IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 東洋製罐グループホールディングス株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-金属加工物 図1
  • 特許-金属加工物 図2
  • 特許-金属加工物 図3
  • 特許-金属加工物 図4
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-10-11
(45)【発行日】2022-10-19
(54)【発明の名称】金属加工物
(51)【国際特許分類】
   B21D 51/26 20060101AFI20221012BHJP
   B21D 22/28 20060101ALI20221012BHJP
   B65D 1/12 20060101ALI20221012BHJP
【FI】
B21D51/26 X
B21D22/28 L
B21D22/28 B
B65D1/12
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2018058484
(22)【出願日】2018-03-26
(65)【公開番号】P2019166561
(43)【公開日】2019-10-03
【審査請求日】2021-02-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000003768
【氏名又は名称】東洋製罐グループホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100075177
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 尚純
(74)【代理人】
【識別番号】100113217
【弁理士】
【氏名又は名称】奥貫 佐知子
(74)【代理人】
【識別番号】100186897
【弁理士】
【氏名又は名称】平川 さやか
(72)【発明者】
【氏名】熊谷 拓甫
(72)【発明者】
【氏名】城石 亮蔵
(72)【発明者】
【氏名】松本 尚也
(72)【発明者】
【氏名】島村 真広
(72)【発明者】
【氏名】小川 智裕
【審査官】石川 健一
(56)【参考文献】
【文献】特表2017-512135(JP,A)
【文献】国際公開第2017/033791(WO,A1)
【文献】特開2010-227971(JP,A)
【文献】特開2014-128813(JP,A)
【文献】特開2013-163187(JP,A)
【文献】特開2010-240990(JP,A)
【文献】特開平10-137861(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21D 51/26
B21D 22/28
B65D 1/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
しごき加工により得られるブランク缶において、
缶胴部の外面について、周方向に測定した算術平均粗さRa1と高さ方向に測定した算術平均粗さRa2との比Ra1/Ra2が0.5~1.5であり、前記算術平均粗さRa1が0.030μm以下であり、
多角度分光測色計を使用し、胴部外表面での反射光をLCH法により評価したとき、高さ方向および高さ方向に直交する方向に45度で入射した入射光に対する正反射光を基準として、高さ方向の正反射光に対して15度の角度を有する反射光の明度L15h値と高さ方向に直交する方向の正反射光に対して15度の角度を有する反射光の明度L15w値との比L15w/L15hが0.7~1.3であり、且つ、前記高さ方向の明度L15h値が50より大きいことを特徴とするブランク缶。
【請求項2】
アルミニウム合金製である、請求項1に記載のブランク缶。
【請求項3】
請求項1に記載の絞りしごきブランク缶の製造方法であって、
金属製の円板に絞り加工を施して得た絞り缶に、ダイヤモンド膜が設けられており且つ表面粗さRaが0.1μm以下の加工面を有するしごき加工用ダイを使用して、クーラントを用いたウエット条件下で絞りしごき加工を施して絞りしごきブランク缶を得ることを特徴とする絞りしごきブランク缶の製造方法。
【請求項4】
35,000缶以上連続して製缶を行う請求項3に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば絞りしごきブランク缶等の金属加工物に関し、より詳細には、塑性加工時における被加工表面の傷つきが抑制された金属加工物に関する。
【背景技術】
【0002】
飲料缶等に広く使用されているアルミニウム缶として、クーラント等の液体を使用する絞りしごき加工を行って製造される2ピースアルミニウム缶(DI缶)がある。アルミニウム缶は、一般的に工場で連続生産されるのであるが、製缶数が増えるにつれ、絞りしごき加工に用いるしごき加工用ダイに被加工部材の金属が焼き付いて凝着するという問題がある。金属が凝着したしごき加工用ダイを使い続けると、胴部外面にしごき方向に平行に、つまり缶高さ方向に細かな縦傷が付く。缶胴部外面に縦傷が付くと、胴部外面の鏡面性が低下する、見る方向によって鏡像の見え方が変わるなど外観が損なわれてしまう。そのため、凝着抑制技術の確立が求められている。
