(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-07
(45)【発行日】2022-10-18
(54)【発明の名称】アルミニウム合金成形体及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
B22F 10/20 20210101AFI20221011BHJP
B22F 1/00 20220101ALI20221011BHJP
C22C 21/00 20060101ALI20221011BHJP
C22F 1/04 20060101ALI20221011BHJP
B33Y 80/00 20150101ALI20221011BHJP
B33Y 70/00 20200101ALI20221011BHJP
B33Y 10/00 20150101ALI20221011BHJP
C22C 1/04 20060101ALI20221011BHJP
B22F 10/64 20210101ALI20221011BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20221011BHJP
B22F 3/24 20060101ALN20221011BHJP
【FI】
B22F10/20
B22F1/00 N
C22C21/00 M
C22F1/04 A
B33Y80/00
B33Y70/00
B33Y10/00
C22C1/04 C
B22F10/64
C22F1/00 691C
B22F3/24 C
C22F1/00 602
C22F1/00 621
C22F1/00 628
C22F1/00 630A
C22F1/00 630C
C22F1/00 630K
C22F1/00 650A
C22F1/00 650F
C22F1/00 687
C22F1/00 691B
(21)【出願番号】P 2022516977
(86)(22)【出願日】2021-04-13
(86)【国際出願番号】 JP2021015326
(87)【国際公開番号】W WO2021215305
(87)【国際公開日】2021-10-28
【審査請求日】2022-06-24
(31)【優先権主張番号】P 2020075736
(32)【優先日】2020-04-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000004743
【氏名又は名称】日本軽金属株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】399054321
【氏名又は名称】東洋アルミニウム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001885
【氏名又は名称】特許業務法人IPRコンサルタント
(72)【発明者】
【氏名】谷津倉 政仁
(72)【発明者】
【氏名】長尾 隆史
(72)【発明者】
【氏名】田代 継治
(72)【発明者】
【氏名】楠井 潤
【審査官】池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-053198(JP,A)
【文献】国際公開第2019/108596(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/119283(WO,A1)
【文献】S.S.NAYAK et al.,Structure of nanocomposites of Al-Fe alloys prepared by mechanical alloying and rapid solidification,Bulletin of Materials Science,Indian Academy of Science,2008年,vol.31,No.3,p.449-454,core.ac.uk/download/pdf/291567253.pdf, doi:10.1007/s12034-008-0070-9
【文献】Xing Qi et al.,Laser powder bed fusion of a near-eutectic Al-Fe binary alloy: Processing and microstructure,Additive Manufacturing,2020年,vol.35,Article 101308,doi.org/10.1016/j.addma.2020.101308
