Fs形成能、抗炎症免疫抑制誘導機能及び血管新生促進能から選択される少なくともいずれか1つを増進する方法で製造された幹細胞を提供する。好ましくは、本発明は、幹細胞の移動能増進方法で製造された幹細胞を提供する。
【0041】
前記幹細胞は、低級脂肪酸又はその塩の処理により移動能が増加し、生着能が増加し、CFU-Fs形成能が増加するという特性を有し、抗炎症免疫抑制誘導機能及び血管新生促進能を示し、移植部位から損傷部位への幹細胞の移動能力の増加、骨髄から末梢血液への幹細胞の移動能力の増加、末梢血液からリンパ節、心臓、肺、肝臓、皮膚、脾臓、小腸及び大腸、胃、膵臓などの特定の組織又は器官への移動の増加、生着能の増加などの作用効果を有し、細胞治療剤としての使用に適した特性を有する。
【0042】
また、本発明は、前記方法で製造された幹細胞を含む細胞治療剤組成物を提供する。
本発明の移動能、生着能、CFU-Fs形成能、抗炎症免疫抑制誘導機能及び血管新生促進能が増進した幹細胞自体を用いて疾病を治療することができる。前記細胞は、動物の生体内に注射(injection)、注入(infusion)、移植されて迅速に病変に移動したり、末梢血液への移動を促進したり、特定タイプの細胞集団(population)に直接接触して特定タイプの細胞に分化することにより、好適に疾病を治療することができ、治療できる疾病の種類に制限はない。
【0043】
本発明の幹細胞能が増進した細胞は、細胞を保護及び維持し、目的とする組織に注射、注入、移植される際に容易に使用できるように、少なくとも1つの希釈剤を含む細胞組成物の形態であることが好ましい。前記希釈剤は、生理食塩水、PBS(Phosphate Buffered Saline)、HBSS(Hank’s balanced salt solution)などの緩衝液、血漿、血液成分などであってもよい。
【0044】
投与量は、10~10細胞/kg体重、好ましくは5×10~10細胞/kg体重を1回又は数回に分けて投与してもよい。しかし、有効成分の実際の投与量は、治療する疾患、疾患の重症度、投与経路、患者の体重、年齢、性別などの様々な関連因子を考慮して決定しなければならないことを理解すべきである。よって、前記投与量は本発明の範囲を限定するものではない。
【0045】
また、本発明は、低級脂肪酸又はその塩を被験体に投与するステップを含む、ヒトを除く被験体において骨髄由来造血幹細胞の末梢血液への移動を促進する方法を提供する。
本発明の骨髄由来造血幹細胞の末梢血液への移動を促進する方法によれば、骨髄から末梢血液への造血幹細胞の移動が促進されることにより、末梢血液において移動した多くの幹細胞の分離が容易になるので、骨髄由来幹細胞の移植のための幹細胞の採取が容易になり、このような移動促進により疾患の治療効能を向上させることができるという利点がある。特に、本発明の骨髄由来造血幹細胞の末梢血液への移動を促進する方法によれば、従来の方法に比べて低侵襲方法で自己骨髄由来造血幹細胞を採取できるという利点を有する。また、本発明の骨髄由来造血幹細胞の末梢血液への移動を促進する方法は、前記造血幹細胞の末梢血液への移動を促進する方法の後に、移動した骨髄由来造血幹細胞を採取するステップをさらに含んでもよい。
【発明の効果】
【0046】
本発明の幹細胞の移動能、生着能、CFU-Fs形成能、抗炎症免疫抑制誘導機能及び血管新生促進能から選択される少なくともいずれか1つを増進する方法によれば、安価なヒト由来物質である低級脂肪酸又はその塩を用いて、生着能及び移動能が高く、コロニー形成能及び人体適合性に優れた幹細胞を容易に大量製造することができ、幹細胞を移植に適した状態に活性化することにより細胞治療剤に適した幹細胞を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0047】
図1】各濃度において酢酸ナトリウム処理によるマウス骨髄由来間葉系幹細胞であるST2細胞の移動能増進を確認した結果を示す図である。
図2】各濃度においてプロピオン酸ナトリウム又は酪酸ナトリウム処理によるマウス骨髄由来間葉系幹細胞であるST2細胞の移動能増進を確認した結果を示す図である。
図3】酢酸ナトリウム処理によるマウス骨髄由来間葉系幹細胞であるST2細胞において移動能促進シグナル関連タンパク質発現の変化を確認した結果を示す図である。