【0003】
かかる要求に応える技術として、特許文献1には、しごき加工における少なくとも最終段のしごきパスのダイスとして、ダイス基材における金属素板に接する側の面にビッカース硬さ2500以上の硬質薄膜が被覆されかつその硬質薄膜の表面粗さRaが0.05μm以下とされたダイスを用いる、絞りしごき加工法が提案されている。即ち、特許文献1の絞りしごき加工法では、平滑な硬質皮膜が設けられたダイスを用いてしごき加工を行うことで、ダイス表面への金属の凝着を抑制している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開平10-137861
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、本発明者等が検討したところ、特許文献1に開示されているダイスの硬質皮膜はダイヤモンドライクカーボン等からできており、かかる硬質皮膜は、はがれやすく耐久性が低い、高い面圧がかかる条件下では凝着抑制効果が不十分である等の問題を有している。そのため、特許文献1の絞りしごき加工法は、加工条件が過酷な飲料缶等の製造に適用できず、適用分野が限られている。
【0006】
また、本発明者等は以前、線状の加工痕等がついておらず平滑で光輝性に優れた缶について特許出願をした(特願2016-208532および特願2016-208533)。しかし、かかる缶は、主に、クーラントを使用しない所謂ドライ条件で絞りしごき加工を行って得られるものである。絞りしごき加工は、クーラントを使用するウェット条件で行うことがほとんどであり、ウェット条件下で絞りしごき加工を行う場合にも適用することができる凝着回避技術の確立が求められている。
【0007】
従って、本発明の目的は、薄肉化または小径化を目的とする塑性加工時における被加工表面の傷つきが抑制された金属加工物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明によれば、しごき加工により得られるブランク缶において、
缶胴部の外面について、周方向に測定した算術平均粗さRa1と高さ方向に測定した算術平均粗さRa2との比Ra1/Ra2が0.5~1.5であり、前記算術平均粗さRa1が0.030μm以下であり、
多角度分光測色計を使用し、胴部外表面での反射光をLCH法により評価したとき、高さ方向および高さ方向に直交する方向に45度で入射した入射光に対する正反射光を基準として、高さ方向の正反射光に対して15度の角度を有する反射光の明度L15h値と高さ方向に直交する方向の正反射光に対して15度の角度を有する反射光の明度L15w値との比L15w/L15hが0.7~1.3であり、且つ、前記高さ方向の明度L15h値が50より大きいことを特徴とするブランク缶が提供される。
【0009】
本発明のブランク缶においては、次の態様が好適である。
(1)アルミニウム合金製である。
(2)絞りしごき加工により得られる絞りしごきブランク缶である。
【0011】
また、本発明によれば、上記の絞りしごきブランク缶の製造方法であって、
金属製の円板に絞り加工を施して得た絞り缶に、ダイヤモンド膜が設けられており且つ表面粗さRaが0.1μm以下の加工面を有するしごき加工用ダイを使用して、クーラントを用いたウエット条件下で絞りしごき加工を施して絞りしごきブランク缶を得ることを特徴とする絞りしごきブランク缶の製造方法が提供される。
かかる製造方法においては、35,000缶以上連続して製缶を行うことが好適である。
【0012】
尚、絞りしごきブランク缶とは、絞りしごき加工により得られ、ネックイン加工等が施される前の成形体を意味する。また、被加工表面は、塑性加工により凝着原因の一つである摩耗粉が生じ得る表面を意味し、例えば絞りしごきブランク缶の場合は胴部外面を意味する。2本のロールの間に金属板を通過させる圧延加工により得られる圧延板の場合、表裏両面が被加工表面となる。
【発明の効果】
【0013】
本発明は、絞りしごき加工により得られる絞りしごきブランク缶のように、薄肉化または小径化を目的とする塑性加工により得られる金属加工物である。本発明の金属加工物においては、被加工表面の表面粗さを加工方向と加工方向に直交する方向とで測定すると、両方で低い。これは、被加工表面に加工方向に延びる線状の加工痕が付いていないことを示しており、即ち、本発明の金属加工物では、塑性加工時、特に連続製缶の際の絞りしごき加工時における被加工表面の傷つきが抑制されていることを示している。
【0014】
このように被加工表面の傷つきが抑制された金属加工物は、ダイヤモンド膜が設けられており且つ表面粗さRaが0.1μm以下の加工面を有する金型を用いての塑性加工により、安定して連続生産することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明の一態様であるブランク缶の概略側断面図。