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00-12/90
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
積層造形法によって成形してなるアルミニウム合金積層成形体であり、
Alと共晶を形成する遷移金属元素を2~10質量%含有し、残部がAl及び不可避不純物からなるアルミニウム合金材を原料とし、
相対密度が98.5%以上であり、
金属組織は初晶α(Al)と、Alと前記遷移金属元素からなる化合物からなり、
メルトプールの境界部を除く領域の前記化合物の間隔が200nm以下であり、
前記遷移金属元素がFeであり、
前記化合物がAlFe系化合物であり、
前記境界部はメルトプールの境界からの距離が5μmまでの領域であり、
200℃におけるビッカース硬度が60HV以上であること、
を特徴とするアルミニウム合金成形体。
【請求項2】
室温における引張強度が240MPa以上であること、
を特徴とする請求項
1に記載のアルミニウム合金成形体。
【請求項3】
Alと共晶を形成する遷移金属元素を2~10質量%含有し、残部がAl及び不可避不純物からなるアルミニウム合金材を積層造形法によって成形し、アルミニウム合金積層成形体を得る積層成形工程と、
前記アルミニウム合金積層成形体を200~400℃に
1~100時間保持し、Alと前記遷移金属元素からなる化合物を析出させると共に残留応力を低減する熱処理工程と、を有し、
前記遷移金属元素をFeとし、
前記化合物がAlFe系化合物であり、
前記アルミニウム合金積層成形体の200℃におけるビッカース硬度を60HV以上とすること、
を特徴とするアルミニウム合金成形体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はアルミニウム合金成形体及びその製造方法に関し、より具体的には、優れた耐熱性と高い熱伝導率の両立が要求される部材として好適に使用することができるアルミニウム合金積層成形体及びその効率的な製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
Al-Fe系アルミニウム合金は高い比強度と優れた熱伝導性を有していることに加え、リサイクル性も良好であることから、電気自動車、航空機等の輸送用機器、LED照明及び各種電子電気機器等のヒートシンク材を始めとして、幅広い用途が期待されている。
【0003】
このような状況下において、Al-Fe系アルミニウム合金の強度や熱伝導性を向上させるために種々の検討がなされている。例えば、特許文献1(特開2013-204087号公報)においては、8mass%(以下%)<Si<11%、0.2%<Mg<0.3%、0.3%<Fe<0.7%、0.15%<Mn<0.35%、1<Fe+Mn×2、0.005%<Sr<0.020%、Cu<0.2%、Zn<0.2%を含有し、残部がAlおよび不可避的不純物からなり、鋳造後に200℃<T<250℃で0.1~1時間保持することを特徴とする室温における引張耐力が200MPa以上の高強度でかつ熱伝導率145W/K・m以上であるアルミニウム合金部材とその製造方法、が開示されている。
【0004】
上記特許文献1に記載のアルミニウム合金部材とその製造方法においては、不純物を含む合金組成を最適化することで流動性の確保と焼き付防止の改善、かつ鋳造後の共晶Si粒状化による熱伝導率の改善による熱処理時間の短縮化により、室温における引張耐力が200MPa以上の高強度でかつ熱伝導率145W/mK以上の高熱伝導性を示すことを見出した、とされている。
【0005】
また、特許文献2(特開2015-127449号公報)においては、質量%で、Si:0.15%以下、Fe:1.00~1.60%、Ti:0.005~0.02%、Zr:0.0005~0.03%、必要に応じてMn:0.01~0.50%を含有し、残部アルミニウムと不可避不純物の組成を有し、平均結晶粒径25μm以下である熱伝導性に優れた高成形用アルミニウム合金板材、が開示されている。
【0006】
上記特許文献2に記載の高成形用アルミニウム合金板材においては、Si、Fe、Ti、Zrの含有量を好ましい範囲として平均結晶粒径を25μm以下としているため、伸びの値が高く、高成形性に優れるとともに、必要な引張強さと耐力を備え、熱伝導性にも優れたアルミニウム合金板材を得ることができる、とされている。