図4】酢酸ナトリウム処理によるマウス骨髄由来間葉系幹細胞であるST2細胞において侵襲(invasion)増進を確認した結果を示す図である。
図5】酢酸ナトリウム処理によるヒト骨髄由来間葉系幹細胞の移動能増進を確認した結果を示す図である。
図6】酢酸ナトリウム又はプロピオン酸ナトリウム処理によるマウス骨髄由来間葉系幹細胞であるST2細胞のCFU-F形成能増進を確認した結果を示す図である。
図7】酢酸ナトリウム処理による造血前駆細胞の骨髄から末梢血液への移動能増進を確認した結果を示す図である。
図8】酢酸ナトリウム処理によるヒト骨髄由来間葉系幹細胞のCFU-F形成能増進を確認した結果を示す図である。
図9】酢酸ナトリウム(200mM)を含む飲料水の摂取による骨髄由来間葉系幹細胞の細胞集団の頻度及びサイズ増加を確認した結果を示す図である。
図10】酢酸ナトリウム処理によるマウス骨髄由来間葉系幹細胞であるST2細胞において抗炎症免疫抑制及び血管新生促進シグナル関連タンパク質発現の増加を確認した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0048】
以下、本発明の理解を容易にするために本発明の実施例を挙げてより具体的に説明するが、これらの実施例は本発明を例示するためのものであり、本発明がこれらに限定されるものではない。
【0049】
[実施例1]
低級脂肪酸処理によるマウス骨髄由来間葉系幹細胞の移動能促進の確認
移動性分析(Migration Assay)を行って低級脂肪酸処理によるマウス骨髄由来間葉系幹細胞の移動能促進を確認した。
【0050】
マウス骨髄由来間葉系幹細胞であるST2細胞株はRiken Cell Bank(Tsukaba,Japan)から得た。10%FBS、1%ペニシリン及びストレプトマイシン(Invitrogen)を含むRPMI1640(Invitrogen)で細胞を維持した。前記細胞を密集度(confluence)が80%になるまで培養し、0.25%トリプシン/EDTA(Invitrogen)で回収し、その後1:3~1:4の割合で継代培養した。5継代~8継代の細胞を実験に用いた。細胞は5%COを含む37℃培養器に保管した。
【0051】
8μm孔(pore)径のミリセルカルチャープレートインサート(Millicell culture plate inserts)(EMD Millipore)を0.5μg/mlの1型コラーゲンでコーティングした。ST2細胞(2.5×10個)を正常成長培地に懸濁して上部チャンバーに添加した。細胞培養5~6時間後に、2%FBS並びに1%ペニシリン及びストレプトマイシンを含むDMEM培地に培地を交換した。一晩培養後に、0~10mMの酢酸ナトリウム(Sodium acetate)、プロピオン酸ナトリウム(sodium propionate)及び酪酸ナトリウム(Sodium butyrate)をそれぞれの下部チャンバーに添加した(低級脂肪酸は全てSigma-Aldrichから購入)。
【0052】
12時間追加培養後に、インサート(insert)をPBS下、4%ホルムアルデヒドで10分間常温にて固定した。ST2細胞をヘマトキシリン溶液で30分間染色し、上部チャンバーメンブレンに残っている細胞は綿棒で除去した。下部チャンバーメンブレンはNikon ECLIPSE(登録商標)TS 100顕微鏡を用いて確認した。それぞれの細胞画像において、細胞数はアドビフォトショップ(登録商標)(Adobe PHOTOSHOP(登録商標))CS6を用いて計数した。
【0053】
酢酸ナトリウムを用いた移動性分析(Migration assay)の結果を図1に示す。図1のAは移動(migration)が起こった細胞数をカウント(counting)した結果を示す図であり、図1のBは顕微鏡画像を示す図である。図1から分かるように、マウス骨髄由来間葉系幹細胞株であるST2細胞の移動能は酢酸ナトリウムの濃度に依存して増加することが確認された。
【0054】
また、図2はプロピオン酸ナトリウム(sodium propionate)及び酪酸ナトリウム(Sodium butyrate)を用いた実験結果を示す図である。図2から分かるように、プロピオン酸ナトリウム及び酪酸ナトリウムの濃度に依存してST2細胞の移動能が増進することが確認された。
【0055】
[実施例2]
低級脂肪酸処理によるマウス骨髄由来間葉系幹細胞の移動能促進シグナル伝達因子の変化の確認