図2】ブランク缶を製造するための打ち抜き加工及び絞り加工の概略を示す図。
図3図2の絞り加工後に実施される再絞りしごき加工の概略を示す図。
図4】多角度分光測色計を用いた反射光の評価原理を説明する図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は金属加工物に関し、その一態様として、例えば絞りしごきブランク缶(以下、単にブランク缶と呼ぶ。)がある。ブランク缶は、後述するしごき加工により得られ、ネックイン加工等の後加工が行われる前の成形体であり、従って、図1に示すように極めてシンプルな形態を有している。以下、ブランク缶で以て本発明を詳細に説明する。
【0017】
図1を参照して、10で示す本態様のブランク缶は、全体として有底筒状形状を有しており、上端から下方に延びているストレートな胴部1と、胴部1の下端に連なる底部3とからなる。
【0018】
本態様のブランク缶10では被加工表面である胴部外面に、缶高さ方向に長い縦傷がほとんどついていない。かかるブランク缶は以下のようにして製造される。
<ブランク缶の製造>
本態様のブランク缶は、主としてそれ自体公知の金属板を用いての成形加工により製造される。成形加工に供される金属板、例えばアルミニウム板は、純アルミニウムであってもよいし、アルミニウムと他の金属との合金、例えば、マグネシウムやマンガンなどを含むアルミニウム合金であってもよい。また、板材は鉄やチタン、マグネシウム等の他の金属ないし他の金属を主原料とする合金であってもよいし、ブリキ等のメッキ板でもよい。金属板は、アルミニウム合金製が好ましい。
【0019】
金属板の表面は、樹脂被覆されていてもよく、例えば、ポリエチレンテレフタレートに代表されるポリエステル樹脂などの熱可塑性樹脂フィルムが積層されていてもよい。缶内面側の表面は、缶内面の耐腐食性等が高められるので樹脂被覆するか、あるいは成形加工後の缶内面にスプレー等の手段を用いて塗膜を形成することが好ましい。缶外面側の表面は、鏡面性が損なわれるので、樹脂被覆をしないか、するとしても100nm未満の厚みとすることが好ましい。また、金属板の表面には、陽極酸化、化成処理等によって処理膜が形成されていてもよいが、鏡面性が損なわれるので形成しない方が好ましい。
【0020】
上記のような金属板を用いての成形加工は、打ち抜き加工、絞り加工および再絞りしごき加工により行われる。図2は、この成形加工における打ち抜き加工及び絞り加工の概略を示す。図3には、再絞りしごき加工の概略が示されている。
【0021】
図2を参照して、前述した金属素材からなる素板11は、先ず、打ち抜き加工に付せられ、これにより、缶用の円板(ブランク)13が得られる(図2(a)参照)。
かかる打ち抜き加工では、円板13の直径に相当する外径を有する打ち抜き用パンチ15と、素板11を保持し且つ円板13の直径に相当する開口を有するダイ17が使用される。パンチ15でダイ17上に保持された素板11を打ち抜くことにより、所定の大きさの円板13が得られる。
【0022】
得られた円板13は、絞り加工に付せられ、これにより、ハイトの低い絞り缶(有底筒状体)19が得られる(図2(b)参照)。
かかる絞り加工においては、ダイ21上に円板13が保持される。円板13の周囲はしわ押え用の治具23によって保持されている。ダイ21には、開口が形成されており、絞り用のパンチ25を用いてダイ21の開口内に円板13を押し込むことにより、絞り缶19が得られる。
【0023】
上記のダイ21の開口の上端のコーナー部(円板13を保持している側)にアール(曲率部)が形成されており、円板13が速やかに且つ折れることなく、ダイ21の開口内に押し込まれるようになっている。パンチ25の外径は、円板13のほぼ厚みに相当する分だけ、ダイ21の開口の径よりも小さく設定されている。よって、この絞り加工では、薄肉化はほとんど行われない。
【0024】
次いで、上記で得られた絞り缶19は、図3に示す再絞りしごき加工に付せられる。これにより、ハイトが高く且つ小径化されたブランク缶基体(ブランク缶)10が成形される。
【0025】
図3に示されている再絞りしごき加工では、リング形状のリドローダイ31および複数のしごき加工用ダイ33a~33cが、この順に配列されており、加工方向に対して最も下流側に位置しているしごき加工用ダイ33cの下流側には、ガイドリング35が配置され、さらに下流側には、底部成形を行う保持リング37及び保持ロッド37aが、この順に設けられている。
上記のしごき加工用ダイ33a~33cは、加工方向下流側にいくにしたがって段階的に小径となるような形状を有しており、薄肉化が行われるようになっている。
【0026】
再絞りしごき加工に際しては、上記の絞り缶19をリドローダイ31上にホルダ41により保持しておき、この状態で絞り缶19の内部にしごき加工用のパンチ43を挿入し、ダイ31、33a~33cの内面(加工面)に絞り缶19の外面を圧接しながら、パンチ43を加工方向に移動させることにより、再絞りしごき加工が行われ、絞り缶19の側壁が薄肉化されていく。これにより、薄肉化され且つ薄肉化の程度に応じてハイトが高くなったブランク缶10が得られることとなる。ウェット条件ではこの時、被加工表面に対して適宜クーラント等の液体が供給されて潤滑切れが発生しない様になっている。