【0007】
更に、特許文献3(特開2020-33598号公報)においては、FeとErを含み、残部がAl及び不可避の不純物であり、Feが、約5重量%~約15重量%であり、Erが、約0.2重量%~約1.2重量%であることを特徴とする、Al-Fe-Er系アルミニウム合金、が開示されている。
【0008】
上記特許文献3に記載のAl-Fe-Er系アルミニウム合金においては、Erを約0.2重量%から約1.2重量%添加することで、不純物を除去してAlを用いてL12析出物を形成し、析出促進効果を高めることで溶融物の品質を向上させる効果がある。その結果、熱安定性及び可塑性に優れたAl-Fe-Er系アルミニウム合金を提供することができる、とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2013-204087号公報
【文献】特開2015-127449号公報
【文献】特開2020-33598号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
Al-Fe系アルミニウム合金からなる部材は高温に保持される使用態様も多く、Al-Fe系アルミニウム合金には熱安定性も期待される。しかしながら、上記特許文献1のアルミニウム合金部材及び上記特許文献2の高成形用アルミニウム合金板材では熱安定性が考慮されていない。
【0011】
また、上記特許文献3のAl-Fe-Er系アルミニウム合金では熱安定性の付与が目的の一つとされているが、希土類元素であるErの添加によって高価になることに加え、Al-Fe系アルミニウム合金のリサイクル性も低下してしまう。
【0012】
以上のような従来技術における問題点に鑑み、本発明の目的は、優れた熱安定性を有し、希土類元素を含まないアルミニウム合金成形体及びその製造方法を提供することにある。より具体的には、200℃でも高い硬度を有するアルミニウム合金成形体及び当該アルミニウム合金成形体が複雑形状を有する場合であっても効率的に製造することができる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記目的を達成すべく、アルミニウム合金成形体及びその製造方法について鋭意研究を重ねた結果、Alと共晶を形成する遷移金属元素を適量含有するアルミニウム合金材を原料とし、積層造形法によってアルミニウム合金積層成形体を得ること等が極めて有効であることを見出し、本発明に到達した。
【0014】
即ち、本発明は、
積層造形法によって成形してなるアルミニウム合金積層成形体であり、
Alと共晶を形成する遷移金属元素を2~10質量%含有し、残部がAl及び不可避不純物からなるアルミニウム合金材を原料とし、
相対密度が98.5%以上であり、
金属組織は初晶α(Al)と、Alと前記遷移金属元素からなる化合物からなり、
メルトプールの境界部を除く領域の前記化合物の間隔が200nm以下であること、
を特徴とするアルミニウム合金成形体、を提供する。
【0015】
本発明のアルミニウム合金成形体においては、前記遷移金属元素がFeであり、前記化合物がAlFe系化合物であること、が好ましいが、遷移金属元素は本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の遷移金属元素を用いることができる。Fe以外の遷移金属元素としては、例えば、Ni及びCo等を挙げることができる。以下、主として、遷移金属元素がFeの場合について説明する。
【0016】
2~10質量%のFeを含むアルミニウム合金材を積層造形法によって急冷凝固させることで、本発明のアルミニウム合金成形体には微細なAlFe系化合物が大量に分散し、メルトプールの境界部を除く領域の当該AlFe系化合物の間隔が200nm以下となっている。その結果、転位の移動が抑制され、当該効果が高温まで維持されることから、本発明のアルミニウム合金成形体は高温における機械的性質の低下が少なく、優れた熱安定性を有している。AlFe系化合物の平均粒径は、20~100nmであることが好ましい。ここで、メルトプールの境界領域とは、メルトプールの境界からの距離が5μmまでの領域を意味する。
【0017】