低級脂肪酸処理によるマウス骨髄由来間葉系幹細胞の移動能促進シグナル伝達因子の変化をウェスタンブロットにより確認した。
【0056】
ST2細胞を正常成長培地条件下で6-wellプレートに添加した。5~6時間培養後に、1%ペニシリン及びストレプトマイシンを含む無血清培地に培地を交換して16~18時間培養した。細胞をそれぞれ30秒、1分、2分、3分、5分、10分、15分、30分、1時間、3時間、6時間又は9時間にわたって10mM酢酸ナトリウムで処理した。前記試料から細胞溶解物を得て、タンパク質試料を10%SDS-PAGEで分離した。分離した細胞をニトロセルロースメンブレンに移してメンブレンをブロッキングし、その後ホスホp44/42MAPK(Erk1/2)(Thr202/Tyr204)(Cell Signaling Technology)、ホスホAkt(Ser473)(Cell Signaling Technology)又はホスホp38MAPK(Thr180/Tyr182)(Cell Signaling Technology)の一次抗体で処理した。次に、細胞を再びHRP接合した2次抗体で処理し、その後化学発光検出によりタンパク質バンドを確認した。バンド密度はImageJソフトウェア(NIH,Bethesda.MD)を用いて確認した。その結果を図3に示す。
【0057】
図3から分かるように、酢酸ナトリウム処理によりp38、ERK及びAktシグナル伝達が非常に短時間で一時的に(early and transient)活性化されることが確認された。すなわち、低級脂肪酸又はその塩の処理により、細胞移動能促進に関連する因子が変化し、移動能促進が起こることが確認された。
【0058】
[実施例3]
低級脂肪酸処理によるマウス骨髄由来間葉系幹細胞の侵襲(Invasion)促進の確認
侵襲性分析(Invasion assay)を行って低級脂肪酸処理によるマウス骨髄由来間葉系幹細胞の侵襲促進を確認した。
【0059】
8μm孔(pore)径のミリセルカルチャープレートインサート(Millicell culture plate inserts)(EMD Millipore)を0.5μg/mlの1型コラーゲンでコーティングした。次に、インサート(insert)の上部を50μlの成長因子低減マトリゲル(growth factor reduced Matrigel,BD Bioscience)でコーティングした。ST2細胞(2.5×10)をそれぞれの一般成長培地に懸濁して上部チャンバーに添加した。細胞培養5~6時間後に、2%FBS並びに1%ペニシリン及びストレプトマイシンを含むDMEM培地に培地を交換した。一晩培養後に、酢酸ナトリウム(10mM)をそれぞれの下部チャンバーに添加した。12時間追加培養後に、インサートをPBS下、4%ホルムアルデヒドで10分間常温にて固定した。細胞をヘマトキシリン溶液で30分間染色し、上部チャンバーメンブレンに残っている細胞は綿棒で除去した。下部チャンバーメンブレンはNikon ECLIPSE(登録商標)TS 100顕微鏡を用いて確認した。それぞれの細胞画像において、細胞数はアドビフォトショップ(登録商標)(Adobe PHOTOSHOP(登録商標))CS6を用いて計数した。その結果を図4に示す。
【0060】
図4から分かるように、酢酸ナトリウム処理により細胞数が大きく増加することが確認された。これは侵襲の増加を示すものである。すなわち、10mM酢酸ナトリウム処理によりヒト骨髄由来間葉系幹細胞のマトリゲル侵襲能力(matrigel invasion ability)が増加することが確認された。これは酢酸ナトリウム処理により幹細胞のECMリモデリング能力/移動性能力(remodeling ability/migration ability)が増加したことを示すものである。
【0061】
[実施例4]
低級脂肪酸処理によるヒト骨髄由来間葉系幹細胞の移動能促進の確認
移動性分析(Migration Assay)を行って低級脂肪酸処理によるヒト骨髄由来間葉系幹細胞の移動能促進を確認した。
【0062】