【0027】
また、上記のしごき加工用のパンチ43の先端部は、前述したブランク缶10の底部3に対応して先細りのテーパー形状を有している。保持リング37は、加工方向に沿ってスライド可能に設けられており、リング内中央部には、保持ロッド37aが挿入されており、保持リング37の内周面と保持ロッド37aの上端は、ブランク缶10の底部に対応する形状を有している。
即ち、絞り缶19は、しごき加工用パンチ43により、上述したダイ31、33a~33cを通して押し出され、さらに、しごき加工された絞り缶19の加工品の底部は、保持リング37および保持ロッド37aに押し付けられ、これにより、所定の底部の形態が賦形され、ブランク缶10が得られる。このようにしてブランク缶10が成形されると、しごき加工用パンチ43が加工方向上流側に移動し、得られたブランク缶10をガイドリング35が保持することでしごき加工用パンチ43から引き抜かれ、ブランク缶10が取り出される。
このブランク缶10は、トリミング、ネックイン加工、巻き締め加工等の後加工に付されて使用に供される。
【0028】
図3では、しごき加工用ダイが3個配置されており、3段でしごき加工が行われるようになっているが、このしごき加工用ダイの数は3個に限定されるものではなく、目的とする薄肉化や缶のハイトに応じて、適宜の数とすることができ、1個のダイで1段でのしごき加工とすることもできるし、2またはそれ以上の数のダイを配置して、複数段でのしごき加工とすることができる。勿論、しごき加工用ダイを複数個、加工方向に沿って配列し、しごき加工を多段で行う場合には、上記でも説明したように、加工方向下流側にいくにしたがい、その内径(加工径)が小さくなっている。
例えば、上記のようなしごき加工は、通常下記式で定義されるしごき率が50%以下となるように、適宜の径及び数を有するしごき加工用ダイを用いて行われる。
しごき率(%)={(しごき加工前の厚み-しごき加工後の厚み)/しごき加工前の厚み}×100
【0029】
しごき加工は、クーラント等の液体を流しながらのウェット条件下で行うこともできるし、クーラント等を使用せずドライ条件下で行うこともできる。平滑な外面を容易に得ることができるという観点から、ウェット条件下でしごき加工を行うことが好適である。
【0030】
後で詳述するが、再絞りしごき加工をウェット条件で行った場合、最終的に得られるブランク缶の胴部外面は、ドライ条件の場合に比べて白っぽい。これは、金型と被加工表面との間にクーラントが介在するため、胴部外面への金型表面の転写率が低く、胴部外面が粗面化し、全反射光における乱反射光の割合が高くなるからである。
【0031】
本発明においては、しごき加工用ダイ33a~33cとして、加工面(しごき加工される絞り缶19の外面に接触する面)にダイヤモンド膜が設けられているものを用いること及びこのダイヤモンド膜は表面研磨により平滑度の高い面となっていることが必要である。勿論、3個以外の数のダイを配置してしごき加工を行う場合においても、少なくとも最終段のしごき加工用ダイは、かかるダイヤモンド膜を加工面に備えていることが必要である。
【0032】
かかるダイヤモンド膜を備えたダイを用いてのしごき加工により、得られるブランク缶10の外面にしごき方向に線状加工痕がつくことを有効に回避する。ダイヤモンド膜は化学的に安定で被加工部材の金属との反応性が低く、また、硬度が高いため耐久性にも優れているからである。DLC膜でさえも、ダイヤモンド膜の硬度に及ばない。
【0033】
従来広く採用されてきたしごき加工用ダイの表面を形成する素材として超硬合金があるが、被加工部材の金属は、表面の超硬合金に焼き付いて凝着する。凝着が生じたダイを使い続けると、缶高さ方向に長い縦傷が缶胴部外面に付き、いずれ破胴に至る。
例えば飲料缶製造工場で缶を連続して製造する場合では、表面が超硬合金製のしごき加工用ダイの場合、製缶速度等の条件にもよるが通常数時間ごとに凝着した金属を除去する作業が必要になる。ダイヤモンド膜であれば、作業頻度は各段に少なくなる。実際、後述の実施例に示されているように、研磨せずに同じ金型を使って連続製缶する場合、全体が超硬合金製の金型では製缶数が増えるにつれ胴部外面周方向の粗さが粗くなっていき、35,000缶以降では本発明の規定(Ra1/Ra2)を満たすブランク缶はできなかったが、ダイヤモンド膜を表面に設けた金型では、35,000缶以降でも製缶開始時の粗さと変わりがなく、最終的に160,000缶を超えても製缶開始時の粗さと変わらなかった。
【0034】
また、近年注目されている表面被膜としてダイヤモンドライクカーボン膜(DLC膜)があるが、DLC膜は、ダイヤモンド膜に比べて不純物を多く含み結晶性が低い。そのため、DLC膜は剥がれやすく耐久性が低い。更に、飲料缶の連続製造におけるしごき加工では、しごき加工用ダイに特に高い面圧が繰り返しかかるが、DLC膜の場合、このような高面圧下では凝着抑制効果が低いこともわかっている。