また、本発明のアルミニウム合金成形体は積層造形法によって成形されており、複雑形状や中空構造体等であっても、任意の形状とすることができる。また、相対密度は98.5%以上となっている。なお、アルミニウム合金材の形状及びサイズは用いる積層造形法に応じて適当なものを選択すればよく、粉末状のアルミニウム合金材やワイヤー状のアルミニウム合金材を好適に用いることができる。
【0018】
また、本発明のアルミニウム合金成形体は積層造形法で得られたものであり、多数の急冷凝固領域の接合によって形成されていることから、鋳物等と比較して成形体全体としては均質な元素分布となっている。その結果、アルミニウム合金成形体の全体に極めて微細なAlFe系化合物が均一に大量分散している。
【0019】
なお、本発明のアルミニウム合金成形体の不可避不純物としては、Si、Cu、Mn、Mg、Zn、Cr及びTiを例示することができる。
【0020】
また、本発明のアルミニウム合金成形体においては、200℃におけるビッカース硬度が60HV以上であること、が好ましい。200℃で60HV以上のビッカース硬度を有することで、高温に保持されるエンジンピストン、ターボインペラ及びヒートシンク材等の用途に好適に用いることができる。また、エンジンピストンでは冷却性能が求められることがあり、高熱伝導で高温高強度材の適用が好ましい。ここで、200℃におけるより好ましい硬度は70HV以上であり、最も好ましい硬度は80HV以上である。
【0021】
また、本発明のアルミニウム合金成形体においては、室温における引張強度が240MPa以上であること、が好ましい。より好ましい引張強度は250MPa以上であり、最も好ましい引張強度は260MPa以上である。本発明のアルミニウム合金成形体においては、極めて微細なAlFe系化合物が大量かつ均一に分散していることから、高い引張特性を有している。アルミニウム合金成形体がこれらの引張特性を有していることで、強度及び信頼性が要求される用途においても好適に用いることができる。
【0022】
本発明のアルミニウム合金成形体においては、熱伝導率が100W/mK以上であること、が好ましい。本発明のアルミニウム合金成形体においては、Feが微細なAlFe系化合物を形成することで、Feの固溶量が低下し、強度と熱伝導率が高められている。加えて、当該AlFe系化合物の形成過程においてアルミニウム母材のひずみが大幅に低減されており、これらの効果によって高い熱伝導率が実現されている。
【0023】
また、本発明は、
Alと共晶を形成する遷移金属元素を2~10質量%含有し、残部がAl及び不可避不純物からなるアルミニウム合金材を積層造形法によって成形し、アルミニウム合金積層成形体を得る積層成形工程と、
前記アルミニウム合金積層成形体を200~400℃に保持し、Alと前記遷移金属元素からなる化合物を析出させると共に残留応力を低減する熱処理工程と、を有すること、
を特徴とするアルミニウム合金成形体の製造方法、も提供する。
【0024】
本発明のアルミニウム合金成形体の製造方法においては、前記遷移金属元素をFeとし、前記化合物がAlFe系化合物であること、が好ましいが、遷移金属元素は本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の遷移金属元素を用いることができる。Fe以外の遷移金属元素としては、例えば、Ni及びCo等を挙げることができる。以下、主として、遷移金属元素がFeの場合について説明する。
【0025】
2~10質量%のFeを含有するアルミニウム合金材を積層造形法によって成形することで、当該Feを固溶したアルミニウム母材からなる急冷凝固組織が形成され、その後、200~400℃に保持することで、AlFe系化合物を更に析出させると共に残留応力を低減することができる。熱処理温度を200℃以上とすることで、微細なAlFe系化合物が大量に析出し、AlFe系化合物同士の間隔を200nm以下とすることができる。また、熱処理温度を400℃以下とすることで、AlFe系化合物の粗大化を抑制してアルミニウム合金成形体のビッカース硬度等の機械的性質が低下することを防ぐことができる。
【0026】
例えば、Feの含有量が略2.5質量%の場合、200~400℃で1時間の熱処理を施すことによってビッカース硬度が増加し、70HV以上のビッカース硬度とすることができる。また、当該熱処理によって熱伝導率も向上させることができる。
【0027】