ヒト骨髄由来間葉系幹細胞(human bone marrow derived MSCs,hMSC)はLonza(Basel,Switzerland)から得て、MSCGM(Lonza)で培養した。3継代~6継代の細胞を実験に用いた。10%FBS、1%ペニシリン及びストレプトマイシン(Invitrogen)並びに1%L-グルタミンを含むDMEM(GE Healthcare Life Sciences)をヒト骨髄由来間葉系幹細胞の移動実験(migration experiments)のために用いた。細胞は5%COを含む37℃培養器に保管した。
【0063】
ヒト骨髄由来間葉系幹細胞の場合、5~6時間培養後に1%L-グルタミン並びに1%ペニシリン及びストレプトマイシンを含む無血清DMEM培地に正常培地を交換し、残っている上部チャンバーメンブレンの細胞を除去し、4’,6-ジアミジノ-2-フェニルインドール(DAPI)によりプロロングゴールドアンチフェード接着溶液(ProLong Gold antifade mounting solution)を用いてインサートをスライドに固定したことを除いて、実施例1と同様に移動性分析(Migration assay)を行った。その結果を図5に示す。
【0064】
図5から分かるように、ヒト骨髄由来間葉系幹細胞の移動能は低級脂肪酸又はその塩である酢酸ナトリウムの濃度に依存して増加することが確認された。
[実施例5]
低級脂肪酸処理によるマウス骨髄由来間葉系幹細胞のコロニー形成能増進の確認
コロニー形成単位線維芽細胞分析(Colony-forming unit fibroblast(CFU-F)assay)を行って低級脂肪酸処理によるマウス骨髄由来間葉系幹細胞のコロニー形成能増進を確認した。
【0065】
ST2細胞を酢酸ナトリウム(10mM)又はプロピオン酸ナトリウム(10mM)で処理し、正常培養培地を用いて36時間培養した。次に、細胞を5.7×10細胞/wellで添加し、プレートを5%CO及び37℃の条件下で10日間培養した。その後、プレートをクリスタルバイオレット染色液(1%溶液,Sigma-Aldrich)で染色し、コロニーを立体顕微鏡下でカウントした。ここで、1mm以上の直径を有する細胞集団をコロニーとみなした。その結果を図6に示す。
【0066】
図6から分かるように、低級脂肪酸又はその塩である酢酸ナトリウム又はプロピオン酸ナトリウム処理によりコロニー形成能が大きく増進することが確認された。
[実施例6]
低級脂肪酸処理による造血前駆細胞の移動能増進の確認
流動細胞分析を行って低級脂肪酸処理による造血前駆細胞の移動能増進を確認した。
【0067】
循環する造血前駆細胞(Hematopoietic progenitor cells(HPCs))(lineage陰性、Sca-1陽性、c-Kit陽性(Lin-/Sca1+/c-Kit+,LSK)細胞の集団)をフローサイトメトリーで分析した。酢酸ナトリウム(4nmole/kg)を8週齢のC57BL/6マウスの側腹部に皮下注射し、注入10分後に末梢血液を採取した。単核球細胞をフィコール(Ficoll)で遠心分離により分離した。次に、造血前駆細胞を抗マウスCD4-FITC(Biolegend,San Diego,CA)、抗マウスCD49b-FITC(Biolegend)、抗マウスCD11b-FITC(Biolegend)、抗マウスB220-FITC(Biolegend)、抗マウスGr-1-FITC(Biolegend)、抗マウスCD8-FITC(Biolegend)、抗マウスLy-6A/E(Sca-1)-PE(Biolegend)及び抗マウスCD117(c-Kit)-APC(Biolegend)により確認した。その結果を図7に示す。
【0068】
図7から分かるように、末梢血単核球(PB MNCs)の数には大きな変化がなかったが、前記Lin-/Sca1+/c-Kit+(LSK)の特性を示す造血前駆細胞は一般対照群に比べて末梢血液でより多く観察されることが確認され、前記低級脂肪酸又はその塩が幹細胞の移動能に有効であることが確認された。
【0069】
[実施例7]
低級脂肪酸処理によるヒト骨髄由来間葉系幹細胞のコロニー形成能増進の確認
コロニー形成単位線維芽細胞分析(Colony-forming unit fibroblast(CFU-F)assay)を行って低級脂肪酸処理によるヒト骨髄由来間葉系幹細胞(hMSC)のコロニー形成能増進を確認した。
【0070】