【0035】
ダイヤモンド膜は、通常使用される剛性基材からなるしごき加工用ダイ33a~33cの少なくとも加工面に設けられる。かかる剛性基材としては、高い面圧を伴う過酷なしごき加工に耐え得る剛性を有し、且つダイヤモンド膜の成膜時の高温加熱に耐える耐熱性を有する材料が使用される。このような材料としては、例えば、タングステンカーバイド(WC)とコバルトなどの金属バインダーとの混合物を焼結して得られる所謂超硬合金や、炭化チタン(TiC)などの金属炭化物や炭窒化チタン(TiCN)などのチタン化合物とニッケルやコバルトなどの金属バインダーとの混合物を焼結して得られるサーメット、あるいは炭化ケイ素(SiC)、窒化ケイ素(Si)、アルミナ(Al)、ジルコニア(ZrO)といった硬質セラミックスなどを挙げることができる。
【0036】
また、上記のような剛性基材からなるしごき加工用ダイ(しごきダイス)の加工面に形成されるダイヤモンド膜としては、特に制限されないが、例えば下記式(1):
/I (1)
式中、
は、炭素膜表面のラマン分光スペクトルにおける1333±10cm-1
の最大ピーク強度であり、
は、炭素膜表面のラマン分光スペクトルにおける1500±100cm-1
での最大ピーク強度である、
で表される強度比が1.0以上、好ましくは1.2以上である膜が好適である。
【0037】
ピーク強度Iは、膜中のダイヤモンド成分に由来し、ピーク強度Iは、膜中のグラファイト成分に由来する。従って、上記のピーク強度比が大きいほど、グラファイトの含有量が少なく、よりダイヤモンド結晶に近い膜(高純度のダイヤモンド膜)ができている。
このようなダイヤモンド膜は、ビッカース硬度が8000以上と著しく高硬度な膜であり、化学的安定性が高く、界面での被加工材との反応が抑制される。これにより、すべり性が良好となるため、過酷なしごき加工に対する耐性が極めて高い。ピーク強度比が上記範囲よりも小さいダイヤモンド膜は、グラファイト等のダイヤモンド成分以外の成分を多く含んでおり、すべり性が低く、また、しごき加工に対する耐性も低く、成形不良を生じ易い。
尚、ピーク強度比が過度に大きいと、膜が脆くなり、耐久性が損なわれる虞があるため、上記のピーク強度比は5以下であることが好ましい。
【0038】
上記のようなピーク強度比を有するダイヤモンド膜は、プラズマCVD法、例えば熱フィラメントCVD、マイクロ波プラズマCVD、高周波プラズマCVD等の公知の方法で剛性基材の表面に成膜することにより作製される。
【0039】
成膜に際しては、原料ガスとして、一般に、メタン、エタン、プロパン、アセチレン等の炭化水素ガスを水素ガスで1%程度に希釈したガスが使用され、この原料ガスには、膜質や成膜速度の調整のために、適宜、酸素、一酸化炭素、二酸化炭素等のガスが少量混合されることもある。かかる原料ガスを使用し、上記剛性基材を700~1000℃の高温に加熱し、マイクロ波や高周波等によりプラズマを発生させ、プラズマ中で原料ガスを分解して活性種を生成し、剛性基材上でダイヤモンド結晶を成長させることにより成膜が行われる。成膜に際しては、プラズマ中で解離した水素原子が、剛性基材上に生成したグラファイトやアモルファスカーボンを選択的にエッチングし、これにより、ダイヤモンド成分を多くし、膜のラマン分光スペクトルのピーク強度比を前述した範囲内とすることができる。
【0040】
蒸着等の手段により形成されるダイヤモンド膜、特に上記のようなピーク強度比を有するダイヤモンド膜は、成膜に際してグラファイトやアモルファスカーボンのエッチングを伴うため、ダイヤモンド結晶が成長しやすく粗面である。ダイヤモンド膜は硬質であり、過酷なしごき加工に耐えるが、そのままダイヤモンド膜表面を研磨せずにしごき加工に付すると、破胴して成形ができないか、できたとしても缶胴部外面を平滑にすることができない。よって、ダイヤモンド膜は表面研磨により平滑度の高い面としておくことが大切である。
【0041】
例えば、平滑な胴部外面を有するブランク缶を得るためには、ダイヤモンド膜の表面粗さRa(JIS B-0601-1994)が0.1μm以下、特に0.05μmとなるように表面研磨が行われる。下限は、通常0.005μmである。
【0042】
ダイヤモンド膜の表面研磨は、それ自体公知の方法で行うことができる。例えば、ダイヤモンド砥粒(砥石)を用いて、炭素膜の共削り加工を行う機械的な研磨方法でもよいし、化学作用を利用した研磨方法でもよい。これらの機械的および化学的手法を複合した研磨方法でもよい。
【0043】
上記した打ち抜き加工、絞り加工および再絞りしごき加工によって胴部外面が平滑な本態様のブランク缶を得ることができる。
【0044】
<ブランク缶の表面>
(表面粗さ)
再び図1に戻って、かくして得られる本態様のブランク缶10では、連続製缶により得られたものであっても、その胴部1の外面の周方向、即ち加工方向に直交する方向に測定した算術平均粗さRa1と、高さ方向、即ち加工方向に測定した算術平均粗さRa2との比Ra1/Ra2が0.5~1.5、好ましくは0.8~1.2と1に近い値を示す。更に、胴部1の外面の周方向算術平均粗さRa1の値は、0.030μm以下が好ましい。