また、本発明の効果を損なわない限りにおいて、積層造形法は特に限定されず、従来公知の種々の積層造形法を用いることができる。積層造形法は原料金属を堆積することで所望の形状を有する成形体を得ることができる方法であり、例えば、粉末床溶融結合法や指向性エネルギー堆積法を挙げることができる。また、原料金属を溶融させるための熱源も本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の熱源を用いることができ、例えば、レーザや電子ビームを好適に用いることができる。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、優れた熱安定性を有し、希土類元素を含まないアルミニウム合金成形体及びその製造方法を提供することができる。より具体的には、200℃でも高い硬度を有するアルミニウム合金成形体及び当該アルミニウム合金成形体が複雑形状を有する場合であっても効率的に製造することができる方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【
図1】本発明のアルミニウム合金成形体の断面マクロ組織の模式図である。
【
図2】実施例1のアルミニウム合金成形体(積層造形まま)の断面マクロ観察結果である。
【
図3】比較例2のアルミニウム合金成形体(積層造形まま)の断面マクロ観察結果である。
【
図4】実施例1のアルミニウム合金成形体(積層造形まま)のメルトプール内部のSEM観察結果である。
【
図5】実施例2のアルミニウム合金成形体(積層造形まま)のメルトプール内部のSEM観察結果である。
【
図6】実施例1で得られたアルミニウム合金成形体に200℃で100時間の熱処理を施した後のメルトプール内部のSEM観察結果である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、図面を参照しながら本発明のアルミニウム合金成形体及びその製造方法についての代表的な実施形態について詳細に説明するが、本発明はこれらのみに限定されるものではない。なお、以下の説明では、同一又は相当部分には同一符号を付し、重複する説明は省略する場合がある。また、図面は、本発明を概念的に説明するためのものであるから、表された各構成要素の寸法やそれらの比は実際のものとは異なる場合もある。
【0031】
1.アルミニウム合金成形体
本発明のアルミニウム合金成形体は、積層造形法によって成形してなるアルミニウム合金積層成形体であり、Alと共晶を形成する遷移金属元素を2~10質量%含有し、残部がAl及び不可避不純物からなるアルミニウム合金材を原料とし、メルトプールの境界部を除く領域のAlと前記遷移金属元素からなる化合物の間隔が200nm以下であること、を特徴としている。以下、アルミニウム合金成形体の組成、組織及び各種物性について詳細に説明する。
【0032】
(1)組成
本発明のアルミニウム合金成形体は、Alと共晶を形成する遷移金属元素を2~10質量%含有し、残部がAl及び不可避不純物からなるアルミニウム合金材を原料としている。以下、成分元素について説明する。
【0033】
<遷移金属元素>
Fe:2~10質量%
Feを2質量%以上含有することで、AlFe系化合物の形成によりアルミニウム合金成形体の強度及び硬度の増加、熱安定性の向上を図ることができる。また、Feの含有量を10質量%以下とすることで、AlFe系化合物の粗大化に起因するアルミニウム合金成形体の靭性及び延性及び熱伝導率の低下を抑制すると共に、AlFe系化合物の粗大化に起因する強度及び硬度の低下も抑制することができる。Feの含有量は3~9質量%とすることが好ましく、4~8質量%とすることがより好ましい。
【0034】
本発明の効果を損なわない限りにおいて、遷移金属元素は特に限定されず、従来公知の種々の遷移金属元素を用いることができる。Fe以外の遷移金属元素としては、例えば、Ni及びCo等を挙げることができる。
【0035】
本発明のアルミニウム合金成形体の不可避不純物としては、Si、Cu、Mn、Mg、Zn、Cr及びTiを例示することができる。なお、希土類元素は積極的に除外されている。
【0036】
(2)組織
図1に、本発明のアルミニウム合金成形体の断面マクロ組織を模式的に示す。以下、遷移金属元素がFeの場合について詳述する。本発明のアルミニウム合金成形体2は積層造形法によって成形されたものであり、複数のメルトプール4が接合されたマクロ組織を有している。
【0037】