正常培養培地(DMEM high glucose+10%FBS+1%ペニシリン及びストレプトマイシン)を酢酸ナトリウム(10mM)で処理して2回継代培養した。次に、10%FBS、1%ペニシリン及びストレプトマイシン(Invitrogen)並びに1%L-グルタミンを含む低グルコース(low-glucose)DMEM(GE Healthcare Life Sciences)に細胞を5×10細胞/well(10cm dish)で添加し、プレートを5%CO及び37℃の条件下で14日間培養した。その後、プレートを100%メタノールで固定し、クリスタルバイオレット染色液(1%溶液,Sigma-Aldrich)で染色し、コロニーを立体顕微鏡下でカウントした。ここで、3mm以上の直径を有するヒト骨髄由来間葉系幹細胞集団をコロニーとみなした。
【0071】
その結果を図8に示す。
図8から分かるように、低級脂肪酸又はその塩である酢酸ナトリウム処理によりコロニー形成能が約5倍に大きく増進することが確認された。
【0072】
[実施例8]
低級脂肪酸を含む飲料水の摂取によるマウスにおける骨髄由来間葉系幹細胞の細胞集団のサイズ増加の確認
コロニー形成単位線維芽細胞(CFU-F)分析を行って低級脂肪酸を含む飲料水の摂取によるマウスにおける骨髄由来間葉系幹細胞の細胞集団のサイズ増加を確認した。
【0073】
酢酸ナトリウム(200mM)を含む飲料水又は酢酸ナトリウムを含まない飲料水をC57BL/6マウスに7日間摂取させ、その後そのマウスから大腿骨(femur)を採取した。採取した大腿骨を乳鉢で粉砕(crushing)し、その後0.2%コラゲナーゼ(Type 1 collagenase,Worthington)で処理して骨に付着している骨髄細胞(bone marrow cell)を採取した。採取した細胞を20%FBS、1%ペニシリン及びストレプトマイシン(Invitrogen)、1%L-グルタミン並びに5%ピルビン酸を含むα-MEM(Sigma-Aldrich)に2.0×10細胞/well(25T flask)でプレートに添加し、そのプレートを5%CO及び37℃の条件下で14日間培養した。
【0074】
その後、プレートを100%メタノールで固定し、クリスタルバイオレット染色液(1%溶液,Sigma-Aldrich)で染色し、コロニーを立体顕微鏡下でカウントした。ここで、1mm以上の直径を有する細胞集団をコロニーとみなした。
【0075】
その結果を図9に示す。
図9から分かるように、低級脂肪酸又はその塩である酢酸ナトリウムを含む飲料水を摂取したマウスから採取した骨髄由来間葉系幹細胞の頻度及び細胞集団のサイズは、酢酸ナトリウムを含まない飲料水を摂取したマウスに比べて約2倍に増加することが確認された。
【0076】
[実施例9]
低級脂肪酸処理によるマウス骨髄由来間葉系幹細胞の抗炎症免疫抑制及び血管新生促進シグナル関連因子の発現増加の確認
低級脂肪酸処理によるマウス骨髄由来間葉系幹細胞の抗炎症免疫抑制及び血管新生促進シグナル関連因子の変化をmRNA発現増加により確認した。
【0077】
ST2細胞(3.8×10個)を正常成長培地条件下で6-wellプレートに添加した。一晩培養後に、FBSを添加していない無血清低グルコース(low-glucose)DMEM培地に培地を交換して18時間培養した。次に、細胞をC2では10mM酢酸ナトリウムで48時間処理し、CONでは処理しなかった。
【0078】
前記試料から細胞溶解物を取得し、TRIzolを用いて全RNAを分離した。細胞の全RNAからcDNAを合成し、その後VEGF及びIL-10に対するプライマーと蛍光物質であるSYBR(登録商標)グリーンPCRマスターミックス(SYBR(登録商標)green PCR Master Mix)を用いて細胞内におけるVEGF及びIL-10のmRNA発現量をリアルタイム重合酵素連鎖反応(Realtime PCR)により測定した。
【0079】
その結果を図10に示す。
図10から分かるように、酢酸ナトリウム処理により抗炎症免疫抑制機能を示すIL-10の発現は酢酸ナトリウムで処理していない対照群(CON)に比べて約2.4倍、血管新生促進機能を示すVEGFの発現は約2.5倍に増加することが確認された。すなわち、低級脂肪酸又はその塩の処理により幹細胞が活性化し、幹細胞の抗炎症免疫抑制及び血管新生促進シグナル関連因子の合成が増加することが確認された。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10