尚、胴部外面に細かな縦傷が付いていると、縦傷が付いていない場合と比べて、缶高さ方向の表面粗さRa2はあまり変わらないが、周方向の表面粗さRa1の値が大きくなり、その結果、比Ra1/Ra2も大きくなる。
【0045】
胴部1の外面の最大高さ表面粗さRz(JIS-B-0601-2001)もまた、算術平均粗さRaと同じく、連続製缶により得られたものであっても、周方向Rz1と高さ方向Rz2との比Rz1/Rz2が1に近い値を示しており、具体的には、0.6~1.4を示す。
【0046】
(鏡面性)
このように本態様のブランク缶は、連続製缶により製造されたものであっても、平滑な胴部外面を有しており、即ち、胴部外面が鏡面のようになっている。
【0047】
鏡面性は、具体的には、正反射率により評価することができる。鏡面性が高いと、正反射率が高く、乱反射による光の散乱が少ない。本発明では、多角度分光(マルチアングル)測色計を用い、400~800nmの波長の光を被加工表面に対して5度の角度で周方向に入射したとき、いずれの波長の入射光も正反射率が高く、好適には波長680±50nmにおいて73~90%となっている。
【0048】
更に、缶高さ方向に光を入射した以外は同様にして正反射率を測定したときもまた、いずれの波長の入射光も正反射率が高く、好適には波長680±50nmにおいて73~90%となっている。このように、本発明では、周方向で測定した正反射率も缶高さ方向で測定した正反射率も高い値を示し、即ち、高い鏡面性を有しているだけでなく、その高い鏡面性が見る方向を変えても維持されている。
尚、胴部外面に加工痕が付いていると、缶高さ方向の正反射率はあまり変わらないが、周方向の正反射率が低下する。
【0049】
鏡面性の有無は、上記した通り正反射率の観点から確認できるが、それ以外に、多角度分光(マルチアングル)測色計で被加工表面を測定し、乱反射光を観察することによっても確認することができる。
【0050】
特に、缶胴外面等の曲面からなる被加工表面を、蛍光灯の下など入射光の光量が多い状況で目視観察すると、被加工表面に映る光源の鏡像が白く眩しく、被加工表面に傷が入っているか否かが眩しさに隠れて判断しづらいが、そうした場合でも、通常、乱反射の状態(光源の鏡像の周辺に映る像の明度など)を目視確認することにより鏡面性の有無を確認できる。このように極端に明るい環境での目視観察条件に対応する測定として、乱反射光を測定することには意味がある。
【0051】
多角度分光測色計の原理を、図4を参照して説明する。図4において、所定の基板表面51(ブランク缶の胴部外面に相当)に対して45度方向に入射した光(入射光)の正反射光は、基板表面51の垂線に対して軸対称かつ基板表面51に対して45度方向に反射する光である。様々な角度から被加工表面を目視することを想定し、正反射光に対してそれぞれ15、30、45度の方向に反射した光の成分を測定する。尚、一般に、正反射光に対して45度より大きい角度を有する乱反射光は少ないと言われている。
【0052】
具体的には、被加工表面(ブランク缶では胴部外面)について、多角度分光測色計を用いて、LCH法により、正反射光に対して上述した角度を有する反射光のL値(明度)を測定する。
【0053】
ここで、LCH法について説明する。色空間を表示する方法には、L*a*b*法(Lab法とも呼ぶ)とLCH法が知られており、L*a*b*法は、色空間をデカルト座標(直交座標)で表示するのに対し、LCH法は、極座標で表示する。LCH法では、L、C及びhにより色表示され、これらは以下の意味を有している。Lは明度(明るさ)を示し、数字が0に近いほど暗く、大きいほど明るいことを示す。一方、Cは彩度(鮮やかさ)を意味し、この数値が小さい場合には色が濁っており、この数値が大きい程色が鮮やかであることを示す。hは色相角度であり、0~360の範囲の値である。0~90で赤、オレンジ、黄色、90~180で黄、黄緑、緑、180~270で緑、シアン(青緑)、青、260~360で青、紫、マゼンタを示す。
【0054】
本発明では、缶高さ方向に45度で入射した入射光に対する正反射光を基準として、この正反射光に対して15~45度(15度刻み)の角度を有する反射光のL値(明度)を測定し、更に、周方向に光を入射させた点以外は同様にして15~45度(15度刻み)の角度を有する反射光のL値(明度)を測定すると、いずれの角度の反射光においても、缶高さ方向と周方向でL値が近い値を示す。以下、正反射光に対して15度の角度を有する反射光のことを、15度反射光と呼ぶ。例えば、缶高さ方向の15度反射光の明度L15h値と周方向の15度反射光の明度L15w値との比L15w/L15hは0.7~1.3、好適には0.8~1.2であり、1に近い値となる。このように、本発明においては、乱反射の仕方も缶高さ方向と周方向とで非常に似ており、被加工表面において、加工方向にも、加工方向に直交する方向にも傷が付いていない。