アルミニウム合金成形体2の鉛直方向及び水平方向におけるメルトプール4の個数は本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、アルミニウム合金成形体2が所望のサイズ及び形状となるように適宜調整すればよい。
【0038】
また、メルトプール4のサイズ及び形状も特に限定されないが、メルトプール4が大きくなると凝固時の冷却速度が低下する。即ち、アルミニウム合金成形体2の結晶粒微細化及びAlFe系化合物微細化の観点からは、冷却速度が大きくなるようにメルトプール4のサイズを小さくすることが好ましい。また、メルトプール4のサイズを低減すること自体もアルミニウム合金成形体2を高強度化することに加え、アルミニウム合金成形体2を均質化することができる。一方で、メルトプール4を小さくし過ぎるとアルミニウム合金成形体2の形成に必要なメルトプール4の数が増加するため、生産効率の観点からは、AlFe系化合物が十分に微細化される限りにおいて、メルトプール4のサイズは大きくすることが好ましい。
【0039】
メルトプール4の内部には、微細なAlFe系化合物が均一かつ大量に分散している。微細なAlFe系化合物が均一かつ大量に分散していることで、AlFe系化合物同士の間隔が200nm以下となっている。AlFe系化合物同士の間隔が200nm以下となっていることで、転位の移動を効率的に阻害してアルミニウム合金成形体2に良好な熱安定性が付与されている。また、粗大なAlFe系化合物は脆性的な性質を示し、アルミニウム合金成形体2の靭性及び延性を低下させる原因となるが、AlFe系化合物の平均粒径を100nm以下とすることで、これらの悪影響を抑制することができる。
【0040】
AlFe系化合物の平均粒径は20~100nmであることが好ましい。なお、メルトプール4の境界領域ではAlFe系化合物が粗大化する場合が存在するが、本明細書における「AlFe系化合物の間隔」及び「AlFe系化合物の平均粒径」は、アルミニウム合金成形体2の大部分を占めるメルトプール4の内部におけるAlFe系化合物を対象としている。
【0041】
AlFe系化合物の間隔及び平均粒径を求める方法は、本発明の効果を損なわない限り特に限定されず、従来公知の種々の方法で測定すればよい。例えば、アルミニウム合金成形体2を任意の断面で切断し、得られた断面試料を走査型電子顕微鏡で観察し、メルトプール4の内部におけるAlFe系化合物の間隔及び粒径の平均値を算出することで求めることができる。なお、観察手法に応じて、断面試料には機械研磨、バフ研磨、電解研磨及びエッチング等を施せばよい。
【0042】
(3)物性
アルミニウム合金成形体2の熱伝導率は100W/mK以上であることが好ましい。本発明のアルミニウム合金成形体2においては、Feが微細なAlFe系化合物を形成することで、Feの固溶量が低下し、強度と熱伝導率が高められている。加えて、当該AlFe系化合物の形成過程においてアルミニウム母材のひずみが大幅に低減されており、これらの効果によって高い熱伝導率が実現されている。
【0043】
アルミニウム合金成形体2の200℃におけるビッカース硬度は、60HV以上であることが好ましい。200℃で60HV以上のビッカース硬度を有することで、高温に保持されるヒートシンク材等の用途に好適に用いることができる。ここで、200℃におけるより好ましい硬度は70HV以上であり、最も好ましい硬度は80HV以上である。
【0044】
また、アルミニウム合金成形体2は、室温における引張強度が240MPa以上であることが好ましい。より好ましい引張強度は250MPa以上であり、最も好ましい引張強度は260MPa以上である。アルミニウム合金成形体2においては、極めて微細なAlFe系化合物が大量かつ均一に分散していることから、高い引張特性を有している。アルミニウム合金成形体2がこれらの引張特性を有していることで、強度及び信頼性が要求される用途においても好適に用いることができる。
【0045】
2.アルミニウム合金成形体の製造方法
本発明のアルミニウム合金成形体の製造方法は、Alと共晶を形成する遷移金属元素を2~10質量%含有するアルミニウム合金材を原料とし、積層造形法を用いてアルミニウム合金積層成形体を得る積層成形工程と、Alと前記遷移金属元素からなる化合物を析出させると共に残留応力を低減する熱処理工程と、を有している。以下、遷移金属元素がFeの場合を代表として、各工程について詳細に説明する。
【0046】
(1)積層成形工程