【0055】
本態様のブランク缶は、金属板を用い、加工面に特定のダイヤモンド膜を有するしごきダイスを用いてしごき加工により製造される。絞りしごき加工時にウェット条件を採用した場合、先に述べた通り胴部外面に映る鏡像の乱反射成分の明度が高くなり、鏡像が白っぽく見える傾向にある。実際、再絞りしごき加工でウェット条件を採用すると、加工方向の15度反射光の明度L15hが大きい値を示し、好適には50より大きい値となっており、より好適には50より大きく150以下となっている。一般的には、ドライ条件を採用した場合、被加工表面への金型の転写率が高くなるため、より高い鏡面が得られ、乱反射成分である加工方向の15度反射光の明度L15hが50以下となる。
【0056】
本明細書では、これまでブランク缶を例に挙げて本発明を説明してきたが、本発明はブランク缶に限定されず、塑性加工により薄肉化または小径化して得られ、上述した特徴を有する金属加工物である限り、種々の態様を採ることができる。
例えば、本発明の金属加工物は、金属板を圧延加工により薄肉化して得られる圧延材であってもよい。この場合、圧延ロールの回転方向が加工方向となり、圧延ロールと直接接触した面が被加工表面となる。対面する2つのロールの間に金属板を通過させて圧延する場合、圧延材の表裏両面が被加工表面となる。
また、本発明の金属加工物は、金属製の棒材を先細りの穴が開いたダイスに通して小径化することにより得られる伸線材であってもよい。
【実施例
【0057】
本発明を次の実施例で説明する。尚、以下の実験例において、表面粗さ、正反射率および明度は、以下の方法により測定した。
【0058】
<表面粗さRa>
(株)東京精密製表面粗さ計(サーフコム2000SD3)を使用し、JIS-B-0601に準拠し、算術平均粗さRaを測定した。
【0059】
<5°正反射率>
(株)島津製作所製分光光度計UV-3100PCを用いて、缶胴部外面において、加工方向(缶胴部高さ方向)及び周方向に5度で入射した入射光に対する正反射率を測定した。尚、圧延板を原材料とする缶胴部外面には、板材の圧延方向と加工方向が平行となる領域および圧延方向と加工方向が直交する領域があるが、測定の際は、両方の領域を測定対象として平均化した。
【0060】
<明度>
ビデオジェット・エックスライト(株)製多角度分光測色計を使用し、アルミニウム缶の胴部外面での反射光をLCH法により評価した。具体的には、加工方向(缶胴部高さ方向)および缶胴部周方向に45度で入射した入射光に対する正反射光を基準として、加工方向15度反射光での明度L15hと直交方向15度反射光での明度L15wを測定し、比L15w/L15hを求めた。更に、同じ正反射光を基準として、加工方向30度反射光での明度L30hと直交方向30度反射光での明度L30wを測定し、比L30w/L30hを求めた。更にまた、同じ正反射光を基準として、加工方向45度反射光での明度L45hと直交方向45度反射光での明度L45wを測定し、比L45w/L45hを求めた。
正反射率の場合と同様明度の測定においても、板材の圧延方向と加工方向が平行となる領域および圧延方向と加工方向が直交する領域の両方を測定対象とし、平均化した。
【0061】
<実験例1>
汎用プレスにて、板厚0.29mmのA3004材からなるアルミニウム合金板を円形に打ち抜くと同時に絞り加工を行って有底筒状体(絞り缶)を成形した。その後、図3に示す手順に従って、絞りしごき加工によりブランク缶を作製した。打ち抜きの前にアルミニウム合金板にエステル系合成油を塗布した。絞りしごき加工においては、200~300spm程度の速度で加工を行い、また、エマルジョン液のクーラントを供給するウェット条件とした。絞りしごき加工には、タングステンカーバイド(WC)とコバルトの金属バインダーとの混合物を焼結した超硬基材の表面にダイヤモンド膜が設けられており且つ表面粗さRaが0.1μm以下であるしごき加工用ダイであって、少なくとも40,000缶以上の製缶に使用した後のダイを用いた。得られたブランク缶を、サンプル1-1および1-2とよぶ。表1に、サンプル1-1および1-2について、胴部外面の表面粗さを加工方向および加工方向に直交する周方向にそれぞれ測定して比を求めた結果を示した。
【0062】
<実験例2>
絞りしごき加工に用いるしごき加工用ダイを、実生産で用いているダイ、即ち、少なくとも40,000缶以上の製缶に使用した後の超硬合金製ダイに替えた点以外は、実験例1と同様にしてブランクを得た。得られたブランク缶をサンプル1-3~1-5と呼ぶ。作製されたサンプル1-3~1-5は市場に出回っている物と同一である。表1に1-3~1-5のサンプルについて、胴部外面の表面粗さを加工方向および加工方向に直交する周方向にそれぞれ測定して比を求めた結果を示した。
【表1】
【0063】
表1によると、加工方向に沿って測定した際の表面粗さRaは、本発明と従来品とで差が小さい。しかしながら、加工方向と直交する周方向に沿って測定した際の表面粗さには差があり、本発明品では算術平均粗さRaで0.030μmを下回っている。そのため、周方向と加工方向との粗さの比をとると、従来品が1.5より大きく等方性が低いのに対して本発明品は1.5以下と高い等方性を示している。これは目視での傷の状況と一致しており、本発明品で金型への凝着が有効に回避され、被加工物への傷つきが抑制されたためである。
【0064】
<実験例3、4>
つぎに、鏡面性を評価するべく、5°正反射率を測定した。具体的には、実験例3では、実験例1と同様にしてブランク缶を製造した。実験例4では、実験例2と同様にしてブランク缶を製造した。実験例3で作成したブランク缶を、サンプル2-1と呼ぶ。実験例4で作成したブランク缶をサンプル2-2,2-3と呼ぶ。サンプル2-1は本発明品であり、サンプル2-2、2-3は従来品である。表2に2-1~2-3のサンプルについて、胴部外面の5°正反射率を加工方向および加工方向に直交する周方向にそれぞれ測定した結果を示した。
【表2】
【0065】
表2によると、加工方向に沿って正反射率を測定すると、本発明と従来品とで大きな差は見られない。しかしながら、直交方向に沿って正反射率を測定すると、本発明と従来品との間に差が生じている。具体的には、従来品であるサンプル2-2、2-3では直交方向の反射率が加工方向の測定値と比べて大きく下がっている。対して、本発明である2-1では直交方向と加工方向とで反射率に差がなくいずれも73%を超える高い値を示している。
【0066】
<実験例5,6>
さらに、多角度分光測色計により乱反射光を測定した。具体的には、実験例5では、実験例1と同様にしてブランク缶を製造した。実験例6では、実験例2と同様にしてブランク缶を製造した。実験例5で作成したブランク缶を、サンプル3-1と呼ぶ。実験例6で作成したブランク缶をサンプル3-2,3-3と呼ぶ。サンプル3-1は本発明品であり、サンプル3-2、3-3は従来品である。表3に3-1~3-3のサンプルについて、胴部外面の加工方向および直交方向に測定した明度L値およびそれらの比を示した。
【表3】
【0067】
表3によると、本発明と従来品とで加工方向に沿った測定では大きな差は見られない。また、正反射からの角度(偏角度)15°において、本発明も従来品も、加工方向のL値が50を超えている。このことは、サンプル3-1~3-3がドライ条件ではなくウェット条件下での加工により得られたことを示している。直交方向の測定結果を見ると、本発明は従来品に比べてL値が低い。これは、傷つきが有効に抑制されたため、傷による表面の粗面化が抑制され乱反射光が減少したためである。そのため、直交方向と加工方向とで比をとると本発明品は1に近く0.7~1.3の範囲に収まっている。
偏角度30°、45°においても、偏角度15°の場合と同様に、本発明では缶高さ方向と周方向でL値が近い値を示したが、従来品では、直交方向のL値が高かった。
【0068】
<実験例7,8>
表面がダイヤモンド膜からなり平滑なしごきダイスが、凝着抑制能力を発揮するか否かを確認する実験を行った。具体的には、実験例7では、未使用のしごき加工用ダイを使用する点および連続生産をする点以外は実験例1と同様にしてブランク缶を製缶した。得られたブランク缶は全てサンプル4-1と呼ぶ。サンプル4-1について、実験例1と同様にして表面粗さRaを測定し、製缶数と得られたブランク缶の胴部外面の粗さの推移を確認した。また、実験例8では、実際に少なくとも40,000缶以上の製缶に使用した後の超硬合金製金型に対して凝着除去作業を施し、かかる金型を用いて実験例7と同様にブランク缶を連続生産した。得られたブランク缶は全て、サンプル4-2と呼ぶ。サンプル4-2についても、サンプル4-1と同様にして、製缶数と得られたブランク缶の胴部外面の粗さの推移を測定した。表4にサンプル4-1~4-2について、胴部外面の直交方向の算術平均粗さRa1と、直交方向と加工方向との算術表面粗さの比Ra1/Ra2を示した。比は、任意の加工数近辺で無作為に取得した2缶の平均値である。例えば、サンプル4-1の加工数5千缶の欄に記載されているRa1の値「0.020」は、実験例7において連続生産した5000±100缶の中から無作為に取得した2缶の平均値を表している。
【表4】
【0069】
表4によると、加工数2千缶程度ではサンプル4-1と4-2とで直交方向表面粗さRa1も比Ra1/Ra2も大きな差はない。その後、超硬合金製金型を用いている実験例8(サンプル4-2)では加工数を重ねていくごとに直交方向の表面粗さが大きくなり、比Ra1/Ra2が増大する。個体によってバラツキはあるものの、35,000缶以降は表面粗さRa1が0.030μmを超えるようになり、比Ra1/Ra2も1.5より大きくなる。これは、金型への被加工物の凝着により、加工物に対して加工方向に傷がついていることを意味している。表面がダイヤモンド膜でコートされている金型を用いている実験例7では160,000缶時点でも直交方向の表面粗さRa1及び比Ra1/Ra2のいずれもが開始当初と変わらず、金型への被加工物の凝着および、凝着による加工物への傷つきも有効に抑制されていた。
図1
図2
図3
図4