積層成形工程は、2~10質量%のFeを含有し、残部がAl及び不可避不純物からなるアルミニウム合金材を原料とし、積層造形法を用いてアルミニウム合金積層成形体を得るための工程である。
【0047】
積層成形法は3D-CADデータから得られる二次元(スライス)データに基づいて、溶融凝固領域を1層ずつ積み上げて加工する方法である。本発明のアルミニウム合金成形体の製造方法においては、例えば、原料としてアルミニウム合金粉末を使用し、堆積させた金属粉末をレーザ等の照射によって溶融凝固させながら、1層ずつ積層することで、三次元の成形体を得ることができる。
【0048】
本発明の効果を損なわない限りにおいて、積層造形法は特に限定されず、従来公知の種々の積層造形法を用いることができる。また、原料金属を溶融させるための熱源も本発明の効果を損なわない限りにおいて特に限定されず、従来公知の種々の熱源を用いることができ、例えば、レーザや電子ビームを好適に用いることができる。
【0049】
ここで、アルミニウムはレーザを吸収し難く、高い熱伝導率に起因して熱が拡散しやすいため、積層造形法によって高い密度を有するアルミニウム合金成形体を得ることが困難である。よって、アルミニウム合金成形体2の密度を増加させるためには、波長が短いレーザを用いることが好ましく、例えば、Ybファイバーレーザを好適に用いることができる。
【0050】
(2)熱処理工程
熱処理工程は、積層造形法を用いて得られたアルミニウム合金積層成形体を適当な温度で熱処理し、AlFe系化合物を析出させると共に残留応力を低減するための工程である。
【0051】
2~10質量%のFeを含有するアルミニウム合金材を積層造形法によって成形することで、当該Feを固溶したアルミニウム母材からなる急冷凝固組織が形成される。その後、当該アルミニウム合金積層成形体を200~400℃に保持することで、AlFe系化合物を析出させると共に残留応力を低減することができる。保持時間はアルミニウム合金積層成形体のサイズ及び形状に応じて適宜調整すればよいが、1~100時間とすることが好ましい。
【0052】
熱処理温度を200℃以上とすることで、AlFe系化合物を十分に析出させて、メルトプール4の内部におけるAlFe系化合物の間隔を200nm以下とすることができる。また、熱処理温度を400℃以下とすることで、AlFe系化合物の粗大化を抑制してアルミニウム合金成形体2のビッカース硬度等の機械的性質が低下することを防ぐことができる。より好ましい熱処理温度は225~375℃であり、最も好ましい熱処理温度は250~350℃である。
【0053】
以上、本発明の代表的な実施形態について説明したが、本発明はこれらのみに限定されるものではなく、種々の設計変更が可能であり、それら設計変更は全て本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0054】
≪実施例≫
レーザを用いた粉末床溶融結合方式の積層造形法により、表1に示す組成(質量%)を有する50%粒子径が40~50μmのアルミニウム合金粉末を原料としてアルミニウム合金成形体を得た。積層造形に使用した造形機はYbファイバーレーザを備える3D Systems社製のProX320及び松浦機械製作所製のLUMEX Avance-25である。
【0055】
【0056】
より具体的には、積層条件をレーザ出力:320~460W、走査速度:700~1200mm/s、走査ピッチ:0.10~0.18mm、雰囲気:不活性ガス、としてアルミニウム合金成形体を得た。
【0057】
次に、得られたアルミニウム合金成形体を大気中、300℃、350℃、400℃、450℃、475℃、500℃、525℃、550℃の各温度で1時間保持した。
【0058】
[評価試験]
(1)微細組織
得られたアルミニウム合金成形体から断面観察用試料を切り出し、鏡面研磨を施して組織観察用試料とした。観察には光学顕微鏡及び走査電子顕微鏡(Carl Zeiss製,ULTRA Plus型)を用い、断面のマクロ組織及びメルトプール内に分散しているAlFe系化合物を観察した。
【0059】
(2)ビッカース硬度測定
(1)と同様にして断面試料を作製し、ビッカース硬度を測定した。測定荷重を5kgf、保持時間を15sとして測定を行った。加えて、200℃、250℃、300℃、350℃の各温度における高温ビッカース硬度も測定した。高温ビッカース硬さはインテスコ製のHTM-1200II型(圧子の材質:サファイヤ)を用いて測定し、測定荷重を1000~3000gf、保持時間を30秒とした。また、試料の昇温速度を10℃/分とし、温度到達後5分保持後に測定を開始した。
【0060】
(3)引張試験
得られたアルミニウム合金成形体よりJIS-Z2241に定められる14A号試験片を採取し、室温にて引張試験を行った。引張試験時のクロスヘッドスピードは0.2%耐力までは0.1~0.5mm/分とし、0.2%耐力以後は5mm/分とした。加えて、200℃、250℃、300℃、350℃の各温度における引張特性も評価した。高温における引張試験においては、引張試験片を各測定温度において100時間保持した後、引張試験に供した。
【0061】
(4)熱伝導率
熱伝導率測定装置(アルバック理工製,熱定数測定装置TC-9000型)を用い、レーザフラッシュ法により熱伝導率を測定した。熱伝導率測定用試験片はφ10mmとし、円板の両面が厚さ約2mmとなるように研磨した。
【0062】
≪比較例≫
表1に比較例1及び比較例2として示す組成のアルミニウム合金粉末を原料としたこと以外は実施例と同様にして、アルミニウム合金成形体を得た。また、実施例と同様にして熱処理を行い、得られたアルミニウム合金成形体について実施例と同様の評価を行った。
【0063】
実施例1及び比較例2のアルミニウム合金成形体(積層造形まま)の断面マクロ写真を
図2及び
図3にそれぞれ示す。いずれのアルミニウム合金成形体も多数のメルトプールの接合によって形成していることが分かる。また、顕著な欠陥は認められず、緻密なアルミニウム合金成形体が得られていることが確認できる。
【0064】
実施例1及び実施例2のアルミニウム合金成形体(積層造形まま)のメルトプール内部におけるAlFe系化合物の観察結果を
図4及び
図5にそれぞれ示す。いずれのアルミニウム合金成形体においても、極めて微細なAlFe系化合物が均一かつ大量に分散しており、AlFe系化合物同士の間隔は200nm以下となっている。
【0065】
実施例1、実施例2、比較例1及び比較例2のアルミニウム合金成形体の熱伝導率及びビッカース硬度を表2に示す。実施例1のアルミニウム合金成形体は、微細なAlFe系化合物が均一かつ大量に分散していることにより、比較例1及び比較例2のアルミニウム合金形成体よりも高いビッカース硬度を有している。また、熱処理温度が300~400℃の場合は積層造形ままよりも硬度が増加しており、熱処理温度が500℃及び550℃の場合も50HV以上の硬度となっている。加えて、実施例1のアルミニウム合金成形体の熱伝導率は、熱処理によって170W/mK以上となっている。更に、実施例2のアルミニウム合金成形体は高温でも高いビッカース硬度を有していることに加え、100W/mK以上の熱伝導率を有している。
【0066】
【0067】
実施例1、実施例2及び比較例2のアルミニウム合金成形体の高温ビッカース硬度を表3に示す。実施例1及び実施例2のアルミニウム合金成形体は、高温に保持しても高いビッカース硬度を維持しており、200℃で60HV以上、250℃で55HV以上となっている。これに対し、比較例2のアルミニウム合金成形体は、高温では硬度が顕著に低下している。
【0068】
【0069】
実施例1、実施例2及び比較例2のアルミニウム合金成形体(積層造形まま)について、引張特性を表4に示す。実施例で得られたアルミニウム合金成形体については、いずれの場合も、高い引張強度と耐力を有している。なお、アルミニウム成形体の相対密度は、実施例1:98.9%、実施例2:99.8%、比較例2:98.8%である。
【0070】
【0071】
実施例1、実施例2及び比較例2のアルミニウム合金成形体(積層造形まま)について、高温での引張特性を表5に示す。実施例で得られたアルミニウム合金成形体については、高温でも高い引張強度と耐力を有していることが分かる。なお、実施例2の250℃及び300℃については、伸びが小さく正確な0.2%耐力を算出することができなかった。
【0072】
【0073】
実施例1で得られたアルミニウム合金成形体(積層造形まま)に関して、200℃で100時間保持後のメルトプール内部のAlFe系化合物の観察結果を
図6に示す。高温で長時間の熱処理後もAlFe系化合物は微細な状態(平均粒径:20~100nm)を維持しており、AlFe系化合物同士の間隔は200nm以下となっている。
【符号の説明】
【0074】
2・・・アルミニウム合金成形体、
4・・・メルトプール。